バレエ
2009年12月26日
映画館で楽しむオペラとバレエの世界紀行「くるみ割り人形」

「WORLD CLASSICS@CINEMA 映画館で楽しむオペラとバレエの世界紀行」
プレミア上映会にご招待頂いて「くるみ割り人形」を鑑賞。
これはSONYが「舞台芸術をデジタル映像化して全国映画館で上映」
するために立ち上げたSonyLivespireという名の活動だが、
クラッシックに関してはコヴェントガーデン、パリ・オペラ座公演などを
ハイビジョン収録しているオーパス・アルテと組んで、
そのデジタル・コンテンツを期間限定で劇場公開するというもの。
オペラではスキャンダラスなザンベッロ演出ロイヤルオペラ「ドンジョバンニ」
グラインドボーン音楽祭「愛の妙薬」などがラインアップとして興味深いが
バレエ第一弾は2008年収録のロイヤルバレエ「くるみ割り人形」。
プレミア上映にはKバレエの宮尾俊太郎、東野泰子、神戸里奈のプレトークがあり
質問に答える形でのマイム説明など30分ほどバレエ談義があった。
神戸里奈の名はローザンヌ受賞者として耳にしていたが
「バレリーナは激しい踊りで息があがっても肩を挙げないように呼吸する」
「体重が重いとリフトに支障が出るが、軽すぎても全幕を踊る体力を維持できないため
自分なりの適正体重を知って保つ必要がある」など説明も上手で面白い。

この「くるみ割り人形」映像上演の見所は
今年2009年7月にロイヤルを引退したアレクサンドラ・アンサネッリ。
バレリーナとしては遅めの11歳でバレエを初め、4年後の15歳にはNYCB入団
ソリスト、プリンシパルまで急速に登りつめたが、
(恐らく体に負担のあるバランシンバレエを離れて)全幕を踊りたいと
2006年ロイヤルバレエに移籍して、2007年プリンシパルに昇格。
そのわずか2年後の今年2009年7月、
28歳という若さで英国ロイヤルバレエを退団して
短いダンサー人生に終止符を打ったバレリーナである。
チャイコフスキーピアノ協奏曲第3番に振付けられたバランシン傑作
「アレグロ・ブリランテ」を踊るアンサネッリを2000年ニューヨークで見た他
NYCB2004年来日公演ではチャイコフスキー・バ・ド・ドゥを踊ったが
ロイヤルバレエの来日に同行しなかったため日本での知名度はあまりない。
「バランシンを振り返る−歴史的なロシア公演より
マリインスキー劇場での「セレナーデ」上演にキャストされていたものの
故障により涙を飲んで出演をあきらめる彼女にスポットが当てられていた。

オーパス・アルテではスヴェトラーノフ指揮 クララ:アリーナ・コジョカル
ドロッセルマイヤー:ダウエル / 金平糖:吉田都 /王子:ジョナサン・コープ
という超豪華キャストの「くるみ割り人形
1984年初演のピーター・ライト版が、
こうしてかわらず25年間も上演され続けていることに驚かされる。
約120年前(1892年)の「くるみ割り人形」マリインスキー劇場初演では
初演3ヶ月前に病に倒れたプティパをイワノフが引き継いだ。
だがイワノフの振付は1幕でマイムが延々と続く上に、
2幕では物語と関係ないディベルティスマンが続くなど
プティパはその出来に満足しなかったと言われている。
その後1934年ワイノーネンによる改定版では、
そのままグランパドドゥを2人が踊ることによって
1−2幕の連続性とバレエの完成度が高められたため
それゆえイワノフ版を元にしたライト版は最近では興味深い。
ライト版くるみ割り人形
今回の映像は、ハイビジョン技術によりレベルが格段に向上しているため
巨大スクリーンで映像を見ても粒子が荒れないどころか
背後でキラキラ輝く舞台装置や、衣装のディテールがクローズアップされて
非常に良く見えることに驚かされる。

アンサネッリの金平糖はかわいらしくて、踊りも美しい。
特にアダージョで王子にホールドされて素早くフェッテした後
ピタリと止まるのではなく、フワリとアラベスクに体を拡げるところなど
なんとも優雅で、スピードとエレガンスを巧みに配分した
バランシン・バレリーナとしての訓練が見えるよう。
金平糖のヴァリエーションでも、フワっとあげる手足の動きが可憐で
正確な動きで、音楽にピタリとつけているのに、
素早いムーブメントをパが自然につないでいて優美。
グラン・フェッテは手で勢いをつけることをせずに
舞台を斜め直線状に進むが、これも正確で、余裕があって美しい。
対する王子ヴァレリー・ヒリストフはブルガリア生まれのファースト・ソリスト。
若々しさが良く、マジメにサポートしているのもほほえましい。
ハイビジョン録画だとひげそりあとまで見えるのもおかしいが
いずれ舞台経験を積めば立派なダンサーになることだろう。
ライト版は、登場人物の腕や肩を覆った古典的な衣装、
細かなマイム、説明的な装置、重厚なエンジェルなど、
さまざまな点で保守的、伝統的で、演劇の国イギリスらしいが
雪のワルツやグラン・パ・ド・ドゥになると舞台が華やぐのも面白い。
ちなみに1985年映像と、今回の上演では細かい部分に違いがあり
幕切れもずっと味わい深いものに変更されている。

アンサネッリはワシントンポストのインタビューで
「今後は大学に進んで、新たな人生を歩みたい」と話していたが
英国ロイヤルバレエとニューヨークシティバレエという誰もがうらやむ
世界的バレエ団のプリンシパルの座を捨てる道を選んだアンサネッリの舞台が
こうして映像化されたことは、バレリーナとして最高位を極めたひとつの証しとして、
次の人生へと進む彼女への素晴らしい贈り物となったことだろう。
今後、ロイヤルバレエ「オンディーヌ」(吉田都主演)などの上映が予定されているが
メット・ライブビューイングなどの最先端の舞台映像とは異なり、
オーパスアルテ映像はインタビューや説明を含まず、カメラワークもオーソドックスで
舞台中継そのままという感じで、初心者向けとはいいがたい。
だが、SONYの高度な映像技術を用いて、
エンターテイメント性を盛り込んだ構成になるよう日本が意見して
SONY自体が収録にかかわっていくようなことがあれば
そのときは素晴らしい映像ができあがることだろう。
今後に期待したい。
2009年12月23日
マリインスキーバレエ「オールスターガラ」
マリインスキーバレエ オールスター・ガラを鑑賞 (12月10日・11日)
2006年のマリインスキー来日時には(BLOGには記していないが)
「ロパートキナのすべて」「ヴィシニョーワのすべて」の2つのガラが上演され
ロパートキナは、ジュエルズから「ダイヤモンド」、パキータ、ライモンダ3幕
ヴィシニョーワは、ジュエルズから「ルビー」、シンデレラ2幕、バヤデール2幕
と贅沢この上ないプログラムが組まれた。
特に「ダイヤモンド」は超名演の呼び声が高く、
NYCB以外によるバランシン作品上演になかなか満足しない俺も
優雅で華やかなロパートキナに圧倒されたことを思い出す。
今回は「シェエラザード」「瀕死の白鳥」というフォーキンの名作を
ロパートキナとヴィシニョーワが日替わりで演じるというもの。
以下、印象に残った演目について記す。

「シェエラザード」 フォーキン振付
ゾベイダ : ロパートキナ(10日)、ヴィシニョーワ(11日)
黄金の奴隷 : コルスンツェフ(10日)コールプ(11日)
シェエラザードは1910年初演だから来年で100年目。
極彩色でエキゾチックな舞台は古さを感じさせない。
オリエンタルな舞台は前半はスローだが
狂乱の宴、全員が殺されるクライマックスに向けて
次第に熱を増していく。
今回はロパートキナとコルスンツェフ、ヴィシニョーワとコールプと
どちらもの組み合わせも甲乙つけがたい。
この演目に関しては、
妖艶なヴィシニョーワとコールプに明らかに適正がありそうだが
意外にもロパートキナのほうが好みだった。
スラリと美しく、官能的なポーズをくり返すロパートキナには
白鳥を踊る清楚な彼女から想像できないような色気が漂うが
くねくねせず伸びやかなポージングと、過剰でない演技にひかれた。
コルスンツェフの奴隷も、野生的で、男らしく、ダイナミックで、
すっきりとしたパートナーシップも予想以上。
対するヴィシニョーワは、
女優のように華やかな顔立ちと、濃い目のメイク、
凛とした強い意志表現が、想像していた通りの濃厚さを漂わす。
ヴィシニョーワは以前に比べると驚くほど痩せ、
筋肉の目立つ肢体がバレリーナにしてはきつい印象だが、
体をしならせてのなまめかしい演技は彼女ならでは。
コールプからもムンムンするようなエキゾチシズムと官能が感じられて
2人で踊ると空気が濃い。
幕切れ、ゾベイダが自殺し、サルタンの足元で息絶える場面では
ヴィシニョーワ演じるゾベイダは、ハーレムに身を置く愛妾とはいえ、
現代女性のような強い意思があって、サルタンの思い通りにはならない
そんな迫力と説得力がある。
コールプは彼自体があまりに個性的なため、
普通のクラッシック演目では違和感を感じてしまうが
こうした作品のほうがむしろ自然に見える。
さわやかなロパートキナ組と、濃厚なヴィシニョーワ組。
当然のことだろうがキーロフも適正なパートナーリングするものである。
原色溢れる華やかな装置、
エキゾチックな舞台設定、
金粉を全身に纏った黄金の奴隷、
宝石で美しい肢体を強調したゾベイダの衣装、
そしてリムスキー=コルサコフによる極彩色の管弦楽・・・・
東方趣味に彩られた舞台全てが素晴らしい。
どうせならシェエラザード
ゲルギエフ指揮とマリインスキー歌劇場管弦楽団で見たかった。
二組とも素晴らしかったが、
2002年シャトレ座収録されたKirov Celebrates Nijinsky
ルジマトフの奴隷役がいかに優れていたか思い知らされる。
豹のようにしなやかな体、高いジャンプ、どこまでも伸びる手足、
彼こそ奴隷役のために生まれてきたかのよう。
タランテラ(10日) ジョージ・バランシン振付
ヴィクトリア・テリョーシキナ レオニード・サラファーノフ
10月NYCB公演ではマルコヴィッチの怪我により
アフター・ザ・レインが変更になり、
おかげで3回見ることになったバランシン名作「タランテラ」。
超絶技巧が絶妙な掛け合いで繰り出されるが楽しく
ノリノリな2人に会場は盛り上がっていたけれど、
テリョーシキナと超絶技巧のサラファーノフをもってしても
この演目はシティバレエにかなわない。
美貌のタイラー・ペックとダニエル・ウルブリクトが披露した
元気で高速な踊りと、バランシン独特の決めに比べて
エレガントな踊りを身上とするマリインスキー・ダンサーは何か足りない。
テンポにあわせてパッパッと決めていくはずのポーズが
どうしても遅れ気味に見える。
ダンサーとしての資質はテリョーシキナとサラファーノフのほうが
間違いなく上なのに。

瀕死の白鳥 ミハイル・フォーキン振付
ロパートキナ(10日)、ヴィシニョーワ(11日)
プリセツカヤ引退後、目にする機会が少なくなった「瀕死の白鳥」。
マリンスキーの2人はふんだんに羽を使った冠と衣装で
胸には、パブロワがつけたといわれるように赤い石が光る。
ロパートキナの白鳥はさざめくようなパド・ブーレと
祈るようにはためかせる手の動きに息をのむ。
プリセツカヤが最後に大きく羽ばたき、やや違和感があったのと異なり
ロパートキナは息絶える瞬間まで穏やかで、自然な流れ。
対するヴィシニョーワも、意外なほどに静かな世界。
白鳥役はあわないとされていたのにもかかわらず、
自分の世界を作り上げているところはさすが超一流のバレリーナだと思う。
こうしてみると、「瀕死の白鳥」「シェエラザード」と
フォーキンは素晴らしい作品を作っていたことを改めて思う。
「瀕死の白鳥」を見ると、ナタリア・マカロワが
ベスト・オブ・ナタリア・マカロワ
『今までさまざまなバレリーナが、瀕死の白鳥を、
独自の解釈と、独自の思いをこめて踊ってきました。
これは単なる「美しい白鳥の最後」の描写にとどまりません。
いうなれば白鳥は象徴。
衰えゆく力を振り絞って、なお生に執着する、
そんな我々の姿を表しているのです。』
ザ・グラン・パ・ド・ドゥ クリスティアン・シュブック振付 (11日)
ウリアナ・ロパートキナ イーゴリ・コールプ
マラーホフとケントが以前何度か披露した演目だが、
ハンドバックと黒メガネのロパートキナの意外なノリに笑った。
バッグを手放さないロパートキナにコールプが切れそうになったり
互いに目立とうとして足の引っ張りあいをしたり、やはり面白い。
カーテンコールが終わって、カーテンの切れ目がわからずに
メガネ姿にハンドバックを手にカーテンを手探りするロパートキナが
お茶目でおかしかった。
そうそう。
今回の来日ではテリョーシキナやコンダウーロワを教えているという
往年の名バレリーナ、リュボフ・クナコワや、
タチアナ・テレホワが客席にいたのも懐かしい。
2009年12月22日
マリインスキーバレエ「白鳥の湖」「せむしの仔馬」
今さらだがマリインスキーバレエ来日公演について記す。
3年ぶりに見るマリインスキーは若手の台頭が著しい。
だがロパートキナ、ヴィシニョーワに続く
テリョーシキナ、ソーモワらとの中間の世代には
優秀なダンサーがいなかったのかちょっと不思議。
今回一番目を見張ったのはテリョーシキナの成長ぶり。
前回の来日時よりも素晴らしさを増して、堂々たるオーラを身に付けていた。
ソーモワも美しいバレリーナで、
長い手足、完璧な容姿、優美なアラベスク、強靭なテクニックと
ロシアのバレエ団でプリマになる条件を全て備えているが
どこか情感に不足していてひかれない。なぜだろう。
最近のダンサーは美しいながら豊かな表現力や情感が足りない。
テリョーシキナはややきつい感じのする顔をしていて
ソーモワのほうがバレリーナに向いた愛らしい容姿なのに
それでもテリョーシキナのほうが生き生きして魅力的に見える。
テリョーシキナはマカロワに似ている気もする。

「白鳥の湖」 11月27日
オデット/オディール : ウリアーナ・ロパートキナ
ジークフリート王子 : ダニーラ・コルスンツェフ
ロートバルト : コンスタンチン・ズヴェレフ
道化 : グレゴリー・ポポフ
指揮 : ボリス・グルージン
現代では白鳥を踊らせたらザハロワとロパートキナが2強だと思うが、
ロパートキナのオデットを見て、
優雅な踊りと、無理なく流れるポージングに見入った。
ザハロワがくっきりとしたムーブメントで、
人造美といってもいいほどの隙のないポーズであるのに対して
ロパートキナは足をあげ過ぎず、力みない自然な動き。
長い手足も優雅で美しいし、
優しそうなキャラクターにあった大げさでない役作りも彼女らしい。
さらにロパートキナに沿った役作りのコルスンツェフも
彼女と一体化して穏やかな世界を作り出している。
だが温かみのあるロパートキナよりも、
個人的にはザハロワによる完璧なオデットのほうがやはり好きだ。
なぜならバレエはおとぎ話であり、様式美の世界なのだから。

「せむしの仔馬」 12月9日
姫君 : ヴィクトリア・テリョーシキナ
イワン: ミハイル・ロブーヒン
仔馬 : イリヤ・ペトロフ
雌馬/海の女王 : エカテリーナ・コンダウーロワ
大きな馬たち : アンドレイ・エルマコフ/ カミーリ・ヤングラゾフ
音楽 : ロジオン・シチェドリン
振付 : アレクセイ・ラトマンスキー
素晴らしい。
新作バレエを見てこんなに楽しんだ経験はめったにない。
ラトマンスキーのバランスの取れたセンスに感じ入った。
「せむしの仔馬」はシチェドリンが夫人であるプリセツカヤのために
1955年に書いた曲だが、これがまず楽しい。
シチェドリンといえば「カルメン組曲」「アンナ・カレーニナ」
があるが、どちらもあまり惹かれる曲ではない。
プリセツカヤとワシリエフによる1969年「せむしの仔馬」映像は
ビデオで持っていたものの、ほとんど見ていなかったので、
プロコフィエフを思わせるメロディーや、軽妙な響きが盛りだくさんで
こんなに優れたバレエ曲があることに驚かされた。
この舞台は今年2009年に創作されたばかりのバレエだが
ポップでしゃれた美術、衣装と、軽妙な振付で、
クラシカルでありながらも、現代的センスが冴えている。
NYCBのために「コンチェルトDSCH」を創作したラトマンスキーは
どんな肉体的な要求にも答えるNYCBダンサーに振付けて
さらに新しい舞踊の可能性を見出したのではないだろうか。
この作品も、群舞とソロがちりばめられて、
スピーディな展開と華やかな群舞であきさせない。
「せむしの仔馬」はロシアでは知らぬ人のない話だそうだが
ラトマンスキーの振付は、明確な人物設定が優れている。
ロブーヒンは頭が弱そうだが、心優しいイワン。
未見だが11日サラファーノフは恐らく、機転のきく、賢いイワン。
ロシアの物語では、イワンは賢くも、あるいは頭が足りない青年の
どちらのキャラクターに描かれることもあるというから面白い。

また決して物まねをするわけではなく、
いなないて立ち上がるかのように表される馬たちがいい。
洒落た水玉の衣装を着てダンティーな2頭の雄馬と、
コンダウーロワによる美しい雌馬、
仕草と表情がかわいいペトロフのせむしの仔馬、
そして美しくてお茶目な姫君とイワン。
どの役柄も身近に感じられて、いとおしい。
特にせむしの仔馬が、イワンと姫君を捕まえたとき
「やったね!」とじゃれて見せる仕草のかわいいこと!
この役はペトロフをイメージして振付けたとしか思えないほど
キュートなルックスと、せむしの仔馬の役柄とが一体化している。
1日目を踊ったポポフはどうだったのだろう。
ゲルギエフ指揮サラファーノフ・ソーモワの1日目と
ロブーヒン・テリョーシキナの2日目の両方を見た友人によると
1日目はゲルギエフの指揮による演奏が素晴らしかったが、
厳しいゲルギエフにあわせるためにダンサーが緊張しており
2日目のほうがのびのびしていて素晴らしかったとのこと。
サラファーノフとソーモアは
この作品で名高いゴールデンマスク賞にノミネートされたが
技巧的な2人によって踊られたら、どんな風になるのか気になるところ。
どちらのキャストにせよ、映像化が待たれる。
「せむしの仔馬」だけはマリインスキー歌劇場管弦楽団の演奏だが
マリインスキー以外で演奏する機会がないこの曲を
日本のオケに覚えさせるわけにはいかなかったのだろう。
マリインスキーの演奏が素晴らしかったので得した感じである。
この数年「ファラオの娘」「明るい小川」とロシアバレエの蘇演が続いたが
「せむしの仔馬」が一番素晴らしい。
チャイコフスキー以外に限られたレパートリーしかない全幕物に
こんなに素敵な新作が出来たことは喜ばしい。
「ボルト」、「明るい小川」「せむしの仔馬」と埋もれていたバレエ曲を掘り出して
精力的に舞台化するラトマンスキーに感謝である。
2009年09月02日
第12回世界バレエフェスティバル・ガラパフォーマンス
最後に更新してから1ヶ月以上あいてしまったが、
2009年8月13日世界バレエフェスティバル・ガラの感想を。
バレエフェスティバルは第4回より鑑賞している。
この数回はダレた感じが続いていたが、
第12回の今回はドンキホーテ、白鳥、Aプロ、Bプロ各2回、
そしてガラと7公演鑑賞したが、かつてない充実振り。
これにロパートキナ(キーロフ)、ウェンディ・ウィーラン(NYCB)
アレクサンドロワ(ボリショイ)、アニエスジロー(オペラ座)あたりが揃えば
現代の名ダンサーがほぼ俯瞰できて文句なしだが、
今回の顔ぶれだけでも充分に素晴らしく、欧米でもとうてい望めない豪華さ。
Aプロ、Bプロは6演目×3部構成=18演目(4時間以上)だったが
ガラでは、ルリッシュ、ギエム、ボァディン、ルグリのソロが追加され
22演目、最後のお遊びも含めて約6時間という長丁場。
以下、感想を持った演目について記す。
「カルメン」 ローラン・プティ振付
タマラ・ロホ フェデリコ・ボネッリ
プティ版からの有名なパドドゥだが、それにくわえて
ホセとカルメンそれぞれのソロが踊られたのが珍しい。
カルメンがバッと両足を広げ、つま先立ちするポーズで立った瞬間、
映像で見慣れたカルフーニやマカロワのすらりとした姿とあまりに違うことに唖然。
だがそんな懸念を吹き飛ばすロホの魅力に
あっというまに引き込まれた。
濃い目のメイクの妖艶なロホと、素朴なボネッリの組合わせは
遊びなれしたカルメンと、彼女にのめりこんで破滅するドンホセにぴったり。
寝室のパドドゥには、セックスを描写した振付が含まれるが
この役を得意としたマカロワもカルフーニもうまいとはいえ、
男を破滅させる妖艶さは薄く、どちらかというと上品でさらりとしている。
バレリーナの演じるマノンやカルメンは、
健康的、あるいは優等生的な色っぽさの表現がせいぜいだが、
それに対し、ロホからはもっと生々しい色気が漂う。
ネットリと絡みつくような濃厚な演技とムーブメントにくわえ
冷たく妖艶な眼差しもカルメンそのもの。
フランチェスコ・ロージ監督によるオペラ映画「カルメン」の
土臭いジュリア・ミゲネス・ジョンソンにも衝撃を感じたが
バレリーナらしからぬ官能性のロホも魅力的でひかれた。
それにしてもボネッリは笑いそうになるほど純朴で、
ロホの前ではたじたじなのがおかしい。
「ダンス組曲」 ジェローム・ロビンズ振付
ニコラ・ル・リッシュ
ロビンスがバッハ「無伴奏チェロ組曲」にあわせて
バリシニコフのために1994年に振り付けた作品だが、
10年以上前にニューヨーク・ステート・シアターで、
ダミアン・ウォッツェルがこの作品を踊るのを見たことがある。
そのときはロビンスとバリシニコフが客席にいて、
ウォッツェルを食い入るように見ていたのが忘れがたい。
顔をキッと上に向けて胸を張って歩く場面や、
楽しそうにステップを踏みながらチェリストにおどける場面など、
さまざまなムーブメントはまさしくバリシニコフのためのもの。
彼自身がこの曲を踊る姿を見たともないのに、
これらステップを見るとバリシニコフが目に浮かぶから不思議である。
ロビンス振付「アザーダンス」も同様だが
それだけダンサーの特徴を捕らえた振付だということだろう。
ルリッシュはA、Bプロではやしていた無精髭をそって、すっきりしたいでたち。
初めはゆっくりと、チェロにあわせて踊りだすが、
くつろいだ風から、次第にさまざまなステップが入り乱れ、
緩やかに、激しく、楽しそうに、気ままに踊る。
バッハを全身に感じながら、踊ることに酔いしれ
ただ踊るひとときを楽しむかのような姿が印象に残った。
「ジゼル」バドドゥ
アニエス・ルテステュ ジョゼ・マルティネス
ルテステュもマルティネスもオペラ座を代表する名ダンサーなのに
ABプロの作品ではそのよさが感じられなかったが、
クラッシックレパートリーを踊ってようやく本領発揮といったところ。
格調高く端整なジゼルとアルブレヒトを踊る姿を見て、
2人とも素晴らしい正統派ダンサーであることを改めて感じいった。
ルテステュはエレガントで気高く、
この洗練された容姿で1幕では村娘に見えるのか想像しにくいが
青白いウィリの姿は絶品で、虚ろな眼差しからは霊気が漂う。
ガラではアルブレヒトが倒れたあと、幕切れまでを連続上演したが、
朝日が昇るとともに目が見えなくなったジゼルが
手探りでアルブレヒトを探して、頬を寄せる姿は物悲しく、
2人の渾身の演技に思わず胸が熱くなった。
上品かつ情熱的なマルティネスも絶品で、技巧的にも美しい。
簡素な舞台画ながら、夜明けとともに森が明るくなり、
背景から聖堂が浮かび上がるのも意表を突いて印象深かった。
「カンティーク」 ベジャール振付
エリザベット・ロス ジル・ロマン
ベジャール作品はクラッシック延長上にあると普通に思っていたが
こうして、さまざまな振付家の作品と一緒に上演されると
どの動きもアン・ドゥオールではないことに驚く。
ちいさなユダヤ帽をかぶったジル・ロマンは
バレエフェスティバル出演最多7回(20年以上!)であるにもかかわらず
昔からかわらぬ少年のような雰囲気を漂わせているのが不思議。
かつて見たバレエフェスティバル上演作品中で
最も忘れがたい作品の一つがベジャール振付「ライト」のソロ。
巻きスカートのミッシェル・ガスカールが手にバラを持ち
スポットに照らされてクルクルと回っていたのが美しかったが
カンティークにはそれに通じる魅力を感じた。
中性的なロスと少年のようなロマンからはベジャール独特の香りが漂う。
バランシンバレエを守ってきたNYCBから、
彼の死後、次第にバランシンの厳格な美意識が薄れてきたように
ベジャール作品のみを踊ってきたこのバレエ団からも
いずれ彼のエスプリが薄れていく時がくるのだろうか。
ベジャールの振付には実にたくさんのムーブメントがあり、
一つひとつの踊りが、意味は読み取れなくても
あたかも物語するかのような深みをもつことに感じ入った。
「グラン・パ・クラシック」 振付グゾフスキー
ポリーナ・セミオノワ フリーデマン・フォーゲル
2人が踊ったBプロ「アレクサンダー大王」も素晴らしかったが
特にセミオノワは、美しい容姿、知的で抑制された表現、高い技巧と
全てを兼ね備えており、好きなタイプのバレリーナ。
凛々しい顔立ちのフォーゲルとの組み合わせもよく、
やはりバレエは容姿が重要と思わされる。
ラメが煌くセミオノワの豪華な衣装も美しい。
セミオノワは難易度の高い踊りを表情も変えずにこなして素晴らしいが
特にアダージョ中盤、リフト - ピルエット - 腰に手を置きポーズを取って、
男性舞踏手がトゥール・ザン・レールで廻るあいだポワント立ち -
ジャンプが終わるのを待って2人でポーズ、という場面がくり返されるが、
セミオノワは揺らぎなくバランスで立ち、2人の息がピタリと揃って美しかった。
「グラン・パ・クラッシック」は初演1949年というから新しいが、
ガラで踊って華やかなパドドゥが決して多くないがゆえに
チャイコフスキー・パドドゥとともに貴重なレパートリーだと思う。
余談だが、セミオノワの踊るチャイコフスキー・パドドゥのバリエーションが
YOUTUBEに最近出ていた(既に削除?)が、伸びやかで美しい。
「TWO」 振付:ラッセル・マリファント
シルヴィ・ギエム
今回ギエムが踊ったABプロの作品に比べて
素直に感動したので、なんだかほっとした。
超絶技巧と完璧なポーズを得意としたギエムが、
Aプロ「クリティカル・マス」では、技巧らしい技巧もなく、
裸足で、立ち位置もほとんど変わらずに
ひたすらシンプルなムーブメントをくり返すのを見て
ギエムはいつのまにか遠くにいってしまったものだと
寂しく感じたものである。
見た目の美しさも、伝統も、技巧も捨て去り、
全てをそぎ落とした悟りの境地にあるかのような踊り。
白鳥やドンキなど、誰にでもできる「古典を踊る」ことは
もはや彼女の役割ではないと思っていることだろう。
自らが選んだ才能ある振付家の創作に参加して
彼らの意欲を刺激して、その真価を世に知らしめること、
それが自分の役割であると決めているようにすら見える。
今のギエムは前時代的なチュチュを着ることにさえ、
違和感があるのではないだろうか。
何度も上演されているTWOだが、
狭い四角形が2重にスポットで照らされた舞台で
内側の四角形から出ないようにギエムが立ち、
外側のやや大きな四角形に手足を出して踊る。
ギエムの立つ位置は暗いため、顔すら見えず、
スポットライトに照らされた手足だけが暗い舞台に浮かび上がるが、
シュッと宙を切る手足は次第に速度を増し、
その軌跡が目に焼きつくようで美しかった。
厳しい芸術的な向上心を含めて
ギエムの生み出す完成された空間美は素晴らしいものだったが、
今後は、さらに無理のない自然な踊りへと進化していくのだろうか。
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2009年05月09日
パリオペラ座バレエ「オネーギン」2009年4月16日

パリ・オペラ座バレエ「オネーギン」初日鑑賞 (2009年4月16日ガルニエ宮)
●オレのバレエ鑑賞暦は20年以上と長いため、
オペラ座の来日公演は芸術監督がヌレエフだった頃よりほぼ見ているが、
本場ガルニエ宮での鑑賞は初めてのこと。
オネーギン: エルヴェ・モロー
タチアナ : イザベル・シアラヴォラ
レンスキー: マチアス・エイマン
オルガ : ミリアム・ウルド=ブラーム
グレーミン公爵: ニコラ・ポール
●電話で予約したチケットの受け取り方がよくわからずに、
ようやく入場することのできたガルニエ宮だったが、
予想を上回るホワイエの豪華さに圧倒された。
座席配列が難しい。
結局2階ボックス席1列目の良席だったが、
ボックスに入るにはノブがないドアを開けてもらう必要があり、
鍵を持った係員が周辺にいないと入れないのも難しい。

●バレエ「オネーギン」といえば、
シュツットガルトバレエを率いた振付家ジョン・クランコの傑作のひとつだが、
この役を初演したマリシア・ハイデとリチャード・クラガンによる
バレエフェスティバルでのパドドゥ上演や全幕上演を初め、
最近では2005年マニュエル・ルグリとマリア・アイシュヴィルト、
2008年ジェイソン・レイリーとスージー・カンなど今までに何度も見ている。
カナダナショナルバレエ録画も所有)
●「オネーギン」は1965年に作られた作品であり、
今となってはクラッシックとも言える作品だが、
意外なことにオペラ座バレエでは今回が初演。
(ルグリのエトワール引退公演がこの演目で5月15日に予定されている)
幕が開いてみると、整然と揃ったコールドからエレガンスがみなぎり、
一目見て、レベルがシュツットガルトバレエとは歴然の差。
舞台写真
洗練されすぎて田舎の素朴さは感じられないが、
シアラヴォラ、ウルドブラームがともに美しくて伸びやか、
一つ一つの踊りの見ごたえが今まで見た公演と違うことにびっくり。
以前は注目もしなかったオリガとレンスキーのパドドゥも素晴らしく、
オペラ座バレエのクオリティを改めて感じさせられた。

●「オネーギン」は、プーシキン原作による文芸作品であるが、
素朴な地方地主の娘である文学少女タチアナが、
ハンサムだが気難しいオネーギンとのつらい失恋経験を経て、
美しい公爵夫人へと成長していくさまが面白い。
シアラヴォラは内向的な雰囲気は出ているものの、
洗練されすぎて、一幕に必要な純朴さは感じられない。
特に一幕クライマックス「鏡のパドドゥ」(オペラでは手紙の場)は、
出会ったばかりのオネーギンに思いを寄せるタチアナが
寝室で彼への思いを手紙に綴るうちにやがて眠りに落ち、
鏡の中から登場したオネーギンと夢で情熱的なパドドゥを繰り広げる場面。
シアラヴォラはどちらかというとさらりとした表現で、
ときめく興奮や官能、情感といった生々しさは感じられず。
(それでも洗練されて美しいが)
●表題役のエルヴェ・モローは描いたようにハンサムで、繊細な踊り。
過去上演で見た、冷酷さの漂う役作りとは一味違う。
私見だが、周囲に冷たくしようとしているわけではないが、
皆とは住む階級が異るために、溶け込めずに苛立っているような感じ。
だが舞台中で一人だけ浮き立ったような孤立感を漂わせているのはさすが。
●レンスキー役のエイマンのみが情熱的な演技だろうか。
パワフルな踊りで、感情的な行動をくり返すレンスキーに相応しい。
ウルドブラームとエイマンの組合わせは若々しく、踊りも洗練されている。
そして何より、コールドがエレガントで、整然として美しい。
2009年05月05日
ザハロワのすべて
「ザハロワのすべて」Bプロを鑑賞(2009年5月1日)
≪カルメン組曲≫ (ビゼー/シチェドリン 原振付:アロンソ)
カルメン:スヴェトラーナ・ザハロワ
ホセ : アンドレイ・ウヴァーロフ
トレアドール:アルチョム・シュピレフスキー
「パリの炎/ワイノーネン-アサフィエフ」
ニーナ・カプツォーワ&イワン・ワシーリエフ
「トリスタンとイゾルデ/クシシトフ・パストール-ワーグナー」
ザハロワ&メルクーリエフ
「ブラック/フランチェスコ・ヴェンティリア-ルネ・オーブリ」
ザハロワ&メルクーリエフ
「ジゼル/プティパ、アダン-ペロー、コラーリ」
コバヒーゼ&シュピレフスキー
「クレイジー/セルゲイ・ボンドゥール-ピアソラ」
ワシーリエフ
「ヴォイス/クシシトフ・パストール-ヴェルディ」
ザハロワ

●コンテンポラリーを踊るザハロワを見るのは初めて。
たぶんほとんどの皆さんが同様だったろうと思うが。
東京バレエ団により何度か見ている「カルメン組曲」だが、
すぐれた振付だとは思われない。
ビゼーによるオペラ「カルメン」やプティ版「カルメン」には、
見る者をぐいぐいと引き込む迫力があるが、
アロンソ版はポーズが古くさく、登場人物の心理を掘りさげた印象でもないため
なんだか物語が上滑りで他人事のように見えてしまう。
前回アロンソ版を見たのはギエム来日公演時、
イザベル・シアラヴォラによるカルメンと、ホセはマッシモ・ムッル。
(2週間前にパリでシアラヴォラのエトワール昇格公演に立ち会ったばかり)
2人とも立派だったが、さすがにザハロワは一味違う。
あちこちに見られるポーズが今までの上演よりもぐっと美しく、
やはりザハロワのバレリーナとしてのレベルの差を感じる。
この作品から以前は感じられなかった魅力が垣間見えたという意味でも
今まで見たカルメン上演中ではやはりダントツと思う。
ウヴァーロフもいつもとは違う雰囲気で、
思いつめたような暗さとマジメさがドンホセに相応しい。
だが、幕切れの掛け合いでのホセの赤に黒の水玉衣装にはびっくり。
全身黒いタイツの「運命」役も今となっては古くさい。
どうせカルメンを上演するなら、
はるかに優れたプティ版にすればいいのに、と思うのだが、
この作品はプリセツカヤが得意としてたびたび上演した作品であり
作曲者シチェドリンもプリセツカヤのご主人であるため、
アロンソ版のほうが著作権クリアが簡単なのだろうか・・・。
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2009年02月22日
ハンブルグバレエ「人魚姫」

ハンブルグバレエ「人魚姫」について。(2009年2月15日18:00)
詩人:イヴァン・ウルバン
人魚姫:シルヴィア・アッツォーニ
エドヴァード王子:カーステン・ユング
ヘンリエッテ王女:エレーヌ・ブシェ
海の魔法使い:オットー・ブベニチェク
2005年来日では、「ニジンスキー」「眠れる森の美女」を上演し、
4年ぶりの今回は、アンデルセンの生誕二百年祭の祝賀作品として
絶賛された「人魚姫」を携えての来日である。
「思わず涙した」
「モダンアートのような美しさに感激」
「評価が別れるかもしれないが素晴らしい作品」
などいずれも手放しの賛辞で、期待がさらに高まる。
「オーラ」「華やかな個性」「長い手足が美しい」などの
オレがバレリーナに期待するイメージとは大きく異なる。

シルヴィア・アッツォーニも同様で、
人魚姫を演じたアッツォーニは、
だがそんな思いはやがて消え去り、
純粋な思いで王子を慕う不器用な人魚姫と
悲しい物語に次第に引き込まれていった。
童話「人魚姫」は、自分の人生を捧げても、
我々の美意識からすれば
決して恵まれた容姿でないことを象徴しているかのように思われた。
2009年02月14日
新国立バレエ「ライモンダ」ザハロワ・マトヴィエンコ

新国立バレエ「ライモンダ」 2008年2月10日・2月14日
ライモンダ:スヴェトラーナ・ザハロワ
ジャン・ド・ブリエンヌ:デニス・マトヴィエンコ
アブデラクマン:森田健太郎
振付: マリウス・プティパ
改訂:牧阿佐美
作曲:アレクサンドル・グラズノフ
美術:ルイザ・スピナテッリ
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いつもチケットを快く手配してくれる親友Oに感謝を込めて記す。
2006年再演に続き今回で3度目。
バレエ史上で最も偉大な振付家の一人である
東洋と西洋が融合したエキゾチックな舞台背景、個性豊かな登場人物、
「白鳥」「眠り」「ジゼル」などが特定の時代を感じさせないおとぎ話なのに対し
「ライモンダ」は十字軍遠征、イスラムとヨーロッパ世界の出会い、という設定ゆえに
振り返れば、新国立「ライモンダ」は初演から必ず鑑賞してきたが、
進化し続けるザハロワがさらに素晴らしさを増していることもあり
2009年01月16日
ボリショイバレエ「白鳥の湖」
(2008年12月6日、12月8日鑑賞)
2006年からわずか2年での再来だが、
今回はグリゴロービッチ改定版「白鳥の湖」を携えて期待の来日。

2008年12月6日(土) 18:00〜20:35
振付 : ユーリー・グリゴロービッチ
美術 : シモン・ヴィルサラーゼ
指揮 : パーヴェル・クリニチェフ
管弦楽 : ボリショイ劇場管弦楽団
オデット/オディール : マリヤ・アレクサンドロワ
ジークフリート王子 : アルテム・シュピレフスキー
ロットバルト : パーヴェル・ドミトリチェンコ
道化 : ヴァチェスラフ・ロパーティン
2008年12月7日(日) 18:00〜20:35
オデット/オディール : スヴェトラーナ・ザハロワ
ジークフリート王子 : アンドレイ・ウヴァーロフ
ロットバルト : ドミートリー・ベロゴロフツェフ
道化 : 岩田守弘
●クリゴロービッチ版白鳥(1969年初演)を初めて見たのは大学生の頃。
今はDVDがとってかわってしまったが、
当時開発されたばかりのレーザーディスクを、オペラとバレエを鑑賞するために購入した。
ロイヤルバレエ「白鳥の湖」(1980年収録)であり、
ビクターが開発したもう一つのレーザー方式(VHD)のために、
ボリショイ劇場で録画されたのがベスメルトノワとボガティリヨフ主演
グリゴロービッチ版「白鳥の湖」(1984年収録)である。
当時、初めて見るグリゴロービッチ版は新鮮で、
論理的な構成、華麗な群舞、エンターテイニングな振付に
引き込まれたことが思い出される。
1964〜95年まで30年間に渡って芸術監督を務めたグリゴロービッチは
ボリショイバレエに数多くの名振付を残したが、
(特に「スパルタクス」「愛の伝説」「ライモンダ」「黄金時代」「石の花」が素晴らしい)
グリゴロービッチ作品には、美しく整然とした群舞、音楽を重視した振付、技巧的なパドドゥなど、
一貫した美意識があり、どこかバランシンを思い出させるものがある。
グリゴロービッチ版「白鳥の湖」は
?物語は王子ジークフリートを中心に進む
?王子とオデットの出会いはロートバルトによって引き起こされたもの
?マイムは排され、踊りの純粋な美しさを追求した振付
?乾杯の踊り、ジークフリート/ロートバルトの踊りなど、男性の比重が高い
?ディベルティスマンが各国の王女達の踊りとしてトウシューズで踊られる
などの特徴がある。
2008年07月21日
英国ロイヤルバレエ「眠れる森の美女」
英国ロイヤルバレエ「眠れる森の美女」を鑑賞(2008年7月13日)
オーロラ姫 マリアネラ・ヌニェス
デジレ王子 ディアゴ・ソアレス
カラボス ジェネシア・ロサート
リラの精 イザベル・マクミーカン
青い鳥 佐々木陽平
フロリナ王女 ローレン・カスバートソン
●ヤノウスキーとコジョカルが来日できなくなり、タマラ・ロホ以外は若手のみ。
2005年のロイヤルバレエ来日では脇役を踊っていた
ヌニェス、カスバートソン、モレーラ、サラ・ラムらが、
みなプリンシパルに昇格して、今回は主役を務めている。
来日メンバーに含まれていないが、
ニューヨークシティバレエ出身のアレクサンドラ・アンサネッリも
今ではプリンシパルを勤めるなど、
ここ数年でロイヤルバレエはすっかり世代交代している。
だが、ギエム、デュランテ、バッセル、吉田都らが君臨していた頃の
黄金期に比べると、若返ったとともに、なんとなく小粒になった印象。
●海外組が参入してレベルを高めると同時に英国組を駆逐してしまうことを
経済用語では「ウィンブルドン効果」と呼ばれているが
今のロイヤルバレエはまさしくウィンブルドン状態である。
プリンシパルは南米をはじめとした外国出身者ばかり。
保守的なイメージを持つ英国だが、
考えてみればデュランテ(イタリア)、ギエム(フランス)と、
以前からダーシー・バッセルやジョナサン・コープ以外は外国人ばかりだった。
そういった文化があったからこそ、
日本人である吉田都や熊川哲也がプリンシパルとして活躍できたのだろう。
●DVD収録されているダウエル版で、
ヴィヴィアナ・デュランテの踊るオーロラ姫がほぼ完璧なため、
最近では「眠れる森の美女」を見てもなかなか満足が行かないのは
困ったものである。
だがヌニェスのオーロラは期待をはるかに上回る出来。
スピーディだが、ムーブメントが柔らかく、テクニックも素晴らしく
キメのポーズも全てぴたりと決まる。
非常に高いバランス感覚のバレリーナで、
ローズアダージォも不安なく最後まで余裕たっぷり。
4人目の王子に手を取られてアテテュードで回るあたりから、
曲が終わるのを待ちきれずに客席から盛大な拍手が沸き起こる。

ヌニェスは非常にテクニックのあるバレリーナ。
ローズアダージョ直後のオーロラ姫のヴァリアシオンでは
ピルエット・アン・ドゥオールで4-5回余裕で回る。
あえて気になったところをあげると、
ザハロワのような優美な体型のバレリーナに比べると、
筋肉が見えて、首筋などやや筋張った感じも。
期待せずに鑑賞したが、期待を上回る立派なオーロラに満足した。
凛々しい顔立ちといってよいと思うが、
ちょっと猿顔で、表情が気取りすぎ。
もうちょっと自然な表情で踊れたら印象も違うのに。
リラの精のマクミーカンはファースト・ソリスト。
英国生まれで、ロイヤルで期待されているのだろうが、
華が不足しており、プロポーションも含めて満足度はもう一つ。
復元版だそうだが、衣装はパステルカラーで美しいが装置が地味。
説明的マイムが多くて、いかにもロイヤルらしい。
オーロラの目覚めでは、ベッド枕元に大きな鏡があり、
カラボスが眠るオーロラを覗きこんでいる。
デジレ王子がオーロラに口づけすると、鏡の奥でカラボスが叫び、
鏡がひび割れてオーロラが目覚めるという仕組み。
城が瞬時に蘇る仕掛けが迫力だった。
それに比べるとやや地味だが、それでも工夫があって楽しい。
カラボスの輿は、禿鷹をモチーフにしたデザインで
しわがれた鳥の足や頭がグロテスクで面白い。
カラボスはマイムが中心でほとんど踊らない。
14年前のダウエル版でも王妃を演じたキャラクター・プリンシパル。
ジェネシア・ロサートも以前からのベテランだが、
カラボスと王妃を二人が日替わり交代で演じたようだが
それって珍しくない?