2012年07月

2012年07月31日

「決勝トーナメント」

 ゴルフで言えば予選を通過したと言うことか。
いやいや、もっと大したことだろう。
ベスト8に入ったのだから。
準々決勝を戦う位置に来たのだから。
我がチームの特徴は、酒を飲まないと極めて静かである。
寡黙でおとなしい・・・声を出さない・・・出せない。
内に闘志を秘めたと言えば聞こえは良いが・・・。
相手に呑み込まれてしまう純情集団。
舞台が大きくなり、相手が強くなればなる程、虎が猫になる。
今日の相手は古豪・福井宝永シルバー。
初回、こちらの守りの時、一塁塁審のミスジャッジが続いた。
誰が見ても明らかにアウトのモノがセーフになること3回とは驚いた。
これが何れも得点に繋がった。
半面、こちらの攻撃は、セーフをアウトにされ散々!
今回の監督会議でこんな発言があった。
「クロスプレーは別として、万人が見て明らかに誤審と思われる時は、審判団が協議をしてくれ。暑い中、素人が下す判定である“審判は絶対である”等と言わないで、覆す勇気を持ってほしい」と。 参加監督全てがうなずいた。
残念ながら、審判団はこれを取り上げず、旧態依然で批判を浴びた。
結局、我がチームへ流れ、リズムは来ずに、あえなく敗退。
それでも無事に帰宅して、その日、オリンピックの柔道を見た。
奇しくも準々決勝。日本選手は韓国選手に3:0の判定で負けた。
だがその時会場は、大ブーイング!
審判団は協議をやり直した。
その結果は、誤審を認め0:3で日本選手の勝ちとなった。
この結果に会場内は大きな拍手!
この審判団の勇気に対する拍手でもあったと感じた。
柔道界では初めての事とか。
オリンピックですら、誤審を改める時代だ。
                 いわんや年寄りの草ソフトボールをや 寅次郎
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torajiro0421 at 22:04|PermalinkComments(0) スポーツ 

2012年07月29日

「古希躍動」

 第1回日本中央古希ソフトボールを戦ってきた。
会場は石川県能美市粟生運動公園他2会場。
長野、愛知、岐阜、三重、滋賀、大阪、京都、福井、石川から21チームが参加。
朝5時に白鳥をスタート。東海北陸道富山回りで石川へ。2時間半で到着。
初戦の相手は福井のオールゴールド越前。
試合前のシートノックを見たら、これは勝てると踏んだ。
ところが相手投手は長身から投げ込む本格派。
打てなかった。バントも自由に出来ないスピード。
相手は守りは悪いが、よく打った。
10点取られ、あわや完封かと思ったが後半ねばった。
寅次郎のツーランホーマーを含め何とか4点を取ったがそれまで。
第2戦は石川の小松芦城スターズ。
3:3で最終回、ツーアウト満塁、ここで寅次郎ライト前に2点タイムリー!
その裏を何とか抑えて辛くも勝った!
Bゾーンで2位となり、決勝トーナメントに進出となった。
誰もが決勝トーナメントに進めるとは思っていなかった。
不安定な軟投派投手陣をカバーした、全員ソフトボールであった。
今年は想定外の試合がこれで三つになった。
春のササユリで前年度チャンピオン名古屋の鯱クラブを破った。
県のリーグ戦で無敗の各務原フレンドに土をつけた。
そして、今日の決勝トーナメント進出である。
30数度の炎天下、古希野郎は何のへこたれも見せず躍動した。
見事な野郎共である。
夜は赤穂谷温泉。
加賀の奥座敷的風情のある一軒宿。
郡上の一揆野郎共は、勝鬨を上げ、勢いよく飲んだ!
                    この熱気、ロンドンに負けず! 寅次郎
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2012年07月28日

「肩すかし」

 名古屋場所が終わった。
これが終わると、ひるがのへ、陸奥部屋が合宿に来るのが、今年は来ない。
たにまちが不景気で面倒見きれないのだろうか?・・・淋しい。
日馬富士のスピードが全てに勝った。
でもあの張り手は不愉快だ。元来、相撲の手ではないと思う。
白鵬は稀勢の里に逃げた勝ったが、あの時点で彼の優勝はなかったと見た。
先場所優勝の旭天鵬は、その後、TVに出すぎて稽古不足が明らか。
相撲は正直である。誤魔化しがきかない。
14日目に初めて勝った。決まり手は“肩すかし”
寅は子供の頃、良く相撲をとった。
遊ぶ道具のない時代だったから、相撲は手っとり早い遊びだった。
仲間内で強い奴は、弟子(子分)を数人かかえ、部屋を名乗った。
寅は、技の名人“栃錦”が好きで、春日野部屋を名乗った。
春日野は当時、出羽の海一門で、小部屋であった。
冬になると、雪の校庭に土俵を作り、部屋毎に稽古をした。
時には出稽古もやり、大相撲と何ら変わりなかった。
おかげで、ズボンのバント吊りは、毎日切れていた。
しょっちゅうお袋に小言を言われたが、翌日は直っていた。
社会人になってからも、盛んに相撲を取った。
同期に入社した中に、高校の相撲部出身がいた。
現場で、休み時間になると、土方連中も混じえてとった。
同期の奴は、流石に強かった。
3回に1回勝てるか、勝てないかだった。
土方の連中も、東北青森の出稼ぎ連中は強かった。
寅は小兵の部類だったので、技での勝負。
その為には、絶対に土俵がないとダメだった。
土俵があれば互角の勝負は出来た。
丸い土俵を有効に使い、相手の力を如何に利用するかだ。
得意技は、上手出し投げ、内掛け、二枚蹴り、うっちゃりetc。
中でも“肩すかし”は天下一品!の自画自賛。
これは、相手の力を100%利用するモノ。
柔よく剛を制す・・・気持ちが良かった。
相撲は上手いが、人生相撲は下手くそだ。
                    肩すかしばかり食わされている 寅次郎
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torajiro0421 at 20:05|PermalinkComments(0) スポーツ 

2012年07月26日

「国体・炬火リレー」

 岐阜清流国体の炬火リレーが我が町内を走り去った。
炬火の前後をパトカー始め、伴奏車が物々しく援護の中を走った。
町内の中学生男子との事。
誰が、何時、何処を走るのか、当日まで知らなかった。
この辺からして、国体が今一、自分の中では盛り上がらない。
何となく一部の人達のモノに見えて仕方がない。
スポーツをやっている者として少し淋しい。
47年前の岐阜国体で、炬火の最終ランナーは古田知事。
知事が岐阜高校3年生の時。
当時の古田知事は柔道部に居て走る姿はガニ股、すり足走法。
これではみっともないと一カ月陸上部に入り特訓!
開会式当日の貴重な写真を友人から入手した。
(これについては当ブログ・2009/4/30「古田知事」で紹介)
乗鞍岳で採火した、当時斐太高校3年の高松典子さんとのツーショット。
高松さんはその後、カナダに移住されたと聞いたが・・・。
47年後のツーショットをグランドで見たいものだ。
そして、古田知事には100mでもいいから走ってもらいたいと願う。
3年前に“古田知事に走ってもらおう”と言う運動を起こした。
かなりの数の署名を集め、県庁へ届けた経緯がある。
(これについては当ブログ・2009年7月21日付け「岐阜清流国体」で紹介)
古田知事65歳、元気なシルバーエイジの雄姿を県民に見せてほしい。
今回の炬火リレーにシルバーエイジも入れてほしかったとジェラシー。
シルバーエイジの運動は推奨されるべきだ。
老いてからの運動は己の為であり、医療費軽減の社会貢献でもある。
医者よさらば!
                          走れ!古田知事! 寅次郎
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torajiro0421 at 20:11|PermalinkComments(0) スポーツ 

2012年07月24日

「神社のお化粧」

 白鳥神社は“イザナミの命”が御本尊だと言う。
女性であるが故に“美しく”が尊ばれる。
日曜日の朝から、氏子総代が出て、境内の美化に努めた。
草刈り班、清掃班、倒木伐採班等に分かれて汗をかいた。
神社の一番奥に、直径70cmのモクレンがある。
この木は、神社の境を越えて、民家に覆い被さる状態。
幹の状態は空洞化し、民家側に大きく傾いている。
何時倒れても不思議でない状況。
衆議一決「倒せ!」と相成った。
ところが難しい。下手に倒せば、民家直撃である。
幸い!総代の中に、営林署OBのM氏が御座った。
境内の事である、早速、宮司にお祓いを受けて、取りかかる。
倒したい方向に倒れるように、ワイヤーを仕掛ける。
そこは、M氏の腕の見せ所で、段取りに時間をかけた。
チェンソーが唸りだした。
切り始めて、倒れるまでには5分とかからなかった。
見事、予定の位置に倒れ落ちた!
枝を払い、所定の寸法に刻む。
そこで、最新の薪割機の登場!
油圧でどんな木でも、バリバリと引き裂いてゆく。
これで年末年始の篝火に使う薪は確保出来た。
境内も美しく変身!イザナミノ命も微笑んでいるようだった。
女性は美しくあらねば・・・その住まう処も。
                女性を喜ばす事は楽しいが、少し疲れた 寅次郎
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torajiro0421 at 21:19|PermalinkComments(0) 宗教 

2012年07月22日

「白鳥マンボ開幕!」

 ♪ 聞くも哀れな義民の話 ドコショ ドジャーイ 義民のはなし
   ドコドコドコサ ドコサノドコショ!・・・
今シーズン、白鳥踊りの開幕。
これが始まると、奥美濃も夏本番である。
今年の開幕は我が町内がスタート。
幼稚園の孫娘は、踊り大好き人間。
祖祖父の血を、色濃く引き継いでいる。
ジージも、彼女につられて、踊り会場へ。
道路の真ん中に踊り屋台がどっかと座り、ホコ天になる。
今年は時折小雨が舞い降りるが、左程の事はない。
午後8時。三味に笛、太鼓が夜空に響きだす。
踊りの輪がすぐに出来上がり、囃子が下駄の音に調和。
姉妹提携の三重県志摩市から70人程の客人もユカタ姿。
地元の人の姿より、外からの踊りフアンが圧倒的に多い。
そのスタイルは千差万別、実に個性的。
ここの踊りスタイルは、何でもござれのオールカマー!
決して綺麗ではないが、自由奔放、動的で楽しい。
若い娘は駒下駄鳴らして、走るが如く踊る!
我が孫娘も、彼女らの後に負けじと、走っている!
その姿は、何の迷いもない、まさに本能的な血である。
祖祖父が見たら、頼もしい跡取りに狂喜するだろう。
お盆にはあの世から帰ってくるから、雄姿?を見せるがいい!
楽しいパフォーマンスの踊り手を写真で紹介しよう。
                        今宵は見る阿呆だった 寅次郎
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torajiro0421 at 19:46|PermalinkComments(0) イベント 

2012年07月20日

「偉いお坊さん」

 中国・山西省の旅でその名を覚えた。
“慈覚大師円仁”
44歳で遣唐使として渡る。
今回我々が旅した、五台山で修行した。
ここを訪れた日本人は、霊仙三蔵法師に次いで二人目だと言う。
往復2000km以上を徒歩で移動している。
滞在期間約10年で、様々な修行、勉強をしている。
その旅行記は「入唐求法巡礼行記」として現わされている。
これは後に、ライシャワーが翻訳して世界に出して高評価。
帰国して天台宗を各地に広めている。
白鳥町にある“正法寺”住職の西沢さんがテレホン法話をされている。
この度の東日本大震災の追悼供養で東北の寺詣りを企画された。
中尊寺、毛越寺、瑞巌寺、立石寺詣である。
この四寺はいずれも、円仁が開いたお寺である。
中尊寺は藤原三代が眠る世界遺産。
毛越寺は、極楽浄土を再現した寺とか。
瑞巌寺は後年伊達政宗が、隠れ城とした寺。
立石寺は“静けさや岩に滲みいる蝉の声”が有名。
ここには円仁の遺骨があるとも言われる。
今回覚えた、円仁に思いを馳せながら・・・。
毛越寺だけは未踏だが、認識新たに参加してみたい。
そして東北を忘れない為にも。
                       少し線香臭くなってきた 寅次郎
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torajiro0421 at 14:10|PermalinkComments(0) 歴史 

2012年07月18日

「泰衡が蓮」

 800年の時空を超えた蓮が咲いている。
白鳥町長滝神社の境内に。
物語は
藤原泰衡(4代目)が父・秀衡の遺言に背き、頼朝に加担して義経を討った。
だがその後、泰衡は頼朝に、滅ぼされている。
頼朝が泰衡の首実験をして中尊寺へ届ける時、住民が蓮の花を手向けた。
昭和37年、中尊寺の藤原三代のミイラ調査が行われた。
その時、藤原泰衡の首桶から、蓮の種が100粒程見つかった。
すぐには開花しなかったが、平成12年に奇跡的に開花。
その一部が、平成16年に中尊寺から長滝に運ばれ、見事に開花。
朝の早い時、境内には誰もいない。
一人、蓮を眺めていると様々な事が去来する。
栄枯盛衰世の習い・・・モノの哀れが伝わってくる。
反面、潜伏800年、生命力の偉大さが迫ってくる。
泰衡の首の血を吸ったであろうこの蓮の種。
赤い花びらが、何かを訴えているようにも・・・。
歴史は繋がっている・・・・実感であった。
泰衡は親の言いつけを守らぬ、不忠の子と歴史は叩いている。
しかし、義経を逃がしたと言う異説もある。
泰衡は必ずしも暗愚な武将ではなかったのではないか?
その証拠に、金色堂に祀られた4人目の首は忠衡でなく泰衡であった。
Netでこんな歌を見た。
「朝露の 雫を誰の涙とて それは問わまし 泰衡が蓮」
                           出勤前のひと時 寅次郎
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2012年07月16日

「散歩道あれこれ」

 梅雨時は朝夕の散歩がままならない。
傘を差してまで散歩する気にはならない。
散歩の半分は、老体の維持でもあるので、ブラリではない。
ある程度の速度は保っている。
でも、トレーニングと言う程でもない。
歩きながら、朝ならば、今日の予定は?仕事の対策は?
夕方ならば、一日終わってブログのネタは?
そしてお地蔵さんに、一日の感謝!
これで今夜もビールが美味い!
何も考えない時もある。
そんな時は往々にして二日酔いである。
何も考えないと、意外なモノが見えるときもある。
梅雨の合間に、大きなミミズがはい出して歩いていた。
何処へ行くのだろう? トンビが廻っているぞ!
ミミズの写真を撮っていたら、蜂が蝶を殺って、食べていた。
弱肉強食を観てしまった。自然の摂理か?
カエルが交通事故死していて、無惨!
彼にも家族は居ただろうに・・・。
誰も葬儀も、埋葬をしてくれない。
堤防が裂けていた!
大きなクラックが200m以上にわたって入っている。
川側にクラックが入っているから、河床が浸食されているかな?
蟻の一穴!こんな所が災害の引き金かもよ?
                    なかなかぼんやりとはゆかない 寅次郎
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2012年07月14日

「山西記」

 中国山西省を行く〜日本仏教の源郷を訪ねて〜
全てに、珍しい旅であった。
“物見遊山の様で物見遊山でない”
“研修旅行の様で研修旅行でない”
“探訪旅行の様で探訪旅行でない” 
“視察旅行の様で視察旅行でない”
それは何かと訪ねたら“西遊記”・・・いやいや“山西記”
西遊記は三蔵法師がインドから教典を持ち帰った旅の物語。
我が山西記は、山西省から石窟を始め、様々なモノを頭に入れて持ち帰った旅の話。
中国・山西省中北部、再認識の八日間であった。
かくまでも歴史的に密接に繋がっているのかと、改めて実感。
今争っている尖閣問題等、壮大な歴史を思えば、先人に恥ずかしき事象に思えてならない。
文化と政治は違うと言うのでしょうか?
今回の旅行で「中国のヒカリとカゲを観た」と言う人がいた。
まさに、同感だった。
広大な中国をまとめ治めるには、合衆国制が良いのではと・・・。
いらぬお世話だ!とシナは言うかも知れない。
だが待てよ、この体たらくでは、日本はシナに飲み込まれるぞ!
尖閣一つに右往左往する現実では。
大きな事を言って、“杞憂”だと愚妻に笑われた。
出発前に、トイレ杞憂症候群だった愚妻は、全快したようだ。
歴史的には、中国に全て負けたが、トイレでは日本が勝った。
中国にはウォシュレットがない! 
今回、ホテルは全て四つ星だったが、なかった。
日本人のお尻は、世界一きれいだ!
もう一つ、おまけの目的、異国からNet発信が出来た事。
携帯電話も、日本と自由に話せた。
ITの凄さを、実感できた旅でもあった。
壮大な歴史文化、仏教文化に触れ、気宇壮大な気にもなった。
だが時間が経つと、チマチマした現実に戻らざるを得なくなるのが悲しい。
でも今回の見聞で、今までとは多少なりとも違った発想、行動が出てくるのではないかと、古希過ぎた身に、かすかな期待。
薄れ行く記憶をとどめ置くつもりでまとめた。
                        梅雨末期の夜 土建屋 寅次郎
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2012年07月12日

「賑やかな初宮詣で」

 白鳥神社の初宮詣では、年に3回行われる。
初宮詣でとは、新生児誕生から100ヶ日頃、初めてのお宮参りの事。
今年の第1回目は、4月下旬で、その時は3人の参拝であった。
第2回目は7月初旬、11名の御参拝で賑やかだった。
赤ちゃんとご両親、それに祖父母がおいでのところもあり賑やか。
少子化が叫ばれる昨今、新しい命の誕生は、我が事の様にうれしい。
式に先立ち、宮司が一言。
式の最中で、赤ちゃんが泣きだされる事もありますが、気にしないで下さい。
赤ちゃんは泣くのが仕事です。
席を外す必要などありません。
泣くがままに、そーと抱きしめてやっていて下さい。
この一言が、赤ちゃんに通じたのか? 賑やかだった。
祝詞の中には、ご両親の名前、赤ちゃんの生年月日と名前が織り込まれる。
これを神前に報告、この先の健やかな成長を祈願。
この日は、あいにくの雨だった。
この梅雨が、木々の緑を一段と鮮やかにし、稲苗は凛として天を向くのである。
生物が生長をするのに、水は絶対に欠かせないモノ。
「今日の雨天を、良き日ととらえて下さい」と結び、式を終えた。
                 「梅雨空に、初宮児泣く 元気よく」 寅次郎
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torajiro0421 at 18:47|PermalinkComments(0) 風習 

2012年07月10日

「倒 木」

 白鳥神社奥の巨木が倒れた。
早朝に電話が鳴る。
早朝の電話に朗報は少ない。
訃報などの多くは出勤前が多い。
今回は、巨木の訃報だった。
早速、お宮に駆け付けた。
稲荷神社の一番奥にある榎が南に向かって倒れていた。
目通り80cm、高さ20m位の木である。
その日は、強い風は吹いてはいない。雨も降っていない。
近所の人の話では、夜中の1時半頃、恐ろしい音がして飛び起きたと言われる。
昨今、想定外の事が起こるので、無気味であったと。
倒れた木の根を見て、ある程度うなずけた。
根がほとんどないのである。
ツタが絡まり、それで何とか持ちこたえていた感じ。
木の葉もあり、刻む時に、その硬さは、枯れた木でなかった。
倒れた方向に、稲荷神社の社と灯楼が、一間位の間隔で在った。
その間に、見事倒れこんでいる。
プロでも、この隙間に倒す事は出来ない。
まさに神技! お稲荷さんの見事な采配!
総代さんに出ていただき、切り刻んで処理を済ませた。
その更に奥に、似たような巨木が傾いている。
これが倒れると民家の屋根を直撃する。今月の内に処分する予定。
ある日、何の予兆もなく倒れた今回の巨木。
人様の参拝中でなかった事が幸いであった。
                         心配事が増えてゆく 寅次郎
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torajiro0421 at 18:00|PermalinkComments(0) 自然 

2012年07月08日

「白河不倫天皇」

 水谷塾“平家物語”第二夜は、保元の乱・宇治川先陣だった。
今回は郡上の名馬“する墨”で有名な宇治川の先陣争い。
この“保元の乱”は源の範頼・義経兄弟が、木曽義仲を討つ戦い。
今夜は“宇治川先陣争い”のくだりを、琵琶の弾き語りで聞いた。
ゆったりとした語り口は、せせこましい現代をしばし遠ざけた。
源氏物語は限られた貴族文学で、多くは読まれなかった。
源氏物語の舞台は、ほとんどが京都である。
それに比べ、平家物語は、琵琶法師の弾き語りで、多くの人が耳にした。
貴族から、下々の庶民までが読み、かつ聞いた、歌唱文学とも言える。
その舞台となる地域は広大で、日本中とも言える。
琵琶に始まり、能や浄瑠璃を産み、歌舞伎、浪曲等へと発展。
現代の芸能の原点は平家物語であると論破。
今、NHK大河ドラマは保元の乱が終わったところ。
それにも触れられた。
この頃の内乱の多くは、貴族間の怨念の戦いであった。
白河法皇は自分の愛人の娘を養女として、身籠らせる。
自分の孫である鳥羽天皇に、自分の子を身籠った養女を嫁がせる。
白河法皇は、自分の孫に自分の子供を嫁がせたのである。
生まれた子供が崇徳院である。
後に鳥羽はその事を知り、激しく憎悪。
これが保元の乱の引き金になる。
これ以外にも、多くの女性に関係を持ち、子供を産ませている。
平の清盛も白拍子に産ませた子供である。
白河法皇は天皇、上皇、法王と院政をしき、やりたい放題だった。
世に言う“三不如意”とは。
サイコロの目と、加茂川の水と、比叡山の僧兵だと。
これ以外は、意のままになったと豪語。
しかしその裏には、争いの絶え間がなかったようだ。
いつの時代も、争いの種は、男と女の問題か?
やはり歴史は夜つくられるのか? 
                   水谷塾には“色”があって面白い 寅次郎
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torajiro0421 at 16:09|PermalinkComments(0) 歴史 

2012年07月06日

「ラグビー談義」

 ラグビー関係者が郡上市長を訪問した。
海抜1000m付近に、夏合宿の可能なフィールドがほしいと。
岐阜県ラグビー協会理事長・松岡氏。
愛知西陵高校ラグビー部元監督・山田耕二氏。
関商工高校ラグビー部部長・今井氏。
関市ラグビー協会理事長・田中氏。
関商工高校ラグビー部OB・尾関氏と寅の6人。
愚生、2008年に、関商工・山口総監督との出会いがあった。
その時、高鷲の高冷地で、是非、夏合宿がしたいと言われた。
ここは、信州菅平に匹敵する場所だと明言。
何とかしたい! 何とかします!と、あての無い約束だった。
時を経て、ようやく、その気配が出始めてきた時に市長を訪問。
山口総監督は今、病気療養中で欠席だったが、話題は沢山出てきた。
当地はアクセスが良く、交通経費が格段に安くあげられる。
2019年に日本でラグビーのワールドカップが行われる。
その時、世界のチームがミニキャンプをはれるようにしたい。
その為には、最低7〜8面はほしい。
タグラグビー(小中学生のラグビー)が盛んになってきた。
ジェントルマンスピリッツで青少年育成の一助に・・・。
2016年リオのオリンピックで、女子のラグビーが採用された。
サッカーに負けず、日本も女子ラグビーが台頭してくるだろう。
最初は正式なグランドでなくてもよく、草地があればよい。
菅平にしても100余ある中で、整備されているのは半分だ。
ラグビー以外も視野に入れると話題は広がる。
要は“人間の放牧場”的発想が、面白いモノを産み出すのでは・・・。
今年は、既存のグランド2面が、芝化されそうで希望が膨らむ。
山口先生が退院される頃、芝が芽吹いてほしい。
                  芝の上でノーサイドの笛が聞きたい 寅次郎
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2012年07月04日

「神の作法」

 今日はまじめな話。
知っていたのは“二礼、二拍手、一礼”だけだった。
仕事柄、起工式等で、玉串奉奠をやり、覚えたもの。
もう一つあった。
「天子は南面す」と言って、神様は北を背にする事だった。
これも起工式会場などの設営で知った。
だが、知っていたのはうわべだけだった。
“礼”にも、4種類あり、90°60°45°15°と。
その礼も、頭を下げるな、上げるなと言う。
要は首を折って、礼をするなと言う。
首筋を見せたり、あごを上げていては、美しくない。
玉串の柏手は急がず、ゆっくりと打てと。
お供え物は、三宝の板目に沿って、横に並べよ。
高価でなくともよい、旬の新鮮なモノを、と。
次に、献饌(お供え物の供え方)の作法。
三宝にのせたお供え物を、何人かで、手渡しして、神前に供える方法。
神職連中は簡単にやって見せたが、いざやってみたが難しい。
渡し方、受け方、廻り方など、きちんと理にかなった作法がある。
3時間の研修であったが、最初の眠気は飛んでいった。
手水の作法も研修資料に載っていた。
今までは、相撲取りよろしく、柄杓に口をつけていたが、もっての外。
両手を洗い、左手に水を注いで、口をすすぎ、更に手を洗うとある。
日常、使われる作法も多くあり、目から鱗だった。
                    少しずつ、ましになりつつある 寅次郎
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torajiro0421 at 22:34|PermalinkComments(0) 宗教 

2012年07月02日

「おいしい音楽会」

 主催:音楽を聴いて語ろう会「ほうやんなぁ」
こんないい加減な主催者を聞いたことがない。「ほうやんなぁ」
失敗しても、誰が責任者か解らない主催者「ほうやんなぁ」
プログラムを見ると、何が言いたいのか解らない「ほうやんなぁ」
クラッシックに地元の民謡を掛け合わせて良いのか?「ほうやんなぁ」
これで人が集まって来るのか?「ほうやんなぁ」
主催者の身内として「ほっとにえらかった!」
ところが、150程の席は埋まった。
白鳥にも、物好きな奴が居ると感心。
中学生二人がピアノをかき鳴らした。
「ウーン、なかなかやるなー」
続いて、高校生のバイオリンと、その母がピアノで合わせる。
音楽も良いが、この親子の、仲良しな姿にうたれた。
今時のガキは短いスカートで、親の言うことを聞かず断絶が浮かぶのに。
その次は、昔なじみの友人が、フルートとピアノ。
ここまでは全て女性!男は関係ないの?とやや劣等感。
ここで中入り。
次は、純日本調の地元民謡の拝殿踊り。
上手く切り替わるのか?・・・切り替わった!
音楽の世界に国境はない! まさにその通り!
ガキの頃から染みついた、歌詞が出てくると顔はほころぶ。
最後は、踊りの輪に加わり、ステップを踏んでいた。
洋楽(クラッシック)と地元民謡・・・・。
見事にマッチングした!
ステーキを食べながら、すしをつまんだ感じ。
「とらわれない心」日本人が最も苦手な多様性の心。
これを打ち破った「何でもありの心!」
生意気な我が娘が企画したイベント。
ゼネレーションギャップでは済まなくなった。
“おいしい・ステーキな音楽会”だった。
                      ジージも何か仕掛けるぞ! 寅次郎
haidenhaiden1oisii






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torajiro0421 at 23:57|PermalinkComments(0) 文化