2017年08月14日

上溝南のケヤキ林〜盛夏・8月

2017.08.06(日)広島原爆記念日
 朝から夕まで演劇部と三者面談と補習の準備。
 朝、ケヤキ林に花が咲いていた。
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tomtom_poem at 00:49|PermalinkComments(0)mixiチェック 上溝南 

2017年08月13日

TASKE活動25周年記念イベント・湘南篇

2017.08.12(土)茅ヶ崎・ウタパンパン
 番田から茅ヶ崎まで50分ちょっと。南口高砂通り、図書館手前の半地下に“菜良(さら)”という名で“烏帽子麺”を名のるラーメン屋があった。えぼし麺(野菜増し)650円を食す。太麺は腰があり、2枚のチャーシューも厚きりで、もやしとキャベツが山盛りで、何より甘くてコクのあるスープが絶品だった。
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 ラーメンの汗をふきふき入館した会場にはすでに服部さんやボルカさんやオカニワさんたちがすでに集結していた。
19:00〜19:15 オカニワフミヒロ+ホソノマコト
オカニワさんのFBによく登場するホソノマコトさんの実物を初めて拝見できて興奮した。歌のスタイルが狂乱的な割にテーマが社会的なふりかけがかかっていて、とてもおもしろかった。お二人とは少しお話もしたかったが、気がつくと妖精のこびとのように消えていた。
19:15〜19:30 冨田民人
 きょうは老母を題材にした詩を二編読んだ。
19:30〜19:50 TASKE
 エネルギーの発散に満ち満ちていて、TASKEさんのパフォーマンスを観た後は何ともいえぬ開放感がある。
19:50〜20:10 魔弐悪DAISKE
 和装できたり、いつもアングラなファッションで眼を射るDAISKEさん、きょうは真っ赤なつなぎで熱唱熱演した。亡くなったバンドの女性メンバーを追悼する歌、静岡の空を歌ったサビの歌詞「森よ、空よ」と自然に呼びかける聖なることばと熱いメロディに感動した。
20:10〜20:30 服部剛
 静かな読み、風景が刻み込まれたことば、人生の厚みとあったかさ。いつもながらの、いや、いつもよりいっそう何かが深くしみ入った詩と語りだった。
――ここまでは、私を除いて、死者が詩に登場した。こういう時もいい。
20:30〜20:50 スターマン
 初めて出会った衝撃のマシーン・シンガーだった。TASKEさんのイベントにお招きいただくと、毎回新たなインパクトの強い出会いがある。いやぁ、たっぷり堪能した!
 
 さて、坂本美蘭さんがすごいコスチュームでマイクの前に立とうとする寸前、私はやむなく会場を後にした。
 坂本美蘭さんのパフォーマンスと蛾蝶ボルカさんの詩を聞けなかったのは残念だ。

 しかし、私はこれから西永福の手前の桜上水まで行って、老いた母の面倒を見なければならぬのだった。

 以下に、朗読した詩を掲げておく。
 
 悲しき冷蔵庫/冨田民人

タッタッタラップ
ラッタッタッ
忘却のデザート
ゼリー、みつまめ、水ようかん
賞味期限じゃなくて
消費期限切れ

タッタッタラップ
ラッタッタッ
忘却の総菜
佃煮、サラダに牛丼の具

タッタッタラップ
ラッタッタッ
忘却の野菜
だいこん、たまねぎ、トマトにキャベツ
色が変わって
ぷっかぷか

タッタッタラップ
ラッタッタッ
忘却のかあさん
とうさんなくなり
ひとりで生活
食べたいもの買ってきて
冷蔵庫に入れておく

タッタッタラップ
ラッタッタッ
忘却の兄弟
かあさんのことを考えて
いろいろ食材もってくる

タッタッタラップ
ラッ・タッ・タッ
忘却のたからもの
デザート、おかずに野菜ども
待てども待てども
思い出されず
食べられもせず

タッ・タッ・タラップ
ラッ・タァ・タ・・・
忘却をかなしみ
腐りゆく時間を過ごしてる


シュワシュワーッ
腹を押さえて蹲る
かあさんの肉のそげた足

(「山脈」18号掲載予定作を一部改作)


 ピンクの携帯がみつからない

冷蔵庫でひっくりかえって破裂しそうに膨張していた
「ブルーの炭酸水 福岡県朝倉市柿原二二三番地 ○○の深井戸水使用」

ヘイサラヘイトサットトー
ピンクの携帯がみつからない
焦ってパニック寸前おさえてる

ヘイサラヘイトサットトー
タクシーで鳴りだす携帯電話
タイから国際の心配電話

ヘイサラヘイトサットトー
月例通院で母子行脚
CRP(腸の血管炎症値)は11で変わりません

サンサンテッテアッツイゾー
日の丸プリウス黒色タクシーやってくる
母は乗りこみ我も乗りこみ

サンサンテッテアッツイゾー
母の好きな炭酸ジュース
「直射日光のあたる車内など暑くなる場所に、長期間置かないでください。容器が破損する恐れがあります。」

サンサンテッテアッツイゾー
母はくたびれ、我もくたびれ
ちゃんとマンション前に付けてくれた運転手

カエッテキッタラナカッタゾー
あれあれ母の携帯がみつからない
母の黒いバッグに入っている筈なのに

カエッテキッタラナカッタゾー
タクシーに忘れてきていたらダイ大変
バッグを底まで幾度も幾度もかきまわす

カエッテキッタラナカッタゾー
母の坐すソファの座布団裏返し
問うてみるけど母、我しらず

カエッテキタケドサットットー
母はひたすら毛糸あむ
我はひたすら膨らみ始む

カエッテキタケドサットットー
タクシー会社に電話する
もしや座席に置いてきた

カエッテキタケドサットットー
母に、も一度聞くけど我しらず
お腹が痛いと蹲る

ヘイサラヘイトサットトー
「凍らせないでください。内容液が膨張し、容器が破損する恐れがあります。冷蔵室でも冷気の吹き出し口の近くなどでは凍ることがありますのでご注意ください。」






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2017年08月07日

映画「海辺の生と死」

2017.08.05(土)阪東橋・黄金町 ジャック&ペディ
原作:島尾ミホ「海辺の生と死」、島尾敏雄「島の果て」ほか
脚本・監督:越川道夫 脚本監修:梯久美子 参考文献:『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ』 
歌唱指導:朝崎郁恵
出演:大平トエ/満島ひかり、トエの父/津嘉山正種、朔中尉(特攻艇隊長)/永田絢斗、大坪兵士/井之脇海、隼人少尉/川瀬陽太、奄美大島の人たち

 島尾ミホさんの島唄を聴いたことがある。慶應三田キャンパス北新館ホールで、吉増剛造、荒木経惟とのコラボレーションだった。その歌の力に衝撃を受けたことを今でも覚えている。のちにミホさんの「海辺の生と死」を読んで、感銘を受けた。
 敗戦直前の加計呂麻島で、特攻艇の出撃命令を待つ若い隊長と島の小学校の教師をしていた娘とが死をかけて愛しあう。その極限状況と島の自然と信仰に基づく島唄が響きあう。
 特攻兵仲間が軍歌を歌って盛りあがるのをよそに1人佇む隊長は娘に言う。「あんな歌よりこの島の歌をたくさん覚えたい」と。
 二人が恋に落ちる夜、老人が、(自分たちの世に)「帰れ帰れ」と叫んで梟の神を追っていく。このシーンが二度出てくるが、とても印象的だった。この役者は誰だろう。調べてもわからない。たぶん地元の古老なのだろうか。梟を神と考えて崇めるのは、アイヌでもそうであった。
 トエが教え子たちと島唄を歌いあうシーンは美しかった。隊長に出撃命令が下った夜、トエは服を脱ぎ清水で身を清め、唇に塗る。そして暗い荒い波を泳いで浜に出て待つ――この一連のシーンもまた、美しかった。トエの美、自然の美、時の美。
 戦争は終わった。その朝、トエが家に戻った時に父が言った台詞がとってもよかった。「今日も暑くなるね。」――戦争が続いても終わっても変わらぬ人々の日常と自然が滲み出たことば。
 さらに、出撃せずに生きた隊長からの手紙の一言――「元気デス」。
 静かに進むドラマと映像は、ささやかながらも強いインパクトで胸に刻み込まれた。




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2017年08月06日

第41回全国高等学校総合文化祭みやぎ総文2017演劇部門第1日

2017.08.01 仙台・泉中央 仙台銀行ホールイズミティ
1 千葉県立八千代高等学校 ※堤泰之作「煙が目にしみる」
葬式をテーマにした台本(舞台・映像)で記憶に残っているのは、伊丹十三監督の「お葬式」と水上勉の1人芝居「釈迦内柩唄」であるが、この本も多くの劇団や演劇部で上演されている名作らしい。ところどころコミカルなシーンもあったが、全体的に静かに進行していった。

2 埼玉県立秩父農工科学高等学校 コイケユタカ作「流星ピリオド」
 SNSの中の友だち関係がゆらいでいく、新鮮な発想・視点での空間作りだった。セットや衣装などの美術が目を引いた。特に衣装の色が主だった役者毎に際立っていて、5色の対比がきれいだった。照明も全体を映して全員を見せたり、部分的にスポットを当てて、2〜3人を映したりする演出が効いていた。音も、ハンマーで叩くような不気味な(もしかしたら死や死後の世界を暗示する)音で始まったり、ある場面では打音にドラムが混ざったり、超高音で空間を切ったり、印象的だった。ドラマとしても、自殺したミイコがSNS上で蘇ってきたり、リベロがミイコの父だったり、ユズハだけラストで飛び下りたり、中高校生の心の表と闇をえぐりだしていて、興味深いものだった。

3 徳島市立高等学校 林彩音・村端賢志作「どうしても縦の蝶々結び」
 一昨年国立劇場で観た「志望理由書」を思い出させるような、進路に悩む少女の話。ただ、主人公は公務員就職浪人をして臨時職員として母校の事務室に勤務している。そういう点で、受験に奮闘する「志望理由書」の主人公に比べて、心の闇が深い。暗示的な題も含めて興味深かったが、状況や関係の設定に無理があるようで、すっと入ってこなかった。

4 宮城県立名取北高等学校 安保健・加藤聡作「ストレンジ スノウ」 
 上演直後、私の周りの高校生たちの息が硬直し、熱いものを滲み出させる子たちもいたようだ。そして「重い!」という囁きが聞こえた。翌日の朝日新聞にもこの舞台だけ記事が出た。
 幕が上がると同時にマーラーの第5シンフォニーのアダージョが聞こえた。その曲は劇の中盤で悲しみの頂点を表し、結末では理由がわかった深い悲しみを表していた。
 演劇部員有美は6年前の津波で妹を亡くし、リカは弟を亡くしていた。しかし、有美は狂気に入り、リカは冷静でいる。リカはなぜそんなにも強いのかと思いつつも、有美とリカの違いは何なのだろうと考えてしまった。
 時々みんなに声をかけ部長の「大丈夫?」が美声で印象的だった。全体としてセリフははっきり聞こえるが、間延びして不自然で、台詞を言う人以外は皆棒立ちだったのが気になった。

5 茨城県立日立第一高等学校 磯前千春作「白紙提出」
 南関東大会では大船(神奈川)などをやぶって1位で全国代表に選ばれた舞台で、観た演劇部の生徒もおもしろかったというので、かなり期待して見始めたのだが、予想は少し裏切られた観がある。それは(I氏も言っていたが)いろんな要素を盛り込みすぎて、どれも中途半端になったように思う。まずドラマとして、劇の始まりと終わりでは、登場人物は何らかの変化か成長があって、観客に対する異化作用があるのだと思うが、それが感じられなかったことが一番の理由かな。
 お笑いあり、バレエあり、奇抜性(女装ダンス)あり、キャラもそれぞれ個性が面白く(特に父と母と弟を演じた大森明龍が傑作だった)、飽きさせなかった。バレエと女装ダンスをもっと観たかった。

*審査結果は以下の通りだったようです。
最優秀賞:
 近畿代表兵庫県立東播磨高等学校 アルプススタンドのはしの方 作:籔 博晶
優秀賞:
 関東代表埼玉県立秩父農工科学高等学校 流星ピリオド 作:コイケユタカ
 関東代表茨城県立日立第一高等学校 白紙提出 作:磯前千春
 九州代表沖縄県立向陽高等学校 HANABI 作:竜史「文化祭大作戦」より 潤色:吉澤信吾

創作脚本賞:
 四国代表徳島市立高等学校 どうしても縦の蝶々結び 作:林 彩音 構成:村端 賢志
舞台美術賞:
 東北代表福島県立相馬農業高等学校飯館校 −サテライト仮想劇−いつか、その日に、 作:矢野 青史
内木文英賞:
 北海道北見緑陵高等学校 学校でなにやってんの 作:北見緑陵高校演劇部
東京演劇大学連盟賞:
 近畿代表兵庫県立東播磨高等学校 アルプススタンドのはしの方 作:籔 博晶

審査員:高泉淳子、佐川大輔、藤崎周平、伊藤雅子、来栖敏行、近藤三知子、大窪俊之

※国立劇場優秀校東京公演の上演日程
8月26日(土)
埼玉県立秩父農工科学高等学校 「流星ピリオド」
沖縄県立向陽高等学校  「HANABI」

8月27日(日)
東京都立紅葉川高等学校(東京都代表)
茨城県立日立第一高等学校 「白紙提出」
兵庫県立東播磨高等学校 「アルプススタンドのはしの方」


※堤泰之を調べると、1996年に堺雅人、高田聖子、97年には佐々木蔵之介、田中哲司、小須田康人など、20年後の今、脚光を浴びている俳優たちと舞台をつくっていたことに注目した。

tomtom_poem at 00:40|PermalinkComments(0)mixiチェック 演劇 

2017年08月03日

2017・07・31 福島から浜通へ〜原発被災地巡検〜など(5)

➞旧富岡高校 バドミントン、女子サッカーなど、部活動が強い学校だった。震災の起きた平成22年度のままの、全国大会出場の幟が何本も下がっていた。ここは廃校になり、何ヶ所かのサテライト校に生徒たちは分散していたが、3年前から、もっと南の広野町につくられたふたば未来学園として引きつがれているそうだ。
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➞旧道の駅・ならは(現在は警察署が間借り)
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➞常磐自動車道・磐越自動車道➞郡山駅

 西巻夫妻と会う。居酒屋“えぼし”へ導かれる。

郡山22:28 JR東北新幹線
仙台23:03 
仙台 仙台市地下鉄南北線[200円] ―広瀬通・・・徒歩約5分とあるが見つからず迷いつつ・・・ナインアワーズ仙台[4,000円]


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2017・07・31 福島から浜通へ〜原発被災地巡検〜など(4)

➞国道6号線・陸前浜街道➞双葉町➞大熊町(旧大野町+旧熊町)
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➞(福島第一原発入口)
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➞(帰還困難区域双葉町・大熊町・夜ノ森) 夜ノ森駅に入ろうとしたが、立入禁止では入れなかった。





tomtom_poem at 00:52|PermalinkComments(0)mixiチェック 旅・観光 

2017・07・31 福島から浜通へ〜原発被災地巡検〜など(3)

➞国道6号線・陸前浜街道 居住制限区域・浪江町に入る。
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➞請戸漁港
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➞請戸小学校 津波が2階教室黒板のあたりまで押しよせたというが、幸いなことに児童で犠牲者は出なかったそうだ。
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tomtom_poem at 00:37|PermalinkComments(0)mixiチェック 旅・観光 

2017・07・31 福島から浜通へ〜原発被災地巡検〜など(2)

➞県道260号線(小高・ローソン)・・・相馬小高神社
 29日から行われていた相馬野馬追の最終行事「野馬懸」が行われていた。野馬懸は、多くの馬の中から神のおぼし召しにかなう馬を捕らえて奉納するという神事だという。その終わりの方に行ったのだと思われる。
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➞小高工業高校(現・小高産業技術高校)
 昼食をどこかで摂ろうと言うことになって、小高に有名なラーメン店があるというので行った所、何人もが行列を作っていて断念。その後、沿道に食事をする所がなく、やがて放射能による居住制限が続いている浪江町に入った。町内には破壊されたまま放置された建物が並んでいた。
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 が、国道沿いに一軒だけ真新しい建物のとんかつ屋“しが”があり、入って食事をした。繁盛していた。
➞(小高・双葉食堂)➞浪江・とんかつ“しが” 私はミックスフライ定食1280円を注文、どのフライも大きく、たっぷり食った。
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2017・07・31 福島から浜通へ〜原発被災地巡検〜など(1)

07/31 8:00福島駅西口駐車場前集合。
国道114号線・富岡街道(渡利大橋)➞(川俣町)➞県道349号線➞12号線(飯舘村)
 沿道には黒いカバーで覆われた放射性廃棄物の山が散在していたが、ある所はひまわり畑がつくられていた。
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➞(八木沢峠)➞(南相馬市原町区)➞道の駅・南相馬
 道の駅の前には電波塔のレプリカがあり、その隣には仮設住宅があった。
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➞国道6号線(南相馬市小高区)➞村上海岸防潮堤手前
 海岸に行こうとしたが、どこも防潮堤の工事をしていて、立ち入れなかった。
 津波が来る前にそこにあった人家で栽培されていたと思われるハーブ等の草花が雑草にまみれて生えていた。
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 立ち退いた人家の看板
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2017年08月02日

07.30 アーサー・ビナード講演〜コラッセ福島

07/30 午後、コラッセ福島ホールで、アーサー・ビナードさんの紙芝居と講演会。紙芝居は原爆ドームを主人公とした、原爆ドームの視点で作られた物語。講演は、その話から刺激的な視点の興味深い考察が話され、おもしろかった。
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tomtom_poem at 11:02|PermalinkComments(0)mixiチェック 文学・評論 

2017年7月28・29日、福島へ。

07/28
横浜駅東口BT・Cレーン 23:05発 Dふくしま・横浜・2号車6D[5500円済] 

07/29
福島駅東口 06:10着
駅前でうろうろと周辺地図を見ていると、Kさんに声をかけられた。ホテルのレストラン“ヴィ・ド・フランス”で朝食[700円]。食後、コンビニでパンなどの昼食を買った後、いっしょにタクシーで会場・桜の聖母短期大学へ[1人320円]。
終了後、私は市内循環バス“ももりん”[100円]を待って乗る。宿泊するホテルの最寄りバス停を運転手に聞くと、「上町(うわまち)」と。降りて、教えてもらったホテルに行くと、私がとまる「サンルート」ではなく、「サンルートプラザ」! そのフロントで地図を貰って、とぼとぼ15分歩く。その途中で、作曲家・古関裕而の看板や由緒ある建物があった。ホテルの部屋にスーツケースを置いて、親睦会の会場“DON”へ徒歩15分だったのだ。

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tomtom_poem at 10:53|PermalinkComments(0)mixiチェック 旅・観光 

2017年07月16日

ゴダール「気狂いピエロ」

2017.07.16(日)アミューあつぎ映画.comシネマ 15:05〜17:00
監督:ジャン=リュック・ゴダール 
出演:ジャン=ポール・ベルモンド、アンナ・カリーナ
1965年フランス・イタリア 105分
デジタル・リマスター、新字幕:寺尾次郎

 ヌーヴェルヴァーグで有名なゴダールだが、私は初めて観た。とってもおもしろかった。
 印象を物語要約文風に何通りか書いてみる。

・詩人(あるいは言葉と関係性に拘る者)が結局は破滅する物語。
・殺人に関わる女と逃避行する男の物語。
・逃避行中他の誰とも出会わないで(関係性を持てず)、かといって男と女もまた思いがすれ違う物語。
・自由奔放な女を言葉で愛撫し、その女に振り回される男の物語。
・「ピエロ」は男に他する命名で、男は拒否するが、やがて「ピエロ」だとわかって「気を狂わせる」物語。
・フランス中部の田園地帯や南部の港湾地帯を舞台に、美しい風景と男と女の悲惨がきわだつ物語。
・詩語のような、繋がりの難解なせりふにあふれた物語。
・殺人あり逃亡あり追跡あり裏切りありで、サスペンスあふれる展開で引きつける物語。
・挿入されるバロック音楽が人物の心象風景を表していて、印象的な物語。
・結局、男は詩人の象徴で、女はミューズであったかと思わされた物語。
・ベトナム戦争が時代の背景としてあって、人々に影を落としていた物語。

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2017年07月10日

横浜ボートシアター「日本間で聴く一葉〜『大つごもり』『十三夜』」

2017.07.09(日)16:00〜 横浜「自在」(南軽井沢稲葉邸)
演出:遠藤琢郎
音楽・ベース演奏:松本利洋
語り出演:「大つごもり」/岡屋幸子,「十三夜」/吉岡紗矢

 前日に青空文庫で読んでいたこともあり、文語文にもかかわらず、内容がわからないということはなかった。
 それどころか、語り手の語りが地の文や複数の登場人物の声を使いわけていて、臨場感がとても伝わってきた。
 岡屋さんは、カルチャーセンターで7年前に語りを始めた方。その語りは、身体全体を振り、そこから振り絞って発声していて、口の動きも激しく滑舌なめらかであった。とりわけ奉公先から金子(きんす)を盗んでしまうお峰を高い声で表現していたのが印象的だった。
 ボートシアターの公演で音楽とべース演奏を担当していて、雰囲気を印象づけている松本だが、この語りでは、音がなくてもいいのではと思うところが何ヶ所かあった。音なしで、語りを聴きつづけていたいところが。ここで私は、表現読みの渡辺知明さんがいつもおっしゃっていることを思い浮かべていた。すなわち、音楽に頼る朗読はだめだ。――しかしながら、放蕩息子の石之助が登場する所で奏でたユーモラスな音楽はとてもマッチしていておもしろかった。
 ボートシアターの公演で何度も拝見している吉岡さんの語りはものすごかった。
 岡屋さんの何倍も身体や口を振り絞っていた。さらには何人もの登場人物の声色を工夫して表現していた。父の低音は腰のあたりから、お関や母の高音は頸部全体から、地の文などはその中間から、おのおの声を出し、表情まで伝わらせていた。
 この語りは「聴く」のではない。まさに「観て聴く」ものであった。耳で「聴く」だけではこの舞台の50%もわからないと思われた。
 巨大なコンクリートビル群が林立する横浜駅から徒歩圏内で、しかもその前面にはやはりビルが建ち並ぶ、その奥の、森の入口に位置する築60年ほどの日本家屋という会場は、特筆すべきものだ。実のところ、もっと広い部屋を想像していたのだが、二間をつなげて17畳ほどの庭に面した空間で一葉作品をこれらの語りで味わえたことは、珠玉のことであった。野球応援を途中で抜けだして、無理をして観に来て、とても良かったと考えている。


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2017年07月02日

上溝南のケヤキ林〜2017・夏

2017.07.02(日)
 母親宅から上溝南へ。試験前とあってか、何人かの職員が仕事をしていた。
 ケヤキ林の林床には、盛りの過ぎた花があるだけ。昨年まであった色の薄い紫陽花も、伐採されちゃったんだな。
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 ケヤキ林の柵の向こうの畑に、派手な花が咲いていた。
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2017年06月30日

「ピントをべつのところにあわせると」〜渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』から

 「じつは人間の目にうつるものの像は、カメラのとらえる像とはかなり異なる。たとえば人間の目は、視野の全域にピントをあわせておくことができない。だから、いま注目している小さな範囲以外は、視野という構図のなかにあっても、ぼんやりとかすんでいるのだ。ピントをべつのところにあわせると、さきほどとは構図そのものがちがってきてしまう。」――渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』第3章「日本語の詩の可能性」P88

 きょうの帰宅途中、このような体験をした。
 わたしはいつものように遅い時間にいつもの小さなホームにとまっている電車にいつも乗る1両目のドアを開けて入り、いつものように立っている人もいる車内に自分の居場所をみつけることができずにいつもとはちがっていちばん前の運転手が世界をかかえてくもんしている小さな空間の右端にわずかに空いたまどの下の金属製の手すりにからだ全体でもたれかかりおのずと狭小な謎に満ちた向こうの空間の床に視線が行く。列車は発車する。揺れる。焦点がもだえる。
 冷たく汚れた金属っぽい床にはなんのためにつけられているのかさっぱりわからない長細いものが3つやっぱりさっぱりわからない角度ではりついている。車輌が揺れる毎にそれらの画像も揺れなにとなくながほそい右めとながく尖った鼻にみえてきた。しかしながら、それら二つの部品とは明らかに異なる向きと色ではりついているその棒状のものは、しだいに軟体動物のように輪郭が揺れ、ほそながいちょうほうけいというだいたいのそれをたもちながらもぐにゃぐにゃとじわじわと波うち、固体から幽体化しどろどろぶしゅぶしゅと蠢く無数の虫たちが合体したように見えて来・・・・・・
 気がついてわたしがとびだしたホームは、いつも降りる見なれた駅とはちがう風景をかもしだしていた。

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2017年06月25日

「ボイマンス美術館所蔵ブリューゲル『バベルの塔』展」

2017.06.24(土)上野・東京都美術館
 ヒエロニムス・ボスのへんてこキャラクターがおもしろかった。絵はがきを何枚も買った。
 ブリューゲルの作品もおもしろかった。しかし、肝心の「バベルの塔」は、予想外に大きくなくて、細部に書き込まれているという、庶民や職人の姿がまったく肉眼で見えなかったのが残念だった。

tomtom_poem at 00:25|PermalinkComments(0)mixiチェック アート 

2017年06月03日

風煉ダンス「まつろわぬ民2017」with 白崎映美

風煉ダンス「まつろわぬ民2017」with 白崎映美2017.06.02(金)19:07〜21:32 座・高円寺1
作・演出/林周一
演奏/ドラム・Pc等:関根真理,トランペット・テルミン等:辰巳小五郎,ギター・ベース:ファン・テイル
出演/胆沢スエ:白崎映美,黒いゴミ袋:伊藤ヨタロウ,扇子・レラ:柿澤あゆみ
冷蔵庫・アジム:反町鬼郎,ピアノ・トノト:林周一,テレビ・イタク:山内一生 他

 何もかも鬱屈している中、これを観なければ後悔すると、ちょっと無理して観に行った舞台。鬱屈も発散され、エネルギーももらえた! 行って良かった!!!

 白崎さんと伊藤さんの、修羅の二重唱が圧巻だった!!

 手づくりの道具の迫力。たとえば金属のドリル・アームの手作り感がかえってリアルでかつ軽みを産み出していた! プロジェクション・マッピングを使わずに空間を表現したところに、この劇団のこだわりがみえ、好感を持った。

 ストーリーは現実を踏まえたファンタジーなのだが、ところどころその中にもきつい現実が見えた。たとえば、ガラクタになった家具が散乱している家が原発事故の放射能汚染で放棄された家族と重なって見えた。

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2017年05月27日

TOMISANPO第4〜上野から,森鷗外ゆかりの地を歩く

2017.05.26(金)
 雨天のため上野駅中央改札前、翼の像付近に集合。
 来週から「舞姫」に取り組む私は、階段道をのぼり、東京文化会館前に出た。道は渋滞していたが、ちょうど前方を”北めぐりん”千駄木・谷中方面行きがのろのろ動いていた。しかし、駅前のバス停を出たあとだった。私はバス通り沿いに左折して国立博物館前まで歩くと、追い抜いていったその”北めぐりん”がバス停に止まっていた。駆け寄ると、ドアが開き、私を乗せてくれた。乗車賃100円。
 赤い小型バスは東京芸大の周囲をうろうろ曲り、谷中霊園入り口を斜め左方向に進むと、なが〜い坂。地図を見るとその道を直進すると、第一の目的地”森鷗外記念館”があるのだが、バスは路地を右折しずんずん行く。慌てて降車ボタンを押して、谷中銀座入口で降りる。しかし、バスはすぐに左折し、不忍通りに出るとまたまた左に曲がった。私もまた、それと同じコースを歩く。先程の交差点の手前でそれは止まる。そこにバス停が。小雨の中、もう一駅乗っていれば良かったとも思った。
 さて、そこを右折すると、急な団子坂。登りきった左に、その記念館はあった。
 入館料500円。この日は、企画展で「鷗外の〈庭〉に咲く草花―牧野富太郎の植物図とともに」があった。
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 館は、鷗外一家が住んだ観潮楼(当時はそこから海が見えたのだという)の跡地にあるが、コンクリート打ちっ放しの前衛的な建築物であった。写真は、内部。
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 外観。
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 団子坂を下り、不忍通りをつっきって、3つ目の路地を右に入る。地図ではへび道となっている。その名の通り、ぐにゃぐにゃと曲りながら進む路地であった。
 少し広い通りに出ると、道は直進。途中、左側に何軒かの由緒ありそうな寺があった。
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 行き止まりを左折すると、”水月ホテル鷗外荘”の目立つ看板が見えた。ここは鷗外の旧居跡で、留学から帰った彼が「舞姫」などを執筆した場所だという。いまはこんな天然温泉つきのホテルになっている。レストランのメニューが鷗外にちなんだものがあり、おもしろい。
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 記念館を出てからもう30分は歩いただろうか。目の前を”めぐりん”バスが通過した。15分待つよりそのまま歩くことにした。上野精養軒前を過ぎ、不忍池弁財天前を過ぎ、上野駅前の交差点を渡り、アメ横に行く。
 屋台の店”マーラータン”で、マーラータン(辛さ2、具材5)880円を食す。アメ横にしてはちょっと高いと思ったが、具が大きく、スープも薬膳のような香りがし、辛かったが美味であった。
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 中国から来たてと見られ、日本語を余り理解できない青年に、水を求めると、天然水を示し、100円で買えと言う。何と!



























 













 



tomtom_poem at 00:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 散歩 | 文学・評論

2017年05月19日

堀辰雄『かげろふの日記・曠野』

昭和二十六年七月十日初版 昭和五十年五月三十日改版九版発行 角川文庫
 古典の授業で初めて『蜻蛉日記』に取り組んだ。そのために、書棚から引っ張り出してきた。すでにカバーはない。埃にまみれていた。紙も焼け、活字も薄くなりがちで。けれど、新鮮な感動を呼び覚ましてくれもした。
 とりわけ、『蜻蛉日記』の後半を題材にした「ほととぎす」がすばらしかった。よい日本語を読んだ。

―ながらくとだえていたこの日記を再びなんということもなしにこのごろ附けはじめていたのは、前のように自分で自分をなんとかしなければならないといった、切迫した気持なんぞからではなかった。ただ、あれほど自分のことだけでぎりぎりいっぱいになっていた私が、こうしてあのかたに棄てられた女の子を養うような余裕のある心もちにまでなりだしたのが自分にも不思議なくらいで、それで筆をとりだしたのだが、やっぱり、この日記を私に書かせたものは、あのかたへの、また、自分自身への一種の意地であったかもしれぬ。しかし、そういう気もちもだんだんなくなりかかっている現在、その日記がこうして終わるともなく終わろうとしているのも当然であるのだろう。この日記にいつかまた別のはずんだ心で向かえるような日の来るまで、しばらくそれをしまっておくため、私はいま、この物憂い筆をとっていると言えようか。 「ほととぎす」P66・67

―「・・・このごろ私自身にさえ見向きもされなくなってしまった私の物思いが、毎夜のように自分のうちから抜けだして、時鳥となり、あちらこちらを啼き渡っているのだろう」などと考え考え、そんな負けず嫌いな気もちを歌によんだりしてわずかに悶をやっていた。 同P67

―自分でもはっきりとはわからないもののために自分の心がせつないほどゆらいでいるのを、私もまたせつなくそれをゆらぐがままにさせていた。・・・・・・/しばらくしてから、私は観念したように閉じていた目をやっと見ひらき、できるだけ心を落ち着けるようにして、自分の前にこの日記を置いた。 同P68

―私はその目のうらに、自分自身のこうしている姿を、ついいましがた頭の君にぬすみ見せられていたでもあろうような影として、なんということもなく蘇らせていた。それは半ば老いて醜く、半ばまだどこやらに若いときの美しさを残していた。(中略)そういう自分の影がいつまでも自分のうちに消えずにいるためばかりではなかった。(中略)自分自身を裏切った、自分のしゃがれた声がまだそこいらにそのままそっくりと漂っているような感じのしだしてきたためだった。 同P78

―撫子をお求めになられる同じ文中の御ことばが、なぜかしら、いよいよ空疎なものに見えてくるのに気がつかないわけにはいかなかった。おそらくそれにはただ私だけが気がついているのだということも自分にはわかっていた。それがいっそう私を身じろぎもできないような苦しい心もちにさせていた。 同P94

―二人はなんとも言わずにいた。しかし、そのながい沈黙は、私にとっては、何かいちめんに張りつめていた薄氷(うすらい)がひとりでに干(ひ)われるような、うすら寒い、なんともいえずせつない気もちのするものだった。 同P96

―「おまえが自分のことにかまわずに、己のことばかりかまおうとしているのが己には窮屈でならないのだ。・・・・・・」(中略)/男がその女の家に姿を見せなくなったのは、それから何日もたたないうちだった。 「曠野」P118

―「あのかたさえおしあわせになっていてくだされば、わたくしはこのまま朽ちてもいい」/そう思うことのできた女は、かならずしも、ふしあわせではなかった。  同P120

―すべては失われてしまったのだ。男はそこにいた。そこにいたことはたしかだ。それを女にたしかめでもするように、男の歩み去った山吹の茂みの上には、まだ蜘の網(い)が破れたままいくすじか垂れさがって夕月に光って見えた。女はそのまま荒(あば)らな板敷のうえにいつまでも泣き伏していた。・・・・・・ 同P123

―女はそれには何にも返事をしないで、むなしい目を上げて、ときおり風に乱れている花薄(すすき)の上にちぎれちぎれに漂っている雲のたたずまいを何か気にするように眺めやっていたが、急に「そうだ、わたくしはもうあのかたには逢われないのだ」とそんなあらぬ思いを誘われて、突然そこにうつ伏してしまった。 同P125

―いままでのふしあわせな来しかたが自分にさえ忘れ去られてしまっているような、――そうして、そこには、自分が横切ってきた境涯だけが、野分のあとの、うら枯れた、見どころのない、曠野のようにしらじらと残っているばかりであった。 同P127

―しかし女は苦しそうに男に抱かれたまま、一度だけ目を大きく見ひらいて男の顔をいぶかしそうに見つめたぎり、だんだん死顔に変わりだしていた。・・・・・・ 同P131

―煩悩おおき女の日記  (注:「かげろふの日記」について)  「更級日記」P145
―不幸になればなるほどますます心のたけ高くなる、「かげろふの日記」を書いたような女  同P147

―「更級日記」を書いたいかにも女のなかの女らしい、しかしけっして世間並みにしあわせではなかったその淋しそうな作者すらもなんとなくしあわせに見え、本当にかわいそうなのはやっぱり「かげろふ」の作者であるような気がした。そうしてそのとき私が一つの試練でもあるかのように自分をその前に立ち続けさせていたのは、そのどこまでもあきらめきれずにいるような、一番かわいそうな女であったのだ。  同P147





tomtom_poem at 00:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)mixiチェック 文学・評論 

2017年05月08日

楽塾「もももすももももものうち」

2017.05.06(土)13:00〜14:40 座・高円寺2
作/佃典彦
演出・出演・ナビゲーター/流山児祥
出演/楽塾メンバー大勢

 いま、授業で思想家・丸山真男の「『である』ことと『する』こと」(原典は岩波新書の『日本の思想』の最終章。教科書掲載部分はその抜粋)を読んでいる。近代社会は、出自が重要な「身分」的な「である」社会である前近代の封建社会に比べて、ある目的を「する」ために集まった集団・組織がメインの社会で、アメリカなどの西欧に比べると日本の近代は、「する」組織に「である」人間関係が根を張った社会だと説く。しかし、政治や経済に対して、学問や芸術などの文化的創造では、効用・能率を重視した「する」価値より、古典などの、蓄積された「である」価値の方が重要だと述べる。つまり、時間に追われて、日々はぁはぁしながら何かをしつづける「する」生活より、自分のいる位置を大切に見つめつづける「である」生活が、文化に特化した場合は、大切だと言っていると受け取れる。これはミヒャエル・エンデの時間泥棒のファンタジー「モモ」に通じる――このエネルギッシュで快活な舞台を観ながら、そんなことも考えていた。

 私は佃さんの、ちょっと変則的な目線からの劇が大好きだ。しかし、今回は「モモ」という偉大な原作に敬意を表したのか、案外素直に芝居の「時」は(誰にも邪魔されることなく)進んだ。ある意味、気持ちの良さすら感じた展開だった。
 流山児さんの演出が楽しいし、平均年齢うん十歳の役者たちもたくさん動いてたくさん放水していた。
 この舞台をエキサイティングにしていたのは、最近(の舞台で流行りの)プロジェクト・マッピングだった。ふんだんに転換毎に使われ、ラスト近くでは、――古くは赤点との状況劇場、最近では燐光群の芝居で、後ろの壁が割れて、異次元の空間が現出する演出が好きだったが――実際の壁ではなく、映像によって写された戸が大きく割れ、それによっていわゆる「異化」の噴水を客は浴びることができた。

 何年ぶりかでオーディションが行われ、新しいメンバーも何人か出ていて、新鮮な雰囲気を醸しだしていた。一方、私どもの知り合いであったSKさんがこの公演を最後に楽塾を退塾してフリーになると聞いた。アダルト(すぎる)劇団・楽塾も気になるが、SKさんの新たな展開にも期待したい。

 

 


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