2026年02月03日
「祐徳太子の母」
このおっかさん、生粋の江戸っ子。
1905年(明治38年)東京は芝の生まれ。
明治、大正、昭和、平成を生き抜いた。
31歳の時、夫と長男を続いてなくす。
その後、東京新富町で汁粉屋“千代”を開く。
女手一つで、次男と戦後の混乱期を生き抜く。
その次男の名が“祐徳”(すけのり)
すけのりでは助平に聞こえるから祐徳と呼んでいる。
祐徳太子(ゆうとくたいし)は雅号にしている。
聖徳太子にちなんで本年が命名した。
愚生より5歳上で1935年(昭和10年)生まれ。
てな事で、時代背景が解り親しみやすい。
おっかさん・千代は江戸っ子チャンピオンみたいな人。
男の江戸っ子は、よくお目にかかるが女は珍しい。
とにかくキップがいい!
今時、お目にかかれねー実在の人物。
人生とは何かを、楽しく教えてくれる。
一生懸命勉強して、いい大学、いい会社に入れ。
ほとんどの母親が子供に、こう言っている。
それがどうした!
そんなケチな生き方すんじゃねぇ!
人生は一度だ、自分らしく生きよ!
人を殺したり、強盗しちゃいけねぇが・・・。
それ以外なら何でもOK!
破廉恥罪などは芸術だとうそぶく。
絶対勝てない東京都知事選に2度までも挑戦している。
政治も芸術だ!自分を表現する場だ!と
おっかさんも力一杯応援する。
日本一の母子家庭を目指す二人は痛快だ!
大きくなっても一緒に風呂に入り、背中を流せと母は言う。
けた外れにでっかくて、楽しいおっかさんだ。
92歳で亡くなるが、その時も人間の末路をしっかり見ておけと言う。
母の死後、18年して80歳の時、この本を書き上げた。
江戸っ子は“す”が言えなくて“し”である。
その通りに書かれていて、江戸情緒がうかがえる。
最愛の母へ捧げる挽歌である 寅次郎




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1905年(明治38年)東京は芝の生まれ。
明治、大正、昭和、平成を生き抜いた。
31歳の時、夫と長男を続いてなくす。
その後、東京新富町で汁粉屋“千代”を開く。
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その次男の名が“祐徳”(すけのり)
すけのりでは助平に聞こえるから祐徳と呼んでいる。
祐徳太子(ゆうとくたいし)は雅号にしている。
聖徳太子にちなんで本年が命名した。
愚生より5歳上で1935年(昭和10年)生まれ。
てな事で、時代背景が解り親しみやすい。
おっかさん・千代は江戸っ子チャンピオンみたいな人。
男の江戸っ子は、よくお目にかかるが女は珍しい。
とにかくキップがいい!
今時、お目にかかれねー実在の人物。
人生とは何かを、楽しく教えてくれる。
一生懸命勉強して、いい大学、いい会社に入れ。
ほとんどの母親が子供に、こう言っている。
それがどうした!
そんなケチな生き方すんじゃねぇ!
人生は一度だ、自分らしく生きよ!
人を殺したり、強盗しちゃいけねぇが・・・。
それ以外なら何でもOK!
破廉恥罪などは芸術だとうそぶく。
絶対勝てない東京都知事選に2度までも挑戦している。
政治も芸術だ!自分を表現する場だ!と
おっかさんも力一杯応援する。
日本一の母子家庭を目指す二人は痛快だ!
大きくなっても一緒に風呂に入り、背中を流せと母は言う。
けた外れにでっかくて、楽しいおっかさんだ。
92歳で亡くなるが、その時も人間の末路をしっかり見ておけと言う。
母の死後、18年して80歳の時、この本を書き上げた。
江戸っ子は“す”が言えなくて“し”である。
その通りに書かれていて、江戸情緒がうかがえる。
最愛の母へ捧げる挽歌である 寅次郎



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torajiro0421 at 17:08│Comments(0)│
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