2017年08月27日

「toragorou88の生活」総集編(静岡5・山梨1)

総集編の続きです。 詳しい記事はリンクサイトをクリックしてご覧下さい。 諸事情により売りを検討していたトラ五郎小屋のある土地をイトーピア湖畔別荘地と関係深い(株)白橋工務店さんに売却依頼しました。


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2011 9/30〜10/01に実施したバスツアー旅行の記録です。 集合が9:00 でいつもよりゆっくり家を出ることができました。厚木ICから東名高速に入り、バスはすいすい走り快適でしたが沼津ICで一般道に入った途端、沼津市内は混雑していました。 11:02 曇天の沼津魚市場駐車場に到着、50分自由見学をしました。前に来た時と比較すると、魚市場と周辺は整備された感があります。市場隣接のレストランで食事をし、市場と土産物店を見て回りました。大漁祭りの看板やマグロのカマを焼いたものが目に留まりました。 12:50 沼津市内にある「伊豆のわさび屋」に立ち寄り、わさびを使った各種食品を試食しました。 16時前にホテルに到着、4階のベッドルーム付き洋和室に案内され、縄文の御神湯と名売った掛け流しの温泉で汗を流しました。 ホームページで見た水着ゾーンの富士見遊湯は入口まで行ってみましたが、この時は人のいる気配がありませんでした。 17:45 レストラン・アマリリスで夕食をいただきました。食事はバイキング形式で、源泉利用のミネラルたっぷりという料理と赤白1種類の飲み放題というオリジナルワインをゆっくりと味わいました。 朝食は昨夜と同じレストランでいただきました。ご飯はおかゆをいただき、大根おろし・なめこ・ワサビ漬けが大変美味しく感じられ、こちらはお代わりをしました。レストラン壁際には全長3.4m、重量184.3kgという志太勤一氏が釣り上げたクロカワカジキの剥製が展示されていました。 朝食後ホテルの周りを散策しました。噴水のある池(もしかしたら足湯だったかも)、赤い柱のベルの塔野球場・サッカー場… の屋外スポーツ施設が見えました。このホテルを出発する時間は14:20 でそれまで自由時間ということです。チェックアウト後荷物を指定の部屋に移し、ぐらっぱの丘にある「伊豆ワイナリー・シャトーTS」まで散策することにしました。ホテルからは12支の御座所を配した散策コースがあり御座所や彼岸花、ススキ… の草花を写真に撮りながら歩きました。
丘の上に近づくと日本の気候に合った性質をもつヤマブドウとヨーロッパ系品種を交配して作ったというブドウの畑があり大きな鐘の塔を有する「シャトーTS」が現れました。ここまでは無料のシャトルバスが運行されていて停留場前にも石のアーチに金色のベルが設置されていました。「シャトーTS」の鐘まではエレベーターと途中から階段で登れました。「志の鐘」と銘々されたこの鐘はオランダのメーカー製で直径1.2m、重さ1060kgあり、遠くまで響く工夫がされているそうです。塔からは眼下に広がるブドウ畑や伊豆の山々が眺められ展示場には金・銀・銅を受賞したワインが展示されていました。「シャトーTS」見学後はシャトルバスでホテルにもどりここで昼食、出発時間まで時間があったため入浴しました。全員集合が早かった為予定よりも早くホテルを出発今度はツアー客として「シャトーTS」の工場見学をし各種ワインの試飲と土産物コーナーでの買物をしました。 15:15 修善寺温泉駐車場に到着、徒歩で狩野川支流の桂川に架かるみゆき橋を渡りお土産店の並ぶ路地を抜けて修禅寺に到着しました。修禅寺は正式には「福地山修禅萬安禅寺」と呼ばれ807年、弘法大師に依って開創され真言宗として栄えましたが 鎌倉時代になり中国から蘭渓道隆禅師が入山して臨済宗に改宗しさらに室町時代(1489年)に韮山城主北条早雲が隆渓繁紹禅師を住職として遠州の石雲院から招き曹洞宗に改宗して今日に至っています修禅寺宝物館(瑞宝蔵)には源頼家の馬具、岡本綺堂の「修禅寺物語」の原作となった古面、川端龍子の天井画玉取龍… が収蔵されているそうですが今回は時間制限があり、拝見しませんでした。手水舎にある心と体を浄めるお手水は、龍の口から出ていて、温泉地だけあって熱いお湯でした。寺院の一角には多数の石像が目につきました。また鐘楼の近くには太い竹が植えられている所がありました。修禅寺すぐ近くに伊豆最古ともいわれる独鈷の湯がありました。桂川の清流の中に湧くこの温泉は今ではがコンクリートで固められ、近くに足湯も設置されています。807年に弘法大師がこの地を訪れた時桂川で病みつかれた父の体を洗う少年を見つけました。その孝心に心を打たれた弘法大師は「川の水では冷たかろう」と手にした独鈷杵(仏具)で川中の岩を打ち、そこから霊泉を湧出させたといいます。そして、大師が父子に温泉療法を教えたところ不思議なことに父の十数年の固疾はたちまち平癒その後この地には温泉療法が広まったと伝えられています。修善寺温泉を後にして16:50沼津ぐるめ街道の駅に立ち寄り海産物を購入、帰りはスムーズに走り、予定より早く帰れました。


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2011 9/9~10 息子と娘家族が一緒に河口湖に近いプチホテル「MAY QUEEN」(メイクイーン)に宿泊し付近を散策した記録です。 14:38 私とサクラさんは息子の車に乗り込み出発東名高速道を利用し御殿場経由でカーナビを頼りに17:14 プチホテルに到着、少し後に娘家族の車も着きました。 私達が案内された部屋は2階にある大きな窓から左方向に河口湖、正面に雄大な富士山を一望に見渡せる10畳+10畳に縁側が付いた広い部屋でした。入浴後18:30よりガラス越しに美しい富士山を眺められるサンデッキ風ダイニングで夕食を美味しくいただきました。 ダイニングの一角には大きな熊のプーさんのぬいぐるみが演奏する(?)自動ピアノがあり、BGMとして流され、ゆったりとした気分になれました。隣接するキッズルームにはモニターTVが設置され、早めに食事が終わって遊ぶ孫達の様子を見ながら、私達はゆっくり食事を楽しむことができました。部屋には熱帯魚の水槽や、インテリアが置かれていました。夕食後は週末で疲れが溜まっていた若者たちは全員の布団を敷き、早めの就寝となりました。カーテンを開けると窓からは富士山の途中にある山小屋の灯や夜間登山をする人々の行列の灯が見えました。 翌朝は日の出を見るため早く起き、窓越しに明け行く富士山を眺めました。左上から4:53、5:01、5:15、そして右側は5:33 の画像です。そのうちに孫達が起きて活発に動き出したため、6:20 他の客に迷惑を掛けてはと外に出ることにしました。車で河口湖近くで富士山の景観が良い所を探しました。6:50 河口湖北岸の大石公園内にある河口湖自然生活館前に到着、この館はラベンダー畑に取り囲まれていました。前面に富士山が広がり、湖では釣り人が糸を垂れていました。水鳥が群れ、木製の湖畔遊歩道脇にはいろいろな花が咲いていました。近くにいた釣人が大きなブラックバスを釣り上げていました。 7:05 ホテルに戻ると敷地内にある各種の施設で孫達と遊びました。孫達はブランコやターザンロープを親の監視の下、楽しみました。これらの施設や燻製装置、ウサギ小屋、どれも手作りのようでした。朝食後、孫達はキッズルームで他の子とも一緒に遊びました。一緒に遊んだ子は余程楽しかったとみえ、私達が出立する時見送りに来て孫達との別れを惜しんでいました。  9:46 チェックアウトし河口湖大橋を渡って忍野八海に行き、10:36 八海水の駅という看板のある近くの駐車場に到着しました。忍野八海は八つの湧水池(「出口池」「御釜池」「底抜池」「銚子池」「湧池」「濁池」「鏡池」「菖蒲池」)から成り立っています。富士山の伏流水の湧出口の池である忍野八海から出る水は富士山に降り積もる雪解け水が地下の不透水槽という溶岩の間で約80年の歳月をかけてろ過された澄みきった水です。昭和60年には全国名水百選に選定されています。新富岳百景選定地でもあり、国の天然記念物にも指定されています。しかし近年、池本水車小屋や売店が立ち並ぶ中池をはじめ周辺には多数の人工池が作られたそうです。ここから湧き出た水はやがて桂川となり、相模湖・津久井湖を経ていくつかの支流を集めて相模川となり、太平洋に注ぎます。富士山の形をした湧水噴出口でペットポトルに水を入れ中池にある島の龍口から出る水で手を洗い、土産店を見学しました。11:22 忍野八海を出て途中足柄古道万葉うどん店に立ち寄り名物うどんを食べた後、娘家族とはここで別れ、帰途につきました。



ブログの廃止とトラ五郎小屋の売却について。

現在投稿している「toragorou88の生活」は私をとりまく諸般の事情により、現在投稿中の総集編終了をもちまして、幕を閉じたいと思います。 そしてテレビドラマ「北の国から」に登場する五郎さんの石小屋に魅了され、情熱を傾けて建設した、トラ五郎小屋のある伊豆の土地も手放すことを決意しこの度(株)白橋工務店さんのHPに売却記事をUPしました。  その他詳細は「toragorou88の生活」をご覧下さい。


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toragorou88 at 23:45|PermalinkComments(0)総集編