みなさんこんにちわ。
とらつぐみです。
漫画描いている妖怪です。

この記事は、2月の間Twitterで書いた内容を振り返り、ちょこちょこっと書き足ししている記事です。
……書いた時の気持ちを忘れているものも結構あるけども。

そうそう、Twitterで報告しなかったけど、例の機材の件、ちゃんと戻りました。
ただし……「問題箇所発見できず」で。
機械って時々意味のわからない機嫌の損ね方をするから、もしかしたら治っているのかも? ……という期待を持って引き取ったのだけど、なんと一切治っておらず。
いや、こんなあからさまな不具合を「問題箇所発見できず」って、オリンパスのクソ社員は何をやっているんだ。絶対に仕事する気ないだろ。
でも、これ以上漫画制作を遅らせるわけにも行かないので、なんとか工夫工夫で進行しています。

では、今月のTwitterでの話題。

2月2日

NintendoSwitchプレゼンテーションの感想を書きました。
 かなり長いし、全て既出情報なので、どうしようもなく暇な人向けです。
NintendoSwitchプレゼンテーションの感想

ブログを書いたのは、件のプレゼンテーションからかなり時間が経っていて(プレゼンは1月13日……ブログ記事を書いたのは2月1日)、しかも全て既出情報……もうどっかに載っている情報をただただ書き並べただけの無駄に長い記事なのにかかわらず、毎週20人以上は閲覧していた。こんな「誰が見てるの?」と言わんばかりの辺境ブログにも関わらず。
それだけ、NintendoSwitchへの関心・期待感は大きい……ということでしょう。
私もNintendoSwitchが楽しみで楽しみで、発売日までの日数をカウントしているのだけど…………………買うことはできないんだよね。
予約?
いやいや。
お金がないの。
お仕事、頑張ってるんだけど、収入に繋げることができない。ずっと頑張ってるけど無収入。
……もうつらいよ。

2月3日

pixivに投稿した『体操着のミコ』が評価点数1000点達成しました。
ありがとうございます。
オリジナルキャラクターでの1000点達成は、初めてです。

↓画像をクリックするとpixivに飛びます。
天子ミコ
いまだに、なんでこの絵だけ突き抜けて評価が高いのか、わからないです。

2月4日

ふと思ったけど、リアル系ゲームの「シュールの谷」というものがある……と気付いた。
たぶん、リアル系ゲームを普段からやっている人からすれば「今さらか。俺は10年前から気付いていたわ」っていいそうな話題だけど。
『バイオハザード7』のプレイ動画を見ていて思った……という話だけど。ああ、本当に今さらだわ。
ゲームは、「不気味の谷」を越えても、次に「シュールの谷」が待っている。
ゲームは、今までなら表現が「リアルだ」と言いつつ、実際にはそこまででもなかったのだけど、本当に表現が写実的に、本格的にリアルになってくると、従来的なゲーム表現が「シュールさ」となって際立ってくる。
見えない壁とか、ほんのちょっとの段差が越えられないとか(もうちょっと頑張れよ、とか思う)、格子の扉とか向こう側に手を回して鍵開けるくらいできたでしょ、とか……。『バイオハザード7』だと、結構ダメージを食らっても平然としているし、ポーション塗りたくったら即座に回復しちゃうし……。
この問題をどうやって回避するか。乗り越えるか。
やはり、今までのゲーム的な表現を一旦見直して、“文法”から考え直す……というところから始めなくてはならないだろう。
「こういう表現ならシュールさは感じない」と思うものを一つ一つ精査して、選び取っていけば「シュールの谷」は乗り越えられるでしょう。「シュールの谷」は技術問題ではなく、表現・文法の問題だから、一つ一つ工夫していけばいいでしょう。
私は前に、「ゲームは漫画っぽい表現のほうがいい」と書いたけど、本音で言うと、リアルになっていく映像に対して文法をどう考えて行くか……ではなく、思いっきり漫画漫画して、「リアリティ云々よりも、こうなふうにできたら楽しいじゃん」という考えたほうがゲームは面白くなるんじゃないか……という考え方のほう。
そこまでリアルに徹するんだったら、もう旅行いけよ……という話になって来ちゃうもの。
表現を選択するのは、その制作者次第だけどね。

2月5日

「Nintendo Switch」はワールドワイドで考えると“携帯ゲーム機”とは売り出せない? 濃ゆいテック系ジャーナリストが期待の新機種を本気分析【backspace.fm出張版・第一回】

NintendoSwitch とあるゲームスタジオの偉い人と会場で雑談しているときに、お互い「そうそう!」って言い合って笑いあった話題があって。
 いま日本には「3DS」と「PS Vita」ていう仮想の学園があって、そこの在校生が、いま3年生を迎えているわけですよ。つまり成熟期に入っているわけですね。「3DS」も「PS Vita」も2011年とか2012年ぐらいに出ているので、もういま5年生、6年生っていうか、卒業時期なわけですよ。「俺たちもうすぐ卒業だな。部活もやめたし」みたいな。そんな状況で。「お前ら進路どうする?」って話し合うわけですよ。そうなったときに「いやぁ、いまPS4大学とXbox One大学しかなくて、俺たちはどっちかと言えば、携帯系大学に行きたいんだよなぁ」みたいな。「いい大学ないかなぁ」って言ったときに、任天堂が“スイッチ学園”を出してきて、「これって、俺たちが大好きな携帯系ができるんじゃね?」みたいな。
 そんな感じで日本では、意外と「Nintendo Switch」って、「3DS」と「PS Vita」ユーザー層の卒業生がバンバン入学するんじゃないかなっていう。そんな気がするんですよね。
こちらから引用しました→電ファミ記事:「Nintendo Switch」はワールドワイドで考えると“携帯ゲーム機”とは売り出せない?

『3DS学園』『Vita学園』の卒業生がSwitchを選択する……。
という話を読んで、しばらくピンとこなかったけど(というか記事のほとんどがピンとこなかったんだけど)、そういえばマフィア梶田さんが某ラジオで「あれはでかいVitaでした」って言ってたっけ。人によっては、そういうポジション……Vitaもそろそろ古くなってきたし、じゃあ次はSwitch買うか……みたいに選択するのかな。

という話でふっと思い出したのは、昔、私の友人にどんなゲームにもとりあえずコナミコマンドを入力する人がいた。
「お前、それコナミのゲームじゃないとダメだぞ」
と言ったら、
「は??」
と返された。
そのゲームがコナミかコナミではないか……ということをそもそも把握していなかった。というか、もしかするとコナミというゲームメーカーも知らなかったんじゃないか、と思われる。「コナミコマンド」ではなく「俺コマンド」と呼んでいたし。
あの当時は、毎日のように集まってゲーム大会をやっていたのだけど、子供の認識能力なんて、まあそんなもんです。そのゲームを作っているメーカーなんて、誰も知らねーし、気にしねーですよ。
そうそう、カプコンのことをずっとカプリコンと言い続けていた友人もいたし。
「任天堂かソニーか」なんて、こじらしたゲームユーザーしか言わない。私みたいなのは少数派。
お年寄りは「ゲーム機はぜんぶ任天堂」とか絶対思っているし。
ああそうだ。リオオリンピックの閉会式でマリオの扮装をする安倍首相を見て「マリオは日本じゃねーだろ!!」と憤る人がTwitterにもの凄い数でいた……ということがあったね。実は別件で、「えっ! マリオって日本で生まれたの?」とラジオで若い人が言っているのを聞いてそれなりに心の準備はできたいたのだけど(とある声優さんだけど、名前書かないほうがいいよね)、今の若い人は『スーパーマリオブラザーズ』が日本人が作った日本生まれのゲーム……という基本的な知識も知らないんだ。
だから、案外Vitaの次はSwitchだ……みたいに選択するのかもね。

記事の後半に、プレステにマリオ出せばいいじゃん………みたいな話をしているけど、それはNO。
『ARMS』はソニーのスタッフに作らせても同じものができる(できないと思うが)、だからといってプレステやXBOXで同じものを出せばいい……というのではなく、やはり任天堂は任天堂機だからこそ、でしょう。そのアイデンティティを崩しちゃいかんでしょう。
振り返ってみるとね、やっぱりセガがハード事業を撤退して、はっきりとゲーム業界の空気沈んだ……と思うんだ。ソニーはセガとの競争に勝ったけど、それでソニーがハッピーになったか、というとなってないでしょう。セガが持っていたシェアをまるっと手に入る……というわけにはならなかったでしょう。その後、むしろソニーの受難が始まったわけだし(あれはPS3の立ち上げに失敗して勝手に苦労した……というのもあるけど)
(あの頃のソニーのメディア戦略は、今にしてもどうかと思うし……。ぜんぶセガを追い込むためにやったことだけど、あれをリアルタイムで見た者としては、ソニーに対して不信感しかない)

ハードの売り上げ競争に勝って、相手を撤退させて、相手が持っていたユーザーを手に入れて大儲け……じゃなくてそのぶん人がゲームから離れていくんだ。その分、業界の空気は沈むんだ。ゲーム文化そのものも、たぶん衰退する。勝ちは勝ちじゃないんだ。
もしも任天堂がハード事業やめたとして、それまでの任天堂ファンが、明日いきなりソニーファンに変わるわけないでしょ。去って行く人が出るだけ。
任天堂の場合、任天堂というゲーム機の個性があって、さらにソフトがある……という構成だから、ソニー機で出せば今までと同じようにポテンシャルを発揮できるか……といえばそうじゃないでしょう。


2月5日 漫画メイキング動画最終回




動画投稿しました。漫画メイキング動画(イラストメイキング動画ですが)は今回が最終回です。今までありがとうございました。

……コメントが1つ。見ている人、いたんですね。
ありがとうございます。

2月6日

pixivにイラスト投稿しました。
『響け!ユーフォニアム』よりデカリボン先輩です。
吉川優子
次のサイトで見られます。
pixiv:リボン先輩
TINAMI:リボン先輩
ニコニコ静画:リボン先輩



我々は「感動の時代」を生きている。ゼルダ”以外”のアクションRPG史【ゲーム語りの基礎教養:第四回】

イース2 前回は初代『ゼルダの伝説』が、経験値を採用していないのになぜ「元祖アクションRPG(ARPG)」の一つと言えるのかを述べた。

 今回は、それ以降のARPGの進化を語り、最後にはARPGを世間に普及させた『イース』の成功とは何だったのかを語りたいと思う。『イース』が先駆けた要素は、様々にある。それらが広く普及し「当たり前」になってしまったからこそ、かえって独自性が埋もれるという皮肉な結果を招いている。今回の原稿は、それを掘り起こすのが一つの目的だ。
こちらから引用しました→電ファミ記事置き場:【ゲーム語りの基礎教養:第四回】

私にとっての『イース』はやっぱりPCエンジン。1~4まで、何度も繰り返しプレイした思い出の作品。
PCエンジン版以前に、ファミコン版『イース』をプレイしたけど、当時、マスクを被れば隠し通路が見える……という単純な謎解きがわからず挫折。そういうわけで、『イース』といえばPCエンジン。
フィーナ移植はハドソンだったけど、「本家越え」と言われるクオリティ(本家未プレイだけど)。まず生音源を使ったゴリゴリのロックサウンド。これが最高に格好良くて痛快。JDKサウンドは本当に好きだった。当時、CDロムは普通のオーディオで再生可能だったから(2曲目にデータが割り当てられていた…※)、カセットにコピーしてよく聞いていたものだった。
このサウンドトラック、どこかに売っていないだろうか……とずっと探していたけど、最近になってiTunesでデータ販売しているのに気付いた。お金がないんで、『イース4』しか買えなかったけど。
PCエンジン『イース』は演出面がとことん強化されていて、キャラの顔が大きくカットインして、ボイスで喋る。今でこそ当たり前どころか、ありきたりで飽きられている表現だけど、当時は本当にびっくりした。
ボス戦が終了すると、豪華なムービーシーン(当時はビジュアルシーンと呼んでいた)。本家では未完の『イース1』と完結編『イース2』が分離していたけど、PCエンジン版はムービーシーンを間に挟んで鮮やかに繋げる。その『イース2』の冒頭に出てくる有名なリリアの振り向きシーン(後のビデオアニメ版でも踏襲された)。声優は確か鶴ひろみさんだった……と記憶しているけど(『ドラゴンボール』のブルマ役)、あの振り向きシーンとそれに繋がるボイスで、私はリリアを「この作品のヒロイン」から「この時代のヒロイン」とまで思ったくらいだった。
サウンド、ストーリー、演出のどれもが鮮やかで、この一連の流れを体験したくて、PCエンジンのイースシリーズは何度もプレイした。
『イース4』はパソコン原作ではなく、PCエンジン版、スーパーファミコン版がほぼ同じ頃に発売したと思うけど、断然PCエンジン版。どう見ても、クオリティはPCエンジン版のほうが上だった。
『イース5』はスーパーファミコンのみだったように記憶しているけど……プレイしたはずだけどぜんぜん印象に残ってない。プレイした直後からなんか忘れちゃった……みたいな感じ。印象薄かった。
そういうわけで、私にとっての最後のイースが5作目で、それ以降はぜんぜん知らないけど……ああそうか。最新作は『8』なんだ。しかもアドル君喋るんだ。梶裕貴君の声で。
ファルコムのゲームはその後PSP&Vitaを中心に作品を出しているらしいけど……。確かにVitaってPCエンジンぽい臭いがする。意外に、PCエンジンの卒業生がVita買ってたりして。

※ PCエンジンをオーディオで再生すると、1曲目に注意が、2曲目にデータ。3曲目以降、ゲーム音楽が入っていた。1曲目に「注意」だけど、ここでお遊びを入れるゲームもちらちらとあった。この頃のコナミは、よく“遊び”を入れてたなぁ。

2月8日

さめあんこ先生の『SplatoonHistory!』
さめあんこ SplatoonHistory
さめあんこ先生の『SplatoonHistory!』はこちらから→pixiv:SplatoonHistory!

『Splatoon』2年の歴史が綺麗にまとまっている。マンメンミ!

2月11日 ブログ更新報告

ブログ更新です。
いつもの動画の文字起こしです。
ProjectMOE 漫画メイキング動画38 『悪・敵にこだわれ』
まず1つ目。

えーっと、本編といまいち関係なさそうな話をするけど、私は『泣いた赤鬼』という物語が嫌いで……。いや、「嫌いになった」というべきでしょうね。
まあ日本人的なお話。おぞましき鬼に対しても、人情を見出す。出生や容貌などは関係なく、その人間そのものの人情を見て、社会に受け入れようとする話。道徳的でいいお話だ。
でも、最近の創作世界の話を見ると、ちょっとどうかな……と思うようになってきて。
「ゴブリンやオークにも人格や人生があるんだ。いきなり襲って殺すのは可哀想だ。主人公のほうが蛮族に思える」って意見を最近よく聞くけど、いや待て。そのゴブリンやオーク、たぶん殺人や略奪その他をやっているはずだけど、それでも「可哀想」か?
しかしそういうものに対して、“憐れみ”を見出してしまうのが日本人。いいところだけど、ちょっと行き過ぎてるかな? と思うようにもなって。今回の『悪・敵にこだわれ』のお話に照らし合わせていくと、いや、そういう描き方じゃダメだ。もっと悪として振り切れよ……という考えになって、ね。
最近の漫画やライトノベル事情の話をすると、ゴブリンやオークがキャラクターとしてずいぶん丸くなっているように思える。
もともと、漫画は「怖くなりすぎない」というところがあって……。どんなに恐ろしいものを描こうと思っても、ちょっと丸くなる、ちょっと可愛くなってしまう。不快な表現でも、ちょっとマイルドになってしまう。なぜなら、そういうものが「漫画」だから。実写と違って、シンプルな線と影のみで表現するから、表現が軟らかくなってしまう。ホラー漫画なんて、ぜんぜん怖くないもの。
ゴブリンやオークが可愛くなってしまっているのも、漫画だから仕方ないというのと、ゴブリンやオークというキャラクターが再生産されすぎていて、もはやパロディとしてしか扱えない。本来持っていた「恐ろしいモンスター」として見ることができなくなってしまった。
というか、そもそもゴブリンやオークが恐ろしいもの、という具体的なシーン……要するに人を襲って殺し、物を奪ったりする、みたいなシーンをきちんと描いてこなかったのがよくない。描き手の「みんなそういうの知っているでしょ。だから省略するよ」という姿勢もよくない。悪が悪事をしている場面をきちんと描かず、主人公がいきなりゴブリンを襲って殺す場面のみを描いてしまったから、なんとなく立場が逆転して感じられてしまったように思える。きちんと描かないとダメだ。
鬼も同じように、恐ろしい怪物……としての姿がどっかで抜け落ちて、それで『泣いた赤鬼』みたいな発想が出て来しまったんじゃないかな……。要するにあれはパロディだよ。
ゴブリンは恐ろしい。オークは恐ろしい。鬼は恐ろしい。変な憐れみや人情を挟まず、エンターテインメントとして思い切って「悪!」「敵!」として描きたい。

次はアニメ語り。
ProjectMOE 漫画メイキング動画39 アニメと私

私の個人史と結びつけて、どんなアニメを見てきたのか……という話。今まででもっとも長い記事なので、暇で暇ですることのない人向けです。
それで、えーっと……。
…………。
いや、なにか補足的に書く予定だったんだけど、書こうと思っていた内容を忘れてしまった。
あれだけクソ長い文章書いたのに、実は書き足りなくて、ここで書き足すつもりだったんだ。
でも、書く内容忘れちゃって……。
何を書くつもりだったんだったかな……。思い出せない。
ああ、記憶力が。
じゃあ別の場所で書く予定だった話を書くね。
お話の中に「技術としての映画」「芸術の映画」の2つがあり、日本のアニメは宿命的に「技術の映画」のほうだ、と書いた。
で、「技術の映画」の寿命はせいぜい1年程度。技術と流行はあっという間に古くなる。
なぜなら、観る側の目が肥えるからだ。
この「目が肥える問題」……「問題」として書くけど、これがかなり苛烈だ。一度「いいもの」を見ると、その以前には戻れないから。
ある種のパンドラの箱みたいなものだ。
しかも、「目が肥えるスピード」はもの凄く早い。なにしろ一度「優れたもの」を見るだけでいいわけだから。一度高品質なものに触れてしまうと、それまでに見ていた物が、あっという間にゴミにしか見えなくなる。
これがどうして怖いかというと、1人の作家が成長する速度より、読者の目が肥えるスピードのほうが早いから。贔屓にしている作家がいたとしても、その作家と同じ方向性を持っていて、かつクオリティの高い人の作品を一度見てしまうと、もう元に戻れない。気持ちはよりクオリティの高いほうへと傾いてしまう。
作家が成長する速度よりも、読者が作品に要求する物が大きくなっていく。1人の作家が、読者が要求するものと同じくらいのスピードで成長して、生産できるわけがない。だから怖い。作り手にとって怖い。作り手だけが怖い。でも要求に応えないと「もう飽きた」と言われてしまう。
しかも消費者は、自分が目が肥えていることに気付かない。自分の要求がどんどん過大になっていることに気付かず、ただただ要求してくる。大多数の消費者にとって、作り手は「人間」ではなく「工場」のようなものだから、「なんで作らないんだ。俺達が要求する物を作れよ」と消費者の権利を振りかざそうとする。
私はゲームの世界で何度も経験したけど、新しいゲームハードが出ると、その以前のゲーム機はその瞬間古く感じられて、プレイする意欲をなくしてしまう。一旦ハイエンドなゲーム機のグラフィックを見てしまうと、それ以外ものが過去のものにしか感じられなくなる。
テレビは今は2K画質だけど、以前は「テレビにそんな画質はいらない」と言われていた。みんな言っていた。……が、一旦2K画質になってしまうと、その以前のものは「モザイク画質」にしか見えなくなって、「見るに堪えない」状態になってしまった。
これが次は4Kや8Kになっていくわけだ。……ああ怖い。作る方は4Kの画質に応えなければならないんだ。「2Kなんてモザイク画質、誰も見ねーよ」という時代が、間もなくやってくる。
で、アニメは宿命的に技術技術技術の産物。視聴者の目はどんどん肥えて、要求する物はどんどん大きくなっていく。「もっと綺麗な絵で!」「もっと面白く!」「もっとアクションを派手に!」「もっと意外性を!」「もっと!」「もっと!」……その要求にしっかり応えていかないと、アニメ離れが起きてしまう。
アニメはずっと目が肥えていくユーザーを追いかけて技術を刷新してきたわけだから、ほんの数年前でも、もう古くさくて見るに堪えないくらいになってしまう。
それも、そろそろ限界なのかな……というのが最近の印象。今の技術でできることはもうやり尽くした感じはあるから、次のことを考えないとまずいかな……と。

で、この「目が肥える」問題に一番強烈に刺さっているのは、実は作り手自身。作り手はいいものを一杯見てきているわけだから、自分が描いているものがゴミにしか見えなくなることがある。私はすごくよくある。これは絵かゴミか? みたいなの。もう自分で判断できないくらい。だって、いい絵は一杯一杯見てきたもの。自分の絵なんてゴミにしか見えねーよ。
絵描きは絵を描き終えた後、「いい絵を描いたな」なんて思わない。「これは正解だったのだろうか?」と反省会が始まる。私は絵が下手だから、ずっと反省会。
「目が肥える」問題で一番苦しんでいるのは、実は作家のほうでした……というのがこの話のオチです。

2月11日 Splatoon2の話

Splatoonで、上から見下ろす視点はずっと欲しいと思っていた。
でもプライベートマッチだけか……。自分のプレイを数試合録画しておいて、後から上から視点で見る……というやつが欲しかった。
Splatoonは「何がまずくて負けたんだろう?」というのはよくある話。終了30秒前まで相手側にピンチが付いていて、勝利確実……と思っていたのに結果を見るとなぜか負けている。あの30秒の間に何が起きた?? ……というのがよくある。反省会もしたいので、上から視点のリプレイをぜひ実装してほしい。

あと、闘会議のSplatoon決勝大会見ていて思ったのだけど、この試合、Switchで見られないかな? ニコニコ生放送で見ていたのだけど、Switchで自分の見たいプレイヤーの視点で見られたらいいのに……と思った。Switchで試合の流れを見て、ニコニコ生放送で実況を聞く……みたいな視聴方法があれば嬉しいのだけど。
『試合観戦モード』みたいなのがあれば、私は喜んでみるけど、ダメかな。

2月12日 またSplatoon2の話

うわー……参加できねぇ……。
SplatoonをWiiUの先行試射から参加していた身としては、ここで参加できないのが寂しい。

2月13日 高坂麗奈イラスト

『響け!ユーフォニアム』より高坂麗奈を描きました。
↓クリックすると、pixivに飛びます。
高坂麗奈
以下のサイトから閲覧できます。
pixiv:れーな
TINAMI:れーな
ニコニコ静画:れーな
各サイトで、なんとなく解説を変えてみました。変えた理由は特にないけど。面白くもないから、わざわざ見比べるほどのものでもありません。
あと、前にも似たような構図で絵を描いた気がするけど……。まあいいよね。
(→pixiv:こーいう時間

2月17日 黄前久美子イラスト

『響け!ユーフォニアム』より黄前久美子を描きました。
クリックすると、pixivに飛びます。
黄前久美子
次のサイトでイラストを閲覧できます。
pixiv:黄前久美子
pixiv版のみ、2枚目が壁紙サイズ(1920×1080)になっています。
TINAMI:黄前久美子
ニコニコ静画:黄前久美子

連作『響け!ユーフォニアム』はこれにて終了です。
来週はさくらの絵を投稿します。

2月18日

ブログに『ProjectMOE』メイキング動画の文字起こし記事を書きました。
ProjectMOE 漫画メイキング動画40【最終回】 今後について
動画41-YouTubeサムネ
40週続けてきたシリーズも、これで最終回です。
シリーズが終了した理由は本文に書いている通り。40週続けてきたけど視聴者はまったく増えなかったし、漫画の読者もまったく増えなかったので、意味がないのでやめることにしました。時間もかかるしね。より漫画制作に集中したいので、動画制作はこれで終わりです。

読者が増えなかった理由?
まず3分で充分だった。10分は長すぎ。
ずっと音楽無しでやってきたのもよくなかった。音楽無しの動画なんて、見てくれるわけがない。
音楽を入れなかった理由……一度入れてみたけど、画質が著しく劣化したので、やめた。もともと画質が低かった上に、音楽を入れてさらに画質が低くなると、とてもじゃないけど見れたものじゃなかった。
それから、下に出てくる文字が邪魔。絵のテーマと合ってないからパッと見て意味がわからないし、絵の邪魔で見づらい。絵と文字を同時に見られないから、すこぶる邪魔。
もともと、ラジオっぽいものをやるつもりだったから、喋りを入れて10分くらい……というつもりだったけど、そもそもの発想が間違い。音楽を入れて、3分くらいにまとめて、文字解説もなしにして、見せ方をもっと工夫して、飽きさせないように何かがあれば、もっと視聴者も増えたはずだし、漫画の読者も増えたかも知れなかった。
「誰も動画を見ていない……!」と気付いた段階で、方向転換するべきだった。こういう時のフットワークの鈍さが、ダメな理由。

それで、毎回3~5人くらい閲覧者のいたブログの文字起こしだけど、最終39回、40回は閲覧者は0だった……。
……そっか0人か。
結構頑張って書いたのだけど、誰も読まなかったのか……。これまでの内容にしても、意外と創作するうえでの心得のようなものを書いてきたつもりだったのだけど、それでも3人くらいしか読まなれなかった。
まあ、誰も興味ないことを書いてきたのだから、当然の結果だ。
大人しくアニメ感想を書いていた方が、ブログ読者は増える。「誰もテメーの話なんか聞いてねーんだよ」というわけ。自分語りをやめて、すでに世の中にあるものについてのみ語りましょう。そういうほうがみんな喜ぶものね。
最後まで無駄なことに頑張ってしまった。
(自分語りなんて、自己満足でしかないから誰も望まない。私がどういう人間かだなんて、誰も興味がない……ということを心得よ)
漫画制作も無駄になりそうな感じだけどね。

2月19日

2016年12月19日に投稿した田中あすかのイラストが、pixivで1000点に達しました。
ありがとうございます。
↓クリックすると、pixivに飛びます。
田中あすか

でも、なんでこのイラストがそこまでの特別な支持を得たのか、よくわからない。



そういえばファイナルファンタジーの1作目、ちゃんとプレイしてないんだよな~。ヴァーチャルコンソールでプレイしてみようかな……と、漠然と考えていたところにFF30周年記念でニンテンドー3DSリメイク版『FF1』が50%オフ。ラッキー!
というわけで購入し昨夜クリア……………できませんでした。諦めました。
その理由は後で書くとして。
最初のファイナルファンタジー。時代的にも漠然と『ドラゴンクエスト1』くらいのボリュームかな……と考えながらプレイしてみると、意外に厚みのある内容。フィールドはそこそこに広かったし、モンスターの種類も多く、シナリオのドラマ感はやっぱり薄いものの、しっかり遊び込める内容だった。
しかし、“リメイク作品”として見ると、ドラクエシリーズほど丁寧にチューンナップされているとは言い難かった。
まず、エンカウント率が高すぎ。ダンジョン中は5歩ごとに戦闘。1歩で出ることも。数歩ごとに戦闘、画面が切り替わってしまうので、ダンジョンマップが頭に入らないし、ダンジョンを探索して宝箱を回収しよう……という意欲をなくしてしまう。
エンカウント率が高すぎてレベルが上がりすぎ、お金が貯まりすぎ、それでゲーム自体が簡単になってしまっている。ゲームのラストに入る前に、持ち金が999999のカンストに達してしまった。まずエンカウントを4分の1くらい、経験値、お金を2倍くらいのバランスで良かったと思う。
戦闘は絵が綺麗に描き直されているものの、リズムが悪い。ひとアクションごとに絵が止まる。サクサク動いて欲しい。
2画面の使い方も合理的ではない。フィールド画面は下画面に大きなマップが表示されるが、ダンジョン中もフィールド中のダンジョンがある場所をずっと表示続ける。こういう意味のない表示をされると、イラっとくる。ダンジョン中はエンカウント高すぎでマップが頭に入らないから、ここはダンジョンマップを表示してくれたもよかったんじゃないだろうか。
戦闘中の2画面の使い方も合理的とは言えず、上部にキャラクターのステータスが小さく表示され、その下の大スペースに意味ないだろ、というくらいに敵モンスターのリストが並べられている。2画面の使い方は、もう少し考えて欲しかった。
宿屋に泊まった時も、毎回ベッドまで歩き、目が覚めてキャラアニメーション……とここでもリズムが悪い。スキップ可にしてほしかった。そういう無駄なところでキャラアニメーションを作ってリズムを悪くしている一方で、それ以外のキャラアニメーションは非常に少ない。もうちょっとドット絵の動きにこだわって欲しかった。
ドラクエシリーズはリメイク版は遊びやすく細かいチューンナップが施されているのに対して、FFリメイクはそういう配慮がまったく感じられない。おもてなし感ゼロの遊びづらさ。
このリメイク版で最も酷かったのは、ラストダンジョン。どうやら3DS版オリジナルで作られたダンジョンのようだけど、まず攻略に4時間以上……この時点でおかしい。途中セーブ不可、脱出不可、死んだら最初から。『FF3』のラストダンジョンが可愛く見えるくらいの凶悪さ。ワンフロアごとに必ず謎解きがあり、それを解いていく……という構成だが、その謎解きが非常に小賢しい。難易度がどうこう以前につまらない。エンカウント率が激高な上に、時間制限ありの謎解きを課せられるので、ただただ苛々させられる。しかもミッションに失敗したら、タイトル画面まで戻されてしまう。途中小部屋で「入口に戻りますか?」とあったので、「ああ、ここで途中セーブできるのか……」と思って入口に戻ると、なんと最初から
本当、「なんでこんなもの作った?」と聞きたくなるようなクソダンジョン。これに較べれば、『FF3』はイージー。あのダンジョン設計したやつは、遠慮しなくていいので名乗り出てください。一発殴らせろ
ラストダンジョンに4度トライしたけど(なので10時間以上……ラストダンジョンに至るまでのプレイ時間よりも長い)、クリアできず、断念しました。
ラストダンジョンに行く前までは結構良かったんだけど、ラストダンジョンがあまりにもつまらなすぎて、クリアしようというモチベーションをなしくました。シリーズ1作目をここまで汚した清々しいセンスのなさに脱帽。もしもシリーズ1作目を購入しようと考えている人は、3DS版だけは絶対にダメ。ファミコン版バーチャルコンソールにしましょう。

まあ、それはそれとして、やっぱり2Dゲームは楽しい(FF1のリメイクダンジョンはクソだったけど)。最近はどのゲームのグラフィックが一番優れているか……という話しか出てこないけど、2Dで面白いものが作れるか、が基本でしょう。
実は最近、バーチャルコンソールでコナミのファミコン時代のシューティングを購入したのだけど、これが凄く面白かった(この時代のコナミは本当に楽しい)
私は2Dに強く思いを残しているので、こういうゲームをやると、自分でも作ってみたくなる。もう一度プログラムの勉強をきちんとやり直して、インディーズで何か作ってみようか……。最近はとりあえずパソコンがあればゲームを作れる。NintendoSwitchのインディーズ向け開発機材が5万円と聞いた時、「ふぁー!」と思ったもの。
作るとしたら、RPG。
「2Dゲームに思いを残している」というか、ちゃんと自分で2Dゲームを総括していない……という思いがあって。自分の気持ちにちゃんとケリをつける、という意味でもゲーム作りをやってみたい。
でも、今からプログラムの勉強をして、1人でRPGを作ると……まず確実に10年以上かかりそうだし、漫画制作はどうなる? 漫画制作で一杯一杯なのに、二足草鞋はできない。
ゲーム作りは夢のまま。果たせない夢で終わらせるしかない。
今は漫画制作に集中。せめて、夢の1つくらいはきちんとケリをつけたい。……挫折で終わりそうだけど。
ゲーム制作はダメだけど、そのうち関連する何かを電子書籍で出すよ。

あとファイナルファンタジーでプレイしていないのはスーパーファミコンの『5』と『6』。バーチャルコンソールであるだろうか。
『FF7』~『FF10-2』まではプレイ済み。『11』以降はよくわからない。この頃からゲーム自体、やらなくなったからな……。
最近『ファイナルファンタジー15』が登場して、「あっ、15まで進んでたんだ」と知った感じ。任天堂機で出ないんだったら、別にいいや。

おお、そうだ。
コナミの話と言えば、ちらっと見たのだけど、「コナミを駄目にしたのは実は小島秀夫だ」という「小島秀夫黒幕説」に関する記事をちらっと見たのだけど……あれは状況証拠と推測の話だよな。というか、追い出し部屋に追い込まれていた人に、そこまでの権限があったのかどうか……。
確定情報が何もないので、今は「保留」ということで。

2月20日

近所に猫の親子が棲みついたらしい。少し前から声をよく聞く。
先日、姿を見かけたのだけど、どの猫も柄が違うし、年代もバラバラだった。
親子じゃない? どういう集まりなんだろう。猫は基本、単独行動を好む生き物。あんなふうに血縁関係でもなさそうな組み合わせで群れるということはあまりないはず。
とりあえずご近所だから挨拶しようと思って顔を出したら、逃げられてしまった。何がまずかったんだろう?

もしかしたらあの場所が猫集会に使われていたのかも知れない。
「猫集会」は結構謎な習性なので、次に見かけたら、遠くから眺めようと思う。

2月20日 ゲームの話

私(40歳)が楽しんだ『ファイナルファイト』を息子(11歳)は楽しめるのか?

私「特にやりこみ要素とか、成長要素があるわけじゃないけど、またプレイしたいと思う?」
息子「いや、クリアしたしもういいかな」

息子のプレイ遍歴にも起因すると思うが、当時のアーケードならではの高難易度アクションは、数十時間から数百時間を要して遊び続ける最近のタイトルに慣れている世代にはあまり琴線に触れなかったようだ。

私「当時、父さん達の世代は、ゲーセンでこのゲームにコインを投入しまくって遊んだものだけど、今ゲーセンに同じようなゲームがあったら、どう?」
息子「多分そんなにハマらないか、クリア出来たらもうやらないと思う。」

特にこの会話が決定打となり、何かこう息子との距離を感じてしまい、これ以上の会話をすることに恐怖を感じ、息子とのセッションは終了した。プレイ後の空気感や、会話の流れから分かったことは、「息子には特段感じさせるものがさほど無かった」という一種の寂しさ、虚無感だった。
こちらから引用しました→Gamer Pick:私(40歳)が楽しんだ『ファイナルファイト』を息子(11歳)は楽しめるのか?

うーん……今の若い子の感覚だとそうなるか。
上の方で「アニメは技術の産物」と書いたけど、ゲームも同様で技術の産物。というか、ゲームのほうがダイレクトに技術の影響を受けやすい。
いくら名作でも、有名シリーズの原点的作品でも、昔のゲームは所詮、昔のゲームでしかない。最近のゲームのほうが絵も音もいいし、なによりコントローラーを動かした時のレスポンスは今のゲームのほうが格段にいい。昔のゲームは当たり判定とかの設計が雑で「それで死ぬか?」みたいなのが結構あった。
私はそういう時代を通過していったから、昔のゲームが持っている風合いを、ノスタルジー込みで感じ入ることができるけど、若い世代にこの感覚がわかるわけがない。
「ゲーム作りをしたい」という若者に「じゃあこのゲームやっておけ」みたいに言えないのが、ちょっと寂しい。映画なら、まだいけるけど、ゲームだと厳しい。教養として昔のゲームをやらせたところで、そこで得るものは恐らく何もないだろうから――なぜなら、今のゲームはその全てを包括しているからだ。その包括しているものを解体して、教養として解説しても、そこで得るもの、その知識を足がかりで作れるもの、というものが何もないからだ。だって、もうみんなやっていて、さらにその向こうのものを考えないと、どうしようもないからだ。
しょうがない、といえばもうしょうがない。昔のゲームなんて、手に取るのは好事家か、考古学者だけだよ。

息子「これ、8bit風のグラフィックにしてるんだね」

うーん、不思議な捉え方というか……。
確かに今、ファミコン時代ふうのグラフィックを「8bitスタイル」と、ビジュアルの「スタイル」として前面に押し出しているゲームがちょっと出てきているから、それで若い子に受け入れられている……というのが不思議。「一周回って」という感じなんだろうね。
だったら16bitふう、32bitふうグラフィックスタイル……なんてのも作って、それが一般化したら、実写風リアルなグラフィックしか受け入れられなくなった若い子の意識も、ちょっと変えられるかも知れない(インディーズの分野では、ちらちらとあるけど)
今の若い世代は、本当にスペックとグラフィックの話題しかできなくなっていて、ゲーマーと呼ぶには意識が貧しいな……と感じているのし、あの感覚のままプロの世界に行こうとすると、よりまずい。おそらく貧しい感性のゲームしか出てこなくなりそう、という懸念がある。グラフィックで一番取ろう……という発想しか出てこないわけだから(しかも、技術的・予算的に無理、という現実にも直面する)

ところで。
ゲームに限らず、アニメでも映画でも同じだけど、作り手は自分の青春時代に得たものをプロになった時に再現しようとする習性がある。時々、映画で「あの懐かしの名作が復活」という作品が作られるけど、そういう作品の多くは、プロデューサーや監督が、その「懐かしの名作」をリアルタイムで見ていた人達。まず思い出や思い入れがあって、というか思い入れがあるからこそ、復活させたい……という思いに繋がっている。
『スターウォーズ』なんて、『隠し砦の三悪人』の丸パクリだもんね。
少し前に、『ショベルナイト』という2Dの8bitスタイルのゲームをプレイしたけど、明らかにいって、『ショベルナイト』を作った人達は、かつての2Dゲームを浴びるようにプレイしてきた人だ。アイテムのギミックや、敵キャラの動きとか、「見覚えがあるな……」とか思うもの。
いやいや、だから『ショベルナイト』はパクリゲームだから良くない……という話をしているんじゃないよ。おそらく青春時代に、300本とか500本という数の2Dゲームをプレイして、その思い出に再び命を吹き与えたのが『ショベルナイト』というゲーム。思い出の再結晶化、思い出に対する返礼。そういうゲームってまず「思い」がこもるから、だいたいの場合、いい作品になるんだよ。
創作というのは、子供時代に好きだったもの、子供時代に欲しかったものを再現しようという欲求が最初にある。創作はある一面で切り取ると、「思い出の再構築」でもあるんだ。
で、2Dゲーム。
今、インディーズで2Dゲームを作っている人達って、絶対青春時代に大量の2Dゲームをプレイしてきた人だよ。それだけの数でやってきたからこそ、いま再びインディーズゲーム作っているんだ、と思う。
でも20年後。今時のゲームをプレイしてきた若い子が、自分がゲームを作ろうという段階になった時、どうなるだろう。やっぱり「思い出の再構築」をやると思うけど、「思い出の再構築」をする時に、2Dゲームは選択肢に入るだろうか? もしも入ったとしても、今のインディーズで2Dゲームを作っている人達には、おそらく200本や300本プレイして、という引き出しがあるけど、今の若い子にはそんな引き出しがあるわけがない。今、2Dゲームはそんなに作られてない。もしも2Dゲームが作られたとしても、貧しい作品になるだろうな……という予感だけがある。
2Dゲームは今が最後の時代かも知れない。
まあこれも、「しょうがない話」かな。

2月24日 宮崎駿復活!

宮崎駿新作長編アニメ制作準備へ 長編アニメーション映画の製作から引退を表明した宮崎駿さん(76)が、新作長編の準備に入ったことが23日、分かった。
 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーがこの日、米国のイベントで明らかにした。
こちらから引用しました→宮崎駿氏が新作長編アニメ制作準備へ

何度目だ引退撤回。
でも待ってたぜ。

しかし……。
次回作はどんな感じになるのだろう?
『毛虫のボロ』のような小さな作品だろうか、それとも『もののけ姫』のような超大作だろうか……?
宮崎駿さんの年齢からくる体力減少もあるけど、なによりスタジオジブリはすでに解散後。優秀なアニメーターはすでに業界へ放流されてしまった。
2016年はアニメ映画の当たり年、と言われているが、実はジブリがアニメーターを放流したからだ……とも言われている。元ジブリのアニメーターが関わったから、クオリティが高かったんだ……と。
あの人達を、再び呼び戻す……? みんな他の現場があるのに?

ところで、米林宏昌監督の最新作『メアリと魔女の花』が間もなく公開となる。

『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』で優れた才能を見せた米林監督。ジブリ解散後、どうなってしまったんだろう……という心配があったけど、ジブリを辞めたスタッフを集めてスタジオポノックを旗揚げ。元ジブリ兵団はまるっとポノックに移っていたようだ。
いやいや、よかった。米林監督の次が見られるし、それにやっとあの人達にとっての人生が始まったんだな……と思って。
会社は、どうしても個々の才能を吸い上げてしまう性質がある。
会社は安定した収入、社会保障、あるいは安定した作品のクオリティがあるけど、1人1人の才能が見えなくなってしまう。特に、トップに宮崎駿クラスの天才が付いてしまうと、すべての人間が宮崎駿という才能のために動く……ということになってしまう。もしもやりたいことがあっても、全てNOを突きつけられてしまう。ジブリはずっと「ジブリでは出世できない」と言われていた。トップにアニメ史に残る天才が付いている限り、これはしょうがない。
ゲーム会社なんかも似たような感じで、ゲーム会社に就職できれば安定した収入が得られるけど、したいことができない。どんなに優秀な人でも、ただの歯車。任されるのは、長い長いムービシーンの一瞬だけ映る、モブの耳だけ……とか。
まず会社の中で出世しなくてはならない。下積みからコツコツと積み上げて、時に政治的に振る舞って、トップに上がれそうな人の尻にくっついて、10年掛けてやっと自分の作品が作れるチャンスが得られる……。(その過程で、追い出される人もいる……誰とは言わないけどさ)
これが今のゲーム会社。
だから、「才能や実力があって、やりたいことがはっきりしている」という人はインディーズでやりなさい、と私は言う。今ゲーム会社に入ってもチャンスはないから、仲間を集めて自分で始めたほうがいい。
今の若い子は「やりたいこと」ではなくて、「ごく身近な人達よりほんのちょっと上の立場になりたい」「勝ち組のグループに入りたい」が人生の目標で、大手に入れたらその目標が完了……という感じなのかな?
アニメの話に戻すけど、スタジオポノックの人達は、やっと自分たちの勝負ができる時が来たんだな……という感じ。この勝負に勝って欲しいな、と心から思う。宮崎駿に鍛えられてきたから、下積みは充分だろうし。

このスタジオポノックの元ジブリ兵団が、『メアリと魔女の花』制作終了後、そのままジブリに戻る……という話だったら、ズッコケそう。でもちょっとあり得そう。

2月25日 イラスト発表終了のお知らせ

イラスト投稿しました。
↓画像をクリックすると、pixivに飛びます。
木之本さくら木之本さくら
『カードキャプターさくら』より、木之本桜です。
次のサイトで閲覧できます。
pixiv:白さくらpixiv:黒さくら
TINAMI:白さくらTINAMI:黒さくら
ニコニコ静画:白さくらニコニコ静画:黒さくら

週一発表してきたイラストは、今回で最後です。
これ以降は有料コンテンツ向けのイラストを描きます(『ProjectMOE第2巻』に収録されるやつね)
Twitterでは「こんな絵を描いてましたよ」みたいな報告を時々します。大きなサイズは単行本で見てね……。
唐手いぶき色葉あや
……果たして、私の書いた絵にどれだけの商品価値があるのかわからないけど。
「大きさサイズのイラストを見たい」そのためにお金を払ってくれる人がどれだけいるだろうか……。それが気がかり。

2月26日はこんな絵を描いてました。
唐手いぶき
寝起きのいぶきさん。大きなサイズは後の単行本に収録されます。

2月25日

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の草原シーンを見て、ふとジェームズ・ホーナーの音楽が合いそうだな……と思った。
リンクが草原を駆けているシーンを見て、ふと『ブレイブハート』の映像が浮かんだ。ジェームズ・ホーナーのアイリッシュサウンドを重ねてみると、マッチしそうだ。もしもゲームソフトを手に入れたら、『ブレイブハート』のサントラを流してみようかな。

2月27日

ProjectMOE 第6話
報告しないまますっかり時間が過ぎてしまったけど、『ProjectMOE 第6話その6』、一応進行しています。ページ枚数が結構あるので、完成はまだまだ先だけど。
……電車のシーン、こんな不完全なCGでも特定可能な人はいるのだろうか?

2月28日

2月の最後は、アイドル声優で結成されたファイブスターの画像でほっこりして終わってください。
ファイブスター×マフィア梶田2
ファイブスター×マフィア梶田
ではまた来月お会いしましょう。
banner(1)