2018年12月11日

中俣勝義『若者たち、蟹工船に乗る』

2018.11.07 青風舎 初版第1刷発行
プロローグ
「作品を通して学生の内面の変革を求めていきたい。その手だての一歩が、「何でもいい、今のありのままの気持ちを書いて欲しい」と言って、二コマ目の講義の後に書いてもらう“ひと口感想”であった。」
「暮らしなど内面と向き合ったものを意図的に選んで、(中略)ダメな自分だったにしろそれを肯定的に受け入れ、新しい一歩を踏み出す(変革する)」

第吃堯ー禺圓燭繊蟹工船に乗る
一 若者たち、蟹工船に乗る
1 『蟹工船』一の読み――キーワード「周旋屋」
2 『蟹工船』二の読み――キーワード「国と国との大相撲」「工船であって航船でない」
3 『蟹工船』三の読み――キーワード「プロレタリア」
4 『蟹工船』四の読み――キーワード「搾取」
5 『蟹工船』五の読み――キーワード「株主」
6 『蟹工船』六の読み――キーワード「戦争」
7 『蟹工船』七の読み――キーワード「誰が殺したか?」
8 『蟹工船』八の読み――キーワード「蟹工船の『仕事』は、今ではちょうど逆に」
9 『蟹工船』九の読み――キーワード「金持と俺たちとは親と子なんだ」
10『蟹工船』十の読み――キーワード「やろう、やろうだ。」
「先生は、『ずっと笑顔でなくていいんだよ』『怒ったっていいし、泣いてもいい』と聞いたときは、その人を認め、受け入れて、導いてくれていると思えてすごくいいなあと思いました。」(早紀)
「私は感情を持っていてもことばにしないと伝わりません。ことばにして初めて分かることもあるのです。」(有華)

二 「あるべき姿」の創造へ
「学 生たちは“かっさん通信”に載せられた他者の『ありのまま』を読むことによって、自分の『あるべき姿』を創造もする。その繰り返しが『第局堯愕工船』を生きる若者たち』に表されるように学生たちの『あるべき姿』を深めていくのである。」

第局堯 岾工船」を生きる若者たち
一 「蟹工」人間回復の道――ジュンの場合
1 人間的つながりの喪失
2 自分の体を売る決意
3 レポートを読み上げる
4 レポートに対する学生たちの感想
「先生が、体を売り渡したとしても心や魂は売り渡してはいけないと黒板に書いたとき、私はその通りだなと思った。人を人として思いやる心がなければ、看護師として働いても、患者の気持ちは分からないと思う。だから私は、魂と心を大切にしていきたい」「死にたいと思った私が生きることをあきらめなかったから私は今を生きています。」「自分自身と向き合うことで、自分を見つける、見直すことができた気がします。」「相手とも向き合っていきたい」(紗希)
「みんな私以上に苦しい思いをしていることと、自分の幸せさをすごく感じました。援交やレイプなど、いろいろつらい経験をしてきてこの『蟹工船』という本と先生に出会い、みんなは成長できたと思います。一番成長したと思うところは、『自分の思い、考えを伝える』というところだと思います。」「私たちの気持ちや思いを一つ一つ受け止めてくれる大人がふえれば、私たちはもっと『意思表示』ができると思います。」(李緒)
「教材が『蟹工船』だったからみんなも心を開き、悩み事や考えていることを、オープンにさらけ出せたんだと思います。」「『蟹工船』には今と重なる部分があり、実際に新聞をコピーしたものを見たりすると、よりいっそうそのことの実感がわきました。」(さくら)

「学生たちはジュンの行為を、興味本位の噂として流すのではなく、自分たちの問題として真剣に考えてくれたのである。そのなかにジュンの心を揺さぶったレポートがあり、それは、彼女自身の成長につながる、他者承認の橋架となっていく。/私がこうした退学にでもなりかねない学生たちと向き合えたのは、その学生たちの圧倒的な支持があったからであった。」

5 私は変わることができました
「二つの講義の柱にしている『ありのままの自分を肯定的に受け止め、明るい未来に向けて力強く一歩を踏み出す若者を育てていく』という一貫した講義方針があった。」

6 ジュンの最終レポート
「私がレポートを書いた後、ある一人の子が、感想文に、私が書いたレポートについてコメントをくれていました。それは教育学の講義の、最初の日に紹介されました。その内容には、私が思っていた答えとは全く違うことばが書かれていました。そのことばとは、『汚いとか、援交や不倫とかありえない』ではなく、『国試をともに受ける仲間のなかに、自分を傷つけてでもお金を必要とし、学校に通っているのに、何も気づいてあげられなくて、何もしてあげられない自分が悔しい』ということばでした。」「先生があの時、自分の気持ちをぶっつけてくれなかったら、私は先生の気持ちにも気づかず教育学を終えていたと思います。」(ジュンの最終レポートより)

7 デリヘルに走るというさびしさとは
「香織は遠く離島から本校にやってきて寮生活をしている学生である。妹が重い難病を抱えており、離島ゆえに月に一回、二十万円も使って両親とともに沖縄に治療に行く。そのため、授業料が滞りがちで、費用を捻出するためにデルヘルに走る。私はこの問題を学生みんなのものにしたかったが、彼女は最後までそれを拒んだ。結局、二人だけのやりとりで終わってしまったのである。そのことが『今でもまだまだ一人ぼっちで、いつも泣いて、淋しくなったら仕事で淋しさを埋めて』となって出ている。」
「里奈は、私の教育学を受講する他学部の三十代後半の学生で、私の相談によく乗ってくれていた。」

8 この章の終わりに

二 「蟹工」貧困に向き合う――桜子の場合
1 貧困に向き合う
2 書く勇気を与えた愛美の講義感想
3 愛美にあった『蟹工船』の文化
4 貧困――その自己責任論を乗り越える桜子
5 この章の終わりに

三 「蟹工」を書くことは同情されたいためか――彩花をめぐって
1 私のなかの「蟹工船」
2 同情されたいために書くのか
3 なぜ私はありのままを書くのか
「私は実習で、患者さんの気持ちに寄り添うことの大切さを学んだ。共感はできなくても、共感的態度で接することも必要だと感じた。」(百合子)
「どんな人でも手を差し出してくれている人はいると思えました。それに少しでも気づくことが、作文を書くことによってできました。それが書いた理由です。」(匠)

4 ありのままの文章に学んで
「先生は私たち一人ひとりのことを真剣に見てくださっているのだなと伝わってきて、話を聞いてもらいたいなと素直に思うことができました。」(彩花)

「このように本音を綴り合うなかで同情論を乗り越えて『つらいのは自分だけじゃない』と、学生たちは連帯の輪を広げていく。」

「先生が毎時間、みんなの声を届けてくれたおかげで、自分のなかでも、変わるきっかけのようなものを見つけることができました。」(翔)

5 「あらわれる」ということ
「だれであっても同じ看護師として悩みを共有し、支え合っていくことはすばらしいことだと思いました。自分の悩みや苦労をこんなにも重く抱えている人が、人の役に立てる看護師という職種を選択したことを私は誇りに思います。」「私は自分の悩みを打ち明けることは恥ずかしいことだし、自分の弱いところを知られてしまうと思っていたのです。でも、自分自身の奥に眠っていたことをレポートに書くことで、今まで言えなかったことが他人に言え、心が楽になることにも気づきました。」「先生は、自分の悩みや経験したことまでも全て私たちにさらけ出してくれて、(中略)奥深く眠っていた心が現れ、ことばとして表現できるようになったのです。」(理恵)

6 この章の終わりに

四 「蟹工船」変革への道――杏奈から愛穂へ
1 暮らしから社会へ――暮らしの背後にあるもの
「社会福祉の授業で、税金の徴収を免れているお金持ちの貯蓄の総額は、約八七二兆円にも上ると学んだ。これを使えば、貧困、保健などのサービス、教育はほとんど賄えるというものだった。富あるものがなぜ、こうしたものに使おうとしないのだろうか。」「『お金がすべてだ』と思っていたときの私の心が一番貧しかったのだ。」「『蟹工船』が教えてくれたように、人の心に手を差し伸べることができる人間に私はなりたい。」(杏奈「私のなかの『蟹工船』」より)

2 レポートの読み合い後の感想
「『〜して欲しい』と願うだけでは何も動かない、『〜していきたい』と行動することによって人がつまり、力となって動き出す。それは団結において必要なのだと感じました。どんなに願っても幸せにはなれないし、幸せになることもできません。行動することで幸せになっていくのだと思いました。」(杏奈)

「この文学作品(『蟹工船』)を通し、『どう生きるのか』『どう生きたらいいのか』ということを追求してきたつもりだ。」

3 母という他者を自分のなかに
「今の時代は“ありのままの自分”を出せない社会です。」(杏奈)

4 他者をああ取り込んで成長
「先生は、『母親はわが子を愛するがゆえに殺しもし、罪も犯すんだよ。産まなきゃよかったという母親がいるかも知れない。けれどそれは、幸せになって欲しいのに、こんな世の中見せたくない、こんなつらい思いをさせている私はダメな母親だと、自分を責めているんだよ』と聞いたとき、胸が締め付けられ、息をするのが苦しくて、今まで自分のなかで固まっていたものが溶けていくような気がした。」(杏奈の終講レポート『私のなかの教育学』より)
「いま悩んでいること、考え方、捉え方も違う。でも、“かっさん通信”を読んでみると、『看護師になったら、母のため、弟のため』ということばが並ぶ。みんなそれぞれ背負うものが違っても、向いている方向は同じだ。『家族を楽に』『人を助けたい』がきっかけの看護師の道。大事な大事な人たち。違う道を歩んでいたら、生まれて来なかったら出会うことのできなかった人たち。私はこの学年でがんばり、看護師になりたい。」(同上)
「先生はよく言っていました。『自分のなかに他者がいればいるほど成長していく』と。」(同上)

「ここには暮らしの目を通しての母の捉え直しが始まっている。それができたのも、トゲが抜けたこともあるが、『産まなきゃよかった』と叫ばざるをえない、母の背後にあるものを、『蟹工船』を通して見る目が育っていたからだ。」

5 暮らしから社会へ
6 ありのままの目でありのままの社会を見る
「人が変わるのはすごく難しいことだけど、こういうふうに自分を振り返る時間があればあるほど変わっていけるのかな、変わった自分に気づけるのかなと思いました。」(加奈)

7 見えて来た社会のありのまま
8 いま考えていく社会――奈摘の場合
「だがその考えは本当に自分で導き出した答えなのであろうか。」「私は本当の意味で考え答えを出すことによって意思が生まれ、団結することにつながると思う。」(菜摘の「私と『蟹工船』」より)

9 この章の終わりに

第珪蓮ー伝的に――わが「蟹工船」

付録 「蟹工船」全文

tomtom_poem at 00:18|PermalinkComments(0) mixiチェック 教育 | 日本語(作文)教育

2018年12月09日

井上弘久独演『椿の海の記』第五章「紐とき寒行」

2018.12.09(日)14:17〜15:35 四谷三丁目・藝術茶房喫茶茶会記
企画・制作・構成・演出・出演:井上弘久
音楽・コントラバス等演奏:吉田水子(みなこ)
作曲:金子忍
協力:森屋由紀、喫茶茶会記

 4歳の主人公・みっちん(道子)の祖母は精神に異常を来たし、“おもかさま”と呼ばれている。そのおもかさまが近くの女郎に連れられて家のある栄通りを練り歩く。井上さん演じるおもかさまの恍惚とした表情が際立っていた。美しささえ感じた。
 吉田水子さんが巨大な低音楽器コントラバスで奏でる高いメロディがコミカルで面白かった。まるでセロ弾きのゴーシュのセロのようにも思えた。

 おもかさまがみっちんに連れられて帰る時に雪が舞ってくる。ほのかに鳴らされる鈴の音(吉田)と、おもかさまが言ったことば「三千世界」のマッチングの深淵さ。
 本文末尾「冬の闇」のあと、妙法蓮華経と唱え歩く法師たちの記憶を重ね、それでも寝つけぬみっちんに吉田水子が子守唄を唄って、次第に照明が落ちていく演出がものすごい余韻を奏でていた。

 これまでのような劇的な展開がなく、みっちんとおもかさまの道行が主だったせいか、能を観るような忍耐が必要であった。同時に能を観たときのような幽玄の世界を垣間見られた気がした。 

 第六章は来年4月で、2月は閑話休題的な企画をするそうだ。
 さて、わたしは井上VS石牟礼のこの連続独演について、いずれはエッセイを書いてみたい。ここで書こうか。でも、かなりの勉強不足なので、いいのであろうかと躊躇するのでもある。

tomtom_poem at 22:10|PermalinkComments(4) mixiチェック 演劇 | 文学・評論

2018年12月03日

慰労紅葉日帰り旅行〜箱根湯本温泉へ

2018.12.03(月)
 妻が紅葉を観たいと言い、膝が痛いというので、日帰り温泉に行ってきた。
 まずは、小田原の老舗食堂“だるま料理店”へ。30分待ち。店内は古風な風情。海老天の大きさに満腹。
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 湯本滝通り温泉郷の“天成園”へ。内風呂にもジャグジー風があり、露天風呂には五右衛門風呂より少し大きめの石風呂や寝たままゆったりできる寝風呂や浅風呂や。何より、紅葉やはるか下を流れる川の流れの音に直接触れながら入れるのがすばらしかった。
 リラックスルームでふにゃっとした後、滝があって鯉やアヒルのいる庭園を散策。
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 庭園を観られるカフェで。ケーキセット。700円。
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 日が暮れてきて、庭がライトアップされた。
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 ディナーは茅ヶ崎“なんどき牧場”で。
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 牛乳プリン。
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tomtom_poem at 22:32|PermalinkComments(0) mixiチェック 旅・観光 

2018年11月25日

相模原歴史散歩[田名→無量光寺]〜有馬散歩の会

2018.11.25(日)12:00海老名駅改札集合(だったのですが、私は相模線に乗り遅れて、皆さんが乗る相模線の最後部に乗って行きました
 原当麻・・・東原古墳・・・原当麻駅北口―〈田名バスターミナル行〉―向原遺跡前・・・史跡田名向原遺跡旧石器時代学習館(ボランティアスタッフの方に丁寧に説明していただいたり、ビデオで学習したりしました)・・・(信号渡って)・・・遺跡の遺構や古墳などを見学・・・谷原(やはら)古墳(水道施設内。金山神社奥から撮影)・・・天満宮・・・当麻山無量光寺・・・原当麻―海老名―相模大野“新福記相模大野店”
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 きょうのプロデュースは横山さん。丁寧な資料も含めて、ありがとうございました。

tomtom_poem at 23:23|PermalinkComments(0) mixiチェック 歴史 | 散歩

2018年11月24日

白兎組 The White Rabbits第一回・劇団ユニット・ラビッツ第十五回公演「@オキュパイド フクシマ 占領下のフクシマで〜僕たちの震災時間〜」 

2018.11.14(土)14:05〜15:45 ザムザ阿佐ヶ谷
作・演出:佐藤茂紀  監修:流山児祥(流山児★事務所)
音楽:多良間通朗
出演:ウララ(原発避難していた東京からフクシマに帰ってきた22歳の女性)/松岡沙也華 タモン(避難せずにフクシマにとどまり宇宙人に洗脳されていた、ウララの父)/佐々木雅彦 セレナ(同じ状況のウララの姉。あす、宇宙人と結婚することになっていた)/平池まお (以上劇団ユニット・ラビッツ)
マリリン(フクシマの工場社長)/十文字律子 ユリア(工場従業員。空手が得意)/斎須紗知子 ヨシダ(工場長)/牧田純一 ルナ(タモンの妻。)/平山桃子  ジュリ(工場従業員)/和知澄子  テツオ(工場従業員)/池田拓海 (以上しらかわ演劇塾) 他

「今回は福島県内の演劇仲間に声をかけて、震災後七年間の思いを吐露したいと強く願う連中が集い、芝居を作りました。荒っぽいところばかりですが、当事者たちが自分のことや他の当事者の気持ちを自分の言葉にして舞台に上がります。晒されに行く決死隊です。どうかお願いいたします。目撃者になってください。」(佐藤茂紀)

「福島に暮らす人々の今/福島は息衝いている。/rock 'n' rollにのせた慟哭を聞け!/境界線なんか無い、、、/なにが復興五輪だ、、、/7年の惚けた眠りから目を覚まさなければいけないのは/東京に住む私たちだ!」(林周一)

「フクシマの報道が減り、風化していることを逆手に取った(逆手に取らざるをえない)着想も小気味いいが、そんな設定を超えて心の霧やモヤを吹き飛ばす芝居を創った、その心意気!!」「父権の復活あり、郷土への愛、家族愛、友情、恋愛、勇気と冒険、そのテンコ盛りに「フクシマ」が置かれてきた現状が集約して映し出される。」「舞台の俳優さんたちと共に「生きる」感覚を共有できた貴重な時間だった。」(Kenji Saime)
 
 主宰で作・演出の佐藤さんや、風煉ダンスの林さん、ケサランパサラン協会のSaimeさんの、上のお言葉で、この芝居の本質は言いつくされていると思う。したがって、ここでは私の感覚的な感想(いつもそうなのだが)を記します。
 開演前に佐藤さんが出てきて、意気込みを語り、除染ソファ体験や宇宙人の想像画を観客にうながした趣向はおもしろかった。その際、当初「汚染土」と言っていたのが、いつのまにか「除染土」と言い換えられるようになったという指摘にハッとさせられた。描いた皆さんはETのようなものを描いていたが、私は宇宙人の表象は人間と同じだと考えた。ここには、先日聴いた三浦雅士さんの寺山についての講演で、人間の部分はすべて交換可能なのだ(天井桟敷「奴碑訓」冒頭のように)という考えを知っていたからなのかもしれない。宇宙人の身体は無なのであり、人間に憑依しているのではないか、と。
 最初、タモンはフクシマと他地域との境界線をチョークで引いていた。その線は、目に見えずとも、高い壁で仕切られているように思えた。たとえば、パレスチナ・ガザ地区の防護壁や旧ベルリンの壁のように。3年前観た「ラッキー・アイランド」でもそうではなかったか。
 フクシマのこころある人々にとって切実な思いをそれぞれが抱えているのにもかかわらず、そこへ男と女やそうでないヒトの恋情を交える辺り、憎い劇作りだと思った。また、東京から7年ぶりに帰郷したウララの存在と活躍は、劇の客観的なリアリティを確実なものにしていた。さすがのストーリー・テラーだと思って観ていた。
 圧巻はラストの、電源喪失した宇宙船の原子炉の電源を復帰するために、自転車をこいで発電して、復旧しようとする場面だ。巨大な原子炉に対する小さな自転車というむなしい対比を乗り越えて、フクシマの人々(ここでは登場人物たち)が自らの7年間の苦しみを精一杯漕ぎながら語るこのシーンは、落涙ものだった。苦しみ・現実に直面する問題を熱く語り、その熱量で自転車を漕ぎ、この状況をなんとかしたいという巨大な思いがひしひしと伝わってきた。
 そして、最後はロックンロール!! 
 15日に三鷹で見た風煉ダンス「まつろわぬ民2018」でもラストは全員で踊り、歌い、さらには観客まで巻き込まれて踊ったりしたものだが! 「占領下のフクシマ」は、白河・郡山と講演した後の東京公演。「まつろわぬ民2018」はこれから酒田・八戸と東北をまわっていく――――。

 アンケート用紙のラストに、「この7年間の思いを書いてください」というのがあったが、私にはすぐに書くものがなかった。しかたなく「風評と風化」「宇宙とマグマ」などと書いてきたが・・・。「東京」(私は神奈川の片田舎だが)の側の人として、何を考え、何をなしえようとしたかというと、・・・こころもとない。

 とにかく熱い! 芝居だった。。
阿佐ヶ谷 ラピュタ











 劇場を出ると、三鷹で風煉ダンスを一緒に観たFさんに会った。突き当たりの店の名が”TOM’S BAR”とあった。これは私のmixiでのHNである。
阿佐ヶ谷 TOM’S BAR


 



tomtom_poem at 22:58|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2018年11月23日

映画監督三澤拓哉氏「3泊4日、5時の鐘」上映と講演会

2018.11.23(休)14:00〜16:30 寒川総合図書館3階学習室

 「湘南・茅ヶ崎に集まった男女7人の恋模様をアイロニーたっぷりに描いた青春群像劇。」「舞台の中心となる茅ヶ崎館は日本を代表する映画監督、小津安二郎が脚本執筆のため定宿とした実在する旅館である。本作は当館において全面的な撮影が許可された初めての映画となった。創業115年の歴史を持つ風格漂う旅館とまばゆい光を放つ湘南の海が映画を一層魅力あるものにしている。」――HPより。
 HPの文面で気になったところがあった。それは「監督・脚本は茅ヶ崎で育った27歳の新鋭、三澤拓哉。」というくだりだ。なぜこの上映会を寒川の総合図書館で開いたか。監督が生粋の寒川生まれの寒川育ちだからだ。三澤家は、この人も生粋の寒川人であるカミサンによると、寒川の名士だという。高校は茅ヶ崎北陵(プレハブ校舎前の最後の卒業生という)だが、あの小高い丘(遺跡は発見された今は更地になっているが)の麓は寒川なのだ!
 日本映画学校在学中に撮った長編監督第1作のこの作品の舞台は茅ヶ崎で、2019年公開予定の第2作「落葉の頃」の舞台は大磯だという。カミサンからも、本日訪れた観客の90%が寒川町民であるので、いずれは是非寒川を舞台にした映画を撮って欲しいとの要望が出されていた・・・・・・?!。
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制作総指揮:杉野希妃 監督・脚本:三澤拓哉 
CAST:花梨/小篠恵奈(茅ヶ崎間に泊まりに来た後輩OL) 真紀/杉野希妃(同じ先輩OL) 理沙/堀夏子(青年団)(茅ヶ崎館の長女。2人の先輩。結婚退職)  知春/中崎敏(茅ヶ崎間でバイトする大学生) 、近藤/二階堂智(考古学ゼミ合宿の引率で茅ヶ崎館に来ていた大学教授) 彩子/福島珠理(知春を密かに思う同級生) 宏太/暴啾析此瞥沙の弟)
制作:和エンターテインメント 2014年日本・タイ 89分

 女優が4人とも美しかった。とくに小篠と杉野は背も高くて細く、モデルのようで、湘南・茅ヶ崎の海と風にぴったりだった。中崎(慶大出)は、その雰囲気(オーラ)に、「サード」でデビューした永島敏行のような片鱗がみえた、ような気がした。二階堂は富良野塾を卒業して、ハリウッド映画にも出演しているのですね。
 主演と同時に制作総指揮も務めている杉野(慶大出)は、広島出身の在日3世で、延世(ヨンセ)大学校に留学し、多くの映画の制作・監督・出演をしている、マルチな才能の女性だということだ。

 ゼミが考古学で、遺跡発掘調査の現場や土器の修復作業を映していて、たいへん興味深かった。

 上映後の三澤さんのお話も興味深く拝聴した。
 とりわけ、映画制作の裏話(現場の話)がおもしろかった。なぜ茅ヶ崎が舞台だったかというと、茅ヶ崎だけを舞台にすれば移動費などがかからず、制作費を抑えられるからだということだった。なるほど。
 映画制作を段階で分けると―猗∋1騰J埆古で、,僚猗が大切で、△了1討倭澗里10分の1だということは初めて知った。

 「3泊4日、5時の鐘」の最初の上映館は奇しくも「カメラを止めるな!」と同じ新宿のK’sシネマだという。上田慎一郎とはちがった、珠玉のような若い才能の三澤拓哉氏であった。
 

tomtom_poem at 00:15|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2018年11月18日

映画「上田慎一郎ショートムービーコレクション」

2018.11.17(土)18:35〜20:15 イオンシネマ海老名
「彼女の告白ランキング」
出演:男/中山雄介 彼女/榎並夕起 司会者/橋本昭博 鐘築健二 山口友和 細井学 石訳智之坂川良
主題歌:「パブロフ」オトホリック

「ナポリタン」
出演:川上/福島龍一 秋山ゆずき 牟田浩二 森恵美 井関友香 川口貴弘 松本卓也細井学 紺野ふくた 倉田奈純 坂川良 原真一 坂本幸成
主題歌「ナポリタン」 歌・作曲:橋本晃洋(EX:TOYS AND CAKES) 

「テイク8」
出演:隆夫/芹澤興人 茜/山本真由美 徹/牟田浩二 山口友和 細川佳央 福島龍一 北井敏浩 曽我真臣
主題歌:「それだけ」オトホリック
製作:八王子日本閣 -noce ange-

「Last Wedding Dress 」
出演:上田貞夫/リーマン・F・近藤 上田コトミ/惣角 美榮子 甲斐 照康 兼平 由佳理 福田 英史 佐藤 もとむ 青海 衣央里 牟田 浩二 川和 昇 山本 真由美 山口 友和 井丸 かつひこ遠藤 雅幸 大野 由加里 中山 雄介 高山 都 小澤 美優 石澤 美和 前野 朋哉
主題歌:「Last Wedding Dress」オトホリック
製作:八王子日本閣 -noce ange-

全作品監督・脚本・編集(「彼女の――」は撮影も):上田慎一郎

 私ども夫婦は、横浜で「カメラを止めるな!」体験をして、圧倒的に腹筋を鍛えたのでした。
 そして、私ども夫婦が結婚式を挙げたのは、八王子日本閣なのでした。
 そんな上田監督と八王子日本閣がタッグを組んだムービーを私たちは見逃すはずがありません。
 ということで、観に行ったのですが。
 これがまあ、4作ともすばらしく腹筋と涙腺を「カメラ――」同等に鍛えてもらえた100分でした。
 それに、最初の「彼女の――」で特異な演技を披露した、付けちょびひげ司会者役の橋本昭博さんは、地区の講習会でお世話になっている方なので、よけいにおもしろく拝見したのでした。



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三浦雅士講演「ベジャール/テラヤマ/ピナ・バウシュ」

2018.11.17(土)14:00〜15:45 神奈川近代文学館展示館2階ホール
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 会場の照明が落ちると、郷愁を誘う優しく哀しい音楽――聞き覚えのある――そうだ、10年以上前にいまは神奈川芸術劇場の芸術監督で、当時は遊/機械全自動シアターの白井晃がMCをしたエキセントリックなテーマの深夜番組のタイトルバックに流れ、気になって調べ探し、どっぷり浸かった――ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番6Walts機宗修流れてきて驚いた。音が消え、登場した三浦雅士氏のしゃべりっぷりにさらに驚いた。「ユリイカ」や「現代思想」、「ダンスマガジン」など先鋭的な硬派の雑誌の編集長を歴任したり、サントリー学芸賞とか読売文学賞を受けるほどの評論家の、抽象的で堅苦しいイメージとは正反対の、ざっくばらんな、おはなしもけっこうかみ砕いた、分かりやすい図式的な内容を、大きな手振り身振りをしながら、客席に迫ってきたのだった。(それと逆の意味では、以前ETVの司会などをして,朝日の朝刊にも連載していて、フレンドリーに感じていた鷲田清一の評論を授業で扱ったら、とても抽象的で難解だったということがある)

 「寺山修司展」のサブタイトルをなぜ「ひとりぼっちのあなたに」にしたのかから話は始まった(以下、私のメモから書いていくが、誤りもあるかもしれない。その場合はご指摘ください)。かつては少年・青年の時代だった。女子校ができてから少女の時代になった。人間の本質は「ひとりぼっち」であり、寺山は家族も虚構だとした。日本の文芸でいうと、連句の中の発句は、脇以降が付かなければ「ひとりぼっち」なのだ。脇以降の句は、発句の世界を変容していく。それは演劇なのだ。そういう点では、大岡信と寺山修司には類似している。
 1960年代にヨーロッパ進出した拠点はオランダ・アムステルダム。1950年代にモールス・ベジャールが拠点にしたのはベルギーのブリュッセル。1970年代に「ダンスシアター」のピナ・バウシュが拠点にしたのはドイツ・ヴッバタール。この3点を結ぶ三角形の地域からモダン・ダンスが生まれた。
 舞踊は本質的に死と関わっている。その嚆矢はコクトーの映画「若者と死」だった。ベジャールは「春の祭典」(1959)で身体性・セックスを舞台で見せ、寺山は身体の部品を交換可能なものとして演じさせ、バウシュは人間の個をバラバラに見せた。
 天井桟敷の「奴碑訓」、ベジャールの「春の祭典」、 ピナ・バウシュの舞台映像がたいへん興味深く見られた。
 冒頭のショスタコーヴィチの曲も、天井桟敷の曲もバウシュの曲(チャップリン)も、同じ傾向がある。それらは中央ユーラシアの民族音楽から採集したもので、母の旋律だ。三者の舞台とも、ラストは全員が集合しての記念写真のようになっている。この二つはこれらの共通点である。

 だいたい、こういった内容だったと思う。人間の本質が「ひとりぼっち」であり、少女であり、死に通じ、これらは舞踊の本質でもある、といったことは、とても刺激的な知であった。



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2018年11月17日

tomisanpo第13〜山手本通りー神奈川近代文学館ー石川町駅

2013.11.17(土)
 午後、石川町下車。元町通はいつも通るので、駅前の坂をのぼって山手本通りに出た。
 まずフェリス女学院の古風な建物が目に入った。
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 スダジイがこんなところに。
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山手資料館庭の薔薇が綺麗だった。
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 港の見える丘公園。大木の下に寺山修司の歌の断片が。
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 神奈川近代文学館ホールで、三浦雅士の講演「ベジャール/テラヤマ/ピナ・バウシュ」を聞く。たいへんおもしろかった。
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 公園からの展望。
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 下りは久しぶりにフランス山を通った。光と木が競演していた。
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 運河沿いの歩道を通っていった。
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2018年11月16日

風煉ダンス「まつろわぬ民2018」

2018.11.15(木)三鷹市公会堂・光のホール
作・演出/林周一
出演/胆沢スエ:白崎映美,黒いゴミ袋:伊藤ヨタロウ,扇子・レラ:柿澤あゆみ
冷蔵庫・アジム:反町鬼郎,バイク・ムカル:木村勝一,美顔器・ワッカ:笹木潤子
テレビ・イタク:林周一,火燵・イメル:中坪由紀子ピアノ・トノト:飯塚勝之 ,
少年ジャンプの束・梶原ジャンプ:リアルマッスル泉,人形レイコ:塚田次実
――以上、遺棄されたゴミ=古代からの先住民族たち
田山宗介:山内一生,夏目佳織:吉田佳世,夏目敏江:御所園幸枝――捨てた人形レイコを探しに来たおばあちゃん(敏江)一家
地元テレビディレクター:堀井政宏,レポーター:奈賀毬子,キャスター:笠原真志

演奏/ドラム・Pc等:関根真理,トランペット・テルミン等:辰巳小五郎,ギター・ベース:ファン・テイル

 Mさん、Fさんと調布駅で待ち合わせ。“ダンダダン”で餃子や馬刺し等をつまみにハイボールを飲んで、吉祥寺駅行きの京王バスに乗り込む。開場35分前に着くと、2階のホール・ロビーから長い外階段を下まで長蛇の列。開場後もなかなか進まず、私たちが中央2列目に陣取ってもなお客の入場がつづき、結局開演したのは20分遅れの19時20分だった。
 幕が上がると、昨年観たザ・高円寺とはちがって、幅があまりないステージを巨大な真っ黒ゴミ袋の山が塞いでいた。その前に、テレビのレポーターやゴミ屋敷の解体業者、政治家たちが登場して、ま、ふつうに話が進む。
 そこへゴミ屋敷の住人スエが山の上の家から登場する。
 やがて、要塞のようなゴミの山が二つに割れて、捨てられた物たちに付いた、憑神たちが登場するあたりから、「破天荒人力大スペクタクル音楽劇」が突っ走り始めたのだ。

 2017版では、仲間を裏切るイタクを演じた山内一生の苦渋な演技にも魅力を感じた。今回は、その役を劇団主宰である林が演じたのだが、私は山内のイタクの方がよかった。人間の弱さを演じるには林は堂々としすぎているように思えた。

 白崎や伊藤の歌唱も良かったが、ワッカ演ずる笹木の独唱に惹かれた。

 ラストの大団円での全員の踊りと歌「まづろわぬ民」! 昨年の高円寺と違って、意気が上がったのは、白崎さんの観客への「さあ、みんなで立って踊りましょう!!」との声にほとんどの客が――私もMさんも立ち上がって、みんなでリズムをとって「まづろわぬ民」に参加したことだ。会場全体の人々が一体になって、まるで憑依されたような心地よさだった。

 このあと、三鷹でマチネがあり、酒田、八戸で公演したようだが、さぞ盛り上がったのではないだろうか。

 2019年、風煉ダンスは八百比丘尼伝説をモチーフにした「シラビクニ」を新作上演するそうだ。まったく楽しみである。と同時に、福井県小浜市の棚田ステージで上演するというのだが、とてもとても行きたい!そこで観たい!! おまけに、同じステージでは白崎映美&6県ろ〜るショー!!だけでなく,鬼太鼓座,横浜ボートシアター,柏崎女谷綾子舞,ちんどん通信社まで出るなんて!!!



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2018年11月04日

「TriPle Trouble」STUDIO LIVE

2018.11.03(土)
桜木町−町田・・・沖縄宝島(今帰仁酒造の泡盛「美しき古里」とオリオンビール製のリキュール酒を購入)・・・ブックオフ(漱石『文鳥・夢十夜』購入)・・・スタジオのあるビルを探すと、なんと! まん前だった!!
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機 屮ワイマキ&Friends」
場転中 わたくしの朗読(Poetory Reading)
供 TriPle Trouble」

 カワイマキさんの可憐な歌唱に癒やされ、わたくしの雑多な詩の世界で固まった場を、
 トリプル・トラブルの5人のプレイヤーが見事スパークしてくれました!
 ありがとうございました。

 以下、読んだ詩を題名だけ掲げておきます。
 いくつかのパターンの作品を5篇持ってきたのですが、けっきょく全部詠んでしまいました。

「八菅山」(「狼」23号)「贈る詩(コトバ)」「ふにゃ」(「狼」29号)「六十兆と検索」(「山脈」19号)「ひかりとみず」(「山脈」20号)

 

tomtom_poem at 22:43|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 | 詩歌

「鎌倉ゆかりの芸能と儀礼」〜神奈川県立歴史博物館

2018.11.03(土)
港の見える丘公園−(桜木町駅行路線バスmini)−馬車道駅前・・・神奈川県立歴史博物館
 関内や馬車道はときどき歩くのだが、歴博には行ったことがなかった。「芸能と儀礼」がテーマのと、招待券があったので行ってみることにした――しか〜し、なんとこの日は無料開館日だったのだっ! 券がなくても入れたのだが、悔しいか受付で招待券をもぎってもらった。。
 序章 鎌倉ゆかりの信仰儀礼 
 1章 鎌倉に残る行道芸能
 2章 金沢八景瀬戸神社の由緒と芸能
 3章 八菅神社の信仰と儀礼
 4章 寺社に残る儀式の伝承と記録
 終章 信仰継承と宗教テクスト

 種々の伎楽面や絵巻が展示されていて興味深かった。
 しかし、感銘を受けたのは、鎌倉から遠く離れた愛川町の八菅神社がこの地域の振興の発信場所で、特集されていたことだ。八菅神社については、何年か前に訪れ、詩にしたことがある。今晩の“トリプル・トラブル”スタジオ・ライブの転換の合間に読ませてもらおうと思う。

 八菅山/冨田民人

どこかで水の流れている
ここは法螺の山道で渓流はずっと下だ
ささやいたり唸ったりする
風があたりの竹林をゆらす
竹はみんなばらばらの角度で生えていて
たがいに擦れあったりしている
光が斜面の一部を照らす
その子どもたちがこ木のま間を巡っている

光はひのきの親分たちも色分けする
きりりとしたコントラストなのだが
輝く直立もうれしそうだが
陰になった木立はもうもうと
悠かな時間を話しあっている
そしてこの山はスダジイに囲まれているのだそうだ
スダジイはユーモアがあり和ませてくれる
翼を広げる修験者たちだ

八菅山(はすげさん)・・・・・・神奈川県愛川町にある山。廃仏毀釈以前は、関東でも有数の修験道の霊場であった。

 辺りの路地を廻りながら、桜木町に出た。
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 腹が減ったので、尾道ラーメン麺一筋でラーメン680円を食べた。太麺を注文したが、腰があり粘り気もあってよかった。しかし、やはりスープがしょっぱかった。
 

tomtom_poem at 22:15|PermalinkComments(0) mixiチェック 歴史 

「寺山修司展 ひとりぼっちのあなたに」〜神奈川近代文学館

2018.11.03(土)
香川ー茅ヶ崎ー横浜ー元町・中華街・・・アメリカ山・・・港の見える丘公園・・・神奈川近代文学館
 天井桟敷以前と天井桟敷以後の2部に分けて展示されていた。 
 1部では、展示スペースの真ん中に天井から短歌や詩の巨大な帯が何本も垂れ下がり、柱には”母”のオブジェが造られていた。
 2部の展示スペースには、天井桟敷の公演写真やポスターの巨大な帯が幾本も垂れ下がり、「草迷宮」の映像が映されていたり、通常の展示と異なる、立体的なものとなっていて、おもしろかった。
 中でも、寺山の魅力的な言葉をたくさん垣間見(再発見す)ることができて良かった。図録に、そういう展示されている言葉も収録されているかと捲ってみたが、なかったので、一部を鉛筆で書き写してきた。

――私は〈出会う〉ために生まれてきて、そして〈出会い〉を繰返しながら老いてゆく。〈出会い〉は、それ自体何者と調和することをも目的とせず、また排斥することをも意図していない。しかし〈出会い〉は、あきらかに相互の異差を確認し、そのことによって自他の現実原則を変革する。   「地平線のパロール」1974
――母と私は/さみしいとき/「口の運動」をしてあそびました。/いろはんほへと、を鋏で切って/順序を勝手にならべかえて/よむのです。     「大山デブコの犯罪」より
――時代はゆっくりとやってくる、時代はおくびょう者の象にまたがってゆっくりとやってくる、そうだ、時代は象にまたがって世界で一番遠い場所、皆殺しの川におもむくだろう、せめてその象にサーカスの芸当を教えてやろう。    「時代はサーカスにのって」1962
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 バラ園では多くのバラが咲き誇り、人々が写真を撮りまくっていた。私は“親子”のバラを撮ってみた。
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tomtom_poem at 21:49|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 | 文学・評論

2018年10月21日

TASKE活動26周年記念イベント・湘南篇

2018.10.20(土)18:40 茅ヶ崎“ウタパンパン”
TASKE
音霊(おとだま)工房
冨田民人
TASKE
蛾蝶ボルカ
カッツン

魔弐悪DAISKE
cha子
TASKE

 毎年8月に開かれていた湘南篇、今年は秋10月に開かれた。なのになぜ江の島花火大会とかぶる??
9月のUPJ初日の路上スラムでみごと優勝を果たしたTASKEさんが、その勢いのまま精気あるパフォーマンスを魅せてくれた! しかも、黒づくめにイメージチェンジして。これが決まっていた!!
 音霊工房はおかにわさんの相方がちいさなおおものになっていてびっくり。ノイズの音芸。
 蛾蝶ボルカさんは、ご自分の朗読録音にあわせて、二重朗読を聞かせてた。声の深さが重なって聞こえ、とてもおもしろく聞かせてもらった。詩誌「焔」同人で出した朗読CDだという。この手法の朗読は、UPJで三角みづ紀さんが魅せてくださっていて、このときもたいへんおもしろかった。
 カッツンさんは独特の世界で、圧倒された。
 次の日、演劇部の本番が控えているので、21時を過ぎたところで退出した。
 
 私は、父の死と母の死に因んでつくった詩を2編読んだ。狭い空間だということもあり、声を張らずに抑えて、しかし抑揚やテンポには変化をつけて読んだ。


 夢は健忘症である/冨田民人

夢は健忘症である
ペットボトルもまた健忘症である
登場人物は同じなのに
シチュエーションも同じなのに

「愛の告白をするとしたら、空? 海?」
演劇ワーク・ショップのゲームで
十六歳の男子高校生が出した問に
会場唖然、ファシリテーターは意味を問う
そのことばを演じなければならない
輪の中の高校生も固まったまま
だったが、すぐさま
海の中のシーンで
手をひらひら口をぱくぱくさせて
魚になった

酸素吸入の管を鼻の穴二つにつけられた
病床の父も
ゆっくりと
さながら大魚のように
口をひらいてとじて
紫斑に埋められた皮膚をひくひく
させている
こんな父が「愛の告白をするとしたら、
父? 母?」
その父は百三歳まで生き
その母は十三歳の時に死別

濁った病院の近くの川は
いま整備されて
太った鯉が群れている
彼らも水面に顔を出しては
ぱくぱく
透ける水中では悠々
鴨も肥えている
白い鳥はあるいている

演ずる若い人は苦しそうだったり嬉しそうだったり
還ってきた鯉や鴨や水鳥は表情のない機械
若き日の家族の団らん
父の顔が白く閉ざされていく



ひかりとみず/冨田民人

ひかりはみずを分解する
みずはひかりに分解される

夫が亡くなり独りになって
自分の中に機械や化学薬品が入ることに抵抗し
腸の微細な傷が広がり癒着し
とばっちりをうけた繊細な血管が悲鳴を上げた

体内のみずはひかりの針でばらばらにされ

数年もの間
苦しみもだえつづけ
しだいに食べることを禁じられた

脳では欲しても
身体は受けつけず
身体のことを脳は承知せず
「まぐろが食べたいの」
「めんたいこ食べたいの」
見舞いに行くたび
別れ際の言葉はいつも同じになった
「きのうからなにも食べてないの」
「なにもたべてないからしんじゃうよ」
「焼きそば買ってきて」
「肉まん買ってきて」
「サンドイッチ買ってきて」
「・・・買ってきて」
「かってきて」「かってきテ」「かってキテ」「かッテキテ」「カッテキテ」

ひかりはみずに反射し
みずのいんえいを見せる

「買ってきて」あげたいけれど
いっしょに食べたいけれど
食べたら苦しむことになると
医者や近代科学が言うから
見ないふり聞かないふりして
病室を後にしたのだった

ひかりがなくなれば
みずのいんえいは見えなくなるが
ながれの音は聞こえつづける

伊勢原空襲の話とか
保健所の仕事の話とか
遠い日の話を
聞きたかったけれど
日常のひかりの話ばかりで
それに嫌気がさし
反発して遠くにいようとしたけれど

みみをふさがないかぎり
みずはひかりに分解される

ひかりの枝からみずが抜け
ことばも取りあげられた母は
白いおおいを被された




 

tomtom_poem at 22:28|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 | 音楽

2018年10月18日

江の島目指して〜秋の健脚大会

2018.10.18(木)
 5年ぶりに復帰した学校の健脚大会に7年ぶりに参加した私は、茅ヶ崎・柳島から江の島・聖天島公園まで、約10キロを歩いてみた。生徒は約23キロを踏破するのだが。秋の風が肌をなで、波うつ海と、雲と調和した空に目もにこりとし、若い生徒たちの明るさと熱気に心も温まったが、脚――とくにふくらはぎと足裏の皮膚が悲鳴をあげかけている。そういえば、今朝方に右足が腓(こむら)返しを起こしていたことを思い出した!
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江の島聖天島公園
 

tomtom_poem at 20:26|PermalinkComments(0) mixiチェック 教育 | 散歩

2018年10月17日

いばらき詩祭2018inつくば

2018.10.13(土)13:00〜16:30 つくば総合インフォメーションセンター(つくば駅)
第1部 詩を読む愉しみ/詩を聞く愉しみについて
 トーク:石田瑞穂 進行:塚本敏雄

第2部 オープンマイク朗読会
 40人近くの方が朗読された。私も朗読させていただいた。「六十兆と検索」を現代朗読風に自然に身体と声が欲するままに動きながら読んだ。かなり受けた。少し障害のある女性など、けらけら笑ってくれた。見ている皆さんの温かい反応がうれしかった。
 加藤真由子さんの詩と静かなパフォーマンスがとくに良かった。懇親会で伺うと、学生時代に「詩学」新人に選ばれたのだそうだ。久々に詩を作り、詠んだとおっしゃっていた。

第3部 アトラクションとしての朗読
 石田瑞穂
 塚本敏雄(映像を映しながらの朗読。ラストのお嬢さんの写真と言葉が印象に強く残った)

17:00〜 懇親会

 司会が「GATE」の同人・柴原利継さんで、他の同人の方ともお会いできてよかった。
 塚本さんとは、高校文芸道場(文芸部の関東大会)で、有馬高校の詩作品を優秀賞に選んでいただいて、「さよん」にも寄稿していただき、「GATE」を送っていただき続けている関係である。今回のイベントも、FBのメッセンジャーでお誘いいただいたのだ。
 高山利三郎さんから「青い花」と「へにあすま」をいただいた。「へにあすま」には宮田登美子さんの遺作詩が載っていた。宮田さんは夢を記述する詩人で、10数年前に、筧槇二さんからこの方の詩集の評を依頼されて「山脈」に書いたことがある。



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2018年10月07日

たすいち 第28回公演「プラスチック・ピノキオ」

2018.10.07(日)新宿・シアター・ミラクル 19時〜 前半P・Mセット5000円
「プラスチック・ピノキオ」
脚本・演出:目崎剛
CAST:石井啓太/鳥田(ニート?)、中田暁良/菊池(きくいけ)、中村桃子/つみき(元カノ?)、梁稀純/七世(ななせ)、熊坂真帆/紗綾、瀧啓祐/伊達、竹内なつき/三草(みぐさ)(リュックを背負い続ける女)、田邉美保/葉澄(はすみ)、土田香織/うろみ(髪の長い女)、橋本克己/丸瀬(強面の男)、福富朝希/鮫原(酔っ払いヤンキー)、藤本悠希/小樋(ことい)

 マチネで観た「モンストロメモリ」と比較して、いろんな面で対照的な舞台だった。役者も一人もかぶっていない。
 シリアスと笑い。
 ”心”と”放火”女。
 近未来と現在。
 不安と希望。
 まるで「モンストロメモリ」と「プラスチックピノキオ」は一面の両面・裏表であり、反転でもあるように思えた。実に、作者・目崎剛は一人っきりしかいない作家だからね。

――またもや、30分前に着いた。マチネで出ていた役者たちが私服で誘導をしていた。ならば、
昼間のあの、強面の男も役者として出るのだったか。

 まさに、そうであった。冒頭から、黒い服で出てきた強面の男をやばい人だと思い、そのアパートの住人たちはびびり合うのであった――そこから笑いが巻き起こる!

 役者たちの衣装は地味でふつうであった。異なるのは表現の段差が凄い。めちゃくちゃ怖がるかと思えば、めちゃくちゃおどろき、めちゃくちゃ笑うのだ。観ていてこちらも笑いたくなったり、おどろいたり。そして、私自身、顔をにっこり笑わせたり、口を開けておどろいたりを、自ずと繰り返していた!! 何という感情移入!!!

 しかし、「モンストロ」の話の展開が比較的わかりやすかったのに対し、「プラスチック」はラストになっても難解だった。「モンストロ」が指示する物が明確だったのに、「プラスチックピノキオ」の実体は明らかにされない。断片では出てきていても。
 「鯨の腹の中」が台詞の端々に出ていたが、「モンストロ」と同じ装置なのだが、白い「きんとんうん」のような物はもしかしたら鯨の骨のイメージなのかもしれない。すると、この空間は「鯨の腹の中」であったのか、と思わせられた。
 失踪人であった主人公の菊池(きくいけ)(中田暁良)が最後に、何か「罪の記憶」を感じていた級友の3人の男女に再会するのだが、はたしてこの再会(4人が同時空にいるということ)は現実なのか、妄想なのか。
 彼はいったい3人に何をしたのか。とくに一人の女(中村桃子)に対して。
 逃げることと攻めること。
 罪から逃げることは?
 罪を攻めるとは?
 自分たちは「現在」の自分に片をつけるのか。

 おもしろさでは、「プラスチック」の方が抜群だった。 
 やはり、第28回公演「プラスチックピノキオ」→第29回公演「モンストロメモリ」の順に観た方がよかったのかもしれない・・・・・・。


 上演後のクイズ合戦、最高!! なるほど、この劇作りの集団の真骨頂!?
 
 

tomtom_poem at 23:22|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

たすいち 第29回公演「モンストロ・メモリ」

2018.10.07(日)新宿・シアター・ミラクル 14時03分〜15時33分 前半P・Mセット5000円
「モンストロ・メモリ」
脚本・演出:目崎剛
CAST:小太刀賢/鴎(アン)、 白井肉丸/日冨、 永渕沙弥/小唄(アン)、 大平智之/臼井田、 大森さつき/あずみ、川口知夏/唐木田、 熊谷有芳/あかわ、小島明之/鵜飼、坪和あさ美/瀬里佳、永田紗茅/亜衣(アン)、細田こはる/レナ、見米克之/七尾

 開演30分前に着くと、歩道に数人の列ができていた。が、脇に眉も頭髪も剃った大柄な男がいて、ちょっと避けるようにして最後尾に並ぼうとした。その瞬間、男が私に声をかけてきた。「”たすいち”ご観劇の方ですか?」。ふつうの、むしろやさしげな声かけだった。ビルの中に引き入れられ、4階行きのエレベーターに乗せられた! 18番だった。

120席ということだったが、先日訪れたはなまる学習会王子小劇場とあまり変わらないように思われた。横に長く、後方は斜めの椅子席で、底に舞台がある構造だ。私は2列目の上手端に陣取った。上手にはせり出しがあるので1列目はその手前で切れていて、私の席は実質一番前でもあった。
 まず、舞台空間の装置と照明器具に引きつけられた。中央の舞台の下手は四角形の、私の眼前の上手は円形のせり出し舞台が接がれていた。しかも、それらの床下一面に青い豆電球が設置されていて、点滅していた。中央奥には白いドア。その上手奥にはガラス色の逆三角形の簾のようなものが垂れ下がっていた。上手から下手にかけて、白いきんとん雲のようなものが幾層か天井に書けて半円に重ねられていた。そして、ドアの上から前方に渦巻き状の太い筒が突き出、そこも青い照明がついていた。上手と下手にある円形の照明は、12個の豆電球で、青と赤が点灯していた。上手中央奥にも同様の照明があったが、それはすべて青だった。かくして、これらの、手作り感満載の、舞台空間に、開演までの時間、魅入っていた。

 暗転になり、役者たちが次次と出てきて、イントロが始まり、突然プロジェクションマッピング(?)によって、タイトルバックが、役者たちの紹介にもなっていて、驚かされた(この劇団の常連客にとっては当たり前なのかもしれないが)。そして、ストーリーより前にその派手さが強い印象を残した。とくにその衣装が。その衣装が、個性の強い各キャラクターを強調し、わかりやすくしていた。

 役者たちは全員が若くてぴちぴちしていて、魅力的だった。そう見せる演出のワザも凄いのかなと思った。
 公演2日目だったが、3〜4カ所噛んで、意味がよく聞き取れない台詞があった。しかし、そんなものは気にしない。みな、いきいきと、メリハリつけて表現していた。濃いメイクと衣装も含めて、各役者すべてに存在感があった。どの一人も思い出せる!!

 観劇後、「近未来への不安」が心に伝わってきていた。
 記憶について考えさせられた。
 人工の人間はメモリに記憶し、メモリを外さない限り忘れることはない。
 それに対して
 生身の人間は脳に記憶し、忘れる。外から記憶の操作ができない。
 人工の人間を通して、人間心理を考察した一篇に思えた。
 とくに感情について、人間には忘れる恐怖があるが、アンドロイドに対して人間に害を及ぼす恐怖を持つ。
 若い人にとって、これらは恐怖であり、不安であるのだろう。
 しかし、私にとっては、あるいは最期は認知症になった両親のことを思うと、記憶は忘れてしまうものだと、強く思った。そして、それが恐怖なのである。
 これまで目崎さんの作品は、2015青葉区小中高生ミュージカル「飛べ青い鳥〜誕生 青葉高校歴史探偵団〜」しか観ていない私にとって、とっても新鮮で、面白い舞台だった。

 さて、3時間後には再びここにやってくる。そのときは「プラスチックピノキオ」である。まずは、この舞台がどのように変貌するのか、あるいは変わらないのか、興味津々で秋なのに真夏並みの外に出て、下北沢に向かおう。

※役者が知人にそっくりであると、とくに印象に残る。
 ここでは、鵜飼が前任校で一緒だった若いN氏、派手な衣装の小唄が前任校で教えたNMにそっくりで、「N氏!」「NM!」と思いながら観ていたのでごじゃる。
 




 



 




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2018年10月06日

井上弘久・ソロライブ『椿の海の記』第四章「十六女郎」

2018.10.05(金)19:35〜21:05 四谷三丁目・藝術茶房喫茶茶会記 1drink1000円+投げ銭
原作:石牟礼道子『椿の海の記』第四章「十六女郎」
企画・制作・構成・演出・出演:井上弘久
音楽・コントラバス等演奏:吉田水子(みなこ)
作曲:金子忍「不知火海のテーマ」

 各章冒頭の情景描写には、毎回圧倒され、なんて日本語は美しいんだと思わせられている。この章もそう。そして、井上さんは蛙になったりする。
 今章では4歳のみっちんはあまり出てこなかった。その代わり、みっちんを取り巻く大人たちの色濃いキャラクターがとても魅力的だった。

 狂った祖母のおもかさまと純で幼いみっちんとのやり取りがいい。原文を抜き書きしてみる。――「おもかさまの声は、ときどき心の中が激していて、声が内側にひき割れてしまうため、ひびのはいった笛のようなあんばいだった。ただこの祖母の、「あい」という返事は一種独特のもので、狂女であればなおさらとくべつ、しおらしい可憐な返事に聞えていた。」「おもかさまはぺんぺん草の鈴のような声になって、(4歳の)わたしの耳にいう。」「ほほほと羞かんでおもかさまが首を振る。耳を寄せれば、しゃらん、しゃらん、と涼しい幽かなぺんぺん草の音がして、/『・・・この世の無常の音がする・・・』/傾けた首のままおもかさまがそう呟く。そのおもかさまに頬寄せてわたしも口真似をする。・・・・・・しゃらん・・・・・・しゃらん・・・・・・。この世のむじょうの音のする・・・・・・。掌を耳にかざして聴いていると、草の実の音の彼方に、人智のおよばぬ寂しい世界が漠々とひろがってゆく。」

 そして、今章で強烈に印象に残ったのは人々の怒りである。最初のお高さま、ラストの亀太郎の怒りの、井上さんの目力が強烈であった。
 
 FBで、井上さんは、転形劇場から観ているお三方の感想を書かれていた。私も、その時代から観ているのだが、独自の活動をなさっていた頃のことは知らない。しかし、石牟礼道子と井上弘久が衝突し合う、今回の連続公演は、すばらしいと思う。あわよくば、もっと大勢の方、特に若い人たちに観てもらいたいと考えるのだ。


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2018年09月30日

チェコ・フェスティバル

2018.09.29(土)
 28・29・30の三日間、原宿クエストホールで開催されるチェコ・フェステイバルを、山脈例会に行く前に覗いてみた。
 原宿の駅前ということもあるのか、雨模様なのに、会場は人で溢れていた。
 奥のステージに行くと、スロバキアの民族楽器の演奏をしていた。
 中央ではスロバキア人の髭の大男さん(マチェイ・コレニッチ)が長く大きな吹奏楽器・フヤラを奏でていた。見た目に似合わず、軽やかな音。左手では日本人女性がアイヌのムックリのような口琴楽器を吹き、右手では日本人男性がタンバリンを打っていた。大男さんは細くて小さな笛で、さらに軽やかで優しい音を奏でた。
 スロバキア舞踊では、ヴァラシュカ&ストラージュニチャンという、ほとんど日本人の老若男女たちが、明るく踊っていた。とくに男性は下半身の腰を上下動したり、脚を折り曲げ腿を手で打ったりしていた。男性も女性も回転しながら踊っていた。両脚をきゅっきゅっ曲げるステップに特徴があった。
 高齢の方がずいぶんハードな動きを頑張っていたのが、凄いと思った。若い踊り手たちは華麗だった。
 音楽が生でなかったのは残念だったが、弦楽や児童合唱などによる民謡がおもしろかった。ドボルザークなど、民族舞踊をクラシックに取り入れた曲を作ったが、もとはこういうものだったのだろうな。逆に、此処で流された曲は、誰かが作曲した曲なのだろうか。
 クラースナー・ホルカはスロバキアの男性たちによる、2台のバイオリンとベースに鍵盤の民族楽器(?)の演奏+マチェイ・コレニッチによる山の名を冠した吹奏楽器のコラボレーション演奏。とても興味深い演奏だった。

tomtom_poem at 00:07|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽