2009年11月18日
理論
音楽理論とは、頭の中に浮かんだパーツを組み合わせて曲を作る時に使う「接着剤や工具のようなもの」
すなわち道具の一種。
「まず最初に理論ありき」
これでは曲は作れない。
道具だけあっても、元になる「素材」が無ければ物は作れない。
まずは元になるアイデアが浮かばないことには話にならない。
この「浮かぶ」という一番大事な工程を、理論を少しかじった人はすっ飛ばしがちになる。
例えばオケにギターを乗せる時にまず「このコード進行はkeyがAマイナーだからスケールは・・・」
と、得意げに分析して「浮かぶ」より前に作ろうとする。
そうではなく「作る」前にまずそのオケを何度も聴いて頭の中で歌ってみる。
何度も何度も。
それからギターを持ってそのメロディを弾いてみる。
ポジションを探りながら繰り返し繰り返し。
弾いてみて聴いてみて何かしっくりいかない箇所が出てくる。
オケと噛み合ってない。
ここで初めて理論と照らし合わせて上手く噛み合うように「修正」していく。
理論を知らない人の曲の大半はこの「修正」の作業が無い、もしくは中途半端である。
音感とセンスが未熟なまま修正もしないので、コードとメロディのkeyがバラバラなんてこともざらにある。
全然違うkeyのオケに自分の得意なポジションだけでギターを乗せて、噛み合っていない楽曲を作り「感性」の一言で逃げる。
「感性」
曖昧で実に便利な言葉である。
が、その場しのぎの言い訳にしかならない。
言葉は消えても楽曲は残る。
理論を覚えたところでフレーズが浮かぶわけではない。
あくまで道具は道具。素材には成りえない。
そして「理論先にありき」にならない限り「感性」が死ぬわけではないのだ。
理論を知っていると、曲を作る時に「これだけはやっちゃいけない」ということを先に排除できる。だから作業も早くなる。
しかし理論を知らない人は先入観で、理論とは「こうしなきゃいけないもの」だと思い込んでいる。
だから両者が理論の話をすると話が全く噛み合わない。
「こうしなきゃいけない」と「これだけはやっちゃいけない」
この二つを比べてみよう。
物を作る時に、より多くの物が作れるのはどちらだろう?
後者の可能性は無限だ。
音楽理論はべつに数式のようなものから導き出されたものではない。
「心地良い・不快だ」という「感性」のデータを積み重ねていって出来たものである。
ギタリストで作曲を長年やっていながら指板全体でスケールが把握出来てないとか、ダイアトニックコードを知らない・覚えようとしないとかいうのはただの怠慢である。
プロ
売れてるバンドやギタリストをバカにする。
アイツよりオレの方が上手いと。
6弦スイープが出来るようになった。
でも売れてるあのバンドのあのギタリストのソロにはスイープが入っていない。
だからオレの方が上手い。
自分に問うてみる。弾けると思ったそのスイープは百発百中か?
自分に問うてみる。1曲通して弾けるのか?
自分に問うてみる。1曲通してミス無く完璧に弾ける曲は何曲ある?
売れてるバンドのライブ。長時間のステージ。
大勢のお客さんの前で緊張しようがプロなのでミスは許されない。
ツアーではその日によってセットリストも変える。
ただ弾くだけではなくステージングも完璧に20曲、30曲。
6弦スイープ?
そんな四畳半での小手先の知識は、毎晩大観衆を相手にしているプロの前では通用しない。
2009年11月17日
熟練
「ストレートで速い走り屋は初心者、コーナーを極めて中級、上級者ともなればストレートでもコーナーでもない第3のポイントで差をつける。」 −高橋涼介
ギターソロの構成の話。
1.見せ場 2.聴かせ場 3.ブリッジ
1.見せ場とは速弾き等テクニックの見せ場。
2.聴かせ場とは口ずさめて頭に残るメロディー
3.ブリッジとは見せ場と聴かせ場をつなぐフレーズ
この三つをバランス良く配分してソロを構成する。
見せ場のフレーズは一音一音粒立ち良く弾く。
これは基本だし重要だが、荒々しく弾くことも時には大事。
力業のダーティーな速弾きだって悪くない。適材適所。
聴かせ場のフレーズは口ずさめて頭に残るようなメロディーで、音程、ビブラート、スライド等に気を使って一音一音丁寧に表情を付ける。
・初心者にありがちなこと。
見せ場にしか意識がいってない。大技にこだわる。
・中級者にありがちなこと。
聴かせ場とブリッジを弾く時に「ココはゆっくりだからひと休み」感が出る。
・自称上級者にありがちなこと
速弾きもそこそこ出来てビブラートにもこだわってるようだが、ブリッジのフレーズのバリエーションが少なすぎてフレーズの着地がいつも同じ。
テクニカルなフレーズがクリアに弾けてるかどうかを聞き分ける耳は熟練者じゃなくても持てる。
「速弾きが判って初心者、バッキングやビブラートが判って中級、プロというのはそれ以外の全てが桁外れにズバ抜けている」
得意げな速弾き論争は上級者ではなく実はド素人の目線でしかない。
2009年11月16日
評価
「世間一般の自分に対する評価なんてせいぜい自分が考えてるより2ランク下だ。これ1ランクじゃないってとこがミソな。」
まぁそういうこと。
自分の曲に対する周りの評価とはそんなもんだ。
リアクションが悪いのも反響が無いのも全て自分の責任。
リスナーが悪いんじゃない。
サウンドクオリティだなんだよりも曲そのものが何より大事。
音なんてイマイチでも曲やプレイが良ければ何度も聴いてもらえる。
一度聴いて終わりなのは曲自体が弱いから。
サウンドクオリティや機材にこだわるのは最後でいい。
自分がギタリストなのか電気屋なのか見失わないように。
たまには
前々回の記事の件で「何かあったのか?」と心配してくれてメールをくれた人が結構いて慌てましたw
駄菓子菓子、別に何もありません。ホントごめんw
普段言わないけど思ってることを書いてみました。
まぁオレのブログのネタはいつも飯のことばっかなので驚かせてしまったみたいですね。
常々「ミュージシャンは語り始めたら終わり」と思ってるので今まで音楽やギターに対する想い等はなるべく避けてきました。
ちょっとばかしギターが弾けるぐらいで偉いこともなんともない。ミュージシャンなんて日々生きていく中で何かを感じたらただそれを音に変えていくだけでいいんだと。
でもまぁこんなオレでも別に何も考えてない訳じゃありませんw
あんな風に普段口には出さないけど考えてることを書くのも悪くない。
たまには書いて残しておこうかと。
暫く書いたらまた元に戻すけどね。
しかしだ、飯の話題じゃなかったら心配されるってどうなのよ?www

