2018年11月18日

映画「上田慎一郎ショートムービーコレクション」

2018.11.17(土)18:35〜20:15 イオンシネマ海老名
「彼女の告白ランキング」
出演:男/中山雄介 彼女/榎並夕起 司会者/橋本昭博 鐘築健二 山口友和 細井学 石訳智之坂川良
主題歌:「パブロフ」オトホリック

「ナポリタン」
出演:川上/福島龍一 秋山ゆずき 牟田浩二 森恵美 井関友香 川口貴弘 松本卓也細井学 紺野ふくた 倉田奈純 坂川良 原真一 坂本幸成
主題歌「ナポリタン」 歌・作曲:橋本晃洋(EX:TOYS AND CAKES) 

「テイク8」
出演:隆夫/芹澤興人 茜/山本真由美 徹/牟田浩二 山口友和 細川佳央 福島龍一 北井敏浩 曽我真臣
主題歌:「それだけ」オトホリック
製作:八王子日本閣 -noce ange-

「Last Wedding Dress 」
出演:上田貞夫/リーマン・F・近藤 上田コトミ/惣角 美榮子 甲斐 照康 兼平 由佳理 福田 英史 佐藤 もとむ 青海 衣央里 牟田 浩二 川和 昇 山本 真由美 山口 友和 井丸 かつひこ遠藤 雅幸 大野 由加里 中山 雄介 高山 都 小澤 美優 石澤 美和 前野 朋哉
主題歌:「Last Wedding Dress」オトホリック
製作:八王子日本閣 -noce ange-

全作品監督・脚本・編集(「彼女の――」は撮影も):上田慎一郎

 私ども夫婦は、横浜で「カメラを止めるな!」体験をして、圧倒的に腹筋を鍛えたのでした。
 そして、私ども夫婦が結婚式を挙げたのは、八王子日本閣なのでした。
 そんな上田監督と八王子日本閣がタッグを組んだムービーを私たちは見逃すはずがありません。
 ということで、観に行ったのですが。
 これがまあ、4作ともすばらしく腹筋と涙腺を「カメラ――」同等に鍛えてもらえた100分でした。
 それに、最初の「彼女の――」で特異な演技を披露した、付けちょびひげ司会者役の橋本昭博さんは、地区の講習会でお世話になっている方なので、よけいにおもしろく拝見したのでした。



tomtom_poem at 00:41|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2018年11月17日

tomisanpo第13〜山手本通りー神奈川近代文学館ー石川町駅

2013.11.17(土)
 午後、石川町下車。元町通はいつも通るので、駅前の坂をのぼって山手本通りに出た。
 まずフェリス女学院の古風な建物が目に入った。
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 スダジイがこんなところに。
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山手資料館庭の薔薇が綺麗だった。
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 港の見える丘公園。大木の下に寺山修司の歌の断片が。
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 神奈川近代文学館ホールで、三浦雅士の講演「ベジャール/テラヤマ/ピナ・バウシュ」を聞く。たいへんおもしろかった。
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 公園からの展望。
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 下りは久しぶりにフランス山を通った。光と木が競演していた。
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 運河沿いの歩道を通っていった。
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tomtom_poem at 23:49|PermalinkComments(2) mixiチェック 散歩 

2018年11月04日

「TriPle Trouble」STUDIO LIVE

2018.11.03(土)
桜木町−町田・・・沖縄宝島(今帰仁酒造の泡盛「美しき古里」とオリオンビール製のリキュール酒を購入)・・・ブックオフ(漱石『文鳥・夢十夜』購入)・・・スタジオのあるビルを探すと、なんと! まん前だった!!
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機 屮ワイマキ&Friends」
場転中 わたくしの朗読(Poetory Reading)
供 TriPle Trouble」

 カワイマキさんの可憐な歌唱に癒やされ、わたくしの雑多な詩の世界で固まった場を、
 トリプル・トラブルの5人のプレイヤーが見事スパークしてくれました!
 ありがとうございました。

 以下、読んだ詩を題名だけ掲げておきます。
 いくつかのパターンの作品を5篇持ってきたのですが、けっきょく全部詠んでしまいました。

「八菅山」(「狼」23号)「贈る詩(コトバ)」「ふにゃ」(「狼」29号)「六十兆と検索」(「山脈」19号)「ひかりとみず」(「山脈」20号)

 

tomtom_poem at 22:43|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 | 詩歌

「鎌倉ゆかりの芸能と儀礼」〜神奈川県立歴史博物館

2018.11.03(土)
港の見える丘公園−(桜木町駅行路線バスmini)−馬車道駅前・・・神奈川県立歴史博物館
 関内や馬車道はときどき歩くのだが、歴博には行ったことがなかった。「芸能と儀礼」がテーマのと、招待券があったので行ってみることにした――しか〜し、なんとこの日は無料開館日だったのだっ! 券がなくても入れたのだが、悔しいか受付で招待券をもぎってもらった。。
 序章 鎌倉ゆかりの信仰儀礼 
 1章 鎌倉に残る行道芸能
 2章 金沢八景瀬戸神社の由緒と芸能
 3章 八菅神社の信仰と儀礼
 4章 寺社に残る儀式の伝承と記録
 終章 信仰継承と宗教テクスト

 種々の伎楽面や絵巻が展示されていて興味深かった。
 しかし、感銘を受けたのは、鎌倉から遠く離れた愛川町の八菅神社がこの地域の振興の発信場所で、特集されていたことだ。八菅神社については、何年か前に訪れ、詩にしたことがある。今晩の“トリプル・トラブル”スタジオ・ライブの転換の合間に読ませてもらおうと思う。

 八菅山/冨田民人

どこかで水の流れている
ここは法螺の山道で渓流はずっと下だ
ささやいたり唸ったりする
風があたりの竹林をゆらす
竹はみんなばらばらの角度で生えていて
たがいに擦れあったりしている
光が斜面の一部を照らす
その子どもたちがこ木のま間を巡っている

光はひのきの親分たちも色分けする
きりりとしたコントラストなのだが
輝く直立もうれしそうだが
陰になった木立はもうもうと
悠かな時間を話しあっている
そしてこの山はスダジイに囲まれているのだそうだ
スダジイはユーモアがあり和ませてくれる
翼を広げる修験者たちだ

八菅山(はすげさん)・・・・・・神奈川県愛川町にある山。廃仏毀釈以前は、関東でも有数の修験道の霊場であった。

 辺りの路地を廻りながら、桜木町に出た。
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 腹が減ったので、尾道ラーメン麺一筋でラーメン680円を食べた。太麺を注文したが、腰があり粘り気もあってよかった。しかし、やはりスープがしょっぱかった。
 

tomtom_poem at 22:15|PermalinkComments(0) mixiチェック 歴史 

「寺山修司展」〜神奈川近代文学館

2018.11.03(土)
香川ー茅ヶ崎ー横浜ー元町・中華街・・・アメリカ山・・・港の見える丘公園・・・神奈川近代文学館
 天井桟敷以前と天井桟敷以後の2部に分けて展示されていた。 
 1部では、展示スペースの真ん中に天井から短歌や詩の巨大な帯が何本も垂れ下がり、柱には”母”のオブジェが造られていた。
 2部の展示スペースには、天井桟敷の公演写真やポスターの巨大な帯が幾本も垂れ下がり、「草迷宮」の映像が映されていたり、通常の展示と異なる、立体的なものとなっていて、おもしろかった。
 中でも、寺山の魅力的な言葉をたくさん垣間見(再発見す)ることができて良かった。図録に、そういう展示されている言葉も収録されているかと捲ってみたが、なかったので、一部を鉛筆で書き写してきた。

――私は〈出会う〉ために生まれてきて、そして〈出会い〉を繰返しながら老いてゆく。〈出会い〉は、それ自体何者と調和することをも目的とせず、また排斥することをも意図していない。しかし〈出会い〉は、あきらかに相互の異差を確認し、そのことによって自他の現実原則を変革する。   「地平線のパロール」1974
――母と私は/さみしいとき/「口の運動」をしてあそびました。/いろはんほへと、を鋏で切って/順序を勝手にならべかえて/よむのです。     「大山デブコの犯罪」より
――時代はゆっくりとやってくる、時代はおくびょう者の象にまたがってゆっくりとやってくる、そうだ、時代は象にまたがって世界で一番遠い場所、皆殺しの川におもむくだろう、せめてその象にサーカスの芸当を教えてやろう。    「時代はサーカスにのって」1962
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 バラ園では多くのバラが咲き誇り、人々が写真を撮りまくっていた。私は“親子”のバラを撮ってみた。
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tomtom_poem at 21:49|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 | 文学・評論

2018年10月21日

TASKE活動26周年記念イベント・湘南篇

2018.10.20(土)18:40 茅ヶ崎“ウタパンパン”
TASKE
音霊(おとだま)工房
冨田民人
TASKE
蛾蝶ボルカ
カッツン

魔弐悪DAISKE
cha子
TASKE

 毎年8月に開かれていた湘南篇、今年は秋10月に開かれた。なのになぜ江の島花火大会とかぶる??
9月のUPJ初日の路上スラムでみごと優勝を果たしたTASKEさんが、その勢いのまま精気あるパフォーマンスを魅せてくれた! しかも、黒づくめにイメージチェンジして。これが決まっていた!!
 音霊工房はおかにわさんの相方がちいさなおおものになっていてびっくり。ノイズの音芸。
 蛾蝶ボルカさんは、ご自分の朗読録音にあわせて、二重朗読を聞かせてた。声の深さが重なって聞こえ、とてもおもしろく聞かせてもらった。詩誌「焔」同人で出した朗読CDだという。この手法の朗読は、UPJで三角みづ紀さんが魅せてくださっていて、このときもたいへんおもしろかった。
 カッツンさんは独特の世界で、圧倒された。
 次の日、演劇部の本番が控えているので、21時を過ぎたところで退出した。
 
 私は、父の死と母の死に因んでつくった詩を2編読んだ。狭い空間だということもあり、声を張らずに抑えて、しかし抑揚やテンポには変化をつけて読んだ。


 夢は健忘症である/冨田民人

夢は健忘症である
ペットボトルもまた健忘症である
登場人物は同じなのに
シチュエーションも同じなのに

「愛の告白をするとしたら、空? 海?」
演劇ワーク・ショップのゲームで
十六歳の男子高校生が出した問に
会場唖然、ファシリテーターは意味を問う
そのことばを演じなければならない
輪の中の高校生も固まったまま
だったが、すぐさま
海の中のシーンで
手をひらひら口をぱくぱくさせて
魚になった

酸素吸入の管を鼻の穴二つにつけられた
病床の父も
ゆっくりと
さながら大魚のように
口をひらいてとじて
紫斑に埋められた皮膚をひくひく
させている
こんな父が「愛の告白をするとしたら、
父? 母?」
その父は百三歳まで生き
その母は十三歳の時に死別

濁った病院の近くの川は
いま整備されて
太った鯉が群れている
彼らも水面に顔を出しては
ぱくぱく
透ける水中では悠々
鴨も肥えている
白い鳥はあるいている

演ずる若い人は苦しそうだったり嬉しそうだったり
還ってきた鯉や鴨や水鳥は表情のない機械
若き日の家族の団らん
父の顔が白く閉ざされていく



ひかりとみず/冨田民人

ひかりはみずを分解する
みずはひかりに分解される

夫が亡くなり独りになって
自分の中に機械や化学薬品が入ることに抵抗し
腸の微細な傷が広がり癒着し
とばっちりをうけた繊細な血管が悲鳴を上げた

体内のみずはひかりの針でばらばらにされ

数年もの間
苦しみもだえつづけ
しだいに食べることを禁じられた

脳では欲しても
身体は受けつけず
身体のことを脳は承知せず
「まぐろが食べたいの」
「めんたいこ食べたいの」
見舞いに行くたび
別れ際の言葉はいつも同じになった
「きのうからなにも食べてないの」
「なにもたべてないからしんじゃうよ」
「焼きそば買ってきて」
「肉まん買ってきて」
「サンドイッチ買ってきて」
「・・・買ってきて」
「かってきて」「かってきテ」「かってキテ」「かッテキテ」「カッテキテ」

ひかりはみずに反射し
みずのいんえいを見せる

「買ってきて」あげたいけれど
いっしょに食べたいけれど
食べたら苦しむことになると
医者や近代科学が言うから
見ないふり聞かないふりして
病室を後にしたのだった

ひかりがなくなれば
みずのいんえいは見えなくなるが
ながれの音は聞こえつづける

伊勢原空襲の話とか
保健所の仕事の話とか
遠い日の話を
聞きたかったけれど
日常のひかりの話ばかりで
それに嫌気がさし
反発して遠くにいようとしたけれど

みみをふさがないかぎり
みずはひかりに分解される

ひかりの枝からみずが抜け
ことばも取りあげられた母は
白いおおいを被された




 

tomtom_poem at 22:28|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 | 音楽

2018年10月18日

江の島目指して〜秋の健脚大会

2018.10.18(木)
 5年ぶりに復帰した学校の健脚大会に7年ぶりに参加した私は、茅ヶ崎・柳島から江の島・聖天島公園まで、約10キロを歩いてみた。生徒は約23キロを踏破するのだが。秋の風が肌をなで、波うつ海と、雲と調和した空に目もにこりとし、若い生徒たちの明るさと熱気に心も温まったが、脚――とくにふくらはぎと足裏の皮膚が悲鳴をあげかけている。そういえば、今朝方に右足が腓(こむら)返しを起こしていたことを思い出した!
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江の島聖天島公園
 

tomtom_poem at 20:26|PermalinkComments(0) mixiチェック 教育 | 散歩

2018年10月17日

いばらき詩祭2018inつくば

2018.10.13(土)13:00〜16:30 つくば総合インフォメーションセンター(つくば駅)
第1部 詩を読む愉しみ/詩を聞く愉しみについて
 トーク:石田瑞穂 進行:塚本敏雄

第2部 オープンマイク朗読会
 40人近くの方が朗読された。私も朗読させていただいた。「六十兆と検索」を現代朗読風に自然に身体と声が欲するままに動きながら読んだ。かなり受けた。少し障害のある女性など、けらけら笑ってくれた。見ている皆さんの温かい反応がうれしかった。
 加藤真由子さんの詩と静かなパフォーマンスがとくに良かった。懇親会で伺うと、学生時代に「詩学」新人に選ばれたのだそうだ。久々に詩を作り、詠んだとおっしゃっていた。

第3部 アトラクションとしての朗読
 石田瑞穂
 塚本敏雄(映像を映しながらの朗読。ラストのお嬢さんの写真と言葉が印象に強く残った)

17:00〜 懇親会

 司会が「GATE」の同人・柴原利継さんで、他の同人の方ともお会いできてよかった。
 塚本さんとは、高校文芸道場(文芸部の関東大会)で、有馬高校の詩作品を優秀賞に選んでいただいて、「さよん」にも寄稿していただき、「GATE」を送っていただき続けている関係である。今回のイベントも、FBのメッセンジャーでお誘いいただいたのだ。
 高山利三郎さんから「青い花」と「へにあすま」をいただいた。「へにあすま」には宮田登美子さんの遺作詩が載っていた。宮田さんは夢を記述する詩人で、10数年前に、筧槇二さんからこの方の詩集の評を依頼されて「山脈」に書いたことがある。



tomtom_poem at 00:05|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2018年10月07日

たすいち 第28回公演「プラスチック・ピノキオ」

2018.10.07(日)新宿・シアター・ミラクル 19時〜 前半P・Mセット5000円
「プラスチック・ピノキオ」
脚本・演出:目崎剛
CAST:石井啓太/鳥田(ニート?)、中田暁良/菊池(きくいけ)、中村桃子/つみき(元カノ?)、梁稀純/七世(ななせ)、熊坂真帆/紗綾、瀧啓祐/伊達、竹内なつき/三草(みぐさ)(リュックを背負い続ける女)、田邉美保/葉澄(はすみ)、土田香織/うろみ(髪の長い女)、橋本克己/丸瀬(強面の男)、福富朝希/鮫原(酔っ払いヤンキー)、藤本悠希/小樋(ことい)

 マチネで観た「モンストロメモリ」と比較して、いろんな面で対照的な舞台だった。役者も一人もかぶっていない。
 シリアスと笑い。
 ”心”と”放火”女。
 近未来と現在。
 不安と希望。
 まるで「モンストロメモリ」と「プラスチックピノキオ」は一面の両面・裏表であり、反転でもあるように思えた。実に、作者・目崎剛は一人っきりしかいない作家だからね。

――またもや、30分前に着いた。マチネで出ていた役者たちが私服で誘導をしていた。ならば、
昼間のあの、強面の男も役者として出るのだったか。

 まさに、そうであった。冒頭から、黒い服で出てきた強面の男をやばい人だと思い、そのアパートの住人たちはびびり合うのであった――そこから笑いが巻き起こる!

 役者たちの衣装は地味でふつうであった。異なるのは表現の段差が凄い。めちゃくちゃ怖がるかと思えば、めちゃくちゃおどろき、めちゃくちゃ笑うのだ。観ていてこちらも笑いたくなったり、おどろいたり。そして、私自身、顔をにっこり笑わせたり、口を開けておどろいたりを、自ずと繰り返していた!! 何という感情移入!!!

 しかし、「モンストロ」の話の展開が比較的わかりやすかったのに対し、「プラスチック」はラストになっても難解だった。「モンストロ」が指示する物が明確だったのに、「プラスチックピノキオ」の実体は明らかにされない。断片では出てきていても。
 「鯨の腹の中」が台詞の端々に出ていたが、「モンストロ」と同じ装置なのだが、白い「きんとんうん」のような物はもしかしたら鯨の骨のイメージなのかもしれない。すると、この空間は「鯨の腹の中」であったのか、と思わせられた。
 失踪人であった主人公の菊池(きくいけ)(中田暁良)が最後に、何か「罪の記憶」を感じていた級友の3人の男女に再会するのだが、はたしてこの再会(4人が同時空にいるということ)は現実なのか、妄想なのか。
 彼はいったい3人に何をしたのか。とくに一人の女(中村桃子)に対して。
 逃げることと攻めること。
 罪から逃げることは?
 罪を攻めるとは?
 自分たちは「現在」の自分に片をつけるのか。

 おもしろさでは、「プラスチック」の方が抜群だった。 
 やはり、第28回公演「プラスチックピノキオ」→第29回公演「モンストロメモリ」の順に観た方がよかったのかもしれない・・・・・・。


 上演後のクイズ合戦、最高!! なるほど、この劇作りの集団の真骨頂!?
 
 

tomtom_poem at 23:22|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

たすいち 第29回公演「モンストロ・メモリ」

2018.10.07(日)新宿・シアター・ミラクル 14時03分〜15時33分 前半P・Mセット5000円
「モンストロ・メモリ」
脚本・演出:目崎剛
CAST:小太刀賢/鴎(アン)、 白井肉丸/日冨、 永渕沙弥/小唄(アン)、 大平智之/臼井田、 大森さつき/あずみ、川口知夏/唐木田、 熊谷有芳/あかわ、小島明之/鵜飼、坪和あさ美/瀬里佳、永田紗茅/亜衣(アン)、細田こはる/レナ、見米克之/七尾

 開演30分前に着くと、歩道に数人の列ができていた。が、脇に眉も頭髪も剃った大柄な男がいて、ちょっと避けるようにして最後尾に並ぼうとした。その瞬間、男が私に声をかけてきた。「”たすいち”ご観劇の方ですか?」。ふつうの、むしろやさしげな声かけだった。ビルの中に引き入れられ、4階行きのエレベーターに乗せられた! 18番だった。

120席ということだったが、先日訪れたはなまる学習会王子小劇場とあまり変わらないように思われた。横に長く、後方は斜めの椅子席で、底に舞台がある構造だ。私は2列目の上手端に陣取った。上手にはせり出しがあるので1列目はその手前で切れていて、私の席は実質一番前でもあった。
 まず、舞台空間の装置と照明器具に引きつけられた。中央の舞台の下手は四角形の、私の眼前の上手は円形のせり出し舞台が接がれていた。しかも、それらの床下一面に青い豆電球が設置されていて、点滅していた。中央奥には白いドア。その上手奥にはガラス色の逆三角形の簾のようなものが垂れ下がっていた。上手から下手にかけて、白いきんとん雲のようなものが幾層か天井に書けて半円に重ねられていた。そして、ドアの上から前方に渦巻き状の太い筒が突き出、そこも青い照明がついていた。上手と下手にある円形の照明は、12個の豆電球で、青と赤が点灯していた。上手中央奥にも同様の照明があったが、それはすべて青だった。かくして、これらの、手作り感満載の、舞台空間に、開演までの時間、魅入っていた。

 暗転になり、役者たちが次次と出てきて、イントロが始まり、突然プロジェクションマッピング(?)によって、タイトルバックが、役者たちの紹介にもなっていて、驚かされた(この劇団の常連客にとっては当たり前なのかもしれないが)。そして、ストーリーより前にその派手さが強い印象を残した。とくにその衣装が。その衣装が、個性の強い各キャラクターを強調し、わかりやすくしていた。

 役者たちは全員が若くてぴちぴちしていて、魅力的だった。そう見せる演出のワザも凄いのかなと思った。
 公演2日目だったが、3〜4カ所噛んで、意味がよく聞き取れない台詞があった。しかし、そんなものは気にしない。みな、いきいきと、メリハリつけて表現していた。濃いメイクと衣装も含めて、各役者すべてに存在感があった。どの一人も思い出せる!!

 観劇後、「近未来への不安」が心に伝わってきていた。
 記憶について考えさせられた。
 人工の人間はメモリに記憶し、メモリを外さない限り忘れることはない。
 それに対して
 生身の人間は脳に記憶し、忘れる。外から記憶の操作ができない。
 人工の人間を通して、人間心理を考察した一篇に思えた。
 とくに感情について、人間には忘れる恐怖があるが、アンドロイドに対して人間に害を及ぼす恐怖を持つ。
 若い人にとって、これらは恐怖であり、不安であるのだろう。
 しかし、私にとっては、あるいは最期は認知症になった両親のことを思うと、記憶は忘れてしまうものだと、強く思った。そして、それが恐怖なのである。
 これまで目崎さんの作品は、2015青葉区小中高生ミュージカル「飛べ青い鳥〜誕生 青葉高校歴史探偵団〜」しか観ていない私にとって、とっても新鮮で、面白い舞台だった。

 さて、3時間後には再びここにやってくる。そのときは「プラスチックピノキオ」である。まずは、この舞台がどのように変貌するのか、あるいは変わらないのか、興味津々で秋なのに真夏並みの外に出て、下北沢に向かおう。

※役者が知人にそっくりであると、とくに印象に残る。
 ここでは、鵜飼が前任校で一緒だった若いN氏、派手な衣装の小唄が前任校で教えたNMにそっくりで、「N氏!」「NM!」と思いながら観ていたのでごじゃる。
 




 



 




tomtom_poem at 23:21|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2018年10月06日

井上弘久・ソロライブ『椿の海の記』第四章「十六女郎」

2018.10.05(金)19:35〜21:05 四谷三丁目・藝術茶房喫茶茶会記 1drink1000円+投げ銭
原作:石牟礼道子『椿の海の記』第四章「十六女郎」
企画・制作・構成・演出・出演:井上弘久
音楽・コントラバス等演奏:吉田水子(みなこ)
作曲:金子忍「不知火海のテーマ」

 各章冒頭の情景描写には、毎回圧倒され、なんて日本語は美しいんだと思わせられている。この章もそう。そして、井上さんは蛙になったりする。
 今章では4歳のみっちんはあまり出てこなかった。その代わり、みっちんを取り巻く大人たちの色濃いキャラクターがとても魅力的だった。

 狂った祖母のおもかさまと純で幼いみっちんとのやり取りがいい。原文を抜き書きしてみる。――「おもかさまの声は、ときどき心の中が激していて、声が内側にひき割れてしまうため、ひびのはいった笛のようなあんばいだった。ただこの祖母の、「あい」という返事は一種独特のもので、狂女であればなおさらとくべつ、しおらしい可憐な返事に聞えていた。」「おもかさまはぺんぺん草の鈴のような声になって、(4歳の)わたしの耳にいう。」「ほほほと羞かんでおもかさまが首を振る。耳を寄せれば、しゃらん、しゃらん、と涼しい幽かなぺんぺん草の音がして、/『・・・この世の無常の音がする・・・』/傾けた首のままおもかさまがそう呟く。そのおもかさまに頬寄せてわたしも口真似をする。・・・・・・しゃらん・・・・・・しゃらん・・・・・・。この世のむじょうの音のする・・・・・・。掌を耳にかざして聴いていると、草の実の音の彼方に、人智のおよばぬ寂しい世界が漠々とひろがってゆく。」

 そして、今章で強烈に印象に残ったのは人々の怒りである。最初のお高さま、ラストの亀太郎の怒りの、井上さんの目力が強烈であった。
 
 FBで、井上さんは、転形劇場から観ているお三方の感想を書かれていた。私も、その時代から観ているのだが、独自の活動をなさっていた頃のことは知らない。しかし、石牟礼道子と井上弘久が衝突し合う、今回の連続公演は、すばらしいと思う。あわよくば、もっと大勢の方、特に若い人たちに観てもらいたいと考えるのだ。


tomtom_poem at 13:13|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 | 文学・評論

2018年09月30日

チェコ・フェスティバル

2018.09.29(土)
 28・29・30の三日間、原宿クエストホールで開催されるチェコ・フェステイバルを、山脈例会に行く前に覗いてみた。
 原宿の駅前ということもあるのか、雨模様なのに、会場は人で溢れていた。
 奥のステージに行くと、スロバキアの民族楽器の演奏をしていた。
 中央ではスロバキア人の髭の大男さん(マチェイ・コレニッチ)が長く大きな吹奏楽器・フヤラを奏でていた。見た目に似合わず、軽やかな音。左手では日本人女性がアイヌのムックリのような口琴楽器を吹き、右手では日本人男性がタンバリンを打っていた。大男さんは細くて小さな笛で、さらに軽やかで優しい音を奏でた。
 スロバキア舞踊では、ヴァラシュカ&ストラージュニチャンという、ほとんど日本人の老若男女たちが、明るく踊っていた。とくに男性は下半身の腰を上下動したり、脚を折り曲げ腿を手で打ったりしていた。男性も女性も回転しながら踊っていた。両脚をきゅっきゅっ曲げるステップに特徴があった。
 高齢の方がずいぶんハードな動きを頑張っていたのが、凄いと思った。若い踊り手たちは華麗だった。
 音楽が生でなかったのは残念だったが、弦楽や児童合唱などによる民謡がおもしろかった。ドボルザークなど、民族舞踊をクラシックに取り入れた曲を作ったが、もとはこういうものだったのだろうな。逆に、此処で流された曲は、誰かが作曲した曲なのだろうか。
 クラースナー・ホルカはスロバキアの男性たちによる、2台のバイオリンとベースに鍵盤の民族楽器(?)の演奏+マチェイ・コレニッチによる山の名を冠した吹奏楽器のコラボレーション演奏。とても興味深い演奏だった。

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2018年09月26日

TOMISANPO第12(mini)〜湯島の坂

2018.09.24(祝)
 東浅草・保元寺に墓参に行って弟と3人で会食した後、私は上野で妻と別行動を取り、末広町で下りた。蔵前通りをまっすぐ行けば次の目的地に行くのだったが、地図に妻恋坂とか実盛坂とか、興をそそる名の坂があったので、湯島天神の方へ曲がって、いくつかの坂を見てみた。

 まず、妻恋坂。
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 中坂。妻恋坂ととの中間に位置するからこの名になったという。
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 天神の男坂。天神石坂。
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 講談高座を最初に行ったのがこの境内だという碑。
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 齋藤別当実盛にまつわる実盛坂。急な石段だ。
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 この後、鶏鳴学園に行く。

tomtom_poem at 00:29|PermalinkComments(0) mixiチェック 散歩 

2018年09月23日

劇団アマヤドリ「野がも」

2018.09.22(土)19:00〜21:50 王子・はなまる学習会王子小劇場
原作:ヘンリク・イプセン 台本・演出:広田淳一
出演:グレーゲンス・ヴェルデ/渡邉圭介、ヤルマール・エクダル/倉田大輔、ギーナ・エクダル/相葉るか、ヘドウィグ・エクダル/東理紗、老エクダル/山森信太郎、豪商ヴェルレ/大原研二、セルビー夫人/中野智恵梨、レリング(医者)/宮崎雄真、野がも/一川幸恵、他

 谷になった横長のステージを両側から斜めの客席が囲む構造の空間。偶々私の座った席は、向かい側最上段に音響等のスタッフ席があり、興味深かった。また、向かいの客の表情も見えた。一人の女性は途中で涙を拭おうとしていた(私と同様に)。
 イプセンの本について言うと、頭でっかちの息子の理想論と、体験に基づく医者の現実論の対比は、授業で読んだ須賀敦子「クレールという女」で言っていることと重なった。
 家族の終焉の物語だが、そんお家族をはじめ、周囲の各登場人物のその後がとっても気になった。

 演出が秀逸だった。
 とくに、第五場は圧巻だった。
 14歳の愛娘(東理紗)がピストルを持って納屋(原作では屋根裏)に行き、舞台中央に移された居間のテーブルの上に野がも(一川幸恵)を撃とうとするが躊躇する。その間、テーブルの下では、グレーゲンス・ヴェルデ(渡邉圭介)とヤルマール・エクダル(倉田大輔)の二人が熱く議論する。――この二重構造を同時に見せる演出は秀逸だった。
 娘はテーブルの上(納屋の中)で野がもを抱き、最後は自分にピストルを向けて撃った――発射音が鳴り響くはずなのに、無音のまま、観客は見続ける。野がもに抱えられて、死んだ少女は横たわる。同時に幾つかの貼り付けられた床の隙間が青く点灯し、少女の死を強調する。

 ただ、不満もあった。
 野鴨がテーブルの下の四隅にライトを取り付け、点灯させたが、その時は下手で二人が台詞のやり取りをしていたが、そちらに集中してみられなかった。
 また、野がも・鶏・兎が出てきたが、その動きが中途半端だと思った。最初出てきたときはダンスっぽくて、いい感じだったが、ダンスならダンスとして動きを徹底した方がよかった。ただ、空間の狭さがあるにしても。

 

tomtom_poem at 20:44|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

山猫合奏団祭り2018-4 “蛙”組曲、“名人伝”

2018.09.22(土)14:00〜15:45 洗足・プリモ芸術工房
第吃堯 罰拭描閥福
1.河童と蛙
2.カジカ
3.桂離宮竹林の夜
4.ゆき
5.おれも眠ろう
6.鰻と蛙
7.蛇祭り行進
8.るるる葬送
9.春殖
10.かえるのうたのおけいこ
11.ごびらっぷの独白
12.河童と蛙
原作:草野心平 作曲:白石准 言葉:高山正樹、楠定憲
チェロ:大島純 ピアノ:白石准

第局堯般梢妖繊
原作:中島敦 作曲:白石准
言葉:高山正樹、楠定憲
ピアノ:白石准

高山正樹さんと宇夫方路さんのお誘いで初めて観に行った山猫合奏団のコンサートは、上質の空間と上質の言葉と上質の声と上質の演奏の、かなり素敵な体験になった。
 私の大好きな草野心平の蛙語と日本語の詩を、四季の順に並べて、循環するようにした構成も切れ味よかった。蛙語についての高山氏の簡潔かつ充分な解説もちょうどよかった。
 蛙語はやっぱりリズムがあって抑揚があって、ピアノとチェロとのアンサンブルが心地よかった。
 ピアノの白石准さんも言葉担当の高山正樹さんも楠定憲さんも、みな蛙になっていた。楽しそうに語り合い唸り合い励まし合いうったえ合っていた。高山さんは主としてバリトン蛙を、楠さんは主としてテノール蛙になった。楠さんの軽やかさは、何というか、とっても魅力的だった。もちろん、どっしりの高山さんの存在もね。そこにチェロの大島純さんが時には浪漫を時には静寂をふり注いでいた。
 中島敦の名文は、白石さんの曲と、師匠の高山さんと弟子の楠さんの絶妙な語りで、その物語が目の前の中有で進行するのが見えた、ように思えた。こんにゃく座のミニ・オペラを観ているような感じもした。
 しかし、何とも、観客が7人とは少なすぎる。300人ぐらいの音楽堂か小劇場で開いても全然OKだと思う。
 




tomtom_poem at 20:42|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 | 文学・評論

TOMISANPO第11〜洗足・王子

2018.09.22(土)
 寒川ー厚木ー相模大野ー中央林間ー溝の口ー大岡山ー洗足
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とても香りのいいハーブ??
・・・プリモ芸術工房
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 山猫合奏団祭り2018-4「“蛙”組曲」「名人伝」を堪能。

 洗足ー王子・・・飛鳥山公園
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 平和の祈念像(長崎の祈念像の作者作)
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 渋沢栄一記念館
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 旧渋沢邸
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 児童遊園の滑り台。約30年前、いまは一ノ関の施設で闘病療養中の放浪画家・愚寛さんに導かれて、ここにあった滑り台に上って滑り降りた記憶が蘇る。30歳の私の殻をひとつ取り外してくれた。
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 曼珠沙華が咲き始めていた。
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・・・”てん天”で夕食。
・・・はなまる学習会王子小劇場
劇団アマヤドリ「野がも」観劇。
 
・・・王子ー上野ー茅ヶ崎ー香川
 なんとか終電の一本前に乗れて、その日のうちに帰宅できた!


tomtom_poem at 18:23|PermalinkComments(0) mixiチェック 散歩 

2018年09月18日

「トンボ」第六号

2018.07.25文治堂書店発行
 曽我貢誠「靴みがき」がよかった。
――有楽町の陽だまり 高架下の隅っこで
   立派な宣伝カーの演説を聞きながら
   ぼくは靴磨きのおじさんと話をする
   タテマエがボリュームいっぱい
   ぼくの良心を 叱りつけ
   ホンネが僕の埃だらけの靴を
   やさしくやさしくなでる
   「よくも二十七年間もやってこられたね」
   「あっという間さ
   この商売、好きでなきゃできないよ
   でも客が減ったから今月で終わりよ」
   おじさんの表情はどこまでも爽やかだ
   長い年月、歩き疲れた靴たちを
   どれだけ多く元気にさせたろう
   その目線からはよく見えたにちがいない
   女性の下着も
   落としたお金も
   そして何より、人のこぼした涙が・・・・・・
(昭和の終わりの物語 下町編


 市川恵子「キッチン」もよかった。
――背中が/トントントン/きょうも日々を刻んでいる/そこは神聖な場所で/そう易々とは近づけない(第2連)
――背負い込んで/何も語らず/刻んだり/焼いたり/煮込んだりしながら/あなたは秘密を/料理に閉じ込める(第4連)

 服部剛「鳥になる」
――吉祥寺の老舗いせやで
   鳥の小さな心臓を食べた
   
   今日でトーキョー都民になって、一週間
   せっせと外へ運んだ
   古い家具たちに手をふり
   四十三年間培ってきた
   自分をりにゅーあるすべく
   串に刺さる
   〈ハツ〉という名の心臓を
   こりこり食べる

   お猪口に揺れる熱い・・・おみずを喉に流して
   焼けた鳥の心臓と
   すたっかーとのこの心臓が
   なぜか同化するように
   遠い翼の記憶が蘇ってきたら
   新たな日々の地上を

   僕は飛ぶ

 かなかなをひらがなにしたり、その逆があったり、鳥の〈ハツ〉と自分の心臓をかけていたり、随所に親しめる才気があふれていて、ラストでどこかに行っちゃう辺り、渋い希望が描かれた、いい詩だなぁと思う。

――私は世界に一つしかない辞書/貴方も世界に一つしかない辞書/私の「楽しい」という言葉の定義と/貴方の「楽しい」という言葉の定義は/同じようで、きっと違う(第1連)
――貴方を知るということは/貴方という辞書を引くこと/貴方と生きるということは/貴方と一緒にお互いの辞書に/新しい頁を増やしていくということ(最終連)

 これはマエキクリコの横書き詩、あるいは英語詩の日本語訳??
 ことばがかっこいい。ことばがかっこいいから、きっとマエキさんもカッコイイ!!

 ドイツの詩人、マリー・ルイゼ・カシュニッツ(1901〜1974)の訳詞が六編収録されている。勝畑耕一訳。
 とくに「ヒロシマ」が衝撃的だった。
――ヒロシマに死を投下した男/修道院にいき、そこで鐘を鳴らす。(第1連冒頭)
――全ては作り話。/ついさっき見た彼/郊外にあるその男の自宅。(第2連冒頭)

 散文も充実していて、読み応えがある。とりあえず詩の感想だけ書き、引用させていただきました。
 送ってくださった曽我様、ありがとうございました。




tomtom_poem at 00:33|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2018年09月16日

ウエノ・ポエトリカン・ジャム6

2018.09.15(土)上野恩賜公園野外ステージ
 第2部ゲストステージから入った。
北大路翼 未知の歌舞伎町の俳人だった
宮尾節子 外見はカッコ良く、詩は力強かった。
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谷川俊太郎 大詩人の自分史に思える10分の自分詩だった。

 第3部オープンマイク
当日枠メロデイクマ 言葉遊び歌としておもしろかった。
川島ムー ムーさんもカッコ良かった。

 第3部ゲスト
蛇口 魂のさけびだった。
新橋サイファー
TOLTA このイベントで、ベスト3に入ると思った。3人の詩人が思い思いにたぶん計画的に言葉と身体を発するパフォーマンスで、とてもおもしろかった。
石渡紀美 美しく可愛らしい詩人。中3の息子のための詩を奏でた。石渡さんは、客席通路をシャボン玉飛ばして歩いた。

 第4部オープンマイク

 第4部ゲスト
村田活彦a.k.a.MC長老 垂直に飛び跳ね、言葉を水平に飛ばしていた。
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コトナ
MCMystie with DJ soul-t
文月悠光
東直子

 第5部オープンマイク

 路上ポエトリースラム決勝
先攻 TASKE 後攻 木村沙弥香
優勝 TASKE 今まで観た中でもっとも力強い「すべての障害を楽器に」だった。
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 MCバトル準決勝・決勝

 第5部ゲスト
Anti-Trench
カワグチタケシ
鳥居 このイベントで、ベスト3に入ると思った。惹かれた。魅力的だった。
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GOMESS
三角みづ紀 このイベントで、ベスト3に入ると思った。自らセッティングした録音機器を使って、自分の声と言葉をわざとずらして重ねたり、とても刺激的なステージだった。ベスト・ワンかも。
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小林大悟
松永天馬(アーバンギャルド) 去年はギターを従えてうたったが、今年はソロで、多くを動く語りに費やした。それも一興。
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エンディング

tomtom_poem at 19:27|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2018年09月04日

池澤夏樹『言葉の流星群』

平成25年8月25日初版発行 KADOKAWA(角川文庫)発行 2018年9月3日読了。
 表題作「言葉の流星群」を読んで、宮澤賢治がこんなに詩を書いていて、そんなにもおもしろい詩なのかということを知らされた。私は「春と修羅」しか読んでいなかった。これから彼の詩をたっぷり読もうと思う。朗読してかなり面白そうだ。まずは、解説として書かれた梨木香歩さんの文章から。

「ケンジさんとナツキさんの間には共通点が多い。ともに文学をものしながら理系の教養が際立っている点もそうである。『岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)』の中に、『うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考へ』という詩句について、たいていの読者が私のようにイリドスミンの何たるかがわかっていない(あるいは忘れている)のを承知しているナツキさんは、(中略)説明し、それから『こういう話をケンジさんとしたら、これはずいぶん楽しかっただろうと思う』、と呟き、(以下略)ナツキさんに『口に出してリズムを味わって読むように』と忠告してもらわなければ、私たちは『岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)』の真の楽しさが一生わからなかったかもしれない。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)
「ケンジさんとナツキさんの共通点には、『遠くを見る視線』というものもある。いかに遠くまで見ることができるかが大事だと思う、とナツキさんは言う。『詩人とは、日常から遠方に至るその距離感の表現者である』と(これはケンジさんについてであると同時に図らずもナツキさん本人のことでもある)。『遠くを見る視線』はまた、自らの『青年の理想』を矯めることなく捨てることなく保持し続ける力でもあったのだろう。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)
「池澤夏樹は常に辺境を見つめてきた人だから、当然その文化にも詳しい。もしもケンジさんが(彼の趣味嗜好、資質を持ってして)彼らの文化に少しでも開かれたら、のめりこまないわけがない、と両方をよく知るナツキさんは残念がる。『・・・・・・仮に今ケンジさんが先にぼくが引いた『萱野茂のアイヌ語辞典』を手にしたらどれほどのことをここに学んでいたか』。うんうん、と私たちは頷く。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)

 以下、池澤さんの文章から。
「自然はだいたいにおいて人に対して無関心で、一瞬与えてくれる好意や関心に人は一喜一憂する。ケンジさんの自然観の基本はそういうものであったらしい。」(詩「鈴谷平原」に関連して)池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P114)
「〔風がおもてで呼んでいる〕//風がおもてで呼んでゐる/『さあ起きて/赤いシャッツと/いつものぼろぼろの外套を着て/早くおもてへ出て来るんだ』と/風が交々叫んでゐる/『おれたちはみな/おまへの出るのを迎へるために/〔〕おまへのすきなみぞれの粒を/横ぞっぽうに飛ばしてゐる/おまへも早く飛びだして来て/あすこの稜ある巌の上/葉のない黒い林のなかで/うつくしいソプラノをもった/おれたちのなかのひとりと/約〔束〕通り結婚しろ』と/〔繰〕り返し〔〕り返し/風がおもてで叫んでゐる//ここにあるのはもう自然に対する恐怖ではない。彼はもう「恐ろしい黒雲」を恐れてはいない。むしろ外からの声にうきうきと反応し、今にも病の床を蹴って外へ走り出し、風たちの1人である「うつくしいソプラノ」と結婚したいと願っている。(中略)こちらの方がケンジさんの本音だったとぼくは思いたい。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P144・145)
「科学者としてケンジさんは時おり、物理定数を変えたいとつぶやく。一番いい」例は、完成するに至らなかった「〔生徒諸君に寄せる〕」という詩の中の//新らしい時代のコペルニクスよ/余りに重苦しい重力の法則から/この銀河系統を解き放て//というところだろうか。それは夢想にしても、その前提には//あらゆる自然の力を用ひ尽すことから一足進んで/諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ//という技術主義的な考えがある。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P153・154)
「詩は心の中をそのまま描くのに対して、物語は外の世界に話を移して語るという点だろう。ケンジさんの言葉で言えば、詩は『心象スケッチ』である。童話の方は舞台と登場人物を必要とする。/だが、(中略)特にケンジさんのように両方を得意とした文学者の場合、それも詩がずいぶん描写的であり、童話の方は詩的かつ幻想的である場合には、詩と童話はかぎりなく接近する。一例を挙げれば、『ダルゲ』という詩作品には『小品『図書館幻想』を行分け詩に改作したもの』という説明がついている。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P155)
(詩「春〔〕 水星少女歌劇団一行」を解説した最後に)「ケンジさんの作品にこのような少女たちが登場するのは珍しい(中略)。彼が教えた学校に少女はいなかった。それでも、ケンジさんの詩集に、あの歳ごろのあの潑剌とした娘たちの魅力に占領されてしまった詩があるというのはなんだか嬉しいことだ。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P161・162)
「ケンジさんが見た遠くとは、地理的にはたとえば西域、『パミール先生の散歩』に見るような西の乾いた仏教圏であり、『氷河鼠の毛皮』の舞台となった童話的なベーリング海周辺から北極までの地域であり、想像力によって遠方化された岩手としてのイーハトーブである。(中略)ここにあってここでないものを見せることによって、ここを相対化し、大きな世界への出口を示しながら、結局は力を得てここへ戻る。あるいは、此処と彼処の二重性を生きる。/時間的にはケンジさんの視野は更に広い。実にあっさりと二千年ぐらいの時間を飛び越える。生前唯一の詩集『春と修羅』の『序』の詩にこういう部分がある――//おそらくこれから二千年もたったころは/それ相当のちがった地質学が流用され/相当した証拠もまた次次過去から現出し/(以下略)」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P180)
「生物全体の中の自分という宇宙的な感覚、いわば宇宙規模の淋しさを感じることが詩人としてのケンジさんの資質である。」池澤夏樹『言葉の流星群』P186
「ケンジさんはこのような急激な時間のシフト感が好きだった。今のことを言っているのかと思うと、いきなり三億年前に話が飛ぶ。//おれなどは石炭紀の鱗木のしたの/ただいっぴきの蟻でしかない(詩「真空溶媒」より)(中略)時間や空間をいきなりシフトして別の世界に行ってしまうことの最大の利点は、今ここの卑小なる自分からの解放である。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P183・184)
「風景の中に自分の精神のありようを見てとるのがケンジさんの詩の基本構造である。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P189)

「宮澤賢治は、人間と自然の関係、自然の中から一歩外へ出てしまった人間の幸福と不幸のことをずいぶんしつこく考えました。(中略)近代的な社会の誕生に由来する不安感が芥川(龍之介)の文学の大きなテーマだと思います。/それに対して宮澤賢治が考えていたのは、(中略)人間は自然から離れて、距離ができてしまった。それに由来する不安にどう耐えていけばいいのか、ということを彼は考えたと思うんです。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P230・231)
「宮澤賢治が死んでから七十年近く経ったいま、自然から離れて、技術によって自分で環境をつくって生きるという人間の方法がいよいよ進んできた。それが余りにもはなはだしいので、本当にこれで大丈夫なんだろうかという不安感がある。そういう時になって、この問題をあらかじめ考えていた宮澤賢治の仕事が意味を持ってきた。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P231)
「この人(注:宮沢賢治)の詩を一つ一つ読み解いていて気がついたんですが、建物の中にいるところを書いた詩がほとんどないんです。全て屋外。それは野原であったり、山の中、林の中、稀に海の岸辺だったりするんですけれども、いつでも外にいる。(中略)その中で賢治はたいへん精密に自然を観察しています。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P244・245)
「なぜ宮沢賢治は、自分の思想を童話というかたちで表現したか。/一つの理由に、子供と自然との関わりがある」「自然と人との関係を考えるときには、子供の視点によったほうがものが見える。」「もう一つの理由としては、子供の話のほうが大胆な思想を乗せやすい。」「また別の理由として、彼が若かったということがある(中略)実際に大事な仕事をしたのは二十歳代です。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P232〜234)
「若いうちは、ひらめきの中に深さがある。それが賢治の文学の一番おもしろいところだと思うんです。」「宮沢賢治という人には大人になることを拒否する一面があった」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P235)
「彼自身、科学を使えば人間は幸福になれるのではないかと信じていましたから、科学は認めています。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P248)
「しかし、ぼくにはどうしてもそれがわからないんです。たくさんの人間が幸福になることはそのまま自然の原理にも適うことなのか。人間の原理と自然の原理は違うのではないか。それが人間のエゴを生み出したのではないか。信仰は自然の側へ人間を呼び返すものであるのか、あるいはより自然から遠ざけるものなのか。結局わかりません。/ですからぼくは宮澤賢治をずっと読んできましたけれども、グスコーブドリの最期に対してはいまひとつ肯定できない。それは違うんじゃないですか? 本当にそれでいいんですか? と、できれば賢治さんに会ってディベートしたいとしばしば思います。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P251)
「自然の中で生きることの全体像を考えると、どうもぼくにはよだかの苦しみがわからない。余りにも人間のエゴイズムの煩悩に近いんじゃないかと思います。」「ですからやはり、宮澤賢治の中にあったのは、そういう自然界における生と死ではなくて、人間界の苦しみ、修羅の苦しみではないかと思うんです。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P255、257)
「結局、人間とは、『自然が人のことを考えてくれたら』と『そんなはずはない。自然は自然なんだから仕方がない』という、この二つの考えの間をうろうろと揺れているものです。宮澤賢治は、自然に近いところにいたがゆえにそこのところを実にはっきりとらえてみごとな文学にしている。(中略)彼の作品は、一個一個が小説として、あるいは詩として、童話として、日本語の言葉遣いが大変にすばらしい。その上で、背後にある思想が楽しく、しかも奥深くまで読める仕掛けになっている。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P268)

「なにせカタカナでヨーロッパ風の名前をつけるのが好きな人だから、」「『蛙どもには殊にそれが見事なのです。』といってみんなで並んで雲を見物する。/『どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね』/『うん、うすい金色だね。永遠の生命を思はせるね』/『実に僕たちの理想だね』」(「蛙のゴム靴」より)/なんてことをしゃべっている。」池澤夏樹「宮澤賢治の言葉」(『言葉の流星群』P275・276)・・・・・・草野心平以外に、蛙の会話を描いた詩人がいて、それが宮澤賢治とは知りませんでした!



tomtom_poem at 17:01|PermalinkComments(0) mixiチェック 文学・評論 | 詩歌

2018年08月26日

NOMA企画「Papas Angel」

2018.08.26(日)11:00〜13:00 いずみ中央・テアトルフォンテ
作・演出・音楽:のまさとる
CAST:岡田健二(61歳)/見上裕昭、吉田晴夫(ヤミ金取り立て主任)/丸尾聡、他大船高校演劇部卒業生たち

 NOMAきかく−NODAまっぷ−NODAきかく−NOMAまっぷ・・・似てますね、なんて、ダジャレから始めちゃいましたけど・・・・・・。

 でも、初期の夢の遊民社に匹敵するほどの(?!)、若々しい好舞台でした!

 ODC出身の二十代の役者たちが、テアトルフォンテの舞台上でいきいきと熱演していました。ダンスも歌もみなさん上手い! じゅうぶん堪能できました。
 ただ、すべてではありませんが、何本か観た大船高校の演技のクセ(?!)のようなもの(微笑み方とか・・・)が垣間見られて、そういう所は、もっと脱皮できた方が役者としておおきくなれるのではないかなんて(素人が生意気な言葉を弄して申し訳ありませんが)思ったりもしました。

 見上さんも力演でしたが、特筆すべきは、丸尾さんの役柄と演技でした!! のまさんも、丸尾さんのキャラにずいぶん力をお入れになったように思えました。悪役(ヒール)ながら、とても魅力的な悪さを発揮していました。それが、ずばり、ラストでは・・・・・・。ダンスも良かったです。

 いままで上演1時間という制約のある高校演劇の場で壮大な劇を作りつづけてこられたのまさんですが、それから解き放たれて、自由にふんだんにドラマを作られました。笑わせ考えさせ泣かせて。しかも家庭劇で。
 先月、私は新国立劇場小劇場で蓬莱竜太の家庭劇を観て、初めのうち、それと比較もしたのです。しかし、蓬莱の舞台は現代の地方都市。それに対してこの舞台は1980年の横浜。私も野間さんも、学生の頃。登場人物は40年前の父であり、姉妹なのです。ここには、野間さんの(いままで書いてこられなかった)ロマンティックなファンタジーがあり、でも、それは観客の心をあたたかくしてもくれました。

 NOMA企画の第2弾は”西鶴”!!! いよいよ、のま世界の開花かな。



tomtom_poem at 19:39|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇