ともだちだよブログ

ともの生き方。価値観が書いてあります。タイトルの意味は「ともだちだよ」って聖書をつくった神さまが、みんなに言うてるからつけました。タイトルを見るたんびにそれを思い出して、「わたしって神さまに愛されてる」って思い出してもらえたらと思ってます。でも気が向いたらブログ名変えるかもしれん。そんな期間限定ブログです。

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「カレーライス作り」と「弟子を育てる弟子作り」





みなさんは料理を作ることがありますか?


カレーライスを作る時に、考えることは何でしょうか?みなさんは、カレーライスを作ったことがありますか?


私はあります。美味しく作ります。


では、カレーライスを完成させるために必要な4つの手順を挙げてください。

①人参を切る

②ジャガイモを切る

③玉ねぎを切る

④牛肉を切る
  

違います。これでは、4つの手順が終わった頃には「生牛肉と生野菜サラダ」しかできてませんね。新メニュー過ぎます。

正解は

①カレーライスを作ると決心する

②カレーライスに必要な材料を買う

③カレーライスを作るために必要な調理する

④カレーライスのように盛り付ける(完成)



ですね。これで作れます。



さてでは、弟子を育てる弟子を作る時に必要な4つの手順とは何でしょうか?



カレーライス作りを参考にするならば、

①弟子を育てる弟子を作ると決心する

②弟子を育てる

③弟子に、弟子を育てる上で必要な本質を教える

④「行って弟子を育てなさい」と派遣する



ということになります。



大切なポイントは、最初にゴールや目標を決めることです。「はじめに決心ありき」です。



ゴールを決めた後に、そのために必要なことをします。



イエスさまの人生もまさにそれでした。


イエスさまは最初から「弟子を育てる弟子を作る」と決心していたでしょう。


だから、弟子を育てて、弟子たちに「弟子を育てる」というモデルを意識的に示したのだと思います。


もしもイエスさまが弟子を育て忘れたり、怠けたりしたのに、最後、天に昇られる時に「弟子を育てなさい」と人々に言ったらどうなったでしょうか?


一斉に「え?どうやって?!」というツッコミが来たかもしれません。


でも実際は、イエスさまはご自分で育てた弟子に対して「あなたがたも弟子を育てなさい」と言ったので、


弟子として育てらる経験をした弟子たちは「よし、弟子を育てよう」と行動できたのだと思います。


イエスさまは、最初に「弟子を育てる弟子作り」を決心されて、最後までぶれずにやり遂げた良いモデルです。


聖書から、イエスさまによる「弟子を育てる弟子作り」を学べる私たちも、「よし、弟子を育てよう」とチャレンジできると思います。


ポイントは、「最初に決心してから、ゴールに向かって動き出すこと」です。






おしまい




歳をとるということ







こんにちは!御歳、27歳の僕です。


最近、病弱キャラが定着しそうで焦ってます。


以前は、オリンピック金メダルキャラだったのに。。。(なんだそれ!)






12月は中耳炎に初めてなりまして、


1月はインフルエンザに10年ぶりになりました。


しかも何が辛いって、


インフルエンザが治った後も、2週間以上めまいが続くことです。


知り合いの牧師先生から教わりました。


「歳をとるということは、たくさん病気をするということだけはなく、


治りが悪くなることだ」


と。。。


心に刻みます。。。


これからは意識的に、積極的に健康管理に気をつけていきたいと思います。


とりあえず、ここ数ヶ月、人生で最も運動不足なので、


運動不足を解消していきたいと思います。





おわり




フェイスブックより「クリスマスの決意」







僕のフェイスブックより転載。


2015年12月25日の記事です。


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【クリスマスの決意】

諦めたくなってもブレないことは大切だ。4年前に、22歳で岩手に移住を決めた時に、行って何をするかという2つの目的を持った。その2つとは「困難な状況にいる子ども達に寄り添う」「孤独な人の話し相手(友達)になる」ということ。
この4年間、色々あって、とにかく明るい安村がうらやましいくらい「時々落ち込むトモユキ」だったけど、この2つの「岩手にいる意味」を持っていたから、諦めなかった。4年間、時間と共に変わる街のニーズに合わせて活動も変化したけど、変わらなかったのはこの2つの目的からブレないということだった。多くの失敗を経験し、大きなこととか、すごいこととか何1つ成し遂げてはいない。「僕なんかが、ここにいていいのか。」と何度も考えた。「もっと、完璧な人間やしっかりとした人が移住すればよかったのに」と思った。だけど、僕は完璧な人間や立派な大人になってから東北に住むとか考えていたら、きっともう結局移住しなかったと思う。できるから来たんじゃなくて、できないと思っても挑戦がしたかった。1人でもいいから、孤独な人の話を聞きたい、1人でもいいから、子どもに寄り添い続けたいと願った。お金も能力もないけど、20代という「人生の時間」は僕にはあったから、それを岩手に使おうと考えた。

今、苦しいこともあるけど、幸せで、岩手に住んで本当に良かったと思う。きっと自分の幸せのために20代を使ってたら、逆に不幸だったと思う。失敗をするのは、挑戦をしたから。苦しいのは、最高のものを届けたいって目の前の人たちのことを大切に考えているから。楽な人生、困難が無い人生、全部予想が出来て何も新しいことも起きない人生って、本当に幸せなのだろうか。どうして、僕たちが僕たちとして個性を持って生まれてきたのだろうか。僕たちにしか出来ないこの世界での「役割」が必ずあると思う。もっと世界を見よう。

今年、1つショックだったことは、岩手県の自殺率が国内ワーストだって知ったこと。最初、なぜこんなめっちゃいい県で、自殺が多いのかって理由がわからなかった。だけど、今はなんとなくわかってきた気がする。「あなたは大切な存在だと言い続けてくれる人」が岩手には必要だ。友達がいない人に、孤独な人に、困難の中のいる人のそばにい続けてくれる存在が必要だ。僕のクリスマスの決意は、今までと変わらず「困難な状況にいる子ども達に寄り添う」「孤独な人の話し相手(友達)になる」という目的からブレないということ。「メリークリスマス」すら言い合える存在がいない人に、メリークリスマスと言うことでもある。およそ2000年前に生まれた、赤ちゃんイエス・キリストは、やがて大きくなって孤独な人と友達になり、誰からも相手にされない人の話を聞いた。「あ〜、どうせ宗教か」とどうかそうは思ってほしくない。宗教について言いたいのではなく、今この瞬間死にたいと考えている人たちに、いつか、出来れば早く愛が届いて願っている。自分には関係ないって思ってほしくもない。そんな無関心が孤独を作ってしまうから。難しい話はわからんけど、僕が人生を通してやり続けたいことは、今回書いたことである。強制したくもないから、何かやってみたいと思ったら挑戦して欲しいと思う。多分最初は失敗するかもしれないけど、そこで諦めなかったら、失敗なんて「失敗(仮)」だから大丈夫。諦めることさえしなければ「あなたは大切な存在だ」ってこと、必ず伝わると信じてる。





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