2009年11月29日

「白髪一雄展 −格闘から生まれた絵画−」



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昨年、84歳で惜しくも逝去された白髪一雄の回顧展。

世界的に評価されていながらも関東での回顧展は今までになく、
画廊や美術館で作品を目にしても全画業を俯瞰するのは初めてのこと。
 
勝手な感想を言えば、画伯の作品からは
呪術、原始、野生、生命、などの強い言葉がイメージされるが、
この展覧会には「格闘から生まれた絵画」と副題が銘打たれている。
 
確かに「格闘」「戦う」「挑む」といった表現こそが画伯に相応しく
芸術表現の道具として、友好的に絵の具とキャンバスを用いる他の画家と
絵の具と格闘しながら創作した画伯とは、一線を画していることは明らか。
 

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1954〜72年まで続いた「具体美術協会」は
フランスの美術評論家ミシェル・タピエによって
「アンフォルメルの一例」として紹介され西欧でも高い評価を得たが
度々来日したタピエから、白髪は特に評価を受けてヨーロッパに多数作品を送ったほどという。

キャンバスを床におき、梁に吊るした縄にぶら下がり、
大量に撒いた絵の具の上を滑走して足で描く、
という創作風景はNHKで放映されたことがあるが
その独特の描法はもちろんのこと、
密教の修行と得度、創作前に祈りを捧げる姿、
作品を支配する血を思わせる強烈な赤、など全てが秘儀めいて、
一貫した美意識が根底に流れていることに今さらながら感銘を受ける。
 

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出品数47点 と聞くと、こじんまりした展覧会をイメージするが、とんでもなく、
巨大なキャンバスにダイナミックに描かれた抽象は
小さな画面に収まる内容をあえて引き伸ばしたものではなく
一点一点からは強力なパワーと色彩が溢れ、
白い美術館に満ちている。


創作風景を収録したビデオや写真の他、
画伯が使用したロープも展示されるなど、作品を理解するうえで興味深いが
それにしても、どの作品も数十年前に描かれたのに古くさいものがなく、
今だ生々しい力を放っていることにはただ驚かされる。
 
戦後間もない混沌とした時代に、国際的な意識を持ち、
延暦寺で得度して、円輪や梵字を抽象画面に取り入れるなど、
狭い日本の画壇におさまらずに時代を先取りしていたこともすごいが
考えてみたら自分達のおじいさんと言ってもいいくらいの世代なのに、
これだけ洗練されてパワフルな作品群を生み出していたとは。
 
近年、画伯の評価はさらに高まっており、
クリスティーズやサザビーズで作品が数千万円で落札されているが
その反面、この回顧展が今だ美術BLOGで取り上られる機会が少ない
ということを、一緒に行った友人から聞いて不思議に思っていた。
 

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今回の展覧会が素晴らしいのは、
兵庫県立美術館に長年勤務して「具体」について研究され、
監修を勤められた平井章一氏(現国立新美術館情報資料室長)
の労
によるものが大きいと想像されるが
特筆すべきは充実した展覧会図録。

平井氏による評論が画伯の真理を突いて興味深いほか
自著文献選集、詳細な年譜、出品作以外の主要作一覧、参考文献リストなど
あらゆるデータを含んでおり、
この図録を買うためだけに横須賀を訪れる価値がある。
 
アルフレッド・パックマン氏が序文を寄せているが、
いったい他のどの日本人画家が国内で回顧展を開いたら
ポンピドゥーセンター館長が長い評論文を寄せてくれるだろうか。


具体美術協会を導いた吉原治良は独創性を重んじ
「他人の真似をするな」「これまでないものを作れ」と皆を激励したというが
アクションペインティングの祖であるポロックやデクーニングが
筆を使ってキャンバスの外から描くという意味において
従来絵画の延長上だったのに比べて
白髪はキャンバス上に自身が入り、絵具にまみれて創作したという意味において
アクション・ペインティングをさらに進化させたものとして唯一無比。
それこそがタピエに評価された理由なのだろう。

足で描くといっても「あしあと」ではなく、
よく見れば指あとが見える程度で、
むしろ知らなければ足で描いたことはわからない。
 
しかも多数の色を足で混ぜるという荒業なのに、
色が混ざりすぎて濁ったものにはなっておらず、
美しい色合いが画面に保たれて、
引き際のよさとセンスがきわだっている。
 
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この展覧会を楽しみに初訪問した横須賀美術館だが
海岸を前にした立地、ミニマムで美しい建築、
予想もしていなかった4500点に及ぶ立派な所蔵品と、
はるばる訪れる価値のある美術館と思われた。

 
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日高良実シェフのプロデュースによるアクアマーレも眺めがよく
オーガニックな食材が心地よい。


作品を通じて今も生き続ける画伯のエネルギーが
クリアな美術館に満ちており、
本年、最も感銘を受けた美術展のひとつである。



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2009年11月23日

備中松山城


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倉敷から電車で約40分、総社を通って北上すると、
武家屋敷や白壁の商家が軒を並べ
「備中の小京都」と称された城下町の備中松山(現高梁)がある。


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街の背後には臥牛山がそびえており
峰頂には鎌倉時代に築かれた備中松山城(重要文化財)が建つ。


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備中松山は山陰と山陽を結ぶ吉備路の中間にあり
主要街道が交差する要地であるため、戦国時代には争奪戦が絶えず
目まぐるしく城主交代が繰り返された。


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12天守(弘前、松本、丸岡、犬山、彦根、姫路、備中松山、松江、丸亀、松山、宇和島、高知)
とよばれる現存の天守を持つ城のうち、備中松山城は最も高所に位置する山城で
切り立った岩壁に囲まれているがゆえに難攻不落の城として知られていた。


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中腹にある駐車場までは車でいけるが、
そこから先の天守までは、長い距離を急な坂道を登ることとなる。

標高460mというからたいした高さではないが
険しい場所柄から、かなりの高地に建っている印象を受ける。


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そして眼前に現れる城。

登ってみると実際はあまり大きくないが、
下から見上げると、切り立った石垣ゆえに迫力がある。

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2009年11月20日

倉敷と大原美術館


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江戸時代に幕府直轄地として、
周辺の年貢米を集めて、
海路で江戸に運ぶ役割を担うことで繁栄した街、倉敷。


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倉敷川周辺には、白壁の蔵屋敷が立ち並び、
萩が咲き乱れて、美しい街並みを今もとどめている。


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ここの美観地区は、わずか数百m
イメージするよりも狭い。
だが、川縁に蔵屋敷が立ち並ぶ風景は
あたかも時代劇のような風情を醸し出している。


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短い距離だが船頭の漕ぐ船が運行しており、
これに乗ると倉敷らしさを水上から楽しめる。

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2009年11月18日

世界遺産 姫路城



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山陽への旅を記録する。

このたびの目的は姫路城と、倉敷の大原美術館。
どちらも何度か訪れているが、写真に撮るのは初めて。


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この2ヶ月間に、小樽、福岡、神戸も訪れているが、
せめて今回の旅は一気に書き上げたいが、
写真を整理してみると全く難しそうである。

まずは新幹線にて姫路城に入る。


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姫路城は江戸初期に造営されながら、
今まで一度も火災や地震にあうことなく
奇跡的に無傷で400年の長きを生き伸びてきた。


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姫路城は12天守、
国宝4城(姫路・松本・彦根・犬山)中でも
群を抜いて大規模である。


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武家城郭の最も完成された姿をとどめ、
堅固な要塞のような姿をしながらも、
優美で、華やかさもあり、
世界遺産として日本を代表する名城。

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2009年10月25日

青森への旅


青森の秘湯巡りに行く。

紅葉の温泉に行こうと思ったときに、
どの温泉に宿泊するか選びながら、
俺が東北の秘湯に期待するものは
宿を囲む自然環境にあるということに気がついた。


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とすると、青森周辺で泊まりたいのは
青荷と蔦温泉、去年と同じ組み合わせ。

青森には湯川、谷地、古遠野、猿倉、黄金崎など
一度は訪れてみたい秘湯が並び、それぞれに人気が高いが
自然環境においてこの2軒に勝るものはない。

大館能代空港に到着し、
レンタカーで酸ケ湯温泉に向かうが
途中で「秘湯を守る会」日景温泉を発見。

大通りから500mのところにあるため秘湯感が物足りないが
木々が赤く色づいてなかなかの風情。
掃除中で入れなかったがいずれは訪れてみたい。


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酸ケ湯温泉までは約2時間半のドライブ。
途中、城ヶ倉大橋を通る。


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ここから眺める雄大な紅葉は素晴らしい。


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去年よりもさらに美しく色づいた木々は
雲間の太陽に照らされて輝き、
全山赤く染まるさまに見入った。

自然豊かな青森、恐るべし。


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週末はムチャ混みで
駐車場になかなか入れない酸ケ湯温泉だが、
紅葉時期とはいえ水曜の朝ということですいている。


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「鬼面庵」でそばを食べてから入場。

十和田の水を用いて打った蕎麦は白く透き通り、
コシがあって美味。

空いており、ゆっくり頂いた。

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2009年09月29日

トリノ・エジプト展



トリノエジプト展について記す。

東京展は終了目前だが(〜10月4日まで)
この展覧会はエジプト好きのオレが心待ちにしていたもの。


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人型石棺の蓋 (新王国時代 前1550〜1070頃)


1798年ナポレオンのエジプト遠征によって
学者や建築家がエジプトに同行して研究の結果「エジプト誌」を作成
高度なエジプト美術はヨーロッパの人々を魅了するようになる。

1805年エジプト太守の座に着いたムハンマド・アリーが
エジプト出身でなかったため、彼の在位の1810〜1850年頃には
盗掘美術品が大量に国外流出することとなったという。

そして当時エジプト駐在フランス総領事であったドロヴェッティが
外交特権を使って持ち出した1000点もの古美術品を
まとめて買い上げたのがトリノ美術館であり、
コレクションはその後も増え続けて、今では33,000点に及ぶ。


芸術新潮9月号にエジプト・コレクションを持つ美術館があげられているが
カイロ・エジプト博物館(180,000点)
ベルリン国立エジプト美術館(105,000点)
大英博物館(100,000点)
ルーブル美術館(60,000点)
メトロポリタン美術館(36,000点)など
名だたる世界の名門と比肩しても恥じない内容。

メトロポリタン美術館などで見ると、
極めて小さなものまでを一つと数えているから
点数だけで収蔵品の価値を図るのは難しいが、
それにしても現存するエジプトの遺品の多さに驚く。

この数は古代文明の中でもダントツだといわれるが
副葬品が納められた墓が乾燥していたことが
遺品の保存に大きく役立ったことと思うが
同時にエジプト美術のクオリティの高さと、
エキゾチックな趣が世界の人々を魅了したからこそ、
こうして世界中で大事にされているのだと思われる。

最近までのトリノ美術館は麻薬常習者がうろつくほどさびれていたそうだが
2005年に館長就任したバジリカ女史が、映画美術家フェレッティを起用、
鏡と照明を駆使した展示などを行って、今では人気の美術館となっている。


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プタハ神坐像 (新王国時代 前1388-1351頃)


今回の展覧会では、トリノ美術館の展示イメージが再現されている。

特に1階奥の部屋には、ライオンの頭をした女神セクメト像、
歌劇「アイーダ」1幕2場にも登場するプタハ神像、
プリーツのチュニクを纏った人型石棺の蓋、イビの石製人型棺などが
暗い展示室内で照明に浮かび上がって迫力。


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トリノ美術館 彫像ギャラリー


だが、本家トリノの彫像ギャラリーでは、この比ではなく
約100体もの彫像が並ぶというから驚かされる。

上質なプレゼンテーションによって、
展示物の価値を高めてみせるのはさすがアメリカ人らしい発想。
この壮麗な空間を一度は実際に見てみたい気にさせられた。



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イビの石製人型棺の蓋 (末期王朝時代 前664〜610頃)


今回の展覧会広告に用いられている「イビの石製人型棺の蓋」は
細かなヒエログリフが全面に刻まれ、端整な造形が美しい。

通常、棺に掘られた顔は死者を理想化したものだというが、
神殿の財宝管理をしていたという役人イビはうっすらと笑みを浮かべ
理想化というよりもリアルで人間的に見えると同時に
神像に見るような神性も漂わせているのが魅力。

古代エジプトにおいては、文字や数字を操る書記や役人は
高級官僚として極めて高い地位にあったと記されているが、
それを充分に理解させる豪華さがある。

砂で研磨して仕上げたのか、
光沢が艶やかに輝き、精緻で美しい。

だが末期王朝時代に工芸技巧が成熟していった反面
中王国、新王国時代に見られたような生命力は薄れて
内面的な表現は弱っていったかのような印象を受ける。

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2009年09月26日

バルバラ・フリットリ ソプラノリサイタル


フリットリはオペラで何度か見ているがリサイタルは初めて。
素晴らしかったので記録する。


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2009年9月18日 タケミツメモリアル

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
モーツァルト:レチタティーヴォとアリア「私の目の前から消え去っておくれ」
モーツァルト:レチタティーヴォとアリア「まわりにそよぐ微風」
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」へのバレエ音楽より「パ・スール」
モーツァルト:歌劇「イドメネオ」より「オレステとアイリスの苦しみを」
ヴェルディ:「アイーダ」前奏曲
ヴェルディ:「アイーダ」より「勝ちて帰れ」
ヴェルディ:「椿姫」前奏曲
ヴェルディ:「オテロ」より「アヴェ・マリア」
ヴェルディ:「ドン・カルロ」より「世の虚しさを知る神よ」
マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
レオンカヴァッロ:「道化師」より「矢のように大空に放たれて飛ぶ」

≪アンコール≫
プッチーニ:「トスカ」より「歌に生き、愛に生き」
チレーア:「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は創造神の卑しいしもべ」



わかっていたことだが、改めて驚かされたのは声の美しさ。
柔らかで無理のない発声なのにタップリとしたボリュームがあり
(響きのよいタケミツメモリアル音響にもよると思うが)
ホールに艶やかに声が鳴り響くことに圧倒された。

オレの場合、知的な解釈や演劇的な歌唱に惹かれる傾向が強いため
どちらかというとたくさんの声色を使い分けて、臨場感に溢れた歌唱が好みだが
フリットリの歌はまろやかで丁寧、あくまでも音楽の美しさを大切にしたもので
地声がむき出しになるなど破綻を見せる瞬間は見えない。

無理のない自然な歌い方からすると、
第1部で歌ったモーツァルトに特に適性が感じられる。

よどみなく歌われた長大なコンサートアリア2曲とも素晴らしかったが
予定のフィオルディリージから変更されたエレットラのアリアでは
怒りに満ちた劇的表現と巧みなアジリタが素晴らしい。
 
 
第2部はヴェルディのオペラアリアで、やはり会場が盛り上がる。
 
「アイーダ」はまだ舞台では歌われていないレパートリーだが、
ピアニッシモが美しく、情感豊かであり、
わずか一曲ながらアイーダの悲哀に満ちた人生が滲み出て胸に迫る。
 
得意のデズデモーナとエリザベッタが素晴らしいのは当然だが、
最後に歌われた「道化師」が予想外にすばらしくてびっくり。
「鳥の歌」がこんなにも心に残ったのは初めてである。

暗い独白から始まり、不安な気持ちをふき飛ばすように、
そして最後は喜びに満ちたネッダの心の移ろいが手に取るようで、
その精緻な表現に感動した。
 
どの曲も無理のない歌い方で、
濃厚な表現ではないのにドラマティック。
聞くものを劇に引き込む力がある。
 

アンコールは「トスカ」と「アドリアーナ・ルクブルール」。
悲しみに満ちた歌姫トスカ、神々しい大女優アドリアーナと、
あらゆる役柄に一瞬にしてなりきってしまう姿には恐れ入った。
 
声そのものの美しさ、自然で深みのある表現力、美しい容姿と、
全てにおいてこんなにバランスの取れた歌手は稀有。

フリットリは現代最高のソプラノの一人だと思う。




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2009年09月16日

高峰温泉



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高峰温泉を訪れた。

東京から車で約3時間。
小諸インターを下りて、1時間ほど山を登っていくと、
落葉松の林に囲まれた高原地に高峰温泉がある。


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建物はごく普通で、侘びた感じに不足するが、
照明には主にランプが用いられており、
周囲の豊かな自然と、渋い湯殿からは秘湯感が漂う。


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高度2000m、雲すら下界に見える高地に湧く湯は
硫黄臭があり、うっすらと濁って美しい。


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湯舟は木材で区切られており、
左側には25.9度の冷たい源泉、
右側には程よく沸かされた湯が溢れている。

源泉は入ってみると冷たいというほどではなく、
仕切りを越えて隣の湯と混ざり合って、
今の時期なら、ぬるい程度。
長湯しても気持ちよい。


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源泉横には枡が置かれて飲むことも出来る。

ミネラルを含んだ湯は、
コントレックスなどの硬水のように強い味がする。

源泉から流れ込むときは無色だった湯が
一度湯船に注がれると、うっすらと濁りを帯びるのも興味深い。

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torublo at 00:08|PermalinkComments(6)TrackBack(0)この記事をクリップ!旅 − 温泉