『境界の彼方』が完結した。伝奇アクションの意欲作だったと思う。アクションという以前に、当たり前の視点として“ものがどのように動くか”をとことん追い詰めて描写した作品、と読むことができる。
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「観察から描くこと」
境界の彼方 GIF3この姿勢は徹底されていて、第1話のバケツを切る瞬間や、ロッカーを切り裂いた時のアルミがめくれ上がる描写。第3話のトラックから飛び降りる瞬間の姿勢の崩し方。伊波桜がドロップキックを決めた後のふらつきかた。11話の投げた剣をキャッチする瞬間の反動。栗山未来の剣術アクションは見事だったけど、剣術指導はついていなかったのだろうか。
そういった動きの一つ一つに、「そのとき物質は、人間はどのように動くか」という当たり前の描写をどこまでも追いかけ、アニメーションの中で再現した作品だ。
アニメでは、こういったアクションは背景との空間的連動が無視され(キャラのアクション時には流PANが使われることが多い)、あるいは迫力重視のために平面的に描かれる場合が多いが、『境界の彼方』はあくまでもレイアウトありきで、その空間における動き、重力感覚が重要視された。その空間内だからこそ起きる現象が描き込まれた。
どの動画も素晴らしい完成度で、何度も戻してコマ送りで見たくなった。また多彩なアクションのスタイルは、アクション作画の見本市のようでもある。プロでもこの作品から学ぶべき動画は多いはずだ。
『境界の彼方』ファンタジー作品でありながら飛躍のほとんどない作品だった。ほとんどのギミックが、取材された風景の、半径数メートル以内で描かれている。ほとんどのモチーフは現実に存在し、日常世界にごくごく普通にありふれたもので描かれている。
アニメではこういったファンタジーを描く場合、異質さを出すために現実ではありえない風景やファッションが採用されるものだけど、『境界の彼方』はそういったものがほとんどない。最初から最後まで、半径数メートル以内にあるものでファンタジーが作られた。
もしも日本を舞台にしたアクションを描くとしたら? ファンタジーを描くとしたら? という意味での実験作であり、お手本にもなるだろう。
また『境界の彼方』は徹底的に手書きの動画にこだわって描かれた。デジタルが本当に使われていない。昨今のアニメは、動きの激しいシーンや、多人数で一度に動くシーンなど、デジタルが使われる場合が多くなったが、『境界の彼方』はさすが老舗京都アニメーションというべき、手書き動画にこだわった。伝説的になった第6話のダンスシーンの動画は、最近ではデジタルで描かれる場合の多い典型的な例だが、全てのカットで手書き。群衆シーンや、破壊される車両なども手書きだった。11話、描く場合としてはかなり難しい車両シーンがあったが、これも完全手書き。ボンネットを跳ね上げて、配線が複雑に絡み合うアニメーター殺しなカットだが、一切の手抜きなしの手書きで描かれた(しかも11話の原画はたったの6人! 『進撃の巨人』の3分の1の人数で描ききってしまった)
ある意味で、非常に実直な意識で描かれた作品。アプローチのやり方としては『けいおん!』や『Free!』と同じである。実際の風景や、実際の道具を真摯に見詰めて描写し、動きを与える。アニメーション制作としてもっともオーソドックスな方法で、誠実なやり方を伝奇アクションに転換してみせたら……という実証的な作品でもあった。
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ただし難点としては、キャラクターの感情が読みづらい、ということである。
物語前半で、栗山未来は神原秋人を刺していたのに、しばらくして躊躇うようになった理由がわからない……という意見が非常に多かった。
境界の彼方 1話第1話冒頭をもう一度見るとわかるけど、剣を持つ栗山未来の手は震えていた(→)。最初から躊躇いはあったわけだ。しかしその後の過程で対話を持ち、感情移入するようになり、その結果、刺すのが躊躇われるようになったわけである。その過程は、シリーズを通してちゃんと描かれていた。
が、ほとんどの人がこれを見落としてしまった。ほとんどの人が見落とした、ということは作り手側の描きように問題があった、と見なす以外にない。
確かに、これらの感情描写はわかりにくい、と感じる部分はある。なにせ台詞で書き起こされていない。見る側にとっては「決定的な描写」と感じられない。ゆえにわかりづらくなってしまう。
言うまでもないことだけど、キャラクターは愛されてこそである。それぞれのキャラクターがどんな感情で、どんな理由でその行動を取るのか……。その経緯が見えない読めない作品に感情移入することはできない。作り手はもちろん、「描いたつもり」になってはいけない。考える以前に、「感じられるように」描かないと駄目である。キャラクターの感情が芯まで見えるようになり、見る側の人生の一部と感じられるようにまで描くことができれば、その作品は素晴らしい名作として受け入れられる。が、『境界の彼方』はこの感情の描き方、人物の経緯を描く方法がまるで駄目だった。
このわかりにくさが、ネット特有のブランド嫌いと結びつけられ、叩かれる原因を作ってしまった。
『境界の彼方』が不評である理由
『境界の彼方』はニコニコ動画配信当初から低空飛行。40%台からなかなか抜けられない。さすがに事態を重く見たのか、4話を前に一挙放送を敢行したが、焼け石に水。48%という悪夢のような低評価だった。
境界の彼方 1~3話振り返り放送アンケート
その後も「意味不明」「訳がわからない」といった不評・批判が続き「ムント以来の京アニの黒歴史」という評判が定着した。ネットは成功している人が大嫌い、ブランドが大嫌いだから、これをチャンスとばかりにこれでもかと叩き、その叩きに乗せられる人(自分で評価を定められない人である)で『境界の彼方』の悪印象はどこまでも加速した。
その後、評価は反転したのは5話と6話。特に6話。アンケートはなんと90.6%。一気に50%も持ち直したのである。
境界の彼方 6話アンケート2



境界の彼方 6話ダンスシーン (30)確かに第6話のダンスシーンのアニメーションは抜きん出た完成度を持っている。同時代のどのアイドルアニメよりも完成度は高い。京都アニメがいかに高い技術力を持っているかを示すエピソードとなった。
が、しかしこれは「作品の正当な評価」と呼ぶにはちょっと怪しい。なにせ、第6話は番外編、本筋から外れたオマケである。オマケが本筋であるドラマより評価された、ということは決して喜ぶべき現象ではない。
その後は評価を持ち直し、順当にアンケートを伸ばしていくものの、どちらかといえば6話の余韻。物語本来の評価か、といえばかなり怪しい。
もともとニコニコ動画はシリアスものが弱い、コメディに強いという性質を持っているけど、物語の本筋であるドラマに感情移入し、そこから評価が得られなかったというのは残念だ。

問題箇所を挙げようと思うと、いくらでも出てくるだろう。
第1に、人物の立場がよくわからない。「呪われた血」「半妖の血」というモチーフが人物の背景にどのような影響を与えているのか読みづらい。どんな社会的リスクがあるのか。一見すると、ごく普通に社会生活を営み、迫害を受けているようには感じられない。では、キャラクターはなににコンプレックスを感じているのか? 具体的な描写がどこにもないから、感情移入することができない。
境界の彼方 12話0495c17dまた全12話で消化しきれないエピソードを残してしまったことも気になる。藤真弥勒と名瀬泉の間に何があったのか。藤真弥勒は物語の貢献度としてはあまりにも低い。“噛ませ犬”だったわけだけど、それだとしてもあそこまで出てくる理由がわからない。単に説明役を演じているだけ、キャラクターとしては非常に弱い。
第7話は伊波桜との和解が描かれていたけど、あそこまで引っ張っておいて、あまりにもあっさりと解決しすぎる。伊波桜の葛藤とは、あそこまで単純なものだったのだろうか。
姉の伊波唯が死んだ直後、伊波桜と栗山未来は特に対立していなかったようだけど、では何が切っ掛けで対立するようになったのか、その経緯がよくわからない。
物語の最後になって含みを残してしまった神原弥生も、12話1シリーズとして完結するべき作品としては、あまりおさまりのいいものではない。神原秋人の少年時代に何が起きたのかも、まだ何も語られていない。不充分である部分が、あちこちにありすぎるのだ。

『境界の彼方』はアクションが素晴らしく、動画には見るべき部分が多い秀作であった。しかしドラマの描きように弱さを感じる作品だった。アクションと同じくらい人物を掘り下げること。それもとことん、徹底的に、深く。そしてその感情は「感じられるもの」でなければならない。ごく普通の人は、読み取れない作品に対しては感情を剥き出しにして拒絶する。全ての人が冷静に作品を“読もう”と思って見ているわけではない。多くの読者、視聴者が感情に振り回されて日常を過ごしている、ということを心得ないといけない。
『境界の彼方』にもしも続編シリーズがあり得るとしたら、課題はここに集中するべきだろう。

〈追記〉12/24
境界の彼方 12話アンケート2
来場者数:1万874人 総コメント数1万6809

最後まで厳しい審査が突きつけられた。私はなかなか良かったと思ったのだけど……。

解説 モノクロのアニメ:境界の彼方