2007年09月

2007年09月29日

「モレラ」

 女房、子供の付き合いでモレラ岐阜へ行った。
買い物があまり好きでない俺としては、ついて行っただけであったが、行って驚いた。
今の日本は物が溢れきっているのに、更にモノを買わせようと言うこのスケール。
さし当ってほしいものはないのに、衝動的に買ってしまう。
これでは既存のデパートも苦戦をする筈だ。
館内は冷房が効いていて快適である。
近所のお年寄りが、散歩と言うか、運動に来るとも聞く。
休む所もある、食べ物もある、若い娘も居る。
平日は混まないから絶好の雨天体操場である。
“モレラ”はモール(MALL:ショッピングセンター)とエラ(era:時代)の合成語とか。
今年のGWにオープンしたが一日70,000人が押し寄せたらしい。
800t/dayの糞尿処理がパンク状態であったと聞く。
モレラのキャッチフレーズが“おさまりきらない日本最大級モール”とは皮肉であった。
やはり日本人は熱し易いのかなー・・・・。
                          流行に負けそうな 寅次郎
モレラ1モレラ2

torajiro0421 at 08:08|Permalink 独り言 

2007年09月27日

「小さな集団」

 我が家のむかえに、クルミの木がある。
一昨年、毛虫の集団に襲われて、葉を全部食べられて全滅した。
背丈5m程の大きさの木の葉を食べ尽くすのに、4日とかからなかった。
クルミを丸裸にしたら、我が家のドウダンに矛先を向けてきた。
慌てて消毒薬を散布したが、たやすくは死なない。
止む無く、ピンセットで一匹ずつの捕獲作戦。
この毛虫に懲りて、それからは注意深く観察している。
一年おきなのか、今年もクルミが裸にされだした。
今年のスピードはやや鈍い。
10日でこの比較写真である。
このまま、早く涼しくなれば、ドウダンまでは来ないだろう。
小さな連中だが、集ると怖い。
福田総裁も一夜にして誕生したが、難問山積を食べ尽くせるか?
全派閥に押され、その上にあぐらをかいて・・・・・。
                    キリギリスとならない事を祈る 寅次郎
クルミの木1クルミの木2

torajiro0421 at 07:59|Permalink 自然 

2007年09月25日

「桂春団治」

 夜の通天閣を始めて見た。
浪花の空を見て、好きな演歌を思い出した。
浪曲師・京山幸枝若が歌う「桂・春団治」。
その中に、好きな歌詞がある。
現在の桂春団治は三代目だが、総ての話題は初代・春団治である。
破天荒な生き方で、借金・女遊び・酒乱が高じた振る舞いは、時には“芸の肥やし”と、
うそぶき常に話題となり、今日に様々な形で語り継がれている。
彼の生き様は、後に横山やすし、藤山寛美等に大きな影響を与えている。
派手な生活の裏で、社会に、世間に、人に反抗し、時として孤独になり、ふと仰いだ夜空・・・・
「すねて狭めた浪花の空に、何でまあるい月が出る」
意味深であり、春団治の心が浸みる。
寅次郎も商売人ではないせいか、人の批判はする、人の好き嫌いは激しい、
社会にも反抗する、お世辞は言えない、イヤなら辞める。
自説を曲げてまで、人と付き合いたくはない。
愚かなる頑固者らしい。
すねて狭める郡上の空に・・・となってしまう。
「もう少し大人になったら」と常々、カカに言われる。
                        中秋の月に物思いする 寅次郎
丸い月月見










浪花しぐれ「桂春団治」の歌詞はここをクリックしてください

torajiro0421 at 09:26|Permalink 独り言 

2007年09月23日

「変装踊り」

変装3人が化けることの楽しさを見て味わった。
恒例の白鳥変装踊りに、孫が出ると言うので、デジカメ持参で陣取った。
小生も若かりし頃は、出る方で楽しんだ。
昔は出演者の9割方が地元であった。
今は9割方がよその人である。
遠くは千葉県、静岡県というアナウンスも聞かれた。
良いことだとは思う反面、地元の知り合いが出ないのも淋しい。
孫達は、仮装行列か、ちびっ子ファッションショー的で、踊らない。
衣装を凝るのは親の楽しみであり、夢があって良いと思う。
この衣装で、ちびっ子達だけで“源助さん”を踊れば、120点満点だと思う。
大人の方は、時代を反映した出し物が楽しかった。
“千のかぜになって!”は平均年齢75才。
冥土から戻って、舞台の上をユーモラスに吹き廻っていた。
植木等、石原裕次郎、松田優作も帰ってきていた。
来年開かれるスノーボードワールドカップ・キャラクター“ラデー君”も仲間と踊った。
舞台でジャンプを見せたのには驚いた。
ダイエット体操“ビリーブートキャンプ”の肉体美!
定番の“七福神”“郡上一揆”も健在。
とにかく女性が多かった、オカマを含めて。
                         来年は何か考えるか 寅次郎
変装2変装1
他の写真はここをクリックしてください

torajiro0421 at 14:29|Permalink イベント 

2007年09月21日

「二尺玉」

 稲穂の実る田中に“奉納・県下一!二尺玉打ち上げ”の看板が出現。
人目を引いている。
白鳥町二日町日吉神社祭礼の夜、打ち上げられる。
二尺玉(60cm)は500mの高さに打ち上げられ、480m程、開くそうです。
Netで調べたら、1個=¥600,000。
約10秒程、燃えている、とありました。
1秒60,000円か・・・・。
何処で作って、どうやって運んで、その保管は?打ち上げ方は?
いろいろ考えると、夜、寝らんなくなっちゃう?
近くの神社はテント張のステージも出来上がり、お祭り準備はOK!
芝居を見ながら、お捻りの飛び交う雰囲気はいい!
ステージがはねてから、花火は始まるらしい。
晴れを念じる。
                           お祭り大好き男 寅次郎
二尺玉2二尺玉1

torajiro0421 at 08:08|Permalink イベント 

2007年09月19日

「ラブレター」

お月様敬老の日に、外孫・大河(4)から始めてのラブレターが届いた。
文字はまだ書けないから、絵である。
本人も始めて描いたらしい。
題は「お月さま」
真ん中に何か黒いものが描いてあるが、これは団子だと言う。
お月様の外にも黒いモノが描かれているが、これは失敗だと言う。
真ん中のモノとほとんど変わらないが、本人は違うと言う。
先生の書いてくれた封筒の表書きは、自分の指でなぞりながら正確に読み上げた。
文字を特に教えた訳ではないが、絵本を読むときに、母親が指でなぞりながら、読んでやり、覚えたらしい。
4歳になったばかりで、ひらがなを8割方理解すると言う。
                          俺の血だと威張る 寅次郎
手紙0709封筒

torajiro0421 at 08:13|Permalink  

2007年09月17日

「三渓園」

三渓園横浜市本牧にある国指定の名勝である。
造ったのは原 富太郎(号:三渓)。
岐阜県柳津町の出身で、横浜の原商店に養子に入り、生糸貿易で財を成す。
広大な敷地に、京都、和歌山、鎌倉あたりから歴史的に価値のある建築物を移築し、大きな庭園を作り上げる。
そこに自分も住み、明治の終わり頃、三渓園として、一般に公開した。
岐阜の出身と言う事と、中に白川村から移築された矢箆原邸があることから、見学に入ったが“素晴らしい!”の一語である。
350〜400年前の木造建築で、紀州徳川の初代頼宣の別邸、狩野派の襖絵、織田有楽斉の茶室、豊臣秀吉が建てたモノ、徳川家光が建てて春日局が使った云々の建物が、ここに移築され、今に息づいている。
驚きである。
白川村からの合掌造りも一見の価値がある。
我々が白川村で見る物は、そこに生活する為に、かなり改修されているが、ここの矢箆原邸は、昔のままに残されているのがいい。
見学の為の電灯がついていたのが唯一の今様で、他は全く、当時のままである。
大都会の中に、素晴らしい歴史を見た。
その後、鶴岡八幡宮、鎌倉大仏、江ノ島とお決まりの観光コース。
ここらは、大半の人が何回も来ている所。
観光ルートに乗せられ、食事をするだけの所で、無策な時間の浪費だ。
折角の旅行である、自分達で調査・立案すべきだと反省。
                           業者任せを嫌う 寅次郎
三渓園橋矢箆原邸

torajiro0421 at 10:34|Permalink  

2007年09月15日

「山下公園」

氷川丸横浜・山下公園を眼下に見るホテルで台風9号をやり過ごした。
昨晩は、藤井先生国政復帰のお祝いを盛大に挙行したが、二次会は台風に阻まれ、ホテルで良い子していた。
ミナト横浜に浮かぶ、氷川丸のイルミネーションが、強風に揺れるのも良い風情であった。
台風一過、山下公園を40数年ぶりに散策した。
当時は何もない、木と芝とベンチだけの公園だったと記憶しているが、今はいろいろとある、屈指のデートスポットとか。
二人用のベンチが海に向かって、ズラーッとある。
戦前は太平洋航路の花形、戦後は復員船等で活躍した豪華客船氷川丸。
野口雨情の童謡、横浜の波止場から船に乗って行ってしまった“赤い靴の女の子”は山下公園で座って、海を眺めている。
モアイ像のようなのがあったので近寄ったら“西洋理髪発祥の地”とあり、ちょん髷を切り下ろした、ザンギリ頭の顔像であった。
“ザンギリ頭を叩いてみれば 文明開化の音がする”
100数十年前の事だ。明治は遠くなりにけりか。
近くにある、マリンタワー、港が見える丘公園、赤レンガ倉庫等々も廻りたかったが時間切れ。
                           無計画を悔やむ 寅次郎
赤い靴ザンギリ

torajiro0421 at 08:21|Permalink  

2007年09月13日

「安倍辞任」

 昭和の無責任男“植木 等”が 「こりゃ参った!俺以上だ!」と彼岸で呟いているだろう。
何とも情けない。側近は居ないのか?裸の王様だったのか?
夕方、外孫・大河(4)が、「僕、コオロギ捕まえたよ」見せに来た。
そして「今日ねぇ、安倍総理が辞めたんだよ」と言うのには驚いた。
TVに総理が映ると「アッ、安倍総理だ」と言って見ている。
4歳にして、安倍フアンの一人なのだ。
「どうして辞めたの?」と聞いてくる。
ジージは説明が出来ない、ウソはつけないから。
孫:「何か悪い事したの?」  ジージ: 「・・・・・・・」
孫:「叱られたの?」      ジージ: 「・・・・・・」
孫:「喧嘩したの?」      ジージ: 「・・・・・・・」
孫:「いじめられたの?」    ジージ: 「・・・・・・・・・」
孫:「ねぇ、どうしたの?」   ジージ: 「病気に・・・・」が精一杯だった。
自殺行為だと論評した人もいた。
安倍総理のポスターを見て、風貌が何となく自決した“三島由紀夫”に似ていると常々思っていた。
しかし、その“男の美学”は、三島には遠く及ばないが・・・・。
職を賭して、死を賭して・・・・。
言葉だけが空虚に響く。
                          孫に答弁できない 寅次郎
安倍三島由紀夫

torajiro0421 at 13:37|Permalink 政治 

2007年09月11日

「台風と上京」

ゼロ戦 台風9号を引き連れる格好で藤井先生を東京に訪問した。
国政復帰のお祝いと、陳情を兼ねてバス1台で駆けつけた。
台風接近で、外出を控えているのか、都心の首都高速がすいていて予定より早く着いた。
靖国神社を参拝する。
遊就館を一度じっくり見たいと思っているが、今回も時間がなく、1回ロビーに展示してある、ゼロ戦を見るにとどまった。
“新渡戸稲造の武士道”を以前に読んだがなかなか難解だ。
その武士道を漫画で解かり易くした本があり、買い求めた。
戦争を美化してはいけないが、自分の目で真実を見極める事は必要だ。
議員会館に入り、早速3件の陳情を行い、先生のお話を伺った。
自民党の“治山治水海岸対策特別委員長”になり、「山を守る公約を果たします」と。
又、今臨時国会中に永年勤続25年の表彰も受けられる由。
麻生幹事長、与謝野官房長官とは親交が深いと言われ、この次が楽しみだ。
風雨強まる横浜中華街で、嵐を呼ぶ男・藤井孝男、復活!祝賀会。
                         生き返った姿を見た 寅次郎
陳情祝い

torajiro0421 at 08:58|Permalink 政治 

2007年09月09日

「すみ子さん」

 安房峠を越えて松本に向かう道中に、一軒の酒屋がある。
毎年、シニアソフトボール石和全国大会に出場の為に通る道で、車中の飲み物がなくなり、毎年、この酒屋で補給をするのが慣わしになっている。
慣わしになったのは、ここに信州美人が居るからに他ならない。
この美人が、ニコニコと愛想良く酒を売ってくれると、その年は試合に勝てるというジンクスにまでなってしまった。
酒を買った人は、記念にツーショットサービスである。
石和へは、9年連続の参加である。
撮った写真を送るので、住所と名前を教えてほしいと頼んだら、教えてくれた。
名前を聞いて、「ウッソー!」と、凍り付いてしまった。
「すみ子」ですと言って、俺をジーと見つめるではないか!
我が女房と全く同じ名だ、美人で、賢そうな所までもが・・・・・・。
聞かなければよかったか?
複雑な心境でバスに乗り、買った酒を飲んだが、いっこうに酔わなかった。
そして、試合結果は、最悪の3連敗・・・・・たたりか?
                          「すみ子」に弱い 寅次郎
すみ子3すみ子1

torajiro0421 at 07:45|Permalink 人物 

2007年09月07日

「明元素言葉」

 明るい言葉、元気な言葉、素直な言葉、素敵な言葉だそうです。
数年前にある友人から、写真の明元素・暗病反言葉をもらい、我が家のトイレに腰掛けると、真正面に見えるように張ってある。
これを読みながら、少し力めば、気持ちよく出て、その後爽やかである。
過日、大阪へワールドカップのキャンペーンに行った時、元気の良い、かなりカラフルな服装の中年女性が、笑顔で我々のテントを訪れ、自筆の色紙をくれて「とにかく前向きに、明るく、元気に、カンバレ!ガンバレ!ガンバレ!」と気合を入れて、悠然と立ち去った。
その元気さに圧倒され、カメラを向けるのを、すっかり忘れてしまっていた。
その色紙の中に、明元素言葉があり、我が家のトイレに結びついた。
もう一度会って、話がしてみたいと後悔しきり。
                     一期一会の気持ちが足りない 寅次郎
明元素1明元素3

torajiro0421 at 22:36|Permalink イベント 

2007年09月05日

「風林火山・博」

 山本勘助に逢いに行って来た。
シニアソフトボール石和全国大会に参加し、甲府市内で催している“風林火山博”を視て来た。
規模は小さなものであるが、甲斐武田の総てが網羅されている。
思い起こせば、伊勢湾台風の翌年(S35年)、氾濫した釜無川の災害復旧に従事したのが、甲斐の国に縁を持った始りである。
そこで始めて、武田節を覚え、信玄橋、信玄堤のある事を知り、武田信玄が名君であり、今もこの地に生きている事を実感した。
多感な青春時代の僅かな時期であったが、甲斐の国に住んだ事が、強い印象として残っている。
館内に、聖牛(ひじりうし)の模型が展示してあった。
聖牛とは洪水の勢いをこれによって止めて、堤防へ直接当らないようにする、木と石で組んだ、牛に似た河川構造物である。
長良川ではほとんど見られなくなったが、笛吹川には設置されていた。
聖牛を見て、土木の授業が思い出され、感慨にふけった。
                  約半世紀近く前にタイムスリップの 寅次郎
聖牛由布姫

torajiro0421 at 09:03|Permalink イベント 

2007年09月03日

「ゴルフと血圧」

 五月下旬に、我が心臓が不調となり、以来、自宅で朝晩、まじめに血圧を測定して記録している。
上は170、下は100が最高値であり、立派な高血圧患者である。
その3週間後にカテーテルアブレーション手術を受け、不整脈を退治した。
最近の数字は上が145、下が85位がアベレージである。
一方、ゴルフをこの期間に当てはめてみると、5月下旬頃は、95、100前後で、体調が回復した最近は、90前後で、時として85前後もでる。
血圧の下の値と並んできたのだ。
寅流方程式が出来た。
血圧が下がれば、ゴルフスコアも下がる。
但しこれには相当の節制が求められそうだ。
まず、飲む・打つ・買うはご法度だ。
と言っても、博打は卒業だし、女の方もOB会員?だし、問題は酒だけだ。
                       目標が明確になってきた 寅次郎
ゴルフ血圧

torajiro0421 at 08:59|Permalink スポーツ 

2007年09月01日

「雨 戸」

 防災には直接関係のない話だと思うが・・・。
昼間なのに雨戸が閉まっている。
今年の夏、ソフトの試合で石和に行くとき、高山経由で向かった。
猛暑の昼間から、高山地方の民家は居間を除いて、ほとんど締め切っている。
留守ではないのだ。
非常に奇異に感じた。
何か迷信でも信じているのだろうか?
噂では、締め切っておくと、外気とは−4度の差が有るという人も。
なんだか信じがたい話である。
そして冬も、高山地方の多くは、雨戸を閉めるらしい。
夏とは逆に、+4度の暖かさが室内には有るのだろうか?
明るく、開けっぴろげが好きな俺としては、何とも暗い感じで好きになれない。
一度高山の人に、じっくり聴いてみたいと思いつつ、忘れている。
ご存じの方、教えて下さい。
                雨戸を締めれば寝るモノだと思っている 寅次郎
雨戸1雨戸2

torajiro0421 at 08:41|Permalink 風習