みなさんこんにちわ。
いよいよ7月ですね。まだ夏の入口だというのに、暑いです。暑さで体調が崩れるし、夜もなかなか寝付けません。それでも仕事は続けなければならないので、しんどい日々が始まります。

こちらの記事は、6月中にTwitter&マストドンに書いたあれこれをまとめて、ちょろっと書き足ししたものです。
全体を見るとものすごーく長く感じますが、一つ一つは短いです。見出しがついているので、興味のあるところだけどぽつりぽつりと読むといい感じになるでしょう。

それでは6月中の話題です。

6月4日 ゆゆ式のゆずこさんを描きました

『ゆゆ式』の野々原ゆずこさんを描きました。
野々原ゆずこ
次のサイトで見られます。
pixiv→野々原ゆずこ『おなか』
TINAMI→野々原ゆずこ『おなか』
Enty→野々原ゆずこ『おなか』
ファンティア→野々原ゆずこ『おなか』

この流れで縁さんも描きたいところですが、しばらく二次創作画は描きません。
たぶん、単行本完成まで描かないと思います。

pixivSketchでも『野々原ゆずこ』のイラストを紹介したけど、なぜかR-15指定を受けてしまった。おなかを見せるのはエロかったのか……。
(たぶん、AIで診断しているから、「布をまくっている絵」「そこから肌色が見えている」という2要素だけで判断されたんじゃないかな?)
このR指定、設定で簡単に解除できるようだ。なーんだ。
でもR指定されると、その瞬間からリアクションはまったくもらえなくなる。これまでもR指定にされた瞬間、反応がぴたりと止まったことがあった。どうもR指定になると、他ユーザーからは表示されてないっぽい。今はR指定解除したので、また反応をもらえるようになった。


6月5日 noteに漫画メイキングを公開しました

noteというサイトに、『ProjectMOE 第6話』のメイキングを公開しました。
note:とらつぐみ

noteにはここにしかないコンテンツも少しばかりあるので、興味のある方はどうぞ。

そのNote、最近アクセス数が急に倍増した。どうやらTwitterで紹介してくれた人がいたらしい。ありがたい話だ。フォロワー数も「1」から「5」に増えた。順調に増えている。(※ その後、3まで減少した。なぜ??)
私のTwitterでも紹介したのだけども……おっと、閲覧数0だ。どうやら私のTwitterはネットと接続されてないらしい。昨夜紹介した『野々原ゆずこ』のイラストも閲覧数2。ダメだこりゃ。
(件の『野々原ゆずこ』イラスト、昼頃に入り、やっと数字が動いた。それまで閲覧数2。Twitterも宣伝媒体としてはもうそろそろダメかな。二次創作だから数字が動いたけど、オリジナル作品だったら「閲覧数2」で止まってただろう)

Noteで紹介してもらったのは『漫画メイキング1』だけど、その影響で『ProjectMOE 第6話その1』が急激に上がった。嬉しい話だ。閲覧数60越え。今まで20ちょっとだから、3倍に増加だ。
しかし、『第6話その2』の閲覧数がわずか5。以降のエピソードすべて5。『第6話その1』を読んで、続きを読んだ人がたったの5人。
あー……要するに、てめーの漫画はつまらねーと……、はい、了解です。

6月8日 SUPERNINTENDOWORLD着工式の感想

 
いよいよ本格的に動き始めた。楽しみだ。

宮本茂
ユニバーサル・クリエイティブの皆さんが,新しいカートのアトラクションを作りたいと燃えておられたんですね。なんでも,ライドものって,はやり廃りが出やすいそうなんです。そこで新しいスタイルのものを……と。

SUPERNINTENDOWORLD着工式『マリオカート』のアトラクションを作る……という話だそうだ。
んー、じゃあよくあるゴーカート的なものになるのかな……。いや、インタビューを見ると、「ライドもの」と答えている。よくある「ライドもの」にただマリオのキャラクターを乗っけたものではなく、まったく新しいものに挑戦するという。
それじゃ……カートがゲーム筐体的な感じで設置されていて、全周囲にマリオカートのステージが表示される仕組みになっている。360度どこを見回してもマリオカートの世界。その中を、同時にプレイしている人と、競い合う……そういう方向性だったりするのかな?
いやいや、対戦ものにしてしまうと、「誰でも楽しめるもの」ではなくなってしまう。アトラクションになると、小さい子供や、お年寄りも楽しめなければならないから、ハードルを上げすぎるのはよくない。
“『マリオカート』らしいライドもの”がどんな形になるか、いろいろ妄想しながら待つとしよう。

宮本茂
2020年には、Nintendo Switchがもっと育っているのが理想だと思います。5年以上の寿命を持つハードをこれからも作っていきたいと思っていますので、まだまだSwitchのエリアかと思います。そのときに、たくさんの人がその機械を欲しいと思ってパークに持ってきてもらえるなら、いろいろな連動の可能性があるということで、これはパークの技術陣と任天堂の技術陣がいろいろと相談しながら進めさせていただいています。

Switchとの連動がちょっとほのめかされている。
スマートフォン……『ポケモンGo』は何かしらやるだろう、と思ったけど(パーク内にしか登場しないポケモンとか)、2020年か……。さすがにその頃には廃れてるか。
「Switchを持ってきて何かする」……と考えた場合、やっぱり、自分のプレイデータを入れたスイッチ本体を持って来て、パーク内の機械とドッキング。そこでさらに何かのゲームが楽しめる、あるいは特殊なアイテムを入手できるとか……。例えば『モンスターハンター』のコスチュームみたいなの。
SwitchはSwitch本体とドッグをドッキングさせるコンセプトだけど、そのコンセプトの真価がこういうところで現れるかも知れない。
ドッグはクセ者だな……と思っていて、ドッグのほうで何か変わったこと仕掛けてくるかな、と思ったけど、アトラクションの中にあるドッグと合体させる……なんてことになれば、面白そうだ。

今回は『マリオカート』が発表されましたが、マリオ以外のキャラクターで、活用を考えているものはあるのか。

『マリオカート』以外に期待するもの……?
まず『Splatoon』。
Splatoon、アーケード展開しないのかな……と思ってた。シューターの実物を持って、実際に撃てないかなって……。そうすると「キャラの移動」はどうするのだろう、とか、ゲーム中にいるのは自分なのかキャラクター(イカ)なのか? という問題もある(あとブキが固定になるじゃん、問題)
MRグラスを付けて、ステージ内を実際に(バーチャルに)塗るのを体験する……というのもいいが、障害物や他プレイヤーとぶつかって事故になる可能性があるから、やめたほうがいいだろう。
難しい問題はたくさんあるけど、Splatoonアトラクションはあったら見てみたい。いや、体験してみたい。
他には、候補として『ゼルダの伝説』を挙げているけど……ゲームならいいが、リアル世界でアイテムを探したり、謎解きをやったりは大変だぞ。「脱出ゲーム」が流行っているから、案外うけるのかも知れないけど。
ところでパーク内レストランには、何が出るのだろう。きのこ料理? 食べたら1UPするやつ?

このテーマパークの実現を創業者の山内溥さん、前社長の岩田聡さんがご覧になったら、どう思うでしょうか。

岩田社長はWiiUの失敗の渦中でお亡くなりになったから、今のSwitchの成功を聞かせてあげたい。本来、この場にいるべき人がいないのは、何とも寂しい話。任天堂のコンテンツは、これからも成長していくだろう。遠いところで見守っていてほしい。


私は……そもそもUSJに行ったことがない。
忙しい、お金がないを10年も続けてしまっているから。行けないまま終わるのは寂しい。

6月8日 さいとうたかを 画業50周年

さいとう・たかを、50周年「ゴルゴ13」お蔵入りエピソード披露
 孤高のスナイパーを描いた劇画「ゴルゴ13」が、1968年11月発売の「ビッグコミック」(小学館)に連載されてから来年で50周年を迎えることを記念した特別展「連載50周年記念特別展 さいとう・たかを ゴルゴ13」の記者発表会が7日、都内で行われ、作者のさいとう・たかを、展覧会公式テーマ曲を作成した山本恭司(BOWWOW)、展覧会監修の杉森昌武氏が出席した。
こちらから引用しました→シネマトゥディ:さいとう・たかを、50周年「ゴルゴ13」お蔵入りエピソード披露

『ゴルゴ13』50年。
……すごいなぁ。

『ゴルゴ13』50年。『こち亀』40年。
(亀万年、鶴千年……みたいな感じ)
もちろんどちらも休載無しでの偉業。『ゴルゴ13』も『こち亀』も登頂不能のとんでもない双璧。スケールが違う。
いま「漫画を描く」ということを実際やってみているけど、わかったことは、とことん体力勝負の仕事……ということ。「体力」というか「寿命」を削る感覚だ。
しかも、ある程度以上「面白く」ないと、読者から、編集部から切り捨てられる。容赦なく。「面白いストーリーを考え続ける」という精神力も必要になる。
そういう諸々に耐えて、40年、あるいは50年表現者であり続ける……。
この2人に並ぶ作家は、当分出ないだろう。
(一応、後を追いかけている、100巻越えの漫画はいくつか存在しているけど)

私も長く続くコンテンツを描きたいと、いつも思っている。うん十年、ずっと同じキャラクターでストーリーを書き続け、かつそれが色んな人から愛される。こんな素敵なことはない。
実は『ProjectMOE』もそういうコンテンツにしたいと思ってスタートした作品だったんだ。……そういうコンテンツにしたかったけど、ダメだった。
「キャラクターをいかにクリエイトするか」という最初の課題に、私は躓いた。ウォルト・ディズニーがどんな発想でミッキーマウスを創造したか、それをきちんと勉強した上で考えるべきだった。
私が描いたキャラクターは、あるいは世界観は、ある面において決定的に弱い。はっきりと失敗した。
……と、このお話は、長くなるから、また別の機会にしよう。いつかちゃんとキャラクター論のお話をしよう。

……私のしくじり話(キャラクター論)ききたい人、いる?

6月9日 『生徒会役員共』一挙放送を見る


第2シーズンである『生徒会役員共*』は見ていたけど、第1期は初めて。

……へー。
いや、最初からあの表現が完成していたんだな……って。もっと時間を掛けて、結果的にああいった表現になっていったのかと思った。ブレのなさに驚く。ストーリーは原作があるからブレはないだろうけど、アニメの表現が最初からここまでできあがっているのは凄い。
で、『生徒会役員共』はだいたい止め絵に口パク。そもそも原作が4コマ作品ということもあって、動きが少ない。だけど、そこをうまく活かして、キャラクターをいかに見せるか、ということに振っている。要所要所に見せるキャラのアクション……無駄に枚数を使ったアクションが挿入されるのだけど、そこでの動きのクセがなんというか古典的というか……こういうアニメのクセ、懐かしいなぁ……とか思ったり(ああいう動きクセ、正しくは何というのだろう?)。今はレイアウトをがっちり作ってその中で自然な芝居をすることが求められているわけで、ここまで潔くパースを無視してキャラのアクションに振っているのは、見ていて気持ちいい。
オープニングの、パースがぐるぐる回りながらキャラクターがアクションする……こういうのも昔からあるアニメの表現だけど、ものすごくよく描けている。どうやったらあんなもの凄い画が作れるんだろう?
とにかくも、あの表現以外の表現が思い付かない。そういう意味で、完成している作品だ。

それで、これ劇場でやるのか……。
いまいち関係あるのかどうかわからない話をするが、『寝ずの番』という映画がある。R指定の映画だ。しかし、具体的にエロいシーンなんて、この映画にはまったく登場しない。ただただ下ネタがもの凄い回数で挟まれるだけ。作品を見ると、息を吐くように下ネタを言う。下ネタの多さでR指定を受ける、世にも珍しい作品になった。
『生徒会役員共』は……ほぉ全年齢。表現が大人しくなってたり、無理矢理いい話に持って行ったりするのは嫌だな(“劇場版”でありがちなやつ)。『生徒会役員共』は尖っていてほしいが……。

その劇場公開日は、07月21日。なぜ「0」を入れるのかと最初思ったけど……あっ、察し。(そして一挙放送は6/9)
そのひとネタのために、わざわざ7月21日を選んだこの作品が好きだ。


6月11日 ゲームで見る、西洋と東洋の漫画観の違い?

【ゲームの企画書】『パワプロ』×『みんなのGOLF』開発者が初対談。初代『パワプロ』企画書も公開! コントローラで我々はスポーツの何を楽しんでいるのか?

谷渕氏:
 いやあ、海外で遊んでいただくのは、なかなか難しいですね。
 僕らも頑張ってみて、過去それなりには売れたのですが、やはり大変でした。なにしろ、まず見た目の可愛さで「子ども向けのゲーム」に分類されてしまいます。「このキャラクターでリアルな野球をしているのはなぜだ?」と聞かれるんです。
小林氏:
 『みんGOL』もチャレンジは、ずっとしています。その結果、海外にもファンの方はいるのですが、マーケットの大きさを考えるとまだまだですね。
 やはり海外は実名文化で、リアルキャラが好きなんです。彼らがハードのスペックが上がったときに求めるのは、まずリアリティ。僕たちのデフォルメの魅力が、その好みを凌駕するのはなかなか大変なんです。
こちらから引用しました→電ファミニコゲーマー:【ゲームの企画書】『パワプロ』×『みんなのGOLF』開発者が初対談。

『パワプロ』のデフォルメは本当に秀逸、デザインとして優秀だと思っている。
最初の『パワプロ』はスーパーファミコン。このスペックでリアルな頭身の野球選手を表現しようとしたら大惨事になるのは見えている。
そこで、あのデフォルメ。まず動きがいい感じ。あのキャラクターが動くとかわいいし気持ちいい。スイングのアニメーションがかなりきちんと描かれていて、それに音が連動するとすごく気持ちいい(強いあたりが来た時の「カキン!」がもう最高)。ちゃんと野球をやっている“感覚”をうまく再現している。
それに、デフォルメしているからこそリアルに感じられる。ストライク取った時、バッターが審判を振り返ったりする瞬間とか。何気ない仕草にリアリティを感じられる。もしも野球選手をリアルに描画しようと思ったら、逆にほんの少々の差異に違和感を感じるはずだ。デフォルメしているからこそ、感じられるリアリティがある。

野球に関わらず、スポーツはゲームにするとデフォルメが入るもの。リアルなままでいると、やりづらいはずだ。デフォルメというか、各要素を象徴化して、プレイヤーがそのとき何に注目すべきなのか、デフォルメしているからこそわかりやすくゲームに集中しやすい形になる。パワプロはそうした象徴化された表現の中であのキャラクターがいるわけで、非常に合理性がある。
『パワプロ』はその決定版。あのデザインはただかわいいだけではなく、ものすごく合理的だった。作り手の意図とうまく噛み合ったところで、あの絵を出している。これは非常に頭の良いやり方だ……とスーパーファミコン当時から思っていた(私がプレイしたのはNINTENDO64までだけどな)。すでに『ファミスタ』というシリーズはあったけど、『パワプロ』ははっきりとそこから一歩前に出ていた。
『パワプロ』に似たデザインのスポーツゲームは当時なかったし(重要)、それにかわいい(重要)。「孤立」していること、「かわいい」こと、そのうえで「合理性」が感じられること。ヒットするキャラクターの諸要素をきちんと押さえられている。

でも海外だとわかりにくいか……。
うーん、そうか……。
これはたぶん、「出力」と「入力」の問題だろうな。
日本人は漫画文化の中で生きているから、複雑なものの省略化、象徴化が得意だ。「小型化が得意な文化」とはよく言われる。省略したもののうえに、なんでもない仕草に生々しさ、リアリティを表現する。日本人は漫画の世界でそういう表現をずっとずっとやってきた。だからそういう表現が得意だし、読み取る能力にも優れている。「出力」と「入力」の2つがきちんとあるから読み取れる文化だ。
でも、欧米ではそういう文化はないよな……。レースゲームをやり始めたら、部屋にハンドルとアクセル/ブレーキペダルを持ち込んでしまう……。リアルシミュレーション文化だな。
欧米にももちろん漫画文化はあるはずだし、なんで読み取れないんだろう。「入力」のほうが弱いのかな? これは欧米の人にインタビューでもしてみないとわからない。
この辺りに文化の差異があるんだろ。

先月のゲームの話で、日本がゲームで巻き返せるか……というお話をしたけど、この漫画的な省略化、象徴化の概念をより深く知っているからこそ、日本のゲームには再生の芽がある……というのが私の考え。
洋ゲーの強みであり、究極の弱点は、この漫画的な発想が弱いこと。とことんリアルに描こうとしてしまうこと。これだと映像はすげーけどゲームとしては「?」ということになりかねない弱さを常に抱えることになる。
思い切った象徴化、構造そのものを概念化し、そこから新しいゲームを作れる(概念化したものに独自のルールを与える)ことに長けているのは日本の方だ……と私は考えている。漫画文化があるからこそ、日本のゲームに勝ち目がある……と私は考えている。
(こういう話をすると、『テイルズ』シリーズのように「アニメ調の画を出すこと」と思い込む人が多いのが残念。現実の概念化、という意味での漫画的発想という意味だよ)
なんにせよ、今のゲーム業界に必要なのは……………少々の「やる気」じゃないかな。

谷渕氏:
 僕らは名称が必殺技みたいなものですから。その選手が持っている能力に相当する特殊能力がなかったら、どんどん作っちゃいますね。有名な選手は、やはりそれらしい固有の特徴があるんですよ。

 ただ、一作目ではパワーすら数値で出さなかったんです。開発チーム内でも「出すべき」派と「出さないでいるべき」派がいました。前者は、「全てを出した上で、どっちが上手いかを決めるのが正義だ」と言い張るんですね。

(中略)

村守氏:
 僕も数字フェチでしたからわかります。「張本の3割8分すげー」とかで興奮してましたからね。

谷渕氏:
 データを見始めると、細かいところがわかるんですよね。盗塁の成功率を見て、「この人はすごく走っているけれど、すごく失敗しているな」などわかってくると、興奮するわけです。

「数値フェチ」の感覚、わかる。
というか、こういう感覚、誰だってあるものだと思っている。数学苦手、数学嫌いという人でも、RPGでキャラクターのパラメーターが上がって、数値を見てニヤニヤする感覚だとか。もうちょっと日常の話をすると、通帳の数字が増えていくのを見てニヤニヤする感覚だとか。数字にはそういう魔力が間違いなくある。前にこのブログに書いたけど、数字がダーッと流れていくのを見ているのは、それだけでちょっとした快感があるものなんだ。
最近はやらなくなったけど、昔はゲームの攻略本で、色んなキャラの数値データが載っているページを延々眺めているのが好きだった。
といっても、私の数字好きはこの程度の話で、別に数学とか、数式とかそういうのにはぜーんぜん興味がない。にわか数字好き。ライト層だ。
それでゲームの乱数とか、実はちょっと納得いっていないことがあって……。例えば攻撃力10、敵防御力5。でも当たるダメージは6とか7。間にダイスが入っているからそういう数字になるんだけど、なーんか納得いかない。
それが数字の小さいうちならいいけど、攻撃力50で、実際に与えるダメージが300とか1000とかになっているRPGとか、「どういうこと?」ってなる。いったいどういうダメージ計算の末でそういう数字になるのか、納得感がない。
RPGが好きで、RPGの作り手になる人って、絶対に数値フェチだ、と私は思っている。でも玄人ほど、この数値フェチが行き過ぎているところがあって……。より複雑にすれば、複雑なのを見せるのがジャスティス! みたいな感覚がゲームから感じてしまう。そういうRPG、ことごとくつまんないんだ。なぜなら、数字が“感性で感じられるもの”ではないからだ。
攻撃力+10が、実際戦闘においてどらくれいのプラスになるのか、表面上の数字で想像できない。攻撃力+10でも、実際戦闘で200くらい違ってたりするんだもの。数字インフレが凄まじいゲームになると(通常攻撃でもダメージ量が4桁5桁いくようなゲーム)、少々の効果だと実感わかなくて、「攻撃力+10だとよくわからないから、別に買わなくていいか」みたいに思ってしまう。
(ステータス画面を見て、なんに作用するかわからない数値がダーッと並んでいるやつにはまったくそそられない)
わかる人にはわかるんだろうけど、それは上級者の視点だから。「上級者の独りよがり」ほどダメなものはない。作り手になる場合、視点は常に初心者~中級者あたりで考えていたほうがいい。ガチ勢は優秀だとしても正義じゃないんだ。

6月12日 DRAGON BALL Fighter Zがすごい!





うっわ! これは凄い!
アニメで作画がのっているときの絵で動いている。この絵がリアルタイムで動いてゲームができるって最高じゃないか。制作が『ギルティギア』シリーズの「アークシステムワークス」と聞いて納得。2D表現技術の蓄積が、最高にいい方向で形になっている。
このクオリティがリアルタイムで動かせるのなら、これでアニメ1本作ってほしい。クローズアップになったとき、曲線部分がややカクついているけど、気になるのはそれくらい。たぶん、PS4のスペックでスムーズに動かすことを前提にしているからだと思うので、もっと上等のパソコンだと滑らかな表現で描画できるはず。このゲームのCGを素材にして何かやってほしい。

6月14日 E3・2017の感想

E3。任天堂はどんな発表をするのかな……。

と思って見ていたけど、なんかこぢんまりした印象だったな。
今年中に任天堂タイトルは一通り揃い、この流れは来年も続くらしく、待っても待っても何もなかったWiiU時代よりはるかに良くなっている。来年以降、『メトロイド4』に『ポケモン』シリーズと、Switchの体勢はより勢いをつけていくだろう。
しかし、任天堂ハードの場合、盛り上がっているかどうかはサードのヒット作が出ているかどうか。そちらがあかさらまに弱い。このままじゃ、いつもの「任天堂ソフトしか売れない」コースだ。
任天堂タイトルにしても、今回発表された『ヨッシーストーリー』と『カービィ』の2作は古典的な2Dスクロールタイプのゲーム。あれ? Switchってその程度の表現力しかなかったのかな……みたいな印象がある。他ハードの作品が、映像作品としてもインパクトのあるものがたくさん流れている中で、「おや?」と思ってしまう。


と、いうレジー・コングのお話だけど、誘致はうまくいっているのだろうか……。
Switchは本体が売れて、まだサードの“大ヒット”は出てないものの、『ボンバーマン』が50万本のヒットが出て、状況は確実によくなっている。ここでもう一押し、インパクトが欲しいところだ。

□ □ □ □ □

さて、今回のE3でもうひとつ気になったのは、Xbox oneX。
“据え置きゲーム機最強”という謳い文句で堂々たる姿を見せたXbox oneX。その通りのハイスペック、それでいてXbox oneSと同じくらいのコンパクトさと、ポテンシャルの高さを発揮している。
……うーん、でもPS4を意識しすぎじゃないかな……。
GPU演算性能6.0 TFLOPSで「True4K」とアピールし、PS4proが半端な4Kであるのに対し、より高い性能であることを強調している。
が、こういうやり方は結果的にPS4に負けるだろう……。このレベルのスペック競争になると、コアユーザーは「おっ!!」と振り向くけど、それもごく少数のユーザーの話で、それ以外のほとんどのユーザーは「PS」という《ブランド》を選ぶだろう。True4Kと言われても、そもそも4Kテレビを持っている家庭が非常に少ない(こういうところは、HDが出た最初の時も同じように言われていたが)
素人の目からすれば、もうよぉわからん! という話だし、PS4の方がソフトが揃っているのし、持っている仲間が多いところを見ると、選ぶならこっちだろうと思う。
PS4よりスペック下のSwitchが売れまくっているという事実もあるし。最終的に売れるかどうか、商品として魅力的かどうかは、スペックではない。
あと、似たようなパターンがドリームキャストの時に……。

Switchがお披露目された時、「このハードはPS、Xbox陣営と喧嘩しないからいいね」と書いたけど、実際その通りになった。いまSwitchがバカ売れしているが、PS4の売り上げにはぜんぜん影響を与えていない。PS4に今後キラータイトルが出ても、Switchの売り上げには影響を与えないだろう。ちゃんと棲み分けができているんだ。
Switchは「携帯ハードか据え置きハード」か、と議論されるけど、私は「それ以外の第3局」と見ている。どちらでもないポジションを自力で作ってその中に収まった。今後、他ハードに大ヒットが出ても、Switchの売り上げには影響を与えないだろう。Switchソフトが大ヒットしても、他ハードには影響はほぼないだろう。
まあそれで、XboxはPS4と正面からぶつかり合うのではなくて、Xboxならではの独自性を探した方がいいんじゃないかな、と思っている。「これはPS4にはありませんよ」みたいなの。例えばXboxにはキネクトというユニークなガジェットがあるのだから、そういう方向性へ進む手もあるだろう。



MinecraftがSwitch&Xboxの間でクロスプレイ可能に!
実際プレイしてみた感じがどんなふうになるのかまだわからないけど、これはいい話。ハードを統合する……という話にはNOだけど、ソフト間で交差するのはいい。こういうものがどんどん進めばいい。

Xbox版はパワーのあるスペックを使って、異様に豪華なルックスに。
個々の質感はいつも通りなのに、光源表現が凄まじい。
4Gamerで技術解説があるので、そちらを参考に。
参考記事はこちら→4Gamer:[E3 2017]無駄に豪華な陰影表現? Minecraftの「Super Duper Graphics Pack」はここまで凄い

Switch&Xbox間でのクロスプレイが実現したけど、ソニーだけは拒否。
その理由を、
「比較的年齢の低いプレイヤーが多い同作において、クロスプラットフォームプレイでは子どもたちを外部の影響から守ることができない」
と語っている。
引用→automaton:Xbox OneとNintendo Switchのクロスプラットフォームプレイが実現、家庭用ゲーム機の垣根を越えてプレイ可能に。一方でソニーは
うーん、この判断が吉と出るか凶と出るか……。
というか、こういう時に手を引っ込めるのはソニーらしくない。
確かにハード間の確執、ユーザー同士の意識はなんか変な状況になっているのは事実だからな……。
それでも『Minecraft』が「3ハードクロスプレイ」の最初のモデルケースになって欲しかった。
もっとも、他ハードユーザーを何かと攻撃しまくっているソニーユーザーの有様を見ると、自業自得としか……。この場合、「PSユーザーを守る」ためというか、他ハードユーザーに火の粉が飛ばないようにするため……みたいにも思えてしまう。

6月18日 天子ミコを描きました

天子ミコ サムネイル
天子ミコを描きました。
Enty&ファンティアにて有料で公開しています。
Enty→ミコちゃん
ファンティア→ミコちゃん

イラストは、後に制作する『ProjectMOE』第2巻にも収録されます。

6月19日 制作中の漫画のカットを少し公開!

最近はPawooばかりなので、たまにはこちらでも制作中の漫画のカットを公開。
台詞は本編とすこーしだけ違うよ。
漫画カット

漫画カット

漫画カット

漫画カット

漫画カット

漫画カット

漫画カット

漫画本編では、もうちょっと気の利いた台詞を言います。

6月21日 佐藤秀峰の漫画と契約の話(大事)

佐藤秀峰(note):漫画と契約の話

漫画の契約の話。
とても大事。
すごく大事。
契約書が実際どういう形のものなのか知らなかったので、何かの時には参考にさせていただきます。

それにしても……。
出版社や編集部が契約書をあまり作りたがらないとか、新人が契約書の話をすると不機嫌になるとか、よくよく考えると奇妙な話。
私の想像では――大きな出版社とかになると法務部とか当然あるだろうし、自分のところで扱っている作品、キャラクターの権利とか細かく管理しているはずだと思う……いや管理すべきなのだろうけど、なんでそこを軽く扱うのだろう?
最近は漫画作品から映像化やゲーム化などメディアミックス展開は非常に多く、権利関係が複雑になるし、後にもめる原因にもなるから、最初の段階で「権利主は私です!」と問題を洗い出しておくべきだとは思うのだけど……。

ところで、noteで『日中漫画大賞』というものが開催されている。
しかし、中国が絡むといろいろ怖い。賞金最大8万8888元って、“元”だし(約140万円)
賞金総額の大きさは、さすが中国だけに大きいけども。
“次”に繋がらなそうで怖いんだよね。単行本を1冊ぺっと出したら終わり……みたいな扱いされそうで。
『ProjectMOE』という作品は1年とか2年で終わり……というつもりではなく、10年以上戦うつもりのコンテンツだから。「プロへの片道切符」のつもりなら、そのための新編を描いて出すのはいいかもしれないけど、10年戦うつもりの作品を預けたくないな……(中国だと、「プロへの片道切符」にすらならない可能性もある)
note:Weibo×コルク×note「日中漫画大賞」を開催!

私は“漫画家になりたい”のではなく、“ProjectMOEという作品を描きたい”で漫画を描き始めたわけだから。

ちょっと前に、韓国から漫画の執筆依頼が来たけど(私みたいな、まだ存在をほとんど知られてない人をヘッドハンティングしようとするところはいい。日本は基本的に「応募してください」という受け身姿勢だから)、中国も韓国もコンテンツという武器が欲しいのだろう。なにしろ日本人の描いたものは当たると世界規模だ。優秀な漫画は、日本だけではなく、アジア、欧米とそれこそ世界中でヒットする。それだけのお金を作り出すのに、漫画そのものは実にお安く作れる(映画や最近のゲームと比較すると)。その才能を自分のところにコマとして置きたいという気持ちはよくわかる。
ただ……怖いのは作品の権利がどう扱われるか。
そもそも作品を尊重してくれるのだろうか……という怖さもあるし。
作品が売れなくなったら容赦なく切り捨て……というのは日本でも変わらないけど、もっと極端に、容赦なく叩き捨てられるんじゃないか、みたいな不安感がある。

最悪なのは作品の権利を取り上げられること。
古くはウォルト・ディズニーがオズワルドというキャラクターをユニバーサルに取り上げられた。
最近では、小島秀夫さんが『メタルギア』シリーズをコナミに取り上げられた。
最近でもよくあることらしくて……。キャラクターの権利を取り上げられて、別の人が描くことになってしまうとか。漫画家なんて、契約の話なんてよくわからないだろうと思って(実際わからない人が多い。私もわからん)充分な説明せずサインさせてハンコ押させて、結果、取り上げられる……。
またまた佐藤秀峰さんの話を取り上げるけど、日刊サイゾーでこんなインタビューがありました。
日刊サイゾー:「死んでも契約解除できない」漫画家・佐藤秀峰がkindleを訴えた裏側を語る
IT系の企業と執筆契約したけど、印税ゼロ、実質著作権譲渡って怖い話です。「本当にあった怖い話」系のやつですよ。

やっぱりIT系の人にはわからないか……。
おそらく強いキャラクターさえいれば、いくらでも儲かる。同じキャラクターであれば誰が描いてもいいんだ……という考え方なんだろう。商品として仕上がって、商品棚に並べば、勝手に売れるんだろう……って。消費者は1人1人が厳しい目利き、という事実はきっと知らない……というか「消費者はバカ」くらいに考えていそう。
IT系の人はそういう考えの人、多そうだな。市場の動向を読んでいれば勝てる! ……みたいな発想。
漫画でもアニメでもゲームでも、この手のコンテンツは中核的な数人の人物、あるいはたった1人の才能が抜けるだけでボロボロになる。名作シリーズがゴミになることだってある。トップにいた数人が抜けただけで、会社が傾いたアニメ会社・ゲーム会社は多い。
コンテンツ業界は、「頭数を揃えれば戦える」世界じゃないんだ。ごく数人の天才こそ重要なんだ。
ユニバーサルはディズニーからオズワルドというキャラクターを取り上げたけど、その後、すぐに忘れられた。ディズニーはミッキーマウスというキャラクターを生み出し、見事返り咲いた。オズワルドというキャラクターが重要だったのではなく、ウォルト・ディズニーという才能が重要だったんだ。
だから、才能ある人は何がなんでも囲っておいたほうがいい……というのが私の考えだ。
「強いキャラクターさえいれば、いくらでも儲かる」という考えは間違いの元……なのだけど、この間違いをし続ける企業が後を絶たないところを見ると、キャラクターと才能、どっちが重要かあまり知られてないんだろうな。

と、ぐだぐだ書いたけど、件の『日中漫画大賞』にエントリーしてみた。
どうせ落選するだろうさ。
だって、同じくエントリーしているライバルは☆30とかいってるんだもの。私の作品は、審査員に見て貰えさえしないだろうな。
それでもなぜエントリーしたかというと賞金。140万円あれば、人を雇ってリブートできる……とちらっと思ってさ。

6月24日 昔のことを思い出す……

そういえば昔、私の地元に「いかりや」というお店があったな……。作業着とか売っているお店だけど。「いかりや長助さんと同じ名前だ」と思って見ていた。大きな黄色い看板を、今でも憶えている。あれは、小学生くらいの頃の記憶だ。
あの「いかりや」というお店があったあの辺の地域は、今では空き屋ばかりが並ぶ、寂れた通りになっている。あのお店は現在は跡形もなく、どこにあったのかもよくわからない。

時々あることだけど、また最近、子供の頃に見た風景をよく思い出す。
最近、頭の中で繰り返し浮かび上がってくる記憶は、中学・高校時代によく通っていた映画館。そういえばあの映画館、どこだったんだろう? いつの間にかあの映画館がなくなっていて、別の場所に別の映画館ができていて、当たり前のようにそちらのほうへ通うようになっていたのだけど、前の映画館はどこだったかな……。駅を出てすぐの場所だったはずなのだけど、そもそも駅周辺の景観自体変わってしまったから、今の風景を見ても思い出す切っ掛けが見付からない。

思えば、私の古里もずいぶん景観が変わった。
あのお店どこに行ったのかな、とか、あそこに住んでいた人はどこに行ったのかな……とかいろいろ考える。
いつまでも同じ風景がそこにあるわけはない。
みんな失われていく。
記憶の中だけに、うっすらと風景だけが残る。
それもすぐに忘れるし、みんなからも忘れられる。

私もこの街を去って、ご近所さんの記憶から、うすく消えていくだろう。

……とか考えてるけど、死期が近いのかしら(笑)。

6月24日 またテラリアを再開

『テラリア』(3DS)を再開した。
新しいゲームを買うお金もないし、『テラリア』なら疲れた体でもぼーっと進められるからちょうどいいかな……と思って。
ハードなアクションゲームとか、もう無理。体力的に。

再開するにあたり、新しいキャラクター、新しいマップを作って始めようかな……と思ったが、以前に作ったキャラクターを新しいマップに召喚できることがわかった。「強くてニューゲーム」状態だ。そんなことできたんだ。
HP・MPマックスで、武器その他のアイテムもほぼ最強。素材を集めるにストレスがなくて最高! ちょっとクリエイティブモードみたいじゃない!

でも、そこそこに掘って、そこそこのお屋敷を作って、町人達の住居も作って……そろそろやることがなくなってしまった。
あともうちょい、住居を豪華にするためいろいろ飾り立てるつもりだけど、それが終わったら、テラリアもおしまいかな。

……また『Minecraft』に戻るかも。

6月25日 アニメを〈重要度〉で格付けをするとしたら?

某動画で、
「自分の好みではなく、アニメ史において重要だと思う作品でランキングを付けるとしたら……」
というのをやっていた。なるほど、そういう視点はちょっと面白い。
でも難しいな……。まず自分にどれだけの引き出しがあるのか? という問いかけをしなければならないし、作品と時代をどれくらい関連性を与えて見ていたか……、ということも改めて考えねばならない。
どんなに冷静で客観的な批評家であっても、個人史を無視して作品を語ることができない。“私”というバイアスはどんな批評家でも必ず発生する。特に、その人間にある種の“切っ掛け”“気付き”を与えた作品は、重要であると錯覚させてしまう。
いろんな評論家の意見を集めて、その総体、平均値を割り出せば客観的なるものがそれなりに見えてくるが……それも“時代”というバイアスがかかるし……。
ほーら面倒くさくなってきた。
まあ、私なんて、普段からぼーっとしているだけの存在なので、アニメ見ているときもなーんも考えてませんよ。
「あ、今パンツ見えた」……くらいの感覚です。

まあ、とりあえず、がんばってリストアップくらいはしてみよう。

1 鉄腕アトム
鉄腕アトム我が国における記念すべき最初のテレビシリーズアニメ。厳密にいえば日本におけるアニメの歴史はもうちょっと前からあったが、「テレビシリーズ」として作られた商業アニメーションはこの作品が最初のはず。この作品から始まった。
アニメーターの低賃金問題も、ここから同時に始まった。Wikipediaによれば、1話155万円。これくらいの予算でアニメーションが作れることを証明されてしまったし、それ以後、時代が変わったのにも関わらず予算規模は変わらないどころか、ダンピングされてより悪化することになる。
しかし、低予算でアニメーションが作られるからこそ、日本は絶えずアニメーションを作れるようになった……といえる側面もある。例えばアメリカや日本(あと最近の中国)のようなアニメ大国以外の国はどうしているかというと、アニメーターは仕事がないので普段は別の仕事をしていて、作品を作るよーというときに召集がかかる……みたいな感じになっているそうだ。
今や日本のアニメが世界中で注目される文化になっている。世界で視聴されている4割近くが日本のアニメ……というから驚きだ。そこまで拡散される切っ掛けを作ったのは、権利料が安かったから。権利が安く買えて、安定した視聴率が稼げたからだ。「作品が面白いから」ではなく「安かったから」が最初の切っ掛けだった。
とテレビアニメの歴史を見ると、簡単に天秤にかけられないような要素が複雑に絡むのが、実際のところだ。単純に手塚治虫1人を悪にして済む話ではない。それは事実であっても、すでに“過去”の話だ。
もちろんのこと、アニメーターの低賃金は“いま現在”の問題としてしっかり取り組む必要がある。すでに日本のアニメへの信頼感は確定している。今すべきなのはさらなるクオリティのアップ、そのために人材を安定させることだ。

2 アルプスの少女ハイジ
低燃費ハイジこの作品で高畑勲は《レイアウト法》を提唱。背景をアニメーションの後ろにある書き割りではなく、キャラクターと連動した演技空間であること。レイアウト法を生み出すことによって、キャラクターと背景が接近し、一連なりの絵として成立することとなった。この技法を生み出すことによって、アニメはより劇的なドラマ性、ある種のリアリティを獲得することとなった。もちろんのこと、徹底した取材が作品をより真実味のあるものにしたことは間違いない。
ただし、当時はレイアウト法を理解でき、さらに充分な画力を持った人材が宮崎駿しかおらず、相当にこき使ったと言われている。『ハイジ』のレイアウトはすべて宮崎駿が描いた……と聞いた時、「嘘だろ?」と思ったものだ。ブラック企業もドン引きな異常な労働力だ。高畑勲という戦術家、宮崎駿という一騎当千の才能があって、その後のアニメの基礎が作られたといっていいだろう。

その後の高畑勲については、『天空の城ラピュタ』の時に、「ここまで書き込む必要はあるのだろうか?」と疑問を口にするが、その次回作の『火垂るの墓』で、近藤善文を作画監督に迎えて、異様な生々しさを持った戦争映画の傑作を作り上げてしまう。
劇的な空間作りという基礎を作り、『火垂るの墓』『おもいでぽろぽろ』と写実的な世界を極めていった高畑勲だったが、しかしやはり「より漫画的なもの」への想いを残しいたのか、それまでの画作りを全否定したかのような『となりの山田くん』を制作することになる。『となりの山田くん』は興行的にも批評的にも惨敗。改めて見ると良作なのだが、高畑勲の思いは届かなかった。
それでも高畑勲は『かぐや姫の物語』を制作する。『となりの山田くん』で考案した技法をさらに押し進め、『かぐや姫の物語』では劇的空間から、絵そのものへの回帰が描かれた。その絵から迫ってくるプリミティブなイメージは、鮮烈な印象をもたらす。
しかしながら、興業収入は思ったように伸びず、制作費の半分も稼げず惨敗。素晴らしい作品なのに……。
現代アニメの基礎を築いた高畑勲だったが、『となりの山田くん』の手法はその後フォロワーは現れなかった。

3 AKIRA
AKIRA大友克洋は漫画の世界、アニメの世界におけるウィルスのようなものだ。大友登場以前、以後で世界がまったく違う。その圧倒的なリアリティ、描写力は確実に漫画、アニメのレベルを一段止揚してしまった。
名作『AKIRA』はこの時代における作画オーパーツだ。全体を貫く異様な狂騒、熱狂。絶えず流れている芸能山城組のサウンドが、映画全体に流れるお祭り的な熱気を表現している。エンターテインメント映画でありながら、完全に孤立したアートだ。
『AKIRA』はアニメファンにとって、もっとも重要な一作だ。その影響力は日本のみならず、世界スケール。全てのアニメファンにウィルスのように取り憑いた。『AKIRA』はそれまでの漠然と共有していた「アニメ観」を完全にぶっ壊し、新しい「アニメ観」を構築させた。その作品を見た瞬間、観る側の意識を強制的にアップデートさせる何かがこの作品に込められているのだ。
実際に『AKIRA』を切っ掛けにアニメの作画は一段スケールアップした。頭身が上がり、がっちりしたパースの中で描かれるようになった。アニメが単に“キャラクター”ではなく、実在感や生々しさまで備えるようになった。キャラクターを越えた人間がそこに表現されていたからだ。『AKIRA』に関わったアニメーター達は、その後の10年以上、業界を牽引する伝説的な存在となった。大友克洋という才能に触れたことで、関わったアニメーター達のレベルが数歩上がったのだ。
『AKIRA』1988年に制作され、すでに30年……。今も時代に追いつかれることなく、『AKIRA』は特別な作品であり続けている。

4 パトレイバー
パトレイバーいわゆる“ロボットアニメ”ながら、そう遠くない日本が舞台、登場人物もほとんと日本人だし、現代とそう変わらない時代描写、さらに主人公ロボットが“警察組織の一部”という設定も斬新。“ロボット”という飛躍が混入しているが、それを“あり得るかも知れない”という距離感に置いたことがこの作品の優れたところだし、それ以前それ以後のアニメ史全体を見ても独創的なポジションを今も保っている。
しかし『パトレイバー』をここに挙げたのはその部分ではなく、むしろ“背景描写”のほう。押井守監督が当時抱いていたアニメに対する疑問は、アニメの背景が漠然とした印象の集積のみで描かれていること。例えば空き地へ行くと必ず土管が出てくるが、あれは高度経済成長期の記憶で、その当時の空き地にもあんなものはなかった。要するに、実際風景、いま現在の日本をきちんと観察した上で作品が作られていない。
『パトレイバー』は押井守監督の疑問と思想を同時に実現するのに好都合の設定を備えていた。ロボットアニメでありながら、現代の日本をリアルに描写できる。というか、とことんリアルに描けば描くほどに作品としての厚みが出てくる。高畑勲が編み出した「レイアウト法」はこの作品において存分に活用されただけではなく、技法、思想面でとことん強化された。
劇場版『パトレイバー1・2』の2作は、押井守による東京論としての側面がにわかに現れている。消え行き、変わっていき、蜃気楼のようでありがなら、それでも東京であり続けるとする曖昧さ。そんなものに対する憤りと愛着。『パトレイバー2』は直裁的に爆撃して破壊したにも関わらず、「もう少し、見ていたかったのかも知れんな。この街の、未来を」と全てを破壊しきれなかった想いがそこに預けられている。
単に街をロケハンして綺麗に描いただけではなく、リアリティのためというそれ以上に、「東京」という街そのものへの愛情と怒りがこの作品の背景画には込められているのだ。
『パトレイバー』という作品を経て、アニメは“舞台”の重要性に気付くことになる。今となっては当たり前のようにロケハンが行われ、キャラクター達が日本のどこの街に住んでいるのか、住所まで特定できるくらいになったが、その切っ掛けを作ったのが『パトレイバー』だろう。
また、「アイジータツノコ」(現:ProductionIG)という、当時まったくの弱小アニメ会社を発見した功績についても、少し触れておきたい。

5 新世紀エヴァンゲリオン
エヴァンゲリオン1995~1996年に制作され、放映された傑作アニメーション。長野を背景にしたダイナミックなアクション、緻密なメカ描写、特撮的な構図の再現、日常世界に混じる巨大物のスケール感描写……。当時、誰も成し得なかったようなスケールとリアリティを備えたメカアニメ。いまだ並ぶものがない比類なき作品。庵野秀明という天才性をまざまざと見ることができるし、しかしあまりの存在感ゆえに、エヴァンゲリオンは呪いのように庵野秀明に取り憑くことになる。
エヴァンゲリオンは分類上は“ロボットアニメ”ということになっているが、作品の作り方、構図の作り方はどちらかといえば「特撮のアニメ化」という印象のほうが強いと感じている。次々と迫ってくる“使徒”も、モンスターというかと、特撮に出てくる“怪獣”だ。今のところ、分類上はやはり“ロボットアニメ”だが……。
『エヴァンゲリオン』の存在感、影響はその当時の作品を見れば明らかだった。どの作品を見ても、エヴァっぽいキャラが描かれるし、エヴァっぽい展開、エヴァっぽい心理描写……完全に時代が“エヴァ病”に汚染され、エヴァに足を引っ張られることになった。エヴァを切っ掛けに批評に目覚めた……というアニメファンも非常に多いが、この時代のアニメ評論は完全にエヴァが物差しになっていた。アニメ評論はガンダムから始まった……という意見があるが、エヴァはこれを完全に更新したといえる。
……が、当時のことを客観的に見れば鬱陶しいエヴァ狂信者が思想らしき何かを語っただけに過ぎなかった(“何か”とは、まあ要するに“青春”である。“思想”なんてなーんにもなかった)。これもこの当時の厄介なエヴァ病の1つだ。
しかしながら、それだけにエヴァンゲリオンは当時、とてつもないインパクト、クオリティ面で確実に時代の一歩先へ行っていた。そのエヴァに影響され、エヴァに飲み込まれ、侵食され、そこから脱却することで、アニメは間違いなく1つ上の段階へ進むこととなった。テレビアニメはやはりエヴァ以後、ストーリー、ドラマの両面において、確実にレベルアップした。そうした時代のメルクマールとして必要な存在だったのだろう。
ただ1つ……いまだエヴァの呪いから逃れることができない庵野秀明という天才を1人、あの時代に残して。


6 涼宮ハルヒの憂鬱
涼宮ハルヒの憂鬱私は2000年以降、アニメを見ていない時期ががっつりとある。その間、どんなアニメが制作されていたのか、実はよくわかっていない。後で資料を読むなどをして、その後アニメ文化に何があったのか、どんなアニメが制作されていったのか大掴みながら理解している……という感じである。
私は再びアニメを見始めて困惑したのが、エロゲーが当たり前のようにテーマになっていること。エロゲーがカジュアルなものとして話題にされ、ネタにされ、テーマ1つになっていた。
アニメはどちらかといえば「そいういうところ」があるけど(つまり、童貞臭い)、どのアニメも思春期のコンプレクスが強く刻印されているのに、戸惑ったし、呆れた。
漠然とした知識として、私がアニメから離れている間に、エロゲーが大きな存在感を持っていたらしい……ということは聞いてはいたが「そこまでか??」というくらいにエロゲーが浸食してきている状況に、かなり動揺した。
『AIR』『Kanon』『CLANNAD』……どれも知らない。未だに見ていない。
「知らない」と言いつつ、それでもエロがアニメ世界にディープにクロスオーバーしてきたという話は知っている。
エロ漫画、エロ原画、エロゲーシナリオライターがその後出世して、アニメの世界において大きな存在感を持っている。知らない間にエロ漫画の世界は異様な高クオリティ化しており、エロ漫画が画力に自信がある新人漫画家の登竜門化している。
実写映画の世界でも、かつてロマンポルノというジャンルがあり、そこから出世して地位を高めていった映画監督たちがいたが、現在のエロ漫画、エロゲー文化ほどディープかつカジュアルに交わっている状況は前例がなく、なんとも不思議な光景である(※)
そんな時代のアニメシーンにおいて、最前線に立ったのが京都アニメーションだ。先に挙げた『AIR』『Kanon』『CLANNAD』の3作品いずれも京都アニメがアニメーション化している。エロゲー隆盛の時代と、見事にクロスオーバーして、京都アニメは特別な存在感を示した。そんなエロゲー原作の3作にサンドイッチされる形で『涼宮ハルヒの憂鬱』がある。
『涼宮ハルヒの憂鬱』の影響力は非常に大きい。それ以前まで日陰者だったアニメファンを一躍ライトな層に押し上げた。楽曲がアニメファンというか、10代のアンセムにすらなったし、「ハルヒダンス」は多くの少年少女たちがコピーした。『涼宮ハルヒの憂鬱』を境目に、アニメがニッチなものではなく、より広い層へ拡散する切っ掛けを作った。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は『エヴァンゲリオン』の影響からまったく無関係で出現した作品ではない。ハルヒは惣流・アスカ・ラングレーだし、長門はどう見ても綾波レイだ。『エヴァ』の影響下にありながら、その影響を踏み台に新たな世界観、時代を表現してみせたのが『涼宮ハルヒの憂鬱』だ。
しかしながら、『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品自体、面倒な“境界”にはまりこんだ作品といえなくもない。時代は2000年を少し過ぎた頃。オウム真理教の地下鉄サリン事件を経て教団の解体、ノストラダムスの時代を越えて、それ以前のオカルトブームが急速に過去のものに――「超能力者や宇宙人や未来人なんてものは存在しない」……ということが確定的になった時代。『涼宮ハルヒの憂鬱』は間違いなく、2000年以前のオカルトの空気に片足を置いている。2000年以前のオカルトの憧憬と、それ以降の時代であるリアリティの端境に置いて描かれた作品だ。
『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品自体、まだ完結してはいない。続編の制作に相当時間をかけているようだ。構想が大きくなりすぎて、1冊が重厚長大になってしまう現状があるし、何よりも「もはや時代が違う」という事実に直面しているのだろう。

京都アニメーションはその後もアニメシーンにおける最前線を突き進み続けている。『けいおん!』で美少女アニメの形式を刷新し(動画工房やスタジオ5組といったところが後を追っている)、『中二病でも恋がしたい!』では『涼宮ハルヒの憂鬱』で描かれたオカルトを過去にしてしまった。2015年には傑作アニメーション『響け!ユーフォニアム』で音楽アニメの頂点に立った。
さらに今まさに劇場アニメーションの世界へと向かおうとしており、京都アニメは今もアニメシーンを牽引している。

※ 後で思ったけど、そういえば浮世絵があった。浮世絵の絵師も、エロと非エロの境界が緩やかだった。漫画やアニメは、浮世絵の感性に戻っていこうとしているんだな……。 追記:2017/07/04

7 魔法少女まどか☆マギカ
うまい棒×まどか [新編]第2弾2011年に放送された『魔法少女まどか☆マギカ』は、間違いなく2010年以降のアニメを決定的にした作品だ。
2000年以降の美少女アニメの系譜を飲み込み、そのシナリオで描かれがちだった“ループもの”も取り入れ、世界観をシャフト、新房昭之の巧みな演出術で見事に結晶化した。冒頭のライトでファンシーな描写から、第3話のクライマックスから一転、ダークで血生臭い展開へと突入し、その最後であまりにも感動的な結末が全てを浄化し、複雑に絡まった幾多の謎を一気に解決してしまった。その展開の鮮やかさで、ハードボイルドをメインに描いてきた虚淵玄は一躍注目されることになった。蒼樹うめが描いた愛らしいキャラクターは、今においてもアニメファンの間でイコン的なイメージである。
私は『魔法少女まどか☆マギカ』を「いわゆる魔法少女アニメ」に対する批評であると見ている。「魔法少女アニメ」という奇妙に閉じた世界観……これまでの作品で描かなかったところに何があるのか? 要するに「典型的なジャンルもの」に対して「?」を突きつけた作品だ。ある種のパロディである――というのが私の見方だ。
時代は、ヒーローものにリアリティを求めている。アメコミヒーローもいわゆる「ヒーロー」ではなく、ハードボイルドだったり、クライム映画だったり、視点を切り替えて、ヒーローという1面的な視点ではなく、その時代が持っているリアリティを通して、「その時代・その社会におけるたった1人の人物」という視点で描かれようとしている(「ヒーロー>都市」から「都市>ヒーロー」へ)
『魔法少女まどか☆マギカ』はそれに近い手法を、日本のアニメという文化の中で、新たな時代感を表現してみせた作品だ。もちろんのこと、それ以前の文化であった“美少女もの文化”を飲み込み、その全てをまな板の上に載せて“次の時代”を表現してみせた。
しかし…………かつてのエヴァ病の再来なのか、アニメ文化はここで今に至るもちょっと足踏み状態に入った。いまアニメがメインテーマにしているのは“パロディ”だ。かつてのアニメやゲームで描かれがちだったテーマや描写を再利用して、いかに“ネタ”として瞬発的な笑いを取ってみせるか。かつてアニメが好んでいたケレン味……格好よさを求めて描かれた描写が、ことごとく“中二病”と呼ばれるパロディに堕とされていった。確かに今の時代のリアリティ、同時代人的な認識が貫かれているが、どれもこれもパロディばかりだ。
“ストーリー”ではなく“ネタ化“しているのだ。誰もその向こう側へ、一歩踏み出そうとしない。
「異世界転生もの」いくつ作られた? 「魔王が○○する」話、いくつ作られた? 「学園○○」いくつ作られた?
女子高生が変わった部活を始めるやついくつ作られた?
もううんざりだ!!! アニメも漫画もライトノベルも何をやっているんだ!
もしかしたら、この向こうに「王道の復古」が待っているのかも知れない……と思っている。2016年制作された『君の名は。』はまさしく「王道」だ(まだ未見なんだが……)。典型的な男女人格入れ替えから、恋愛ストーリーへ。新時代の「王道」を臆面なく真っ直ぐに描いてみせて、それが日本のみならず世界中で受け入れられ大絶賛されている。
うんざりするようなパロディまみれの時代から、王道の復古へ。『君の名は。』は……まだ見てないからなんとも言えないのだけど、もしかしたら新時代の訪れを予告しているのかも知れない。



……ちょろちょろっと書く予定が、長くなっちゃったねぇ……。
しかも、やっぱり引き出しが少ない。『鉄腕アトム』から『ハイジ』って飛びすぎだろ。まあ、私の書くものなんて、こんなふうに薄くて浅いものなんだよ。「真っ当な評論」は他の人に譲るよ。

6月26日 たまにはTwitterでイラスト紹介……したみた結果

Paeooのほうでは定期的に自作イラストの投稿をやっていたのだけど、Twitterでも同じ試みをやってみようかなと思います。
まずは『ProjectMOE』関連のイラスト。後に制作する単行本に収録される予定のイラストです。
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…………。

結果。

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(6月28日時点)

26日、27日と続けて作品を発表。
初日は「いいね」1回ずつされたけども、2日目は上に挙げたような状態。
誰も、見てくれなかった。

さすがに落ち込んだ。
もう絵を描くの、やめたほうがいいのかな……。諦めちゃったほうがいいのかな……。
何か精神の底の方で……いや、もうぶっ壊れているけど、それを知りつつ騙し騙しやってきたものが、ボロボロになって崩れるのを目撃するような、そんな感覚があった。
本当に折れるかと……。


では6月28日。
ちょっと趣向を変えて『ゆゆ式』イラストを掲載すると……。

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いいね:151
リツイート78

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エンゲージメント総数:1294
いいね:251
リツイート:141

インプレッション:10918
エンゲージメント総数:861
いいね:154
リツイート93

フォロワー数 324→357
(※数ヶ月、フォロワー数は1~2人程度しか変化はなかった)

oh……。
リツート数100越えなんて、初めて見たよ。嬉しいよ。嬉しいけど、なんかガッカリだよ。もの凄いリツイートされ、いいねされ、フォロワーも一気に33人も増えたけど………………その1つ前に出した私のオリジナルキャラクターをいいねしたりリツイートしたりした人は0。他作品も同じ。『ゆゆ式』が強力すぎる。人気ありすぎ。
どう反応すりゃいいんだよ。つまり、私の描いたキャラクターはダメってことかい? 私の絵じゃなくて、ゆゆ式の画のみを求めているってことかい?

んー……。
『ゆゆ式』の絵を描き続けば、フォロワーも増え続けるんだろうな……。描かなければ、今回一気に増えたフォロワーも次第次第減っていくんだろうな……。
でも、『ProjectMOE』の制作スケジュールががっちり入っているから、そんな余裕はない。
『ProjectMOE』のキャラクターは、受け入れて……くれないだろうな……。

6月28日 インディーズで描き続けていく覚悟



このインタビュー記事を読んで、複雑な気持ちになった。
私も現在インディーズで書いているけど、反応はさっぱり。「オリジナルもの」はまず興味を持ってもらえない。
前日からTwitterでいろいろやっているのだけど、「二次創作」に関してはもの凄い数でリツイートされたけど、それがオリジナルものに繋げる切っ掛けにならなかった。フォロワー増えたのに、そのフォロワーたちにオリジナルに興味を持ってもらえなかった。オリジナル作品は、リツイート0のままだ。作品の読者は、閲覧数を確認したけど、1人たりとも増えてなかった。
これは本当に「どうすりゃいいんだよ」と頭を抱えてしまった。
ネットで作品を発表することの難しさは、やってみてから気付いた。すでにこのブログで何度か触れたけど、ネットユーザーは基本的に「新しさ」を求めていない。「既知のもの」「すでに知っているもの」を求めようとする傾向にある。
それが何故なのか……理由を問われると難しいけど……。要件が非常に複雑だし。思い付くものは一杯あるけど、長くなるので別に機会に譲ることにする。

課題は私の今後について。
このまま1人で描き続けてもジリ貧。誰も読んでくれない。誰も感想を書いてくれない。間もなく『ProjectMOE 第2巻』そのものの制作に入る……というところまで来ているけど、今の状況をどうこうするほどの稼ぎは出さないだろう……というか、次こそ「売り上げ0部」を覚悟しなければならない。なにしろ、状況は『第1巻』を描いた時よりも悪くなっている。もはや『ProjectMOE』に読者はいないかも知れない……という事実を受け入れなければならない。
いま現在の状況にしても生産量に限界があるし、過労気味でもう今日にも力尽きて倒れそうなところまできているし……。制作の拠点を別の場所に移さないと、もう「終わり」が見えてしまっている。
しかし、別の誰かが作品に介入した時に……要するに“編集者”が作品制作に絡んだ時に、作品のオリジナリティ〈純度〉はきちんと守られるのか? そもそも編集者は『ProjectMOE』という作品の本質を見抜くことができるのか? たまたま当たった編集者のセンスがクソで、しかも自分のセンスがクソと言うことに自覚がなく、作品が徹底的にボロボロにされたら?(←こういう編集者って、殴っていい? 殴っていい権利あるよね?)
編集者が変更点を要求してきたとき、作家側に反対する権利はほぼない。あちらのほうが立場が絶対的に上だからだ。
上のインタビューでもあるけど、200ページも描いてきて、それを尊重せずストーリーを改変させられ、その挙げ句打ち切りなんて、殴っていい案件だと思う(編集の意見に反対できない替わりに、好きなだけ殴っていい……をルール化できないかな? それで納得できるかというえばNOだけど)
私は「ぜんぶ俺に投資しろ!」くらいのつもりでいるが、実績のない作品の作者の話なんて、誰も聞くわけがない。投資してくれたら、3倍にして返してやるから……なんて誰も聞いてくれないだろう。私にペテンの才能は全くない。
足踏みしてても、未来はない。進んでも、むしろ別の困難が待ち受けているかも知れない。前門の虎、後門の狼←意味は間違っているけど、なんとなくの意味で察してくれ。

できれば……理想的な未来は、インディーズのまま、成功すること。
そうすれば確実にイニシアチブを取ることができる。
絶対にあり得ない未来だけどな……。




私は10年間、真っ暗などん底を這い回ってきた。比喩表現ではなく、本当のどん底だ。ずっと悪い夢を見ているんじゃないか……ある時目が覚めて「なんだ夢だったのか」そんな日が来るんじゃないか、と思ったくらいだ。
そんなある日、『ProjectMOE』の構想を思い付いた。天子サキたちの姿を思い付いた時、私は「この子たちが私をどん底から救い出してくれるのでは……」と希望を抱いた。
これまで色んな作品を描いてきたけど、そのどれでもあって、どれでもない。特別な存在感があった。
以後、私は夢中になって『ProjectMOE』のシナリオを書いた。そのシナリオ量は、ざっと電話帳数冊ぶんくらい。天子サキ達を使えば、面白いストーリーがどんどん描ける。夢中にならない方がおかしい。
でも、いま感じているのは……どうやら夢だったらしい。勘違いだったらしい、ということだ。
あれだけたくさん書いたシナリオも、ゴミになるかも知れない。

たぶん、私の人生は、どん底の沼の中で終わる。
頑張ったけど、目一杯努力したけど、這い上がろうと試みたけど、一度としてうまくいかなかった。
いいことは何もない人生だったな……きっと最後にそう呟いて終わると思う。

6月28日 NintendoSwitch国内売り上げ100万台達成

Twitterでは書かなかった話題。


もちろん、喜ばしいニュースだけど、現実にはまだ需要が圧倒的に高すぎ。販売の機会を逃してしまっている。
といっても、ここまで売れるとは誰も予想できなかった。年末に発売したWiiUの販売台数を参考に、それより多く用意していたはずが、今の売れ行きだから、想定外なのは仕方ない。

ソフト売り上げで気になったのは『マリオカート8デラックス』。
すでに国内売り上げ50万本を超えて、なんと『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』越え。
私は「WiiUの移植版だから、爆発的には売れないだろうけどゆるーーく売れ続けて、いつの間にか100万本という感じでしょう」とブログに書いたけど、ものの見事に予想が外れた。爆発的に売れた。というか『ブレスオブザワイルド』越えするなんて、誰が予想できるか!
『マリオカート8DX』はこれまでのマリオカートシリーズと同じく、長く売れ続けるだろう。今回はどれだけ数字を伸ばすんだろうな。このスタートダッシュだから、最終的に結構な数字になるんじゃないだろうか。
2017年6月Switchソフト売り上げ
こちらから引用しました→ファミ通com:最新販売本数ランキング

もう1つ、気になったのは6月23日のニュース、イマジニアのNintendoSwitch参入発表。
まあSwitchが売れてるからその波に乗りたいという話だろうけど、ぽつぽつと、ゲームから離れていたメーカーや、スマートフォンに流れていたメーカーが戻ってきている。しばらくコンシューマーから離れていたコナミなんてメーカーも、戻って来ようとしている(ただし、これまで積み上げてきた“経験値”はリセットされてしまっていたが)
単純に、スマートフォンゲームがブラックオーシャン化。予算ばかりかかってなかなか利益が上げられない。それ以前に、ヒットゲームの座席が固定化して、注目すらされない。収益システムが特殊で、プレイヤーが何十万人もいるのに、お金を出してくれる人が僅少……。そういうところから見ると、Switchはまだ風通しがいいように見えるのだろう。重厚長大な方向に行きすぎるPS4、Xboxoneのゲームより、まだライトな作品が受け入れられそうな空気がある(ただ、相変わらずPS4、Xboxで賑わっているAAAタイトルのゲームからは総スルーされているが)
「今のうちにこの勢いに乗っとけ!!」みたいなノリも、多少あるんだろうな……とは思うが、どんな理由であれ、賑わう切っ掛けになるならば歓迎したい。

なんにせよ、一時はコンシューマは時代遅れ、これからはスマートフォンがゲームシーンの主役だ……と見なされていたから、これはいい転機。「Switchにとって」というかゲーム業界全体にとって、回帰の流れができるかも知れない。
やっぱりゲームはコンシューマに限る! コンシューマの時代よ、戻って来い!

6月29日 ProjectMOE 第6話その9完成

ProjectMOE 第6話その9完成!
次のサイトで読むことができます。

pixiv→第6話その9
TINAMI→第6話その9
漫画ハック→第6話その9

note→第6話その9
Enty→第6話その9
ファンティア→第6話その9

マンガボックスとアルファポリス版は、これから編集作業に入ります。もうしばしお待ちを。月末なので、いろいろ立て込んでいて……。


やっと『第6話その9』が完成!
第6話完結まで、あと3回! なんとか今年中に終わらせることができそうだ。長かった……。
単行本第2巻は今年中に出せるかどうかわからないけど……。できるだけ頑張る。


16時頃~

『ProjectMOE 第6話その9』の発表から4時間……。
いいねが1点。
嘘だろ。そんなに出来が悪かったのか……。

6月30日 ProjectMOE pixivランキング入り

『ProjectMOE 第6話その9』がランキング入り!!

……429位。
pixivランキング入り

ランキング入りはランキング入りだから喜ぶべきだろうけど、429位か……。
そもそもたったの6点でよくランキング入りできたな……。たぶん、たまたまライバルが少なかったんだろうと思うけど。今までの経験で、6点でランキング入りって、なかったから。
『第6話その7』が奇跡的に高得点を獲得(と言っても20点――現在)し、これがピークとなってその後は思うように点数が伸びない。読者数も、各サイトで確実に減っている。
うーん、『第6話その7』の何が良くて、その他のエピソードの何が悪かったんだろう……。『第6話その9』は、ほとんどただ座っているだけ、そこで単調に感じられたせいだろうか……。わからん。

6月30日 クリエイターはなぜみんな孤独?

Twitterでしていない話題

Pawooはpixiv運営のマストドンというだけあって、クリエイターが非常に多い。すると自然とクリエイターならではの悩みが共感を持たれる話題になりやすい。
そこで、気になったのは、なんでこの人達はこんなに孤独なんだろう……と。
みんな一人きりで作品と向き合い、一人きりで壁にぶち当たり、悩んでいる。言外に(時に直接的に)、「仲間が欲しい」という本音がちらりと見えてくる。
かくいう私も、孤独であることが最大の悩みだ。作品制作を手伝ってくれる人なんか、どこにもいない。そもそも友人すらなく、日常で喋ることすらない日々を過ごしている。
私の場合、前からちらちらと話しているけど、「集団制作で漫画の制作に当たりたい」という考えで、別に友人がほしいというわけではない。ただ、「制作効率を最大化したい」という目的にために、仲間がほしいと考えている。
Pawooを見ていても、私と同じような考えで、孤独であることに悩んでいる人がいる。たった一人で制作に当たっているがゆえの限界……体力的、生産量的な問題にぶち当たってしまっている人は多い。
それにしたって、なんでまた、日本のクリエイターってこうも孤独なんだろう? どうして日本人はここまで人同士の関係が分断されてしまったのだろう?

そんなふうに思っているところに、こんな記事を発見した。電ファミニコゲーマーの記事だ。


先頃アメリカで開催されたE3。今年のE3は初めて一般の来場客を迎えることとなった。
どうせ孤独な男達がぞろぞろとやってくるのだろう。
……と、思いきやなんと男女のカップルで来ている人の多いこと!
なんだゴラァ! 羨ましくないぞ!

それは冗談として。
本来、こうあるべきなんだろうな。むしろ日本のほうがどうかしている。日本人の社会意識はなにか妙な方向に屈折している。
……と、書くと「自分は屈折していない! 屈折しているのはオタク連中のほうだ! 自分は正常だ!」という意見が来るだろう。いや、だからそういう考えがすでに屈折しているんだよ。
妬みと村八分。そこにある社会性からちょっとでも外れるものを見付けると、容赦なく排除。そうやってコミュニティの安寧を守っているつもりが、いつの間にか切り捨てられたほうだけではなく、切り捨てていた方も孤立する。
他者を受け入れられない気質。
異様な潔癖さと神経質さ。
他者が怖い、憎い、自分だけしか愛せない。
私も漫画を描きたいとか、アニメを描きたいとか、そう言ったが最後、「じゃあお前とは絶好な。キモいから」って。……お前だって漫画読むだろうに。
絵とか小説とか、そういうものを描く奴は一番に排除される。そうすることが、コミュニティの安寧を守るため――特に私の世代はみんなそう思っていた。私もそうやって排除された。それで、古里に友人は1人もいない。絵描きを目指すと、だいたいみんなそういう経験を通過儀礼のようにすることになっている。
おっと、「音楽」は特別例外だ。音楽をやると、コミュニティから無条件で尊敬される。音楽をやると、確実にモテる。そういう仕組みになっている。絵や物語を書くくらいなら、まず音楽をやるのがオススメだ。

それで、思っていたのだけど、作家同士で何とかマッチングする場所、あるいはシステム的なものとかはないのだろうか……。
協力すれば生産効率は上がるし、弱点も補い合える。
絵しか描けない奴、ストーリーしか描けない奴、そういうのがマッチングする場所があったっていいじゃないか。
たった一人で作り続けたって、時間もかかるし、体力、精神も削られていくし、作れるものも小さなものでしかない。一人きりでできるのはせいぜい、小さな箱庭くらいなものだ。
漫画は1人でも制作できる……そう考えられていたけど、実際やってみて無理があるというか……たった1人で制作しているとどんどんスケールが小さく、最初のプランからどんどんハードルを下げて下げて、デチューンして、残り滓みたいなものしかできないことがわかった。今時、漫画でも背景の奥の奥までがっつり書き込んでいないと、「ショボい」って見てもらえさえしない。能力的限界もあるけど、きちんとした形に仕上げようと思ったら、作業量的に絶対に無理だ。いつまで経っても完成しない。

作家同士が協力を目的でマッチングする場所。方向性を重ね合わせられる人を探せる場所。よりよいものを作るために。そういうものがあれば……。
と、思うけど、日本人の悪いクセで、そういうのができたらどうせ「出会い系だ!!」と大騒ぎするんだろうな……。


今月は以上で終わりです。
また来月、お会いしましょう。
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