※ ドラクエ11に関するネタバレがあります。


 『ドラクエ11』感想文のおまけです。ここからは『ドラクエ11』をネタにした妄想話をします。今時は「考察」なんて格好いい言葉がありますが、考察なんて所詮「二次創作」。なのでここでする話も、『ドラクエ』をネタにした創作話です。



 

 私が最初に「おや?」と思ったのは『ドラクエ10』のプレイ中のこと。
 ルーラは昔、呪文の詠唱で飛ぶことができた。それが呪文の力が弱くなって、今やルーラストーンが必要になった……。
 確かメガルーラストーンが出てきたあたりの話だと思うのだけど、だいたいこんなふうな話が出てきたと思う(正確な内容は憶えてない)
 昔は呪文詠唱でルーラが使えた。
 ……ほう。昔か。昔……?
 ちょっと待てよ。『ドラクエ10』って過去のアイテム、キャラクターがたくさん出てくる。ボスとしてダークドレアムが出てくるし、「伝説の商人」としてトルネコの遺品のようなものも出てくる。
 これはもしかするとひょっとして、ドラクエの歴史って実はずっと一連なりだったんじゃないだろうか。公式としては『ドラクエ3→1→2』、『ドラクエ4→5→6』ははっきりと繋がりがあるとされているけど、実は全部繋がっているんじゃないだろうか。繋がっているから、同じアイテムが出てくる。同じ紋章が何度も繰り返し出てくる。モンスターや街の人種が似たような感じになっているのは、単に「同じ人がデザインをやっているから」という創作論の話ではなく、本格的に繋がっているから……としたら。
 同じアイテム……例えばラーの鏡といったキーアイテムがシリーズを経て何度も登場するが、これは「本当に同じアイテム」か、あるいはその時代その時代の腕のいい職人が作り直したレプリカ……だから同じラーの鏡ではなくラーの鏡(2代目)とかなのではないだろうか。

 ちょっと横道に逸れるたとえ話をするが、伊勢神宮。建てられたのは7世紀だろうか……この辺りの歴史は難しいのでよくわからない。それで、伊勢神宮が7世紀の姿のまま現代まで来ているか、というともちろんそんなわけはない。少しずつ改良され、洗練されてきている……と書いている本を昔読んだことがある。(正確な情報は歴史に詳しい人に聞いてね)
 だからそんな感じで、ずっと伝統として同じものが受け継がれているかと思いきや、実はその時代その時代によって作り替えられている、実は刷新されている……かも、という話。
 ラーの鏡はずっと受け継がれているが作品ごとにデザインが微妙に違っているのも、そういう理由なのかも知れない。

 ではなぜ歴史的に繋がっているような気がしないのか。それが魔王の存在。ドラクエの世界観は魔王という圧倒的存在が定期的に出現してしまうので、その都度歴史がリセットされ、過去が黒歴史化する。黒歴史化するので、「その以前」の歴史や神話、技術までも一旦失われてしまう(技術・道具が残っていても、それを伝えた人の話はほとんど忘れられる)
 魔王がいるからずっと中世くらいの文化で停滞していて、いつまで経っても産業革命がやってこない。ドラクエ史は魔王の出現によって、何度も中世を最初からやり直し続けている世界観……だとしたら。実は人類史自体は私たちの世界よりもずっと長いが、黒歴史化するし、歴史を振り返るだけの安定がないから掘り下げられてないのだとしたら……。

 地図が変わっている……? この辺りはあまり問題にならない。江戸時代の日本には精巧な地図が描かれていたが、これは本当に稀な話。地図なんてものは基本、「だいたいこんな感じ」で描くものだった。
 戦後の話だけど、モンゴルを旅した人が中国で地図を買ったのだが、ほとんど空想地図でまるで役に立たなかった……という話がある。せいぜい50年くらいの話だというのに、地図はそれくらいいい加減なものだった(今でも中国製地図はちょっと警戒する)
 地図なんてものは空想と願望と、「だいたいこの辺りに村があったと思う」くらいなもので描かれるもの。
 それに、やっぱり魔王という存在がいる。『ドラクエ7』の魔王は全世界を水の底に沈めてしまうくらいの力を持っていた。魔王が出現することによって、地形もいちから描き直されてしまう……。魔王はそれくらい強い存在で、それゆえに世界地図そのものも変わってしまっていた……ということだったら。

 ドラクエ史の一番最後の物語が『ドラクエ10』だ。なぜなら『ドラクエ10』にはこれまでのドラクエ史に登場してきた多くのアイテム、人物が登場してきているから。明らかに歴史の最後に置かれている。文化面ももっとも洗練されているし、列車や蒸気船なども登場する。機械産業の時代に入っている唯一の作品だ。
 『ドラクエ11』はその『ドラクエ10』の後だろうか前だろうか……と思ってプレイしていたのだが、なんと『ドラクエ3』の前であるとエンディングではっきり示されてしまった。
 ああ、それで後半、フィールド曲が『ドラクエ3』に変わったのか。「ドラクエ3に続きますよ」という含みだったのね。ニズゼルファの戦闘曲は『ドラクエ3』のゾーマと同じだし、闇の衣を打ち払ってから倒す、という流れも一緒。ラストに出てきたドラゴンはどうやら『ドラクエ1』に登場した竜王であったかも知れない……と示すような映像も出てきた(私は『ドラクエ4』のマスタードラゴンと同一じゃないか……と勘ぐっていたが)
 裏ボスであるニズゼルファ……色の感じとか、ふわっとエスタークっぽい。ここで封印され、ずっと土中で眠っていてエスタークとして復活……みたいなあらすじを考えたが、エスタークは「進化の秘宝」を使ってああなった、という話だから違うか。関係なし。
 後になってよくよくデザインを見直したら、いうほど似ていなかった(『ドラゴンボール』のセルのほうが近い感じだった)。デザインから天空シリーズへ繋がりがある……という推測ができたら面白いと思ったんだがなぁ。

 『ドラクエ11』には過去の話として勇者ローシュの物語が描かれる。この勇者が『ドラクエ3』の勇者っぽい。ローシュの仲間達も、『ドラクエ3』の勇者、戦士、魔法使い、賢者(巨乳)をベースにされている。
 このイメージを見て、「これはきっと、『ドラクエ3』後の話なんだろう」と思っていた。『ドラクエ3』はドラクエ史において、大なる過去なのだ。
 ヨッチ村の「時渡りの迷宮」をクリアすると、祭壇に掲げられている「冒険の書」から過去のドラクエシリーズの世界へ行くことができる。ヨッチ族は時間を司っているらしく、「時渡りの迷宮」の中でもモチーフとして歯車が何度か出てくる(魔力ゲージのところが歯車)。そもそも「時渡り」という意味深な名前が使われている。
 「忘れられた塔」も過去へ行くことができる場所だったので、私はこの辺りから「ドラクエ11は全てのドラクエの後の物語で、「冒険の書」を読んで行ける場所は過去であるに違いない」と想像していた。
 「冒険の書」で過去のドラクエシリーズの世界へ行くが、その先で何度も、主人公について「勇者に似ている」みたいなことを言われる。この辺りで私は、「勇者の血統はずーっと繋がり続けている」という思い込みを強くする(勇者は「血統」というか「転生」するものらしいが)

 でも最終的に実は全て逆。『ドラクエ11』は『ドラクエ3』以前の物語だった。ということはヨッチ村から移動していた世界というのは未来のお話。
 『ドラクエ11』はドラクエ史における大いなる原点、ニズゼルファを撃破した勇者の話で、謎用語であった「ロトの勇者」の言葉も、「ロトゼタシアを救った戦士」という意味だとはっきり示された。『ドラクエ11』のストーリーは黒歴史化して忘れられたが、「ロト」という名前の記憶だけはずっと残り続けたのだ。
(エンディングで『ドラクエ3』の母親が本で読んでいる場面が描かれる。これは素直に『ドラクエ11』を物語化したものを読んでいた、と思っていいのだろうか。物語として残ったのか、それとも血統が残されていることを知っていたのか……)

 『ドラクエ11』にはもう1つ、大いなる原点が存在している。それが勇者ローシュたちだ。どうやらこのローシュが後の「勇者特有のサイン」を作ったのだろうと思われる。鳥をモチーフにしたデザインとか「勇者といえばあの謎冠」とか、私たちが抱きがちな勇者イメージの原型を作っている。ローシュのデザインは私たちが抱きがちな勇者のイメージをむしろこれみよがしに強調して作り出されたキャラクターだ。私たちの「勇者」のイメージのマスターピースは『ドラクエ3』だが、そのマスタピースを意識的に作り直しているのがローシュ達であり、あからさまに描くことによって私たちに無条件に「あ、勇者様だ」と思うように仕向けている。「偉大なる原点」を作り直している。


 

 ここまで話を続けてきたが、ここで全く違う考え方を示そう。
 全てのドラクエ史は一連なりではない。ある種のパラレルワールド的なもので、根本的には繋がってないが、ふわっと関連し時に連鎖する……そいういう関係性を持った世界観だ。
 シリーズを越えて同じアイテムが出てくる、同じモンスターが出てくる、似たイメージのキャラクターが出てくるのは、パラレルワールド……別世界ではそういう姿だから、という考え方だ。
 こっちの考え方だと地図が違う問題とか、「魔王が過去の歴史をリセットしている」とかそういう面倒なことを考えなくてもいい。
 各ドラクエシリーズは同じ世界観ではないが、唯一、別世界へ行き来できるキャラクターが存在する……ラーミアである。『ドラクエ8』ではレティスという名で登場するが、実は別世界でラーミアと呼ばれていた、という話が明かされる。
 「私が生まれた世界ではラーミアと呼ばれていた」……別世界というのは『ドラクエ3』の世界のことだろうか。勇者達は何度も別世界に転生し、世界を救っている……のだろうか?
 全ての歴史は繋がっている、というより、こっちの方が考え方は楽。


 

 ……と、いう妄想話をずっと書いてきたけど、実際どうなんでしょうね。
 「考察」なんて「二次創作」ですし、こういう考えを積み重ねていくことが、いずれ自分でオリジナルものを書くときに役に立つんです。なんなら今回考えたネタを一纏めにしてオリジナルストーリーを書くことだってできる。
 そんなわけはない。そんな考えを持つほうがおかしい、オリジナルはそのように語ってない……そういう人はたくさんいるだろうけど、「こう考えた方が面白い」「より可能性の幅が広がる」という目算があるならどんどん勝手な考えを付け足して、それを次の新しい創作の肥やしにすればいいんです。「考察」なんてものは、そのためのものなんで。正解であることは重要ではない。面白いことが重要。面白くて納得のいく理屈をでっちあげられるかどうかの話なんです。それを「考察」と呼ぶんです。
 空想世界について考えるのは、何でも楽しいもんです。