文化の交流?

正月と言えば毎年フィリピンに渡っていた私。

しかし、今年は日本で親戚回りに忙しく連絡が取れない私に嫁はお冠・・・
日本の正月は・・・と説明するにも理解が無い。
日本の常識、フィリピンの常識とお互いに理解すにも時間が必要かも知れない。

異文化交流とは同じモノサシと共通の辞書が必要と言う事で正に共同作業である。

しかし、我々日本人が国内で得られる情報は少なく全てを得る事は大変に難しい。
此れは、相手にしても同じこと。

このお互いが持ち合わせる異なる常識を理解する事が大切であり、一方的に自己の常識を押し付けるのも問題と言う事だ。

日本のカトリックでは初詣を認めている?しかし、フィリピンではどうだろうか?
偶像崇拝と成るのだろうか?

要するに、宗教色の濃くなるこの時期は特に宗教の壁を感じる訳だ。

日本人は宗教に拠る隔たりを意識することは無いと思うが、相手が抱く宗教的な常識は中々難しいと言え、日本人の宗教意識の低さが問題を招く事も有ると言える。

10数年前に日本のタイヤメーカが作成したタイヤの溝(パターン)が偶然にもアラビア文字で“アラー”と読める事からサウジアラビア等から不買回収運動が有った。

当然、彼らイスラム圏の方々にしてみれば神聖な神を汚す様な大問題であり偶然で有っても許されるべき事では無い。

此れは当然意図した事では無く、タイヤパターンの設計はコンピュータ解析の結果で有ったが認識の無かった事に拠る問題である。

配慮とは、相手の細かな事を理解する必要があり何も知らない事で許される事は無いと考えた方が無難と言える。

この様な事象は特別な事では無く、常識と言う事を蔑ろにすることが外国との付き合いを困難にしていると言える。

しかし、日本メーカのイスラム圏に対する配慮が足りなかったと言えるが果たしてイスラム圏を熟知した担当者にしてもこの問題を見出す事が出来ただろうか?

例えば、30年前にトヨタ自動車がセリカXX(ダブルエックス)を対米輸出の為に車名を変えている。
それは、アメリカに於けるXX(ダブルエックス)の意味をリサーチした結果アダルト映画のランクを示す事が判明しスープラと言う車名に変更している。

車名と言う商品名に対する配慮であり先のタイヤパターンが云々と言う問題に気が付く訳が無い。



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