2009年09月30日

そうさ〜、店じまいの季節さ〜♪(フィッシュマンズ風に)

003三つ目の季節が来る頃、また新しい生活がスタートするんだなぁと桜の中で思っていたら、やっぱりこんなに早かった・・・・・(笑)

この半年の間にやっと、なんかの啓示みたいに「あ、これが自分のライフスタイルなんだ」とストンと腑に落ちた瞬間があった。
しばらくの間、母に起こったことを事故か何か大変な目にあってしまった、みたいに思っていたのだった。
「あれ?そうじゃない、こういう生活になったんだ」とパチンとパズルのピースが合った。自分は3人暮らしで子どもはいない、と同じことで、母は認知症だけど結構何とか穏やかに過ごしてる、という感じで。

こうなったから○○もできない、○○にも行けない、そんな風に考えていた冬、もう自分は旅行はもちろん、映画にもライブにも飲みにもいけないのだと思っていた。もちろん前とおんなじわけにはいかないのは百も承知だけれど、こうすればなんとかなる、と工夫したり、周りの人に頼んでみたりして切り替えられるようになってきた。うまくいかないようなら無理強いはしない。前は自分で作りさえすれば当たり前にあった「したいことをする時間」、その時間の尊さとありがたさにも気づくことができた。

子育てをしていないからか、「家族」を介して社会とつながっている感じが希薄だった。なんとなく自分たちで成り立っているような、そんな感じだったのがこの生活ですっかり変わった。この部分は人に頼ってもいいんだ、と夏頃になってようやく心から思えるようになった。そう思えることのありがたいこと・・・。

あっという間の半年主婦だったけれど、こんなことでもなければできなかった経験をたくさんした。受け入れてくれた職場の仲間や、関わってくれた沢山の人たち、そして家族に感謝の気持ちでいっぱいだ。

004この不気味(私的にはめっちゃ可愛い)なカエル、おととい自分のために買ったピンバッチ。
なんとなく、最後の写真はこれにしたい!と思ったのだけど、人によっちゃ「気持ち悪い!」かな?まぁそれも自分らしいかな・・・・と。

「Chicken's Everyday」は今日で店じまいします。
時には(ほとんどだな〜)寝不足の種になり、ブログに振り回され、書くことを前提に映画を観ている自分がいて、シンプルに映画を楽しみたいと思ったりもしたけれど・・・・・。
自分の全てでは決してないけれど、毎日持つ汚れたカバンみたいな存在のこのブログが、手前みそながら大好きでした。
思えば5年間一度もデザインを変えずにいたのが自分でも笑ってしまう。

ここに遊びに来て下さっていた皆さん、今までありがとうございました〜〜〜〜。



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2009年09月29日

びっ栗クリ栗くりっくり〜〜〜

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秋だもの。                                  
秋ならでは、を楽しみたいもの。
「栗の渋皮煮」なんて売ってるのをみるとなぜそんなに高いんだ?と
思っていたけど実際作ってみるとよくわかる。

手間、かかる〜〜〜。3日がかり・・・・。
でも同じ3日でも、いちじくのほったらかしでOKとまた違う。

もしかしてもう二度と作らないかもしれないな。
というか、栗、特に好きなわけではなく、いくらゆでてあるものが目の前にあっても、誰かがきれいにむいて「さぁ召し上がれ」っていってくれない限り自分では手を伸ばすこともない。
わがままでも贅沢でもなく、別に食べなくてもいいのである。

でも今年、宮崎の妹のところで実際に栗の木を目の前に「この栗最高に
美味しかったよ〜」なんていわれるとついつい「送ってよ〜〜〜」・・・と。

栗が大好きな母のために今年、本当に妹から送られてきたのだった。
案の定、ゆでた栗は私が2個、夫が1個、ほかは母がぜ〜んぶ食べた。

でも、こんなことでもなければ絶対にトライするはずのないことを私は
密かに思いついた。和菓子屋さんで高級然として重厚感漂わせている
「渋皮煮」ってものを作って「半年主婦」の最後を飾ろうじゃないの!と。

だいたい本当は「渋皮」ってあれのことかなぁ〜〜〜くらいの知識しかないのである。

クックパッドやいろんなところでレシピを見て、自分でできる範囲で丁寧に、できれば作り易く・・・・と思ったが、なにしろ栗というやつの性質ってものが全くわからない自分なので、レシピを見てもどの部分が絶対にはずせないポイントなのか、省略してもいいところなのか見当がつかない。

とにかくアクとの戦いだ。いや、アクの前に皮をむくのも大変だった。
鬼皮(これも今回初めて知った言葉だし)がむけやすくなるひと手間もかけた。にもかかわらず、あんなに大変だってことは、ひと手間をしない人は途方もない苦労を強いられるんだろうなぁと余計な心配もした。

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でもなんだか仕上がりがとっても可愛い。きれいな色だし、なんだか
大きな達成感がある。でもほんとのこといって、写真で見た方が本物より
きれいで美味しそう!!

あの人にもこの人にもおすそわけしたいなぁ、なんて考えるけれど、いくつ
あっても足りやしない・・・・。その前に母に食べられちゃうかも、だ。
                                                                                                                                   
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ちょっと寄せておいたいくつかの栗は、めでたく「五目栗入りご飯」に!
あまりにも素敵過ぎる「おこげ」も撮影だっ!!



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2009年09月08日

繋がれていく物語


獣の奏者4竿灯2日目、友だちの小学生の娘から教えてもらって始まった上橋ワールドへの旅。本を読むってことの喜びが久しぶりに、本当に久しぶりに体の中に湧き上がってくる経験をした。

あれから通算13冊目をさっき読み終えたところ。

NHKで放映中のアニメ「獣の奏者エリン」はまだ一度も観たことはないけれど、見ていない分、自分のイメージだけでその世界をなぞることができたことは幸せだった。

闘蛇編、王獣編の二巻で完結していた物語が作家の佐藤多佳子さんの「もっと読みたい・・・・・。この完璧な物語の完璧さが損なわれてもいいから」という言葉(作者冥利に尽きる素晴らしい言葉だよね)がきっかけとなり、その後上橋さんの中でいろんな葛藤や気づきを経て、探究編、そして完結編が7月に同時出版されたのだそうだ。

その完結編を読み終えた。

感想なんか書けやしない。
ただただ圧倒されて、心の中でひれ伏した。

[多くの人の手に松明を手渡し、ひろげていくことでしか、変えられないことがあるのだ]

壮大な、「繋がれていく」物語に、前に進む勇気とエネルギーをチャージされた。

・・・・・・もう本当におすすめの上橋菜穂子さんである。
明日からはまた「守り人」シリーズを再開だ!!!



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2009年09月05日

いけちゃんとぼく

いけちゃんとぼく「絶対泣ける」という触れ込みだったんですね、「いけちゃんとぼく」

流れはしなかったけれど、私も泣いた。本当にいいお話だと思った。

だから私はかなり残念だった。
「泣ける」と「いい」は私の場合また別物だ。

予告編を一回観ていただけでほとんど前知識もなく、西原理恵子の原作も読んでいない。ただただ、観たいなぁと思って素直に観た。

始まってすぐから「あれ、これやばい」と思った。多分気にならない人には全く気にならないことだと思う。
どうもこの映画自体のもつテンポや間合いが自分とは肌に合わない、と気がついてしまったのだ。これは理屈ではなくて自分に備わる生理的なものだ。

「つかみ」がOKだと、ありえないことも少々やりすぎも、映画の魔法に乗せてもらって安心して身を任せてその世界に入っていける。題材も、子どもたちも、いけちゃんもとてもいいのに、この肌の合わなさのために、世界に浸ることができなかった。残念。

ただしCGのいけちゃんの声、蒼井優がとてもよかった。「いけちゃん」の落ち着いた、心のこもった一言一言に涙腺がゆるんだ。こんなふうに人を慈しんで大好き・・・といえるのは素敵だ。

ヨシオが自分より弱い京ちゃんに、もっていき場のない気持ちをぶつけるように殴ったり意地悪したりするのも、悲しいくらいに現実だ。人間はたとえ赤ちゃんであっても、自分より強いのは誰で、自分より弱いのは誰かわかってしまう。こういう場面をしっかり描くあたり、本気で作った映画なのだろうなと思った。
ヨシオはそれを決して快感として通り過ぎるのではなくて、苦い思いで京ちゃんを殴る。そしていけちゃんにぼそっと「やりすぎたね・・・・」っていわれる。こういうところは原作の力なのだろうか。

 原作も読んでみたいけれど、あのインパクト大の絵と字の多さにちょっとひいてしまう私なのだった。



2009年08月25日

大いなるごっこ遊び?「ディア・ドクター」

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山あいの小さな村。その村で慕われていた医師が、突然謎の失踪を遂げた。やがて事件は思わぬ方向へ・・・・・・。

先週「ディア・ドクター」を観た。

例によって、いつかアップしたいなんていっているうちに、そういった私の気持の力はどんどん風化されていくものだと思い知った今日この頃。
なのでさらっと。(なんていってもう一週間くらいたってしまった)


嫌いだった鶴瓶のことを大好きになってしまいそうだ。
鶴瓶のことだからきっとわざとらしい表情でどうだ、俺って上手いだろう・・・な演技をするのではという心配と意地悪な気持ちが観る前にあった。
・・・・そんな場面はいっさいなかった。
おまけに「男」としての色香まで感じてしまったのだ。

西川美和監督の前作「ゆれる」も高く評価されている一方で賛否両論だった。私の周りでも苦手だという人が結構いた。ただ私はこの人の演出が嫌いじゃなかった。「ディア・ドクター」を観たら、この人の演出が好きだ、と思った。そして脚本が素晴らしいと思った。「ゆれる」tomoska的記事

出ていた役者みんな本当によかった。

医者の鶴瓶と看護師の余貴美子の緊迫シーン。余貴美子は間違いない。本当に凄い女優だ。

患者である八千草薫と鶴瓶のしっとりとしたやりとり。食卓のシーンが好きだった。

瑛太の煌めき。若さとクールさ。純粋と残酷。

心に深く残った二つの場面。

ひとつは・・・刑事の松重豊の問いかけに製薬会社の営業マン香川照之のとった行動そして一言。ああ、・・・・西川美和監督恐るべし。

そして・・・井川遥扮する医者である娘の一言
「あの先生なら、どんな風に母をーーーーーーー」
私はこの一言に救われた。ネタバレになりそうなので多くは書けないけれど。
デビューしてから静かに密かに好きだった井川遥、なんていい女優になったんだろう。美しい横顔がまだ心に焼きついている。

「ゆれる」同様ラストシーンは観客に委ねられるようなところがあるが、「ゆれる」 は物語そのものを根本から揺るがすものであったけれど、私はこのラストにあまり意味を見出さなくてもいいと思った。願望というかイメージを観ている感じ?この映画のポイントはもっと別の所にあると思うから。(監督のサービスかも?)

案外、村の人たちはみんな知っていたのかもしれないな、と思う。
というか、だからどうだという・・・・。
みんなで大いなるごっこ遊びを真剣にやっていたのかもしれない。

「愛情」、とか「優しさ」、とかに流されていないのがとてもリアルだし好きだった。



ところで、鶴瓶って「つるべ」?「つるべえ」?



2009年08月23日

「夏時間の庭」効果

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シアタープレイタウンにて「夏時間の庭」を観た。

「月の出をまって」という、1987年作の大好きな映画を思い出した。

光り輝くスクリーンの緑の庭から外へ出ると、本当に気持ちの良い風が吹いていて・・・・
映画の内容と相まって・・・・・帰ったら、母とこの気持ちよい風に吹かれようと家路を急いだ。

庭ハーフで、4時から母娘で庭に出て飲み始めた。
本当に本当に気持ちの良い夕方だった。

こんな穏やかな気持ちになったのは久し振りだった。



2009年08月20日

まだ顔つながり

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女子バレーボールワールドグランプリのドイツチームのジョバンニ監督はアメリカホームドラマ「フルハウス」のパパに似てるし、そのイメージソングを歌うnanana愛じゃない〜♪のドラキュラの子はサカナくんに似てるし、大橋のぞみちゃんは世界のナベアツに似てる。

そしてこの顔が画面いっぱいに映し出されると鼻の奥がつーんとなる。
仏壇に飾っときたいくらいいい顔だ。



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2009年08月14日

いい顔つながり

6c1a9893.JPG決してふざけてませんよ。

ヴィレッジヴァンガードでポストカードを見つけ、思わず柄違いを2枚買ってしまった。


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盆に思ふ

89eb430f.JPG孤独死、とか哀しい最期、とか連日TVや新聞には書かれているけれど。

本当にそうなのかな・・・?
ときどき違和感を覚える。

もし自分が長生きして、一人で暮らしていたら確実に、これだ。
人間って多かれ少なかれそうやって死んでいくんじゃないのかな。

ニュースでこの言葉に出会うとき、沢山の一人暮らしの高齢の方々が身につまされるだろう。

それは悲しい人間の最期なのだ、とインプットされてしまうだろう。
その方が怖い。たくさんの家族に見守られて亡くなる人は思ったより少ないんじゃないかな。

な〜んて、こんなことを思う私はペシミスト?

(写真は何の関係もないが、なんとなく自分の気持ちの中ではつながっている写真家土門拳のポートレイト。いい顔だ・・・・・)


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2009年08月12日

「ふしあな」と呼ばれた女

61b1680b.jpgそれは私です。
夫の実家で昼から飲んで、夜も飲んで、母親が寝付いたらブライアン・デ・パルマの「殺しのドレス」を観ました。観たことがあると思っていたけれどはじめてだった。心して観ないと!と思うものの、すっかり脳みそは酔っ払いのねむねむモードになっていちばん肝心のところで記憶が途切れてしまっていた。

悲しくも必死で巻き戻しながら場面の説明をする夫ははた、と説明をやめてあきれたようにいったのだった。
「あんたみてて久しぶりに思い出した、『ふしあな』って言葉」

いやあ〜、デ・パルマ、面白い!冒頭の妄想エロエロシャワーシーンが有名らしいけれど、アンジー・ディキンソンという女優さんがあまりおばさん顔で女の私には今ひとつ。

逆にすごく気に入ったのは、美術館での長回しシーン。すごい緊張感で釘づけになって息もつけないほどだった。そのシーンが終わるとほおっと肩で息をした。すごい。

・・・・・よく考えてみると中年おばさんの男あさりシーンなのだけれど、なぜそこまでというくらい盛り上がる音楽にカメラワーク、いやほんと、あっぱれです。酔いしれました。

例によってアップしたいことはたくさんあるのだけれど、なかなか書けず。気楽にDVDの感想アップで!

キム・ギドク「悲夢」、エミール・クストリッツァ「ウエディングベルを鳴らせ」アップしたい〜〜〜できない〜〜〜〜。

tomoska at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!TV&DVD