ニコニコ動画&YouTubeに『ProjectMOE 第6話』のメイキング動画を公開しました。




この動画は、漫画『ProjectMOE』の制作工程を録画し、字幕解説を付けただけのものです。絵とは特に関係ない話をしています。
音、音声はありません。

これを書いた私は、犬程度の知識しかありません。というか犬のほうが賢いです。問題があっても怒らずに、笑いのネタにしてください。
以下、書き起こしです。


みなさんこんにちわ。
とらつぐみです。

同人漫画『ProjectMOE』という作品を描いてます。
『ProjectMOE』はpixivをはじめ、様々なサイトで無料版を読むことができます。
AmazonKindleやBOOTHでは有料になりますが、『ProjectMOE』の完全版を読むことができます。

現在第6話『魔法少女篇』制作中……

ですが、昨日まで激しい腹痛で倒れてました(この台本執筆中の話。だいたい10月頃)
漫画制作は一日休みです。
この頃は思うように作業が進められなくて……。
この文章が動画になっている頃にはある程度漫画制作が進んでてくれたらいいのだけど……。
果たして第6話は完成させられるのでしょうか。

この動画は『ProjectMOE』の宣伝が主な目的だったはずですので、気になった方は漫画本編をお読みください。

この動画では『ProjectMOE』のメイキング動画を見せつつ、特に関係ないお話をしています。
下部分に細かい文字が出てきますけど。無理して読む必要はありませんよ。のんびり付き合うくらいがちょうどいいんです。

では今回のお話。
『バズプラスニュース』というサイトに、「多くのプレイヤーが自分のほうが面白いゲームが作れると思っていることが判明」という記事を載せて、ちょっと話題を呼んでましたね。
(→バズプラスニュース:多くのゲームプレイヤーが「自分のほうが面白いゲームと作れる」と思っていることが判明
これが動画になる頃には、もう「だいぶ前にそんな記事があったな」くらいな話になると思いますが(この台本を書いている頃は、旬の話題)
まあそうですよね。人は自分の本当の実力なんてわからないものです。きっと色んな人が「あーわかるわかる」というようなリアクションをして……あれ? 多くの人が「自分のほうが上手く作れる」と思っている人に対して批判的な態度を取っていますよ。

ああ、そういうものなんだ。私はてっきり、反対のほうだと思ってましたよ。
件のアンケート「自分のほうが面白く作れると思ったことはありますか」に対して、
「思ったことはある」はたったの35%程度。

……私は99%くらいの人はそう思っているんだと思ってましたよ

牛帝さんの作品に『同人王』というものがあるのですが、その第2話……

「俺むかし絵が上手いと思い込んでてプロのエロゲンガーさんにアドバイスなんかしちゃったんだ! あああごめんなさい(実話)」
同人王 第2話
電脳マヴォ:同人王

という台詞が出てきます。

あはははは……
黒歴史だ
いや、クソ歴史

いや待て。なんで私のところにダメージが飛んでくるんだよ(笑)。

つくづく思うのは、自分の10代の頃にネットなんてものがなくて良かったなーと。
何も考えず書いたり言ったりしたものが、うっかりネットに放り出されていたら、どうなっていたことやら。
私も若い頃は、相当に自信過剰で放言癖がありましたから、今頃炎上しすぎて焼け野原でしょう。
まあ、放言癖は今でもそう変わらないのですが。

10代の人はネットでうっかりしたことを発信しちゃ駄目ですよ。
それ、何百年も残りますから。

人は自分の実力を、やや高めに……いやいやかなり甘めに評価する癖があります。

大抵の男性は、鏡を見ながら「俺、ちょっとイケメンじゃね?」とか密かに思ってますし、
日常萌えアニメを見て、「こんなもん作る奴は“自分より”頭の悪い奴だ」と思っているし、
ミステリー小説を読んでいて、種明かしが来る前に犯人がわかったら、「自分はこの小説家より頭がいい」と思い込むし、
某小説雑誌の編集者は、「あの作家より俺のほうがうまく書けるんだ」と密かに思っているとか思ってないとか……。
純文学を好んで読んでいる人は、エンターテインメントを書いたり読んだりしている人を、明らかに下に見てますよね。
老人達はテレビの向こうで誇張して描かれてる若者たちを見て、「自分たちは頭がいい!」と、過剰に自信を付けています。

自分はそんなことはない……そう言いながらも、とりあえずとらつぐみとかいうバカよりかは、自分のほうが優れた人間だ、とみんな思っているでしょう。
「俺のほうがProjectMOEよりも遥に優れた作品描けるわ!!」と思っているでしょう。
それは正解です
私より知識や能力が下だったら、色々まずいですよ。まず就職できませんから。
※とらつぐみ……このブログを書いている人。『ProjectMOE』の著者。

こういう表現をすると身も蓋もありませんが、
普通の人というのは基本的に他人を尊敬しません
尊敬している、というのは理想化した自分を、そこに見ているだけです。
なにしろ、自分の実力を見誤り続けるのが凡人である所以なんですから、誰かを尊敬したりなんてできるわけがありません。
自分の周囲にいる人は、ライバルにはなり得ますけど、尊敬の対象にはなりません。

なぜそう思いこむ癖があるのかと言えば、やはり自己防衛本能からでしょう。
自分にはある程度の価値があると思いたいし、自分より下の存在がいると、それは大きな自信、それから安心感になります。
「自分の本当の実力を知ること」ほど精神的につらいことはありません。「自分が何の能力もないクズだった」と知った時、普通の人の精神は壊れます。生きていくこと自体が嫌になりますもの。
何の根拠もない自信を持っていたほうが、生きていく場合には楽ですよ。
勘違いしていた方が、楽です。
なので自分の実力を、あまりなんでも数値化しないほうがいいな……とは私は思っています。数値化したら、確実に下の方だし、底辺組で醜い足の引っ張り合いとかしたくありませんもの。

動画の第24回にかわいそうなO君の話をしましたよね。私の幼稚園児時代からの知り合いの。
(→動画24回の文字起こしはこちら
忘れていると思うのでもう一度お話をすると、
貧しい家庭に生まれて、あまり頭の良くないO君だったので、そのおかげでイジメの対象にされて、とうとう学校内で居場所がなくなり、中学生の時に転校。
それからだいぶ経って、たまたまO君と会ったのだけど、あの頃からすると想像できないくらいに明るく快活な少年に変わっていました。転校した先の中学では良き友人に恵まれ、良き青春を送ったようでした。

さて、なぜO君はここまで徹底的にイジメを受け、学校から追い出されなければならなかったのか?
他の子より学力、運動能力が劣っていたから?
劣っていたから、イジメてもいい?
いやいや。
「自分よりも下の人がいてほしい」という願望が多くの人達にあったから。遅れている子がいたら、手を引いて、引き上げようと思うのが、正しいでしょ。しかし誰もそう思わなかったし、誰もそうしなかった。
なぜそうしなかった?
むしろ「低いままでいてほしい」……そう思っていたんじゃないかな。エゴをそこに落とし込んでいい「心のゴミ箱」のような人がある状況を、そこにいた全員が求めていたからじゃないかな。
その「人間ゴミ箱」がいる状態に苛立ちつつ、実は「安心」していたんじゃないかな。

ゲームでも「小学生プレイヤーが鬱陶しい!」と色んな人が言うけど、私はまったく気にならない。だって、そもそも相手の年齢なんてわかんないもの。それ以前に、「気にしなきゃいいでしょ?」で片付く話です。
でも、わざわざ「消防が……」とフレームアップする人。苛立ちながらも、その苛立ちを落とす場所があることに安心してないかい?
※「消防」……小学生や低年齢プレイヤーを揶揄するときに使われるネットスラング。
「ゲームに負けたのは自分のせいじゃない。消防のせいだ……」って
言い訳ができる場所を見付けて、安心してないかい?
遅れている人がいるなら、引っ張りあげること。それができる人が本当の上級者でしょうに。

あとそれから、人は自分の人生を“物語化”します。
自分の精神的葛藤を乗り越えるために、その辺にいる適当な誰かにシャドウを当てはめて、それをやっつけることで、それを克服した“つもり”になります。
現実世界に「仮想敵」を作り、それをやっつけることで、葛藤を乗り越えた……「気分」になります。あくまでも「気分」だけであって、現実は何も変わっていない……というのが罠なんですけど。
可哀想なO君もそれでみんなの精神的成長のために悪役にされたわけだし、
私もどちらかというと悪役にされて攻撃された方です。
「人は誰もが自分という物語の中では主人公」……なーんて言いますが、私はみんなの心の中では敵役であり悪役であり、まあ最初の方にでてくるザコ敵ですね。倒しても経験値が低すぎて、レベルアップしないやつです。

自分より下の人間がいると、実は安心します。
だから人は、周到に周りの人間が自分以上の存在になることを遮ろうとする。
人は、側にいる人が自分より優れた人間になることを望みません。
知識や技術を磨いて、お互いを高め合おう……なんて思う人は、だいたい変人奇人の扱いを受けます。
普通の人は嫉妬で足を引っ張ります。「技術の高いやつは不公平だから、俺達と同じレベルに落とせ」と言うのが凡人です。その上で、「自分は結構凄いやつだ」と思い込むのが凡人です。
自分より優れた人間になると、自分というアイデンティティが危うくなりますから、徹底的に潰そうとします。

私もね、ある人にだいぶ長い間つきまとわれていてね。
いや、「つきまとわれる」というのではないですが……
私はその人のためだと思って、その人の前ではずっとバカの振りをしていました。
その彼は異様に自己顕示欲が強く、彼は明らかにいって私が彼以上の能力を持つことを望んでいなかったし、私が力を持ちそうになったらそれから逃げようとしていました。
ゲームとかね。私のほうが強くなると、もうそのゲームでは2度と対戦してくれませんでした。自分が勝てるゲームでしか対戦しないやつです。私は10年近く、接待プレイしてましたね。
とにかく自分のほうが絶対に上でいたい……そういうやつです。
絵でも実力が付いてくると、「それやめろ!」と怒り出し、明らかに意味のないジャンルの絵を描かせようとします。これ本当ですよ。
私はその彼の前ではずっとバカのふりをしていたのですが、まあそれが彼との関係を円満にするため……と思い込んでいました。
これが「共依存」というのかよくわかりません。

だいぶ経ってから、それに意味がないというか、その彼と付き合い続けていると私自身成長の機会を失うと気付いて、絶縁しました。
彼がただのクズだとようやく気付いたんですよね。
それから私は、ようやく静かに色んな知識や技術を磨くことができるようになりましたね。

そういうわけで「お前のためだ」と言いながら、実は全力で脚を引っ張ってくるやつが大嫌いです。死ねばいいのに、と心から思ってます。

おや、話がちょっと逸れちゃったね。
とにかく。
人は自分の能力をちょっと高く、自分をちょっと価値の高い人間であると思い込みます。
そういう傾向は人間関係において、あるいは社会における自分の立場に対しても思います。
みんな『けいおん!』なんかを見て「あんなもの作っている奴より、自分のほうが優れた人間だ!」と思っているでしょ?
いや、作品に対してではなく、そういう時はなぜか「作品」というものから意識を逸らして、「あれを面白いと思っている人間より、自分のほうが優れている」と思っているでしょ。
まず、「作品自体を見ろよ」……と話はそれからです。
まあ、そういう意識がちょっとした罠ですよね。人は作品をまっすぐ見られないんですよ。こういう時の作品は、まあ影のようなものです。創作の経験のない人は、作り手の存在を認識できないと言いますが、認識できないからこそ、作品の技術的なものは無視して、自分よりも下の地位に置けてしまう。創作の経験のある人は、真っ先に「その作品を見ている人」ではなく「その作品そのもの」を見ますから。
本当の意味で『けいおん!』を作った人と実力で勝負しようとしたら、叩きのめされますよ。「『けいおん!』の作画監督堀口悠紀子より俺のほうが絵がうまい!」とか思い込んでいたら、相当痛い中二病ですよ。

そういう思い込みとか意味のない自尊心を持っている人は、一回徹底的に叩きのめされ、叩き潰されたほうが、今後のためにいいでしょうね。

「アニメが嫌い」「ゲームが嫌い」と言っている人のほぼ全ては、作品そのものに触れてないでしょ。それを作った人、に意識を向けてないでしょ。
頭の中で作った「それを好きであろう人達」を攻撃しているんでしょ。それは正しく“他者”ではなく、実はあなた自身が作り出した幻影なんですよ。
そういう人、Twitterを見ていると一杯いますよね。
「全てのオタクは犯罪者予備軍だから、アニメと一緒にガス室送りにしろ」とか言っちゃっている人。
シャドウボクシングやってないで、現実を見なさい、という話です。
そんなシャドウボクシングを続けても、その一瞬はスッキリしますけど、目の前の問題は何も解決しませんよ。

創作のプロであっても、作品そのものを見ることができない人がいる……という事実はポケモンGOで明らかになっちゃいましたけども。やくみつるとかよしのりとか。

認識が曖昧だからこそ、どこかの「誰か」だと思っているからこそ、人は自分自身の体内にある「劣等感」をそこに投影し、好きなように言ったりできるし、攻撃したりもできる。
「あいつは自分より下だ」という思いの裏にあるのは、自分の体内にある劣等感
スケールの小さいシャドウボクシングですよ、これも。

ところで、創作の第1歩とはまず、「身の程を知ること」と私は考えています。
「身の程を知ること」そして「自分自身を知ること」
まず「身の程を知ること」とは自分がどの程度の実力を持っているのか、どんな方向性に能力が特化しているのか、それを知ることです。
絵を描いて、音楽を作って、物語を書いて、作ったものを自分で見て初めて気付くことは、それがゴミであることです
作品を作ってみて、それから自分の程度を知る。
自分の本当の実力を知ることは、はっきりいって苦痛です。耐えがたい、という人もいるでしょう。しかし作家になるための通過儀礼です。まず身の程を知ること。

ゲーム実況動画でもそうですよね。「なんでこんな簡単なものもわかんないんだ!」「俺のほうが上手い!」と思っている人はきっと多いと思いますが、自分のプレイを録画するとわかりますよ。自分のプレイがクソだって。

身の程を知る、というのはつらいですよ。「自分の本当の実力を知ることほどつらいことはない」とついさっき書いたけど、創作をやると、いやでも自分の実力を知ることになります。
私も、毎日のように自分の手から生み出された、捨てられもしないゴミを見て、うんざりしていますもの。絵だけは本当、ちゃんと描ける人にお願いしたいです。やっぱり私は絵描きではない……と毎日思ってます。
世の中には、「雲の上」というくらい凄い人達がいます。そういうのがいくらでもエンターテインメントとして安いお金で、あるいは無料で見られるのが今の時代です。そういう天才の作品を見た後、自分の作品に戻ると、あまりにゴミすぎて吐きそうになります。そしてそういう天才に少しでも並ぼうとしないと、プロにはなれません。
そういうのが創作の通過儀礼です。

そうそう、思い出した。
高校時代の友人は、「宮崎駿とかたいしたことねーよな。ガキ向けの映画を何本か撮って、引退とか、しょーもねーやつ」というようなことを言ってました。
勘違いバカだった私ですら、この発言にはドン引きでした。自分の実力もわからないからこそ、そういうふうに言えるもんなんだね。

次に「自分自身を知ること」。
作品は「自分自身が何者なのか」を明らかにします。
創作は、自分の思いもしなかった本質を明らかにしてしまいます。というか、自分が拒否し、軽蔑していたものこそ「それがお前の本質だ」と突きつけてきます。
怖いでしょ?
創作をすると、魔物が起きちゃうんですよ。
「悪役」とか、自分と切り離して描いているつもりなのに、ふっとその悪役が、実は私自身の本質だった……と気付く瞬間があるんです。そういう時、頭が痛くなります。

「描きたい作品」と「描ける作品」は違うんです。そしてヒット作、傑作、名作は、「描ける作品」の中からでしか生まれません
自分が何を描けるのか、自分の体内に持っているもっとも無垢で強いものは何か、自分自身に徹底的に問いかけて、それを作品の中に表現すること。
単純な言い方をすると「自分が本当に好きなものは何か?」を知ることです。「どんな女の子が好きか?」と問うてもいいでしょう。眠れる自分自身を引っ張り起こさねばなりません。
創作を発表することは、実は性癖暴露でしかありませんから。押井守監督は「映画を作るって事は、誰にも気付かれないようにパンツ脱ぐことだ」というようなことを言ってましたが、本当にその通りです。だいたいの恥部は、作品の中に晒してますね。
それができて、やっと作品と呼べるものが生まれます。
それができない限り、何かの模造品にしかなりません。

要するに「身の程を知ること」とはマイナスがゼロになることであり
「自分自身を知ること」はゼロが1になることです
それよりさらに1歩進むのは、それからです

世の中には、「俺サイコー」とか言いながらゴミのような作品を描くやつもいますけど……。そういう勘違いバカについては知りません。

で、ゲームには「俺のほうがうまく作れる」と思う人が35%もいるという話ですが、まあいいんじゃないでしょうか。
だって、それくらいの気持ちを持ってもらわないと、困ります。
俺のほうが上手いんだぁぁぁぁ……って、若い人はそれくらいの勢いを持って欲しいものです。若気の至りでも。
「「自分のほうがうまいと思っている」35%の連中より、俺のほうが上だ」と思っている連中よりも、多少マシです。
私にだって、そういうバカな時期はありました。
私だって「本気出せば俺だって凄いんだぜ」とか思ってたんですよ。本気出しても、まあ今みんなが見ている通りです。私には何もありませんでしたね。絵に関しては才能は全くありませんでした。誰か、漫画の作画、代わってくれませんかね。
「何もない」と気付いて、ようやくマイナスからゼロの立場に立てました。
でも、若いうちは、バカであることを動力源にしたっていいんです。
「今の時代よりもいい作品は作れません」なんていう若者がいたら、「じゃあ君は何しに来たの?」って聞いちゃいますもの。
漫画や小説や音楽といったものは何よりも実力と才能がものを言いますが、ゲームはちょっと違うというか、ある種構造的なものなので、
要するに「こうした方がもっと面白くなるのに」とか「こうした方がもっと遊びやすくなるのに」とか、そういうアイデアを持っているということでしょう。
「なんでゲームはこうじゃないの??」とかね。
そういうアイデアを持っている人は、むしろ業界を目指したほうがいいでしょう。そういう小さなアイデアの一つ一つが、ゲームをよりよくするわけですから。

今はアニメもゲームも、どこか似たような小粒な作品ばかり。どんぐりの背くらべ。
そろそろ、「今の時代」を一撃で粉砕できる作品はないだろうか。
例えばかつて『エヴァンゲリオン』が発表された後、どの作品も『エヴァ』に取り憑かれてなんとなく『エヴァ』っぽくなってしまったことがあったけど、あのレベルのインパクトある作品がそろそろ現れないだろうか。
たった一作で時代を粉砕し、かつ新しい時代を作ってしまうような作品……そういう作品のアイデアを持っている、そういう作品を作れます!!……という人は迷わずプロになってください。
そういうアイデアを持っていると思い込んで来るのもOKですよ。若いうちなら許されます。

はいはい、そろそろ作品もできあがったので終わりですよ。
ProjectMOE
完成画はニコニコ静画でご覧頂けます。



banner(1)