2005年07月08日

ラブレター

1 尽きないおしゃべりを
2 ともも
3 32歳
4 おばあちゃんへ

結婚する前は、よく実家に寄ると、おばあちゃんといつまでもいつまでも、途切れることのないおしゃべりをした。
おばあちゃんは本当によくしゃべる。
それも自己展開が得意。
おしゃべりな私がおばあちゃんと話をすると聞き役に回ってしまう。
びっくり。

子供の頃、おばあちゃんが大好きだった。
両親が共働きだと、おばあちゃんの存在は大きい。
っていうか体もふとっちょで大きかった。
おばあちゃんのぷよぷよした二の腕がすきで、よく触った。
江戸っ子、日本橋生まれ。だからすんごくプライドが高い。
母はだいぶいじめられた。
もめごととか、たくさんあった。
でも、私はおばあちゃんが好き。
母の気持ちを思うと胸の痛くなることもある。
でも、私は血がつながっている。

夕方になると、仏壇の前に座り、お経を唱えるのが日課だった。
仏様にお水あげること、手を合わせること、ご先祖様への感謝。
理屈じゃなく、おばあちゃんの背中に教わった。

20代のとき、苦しい恋愛ばかりで地獄の泥沼にはまり込み、抜け出せずもがいていたころがあった。
誰にもいえないこともあった。
ひとり、胸の内に悶々たるものを抱えていたあの頃。
おばあちゃんに、ふと、その恋愛の一部始終を話してしまってことがある。
何故おばあちゃんに言えたのかはわからない。
ただ、おばあちゃんなら受け止めてくれる気がした。
おばあちゃんは黙って私の話を聞いてくれた。
内心、驚いているのかもしれないけど、平静な表情。
おばあちゃんは特に何も意見せず
「…おばあちゃんの孫だもんねぇ・・・」とつぶやいた。
おばあちゃんも、結婚前は色々大変だったらしい。
おじいちゃんは10歳年が離れていたし、出会ったときは既婚者だった。
母親(私にとっての曾おばあちゃん)に相当反対されたらしい。
状況は違うけど、男性のことで悩まされるのは”血”なのだろうか。
でも、なんだかおばあちゃんと同じ仲間と思ったら、とても気が楽になった。
私はおばあちゃんに救われた。
私とおばあちゃんは、いつしか互いに本当のことをいえる友達みたいな関係になっていた。

小さいときは一緒に住んでいたけど、おばあちゃんは長男であるおじさんの家に引っ越していった。
でも訳あって80代半ばにして、おばあちゃんはまた、うちに住む事になった。
うちは小さな団地。
姉と私は家を出て二人暮らしをすることになった。
でも、おばあちゃんはそれからが大変だった。
父と毎日喧嘩。
父は厳しくて、強がり、意地っ張りのおばあちゃんもさすがに苦しんでいた。
私がたまに行くと、おばあちゃんは私にだけ、悩みを打ち明ける。
一度は泣いちゃって、本当に可哀想だと思った。
私は聞いてあげたり、励ますことしか出来ない。
でも、それでも話終えるとおばあちゃんは心なしか明るい表情になった。
「おばあちゃん、あと何年生きるかわからないんだから、笑って過ごそうよ!」
私はそう言う事しかできなかった。



結婚してからおばあちゃんとあまり話せなくなってしまった。
いつも気にはなっているけど、なかなか会いにいけない。
この前、半年ぶりに会えた。
久しぶりで、嬉しくて、話がはずんだ。
話しているうちにおばあちゃんから意外な言葉。
「お前と話がしたくてねぇ・・。話したい、話したい、って思っていたんだよ・・」
おばあちゃんの目には涙が溢れていた。
「ごめんね、おばあちゃん」
私はおばあちゃんを抱きしめた。
可愛げがないと、父はいつも言う。
おばあちゃん。私だけには弱い自分を見せるね。
私は心底嬉しかった。
おばあちゃん、ごめんね。もっと会いに行くようにするね。
おばあちゃんの孫で、本当によかったよ。

今年93歳。
まだまだ、一緒にお話しよう。
いつまでも、いつまでも。
室井佑月さんの「ラブレター」にTBさせていただきます。
よろしくおねがいします。

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