こちらでは6月中に視聴した映画の感想を書いています。
 ゆる―いないようですので、軽めに読むくらいの感覚でいいと思います。基本的にネタバレありですので注意してください。
 今回取り上げている作品は、

ラブリーボーン
カーズ2

 以上の2本です。
 6月は忙しかったので、視聴できたのがこの2本だけ……しばらく映画からは遠ざかりそうです。

ラブリーボーン

ラブリーボーン  ピーター・ジャクソン監督が『ラブリーボーン』の映画化権を取得したのは2004年。『ロード・オブ・ザ・リング』大ヒットの後のことだった。
 普通、『ロード・オブ・ザ・リング』のような大ヒット作が出ると、監督のもとには企画が次々と舞い込むものだ。なにしろ『ロード・オブ・ザ・リング』は制作費340億円という途方もない予算だったのに関わらず、第1作目で予算分を回収。あとの2作はボーナスステージだった。
 しかし2005年、ニューラインシネマに『ロード・オブ・ザ・リング』の興業収入不正計上発覚。監督料不払い問題が起きる。この問題が長く尾を引くこととなる。
 2005年に『キングコング』公開。『HALO』実写版は制作中止。スピルバーグ監督との共作『タンタンの冒険』は資金難でなかなか進行せず。『ホビット』の企画に入るも、ニューラインシネマとの対立は続いたままで、進行せず。『HALO』中断で繰り上がりとなったプロデュース作『第9地区』が進行。
 2007年ようやく『ラブリーボーン』の撮影に入るも、初日から父親役ライアン・ゴズリングとの対立が起き、その後マーク・ウォールバーグに変更となる。
 2009年、やっとこさ『ラブリーボーン』が完成し、全米公開。
 ……と色んなトラブルを経てようやく完成した『ラブリーボーン』だが、その後もピーター・ジャクソン監督を巡るトラブルは続き、思うように企画が進行しない、映画がなかなか制作されない事態がつきまとうことになる。

 前置きはここまでにして、本題へ。
 映画の舞台は1973年。モールのシーンで『指輪物語』のポスターなんかが貼ってあったが、そういう年代なのだろうか?(わざわざ字幕でフォローされている) 年代的なものはちょっとわからないが、人々のファッションが微妙に古くてダサい。映画の冒頭は赤や黄色といった暖色系が中心で、全体的に明るくノスタルジックな画になっている。
 主演のスージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)はかなり可愛らしい。ちょっと面長のような気がするが、かなりエルフ顔。映画前半は顔の輪郭線に照明が入っているのだろうか。肌と髪の色が美しい。
 温かみのある画面が20分を過ぎた辺りで青味が入ってくる。青い服を着ているスージー。少し冷たさを感じる絵だ。スージーがトウモロコシ畑を通り抜けようとする。そこに隣人であるジョージが現れる。この辺りから映画の空気が変わっていく。
 ピーター・ジャクソン監督は美と醜の極端な描き分けをする監督だ。その両者がバランスよく描かれたのが『ロード・オブ・ザ・リング』だ。しかしやろうと思ったらどぎついホラーやスプラッターも制作する監督だ。
 『ラブリーボーン』は惨劇が起きるが、表現としてはかなりソフトに。決定的瞬間は描かれない。しかしホラー的な恐さを感じさせるシーンはきっちり描かれる。
 殺人鬼に襲われ、逃げ出すスージー。逃げ切ったと思って街へ行くが、そこには人の気配はない……すでに死んでいるのだ。

 ここからは色彩が落ち着き、娘の死に嘆く家族の姿が描かれていく。死体は発見されないが、遺留品だけが見付かる。落胆する母親と、犯人捜しに躍起になる父親。
 その一方で、あの世へ逝くスージー。天国へ行かず、あの世とこの世の端境に置かれた世界に留まる。「三途の川」みたいな場所なのかな?
 娘の死に落胆する家族と、天国の手前に留まり、美しい光景の只中で過ごすスージー。奇妙な対比が描かれていく。
 あの世の光景が美しい。『ロード・オブ・ザ・リング』的なファンタジー感ある描写に、様々なイメージが重ねられ、イメージがめくるめく変化していく。そんな世界の中に留まるスージーの立ち姿が様になっている。あのエルフ顔はこのイメージを前提にしたんだな、という気がする。
 端境の世界は時々、こちら側世界に干渉する。スージーの遺留品が水中に投げ込まれたとき、あの世のスージーも水の中に沈む。おそらくは遺留品に魂のようなものが残されていて、影響を受けてイメージが作られているのだろう。父親がボトルを割るシーンも、スージーの世界で干渉を受ける。あの世界観は、あくまでもスージーの世界なのだ。

 ただこの映画、ミステリとしてみるとかなり拍子抜けというか、がっかりするところがある。物語作りとしてはバランスが悪い。
 映画の主軸は飽くまでも娘を失った家族の再生物語と、それをあの世から見守る娘のお話。娘の死を切っ掛けに対立が始まり、一度バラバラになりかけるものの、もとの絆を取り戻し、最終的には死を乗り越えていく物語。その過程を見守り、スージーは天国へと去って行く……。
 この辺りの描写はまあいいとして、問題なのはミステリパート。まず事件が解決されない。事件の真相を知っているスージーが、あの世から家族にメッセージを送るのだが、これがあまり合理的ではない。ジャックとリンジーが犯人に気付くも、その過程が納得いかない。
 死者と交流ができるルースは事件解決に向けて何かしら関わってくるかと思ったら、そちらの方では何も干渉しない。途中、映画から完全に姿を消し、その間にちゃっかりレイ(スージーの初恋の相手)を奪ってしまっている。ルースの役割といえばそれだけ。あまり意義あるキャラクターといえず、物語全体を見るとバランスが悪く見える。
 映画の最後の最後で、ルースの体に憑依し、レイとキスするシーンがあるが、いや、ちょっと待て! 窓の外でもっと重大な事件が起きてるぞ! お前の体が捨てられようとしているぞ!
 結局そっちの件はスルーしてしまったために、事件は完全に迷宮化。犯人を追い詰めたのにも関わらず、逃亡されてしまう。
 事件解決しないまま中途半端に投げられた状態で、それとはまったく別の話として再生していく家族。それ自体はいいとして、エンターテインメント作品としてスッキリしない。事件解決を経て家族再生の物語……なら腑に落ちるのだが。そもそも解決しない物語なら、途中のミステリ仕立てはむしろ余計。やらないほうが良かった。
 例の犯人はその後どうなったかというと……結末はあまりにもあんまりだったので……。それはないよ……。

 後半は「今はそれどころじゃないのでは?」という微妙におかしなシーンが多い。これだと何を見せたい映画なのかよくわからない。おばあちゃんもいてもいなくても、どーでもよかった。中盤はただただ感傷的なシーンばかりが続いて話がモタモタしすぎるし。ピーター・ジャクソン監督はずいぶん奇妙な映画を作ってしまったなぁ……。

6月5日


カーズ2

カーズ2 『カーズ2』はずいぶん前にテレビ放送していたものを録画していて、そのまま放置していた。漫画制作が終われば少しお休みができるからその間に見ようと思っていたものの、その休日がすっとび、なかなか見られない状況が続いていた。
 で、ようやく2時間分の空き時間ができた……というか過労でもう机に座っていられないくらいに消耗したので、残り作業を中断して、録りっぱなしになっているこの作品を見よう……というのが『カーズ2』視聴までの経緯だ。

 『カーズ2』
 前作『カーズ』がルート66を中心舞台にして、その周辺世界についてはあまり描かれておらず、程よく閉じられた世界観だった。動物や虫までも車として描かれる擬車化という不思議な世界観だったが、閉じられた世界だからこそうまく成立していた。
 『カーズ2』では思い切って世界観が広がる。車以外の“種”……船や飛行機も人格を持って喋りはじめている。人間だけがその世界から消えてしまっている。舞台もアメリカ・ルート66から日本、イタリア、イギリスと次々に展開していき、世界観の広さを距離的なものでも感じられる。

 その世界観の広がり、ただ単に広がるだけではなく、外部世界の“文化”までもきちんと作られている。そこは凄い。よく練り込まれているなぁと感心する。
 ただ、ストーリーだ。なぜここにスパイもの要素を混ぜ込んでしまったのだろう?
 スパイ描写もかなり凄い。手足のない車が、いかにしてスパイものらしい活劇を繰り広げられるのか? 一台の車が次々とガジェットを繰り出しピンチを切り抜けるシーンはかなり見応えもあるし、やっぱりアイデアの豊富さに驚く。
 しかし、『カーズ』はレースカーが主役の物語だ。スパイものをここに混ぜ込むのは正しいような気がしない。
 主役はライトニング・マックイーンではなく、相棒メーターだ。メーターが何かの間違いでスパイだと思われて、謎の組織の陰謀を暴いていく。当事者達が様々勘違いを繰り広げて、メーターがスパイ仲間だと思われて、メーター自身も事情がよくわかってないまま、組織の謎に近付いていく……。
 コメディ映画でならたまに見られるタイプのプロットかも知れない。コミカルな映画だが、『カーズ』はコメディ映画ではない。だから、どうしてもこのプロットに納得がいかない。
 かなり無茶なシナリオだが、それでもちゃんと起承転結しっかりしていて、娯楽作として楽しめるように作られている。そこもやっぱり凄い。必ず平均点以上採る優等生ピクサーらしい作品だ。
 だが『カーズ』という作品にスパイものを混ぜ込むのは正しいとは思えない。

 肝心のレースシーンは随分おざなりに扱われてしまったし、マックイーンの新たなライバルであるフランチェスコもほとんど掘り下げられないままに終わってしまった。メーターが行方不明になって不安になるマックイーンだが、あまりにもメンタル弱すぎ。アスリートらしくない。
 それに、繰り返すようだが『カーズ』はレースカーが主役の物語だ。『カーズ』1作目はシンプルなストーリーながらレースカーの精神性と成長がしっかり描かれた作品だった。その2作目としてはあまりにも別作品すぎやしないか。
 相棒メーターの物語、メーターの精神的成長の物語だが、これは『カーズ2』というか、スピンオフ的な内容だ。正直なところ、メーターの成長物語はあまり興味がなかった。
 舞台は日本、イタリア、イギリスと展開していくが、個々のディテールが弱い。これならPS4くらいでもがんばれば描写できそうだ。舞台を広げすぎたせいで、作り込みが分散してしまったような印象を受ける。コミカルな描写だが、ディテールはがっつりしっかり作り込まれているのが『カーズ』だったが、今回はそこから受けられる印象は弱くなってしまった。

 と引っ掛かるところが一杯あるのだが、エンターテインメント作品としてはきちっと楽しめるように作られているのがこの作品。優等生ピクサーらしい。しかし今回はただの「優等生の作品」で終わってしまっている。

6月17日

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