2018年09月26日

TOMISANPO第12(mini)〜湯島の坂

2018.09.24(祝)
 東浅草・保元寺に墓参に行って弟と3人で会食した後、私は上野で妻と別行動を取り、末広町で下りた。蔵前通りをまっすぐ行けば次の目的地に行くのだったが、地図に妻恋坂とか実盛坂とか、興をそそる名の坂があったので、湯島天神の方へ曲がって、いくつかの坂を見てみた。

 まず、妻恋坂。
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 中坂。妻恋坂ととの中間に位置するからこの名になったという。
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 天神の男坂。天神石坂。
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 講談高座を最初に行ったのがこの境内だという碑。
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 齋藤別当実盛にまつわる実盛坂。急な石段だ。
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 この後、鶏鳴学園に行く。

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2018年09月23日

劇団アマヤドリ「野がも」

2018.09.22(土)19:00〜21:50 王子・はなまる学習会王子小劇場
原作:ヘンリク・イプセン 台本・演出:広田淳一
出演:グレーゲンス・ヴェルデ/渡邉圭介、ヤルマール・エクダル/倉田大輔、ギーナ・エクダル/相葉るか、ヘドウィグ・エクダル/東理紗、老エクダル/山森信太郎、豪商ヴェルレ/大原研二、セルビー夫人/中野智恵梨、レリング(医者)/宮崎雄真、野がも/一川幸恵、他

 谷になった横長のステージを両側から斜めの客席が囲む構造の空間。偶々私の座った席は、向かい側最上段に音響等のスタッフ席があり、興味深かった。また、向かいの客の表情も見えた。一人の女性は途中で涙を拭おうとしていた(私と同様に)。
 イプセンの本について言うと、頭でっかちの息子の理想論と、体験に基づく医者の現実論の対比は、授業で読んだ須賀敦子「クレールという女」で言っていることと重なった。
 家族の終焉の物語だが、そんお家族をはじめ、周囲の各登場人物のその後がとっても気になった。

 演出が秀逸だった。
 とくに、第五場は圧巻だった。
 14歳の愛娘(東理紗)がピストルを持って納屋(原作では屋根裏)に行き、舞台中央に移された居間のテーブルの上に野がも(一川幸恵)を撃とうとするが躊躇する。その間、テーブルの下では、グレーゲンス・ヴェルデ(渡邉圭介)とヤルマール・エクダル(倉田大輔)の二人が熱く議論する。――この二重構造を同時に見せる演出は秀逸だった。
 娘はテーブルの上(納屋の中)で野がもを抱き、最後は自分にピストルを向けて撃った――発射音が鳴り響くはずなのに、無音のまま、観客は見続ける。野がもに抱えられて、死んだ少女は横たわる。同時に幾つかの貼り付けられた床の隙間が青く点灯し、少女の死を強調する。

 ただ、不満もあった。
 野鴨がテーブルの下の四隅にライトを取り付け、点灯させたが、その時は下手で二人が台詞のやり取りをしていたが、そちらに集中してみられなかった。
 また、野がも・鶏・兎が出てきたが、その動きが中途半端だと思った。最初出てきたときはダンスっぽくて、いい感じだったが、ダンスならダンスとして動きを徹底した方がよかった。ただ、空間の狭さがあるにしても。

 

tomtom_poem at 20:44|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

山猫合奏団祭り2018-4 “蛙”組曲、“名人伝”

2018.09.22(土)14:00〜15:45 洗足・プリモ芸術工房
第吃堯 罰拭描閥福
1.河童と蛙
2.カジカ
3.桂離宮竹林の夜
4.ゆき
5.おれも眠ろう
6.鰻と蛙
7.蛇祭り行進
8.るるる葬送
9.春殖
10.かえるのうたのおけいこ
11.ごびらっぷの独白
12.河童と蛙
原作:草野心平 作曲:白石准 言葉:高山正樹、楠定憲
チェロ:大島純 ピアノ:白石准

第局堯般梢妖繊
原作:中島敦 作曲:白石准
言葉:高山正樹、楠定憲
ピアノ:白石准

高山正樹さんと宇夫方路さんのお誘いで初めて観に行った山猫合奏団のコンサートは、上質の空間と上質の言葉と上質の声と上質の演奏の、かなり素敵な体験になった。
 私の大好きな草野心平の蛙語と日本語の詩を、四季の順に並べて、循環するようにした構成も切れ味よかった。蛙語についての高山氏の簡潔かつ充分な解説もちょうどよかった。
 蛙語はやっぱりリズムがあって抑揚があって、ピアノとチェロとのアンサンブルが心地よかった。
 ピアノの白石准さんも言葉担当の高山正樹さんも楠定憲さんも、みな蛙になっていた。楽しそうに語り合い唸り合い励まし合いうったえ合っていた。高山さんは主としてバリトン蛙を、楠さんは主としてテノール蛙になった。楠さんの軽やかさは、何というか、とっても魅力的だった。もちろん、どっしりの高山さんの存在もね。そこにチェロの大島純さんが時には浪漫を時には静寂をふり注いでいた。
 中島敦の名文は、白石さんの曲と、師匠の高山さんと弟子の楠さんの絶妙な語りで、その物語が目の前の中有で進行するのが見えた、ように思えた。こんにゃく座のミニ・オペラを観ているような感じもした。
 しかし、何とも、観客が7人とは少なすぎる。300人ぐらいの音楽堂か小劇場で開いても全然OKだと思う。
 




tomtom_poem at 20:42|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 | 文学・評論

TOMISANPO第11〜洗足・王子

2018.09.22(土)
 寒川ー厚木ー相模大野ー中央林間ー溝の口ー大岡山ー洗足
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とても香りのいいハーブ??
・・・プリモ芸術工房
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 山猫合奏団祭り2018-4「“蛙”組曲」「名人伝」を堪能。

 洗足ー王子・・・飛鳥山公園
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 平和の祈念像(長崎の祈念像の作者作)
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 渋沢栄一記念館
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 旧渋沢邸
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 児童遊園の滑り台。約30年前、いまは一ノ関の施設で闘病療養中の放浪画家・愚寛さんに導かれて、ここにあった滑り台に上って滑り降りた記憶が蘇る。30歳の私の殻をひとつ取り外してくれた。
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 曼珠沙華が咲き始めていた。
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・・・”てん天”で夕食。
・・・はなまる学習会王子小劇場
劇団アマヤドリ「野がも」観劇。
 
・・・王子ー上野ー茅ヶ崎ー香川
 なんとか終電の一本前に乗れて、その日のうちに帰宅できた!


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2018年09月18日

「トンボ」第六号

2018.07.25文治堂書店発行
 曽我貢誠「靴みがき」がよかった。
――有楽町の陽だまり 高架下の隅っこで
   立派な宣伝カーの演説を聞きながら
   ぼくは靴磨きのおじさんと話をする
   タテマエがボリュームいっぱい
   ぼくの良心を 叱りつけ
   ホンネが僕の埃だらけの靴を
   やさしくやさしくなでる
   「よくも二十七年間もやってこられたね」
   「あっという間さ
   この商売、好きでなきゃできないよ
   でも客が減ったから今月で終わりよ」
   おじさんの表情はどこまでも爽やかだ
   長い年月、歩き疲れた靴たちを
   どれだけ多く元気にさせたろう
   その目線からはよく見えたにちがいない
   女性の下着も
   落としたお金も
   そして何より、人のこぼした涙が・・・・・・
(昭和の終わりの物語 下町編


 市川恵子「キッチン」もよかった。
――背中が/トントントン/きょうも日々を刻んでいる/そこは神聖な場所で/そう易々とは近づけない(第2連)
――背負い込んで/何も語らず/刻んだり/焼いたり/煮込んだりしながら/あなたは秘密を/料理に閉じ込める(第4連)

 服部剛「鳥になる」
――吉祥寺の老舗いせやで
   鳥の小さな心臓を食べた
   
   今日でトーキョー都民になって、一週間
   せっせと外へ運んだ
   古い家具たちに手をふり
   四十三年間培ってきた
   自分をりにゅーあるすべく
   串に刺さる
   〈ハツ〉という名の心臓を
   こりこり食べる

   お猪口に揺れる熱い・・・おみずを喉に流して
   焼けた鳥の心臓と
   すたっかーとのこの心臓が
   なぜか同化するように
   遠い翼の記憶が蘇ってきたら
   新たな日々の地上を

   僕は飛ぶ

 かなかなをひらがなにしたり、その逆があったり、鳥の〈ハツ〉と自分の心臓をかけていたり、随所に親しめる才気があふれていて、ラストでどこかに行っちゃう辺り、渋い希望が描かれた、いい詩だなぁと思う。

――私は世界に一つしかない辞書/貴方も世界に一つしかない辞書/私の「楽しい」という言葉の定義と/貴方の「楽しい」という言葉の定義は/同じようで、きっと違う(第1連)
――貴方を知るということは/貴方という辞書を引くこと/貴方と生きるということは/貴方と一緒にお互いの辞書に/新しい頁を増やしていくということ(最終連)

 これはマエキクリコの横書き詩、あるいは英語詩の日本語訳??
 ことばがかっこいい。ことばがかっこいいから、きっとマエキさんもカッコイイ!!

 ドイツの詩人、マリー・ルイゼ・カシュニッツ(1901〜1974)の訳詞が六編収録されている。勝畑耕一訳。
 とくに「ヒロシマ」が衝撃的だった。
――ヒロシマに死を投下した男/修道院にいき、そこで鐘を鳴らす。(第1連冒頭)
――全ては作り話。/ついさっき見た彼/郊外にあるその男の自宅。(第2連冒頭)

 散文も充実していて、読み応えがある。とりあえず詩の感想だけ書き、引用させていただきました。
 送ってくださった曽我様、ありがとうございました。




tomtom_poem at 00:33|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2018年09月16日

ウエノ・ポエトリカン・ジャム6

2018.09.15(土)上野恩賜公園野外ステージ
 第2部ゲストステージから入った。
北大路翼 未知の歌舞伎町の俳人だった
宮尾節子 外見はカッコ良く、詩は力強かった。
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谷川俊太郎 大詩人の自分史に思える10分の自分詩だった。

 第3部オープンマイク
当日枠メロデイクマ 言葉遊び歌としておもしろかった。
川島ムー ムーさんもカッコ良かった。

 第3部ゲスト
蛇口 魂のさけびだった。
新橋サイファー
TOLTA このイベントで、ベスト3に入ると思った。3人の詩人が思い思いにたぶん計画的に言葉と身体を発するパフォーマンスで、とてもおもしろかった。
石渡紀美 美しく可愛らしい詩人。中3の息子のための詩を奏でた。石渡さんは、客席通路をシャボン玉飛ばして歩いた。

 第4部オープンマイク

 第4部ゲスト
村田活彦a.k.a.MC長老 垂直に飛び跳ね、言葉を水平に飛ばしていた。
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コトナ
MCMystie with DJ soul-t
文月悠光
東直子

 第5部オープンマイク

 路上ポエトリースラム決勝
先攻 TASKE 後攻 木村沙弥香
優勝 TASKE 今まで観た中でもっとも力強い「すべての障害を楽器に」だった。
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 MCバトル準決勝・決勝

 第5部ゲスト
Anti-Trench
カワグチタケシ
鳥居 このイベントで、ベスト3に入ると思った。惹かれた。魅力的だった。
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GOMESS
三角みづ紀 このイベントで、ベスト3に入ると思った。自らセッティングした録音機器を使って、自分の声と言葉をわざとずらして重ねたり、とても刺激的なステージだった。ベスト・ワンかも。
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小林大悟
松永天馬(アーバンギャルド) 去年はギターを従えてうたったが、今年はソロで、多くを動く語りに費やした。それも一興。
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エンディング

tomtom_poem at 19:27|PermalinkComments(0) mixiチェック 詩歌 

2018年09月04日

池澤夏樹『言葉の流星群』

平成25年8月25日初版発行 KADOKAWA(角川文庫)発行 2018年9月3日読了。
 表題作「言葉の流星群」を読んで、宮澤賢治がこんなに詩を書いていて、そんなにもおもしろい詩なのかということを知らされた。私は「春と修羅」しか読んでいなかった。これから彼の詩をたっぷり読もうと思う。朗読してかなり面白そうだ。まずは、解説として書かれた梨木香歩さんの文章から。

「ケンジさんとナツキさんの間には共通点が多い。ともに文学をものしながら理系の教養が際立っている点もそうである。『岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)』の中に、『うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考へ』という詩句について、たいていの読者が私のようにイリドスミンの何たるかがわかっていない(あるいは忘れている)のを承知しているナツキさんは、(中略)説明し、それから『こういう話をケンジさんとしたら、これはずいぶん楽しかっただろうと思う』、と呟き、(以下略)ナツキさんに『口に出してリズムを味わって読むように』と忠告してもらわなければ、私たちは『岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)』の真の楽しさが一生わからなかったかもしれない。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)
「ケンジさんとナツキさんの共通点には、『遠くを見る視線』というものもある。いかに遠くまで見ることができるかが大事だと思う、とナツキさんは言う。『詩人とは、日常から遠方に至るその距離感の表現者である』と(これはケンジさんについてであると同時に図らずもナツキさん本人のことでもある)。『遠くを見る視線』はまた、自らの『青年の理想』を矯めることなく捨てることなく保持し続ける力でもあったのだろう。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)
「池澤夏樹は常に辺境を見つめてきた人だから、当然その文化にも詳しい。もしもケンジさんが(彼の趣味嗜好、資質を持ってして)彼らの文化に少しでも開かれたら、のめりこまないわけがない、と両方をよく知るナツキさんは残念がる。『・・・・・・仮に今ケンジさんが先にぼくが引いた『萱野茂のアイヌ語辞典』を手にしたらどれほどのことをここに学んでいたか』。うんうん、と私たちは頷く。」梨木香歩「流星を捉えて放つ」より(『言葉の流星群』解説)

 以下、池澤さんの文章から。
「自然はだいたいにおいて人に対して無関心で、一瞬与えてくれる好意や関心に人は一喜一憂する。ケンジさんの自然観の基本はそういうものであったらしい。」(詩「鈴谷平原」に関連して)池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P114)
「〔風がおもてで呼んでいる〕//風がおもてで呼んでゐる/『さあ起きて/赤いシャッツと/いつものぼろぼろの外套を着て/早くおもてへ出て来るんだ』と/風が交々叫んでゐる/『おれたちはみな/おまへの出るのを迎へるために/〔〕おまへのすきなみぞれの粒を/横ぞっぽうに飛ばしてゐる/おまへも早く飛びだして来て/あすこの稜ある巌の上/葉のない黒い林のなかで/うつくしいソプラノをもった/おれたちのなかのひとりと/約〔束〕通り結婚しろ』と/〔繰〕り返し〔〕り返し/風がおもてで叫んでゐる//ここにあるのはもう自然に対する恐怖ではない。彼はもう「恐ろしい黒雲」を恐れてはいない。むしろ外からの声にうきうきと反応し、今にも病の床を蹴って外へ走り出し、風たちの1人である「うつくしいソプラノ」と結婚したいと願っている。(中略)こちらの方がケンジさんの本音だったとぼくは思いたい。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P144・145)
「科学者としてケンジさんは時おり、物理定数を変えたいとつぶやく。一番いい」例は、完成するに至らなかった「〔生徒諸君に寄せる〕」という詩の中の//新らしい時代のコペルニクスよ/余りに重苦しい重力の法則から/この銀河系統を解き放て//というところだろうか。それは夢想にしても、その前提には//あらゆる自然の力を用ひ尽すことから一足進んで/諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ//という技術主義的な考えがある。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P153・154)
「詩は心の中をそのまま描くのに対して、物語は外の世界に話を移して語るという点だろう。ケンジさんの言葉で言えば、詩は『心象スケッチ』である。童話の方は舞台と登場人物を必要とする。/だが、(中略)特にケンジさんのように両方を得意とした文学者の場合、それも詩がずいぶん描写的であり、童話の方は詩的かつ幻想的である場合には、詩と童話はかぎりなく接近する。一例を挙げれば、『ダルゲ』という詩作品には『小品『図書館幻想』を行分け詩に改作したもの』という説明がついている。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P155)
(詩「春〔〕 水星少女歌劇団一行」を解説した最後に)「ケンジさんの作品にこのような少女たちが登場するのは珍しい(中略)。彼が教えた学校に少女はいなかった。それでも、ケンジさんの詩集に、あの歳ごろのあの潑剌とした娘たちの魅力に占領されてしまった詩があるというのはなんだか嬉しいことだ。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P161・162)
「ケンジさんが見た遠くとは、地理的にはたとえば西域、『パミール先生の散歩』に見るような西の乾いた仏教圏であり、『氷河鼠の毛皮』の舞台となった童話的なベーリング海周辺から北極までの地域であり、想像力によって遠方化された岩手としてのイーハトーブである。(中略)ここにあってここでないものを見せることによって、ここを相対化し、大きな世界への出口を示しながら、結局は力を得てここへ戻る。あるいは、此処と彼処の二重性を生きる。/時間的にはケンジさんの視野は更に広い。実にあっさりと二千年ぐらいの時間を飛び越える。生前唯一の詩集『春と修羅』の『序』の詩にこういう部分がある――//おそらくこれから二千年もたったころは/それ相当のちがった地質学が流用され/相当した証拠もまた次次過去から現出し/(以下略)」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P180)
「生物全体の中の自分という宇宙的な感覚、いわば宇宙規模の淋しさを感じることが詩人としてのケンジさんの資質である。」池澤夏樹『言葉の流星群』P186
「ケンジさんはこのような急激な時間のシフト感が好きだった。今のことを言っているのかと思うと、いきなり三億年前に話が飛ぶ。//おれなどは石炭紀の鱗木のしたの/ただいっぴきの蟻でしかない(詩「真空溶媒」より)(中略)時間や空間をいきなりシフトして別の世界に行ってしまうことの最大の利点は、今ここの卑小なる自分からの解放である。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P183・184)
「風景の中に自分の精神のありようを見てとるのがケンジさんの詩の基本構造である。」池澤夏樹「言葉の流星群」(『言葉の流星群』P189)

「宮澤賢治は、人間と自然の関係、自然の中から一歩外へ出てしまった人間の幸福と不幸のことをずいぶんしつこく考えました。(中略)近代的な社会の誕生に由来する不安感が芥川(龍之介)の文学の大きなテーマだと思います。/それに対して宮澤賢治が考えていたのは、(中略)人間は自然から離れて、距離ができてしまった。それに由来する不安にどう耐えていけばいいのか、ということを彼は考えたと思うんです。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P230・231)
「宮澤賢治が死んでから七十年近く経ったいま、自然から離れて、技術によって自分で環境をつくって生きるという人間の方法がいよいよ進んできた。それが余りにもはなはだしいので、本当にこれで大丈夫なんだろうかという不安感がある。そういう時になって、この問題をあらかじめ考えていた宮澤賢治の仕事が意味を持ってきた。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P231)
「この人(注:宮沢賢治)の詩を一つ一つ読み解いていて気がついたんですが、建物の中にいるところを書いた詩がほとんどないんです。全て屋外。それは野原であったり、山の中、林の中、稀に海の岸辺だったりするんですけれども、いつでも外にいる。(中略)その中で賢治はたいへん精密に自然を観察しています。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(言葉の流星群』P244・245)
「なぜ宮沢賢治は、自分の思想を童話というかたちで表現したか。/一つの理由に、子供と自然との関わりがある」「自然と人との関係を考えるときには、子供の視点によったほうがものが見える。」「もう一つの理由としては、子供の話のほうが大胆な思想を乗せやすい。」「また別の理由として、彼が若かったということがある(中略)実際に大事な仕事をしたのは二十歳代です。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P232〜234)
「若いうちは、ひらめきの中に深さがある。それが賢治の文学の一番おもしろいところだと思うんです。」「宮沢賢治という人には大人になることを拒否する一面があった」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P235)
「彼自身、科学を使えば人間は幸福になれるのではないかと信じていましたから、科学は認めています。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P248)
「しかし、ぼくにはどうしてもそれがわからないんです。たくさんの人間が幸福になることはそのまま自然の原理にも適うことなのか。人間の原理と自然の原理は違うのではないか。それが人間のエゴを生み出したのではないか。信仰は自然の側へ人間を呼び返すものであるのか、あるいはより自然から遠ざけるものなのか。結局わかりません。/ですからぼくは宮澤賢治をずっと読んできましたけれども、グスコーブドリの最期に対してはいまひとつ肯定できない。それは違うんじゃないですか? 本当にそれでいいんですか? と、できれば賢治さんに会ってディベートしたいとしばしば思います。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P251)
「自然の中で生きることの全体像を考えると、どうもぼくにはよだかの苦しみがわからない。余りにも人間のエゴイズムの煩悩に近いんじゃないかと思います。」「ですからやはり、宮澤賢治の中にあったのは、そういう自然界における生と死ではなくて、人間界の苦しみ、修羅の苦しみではないかと思うんです。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P255、257)
「結局、人間とは、『自然が人のことを考えてくれたら』と『そんなはずはない。自然は自然なんだから仕方がない』という、この二つの考えの間をうろうろと揺れているものです。宮澤賢治は、自然に近いところにいたがゆえにそこのところを実にはっきりとらえてみごとな文学にしている。(中略)彼の作品は、一個一個が小説として、あるいは詩として、童話として、日本語の言葉遣いが大変にすばらしい。その上で、背後にある思想が楽しく、しかも奥深くまで読める仕掛けになっている。」池澤夏樹「宮澤賢治の自然――星と石と生物と」(『言葉の流星群』P268)

「なにせカタカナでヨーロッパ風の名前をつけるのが好きな人だから、」「『蛙どもには殊にそれが見事なのです。』といってみんなで並んで雲を見物する。/『どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね』/『うん、うすい金色だね。永遠の生命を思はせるね』/『実に僕たちの理想だね』」(「蛙のゴム靴」より)/なんてことをしゃべっている。」池澤夏樹「宮澤賢治の言葉」(『言葉の流星群』P275・276)・・・・・・草野心平以外に、蛙の会話を描いた詩人がいて、それが宮澤賢治とは知りませんでした!



tomtom_poem at 17:01|PermalinkComments(0) mixiチェック 文学・評論 | 詩歌

2018年08月26日

NOMA企画「Papas Angel」

2018.08.26(日)11:00〜13:00 いずみ中央・テアトルフォンテ
作・演出・音楽:のまさとる
CAST:岡田健二(61歳)/見上裕昭、吉田晴夫(ヤミ金取り立て主任)/丸尾聡、他大船高校演劇部卒業生たち

 NOMAきかく−NODAまっぷ−NODAきかく−NOMAまっぷ・・・似てますね、なんて、ダジャレから始めちゃいましたけど・・・・・・。

 でも、初期の夢の遊民社に匹敵するほどの(?!)、若々しい好舞台でした!

 ODC出身の二十代の役者たちが、テアトルフォンテの舞台上でいきいきと熱演していました。ダンスも歌もみなさん上手い! じゅうぶん堪能できました。
 ただ、すべてではありませんが、何本か観た大船高校の演技のクセ(?!)のようなもの(微笑み方とか・・・)が垣間見られて、そういう所は、もっと脱皮できた方が役者としておおきくなれるのではないかなんて(素人が生意気な言葉を弄して申し訳ありませんが)思ったりもしました。

 見上さんも力演でしたが、特筆すべきは、丸尾さんの役柄と演技でした!! のまさんも、丸尾さんのキャラにずいぶん力をお入れになったように思えました。悪役(ヒール)ながら、とても魅力的な悪さを発揮していました。それが、ずばり、ラストでは・・・・・・。ダンスも良かったです。

 いままで上演1時間という制約のある高校演劇の場で壮大な劇を作りつづけてこられたのまさんですが、それから解き放たれて、自由にふんだんにドラマを作られました。笑わせ考えさせ泣かせて。しかも家庭劇で。
 先月、私は新国立劇場小劇場で蓬莱竜太の家庭劇を観て、初めのうち、それと比較もしたのです。しかし、蓬莱の舞台は現代の地方都市。それに対してこの舞台は1980年の横浜。私も野間さんも、学生の頃。登場人物は40年前の父であり、姉妹なのです。ここには、野間さんの(いままで書いてこられなかった)ロマンティックなファンタジーがあり、でも、それは観客の心をあたたかくしてもくれました。

 NOMA企画の第2弾は”西鶴”!!! いよいよ、のま世界の開花かな。



tomtom_poem at 19:39|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2018年08月16日

ミセスフィクションズ夏の振替上演

8月17日(金) 15:00〜17:00 下北沢駅前劇場
第吃短編上演
・「ウルトラマンPRADA」作・演出:中嶋康太 2011年初演
出演:U子/真嶋一歌、セイジ/岡野康弘、マドカ/熊谷有芳、マドカの上司/井並テン
 出演者は皆ウルトラマン関連の書籍を持って登場した。(2011年時点での)未来のウルトラマンは、従来までのように子ども相手に玩具メーカーと連携するのでなく、イタリアブランドPRADAと組むのだった!この発想が奇天烈だが、ウルトラマンオタクで大学を卒業できない男(岡野)と、男の彼女(真嶋)の献身ぶりと、最後は別れることになる恋の難しさ、人間のおかしさを描いた芝居で、その深みが楽しめた。

・「お父さんは若年性健忘症」作・演出:中嶋康太 2012年初演
出演:父/岡野優介、母/谷田奈生、娘/鮎川桃果
 若年性健忘症だが、ロマンチストのお父さんは若き頃、お母さんと出会った時代とシーンをよく思い出す。大学進学を控えた娘はその父を心配するが、お母さんはお父さんの言葉に乗って、出会ったときの派手な衣装で現れ、マルエツに連れて行く。「Mrs.fictionsなりの家族愛」っておしゃれだなぁと思った。

・「ミセスフィクションズの祭りのあと」作・演出:中嶋康太 2015年初演
出演:ママ/安東信助、ミケ/山崎未来、サビ/小見美幸、ブチ/佑木つぐみ
 飲み屋のオカマママ(安東)が、ママに拾われた雌猫3匹に優しく振る舞う、格好は派手で汚くて粗悪趣味だったが、とてつもなくあったかいドラマだったニャー。

・「まだ僕を寝かさない」原作:岡野康弘、作・演出:中嶋康太 2015年初演
出演:僕/深井敬哲、夏見/井並テン、扇田/今村圭佑、生駒/熊谷有芳
 眠れない夜、お互いパジャマ姿の友達とどのように過ごせるか。舞台前面に布団がひと組敷かれ、その周りに4脚の椅子が置かれる。そこに一人ずつ友達が登場して、眠れない夜を過ごすのだ。出演者はみな文庫を手にして「嘘リーディングVer」で進行する。少しずつ違って繰り返される反復コント。台本もおもしろいし、ひょうひょうと演じる役者たちもおもしろかった。
 そして、最後の暗転後のラストでは、第3話第2話第1話の主人公が次々と登場するという演出が憎〜かったのだ〜。

 各台本もおもしろかったが、役者がものすごくおもしろくて、彼らが一本の長編で舞台を作ったら、ハチャメチャに面白かろうと思った!

 帰宅してから、配られた上演されなかった「月がとっても睨むから」の物語の紹介文と中嶋康太のコメントを読んだら、ますます観たくなった!!
 Mrs.fictionsさん、お願いです。ぜひこの舞台をこの役者たちで魅せてください!!! とってもとっても楽しみにして待っています〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一緒に行った人たちが、次に用事があって、第局堯峅嵎蘇慣福彎絮撚颪魯僖垢靴董下のガストでお茶してお話しして、帰ったのでした。







tomtom_poem at 22:13|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2018年08月15日

映画「カメラを止めるな!」

2018.08.15(水)横浜駅西口・ムービル
監督・脚本・編集:上田慎一郎
出演:日暮隆之(映像監督)/濱津隆之 日暮真央(映像制作希望の娘)/真魚 日暮晴美(元女優の妻)/しゅはまはるみ 神谷和明(イケメン若手俳優。真央がファン)/長屋和彰 細田学(アル中のカメラマン)/細井学 山ノ内洋(メガネの助監督)/市原洋 山越俊助(硬水が合わず、軟水でないと腹を下す録音マン)/山俊太郎 古沢真一郎(イケメンのプロデューサー)/大沢真一郎 笹原芳子(おばちゃんプロデューサー)/竹原芳子 谷口智和(撮影スタッフ。腰痛持ちで、途中で立てなくなる)/山口友和 松浦早希(撮影助手。後半ではカメラを握る)/浅森咲希奈(慶応・文 在学中) 吉野美紀(中堅AD)/吉田美紀 栗原綾奈(新米AD)/合田純奈 松本逢花(アイドル女優)/秋山ゆずき
37分の前半+59分の後半=96分/16:9/2017年 海外タイトル「ONE CUT OF THE DEAD」
【製作】ENBUゼミナール 【配給】アスミック・エース=ENBUゼミナール

 「パティ・ケイク$」を観に行ったとき、アミューあつぎで「カメラを止めるな!」のチラシがあった。9月15日から10月まで上映するということを知り、9月に行こうと思っていた。
 チラシには「ついに厚木も感染」とあったが、8月横浜で感染した。
 息子が、就職してもらった給料からおごってくれることになり、家族4人+娘の旦那で、娘が結婚式を挙げたロイヤルホールヨコハマで、フランス料理のコースディナーに行った。
 待ち合わせは19時だったので、その前に何かおもしろいことはないかと考えたところ、横浜のムービルでこの映画をやっているけど見ないかと提案したら、妻は知らなかったが、いつもクールな息子も観たかったと言ったので、夫婦+息子の3人で観に行った!というわけなのさ・・・・・・。 

 SNS上の皆さんはネタバレを気にしているようなので、私も感じたことを抽象的に記すにとどめますね。
〔爾鮖廚Δ父さんの気持ちがものすごく出ていて、ほんわかした気分になりました。
⊂个辰鴇个辰董∧△筋肉運動を頻繁に行い、涙があふれ出すほどでした。この笑いは、どこか小劇場で観た最高におもしろい芝居と通じるものがありました。――上田監督は5年前に、劇団PEACE(2014年解散)の「GHOST IN THE BOX!」(荒木駿脚本、和田亮一演出、大坪勇太出演)という舞台を観て、物語の構造にひかれて、映画を撮ろうとしたのだそうです。この劇団は解散していて、いま観られないのは残念ですが。
この笑いは物語の構造から来るもののようです。それが小劇場的というか。かつて三谷幸喜の初期映画「ラヂオの時間」を観て、超おもしろくて勉強になったことがありますが、三谷とは全然ちがうフィーリングの映画でしたよ。




tomtom_poem at 00:38|PermalinkComments(0) mixiチェック 映画・演劇 

2018年08月14日

東儀秀樹コンサートin寒川神社

2018.08.14(火)17時30分〜20時 寒川神社境内特設能舞台
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〇 修祓え(しゅばつ)・宮司挨拶
機ヾ豎據Σ躋據ι餝
 伎楽(復刻)
 雅楽
  朝倉音取(あさくらのねとり) (東儀秀樹篳篥独奏)
  越天楽
  君が代
 舞楽
  ――の龍
  (東儀秀樹笙独奏)

 伎楽がたいそう興味深かった。 特設客席後方から鼓の音が聞こえ、上手後方から列を作って伎楽者たちが登場した。仮面は薬師寺から借りたというが、鼻が長く、うしろを布で覆っていた。内容は古文書から復元したほんの一部だというが、赤い面の王様(?)のあとを大杯をもった家来と大徳利をもった家来が登場し、注いでは呑み、呑んでは注いでいった。能舞台に上がると、男が龍を連れて寝そべらせている。酒を注ぐ男は龍に無理矢理呑ませる。と、龍は酔っ払って暴れ出す。そこに白面の仏(?)が登場し、龍を鎮める。・・・・・・
 衣装が、韓ドラ時代劇に登場する人物に似ていて、音も朝鮮の藝能を彷彿とさせた。飛鳥・奈良時代に大陸・百済から伝わったということが頷けた。

供。圍錬韮鼻。遙茖紂。味稗孱
 好きにならずにいられない(エルビス・プレスリー)
 浜辺の歌(日本の叙情歌)
 君を乗せて(天空の城のラピュタ)
 枯れ葉(ジャズバージョン)
 ハナミズキ(一青窈)
 リベル・タンゴ(ピアソラ)
 
 青い海の道(東儀秀樹)
 星に願いを(ピノキオ)

 局瑤蓮▲ーボード、ドラム、ベースと篳篥との競演!!
 「君を乗せて」では、古文書から復元した大篳篥と篳篥を持ち替えて熱演!
 「枯れ葉」では、篳篥を置いて、突然キーボードで連弾演奏!
 篳篥はあんなに(ピッコロほどに)小さいのに、なぜこんな太い滑らかな音色が出るのだろう。大ぶりなテナーサックスのような音が出ていた。

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 蝉たちや虫たちとの競演でもあった。
 最後は、遠方から雷も助演してきた。
 自然に囲まれた屋外ならではのコンサートであった。

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tomtom_poem at 21:54|PermalinkComments(0) mixiチェック 音楽 

2018年08月13日

井上弘久・ソロライブ『椿の海の記』第三章「往還道」

2018.08.12(日)15:00〜16:40 四谷三丁目・藝術茶房喫茶茶会記 1drink1000円+投げ銭
原作:石牟礼道子『椿の海の記』第三章「往還道」
企画・制作・構成・演出・出演:井上弘久
音楽・コントラバス等演奏:吉田水子(みなこ)
作曲:金子忍「不知火海のテーマ」

井上さんは、公演が近づくにつれ、FBで、「石牟礼さんの67歳のときの文章「丘の上の麦畑」を「往還道」の中に組み入れての上演になります。」 「一章・二章・三章と進んできて、「椿の海の記」への思いはますます深くなりつつあります。 世界に無二の世界です。」 「ラストの場面、「丘の上の麦畑」。海に傾いた夕陽が浮かび上がらせる一瞬の奇跡のような麦畑の景色……」と記してきた。期待は膨らんだ。

個人的なことを言えば、第一章・第二章はいずれも三軒茶屋から田園都市線・半蔵門線で丸ノ内線に乗り換えていった。きょうは、三軒茶屋で入院していた母が亡くなったので、自宅から横浜ー東横線・副都心線で丸ノ内線に乗り換え、四谷三丁目で下りた。
 
 水俣の往還道(おうかんみち)は栄町通で、現国道三号の四つ角から丸島港を結ぶ道だ。道子さんのお祖父さんの松太郎らの石工(いしく)が奮闘して造った道だ。
 先日訪れた水俣にはすでにその道はなかった。案内の人も知らないと言っていた。

 話の内容は、この道を早朝に行き来する、魚売りの女たちの生き生きした姿や、女郎たちや若い石工たちや4歳のみっちゃんの交流が描かれる。
 女に扮する井上さんが「魚はいらんかね!」と、威勢良く声を出し、それに呼応して大きなコントラバスの後ろから演奏家の吉田さんが女の声で「魚はいらんかね!」と掛け合い、観る者を魅了した。今章では、女性の吉田さんが時に応じて、声を発して、それが演出としてよいと思った。

 吉田さんはコントラバスだけでなく、何種類もの鈴(?)や不思議な鍵盤(?)楽器を駆使して、みっちゃんの世界を豊かにしていた。

 井上さんが4歳のみっちゃんに憑依するときは、顔が一変する。目が大きくふくらみ、口が横に引かれて、皺がつやつやになる。観ていてとっても心地よくなる。心の視線が、小さい女の子に映る田園を観ることができる。そして、恍惚とする。
 その柔和な目は、語り手(石牟礼さん)や大人に一瞬のうちに変わると、鋭く何かを刺す目になる。その差を演じきれるところが凄まじいとまで思った。

 人々の様子が淡々と語られる今章にはドラマティックな場面がない。ひとりの女郎が殺されたことはアナウンスされたが、事件の詳細は次章で語られる。また、前二章に比して道子さんの真骨頂である自然描写があまりない。だからだろうか。井上さんは67歳で執筆された「丘の上の麦畑」を追加して4歳のみっちゃんを演じた。

 2カ所ほど、台詞を吉田さんにバックアップしてもらっていた(1回は「忘れた!」と吉田さんをみた)が、それもご愛敬かな。世界に戻ると、すばらしかった!

 10月と12月もぜひ行きたい!! 10月は演劇部の大会前だが、なんとか行きたいものだ。
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2018年08月12日

ラップ映画「パティ・ケイク$」

2018.08.10(金)本厚木・アミューあつぎ

監督・脚本・オリジナル音楽:ジェレミー・ジャスパー
出演:パトリシア・ドンブロウスキー(別名パティ・ケイク$/キラーP)(23歳。夜は飲み屋、昼は不安定なアルバイト生活。祖母の医療費も払えないほど困窮しているが、音楽での成功を夢見ている。ラップの詩人でもある。): ダニエル・マクドナルド
バーブ(パティの母。元歌手でめちゃくちゃ歌がうまい。アルコールに溺れている。): ブリジット・エヴァレット
ナナ(パティの祖母。難病で寝たきり・車椅子生活。): キャシー・モリアーティ
ジェリ(薬屋に勤めるパティの親友、音楽仲間): シッダルタ・ダナンジェイ
バスタード(人知れない小屋にひとり住んで音楽を作る。パティの音楽仲間になる。): ママドゥ・アティエ
O-Z(ラップの神様と言われるミュージシャン): サー・ンガウジャー
DJフレンチ・チップス(パティをオーディションに誘ったり、ラジオで紹介する。パティの夢への案内人): MCライト

2017年/109分/アメリカ
字幕翻訳/田村紀子

 PSJやUPJなどを観に行くと、詩朗読以外にラップ系のパフォーマンスも多い。そして、ラップの詩がまた悪くないのだ。そういう経験もあり、ヒップホップのこの映画を観に行った。
 ずばり、すばらしかった!
 太っちょ女子ラッパーのキャラクターもいいし、歌もうまいし、彼女の家族や生活を生々しく歌った歌詞がすばらしく心に突進してきた。
 彼女を取り巻く生活が描かれているのがいい。同じ体型の母親は歌がめちゃくちゃうまいが、歌手として挫折していまは飲んだくれている。祖母は病気で寝たきりで時々発作を起こすが、薬や医療を受ける金がなく、借金が膨らむばかり。夜バーで働く彼女自身は、昼間はアルバイトをするが、首になったりして安定した収入が得られない。そんな彼女は薬局で働く青年とひそかに組んで、ラップを表現する。
 ある日同じステージに立った、得意な反発力を持ってラップを披露した青年に興味を持ち、彼の危なそうな(入り口に「地獄の門」とあるトンネルをくぐった先の森の中に佇む)小屋に行き、青年の音楽魂を見、いっしょに組むことにする。この、二人の音楽仲間の怪しいキャラクターがまたいい。
 祖母は車椅子で会場に行き、3人に合わせて歌う。しかし、彼女はすぐに死んでしまう。母は、どうやって葬儀代を出すか叫ぶ。
 ラストでは、3人の熱演に、母の圧倒的な歌唱が加わって、私はその魂の音楽に狂わされそうになった。

 保険制度のないアメリカで、貧しい家庭では医療費も払えないという現実の社会問題も目の当たりにさせられた。


 




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2018年08月11日

TOMISANPO第10〜座間総合→栗原(目久尻川)

2018.08.10(金)朝から座間総合高校に初見参。相武台前駅から神奈中バスで北向庚申で下車。
由緒ありそうな北向庚申には、案内板があった。
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言わずもがなの、座間のマンホール蓋。
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 セブンイレブンで全国大会優秀賞国立劇場公演をゲットしようとしたが、時すでに遅く、26日の券が販売終了になっていた・・・。ふて腐れと、30分来ないバスのため、少し歩く。そしたら坂があって、そこを下ると、澄んだ川が流れていた。地図版を見ると、それは寒川で相模川に入る目久尻川であったのだ。案内板があり、この川はかつて寒川という別名で呼ばれていたことを知り、驚いたのじゃ。
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 栗原交番バス停から、さがみ野まではバスに乗った。→海老名→本厚木・・・アミューあつぎ・・・本厚木→海老名・・・花の舞・・・


tomtom_poem at 21:56|PermalinkComments(3) mixiチェック 散歩 

2018年08月10日

2018綴り方の旅――水俣(3)

2018.08.06(月)
 午前中案内をしていただいたEさんとホテルの駐車場でお別れした後、近くの”味心松”で魚のランチで舌鼓を打った。私は朝採れたての鰺のずけ丼定食。
2018.08.06(月)水俣・心味松 採れたて鰺ずけ丼1000円 2











 茂道湾。ここで運転を熊本のM氏と交替。
13茂道湾1













14茂道湾2











15茂道湾3


















漁師の神様・恵比須さんが祀られていた。
16茂道・恵比須様















蟹などの海の生き物たちが、石の上や間を歩いていた。
18茂道湾5(海の生物)














湯堂。石牟礼道子「後生の桜」のあった家。
19湯堂・後生の桜のあった家













袋湾。海の底から水が湧いている。
20袋湾(水が湧いている)1













21袋湾(水が湧いている)2













22袋湾3













23袋湾4













袋湾から不知火海を望む。
24袋湾から













水銀汚染された土壌を埋め立てて造ったエコパーク水俣の先端に、水俣病患者のための慰霊広場があった。ところどところに地蔵様たちが刻まれ、置かれていた。
25エコパーク水俣(水銀埋立地)慰霊広場1













26エコパーク水俣(水銀埋立地)慰霊広場2













27エコパーク水俣(水銀埋立地)慰霊広場3













埋め立て地の案内板。
31エコパーク水俣(水銀埋立地)案内板













浜町にチッソの旧工場があった。壊すそうだ。
32浜町・チッソ旧工場1













33浜町・チッソ旧工場2


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2018年08月09日

2018綴り方の旅――水俣(2)

2018.08.06(月)
 スーパーホテル水俣泊
 午前中は、相思社のEさんの案内で、水俣をまわった。きょうも、レンタカーを運転した。
 水俣川を渡り、白浜町・白石邸を見た。石牟礼道子が『苦界浄土』を執筆した家だという。
01白浜町・白石邸(苦界浄土を執筆した家)













03白浜町・白石邸庭













 反対側に、石牟礼家が住んでいた家があった。
02白浜町・道子の住んだ家













 かつては塩田が広がっていたという。
04塩田跡(左奥にチッソ旧工場)













 江戸時代に造られた、石積の防潮堤跡。いま、外側は水銀で汚染された汚泥が埋め立てられている。
05水俣川の石積防潮堤の跡













 水俣市街をつっきり、山あいの袋地区に。狭く曲がりくねった山道を行くと、相思社の水俣病歴史考証館があり、いろいろ説明を聞いた。
 06相思社













 眺望のよいヘリポートに行った。

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2018年08月08日

2018綴り方の旅――水俣(1)

2018.08.05(日)午後〜08.06(月)
 われわれは博多から九州新幹線さくらに乗り込んだ。
 私は石牟礼道子の『椿の海の記』の文庫本を携えていった。
 新水俣駅でレンタカーを借り、明神の水俣資料館を訪れ、胎児性患者の方の話を聞いた。
 以下は、資料館からの眺望である。
01水俣病資料館より1











02水俣病資料館2











 資料館の前庭。白い花は何だろう。
03水俣病資料館庭1











04水俣病資料館庭2













 水俣湾の海。
05水俣病資料館海1










06水俣病資料館海2









07水俣病資料館海3











08水俣病資料館海4









09水俣病資料館海・梅戸港
















 水俣病被害者慰霊碑。銀の玉は水銀の象徴だという。
10水俣病資料館・慰霊碑1












11水俣病資料館・慰霊碑2













 水俣訪問初日は、このあと、チッソが水銀を垂れ流していた百間排水溝(跡)を見学、ホテルへ。
 

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2018年07月16日

青年劇場「オールライト」

2018.07.15(日)神奈川県立青少年センター紅葉坂ホール
作:瀬戸山美咲 演出:藤井ごう
キャスト:川西ユキ(高校生)/片平貴緑 藤城エリカ(ユキの同級生)/藤城梓 みちる(すずきさちこ)(ユキの祖母の友人)/高安美子 河下(居候1)/山田秀人 哲哉(居候2)/岡山豊明 エンジェル(居候3)/岡本有紀 大介(居候4)/沼田朋樹 藤城洋二郎(エリカの父)/杉本光弘 川西暁(ユキの父)/奥原義之

 演劇部員と準部員と観劇。最前列の席で観る。

 ちょうど1週間前、同じホールで、部員たち(県連盟の生徒実行委員会の一環)と瀬戸山さんのトークショーを聞いた。だから、作者が演劇に入り込んだのは大学4年生の時で、卒業後はライターをしていたことを、私と部員は知っていて、部員が準部員に教えていた。

 2人は終演後「おもしろかった」と言った。「本物のギターが出て(きて演奏する)とは思わなかった。主人公の持つギターの弦が一本切れていたけど。」
 私が「共感できた?」と聞くと、登場する2人の高校生(の気持ちはわかったが)「自分とはちがうな。」と2人とも言った。「でも、おばあさんが言った、『今何がしたいかわかっているかが大事なんだ』というセリフには『そうだ』と思った。」と。その子は目指すことを決めていて、すでに動きだしている。
 「役者さんたちがみんな、十分な声量で滑舌よく演じているのはさすがプロだよね。」と私が言うと、2人は頷いていた。

 地方の旧家の装置(たてこみ)が舞台空間を作っていてすごかった。
 照明が細かいところまで配慮されていてすごかった。
 台本が、シリアスな場面でも笑いの要素を入れていて、すごかった。
 役者さんたちが、とてもいきいきと演じていて、すごかった。
 
 なかなか心を射てくる、すばらしい舞台だった。
 涙と笑いで表情筋がくちゃくちゃになった芝居だった。

 私は、バックステージツアーに参加する2人を残して、少し影がかかっては来た紅葉坂をくだった。

 

tomtom_poem at 01:52|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇 

2018年07月09日

劇団空色マーブル第1回公演「失速インベーダー」 

2018.07.09(月)19:05〜20:15 桜美林大学・徳望館小劇場
 階段・通路まで客が入っているのを体験したのは、うん十年前の新宿・紀伊國屋ホールでの、つかこうへい事務所「熱海殺人事件」以来であろうか、なんて言うと規模から言ってかなりの誇張になるが、実際超満員で、100人以上は入っていたのではないだろうか。
 こんな大勢の客の前で演じられる劇団の人たちは超幸せだったのではなかろうか。

脚本・演出:青木里靜
キャスト:男/島田理央 後輩/永田莉子 恋人/大里結衣 女社長/鵜沼詩織 アナウンサー/CM/小山希来々 代行/エピローグ/CM/尾崎愛実 夜に積極的な女/CM/行方健太

 上演から4時間ほどたったいま振り返ってみて、もっとも演技していて冴えていたのは夜に積極的な女と代行コマーシャルを演じた行方健太ではなかったかと、思う。
 つまり、いちばん相手(男)とコミュニケートしていて、かつ笑いも取れたし、何よりその表情の七変化(ではもちろんないが)ぶりが超弩級だった。演者の中では、突き抜けた演技ができていたと思う。それでも彼のか細さは不安要素でもあるが。
 他の役者たちは、突き抜け方が足りなかったように思えた。
 男(島田)は恋人でも後輩でも、相手とのコミュニケートが十分できていたのか。できるまえに暴力に走るという演出にも難はあったのかもしれないが。
 後輩(永田)は好感が持てたが、ギター演奏と歌に、さらなる洗練があるとよかった。
 恋人(大里)は総合的に美しいが、ぐいと来るものが足りなかった。
 女社長(鵜沼)の張りのある声は素晴らしかったが、他者とのコミュニケートがあまりなかった。
 アナウンサー(小山)も同様の印象を持った。
 代行(尾崎)たちのダンスも面白かったが、突き抜けるものがなかった。主演クラスに対して、烏滸の役どころをする何人かが登場する芝居を何回も観たことがあるが(卑近な例では、麻布大附属の「ホラー」など)、たとえばいまいちばんに思い出すのは状況劇場における、不破万作・十貫寺梅軒らのコミカルシーンだが、やはり、ふつうに踊ってアピールしているだけでは、もったいない。
 けれども、どの演者たちも、素晴らしい個性を持っていて、もっと磨けば光り出す”原石”だとは思った。

 芝居としては、現代の暗部に照射して、抉ろうとしている心意気が伝わってきたが、全体的に状況を説明する長台詞が多かった。役者同士の交流から炙り出るような本・演出だともっと効果的だと思った。それに暗転の回数と暗転時間が長かった。
 舞台のレイアウトや装置は参考になるところが多かった。
 一緒に観に行った演劇部員も、これからつくっていく芝居の学びができたろうか。




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2018年07月08日

横滑ナナ 舞踏ソロ公演「すなのおんな」

2018.7.8.sun.19:00~ 中野・テルプシコール
舞踏 横滑ナナ 照明 三枝淳 音楽 成田護

 「ふと、中学生の時に読んだ小説がよぎった。/この現実は、砂丘の村の幽閉生活として予言されていたのではないか??」「舞台という砂丘で、決着をつけ続けないと生きる意味はないのです。」――横滑さんの言葉より。

 5〜6月、安部公房の初期の小説「赤い繭」を授業で読んだ。
 「砂の女」は岡田英次と岸田今日子主演の映画を断片的にだが強烈に覚えている。
 一面の砂丘。男がたどりついた泉の底には女が一人で住んでいた。
 深い穴の中に二人だけがずっと居続ける・・・・・・。

 Japan Butoh Network (JBN)の中に、「すなのおんな」を見つけた。チラシの写真にも引きつけられた。舞踏家については何も知らなかった。
 しかし、以上の情報だけで(まるで「羅生門」の下人のようだ、と、いまこじつけてみた)私は、この舞踏公演を観に行こうと決めていた――

 以下、観劇の報告
――音と光と肉体の巨大なバランスボールに覆われた60分の時空間であった。
 テレプシコールは、舞台の三方黒色、床は合板。立方体のような空間であった。
 ギターの弦を弾く音が途切れ、漆黒になった。
 第1部(仮にそう付けておく)
 舞台天井のライトが緩やかにフェードインし、客席後方を照らす。
 じわり、グレーのシルクハット帽をかぶり、黒のコートに黒のズボンの男が現れ、ゆっくり静かに客席の段の中央を下りてくる。客の隙間に足をおいて。
 舞台に下り立つと、かかとだけで上げてすり足で緩く奥の壁に向かう。風の音。
 再び漆黒
 第2部
 同じ男が上手壁際にいる。泉の水の音。
 立ち上がり歩き出すが、普通の動きでない。膝・肘・腰等の関節が自由な(常識的な見方によれば、とても不自由で抑圧された)動きをする(舞踏独特の)。
 再々漆黒
 第3部
 下手床上のライトが下手奥にフェードイン。はじめは暗くてよく見えないが、次第に下着姿の女が蹲っているのがわかってくる。
 女は足で宙(何か)を蹴ったり、挑発的な動きをする。
 悲しみ、喜びの感情を身体全体で顕わにし、銃声を発揮し、何かを喰う。
 激しくかつ計画的に何回も横転したりする。
 音楽はバロック風。
 やがて女は客席を最高段まで上がっていき、下を舐めるように覗く。
 再々再漆黒
 第4部
 大きな赤いリボンを付けたシルクハットをかぶって、上手奥に少女が蹲っている。
 静謐の中に幸福があるような(まるでマーラーの第4シンフォニー?!)。
 彼女は歩んでくる。中央で、まっすぐ立ち上がる。
 挨拶があり、終結したことが明らかになった。

 ラストで、男が再び登場するのかと思って観ていた。それまでにあと1〜2場面はあるのかなと。
 しかし、少女のような女が立ち上がって結ばれてしまった。ちょっと拍子抜けした感もあった。
 はたして、男はどうなったのだろう??
 3部で、女に喰われてしまったのか。
 女に同化してしまって、その形見が大きな帽子なのだろうか。
 砂の穴の何処か見えないところから、女の様子を覗っているのだろうか。

 謎も残った。
 しかし、謎が残るほどに引きつけられた舞台であった。


  

tomtom_poem at 23:02|PermalinkComments(0) mixiチェック 演劇