田舎暮らしの年金の話
60年以上生きてきて気づかされた事は多々あれど、私が最も重要視してきたこたは後悔を如何に少なくするよう日々努力してきたかという事でした。人生、たぶん思い通りに運ばないことが多いのですが、それは自身の抱く理想に対しての思いで、それを嘆いてばかりでも事は決して好転しないのです。

家庭を持った時にまず考えたのは、将来どのように転んでもこれから築く家庭の中で、家族が希望を失わない設計をすることでした。サラリーマンとして祖父の代から生きてきたわが家は、私の代で初めて民間企業に身を委ねる事になりました。

家庭の経済的安定という観点から判断すれば、民間組織で自身の実力を発揮する方がはるかに有利な時代に私は生きて来たのです。しかも自身の試みが結果に反映し易い職場を選びました。仕事において生きている感を味わいたくて。

不幸にも五十路で重いい後遺症を患う大病を経験。その前にも三十路で後遺症は無くても重い内臓疾患に陥り約一年まともには働けませんでした。後遺症が無ければ努力次第で、復帰が出来るのですが後遺症が現れると、大きな制約を受けます。

そんな中で、十年近く家族への負担を最小限に抑え、大きな制約や生活設計を変更せずに今までこれたのは理由があります。所属した企業が従業員に対しての保証を法令に従い遂行して来た事、私の両親が健康で私の妻や子供たちに充分すぎる時間を提供してくれた事がそれで、多くの事に感謝が尽きません。

そして就職してすぐに、信頼できる私自身のファイナンシャルプランナーさんを複数持てたことで、幸運にも今と将来に希望が持てているのです。要は限られた収入を自分なりにどう配分するかを、専門家のアドバイスをもらった上で、人任せではなく自身で企画することが重要なのです。

これが出来ない組織人は多分管理職としては企業が望む成果は出せてないはずで、スペシャリストの道を究めるのが早道であろうというのが私の持論。生き方は人それぞれ何通りもあるのです。

今でも若い頃から輝き続け、今も私から見れば輝き続けている人から人生の相談を受ける事も少なくありません。ご自身の生き方の中に後悔があるのです。私にはそれはありませんが、それは先記のように私だけの備えで実現できたことでもなく、周りの方々のそのご厚意によってこそ今の私の安心があるのです。

現代社会で自身の生業に勢いを持たせ続ける為にはより多くの情報が必要で、それを正確に分析して自身の生業にアレンジを施し仕掛ける中で精度を高め、顧客と組織の信頼を得ることがサービス業に携わるサラリーマンとしての責務です。

昔は何とかハラスメントという定義が確立しては無かったものの、私の組織を含め多くの企業では体裁ではない、やればやる程に信頼が得られる組織があり、そんな組織を選択することで個人も幸福を得られ、実際にはそういった組織でないと成長するはずがないのです。

いつもの様に長々とブログタイトルと無縁のような事を書きましたが・・・
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年金事務所へ行ってきたのです。近頃、社会に大きな大きな不安を露呈⁉ した年金。それが自身の条件だとどうなのかを詳細に知りたくて。
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齢六十を過ぎると、自身の歩みの功績判断となる大きな要素が年金。その額が楽しみであることは間違いないのです。

それを「ねんきん定期便」たるハガキで見てもふ~んと思う程度。もっと深く知ろうと思い、関係資料を集めてもより深い霧の中へ入って出口を見失ってしまいます。
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大概の省庁の出す情報は、例えば申請手順のややこしい企業向けの助成金制度なんかは、担当省庁のHP資料を閲覧すればそこそこ分かるのに、事が年金となるといくら夢中になって調査しても行きつく先はますます霧中なのです。

そこで、たまたま見たTVのワイドショーで、全く私と同じ疑問点について触れ、それを解決する近道が地域所轄の年金事務所だと言っていたのを思い出しました。最近、年金事務所では疑問点を、お役所仕事ではなく親切丁寧に、しかもわかりやすく説明してくれるのだと。

私の場合、年金の一部が64歳から受給できるとねんきん定期便には明記されているのですが、個人に送付されている書類の割には通り一遍等の情報にしか過ぎない事が年金事務所にいってよく分かりました。
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60歳過ぎたら、必ず行くべき場所のひとつが年金事務所であることも。

それは丁寧に受給者の立場に立って教えてくれます。絶対知ってないと損する情報まで。何れは知る事でも早く知ることで霧がいち早く晴れることもあるのです。

そんな年金事務所ですから、現在はアドバイスを受けるのに事前の予約が必要みたいです。