樹液に集まるチョウたち
カブトムシやクワガタムシの屋外観察を行う際、食性を同じくする他の昆虫を利用して、それら目的とする昆虫のいる場所へ誘導させる提案をしました。
今日は其の辺をもうすこし詳しく書いてみましょう。
雑木林の中、樹液を求め飛び回る蝶たち。アゲハチョウ上科タテハチョウ科の各種チョウです。
多くは里山で見られる一般種で、春先や晩秋は拓けた場所で見られ、夏の時期だけ雑木林に入り込むのが、ルリタテハとアカタテハ。
〖春のアカタテハ〗
翅色が物語るようにルリタテハは縁林から雑木林深くまで広く分布し、キタテハは並木の様な浅く明るいクヌギ樹の植込条件を好みます。一般的にこれらのタテハチョウは摂餌中は、あまり動かないんですが夏のクヌギ林では、樹液を求め小群を成し人の気配を感じると、その中のどれかの個体が樹液の出る蜜場を飛び立ち、人が静かにしていれば再び元の場所に戻って行くのです。
ですので、この2種の動向を注意深く観察していれば、広く暗い雑木林の中でも樹液が浸み出て、カブトムシやクワガタムシのいるクヌギ樹を、短時間で見つけることができるのです。
勿論、明るい場所では頻繁に飛び回るスズメバチやカナブンも同様の利用が可能です。でもそれらは、タテハチョウと比較すると目立たず、更にスズメバチを追跡するのは非常に危険で、逆に近寄らない方がいいんです。
雑木林を散策する楽しみ、カブトムシやクワガタムシを見つける以上にワクワクするのが、タテハチョウ科に属するとても美しい紫色の大型チョウ(前翅長50~55㎜)、オオムラサキとの遭遇です。
止まるとめったに開かない翅を林の中でたまに開いた瞬間、鮮やかに輝くブルーカラーの美しさには思わず息を呑むほど。その驚きと感動は、今度は呑み込んだ息を吐くのを忘れるくらい。ですので其の瞬間は、私の場合なかなか画像に納まらないのです。
でも本日は・・・粘り切って撮影しました。すごく近くで摂餌していましたので接写に挑戦。
先ずオオムラサキ 雌
至近距離から、開翅時を撮影できたんです。
今日は触っても逃げないんですよ。
次にオオムラサキ 雄
こちらも静かに摂餌中です。さあ、翅を開きますよ!
オオムラサキの美しい表翅です。高知らしい地域的変異の顕著な個体です。
オオムラサキが無風の雑木林を飛翔すると、鳥のように翅音が聞こえます。
黒地に白のまだら模様が特徴の、美しい大型タテハチョウはゴマダラチョウ。
メスの方がやや大きく、前翅長は35~45㎜とゴージャス。成虫発生は年2~3回、5月から秋口まで見られます。雑木林でオオムラサキと混棲していますが、本山町など高地ではオオムラサキが多く、低地の里山では圧倒的にゴマダラチョウが多いんです。成虫はクヌギ等樹液のほか秋になると木熟した果実にも誘引されます。
幼虫はオオムラサキ同様ケヤキの葉を食樹。両種は幼虫・成虫の形状ばかりか、生活史も酷似しています。
その他にも雑木林の林縁部分にいるタテハチョウ科のチョウ。
こちらはメスグロヒョウモンの雌。高知では珍しい種類です。
ヒオドシチョウもいます。ヒオドシチョウの裏翅、クヌギの樹皮と同調するほど地味な色でしょう。
左のルリタテハ、右のアカタテハともに裏翅は地味なんです。でもそれにはちゃんとした理由があります。ルリタテハ、アカタテハ、キタテハは年に数回成虫発生する中、晩秋まで活動後成虫越冬し早春に同個体が再び活動する為の保護色なんです。
タテハチョウ科の蝶たちは、他のチョウたちよりとても長生き。個として寿命を全うし、種としても長い季節活動できる様々な工夫をしているんですよ。
ルリタテハ、アカタテハ、キタテハは晩秋になって雑木林の昆虫たちが活動を終え、樹液が出なくなると拓けた人里に再び現れ、秋の生活を始めるのです。
タグ:オオムラサキ雄
オオムラサキ羽化
香南市の蝶たち
今日は、香南市の植田先生にご招待いただいて、飼育下の蝶たちをじっくり観察してきました。
〖オオムラサキ雄の羽化〗
自然下で、お目当ての蝶の特別なシーンを観察するには、細部にわたる生態研究をし、それらの条件を備えた自然環境を探し出し、何度もその場所を訪れ、偶然を必然に近づける努力を行こない、運が良ければそのうち目的を達成できるのです。
〖樹液へ訪れたオオムラサキ雌〗
更に長時間密着取材をしない限り、一度見逃すと今度は何時見られるか分からないシーン、そんな見逃せない生体変化がたくさんあり、それら全てを自身の目で見、感じ取るのは、相当な準備と綿密な計画を立てなければ先ず無理なんです。
〖沖縄の観光蝶園〗
ですから文献で画像を見て専門家の論文を読むことで、多くの人々は折り合いを付け、自身の知識として習得するのですが、それではどうしても満足できない人もいるんでしょうね。
〖飼育下のミカドアゲハ幼虫・ジャコウアゲハ成虫〗
そうなると自身の管理する土地に、お目当ての蝶が繁殖できる自然環境に似た空間を作り出し、成虫発生率を高めるために天敵を遮断する工夫をするのです。つまり蝶飼育ハウスの中に、幼虫食草を定植し、羽化後は成虫吸蜜花を定植させ、更にそれらを補充し続ける。
膨大な時間と労力が必要ですが、自然下で蝶の生活史を観察する密着取材よりは計画性を持った時間配分ができ、仕事と究極の趣味を併用することも不可能ではないのです。
〖飼育下のメスグロヒョウモン雌雄〗
実際、蝶にそれほど興味が無い人々も南国の観光蝶園を訪れ、普段見ない蝶たちの生命の営みに触れ輝きを感じ、それなりに満足するといったサービスが事業として成り立つ訳ですから、更に蝶に魅了された人々が生の生態観察を通し感じ得る、その価値の大きさは私のような凡人には計り知れないものがあります。
そんな中、ブリーダーが最も見たいシーンは羽化、蛹が蝶になる瞬間です。
〖オオムラサキ蛹〗
そして、こちらの巨大な蛹(4㎝)はオオムラサキ。翅紋様が透けて見えてますから一両日内に羽化します。昨年11月に見せていただいた時の小さい越冬前幼虫から、見事に成長していました。
〖オオムラサキ越冬前の幼虫〗
オオムラサキ幼虫の餌(食樹)は、エノキの葉。夏産卵、孵化した幼虫は、秋にかけてエノキの葉を食べて成長します。紅葉が始まり落葉後は地面に降りて、食樹の根際や空洞内に溜まった落ち葉の中で越冬。春、新葉が芽吹くと再び樹に登って柔らかい葉を食べ、急速に成長をして、5月中旬には蛹になります。
〖植田先生に頂いたオオムラサキ雄標本(飼育個体)〗
他の多くの昆虫がそうであるようにオオムラサキも又、地理的変異はやや顕著。温暖な地域のオオムラサキ個体は一般に大型で、翅表明色斑が白色傾向、かつ裏面が淡い緑色をしています。
〖高知のオオムラサキと北国のオオムラサキ〗
ところで、前述のオオムラサキ蛹。他の蝶を見ている5分位の間に、
完全に羽化し終えていました。たった5分の間に完全に羽化、翅も伸びているんです。右画像は羽化後、体内の余分な水分をしきりに排泄しています。
私にとっては千載一遇のチャンスを逃してしまいました。でも、植田先生が仰るには、羽化直後の瑞々しい姿を見れただけでも運が良いんですって。
オオムラサキ最後の一頭の蛹ですから、又来年の楽しみとしましょう。今日のシーンだって自然下で見るのは奇跡的幸運なんですから。更に羽化個体は雄、美しいブルーの発色です。
植田先生、とびっきりの感動を分けていただいて有難うございました。