とらつぐみのつぶやき

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というわけで、『蒼き鋼のアルペジオ-アルス・ノヴァ-』を一挙放送で見ました(見逃していたので、ニコニコ動画に感謝!)。面白かったので、ざっくりした感想を書きまーす。例によって、軽い内容です。

まずイントロダクション。
『蒼き鋼のアルペジオ』はArk Performanceが描いた同名漫画をアニメーション化した作品である。アニメ版は2013年の10月~12月までの期間、放送された。メカだけではなく、キャラクターまでほぼ完全にデジタル上で制作するという、実験的・意欲的な試みの作品であった。
放送当初はデジタルアニメゆえにユーザーから敬遠されてものの、緊迫感のあるアクションとストーリーティング、それから次第に品質を高めていくデジタルキャラクターの精度が評判を呼び、2013年の秋期を代表する一作とまで賞賛されるようになった。

実際そのクオリティは見事なものだった。デジタルアニメーションといえば海外作品の『トロン:ライジング』があまりにも低質だったので、私は個人的にその印象を引き摺ってしまっていたが、この悪印象を完璧に払拭する作品だった(『トロン・ライジング』の出来が悪かったのは、結局言うとアメリカのアニメーターの質の低さだったのだろう。『トロン:ライジング』はあれでもエミー賞受賞作品だけど)
『蒼き鋼のアルペジオ』はメカだけではなく、キャラクターもデジタル上で描かれる。そうした作品に前例がないわけではないが、“必然性”という視点が欠く場合が多い。デジタル上でキャラクターを描く場合、どんなに線が多く中割困難なキャラクターでも自由自在に動かせる。だが、そうした利点を活かし切れていない作品が多い。せっかくデジタルでキャラクターを描いているのに、通常の手書き作画と同じ感覚で、止めと口パクが中心。アクションもフィックスの画面で、ダイナミズムに欠ける。そこまで動かないんだったら、デジタルにする必要ないじゃないか……そう思ってしまう作品がある。
だが『蒼き鋼のアルペジオ』はデジタルならではのアクションを描いてみせた。軍艦という、手書きでの作画が不可能というくらい困難なオブジェクトを画面にドーンと登場させる。それをとことんダイナミックに動かす。自由自在にカメラを動かす。その上に乗っている少女をリアルタイムで描画する。
手書き作画では不可能ではないが、テレビシリーズではクオリティの維持が不可能なものをモチーフの中心に据える。さらに一歩進んでこれをダイナミックに描いてみせる。堂々と、大胆に。モチーフの選択の正しさが、作品をデジタルで描く意義を強調させている。

アルペジオ 1話アルペジオ 12話
1話                   12話
上は1話のイオナと、最終話のイオナである。
『蒼き鋼のアルペジオ』のもう1つの特徴である、キャラクター……特にヒロインをいかに可愛く描けるかが課題となっている。手書きで描いたものと同じように可愛いと感じられるか。可愛く感じられれば、それは「自然に感じられる」という意味でもある。
おそらくは「はじめにモデリング作ってお終い」ではなく、制作途中で何度かモデルチェンジしたのではないだろうか。1話と12話のイオナを並べてみると、輪郭線の流れと、鼻の位置が変わっているように見える(気のせいかも知れないけど)
(もう1つ、比較で見せたかったのが掌の描き方。最初の方と、後半、明らかに掌の描写がよくなっている。ネットで掌の画像を探したけど、見付からなかった……)
アルペジオ 4話 92Hj2n7c2Ab
キャラクターは画面の中心であり、ユーザーが一番よく見ている部分だ。ゆえに、少しでも“何か”がおかしいと違和感として浮き上がってしまう。線の流れや、影の付け方……デジタルキャラクターの場合、特に目に付きやすいのは、首と輪郭線のバランスだ。幼女キャラクターはこのバランスが崩れやすい。
アニメキャラクターは基本的に首が細くて長い。そのほうが、美しく見えるからだ。だが、その通りにデジタルキャラクターを作り、動かすと自然な感じにならない。手書きの場合、カットによって首の長さが自然に見えるよう、常に調整が加えられているからだ。
アルペジオ 4話
手書きでこういった場面を描く場合、手前に迫る掌はもっと強調的に描くだろう。手は極端なくらい大きく描かれ、掌の線は太く描かれるだろう。掌のフォルムにも工夫が加えられるはずだ。そうしたカットごとの質感が乗らないのがデジタルの弱みだ。
アルペジオ 1話
皺の流れを描くのは難しい。アニメ・漫画における皺は観察に基づくものが全てではなく、キャラクターの存在を高めたり、描き手の感性が反映されたりするものである。しかしデジタルは“設定通り”の線のみしか現れないから、皺に個性が出にくい。巨乳の四月一日いおりだが、胸元の皺の作り方が気になる。確かに線画で描くとこのような線になるけど、立体で表現すると違和感が現れる。
アルペジオ 3話
アルペジオ 3話
気になるところを、手書きで修正してみた。……どうして目の部分を隠しているのかというと、致命的なほど上手く描けなかったからだ。目元を見せてしまうと「作画崩壊だろ!」と言われるくらいアレなので、そこだけはご容赦を(輪郭線や、手の描き方もかなり怪しいが)
手の長さと首の長さ、影の付け方、ツインテールのフォルム、オッパイのフォルムなどを修正した。だいぶ自然に見えるようになったはずだ。
関節部分はデジタルキャラクターの課題となっているところだ。手書き風のフォルムはなかなか描きづらい部分だし、特に影を自然に描こうとすると難しい。関節部分で、変な形が現れてしまう。関節部分の描写は、これからの課題だろう。
アルペジオ 6話
豪快なメカアクションが魅力的な作品だが、決定的なターニングポイントはハルナと刑部蒔絵が共に過ごす5話だろう。それまで激しいアクションと、緊迫感のある政治劇が特徴だった『蒼き鋼のアルペジオ』だが、第5話を境に作品の印象がガラリと変わる。
それまで描かれてこなかった、“牧歌的”といえるほどの穏やかな描写。コメディパートと呼ばれる楽しい内容。第5話から、作品は“メカアクション”から“人間のドラマ”へと急速な転換を計る。デジタルで描きやすいメカという実験段階を経て、人間・キャラクターのドラマへの転換である。
これが充分な効果を得て、『蒼き鋼のアルペジオ』は硬質なドラマではなく、温かみのある、誰にでも感情移入しやすい作品として評価を上げていくこととなった。
アルペジオ 5話
第5話でもっとも印象的な場面、としてみんなが記憶しているのは、ハルナの着替えシーンだろう(DVD&BDのCMで何度も使われたし)。このシーンだが……手書きじゃないかな? なかなか判別つけずらいのだけど……。
アルペジオ 5話
これはキャラクターの頭部まではデジタル。グルグル巻きのツインテールは手書きで描かれている。線の流れ方が違う(デジタルの線は、入りと抜きが均質なのでわかりやすい。また、頭部の線の太さと、ツインテールの線の太さが違う)
アニメは線を均質に描くのだけど、デジタルは均質すぎる。ほんの少しの柔らかさがないと、アナログのぬくもりが出てこない。
アルペジオ 5話
入浴シーン。体を覆っている泡はデジタル。モコモコした感じに描かれているが、デジタル特有の硬質感が現れている。
アルペジオ 6話
一方、涙は手書きで描かれているようだ。こういったところで、手書きとデジタルが“共同作業”をしている。

アルペジオ 7話
こうしたコミカルな描写はデジタルでは本当に描きづらい。輪郭線まではコミカルなイメージなのに、全身はリアルなまま。どうしても顔が浮き上がって見えてしまう。

第5話・第6話の転換が大成功に終わり、作品はメカアクションからキャラクタードラマへと変換する。アクションシークエンスが急激に減っていくが、キャラクター同士のコミュニケーションが楽しいコメディシーンがふんだんに描かれる。第5話・第6話の大成功があるから、ユーザーも作品が指向している表現を受け入れる体勢ができている。
ただし、ドラマの中心となっているのは、あくまでも軍艦娘達。感情のなかった彼女たちが、いかに“人間的感性”を獲得していくか、というその過程に終始してしまう。人間側の心象がほとんど読めないのが弱点となって付きまとうことになる。
乗組員のキャラクターがまったく掘り下げられず、それぞれがどんな個性を持っているか、何も描写されない。それは主人公である千早群像も同様で、千早がどんな意思や政治性を持って任務を遂行しようとしているのかよくわからない。“葛藤”がまったく描かれないのである。ついでに“動機付け”も描かれていない。“戦略・戦術”は披露するものの、千早群像特有の感情を見せないから、「物語の進行がこうだからそれに従っている」くらいの、平べったい印象しかもたらさない。物語の状況や、軍艦娘たちの感情に対して、千早群像の感情描写はご都合主義的、機械的に感じられてしまう。
一方、軍艦娘たちの感情描写は形式的・定式的であり、いかにもなアニメキャラクターのフォーマットに合わせたという印象がある。千早群像に惚れ込むタカオだが、感情の流れは鮮やかとは言い難い。ご都合主義だ。ヒュウガの描き方も同様。
だが、全体としてのドラマの流れが間違いなく成功しているから、ユーザーの感情を掴むのに成功している。ハルナやコンゴウの感情描写が成功しているからだ。それから描写においても、デジタルで描くのは難しいコメディタッチを描くことに挑戦しており、これにも成功している。アクションから、ドラマへ、コメディへと変節を計る作品だが、個々の描写が一定以上のクオリティを持ち、さらに引きつける内容になっているからユーザーの支持を得るに至った。

アルペジオ 8話
牧歌的な7話・8話を終え、物語はコンゴウをラスボスとする最終局面へと入っていく。まさかピーマンという些細な理由で、コンゴウが激怒。和解交渉は決裂に終わり、物語は最終局面へと突入する。
……食い物には気をつけなければならない。

アルペジオ 12話
しかし、戦術を中心としたメカアニメとしての『アルペジオ』はすでに終了している。シリーズ前半で見られたような戦術アクションはもう描かれない。9話は辛うじて戦術が描かれるが、シリーズ前半ほどディープなものではない。
それ以後は艦隊が次々に現れるが、大砲の一撃で、だいたい敵を一掃するという簡単なものに。
12話はコンゴウとの対決が描かれるが、すでに“戦艦もの”ではなく、心理世界を中心とした観念的なものになっている。イオナがコンゴウの内部へと直接飛び込み、コミュニケーションを取ろうとするが、その描写はメカアクションというより肉弾戦。唐突に活劇ものになってしまう。
戦闘の最中にも、何度もチャットルームが描写されるなど、感情面がかなり強調される内容になっている。
ただし、その活劇アクションの描写が見事。キャラクターの動き、カメラワーク、オブジェクトが次々と繰り出されるアクションは圧巻である。それに、コンゴウの心理描写、声優の演技は真に迫るものがある。すでに“戦艦もの”の『アルペジオ』ではないが、描写そのものは間違いなく成功しているわけである。

要するに『蒼き鋼のアルペジオ』は、軍艦ものとして始まり、ハルナ蒔絵の交流を描いたキャラクタードラマ、硫黄島に到着してからはコメディとなり、最後は活劇アクションとして幕を閉じるわけである。『蒼き鋼のアルペジオ』が一定以上の高い評価を得られた理由は、それぞれのシークエンスを優れたクオリティで描けたこと。それから、ユーザーの心理を引きつけ、離さなかったこと。もちろん、後半に向かうにつれて、キャラクターのナイーブな側面を描ききっていたことも付け加えるべきだろう。
作品のコンセプトが目まぐるしく変更されていったわけだが、結果としてメカアクション/キャラクターアクション/ドラマ/コメディという複数の要素を縦横に描くことになり、エピソードごとにくっきりと違う色分けがなされて、見ていて飽きないし、デジタル表現を試みるための良き実験場にもなったし、ユーザーにとっては1つの作品で4度も美味しく味わえるわけである。

アルペジオ 12話
『蒼き鋼のアルペジオ』が高い評価を得られたのは、それぞれの要素が充分すぎるくらい魅力的に描かれたこと。キャラクターは硬質感のあるデジタルだが、物語が進行していく過程で、ユーザーはキャラクターに感情移入していき、デジタルであるかアナログであるか意識しなくなっていった。アクションがいいとか、キャラクターが可愛く描けているか、という以上に、感情移入できるドラマに仕上げたこと。キャラクターの1人1人に愛情を注げることが作品そのものを愛するものに昇華させた。
デジタルでアニメを描く試みは、それ自体が実験的で、どういった展望があるのかわからないが、根本にあるものはたった1つだ、という結論を示してみせる。ストーリーやキャラクターに感情を寄せられるかどうか……だ。この普遍的なものが欠けてはならない。

アルペジオ 一挙放送アンケート
来場者数:10万835人 総コメント数:22万8157ワード

一挙放送の後、ラジオ番組があったのだけど、そちらのほうの視聴者は3万9944人。みんなラジオに行くんだと思ったけど、6万人が脱落しちゃったのか……。それでもラジオ番組に約4万人の視聴者が集まれば、大成功だけど。


のんのんびより 1話 (33)
にゃんぱすー


のんのんびより 1話 (5)
田舎! ……私の地元かと思った。写真探せば、ほぼ一致する画像とか見つかるかも知れない。


のんのんびより 1話 (16)
アニメ始まって冒頭の3分間、キャラクターは登場せず、台詞もなく、ただ背景だけが映される。この雰囲気がなかなかいい。メインテーマに音程の外れた縦笛の音色が混じるのも、どことなく穏やかな感じがしていい。背景しか流れない3分で、作品が打ち出そうとしている気分をちゃんと作ってる。

厳しく言うと、遠近感が描けていない。近景のディテールをもっとくっきりと描いて欲しいし、植物が何なのか判然としない描写もある。
テレビアニメのスケールでそこまで求めるのは間違ってるけど。


のんのんびより 1話 (20)
ただし田舎なめんな。田舎の人間は排他的かつ攻撃的。漫画雑誌なんて2週間遅れでやっと届く。誰も本なんて読まないから文化なんてものは皆無。なんかカルト宗教はやってるし。それに、文化の中心がテレビだから、テレビの言うことは何でも鵜呑みにする。
ええ、そうですとも。私の地元では、今でも韓流ブームが実際にあるものとして語られてますとも!
田舎ってそういうものだよ。


のんのんびより 1話 (22)
『のんのんびより』の田舎にはリアリティがない。紫の髪の子がいるし。『のんのんびより』が描いた田舎は、リアルな田舎ではなく、虚構の世界……田舎という姿をしたユートピアなのだろう。
『のんのんびより』の場合、“桃源郷”という言葉を使ったほうがしっくり来そうだ。


のんのんびより 1話 (42)
おそらくは、作り手もユートピアを描こうという指向があったのではと想像される。
東京からやってきた一条蛍(一条光かと思った)のデザインは妙に現実的だ。田舎の女の子たちが紫の髪だったり、赤い髪だったりといかにもアニメキャラクター然とした不自然な描かれ方がされるのに対して、一条蛍は現実世界に普通にいそうな女の子として描かれている。
これは一条蛍が“都会”という外の世界……すなわち“現実”の世界からやってきたから(東京ではなく“現実世界”からやってきた)。一条蛍に視聴者である私たちの像が仮託されている。
私たちという現実世界の人間が、一条蛍という人物を通じて、“田舎”というユートピアにやってくる物語。『のんのんびより』が描く田舎は、リアルな田舎ではなく、虚構の世界である“あちらの世界”に訪問する物語なのだ。


のんのんびより 1話 (58)のんのんびより 1話 (76)
左は転校初日、学校を出たところから周囲を見回す一条蛍。
右はみんなに誘われて、高台の桜を見に行った時の一条蛍。
ともに、似たようなカメラワークで似たような動きが使われている。第1話では一度もわかりやすいモノローグが使用されなかった一条蛍。しかし、この2つのシーンで一条蛍の心情が仄めかされている。


のんのんびより 1話 (52)
妙にアップショットの多かった越谷夏海。たぶん台詞が多いからだろう。
でも山が舞台なのに、名前に“海”を入れるとは……。


のんのんびより 1話 (63)
思うに優れたフィクションというのはいかにユートピアを描き出せるか……ということにあるのだと思う。
『けいおん!』の音楽室や、『ひだまりスケッチ』のひだまり荘、実写作品では『カモメ食堂』の食堂……。こういった作品は、ストーリーやドラマ以上に、場所や空間にこそ魅力が現れていたように思える。
いかに魅力的な“場所”を描けるか。そこにずっと留まっていたいと思うような“魅力”を描けるか。現実世界には決して存在しないけど、ユートピアと感じられる居心地の良さを描き出せるか。そして作品を観る人がその場所に思いを仮託できるか……。もしかしたらアニメの良作とは、そういう場所を描き出せる作品のことかも知れない。

『のんのんびより』はシリーズを通して、そういう感覚を描き出せるだろうか? それが作品を評価する分け目になるかもしれない。


のんのんびより 1話 (78)
でも、『のんのんびより』で描かれた田舎に幻想を抱いちゃう人が出てきそうだな……。
この作品に描かれている田舎は、飽くまでも理想・幻想。あんな場所は実際にはないから(そっくりな風景ならあるけど)。田舎の人間は狭量だから、行ってみたところで手厳しく排除されるだけだよ。



凪のあすから 作品紹介 (14)
毎回恒例になった『モノクロのアニメ』の書きこぼし版です。



凪のあすから 作品紹介 (63)
『モノクロのアニメ』でも書いたのだけど、あの説明はやっぱりわかりにくいと思うので(サムネイル小さいしね)、ここで補足。
多分、「錆」は後でデジタル貼り込みしたものだろう……と思う。錆に、雨の跡。それから海風でかすれた看板。それから、光源。お店の右側に夕日の光が当たっている。お店の上部と、その手前の自動販売機。影は撮影で作られたものだろうか、手書きで作られたものだろうか……ちょっと区別ができない。
お店の左手、奥に森がちらっとうつっているが、この奥行きはデジタルで作ったものじゃないかな、といいう気がする。手書きで作れないこともないけど、フォトショップっぽい感触もある。
前面に出ているお店は立体的に強調して、奥の風景は淡くする……。デジタルとの連携が生きた場面。

凪のあすから 作品紹介 (33)
光源は奥の建物の少し背後に回ったところから。光が漏れ入ってきて、影が斜めに落ちている。
光が地上に落ちて、路上にちらちらと当たっている。これが第2の光源になっている。
一方、その背後、左手側は暗く影を落としている。このコントラストで画面にメリハリを作っている。

凪のあすから 作品紹介 (23)
もう一つ錆だらけの風景。風車が錆まみれ。影はやっぱり撮影で作ったものじゃないかな?
波がわずかに動き、奥の白い雲がかすかに輝いている。撮影は大変だな……としみじみ。


凪のあすから 作品紹介 (13)
海世界の風景。白を基調に、青、茶色の煉瓦が見えている。さらに植物の緑と、非常に美しい色彩。
遠景で見ると、異国情緒溢れる風景だ。


凪のあすから 作品紹介 (17)
階段を駆け上がったところ。白い壁が鮮やか。異国情緒があるけど、看板は日本語、植物は日本のもの、日本にいそうなおばちゃんと、細部で“日本化“している。

ここで作家さんの紹介。この素晴らしい背景設定を描き上げたのは塩澤良憲さんという方。検索してみると、この人のサイトを見つけた。
塩澤良憲:アニメやゲームの背景デザイン
数は多くないけど、素晴らしい背景画、コンセプト画掲載されています。興味のある方はぜひご覧になってください。

塩澤良憲さんはエロゲーの背景もやっていたんだね……。私はエロゲーというのをよく知らないけど、以前は「なんだこの背景は……」という感じで見ていた。「消失点どこだよ」って。
エロゲーの歴史とかまったく知らないけど、ある時から明らかに背景のクオリティ上がったのだけど(要するにキャラを全く見ていない)、なるほど、背景美術の本職の人がやっていたのか。道理で……。
ただし、色の使い方は相変わらず原色ばかりで奥行きがなく、いまいちなんだけど。


凪のあすから 作品紹介 (50)
脚本上のテクニックというか、計算で作られたものというか。この子たちの本格的な出番はまだまだ先なんだけど、この段階で顔見せ。後でいきなり出てくるより、この段階で印象づけておこう……というわけ。この子たちが出てくることで、ストーリーの中だるみも防げるしで、一石二鳥。


凪のあすから 作品紹介 (32)
向井戸まなかが髪をかきあげる。先島光の視点で。まなかは普段、こんなことはしないけど……。光のまなかに対する性的な視点を描いている。


凪のあすから 作品紹介 (30)
第1話のうろこ様を訪問した後。画面一杯に出てくる魚の死骸。
何の意味もなく死骸を浮かべる訳はないだろう。しかもこれみよがしに大きく出てくる。何かしらの暗喩なのは間違いないのだけど、今のところ、何を象徴しているのかわからない。嫌な予兆のような気がするけど……。


凪のあすから 作品紹介 (49)
クローズアップの多い向井戸まなか。この子だけ動画枚数が多い。作り手側からも愛されているんだなぁという印象。


凪のあすから 作品紹介 (51)
ノースリーブのワンピーススタイルの制服。すごく可愛いけど腋! 中学生にもなったら女の子でも脇毛は生えるの! ……まあフィクションだから気にしなくてもいいんだけど。


凪のあすから 作品紹介 (38)
向井戸まなかによる木原紡への感情が決定的になった瞬間。画面全体に波紋が描かれ、いかにもなロマンスの瞬間を描いてみせる。実写でやったらギャグにしかならない。アニメならでは。

ただ気になっているのは視聴者側が追いつけていない感じがするということ。ニコニコ動画では「NTR」という単語が乱舞している。NTRは「寝取られる」という意味。
今の若い人達は恋愛に関しては異常なほどナイーブになっていて、例えフィクションであっても思ったとおりにならない展開を忌避しようという感覚がある。最初から思った通りに展開して、思った通りの男女がくっつかないと、心理的に耐えられないという……。ある意味、結末を知ってからじゃないと見る気にならない……という心理に近いかも。
どうしてそこまで弱くなってしまったんだろう? という気がするけど、それが今時な感覚だから仕方がない。『凪のあすから』はどう展開していくのだろう。視聴者側の不安感が強くなりすぎて、作品から離れなければいいけど……。
そういう不安感や緊張を持ちたくないから、女の子ばかりのストーリーが好まれたりするんだけど。

凪のあすから 作品紹介 (39)凪のあすから 作品紹介 (40)
第1話のラスト。秀逸なカットだ。
先島光の視点で、まず向井戸まなかが現れる。
一つカットを挟んで、今度は木原紡が街灯の中に入ってきて浮かび上がる。この見せ方がうまい。

凪のあすから 作品紹介 (54)
先島あかりと陸の男がキスをするこの場面。2人の真ん中にちょうど夕日の光が射し込むようになっている。実写なら、夕日が来るタイミングを待って撮影……といったところ。美しく、印象的なカットになっている。
凪のあすから 作品紹介 (55)
それを目撃視している少年たち。順光になっているのでやや明るい。平面的な構図になりがちなカットだけど、ちゃんとそれぞれの立ち位置に距離感が示せている。


凪のあすから 作品紹介 (57)
海の中へ飛び込む。これがなかなかいいフォームだが、そこに海がなかったらどうするんだ……とか思うけど(海は夜になると潮が引くから)
海と陸、と行き来するけど、いろいろ不思議なポイントがある。例えば教科書とか、水に濡れるとふやけるでしょ……とか。水中の重力はどうなっているの、とか。そういうのはあえて無視する、話題に上げない、そうすることでファンタジーの世界を守ろうとする。リアルに作りながら、いかにそういうところから話題を逸らすか、というのもテクニックの一つ。ちゃんとそういうところに理屈を作っておく、というのも大事だけど。


以下、素晴らしい背景画をどうぞ。
凪のあすから 作品紹介 (15)
凪のあすから 作品紹介 (16)
凪のあすから 作品紹介 (18)
凪のあすから 作品紹介 (19)
凪のあすから 作品紹介 (20)
凪のあすから 作品紹介 (21)
第1話冒頭の場面。先島光に青いトーンがかけられている。妙に印象深い絵になっている。
凪のあすから 作品紹介 (22)
この柱は一応、建設途中で放置された高速道路、という設定だけど、どう見てもクロード・ロラン的なオブジェにしか見えない。作り手も、そういう雰囲気を狙ったのだと思うけど。高速道路だったら、あまりにも柱が細いので。
凪のあすから 作品紹介 (24)
更衣室。部屋の両端がレンズの影響を受けてわずかに歪んでいる。
凪のあすから 作品紹介 (25)
凪のあすから 作品紹介 (64)
いかついおっちゃんたちが顔を並べて……でもテーブルのデザインが意外と可愛い。ただ、このデザインだと真ん中あたりに手が届かないねぇ。
凪のあすから 作品紹介 (26)
錆だらけの地上に対して、水中は藻が一杯……。
凪のあすから 作品紹介 (27)
凪のあすから 作品紹介 (28)
うろこ様の住居全景。鳥居のようなものが描かれているが、水中だからか少し変わったデザインが使われている。
凪のあすから 作品紹介 (29)
うろこ様の住む部屋の中から。障子の向こうから射し込んでくる光がいい感じ。
凪のあすから 作品紹介 (34)
奥の背景にピントがぼやけたような処理を当てられている。
凪のあすから 作品紹介 (35)
凪のあすから 作品紹介 (36)
凪のあすから 作品紹介 (37)
雲の向きで、どちらを向いているのかわかる(嘘もありそうだけど)。夕日のコントラストが美しい。
凪のあすから 作品紹介 (41)
凪のあすから 作品紹介 (42)
凪のあすから 作品紹介 (44)
うろこ様の入れ墨はデジタル貼り込みで作られている。もちろん1コマ1コマ形を合わせて。日本ではもうだいぶ当たり前になった描写だけど、海外のアニメーターに教えると「正気じゃない」と言われてしまうそうだ。国内にいて、こうやってアニメを見ていると「当たり前」のように思えてしまうが、世界的見るととんでもなく高度なことをしているんだな……。
凪のあすから 作品紹介 (45)
凪のあすから 作品紹介 (46)
じゃがいもを投げる向井戸まなか。投げ方がいい。肘から先だけで投げようとする“女投げ”。投げ方で個性を出すのは難しいのだけど、この描き方もずいぶん浸透した。
凪のあすから 作品紹介 (47)
背後の火災報知器が青! 実際に青の火災報知器なんてあるのだろうか、と思うがこの配色がいい。
凪のあすから 作品紹介 (48)
トイレにノブがない。ガラスの窓と連続性ができて、なかなかいいデザイン。
凪のあすから 作品紹介 (52)
海の上から眺めた海村の様子。異世界雰囲気が出ていて美しい。この風景の中に住んでいる人達をデザインしたかったんだろうな……。
凪のあすから 作品紹介 (53)
凪のあすから 作品紹介 (56)
凪のあすから 作品紹介 (58)
凪のあすから 作品紹介 (59)
自転車を漕ぐ動き。かなり難しい動画。全身の動き、さらにフォロースルーも描く。見るからに大変。レイアウトも奥行きをしっかり捉えていて、大変そうなカットという気がする。
凪のあすから 作品紹介 (60)
木原家。障子に魚の模様が貼り付けてある。リアルな漁村の風景に見えて、可愛らしいモチーフが使われている。暗い照明がいい感じ。
凪のあすから 作品紹介 (61)
これは先島家。
凪のあすから 作品紹介 (62)
うろこ様の家を出たところ。丸い石畳に光が当たっている。柳のようなものが描かれているが、どうやら柳ではないらしい。海草っぽくも見えるので、海の世界特有の植物なのだろう。奥の町が、ピントがぼやけたような処理になっている。
他のカットでは、波形が波の影響を受けてゆらゆらと揺れているように描かれている。中遠景あたりの背景は揺れるように描かれるようだ。


せかつよ 1話 (1)
『世界でいちばん強くなりたい』―『せかつよ』の第1話を見たけど……いろいろ酷い。
あまりにも出来が悪く、一周廻って笑えるという奇妙な状態。というか笑い飛ばさないと見ていられない。
せかつよ 1話 (5)
まず構図の作りには緊張感がない。大雑把にまとめると、クローズアップと斜めからのやや俯瞰からの構図しかない。あとはセクシーショット。動きがほとんどなく、止めのクローズアップに口パクがほとんど。カットが変わる瞬間にSEを入れてごまかす、という古典的な手法を何度も使っている。
絵にまったく立体感がないので、キャラクターに存在感がない。線に魂がこもっておらず、動きのないキャラクターにはことさら生命観が感じられない。
第1話から使い回しのカットが何度も繰り返され、おそらく1話の作画枚数1000枚越えていないんじゃないかな?
ストーリーについても登場人物の感情がまったく練り込まれておらず、主人公の動機らしきものが描かれているものの、その心的過程に共感できる描写がまったくない。山も波もないところをただ滑り落ちただけ、という感じなので、印象でいえば、5分で充分なプロットを無理矢理30分に引き延ばした、という感じ。ストーリーだけではなくて、予算的なものも5分のバジェットを無理矢理30分に引き延ばした、という感じがする。
せかつよ 1話 (6)
『せかつよ』はアーススター作品初めての30分番組で、出版社側としてもそれなりに勝負をかけたつもりだったと思うんだけど……。
あからさまに狙った構図。女子プロレスを題材にするという方便で、セクシーショット中心の画像。それに女性声優の喘ぎ声が被さる……。そういうので釣れるユーザーを狙ったんだろうな……というのは容易に想像が付くし、おそらく出版社側はそういうのが一定数いて、ビジネス的にも安全パイだと思ってこの作品を30分作品に選んだんじゃないかと思うけど……。
過去のデータを見るに、そういう作品は失敗している。
エロいのは構わないのだけど、最低限のクオリティを守らないと。アニメユーザーの審美意識はとにかく強いんだから、安易に作れば見透かされる。どんなミーハーなユーザーでもオッパイやパンツだけを目当てにDVD買ったりはしない。
まず基礎をしっかり作ること。ストーリーやキャラクターに共感できること。まずこれが基本。
エロだけを目的にDVDを買うユーザーなんてあまりいない。可愛い女の子だけ出ていても駄目。キャラクターと心情的な共感ができること、そういうところに今のユーザーは重点を置いている。そこをしっかり見極めないと。
アーススターは予算的にもノウハウ的にも、30分の作品を作るのはまだ早かったんじゃないかな……という感じ。もう少し3分アニメで経験を積んで、出直したほうがいいかも。
せかつよ 1話 (8)
ところでこれ↑↑
作品中、やたら誇張される股間のクローズアップ。わかっていると思うけど、股間はこんなにモッコリしていない。これはもう、“なんか入ってますよ”状態。「それは私のおいなりさん」……みたいな感じ。
大きすぎるオッパイと同じく、アニメや漫画に見られる誇張表現の一つ(この作品に限らず、ずっと気になっていた表現ではある)。こういったセクシーショットの連発で気を引こうとしているのはわかるのだけど、記号的に線が引かれているだけで、立体感がまるでなく、生々しさを感じない(皺の描き方おかしいでしょう。尻が尻に見えない)。股間のクローズアップを見たという衝撃度がないから、セクシーショットしての機能は果たしておらず、なぜだかわからない笑いがこみ上げてくる。

もはや笑い飛ばすしかない作品だけど、作り手にとっては“笑われている状態”であまり心地いいものではないはず。アーススターにとっても無謀すぎる挑戦だった。
セクシーショットを目当てに見る、という人は多分あまりいないだろう。しかし、この一周廻って笑えるという状態が、むしろ逆に続きを見ようという人を増やすかも知れない。それも希望的観測かも知れないけど……。


弱虫ペダル 1話 (12)
『弱虫ペダル』の主人公小野田坂道は、秋葉原へタダで行きたいがために自転車に乗っている、という少年。
……ああ、わかるかも知れない。
私もだいたい自転車(ママチャリ)だ。10キロ範囲くらいならどこでも自転車で行く。田舎だから、自転車の方が便利というのもあるけど。
ある時、電車に乗ろうと駅に行ったのだけど、電車が30分待ち……。自転車を走らせた方が早かった。
弱虫ペダル 1話 (7)
私の高校時代の友人でも、同じような理由で自転車に乗っているうちにのめりこんで、競技用自転車を買った人がいたっけな。
私の場合、写真を趣味にするようになってから、自転車に乗ってあちこち行くようになった。田舎だから、いい写真が撮れるポイントがあちこちにあるんだ。
最近は一日中本を読んでいて、家から出る暇すらないんだけど。
ところで、10キロ範囲内って、えらく行動範囲狭くないか?と思われるかも知れないけど、四方八方山に囲まれた田舎、10キロも走れば、山が行く手を遮る。一応、道路は通っているけど、行ったところで家一軒もない山の中だし、歩道もないところをトラックがガンガン走っているので危険。あの山を見たら「引き返そう」って普通思う。
そういう環境の中で育ったせいなのか、『弱虫ペダル』に出てくるくらいの坂道なら軽くこなせるかな、という気が……。いや、田舎では普通なので、別に足腰は強くもないけど。
弱虫ペダル 1話 (5)
それにしても……田舎の方に行くといい感じの風景に一杯出くわすんだけど、どうしてああいった田舎に行くと宗教関係のポスターだらけになるんだろう。よりによって、あの教団のポスターがあちこちに(あの教団はどうも田舎のほうに多いらしくて、母の古里でもやっぱりあの教団が勢力を持っていると聞く)。おそらく歴史も深い土地だと思うけど、いったいどのような因果であの教団が力を持つようになったのか……。
とりあえず現地の人とはあまり接したくない。

いつか「バイク!」って感じの自転車が欲しいとか思うけど、めっちゃ高いし。ああいうのはいつかきっと……という感じかな。
かってに改蔵
ところで、坂道君。誰かに似ていると思ったけど、『かってに改造』の坪内地丹を思い浮かべた。心の清い地丹という感じかな。

『弱虫ペダル』まだ1話で先は読めないけど、面白くなるかも知れない。しばらく見ていよう。


京騒戯画 0話 (1)
『京騒戯画』いつ始まるのかな~と毎朝新聞のテレビ欄を見ていたが、始まる気配がない。そうこうするうちにニコニコ動画版が始まってしまった。おかしいなぁと思って調べてみると、私が住んでいる地区では放送しないことが判明……orz
いやいや、本当にニコニコ動画はありがたい。


京騒戯画 0話 (3)
ストーリーは意味不明だけど、とにかく動画が楽しい。こんなに元気な動画を見たのはなかなか久しぶり。余計なものは全部取っ払って動画で楽しんでしまえと、そういう感じのアニメ。いやはや、アニメの本文に戻った作品というか。世界観の作り込みといい、あちらの世界に引っ張り込まれる感覚があった。
あと主役の女の子・コトが可愛い!


京騒戯画 0話 (110)
思い切って大きく描かれた瞳。話の内容はよくわからないけど、この子が可愛い! でもどっかで見たような……。と思っていたら監督は『ハートキャッチプリキュア』劇場版の松本理恵。ああ、納得!


京騒戯画 0話 (60)
ああ、なるほど、これはえりか様だ。


京騒戯画 1話GIF1
とにかく動画! 短いカットでも色んなものが詰め込まれている。
京騒戯画 0話 (28)
まずカットの最初。画面の手前側に男が一人。この直後、ハンマーで吹っ飛ばされる。
京騒戯画 0話 (29)
自由自在に伸び縮みするハンマー・アラタマ。ちょっと如意棒のような感じ。エフェクトに特徴が現れている。
京騒戯画 0話 (31)
吹っ飛ばされた男が背景の奥の方に落下している。静止画だとわかりにくいけど。色んなものが立体的に動いている。
京騒戯画 0話 (32)
突然巨大化! ハンマーの柔らかい動きに注目だ。ハンマーが大きくなった瞬間、白服の男たちが……。
京騒戯画 0話 (33)
ハンマーがフレームアウト。これまでハンマーに影なんて描かれていなかったが、これみよがしに描いて存在感を出している。
京騒戯画 0話 (34)
ドッカーン。瓦屋根が吹っ飛ぶ。勢いの凄さに、コトの体も跳ね上がる。


京騒戯画 0話 (54)
エフェクト参考。煙エフェクトがまるで糸を引くように画面一杯に跳ね飛ぶ。
京騒戯画 0話 (52)
こちらは吹き上がる煙。煙エフェクトの基本は、丸い泡をいくつも描き、影を作って立体感を作ることだけど、あえて崩している。あえて崩して、手の生理に合わせて線が飛び跳ねている様子を描いている。これが動画で見ると、気持ちいい。


京騒戯画 1話GIF2
正面に向かって走る動き。走り動画はうまくキャプションが作れなくて、伝えきれないのだけど。とにかくもこの動き。左右に大きくぶれて、手がふにゃふにゃと振られている。ニコニコ動画なので、正確に何コマの動きなのかわからないけど、この動きが実に気持ちいい。
京騒戯画 1話GIF3
突然飛び出してくるのはショーコ博士。これまた動きが楽しい。
京騒戯画 0話 (38)
この瞬間のコトが可愛い感じ。
京騒戯画 0話 (40)
無理矢理ひねりだしたコマを突き破って飛び出してくるショーコ博士。注目は線の作り方。太い鉛筆の線で思い切ってガリガリと描いている。この強弱の付け方は、鉛筆でクリンナップしたものじゃなくて、ペンでザッザッと描いたものかも知れない。それはともかく原画の線の勢いがかなりくっきり残っていて、止めてみても楽しい絵になっている。


京騒戯画 0話 (59)
さて、いまいち訳のわからないストーリーだけど……。中央にいるのが主人公のコト。コトを「お姉ちゃん」と呼んでいるふたりの少年は式神。左が、右が。この並び方は、狛犬の阿吽と関係がありそうだ。
京騒戯画 0話 (61)
これが阿・吽の正体。ダメージを食らうと元に戻るようだ。


京騒戯画 0話 (71)
和建築の空間がいい感じに描けているこのシーン。気怠そうなコトの表情が可愛い。ぷーんと飛んでくる蚊。目が大きくて特徴がはっきりしてくる。コトはこの蚊を叩くが、すぐに復活してしまう。
この世界では“死”がない。物を壊してもすぐに元通りになってしまう。バーチャル世界がイメージされているが、あくまでもイメージなので電脳世界の物語ではなさそう。世界はすでに完成された状態でそこにあって、普遍であるように描かれているようだ。だからコトたちが大暴れしてもすぐに元通りになってしまう。


京騒戯画 0話 (83)
コトのお目付役明恵。お坊さんのようだ。
京騒戯画 0話 (82)
八瀬はどうやら鬼のようだ。公式サイトによれば引きこもりという設定。
京騒戯画 0話 (81)
鞍馬。高僧のような姿をしている。明恵、八瀬、鞍馬の3人が、舞台である鏡都を守っている。
この3人は、親である明恵上人古都の帰りを待っている。ちなみに古都は後ろにでっかく映っている女の人。


京騒戯画 0話 (48)
明恵さんが黒のセクシー下着の女と行為の真っ最中のこの場面。背景に猿、兎、蛙の3匹。妙に象徴的な3匹で、物語中頻繁に描かれる。


京騒戯画 0話 (90)
鞍馬の回想シーンに描かれた1場面。ここにも猿と兎と蛙の3匹。どうやら明恵・鞍馬・八瀬の3人を象徴しているようだけど……? 雪景色が美しい。奥に赤い傘の女がいるが、おそらく古都だろう。絵は近代浮世絵の川瀬巴水のような雰囲気。


京騒戯画 0話 (50)
それはともかくビジュアルワーク。テレビを映しているのは百目。奥に鬼の執事がずらりと並んでいる。実線に青が使われ、他のキャラクターや背景からわざと浮き上がるように描かれている。湯浅政明が好んで使っている手法。


京騒戯画 0話 (62)
お祭りのシーンの一コマ。あえて背景が見えないカットを使い、密集感を出している。色彩が凄まじくサイケデリック。手前の鳥の姿をした人達は、青の実線のセル処理。背景はデジタルオブジェクト。どうやら山車のイメージらしいけど、シルエットをあえてメチャクチャに作り、原色の虹色を使って凄まじい画面を作り出している。


京騒戯画 0話 (64)
印象的なカット。この黒兎は何かしらの重要な意味があるらしいので、あえて目立つように画面が作られている。
手前に立っている人達が半透明のダブラシで、山車と同じ虹色で描かれている。もの凄い感性が作った画面だ。


京騒戯画 0話 (92)
近代的なビルを背景に、山車やらその他何だかわからないものが配置されている。こちらでは密集させずに、あえて奥にいる人達の姿を見せている。
京騒戯画 0話 (93)
こちらはやや趣のある建築を背景に、色んなものが飛び交っている。電柱やアンテナが整然とせず、思い思いの方向に歪んでいる。この構図を見ると『魔法少女まどか☆マギカ』の11話を思い出す。あちらもお祭りだったね。
京騒戯画 0話 (94)
鳥居。こういうの京都にあるのかな? その手前で行列を作っているのは“物”。京都だけに物の怪の“百鬼夜行”といったところかな? このカットの百鬼夜行は手書き実線で描かれている。


京騒戯画 0話 (91)
関係ないけど、歌っているこの子たちが可愛い!


京騒戯画 0話 (97)
さて、コトたちは“ある日突然こちらの世界に迷い込んできてしまった”という女の子。帰る方法を探している。
神頼みに頼ってみるけど……というかこの神社に祭られているのは誰?
京騒戯画 0話 (99)
情報収集という名の解説シーン。キャラクターでいろいろ遊んでいる。左から2番目の女の子が異様に目立つけど、右端の女の子が可愛い。
京騒戯画 0話 (101)
思い思いに語られる神社の背景。どうやら古都という女の人が祀られているようだけど……。この子も可愛い。ハートキャッチプリキュアっぽいかも。


京騒戯画 0話 (103)
これが古都様。“みやこ様”として祀られ、いつの間にかどこかに消えてしまった。


京騒戯画 0話 (120)
さて、色んなものをすっ飛ばして物語は一気にクライマックスへ。巨大ロボット・ビシャマルが登場する。コトを依り代として、古都を呼びだそうという作戦だ。


京騒戯画 0話 (84)
ところで、この明恵たち3人がいる空間には、空一杯にガラガラが描かれている。このガラガラが3人のある種の幼児性が表現されているのだと思う。


京騒戯画 0話 (121)京騒戯画 0話 (126)
戦いがはじまるが、コトはビシャマルに食べられて大ピンチ。そこに、謎の白い詰め襟を着た何者かが現れる。象徴として描かれたのは朝顔。謎の白詰め襟は2人の式神を従えている。コトと何か関連がありそうだけど?
この詰め襟の助力によってコトはピンチを切り抜ける。


京騒戯画 0話 (131)
そうしてついに降臨したのが古都。古都はコトにキス。コトは古都の力を得る。
京騒戯画 0話 (133)
破壊描写が連続する。凄まじいけど、いったい何が起こっているのやら。
京騒戯画 0話 (136)
コトが口にした言葉が現実的な力となる……。それを聞いたコトは「家に帰りてぇー!」と叫ぶ。
と、ここでお話はおしまい。

話は訳がわからなかったけど、とにかく楽しかった。訳がわからないまま、しかし力のある動画、サイケデリックな色彩でトリップしている感じ。何も考えず心地よい気分であちらの世界に身を委ねていられる。
正直なところ、東映にここまでのアニメーションを作る馬力が残っていたとは思わなかった。東映といえば深夜アニメなんて軽く吹っ飛ぶほど商業性を重視したアニメーション会社。予算管理も徹底していて、1話に動画2000枚以上使ったら演出は降板させられる。商業的生産性を重視した結果、クオリティはどんどん落ちる一方。テレビアニメより劇場アニメの方がクオリティが低いという謎現象を作り出していた。ひょっとして東映にはもう人材も、作品を作る馬力もないんじゃないのか……そんなふうに思っていた。
その東映が久しぶりに本気でアニメを作っている。しかもビジュアル重視のアクロバティックなアニメーション。東映といえば動画。その本文を久しぶりに取り戻したかのようなアニメだった。東映、やるときはやるんだな。
すべてに明快な答えを求めるニコニコ動画のユーザーには、少しハードルが高かったみたいだけど。
今回は2年前に作られたパイロット版。次回から“テレビアニメとして作られた”本編だけど、このイメージ、クオリティをどこまで維持できるかが注目だ。


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