写真 Schloss

2011年01月20日

フィレンツェ風景




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エレオノーラの礼拝堂 (アニョロ・ブロンズィーノ画)


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アルノ川夕景


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ヴェッキオ宮殿


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エレオノーラの礼拝堂 (アニョロ・ブロンズィーノ画)


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2010年03月31日

アビー・ド・ヴォー・ド・セルネイ


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パリからハイウェイに乗り約一時間。
ベルサイユを過ぎたイヴリーヌの森に
アビー・ド・ヴォー・ド・セルネイがある。


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広大な敷地に茂った木立に囲まれたここは
もともと修道院だった所である。


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修道士が共同生活を送り、労働し、共に祈りを捧げることを訴えた
イタリアの聖ベネディクトから始まったベネディクト会は
やがてヨーロッパ中の修道院に広がり、
「清貧に、結婚せず、服従すること」を修道士に誓わせたという。


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10世紀になると、規律が乱れた修道院が増えたため、
厳しい秩序を再び取り戻すために
フランスの修道士が910年、新たにクリニューに修道院を作った。
これが12世紀以降、1000を越す修道院を従えたクリニュー会である。


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それに対し「聖ベネディクトの戒律」を厳密に守り、
華美な彫刻や美術による教示を禁止して
クリュニー会と対峙する立場をとったのがシトー会。

彼らは華美を避け、色染めしない白服を着たため「白い修道士」と呼ばれたというが
ここアビー・ヴォー・ドセルネイは、そのシトー派に属した修道院である。


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ブルボン王家の庇護を受けて繁栄した由緒ある修道院は
18世紀フランス革命の混乱の中に、その長い役割を終える。


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かつて壮麗な姿をしていたであろう礼拝堂は崩れて
広大な緑園に廃墟となって建つ。


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時は流れ、1880年代には名門ロートシルト男爵家の所有となり
修復されて、ロートシルト家の別荘として利用される。


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運命はさらに巡り、所有者を転々とした後、
ヴォー・ド・セルネイは1988年にシャトーホテルとして蘇った。


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カーナビの調子が悪く地図を見ながらドライブしたのだが
パリ周辺の道路は複雑で、道路標識もあまりないため、
何時間も迷ったあげくようやく着いた。


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かなり疲労してホテルに到着したのだが、
厳かな空間に入ると、不思議に心が落ち着く。

クラッシックな建物は重厚さに満ち、
あちこちに見られるアーチが修道院らしさを伝えている。


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ここは中世に興味を持つものとして一度は泊まりたかった場所。
隠し扉やパイプオルガンも歴史を感じさせて興味深い。


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クラッシックな部屋は、ベッド、カーテン、壁が
同じ織物で統一されており、いかにもフランスらしい。

驚いたのはバスルームで
バスタブは銅板張り、トイレは重厚な木製椅子である。


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とはいっても、現代的に補修がなされていて
快適に過ごせるようになっている。


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メイン・ダイニングは人気が高く予約が難しいと聞き、
日本からわざわざテーブルを予約したが
夕食時にはパリから訪れる人々で賑わっている。

俺としてはあまりないことだが、
上流慣れした給仕に気後れして、写真を撮る雰囲気ではなかった。


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朝、庭を散策すると、緑の中に牧歌的な建物が美しく、
澄んだ空気に鳥のさえずり、心が洗われるようだ。
フランスには鳥がたくさんいるような気がする。


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3日間乗ったベンツ車。
お世話になりました。



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2009年05月20日

世界遺産 「中世交易都市プロヴァン」



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パリから60km、車で一時間。
 
のどかな田園風景を走り、ごく普通の家々が立ち並ぶ地域を抜けて
「果たしてこんなところにあるのだろうか?」と思いながら車を進めると
城壁と門に囲まれた町並みが現れる。


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シャンパーニュ伯の保護を受け、12世紀〜13世紀にかけて、
ヨーロッパ有数の金融都市として栄えた中世の商業都市プロヴァン。



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だが、わずかな繁栄ののち
商業用の道路変更、伝染病の流行、市の衰退などにより、
14世紀には輝きを失って、徐々に衰退にむかった。


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それゆえに、歴史から忘れ去られ、
田舎の片すみにひっそりと取り残されて、
数百年の時を経ても、中世が今も生きている。


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細い通りを歩くと、
そこには湿った空気が流れ、
時がとまったよう。


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2009年04月29日

シャトー・ド・ラ・ヴェルリー



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フランス、ジノン郊外の
シャトー・ド・ラ・ヴェルリー滞在について記す。


両親を連れた今回の旅行は
ロワール川に点在する古城巡りを主な目的としていたが、
シャトーにも3泊した。


初日は世界遺産指定されている中世の街プロヴァンに滞在し、
翌日はフォンテーヌブロー城を訪れて
ランブイユ郊外にある古い修道院ホテルに滞在、
さらにシャンボール城、シュノンソー城などを巡りながら、
トゥール郊外のシャトーに宿泊。


実はラ・ヴェルリーに滞在する予定は当初はなく、
トゥールで一泊した後、古都ブールジュ、ヴェズレーを抜け、
スミュール・アン・オクソワかオータンでの宿泊を考えていた。

だが、思っていたよりも距離がありそうなので、
それらの予定をキャンセルして
パリへの経路上にあるシャトー・ド・ラ・ヴェルリーに予約を入れ、
のんびりと過ごすこととした。


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ここはアラン・デュカスが会長を務める
「シャトー&ホテル・ド・フランス」を紹介した本の中で、
表紙の写真にも使われているシャトーであり、
フレスコ画の描かれた礼拝堂や古い家具が置かれた写真を見て
ぜひ宿泊してみたいと思っていた古城のひとつ。

今まで何度かシャトーに泊まっているが、
ラ・ヴェルリーの滞在は今までにはない体験となった。


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城は16世紀に英国スチュアート王家によって
建てられたものだそうだが、
所有は変わっても、今だに貴族の末裔が居住されている。

古いシャトーの維持はどこでも大変なことと想像されるが、
ラ・ヴェルリーのように城内の一部を宿泊用に供し
それを管理維持にあてている古城も多い。


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今までに滞在したシャトーと異なるのは、
住まう人のぬくもりが感じられること。

ここはホテル・ビジネス化した建物としてのシャトーではなく、
何百年にも渡って、城が実際に生活の場として息づいている。


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菜の花の咲き乱れるのどかな田園風景を抜けると、
湖をはさんで美しい古城が見えてくる。



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車をインナーコートに停めて呼鈴を鳴らすと
知的な雰囲気のフランス人女性が出てきて
城内を案内して下さった。



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通された部屋は
草原と森を見下ろすコーナースイート。



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広い室内には、昔から使わてきたという家具や
天蓋のついたベッドが配されている。

城主はピアノがお好きとみえ、
バロックやアレクサンドル・タローのCDが置かれている。


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さらに素晴らしいのはバスルーム。

明るく広々とした部屋には椅子とテーブルが置かれ
サンルームのような空間となっている。

麻のカーテンが風に揺らぎ、
窓からは光が差し込んで気持ちが良い。

 
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洗面台にはクリスタルに入った香油が置かれており
バスタブに入れると素晴らしい香りがする。

春風を感じながらの入浴は
今までのホテル体験の中でも最も忘れがたいものとなった。

 
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シャトーは湖と森に囲まれているが、
周囲には小川が流れ、そのまま湖に流れ込んでいる。

草原には馬が放牧されて散策すると楽しいが、
手入れの行き届いた小川も橋も、計算されて作られており、
全体が絵画のような景観をなしている。

新緑に満ちた湖のほとりにはアイリスが群生していたが、
花々が咲き乱れる季節にはどんなに美しいことだろう。

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torublo at 06:33|PermalinkComments(10)TrackBack(0)