When I had dropped in a soba restaurant to have soba, a foreign family sitting next to me gave a glance at me again and again.
The father of the family ate Soba with a big sound.
And the father said " In Japan, the right way to eat Soba is to make sounds while eating."
His son said " Dad, your manners are bad."
" Haha, everyone do this because this is manners of soba.  I know about Japan a lot"
The father gave a look at me again. His eyes were like to expect something.

After a while, soba I ordered came to my table, so I ate soba without a sound.

The father said " He must be Chinese."


畢竟、矍鑠ではあるが頑冥不霊にして固陋な老人は如何に瓊姿であろうと糸道もあかぬおぼこに陪従し窮年に得た蘊奥を授けるつもりは微塵も無かった。
老人は蓬けた曲鬢を示指にて梳り、窶れ姿も厭わず旗幟を鮮明にし、告諭した。
少女は烏滸がましくも嫣然とした媚笑を浮かべている。齟齬に老人の眼瞼が攣り、筵の上にも拘らず氷に座する心地であった。
才穎ならずとも不借身命により得た凡てを不羈なる少女に悉く譲るは匕首に鍔を打つようなもので幾星霜裘葛を易えたとて許せるものではなかった。

Rescinding the expansion which has been declared by China one month ago one-sidedly is remarkably difficult for China authorities because China always has a possibility that a civil war will occur sooner or later.
Japan continues to call for China to withdraw the declaration as soon as possible in order not to lack stabilities of the skies and the seas around the South East Asia.
The US is also looking to it that China doesn't violate the international laws regarding especially the principals of freedom of the navigation.
This unfounded China's denouncement has been opened from 1960, since The UN found an oil field around the islands.

日本語の形容詞における変化の仕方について考える。

日本語における形容詞の多くは、美しい、強い、早い、など「い」で終わる。
他には巨大な、遥かな、創造的な、など「な」で終わるもの。

それらは名詞と結びつき、名詞を修飾する。
女性という名詞を形容詞によって修飾しようとすると、次のようなフレーズが出来上がる。

美しい女性、強い女性、可愛い女性。
巨大な女性、創造的な女性など。

ここで、形容詞を重ねる場合について考える。
普段、何気なく変化をつけてはいるが、これらの形容詞を重ねる場合は元の形容詞から違う形になる。

美しく強い女性、可愛くて強い女性。

美しいという形容詞が、美しく、という形に変化した。
一方、「な」で終わる形容詞の場合は、巨大で美しい女性、のように「で」を使うことで形容詞を連結させる。

どのようなルールに基づいて変化をするのかについてはよくわからない。
可愛くて綺麗な女性、綺麗で可愛い女性、という変化の仕方が何によって決定されるのか、そして形容詞を重ねた時にどちらの形容詞が重要視、または強調されるのか。

次の場合について考える。

美しく強い女性、というフレーズがあった場合だ。

この場合、美しい、なおかつ、強い女性、という意味とほぼ同義であると推測できる。
つまり、含有という形態になっている。美しく、そのうえ、強い、美しく、さらに強い。概ね、この場合は含有するという性質のため、反対の意味を付加することは無い。

この場合、果たして形容詞のどちらが強調されるのか。
美しいか、強いなのか、それを断じるための材料として、次のことを考える。

形容詞の順序は多くの場合、所有者、順序、数量、状態、大小、新旧、色の順で並べられる。

彼の三台目の壊れかけた大きな赤い車、のように。
この順序を逆の記述してみる。
赤く大きな壊れかけた三台目の彼の車。
これもまた文章としては成立はしている。

では、同じものを同じ形容詞で修飾した場合、その順序によって表現できるものが何なのかをここから推測できるかもしれない。

後者の場合、最も強調されているのは「赤い」という形容のように思われる。
前者の場合は全体として「彼の車」という情報が最も重要なもののように思われる。
 
形容詞の語順が、読み手に与えるであろう影響について一度考察をしてみた。

美しく強い女性、という場合ではどちらが強調されるのか。
強く美しい女性、であれば、美しいがより強調されているように感じる。
名詞と最も近い形容詞が、形容詞の序列の中で最も重要であるように感じられる。

さらに形容詞を増やした場合について考える。

彼の三台目の壊れかけた大きな赤い車。
赤く大きな壊れかけた三台目の彼の車。

実際にこのような形の形容をしてしまうことは、読み手にとっては非常に読みづらく、敬遠されてしまうことは簡単に予想できるため、実際の文章の中にこのようなものが紛れ込むことは無いと思われる。
しかし、予想をするために敢えてこのように書いてみた。

このように形容詞を繋げると、まるで「三台目の彼」のように修飾すべき点がまったく変わってしまっているように感じられる。
これでは、読み手に正確なイメージを与えることが出来ず、明確な目的を持った文章としては落第になってしまう。
日本語は多くの場合、助詞を使うことによって単語の順番を自由に入れ替えることが可能ではあるが、それでもある程度は守るべきルールがある。

ここから見えてくるルールは、やはり一般的に考えられている形容詞の順序とほぼ沿っている。

可愛い私の妹。

さて、ここで可愛いと修飾されているのは「私」なのか「妹」なのか。
名詞と所有格を明確に区別することが出来ないのが、日本語における弱点のひとつのようにも思える。

私の可愛い妹、であれば、可愛いによって修飾されているのが妹であることが一目瞭然だ。
では私を可愛いと修飾するのであれば、やはり可愛い私の妹、という記述しかないのだろうか。
「可愛い私、そしてその妹」、というふうに分けることで記述することは可能ではある。
所有とその名詞については、結びついて強固に名詞化してしまう。それはほぼ文章の書き方によって覆すことは不可能なので、最初から「可愛い私の妹」などという文章を書くべきではないということだろう。

この場合においては、可愛いという形容詞が「私」も「妹」も修飾しうるから混乱をするのだろう。
別の形容詞について考える。

「優しい彼の車」

まず常識的に考えて、優しいという形容詞は無機物である車に対して使われることはない。
そうなると「優しい彼」そしてその彼の「車」という意味で読み手は受け取るだろう。

つまり形容詞の結びつきやすさが、文法的な問題を変えてしまっている。
もちろん、この場合も混乱を来たしやすいことには変わりないので、書くべき文章ではないと思う。

私はしばらくの間、道路の脇で優しい彼の車が来るのを待っていた。

このように使われた場合について考える。
どう考えても、優しいという形容詞をここで使うべきではないのがわかる。
やはり、所有関係と形容詞が絡む場合については、その語順について考える必要があるということだ。
英語であればどうだろう。 

gentle his car.
cool his car.
his gentle car.
his cool car.

やはり、所有が最も先に来るべきで、それ以外はおかしいようだ。


A farmer was in a trouble because a burglar came his farm at night and ate his farm produce.
Is there any good idea that to protect  my farm produce? He thought various things, and then he found a way.
He made a sign board. the sign board says " Warning! in this field, there is a farm produce which has poison".

Next day, he went to his farm and saw that the farm didn't change.
However, a phrase was added on the sign board.

"Now, there are two poisonous farm produce".