とらつぐみのつぶやき

みなさんこんにちわ。
5月が終わりましたね。私はずっと閉じこもって漫画を描き続けているので、季節の変化がわかりません。世の中、連休だ、連休取れなかった、といろいろ話題があるようですが、ニートの私はもうずっと仕事しっぱなしです。
ニートなのに……ねぇ?

と前置きはこれくらいに。
例によって、全体を見るとものすごく長ーく感じる記事ですが、一つ一つは短いです。見出しが付いているので、興味のあるところだけをぽつりぽつりと読むのがいいでしょう。

それでは5月中の話題です。

5月1日 Enty&ファンティア&Noteに作品を公開

Enty&ファンティアに作品を公開しました。
唐手いぶき元しらせ
イラストの全体像はEnty&ファンティアにて公開しています。同じ画像は、後に制作する単行本にも収録される予定です。
Enty
ファンティア

えー……相変わらず支援者0人です。
「描いた物がお金にならない」というのは本当につらい。後々長く語るけど、絵描きが社会と接点をもつということは、「描いた物がお金になること」。だから要するに、私の絵はそもそも誰も見ていない(事実、「クリック数0」だしね)、誰も存在を知らない、関心を持たれていない……絵や漫画がネット上で誰かと繋がる切っ掛けになっていない。
そんなに出来の悪いものを描いている自覚はないんだけどな……(自覚がないから悪いのか??)。誰も感想を書いてくれない(見ている人がそもそもいないのだから書く人がいないのは当然)から、何を反省していいかわからない。

さらにNoteというところにも漫画『ProjectMOE』を公開しました。
Note:とらつぐみ
こちらでは『ProjectMOE』漫画本編のみです。

……Noteは「閲覧数」の確認ができるので、ある程度の読者が存在することは把握できるのだけど……。相変わらずNoteでも反応は薄い。ひょっとして、ネットの世界って、10人くらいなんじゃない? ……とすら思うようになってきたよ。

5月2日 インディーズゲームについて

NintendoSwitchの米国版は、日本版よりソフトが多い……という話題を聞いた。
あちらでは良質なインディーズタイトルが豊富なんだとか。
『スチームワールドディグ2』なんかもあるようだ。『スチームワールドディグ』の1作目(3DS)もの凄く面白かったから、2作目もぜひ遊びたいけど……。
昔は欧米のユーザーが日本のコンテンツに憧れて、色んな手を尽くして作品を手に入れ、もちろんローカライズなんかされてないから、自分たちで翻訳版を作ったりして、それで楽しんでいたものだ。アメリカで流通していたアニメの海賊版ビデオは、アメリカ人自身で頑張って翻訳を入れたやつだった(※)
それが今では逆。あっちの方が良質なコンテンツが多くなって、そのコンテンツがローカライズされず手をくわえて見ているだけ。

日本のインディーズがもっと流行ればいいのに……と思う。心から。
でも今の若い人達は、どこかしらの大きな企業に入って、とりあえずの安心感が欲しいのだと思う。もしかしたら若い人達にとって、大きな企業に入ることが「ゴール」だと思っているのかも知れない。就職難もここまで極まってくると、就職してからその先の目標を見出しにくいというのは仕方ないのかも知れない。
そういうのではなくて、若い人達が集まって「俺達でなんかやろうぜ」って、そういうところで何かが生まれれば面白いのに。そうやって作ったやつが、大手ゲームメーカーが作ったやつよりも売れて、“革命”なんかが起こればきっと面白かろう。若い人には、そういう開拓者意識を持っていたほしいものだ。

新しいものはガレージの中で生まれる……。
って、なんのこっちゃ、という感じだが、アメリカでは若い人がガレージなんかで集まって、自分たちで何かを作り、それが全米で大ヒット……そういうムーブメントが時々起きている(時々、だが)。昔の日本のゲーム業界は、どこもそんな感じだった。みんな冒険者開拓者だった(あの時代はまだバブルだった……というのもあるけど)
大きな企業になるほど、冒険心を失い、「平均点の高い凡作」を作る傾向にある。今はゲーム作りに10億以上かかるのが当然だから、危険要素を排除するのは、まあ仕方ない。
本来企業は、リスクを取るもの。金はあるんだから。失敗前提で若い人数人にチームを組ませて、実験的冒険的なものを作らせる。『Splatoon』なんかはそうやって生まれた。

私は「俺達でなんかやろうぜ」といえる仲間が1人もいなかったから、仕方なく1人で漫画を描いている。で、私の挑戦は失敗に終わり、大きすぎる負債を少しでも解消しようと、踏ん張っているところだ。大失敗したが、責任を取るのは私1人だ。実に気楽。
私は失敗した悪しき例だが、失敗した原因は、1人で全てやろうとしたからだ。失敗した事例がここにあるから、私の書いたものをよく見てほしい……私と同じことをすれば失敗する。
私から注意としていえることは、1人ではじめては絶対にダメだ。役割分担できる人員は必ず用意すること。私の場合、ビジュアル部分……絵、CGは別の人にやってもらうべきだった。「仕方なく」自分1人で何もかもやろうとしたのが失敗だった。私に仲間がいなかったから、失敗は確約されていたようなものだったが。
話を戻そう。
若い人は若い人で集まって、若い力で自分たちにしかないものを生み出して欲しい。そういったものがゲーム業界の大革命を起こせばきっと面白い。面白いと思える若者が出てきて欲しい。そういうのが出てくるのを待っているよ。
もちろん、スマートフォンのゲームじゃなくて、据え置き機でね。


※ 昔はアメリカのアニメユーザーが日本のビデオに勝手に字幕を付けて、流通させていた。アニメは当時から需要はあったけど、それに応えることがなかなかできなかった。ニーズの把握に時間がかかったり、流行に合ってないものを空気を読まず投下したり、オリジナルを無視したクソ字幕クソ翻訳を付けたり。そういう諸々が欧米のユーザーにとってのジレンマだった。その結果、アメリカの大学で日本語を学ぶ学生の大半が、アニメ、ゲームが切っ掛けという状況を作り出す。今はそのジレンマはだいぶ解消されつつあるけど、リリースが遅い、字幕がクソ、手に入る場所が少ない……など微妙なすれ違いは解消されていない。

5月3日 マリオカート8DXについて

動画で『マリオカード8DX』のバトルモードを見ているけど、楽しそうだ。
実はWiiU版『マリオカート8』の時、一度もバトルモードには触れなかった。ああいうのは友人がいないと楽しめないものだ、というのをよく知っていたから、「楽しめないだろう」と思って。だからWiiU版にはバトルモード用のステージが存在しない……ということも最近まで知らなかった。Switch版で追加……という情報を聞いて、初めて「なかったんだ!!」と知った。
それでSwitch版のバトルモードは……これなら1人でも楽しめるかも、と思った。

……Switch買う金もないけどなー。



5月4日 レクリエイターズ見逃した……

『レクリエイターズ』1本見逃しちゃったな……。やっぱり結構話進んでる。なんか知らんキャラ出てるし……。まりねさんは、どちらの世界観のキャラだい? ……ああ、現実世界の人なのか。
こういうの、1本見逃すと、追いかけるのがつらい。ネット配信があれば、見逃した時取り戻せるけど……。Amazonプライムか……。そんなお金すら出せないくらい貧しい状態だからな。

第4話でちょっと印象的だったのは、自分が登場しているゲームをプレイして、「面白かった」と感想を漏らすメテオラ。
そりゃ、自分が知らない間にフィクションの題材になっていたら、その中でどんな役割を与えられているか、気になる。しかもそれが、うっかりクソゲーだったりしたら……と怖くもなる。
一方、創造主に対して「こんな物語を書きおって!」と憤怒するのはアリステリア。

ああ……虚淵先生あたり、自分のキャラクターに殺されそうだね。

5月5日 触覚再現超音波ハプティック!?

空間を触って触覚再現 超音波ハプティックのスタートアップが2300万ドルを調達

超音波による触覚フィードバック技術を開発するUltrahapticsは、シリーズBの投資フェーズにおいて2300万ドル(約26.0億円)の資金を調達したと発表しました。
Ultrahapticsは、2013年に設立された触覚フィードバックを開発するイギリスの企業です。

同社は「mid-air haptics(空中ハプティック)」と呼ばれる、“何も手に持たず空中を押すと、ボタンやモノの触感を感じる”という超音波による触覚フィードバック技術を開発しています。

最近では2月から3月にかけて行われたGDC2017に出展しており、同社は最新のシリーズB資金調達ラウンドにおいて2,300万ドル(約26.0億円)の資金を調達しました。

同社は今後、VR/AR産業への参入を開始する予定だとしています。
こちらから引用→超音波で操作する空中触覚フィードバック

イメージ動画:Ultrahaptics in action


SFでよく見かける空間上に出した映像にピッピッと押すことができるやつか……。ああいうのは「飽くまでもフィクションの話」だと思ってたけど、現実になるのか。
現実がどんどんSFっぽくなる。楽しみに思う半面、ちょっと物語作りがやりづらくなると感じるところがあって……。詳しい話は、別のところでするので、ちょっと置いておくけど。
SF作家なんかはどうするんだろう? 現実がどんどんSF化しているけど。“近未来SF”とか、今の時代描ける? 『電脳コイル』のメガネみたいなやつも実現されたし、ロボットなんかそこらじゅうにあるし、SFが現代みたいな感じになってきてしまっている。
SFは宿命的に近未来的なガジェットを“提唱”しなければならない……というのがあるけど。『攻殻機動隊』は電脳空間の概念を提唱してみせたし、前出『電脳コイル』はMRグラスを提唱してみせたし。さらにもう一歩、今の時代にはなく、かつ近未来を感じさせるガジェット……ってなーんも思い付かないよ。

空間触覚再現デバイスはやっぱりゲームでどんな活用するかに期待したい。
前からニンテンドー3DSの液晶タッチパネル、触感があればもっとやりやすいのにな……と思ってたけど、これなら実現可能だ。さらに、立体物……3Dで正面に飛び出してくるオブジェクトを実際に触れて、ゲーム的な仕掛けを解く……というやり方もできる(エロいこと考えた人、正直に名乗りでな)
もっと期待したいのは、物理ボタンの概念。触感を自由な場所に作れるなら、従来のABXYボタンにこだわる意味がなくなる。下画面はフラットにして、そのゲームに合わせたボタンを出現させる。例えば格闘ゲームなら、6つボタンを並べることができる。今のゲーム、割り当てが非常に複雑だが、見た目で瞬時にわかるアイコンに触覚を載せることができれば、基本的にはボタンは決定ボタンとキャンセルボタンさえあればいい。レースゲームならA=アクセル、B=ブレーキではなく、「アクセルボタン」「ブレーキボタン」があるようにすればわかりやすい(『マリオカート8』の実況を見ていて、わりとあったのが「アクセルはAボタンか?Bボタンか?Bボタンだな……あー違った」ってやつ。久し振りに手に取るゲームなんかでは、本当によくあるんだ、これが)。ゲームの初心者に対して、もの凄い勢いでハードルを下げさせることができる。
まー、ぜーんぶ夢の話だけどなー。
期待するのはまだ早い。

5月7日 マリオカート8DX テクスチャ変わった?

『マリオカート8DX』のプレイ動画見ていて、「テクスチャとか変わったのかな?」という気がして、WiiU版を確かめてみたけど、変わったなかった。ただの勘違いだった。
……ああ、そうか。今までゲームプレイに必要な情報しか見てなかったんだ。テクスチャというか、背景に何があるとか、そういうのぜんぜん知らなかった。
いやいや、最初に買った時、まずタイムアタックモードでステージ周辺の風景に何があるのか見て回る……というのをやったはず。それすら忘れていたんだ。忘れていたから、いま見て回ると、ああ新鮮。
いろんなこと忘れてるね。

5月7日 Enty&ファンティアに作品公開

Enty&ファンティアに作品を公開しました。全体像、大きなサイズは、後に制作する単行本に収録します。
天子ミコ
Enty&ファンティアでは300円で先行公開しています。
Enty
ファンティア

5月9日 Unityでプリキュアの制作現場を効率化する

Unityがプリキュアの制作現場を効率化する。「『魔法つかいプリキュア!』EDでのUnity映像表現の詳細解説」聴講レポート

 東映アニメーションが制作を手がけるTVアニメ「プリキュア」シリーズは,2004年から続いている長寿作品だ。2009~2010年に放映された「フレッシュプリキュア!」以降,エンディングでは3DCGによるキャラクターがEDテーマに合わせてダンスを披露する内容になっている。
 その映像は手描きのアニメーションである本編と比べても,まったく違和感のないもので話題を呼んでいる。映像制作にはAutodeskのMayaが使われてきたが,2016~2017年放映の「魔法つかいプリキュア!」の後期エンディングではUnityも導入され,効率化を実現したという。
こちらから引用→4Gamer:Unityがプリキュアの制作現場を効率化する。「『魔法つかいプリキュア!』EDでのUnity映像表現の詳細解説」聴講レポート

へー。
『正解するカド』でも、エンドクレジットに「Unity」が入っててなんでやろ? とか思ってた(『正解するカド』も東映アニメ制作)。ゲーム版の制作とかやっているのかな? とか思ってたけど、そういう話じゃなかったのか。

そういえばUnrealEngne4を使って車のCMを作った……というのがあった。
ハリウッド映画並みのクオリティ!最新テクノロジーを駆使したシボレーのPRビデオ『The Human Race』
UnrealEngne4もUnityも、もはやゲーム制作だけのものじゃないんだな……。すごく興味深い。
ゲーム制作と無関係の映像作品でも使えて、なんとなれば同じモデルデータをゲームでも使えてしまう……。そう考えると、なんかワクワクする。映画やアニメで作られたキャラクターがそのままゲームで登場させられるわけだから。ゲーム用にキャラクターを作り直さなくても済むので制作が早くなるし、映画で見たイメージを損なわずに済む。

それにしてもUnityなら「リアルタイム」で映像を出せるのか……。
従来のCG制作ソフトでは「レンダリング」という待ち時間がある。私の漫画の背景、あの程度の内容でも、10分以上、時には1時間近くかかってしまう。その間、パソコンは使えないので、他作業は何もできない。たかが1コマ10分……と思われるが、結構時間が取られる作業だ。
ふーむ。
……ちょっとマジでUnity導入しようかな、と考え始めている。確か法人以外でも手に入れることはできたはず。


5月9日 ブレードランナー2について思うこと

『ブレードランナー』はあの時代だから特別な輝きを持った作品だった。CGなんて、ほぼないような時代で、いろんなものを工夫して、ディストピア的なSF空間を構築したこと。さらにリドリー・スコットの美意識であそこまで見事な映像に押し上げたこと。あの時代だからこそそれが凄かったし、素晴らしかった……。同時代に制作された冒険映画ふうSF映画たちと較べると、明らかにクオリティ面で1つ突き抜けていた。

それを、今の時代に再び描く……ということにどんな意味があるのだろう?
ひょっとして、もの凄く陳腐でチープな内容になりかねない。「今時、こんな80年代的な発想の映像を……」みたいになるんじゃないか。よしんば今の技術でもの凄くアップデートされていたら、それはそれで「雰囲気が違う……」みたいな気持ちになりそうだし。
あの時代の空気感を押さえつつ、かつ旧作世代と若い世代双方にショッキングな体験を与えよう……と思ったらすごく大変。そんなもの、誰になら描けるのだろう? という疑問もある。
それでも続編の映像に挑んだドゥニ・ヴィルヌーブ監督は本当に勇気がある。なぜか妙に応援したい気持ちがあるので、この挑戦に成功してほしい……という気持ちがある。

『ブレードランナー2』の原作小説を読んだのはもうずいぶん昔の話。
1作目でロイ達を説明するビデオのシーンに、一瞬画面がブレるところがある。そこに、実はレプリカントがもう1体いて……という内容だったと思うけど、なにしろものすごく前の話なので、それ以外は何も憶えてない。そんな内容だっけ?? と書きながら不安にすらなるレベルで記憶が曖昧。

あの“原作小説”のストーリーはどう見ても採用されていないだろうし、この機会にもう一回読んでみようかな。いま本棚を確認したら、ちゃんとあったし。読んでも映画のストーリーのネタバレになる心配もなさそうだしね。

5月10日 小林さんちのメイドラゴン生放送



これ見終わったら今日はもう寝よう。
今日寝れるわー

5月11日 劇場版『ひつじのショーン』を見た

映画『ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム』を見た。
これがなかなか面白かった。そもそも台詞のない短編クレイアニメが劇場映画になり得るのだろうか……? という疑問が最初にあったのだけど、エンターテインメント映画としてきちんと作られたいい作品だった。「台詞がない」作品だからこそ、どのように物語を構築するのか……という面で見ても、非常にいい勉強になった。
台詞がなくてもきちんと長編映画として構築できる、本当にきちんとシナリオが練られていたら台詞なんかなくてもしっかり見せることができる。その実例を見せられた感じがして、いい刺激になった。
詳しい感想は、アニメ感想のほうに書くことにするよ。

5月12日 スーファミ風Switch

90年代の青春が蘇る…「スーファミ風ニンテンドースイッチ」を海外ゲーマーが制作
スーパーファミコンふうSwitch
こちらから引用→インサイド:90年代の青春が蘇る…「スーファミ風ニンテンドースイッチ」を海外ゲーマーが制作

こういうのいいな……。カラーバリエーションはそのうち公式から出ると思うけど、まだ発売したばっかりだし、もうちょっと待たなきゃダメだろう。
もしも自分でシール作れるなら……ホワイト+えんじのファミコンカラーかな。そういうカラーバリエーション、公式から出そうな感じはあるけど。

5月13日 AI開発者・三宅陽一郎インタビュー

21世紀に“洋ゲー”でゲームAIが遂げた驚異の進化史。その「敗戦」から日本のゲーム業界が再び立ち上がるには?【AI開発者・三宅陽一郎氏インタビュー】

AI開発者・三宅洋一郎 このインタビューでは、大手ゲーム会社で第一線のエンジニアとして働きながら、日本デジタルゲーム学会理事を務め、さらには『人工知能のための哲学塾』や数々のAIの啓蒙書を執筆してきた、AI開発者・三宅陽一郎氏を迎えた。そこで語られたのは、21世紀に「海の向こう」で驚異の進化を遂げてきた、ゲームAIの歴史だ。それは同時に、日本のゲーム産業が3Dゲームの発展の中で、世界市場の「蚊帳の外」に追いやられていく十数年の歴史でもある。
 90年代、日本のゲームクリエイターは、素晴らしい職人芸と独創的なゲームデザインで、世界のゲーム市場を魅了していた。そこに21世紀、欧米のゲーム開発者たちは「サイエンス」の力でいかに挑み、ついには桁違いの巨大産業へ育て上げたのか――まずは、彼らの成し遂げた、そのイノベーションの歴史を見ていくことから始めよう。
こちらから引用→電ファミニコゲーマー:21世紀に“洋ゲー”でゲームAIが遂げた驚異の進化史。その「敗戦」から日本のゲーム業界が再び立ち上がるには?【AI開発者・三宅陽一郎氏インタビュー】

めちゃくちゃ長い記事で、読むだけで数時間かかるけど、もの凄く面白かった。
今、あっちこっちで「AI」と騒がれているけど、でも「AIってなんなの?」。よくよく考えてみれば、そういう基礎的知識すらなかったから、この記事を読んで、初めて「ああ、なるほど」と感心した。

長い記事をかなり雑に要約すると……。
ファミコンが登場してからプレイステーション時代までの間、日本のゲームは世界のトップを走っていた。プレステが出てからゲームの3D化が始まったけれど、根本的な構造はファミコンと同じ発想が通用していた。シンプルなスクリプトで、ステージの中で敵キャラクターを巡回させ、それが生きているように感じられたり、恐ろしく感じたり、プレイヤーの良きライバルのように感じられた。そのように感じさせるのが日本人はうまい。シンプルに作られた世界の奥に複雑さを感じさせる。さらに「おもてなし」の精神こそが、日本のゲームと世界のトップランナーへと押し上げていた。
一方の欧米ゲームはずっと日陰者だった。彼ら自身も、自分たちのゲームが日本のゲームより劣っているという自覚があった。
だが、そもそもの“発想”が違っていたのだ。今日的なオープンワールドや、AIの発想は早くから試みられてきたが、単にスペック問題で発想を実現できなかっただけの話だった。
欧米のゲームクリエイターたちは、作ったゲームをオープンソース化し、技術を共有し、さらに大学の研究を応用し、心理学の専門家をゲーム制作に参加させ、「どうしたら自分たちが考えていることを実現できるか」試行錯誤を続けてきた。
その地道な積み重ねが、ゲームのハイエンド化と同時に、一気に花咲くことになる(要するに、逆転の機会を与えたのは、ハイエンドなゲーム機を作った日本人自身)。今まで続けてきたことが、スペックが上がったことによって実装可能になった。それに、欧米の人々は大胆に人材を使って、大きなものを作るのに慣れている。
技術の言語化……日本人の間では「なんとなく」で共有されているものを、あえて言語化して、それを共有し、効率化した上で、バジェットを拡大していく。欧米人が得意な(そして日本人が苦手とする)手法を徹底的にやられてしまい、ついに現在のような状況を作ってしまうことになる。
とりわけ、問題なのは3D空間におけるキャラクターをどう動かすか。日本人は、アニメーションを作るように一つ一つ手付けで問題を解決していくが、しかしそれでは3D空間における自由で自然な動きは付けられない。自然に感じさせようと思ったら時間とコストがかかるし、プレイヤー側にもなんとなく型にはめられたような感じがして楽しくない。
それを解決するのがAI。AIでキャラクターを自立的にアクションさせ、プレイヤーに対して手応えのある、そして自然に感じられるキャラクターの生成を実現した。

……うーん、要約の仕方が雑で、欧米のゲームがどのようにAIをゲームに組み込んでいったのか、その経緯をちゃんと書けない。要約が単に日本VS欧米という図式の話だけになっちゃったな。この辺りは、ながーい元記事を読んでいただいたほうがいいです。知識が曖昧な私が書いても、どっかでおかしくなるのは目に見えているんで。面白いんで読んでください。時間の無駄にはなりません。

今回のこの記事を読んでいて、個人的に勘違いしていたのは、バジェット、お金と人材のスケールの差問題。欧米は大きなお金を使って、人材を大量に雇用して何か作るのに慣れている。特にアメリカは、ハリウッドで映画作っている技術と人材をそのままゲームの世界に引き込める(画像データ・素材もそのまんま使えたりもする)。今のゲームの日米差は、そういうところから来るのだろう……。
でも、そうじゃなくて、もっと根本的な“発想の差”だったんだな。日本のゲームでも規模だけ大きくすれば、欧米と戦えるゲームができるかって……いや、それだけはない、とは思っていたけど。漠然としていたものに明確な形が生まれたような感じです。

4ページ目の「アカデミズムとゲーム業界の結びつき」の章。
三宅氏「ただ、MITなどはさすがに、1995年当時からデジタルゲームの研究をしていますね。とはいえ、2000年頃からゲーム産業が予算を大学につぎ込んでいきます。EAなんて、確か南カリフォルニア大学に巨額の予算を出して、デジタルゲーム研究・教育のシステムを立ち上げてます。大学講師にもゲーム開発者を入れていきます。大学側からすれば情報学科の人気も上がるし、就職先も増えていく。ゲーム産業から見ると、人材がこっちに来てくれる。双方にメリットがあったんです。」
(中略)
三宅氏「一方でゲーム業界はゲーム業界で、そもそも80年代のころから、風変わりな人や、大学からドロップアウトしたような先輩が「世間を驚かせて見返してやる!」という気概で頑張って引っ張ってきた業界なので、ちょっと「大学怖い」みたいなアレルギーもあったりします。」
……そうだな。
アニメやゲームって、アカデミズムから徹底的に嫌われ、疎まれ、蔑まれてきて、ああいったところにいる偉い先生なんかが少年犯罪なんかが起きると「アニメやゲームが原因だ」って、スケープゴートにしてきた。今でも、アニメやゲームが悪いから、少年犯罪があっちこっちで起きている……という発言をする先生は結構いる。
アニメやゲームの作り手って、ずっとそういうレッテル貼りをされてきて、だからそういう権威的なものに対して「うるせーよ!」という対抗心を持って戦って来た……という経緯があるから、今さら「仲直りしましょ」なんてあちらから言われても「はぁ?」みたいな気持ちになる。実際、いま大学で漫画の書き方なんか教えているところとか、結構あったりするけど、私なんかは「大学で漫画だとぉぉぉ?」みたいな反応をしてしまう。まず第一に疑ってしまう。
大学の先生方は、スケープゴートにしてきた歴史に対して、悪気なんてぜーんぜんないんだ。スケープゴートにしてしまった、というつもりすらもないから。そんなもんなんだ。差別者って、差別という意識がないから起きるんだ。
私なんかも、大学には行ってない。私の時代の大学は、そもそも「学ぶところ」ですらない「青春を取り戻す場所」だったから。大学で勉強なんて、誰もやってなかった。馬鹿馬鹿しくて大学に行かなかった。
でも……こういう時、大人になって相手を許さなければならないのは、こっちなんだよな。と、今は思う。

こういう技術系の記事を読んでいると何となくワクワクする性分で、「こういう発想があるんだったら、じゃああれができるな」とか考えたりしてしまう。
前からこのブログで「RPG作りたい」という話をしていて、しかし“ある問題”をどのように対処していけばいいのだろう……と考えていて……(もちろんそれは『RPGツクール』なんかでは絶対に解消できない)。今は漫画制作で忙しすぎるから手を出せてないけど、本当に作るつもりがあるんだよ。で、AIをうまく組み込めれば、色んなことが可能になるな……と。

セルフゲームコントロールシステム……ゲーム側がプレイヤーのスキルを判断して、難易度調整する、というやつだけど、昔のコナミがやっていた「自動難易度調整」を思い出してしまった。「自動難易度調整」はAIではなく、作り手の手付けによる調整だったのだけど。それで、難易度を落とすために復帰しやすいタイミングでわざと死亡する……というのがテクニックになっていた。
AIによるセルフゲームコントロールシステムなんてものが入ってくると……「わざと下手なふりをする」がテクニック化する……かな?

今は欧米ゲームのほうが上、日本のゲームは下、さらにアジアのゲームが背後に迫っている。日本がどんどん時代遅れの日陰者扱いになっている。このまま過去の栄光にしがみついて、ゆるやかに沈没するか?
いいや、ここでこそかつてトップランナーだった頃の意地を見せる時だろう。日本は昔から「追いつけ追い越せ」をスローガンにすればもの凄いポテンシャルを発揮する。明治の工業化や戦後の復興や、似たような状況は過去に何度も経験して、それを乗り越えてきた。そして、今回も乗り越える時だ。
今回の記事の最後に、電ファミニコゲーマーの中にAIWikiを作ろう……という話にもなった。これはひょっとすると、日本のデジタルメディア史において、なかなかに画期的な現象なるんじゃないかな?
追い詰められ、追い込められてからが本当の勝負。これからの展開に期待しよう。



5月14日 からあげクン かいしんの一撃味

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会心の一撃!
スライムを倒した。
とらつぐみはレベルが上がった

 ……ステータスは何も上がらなかった。

美味しかったです。

5月15日 イラスト投稿

Enty&ファンティアにイラスト投稿しました。
色葉あや
お絵かきあやさん。
300円で先行公開しています。
Enty
ファンティア

5月16日 ニートでもいいじゃない

Twitterに書かなかった話題を1つ。

《一部省略……ちょっと問題になりそうな箇所があったので》

それで、唐突に思ったのだけど、「ニートの問題」というのは、「働かない」ことではなく、「社会と繋がりを持っていないこと」のほうじゃないかな……と。
どこかで聞きかじった話だけど、江戸時代って、結構無職の人達がいた……とか。いや、聞きかじりの話だけどね。でも、無職ニートでもなんとなく社会と接点を持っていた。周りの人達が何かと世話を焼いてくれるし、ちょっとした手伝いをして駄賃をもらえるし、まあそこそこのお金ができれば必要なものはレンタルできるし。お金ができても「宵越しの金はもたねぇ」と全部使って、翌日からまたふらふらした生活してるし。「江戸時代 無職の暮らし」とか「生活」とかで検索すれば、まあいろいろ出てきて面白かったです。
昔はニートでも、なんとなく社会と接点を持っていて、知り合いに呼ばれて仕事の手伝いや下働きをやったり、何かの時に「お前、ちょっとやってみるか」って非常時に頭数を揃える要員になったり、とニートでもすぐに社会と関わりを持てて、生活ができた。
別にニートでも良かった。社会との繋がりを持ててさえいれば。いつでも非ニートになれた。社会との繋がりが持てなかったから、ニートになる……ニートの問題が生まれる。江戸時代の人はどちらでも選択できたので、「ニートになってしまう」という不安感はきっと当時の人にはなかったんだろうな……なーんて想像してしまう。

ちょっと聞くのは、昭和30年代頃とかも案外、まだこういう感じだった……とか。当時の資料を調べると、1950年代頃は容易に就職ができた。中卒でも簡単に就職ができた。
1950年代頃は、中卒就職者が80万人。高卒が20万人。大学卒が……数字が低すぎてよくわからない。とにかく、学歴は問われなかったようだ。
で、こういう「人と社会がゆるーく繋がっている状態」がいつ頃崩壊したのか?
えっと……『どこか〈問題化〉される若者』という本を見ているのだけど……農村社会には「次男三男問題」という、家を継ぐわけでもなく、働き場所のない余剰人口の問題があった。特に戦後はこの問題は大きく、農業人口は実に1800万人。
この1800万人というニート予備軍の受け皿になったのが、高度経済成長。戦後復興と工業化の大きな波があり、これが農村漁村の余剰人口を一気に吸収していった。
1960年代。戦後ベビーブームで生まれた団塊世代たちが、みんなまとめて高校へ進学。ここで、社会の労働者不足の懸念と、学校による選抜システムがマッチングすることとなる。学校は学歴という名刺を作り、社会はその学歴を頼りに質の高い学生を採用する。学校と社会がWINーWINの相互関係を作り、この当時の波に乗った団塊世代達が「中流階層」という大きな層を構築する。
団塊世代は時代の恩恵を存分に受け、受けすぎた世代だといえるだろう。特に大変な苦労も努力もなく、学校から社会へとシームレスに移動し、しかも終身雇用という特典付き。
団塊世代の多くは学生時代、左翼活動をやっていていた。学校を封鎖し、警察官に石を投げ、グループ内で乱交などをやっていた(乱交目当てで左翼になった学生もいたとか)。それくらい好き放題やって、なのに大人達から同情され、社会に出ると学生時代にやらかしていただいたいのことはリセットできた。
それだけの“時代の恩恵”を受けまくって、しかもその恩恵を受けていたことに気付いていない……その結果が、どうしようもない“勘違いバカ”が量産される結果になったのだろう。

じゃあ、この辺だろうな。家が「核家族」という小単位で区切られ、地域社会との連続性が断ち切られ、「豊かさ」と「孤立」を同時に押し進めていったのは。
「引きこもり」の問題は、その「個人」の問題ではなく、そもそも家そのものが地域から「孤立」する殻になってしまった。「個人」の問題ではなく、「家」そのものが社会から断絶した引きこもりのための箱になってしまった。引きこもりとは個人の問題ではなく、そもそもの家の問題だ。(※)
1950年代~60年代は高度経済成長による大規模求人という大きな波があり、それが若者の受け皿になっていた。が、90年代バブルが弾けたそれ以降は、そんな若者にとってのラッキーなんかありゃしない。団塊世代中流階層の子供たちは、まとめて「余剰人口」となってしまったわけだ。
ゆえに、人口に対して少なすぎる求人を奪い合うこととなり、熾烈な就職競争、あぶれ者による就職氷河期が訪れる。
この問題の解決は、単純に雇用の機会を拡大すること……なんだろうなーとは思っているが。社会は雇用を制限するし、教育もきちんとしない(はじめから「教育しなくても仕上がっている」人材を求める傾向がある。そんな都合の良い人材、いるわけないだろ。「即戦力を求む」なんて「教育したくない」と言っているようなもの)し、社会はこの問題に対して、積極的に解決しようという素振りすら見せない。

でも、社会とゆるーく繋がっていたら、別にニートでもフリーターでもいいんじゃない? ……というふうに思う。
例えば、ラジオパーソナリティーとして超有名な鷲崎健さん。
この人は、30歳までバイトしたり、友達や彼女のところに転がり込んだりと、文字通りふらふらしていた。
それがある時、友人に「ラジオでギター弾ける人探してるから来てよ」と行ってみたら、そのまま「じゃあラジオで喋ってみないか」と誘われて、あれよあれよと超有名人。
鷲崎健さんの場合、喋りとギターと歌唱に天性の才能があり、ラジオで拾われることによって、この才能が引き起こされた……もともと持っていたものがあったからこうやって開花したという特別例外レアケースな話としても、人や社会とゆるーく繋がっていて、「人探してるからちょっと来てよ」みたいに誘われる機会や誘う人がいたら、ニートでもいつでも社会の一員になれたんじゃないかな……と。
社会に人とゆるーく繋がる余地があれば、別にニートでもよかろう。

しかし現代は、レールから外れると……学歴の獲得と就活に失敗すると、その瞬間、社会との関わりが立たれてしまう。
この競争は学校生活の段階からすでに始まっていて、成績、運動、ルックスのみばかりではなく、趣味思考までもが細分化されたスクールカーストに組み込まれて、そのスクールカーストを通した視点で、友人を選ぼう、人の価値を計ろうという感覚が、少年少女の中にすらしっかり染みついている。
ここから外れると、何か失敗すると、あるいはスクールカーストの中に置けるイレギュラーになってしまうと(例えば“オタク”であることが発覚するなど)、あっという間に学校内で孤立する。学校という社会の中で、人同士の繋がりが絶たれてしまう。

私はニートだけど、まあ別にニートでもいいや……というふうには思っていて、そこに危機感はなにも感じてないけど、ただ、社会との接点が全くないことに対して、まずいな、と思っている。(ネット上でも誰とも接点を持ててない。これは本格的にまずい)
私には友人は1人もなく、こういう暮らしの中で、誰かと喋ることすらない。近隣住民との接点も当然なく、この周囲で暮らしている人達がどんな顔をして、どんな名前なのかもまったく知らない。
街で暮らしているのに、無人島で暮らしているかのような、そんな奇妙な錯覚すらある。外に出て道を歩くことは当然あるし、そこで人とすれ違うこともあるのだけど、それが誰なのかわからない。どこか、ゲームに登場するモブキャラのような……一切干渉できないタイプのモブキャラが視界にふらっと入っているだけ……みたいな感じだ。
だいたいそんな感じだ。社会と何の接点を持ててないということは、どこかでその一員になる機会もない……ということ。もちろん、履歴書を持って求人を出しているどこかへ行けば、話は別だけど、ここではそういう話はしていない。ゆるくでも人と社会が繋がっていれば、いつでも非ニートになれる機会がある。そういう社会であれば、別にニートでもあってもいいだろう。小説や漫画とかを描くニートをやりながら、時々ふらっと仕事をして、また小説をぽつりぽつりと書く暮らしに戻る……江戸時代の人達は実際そういうふうにしていたという話だけど、そんな社会だったらいいのに、と思う。
だから何度も繰り返すけど、別にニートでもいい。問題なのは社会と接点を持たないことだ。ゆるくでも繋がっておこう。

ふらっと思い付いたことをふわっと書いたつもりが結構長くなっちゃったな。5行くらいの内容にするつもりだったのに。

※ 昭和30年代頃は、人と人が手を取り合って暮らしていた……というのはよく美談のように語られるけど、その当時を過ごした押井守監督は「煩わしかったから核家族になったんだろ」……と、たしか『映画秘宝』でこんなふうに語っていたと思うのだけど(手元に資料がないんだ。すまん)、手を取り合っての暮らしは、当時そうするしかなかったわけだけど、実際には面倒くさいと思われていたようで……。そういうのはなんかわかるな……。人と接していると、ふと家に帰って誰とも会いたくなくなる瞬間があるもの。どうしようもない「引きこもり気質」。日本人は誰でも、そういう気質をある程度持っていると私は思い込んでいる。


5月17日 Splatoon2 ヒーローモードの話題



Splatoon1作目のヒーローモードが好きだった。空いた時間とか……ゲームを起動したけど、あと5分でステージ入れ替えだな……とかそういう隙間時間とかでよくやっていた。ナワバリマッチより気軽に遊べる感じがしたし。
しかし、あくまでも「大きめのチュートリアル」というポジションだったから、物足りなさもあった。
2作目は映像見た感じ、かなりバリエーション豊かな感じ。いろんなブキが使えるみたい(ブキチが試作機を提供している……ということはヒーローモードをクリアするとそのブキがナワバリで使える流れかな?)。前作も、実はシューター以外のブキでヒーローモードをやってみたかった。「大きめのチュートリアル」というのだったら、ローラーやチャージャーを使えて然るべきだろうと思っていたし。

Splatoon2……楽しみだな……楽しみだな……。



5月18日 影響を受けた作家は?

#自分が一番影響受けた作家さん

色んな人、色んな作品に影響を受けてきたと思うけど、最終的に私の作品に残っているものは何だろう……? こういうものはむしろ自分ではわかりづらい。誰かに「○○っぽい」と言われたら、それが客観的意見だから正解なのだと思うけど、そういうのも言われたこともない。
私が人生で最も繰り返し見た映像は、間違いなくリドリー・スコット監督が制作した映画だけど、私の作品には“リドリーっぽさ”はどこにもないと思う。いや“思う”じゃないくて、ねーよな。まったく。
“影響を受けた”という時に挙げる作家や作品って、多分ある程度「格好つけ」がそこに加わっている。有名な作品を挙げることによって、ちょっと自分の価値を上げようとしているところがある。
あるいは、絶対手が届かないものに対する“憧れ”――手が届かないとわかっているからこそ抱く感覚。
でも、“作品として出てくるものこそその人間の本質だ”――という考え方が私にはあるので、セーラー服の女子高生が……セーラー服の女子高生だけが出てくる作品というのが、私にとっての本質的なものなんだろう。私の創作には、“性的動機”以外のものが何も出てきていない。性的動機を中心点において、その周辺のモチーフに少しずつ踏み込める……そういう感じ。
と、そういうふうにいうと、リドリー・スコットだって、ずっと似たようなヒロインを描き続けている。リドリー・スコット映画には、いつも似たような印象のヒロインが登場する。目鼻立ちのくっきりとした顔で、眉はやや太め。映画『グラディエーター』に出てきたおばちゃんと結婚したけど、このおばちゃんもこのラインに入る顔をしている。リドリー・スコットにとっての軸足って、ああいう顔立ちの女性で、その女優のイメージを中心点において、いろんなモチーフを作っている。
そう考えると、なんだリドリー・スコットみたいな大巨匠でも、俺らとやっていることはかわんない……って世界の大巨匠を俺らと同じハードルに下げて考えるんじゃねー。
本当の意味で影響を受けたもの、現在の創作の原型的なイメージになった過去の作品……これを挙げろ、と言われると……うーん。難しい。
子供の頃好きだった『ドラえもん 大長編シリーズ』『ジョジョの奇妙な冒険』の初期シリーズ、『おざなりダンジョン』……。ゲームでは『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』、ファミコン時代のコナミのゲームとか、セガサターンの名作達……。意識はしていないけど、言われてみればあのあたりの作品のエッセンスは、私の作品のどこかしらに息づいているようにも感じられるような気もしないでもない(あの時代に感じた“批評”を含めて)
さて、読者は私の作品から、私の作品の背後にどんな作品をイメージするだろう? 連想するだろう?

〈マストドンでの話題〉

5月21日 ニャンディーズの話題


『ネコマリオタイムズ ニャンディーズスペシャル』を見た。Switchで発売が予定されているインディーズタイトルの紹介。どの作品も独創的だし、変に重厚そうな難しそうな感じもなく、見ていてかなり楽しかった。
やっぱりこれから勢いが出るのは、インディーズだろう。小回りも利くし、独創的な作品にも挑戦できる。ただ、大きな予算を使えない……という弱点は孕むが。
映像を見ていると、なんとなくファミコンやスーパーファミコンの頃のことを思い出してしまった。お金も実績もないけど、「俺達の好きなもん作るぜ!」的なあの時の空気。それで、結果として多くはゴミだったけど、その中からでっかい当たりが出て、大きくなったところもある(その後のPS2後期やPS3で大作主義時代が来て、大手以外全滅してしまったのだが)。Switchに来て、なぜかそういった時代の感覚に戻されたような、そんな気がする。
Switchのインディーズ向けの開発機材はたったの5万円だそうだから、日本でもインディーズの流れがくればもっと面白くなるのに。インディーズは海外勢に押されすぎ。ここでこそ「日本産の凄さ」を見せてほしい。
「最近のゲームは続編ばかり」「似たり寄ったりのドングリの背較べみたい」……そういう時代だからこそ、インディーズで「俺はこうやる!」というのを作って欲しい。

私もできるならこの流れにのりたい……。いや、もしかしたら頑張ればできるんじゃないだろうか……という気が最近してしまっている。ムラムラ……とゲーム作りをやってみたい、と思うようになって。
今は漫画制作で忙しいけど、少しでも空いた時間ができたら、真面目に考えてみよう。

5月21日 とある中国映画を見たのだけど……

とある中国映画を見たのだが……。
ファンタジーを描くのは一向に構わないのだが、もうちょっと他国文化を尊重できないものなのだろうか。中国武術の精神性云々を説教臭く語る場面があるのだけど、映画自体が嘘と不誠実で固められているおかげでまったく響いてこない。映画それ自体が大きなブーメランとなって、作品を駄目にしてしまっている。
とある特定の国文化……とぼかす必要もないか。反日映画だったんだよね、それ。かなり評判のいいカンフー映画で、実在人物を扱った史実という話を聞いていたのだけど、ただの反日映画でがっかり。
中国武術の精神がいかに素晴らしく高潔か、それに対して日本がいかに精神性が欠けているか……という話をするのだけど、なにもかも嘘、歴史事実をねじ曲げて日本人を悪魔のような存在に描き、その上で「中国武術は素晴らしい!」なんて語られても何も入ってこないというか……。アクションだけは本当に素晴らしいものだったんだけどね。作品自体に誠実さをまったく感じないので、そらぞらしく感じられてしまう。そもそもあの達人、戦時中、日本人と戦ったという記録自体ないし。
中国の反日精神なんとかならないものかな……。もはや病気だよ。



5月23日 ProjectMOE 第6話その7公開

『ProjectMOE』第6話その7が公開になりました。
次のサイトで閲覧できます。
pixiv:第6話その7
TINAMI:第6話その7
漫画ハック:第6話その7

マンガボックス:第6話その7
アルファポリス:第6話その7
マンガボックスとアルファポリスは縦書きバージョンです。

新たに掲載されているサイトが追加されました。
Note:第6話その7
Enty:第6話その7
ファンティア:第6話その7

5月23日 逆転裁判5クリア!

昨夜は『逆転裁判5』を完了させた。
先月、「なぜか『逆転裁判5』の記憶だけまったくない」ということを思い出して、やり直してみるか……ということでプレイ。
始めてみると、記憶の鍵が一つ一つ開くみたいに、「ああ、ここの台詞憶えてる」「このシーン、このトリック憶えてる」と思い出せたのだけど、でもその一歩先が全く思い出せない。この事件の犯人は? 結末は? その辺がまったく思い出せない。そのシーンが来て、それから「ああ、憶えてた」という感じ。そのおかげで、初見じゃないのに初見みたいな感覚で楽しめたのだけど。
時々……まあミステリーなんで、「この仕掛けはもしかして?」と気付く場面があったのだけど、でもそれが、現在の私が目の前の情報を見て「わかった!」というものなのか、それとも過去の記憶が戻ってきたものなのか、どっちなのか自分で判別できなかった。
作品は? ……めちゃくちゃ面白かったよ。久し振りの『逆転裁判』もの凄く楽しかった。やっぱりこのシリーズ、大好きだわ、と思った。
でも、なぜ『逆転裁判5』の記憶が、こうも私の頭の中から綺麗さっぱり消えてしまったのだろう? たぶん、その当時に起きた何かに釣られて記憶が消えたのだと思うけど……。日記を遡ってみればわかるような気がするけど、その作業も大変だな。やめとこう。
『逆転裁判5』を終わらせてみて気付いたけど、有料DLCにまったく手を触れてないようだった。あの当時、有料DLCにもの凄く抵抗感があったのよね。当時から今に至るも、とにかくお金がなくてつらい! ……という状況が続いているから。でも500円くらいだし、ちょっとやってみるか。

『逆転裁判6』は?
実はまだ手に入れられてない。新しいソフト買う金がないんよー!

ああ、漫画やイラストを描いて、お金をもらえる暮らしがしたい。



5月24日 ブログ更新 漫画反省会

『ProjectMOE 第6話その7』の反省会です。
当ブログ:ProjectMOE 第6話その7 反省会
記事の最後にちらっと書きましたが、『ProjectMOE 第6話その8』は5月28日公開です。

5月24日 pixivSketch AI自動着色

pixivSketchに「自動着色」というものができたそうなので、さっそく漫画に色を付けてもらおう。
元絵
元絵
↓ ↓ ↓
自動着色

大 惨 事
ひえー、ぜんぜんキャラに色を塗ってくれない。

背景があるのがまずかったのかも知れない。
背景抜き、キャラ色あり、影ありで読み込ませてみる。
元絵
元絵
↓ ↓ ↓
自動着色

うーん……。最初の大惨事より、多少よくなった感じはあるけども……。
なんか全体をセピア調にして、雰囲気だけで誤魔化された感じ。

漫画1ページがダメなんだったら、1カットならどうだ。これなら考えなければならないものが減るからいけそうだ。
元絵
元絵
↓ ↓ ↓
自動着色
自動着色

……よしよし。わりといい感じに着色してくれた。でもキャラはいぶきとあやしか塗ってくれてない。サキとミコはなんでスルーされた?

漫画のカットはキャラも多いし、いろんな芝居の要素が入って複雑なのかも知れない。
ではキャラ1体だけならどうだろう? イラストの元になっている線画ならうまくいくんじゃないか?
元絵
元絵
↓ ↓ ↓
自動着色

大惨事再び。
えー? なんでオッドアイにされてしまったんだ? 制服も靴下もぜんぜん識別できてない。かなりシンプルなイラストだと思ったのに、なんでだ??

始めからある程度色が付いているほうがいいのかな……。
色塗り分けされている状態の絵に着色してもらおう。これなら大惨事は防げるはずだ。

元絵
元絵
↓ ↓ ↓
自動着色

なんでだ?
えーなんていうか、汚い
というか、なんで左の瞳を緑に塗りたがるんだ?

色葉あや結論。自分で塗った方が絶対にいい。

うーん、やっぱりまだまだ実験的なものだな。これなら、人が塗った方がはるかにクオリティが高い。スピードよりも、クオリティを取ったほうが良い。

でも、実は他にもやってみて、上手くいった例は存在するんですよ。そっちのほうはなんとなく保存しなかったんだけど。今回試した絵はどういうわけかまったくうまくいかなかった。
人によってはものすごく良い具合に塗ってくれた……という報告事例はあるのだけど、私の絵の場合はまったく……。もしかしてこれ、「絵の下手なやつはAIも塗る気なくす」みたいなやつかな?
あるいはそもそもAIに嫌われてる?
嫌われているんだったら、しょうがないかな……。

よく「未来の世界ではAIが絵を描いてくれる。AIが勝手にアニメを作ってくれる」なんていうけど、それはやっぱりあり得ない。そんなふうにAIが優秀な働きをしてくれる事例って、要するに裏に優秀なプログラマーがついて、丁寧に丁寧に指示出しした結果だから。AIが素晴らしいんではなく、プログラマーが素晴らしい。鮮やかに人形が動いているのではなく、優秀な黒子が動かしているだけ。将棋で有名棋士を打ち負かしたのは、AIだ、というよりプログラマー。
私みたいなポンコツがAIを使ってうまくいくわけはない(事実、うまくいかなかった)。AIに仕事持って行かれる心配はする必要はないでしょう。どちらかといえば、AIは仕事の能率を上げるためのもの。仕事の全権を奪うものではないでしょう。

5月24日 pixiv漫画ランキング!

漫画で初めてランキング入りした。
すごい!
279位!
めっちゃ底辺!
pixivランキング入り
↓ ↓ ↓ ↓
5月25日
pixivランキング

一日でランキングから姿を消すと思ったら、なんと上がってた!
219位!
やっぱり底辺!

冗談っぽく言っているけど、かなり嬉しいんですよ。私の漫画は、読んでいる人がぜんぜん「いいね!」を入れてくれないタイプの作品だから……。
もっとランク上がればいいな……と思っているけど、やっぱりダメだった。残念。2日目にはランキングから姿を消した。

5月28日 ProjectMOE 第6話その8公開

『ProjectMOE 第6話その8』が公開になりました。
次のサイトで閲覧できます。
pixiv:第6話その8
TINAMI:第6話その8
漫画ハック:第6話その8

マンガボックス:第6話その8
アルファポリス:第6話その8
マンガボックスとアルファポリスは縦書きバージョンです。

新たに掲載されているサイトの紹介です。
Note:第6話その8
Enty:第6話その8
ファンティア:第6話その8

反省会も公開になりました。
当ブログ:ProjectMOE 第6話その8 反省会

5月29日 ドラクエ10とドラクエ11の話

『ドラクエⅩ』Switch版発売日決定……。
これを見て、「ドラクエXIのSwitch版が決定したのか」と勘違いしてしまった。この頃、『Ⅹ』と『XI』の情報が入り乱れに出てきて、「どっちだ?」と混乱することがよくある。
『ドラクエ11』のほうは、まだ発表ができないとかで……。「大人の事情」というが、さすがに情報がなさ過ぎて、何を察して良いのやらわからない。Switch版とPS4版同じバージョンという予想を立てた場合、そこまで移植に時間がかかるとは想像しにくい。Switchでもアンリアルエンジン4が動くわけだから、なににまごついているのかわからない。
それじゃ、やっぱりSwitch版固有の別バージョンを作っている? ……どうなのだろう。

『ドラクエ10』はその当時公開されていたバージョン2、?(どこか忘れた)までストーリーを進めて、レベルを充分に上げて、することがないな、というところまで進めて、それきりだ。さて、いつ再開しようか……というところ。どうせSwitch版が出るならそちらで……いや、私にはそもそもSwitchを買うお金すらないんだけど。
オンラインゲームは一回離れると、どのタイミングで復帰しようか……と考えてしまう。『ドラクエ10』はずいぶん時間が経ってしまったから、もう操作方法もストーリーも忘れてるし……。かといって中途半端なところで終わらせてしまったストーリーをきちんと終わらせたい、という思いもある。タイミングが難しい……。

その『ドラクエ10』だが、PS4版が発表された。ついに来たか……という感じ。前から「『ドラクエ10』はPS4版も出ればいいな」と思っていた。
任天堂ユーザー、ソニーユーザーなんとなく縄張り意識を持って良くないな、という気がしていた。オンラインゲームでなら、任天堂機のゲーム、ソニー機のゲームを交差させて、少しずつ両者の壁を溶かしていけばいいなと思っていた。
ハードを1つまとめにすればいい……という考え方に対してははっきりとNO。任天堂機、ソニー機はっきり違う個性を持っているのだから、1つまとめにしてしまうとゲームから多様性が失われる。ゲーム文化の未来を考えると、良くない結果をもたらす。これは別れ続けていたほうが良い。ハードが1つだと、似たようなゲームをゴールにしてしまいがちになってしまう。
ユーザーは「任天堂がいい!」「ソニーがいい」みたいなナワバリバトルをやり続けているけど、別にメーカー側はもうお互いを「倒すべきライバル!!」みたいに思ってないんじゃないかなと思う。当事者のいくつかのインタビュー記事を読んでいても、もうそんな感じ。お互いの距離感わかっていて、ぶつかり合おうという意識はない。そんなことに意味がないことはわかっている……という感じ。
そこでユーザーだけが訳のわからない喧嘩をし続けるのはどうかな……と。というかそれでも喧嘩し続ける人って、なんというか、ちょっと「おかしな人」、みたいな感じに私には見えてしまっている。
それで、例えば『ドラクエ10』や『ファイナルファンタジー11』あたりが両方のゲーム機に出て、この壁を壊してくれればいいじゃないか。任天堂ユーザーとソニーユーザーが混じり合えばいいんじゃないか……みたいに思っていた(PS4版『ドラクエ10』がWiiU、Switchユーザーと同居するのかどうかはまだ知らないんだけど)
ゲーマーなら、変な考えに捕らわれず、SwitchもPS4もXBOXも買え! 全機種ちゃんと買い揃えてからゲーマーを名乗りなさい。それができていないうちは、まだまだ半端者だよ。


おまけ マストドンの話

マストドンのPawooにアカウントを作って1ヶ月……くらいかな。イラスト投稿とかもう早々に出し尽くしてしまって、私はあそこであまり発言しなくなってしまった。ネタがなーんにもないので。
マストドンのいいところは、ある程度閉鎖されているところだろう。Twitterのように解放されすぎてないから、みんな安心してちんこまんこうんこを連呼している。Twitterも最初の頃はちんこまんこうんこ言ってもいい空気はあった。それが今や人が増えすぎて、公共性を意識せよとか言われるし、場合によってはリツイートで晒しあげ、何でもない一言が炎上に繋がったりする(本当に「それ怒る必要ないだろ」ということでも日々炎上している。以前より「炎上が起きる」ハードルは下がっているように思う。客観的に見ていて、「なぜそれが炎上しているのかわからない」話ばかりだから)
私のこのブログ、Twitter上で書いたことを「ちょこちょこっと書き足ししてます」と書いているけど、実際にはぜんぜん違う……ということが非常に多い。Twitterで書くといろいろ面倒というか……変なところで切り取られたり、悪意を持ってまとめられたり、意図したこととまったく違う内容で拡散され、叩かれる可能性が常にあるので、怖くて思い切ったことが言えないからだ。Twitterは人が増えすぎたがゆえに、そういう面倒なツールになってしまった。
言いたいことが言えない。本音が言えない。オブラートをかけ過ぎて薄ーい内容にならざるを得ない。思想的に危ない人達も結構いるので、そういう人達に絡まれないように注意もしなければならない。
解放されているがゆえに、閉鎖的になってしまった。Pawooを見ていると、そういう空気に辟易としていて、それで逃げ込んできた人が一杯いる(このブログ記事は閲覧数がいつも5人前後だから、まあ安心している)
Pawooはpixiv運営のマストドンだ。ゆえに絵描きが多い。見ていると、みんな絵描きとしての悩みを吐露している。絵描きとしての悩み、不安、あるいは仕事で受けてきた理不尽な仕打ち……そういうものがPawooの中で共感する悩みとして語られている。
これも、Twitterではできない話題だ。Twitterで書くと、「ネガティブなこと語るな」「自分語りうざい」「だったら絵描きやめろ」などさんざんな攻撃を受ける。彼らの意見をまとめると「制作者が何を考えているかなんて知りたくもない。消費するための玩具を生産し続けろ。お前らはそのための機械だろ」……といったところだろうか。
Twitterはごく普通の人がエゴを吐き出すツールになっている。攻撃し、マウントを取り、その上で少々の自尊心を満足させる。本当の意味で「何もない人」が、少々の優越感を得るために暴れる場所だ。ある意味で、今の社会が持っている潜在的な歪みを具体化する場所になっている。だから「本音が語れない場所」になってしまった。
マストドンは私は相変わらず1年後くらいには廃れそうだな……みたいに思っているけど。今の「ファーストユーザー」が言いたいことを言い終わって去った後、ゆっくり潮を引いていきそうだな、みたいに思っている。Twitterなんかで言えないことを言える場所、避難所みたいな感じで残り続けるのかも知れない。


はい。それでは今月は以上です。
それではまた来月。

『ProjectMOE 第6話 魔法少女その8』が公開されました。

作品が掲載されているサイトの紹介です。
pixiv:第6話その8
TINAMI:第6話その8
漫画ハック:第6話その8

マンガボックス:第6話その8
アルファポリス:第6話その8
マンガボックスとアルファポリスは縦書きバージョンです。

新たに掲載されているサイトの紹介です。
Note:第6話その8
Enty:第6話その8
ファンティア:第6話その8

前回発表から、珍しく5日目の発表。『その7』と『その8』セットで作っていたんだよね。
なぜセットで書いていたのかというと、『第6話その7』はそれ単体だけで読むと、内容的に「????」の部分があまりにも多いので、これは一応のアンサーとなる『その8』を早いうちに出さないとまずいぞ。私は描くのが遅いから、読む側がモチベーションを失ってしまう可能性がある。……だから、『その7』の発表を遅らせてでも、『その8』とセットで制作することにした。
もしかしたら、いらぬ心配だったかも知れないけど……。
で、今回のブログ記事は日付が5月24日……。前回記事を書いた時に、こっちも一緒に書いてたのよ。

それはさておき、反省会です。

121ページ

第6話121 コマ22コマ
まずこのカットから。前回紹介するつもりで画像を用意したのに、うっかり忘れてた。

ミコ「キリン! サバンナ!」

……うん、滑ってるね。
ここで何か書かなきゃいかん。なんだろう。何か面白いこと言わなきゃ。でも何を書こう……。
で、結果、滑ってしまった。いい台詞が思い付かなかった。これじゃミコが面白くない子みたいになってしまう。残念。反省。


132ページ

第6話132 コマ11コマ。
131~132ページ、黄昏あんりの幼女時代の回想シーンから始まる。
第6話51 コマ2何が問題なのか?
こういうことである→
右は52ページ・コマ2。なんと持っている花が違う!!
52ページのあんりが持っている花はハルジオン。一方、132ページであんりが持っているのはコスモス。
これいったいどういうことなんだ? もしかして、「実は違う事件を扱っている」というトリックなのか。
そうではなく、前回登場シーンの絵をちゃんと確認せずに描いたら、設定を間違えてしまった……というだけの話。よくよく見れば、パーカーのデザインも微妙に違う……。
あー、泣きそう。
131ページ、132ページは詳細に書いてしまったので、単行本時は過去のシーンのほうを描き直しします。
作業が増える……くそぅ。

第6話132 コマ4コマ4
またしてもゴミ袋問題。今時、黒のゴミ袋なんてない!!
……もちろんわかっているけど、ゴミ袋を透明にすると、その中身を描かなくてはならなくなるので、大変だから黒ゴミ袋にした。
そういう理由なので、許してください。







134ページ

第6話134 コマ6~7コマ6、7
今までさんざんいぶきのことを拒絶していたはずなのに、このシーンでいぶきに縋ろうとする理由は何?
あんりの心理的経緯をちゃんと描いてこなかったから、伝わりづらかったように思える。
目が覚めると知らない場所で、しかも目の前に死体がごろんと放り出されていて、それがどうやら自分でやったらしい……。
という状況で、あんり自身、心が折れて、いぶきに縋りたくなっている……というシーンだけど、描写が充分ではないから、ちゃんと伝わったかどうか……。
あんりの心理は相当にねじれているわけだけど、根っこにあるのはわりと普通の女の子……。別に強靱な精神の持ち主だとかそういうのではないから、こういう状況に立たされたら普通に心折れる。でも、そういうあんりの深層心理を描いてきてないから、描写的に弱い……。

137ページ

第6話137 コマ1~3
コマ1~3
バトルシーン!
気になるのは、あんりにまとわりついているザラザラした何か。シーンは、夜7~8時くらい。路地裏なので、だいぶ暗いという想定。そうすると黒いザラザラしたやつが、周囲の暗さに紛れて見えづらくなってしまう。
どうしたものか……。
いつものように黒いザラザラを描いて、それをコピペしたら、もの凄く濃い色が出てきて、これなら画面が暗くても判別できるかな? ザラザラの後ろに、ホワイトを置いたりとかもしているのだけど(実はこのシーンのザラザラだけ白にする……という案もあった)
難しいところです。

138ページ

第6話138 コマ1
コマ1
このバトルシーンの背景……。
どこかで見た……かな? これは比較画像を置けばわかりやすいと思う↓↓
第6話99ページ
99ページのあかねとあんりが遭遇する場面。
もうおわかりかと思うけど、同じ場面。カメラ位置が違うだけ。138ページのあんりが立っている背後、そこにある階段を降りたところがあかねが立っていた場所。あんりの立ち位置は、変わってない。
索敵とかそんなことしなくても、あんりはずっと同じ場所にいたわけだ。
……あっ、嘘です。「背景素材が一緒」なだけで、「設定上は別の場所」ということになっています。そういうつもりで見てください。すみません。
このシーンの背景、もともとは132ページのバトルシーンを描くために作られている。でも、それ以外の場面でも活用するつもりで作られているので、例えば、横の細路地に入ったところが冒頭2ページ目のシーン、さらに同じ素材が128~129ページでも使われている。
もともとはこの路地裏の一帯はもっと広く作られており、パッと見で同じ場所だとわからないくらいにしようと思っていたのだけど(第6話以外にも使おう……という計画があった)、データが大きすぎて途中でパソコンが吹っ飛んでしまったので、縮小して現在の形になった。
同じ素材を使う目的は、ずばり作業の簡略化。毎回、新規で背景CGを作っているのだけど、これがもの凄く時間がかかる。場合によってはそれだけで1ヶ月。しかし今回は、同じ背景素材を使うことが決定していたので、制作時間ゼロ、漫画自体も1ヶ月程度で完成している(いつもはCG制作込みで2ヶ月くらい)。『第6話その8』が比較的早く完成したのは、背景を作る手間を省略できたから。

138ページ

第6話138 コマ2~5
コマ2~5
うまく描けなかった……。
このシーン、あんりの周囲にシールドが張られている。だからそれ以上あんりの側に近付けなかった……。という場面。でも絵を見ていても、何をしているのかよくわからないと思う。絵が悪い。
あんりのシールドは142ページコマ1を見たほうがわかりやすいと思う。

139ページ

第6話139 コマ4~5コマ4~5
またまたうまく描けなかったシーン。本編中は擬音が入ってよりわかりづらかったが、擬音を剥ぎ取るとこんな感じ。あんりの手が、シールドを突き通っていぶきの手を掴む。いぶきが身動きが取れなくなり、そこに黒いザラザラが迫ってくる……。と、いうシーンだったのだけど……。
単行本の時に、描き直すかも知れないです。

140ページ

第6話140 コマ2
コマ2
盾を手に飛び出すあや。黒いザラザラが盾に防がれて、拡散する……。
って、意外と距離あるな、オイ。単行本時はあやの立ち位置をちょっと変えます。

141ページ

第6話141 コマ1~2
コマ1~2
最終的な仕上げでドレスは黒く塗られるので伝わりづらいと思うが、このドレスを描くのは実はものすごく大変。特に、袖回りのディテールに時間を取られる。この2コマだけでもどれくらいかかっただろう……。
第6話141 コマ5あと、2コマ目のあんりのウエスト。単行本時に直しておきます。

コマ5
負傷したあんり。その傷を一瞬で治してしまったらしい。
それで、何をプチッとちぎったのか?
これ、治す時にはみ出た小腸。体の中身は治したけど、外に飛び出したままの小腸がぷらーんと垂れ下がっていてみっともなかったので、ぷちっとちぎった。
次のコマの「バッ」も伝わりづらかったかも知れないけど、ちぎった小腸を捨てたところ。












143ページ

第6話143 コマ5
コマ4
下水道に避難するサキ達……。
下水道はほぼ真っ暗だが、もともとの画像データはこんな感じ。これをモノクロにして、さらに様々な処理を載せて完成形となる。
この背景のどこが問題かというと、奥の方。レンガが貼り込まれていない。背景CGを作っている段階でも気にはなっていたけど、まあ大丈夫だろう。もちろんレンガを貼り込むべきだったのだけど、どうしてもうまくいかなくて……。斜めになっている通路に貼り込もうとするとどうしてもズレてしまうし、なにより処理が重くなりすぎてパソコンが死にそうだった。
でも、あのレンガが貼り込まれていないところまで30メートルくらい距離があるし、場面が暗くなるから見えなくなるでしょう……。
と、思ったらそんなわきゃない。もの凄くはっきり見える。レンガが貼り込まれていないところが遠景でテクスチャがハゲちゃっているちょっと前のゲームみたいでみっともない。さらに奥の方、通路が途切れてしまっている。確かにあの奥の方まで作ったはずなのに、なぜこうなる??
背景CGをすぐに治すわけにはいかなかったので、手書きで見えちゃいけない奥の方を真っ黒に。でもちょっとだけ見えるくらいの暗さに調整することにした。……時間かかった。

145ページ

第6話145 コマ7コマ6
ちょっと問題になったのは、この光る傘。どうやって光らせよう?
結局、一番シンプルな手法が使われることになった。傘を《キャラの手前》《キャラの奥》の2層に分けて、普通に白の線で描き、その線をぼかすことにした。そうすると、ちゃんと光っているように見えた。
次に問題になったのが、右の場面。
振り返るサキの顔と、いぶき、あやの横顔がちらっと見えるようにしたい……。でもそうすると、顔と傘がかぶることになって、見えなくなるんじゃ……。
リアルで考えると見えなくなるけど、まあこれは漫画。別に見えてもいいじゃん、ということに思い至って、何の問題もなく解決。
実は、あやは傘ではなく、“光る雨合羽”にしようかな……と考えていた。もちろん、内側のセーラー服が透けて見えるやつで。そうすると、あやはいつものようにスケッチブックを持ちながら歩くことができる(傘を持った時点で、あやのスケッチブックがどこかに消えてしまっている。描き忘れというか、作業が大変なので、見えないどこかに隠している……ということにした)。でも、透ける雨合羽だと……? さらにその内側にセーラー服も描く? 考えただけで死にそうになったので、やめた。傘のほうがはるかに描くのが楽だもの。

146ページ

第6話146 コマ1、3
コマ1、3
カメラ同ポジ。発言するいぶきとあや。
立ち位置、おかしくない? なんで後ろにいたはずのあやが、次のコマで手前に出てきているの?
このシーンで意識していたのは、アドベンチャーゲームの立ち絵。台詞のあるキャラが、ひょいっと前に出て来ている感じ描いてみた。
漫画でアドベンチャーゲームの表現を描くのってどうなんだろう……いけるとは思ったんだけど。

第6話146 コマ6コマ6
しらせ「ちなみに私には、トカゲが見えていたわ」
背景素材は119ページ・コマ4と同じものが使われている。これは、あの時、しらせにはこういう光景が見えていた……ということを説明するため。
でも、ちゃんと伝わったかどうか、心配なところ。映像作品だったら同ポジ構図はすぐに気付くのだけど、背景にそこまで注意がいかない漫画でも同じ手法が通用するかどうか……。

147ページ

第6話147 コマ1コマ1
なぜサキがあのように使い魔を毛嫌いしていたのか……。その理由がこれ。サキにはヘビに見えていた。
描いている方としては、まあ心配なところで。
「え? 今さら? とっくに気付いてたけど」
「ふーん。だから?」
「ヘビ嫌いという設定どこに出てきたんだよ」(←第5話)
みたいに言われるんじゃないかな……。驚いてくれればいいけど。最近の読者はもの凄く頭がいいし、勘もいいから、こういうのすぐに気付いちゃうからな……。
でも多分、おそらく無反応だろうな。今までずっとそうだったから。

第6話45ページ コマ3148ページから回想シーンと種明かし。
実は今まで、サキはこういうことを考えて行動してたんだよーという解説の場面。
悩ましかったのは左の45ページ・コマ3の場面。
擬音は「ガチッ」。ここで「ガチャン!」と書いてしまうと「何を叩いたのか」たぶん95%くらいの人がこの瞬間にわかっちゃうと思う。
でも、まったく違う擬音を書いてしまうと、判じ解きとしてフェアではなくなってしまう。
どうしたものか……と考えた結果「ガチッ」だった。金属物を叩いた瞬間だから「ガチッ」で、「ガチャン」はその直後、地面に落下して割れる瞬間の音だろう……と考えて。
それ以前に、使い魔が出てきた瞬間のサキのリアクションで気付いた……という人がたくさんいそうだけど。

まとめ

第6話その8 (21)
そして149ページで2段オチ。実は、ここにはいませんでした……というのがこの話のオチ。
うーん。
ずっと一緒にいると思っていた人が実は「幻覚でした」実は「幽霊でした」……というのは映画なんかで定番中の定番。ありがちなネタ。よくあるネタを、何の工夫もせず踏襲しました……という感じ。
今の読者は頭も良いし、勘もいいから、「知ってた」という感じになるのだろうな。
嘘でもいいから、びっくりしてほしいです。

でも、どういうことなのか?
『第6話その9』が「答え合わせ篇」みたいな感じになります。といっても、『その8』の内容でもう大きな答えは見せてしまっているので、『その9』は補足説明という感じです。

いよいよラストに向けて動き始めている『第6話』だけど、読者はどう感じているのだろう。もしかしたら、発表速度が遅くて、内容を忘れている……という感じだろうか。それとももうそこまでの関心がなくなってしまった……だろうか。
実は描いている方も、制作が長引いてしまって、さらに過労が行き過ぎて、感情面がうまく動かず、自分で描いたストーリーでも「あー、そう」くらいな印象しかもてなくなっている。読者が感動できる物語になっているのか、よくわからない。
理想は、ここまでのストーリーをだいたい2ヶ月くらいで発表。本当ならとっくに第6話は終わって、20話くらい進んでいなくちゃいけないのに……とか思っている。
まあ、現実と理想は違う。どう理想を描こうとも、現実の作業速度は上がらない。
頑張ればいつかいいこともあるさ。とにかくそう思うことにして、これからも頑張っていこうと思う。
あと4回で第6話終了!

追記

発表からだいたい24時間くらいの各サイトにおける結果です。
戦場 戦績
pixiv 閲覧数:193 いいね:9
TINAMI 閲覧数:80 支援数:0
漫画ハック 閲覧数:27
マンガボックス 閲覧数:不明
アルファポリス 閲覧数:不明 漫画:42位 一般男性向け:13位
Note 閲覧数:5
………かなりガッカリする結果が出てしまいました。
えー……。私としては、『その7』が謎を振りまいた感じで、おそらく評価が落ちるだろう。『その7』は「????」みたいな感じになるだろうから、『その8』が一応のアンサーになる形になっているので、できる限り早く作品を出そう。……と、いう考え方だったのだけど。閲覧数自体は上がったけれども、評価は全体的にマイナス。
んー……。
『その8』は「起承転結」の「結」に入る瞬間のエピソードで、これまで語られたいろんなものが一気に反転するエピソード。私としてもかなり気合いが入っていたエピソードだった……んだけど。今まででもやらなかったようなコマ構成を使って、だいぶ工夫したつもりだったんだけど……。でも結果はこれ。前エピソードは初めてpixivランキングに入り、「今回ももしかして……いやもっと行くんじゃないか」みたいな期待をかけていただけに、かなり残念な感じ。本当に、かなり落ち込んでます。日曜日のお昼、という時間帯での更新だから、読者も増える……と見込んでいたのに。
全体的に閲覧数は上がったものの、Noteは逆に激減。『反省会』も同時公開して流れで読めるようにしたのに、なんと『反省会』の読者数がたったの「1」(この「1」も実際に最後まで読んだか不明)。『ProjectMOE』という作品についての説明に関する文章をいれたのだけど、そちらは読者数「3」。
なんで評価落ちたんだろう……。
「実は使い魔はいませんでした」というオチがありがちすぎたのかな。もう「知ってた」だったのかな。あのオチに誰も驚いてくれなかったのが残念というか……。たぶん、みんな気付いていて「それで? だから?」という感じだったんだろうな。
あああああー……とっておきの決め技が完全に外れたみたいな感じ。
これから、『魔法少女篇』クライマックスに向かっていくわけだけど、もう評価も読者数も上がらないだろう。私は失敗した。私はダメだったんだ。Noteの『『ProjectMOE』という作品の成立と今後についてのいくつかの説明』のところに書いたけど、この作品はもうこれ以上進めないかも知れない。『魔法少女篇』が終わったら、色んなものを畳むことを考えないとダメかもね……。
うわああああああ。
いったい何がダメだったんだろう。誰か教えてくれ……。
(追記:2017年5月29日)


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