2009年01月16日

新潮新書「マイクロソフト戦記:世界標準の作られ方」

fd459b96.jpgやっと出版。
正直うれしいです。
全国の本屋さんで売ってます。





マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方 (新潮新書 298)
著者:トム佐藤
販売元:新潮社
発売日:2009-01
クチコミを見る


よろしくおねがいします。

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2009年01月02日

オバマ新大統領のクリーンエネルギー政策

 歴史的節目には、大きな出来事があり、テクノロジーや産業の行く末も大
きく変化する。前回、アメリカの産業界の流れが変ったのはクリントンが大
統領に就任した時期だ。

 92〜3年にかけて、アメリカは貯蓄金融機関(S&L)の相次ぐ破綻で、
景気は急降下した。共和党のジョージ・ブッシュ政権は、ものの見事に敗北
し、クリントンは就任と共に財政の建て直しと経済の再建という難しい舵取
りを余儀なくされた。

 この時、クリントン政権に産業政策を持ってきたのがアル・ゴア副大統領
だった。彼のインフォメーションハイウェイ政策は、ご存知の通り、後のイ
ンターネットブームへとつながり、アメリカの産業界に変革をもたらし、国
の財政を黒字化し、巨額の国家債務を完済間近にまで持っていった。

 IT企業では、PCビジネスからインターネットビジネスへと変革を余儀
なくされたが、必ずしもPC業界人がネットにスムーズに移行できたかと言
うと、そうではなかった。マイクロソフトですらビル・ゲイツ会長が97年
に大号令をかけるまで、インターネットには手付かずの状態だった。ウイン
ドウズ95ではIEが添付されておらず、98になってようやくバンドルさ
れたぐらいだから、如何に当時の組織のペースが鈍かったが伺える。私の周
りでも、ネットブームに乗り遅れて、単体PCのビジネスモデルが消滅する
中、キャリアを誤った人が少なくなかった。

 94年にシリコンバレーでアメリカ政府が協賛したインフォメーションハ
イウェイのカンファレンスに参加した際、ネットへの大きな動き確認した後、
私は翌年、PCソフトのビジネスに見切りをつけ、渡米してインターネット
のEコマースの会社を起業した。目の前にあり、大きなテクノロジーの波に
乗らないわけにはいかなかった。しかし、ネットがココまで大きくなるとは、
私も多くの業界関係者も予測できなかった。

 今、世界は前回の産業の節目と同じような状況にある。そして、世界経済
の主流になるテクノロジーもITから変ろうとしている。それが、何であっ
て、どのように展開していくかを説明していきたい。

 前回のITの発展には、情報が限りなく無料で手に入るという、基本的な
インセンティブがあった。最初は、テキストベースの電子メールで始まった
ネットの利用は、現在ではギガバイト単位で動画が瞬時に手に入るようにな
った。そして、業界発展のインセンティブのキーファクターは、「無料」で
手に入るということだ。

 今年から始まる新しいテクノロジーもこの「無料」というキーワードで発
展することになり、今回の対象は「情報」ではなく、「エネルギー」である。

 2007年のアメリカ原油輸入額の合計は$246B(当時のレートで約
30兆円)である。そして、主な用途が発電とガソリンである。2つの業界
は安い原油に依存してきたが、この30年、ほとんど技術的革新のないまま、
07年の原油高と金融危機で壊滅的なダメージを受けた。

 オバマ新政権にとって、エネルギー政策は、貿易赤字の解消と新たな雇用
を生み出すための新産業政策である。

 昨年の11月、カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガ
ーは、各国の首脳と環境問題識者を集めてグローバル・クライメット・サミ
ットを開催した。ブッシュ政権下の連邦政府は、地球温暖化に対する政策は
ないものの、州レベルでは、様々な取り組みが行われ、シュワルツェネッガ
ーは温暖化ガス排出規制などの対策案を打ち出している。

 この会場で、真っ先にシュワルツェネッガーが紹介したのが、オバマ次期
大統領からのビデオメッセージだった。

 このスピーチで、オバマは地球温暖化と外国からの原油の輸入をそのまま
にしておけば、アメリカの経済を弱体化し、国家安全保障にも脅かしかねな
いとし、温暖化ガス排出量を2020年までに1990年のレベルに削減し、
民間企業にクリーンエネルギーの分野で$15B投資すると宣言した。

 オバマのいうクリーンエネルギーは次の通りだ。

 太陽光発電
 風力発電
 次世代バイオ燃料
 原子力発電
 新石炭燃料技術

 考え方は簡単だ。30兆円の原油の輸入をやめて、新しいクリーンテクノ
ロジーで産業と経済の再生をもたらす。オバマのターゲットは5百万人の雇
用をクリーン分野で生み出すことである。

 翌月、オバマは産業エネルギー政策の中核となるエネルギー・環境チーム
を発表した。ここで、興味深いのは、これまで敵対的関係にあった、エネル
ギー省と環境保護庁を1つのチームとし、エネルギー省長官にノーベル物理
学賞受賞者でローレンス・バークリー・ナショナル研究所所長のスティーブ
ン・チュー博士を起用したことだ。この研究所はアメリカ最大の科学研究機
関で、チュー博士は所長として新エネルギー技術の開発の中心人物だった。

 彼のイニシアティブにより同研究所で、新しいバイオマス発酵技術、新太
陽エネルギー技術、藻類を使ったバイオ燃料生産など数多くの技術がプロジ
ェクトヘリオスとして進められていた。大学での専門は原子物理学で、レー
ザー光線による原子を静止する方法に関する研究でノーベル賞を受賞してい
る。

 興味深いのは、彼は独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構の運営委
員の一人で、日本の研究機関と強いパイプを持っていることだ。また、ヒュ
ーレット・パッカード(HP)の創業者のビル・ヒューレット氏の財団のボ
ードメンバーや画像処理チップのメーカーNVIDIAの社外取締役などに
就任しており、シリコンバレーの人脈も持っている。

 彼の考え方は科学の力でエネルギーと貿易赤字の問題解決することだ。

 1月20日に就任するオバマ大統領のエネルギー政策を過去の事例とチュ
ー博士の過去のホワイトペーパーなどを基に予測してみようと思う。

 新しいクリーンテクノロジーへの産業促進政策として、大学への研究開発
費の提供と民間への技術転用のインセンティブと参入障壁になりうる規制の
緩和を実行する。次に、既存のエネルギー会社への省エネ促進インセンティ
ブ提供。例えば、電力グリッドの効率化や、クーラーなどの冷却システムの
省エネ化など。電力会社の原油による発電から新石炭への移行。

 こうして予測してみると、クリーンテクノロジーは、既存大手企業が主役
になりそうだが、過去の事例を見てみるとそうでもない。94−95年にイ
ンフォメーションハイウェイ政策にいち早く名乗りを上げたのはAT&Tや
ケーブルTV会社大手などが中心だった。彼らは既にネットワークを持って
いたので、アドバンテージがあるように見えた。しかし、ネットの勝者は、
ヤフーなどのベンチャーキャピタリストが投資をした若い企業ばかりだった。
巨大企業が補助金目当てにもたもたしている間に、ベンチャー起業家は、ベ
ンチャーキャピタリストから素早い事業開発を求められ、さっさとサービス
を開始してマーケットシェアをかっさらって行った。

 そこで今のクリーンテクノロジー分野でのベンチャーキャピタルの動きを
見てみよう。 

 2007年のクリーンテクノロジー分野へのベンチャーキャピタル投資は
ローラーコースターに乗っているようなものだった。アメリカのベンチャー
キャピタル業界が不安定な株式市場で出資先の利益確定ができないまま、I
T投資を徐々に削減して行った中、クリーンテクノロジーの分野では、原油
高の中、大手投資銀行などと競争して資金供給して行った。ところが、リー
マンショック後は一転して投資銀行が一斉投資を停止し、太陽光発電所や風
力発電のプロジェクトに影響を出し始めた。だが、ベンチャーキャピタルフ
ァンドは投資運営期間が長いために短期的なアップ&ダウンに影響されずに、
ベンチャー投資を続けている。

 例えば、ジョージア工科大学からスピンアウトした太陽電池セル製造ベン
チャーのSunivaは、HIGベンチャーズ、NEAなどの大手ベンチャーキャ
ピタルから100億円の資金を調達し、1年未満で生産工場の開設にこぎつ
けている。

 この分野は日本のシャープや京セラが得意としている分野だが、インド、
中国、ドイツ、韓国など多くのベンチャーが乗り込んでおり、ソーラーパネ
ルの1Kwあたりの値段が劇的に値下がりすることになる。一旦、設置すれ
ば後は簡単なメンテナンスコストのみの太陽光発電は、長期的な安定した売
電ビジネスが期待できる。つまり、Sunivaのような企業が続々とオバマ政権
下で創生されることになれば、一気にアメリカの電力送出量がクリーンエネ
ルギーベースに変ることになる。

 クリーンエネルギーは、年間30兆円の原油輸入額を取り崩して手に入れ
る、争奪戦である。大きなビジネスになるのは間違いない。

 この分野は太陽発電のみならず、分野は多岐にわたりベンチャーが参入す
る余地は十分あると思う。

 乗り遅れないためにも、少なくとも正月ぐらいは新しい分野に目を向ける
のも良いかもしれない。


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2008年12月25日

餐宴外交の極上ワイン

 マイケル・ダグラス主演の名画「アメリカンプレジデント」はアメリカの
理想の大統領を描いた恋愛ドラマである。クリントン大統領が就任して1年
目の95年にロブ・ライナーが監督した作品であるが、脚本を書いたのが後
に「ザ・ホワイトハウス」を製作総指揮兼脚本担当したアーロン・ソーキン
だ。だから、この映画とテレビドラマには、俳優や脚本の内容が多少だぶっ
ていたりする。

 アメリカンプレジデントでは大統領とアネット・ベニング扮する環境ロビ
イストとの恋愛物語である。おもしろいのは、映画の中では、何と地球温暖
化対策としてCO2排出削減の法案を議会に提出しているのである。95年
に映画ではなく、本当に議会で温暖化ガスを20%削減していたら、今頃、
北極の氷は溶けていなかっただろう。

 まあ、それは、置いておいて、この映画の主人公二人の初デートは、何と
フランス新大統領を迎えるホワイトハウスので歓迎晩餐会なのである。この
晩餐会は、素晴らしく優雅で、映画の見所なのであるが、私はどんな料理と
ワインが振る舞われたのかを知りたくて、このシーンを何度もDVDで見た。

 ほんの一瞬見られるのはデザートのシーンで、テーブルには美味しそうな
ベリー(フランボワーズ、ブラックベリー、カシス、イチゴ)のデザートが
並んでいる。そしてウェイターは、各人にピンクのシャンパンを注いでいる。

 目を疑ったのは、シャンパンがデザートに合わせて出ていたこと。シャン
パンは最初の乾杯の時に出されて、デザート時はコーヒーではないのだろう
か。映画の晩餐会だから無理に見栄えを良くするためにシャンパンを出した
のか?と思ったのだ。

 ところが、最近、新潮新書刊の「ワインと外交」を読んでいたら、私が全
く勘違いしていることがわかった。国賓級の餐宴では、メインコースが終わ
った後にスピーチが行われ、乾杯となる。シャンパンはデザートに合わせて
いると書いてある。私はシャンパンは食事の前に頂くものだと思い込んでい
た。
 
 最近出版された同著は、外交の分野でも餐宴外交を主題としたユニークな
本である。決して、ワインの蘊蓄本ではない。著者の西川恵氏は、パリ、ロ
ーマ特派員を経て現在、毎日新聞の専門編集委員で、外交のエキスパートで
ある。

 正直、この本を買った時は、てっきりJALのソムリエ・スチュワーデス
が書いたのだと思っていたのだが、後から裏の写真を見て見たところ、男性
だった。美味しいものに関しては、思い込みが激しいのか。

 さて、この本の内容は、トップレベルの外交の話である。国が国賓をもて
なす餐宴は、まさに国が、相手国に歓迎の意を表す重要な外交手段であり、
選ばれたワインには、料理とのマリアージュのみならず、相手国への重要な
メッセージが込められている。

 例えば、2004年にアイルランドで行われたEU拡大記念式典。24ヶ
国首脳とEUブロディ委員長を迎えた大晩餐会でアイルランドが仔鴨のロー
ストと一緒に出したワインは、シャトー・ランシュ・バージュ97年。ボル
ドー地方メドックの赤ワインなのだが、実は、このシャトーは、イギリスと
の戦いにまけたアイルランドの貴族ジョン・リンチがフランスに亡命し、そ
の子息のトーマスがフランス人と義父からワイナリーを相続してから作られ
たシャトーなのである。リンチはフランス語読みでランシュ。バージュは、
ワイナリーのある集落の名前である。アイルランドの儀典担当者は、このよ
うな歴史的背景を考慮して、EUの首脳に向けてメッセージを送るために、
このワインを選んだらしい。つまり、餐宴でのワインは、非常に重要な位置
づけがあるのだ。

 ヨーロッパでの餐宴外交はそれは贅沢で、大きなイベントらしい。EUの
成功も、餐宴外交が大きな役割を克っている。例えば、同年にエリゼ宮で行
われた英仏協商100周年記念の大晩餐会では、国賓にエリザベス女王他、
240名招待がされ、歓迎のスピーチを行ったのはシラク大統領。このディ
ナーの準備を指揮したのが、べルナデット大統領夫人。

 夫人が選んだワインのセレクションはトップレベルのもの。執事長が
「マダム。それは少々値が張り・・・」と言うと、夫人は
「執事長!ここは大統領と私の館です。どのようにもてなすかは大統領と私
が決めることになのです!」と睨み返したそうだ。凄いなー!日本の総理夫人
がこんなことを言ったら、新聞週刊誌でバッシング間違い無しだろうな。

 で、選ばれたワインが素晴らしい。前菜のファグラのテリーヌには、シャ
トーディケム。メインの鶉のアミカザ茸の詰物には、シャトー・ムートン・
ロスシールド。ボルドー最高格付のワイン。乾杯には、シャンパン・ドン・
ペリニョンだ。ワイン総額3000万円。1人あたり12万円以上。驚くの
は、各ワイン1人あたり1/3本割り当てられていたことだ。

 そんなに呑めたんだ!私も、是非、招待していただきたい。

 ちなみにエリザベス女王によるフランス公式訪問は大成功で、両国間の関
係はさらに良くなったということです。

 そりゃそうだ!


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2008年12月02日

デフォルトネガティブ デフォルトポジティブ

 8月、私は八ヶ岳の畑で作業をしていました。そこへやってきたのが10
年来の友達の同世代の夫婦。ピカピカのプリウスで。奥様が私のところにき
て「トム、インディ・ジョーンズの新作見たよ!」と言い終わらぬまえに、
私は「つまらなかったでしょ!」とひとこと。

 なんという、失礼なやつ。そう、思いませんか?自分でもそう思います。
恥ずかしいです。少なくとも相手の話をちゃんと終わりまで聞いてから返事
をすればよいのに開口一番、これです。これじゃー、会話になりません。

 このような矢継ぎ早にネガティブなレスポンスを出すことを「デフォルト
ネガティブ」と言います。頭の中がこのような状態に陥ると、何を話しても
否定的な返事しか返ってきません。しかも、瞬時にノー。瞬間的に反応して
いるので、深くは考えずに、とりあえず、ネガティブ要素を記憶から持って
きて、否定する。しかも初期設定が「ネガティブ」なので内容には全く関係
なく。

 相手の会話に対するレスポンスがネガティブだけだったらいいが、自分で
考えていることまで、デフォルトでネガティブだと、自分で一生懸命いろい
ろ考えていても、初期設定で自分で否定してしまうことになりかねない。
そして、「あぁぁ!何で自分はダメなんだろう!」と言う事になる。

 本人は、初期設定で常にネガティブになっていることなど、とんと気がつ
いていない。外からは、「この人、機嫌が悪いのかな」と思われている。

 本当は、物事はよく考えてから判断すべきであり、人の言うことはよく聞
くべきである。

 何故、こんなことになるのか。経済状況が悪いから。家族が病気だから。
会社の業績が悪いから。自分の体調がわるいから。心の病だから。ひとつだ
け言えるのは、普通の精神状態の場合でも、このようにネガティブ思考にな
ることはあるので、決して病気などではないということです。

 問題は病気でもないのにネガティブ思考になり、さらにデフォルトネガテ
ィブの状態に本人が気付いていないことです。そして、この状態を体温計の
ように測ることができないことです。熱が出ているときは体温計で測れます。
解熱剤を飲んで寝ていれば、少なくとも熱は下がります。

 でも、本人が気づかずにデフォルトネガティブのままでいれば、本人にと
っても大きなダメージになりかねません。周りの人にも迷惑をかけかねない
です。

 これが一人の場合は、一個人の問題ですが、組織の中で多数のデフォルト
ネガティブがいると、大変なことになります。会社を潰しかねない。

 会社でこんな人はいませんか。会議で常に問題点しかあげない人。問題点
を話し合うことは良いですが、解決策を考えずに直ぐに、ダメだから止めよ
うと結論を出してしまう人。クライアントのところで、「ぶっちゃけ、この
商品、売れないです」とか言ってしまう営業マン。取引先との飲み会で、
「うちの会社やばいです」と言ってしまう人。

 デフォルトネガティブで初期設定で「ダメ」にしている人が組織に大勢い
ると、会社にとっては命取りです。だから、経営者や人事部長は、会社組織
の精神状態がデフォルトネガティブに陥らないようにしなければなりません。

 これをどのように測るか。これは、もう、聞いてみるしかないと思います。
つまり、「インディージョーンズの新しい映画でたよ」みたいな「イエス、
ノー」ともはっきりしていない質問に対して、即答でネガティブ回答をする
人が何人いるかを集計して、常にその割合をモニタリングするのです。いや、
別にしっかりと調査制度をつくらなくても、会社を一周して、聞いてみれば
良いのかもしれません。私みたいに「つまらない」と即答する人が多ければ
考え物です。

◇◇◇◇◇◇


 デフォルトネガティブの反対はデフォルトポジティブです。初期設定で
「イエス」。無理難題でも、即「イエス」。これが、すごい結果を生み出す
のです。歴史を変えてしまうぐらい。

 1980年夏、IBMは極秘でプロジェクト「チェス」を進めていました。
現在、世界的に標準で使われているPCの原型です。当時、世界最強の企業
だったIBMは、小型コンピュータ以外の市場を完全に制覇していました。
しかし、小型コンピュータに関しては、様々な新しい技術を必要としており、
IBMは小型コンピュータ用システムソフトをもっていませんでした。当時
のコンピュータには、BASICという言語が組み込まれていました。これ
を開発していたのがマイクロソフトだったのです。

 80年7月IBMのシステムソフトの担当者ジャック・サムズはマイクロ
ソフトにコンタクトしました。電話に出たのはビル・ゲイツでした。まだ、
30人ほどの小さな会社だったので、営業から電話番まで、社長自ら全てを
担当していました。

 サムズ「ビジネスの話でお会いしたいのですが」
 ゲイツ「もちろん、来週の予定は?」
 サムズ「明日の予定は?」
 ゲイツは、翌日の予定を急遽変更して、IBMと会うことにしました。

 サムズはフロリダからアメリカの反対側のワシントン州ベルビューに飛ん
できました。ゲイツらにまず、差し出したのはIBMの機密保持契約。この
契約書は、IBMに対して機密情報を伝えてはならない、そして、話した内
容は機密ではないので、IBMが後にその情報を元にビジネスにしても提訴
できない、とするものでした。

 ゲイツ「もちろん、どこにサインすればよろしいのでしょうか?」

 サムズら3人のIBMエグゼクティブらは、ゲイツらに対して、BASI
Cやコンピュータ技術に関して質問攻めをしました。一回目のミーティング
は始終、マイクロソフトの実力を測るためのものでした。当時、若干24歳。
10代に見えたビル・ゲイツは、質問に対して卓越した回答をして、相手の
信頼を得ました。

 2回目からのミーティングでは、IBMがプロジェクト「チェス」を進め
ておりマイクロソフトにBASICを開発して欲しいとの内容の話会いに進
んだのです。
 ゲイツの回答は、「もちろん、是非」

 ゲイツとしては、BASIC以外にも開発していたコンピュータ言語を全
てライセンスすることを目論んでいました。しかし、それには大きな問題が
ありました。BASICの場合は、パソコンの中に組み込む仕組みになって
いましたが、他のFORTRANなどの言語は、オペレーティングシステム
を必要としていたのです。

 マイクロソフトはコンピュータ言語の開発会社だったので、オペレーティ
ングシステムは持っていませんでした。ところが、サムズらは、マイクロソ
フトがオペレーティングシステムを提供してくれるものと勘違いしていたの
です。

 愕然とするIBMに対して、ゲイツは
「問題ないです。友人の会社、デジタル・リサーチが業界標準のオペレーテ
ィングシステム(CP/M)を開発しているので、社長のギャリー・キルド
ールを紹介します」と、わざわざ、キルドールに電話して、IBMのために
翌日のアポイントをアレンジしたのです。

 これで一安心。IBMがCP/Mをライセンスしたのち、マイクロソフトは
コンピュータ言語4本全部売ることができると思いました。

 ところが、サムズらがデジタル・リサーチ社に到着すると、キルドールは
ミーティングに出席しなかったのです。他のミーティングで自家用機でフラ
イトの最中。ミーティングに出たのは、会社の運営を任されていたキルドー
ルの妻と顧問弁護士でした。

 早速、サムズがIBMの機密保持契約書を提示しると、キルドールの妻は
難色を示しました。弁護士も、この契約書は問題だと反論しました。結局、
IBMはミーティングの内容を告げられないまま、帰宅することになったの
です。

 困ったのは、4本の言語を売ろうとしていたゲイツです。

 1980年9月21日、ゲイツはマイクロソフト幹部を集めてIBM問題
を議論していました。この会議に参加したのは、ゲイツとマイクロソフトを
創業したポール・アレン。数ヶ月前にビジネスマネージャーと入社したばか
りのスティーブ・バルマー(現CEO)そして、当時、アスキー副社長で、
マイクロソフト副社長を兼任していた西和彦でした。

 問題は、マイクロソフトにはオペレーティングシステムがないことです。
そこで、立ち上がったのが西でした。
 西「我々がやるべきだ!、我々がやるべきだ!」
 全員「そうだ、そうだ!」
 アレン「オペレーティングシステムだったらシアトルコンピュータープロ
ダクツが最近、開発したと言っていた」
 西「それじゃー、それを走って買ってきて、IBMにライセンスすればいい
じゃん!」
 アレン「じゃ、明日行ってくるよ」
 ゲイツ「じゃ、IBMには、我々がオペレーティングシステムを供給する
と言っておく」

 マイクロソフトは、右から左にライセンスするだけで、まんまとオペレー
ティングシステムのビジネスを手に入れたのです。まさに、ゼロから、マイ
クロソフト最高のビジネスを捻出した瞬間でした。

 如何です?ビル・ゲイツは常に「イエス」だったし、彼のチームも全員、
デフォルトで「ポジティブ」だったでしょう。

 これが、「ディフォルトポジティブ」のパワーです。

 一方、デフォルトネガティブだったデジタル・リサーチ社とCP/Mは
コンピュータ業界から姿を消すことになりました。

 デフォルトネガティブは、怖い。だから、デフォルトポジティブを忘れな
いで欲しいと思います。

 マイクロソフトの話は随分古い話ですが、ほんの最近、同じことをやって
大成功を収めた人がいます。

 2009年1月に就任する次期アメリカ大統領バラック・オバマ氏です。

 ほら、毎回スピーチでこんなことを言っていたじゃないですか。

 「Yes, We can! イエス、ウィー・キャン」


参考文献
ビル・ゲイツ―巨大ソフトウェア帝国を築いた男 (1992年 翔泳社刊)
著者:ジェームズ ウォレス, ジム エリクソン


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