豚児たちとの日々

豚児1号ケイタ (12歳 1999年11月生)  豚児2号ガク (8歳 2003年10月生)

皇室仕様のあいさつ

皇室仕様のあいさつ


先日、ガクを連れて古本の大型チェーン店に行った。このお店には中古のゲームソフトも置いてあるのでガクはそれが目当てらしい。僕が古本の方をチェックしている間、ずーと一人で古いゲームソフトを念入りに物色していた。
自分の本を買った後、ガクを探しに行くと、プレステの古いゲームの前でしきりに悩んでいた。
プレステ1の車のゲームを買おうとしているらしい。値段を見ると100円である。家にはプレステ3もあって映像きれいなも最新のゲームをたくさん持っているくせに、ガクはこの手の古いゲームがかえって新鮮にうつるのかとても大好きなのだ。

プレステ1(CD)、プレステ2(DVD)プレステ3(ブルーディスク)という時代の流れを逆行する行為だけど、産まれた時からゲームに囲まれて育ったガクには、自分が産まれる前のゲームの方が新しく感じられるのだろう。
ゲームの製作年にやたら拘っていて、これは1992年、これは1995年と何度も繰り返し教えてくれる。

「100円なら今持っている小遣いで買えるだろ」
と言って一人でレジに行かせた。

遠くで見ていると、ゆっくりと財布からお金を出してレジのお姉さんに渡している。それからレシートと商品を手渡されえると、これまたゆっくりとした動作で丁寧にお辞儀をして受け取っていた。

それはまるで幼稚園の時に卒業証書を受け取ったときのような「うやうやしさ」のこもったお辞儀なのだ。
僕とカミサンは、ガクのこの仕草を見るのが好きで、コンビニなどでも、ガクにお金を渡しておやつとか買わせる。すると、ガクはたとえそれがガム一個の支払いでも、お釣とレシートを手渡されると、ゆっくりとバカ丁寧なお辞儀をして受けとてってくるのだ。

小さいときからそれは変わらない。このゆっくりとした動作とお辞儀の様子は、どうも皇室の方々のような振る舞いなのだ。まあ皇室の方々はコンビニや中古ゲームはお買いにならないだろうけど…

なんて育ちの良い「おぼちゃま」なのでしよう!

と世間では思われているかもしれない。

だが、この「おぼっちゃま」は家の中では豹変する。ご機嫌で遊んでいる時に僕が「そろそろ勉強しろ」と言うと、急に怒り出す。

「ナンデぇだよォー!」「うるさいんダよォー!」「ナンデやんなくちゃいけないだー」「ナにイッテんだぉー!」


可愛い顔に似合わない悪態の限りを尽くした後、やっと嫌々宿題に取り掛かるありさまなのだ。さらに気が乗らないときは、宿題をやりながらも上記のチンピラ言葉の悪態を吐いている。

外で見せる「うやうやしい」振る舞いとは雲泥の差である。絵に書いたような内弁慶の様子に笑ってしまう。

チンピラ言葉では中学生の兄を真似ているようなのだが、先日はあまりの怒りのため、そばにあった踏み台の上に乗り、両手拳を振り下ろしながら、「フンがぁーあああー」
と僕に向って怒っていた。
「なんて、分かりやすい怒り方なんだ…」
あまりに可笑しかったので、そばにいた兄とそのマネをして、からかっていた。
「ケイタ、今の見たか、フンがぁーあああー…」

しばらくすると、自分のことなのに、ガクまで笑い出した。


   

もう、中学生

もう、中学生



豚児1号が今年度から中学生になった。先日入学式があり、学生服姿もりりしい中学一年年である。

小学1年生の時に、あんなに大きく見えたランドセルが小さくなってきたなと思っていたら、もう中学生だ。

声変わりもしはじめているようだし、何よりももう、児童ではない。

「学校教育法」
学校教育法における児童とは、小学校の課程、特別支援学校の小学部の課程に在籍して、初等教育を受けている者をいう。おおむね6歳から13歳までである。
また、中学校の課程、高等学校の課程などに在籍して中等教育などを受けている者は、生徒(せいと)と呼ぶ。


そうもう「児」ではないから、学校教育法の範疇では豚児ではない。相変わらず愚かな息子(愚息)ではあるけれど…

これからは、下の子(まだ小学3年生)中心のブログになっていくのかな。と言いつつも、ここのところほとんど更新せずに放ったらかし状態なのだけど…

東京DL、ふたたび

東京DL、ふたたび

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8月14日、お盆休みの真っ只中に東京ディスニーランドに行ってきた。
昨年は5月4日GWの真っ只中に出かけて混雑を極める中を右往左往した教訓をまったく生かそうともせず、この家族は学習能力のない『馬鹿』なのではあるまいかという振る舞いである。
それでも、出かけていく。今回もパレードやショーを見るためではなく、ひたすら乗り物にのっての一日だった。

ガクは相変わらず、ゴーカートを一番気に入っていて、楽しそうに3回も乗っていた。そんな乗り物はどこにでもあるではないか、と前回と同じツッコミを入れてみた。
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ケイタは何故だか彼の仲間内で流行っている「マイケル・ジャクソン」の3D映画(古いよね)を観れてうれしそうだった。

一番面白かったのは、夜になって帰る間際に、ファストパスで取っておいた、ビッグサンダーマウンテンに初めて乗ることになった時のことだ。
昨年、トゥームタウンで乗ったお子チャマ向けのジェットコースターで涙を流したガクには、ビッグサンダーマウンテンがジェットコースターだということは黙って教えないでいたのだ。
汽車みたいな形から彼は「リバーランド鉄道」のようなものだろうと考えていたらしい。
ケイタと僕が前の席、ガクと母親が後ろに乗ったのだが、走り出すいなや、ケイタはうれしそうに喜んでオタケビをあげているのだが、後ろからガクのマジ泣きの悲鳴が聞こえてきた。
後で母親から聞いた話だと、ガクが失神してしまうのではないかと心配したという。

乗り終わって降りてくると、ガクは泣きながら怒っていた。よほど恐かったらしい。
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日本海を見に行く

日本海を見に行く

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夏休みは毎年子どもたちを一回は海に連れて行っている。今年は震災もあり太平洋側に行くのは何だか躊躇してしまう自分がいる。

夏休みに入る前にみんなの希望を聞くと、やはり海に行きたいと言い出した。

ただ今年の夏は僕も休みの都合が上手くつかなくて、ケイタのサッカー合宿や長野の祖母に孫たちの顔を見せに行くこともあり、どうしようかと悩んでいた。

長野に行くついでに日本海側まで足を伸ばせばいいのだ、と気がついた。

関越道を飛ばしていけば新潟の海にたどり着く、そこで子どもたちを海に浸して疲れさせてから、長野へ向えばいい。

ということで、今回は日本海での海水浴になった、
新潟の海は遠浅の海水浴場がほとんどない。いきなり深くなっているようなところが多いのだ。もぐったりして遊ぶにはそんな海の方が楽しいけれど、スイミングでやっとバタ足ぐらいしかできないガクを連れて行くことを考えると、そんな海では危険である。

何とかさがして、遠浅の海水浴場を見つけた。
能生の藤崎海水浴場である。

遊泳可能なブイのところまでいってみても、ガクの胸ぐらいの深さしかないので、安心して浜辺で子どもたちをみていられる。

そこで4時間ぐらい泳いだあと、海水浴を終えてシャワーを浴びているとき、母親が、楽しかった?と聞くと、
ガクはうれしそうにニコニコしながら、

「あー、楽しいプールだった!」

と言っていた。

延々とドライブして連れてきたというのに、プールと勘違いされては困る。

プールみたいに浅いけど、ここはプールではない、海だ!

その後、車で長野の実家に向ったのだが、遊び疲れたガクは車に乗るとすぐに眠ってしまった。。

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東京スカイツリーを見に行く

東京スカイツリーを見に行く
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家の近所のグランドからも天気がいい日は遠くに霞んだスカイツリーの姿が見える。
我が家は東武線沿線にあるので、浅草まで電車で30分ぐらいだ。今話題のスカイツリーは浅草駅のひとつ手前の業平橋(この駅の名称は東京スカイツリー駅になるそうな)
にあるのだが、僕たちはまだ近くでこのスカイツリーを見たことがなかった。

夏休みに入ったある日、

「では、ゆくか」
「ゆく?…どこへ?…」
「くだんの業平橋さ、ゆかぬのか?」
「うむ、ゆく…」
「ゆこう」
「ゆこう」

そうゆうことになった。

(このあたりは夢枕獏『陰陽師』のパクリ、業平橋は平安時代の在原業平由来の場所だし…関係ないか)

電車を降りると埼玉の田舎と違い都会である。
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スカイツリー完成も近いとあって、猿回しなどもやっている。
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マスコットの『ソラカラちゃん』である。
(なんか…違う…)

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あれれ、この色は?

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東京タワーじゃないかッ!


実は浅草近くまで来ると、最近はやりのゲリラ豪雨というヤツでとても駅から外に出られそうもない。どうしようかと、iphoneで雨雲の様子を確認すると、どうも雨が降っているのは浅草あたりだけで都心方面は全く降っていない。
それでは、同じタワーだからいいかと子供たちをなだめて急遽「東京タワー見学」に切り替えたのだった。

東京タワーも子どもたちは初めてだったので、このオノボリサン一行は写真をとりまくりとても喜んでいた。
僕も長年東京近郊に住んでいて、仕事でこの辺りには何度も来た事があるけれど、東京タワーの展望台に上ったのは初めてだった。展望台からはお目当てのスカイツリーも見えたし、それなりに楽しかった。

ケイタはタワーの置物を自分のためのお土産に買っていた。僕も『根性』とかの文字が入った貰っても困るようなキーホルダー(修学旅行の中学生が買いそうな)がないか探していたが、さすがに今時そんなものはなかった。

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今年の大震災時にちょっと曲がってしまった、タワーのてっぺんの避雷針…




   

のび太のおばあちゃん

のび太のおばあちゃん
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夜、ガクと二人で『ドラえもん』を観ていた。その日はお兄ちゃんのサッカークラブの練習に母親が付きそって出かけていたので、ガクと二人で向かいあって晩御飯を食べていた。兄のサッカーが週に何日もあるので、最近はガクと二人で晩御飯というシチュエーションが多い。
僕はビールを飲みながら、オカズをツマミにして、ガクはご飯を食べている。
TVでは、ドラえもんの「のび太のおばあちゃん」の話を放映していた。これは数多いドラえもん作品の中でもなかなかいい話で、のび太がタイムマシンで死んだおばあちゃんに会いに行くという泣かせるお話なのだ。

最近ガクは口数が多くなってきてTVを観ながら、のべつまくなしに喋っていることが多い。そして少しでも気に入らない内容だと、TVに向かって悪態をついている。それもかなり執ように・・・・

「ばっかじゃないのぉー、バカだよねッ、ありえないよねッ、・・・」
辛辣な小学2年生の番組批判、罵詈雑言はとどまることを知らない。

「わかった、ガク、その話はもうおしまいにしよう」
と誰かが提言するまで、文句を言い続けるのだ。
このしつこさは誰に似たのだろう。
お互いに相手を名指しして、カミさんと責任をなすりつけあっているくらいだ。

そんなガクがめずらしくこの時は黙ってドラえもんを観ていた。
おばあちゃんに出合って、ワガママだった幼い頃の自分を反省するのび太くんの様子を熱心にガクは観ていた。
そして番組が終わると、ガクがこう言い出した。

「なんだか、悲しくて涙が出てきちゃう・・・」

なるほど、ガクもこういうお話が理解できるようになったのか、とぼくは思った。
何かに感動して涙を流しているガクの様子をみて、僕のほうが感動してしまった。

子どもは日々成長している。成長していていないのはグータラな大人だけだ。改めてそう思い、日々反省堂の毎日である。



(※注 日々はんせい堂 NHK教育番組「フックブックロー」)





   

   

ガクの描いた絵

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昨年ガクが学校で描いた絵、タイトルは『虫取り』である。
お友達と昆虫採集をしているところなのだとガクが説明してくれた。真ん中の黄色い宇宙生命体のようなものが昆虫らしい。よく見ると頭らしきところに触覚があり、足が6本あるようなので、紛れもなく昆虫類だと分かる。でも、後ろに飛んでいる青いロケットのような物体はいったい何なのだろう。

踊りだしているかのような足取りも何だか楽しそうだし、色使いも斬新である。
何よりも僕がこの絵を気に入っているのは、二人の男の子たちの笑顔だ。うれしそうに笑っている様子が明るい色彩によくあっている。

3月の学年末に、学校から1年生の時に描いた絵や作文を持って帰ってきた。
その少し前にあの大震災があり、不安な悲しいニュースばかりだった時期だったので、この絵の笑顔をみて、すこし明るい気持ちになれた。

今、この絵は居間のTVの上の一番目立つところに貼られている。





    





   

バレンタインなんか嫌いだぁー!

バレンタインなんか嫌いだぁー!



バレンタインなんか嫌いだぁー!と叫びながらかけていく小学生男子・・・・

というようなタイトルを思いついたのだが、我が家の息子たちはあまりバレンタインディには関心がなさそうだ。
ガクはチョコレートは食べられないし、ケイタの方は上記のタイトルと異なり、クラスでももてているらしい。

去年の話、たまたま2月14日が日曜日だったものだから、ケイタのクラスの女の子が午前中にチョコを自宅まで持ってきてくれるということになった。
自宅の場所がわからないので途中で電話をくれるとのこと。

母親がケイタから聞き出した情報はそれだけだったのだが、それを踏まえてケイタを観察していると、なんだか落ち着きがない。こういう時に何か言ってからかうとムキになって怒り出すので、僕は黙ってみていることにした。

しばらくして電話が鳴った。ケイタが受話器をとり打ち合わせをしている。場所がうまく説明できないらしく、外に迎えにいった。

やがて、お目当てのチョコをゲットして帰ってきたのだが、どういうわけか、そんなチョコにはさも関心がなさそうに居間のテーブルの上に置いてまま遊び始めた。
たぶん照れくさいらしい。

どうやらラッピングからみて手作りのチョコレートのようだ。
僕は、からかいたいのをこらえて黙ってみていた。

しばらくすると

「さーて、チョコでも食うかぁー」とワザとらしい独り言を言いながらもぞもぞとチョコを食べ始めた。

「あれっ、なんか入っているぞ!あっ、ビニールだ」

ケイタが口から取り出したのはサランラップの切れ端のようだった。

僕は笑いを堪えきれずに、それは多分チョコを固める時に使った台所のラップだと思うよ、とケイタに説明した。

学校でその女の子に「ビニールが入っていたぞ」とケイタは言いつけたらしい。後日、お詫びと言うことで再びチョコをもらっていた。



子どもの夢をぶち壊す話

子どもの夢をぶち壊す話



我が家ではクリスマスツリーにサンタさんへの手紙が七夕のようにつり下げてある。サンタさんへのプレゼント希望の商品なのだが、今年、ガクは『オフロードのラジコンカーが欲しい」書いている。
小学1年生のガクはまだサンタを信じているようで、窓の方に向けて手紙を飾らないとサンタさんにはわからないよ、と教えると、あわててツリーの窓側に手紙を付け替えていた。

そんな可愛らしい弟に対して、兄の方の手紙には、欲深くたくさんのゲーム機やらゲームソフトを並べて書いてある。まるで注文書のようだ。さらに最後に『もしこれがダメだったら一万円』と念をおしている。

そんな不心得者にはサンタクロースは絶対にこないと思うが、そもそもケイタはもうサンタクロースを信じていない。

先日の夕食時にケイタがガクに向かってこんなことを言い始めた。

「子どもの夢をぶち壊すようで、悪いんだけど・・・」

(お前だってまだ子どもである)

「子どもの夢をぶち壊すようだけど、サンタクロースは、いない・・・から・・・」

そう得意気に、ガクに向かっていうのだ。

その時はガクの手前、「お父さんはいると思うよ」と誤魔化しておいたが、後で二人だけの時にケイタに別の話をした。以前このブログにも書いた数年前の新聞投書の話だ。



数年前の新聞の投書欄に載っていた父親と小学生くらいの子どもの会話

「お父さん、サンタさんって本当にいるの?」
「ああ、いるよ」
「だって、プレゼントはお父さんが買ってきてくれるんでしょう」
「ああ、そうだよ」

そのあとのお父さんの説明がよかった。

「サンタさんは世界中の子供たちにプレゼントをあげたいって思っているんだ。
だけど、サンタさん一人ではとても世界中の子どもたちにプレゼントをあげることができない。
だからサンタさんは、世界中のお父さんやお母さんに、子どもたちにプレゼントをあげたくなるように魔法をかけるんだ。
だって、不思議だろ、クリスマスになるとみんなが子どもたちにプレゼントをあげたくなるなんて…
これはきっとサンタさんの魔法なんだよ」

(2005年12月13日 『ママがサンタにキスをした』より)
 
という深イイ話をしてやったのだが、言い方がまずかったのか、ケイタの感性が鈍いのか、キョトンとした顔をして、「へんな話!」と言っていた。

「変な話かぁー、そうだよなー、だけど、ケイタ、自分で言うのも何だけど強靭な精神力をもつお父さんは、残念だけどこのサンタの魔法にはかからないから、子どもの夢をぶち壊すようだけど、ケイタには今年のクリスマスのプレゼントは、無しッ、以上!」

そういってこの話を切り上げた。

手のひらにマジックでメモ書きする子ども

(ケイタ)
手のひらにマジックでメモ書きする子ども


ケイタは時々、手のひらにマジックで何かを書いて学校から帰ってくる。忘れ物をしないために小学生男子がよくやっている手のひらメモだ。

忘れ物をしないための連絡帳をケイタもガクも一冊ずつ持っている。毎日明日必要な学習道具や父兄への連絡など書き込む専用のノートなのだが、ケイタはそんなノートよりも手のひらの方が安心できるようだ。

先日も手のひらを真っ黒にしているので、のぞいてみると、やはり明日もっていかなければならないものを書き込んでいた。

「連絡帳があるだろ?」

と尋ねてみるとケイタは、

「その連絡帳を見ることを忘れないように、ここに書いているんだ」

と答えた。なるほど、どんなに明確にメモ書きしても、それを見るのを忘れては意味がない。

TVゲームやネット動画など、僕の子ども時代にはなかったものがあふれていて、それを当然のように今の子どもたちは使いこなして遊んでいる。

だけど、昔とちっとも変わっていない、小学生男子のバカさ加減を目の当たりにすると何だか嬉しくなってしまった。


歯が抜けた

ガクの前歯が抜けた。となりの歯もぐらぐらしている。
記念に一枚。

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歯抜けジジイ と言ってからかっていると、本気で怒りだした。



   

うんとこしょ、どっこいしょ

(ガク)
うんとこしょ、どっこいしょ



おおきなかぶ

とうとう、おおきな蕪はぬけました。


国語の教科書にてている「おおきなかぶ」をガクのクラスで寸劇にしてみんなで演じた。ということをガクが報告してくれた。

「ぼくは、ねこ をやったんだ」

寸劇といっても、そこは小学1年生のことだから、台詞は、上記の「うんとこしょ、どっこいしょ」だけである。だぶん。

しばらくしてガクが学校から持ち帰った国語のペーパーテストにこんな問題が載っていた。

●問題
「大きなかぶ」に でて くる だれかに なにか いってあげましょう。


『誰にいいますか』 のガクの答えは自分で演じた[ねこ]だった。
その後の『何と言ってあげますか』 という問いに対するガクの答えがよかった。

「ほんとに かぶ が ぬけて よかったニャー」 

ネコ語である。

ガクの性格からして、ふざけているのではなくて、大まじめに考えた末、こう答えたのだと思うが、先生から朱筆を入れられていた。



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おおきなかぶ―ロシア民話(こどものとも絵本)おおきなかぶ―ロシア民話(こどものとも絵本)
著者:A.トルストイ
福音館書店(1966-06-20)
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十人十色(じゅうにんといろ)

【十人十色】 じゅうにん‐といろ

〔名〕 好みや考えなどは、人によってそれぞれみな異なるということ。十人いれば十種の個性があることから、考え方や好みなどが各人それぞれに違っていること。
(日本国語大辞典より)


先日ケイタがこの『十人十色』を『十人トイレ』といい間違えていた。

おしいっ!一番最後の音が『ロ』と『レ』の違いだけなのだけど、パンツを脱いで大の方をしにトイレに入りながら、

「十人トイレって言葉があるよなー」と威張って言っていた。

???・・・なぜ威張りながら言う?・・・意味がわからない。


いつも長便を叱られているから、こんなことを言い出したのだろうか、ケイタの場合は長いといっても、とっくに用は済ませているのにトイレの中で漫画本を読んで遊んでいるのだ。


【十人トイレ】 じゅうにん‐といれ

〔名〕 ウンコやオシッコなどは、人によってそれぞれみな異なるということ。十人いれば十種の個性があることから、長便、早便等、排泄の仕方やその時間などが各人それぞれに違っていること。


ということか?


  

ゲームセンターにて

(ガク)
ゲームセンターにて



「ゲームセンターに行きたいんだ」

とガクが急に言い出した。

ウィークデイの夕方のことだ。我が家では子どもを連れてゲームセンターに行くのは2ヶ月に一回あるかどうかで、ほとんど行ったりはしない。何故ガクが急にそんな事を言い出したのか不思議だった。

「車のアクセルに足がとどくが、やってみたい」とガクは言うのだ。


たまに行くゲームセンターではガクたちは車のゲームをやりたがる。家のコントローラではなくて、シートに座ってハンドルを操作するのが楽しいらしい。

でも、まだ背の低いガクはシートをめいっぱい前方にずらしてもアクセルペダルに足が届かない。だから僕が横から(自慢の長い)足を伸ばしてアクセルを踏んでやって、ハンドルだけをガクが操作するような分業運転をしているのだ。もっと小さい頃は僕の膝の上に乗せて、ハンドルも僕が動かしてあげていた。

ケイタも小さい頃はそうやってゲーセンで遊んでいたのだが、最近では余裕でアクセルペダルに足が届くので一人で運転している。
なんでもお兄ちゃんの真似をしたがるガクも自分でアクセルを操作してみたいと考えたらしい。

「じゃあ、今度の日曜日、お兄ちゃんはサッカーで1日中いないからその時に行ってみようか」とガクと約束した。

日曜日に2人ででかけたゲームセンターで、

「今日は3回だけだよ」3百円を渡してそういうと、ガクは一目散にお目当てのゲーム機に走っていった。

ゲーム機のシートを一番前にスライドさせて前かがみに座ると、ぎりぎりアクセルペダルまでガクの足が届いた。

とどくよ、とどくよ、興奮した声で僕に向かって嬉しそうな顔を見せた。

「一人でやってみる」

起用にアクセルを操作している(とは言ってもほとんどベタ踏みだけど)ガクをみていると、こんな所でも子どもの成長を感じられるんだなと不思議な気がした。

少しずつだけど、親の手を借りずにガクが一人で出来ることが増えていく。それは子どもにとってだけでなく、親の僕たちにとっても嬉しいことにはちがいないし、またそうやって一人で何でもできるようになってもらわないと困るのだが…。

子どもたちは決して自分の過去を振り返ったりはしない。昔から一人で何でも出来ていたような気持ちで前しか見ていないのに対して、親の僕たちには、子どもたちがもっと小さかった頃の残像を引きずっている。
この手の中につつまれて、何も一人では出来ずにほとんど僕たちと一体になっていた幼い姿が、その幸せだった一体感と共にいつも心のどこかに残っているのだ。

近所の児童公園でヨチヨチ歩きの子どもを見かけると、ちょっと前まではガクもケイタもこんな感じだったなぁーと思ってしまう。
たぶんそんな気持ちはこの先もずっと続いていくのだろう。

「どっりゃぁあーーー」

ゲーム機の画面に向かって絶叫しながらドリフトをしているガクを後ろから見ながら、そんな事を考えていた。


  

次は株と為替の値動きです

次は株と為替の値動きです


TVのニュース番組の終わりあたりに、その日の日経平均や外国為替の値動きののアナウンスがあると、ケイタとガクが顔を見合わせて、クスクス笑っている。

「次は株と為替の値動きです」というところで必ずニコニコするのだ。

ここは笑うところではないだろう。まさか、こいつら親に隠れて投機でもやっているのか、と思いきや、どうも「株と為替」というものをまるっきり勘違いしているようなのだ。

なんで可笑しいのか聞いてみると、カブとカワセを食べ物のことだと思っていたらしい。

小学1年生のガクは国語の授業で「おおきな蕪」をちょうど習っていて、毎日の音読の宿題で

「うんとこしょ、どっこいしょ、とうとう大きなカブは抜けました」

と大きな声で教科書を読んでいる。

どうやらNHKのアナウンサーもこのカブのことを言っているらしい、だからカワセというのも何だかよくわからないけれど食べ物のことだろう、と考えていたという。

そんな食べ物の値段を毎日ニュースでやっているのが可笑しいと笑っていたのだ。

確かに農作物の値段の動きもニュースバリューはあるだろうが、そこまで緻密にニュースソースになるとは思えない。

この株と為替の値動きに血眼になって一喜一憂している人たちもたくさんいるだろうに、勘違いとはいえ、まさか小学生に笑われているとは彼らも思ってもみないことだろう。

ガクはともかく小学5年生の兄まで、このカブで笑っているのだから、困ったものだ。うんと噛み砕いて株式投資と外国為替について説明しておいたが、たぶん彼は理解していない。




   
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読んでくれてどうもありがとう
豚児1号と2号

豚児1号
サッカーとサルゲッチュのピポサルをこよなく愛す小学生、豚児兄。
豚児2号
最近生意気な言葉を使うようになった7歳児、豚児兄とよくケンカしている。


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大きくなったら、小さな男の子になりたい。
(ジョセフ・へラー)


わたしたちが子どもの成長を助けるように、彼らはわたしたちがより分別のある人間になるのを助けてくれる。
わたしたちが人生のルールを教えるように、わたしたちに人生のより深い意味を示してくれる…。

ジョー・キタ 
『The Father's Guide to the Meaning of Life』より


PROFILE

ころすけポー
このブログを書いている豚児たちの父親

ころすけポーの書いているこの他のブログ
黒猫ポーの思い出
コロとの日々
お楽しみはこれからだッ!
ころすけポーのクッキング・ノート
幼稚園児が撮ったデジカメ写真
ころすけポーの読書日記
僕はこんな本を買ってきた
豚児たちとの日々(ミラーサイト)





あなたの子どもは、あなたの子どもではない。
彼らは、人生への憧れの息子であり娘だ。
あなたから生まれたのではなく、あなたもとへと、やってきただけ。
あなたのものではなく、あなたとともにいるだけ。

あたえるなら、考えではなく、愛だけにしなさい。
彼らには彼らの考えがあるのだから…
あなたの家にあるのは彼らの体だけ、彼らの魂の住処は明日の家。
夢のなかでさえ、あなたにはいけない家。

彼らをあなたのようにしてはいけない。
むしろ、あなたがかれらのようになりなさい
(カーリル・ジブラン)

    
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