2020年08月10日

シマ唄と島唄の違い〜奄美と沖縄の音楽――関ジャニエイト

2020.08.09(日)テレビ朝日
 関ジャニエイトは毎回、POPS系の音楽の刺激的な企画が多くて、見る度に面白い。
 今夜は、奄美出身の元ちとせと城南海が、その違いを実演してみてくれた。
 歌い方・音階・三線が全く違う。奄美のシマ唄は、本土の民謡に近いが、やはり違う。哀愁が深いのだろうか。
 多く、沖縄の唄は聞いてきて、とても好きなのだが、奄美の歌も聴いていきたい。
 かつて、慶應義塾アートセンターの主催行事で、荒木経惟と島尾ミホの競演を観て、シマ唄の滋味深さを知っていた。今年1月には、アイヌの人たちと競演した朝崎郁恵の歌を聴いて、感動したのだ。

tomtom_poem at 01:04|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 

2020年08月08日

金子光晴の詩「富士」から私の詩「父」へ〜今日の天声人語から

 今日の天声人語に、子育ての俳句が紹介され、「目を引く句が戦前・戦中に多い」との論を引いていた。そこで筆者は金子光晴の詩「富士」を想起している。戦争から息子を守る父の詩である。
 私は、この詩に触発され、まだ幼い子どもを思って作品を創った。


  父

小さな手をひいて、富士の見える丘に立ち尽くす俺。意識も引き伸ばされ、重心が置いてきぼりにされそうで、現実の成層圏も突き破り、知らない過去へ――

 黒雲を裏返せば、群れる爆撃機、荒海の彼方に無限の呻き声。昭和二十年三月、うすら寒い風吹くある日のこと。

 ふんぞり返っている富士のたもとの湖畔に。一枚の約束された死から、ひとりの父は、息子を守り抜いていた。どしゃぶりの雨の中、裸体で立たせ。部屋に引きずり入れ、閉じ込め、松の葉でいぶし、真っ赤な気管支をいたぶりつけ。

 青年の眼差しは痛く悲しく、安らかで。瞳孔の奥に侵犯する巨大な山影。深淵から狼のような瞳で見上げられて――

その詩人のはらわたを唸るように読んでいたら、突然、地面にしこたま叩き付けられた、その本。泣き叫ぶ二歳の娘。軟弱な愛の形しか持てぬ情けない父、すなわち俺には、糞面白くもないあらいざらした浴衣のようだった富士は今、妙に着飾って澄ましているだけだ。

*傍点部は、金子光晴の自伝と詩からの引用である。

(詩集『中有(そら)の樹』より)



tomtom_poem at 22:00|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年08月06日

映画「世界で一番貧しい大統領 愛と闘争の男 ホセ・ムヒカ」

2020.08.06(木)14:10〜15:40 あつぎの映画館kiki
原題:El Pepe, Una Vida Suprema
監督:エミール・クストリッツァ
2018年製作/74分/G/アルゼンチン・ウルグアイ・セルビア合作 配給:アルバトロス・フィルム
 「南米ウルグアイの第40代大統領で、質素な暮らしぶりから「世界で最も貧しい大統領」とも称されたホセ・ムヒカを捉えたドキュメンタリー」(映画.com解説)という。
 私は、「世界で一番貧しい」というキャッチフレーズに惹かれて観たのだが、その具体的な現場が、農作業をする場面しか映されておらず、よく分からなかった。また、貧しい人たちに援助するというのも、本人の語りだけで具体的な現場が分からなかった。
 波瀾万丈の人生の結果、大統領を勤めあげたその人の柔和な表情には打たれたが、貧しい人のための運動から13年間投獄されていたという人生よりむしろ、そうした若い頃から80歳近くまでパートナーだった女性との愛の軌跡が最も心に残った。本人の語りが多く、中間でちと意識を失っていた。
 映画comレヴューでtaiyasanさんが「すでに絵本等で有名な大統領なので映像で観る必要性は感じなかったのですが、観ました。事前にこの大統領について理解していないと映画はほぼ理解できないと感じます」と書いていたが、私は何も知らずに観た。絵本を読んでみようかな。


tomtom_poem at 20:24|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年08月02日

詩誌「ひょうたん」71号

2020.07.10 ひょうたん倶楽部発行

長田典子「Beastの爪先」・・・饒舌でリズムが疾走する言葉のウチに新型コロナウィルス禍の新たな日常の具体を次々と詠いあげ、その間隙に「生き延びなくちゃ」「生き延びさせなくちゃ」「生き延びましょう」と連呼する。ラストは「ほら/赤ん坊がきゃっきゃっと手を振って笑っている」とヒトの原点に立ち返る。

村野美優「わたしの三葉虫」・・・教養の足りない私は、「プラスチックの三葉虫」って何?! と、よくわからない物が主役の詩だ。作者は愛しているが、「わたしが死んだら/海の藻屑になれるが/海に溶けないおまえは/ポリエチレンの海月たちと/いつまでも波間を漂うという」と詠う。

 今号でいちばん心打たれたのは君野隆久の「星に負ける」だ。「星に負ける」を3度繰り返し、その間に「時間をせめあぐねていると/幾羽もの鳥が喉に住まうようになってくる」「あたりの破片を拾い集めようとする」「あまりにもろく指先で崩れ去る」「星の代わりに骨を拾う」と詠う。私はこの世界に引き込まれた。

 村野さん、ありがとうございます。


tomtom_poem at 01:06|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年07月28日

新井高子さんの活躍〜ミて151号と「Poetry Talks」

2020.07.26(日)21:00〜22:40 四元康祐さんの企画によるZoomイベント「Poetry Talks」
 新井さんは昨秋、デトロイトに行かれた。そこには野外アート――ビーズによる家や壁画のある家や、車のアートなどが展示されていて、それら刺激的な作品の写真(新井さん撮影)が紹介された。新井さんはデトロイトアートミュージアムにも行かれ、とりわけニック・ケープによる廃材による造型アートの写真を紹介された。それらは、四元さんによれば、土地に根付くアートという観点で、新井高子が東北のおんばたちや方言に取り組むのと共通しているとの指摘があった。
新井高子朗読:アルゼリア・ウイリアムス(アフリカ系10代女子)(新井高子訳)「スーパー・ヒーローごっこ」
――高作研学習会オンライン呑み会があり、30分遅れで入ったので、ここまでは「Yasuhiro Yotsumoto presents 'Poetry Talks'」の記録録音より。
 次からが、ライブで聞けたところ。
新井高子朗読:デーモン・フォーガン(男子高校生)(新井高子訳)「僕は詩人じゃない」 「詩人じゃなく詩なんだよ、僕は。行間で生きている」
 ディエゴ・リベラ壁画(1930年代作)の中に女性一人が働いている画面を壁紙に。
自作詩朗読:新井高子「月が昇ると」 こうして聞くと、ライブで聞いた時より、新井さんの声が若々しく、少女の声のように聞こえた。いつもより抑えつつも、でも強弱やリズムが心地よかった。最後の「糸車が廻っている 誰もいない紡績工場――」のあとの余韻に浸った。

ミて151号 2020.06.30 ミて・プレス発行
〈詩〉
南椌椌「コロコニ」・・・私は、以前からアイヌ文化に興味があって、授業開きの自己紹介では、アイヌ語の「イランカラプテ」から始める。南さんのこの詩もたいへん引きつけられた。「スウィウヌカラ アンロー」「クンネチュブ」「チュルポルンクル」「チュプシカリ」と、アイヌ語の響きもいい。「コロコニ」は、小さな神様「コロポックル」の化身だったりして。吉祥寺のカレー屋さんに、また行きたいな。
新井高子「襤衣」(Lost&Found 30)・・・「来(き)なくてもいい! まさ江(イ)の七回忌(しきかいき)に、」で始まるイ音が特徴の地方言葉で語られる、散文中心の人情話の前半に対し、後半は行分けで「他人(ひと)の死(し)に皮(がわ)かぶって/立(た)つことに、」と濁音を効果的に使い、「詩(し)を書(か)くことに、」と、読点で締める。スタイルがかっこよくて、新井さんの声が響いてくるようだ。
〈エッセイ〉
北野健治「青い言葉」・・・「中国五行思想に基づく」「春=青、夏=赤、秋=白、冬=黒」で夏を赤、冬を黒というのを今になって知った。漫画『BLUE GIANT』についての、「手法として、重要なシーンには、一切音に関する表記を誌面に取り入れていない。(中略)プレイに没頭する彼らとそれに圧倒される聴衆の姿だけを描写する。なのに、音が聴こえてくる。(中略)常に、今、この瞬間の“音”を追求する主人公たちの日々のエピソードを丁寧に描いているからだろう。」という指摘に引かれた。
樋口良澄「西脇順三郎『Spectrum』への旅11 The Sick Period 2」・・・エリザベス・アウトカ『ウイルスのモダニズム』で、エリオットの『荒地』が紹介されていて、興味深かった。「『荒地』第一部「死者の埋葬」草稿が書かれたのは一九一九年、パンデミックのさなか」だということだ。また、アウトカは、アメリカの文芸誌「パリスレヴュー」電子版の記事「いかにパンデミックは文学に浸透したか」に「スペイン風邪とコロナウイルスのパンデミックは、恐怖の幻想が実際の病禍を超えて広がる点において似ている」と書いているそうだ。筆者は「スペイン風邪の「パンデミック後」とはどういう状態であったかを文学表現の問題として考えるためには、もう少し現在のコロナ禍がどのように人間の精神や表現に影響を及ぼしていくかを見極める必要がある」と記す。そして、「人と人がその場にいることと、メディアで繋がることとは等価なのだろうか。/このことを考えるために、(中略)「臨存」(注:目の前にあるという意味)という言葉を新たに用いて」筆者は考える。「臨存」が必要な分野として、「医療、教育、そして演劇などのアートでは、他者と臨存するその場で生起するものが重要である。」「コロナ後の世界は、リモートのデータは市場のために利用され、空間はもとより、未来の時間まで市場化され、個人は剥き出しで市場にさらされる方向に進むだろう。その中でどのように他者と臨存するかを考えることは、市場化されない人間の場所を確保することとして重要になってくるのではないだろうか。」と記す。「静止した時間の中で、あり得るかもしれない多様な未来の時間を生きることこそ、私たちに今必要なことであり、詩は多分そのことを教えてくれるのである。」と結ぶ。
 今の日本の社会も、まさに「恐怖の幻想」が個個に巣くっていると思われる。そして、アートの行方はどうなるのだろう。現在について、深く考えさせられた論考であった。
新井高子「唐版・卒塔婆小町――唐十郎戯曲『虹屋敷』を読む」・・・私が赤テントに通っていた頃からもう40年以上になる。唐組になって観たのが、柄本明客演で水がいっぱいばらまかれた(と記憶する)テント公演で、もう30年くらい経とうか。それ以来、私は唐の芝居を観ていない。しかし、新井さんの毎回このように分析されると、当時は熱量で観ていたのが、客観的な時代性や意味が垣間見られて、おもしろい。今回の論考では、「敗戦直後のあの異様な“明るさ”とは一体何だったのか。それを形而上劇として構成したいと思った」という、唐の言葉が印象に残った。

tomtom_poem at 00:23|PermalinkComments(0) mixiチェック

2020年07月26日

劇団ノーミーツ第2回公演 フルリモート演劇 「むこうのくに」

2020.07.26(日)14:00〜16:40 2400円
製作総指揮:広屋佑規 企画・プロデュース:林健太郎 
脚本・演出:小御門優一郎 
劇伴:パソコン音楽クラブ 主題歌:ハルジオン/YOASOBI 映像技術・美術(映像レイアウト・スイッチング・照明・リモートシステム担当):水落大 しんがり:岩崎裕介
出演:マナブ(友だち欲しい青年)/竹田光稀 リィン・カーネーション(ヘルベチカ主宰AI)/安藤聡海 バトラー(ヘルベチカ案内人)/鍛治本大樹(キャラメルボックス) ピコ(ヘルベチカ案内人)/河内美里 スズ(AI)/尾崎由香 ケン(ハッカー集団)/オツハタ ソウスケ(ハッカー集団)/そら(アバンティーズ) マミ(ハッカー集団)/大山実音 タイチ(ハッカー集団)/出口晴臣 

綾小路議員/淺場万矢(柿喰う客) 
DSC_0009










秘書ヒムロ/水石亜飛夢 コトリ刑事/イトウハルヒ 小林刑事/渡辺芳博 DJめがね/めがね
DSC_0015










DSC_0012










DSC_0011









 

 前回と設定・世界観がまるで違う。
 チケット購入者がログインさせられる場所がヘルベチカ。このお話の仮想世界。会員は皆、素顔を出さず、CGで仮装している。世界1億人加入。
 1人の友だちいなくてAIの友だち作っちゃって逃げられちゃったマナブ君。
DSC_0013











 彼がつくったAIが実は。
 政治家のサイバー犯罪と捕らえる女と男の刑事。
 ストーリー展開も面白く、小御門さんは天才?
DSC_0007











 画像も前回とはがらりと変わり、中央のモニターの周辺に小さいモニターを何重も配す。
DSC_0006










DSC_0005










DSC_0004











 スズとマナブにだけ、カメラ映像を向けるカメラワークが効果的。

 すべてに、ITに熟達した若い人たちのつくりあげた、素晴らしい世界!!
DSC_0014











DSC_0003




tomtom_poem at 18:47|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2020年07月23日

金子光晴「おつとせい」〜「59」第21号より

 詩誌「59」第21号のあとがきで、金井雄二さんが「世の中、いや世界がすべて同じ方向に向いている。仕方ないのかもしれないが、一頭だけ逆を向いているオットセイの気持ちを忘れてはいけないと思う。」と書いていた。そこで、『金子光晴詩集』(現代詩文庫1008)を引っぱりだして、「おつとせい」を再読してみた。

  一
 そのいきの臭えこと。/くちからむんと蒸れる。
 (略)
 そのからだの土嚢のやうな/づづぐろいおもさ。かつたるさ。/いん気な弾力。/かなしいゴム
 (略)
 鼻先があをくなるほどなまぐさい、やつらは群衆におされつつ、いつも、/おいらは、反対の方角をおもつてゐた。
 (略)
  二
 そいつら。俗衆といふやつら。
 (略)
  三
 おお、やつらは、どいつも、こいつも、まよなかの街よりくらい、
 (略)
 うらがなしい暮色よ!/凍傷(しもやけ)にただれた落日の掛軸よ!

 だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼してゐる奴らの群衆のなかで、/侮蔑しきつたそぶりで、/ただひとり、/反対をむいてすましてるやつ。/おいら。/おつとせいのきらひなおつとせい。/だが、やつぱりおつとせいはおつとせいで/ただ/「むかうむきになつてる/おつとせい」

 金子光晴は、一時期、集中して読んだ。草野心平と並んで好きだ。
 S高校では、生徒の詩文集をつくったとき、彼の詩をいくつか並べた。

 私も「おつとせい」のように、素直ではない。無力者だ。

tomtom_poem at 00:53|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年07月20日

橋口幸子『珈琲とエクレアと詩人』

2011.04.23初版第1刷 2015.12.07初版第4刷 港の人発行
2020.07.17読了
 wowowドラマ「荒地の恋」(原作はねじめ正一の同名小説)で描かれた北村太郎が住んだ、田村隆一の前妻・和子(彫刻家・高田博厚の娘だという)の家に、北村と同様に間借りしていた校正者の女性から見たエッセイ。「荒地の恋」とは別の視点で、北村の様子がよく分かった。「あとがき」で作者は「直接わたしの目とこころとでみた、普段の北村さんの姿を描いた」と記している。とても興味深く読んだ。

「六十を目前にしたそのころでも、ふたり(注:「北村さん」と「友人であるその詩人」と作者は書いている。)は少年のようであった。/ふたりともこころのままに生き、こころのままに行動し、こころのままに態度で表わすところなどは本当によく似ていた。」(鎌倉)P49
「いつでも行った先に、ノラ猫の友だちをつくっていた。それぞれの子に勝手に名前をつけて、楽しそうに話してくれていた。」(横浜)P78
「そんな中に、愛する猫たちがいたことは、ほんとうに救いであったと思う。/今、わたしも死につながる病気ではないが、ひとりでこころの病と闘っている。/そして、北村さんと同じように、一匹の老猫に救われている。」(二度目の鎌倉)P81
「いつもすり切れたジーパンとシャツ、その上にポケットがいくつかついているよれよれのベストという格好が、北村さんの姿だった。」(同上)P82
「東京を出て、横浜のベイブリッジを通り、鎌倉に着くまで、空はこれまで見たこともないような茜色のの夕焼け空であった。/燃えるような夕焼けのあの情景は今も忘れることができない。」P107

 ドラマでは、田村隆一を松重豊、和子を鈴木京香、北村を豊川悦司が演じていて、そのイメージが残るが、北村太郎は実際は小柄なんだそうだ。それから、ドラマでは横浜・山元町のアパート住まいの頃に若い看護師と関係があったように描かれていたが、その子の影はこのエッセイには書かれていない。あれはねじめの希望的フィクションなのだろうか。

 巻末の「北村太郎の白」という文章で、画家の山本直彰が書いていることを写しておこう。
「 冬近い街のうえ(夢に)/サンドペーパーをかけるなんてできるだろうか(北村太郎「影へ」より)」を引用して、「彼はたびたび補色である反対色の絵具を使う。言葉の反転である。それらを重色したり混色しているのだ。(中略)彼は絵具を使わず、色の根源である光で描いたのだ。」と。こういう視点で北村の読もうと思うし、なによりこういう詩が書けたらなぁと思ったりもする。

 あ、そうそう、題の「珈琲とエクレア」というのは、北村がよく入って注文した、鎌倉・小町通りの喫茶店「イワタ」のメニューだそうだ。その店、あだあるかな??

tomtom_poem at 00:12|PermalinkComments(0) mixiチェック 文学・評論 | 詩歌

現代詩文庫61『北村太郎詩集』

1975.02.01第1刷 1982.10.01第5刷 思潮社発行
2020.07.12読了
 amazon primevideoでwowowの5回連続ドラマ「荒地の恋」を観て、北村太郎(妻が独身の時、彼の詩の教室に通ったという縁もあり)に特別の興味を見出し、まず読んでみた。おもしろい。言葉も人生も面白い。猫が好きなのも発見だった。

「大時計のうしろに時間があり、/時間のうしろに凍りついた私の人生がある。」(「センチメンタル・ジャーニー」P12)
「くらやみの/どの部分も、少しずつためいきをついていた。/夥しい綴字が、ぼくの靴のしたで/落葉のように埋れていった。」(「黒いこびと」P24)
「憎悪と欲望とを生産する挽肉器だ。」(「鳥」P30)
「不思議だ。/なぜ、ぼくは生きていられるのか。曇り日の/海を一日中、見つめているような/眼をして、人生の半ばを過ぎた。/(中略)/残酷だ。/なぜ、ぼくは生きていられるのか。嵐の/海を一日中、見つめているような/眼をして、人生の半ばを過ぎた。」(「朝の鏡」p30・31)

『冬の当直』
「時計をのぞく/毛布をひきあげて/顔をかくす/腕を伸ばして両脇につけ/垂直に/暗い水の底に沈んでゆく姿勢をとる/眼をつむる」(「ながい夜」P37・38)
「大学教師から/被虐的アングラ劇作家まで/いっさいの気どり屋に/くさった玉ねぎをぶつけよう」「夕暮れはきのうとおなじナンセンス」(「ゲバルト」P41)
「ぼくは惨劇のまぼろしなくして/人を見ることができぬし/」(「寒露」p52)

未完詩篇から
「土地よりもしたたかな表面を/おれは/ジグザグにすすむ」(「フライング・ダッチマン」)P60
「雨ははげしいが/こおろぎと鈴虫は正確な間隔で鳴く/やがて雨の音が遠のくと/かれらの声は闇を深める/ふたたび雨繁くやがて轟々ととどろき/恐ろしい水のわめきが/小さな家をかこむ/まもなく最も急に雨上がり/虫たちの声/いっそう澄んで四畳半を満たし/悠然と正確な間隔/軒の滴り/青いタバコの煙り/ランプを消す手/音の絶え間の/窓」(「十六行と六十行」の「白露 1」全編)P62・63
「むかしギリシア神話にこったのはきっと時間がおそろしかったのだな」「むこうから影がやってきてとき折り立ち止まった」「ごろ寝してカラーテレビで文楽を見て人形の女の目の大きさにうっとりする/二匹の猫をながめたり撫でたりして午前一時だあしたがあるから/眠らなければならん夢をみるのはいやだなと雨戸を繰ると庭先がぼうっと明るく/けさのふようの花のいくつかが落ちたくさんのつぼみの緑があった」(「十六行と六十行」の「白露 2」より)P64〜66

「昼はひとみが細いから/なにしろこの世は目まぐるしい?//ミルクを手まえ巻きの舌で飲み/ゆっくり戻って死体をたしかめる」(「秋猫記」)P66
「ちょっと日がかげると沈鬱な哲学者じゃないか」「おまえの舌で/じぶんの豊かな毛を静かに舐めて時を消してしまえよ」(「冬猫記」)P67・68

「朝ごとのだるき思ひのねばつきて」
「ジーパンのかすれし青に涙落ち」
「まじめなる隣の少女予備校に」
「うつくしきひとは心の奇を知らず」
「三日月はダリ氏の髭にちょっと似て」
「バス停に花の散るときバスが来て」以上「かげろふ抄」より P71

「もうじき一日の終わり/(眠るのは毎日午前二時)/静かな寝息の猫をながめて時を消すか/いやちがうぞ/時がわたくしを消す」(「Memento Mori」)P73

評論・エッセイ・自伝より
「僕らの青春を血と死の幻影で飾った戦争、戦後の社会生活、こうしたものが僕らの方法を規定した。とはたやすく考えられることであるが、それらはいわば外的制約であって、それと同時に僕らの内部の制約、もっと具体的にいえば、僕らの文学に対する相似た観念というものがその上に重なりあっている点を見逃すわけにゆかない。文学に対する相似た観念とは、僕らの文学に関する経歴ないし経験が同じために形成される。」(「投影の意味」1947年)P92
「小学校四年のころ、わたくしは花やしきで「地獄極楽」の絵巻ものを見た。(中略)地獄絵図の極彩色は、わたくしの人生の最初の恐怖であった。・・・・・・(中略)洋画の封切館であった大勝館は「浅草中映ボウル」と衣がえして、ゴルフの練習場さえ備えていた。観音劇場はトルコぶろと化し、いまのロキシー、むかしの金竜館と日本館は和洋ポルノで競っていた。東京倶楽部(いまは東京クラブ)はむかしどおり洋画のセカンド館であったが、さえない西部劇をやっていて、上映中の映画の音だけを、人通りの少ない戸外に空しくマイクで流していた。わたくしが「吸血鬼」という恐ろしい映画を繰返し見たのは小学校六年生のころ、この東京倶楽部においてであった。ところで、わたくしにとって六区でいちばん懐かしいのは、いまの松竹花月劇場、むかしの吉本興業経営の花月劇場である。」「川田(注:義雄)や坊屋三郎、益田喜頓らは、父の店の常連だったのである。(中略)わたくしは川田に案内されて、かわいい踊子たちのいい匂いのこもる楽屋に入ったこともある。少年のわたくしは、楽屋の花やかさに陶然としてしまった。」「父母、私の前妻和子と長男昭彦をはじめ、浅草に吐かれて死んだ肉親たちの幻があまりにもはっきりわたくしに蔽いかぶさっていて、」(「デラシネについて」1973年)P106〜108

「T・Sエリオットに『オールド・ポサムズ・ブック・オブ・プラクティカル・キャッツ』という詩集がある(中略)ある人がこのタイトルを『おとぼけ爺さんの猫行状記』と訳したそうである。」(「猫について」1973年)P112
(T・Sエリオット作 北村太郎訳)「猫に名前をつける」P113 は全編書き写したいほど、素敵な詩だ!!
「わたくしは長田弘君のように「猫に未来はない」とは必ずしも思わないのである。優雅のなかに不敵を――と決心したくなるのだ。」(同上)P116




tomtom_poem at 00:09|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年07月19日

映画「百円の恋」

2020.07.17(金)prime videoで鑑賞
監督:武正晴 脚本:足立紳 主題歌:クリープハイプ「百八円の恋」
出演:斎藤一子(いちこ)/安藤サクラ、狩野祐二(ボクサー)/新井浩文、青木ジムの会長/重松収、野間明(100円ショップのベテラン店員。一子を殴って犯す)/坂田聡、岡野淳(100円ショップの店長)/宇野祥平、池内敏子(元店員)/根岸季衣
2014年公開。 113分。配給:SPOTTED PRODUCTIONS。

 第39回日本アカデミー賞で、最優秀主演女優賞(安藤サクラ)、最優秀脚本賞(足立紳)、優秀作品賞。優秀監督賞(武正晴)、優秀助演男優賞(新井浩文)を受賞した作品。
 安藤の表情演技、とくにボクシングのリング上でのそれが凄絶だった。
 無気力を助長するような音楽が効いていた。

tomtom_poem at 23:33|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年07月18日

中村壱太郎×尾上右近「ART歌舞伎」<アーカイブ配信(副音声版)>

配信:2020.07.13(月)〜19(日) 副音声料金:3750円(手数料込)
会場:靖國神社能舞台 ライブ:7月12日(日)19時30分〜
総合演出:中村壱太郎 副音声:中村壱太郎・尾上右近
演目・音楽
01 四神降臨ししんこうりん
「古(いにしえ)より、四方の方角にはそれぞれ霊獣が神として司られていると伝えられている。東より青龍、南より朱雀、西より白虎、北より玄武の四神が集う時、厄難は去り、霊獣は各々の力を漲り、人々は宴を求め、新たな物語が始まる。」
M1 「DOODLE」 山部泰嗣  M2「青龍」 中井智弥  M3 「朱雀」 藤舎推峰  M4「白虎」 浅野祥  M5「玄武」 山部泰嗣  M6「DOODLE」 山部泰嗣
出演:青龍/中村壱太郎 朱雀/花柳源九郎 白虎/藤間涼太朗 玄武/尾上右近
――踊りや見栄が格好よい。演奏も踊りも舞踏を観るような激しい前衛性があったと思う。

02 五穀豊穣ごこくほうじょう
「民は豊作を祈り、それを歌にのせて唱え、祈りとして納める。民謡という文化は日本人の心内、忘れていた郷土心を呼び起こし、神への感謝、神前にて執り行う儀式、"舞"の前兆の音色が奏でられる。」
M7 「豊年こいこい節」 (宮城県民謡。浅野祥(津軽三味線・歌唱) ) ――すごい! 思いの乗った歌。後方の山部の太鼓が渋い。
M8「神狗(シャンク)」浅野祥(津軽三味線) / 山部泰嗣(太鼓) ――音楽としてやばい! 超絶技巧の太鼓ソロ・三味線・セッション!! 紋付きの、ジャジーなドラマーと熱く弾ける津軽の三味線!!! 

03 祈望祭事きぼうさいじ
「鈴を鳴らし、大地を踏み鳴らし、豊作を願う民人。これらはすべて儀式に則り執り行われる。天地人、全てが一体となった時、果たして人間はどこまで踊り狂うのだろうか・・・・・・」
M9  「祈望祭事」 浅野祥
藤舎推峰(笛)、山部泰嗣(太鼓)、中井智弥(箏・二十五絃箏)
白衣/花柳源九郎 白衣/藤間涼太朗 藁人/中村壱太郎 藁人/尾上右近
――太鼓カッコイイ。日舞がダンスのよう。足、腕の素早いリズミカルな動きは斬新。
「日本古来の祭から着想」と壱太郎は言っていた。確かに祭の舞踊は祈りの舞踊。それを現代の舞台で実現させた。祈りのための躍動するダンスのコラボレーション! 後方白衣の2人も憑依したように激しく。三味線、笛、太鼓と肉体たちの饗宴!! ラスト箏が締める。 

04 花のこゝろ(創作舞踊物語)
「輪廻転生。人は生まれ、そして死ぬ。でも、どこかでその「こゝろ」は続いている。夫と子を亡くした女と、戦いで傷を負った男。2人は何を求め、互いに信じ合うのか。この世なのか、あの世なのか、「美しき世界」は必ずや存在する。 琵琶の語りで繋ぐ創作舞踊物語。」
【劇中】
作詞:中村壱太郎 / 友吉鶴心
作曲・作調:友吉鶴心 / 中井 智弥 / 藤舎 推峰 / 山部 泰嗣
M10 「花のように」 中井智弥 「Motion」 中井智弥  M11「清経」 中井智弥
出演: 女/中村壱太郎、子・若武者/尾上右近、コロス/花柳源九郎、コロス/藤間涼太朗
演奏: 中井智弥(箏・二十五絃箏)、浅野祥(津軽三味線・歌唱)、藤舎推峰(笛)、山部泰嗣(太鼓)、友吉鶴心(琵琶)
――琵琶の大きな三角撥を逆さに左右に動かして本体に当てる奏法による過激性に水のような箏の音が流れるように奏される。そこへ亡くした子や夫を思う女と戦いで怪我をした男が現れ再開の場を演じる。2人の心に夜明けを感じさせる笛の音が、底に潜んだ悲哀を表し、三味線が呼び起こし、2人は熱く舞う。白い衣装と蒼い衣装の対比。若さの妖艶さ。コロスのドライフラワーで埋め尽くした大きな仮面。
 琵琶の謡いの「ちろり/ちろりと」の擬態語が印象的。右近の琵琶と友吉の琵琶の競演が少し。
 女を写すカメラが右半分を暗、左半分を明るく照らす。第5場への間奏で、舞台の外の木々と祈りの道具を写す。そして、赤を基調とした花々の衣装に満たされたコロスが橋がかりから登場して、笛と三味線と箏で舞う。「美しく老いるがテーマ」と言っていた壱太郎の最後の複雑すぎる表情が凄い。

ヘアメイク :冨沢ノボル 衣装: 里山拓斗 ヘッドピース: edenworks

――とりわけ女(壱太郎)の顔の、光と影(照明)を強調するカメラワーク(視角)が美しい。
 雨中の境内の木々や道具やレーザー光線やの美術も綺麗でダイナミックだった。
 副音声は演者2人のおしゃべり。ちょいとうるさくも感じたが、この世界に疎い私にとっては、素敵な導き手でもあった。

 配信用に制作したのだが、やはり生で観るとはるかにすごい感動が得られたのではないかと思ってしまう。けれども、無観客だからこそ可能な、特に照明などはそうだったのかも知れない。

 しかしながら、大雨が降りしきる中での野外公演なんて、なんと劇的だったことか。

 稽古・ゲネプロから本番までの特典映像も、演者や奏者たちの地の姿を見られて、楽しかった。

tomtom_poem at 01:06|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2020年07月08日

ドラマ「荒地の恋」

2020.07.05(日)全5話 amazon prime videoで鑑賞終了
原作:ねじめ正一『荒地の恋』 監督:渡邊孝好 脚本:黒沢久子、渡邊孝好 音楽:大島ミチル
出演:北澤太郎/豊川悦司 三田村隆一/松重豊 有川信夫/田口トモロヲ
三田村秋子/鈴木京香 阿子/村川絵梨 北澤の妻/富田靖子 北澤の娘/川島海荷
加山匡夫/山田裕貴 最上フミ(有川の妻)/りりィ 加山孝蔵/斎藤歩 日吉豊一郎/春海四方 片桐雅夫/PANTA

 WOWOWの「連続ドラマW 土曜オリジナルドラマ」枠で、2016年1月9日から2月6日まで放送されたという。
 戦後史の一大エポックの詩誌「荒地」をつくった鮎川信夫・三好豊一郎・中桐雅夫・田村隆一・北村太郎らの青春ではなく、中年の「荒地」をうたった小説のドラマ化ということで、非常に興味深く観た。著作のイメージとはずいぶん違う。田村隆一は、そのダンディさと「木」などの自作詩朗読の格好良さでファンだったのだが、人間としてみると、ずいぶん印象が変わった。四度も再婚したり、幼なじみの北村をからかったり。三度目の妻への仕打ちなんてひどい。それを包む北村もまた、「荒地」を歩いていると思った。妻が朝日カルチャーで北村の教室に通っていたとき、本人の状況はこんなだったんだと思われた。妻に話すと、北村についてはあまり印象が残っていないらしい。


tomtom_poem at 00:09|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 | 詩歌

2020年07月05日

映画「マイ・インターン」映画「マイ・ブックショップ」

映画「マイ・インターン」
原題:The Intern
監督・制作・脚本:ナンシー・マイヤーズ
衣装:ジャクリーン・デメテリオ 音楽:セオドア・シャピロ
出演:ベン(70歳、独身)/ロバート・デ・ニーロ ジュールズ(アパレル会社長、夫・子あり)/アン・ハサウェイ
フィオナ(マッサージ師)/レネ・ルッソ ジェイソン(アパレル会員)/アダム・ディバイン マット(ジュールスの夫)/アンダース・ホーム 
2015年製作/121分/G/アメリカ 配給:ワーナー・ブラザース映画
2020.07.03・04 図書館DVDで鑑賞。

映画「マイ・ブックショップ」
原題:La libreria
監督・脚本:イザベル・コイシェ 原作:ペネロピ・フィッツジェラルド
音楽:アルフォンソ・ビラリョンガ
出演:フローレンス・グリーン(戦争未亡人)/エミリー・モーティマー エドモンド・ブランディッシュ(老紳士)/ビル・ナイ ガマート夫人(町の有力者夫人)/パトリシア・クラークソン
2017年製作/112分/G/スペイン・ドイツ・イギリス 配給:ココロヲ・動かす・映画社○
2020.07.05・10 図書館DVDで鑑賞。

 共に、女性監督の作品。「マイ・インターン」は高齢者版シンデレラ・ストーリー。いかにもアメリカ映画っぽく、成功譚で、後味がいい。しかし、それは主人公のロバート・デ・ニーロの格好良さ、男っぷりの良さが多分に作用していると思う。
 「マイ・ブックショップ」は、その対極にあるような作品。主人公の女性は、こころあるのに認められず退却せざるを得なくなる。しかし、感情表現のような美しい自然描写の映像と共に、人生の深さを感じさせてくれた。エミリー・モーティマーの喜怒哀楽の演技が素晴らしく沁みた。ビル・ナイもパトリシア・クラークソンも、ミロ役も子役も、すばらしく表情に満ち充ちていた。
 舞台は、前者は現代のニューヨーク、後者は1959年のイギリス東部の田舎町。

tomtom_poem at 23:00|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年06月30日

映画「夜明けまで離さない」映画「純平、考え直せ」

映画「夜明けまで離さない」
2020.06.28(土)29(日)amazon prime videoで鑑賞
監督:森岡利行 脚本:宍戸英紀 音楽:Les.R Yuka 劇中イラスト:郷田マモラ
出演:桑原美咲(子持ちの娼婦)/宮地真緒 石岡一也(やくざ)毎熊克哉
さいたまのママ(一也の母)/朝加真由美 茂田秀次(刑事)/甲本雅裕
森田亜紀 茜ゆりか
2018年製作/95分/R15+/日本 配給:アルゴ・ピクチャーズ
 横浜・関内の売春バーが舞台。大岡川や都橋など、親しい土地で物語が繰り広げられた。みなとみらいの高層ビル群が輝かしく遠くに見える。ラストは千葉の富津の港が舞台になる。10歳の子役と、美咲の描く絵がよかった。

映画「純平、考え直せ」
2020.06.30(月)amazon prime videoで鑑賞
監督:森岡利行 原作:奥田英朗『純平、考え直せ』(光文社文庫刊) 脚本:角田ルミ、木村暉、吉川菜美 音楽:原田智英 主題歌:the pillows『眩しい闇のメロディー』(DELICIOUS LABEL)
出演:坂本純平(歌舞伎町のヤクザ)/野村周平 山本加奈(怪しい不動産屋社員)/柳ゆり菜
(純平の兄貴分)/毎熊克哉 (怪しい不動産屋社員)/岡山天音
2018年製作/95分/R15+/日本 配給:アークエンタテインメント
 「ちはやふる」で広瀬すずや上白石萌音と共演した野村周平がこんなヤクザの役に取り組むなんて、意外だった。岡山天音は本領発揮という所? 凄かった。

 両作とも、監督が森岡利行なのにびっくり。というのは、今年観劇(3月以降は新型コロナウィルスの影響で観に行くことが出来なくなってしまったので)した2本の演劇の一つが、八幡山で観た「ストレイドッグ」の「チネチッタ」で、この劇団の主宰・演出が森岡だったからだ。この芝居の客入りから、舞台の幕に森岡作品の映像を数々映していたから、その中にもあったかも知れない。「チネチッタ」は古い映画館を舞台にしていて、とても面白かったのだ。

tomtom_poem at 00:29|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年06月27日

映画「オケ老人」映画「蜜のあわれ」

両作とも、2020.06.26(金)amazon prime videoで鑑賞
 奇しくも、両作とも同じ配給会社の作品。

・映画「オケ老人」
監督・脚本:細川徹 原作:荒木源
出演:小山千鶴(高校数学教師)/杏 野々村和音(小山の教え子、梅が岡交響楽団野々村の孫)/黒島結菜 坂下くん(小山の同僚教師、パティシエに憧れる)/坂口健太郎
野々村秀太郎(梅が岡交響楽団長、野々村電器)笹野高史 及川さん(クラさん。梅が岡交響楽団)/左とん平 花田富雄(トミー。梅が岡交響楽団)小松政夫 花田昌江(マーサ。梅が岡交響楽団)/藤田弓子 戸山(棟梁。梅が岡交響楽団)石倉三郎 清水真弓(真弓センセイ。梅が岡交響楽団)茅島成美 宮崎しま子(しま子。梅が岡交響楽団)喜多道枝 竹岡亮吉(ラバウルさん。梅が岡交響楽団)森下能幸 フィリップ・ロンバール(フランスの小さな大指揮者)/フィリップ・エマール 通訳・アリノ/飛永翼 大沢義郎(梅が岡フィル、オーサワ電機社長)/光石研
2016年製作/119分/G/日本 配給:ファントム・フィルム
 杏の初主演作。気楽に観られる軽快な映画。昨年末に映画館で観た「カツベン!」に出ていた黒島結菜はまだ幼かった。でも演技は巧いんだろうな。

・映画「蜜のあわれ」
監督:石井岳龍 原作:室生犀星 脚本:港岳彦
出演:赤子(金魚)/二階堂ふみ 老作家/大杉漣 田村ゆり子(12年前に死んだ老作家の愛人)真木よう子
芥川龍之介/高良健吾 辰夫(金魚売り)/永瀬正敏
2016年製作/105分/G/日本 配給:ファントム・フィルム
 2018年に急死した大杉漣が、狂おしい老作家を好演している。22歳の二階堂ふみも妖艶に好演。ただ、幽霊役の真木よう子が登場・退場するシーンは仕掛けが随分ちゃっちかった。高良健吾は、昨年の映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」では三島由紀夫役だったが、文学者役が不思議に合う。

tomtom_poem at 19:02|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年06月21日

映画「殿、利息でござる!」

2020.06.21(日)鑑賞
監督:中村義洋 原作:磯田道史・評伝「穀田屋十三郎」(『無私の日本人』所収)で、18世紀に仙台藩の吉岡宿で宿場町の窮状を救った町人達の記録『国恩記』(栄洲瑞芝著)を元にしている。
脚本:中村義洋 鈴木謙一 主題歌:RCサクセション 「上を向いて歩こう」 ナレーション:濱田岳
出演:穀田屋十三郎(浅野屋長男)/阿部サダヲ 菅原屋篤平治(茶師・知恵者)/瑛太 浅野屋甚内(浅野屋次男)/妻夫木聡 先代・浅野屋甚内十三郎(十三郎・甚内の父)/山崎努 きよ(十三郎・甚内の母)/草笛光子
とき/竹内結子 遠藤幾右衛門(吉岡宿の肝煎)/寺脇康文 千坂仲内(吉岡宿他40か村をまとめる大肝煎)/千葉雄大
穀田屋十兵衛/きたろう 早坂屋新四郎/橋本一郎 穀田屋善八/中本賢 遠藤寿内(両替商)/西村雅彦 なつ/山本舞香 栄洲瑞芝(龍泉院の住職。事の顛末を後世に伝えるため、「国恩記」を記す)/上田耕一
伊達重村(仙台藩主)/羽生結弦 萱場杢(仙台藩財務)/松田龍平 
橋本権右衛門(代官)/堀部圭亮 今泉七三郎(郡奉行)/ 磯田道史
2016年製作/129分/G/日本 配給:松竹

 歴史家・磯田道史の歴史書で、地方藩の経済の話だというので、公開当時から観たかった作品だ。予想外に、物語として面白く、ということは、穀田屋二代(父・山崎努)と兄弟(長男・阿部サダヲと次男・妻夫木聡)や、村人(百姓)たち、財務担当(松田龍平)らが、人間としてきちんと描けていて、すばらしかった。
 故・忌野清志郎の「上を向いて歩こう」もよかった。

tomtom_poem at 23:35|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 | 歴史

2020年06月16日

映画「時をかける少女」

2020.06.15(月)amazonprimeで視聴。
監督・編集:大林宣彦 製作:角川春樹 プロデューサー:山田順彦 大林恭子 原作:筒井康隆 脚本:剣持亘 大林宣彦
音楽監督:松任谷正隆 主題歌:原田知世 主題歌(作詞・作曲):松任谷由実
出演:芳山和子(尾道の女子高生)/原田知世 深町一夫(ケン・ソゴル)/高柳良一 堀川吾郎(和子の幼なじみの同級生)/尾美としのり
立花尚子(和子のクラス担任)/根岸季衣 福島利男(国語教師)/岸部一徳 神谷真理子(和子の同級生)/津田ゆかり 芳山紀子(和子の母)/入江若葉 深町たつ(一夫の祖母)/入江たか子 深町正治(一夫の祖父)/上原謙 時計屋の男/高林陽一(友情出演)
1983年製作/104分/日本 配給:東映

 観たかった尾道三部作の2作目。先日観た「転校生―さよなら あなた―」は舞台が尾道でなく長野だったので、大林作品で尾道お映像を見るのは初めてだった。古い家々が立ち並ぶ風情のある町並みが叙情的だった。
 映画は不思議な世界を描いていて面白かった。こんにちではCGで作るところを、古風な技術で時空を飛ばしていて、それも一興だった。物語が終わってから、化学実験室して倒れていた原田知世が立ち上がり、歌い出して、次々とこれまでのシーンと登場人物たちが歌に合わせて身体を揺らしたり、こんにちでのミュージック・ビデオのように展開して、拍手まで起こるという、そこまで観ると、映画というより、舞台を観終わったような気持がした。
 大林は、原田に中原淳一や竹久夢二が描く女性のような、いわば大正ロマンチシズムを観て撮ったという。なるほど、セリフの端々に現代の女子高生は言わないような言い回しがあって、ずいぶん古いセリフの言い方だなと思われたのは、そういう意図があったのかと思った。
 「さびしんぼう」と「転校生」も観てみたいが、残念ながらprimevideoでは無料で観られないようだ。
 83年と言えば、まだ、つか事務所が公演をしていたと思う。その頃紀伊國屋ホールで観た根岸季衣が、映画でも若くて綺麗だったな。


tomtom_poem at 00:29|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2020年06月15日

金井雄二個人詩誌「独合点」第140号

2020.06.10発行

 いつも軽快に丁寧に読ませていただいています。
 ゲスト中上哲夫の「岩だらけの詩」、おもしろかった。「いわず」の6連続リフレインのあと、「のだ」の頻出。そのリズムに乗って、ヨーロッパの北方の家の主のお茶目なセリフで終える心地よさ。「主」のいう「吞んだくれの兄貴」が「吞んだくれの岩だらけ」にきこえた。
 金井の「歩き続ける」、「もう無意味な歩行はやめて/休もうと思う/長い時間/ぼくは歩いてきたのだから」と思いつつ「歩き続ける」と、とある看板にぶつかり、「それでは/回れ右!」と閉じる。この軽みの凄さを感じた。
 金井さんの敬愛する菅原克己の姪・千田陽子論の2回目も興味深かった。千田の「犬も人もあるいていない」について、金井は「一瞬の〈時〉を、永遠という時間に変えてしまったような緊張がある」と評している。(私にもこういう詩が書けたらなぁと思う)

 今号も楽しく読みました。ありがとうございました、金井さん。


tomtom_poem at 00:09|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年06月14日

詩誌「GATE」第30号

2020.05.22発行

 今号もとても面白く読んだ。
 まず各同人の詩がいい。中味は様々だが、最初の5人の題名を列挙すると「ゆれる 樹々」(福田恒昭)「春雷」(加藤亜由子)「公園のさくら」(塚本敏雄)「春の嵐」(生駒正朗)と、春尽くし。
 尽くしといえば、毎号の特集も楽しみだ。今号のテーマは「昭和歌謡大全」。福田は「ブルーライトヨコハマ」、塚本は「川の流れのように」、加藤は「天城越え」、柴原利継は「六本木心中」、青木重雄は「シクラメンのかほり」、生駒は「高校三年生」。私は、それぞれの詩にそれぞれの場所を感じた。「ブルーライトヨコハマ」は、洗面器の水からより広い時間や場所への飛翔が楽しめた。同時に、神奈川在住の私は、路傍に立ち続けた娼婦メリーさんをイメージした。「川の流れのように」は詩論への飛翔・渡河。「天城越え」は、先頃読んだ梶井基次郎の、主人公が山へ迷い込んだ「冬の蠅」を連想した。「六本木心中」に「そこは曽根崎でも玉川上水でもなく/まして三軒茶屋でも四谷でも五反田でもない そこは/どうしたって六本木しかない」というフレーズで、全く個人的なことで立ち止まった。なぜ「三軒茶屋」?(三軒茶屋は私が育った辺りなのだ)「シクラメンのかほり」は「おばあちゃん家」、「高校三年生」は「教室」。
 ゲスト詩人も毎回豪華だ。松下育男は、ちかごろTwitterで平易だけれど深い言葉を発信し続けていて、私は何回も「いいね」をしたり、リツィートしたりしている。「わたしに長い尻尾があったなら」のリフレインは、リズムも軽く、しかも「いのちをまるごと/くる」んだりする。

 noteにGATEのホームページを作り、FacebookやInstagramからも見られるようになっている。過去の取り組みが振り返られていて、非常に興味深い。そして、合評会や読書会を随時されていて、詩への情熱がすばらしい人たちの集まりだということがよく分かる。すごいなぁとも思う。

 同人の皆さま、ありがとうございました。

tomtom_poem at 22:34|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2020年06月13日

映画「野火」

2020.06.13(土) amazon primeで鑑賞
原作:大岡昇平
脚本・監督・編集・撮影・出演:塚本晋也
音楽:石川忠 サウンドエフェクト・サウンドミックス:北田雅也
出演:リリー・フランキー、中村達也、中村優子

 5年前、確か現代文の授業で大岡昇平の「靴の話」を読んでいたと思う。そのころ、この映画もジャック&ベティで上映していたが、見損なっていた。
 1959年の市川崑の同名作品は観ていないので、この映画の感想だけをメモしておこう。
 
 役者・塚本晋也は、先日観た「沈黙ーサイレンスー」での、その重厚な演技と存在感がいまだに生々しく残っていた。「沈黙」では、処刑されて無惨な死に方をしていたが、「沈黙」では生き残る。生き残って体験を書くが、当然戦場での幻影によって苦しむ。映画はそこまで映像化している。食事中に苦しむ男(塚本晋也)を、障子の間から覗く女(中村優子)がまた苦しみを表現していて辛く感じる。
 音楽がいい。ブルガリアンヴォイス風の女声が入って脳髄に響くが、あれはどうやって作っているのだろう。武満徹のようなサウンドが戦場の悲惨を増幅させている。
 
 
  

tomtom_poem at 16:17|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇