技術士ともとも こう想う。

2005年3月に晴れて技術士となったともともが、 技術士試験やその他の試験、社会事象について、想うところを記述します。

学校と社会のズレ

さすが文科省ですね。
世界の潮流には絶対に迎合しないという意思表示でしょうか。
「べき」論だけで結論を出すのもいつものことですが、
その「べき」自体が完全にずれている。
もし文科省の目標が達成されたときには
すべての卒業生が平準化された能力(すなわち最低レベルで平準化された能力)を有し、
没個性化されたナニカが生み出されることになるように思います。
採用する方も、クジで採用する方がマシな世界になりますね。

少なくとも、この内容については冨山さんの言うことが絶対に正しい。


我が家の上の娘ひなちんは、学校での同調圧力の強さに辟易し、
また先生の社会性のなさに毎日毎日怒っています。

そういうとき私は言います。

あのひとたち、社会に出たら一撃で役立たずになる人たちなんだよ。
一生学校から出れないんだよ。
かわいそうな人だと思って、ほっときな。


いつの頃からか、いや、かなり昔からかな、やたらとくそまじめなひなちん。
まじめすぎて心配していましたが、ロクデモナイ先生もいる、
言うこと聞かなくていい先生もいるということをさすがに理解したようです。
社会に出る第1歩とでもいうんでしょうか。理不尽なムダな経験。それが中学校かな。
30年前に私が中学校に対して感じたこと、今も全く変わりません。


そのなかでも頑張るひなちん、成績はいつも学年一ケタ、通知表はほとんど5,
体力テストは余裕のA、当然級長、みんなのまとめ役。
なのにクラスは楽しいけど学校は楽しくないといいます。
部活では、余裕でエース前衛の実力の持ち主ですが、なぜか2番手扱い。
おかしな顧問に振り回されて、テニスは好きだけど部活は行きたくないといいます。
最近は毎週パパのクラブに行ってテニスしています。ホントに楽しいようです。
こういうとき、学校以外のコミュニティに属するのは、ホントに役立ちます。

一生の中で、最も理不尽なのが中学校だよ。
少なくともパパはそうだった。あ、ママも?やっぱりそうか。
あと少し、まあ何とかやり過ごすだよね。
そういって慰めています。

そんな環境でもけなげに頑張るひなちん。
けなげすぎて、ホントにかわいそうになります・・・。


文科省の皆さん、一度社会に出てはどうですか?
民間で1年働けば、学校の5年分の経験が身につきますよ。それ以上かも。

「結果的に採用に至らなかった学生にとっても、大学のどの経営学の講義にも負けない学びを提供する」
とのことですので、学校しか知らない先生方、行ってみてはいかがですか?
というか、私が行きたい(^^)


反論あればどうぞどうぞ。

最近ブリブリ怒ってます(*`Д´*)


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

インターンシップと「うそ」=経営共創基盤CEO・冨山和彦

毎日新聞2017年5月26日 東京朝刊

 文部科学省の有識者会議が、採用に直結するインターンシップを学業の妨げになるとして認めない結論をまとめると報じられた。
 経営者、大学講師などの立場で多くの大学生と接している実感として、今どきの大学生の多くは、インターンシップがなかった私たちの時代よりも勉強している。インターンが明確に採用と直結している米国の大学生がよく勉強することも周知の事実。

 もし大学での学業や学位が学生自身の将来にとって価値あるものと実感させられれば、インターンシップに関係なく、日本の学生も米国のように必死に勉強する。今回の結論は問題のすり替えである。

 少しでも自分に合った会社や職種に就職したい学生の切実な願い。そして採用力に乏しく深刻な人手不足に悩む一方で、単なる「お勉強」目的の学生を受け入れる余裕がない中小企業やベンチャー企業。今や大企業正社員の割合は全勤労者の約2割に過ぎない。中小・ベンチャー企業に採用直結型インターンシップを認め、学生とのマッチングの機会を増やす意義は日本の経済社会全体にとって大きい。学生にとっても、多くの大学人が「教養」と称する「うんちく学問」に比べ、仕事現場から学べる人間社会の現実の方が、圧倒的に真の「リベラルアーツ」に近い。

 学生と企業双方の本音として、インターンシップが「採用活動」なことは誰だって分かっている。政府の有識者会議があからさまな「大人のうそ」を公然とつくならば、国家的な破廉恥行為である。

 宣言しよう。私どもの会社は今年も採用活動の一環としてインターンシップを行う。結果的に採用に至らなかった学生にとっても、大学のどの経営学の講義にも負けない学びを提供する。


全力を出し切って到達した高みと、絶対に到達できないさらなる高み


「個々の選手が自立して、私がいなくても強くなれる組織となった」
いい言葉ですね。

この人の本読みました。
私の考えていることと見事に一致していて、ある意味「面白くなかった」です。
なぜか?新しい発見が無かったからです。

かろうじて、細かいメソッドの部分で営業手法、目標管理手法の応用方法が気になったぐらいかな。

選手をスカウトする上で、注目するのは「ちゃんと考えを話せるか」としているとのことです。
まさに我が意を得たり!って感じですね。

組織の究極の姿は、指導者がいなくても自律して自立的に能動的に課題解決に当たれる組織です。
マネジメントの本質はそこにあります。

私も年を取ってきて、それなりに人を評価しないといけない立場になりつつあります。
いつも思うのが、過去に「がんばって限界までチャレンジした経験があるかどうか」が
その人のその後の伸びに大きく差がついているなあと感じています。

必死でがんばって、ある高みまで上り、うまくいった達成感を得る。それによって自己肯定感を得て、
さらにがんばるモチベーションを得る。そのプロセスがやっぱり重要なんですよね。

そしてもう一つ言うなら、どうがんばっても到達できない高みがあることを知ることも、
その人の客観性を育てるのに役立ちます。残酷ですが。

私は高校3年の時に文字通り猛勉強をして大学に入りました。10ヶ月間の猛勉強で、いわゆる関関同立の1角に入ることが出来ましたが、早稲田や慶応に入るにはさらに偏差値を5ポイント上げる必要がありました。
すでにもう完全に伸びきったゴム、いつ切れてもおかしくないと自分で感じながら到達した地点より、さらに5ポイント上なんて、絶対に到達できない。そう思いました。
ここが俺の限界なんだな。阪大京大や早稲田慶応に入る人は、モノが違うんだな。切なくもそう感じたものです。
全力でがんばって、一定の成果は出ましたが、到達できない高みがある。全力でがんばったからこそ実感した世界でした。


テニスで天皇杯に出場した時も同じでした。
かつて無いほどテニスにのめり込み、腰にヘルニアを患いながらも獲得した天皇杯出場権。
その晴れ舞台で私が見たものは、あり得ないほどのスピードでした。
ボールのスピード?いえ、足の速さです。
あのスピードは絶対に出せない。あんなに早く、絶対に走れない。
ヘタをすると、ボールよりも早く動きます。
全力を出し切って到達した高み。そして、そこで見たものは、絶対に到達できないさらなる高みでした。
残酷な現実でした。日本のトップ選手とは、モノが違う。そう感じたものです。

私が人事担当なら、青学の選手をぜひ取りたいですね。
でも、狙いは少し違っていて、花形選手やレギュラーじゃなく、
4年間一度も箱根に出れなかった選手、さらにいうならそれでも腐らずに
自分の限界に挑戦した選手を取りたいですね。
「チーム青山」、いいじゃないですか。
原イズムは、どのフィールドでもきっとトップランナーたるに値するイズムだと感じます。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


駅伝で無敵の青学、選手は大事な“商品”!?

青島 健太
2017年1月11日(水)

 いやはや、すごいセールスマンである。彼の活動を経済効果に換算したら、いったいいくらぐらいになるのだろうか。
 様々なテレビ番組に出演するや、自説を唱え、選手たちの横顔を紹介する。そのたびに大学の名前も紹介され、陸上競技部の存在も認知される。そして臆することなく優勝を宣言する。こうしたテレビ出演も有力選手の勧誘につながっていく。しかも有言実行で、チームは抜群の成績を残し続けている。
 先の第93回箱根駅伝で完全優勝(往路復路ともに1位)を成し遂げた青山学院大学。これで2015年から3連覇を達成し、出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝を加えた大学駅伝3冠にも輝いた。その青学陸上競技部(長距離ブロック)を率いているのが原晋監督である。いまスポーツ界で最も注目されている指導者の一人といえるだろう。
駅伝で無敵を誇る青山学院大学。その強さの秘密は、原晋監督の類まれな「ビジネス感覚」にある。


組織論の講演会も大人気

 箱根駅伝のレース後、原監督は自軍の強さをこう表現した。
「これは“チーム青山”の勝利。個々の選手が自立して、私がいなくても強くなれる組織となった」
 この言葉に、彼の目指す理想とチームのあり様が集約されている。

 実は、私のパソコンにも彼が頻繁に顔を出す。調べたいことを検索しようとすると、右上の広告スペースになぜか原晋監督が登場するのだ。
 「強い組織をつくるにはどうしたらよいのか?」
 ビジネスにも有効な組織論。いま、講演会で大人気。
 原晋監督のお話を聞いてみませんか。

 そんな文言で彼の講演を勧めてくる。


大学陸上部は“部活”でなく“ビジネス”

 以前、何かを検索したことで、自動的に彼の講演を勧めてくるのだろうが、未だかつて現役のスポーツ指導者で、こんな存在がいただろうか。それもプロ野球やサッカーJリーグのプロの監督ではなく、学生を束ねる大学陸上部の監督である。
 講演の内容も気になるところだが、陸上競技部の監督でありながら講演活動にも精を出す。その「姿勢」にこそ、注目を集めるマネジメントの本質がある。それをひと言でいえば「ビジネス感覚」といえるだろう。
 講演活動も文字通りビジネスだが、拝金主義や金儲けの意味ではない。大切に作った商品をできるだけ高く買ってもらいたい。また人気のある商品を作り続けたい。そのために必要な要素は、「人」「モノ」「金」「情報」だと原監督は言う。
 売り手は、買い手の立場になって考える。何をどう勧めたら喜んでもらえるのか。お互いが「WIN」「WIN」になるにはどうしたらよいのか。ビジネスでは当たり前の発想だ。「人」「モノ」「金」「情報」を駆使して最善の結果を出す。
 選手を育て、強いチームをつくるプロセスも、これとまったく同じだと言う。それは、青学の監督に就任する前に経験したサラリーマン時代の手法であり、ビジネス的感覚だと原監督は公言する。具体的には選手の声に耳を傾け、それぞれの個性を活かすことだという。
 また、「青トレ」と呼ばれる独自のトレーニング方法は、「人」と「情報」によってもたらされた新しい価値と言えるだろう。走るために必要な筋肉と動きを鍛える。的外れな練習はやらない。この価値が「勝ち」を生む身体と走法を作り出していく。選手たちは、自分たちのトレーニング方法を信頼し、その気持ちが走る自信につながっていく。

 これをやれば負けるはずがない…と。


選手たちを縛らず、自立させ、対話する

 また原監督自身が、講演やテレビ出演で外の世界に出ていくように、選手たちを縛ることなく自由な発想で活動させていることも、青学の強さにつながっているのだろう。

 選手たちの自治を重んじ、彼らの主体性の中でチームを運営する。

 強い組織の条件は、自立した個人を確立することだろう。そうでなければ、いつまでたっても指導者の技量や知識を超えていくことはできない。そして何より、レースで走るのは自分自身なのだから。
 とはいえ、練習後の夕食は全員一緒で食べることを求めている。それは、独立した個人をつなぐ、一体感を生む時間なのだ。
 かつて日本のスポーツ指導者は、選手を平気で殴ったり叩いたりしてきた。また連帯感や人間教育の名のもとに個人の自由を奪い、監督の指導に従うだけの選手を作り続けてきた。その手法をすべて否定することはできないが、野蛮な時代が続いた。それがその時代の社会を反映していたのだろう。
 しかし、選手を「モノ」に例えるわけではないが、それが大事な商品だと思えば、殴ったり叩いたりすることの愚に気がつけるはずだ。また、その価値を広く世の中に知ってもらおうとすれば、講演活動やテレビ出演も有効な手段となるだろう。
 原監督のマネジメントを「ビジネス感覚」というのは、そうした時代に合ったやり方という意味だ。また、選手を観察するのは、練習中はもちろん、練習の前の時間や練習後の様子が大事だという。そこに選手の本来の姿があったり、抱えている問題が見えたりするからだそうだ。どこまでも選手個人の把握と対話を大事にしているのだ。
 目指すべきは、指導者がいなくても機能する組織。その知恵と対話力が新たな指導者の資質となれば、今までとは真逆の発想である。
 指導法やマネジメントに正解やマニュアルはないだろうが、青学の選手たちのたくましい走りと笑顔には、時代の先頭を走る自信が感じられる。


ようやく落ち着きました

なんともはや、激烈な1年でした。
11月からこの方、あまり記憶がありません。

あっ!

というまに4月になりました(^^;)

儲かって儲かってしょうがない1年でした。あ、会社がね。

ボーナスいっぱいほしいぞ〜い!

娘と一緒にテニスしよ〜っと(^^)

音を聞くと色が見える

ひなちんが塾、パパとママとほのちんが3人でお買い物に出ている時の話。
車の中でららら♪クラシックという番組を見ていたら、メンデルスゾーンには共感覚があったという話が出ていました。
音を聞くと色が見えるそうです。

友人との会話でも、友人が「ここは紫色がいい」と言ったのに対して、「いやいや、ここはすみれ色だ」と答えているそうです。
あくまでもこれは絵画の話ではなく、オーケストラの作曲の話です。
そしたら、番組の出演者(作曲家のみのさん)が、ト長調は赤なんですとか、そういうことを言い出しました。

「黄色い声」のように、音と色を関連づける言葉がありますし、そういうのがあるのは知っていましたが、
ここまでとは思っていませんでした。なかなかすごい感覚の世界なんですね。
へ〜ほ〜ふ〜んなんて言いながら、やっぱすごいね〜、芸術家って、
作りから違うんだね〜なんて話していました。

で、家に帰ったらひなちんが帰ってきていて、この話をしたら、
なんとひなちん、

「え?色感じないの?」

と言いました。

なんとひなちん、音階ごとに色を感じるそうです。
ドは赤
レは黄色
ミはオレンジ
ファは黄色かきみどり
ソは青
ラは紫

そして、シには色がないそうです。

そして、みんなそうだと思っていたようです。
色を感じるそうです。
ただ、現実に見えるわけではなく、視界が色づくということでもなく、
色を「感じる」んだそうです。
たとえば和音だと色のグラデーションを感じるようなものだそうです。

パパ感じないの?と聞かれ、
そもそもパパは絶対音感がないので全く分からんといったら
そらそうだよねと一笑に付されました(^^)

にしても、このへんの話を聞いて、パパもママもほのちんもまさにクチをあんぐり。

まさかまさか、我が娘にも共感覚があったようです。

ちなみにほのちんには全くありませんでした(^^)




https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E6%84%9F%E8%A6%9A

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10118209010
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1285886247

フェデラー優勝

すげえ、マジで優勝しよった!

ファイナルセット、ゲーム1-3からの起死回生のブレイク、そしてさらにもう1ブレイク、一気にたたみかける!
圧巻のプレーでした。

面の下側に当たって変な方向に飛ぶポイントも多く、出入りが激しいのでファイナルセットはしんどいかなと思っていましたが、なんともはや、盛り返しました。
ナダルも最後はやや緊張していました。

いやはやすごい!

フェデラーおめでとう!

フェデラーの大きさ



大きく見えました。

本当に。

前に来たときなんか、壁のようだったでしょう。

錦織くんの表情が硬い。

第1セットは、6−1で取っておかないと大変なことになる。
そう思って見ていました。

錦織くんが相手を乗せてしまった。そうとしか見えない第1セットでした。
辛うじて取りましたが、落としていたらストレート負けだったでしょう。

案の定続く2セットを取られ、第4セット、ゲーム2−2での錦織くんのサーブゲーム、
デュースデュースを繰り返して何とかキープ。
これでチャンスが来るかもと思ったら、案の定というか期待通りというか錦織くんがブレーク。
これで、ファイナルセットが見えました。

しかしそのあたりから、フェデラーの真骨頂でしたねえ。
完全に錦織くんが引き立て役になってしまっていました。
ライジングで早いタイミングで打つ錦織くんに対して、さらにライジングで前から打ち、
完全に主導権を握っていました。
完全に圧倒していました。早送りで見ているかのようなスピード感、すごいものです。
あのフットワークとタイミングはもうどうやっても到達出来ないレベルと思いました。

だからこそ、なんですよね。
松岡修造の言うとおり。
相手の力を出させずに勝たないといけない。

第1セットの途中、嫁さんに言ってました。

「勝った後のインタビューで、『トップ5の力を見せつけれたと思います』って言ってくれんかなあ。
そうすれば、精神的に優位に立てるんだけどなあ。」

いつか、そういうコメントが聞きたいです。

今回はフェデラー優勝でしょう。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【松岡修造の目】尊敬の念がミス呼んだ 圭がフェデラーを強くしてしまった

スポニチアネックス 1/23(月) 7:30配信



 ◇全豪オープン第7日・男子シングルス4回戦 錦織7―6、4―6、1―6、6―4、3―6フェデラー(2017年1月22日 メルボルン)



 残念とかを超えてしまった。ショック…。ジョコビッチが負け、A・マリーが負け、これほどチャンスな4大大会はなかったと思う。

 圭が勝てると信じて応援してきた僕からあえて厳しく言いたい。本当に強い人、4大大会に勝つ人は一度つかんだ流れを相手に渡したりはしない。圭は自分から流れを渡してしまう。どうしてなんだ?と昨年聞いた時も「そういう方向に流れちゃうんです」と言っていた。第1セットを取ったとはいえ、2ブレークを許してフェデラーが目覚めた。次第に圭の脳裏に「この人は大事な時に何かやってくる」「突然うまくなる」という尊敬の念が出てくるようになった。だから焦るし、ミスが出る。フェデラーは普通なのに、圭が相手を強くしてしまっていた。

 冷静に見れば、サーブが入っていない時のフェデラーに対してはチャンスがあった。サーブが入っている時のフェデラーには悔しいけど勝てない。そういう試合だった。ただし、頂点に立つことを考えれば、圭はまだ十分にタフなメンタルを持っていないことが明らかになった。練習も私生活も含め、自分を信じて貫き通せるテニスをどうつくるか。そのことの必要性をフェデラーは教えてくれたのだと思う。(スポーツキャスター)

させられているのかさせているのか自分からしているのか



それにしても、コメントが秀逸ですね。暴言に対して暴言で対応しています。
そのぐらいでちょうどいいんでしょう。

さて、本論。
労働者として働くなら、時間いくらなので、時間以上働かされていると感じる人にはブラック企業ですね。

ですが、自立した、自律的なプロと考えれば、出した成果に対して報酬をもらう。そこには時間の概念などありません。
会社の資産と名前を使って取った仕事を請け負って完成させて、その利益のうちの取り分をもらう。
プロ集団とはそういう意味ですね。

どっちがいいのか?おそらく両方ともに振れすぎれば不幸なんでしょう。
アメリカでは、経営層と労働者は厳密に区分けされており、
実務上の問題は無いでしょうけどあまりにも夢がないですね。

日本では、経営者的な視点が求められるわりには給料は労働者的です。

じゃあどうする?
そこには答えはありません。
少なくとも、ぜっっったいに経営者になれないアメリカみたいな絶望的な状況よりは、
経営層になれるかもしれない状況の方がマシかな。

にんじんぶら下げられて「走れ」といわれて、
〜把召冒る人間と、
◆屬匹Δ笋辰徳ろうかなと考える人間と、
Aらなくとも上手くいく方法を考える人間と。

経営層として最も成功するのはでしょうけど、の人は得てして労働者としては無能だったりします。
っぽい人も、労働者としての成果を求められているうちに,辰櫃変質します。
それでもっぽい資質を失わない人間が経営層に行けるんでしょう。

で、経営の話。この記事を踏まえると、どこに走って行くかをしっかり筋道立てて考えているかどうかが
評価の対象になるということですね。

脅されず、踊らされず、踊る。

秋野豊さんの言葉が思い起こされます。


はてさてひるがえって我が足下。
子供たちに、生き抜く力を身につけられるように促しているつもりですが、届いているかなぁ。
上手いことやれっていうメッセージをことあるごとに話しています。
そして、自分で決めるってことは責任を負うことであり、他の可能性を削除することと同義だということ。
やりたいことが見つかった時に、入り口でシャットアウトされないようにするにも学歴が有効ってこと。
タダの飾りだが、それなりに役立つ飾りだってこと。
飾りだと割り切って、よりよい飾りをつける方がのちのち役立つってこと。
そうしておけば、ムダに走らなくてもいい場合が往々にしてあるよってこと。
スタート地点で下駄履かせてもらえる場合があるってことですね。
パパは、資格も同じ考えで割り切って取ってるよ。
ずるいって感じてるかなあ(^^)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ネガティブ報道でも電通の株価が下がらないのはなぜか? 投資家はこんなところを見ている

現代ビジネス 12/29(木) 7:01配信


株価は上場傾向

 12月23日に行われた「ブラック企業大賞2016」には、大方の予想通り、広告代理店最大手の電通が選ばれた。

昨年(2015)、当時の新入社員が自殺したことが過労による労災と認められ、11月7日には労基法違反の疑いで、本社や支社で厚労省の強制捜査が行われるなどの話題が続いたことが、受賞の理由だろう。12月28日には代表取締役社長の石井直氏が引責辞任を表明した。 同社にとっては不名誉なことだろうが、過重労働を防ぐための「働き方改革」を推し進めるとアピールした以上、世間の厳しい目に晒されながら、「働きやすい会社」へと変わっていくよりほかないだろう。

 一方これだけ話題になったにもかかわらず、株価の推移を見てみると、強制捜査があった日には下落したものの、すぐに反発し、ここ3ヵ月間でみると上昇傾向にある。

 株式市場は、電通の不祥事は同社の企業価値に影響を及ぼす要因ではない、と判断しているようだ。長年の実績があるからこそ、ということは分かるのだが、投資家たちは、なにが同社の経営のカギを握るものだとみているのだろうか? 
 その要因を、改めて決算書の数字を追うことで明らかにしていきたい。
.

営業利益率が低い理由

 昨年度期の売上高は国際会計基準で4.5兆円にも達し、国内二番手の博報堂にほぼ3倍の差をつけている電通だが、意外なことに営業利益率は全上場企業の平均とされる4〜5%にも満たない、たったの2%ほどしかない。

 「大手広告代理店はものすごく稼いでそう」というイメージとは裏腹に、売上原価が非常に高いため、利益が出しづらいのだ。原価のほとんどは、広告主側に支払う媒体費が占めている。

 広告代理店は基本的に、広告を出したい企業(広告主)からお金をもらい、広告を掲載してくれるテレビや新聞・雑誌などの媒体にお金を払い、その差額(マージン)を受け取るというビジネスモデルだ。そのため売上は大きくなりやすいが、メディアへの支払いがある分、利益率は一定以下に抑えられてしまうというわけだ。

 この構造から逃れる方法の1つは、自社でメディアを持つことだ。それは、今年「AbemaTV」への巨額投資で話題をさらったサイバーエージェントの数字を見ればわかりやすい。

 サイバーエージェントは、売上高の5割・利益の3割をインターネット広告事業が占める、ネット広告代理店の最大手だ。その営業利益率は2015年度で12.8%であり、時価総額でほぼ等しいDeNAやmixi、コロプラなど他のITベンチャーには劣るが、電通や博報堂といった「広告代理店」の括りでは異例の高利益率となっている。

 ネット広告でサイバーに次ぐオプトやセプテーニの営業利益率は5%程度であり、総合代理店三番手のADKも、営業利益率は2%ほどしかない。

 サイバーエージェントが例外的に高利益率を誇る理由は、自社のメディアを育てているからだ。

 インスタグラムに次いで日本で18番目に見られているWebサイトであり、月間で数億人が訪れるAmebaブログという強力なメディアを保有しているため、同メディア上に広告掲載を行っても、他社にお金を払う必要はない。ゆえに、広告業者自体が強いメディアを持ったり、強いメディアを持っている会社が広告業をメインとしているケースでは利益率が高くなる。

 たとえばヤフージャパンの営業利益率は30%を超えている。スマホ向けメッセージングアプリ最大手のLINEも、世界で2.2億人が毎月使う自社の巨大メディア上で展開する広告事業が絶好調で、今年度の第3四半期までで140億円を稼ぎ、同社の売上の40%を支えている。AbemaTVも、サイバーにとって強力な自社メディアとなりうるからこそ、藤田晋社長は投資を惜しまないのである。

 翻って電通は、有力なウェブメディアを持っていない。 ただの代理店業のみをウェブでやっていては利益率を高めることは難しい。

 反面、ウェブの世界では「薄利多売」で多数のクライアントを相手にするため、運用に携わる社員の労働時間は長くなる。電通にとってネット広告関連の事業は、儲からないが手間暇はかかる、「問題児」なのだ。


カギは海外戦略にアリ

 そんな電通の生き残り戦略は、同社の「中期経営計画」を読み解けば明確である。

 2013年に発表した中期経営計画「Dentsu 2017 and Beyond」において、電通は売上総利益(売上高から売上原価を引いたもの)ベースで海外事業の割合を44%から55%に引き上げ、デジタル領域の割合を23%から35%以上に引き上げると明言している。

 とりわけグローバル展開の方では数字が伴ってきている。

 2016年度12月期の第3四半期決算によれば、海外事業の売上総利益は2826億円にも達し、すでに全体の5割以上を占めるようになっている。

 この背景にあるのは、2012年にイギリスの広告大手・「イージス・グループ」を4000億円弱で取得したのを皮切りに積極的に推進している海外企業の買収だ。

 ここ2年間だけでも、1年で50社以上も海外子会社を増やすペースで買収を進めている。これを可能にしているのが、3000億円以上という莫大な現預金だ。

 IT(デジタル)化についても、主に海外の会社を買収することでデジタル領域の売上比率を高めているので、電通の将来を左右するのは、やはり海外企業の買収の成否なのだ。

 今年だけでもチリやインド、アメリカ、カナダ、フランス、ドイツなど世界中の地域で広告会社やマーケティングの会社の買収を進めている。

 とりわけ、8月にはアメリカの独立系データマーケティング会社では最大級の規模を誇るマークル社を、イージス以来最大となる1000億円以上の値段で取得することを発表した。

 本稿の冒頭に挙げたように、国内での不祥事の数々にもかかわらず株価が下落傾向とならないのは、肝である海外事業が「今の所はうまくいっている」と投資家が見ているためである。

 ただし、肝心の海外事業にも懸念はある。資金には余裕ががあるから会社を買うこと自体は難しくないが、その後のマネジメントができるかは別の話だ。



「のれん」が心配

 買収を繰り返すことによって電通の「のれん」は膨らみ続け、2015年度には6000億円を超えるまでにいたった。これはソフトバンクやJTなどに次ぎ、日本第5位の規模である。

 記事の前半部分で見たように同社の利益率は低く、4兆円を超す売上に対して1000億円程度しか営業利益を稼げていない。そのため買収した海外子会社をうまく成長させられずにのれんの減損損失を計上してしまうと、あっという間に赤字転落しかねない。

 また、2015年には早くも50%を超えた、総利益に占める海外事業の割合は、2016年12月期の第3四半期を迎えても、目標である55%には届いていない。

 その間、アメリカのマーケティング会社Merkleを1000億円規模で買収したのを筆頭に、全世界で数十社の買収を進めたにもかかわらず、円高による為替差損の影響もあって、ここ1年は海外での利益を増やせていないのだ。2016年12月期の通期では55%に達しているかどうか、注目である。

 もう1つ、同社の有価証券報告書を調べると、面白い事実に行き当たる。それは、人件費についてだ。

 電通は連結で約4万4000人の社員を抱え、そのうち7200人が本社(すべて国内)の社員だ。この7200人については年間平均給与が有価証券報告書上に明記されており、2015年12月期では1272万円という国内最高レベルの水準であることがわかる。

 一方、連結財務諸表上には、全体の人件費(従業員給付費用)が載っている。ここから本体の人件費7200×1228万円を引いた値を子会社の人数で割って平均給与を算出すると、約790万円にしかならない。子会社の従業員の8割弱は海外の社員だ。社の命運を握る海外の人員に、それに相応しい報酬を与えていないのであれば、先行きは明るくない、のかもしれない。

 電通は国内だけでなく、海外の子会社の労働環境の向上にも取り組んでいかねばならないだろう。
.
大熊 将八


gzs*****
2016/12/29 09:03

電通は電通であり続けて欲しいな。世の中のなまけ者の暴言に屈するな!プロ集団であり続けろ。
プロ野球選手が居残りで一晩中バット振ってたって誰も文句言わないですよね。


生産性を上げるためには?

この著者、いい感じですね。中間管理職が壁になるというのは実感としてもよく分かります。
上司がいままでのやり方に固執して変えないため、仕事が長引き、残業せざるを得ない。なぜか。自分が不要になるからですね。

ことの本質は生産性が低いからたくさん働かないと稼げないこと。
もうまさにその通りです。

細かいことをいうと、この記事では、数字の使い方が恣意的ですけどね。
「ある居酒屋チェーンではビール1杯売って利益が10円だというが、時給1000円のバイト店員が1時間に100杯のビールを売らなければ赤字になる計算」ってのは間違いです。人件費を払ったあとに残るのが利益ですから。
他にも、「国民1人あたりの製造業生産額はG7平均の半分以下」っていうけど、その数字自身は正しいかもしれませんが、製造業に携わっていない人もひっくるめて計算しても何の意味も無いですし、だからもっと製造業の生産性を上げれるなんていってもそれは間違いです。正しくは、製造業従事者一人当たりの生産額で評価しないと。

さてその数字を正しく使うと、製造業等、世界で戦っていける業界と、まっっったくダメな業界と2極分化しているということですね。特に、農業。これは自民党が政権にある限り改革は不可能です。そして、その根源は1票の格差です。田舎≒農業従事者の票が3票ある状態、製造業従事者≒都会生活者の票が0.3票では、製造業従事者の意見が正しく反映されません。

ただし、農業生産性が低い理由は、日本特有の農地が狭いという理由以外にも、遺伝子組み換え作物を導入していないために単収が極端に低いという理由があります。これは感情的になって科学的に否定されている危険性をあおるマスゴミがいちばん大きな障害ですけどね。

さて、労働生産性を上げる方法。
みんな分かってると思いますけどね。解雇規制を緩和することですよ。
雇ってみてダメだったらすぐに差し替えることが出来る。
そういう体制こそが、生産性を上げる最も単純かつ効果的な方策です。

いまは雇ってしまったら最後、事実上解雇できませんから、どうしても採用に慎重になります。
そうすることで、正社員とそれ以外という、能力に無関係のヒエラルキーが発生しています。
また、守られた正社員の生産性はぐぐっと落ちます。アタリマエですよね。
役所時代、休職した職員の代わりにパートを雇いますが、パートのおばちゃんの方がはるかに優秀って事例がたくさんありました。
というか、診断書をとっかえひっかえ持ってきて最大限休もうとする正職員の方が優秀って事例を私は知りません。

解雇が自由になれば、同一労働同一賃金は一瞬で達成出来ます。
まいきなり完全自由なんてなれば大変ですし政治的にも持たないですけど、
少しずつでもその方向に進めざるを得ないという感じでしょうか。

-------------------------

長時間労働をクリスマスイブに議論、日本人の生産性の深刻さ

ダイヤモンド・オンライン 12/27(火) 6:00配信

 毎年恒例の「ブラック企業大賞」が発表された。大方の予想通り、今年の大賞は「電通」だった。順当すぎておもしろくもなんともない結果だが、仕方がない。これだけ世間とマスコミを賑わしたのだから、これを外してしまっては「なにか、圧力でもかかったのか? 」と勘ぐられてしまうだろう。選考会場でも満場一致で決定したに違いない。

 今年の9月に、東大卒新入社員の高橋まつりさんの自殺が過労死認定されたことで、長時間労働や過労死を生み出す状況への批判は電通だけにとどまらず、国民的議論が巻き起こっていることはご存じのとおり。先日、12月24日の夜には、『NHKスペシャル 私たちのこれから #長時間労働』と題された特集が放送された。世間がクリスマス気分で賑わうイブに、わざわざこのような特集をぶつけてくるあたり、いまの時代の空気感が反映されているのかもしれない。

● 識者が唱える 「もっともらしい主張」 への違和感

 ともあれ、長時間労働も過労死もなくすべきことに異論はない。しかしいま、巷にはびこる議論は「長時間労働を減らせ」「生産性を上げれば定時に帰宅できる」みたいなお題目ばかりで、踏み込んだ議論がほとんど見られない。この国の「識者」という人たちは昔から、念仏さえ唱えていればメシが食えるという結構なご身分の方々のようだが、そのような恵まれた立場の人間の「もっともらしい主張」を聞いていると、僕はついイラッとしてしまう。

 前述の『NHKスペシャル』でも、スタジオに招かれた大企業や行政の人間の主張と、町工場など零細企業の経営者の発言にはもの凄く大きな「温度差」があり、その温度差こそが、過労死を含む日本の労働問題の本質だということがよくわかって興味深かった。

 たとえば、VTRで紹介していた、ある企業事例をめぐる意見の違いだ。この企業事例は、無茶ぶりするクライアントの要求をキッパリと断ることで残業を減らし業績も伸ばした、というお話。このVTRを見た識者たちは、「他の企業もこの事例に見習って、同じようにすべきだ」みたいなことを言う。一方、零細企業の経営者は「そんなこと、できるわけがないじゃないか! 」と反論。弱い立場で働いている人たちは、零細企業の社長の発言に共感したことだろう。

 この事例では、「大口クライアントに頼った経営では、無茶なリクエストも断れないので、なるべく小分けして多くの企業と取引すれば良い」とされていたが、取引先ポートフォリオみたいなことはどこの経営の教科書にも書いていることで、現実にはそれができないから零細企業はみんな苦労しているのだ。ビジネス誌でもよく、「どこかの零細企業が奮起してオリジナルな強みを持つ製品を開発して、下請け体質から脱却! 」みたいな記事が載っている。それはそれで素晴らしい話ではあるし、零細企業の経営者はそこを目指すべきではあるが、現実にはそんなことができる企業はほんの一握り。だからみんな苦労しているのである。

いわば、勉強が苦手な子ども、スポーツが苦手な子どもに対して「頑張れば東大に行ける。オリンピックにだって出場できる」と発破をかけているようなもので、つまり、たんなる「精神論」だ。「ビリギャルだって慶應に入れた」のように、たしかにそのような事例もあるが、必要なのは事例でも精神論でもなく、「本質的な問題の把握」と「具体的な解決策」、そして「スキルの提供」だ。

● 長時間労働問題のほとんどは、 実は「パワハラ問題」

 そもそも、「長時間労働」といっても、その中身は千差万別だ。つまり、原因も違う。以前、当連載の第167回で、「高橋まつりさんの自殺は過労死ではなく、パワハラによる自殺ではないのか? 」という趣旨の記事を書いた。また、僕がプロデュースする女性向けウェブメディア『ガールパワー・インサイト』でも、この事件とハイスペック女子問題とを絡めた記事を書いた。これらの記事は、当のハイスペック女子だけでなく、若手男子も含めて多くの共感をいただき、さまざまな情報も頂戴した。そこでわかったことは、企業における長時間労働問題のほとんどは、実は「パワハラ問題」であるということだ。

 ネタ元がわかると情報提供者に迷惑がかかるので詳しくは書けないが、たとえば次のようなものだ。

◎些細なミス、ミスとも言えないミスを犯した若手社員に対し、夕方から深夜まで延々と罰ゲームを続けさせる。
◎仕事を与えないまま深夜2時、3時までオフィスに軟禁する
◎終電近くまで残業して帰宅しようとしたら、上司から(半ば強制的に)飲みに誘われる
◎(パワハラとまでは言えないまでも)ICTでシステム化すれば仕事量が激減することがわかっていても、上司がいままでのやり方に固執して変えないため、仕事が長引き、残業せざるを得ない。

 もちろん部署や企業にもよるが、このようなパワハラや非効率が原因で、長時間労働を強いられているケースもある。その元凶となっているのが、大抵の場合、部長や課長級である。

 先日のこと。とある女性活躍推進関係のシンポジウムで、某大物女性経営者が「大企業の社長や会長は意外と女性活躍推進には理解もあるし、前向き。その一方で、阻害要因になっているのは、部長クラスのマインドセットである」と語っていた。これと同じ構図が、長時間労働問題の背景にもあるのではないか。なぜこの世代がそうなるのかはまだ分析中だが、学校でのいじめ問題が陰湿化し、社会問題化した最初の世代がいまの部長クラスであることと関係あるのかもしれない。ともあれ、企業における長時間労働、過労死の原因が「パワハラ」である場合は、長時間労働を禁止し、残業を強制的にゼロにしたところで、問題は本質的には解決しない。カタチを変えたイジメが横行するだけだ。

パワハラ問題を防ぐのは、企業のガバナンスの問題でもあるのだが、ガバナンスというものは、たんなる仕組みや制度だけではうまくいかない。経営者の覚悟と矜持が必要なのだ。たとえば、「抜群の売上をあげているが、部下に対するパワハラがひどい部長を更迭できるか」という覚悟と矜持である。モラルハザードは長期的には組織をダメにするという視点から、目先の利益を切れるかという意味だが、それができなければ組織は必ず問題を起こす。

 ちなみに、パワハラオヤジを更迭してモラルハザードを起こした部署を立て直す場合、女性をその部署のトップに据えるのがよいと僕は思う。いまどきは、男性より女性のほうが、義侠心があるからだ。

● 長時間労働が減らない 構造的な理由も

 こうした「長時間労働問題は、パワハラが引き起こす」というケースがある一方で、業界の構造的な問題で長時間労働が起きてしまうものもある。たとえば、ブラック批判をよく受けている飲食チェーン。飲食業界はいまだ激安競争に晒されていて、新宿・歌舞伎町あたりでは、「2時間1000円飲み放題」などという激安店がしのぎを削っている。先日も、ある若者たちの飲み会に誘われて参加してみたが、2時間食べ放題・飲み放題で、ひとり3500円だった。ある居酒屋チェーンではビール1杯売って利益が10円だというが、それはつまり、時給1000円のバイト店員が1時間に100杯のビールを売らなければ赤字になる、という計算だ。そんな商売をしていて、従業員に対してまともな労働条件を提供できるわけがない。しかし、そこまで激安にしなければ客が来ないわけだから、値上げするわけにもいかない。

 他のサービス業や町工場などの零細企業も同様で、安い単価で量を稼がなければ食えなくなっている会社も多い。コンサルタントでさえも、最近は数が多くなりすぎて、価格競争に突入している観もある。この「価格の下方圧力」は構造的なものだ。

 もちろん、価格競争に巻き込まれずに勝負できている企業もある。激安競争の激しい歌舞伎町でも、叙々苑系列の高級店「游玄亭」は、最近では予約も取りにくくなっているし、お手軽だが激安とはいえないワインバルも新宿三丁目あたりでどんどん店を増やしている。たしかに、そのようなチェーン店もあるのだが、これらは経営者が優秀だというケースが多く、かなり属人的なものだ。もちろん他社も見習うべきではあるが、それだけでは解決できない問題でもある。

 長時間労働や過労死問題を議論するときに、識者の皆さんがほとんど誰も言わないので、ここでハッキリと言っておきたいのだが、長時間労働が減らない構造的な理由、それは「日本が貧しい国になってしまった」ということだ。多くの日本人はここ20年間、日本は不況が続いていることは自覚している。しかし、それは「以前ほど羽振りは良くないけれど、貧乏というほどではない」という認識だと思う。中国に抜かれたとはいえ、いまだに世界第3位の経済大国だし、他の国に比べればまだ豊かだ、そう思っているかもしれない。しかし、本当にそうなのだろうか。


● 日本人労働者の生産性は 先進国最低レベル

 日本経済の実力は、多くの国民が思っているよりずっと下――そんな衝撃的な事実をわかりやすく提示した本がある。元ゴールドマン・サックスのパートナーで、アナリストであり、現在は小西美術工藝社という会社の社長も務める、デービッド・アトキンソン氏の近著『新・所得倍増論 潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋』(東洋経済新報社刊)である。

 同著は「はじめに」で、いきなり「日本は先進国でもっとも生産性が低く、もっとも貧困率が高い」という、刺激的な見出しから始まる。アナリストらしく、その事実をアトキンソン氏は数字で語るのだが、改めて突きつけられてみると、その数字はやはり衝撃的だ。たとえば、製造業生産額は世界3位、輸出額ランキングで世界4位、研究開発費は世界3位と、表面的にはいまだに輸出大国で技術立国のように見える。というか、そう信じている人も多いと思う。しかし、「1人当たりGDPは世界第27位」「1人あたり輸出額は世界第44位」である。もはや、経済大国でもなければ、輸出大国でもない。

 また、日本のホワイトカラーの生産性が低いという話は聞いたことがあるだろうし、そう認識している人も多いと思う。実際、日本のお家芸と言われてきた製造業も、実は生産性が高くない。国民1人あたりの製造業生産額はG7平均の半分以下。「ものづくり大国」でもなんでもない。サービス業の生産性もG7で最低。イタリアにも負けている。もちろん農業の生産性も低く、国民1人当たり生産額が1位のデンマーク(2729ドル)や2位のオーストラリア(2415ドル)に比べ、日本は437ドルと圧倒的に少ない。

 実はこの「生産性の低さ」が、日本の労働者が長時間労働を強いられる元凶だといえる。単純にいえば、製造業でG7平均並みの稼ぎをたたき出すためには、日本の労働者は2倍働く必要があるということだ。実はこれが、構造的かつ社会的な問題であるということだ。

 ただし、長時間労働を巡る議論で必ず出てくるのが、「労働者の生産性を上げて定時に帰宅できるようにすべし」という主張だ。その主張自体は正しい。しかし、生産性の低さが、労働者のスキルのような個人の能力の課題だ、と捉えることは大きな間違いだ。アトキンソン氏も指摘しているとおり、日本人の労働能力は高い。世界トップクラスだ。その優秀な日本人労働者が、先進国最低レベルの生産性しか実現できていない――そこに問題の本質がある。

● 日本にはびこる非効率な現場

 アトキンソン氏はアナリストらしく、マクロ的な分析から日本の生産性の低さを暴いているが、ミクロ的に見ても非効率な現場はいくらでも見える。

 たとえば、いま大きな社会問題となっている保育園。保育園を増やせという声も高いが、そもそも保育士も足りていない。出産などで離職した保育士が職場に戻ってこない、という側面がある。その大きな原因のひとつが、非効率な仕事のやり方だ。簡単に言えば、保育業界ではIT化がまったく進んでいないこと。そのため、保育士には膨大な事務作業が課せられている。子どもが好きで子どもと向き合いたいからこの仕事を選んだにもかかわらず、前時代的な仕組みの中で膨大な事務作業に追われる毎日。挙げ句の果てに長時間労働も強いられれば、誰だって辞めたくなるのは当然だろう。

 非効率な現場といえば、行政もそう。その実態は想像以上だ。たとえば、経産省のケース。そもそも経産省は日本の産業の効率化を推進するべき立場の役所だが、その経産省関連のプロジェクトで非常に驚いたことがある。それは、世界最先端のベンチャー視察ツアーの募集。法人単位での申し込みが必要だったのが、募集要項をよく見てみると、申し込み書類に会社の実印を押して「郵送」しろと書いてある。正式な契約書類ではなく、たんなるツアーの申込書での話だ。そもそも、ウェブのフォームで行えば、申し込み者のリスト化も自動でできるはず。なのに郵送による紙の書類で提出させれば、その内容を誰かがパソコンに打ち込む手間が発生する。まったくもって、ムダな作業だ。そのツアーの「世界最先端を学ぼう」という趣旨と、「実際の手続きの時代錯誤ぶり」の落差に愕然としたのだが、日本の行政でも企業でも、このような話はいくらでもある。

 たとえば、日本を代表する大企業のケース。事務手続きの効率化のためにシステム化を進めようとしているが、部長クラスが「いままでのやり方を変えたくない」というだけの理由で反対して頓挫してしまったという話を聞いた。また別の大企業では、ルーティンワークともいえるさほど重要ではない仕事の決済印を上司からもらうためだけに、上司の居所を探し回って2日もかかったという実話もある。電子署名にすれば、上司がたとえ海外にいたとしても一瞬で終わる作業を、2日もかけているのだ。そんな非効率な仕事をしていて、大企業は高い給料を社員に払っている。長時間労働になるのもあたりまえである。

 アトキンソン氏は、「生産性の向上は労働者個人の問題ではなく、経営者の仕事だ」と言う。まったくそのとおりだが、効率化を進めないことの最大の要因が経営者や部課長クラスの「保身」にあるとしたら、たちが悪い。効率化を進めるということは、IT化によって仕事のやり方、仕組み自体を変えるということが重要であり、そうなると困るのは自分たち自身だからだ。

 このような日本企業のあり方を変えるためには法的な強制力が必要ともいえるが、行政自体が効率化と最も縁遠いところにあるので、これまた、たちが悪い。政府も「働き方改革は、社会問題であるだけではなく、経済問題だ」という認識のもとに、「働き方改革実現会議」を立ち上げて議論しているが、スローガンは正しくても議論の中身はフォーカスが甘い。「労働生産性の向上」は、この会議で議論される9つのテーマの中のひとつ、という位置づけとなっている。

 むしろ問題なのは、「働き方」ではなく、「生産性の低さ」。もっともっとそこにフォーカスすべきである。生産性が低いから給料が上がらず、残業も減らず、パワハラさえも起きる。生産性を高めるためにはどうすればいいかという議論の中で、過労死といったさまざまな労働問題の解決策を考えるべきなのだ。それをせずに、たんに仕事の時間を減らすだけでは、日本の1人当たりGDPどころか、国全体のGDPも下がり、労働環境はさらに悪化し、ブラック企業が増えることになりかねない。僕はそれを危惧している。
.
竹井善昭

練習時間を減らした方が強くなる?

いい話ですね。
ですが、それを美談にしてしまうのもどうかと思います。
休んでいなければどうなっていたか?
もっと強かったかもしれません。
そもそも、3チーム分の戦力がある時点で十分強豪校です。あまり一般化は出来ないですね。
日曜日休みと言っても、実際には試合が日曜日にあることが多いので、言うほど休めていないはずです。
この文章を鵜呑みにするのは危険ですし、うまく手綱を締めないとどんどん楽な方に流されてしまいます。

でも、目指す方向には非常に共感します。結局、生徒の自立・自律を促すということですから。

ーーーーーーーーーーーー

こないだの日曜日、市内大会がありまして、市内の強豪校がベスト4を独占、そして娘の学校が、ベスト8に3本入りました。3ペアともそろって見事に強豪校に当たって玉砕(^^)
ひなちんもがんばりましたが1シード相手に1ゲームも取れず敗退。

じゃあその強豪校が県に行くとどうかというと、県にはさらに強い、日本代表に選手を輩出するほどの強豪校があります。そこに当たると全く歯が立たず敗退します。

その選手たちは平日の部活から公営コートで練習し、学校の練習が終わってからそのままそのコートでナイター練習でクラブチームとして練習し、土日もクラブチームとして練習するそうです。私の所属するチームの人が、夜そのコートを借りると必ず練習しているそうです。
どんなチームなのかなあ、と思って、私も試合を見ていました。そしたらまあ、みんな真剣なのはアタリマエ、その上にさらに、楽しそうなんです。目をつり上げて蹴落とすとか、勝てれば何でもいい全部アタックだ、みたいなテニスはしません。至極まっとうなテニスをします。その日本代表の子も、自分の試合がない時にはチームメイトの応援をします。それも、明らかに初心者の子の応援をします。

その姿を見て、だからこの学校は強いのだな、だから高校行ってもちゃんと続ける子が多いんだな、と思いました。


娘の学校は、強いどころか、全くといっていいほど勝てない超弱小校でした。
初めて練習風景を見た時、それはそれはひどいものでした。
技術的にレベルが低いのはまあしょうがない。でも、その前段階がひどいものでした。
先生は声出せしか言わない、感情的になって怒る、生徒は頭ごなしに押さえつけられ不満鬱憤をためたまま卒業し、
高校行って続けるのはほとんどいないという状況でした。

強いの弱いの言う前に、好きにすることすら出来ていない。
せっかく、テニスをやろうと入ってきた生徒のうち半分以上が、テニスを嫌いになっている。
そりゃないよ、という状況でした。
私と一緒にテニスで遊んでいたひなちんも、テニスは好きだけど部活は楽しくない、としょっちゅう言っていました。
私が指導するようになってからは、楽しいを連発するようになり、それとともにチームもメキメキと力を付けてきました。

ーーーーーーーーーーーー

この近大付属の先生の言うこと、いちいちもっともですね。
「彼らは、高校生。バスケットのプロじゃない。部活動を通じて今後に必要なことを学んでほしいし、
バスケットを好きになってほしい」
「しんどいことをやった方が強いとかすごいという考え方は、ブラック企業問題に通じる話になってしまうところがある。
文句を言わずに耐えながら取り組むことを経験することも大事ではあるけれど、そればかりにはさせたくない」

こういう指導者だから、生徒も
「点差が離れても、笑ってやろうという話をして最後まで頑張ることができた。
気持ちに余裕を持ちながらバスケットをしてきたからだと思う」
という感じなんですね。

「ニコニコしてやるんだよ」は私も常々言ってることで、
娘のチームにも、少しは浸透してきたのかもしれません。

願わくば、成功体験を与えてあげたいなあ。
努力すれば報われること。自分もやれば出来るんだということ。
そういう体験をさせてあげたいなあ。
それが、生徒の自立・自律を促すことに直結します。

夏の引退まであと8ヶ月。どこまで伸びるか・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

日曜オフを実践する近大附属が16強 バスケだけではない部活のあり方に一石
平野貴也
2016年12月29日(木) 08:00


15人をフル活用する「3段構え」

 クリスマスから年末にかけて、JR千駄ヶ谷駅の目の前にある東京体育館に、バスケットボールを愛する高校生が集結する。「ウインターカップ」と呼ばれる、全国の精鋭が集結する大会が行われるからだ。正式名称は、全国高校バスケットボール選抜優勝大会。各都道府県の王者、夏の全国高校総体(インターハイ)上位2校、開催地である東京からもう1校。男女合計100チームが参加し、同じ会場で試合が行われる一大イベントだ。個性豊かなラインナップの中で、部活動のあり方に一石を投じる取り組みを行っているチームがあった。男子でベスト16に入った近畿大学附属(大阪)だ。


 部活動のあり方についての話をする前に、まず、今大会で見せた彼らのユニークな戦い方を紹介したい。コート上の5人全員を一気に交代させること自体は珍しくないのだが、それを頻繁に行っていた。まずベストメンバーで臨み、疲労が見えたり、試合のペースを相手に握られたりすると、すかさず全員交代でサブメンバーが投入され、体力の消耗を考慮せずに激しいディフェンスを仕掛けて相手のペースを乱した。ここまでは、ツープラトンと呼ばれるシステムで珍しくないが、彼らは、来年のチームをベースにした攻撃のクオリティーの高いメンバー編成まで用意。先発メンバーとは特徴の異なるオフェンスを組み立て、相手を惑わせた。先発と控えの15人をフル活用する「3段構え」で試合のペースをかき回していたのだ。長身で柔らかさもあるUー18日本代表の西野曜という大黒柱の存在が大きかったが、彼だけに頼ることなく、全員の力をフル活用して健闘していた。

大幅に増やしたバスケット以外の時間

 3回戦で帝京長岡(新潟)に敗れ、前回のベスト8に並ぶことはできなかったが、主将の中村幸介は「点差が離れても、笑ってやろうという話をして最後まで頑張ることができた。気持ちに余裕を持ちながらバスケットをしてきたからだと思う」と話していた。一生懸命でありながら、どこか肩の力が抜けたチームでもあった。その背景には、指導者の考え方がある。大森コーチは「しんどいことをやった方が強いとかすごいという考え方は、ブラック企業問題に通じる話になってしまうところがある。文句を言わずに耐えながら取り組むことを経験することも大事ではあるけれど、そればかりにはさせたくない」と話した。

 指導者が先導して選手を頑張らせて、勝ちに行く。そればかりが部活動ではない。「彼らは、高校生。バスケットのプロじゃない。部活動を通じて今後に必要なことを学んでほしいし、バスケットを好きになってほしい」と大森コーチは言う。もちろん、やるからには勝ちたいという思いもある。生活の100パーセントを部活動に投じるという考え方ではなく、バスケットは学業やオフを含めた生活の中の一部であり、その中で100パーセントを目指すという考え方に立っている。今季は、思い切ってバスケット以外に目を向ける時間を大幅に増やした。これが、部活動のあり方に関わる話につながる。

 具体的には、今年から日曜日を完全オフにした。強豪校としては画期的だ。さらに、各選手が1年に10回は自由に休みを取ることができる年休制度も採用した。着目したのは「オフの効果」で、選手に気持ちのメリハリをつけさせる狙いだ。昨年までは最も練習時間の長い日曜日の翌日、つまり月曜日をオフにする一般的なパターンだった。

 しかし、実態を見れば7時間も授業があり、解放されるのは夕方。オフと言っても体を休める程度の時間しかなく、自由が利かない。対照的に、日曜日がオフになれば通学時間も省けて、1日をフル活用できる。自由に使えるオフをどう過ごすかと楽しく考えることができるため、気持ちに余裕が生まれた。そして「オフに向かってモチベーションが上がる」(中村主将)雰囲気が生まれ、自由に休める権利を手にした上で練習に参加するのだから集中して臨むという姿勢が醸成された。練習の時間は減ったが、質は100パーセントに近付いていった。

コーチの負担も減らした取り組み

 強豪校が思い切って採用し、なおかつ全国大会でも一定の成績を収めたことには価値がある。何より「オフの効果」に着目し始めたのは、選手を指導する観点からだけではなかったという。学校で2つの主任とクラス担任を務めている大森コーチ自身が、部活動の指導との両立を健全に行うためでもあった。近年は、指導者による暴力問題が取り沙汰されている一方で、指導者が休めない、手当が少ないといった顧問の負担増も問題視されている。

 もともと、強化を重視する学校以外では、指導者による情熱頼みで成り立ってきた背景があるが、近年は理不尽に指導方針を批判したり、圧力をかけたりする保護者、いわゆる“モンスターペアレンツ”の問題も増加。教員にとって部活動の指導が大きな負担となるケースが少なくなく、部活動のあり方を見直す必要性が叫ばれている。大森コーチは「しんどい思いをされている指導者が多いと思うんですけど、休んだらいいんですよ。休みましょうよ」と問いかけ、自身も肩の力を抜く取り組みを実施したのだ。

オフは、悪ではない。害でもない

 前例のない取り組みで「日曜に休むチームなど勝てなくなる」という批判も受けたという。多くの指導者が似たようなプレッシャーを受けているだろう。しかし、大森コーチは日曜のオフに気持ちをリフレッシュし、何かもっと面白い方法はないかと気持ちに余裕を持った発想から、今大会の3段構えを考案した。チームはモチベーションを高め、全国大会で健闘した。敗れた直後、大森コーチは、相手エースであるセネガル人留学生への対策を振り返り、ほかに勝たせてあげる方法があったのではないかと話したあとで選手に目を向けた。そして「西野は日本代表を目指せる選手だから、大学で頑張ってほしい。それにしても、なんで、みんな泣いているんやろうか。彼らの力でここまで勝ち上がるのは、かなりすごいことだと思うんですけどね」と笑った。

 西野という高い能力を持つ選手を抱えたことが好成績の一番の理由であることは、大森コーチも否定しない。彼が喜んでいるのは、チームが好成績を目指すためにほかのものを踏み台にしてしまう選手を作らず、全体が成長する中で勝ち上がれたことだ。強さを求める中でも、オフは、悪ではない。害でもない??日曜を休むチームは、一つの提言を残して大会を後にした。

平野貴也
1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。









増えていたのは80歳以上だけだった

私の業界では周知の事実ですが、一般化はされていないようですね。

といいつつも、「年齢別に見ると首都圏で増えていたのは80歳以上だけだった」ってのは衝撃的ですね。
80歳未満で273万人減少とのことですが、生産年齢人口だけで言うとどうなるのかな?
その人口の増減で語らないと道を誤りそうですね。

逆に、介護や特養などはビジネスチャンスが首都圏でゴロゴロしているということになります。
そういう意味では、首都圏の介護業界で人口ボーナスがこれからも続くのは変わりないでしょう。

私の住む地域では、何かマンション建ててるなあと思うと多くの場合特養です。こないだメモリアルホールが新しく出来ました。
百貨店の上の方の上等なレストランには白髪を染めたおばちゃんがいっぱい。若者は吉牛か松屋です。

こんな世の中、持続可能とはとても思えません。
「日本死ね」が話題になっていますが、そのうち勝手に沈むんじゃないかなぁ。


−−−−−−−−−−−−−−−−

首都圏の高齢化=藻谷浩介・日本総合研究所主席研究員

毎日新聞2016年12月4日 東京朝刊


まず正確な事実認識を

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領が辞任の方針を示した11月29日、筆者はたまたま講演先のソウルにいた。「騒乱に気をつけて」と言われて日本を出たが、現地の都心で見たのは普段のままの雑踏。デモやパトカーや警官には出くわさず、広場で演説している人も、飲み屋街で喜び騒いでいる人も見かけなかった。韓国の民主主義の成熟を示すこの平穏な空気は、そのときその場にいなければ全く感知できなかっただろう。部屋でテレビやパソコンの画面を見ているだけでは、部屋の外の何がわかるわけでもないのだ。


 これに限らず、思い込みほど怖いものはない。先般発表された5年に1度の国勢調査の数字を受けての、日本の人口動向に関する勘違いは典型だ。前回(東日本大震災の半年前の2010年10月)と、今回(15年10月)の結果を比較した以下の文面は、数字は正しいが中身は間違っている。どこがおかしいのか、当ててみてほしい。

 「日本の人口(居住外国人含む)は、最近5年間に戦後初めて96万人の減少に転じた。増えたのは首都圏1都3県、愛知県、滋賀県、福岡県、沖縄県だけである。特に首都圏1都3県では、この間の東日本大震災にもかかわらず人口が51万人も増加、大幅な減少の続く地方圏との格差が拡大した」

 社会通念通りの内容だが、最後の部分が間違えている。同じ調査結果に準拠し書き換えてみたので、比べていただきたい(なお以下では、全体の1%強を占める年齢未回答者も、年齢回答者の構成比で案分し加えて計算している)。

 「日本の80歳未満の人口(居住外国人含む)は、2000年をピークに減り始め、最近5年間では273万人も減少した。東京都と沖縄県では僅かに増加が見られたが、東京都を含む首都圏1都3県全体では1万人強の減少となっている。同時期に首都圏の総人口は51万人増えたのだが、年齢別に見ると増えていたのは80歳以上だけだった(5年間で52万人、30%増)。高度成長期に地方から首都圏に流入した団塊世代が80歳を超え終わる15年後に向け、この増加はまだまだ続く。他方で若者を送り出す側だった過疎県では、80歳以上の増加は終わりに近づいており、既に70以上の過疎市町村(東日本大震災の被災地を除く)で減少が始まっている。高齢者向け医療福祉の需給が逼迫(ひっぱく)する一方の首都圏と、今後需給緩和が進む過疎地の“逆格差”は拡大の一途だ」

 80歳以上しか増えていない首都圏の「人口増加」をはやし、高齢者医療福祉負担の増加を脱しつつある過疎地について「消滅まっしぐら」と決め付けるやからが蔓延(まんえん)する日本。「限界集落からの撤退」や「定年の延長」(何歳まで延長するのか?)が問題を緩和するとの誤解も、巷間(こうかん)に満ちている。だが現実を見れば、最近頻発する高齢者施設や病院での怪事件、認知症がらみの交通事故は、高齢者の激増に対し物心両面で準備の手薄な首都圏に集中しているではないか。

 高齢者の範囲を65歳以上に広げると、首都圏1都3県の数字はさらに深刻化する。団塊世代が65歳を超えたことで、最近5年間に高齢者は133万人も増加し、反対に15〜64歳のいわゆる生産年齢人口は75万人減少した。学校にたとえると、「この間に15歳を超えた新入生が152万人、地方から首都圏に転入してきた転校生が42万人いたのだが、65歳を超えた卒業生が269万人もいたので、全校生徒は75万人減った」ということになる。13年の総務省調査の速報値では、全国に819万軒あった空き家・空き室の4軒に1軒、204万軒が首都圏1都3県に集中していたのだが、現役世代減少下でマンションの大量供給を続けた当然の結果だ。

 対策を示さずに問題だけ示すと嫌われる。だががんへの対処が、まずはがんを自覚しなくては始まらないように、大都市の人口成熟問題の深刻さの自覚なくして日本の高齢化への対処はない。これまでも拙著「デフレの正体」や「里山資本主義」、「和の国富論」などに書いてきたが、できることはたくさんある。問題は、正確な事実認識がいつまでたっても国内に広まらないために、正しい対処行動も起きないということなのだ。

 この理不尽への怒りを筆者と共有してくださる人は、どうか声を上げて事実認識を広めてほしい。
記事検索
Archives
livedoor ピクス
本ブログパーツの提供を終了しました
Profile
Recent Comments
  • ライブドアブログ