2008年01月

2007/10/16~21

16日、母の誕生日だ!看護師さんの旦那様が、ケーキ屋さんの職人さんなので誕生日ケーキを注文する。次の日父と姉と弟がセカンドオピニオンと、HLAの検査を受けに行ってくれる。3日後、入院して約3ヶ月振りにやっとこ初めての外泊許可が下りる。そして‥久しぶりに自宅に帰り、セカンドオピニオンの件と、HLAの検査の結果を告げられる。HLAの結果は結局誰とも合ってなかった。セカンドオピニオンの結果は、移植しないと一年しか生きていられない…という結果だった。

2007/10/01~15

今日から10月だなぁ~月日が経つの本当に早いなぁ‥って思ってたら、白血球が下がりまたクリーン生活開始だぁ!って思いながら、空気清浄機のスイッチを入れる。味覚傷害になるし、食欲もどんどん落ちてゆく食事もラップにくるんだ加熱食になる。何回か血小板の輸血をする。一週間位経ってから、食欲は戻るが‥今度は高熱が4日間位出てしまう熱が出る度に採血と、尿管?の所に管を入れて無菌尿を採って菌を調べるからと言われた。でも結局は‥カテーテルからの感染かも?という事で、急遽カテーテルを外す。そして‥15日にクリーン生活解除になる

2007/09/25~30

朝方トイレに起きる。ふと手を洗いながら鏡を見た‥すっかり髪の毛が抜け、ハゲになった私相方が長い髪が好きだから伸ばしてた髪‥ちょっと悲しくなりそうになるが、また生えてくるっしょ!と開き直り眠りにつく。そして、この日の午後IVHカテーテルを入れてもらうそして‥この前のマルクの結果の説明を受ける。血液学的には寛解だったから、予定通りに明日から3日間、地固め療法で‥抗がん剤の24時間連続投与しますからと言われる。連続投与最終日の夜中当時の主治医に、めちゃめちゃ嫌味を言われる

2007/09/01~24

01日に花火大会があり病棟のデイルームから打ち上げ花火を見る!またまた感動して泣いてしまう07日にマルクをする予定だったけど‥台風で中止になる。そして11日にマルクをする‥次の日に当時の主治医2人から初めて、自分の病気について主治医が作成した資料を渡され、細かく説明を受ける。当初、急性骨髄性白血病と言われたのに‥急性リンパ性白血病のフィラデルフィア染色体陽性ですと告げられる。予後不良で、再発率が高く長期の生存率が低いと言われ‥「私‥長生き出来ないんだ」と落ち込んでしまう。後、01日~24日位までグリベックを飲んで過ごす。この時はグリベックの副作用が全く出なかった。

2007/08/21~31

だんだん体調が良くなってきた23日に当時の主治医から病室の外に出てもいいよと許可が出る!約1ヶ月振りに病室の外に出られる~☆この時は感激して泣いてしまった。次の日に栄養点滴ともおさらばして、生クリームのケーキを買ってきてもらい食べる。そして、足の付け根のカテーテルをはずしてもらい、1ヶ月振り位にシャワーに入る。