技術士ともとも こう想う。

2005年3月に晴れて技術士となったともともが、 技術士試験やその他の試験、社会事象について、想うところを記述します。

ブラックアウトと原発


科学的な目で見れば、余裕が大きい方が良かったのは間違いないですね。
ブラックアウトの報道後、どの新聞やマスコミの記事でも、原発に触れた記事は見つかりませんでした。

おかしいですよね、そもそも「無い」かのような報道の仕方は、明らかにバランスを欠いています。
中立公正がモットーではなかったのかな?


泊原発での地震動がどの程度だったのか、
その地震動によると設計上どうなっていたのか、
だから動いていたらよかったのか
止まっていてよかったのか
結局、ブラックアウト防止に役立ったのかどうか

そういう、今回の事象を分析する記事をかつて見たことがありません。

まさにおっしゃるとおり、
「得意の両論併記すらせずに、マスコミの存在意義は」
・・・・ないでしょうね。


40万年に一度の超巨大地震で過酷事故が起こるかどうかを考えるのと、
3ヶ月後の震度5の地震でブラックアウトを防止する方法を考えること。

どちらの方が優先ですか?


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坂村健の目
ブラックアウトの「真実」

毎日新聞2018年9月20日 東京朝刊



 今回の北海道地震で、直接地震被害のなかった地域も含め全道が停電した「ブラックアウト」現象は、テレビなどのマスコミで広く取り上げられた。


 ある番組ではデータセンターの停電対応を取り上げていた。自動的に自律電源に切り替わり遅滞なくサービス継続−−「バックアップが設計通りに完璧に働いた」という、技術屋的には安心すべき事例だったのだが、それが「バックアップが働かなければ、全国レベルでネットサービスがダウンし社会に甚大な影響が……」という不安例として挙げられていた。

 取材されたデータセンターの方がツイッターで吐露しているが「重油を給油しながら自家発電設備でしっかりと事業継続した、そういう非常時の対応を紹介したいというので、忙しい中協力したのに……」。そういう異なる見方は、ネットを見ている人には広く認知されているが、ネットを見ていない人には分からない。

 コップに水が半分入っているという「事実」に対し「まだ半分もある」という人と「半分しかない」という人、それぞれの「真実」がある、という例え話がある。「バックアップがちゃんと働いて安心」と「バックアップが働くような非常事態になったこと自体が不安」とに「真実」が分かれるのも同じだ。

 ネットの中でも、後者の捉え方をする人も当然いる。だから複数の「真実」の間で論争となる。多くの人はその議論を脇から見ることで問題点を把握し、自分の見方を修正する人も出てくる。そういうのが健全なネット時代の社会のあり方だろう。

 番組でさらに違和感を覚えたのが北海道電力泊原発の扱いだ。電力供給の余裕のなさが問題とまで指摘しながら、その流れに「泊原発」の「と」の字も出てこない。

 今回の地震で泊原発が動いていれば、ブラックアウトは避けられたか。ネットにもいろいろな「真実」があり、それが「事実」となるには精密なシミュレーションが必要だ。ただ、「余裕のなさ」が問題の本質である以上、泊原発が動いていればブラックアウトを避けられた確率が高くなること自体を否定する技術者はまずいないだろう。

 そういうこともあって、ネットでは「ブラックアウトが冬に起これば、確実に人が死ぬ」「そのリスクを下げるため泊原発をなんとか動かしてほしい」と多くの人が言っている。もちろん、「動いている原発に万一のことが起きれば恐ろしい」と、反対する人も多い。ここでも、各自の「真実」がぶつかっている。

 しかし、ネットの外には、全くその論点は出てこない。どちらの真実がより正しいかで多くの人が切実な問題として議論していることに−−お得意の両論併記の出番だ−−全く触れないなら、マスコミというのはなんのために存在するのだろう。(東洋大INIAD学部長)
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「105度」 読書感想文

子どもたちも大きくなって、下の子が中1です。
やっぱり夏休み共通の悩みは読書感想文(^^;)

でも、やっぱりお姉ちゃんのやってることをよく観察しているようで、
まずはプロット作成からちゃんとやろうとします。それはもう上手に作成します。

でも、枚数を増やそうといろいろ盛り込まないといけなくなると、やっぱり論旨がぶれるようです。

そのへんは、どこかの試験と同じですね。

でも、しっかり自分でやり切りました。
結局、パパの下書きは、まるで不要でした。

今どきの子は、大したもんです。

というわけで、不採用の作文です(^^;)

中学1年生の自分を思い出して、書いてみました。

あの頃、なにを考えていたんだろうか。
なりたいものなんて何もなくって、ただ毎日を過ごしていただけのような気がします。

大学の学部を選ぶ時、これが大きな岐路になると考えて選びましたが、
それがただしかったかどうかなんて全く分かりません。
就職活動では、内定を複数もらいましたが、あまり深く考えず大きいところを選びました。
役所に転職したのも、会社の状況が良くなく、いずれリストラに遭うだろうという漠然とした不安からです。
今の会社に入ったのも、役所があまりにもバカバカしく、差別的でかつウソつきだったからです。

こう思い起こせば、自分がこうありたいと思って選んだようで、実は環境に大きく影響されてきたんだなあと改めて思います。本当の意味で、自分から選んだと言えるものってあるんだろうか。それすらよく分かりません。

でもそのわりには、まあまあ悪くない道だったかなと思えているのは、かわいい娘たちと、嫁さんがいてくれるからでしょうね。

中1からやり直すとすればどうする?
あまり変わらないかもなあ(^^;)


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自分の進むべき道 「105度」を読んで

 私もいつか、自分の道を見つけたと言える日が来るんだろうか。それはいったい、どんな道なんだろうか。その時の私は、今の私みたいに、悩んでばかりいないで、自信を持って、自分の道を歩もうとしているんだろうか。今の私は、その時の私よりもきっと幼くって、判断力も無くって、どんな道を歩めばいいか分かっていないと思う。でも、未来の私になることなんて出来ない。今の私に出来ることをしていくしかないんだ。この本を読んで、そんなふうに思いました。

 この本の主人公真くんは、勉強もできて、でも椅子のデザインののめり込んでいきます。
真君のお父さんは、「真君のため」に、苦労するであろう道を歩まないように、ことあるごとに立ちふさがります。でもそれは、お父さんなりに真君のことを大切に思っているからです。

 やりたいことを仕事にすることの難しさ、苦しさを乗り越えてでも、その道に進もうと決意すること。真君のお父さんは、友人たちにお願いをして、そういう生の声を真君に届けます。真君は、そういう人たちのアドバイスを聞いた上で、自分の進みたいと思える道を見つけます。
私も、真君と同じように、いつも勉強を頑張っています。そして、絵を描くことが大好きです。
だけど、真君みたいに、絵を描くことが自分の本当にやりたいことだと言い切る自信もありません。
真君みたいに、そんな決意が、私にできるだろうか。できるとしたら、いつなんだろうか。

 本の最後で、真君は、椅子のデザインコンペを通じて、建築の道を歩みたいと決断します。コンペを通じて、いろんな人の意見を聞き、いろんな人の助けを借りて、そしてコンペ参加者の作品に刺激を受けて、自分の道を見つけ出しました。

 今の私は、やっと、いったい私は何がしたいんだろうか、と考え始めたばかりです。私はいったい、何がしたいんだろう。自分の進む「べき」って、どういう意味なんだろう。
でも、本当に、自分の進むべき道が見つかった時に、その道に進むことができるように、今はしっかり勉強をしていきたいと思います。
そして、真君みたいに、自分の進むべき道を、考え続けることが、大切なんだろうって、今は思います。

人情とボランティアと

いやはやすばらしいじいさんですね。
こういう人を目指さないとですね。

ただ少し違和感がありまして、
風呂や食事を勧められても、ボランティアだからいただかないというのは、私の考えるあるべき姿からは違和感を覚えました。

ということは、この人は、自分でカネを払って活動しているわけですね。
そういう活動が長続きすることはごくまれだと考えます。まれなじいさんといって間違いないでしょう。

これが美談として書かれると、次からはボランティア要請側が
「風呂も食事もいらないはずだ」と勘違いする輩が出てきます。
または、「こいつメシ食わせてもらってやがる、ボランティアのくせに」と後ろ指指す輩が出てきます。
そういう輩は、ぜったいにボランティアなんてやらないんですけどね。

このじいさん、すばらしい考え方と理念と行動力を持っている、類い稀なすばらしいじいさんだと思います。
しかし、これが祭り上げられることで、ボランティアとはこうあるべきだという考えが一人歩きし、
参加へのハードルが上がってしまう可能性が高いと思います。


里見清一さんの著書の中で、感動した一節があります。
「回診の時に、ときどき患者さんから、菓子や果物を勧められることがある。その時には、決して断ってはならず、礼を言ってもらった上で、その場で食べなければならない。」

「どうして私はあの時、差し出された缶コーヒーを断ったのだろうか。(中略)あの時、身動き取れず、できることがほとんどない状況で差し出された、患者の好意と感謝のしるしを断るなんて、今となっては人非人の所業と思える。いや、今となってから思うのではない、あの時患者さんの病室を辞した時以来、ずっと私は後悔し続けている。」

よしきちゃんのご家族は、絶望の淵から救ってくれた命の恩人に対して、最大限の好意と感謝の意を示そうとします。
それは、ぜったいに断ってはならないと思います。
金品を要求することはともかく、風呂と、食事は、受け取らないといけないと思います。
そうすることで、「ちゃんとお礼をすることができた」という気持ちを、家族のみんなが持つことができ、気持ちよく送り出すことができます。
それを断ることは、人の「感謝したい」という気持ちを踏みにじるといえば言い過ぎでしょうか。

感謝の気持ちは、きちんと受け取る。それが人情ではないですか。

私もボランティア活動を継続して行っている身であります。
だからこそ、私は、ちゃんと活動原資となる費用をいただきます。
改めてこんなことを思った盆休みでした。

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活動費は年金から 風呂も断った尾畠さんが貫く信念
8/16(木) 11:35配信 朝日新聞デジタル

 山口県周防(すおう)大島町で3日間行方不明だった藤本理稀(よしき)ちゃん(2)=同県防府市=を発見した尾畠(おばた)春夫さん(78)は、大分県日出(ひじ)町から軽ワゴン車で駆けつけ、1人で捜索に加わっていた。
全国各地の被災地で活動してきたボランティアのベテランだった。

 「私はボランティアだから、そういうのはもらえません」

 理稀ちゃんを家族に引き渡した15日、祖父から風呂を勧められた尾畠さんはそう断った。
軽ワゴン車に食料や水、寝袋などの生活用具を積み込み、助ける相手側に迷惑をかけないのが信条。
「自己完結するのが真のボランティアだ」と言う。
活動費は自分の年金から捻出している。
 元々は魚屋さん。
捜索中、理稀ちゃんに気付いてもらえた「よしくーん」という大声は、店先で鍛えたものだ。
ボランティアを本格的に始めたのは、大分県別府市にあった店を閉めた65歳のころ。
「学歴も何もない自分がここまでやってこられた。社会に恩返しがしたい」と思ったからだ。

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ヒヤヒヤで決勝トーナメント進出!

いやードキドキしました(^^)

なんとかかんとか警告数ですれすれクリア、実に日本代表らしい(^^;)

私の戦前の予想は、コロンビア勝ち、日本は引き分けか負けでした。

昨日の韓国みたいに、重圧から解き放たれたチームは強いってのを恐れていました。

まー何にしても、めでたいめでたい(^^)

次はイングランドがベルギーか?

ベルギーメッチャクチャ強い・・・。

セネガルに引き分け!

いや〜いい試合でしたね〜〜!

あれだけ寄せられてもあれだけボールをロストしないって、日本代表っぽくない(^^)
本当に強いなあ。心が。

あとは、大迫の空振りが(^^;)

第3戦まで楽しめますね。

ちなみに、ここまでのゲームで、一番強いって思ったのがベルギーでした。

2位上がりだとラウンド16でたぶんベルギー戦。

なんとか1位上がりしたいですね〜〜。

欲が出ちゃいます(^^;)

コロンビアに勝利!

すごいですね〜〜

大迫マジ半端ねえ!
あの倒れなさ、いったい何?っていうぐらい、強かったですね〜〜。

失点シーンでは、川島の1歩目の遅さが気になりました。ビックリするぐらい遅かったです。壁でボール見えてなかったのかな?出遅れてるんだから取ろうとせずにはじけば防げたかもしれませんが、結果的にはミス2つ、って感じですね。

いろいろ雑音も多かったと思います。
負ければそれ見たことかと全力で袋だたきにされますし、
勝てばすべて正しかったかのような持ち上げ方をされます。

でも実際はそういうことではなく、結果として勝ったのは横に置いといて、
こういうところは良かった、悪かった、だからこういうふうに改善しよう、
というコンセンサスを得るプロセスが最も重要と考えます。

センセーショナルにドラマチックに感情をかき立てるようにマスコミは騒ぎますが、
それに乗っては必ず落とし穴に嵌まりますので、しっかり修正していって欲しいと思います。

個人的に印象的だったのは、岡田さんだったかな?が、
「スカウティングで、ロドリゲスが出ないという情報をつかむことで柴崎を起用できた」という部分でした。
あとは、試合中の落ち着きっぷりですね。ああ、強いな、と素直に感じました。
攻めどころをしっかり見極めよう、相手を引っ張り出そう、とするクレバーさが伝わってきました。

ほんのわずかな差、でも実はそれが大きい。それを如実に表すエピソードだと思いました。

さて、もう1試合では、セネガルとポーランドの試合、セネガルが勝ちましたね。
ランキングで下位の方がすべて勝つという、なかなか見ものの状態になっています。

次節、勝ったもん同士と負けたもん同士です。
負けたもん同士は、決着がつけば勝った方が生き残り、負けた方は敗退が決定します。
勝ったもん同士は、まあ引き分けでもよしですね。
でも、セネガルの試合見ましたが、メチャメチャ強いです。

デュウフってフランスに勝ったときに出てた人?まさかね〜〜あれから16年(^^)



ああ、これには なれない

切ないですね。
努力をいかに重ねようとも届かない高みがある。
努力すればこそ、その限界を思い知ることになる。
そして、それを知ることが、自分の生きる道を探すことにつながります。

上の娘ひなちんは、高校でソフトテニス部に入りました。
昨日今日は、試合の応援に行ってました。
とっても楽しかったようです。

強くなりたい。上手になりたい。
素直な気持ちが、パパにも伝わってきます。
中学の時のような、変な顧問に振り回されずに、
伸び伸びとやれているようです。

ちなみに、ソフトテニス部には、なんと二人しか入らなかったようです。
ひなちんと、もう一人は、いつも壁になっていた強豪校のレギュラーメンバーで、
県大会出場経験ありまくりのそれはそれは上手な子です。

そうすると、たぶん、部の中でも、ひなちんが一番下手な部類になるでしょう。
しかもいきなり、その子とペアを組むことになる。
それはそれは大変です。きっと、足を引っ張ることになるでしょう。

でも、中学の時、まともな後衛がおらずに、アウトボールしか打てない(打とうとしない)ような、
ホントに頭おかしいんじゃないかと思うような後衛と組まされて、つらい思いをしてきたひなちん。
今度は、勝てば後衛のおかげ、負けたらひなちんのせい、といわれるような環境になります。

そういう環境がほしくてたまらなかったひなちん。
それはそれでつらいときが来るでしょうけど、きっとそれはあなたの糧になります。
しっかりやり遂げてほしいなあ。そして、自分の限界までやり抜いて、
自分が到達できない高みを実感するところまでたどり着いてほしいなと思います。

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卒業と入学と


ひなちん中学校卒業しました。
ほのちん小学校卒業しました。

小学校には計9年通いましたね。ほのちんの卒業で、パパもママも小学校を卒業です。

ひなちんは、無事志望校に合格しました。家からチャリで20分、通学は楽なもんです。
先生からはもっと遠くの学校を勧められましたが、通学時間があまりにももったいないので、自分で考えて地元を選びました。
中学での悔しさを晴らすべく、ソフトテニス部に入ってバリバリ勝ちたいそうです。

ほのちんは、中学ではテニス部に入るそうです。
ひなちんの大嫌いな、そして私も大嫌いな顧問がまだいますが、あと1年で異動するはずなので、
その後は楽しくしっかりした部活が期待できます。少なくとも、今よりはマシになるでしょう。


こないだ、ひなちんの制服を買いに行きました。中学校とほとんど同じで面白くない(^^)
ほのちんは、ひなちんのおさがりがあるので、体操服などを買って完了。

娘たちはどんどん大きくなります。

小学校卒業に合わせて、ほのちんから手紙をもらいました。

表紙には、「ママ、パパへ」と書いてありました。

ママのほうが先でした(^^;)




 

卒業

ひなちん3/6で中学校を卒業です。
ほのちん3/20で小学校を卒業です。

ひなちんは、クラスでも特別に優秀とみんなに一目置かれているようで、
分からないところ教えてほしいといっぱい集まってくるようです。
で、いまさらこんなことで時間使いたくないって、家でぶつぶつ文句言っています。

なのに、自分が分からないところを先生に聞くと、
ひなちゃんがわからないのに先生分からないよ〜って逃げられるそうです。
で、ちゃんと教えてくれないって、家でぶつぶつ文句言っています。

しょうがないから塾の先生に聞くそうです。で、塾の先生はちゃんと教えてくれるそうです。
勉強以外のことを話しても、いろんな経験をしているようで、話が面白くてためになるそうです。
塾の生徒は、それなりに自分の将来のことをしっかり考える人たちが集まっているようで、
話が合うそうです。

学校では、もう私立専願で受験の終わった子たちが授業も聞かずに騒ぎたおしていて、
うるさくって勉強できないそうです。で、塾に行って勉強しています。とぉってもはかどるそうです。
クラスの子たち、子供に見えてしょうがないそうです。

最近は、「いいなあ、塾行かせてもらって〜」というセリフは、まったく言ってません。
だって、もう痛感しているのが丸わかりですから。

−−−−−−−−−−−−−−

ほのちんは、毎日楽しそうに図書館で借りた本を読んでいます。
何読んでるのかな〜って見たら、コミュニケーション術だったりします。
まさかそんな本を読むとは…。

こないだ、ほのちんの体操服だけ買いに行きました。
制服は、お姉ちゃんのお下がりです。
で、ほのちん曰く、「パパの会社がつぶれたら、体操服もお下がりでいいからね」とのことです。
いろいろ学校での出来事を話してくれますが、やっぱり、
周りの子たちが幼く見えてしょうがないんだなあ、って感じです。

ほのちんも、英語だけですが塾に行き始めました。
パパが、「いいなあ・・・」って言うと、
「続き言わなくていいからね、どうせ塾行きたかったとか、行かせてもらえなかったとか、そういうこと言うんでしょ」ってすかさず返されます。


大人の感覚を持っているのは、我が家の子供たちの特徴でしょうか。
パパイズムがしっかり伝わっていて、うれしい限りです。
そして、しっかり自分で考えることができるということは、
パパがいなくても大丈夫になった、と同じ意味です。

パパの究極の目標は、パパがいなくても大丈夫なようにすること。
うまくいっているようで、それはそれでとても嬉しく寂しい。
その想いがどんどん強くなっている、そんな日々です。

なんと半年ぶり更新(^^) 原監督の話

見事青学4連覇!
すげえなあ・・・。


帝京大、順大、駒大、神奈川大は指導者がこういうコメントを残している時点でまず勝てないでしょうね。

帝京大「選手がしっかりしている。」んじゃない、しっかりした選手となるように仕向けている
順大「一人一人の負けられないという思いの強さが結果に出ている」んじゃない、そういう人材となるように仕向けている
駒大「選手層が厚い」んじゃない、切磋琢磨すれば結果が出るという思考を持つように仕向けている
神奈川大「よく鍛えられている」んじゃない、自らこうあるべきと考えて実行するように仕向けている

指導者ができることなんてたかが知れている。
けど、その部分がものすごく大きいんだということをこの監督たちは理解しているのかな?
原監督は人を育てることが結果につながることをよく理解していて、そしてそれを実行するメソッドを持っているんでしょうね。
陸上界が古いと、著書の中でことあるごとに言っています。
ハチマキやグローブの件なんかはその象徴でしょうね。

これらの古い考え方に比べ、ライバルは他校ではなくサッカーや野球だとのこと。
素晴らしい視野ですね。

5連覇確定かなと思っちゃいますね。

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【箱根駅伝】青学大4連覇に参りました ライバル校監督の反応


 往路2位の青学大が東洋大を逆転し、総合10時間57分39秒で13年ぶり6校目の総合4連覇を達成した。

 ライバル校の監督のコメントは以下の通り

 東洋大・酒井俊幸監督「先頭に立った時の青学さんの強さは際立っている。7区で設楽悠太の記録をあそこまで抜かれるとは。あそこで勝負は決まった。6、7、8区で決めるんだという原監督の強い気持ちを感じた」

 東海大・両角速駅伝監督「圧倒的な差をつけられた。優勝に関しては、ミスがないだけでは勝てないと思った。何かプラスアルファを考えないといけない」

 法大・坪田智夫駅伝監督「ライバルと言うのはおこがましい。なかなか強いなっていう印象でしかない。何年かかけて近づけたらなと思っています」

 帝京大・中野孝行監督「選手がしっかりしている。自分でできるもんね。そういう選手を集める才能が原監督にはある」

 順大・長門俊介駅伝監督「適材適所で選手が生きる配置をしている。一人一人の負けられないという思いの強さが結果に出ている」

 駒大・大八木弘明監督「選手層が厚いのが一番。誰が外れても次のスペアがいる。各選手が自信を持って臨めるのが強さですね」

 神奈川大・大後栄治監督「青学大がやっぱり勝つと思っていた。よく鍛えられている」


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箱根手袋にロゴ、校名同載ダメ!青学大原監督怒った
[2017年12月30日9時41分 紙面から]



 第94回東京箱根間往復大学駅伝(来年1月2、3日)で4連覇を狙う青学大の原晋監督(50)が29日、「箱根駅伝文化」の存続を求めて、ほえた。箱根駅伝を運営する関東学生陸上競技連盟は、今大会から日本陸連の「競技会における広告および展示物に関する規程」にのっとり、手袋とハチマキに学校名、ロゴを入れることを制限。原監督は決定を受け入れつつも、学校愛や競技の魅力を表す象徴を廃することに対し、「時代の流れに逆行している。駅伝界にとって不幸な出来事」と訴えた。

 29日、午後4時。区間エントリーが発表されると同時に原監督は真っ先に「おかしくないですか」と怒りをぶちまけた。矛先は、今大会から決まった手袋、ハチマキの学校名やロゴの制限について。「駅伝は母校の絆をもって、動いている。それを、ハチマキにロゴを付けたらいけない。手袋にロゴを付けたらいけないというのは、時代の流れに逆行している。非常に陸上界、駅伝界にとって不幸な出来事。腹が立ってしょうがない」と話した。

 日本陸連の規定は、競技の際に宣伝物を身につけることを制限している。関東学連は前回大会まで、この規定を厳密には適用していなかったが、日本陸連の方針に基づき、10日の監督会議で各校に順守するよう告知した。その場で意見した原監督は、説明されて決定を受け入れていた。この日の原発言を受け、関東学連関係者は「いったん理解してもらったのに、なぜ今日、反対の発言をしたのかが理解できない」と困惑した。

 原監督が怒りをあらわにしたのは、ここまで自分以外誰も反対しない状況にも一因がある。今回の通達はユニホームや襷(たすき)以外の着用物のみ。手袋に2つ以上のロゴを入れられないため、青学大では学校名を省き、規定通りに小さくしたメーカーのロゴのみとした。早大、神奈川大、東海大なども同様の措置を取るという。わずかな変更だが「そのうち、W(早大のロゴ)とか、N(日大)とか、でっかいのがなくなりますよ」と他校にも言及。「世界記録、日本記録が出る大会であれば分かりますが、箱根駅伝は加盟校の組織で運営されている。独自の文化を作ればいい」と訴えた。

 箱根駅伝は、関東の地方大会。それでも、日本陸連のルールに従う理由を関東学連の中島剛競技審判委員会委員長は「規定では、テレビ中継やインターネットで不特定多数に公衆送信される競技会に適用するよう記されている。箱根駅伝は露出が多く、それに当たる」と説明した。

 そもそも宣伝を控えるという「考え方がおかしい」とも原監督は話す。陸上界を盛り上げることで、競技人口が増え、競技力も向上するというのが持論。「格好いいハチマキや手袋を見て、駅伝を志すジュニア層が増える。流れをくんでほしい」。4日後に迫るレースだけでなく、箱根駅伝と陸上界の未来に向け、ヒートアップした。【高場泉穂】


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青学大・原監督「ライバルはサッカー界、野球界」熱い言葉の裏で大学院で方程式学ぶ

2018年1月4日6時0分 スポーツ報知

 往路2位の青学大が東洋大を逆転し、総合10時間57分39秒で13年ぶり6校目の総合4連覇を達成した。6区で小野田勇次(3年)が往路優勝の東洋大を逆転すると、7区で林奎介(3年)が区間新記録で勝負あり。創部100周年を飾った原晋監督(50)は「ハーモニー大作戦は400%の大成功です!」と胸を張り、優勝会見では陸上界に革命を起こすと宣言した。(晴れ、気温氷点下1・8度、湿度72%、南南東の風0・9メートル=スタート時)

 勝てば官軍と言わんばかりに“原節”がさく裂した。優勝会見でマイクを握った原監督は「陸上界を盛り上げたい。ライバルは早稲田、駒沢、東洋、東海ではないんだ。サッカー界、野球界なんだ。多くの若者にこの箱根駅伝を通して長距離を志してほしい」と語気を強めた。祝福ムードが凍りつき、約100人の報道陣に向かって訴えた。

 日本の人口が減り、各競技で優れた人材の奪い合いが始まれば、自分を育てた陸上がなくなってしまう。「陸上に引き込むために箱根駅伝が必要。だから箱根を盛り上げる」。年始の風物詩は最大のチャンス。毎年恒例の「〇〇大作戦」など、報道陣への“ネタ”の提供にも考えを巡らせた。「勝たないと聞いてもらえない。強くなければ伝えられない」。口だけではいけないのは承知の上だ。

 だからこそ、強さを求めた。昨年12月30日のミーティング。全部員へ胸に抱える信念をぶつけ、頭を下げた。「勝って優勝会見で言いたい。俺に力をくれ。ぜひ、勝ってほしい」。普段はくだらない冗談を飛ばす指揮官の真っすぐな言葉に、下田は「僕も陸上界を変えたいと思っている」と受け止めた。前回は出雲、全日本で2冠の絶対王者として箱根も制した。今季無冠で迎えた教え子たちは最後に圧勝で応えた。

 昨年4月から通う早大大学院スポーツ科学研究科修士1年制コースで学んだノウハウを生かし、データを洗い直した。夏合宿の練習消化率が90%に届かない選手は箱根で快走できない。3連覇時と比較した用紙を寮の入り口に貼って回ると、紙だらけになった。無冠でもデータ上は過去と遜色ない。寝食をともにする選手の調子は、顔色を見ればお見通しだ。「勝利の方程式ができた」。往路終了時に「6区で追い抜き、8区で引き離す」と予言した通りに逆転。最先端のデータとアナログの観察力を融合させ、土壇場の強さを生んだ。

 反感を買う発言に「嫌う人もたくさんいるよ」と背中を丸めるが「常に本質を考えて発言している」とブレることはない。「(自分の)言葉に対して、学生たちは頑張ってくれた。ありがとう」。全ては愛する陸上のため。人生を懸ける男の背中は、強い説得力を放っている。(浜田 洋平)

 ◆原 晋(はら・すすむ)1967年3月8日、広島・三原市生まれ。50歳。世羅高3年時に全国高校駅伝4区2位。中京大3年時に日本学生5000メートル3位。89年、中国電力陸上部に1期生で入社。主将として93年に全日本実業団駅伝初出場。27歳で引退し一般社員に。抜群の行動力とアイデアで「カリスマ営業マン」と呼ばれた。2004年に青学大監督に就任。家族は妻・美穂さん(50)。

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