toshi_tomieのブログ

一般科学に関する独り言

    最表面原子の電子状態を見る
    EUPS(http://staff.aist.go.jp/t-tomie/EUPS/)で
    新規な材料評価法を開発しています。

    火曜日から今日までの国際会議に参加のため、重慶に来ています。金・土に、来てもらった学生の計画での観光をして、長春に戻ります。

    夏季の気候が高温多湿であるとして、重慶・南京・武漢は、中国の三大火炉(かまど)と呼ばれている様です。さぞや暑かろうと恐れながら来ましたが、冷房がしっかり効いた五つ星ホテルの中で一日を過ごし、散歩に30分ほどしか出ないためかも知れませんが、確かに暑いけれど、恐れていたほどではありません。


    三大かまどの場所を地図で見る限り、この三都市が中国で最も暑くなる理由が分かりません。どうやら、一般に言われるだけで、気象統計に基づいたものではなさそうです。

    三大かまど


    ホテルの最上階14階の部屋から取った写真と、グーグルマップを載せます。

    重慶
    重慶2
    重慶4
    重慶3


    木々がしっかり茂り、長春とは風景が大きく異なります。日本と同じく蝉の声も聞こえます。長春では、蝉の声を聞いたことがありませんが、冬に-30℃にもなる土地では土中も幼虫が生きていけない寒さなのでしょう。

    辛いのが苦手な私ですが、四川料理は辛いことで有名なので、「崖から飛び降りるつもりで」一寸、挑戦してみました。獅子唐ほどではないように思いましたが、端っこしか食べなかったからかも知れません。もう少し、挑戦してみましょう。

    Wikipediaによると。1937年に中華民国の首都南京を日本軍が占領した後、漢口に移した首都も陥落したため、国民政府は首都を重慶に移しました。天然の要害の地で、また相当に奥地であり、地上軍による攻略は困難であったため、日本軍は1939年から41年にかけて爆撃を行いました。当初は、国民党の司令部のピンポイント攻撃を狙いましたが、曇天の多い気候であったことなど、後期には完全なじゅうたん爆撃になり、爆撃の犠牲者のほとんどは非戦闘員で、死亡者数は1万人とも2万から5万人ともいわれている様です。蒋介石軍への影響は甚大ではあった様ですが、屈服まではいかなかった。


    と言うように、対日関係が悪化すれば、反日暴動が起きてもおかしくない歴史的背景のある、街、に来ています。

    今年も、学生が巣立っていきました。今年の卒業式は、昨年より一週間遅れでした。卒業証書を一人ひとり学長から手渡すときにずっと流れていた、「兎追いしかの山」で始まる唱歌「故郷」を中国の学生は中国の唱歌と信じていたとか、感動した昨年の卒業式の様子は、昨年のブログの記事

    20150627日「中国長春で「兎追いしーー」が流れる中、学長から卒業生一人一人が卒業証書をもらう、素敵な卒業式ーーー学長とハグしたり、ピースしたり」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52213320.html)をお読みください。

    今年は、一つの出来事の話をします。

    女房は週二回、大学の体育館で各国のダンス(民族ダンス)を教えています。日本語学科で学ぶ学生が多い関係で、日本語科の学生を多く知っています。昨年も、女房のダンスに来てくれていた学生たちの晴れ姿を見るために、卒業式に出たのでした。

    こちらに来て丁度二年が経ちましたが、結構最初から知っていて、女房ととても仲良くしていて、昨年秋に上海に夫婦で旅行した時、通訳代わりに連れてもいった、一番仲良くしている女子学生が、今年卒業です。

    彼女の、学長から卒業証書を受け取る姿の写真を撮るのが楽しみでした。

    ところが、授与式に参加希望を出していない、と言うのです。


    一学年
    4,000~5,000人もいる中で、ごくわずかの割合の卒業生しか出席しないので、学長から一人一人に証書を渡し、ハグもし、ツーショット写真が撮れるのですが、申し込みが多すぎると調整しないといけないので、事前に、ネットで参加希望を出すことになっています。一週間あった申込期間中に、彼女は、ネットにつなげられず、申し込み損ねた、と言うのです。

    大学から貸してくれる卒業のガウンも角帽もないので、授与式には出られない、と言うのです。学長さんは、私となんのかかわりもなかった。角帽の紐(ターセル、と呼ぶそうです)を右から左に変えてもらうのに、なんの意味がある?日本語科の学生40人の中で卒業式に出る学生はいない。英語、韓国語、ロシア語の学科からもゼロだと思う。と言いました。


    女房に聞くところによると、本当はすごく出席したかったらしく、それができなくて残念でたまらず、むくれていたのでしょう。

    学長に会える、声をかけて貰える、ツーショット写真を撮ってもらえる、こんなことをしないで卒業してはいけない。授与式の休憩時間に、特別に頼んで、写真を撮ってもらうようにする。式服がなくても気にせずに、ぜひ、出なさい、と説得しました。

    卒業式当日は、彼女はずっとむくれていました。むくれた顔で、会場に入っていきました。前半後半に分かれ、後半が始まる、と聞いていた時間の少し前に会場に入りました。


    中国語ができない私の秘書役をしてもらっている今年博士課程を卒業した女子学生に、式を進行している先生に事情を話し、休憩時間に、学長と写真を撮らせてくれるよう頼んでもらい、了解を貰いました。


    心にしみる、兎追いしーー、が流れる中、卒業生が次々と、舞台に上がって、頭を下げ、学長にターセ卒業式ルを右から左に移してもらい、卒業証書を渡してもらい、ツーショットの写真をカメラマンに取ってもらい、学長にハグを求めて、舞台を降りていく、それをずっと見ていた彼女は、しばらくして突然、衣装を借りる、と言い出しました。舞台から降りた学生に、衣装を貸してくれるよう交渉しました。次の予定があるから貸せないと断られた様です。

    それでもめげすに、もう一人に頼んだところ、快諾してくれ、借りれることになりました。

    一連の正式な授与式が終わったあと、休憩時間に、呼ばれて彼女は舞台に上がっていきました。学長と並んだ写真を撮ってもらいました。その次に、彼女は頭を下げました。学長は怪訝な顔をしましたが、彼女はターセルを移動する儀式をしていないことに気づき、ターセルを移動しました。彼女は、もう、満面の笑みです。再び、学長と並んだ写真を撮りました。私も舞台に呼ばれ、三人での写真を撮ってもらって、舞台を降りました。急いで衣装を脱いでお礼を言って、衣装を返しました。

    卒業式B-2
    卒業式B-3


    翌日が寮を出る期限、一日がかりの行程で、彼女は帰郷しました。彼女は、思い残すことなく、大学を去れました。

    卒業証書授与式に、確かに、日本語科の学生はゼロでした。でも、英語科の学生は多く来ていました。それでも1/3くらいだったかも知れません。学生生活の最後である大学を、厳かな儀式をせずに、大半の学生が去っていくのは、授与式に指導の先生方が誰一人も出ないのは、良くないと思います。けじめの儀式をきちんとすることは、人生において、とても大事なことだと考えます。

    円高が進み、昨日19時半に、1ドル100円台前半まで進みました。

    100円前半


    先月23日に行われた、英国のEU離脱の是非を問う国民投票で、得票率約52%で離脱支持派が勝利し、英国の経済衰退を予想し、ポンドが暴落しています。

    24日0時の1.4882ドル/ポンドから10時には、1.3681ドルに8%急落しました。7月6日には1.29ドルで、13%の下落です。対ユーロでも、24日0時の0.765ユーロ/ポンドから、7月6日の0.858ユーロまで、12%の下落です。


    ドル対ポンド


    不思議なのは、対円です。24日0時の157.68/ポンドから、7月6日には130.63円になっていて、17%も下落しています。

    世界の経済に不透明感が発生した時、より安全な通貨に逃避するのは、自然な行動です。しかし、ドルに対して円が高くなる経済的理由はありません。米ドルから日本円に逃げる、合理性がありません。米国より日本の経済が安泰、であるとは決して言えません。日本政府になんらかの行為をさせてひと儲けしようと投機筋が行動している、としか考えられません。

    年明けからの円高は、異常です。為替は、貿易に大きく影響する重要な相場です。投機の対象にすべきではありません。利益のみを追求する投機筋に、大損害というお仕置きが下る様、祈ります。

    4月末に、学生4人を連れてハルピンに行きました。ハルピン工科大学の先生に教えを乞うためです。他の大学の実験室を見たことがない学生に刺激を与えるのが主目的でした。良い機会なので、大学訪問のあと観光することにし、女房と、その通訳として日本語科で学ぶ学生も連れ、総勢7人の旅行。


    長春からハルピンまでは、高速鉄道(高鉄:新幹線に準じる鉄道)で、1時間半程度でした。運賃は110元ほど。


    ここ東北地方は、穀倉地帯とのことで、車窓の風景は、ずっと畑。途中二駅くらいに停まったでしょうか市街もありましたが、あとは、小さな集落が、ぽつぽつと。風景をぼうっと見ていて、違和感がわいてきました。お墓が見えないのです。丘もない、見渡す限りの平たい土地。日本でもお墓はたいてい山に見かけますが、山がない時は、私の故郷がそうですが、集落のはずれに墓があります。現れる集落に墓が見えないことに気づいてから、墓を見つけようと目を凝らしましたが、どの集落にも見えません。


    そこで、隣に座っていた学生に聞きました。
    「墓はどこにあるの?」「山がないから、墓はない」「え?!」


    理由を聞いて、納得しました。土地は、集落共同の所有。農地を完全に平等に分配する。生まれたての男の赤ん坊も、働き盛りの大人も、皆同じ広さ。その人が死んだら、土地の使用権は、息子に相続するのではなく、集落に戻る。30年ごとに土地や家が変えられるので、そのくらいの古いものしか持てない。今の家はお父さんの代からすんでいるが、お爺さんは引っ越している、とか。


    「墓石は立てないの?」「土を盛るだけ」「先祖代々の墓って、ないの?」「おじいさんくらいまでしか知らない、その前の祖先は知らない。」


    完全平等を実行しようとすると、数十年ごとに再分配、が手っ取り早い方法です。小作人の開放には、地主の土地を完全に取り上げるのが、手っ取り早いです。1949年建国の中華人民共和国では、お墓も何も、一切がチャラ、になったのでしょう。もしかして、70年以上の歴史のある個人の所有物はゼロ、でしょうか。文化大革命で、残っていたかもしれない文化芸術も途絶えた、でしょうか。

    今の学生たちの、せいぜい、ひいおじいさんの墓しかない、のは当然でした。ここ満州は、日本が占領して、農民を他省から強制移動させた、と学生は習っている様ですが、それが原因ではなく、人民公社が作られた中国全土で、そうなのでしょう。


    4月の初めに「清明節」と言う祝日があります。家中こぞって先祖の墓参りに出かける、とても大事な行事だ、と、ある学生が説明しました。だから勉強する時間はないんだ、との言い訳に聞こえましたが。

    沖縄、奄美地方にも、シーミーと言う行事があります。清明節のことです。墓の周りで宴会するんだ、と母が説明しました。その墓は、先祖代々の墓です。何代も前からの墓です。


    沖縄・奄美に伝わっている様に、清明節自体は古く、風習は残っているけれど、中国人には、先祖代々の墓はない。制度的に何代にも亘る墓を維持できない人々が、祖先を大事にする、と言うのもおかしな話だね。何かというと、中国には何千年の歴史がある、と中国人が威張るけれど、漢字と遺跡以外には、何一つ、古いのは残っていない、と言うことだろうか。

    と感じた旅行でした。


    長春の近くの普安山と言う山に、簡単な小屋を作ってバーベキューや散歩ができるリゾート施設を作っている、日本人と結婚された中国人がおられ、5月末に、日帰りで遊びに行きました。山菜取りなどをして、ぶらぶらとした時間を過ごしました。小高い丘に、盛り土が二つありました。お墓だそうです。ハルピン行きの後だったので、その写真を撮りました。

    墓1墓2


    と言う話を、昨年寧夏省に旅行に行ったとき知り合いになった、日本語を学ぶ、一年生なのにとても日本語が上手な中国人女子学生にメールで送ったところ、”多分農村の簡易墓地だと思います。農村部の貧しいところしかそのような墓地がありません。”と書いてきて、彼女の祖先の墓地の写真を送ってくれました。

    墓3


    地方によって墓地風景が異なる様ですが、やはり彼女も、ひいおじいさんまでの墓しか知らない様です。少数民族では、先祖代々の墓がありそうです。

    オバマ大統領の広島訪問は実況中継されましたが、中国の私の場所では、ネット環境が恐ろしく悪く、たまに新しい画面が出る、というひどい映像でした。

    そこでネットを探したところ、The Huffington Post誌が、テキスト中継、と称して、訪問の詳細を伝えています(文献1)。スピーチの全文も載せています(文献2)
    (2016・05・28 14:30 沖縄タイムズに英文全文もありましたので(文献4)、こちらも転載しました。)

    広島でスピーチするオバマ大統領


    歴史的な訪問にふさわしい、高邁な内容です。歴史的なスピーチなので、記念に、本ブログにも転載します。17分間の画像と音声もあります(文献3)。


    ―――――

    (広島平和記念公園でのオバマ大統領のスピーチ全文)


    71年前、とてもよく晴れた朝、空から死が降ってきて世界は変わりました。閃光が広がり、火の玉がこの町を破壊しました。これは人類が、自分自身を破壊する手段を手に入れたということを意味します。なぜ私たちはここにいるのでしょうか。なぜ広島に来たのでしょうか。


    私たちは、恐ろしい力が、それほど遠くない過去に解き放たれたことを深く考えるため、ここにやって来ました。また死者を悼み、戦争を悼み、10万人を超える日本国民の方々と、そして何千人もの朝鮮の人々が命を落としました。


    その魂が、私たちに語りかけています。もっと内側を見て、私たちが一体何者なのかを振り返るように。そして、どのように今なろうとしているのか語りかけています。


    戦争は、広島だけが特別なのではありません。暴力的な紛争は古くから行われています。石や槍などが扱われました。これはただ狩りをするためだけではなく、人類を殺すためも使われてきました。どの大陸においても、どの歴史においても、あらゆる文明は戦争の歴史に満ちています。


    富をもとめ、また民族主義や宗教的な理由からも悲惨な戦争が起こってきました。帝国が台頭し、また衰退しました。人々が奴隷になり、また解放の道もたどってきました。それぞれの歴史の転換点において、罪のない人たちが苦しみました。多くの人たちが犠牲になりました。その犠牲となった人たちの名前は、時が経つと忘れられました。それが人類の歴史であります。


    第二次世界大戦は、広島と長崎で、とても残虐な終わりを迎えました。これまで人類の文明は、素晴らしい芸術を生み出してきました。そして偉大な思想や、正義、調和、真実の考えを生み出してきました。しかし、同じところから戦争も出てきました。征服をしたいという思いも出てきました。古いパターンが、新しい能力によってさらに増幅されてきました。そして、そこには制約が働きませんでした。


    ほんの数年の間に6000万人もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子供達。私たちと全く変わらない人たちです。撃たれ、殴られ、あるいは行進させられ、飢えさせられ、拘束され、またはガス室に送られて亡くなりました。


    世界中には、この戦争の歴史を刻む場所が沢山あります。慰霊碑が、英雄的な行いなども含めて、色々なことを示しています。空っぽな収容所などが、そういうことを物語っています。


    しかし、空に上がったキノコ雲の中で、私たちは人類の非常に大きな矛盾を強く突きつけられます。私たちの考え、想像、言語、道具の製作、私たちが自然とは違うということを示す能力、そういったものが大きな破壊の力を生み出しました。


    いかにして物質的な進歩が、こういったことから目をくらませるのでしょうか。どれだけ容易く私たちの暴力を、より高邁な理由のために正当化してきたでしょうか。


    私たちの偉大な宗教は、愛や慈しみを説いていますが、それが決して人を殺す理由になってはいけません。国が台頭し、色々な犠牲が生まれます。様々な偉業が行われましたが、そういったことが人類を抑圧する理由に使われてきました。


    科学によって私たちはいろいろなコミュニケーションをとります。空を飛び、病気を治し、科学によって宇宙を理解しようとします。そのような科学が、効率的な殺人の道具となってしまうこともあります。


    しかし現代の社会は、私たちに真理を教えています。広島は、私たちにこの真理を伝えています。技術の進歩が、人類の制度と一緒に発展しなければならないということ。原子力が破裂することによって、色々な文明が生まれて、そして消えてゆきました。だからこそいま、私たちはここに立っているのです。


    私たちは今、この広島の真ん中に立ち、原爆が落とされた時に思いを馳せています。子供たちの苦しみを思い起こします。子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。私たちたちは罪のない人々が、むごい戦争によって殺されたことを記憶します。これまでの戦争、そしてこれからの戦争の犠牲者に思いを馳せます。


    言葉だけで、そのような苦しみに声を与えるものではありません。しかし私たちには共有の責任があります。私たちは、歴史を真っ向から見据えなけれなりません。そして、尋ねるのです。我々は、一体これから何を変えなければならないのか。そのような苦しみを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを自問しなくてはなりません。


    いつの日か、被爆者の声も消えていくことになるでしょう。しかし「194586日の苦しみ」というものは、決して消えるものではありません。その記憶に拠って、私たちは慢心と戦わなければなりません。私たちの道徳的な想像力をかきたてるものとなるでしょう。そして、私たちに変化を促すものとなります。


    あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。


    アメリカ合衆国そして日本は、同盟を作っただけではなく友情も育んできました。欧州では連合(EU)ができました。国々は、商業や民主主義で結ばれています。


    国、または国民が解放を求めています。そして戦争を避けるための様々な制度や条約もできました。


    制約をかけ、交代させ、ひいては核兵器を廃絶へと導くためのものであります。それにもかかわらず、世界中で目にする国家間の攻撃的な行動、テロ、腐敗、残虐行為、抑圧は、「私たちのやることに終わりはないのだ」ということを示しています。


    私たちは、人類が悪事をおこなう能力を廃絶することはできないかもしれません。私たちは、自分自身を守るための道具を持たなければならないからです。しかし我が国を含む核保有国は、(他国から攻撃を受けるから核を持たなければいけないという)「恐怖の論理」から逃れる勇気を持つべきです。


    私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。このような破壊をもたらすような核兵器の保有を減らし、この「死の道具」が狂信的な者たちに渡らないようにしなくてはなりません。


    それだけでは十分ではありません。世界では、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。戦争に対する考え方を変える必要があります。紛争を外交的手段で解決することが必要です。紛争を終わらせる努力をしなければなりません。


    平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。


    私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。


    人類の共通性、戦争が起こらない世界、残虐性を容易く受け入れない世界を作っていくことができます。物語は、被爆者の方たちが語ってくださっています。原爆を落としたパイロットに会った女性がいました。殺されたそのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています


    アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのはアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。


    しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。


    だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。たとえば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。


    亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは戦争は望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。


    国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。


    世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。この未来こそ、核戦争の夜明けではないということを、そして私たちの道義的な目覚めであることを、広島と長崎が教えてくれたのです。


    --------
    (スピーチ全文、英文)

    71 years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.


    Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not so distant past. We come to mourn the dead, including over 100,000 Japanese men, women and children, thousands of Koreans and a dozen Americans held prisoner.


    Their souls speak to us. They ask us to look inward to take stock of who we are and what we might become.


    It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first men. Our early ancestors, having learned to make blades from flint a
    nd spears from wood, used these tools not just for hunting but against their own kind.


    On every continent the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen, peoples have been subjugated and liberated, and at each juncture innocents have suffered -- a countless toll, their names forgotten by time.


    The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities and magnificent art.

    Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth, and yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes, an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints.


    In the span of a few years some 60 million people would die; men, women, children -- no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed starved, gassed to death.


    There are many sites around the world that chronicle this war -- memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps, the echo of unspeakable depravity.


    Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity's core contradiction -- how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

    How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily do we learn to justify violence in the name of some higher cause?


    Every great religion promises a path to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith has a license to kill.


    Nations arise telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different. Science allows us to communicate across the seas, fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.


    The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.


    That is why we come to this place. We stand here in the middle of this city and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see.


    We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.


    Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.


    Some day the voices of the Hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination, it allows us to change.


    And since that fateful day we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people that we can ever claim through war.


    The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspired to restrict and roll back and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.


    Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to protect ourselves.


    Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.


    We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles, we can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough, for we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.


    We must change our mindset about war itself -- to prevent conflicts through diplomacy and strive to end conflicts after they've begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy but by what we build; and perhaps above all reimagine our connection to one another as members of one human race -- for this too, is what makes our species unique.


    We're not bound by genetic codes to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.


    We see these stories in the Hibakusha: the woman who forgave the pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

    My own nation's story began with simple words. All men are created equal and endowed with certain inalienable rights, including life, liberty and the pursuit of happiness.


    Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.


    The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell.

    That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent.


    We can think of those things and know that those same precious moments took place here 71 years ago. Those who died, they are like us.


    Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life and not eliminating it.

    When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.
     

    The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.

    That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.


    ※米政府が発表したものではなく、共同通信が起こしたものです。(共同通信)


    ――――――

    (参考文献)

    1)

    オバマ大統領が広島を訪問 原爆慰霊碑に献花(テキスト中継)

    The Huffington Post    |  執筆者: ハフポスト日本版編集部 

     投稿日: 20160527 1650 JST   更新: 1時間前

    http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-to-visit-hiroshima_n_10160176.html?utm_hp_ref=japan


    2)

    オバマ大統領の広島スピーチ全文

    The Haffington Post 吉川慧

    2016年5月271945JST

    http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

    3)

    今日 1825 JST

    オバマ大統領・演説の動画(ホワイトハウスから)

    http://huff.to/25lRKLl

    4)

    オバマ米大統領・広島訪問 スピーチ全文(英語)

    沖縄タイムズ プラス 2016527 20:20 アメリカ 注目 国際
    https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=170323

    歴史的な出来事に、感動です。

    ついに米国の現職大統領が、広島を訪問し、被爆者の慰霊をしました。(文献1)

    オバマ大統領献花


    5/26/27に伊勢志摩で開かれた先進7か国首脳会議(G7サミット)(文献2)で日本を訪れた米国オバマ大統領が、世界で初めて原爆が落とされた広島を訪れました。


    オバマ大統領広島平和記念公園訪問
    被爆者と対話
    被爆者と対話2



    世界で唯一原爆を使った国の大統領として、平和記念公園で、被爆者を慰霊する献花を行いました。

    原爆投下は正しかったと強弁する米国内の世論が強い中で、広島を訪問し、僅か10分間でしたが原爆の悲惨さを記録する品の展示を行う原爆資料館を見学し、平和記念公園で慰霊碑に献花し、被爆者と対話する、一連の行為は、とても偉大です。

    プラハでの核廃絶のスピーチ(文献3)にも感動しましたが今日の行為はそれを越える、偉大な行為です。なんと素晴らしい人が大統領になったことでしょう。

    ――――

    (参考文献)

    1)

    <米大統領広島訪問>オバマ氏、原爆慰霊碑に献花

    毎日新聞 527()1743分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160527-00000054-mai-n_ame



    2)

    外務省>外交政策>経済外交>国際的ルール作りと政策協調の推進>G7/G8>外相会議 > G7伊勢志摩サミット

    http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_001562.html



    3)

    プラハ演説 Wikipedia

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E6%BC%94%E8%AA%AC

    1ドルが110円台に回復しました(文献1)。

     

    105円割れを予想するアナリストも多くいる(文献2)様ですが、私は120円が歴史的相場と指摘しており(文献3)、近いうちに120円に回復すると思います。

     

    4/11108円を割ったので、4/14に“しばらくすれば、120円に戻るに違いない、と考えます”と書きました(文献4)。その後順調に回復し111円台になりました。ところが4/28に急落し、4/29には106円台前半にまで円高が進んだ、と言う経緯があります。今後4/28の様なことが絶対にない、とは言えませんし、紆余曲折はあると思いますが、以下のことから、おそらく順調に120円に向かっていくことでしょう。

     

    年明け以降は円高ですが、

     

    ドルと円の関係だけを見ると、ドルが安くなっているのか、円が高くなっているのか、分かりません。つまり、円高が、アメリカが原因なのか、日本が原因なのか、分かりません。

     

    そこで、ドルの対ユーロ、対元、対ポンドの為替レートの推移を図示します(図5)。

     

    円ユーロードル推移
    元ポンドードル推移

    ドルは、対ユーロでは、この一年、変化がありません。対元では昨年の今頃と比べると5%のドル高です。対ポンドでは、昨年の夏に比べると10%のドル高です。

    つまり、主要通貨と比べるとドル高です。そのドルに対して円高(ドル安)ですから、円高、は異常です。日本が好景気、と言う実感はないので、正常な経済状態を反映した正常な相場ではない、と言って良いでしょう。近いうちに120円に戻るに違いありません。

     

    今、中国に住んでいるので、元の為替レートの変動も気になります。

    ドル/元の長期の推移も示します。

    ドル元 長期
     

    昨年8月に5%程度の対米ドルの切り下げが行われましたが、これは、人民元のSDR入りを可能にするために行われた、との解説(文献6)があります。今後、大きな変動はないように思われます。

     

    ―――――

    (文献)

     

    1)

    NY円、反落 1ドル=1101020銭、米利上げ観測 一時110円台半ば

    日本経済新聞       2016/5/21 6:31

    http://www.nikkei.com/article/DGXLASM7IAA05_R20C16A5000000/

     

    2)

    円予測精度首位のジュリアス、ドル105円割れ想定-介入効果に疑問符

    ブルームバーグ       201648 15:27 JST

    https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-04-08/O5AW3L6JIJUU01

     

    3)

    20141206日 「円安加速、7年4か月ぶりに1ドル=121円台後半。食品値上げ、家計圧迫 輸入牛肉3割高ーーー歴史的に適正な相場。今後大きな変動はないだろう」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52181527.html

     

    4)

    4/11日に一時1ドル107円台にーー歴史的相場は120

    toshi_tomieのブログ 20160414

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252202.html

     

    5)

    Investing.com 各国通貨レート

    http://jp.investing.com/currencies/usd-jpy

     

    6)

    露口洋介 【16-04】人民元実効為替レートの安定

    Sciecne Potal China 2016 413

    http://www.spc.jst.go.jp/experiences/tsuyuguchi/tsuyuguchi_1604.html

    熊本地震は、そろそろ終息してくれているのではないかと思って、最大震度別の地震の回数の13日21時までの経緯(文献1)をまとめて見ましたが、なかなか収まりそうにない様に見えます。

    4/23に、熊本地震はほぼ終息、と書きました(文献2)が、23日に1回に急減した最大震度3の地震が24日には7回も起き、4/29に、最大震度5弱と5強が起きました。

    震度別地震の回数4月

     

    24日以降、最大震度3の頻度はあまり変化せず、20日から順調に減っていた最大震度2の頻度は24日以降ほぼ同じで、26日から震度1の地震の回数が2~4倍に増えました。


    最大震度2は5月6日から、最大深度1は
    10日から若干減りましたが、減り方は緩やかで、最大深度4が12日と13日に一回づつ起きました。

    震度別地震の回数5月



    終息は、まだ、はっきりとは見えません。

    ――――――

    (参考文献)

    1)

    「平成28年(2016年)熊本地震」(平成2841421時~ )平成2851321時現在 気象庁地震火山部

    http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/2016_04_14_kumamoto/yoshin.pdf

     


    2)

    20160423日「熊本地震は、22日を最後に、ほぼ完全に終息」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252791.html

    名無しさん>大分で震度5強がありましたね・・・収束してない気もします。中央構造線の地震(江戸初期に起こった連動地震)のときと酷似してると、磯田道史先生が先ほどのTV番組で仰ってましたが・・・今後も油断できませんね。特に、明治期の熊本地震でも半年ほど余震が続いたようですし。



    4/23に、熊本地震はほぼ終息、と書きました(文献1)。ところがそのあとの4/29に、名無しさんのコメントにあるように、最大震度5弱と5強が起きました。


    そこで、最大震度別の地震発生回数の推移(文献2)を見たところ、23日に1回に急減した最大震度3の地震が24日には7回も起きました。

    24日以降、最大震度3の頻度はあまり変化せず、20日から順調に減っていた最大震度2の頻度は24日以降ほぼ同じで、26日から震度1の地震の回数が2~4倍に増えました。

    震度別地震の回数-4


    16日に相が変化した後、23日の段階ではほぼ終息していたと見えましたが、24日に、熊本地震の相が、また、変化したことが分かります。

    通常の地震では、大きな地震の後に小さな余震が続きます。しかし、地震の頻度の推移を見ると、
    28日の最大震度4と29日の最大震度5弱と5強の地震は、それが起きたことで、小さな地震を多数発生させる、と言う物ではなく、多数の小さな地震が発生している中で、たまたま、多くの微弱地震が同時に起きた、と見えます。


    4/24に新たな相に変化した熊本地震は、最大震度3以下の地震の頻度がこの一週間ほどでは変化していないことから、もうしばらく続くように見えます。


    ―――――

    (参考文献)

    1)

    20160423日「熊本地震は、22日を最後に、ほぼ完全に終息」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252791.html


    2)

    報道発表資料 平成28 4 30 15 30 分、気象庁

    「平成28年(2016年)熊本地震」について(第37報)

    http://www.jma.go.jp/jma/press/1604/30a/kaisetsu201604301530.pdf

    熊本地震は、中央構造帯の西端の別府・島原地溝帯の布田川・日奈久断層帯が動いて起きた地震(文献1)で、「誘発」により従来活断層が確認されていなかった阿蘇山を越えて別府にまで拡大した(文献2)、特異な地震ですが、震央分布(文献3)を詳しく見ると面白いです。

    震源と断層 別府から熊本


    活断層が発見されていなかった阿蘇山近傍で多くの地震が発生した(上下の図)だけでなく、

    震源と断層 別府阿蘇


    熊本および別府地方でも、一部を除き、ほとんどの地震は、断層以外の場所で発生しています。


    震源と断層 布田川断層

    活断層が動いて地震が発生する、と言う私の先入観は正しくない様です。

    活断層のすぐそば、で、発生しているので、その”周辺”で地震が発生しやすい、とは言えそうですが、活断層(過去の地震で割れた場所)自体が動くことはなく、その直上にあるかないか全く無関係、と考えるべきなのかも知れない、直上にあるかないかを安全の規準にするのは、神学論争かもしれない、と感じた次第です。

    地震の結果、断層ができるのですが、一旦作られた活断層は、一体何回、地震を引き起こすのか、は、調べるのは不可能かも知れないですが、とても興味深い研究課題、と考えます。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    20160416日「熊本で震度7の直下型地震―――震源は、日奈久(ひなぐ)断層帯の高野―白旗区間。この区間は、最新活動時期が約1千5百年前と推定され、周期不明だった。」

     http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252305.html



    2)

    20160416日「熊本地震、16日に、より大きいM7.3が発生――「誘発」により、震央域が、別府―島原地溝帯沿いに別府まで拡大。前例のない(?)拡散」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252342.html



    3)

    「平成28年(2016年)熊本地震」について(第37報)

    報道発表資料、平成28 4 30 15 30 分、気象庁

    http://www.jma.go.jp/jma/press/1604/30a/kaisetsu201604301530.pdf

    大きな被害が出た熊本地震ですが、17日から終息に向かっていました(文献1,2)が、今後震度3が起きる可能性がゼロとは言い切れませんが、昨日22日を最後にほぼ完全に終息、と言えます。


    気象庁が発表した、2315時までの、各最大震度の地震の頻度の推移(文献3)を図示します。

    震度別地震の回数-3


    23日には、22時の時点で最大震度3以上はゼロで、最大震度2も、23日から急減しそうな見込みです。

    屋内で静かにしている人の中で、揺れをわずかに「感じる人もいる」という定義の震度1は、10/日が当分続きそうです。

    ーーーーー

    (参考文献)

    1)

    20160418日「熊本地震の余震は終息にーーー最大震度3は20/日程度で数日続くが、震度4以上は2回/日以下になる見込み」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252502.html


    2)

    20160422日「熊本地震は終息にーー19日を最後に震度5弱以上なし。震度4も終わり?震度3は10/日以下に」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252676.html


    3)

    「平成28年(2016年)熊本地震」について(第28報)

    報道発表資料 平成28 4 23 15 30 分、気象庁

    http://www.jma.go.jp/jma/press/1604/23b/kaisetsu201604231530.pdf

    熊本で、21日に震度4の地震が二回起きましたが(文献1)、これまでの頻度の推移から推測して、これで終わりの様に思われます。震度5弱以上も19日が最後と推測します。震度3も21日は11回に減りました。22日以降は、10回以下/日になると思われます。

    震度別地震の回数-2


    16日に、由布岳まで達した震源は、21日には別府湾まで伸びました(文献1)が、これ以上は、東に広がらないのではないでしょうか。

    一寸だけ東に広がった


    14日に比較的狭い範囲での地震だったのが、16日に一挙に北東と南西に広がり、その後もごくわずか広がりましたが(文献2)、「誘発」も終わりの様に思われます。

    地震の時空間分布21日まで


    九州新幹線は、23日試験運転をするとのことです(文献3)。道路、鉄道が早急に復旧され、物資が十分に供給されるのも近そうです。


    ーーーー
    (参考文献)

    1)

    気象協会、地震情報

    http://www.tenki.jp/bousai/earthquake/detail-20160421051653.html


    2)

    「平成28年(2016年)熊本地震」について(第24報)

    気象庁、報道発表資料

    http://www.jma.go.jp/jma/press/1604/21b/kaisetsu201604211530.pdf


    3)

    新幹線 博多-熊本で試運転へ

    テレビ朝日系 2016421() 1824分掲載 .

    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160421-00000035-ann-soci

    本日20日に、第54期十段戦5番勝負の第4局で、黒番の挑戦者・井山裕太六冠(26)が伊田篤史十段(22)を破って、対戦成績を3勝1敗として十段位を奪取し、囲碁界で初となる七大タイトルの独占を達成しました。

    おめでとうございます!


    将棋界では羽生善治四冠が96年に、25歳で七冠独占を達成しています。


    井山氏については、囲碁の深層学習コンピューターソフトが、世界最強プロ棋士に3連勝したことのブログ記事で紹介しています。日本では敵なしの井山裕太氏ですが、世界ランクでは17位です(文献2)。



    是非、世界のチャンピオンにもなってください。



    ーーーーー

    (参考文献)

    1)

    井山六冠が囲碁界史上初の七冠達成

    デイリースポーツ 420()1724分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160420-00000069-dal-ent


    2)
    2016
    0313日「脅威のコンピューター!囲碁で、世界最強プロ棋士に3連勝」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52248788.html

    熊本では、大きな震度の余震が続き、18日も最大震度5強の地震が起きましたが、16日をピークに、終息に向かっています。


    気象協会が発表するデータ(文献1)で、これまでの熊本地震の震度別頻度の推移をまとめて見ました。


    震度別地震の回数


    最大震度3の地震は、今後も数日は20~10/日程度おきそうですが、最大震度4以上の頻度は、大きく減っていきそうです。

    ーーー

    (参考文献)

    1.

    気象協会>地震情報

    http://www.tenki.jp/bousai/earthquake/

    気象庁の報道発表資料(文献1)から、熊本地震が16日1時に相変化をしたことが分かります。
     

    14日と15日には、布田川・日奈久断層帯の地震でしたが、16日午前1時25分ごろのM7.3以降は、阿蘇山麓と別府湯布岳を含めた3地域で同時に微弱地震群が発生しています。


    次図は、14日から16日までの震央の分布です。14日に日奈久断層帯で「本震」が発生した後、15日までは、布田川・日奈久断層帯で余震が発生していましたが、16日1時に布田川断層帯にM7.3の地震が「誘発」されると、それにより、阿蘇山山麓と由布岳近傍の二地域でも微小地震群が誘発されています。

    地震の時空間分布16時5時まで


    それ以降は、連続していない3地域で、同時に、微小地震が多発しています。

    地震の時空間分布


    16日の711分ごろに発生したM5.3地震の震源は、由布岳の北東です。

    16日7時の地震の震源


    次図は、この4日間の震央分布です。間が離れた3地域で地震が発生しています。別府・島原地溝帯の上ではありますが、16日以降に誘発された地震は、知られている活断層の上、ではありません。

    熊本地震の震度分布17日まで


    14日のM6.5地震と16日のM7.3地震の震度分布を比べると、16日地震では、別府・島原地溝帯をなぞるような分布です。

    14日と16日の地震の震度分布


    16日01時の地震が、最大震度は14日より小さかったのに、地震のエネルギーが16倍も大きかったのは、別府・島原地溝帯全体が動いたのかも知れません。

    ーーー

    (参考文献)

    1.

    「平成28年(2016年)熊本地震」について(第1~11報)

    気象庁、平成28年度新着情報、平成28年4月

    http://www.jma.go.jp/jma/press/kako.html?t=1&y=28

    熊本地震では、16日午前1時25分ごろに、最大震度は及ばないものの規模では、4/142126分の地震のマグニチュード6.416倍も上回る、最大震度6強でM7.3の地震が発生しました(文献1)。

    気象庁は、4/14の地震は「前震」であった、16日の地震が「本震」、と発表しました(文献1)。私は、前震、本震の名称は適切ではなく、4/16日の地震は、4/14の地震に「誘発」された地震と言うべき、と考えます。

    震央の分布(文献2)を見ると、14日と15日は、ほぼ同じですが、16日には、北東に拡大しています。

    震央分布の拡大


    14日の地震は、日奈久(ひなぐ)断層帯の高野-白旗区間の活動によるものですが、実は、震央分布は、その北の布田川(ふたがわ)断層帯にも及んでいました。


    布田川・日奈久断層帯は、茨城県から中央アルプス、紀伊半島、四国を通って、別府・島原地溝帯に至る、中央構造線(文献3)の西端に位置し、歪の蓄積が最も大きいと考えられる断層帯です。

    中央構造線


    日奈久断層帯北部で始まった地震が、連接する布田川断層帯に広がっただけでなく、従来活断層が確認されていなかった(下図参照、文献4)阿蘇山を越えて別府にまで拡大した、こういうことは、活断層地震では、前例がないでしょう。

    九州の活断層


    誘発地震は、これ以上は拡大してほしくないです。


    東北地方太平洋沖の様なプレート境界地震では、歪がためられている面積が極めて大きいために余震は長い間続くけれども、直下地震の余震は断層の面積が小さくて比較的速やかに収まるのが通常と考えますが、別府・島原地溝帯には相当のひずみがたまっている可能性があって、余震が長期化するかも知れません。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    熊本地震、死者計20人に 未明にM7.3の「本震」 

    2016/4/16 10:36 (2016/4/16 13:49更新)

    http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG16H3P_W6A410C1MM0000/

    2)

    2016年4月の震央分布図、気象協会

    http://www.tenki.jp/bousai/earthquake/seismicity_map/entries_by_month?year=2016&month=4

    3)

    中央構造線 Wikipedia

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E7%B7%9A

    4)

    産総研 活断層データベース、起震断層・活動セグメント検索

    https://gbank.gsj.jp/activefault/cgi-bin/search.cgi?search_no=j024&version_no=1&search_mode=2

    4/142126分に熊本県で、マグニチュード6.4、震源深さが10km、最大深度7の直下型地震が起きました(文献1)。

    熊本地震の震度分布


    死者が9人で、熊本城の石垣が崩れるなど、大きな被害が発生している様です。かなり大きな余震が続いている様ですが、これ以上、被害が大きくならないように、祈ります。


    路面が陥没した九州自動車道が通行止めとなり、車軸の大半が脱線しているといわれる九州新幹線が全線運休となったとのことで、生活物資が不足しないよう、物流の確保が必要です。


    地震調査委員会によれば、震源は、日奈久(ひなぐ)断層帯の高野-白旗区間の活動によると考えられる(文献2)、とのことです。

    震源分布
    日奈久断層帯


    この区間の地震は、最新活動時期が約1千6百年前以後、約1千2百年前以前と推定され、平均活動間隔は不明、とされています。M6.8 程度の地震が発生すると推定されていました。(文献3)今回の地震の規模M 6.4は予測にかなり近いです。


    この区間の地震は、平均活動期間が不明だったため、発生確率が言えなかったとのことですが、今回起きたことから、次は、1500年程度後、と言うことができます。

    九州の活断層


    ―――――

    (参考文献)

    1)

    熊本益城町で震度7=倒壊10棟以上、負傷者12人―火災も、強い余震続く

    時事通信 414()2134分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160414-00000179-jij-soci


    2)

    平成28 (2016 )熊本地震の評価

    平成28年4月15日

    地震調査研究推進本部、地震調査委員会

    http://www.static.jishin.go.jp/resource/monthly/2016/2016_kumamoto.pdf


    3)

    布田川断層帯・日奈久断層帯の評価(一部改訂)

    平成25年2月1 日

    地震調査研究推進本部 地震調査委員会

    http://jishin.go.jp/main/chousa/katsudansou_pdf/93_futagawa_hinagu_2.pdf


    4)

    産総研 活断層データベース、起震断層・活動セグメント検索

    https://gbank.gsj.jp/activefault/cgi-bin/search.cgi?search_no=j024&version_no=1&search_mode=2

    数日前4/1115時に1ドルが107円台になりました(文献1)。

    私は、1ドル80円の時、リーマンショック後の円高が異常であり、1ドル120円が、歴史的な相場であると主張し(文献2)、今後は、+/-10円の変動しかないだろう、と予測しました(文献3)。120円から10円以上下がってしまったのは、予測を越えてしまいました。しかし、しばらくすれば、120円に戻るに違いない、と考えます。

    下図に見るように、今年2月に入ってから急激に円高になっています(文献4)。その次の図に見るように、4年前の70円台からの推移だけ見ると、この2-3年間が異常な円安であり、100円以下に向かって進む、と考える人が多いことでしょう。

    直近のドル円相場


    過去7年ドル円相場


       

      しかし、文献2で示したように、より長期的に見ると、1985年のプラザ合意で円が急騰しましたが、その後は2007年まで20年にも亘って1ドル=120円程度でした。


    調長期ドル円相場


    このような長期間に亘ってほぼ一定というのはかなりの重みです。歴史的な適正レートは120円、と考えます。
     

    今回の円高から、変動幅を10円より一寸広げる必要がありますが、120円を中心に変動する、と言う状況は変わらないと考えます。  


    ーーーーーーー

    (参考文献)


    1)

    東京市場でも107円台=15カ月ぶり、株201円安

    時事通信 2016411()929分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160411-00000019-jij-bus_all

    2)

    20120906日 「ぐんぐん価格上昇する天然ガスーーー異常円高が是正された時に電気代の大幅上昇必至。製造業の衰退必至」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52078829.html

    3)

    20141206日 「円安加速、7年4か月ぶりに1ドル=121円台後半。食品値上げ、家計圧迫 輸入牛肉3割高ーーー歴史的に適正な相場。今後大きな変動はないだろう」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52181527.html

    4)

    YAHOO ファイナンス 米ドル/

    http://info.finance.yahoo.co.jp/fx/detail/?code=USDJPY=FX

    唐突な話題です。

    広島原爆資料館を一度訪れたことがあります。毎年式典が行われる原爆死亡者慰霊碑も行きました。その碑文が「安らかに眠って下さい
    過ちは 繰返しませぬから」となっており、論争があったのは承知ですが、わざわざ見ることはしませんでした。本当は、韓国、中国が日本にしつこく謝罪を求めるように、米国を強く糾弾すべき案件ですが、GHQの支配下でそれができない政治状況で、あのような文章しか書けなかったと私は理解するので、わざわざ悔しい思いをしたくないためもあったでしょう。


    日本は、一体、いつになったら、米国の原爆投下を非難し、謝罪を求めることができるのでしょう。


    尚、原爆関係の記念資料館などの建設は、
    GHQ支配下の1949年の5月に国会で可決され、77日の住民投票により公布、執行された、「広島平和記念都市建設法案」に基づき、広島市が主体となって行った事業の様です。

    慰霊碑の碑文は、浜井信三広島市長の言葉に準じて、雑賀忠義広島大学教授が撰文・揮毫したものとのことで、
    1952722日に碑文が決定され、86日に慰霊碑の除幕式が行われました。直後の810日の中国新聞に「原爆を投下したのは米国であるから、過ちは繰返させませんからとすべきだ」との投書が掲載されるなど、碑文論争が行われていますが、現在、広島市のホームページに、碑文改めるべきとの意見に対する考えが掲載されています。

    私は、1952年4月28日に主権を回復してから64年にもなる現在、碑文は、改めるべき、と考えます。


    以下に、碑文論争に関するいくつかの説明を転載します。

    ーーーーーー

    1.

    http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1137568968454/

    広島市、市民局国際平和推進部平和推進課

     電話:082-242-7831 /  FAX082-242-7452

    メールアドレス:peace@city.hiroshima.jp


    「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」という原爆死没者慰霊碑の碑文は、被害者である日本が「過ち」を犯したかのような文言となっており、改めるべきではないか。

    (回答)

     原子爆弾は、街を一瞬のうちに壊滅させ、罪もない子どもから老人まで多くの尊い命を奪いました。かろうじて生き残った人も、心と体に大きな痛手を受け、多くの被爆者が今なお苦しんでいます。わずか一発の原子爆弾が引き起こした、この悲惨な出来事を体験した広島市並びに広島市民は「核兵器は人類滅亡を引き起こす"絶対悪"である」という人類にとって最も重要な真実を直観し、「二度とヒロシマを繰り返してはならない」と決意しました。

    そして、原爆犠牲者の冥福を祈るとともに、戦争や核兵器の使用という過ちを繰り返さず人類の明るい未来を切り拓いていくことを誓う言葉として、広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻みました。碑文の趣旨は、原爆の犠牲者は、単に一国・一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならないというものです。

    つまり、碑文の中の「過ち」とは一個人や一国の行為を指すものではなく、人類全体が犯した戦争や核兵器使用などを指しています。

      碑が完成した昭和27年(1952年)から今日まで、碑文は被爆者や広島市民だけではなく核兵器廃絶と世界平和実現を求める全世界の人々にとって祈りと誓いの原点であり続けています。

       今日では、碑文に対する疑問の声はほとんど聞かれず、本市としては碑文の修正は全く考えておりません。

    ーーーーーー

    2.

    碑文論争wikipedia「原爆死没者慰霊碑」より抜粋)

    慰霊碑の石碑前面には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれている。


    この文章は、自身も被爆者である雑賀忠義広島大学教授が撰文・揮毫したもの。浜井信三広島市長が述べた「この碑の前にぬかずく
    11人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」に準じたものであった。


    この「『過ち』は誰が犯したものであるか」については、建立以前から議論があった。
    195282日、広島市議会において浜井市長は「原爆慰霊碑文の『過ち』とは戦争という人類の破滅と文明の破壊を意味している」と答弁している。

    同年
    810日の中国新聞には「碑文は原爆投下の責任を明確にしていない」「原爆を投下したのは米国であるから、過ちは繰返させませんからとすべきだ」との投書が掲載された。これにはすぐに複数の反論の投書があり、「広く人類全体の誓い」であるとの意見が寄せられた。浜井市長も「誰のせいでこうなったかの詮索ではなく、こんなひどいことは人間の世界にふたたびあってはならない」と、主語は人類全体とする現在の広島市の見解に通じる主張がなされている。

    インド人法学者のラダ・ビノード・パール(極東国際軍事裁判の判事)は、同年113日から4日間、講演のため広島を訪問した。慰霊碑を訪れる前日4日の講演(世界連邦アジア会議)でも、「広島、長崎に原爆が投ぜられたとき、どのようないいわけがされたか、何のために投ぜられなければならなかったか。」と、原爆投下と、投下を正当化する主張を強く批判していた。そして5日に慰霊碑を訪れた際、献花と黙祷の後に、通訳を介して碑文の内容を聞くと「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と、日本人が日本人に謝罪していると解釈し非難した。


    これを聞いた雑賀は、同年
    1110日パールに「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。」との抗議文を送った。


    このことをきっかけとして、主語は原爆死没者か日本人かアメリカ人もしくは世界人類か、「誰」が過ちを繰り返さないといっているのか。「繰返しませぬから」か「繰り返させませぬ」かといった碑文論争が行われた。


    なお雑賀による碑文の英訳は「
    Let all the souls here rest in peace ; For we shall not repeat the evil」で、主語は“We”(われわれは)、これは「広島市民」であると同時に「全ての人々」(世界市民である人類全体)を意味すると、雑賀が195211月に広島大学教養部での講義などで述べている。


    真珠湾攻撃の報道を受けたとき、当時の大多数の日本国民は開戦に狂喜した。雑賀忠義もその一人で、山田風太郎は『同日同刻』において、「その朝の授業は、鬼のあだ名で文科生にもっとも畏怖された雑賀教授の英語だった。廊下のマイクが臨時ニュースを伝えると、教授は廊下に飛び出して、頓狂な声で『万歳』を叫んだ」と記してい
    る。

     
    以前設置されていた慰霊碑碑文の説明板。現在は8ヶ国語表記になったためアクリル板表記になっているが、主旨は同じ


    1970
    211日には、「碑文は犠牲者の霊を冒涜している」と主張する「原爆慰霊碑を正す会」(岩田幸雄会長、児玉誉士夫顧問、荒木武相談役)なる市民グループによって碑文の抹消・改正を要求する運動が盛り上がった事があった。また、この運動を軍国主義的・民族主義的主張であると反発する市民グループが対抗して「碑文を守る会」を結成し、激しい論戦が繰り広げられた。

    この運動に対して、時の市長山田節男は「再びヒロシマを繰返すなという悲願は人類のものである。主語は『世界人類』であり、碑文は人類全体に対する警告・戒めである」という見解を示した。この見解が出されて以降、碑文の意図するところは、「日本」「アメリカ」といった特定の国の枠を超えて、全ての人間が再び核戦争をしないことを誓うためのものである、とする解釈が公式見解となった。

    また、
    1983年には、慰霊碑に主語としてトルーマンと記された札が貼り付けられる事件が発生、これを受けて広島市は、浜井市長の答弁を基にした説明版(日本語と英語で表記)を慰霊碑西側の池の中に設置した。説明板では「碑文はすべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である。」とあり、犠牲者への冥福と不戦の誓いの言葉であると解説されている。


    以上の経緯を経て、「碑文の主語は人類」が公式見解となり、大きな論争は無くなったと見られたが、現在も碑文は「日本人の過ち」と解釈される、もしくは「世界市民」という思想に批判的などの理由で、広島市側の見解が受け入れられていない事例も存在している。また、碑文の解釈に大きな論争が起きること自体、碑文の文章に問題があるという意見や、現在もアメリカ人の過半数は広島原爆投下を正しいと考えているのだから碑文の主語にアメリカ人を含めるのは妥当でないという意見も存在する。


    建立の経緯

    慰霊碑は1949年に成立した広島平和記念都市建設法の精神に則り、建立が計画された。


    慰霊碑の設計は丹下健三(当時東京大学助教授)が担当。平和記念公園の敷地内の、広島平和記念資料館と原爆ドームを結ぶ直線上に設置されている。原爆犠牲者の霊を雨露から守りたいという趣旨から、屋根の部分がはにわの家型をしている。中央の石室(石棺)には、国内外を問わず、亡くなった原爆被爆者すべての氏名を記帳した名
    簿が納められている。


    慰霊碑のデザインは、丹下健三が推薦した前衛彫刻家イサム・ノグチの案に一旦は内定した。ノグチのデザインは、原爆ドームを望む巨大なアーチ型の碑で、地上部分だけでなく大きな地下空間をも擁するものであった。しかし、丹下の恩師でもある岸田日出刀らが、日系アメリカ人というノグチの出自を理由に難色を示す意見を強硬に主張したため、ノグチ案を生かした形で丹下が再デザインすることになった。建設当時の屋根はコンクリート製であったが、老朽化のため
    1985年に一時撤去ののち現在の御影石製に改築されている。


    当時の広島市長浜井信三は、米国アーリントン公園の無名戦士の墓の慰霊碑に感動し、広島の慰霊碑にもぜひ碑文を刻みたいと思ったが、この碑に盛り込もうとしたのは「誓い」と「祈り」であった。
    石碑の碑文は、広島大学教授の雑賀忠義が浜井の依頼を受けて提案、揮毫した。


    ーーーーーーー

    3.

    広島平和記念都市建設法wikipediaより)

    広島市への原子爆弾投下によって廃墟となった広島市を復興させるため、国による補助率の引き上げや国有財産の譲与を認めることが検討された。

    1949年に当時の浜井信三市長を中心に特別立法誓願運動を時のGHQや外国人新聞記者、政府や各政党に対して働きかける。

    法案起草は広島出身で、参議院議事部長であった寺光忠が担当し、田中二郎東京大学教授、元(官選)広島県知事であった当時の都市計画協会理事長・飯沼一省の働きかけで都市建設関係機関等を委員とする広島原爆災害総合復興対策協議会が目を通した後、同年
    5月、国会において広島平和記念都市建設法案が可決。

    その後、同年
    77日に行われた日本国憲法第95条による初の住民投票において過半数賛成を得て、86日に公布・施行された。

    囲碁で、コンピューターが世界最強プロ棋士に3連勝したと言うニュースが飛び込んできました(文献1)。


    全く、衝撃的です。


    ーーー

    (将棋ソフトの歴史)

    知能を必要とするゲームでのコンピュータの人間との対戦は、チェスでは、IBMのコンピューターソフト、ディープ・ブルーが、1996年に世界チャンピオンのガルリ・カスパロフに6戦で1勝し、翌97年に2勝1敗3引き分けし(文献2)、人間トップのレベルになりましたが、相手に取られた駒が盤面から除かれるチェスより、取られた駒が相手に使われる将棋では、複雑さが一挙に増すので、そう簡単には人間に勝てないだろうと言われていました。

    しかし、コンピュータソフトは進化を続け、パソコン上で動く将棋ソフトの棋力がアマチュア三段くらいと言われたとき、私も買って、パソコンで勉強した時期があります。同じ局面を、嫌がらずに何回も相手してくれるので、パソコン相手の勉強は楽です。すごく強くなったわけではないですが、少しは強くなったように思います。

    コンピュータソフトの棋力がプロ棋士の名人レベルになったと考えた情報処理学会が、2010年に将棋連盟に挑戦状を送りました(文献3)。当時の将棋連盟会長米長邦雄永世棋聖は、「度胸と不遜な態度に感服した」として挑戦状を受理したそうです。

    そして、亡くなる約1年前で、68歳であったとはいえ、歴代5位のタイトルを獲得し、2003年に引退後、2005年から亡くなるまで将棋連盟会長であった米長邦雄永世棋聖が、コンピュータソフト「ぼんくらーず」に負けたと話題になったのが、2012年。

    これが、コンピューターソフトとプロ棋士が対戦する第一回将棋電王戦で、その後、2013年に第二回が、2014年に第3回が行われ、2015年電王戦ファイナルで、団体戦が終わっています。

    今は、「叡王戦」を勝ち上がったプロ棋士と、「電王トーナメント」を勝ち上がった将棋ソフトが対戦する新「電王」戦が始まります。山崎隆之初代叡王と、第3回電王トーナメント優勝ソフト「Ponanza」の2番勝負が4月と5月に行われます(文献4)。

    6年前に将棋連盟に不遜な挑戦状を突き付けた情報処理学会は、コンピューターは人間を越えた、として、昨年10月にプロ棋士との対戦プロジェクトの終了を宣言しています(文献5)。

    尚、情報処理学会のプロ棋士との対戦プロジェクトの責任者である松原仁公立はこだて未来大学教授は、私の勤務先であった電子技術総合研究所に入所してきた際、将棋のアマ5段と言うことで有名でした。将棋ではアマ3段でも相当な強豪であり、5段だとプロ棋士に近いレベルです。


    ーーーーー

    (コンピューター囲碁)

    将棋の盤面は9x9ですが、19x19路の囲碁では、場合の数が極めて多く、コンピューターソフトの棋力は、全くの初歩である、アマチュア9級くらい、と言われていました。

    私が勤務していた電総研に、囲碁のソフトを研究している方がいました。ご本人はアマ五段くらいの腕前でした。彼は、石のポテンシャルを考えて、囲碁ソフトを開発している、と説明してくれました。一つの黒石にあるポテンシャルを考え、そのポテンシャルに影響を受けない新天地に白石を置き、新たなポテンシャルを作る、あるいは、既に存在する白石の力を借りて、黒石が作るポテンシャルを消しにかかる、と言う方法であろう、と理解しました。


    アマチュア67段は、プロ初段くらいに相当するでしょうか。プロ初段とプロトップとも雲泥の差です。私は、囲碁で、コンピューターがプロトップ棋士と対戦するのは、はるか先のことと考えていました。将棋ソフトは買った私ですが、囲碁ソフトを買おうと考えたことはありませんでした。

    その後、囲碁ソフトの進歩は全然注目していませんでしたが、人間と対戦するようになったと聞いて驚きました。しかも今回の相手は、世界のトップの韓国のプロ棋士です。昔は、日本が囲碁の先進国で、中国、韓国に指導に行っていましたが、藤沢秀行氏は、そのうちに彼らは日本を追い越す、と言っていました。その言葉通り、しばらくすると、国際大会で、中国、韓国の棋士に負けるようになり、最近は、日本は殆ど歯が立たなくなっています。


    今回、コンピュータと対戦したのは、その韓国でもトップのイ・セドル(李世
    )でした。2016年3月時点での世界棋士ランキング(文献6)によると、イ・セドル氏は、韓国で2位、世界で4位にランクされています。

    日本では、井山裕太氏が7大タイトルの内6冠を獲得しており、残る十段戦を獲得すれば、史上初の全7冠制覇を達成しますが、3月8日に行われた第一局で伊藤篤史十段に中押し勝ちし、第二局は23日です(文献7)。3勝すれば、7冠になります。

    このように、日本では敵なしの井山裕太氏ですが、世界ランクでは17位です。つい先日、3月4日にも、世界最強戦で、井山裕太氏はイ・セドル氏に中押し負けしています(文献8)。


    そのイ・セドル氏が、グーグル社の傘下のディープマインド社が開発した「アルファ碁」に、3戦連続で、中押し負けしました。完敗です。

    コンピューター恐るべし!です。


    ーーーーーーーー

    (参考文献)

    (1)

    囲碁人工知能、「深層学習」で最強棋士に3連勝

    読売新聞 312()1741分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160312-00050073-yom-ent


    (2)

    Wikipedia コンピューターチェス

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9#.E4.BA.BA.E9.96.93.E3.81.AB.E5.8B.9D.E3.81.A4.E3.81.BE.E3.81.A7


    (3)

    Wikipedia コンピューター将棋

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%B0%86%E6%A3%8B#.E4.BA.BA.E9.96.93.E3.81.A8.E3.81.AE.E5.AF.BE.E5.B1.80


    (4)「第1期電王戦」詳細発表、

    2016年2月10日 日本将棋連盟

    http://www.shogi.or.jp/topics/event/2016/02/_1_2.html


    (5)

    コンピュータ将棋プロジェクトの終了宣言

    20151011日 情報処理学会

    http://www.ipsj.or.jp/50anv/shogi/20151011.html


    (6)

    世界棋士レーティング(囲碁)

    http://sports.geocities.jp/mamumamu0413/total.html


    (7)
    囲碁の井山名人、十段戦で先勝 七冠独占の偉業へ前進

    朝日新聞デジタル 38()213分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160308-00000059-asahi-ent


    (8)

    17回 農心辛ラーメン杯 世界囲碁最強戦

    日本棋院

    http://www.nihonkiin.or.jp/match/noshin/017.html

    記事書きをさぼって、丁度半年になります。この間、相変わらずの、能率が悪く忙しい、生活を送っていました。一部の方には、私の安全についてご心配をおかけした様で、申し訳ありませんが、ご安心ください。


    20113/11の東日本太平洋沖地震から、今日で、丁度5年になりました。


    震度5強の地の5階の居室で、崩れる本棚を前に、揺れで身動きもできず机にしがみついた記憶、一旦揺れが収まって、下に降りたのち、再び大きな揺れが始まり、止まっていたトラックが倒れんばかりに揺れ、11階建ての建物が、今にも折れそうなばかりに大きく揺れる姿を見た記憶、等々は、まだ鮮明です。


    その数日後、福島原発で原子炉の冷却水が止まったニュースでは、日本が終わりになるかもと言う恐怖感に襲われ、九州などへの避難も考えたものの、東北に止まらざるを得ない多数の人々がおられることに思いが至り、運命を共にする覚悟をしました。


    自分の気持ちが落ち着くと、恐怖で安らかに眠れない方がおられることが耳に入りました。分からないが故の恐怖で怯えている方々の気持ちを少しでも和らげるため、事態を科学的に理解する多くのブログを書くことになりました。私のブログを読んで心が休まった、と言う声をこれまで幾つかお聞きしましたが、科学者冥利につきます。


    ブログ記事を書くために、余震や原子炉など、知らなかった多くのことを調べることになり、多くの新たな知識が得られたのは、皮肉に、地震および原発事故の、おかげ、です。私が生きているうちに二度と起こることはないですが、次には、全く動揺することなく、対処できるでしょう。

    当時、危険を煽った人々が多数出現し、それにより多くの人々が恐怖におののいたので、危険を煽る人々を強く非難しました。この5年の経過から、彼らが間違っていたことが明らかです。危険を煽る言葉は少なくなりましたので、本ブログで、改めて、否定する必要もないと思います。

    本ブログを始めた目的は、科学の楽しさを多くの人に伝えることでした。一昨年からは、中国に赴任したことから、中国の普通の人々の生活をお伝えしてきました。中国での仕事は残り
    15か月です。中国でわれわれが生活することと、見聞きしたことを紹介することが、日中関係改善に役立つならば、中国赴任を引き受けた最大の目的が果たせることであり、最高の嬉びです。

    これからも、ぼつぼつと、つれづれに感じたことを書くつもりです。よろしくお願いします。

    その気配は、昨年年初からありました(文献1、2)が、中国が、反日政策を転換するだろうことを示唆する、記事が出ました。

    中国の財政相が、中国経済の深刻さを、G20で表明したことを、財政省が発表したそうです(文献2)。

    軍の強硬派が、自らの存在意義を主張するため、覇権主義的な言動を繰り返してきましたが、世界からの支援を得ないと成り立たない経済状況になっていることで、軍部の発言力が低下しているでしょう。今後は、中国は、世界と、とりわけ日本と、協力する姿勢を強くするでしょう。反日政策は転換されるでしょう。

    ーーーーー

    こちらに来て、会う人会う人、中国人は、日本が好きです。こちらに長年住んでいる2012年の反日暴動を経験した日本人からは、気を付けろと言われますが、私は、鈍感だからでもあるでしょうが、日本が嫌いな中国人にあったことがありません。中国人は、日本が大好きです。反日は、貧富の差が広がり、汚職、腐敗は広がり、と言う、共産党の失政から、国民の目をそらすための政策に過ぎません。

    これまでの破竹の勢いの経済成長下では、世界を敵に回しても、反日で、国内の不満をそらすことができましたが、経済成長が止まると、反日では、不満をそらせません。経済成長が、中国共産党の唯一の権力のよりどころでした。良い職に就けるから、が共産党員になる最大の理由でした。経済成長が止まると、権力のよりどころがなくなります。

    これまでの破竹の勢いの経済成長は止まりつつあります。止まっています。

    まだ中国の数か所しか見ていませんが、どこもかしこもゴーストタウンです。寧夏省の巨大プロジェクトも、まさに役人が計画した、箱モノの、実体の伴わない、バブルな計画であり、明らかに、気が遠くなる巨額の不良債権が蓄積しています。

    7%成長どころか、政府の巨額プロジェクトのツケを考慮すると、マイナス成長かも知れません。中国は、日本の協力なしではやっていけないのではないでしょうか。

    反日政策は、大きく転換するでしょう。反日は、なくなるでしょう。

    私が中国にやってきた最大の目的は、日中友好に貢献するためです。その私の希望が大いに込められた、見通しです。


    ーーーー

    (参考文献)

    1)

    2014080808:00 「日中関係改善の足音ーー領海侵入が減っている尖閣諸島。4月に胡耀邦の長男が安倍総理と面会。5月に高村副総裁が中国ナンバー3らと、7月末に福田元首相が習主席と会談」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52163888.html

    2)

    2014100408:53

    「日本理解の勧め」説く=中国共産党系紙が異例の文章掲載(9/11)---日中関係改善の足音は、かなり高くなった

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52172584.html



    3)

    <G20>中国「5年は苦難の調整」 生産・在庫が過剰

    毎日新聞 96()2345分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150906-00000089-mai-bus_all

    ◇楼継偉財政相が経済の先行きの見通しを示す

     【北京・井出晋平】世界連鎖株安の震源地となった中国の楼継偉財政相が、中国経済の先行きについて「今後5年間は構造転換の陣痛期になる。苦難の調整過程になるだろう」との見通しを示したことが6日明らかになった。

    トルコの首都アンカラで5日まで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議での発言として、中国財政省が6日発表した。中国の閣僚が厳しい経済運営が続くとの認識を示すのは異例だ。

      楼財政相は「構造転換の陣痛期」について「過剰生産や過剰在庫の解消には数年間が必要」と説明した。

      中国は2008年のリーマン・ショック後、4兆元(約80兆円)の大型景気対策を実施し、世界経済の回復をけん引した。だが、鉄鋼や石炭、セメントなどの主要産業の設備が過剰となり、生産活動が停滞。今年7月の工業生産は前年同月比6.0%増と前月の伸び(6.8%増)を下回った。7月の新車販売台数は7.1%減と4カ月連続で前年割れし、在庫が拡大している。

      また、不動産への巨額投資で相次いで建設された大型マンションなどが大量に売れ残り、ゴーストタウンが各地で出現している。

      習近平指導部は、中国経済を投資依存の高成長から消費主導の安定成長に構造転換させることを目指しており、楼財政相は「構造転換に伴う主要な改革は20年までに完成させる必要がある」と表明。だが、非効率な国有企業が温存されるなど投資依存からの脱却は難航が必至で、「消費主導への転換は苦難の調整過程になるだろう」と認めた。

      今回のG20は中国経済に議論が集中し、各国が構造転換を求める展開となった。中国は楽観的な景気見通しを前面に出すことが多かったが、今回は厳しい現状を説明する異例の対応に追い込まれたとみられる。


     
     ◇中国の経済成長

      改革・開放政策が始まった1979年以降、高成長が続き、国内総生産の成長率は物価変動を除いた実質で10%を超す年も多かった。2010年には名目GDPで日本を上回り、米国に次ぐ世界2位になった。だが、今年1~3月期の実質成長率は前年同期比7.0%とリーマン・ショック直後の09年1~3月期以来の低水準に悪化。4~6月期の成長率も7.0%だが、「実態はもっと悪いのでは」との指摘もある。

    抗日戦勝利70周年記念式典がどのようなものか、式典の始まりから午前中ずっと、テレビを見ました。テレビ画面をカメラに残しましたので、幾つかをご紹介します。


    抗「日」戦勝利でなければ、楽しめた、式典でした。


    ロシアのプーチン大統領と韓国朴大統領が習近平氏の両隣を歩き、藩基文国連事務総長の顔も見えました。


    記念写真


    参加者

    天安門の周辺



    午後のニュースで式典の画面が放送されましたが、タイトルは日本が外れた、抗戦勝利70周年記念、になっています。

    午後のニュース


    2年前に国家主席にして間もない習近平氏が、求心力を高めるために国威発揚の大きなイベントをしたく思うのは理解できます。毛沢東が中華人民共和国の建国を宣言したのが1949年なので、10年の切のよい記念式典を行うとすると4年後で、習近平氏の任期の半ばを過ぎるので、あまり適当ではありません。第二次大戦終結70周年の今年が、時期的には適当と考えるのも理解できます。


    軍事パレードは胡錦濤時代の5割増しだそうで、力の入れ具合が分かります。

    そして、スピーチで、兵力30万人減を発表したそうです(文献2)。(1年強経ったのに、まだ中国語が聞き取れません。残念です。)


    抗日戦勝利として、ことさら日本を名指しせず、第二次大戦終了、を前面に打ち出していたら、日本も参加できたでしょうに。


    習近平氏はしきりに「平和」を言葉にしたので、この記念日を境に、中国が近隣諸国に警戒感を与えないような行動をするよう、期待します。



    ーーーー
    (参考文献)
    1)

    異例づくめの習近平的「大閲兵式」

    すべては「正統性」確立のために

    日経ビジネスon line 201592日(水)

    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/083100012/?rt=nocnt


    2)

    <中国>「戦勝」初パレード 習主席「30万人兵削減」

    毎日新聞 93()1149分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150903-00000025-mai-cn

    明日9/3(木)は、抗日戦勝利記念日で、今年から休日になったことは知っていましたが、今日、3連休、と聞きました。金曜日が休みで、その代わりに日曜日が出勤日になるようです。中国では、3連休、が良くありますが、このような形態で、実質的には、祝日のみが休みです。


    日本が東京湾上のミズーリ号で降伏調印をしたのが1945年の9月2日で、翌日から三日間を休日にしたのが、抗日戦勝利日の由来だそうです。今年は、70周年と言うことで、盛大に記念式典を催すのですが、「抗日戦」と銘打っては、日本人は、誰も参加できません。

    と思っていたら、村山富市元首相が個人の立場で、軍事パレードにも参加するそうです。大変、残念です。

    安倍首相が、出席を検討していたと聞いたので、一体に何を考えているんだ!と驚きましたが、最終的に欠席で、良かったです。


    記念式典に出席するのは、以下の国と地域、とのことです(文献)。


    こちら中国では、連日、特別番組を組んでいます。特集番組では「抗日戦勝利70周年」ではなく、「抗戦勝利70周年」が多い様に感じました。

    街の様子には、今日まで、変化は見えません。明日になると、爆竹くらいはなるのでしょう。



    女子儀仗兵もパレードをしますが、テレビの取材に、女子兵自身が身長を答えました。178cmだそうです。男子兵は、一番低いのが190cmだそうです。


    (出席者)

    【首脳級】(30人)


    ベラルーシ大統領、ボスニア・ヘルツェゴビナ大統領評議会議長、カンボジア国王、チェコ大統領、コンゴ民主共和国大統領、エジプト大統領、カザフスタン大統領、キルギス大統領、ラオス国家主席、モンゴル大統領、ミャンマー大統領、パキスタン大統領、韓国大統領、ロシア大統領、セルビア大統領、南アフリカ大統領、スーダン大統領、タジキスタン大統領、東ティモール大統領、ウズベキスタン大統領、ベネズエラ大統領、ベトナム国家主席、エチオピア首相、バヌアツ首相、


    アルゼンチン副大統領、キューバ国家評議会第1副議長、アルジェリア下院議長、ポーランド下院議長、北朝鮮・朝鮮労働党書記、タイ副首相


    【政府代表】(19人)


    オーストラリア退役軍人相、ブラジル国防相、フランス外相、ハンガリー外相、インド外務副大臣、イタリア外相、リビア外相、マレーシア首相特使、オランダ国務相、チュニジア国防相、

    ニュージーランド元副首相、シンガポール元副首相、イギリス前司法相、


    カナダ駐中国大使ら大使館員、ドイツ(同)、ルクセンブルク(同)、パプアニューギニア(同)、米国(同)、EU(同)


    【国際・地域組織】(10人)


    国連事務総長、世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国連工業開発機関(UNIDO)、赤十字国際委員会(ICRC)、独立国家共同体(CIS)、上海協力機構、上海協力機構地域対テロ執行委員会、集団安全保障条約機構、アジア相互協力信頼醸成措置会議


    中国の抗日戦勝70周年式典に49カ国が参加へ


    北京=林望


    ーーーーー
    (参考文献)

    朝日新聞デジタル
       20158260038

    http://www.asahi.com/articles/ASH8T5TT2H8TUHBI02X.html

    日本共産党の日本人民共和国憲法(草案)(1946629日発表)

    http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/02/119/119tx.html



    前文

     第一章 日本人民共和国

     第二章 人民の基本的権利と義務

     第三章 国会

     第四章 政府

     第五章 国家財政

     第六章 地方制度

     第七章 司法

     第八章 公務員

     第九章 憲法改正



    前文

    天皇制支配体制によつてもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類の生命と財産の大規模な破壊、人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであつた。この天皇制は欽定憲法によつて法制化されてゐた様に、天皇が絶対権力を握り人民の権利を徹底的に剥奪した。それは特権身分である天皇を頂点として、軍閥と官僚によつて武装され、資本家地主のための搾取と抑圧の体制として、勤労人民に君臨し、政治的には奴隷的無権利状態を、経済的には植民地的に低い生活水準を、文化的には蒙昧と偏見と迷信と盲従とを強制し、無限の苦痛をあたへてきた。これに反対する人民の声は、死と牢獄とをもつて威嚇され弾圧された。この専制的政治制度は日本民族の自由と福祉とに決定的に相反する。同時にそれは近隣植民地・半植民地諸国の解放にたいする最大の障害であつた。

    われらは苦難の現実を通じて、このやうな汚辱と苦痛にみちた専制政治を廃棄し、人民に主権をおく民主主義的制度を建設することが急務であると確信する。この方向こそかつて天皇制のもとにひとしく呻吟してきた日本の人民と近隣諸国人民との相互の自由と繁栄にもとづく友愛を決定的に強めるものである。

    ここにわれらは、人民の間から選ばれた代表を通じて人民のための政治が行はれるところの人民共和政体の採択を宣言し、この憲法を決定するものである。天皇制はそれがどんな形をとらうとも、人民の民主主義体制とは絶対に相容れない。天皇制の廃止、寄生地主的土地所有制の廃絶と財閥的独占資本の解体、基本的人権の確立、人民の政治的自由の保障、人民の経済的福祉の擁護――これらに基調をおく本憲法こそ、日本人民の民主主義的発展と幸福の真の保障となるものである。日本人民の圧倒的多数を占める勤労人民大衆を基盤とするこの人民的民主主義体制だけが帝国主義者のくはだてる専制抑圧政治の復活と侵略戦争への野望とを防止し、人民の窮極的解放への道を確実にする。それは人民の民主的祖国としての日本の独立を完成させ、われらの国は国際社会に名誉ある当然の位置を占めるだらう。日本人民はこの憲法に導かれつつ、政治的恐怖と経済的窮乏と文化的貧困からの完全な解放をめざし、全世界の民主主義的な平和愛好国家との恒久の親睦をかため、世界の平和、人類の無限の向上のために、高邁な正義と人道を守りぬくことを誓ふものである。



    第一章 日本人民共和国

    第一条 日本国は人民共和制国家である。

     第二条 日本人民共和国の主権は人民にある。主権は憲法に則つて行使される。

     第三条 日本人民共和国の政治は人民の自由な意志にもとづいて選出される議会を基礎として運営される。

     第四条 日本人民共和国の経済は封建的寄生的土地所有制の廃止、財閥的独占資本の解体、重要企業ならびに金融機関の人民共和政府による民主主義的規制にもとづき、人民生活の安定と向上とを目的として運営される。

     第五条 日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。



    第二章 人民の基本的権利と義務

    第六条 日本人民共和国のすべての人民は法律の前に平等であり、すべての基本的権利を享有する。

     第七条 この憲法の保障する基本的人権は不可侵の権利であつて、これを犯す法律を制定し、命令を発することはできない。

     政府が憲法によつて保障された基本的人権を侵害する行為をなし、またかやうな命令を発した場合は人民はこれに服従する義務を負はない。

     第八条 人民は日本人民共和国の法律と自己の良心以外にはどんな権威またはどんな特定の個人にたいしても服従または尊敬を強要されることはない。人種、民族、性別、信教、身分または門地による政治的経済的または社会的特権はすべて廃止され今後設置されえない。皇族、華族の制度はこれを廃止する。称号、勲章その他の栄典はどんな特権をも伴はない。かやうな栄典の授与はあたへられた者にたいしてのみ効力をもつ。

     第九条 人民は民主主義的な一切の言論、出版、集合、結社の自由をもち、労働争議および示威行進の完全な自由を認められる。

    この権利を保障するために民主主義的政党ならびに大衆団体にたいし印刷所、用紙、公共建築物、通信手段その他この権利を行使するために必要な物質的条件を提供する。

     民主主義的大衆団体の国際的聯繋の自由は保障され助成される。

     第十条 人民に信仰と良心の自由を保障するため宗教と国家、宗教と学校は分離され、宗教的礼拝、布教の自由とともに反宗教的宣伝の自由もまた保障される。

     第十一条 人民は居住、移転、国外への移住、国籍の離脱ならびに職業選択の自由をもつ。

     第十二条 人民の住宅の不可侵と通信の秘密は法律によつて保護される。

     第十三条 人民は身体の不可侵を保障され、何人も裁判所の決定または検事の同意なしには逮捕拘禁されることはない。

    公務員による拷問および残虐な行為は絶対に禁止される。

     第十四条 何人も裁判所で裁判を受ける権利を奪はれず、裁判は迅速公平でなければならない。

     第十五条 人民を抑留、拘禁した場合、当該機関は例外なく即時家族もしくは本人の指名する個人に通知しなければならない。また本人の要求があれば拘束の理由は直ちに本人および弁護人の出席する公開の法廷で明示されなくてはならない。

     第十六条 何人も自己に不利益な供述をすることを強要されない。強制、拷問または脅迫のもとでの自白もしくは不当に長期にわたる抑留または拘禁の後の自白は、これを証拠とすることはできない。何人も自己に不利益な自白だけによつては有罪とされず、または刑罰を科せられない。

     第十七条 被告人はどんな場合にも弁護の権利を保障され、事件の資料について精通する権利と法廷において自国語で陳述する権利とを保障される。

     第十八条 どんな行為もあらかじめ法律によつてこれにたいする罰則を定めたものでなければ刑罰を科せられない。刑罰は犯罪の重要さに応じて科せられる。何人も同一の行為のために二度処罰されることはない。

     第十九条 死刑はこれを廃止する。

     第二十条 国家は裁判の結果無罪の宣告をうけた被告人にたいしては精神上、物質上の損害を賠償しなければならない。

     第二十一条 受刑者の取扱ひは人道的でなければならない。受刑者の労賃と労働時間は一般企業の労働条件を基準として決定される。

     女子の被拘禁者にたいしては特にその生理的特性にもとづく給養を保障し、妊娠、分娩の際には衛生的処置を保障しなければならない。

     第二十二条 刑罰は受刑者の共和国市民としての社会的再教育を目的とする。受刑者にたいして合法的に科された刑罰を更に加重するやうな取扱を行つた公務員はその責任を問はれる。

     第二十三条 受刑者を含む被拘禁者にたいして進歩的民主主義的出版物の看読を禁止することはできない。

     第二十四条 勤労にもとづく財産および市民としての生活に必要な財産の使用・受益・処分は法律によつて保障され、その財産は相続を認められる。社会的生産手段の所有は公共の福祉に従属する。財産権は公共の福祉のために必要な場合には法律によつて制限される。

     第二十五条 人民は性別を問はずすべての国家機関の公務員に選任される権利をもつ。

     第二十六条 人民は個人または団体の利害に関しすべての公共機関に口頭または文書で請願または要求を提出する権利をもつ。何人もこの請願または要求をしたためにどんな差別待遇もうけることはない。

     第二十七条 女子は法律的・経済的・社会的および文化的諸分野で男子と完全に平等の権利をもつ。

     第二十八条 婚姻は両性の合意によつてのみ成立しかつ男女が平等の権利をもつ完全な一夫一婦を基本とし純潔な家族生活の建設を目的とする。社会生活において家長および男子の専横を可能とする非民主的な戸主制ならびに家督相続制はこれを廃止する。夫婦ならびに親族生活において女子にたいする圧迫と無権利とをもたらす法律はすべて廃止される。

     第二十九条 寡婦およびすべての生児の生活と権利は国家および公共団体によつて十分に保護される。

     第三十条 人民は労働の権利をもつ。すなはち労働の質と量にふさはしい支払をうける仕事につく権利をもつ。この権利は民主主義的経済政策にもとづく失業の防止、奴隷的雇傭関係および労働条件の排除、同一労働に対する同一賃銀の原則、生活費を基準とする最低賃銀制の設定によつて現実に確保され、労働法規によつて保障される。

     第三十一条 勤労者の団結権、団体交渉・団体協約その他団体行動をする権利は保障される。被傭者は企業の経営に参加する権利をもつ。

     第三十二条 労働の期間および条件は労働者の健康、人格的威厳または家庭生活を破壊するものであつてはならない。十八歳以下の未成年者はその身心の発達を阻害する労働にたいして保護され、十六歳以下の幼少年労働は禁止される。

     第三十三条 人民は休息の権利をもつ。この権利は一週四十時間労働制、一週一日・一年二週間以上の有給休暇制、休養のための諸施設ならびに労働諸法規によつて保障される。

     第三十四条 勤労婦人は国家および雇主からその生理的特性にたいする配慮をうけ、産前産後の有給休暇、母子健康相談所、産院、保育所等の設備によつてその労働と休息の権利を保障される。

     第三十五条 人民は老年、疾病、労働災害その他労働能力の喪失および失業の場合に物質的保障をうける権利をもつ。この権利は国家または雇主の負担による労働災害予防設備、社会保険制度の発展、無料施療をはじめとする広汎な療養施設によつて保障される。

     第三十六条 家のない人民は国家から住宅を保障される権利をもつ。この権利は国家による新住宅の大量建設、遊休大建築物、大邸宅の開放、借家人の保護によつて保障される。

     第三十七条 すべての人民は教育をうけ技能を獲得する機会を保障される。初等および中等学校の教育は義務制とし、費用は全額国庫負担とする。上級学校での就学には一定条件の国庫負担制を実施する。

     企業家はその経営の便宜のために被傭者の就学を妨げることはできない。

     第三十八条 日本人民共和国は人民の科学的研究、芸術的創造の自由を保障し、人民のあらゆる才能と創意の発展を期し、研究所、実験所、専門的教育機関、文化芸術諸施設を広汎に設置する。

     第三十九条 日本人民共和国は民主主義的活動、民族解放運動、学術的活動のゆゑに追究される外国人にたいして国内避難権を与へる。

     第四十条 日本人民共和国に居住する外国人の必要な権利は法律によつて保障される。

     第四十一条 人民は日本人民共和国の憲法を遵守し、法律を履行し、社会的義務を励行し、共同生活の諸規則に準拠する義務をもつ。



    第三章 国会

    第四十二条 日本人民共和国の最高の国家機関は国会である。

     第四十三条 国会は主権を管理し人民にたいして責任を負ふ。

    第四十四条 国会はつぎの事項を管掌する。

     一 内外国政に関する基本方策の決定

     二 憲法の実行の監視

     三 憲法の変更または修正

     四 法律の制定

     五 予算案の審議と確認

     六 政府首席の任免と首席による政府員の任免の確認

     七 国会常任幹事会の選挙、国会休会中において常任幹事会の発布した諸法規の確認

     八 人民から提出された請願書の裁決

     九 日本人民共和国最高検事局検事の任命

     十 会計検査院長の任命

     十一 各種専門委員会の設置

     第四十五条 国会は法律の定める定員数からなる代議員によつて構成される一院制議会である。

     第四十六条 日本人民共和国の立法権は国会だけがこれを行使する。

     第四十七条 代議員として選挙され、かつ代議員を選挙する資格は、政治上の権利を有する十八歳以上のすべての男女に与へられる。選挙権、被選挙権は定住、資産、信教、性別、民族、教育その他の社会的条件によるどんな差別、制限をも加へられない。

     第四十八条 代議員の選挙は比例代表制にもとづき平等、直接、秘密、普通選挙によつて行はれる。

     第四十九条 代議員はその選挙区の選挙民にたいして報告の義務を負ふ。選挙民は法律の規定に従つて代議員を召還することができる。

     第五十条 国会は四年の任期をもつて選挙される。

     第五十一条 国会は代議員の資格を審議する資格審査委員会を選挙する。国会は資格審査委員会の提議により個々の代議員の資格の承認または選挙の無効を決定する。

     第五十二条 国会は必要と認めた場合にはすべての問題に関して査問委員会および検査委員会を任命する。すべての機関および公務員はこれらの委員会の要求に応じて必要な資料と書類を提供する義務を持つ。

     第五十三条 国会の会期は年二回を原則とする。臨時国会は国会常任幹事会の決定および代議員三分の二以上の要求によつて召集される。

     第五十四条 国会は代議員数の三分の二以上の出席によつて成立する。

     第五十五条 法律は国会において代議員の単純多数決によつて成立し、国会常任幹事会議長および書記の署名をもつて公布される。

     第五十六条 国会における議事はすべて公開とする。

     第五十七条 国会は議長一名、副議長二名を選挙し、議事の進行、国会内の秩序の維持にあたらせる。

    第五十八条 代議員は国会の同意がなくては逮捕されない。国会の休会中は国会常任幹事会の承認を必要とし次期国会の同意を要する。

     第五十九条 国会には代議員の三分の二以上の決議にもとづき解散を告示する権限がある。

     第六十条 国会の任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、四十日以内に総選挙が施行される。

     第六十一条 総選挙施行後三十日以内に前国会常任幹事会は新国会を召集する。

     第六十二条 国会は二十五名の国会常任幹事会を選挙する。

     第六十三条 国会常任幹事会は議長および副議長各一名を選挙し、議長は日本人民共和国を代表する。

     第六十四条 国会常任幹事会はつぎの事項を管掌する。

     一 国会の召集および解散、総選挙施行の公告

     二 国会休会中政府首席による政府員の任免の確認 ただしこれについては国会の事後確認を必要とする

    三 国会の決定による人民投票の施行の公告

     四 政府の決定および命令のうち法律に合致しないものの廃止

     五 赦免権の行使

     六 国際条約の批准

     七 外国における日本人民共和国全権代表の任命および召還

     八 日本駐剳外国代表者の信任状および解任状の受理

     九 民主的栄典の授与

     第六十五条 国会の任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、国会常任幹事会は新たに選挙された国会によつて、新国会常任幹事会が選出されるまでこの権限を保持する。



    第四章 政府

    第六十六条 政府は日本人民共和国の最高の行政機関である。政府首席は国会によつて任命され、首席の指名にもとづき国会の承認をえた政府員とともに政府を構成する。

     第六十七条 政府は国会にたいして責任を負ひ、国会の休会中は国会常任幹事会にたいして責任を負ふ。各政府員は政府の一般政策について全体的に、個人的行動については個人的に責任を問はれる。

     第六十八条 国会が政府にたいする不信任案を採択した場合には政府は総辞職する。

     第六十九条 政府は次の事項を管掌する。

     一 一般的中央行政事務の遂行のために現行諸法規にもとづいて決定又は命令を発布し、かつその執行を検査すること

    二 各省およびその管轄下にある国家の諸機関を統一的に指導すること

    三 日本人民共和国の発展、公共の秩序の維持および基本的人権の保障のために必要な諸措置の施行

     四 各省に附属する特別委員会または事務局の組織

     五 対外関係の一般的指導

    六 政府の権限に関する問題につき各省の訓令または指令もしくは地方議会の決定または命令で国法に合致しないものの取消

     第七十条 政府の命令は日本人民共和国の全領域にわたつて施行される。

     政府の命令の公布には当該政府員の署名と首席の副署とを必要とする。



    第五章 国会財政

    第七十一条 国家財政の処理には国会の議決を必要とする。

     第七十二条 租税の賦課および徴収は変更されない限り一年を限つて効力をもつ。消費税はこれを廃止する。

     第七十三条 国費の支出または国家債務の負担は国会の議決を経るを必要とする。

     第七十四条 政府は毎会計年度の予算を作成し、国会の審議をうけ承認をえなければならない。事業計画については政府は毎年事業計画書を作成し、国会に提出しなければならない。

     第七十五条 国家財政の決算はすべて毎年会計検査院の検査をうけ、政府は次年度にその検査報告とともにこれを国会に提出しなければならない。

     会計検査院長は国会によつて任命され、職務の遂行につき国会に責任を負ふ。

     会計検査院の組織と権限は法律によつて定められる。



    第六章 地方制度

    第七十六条 日本人民共和国はその領土内に、地方制度(村、町、市、県等)を認める。地方制度は法律にもとづいて運営される。

     第七十七条 地方制度は第四十七条、第四十八条を基準とする選挙法によつて選挙される地方議会(村会、町会、市会、県会等)を基礎として運営される。

     第七十八条 各級の地方議会はそれぞれの行政機関を選任する。行政機関はそれぞれの地方議会ならびに上級機関に責任を負ふ。

     第七十九条 各級の地方議会はそれぞれの行政機関の活動を統轄し地方予算を審議、確認し、法律の範囲内において地方的問題を議決しまたは命令を発布する。

     第八十条 政府機関の地方支部の活動は地方の権力機関の行政と合致するやう法律によつて調整される。



    第七章 司法

    第八十一条 日本人民共和国における裁判は人民の基本的権利の尊重を根本精神とし、人民の名により最高裁判所、地方裁判所、地区裁判所によつて行はれる。

     第八十二条 裁判はこれを公開しその審理には陪審員の参加が必要である。

     第八十三条 日本人民共和国の最高裁判機関は最高裁判所である。

     第八十四条 最高裁判所の裁判官は国会の推薦にもとづき人民の信任投票によつて五年の任期をもつて選任される。

     第八十五条 各下級裁判所の裁判官はそれぞれ地方の議会の推薦にもとづきそれぞれの地域の人民の信任投票によつて四年の任期をもつて選任される。

    第八十六条 裁判官は独立的であり法律にのみ服従する。

     第八十七条 検事の任務は人民が法律を正確に遵守するのを監督するにある。

     第八十八条 最高検事局の検事は五年の任期をもつて国会により任命される。

     第八十九条 下級検事局の検事は最高検事局の検事の確認を経て上級検事局がこれを任命する。

     第九十条 検事局機関は、最高検事局の検事にだけ服従し、一切の地方機関から独立してその職務を行ふ。



    第八章 公務員

    第九十一条 公務員は民主主義と全人民の利益に奉仕し官僚主義に陥つてはならない。

     第九十二条 公務員は廉潔を旨とし、一切の汚辱行為、職権濫用行為をすることを厳禁される。

     国家は公務員およびその家族に必要な生活手段を保障する。

     第九十三条 行政機関の公務員のうち議会によつて任免されるもの以外はその行政機関の長が任免する。

     第九十四条 人民は公務員の罷免を議会その他の公共機関に要求する権利をもつ。

     第九十五条 議会は公務員の活動を監視し、議会の確認によつて執行機関の長が任免する公務員にたいしても罷免を要求する権利をもつ。

     第九十六条 警察署の責任者はその署の管轄区域内の人民によつて選出され、警察制度が官僚的支配機構として固着することを阻止する。



    第九章 憲法改正

    第九十七条 日本人民共和国憲法の改正発案権は国会に属する。

     第九十八条 日本人民共和国の地方上級議会は、代議員の三分の二以上の同意をもつて憲法改正の提案権をもつ。

     第九十九条 日本人民共和国の憲法の改正は、国会代議員の三分の二以上の出席によつて開会される国会において、三分の二以上の多数をもつて採択されねばならない。

     第百条 日本人民共和国の共和政体の破棄および特権的身分制度の復活は憲法改正の対象となりえない。

    8月18日に、安倍首相が9/3午後に訪中を、中国側と調整を始めたというニュースが出て(文献1)、おいおい待てよ!と驚きました。

    70年も前もの戦勝を祝うのも、祝うのはそれしかないの?と恥ずかしいことですが、お前さんをやっつけたよ、と言う記念行事にのこのこ出かけようという、安倍首相の、なんとも情けないこと。9/3の前後に、決して、中国に出かけてはいけないのです(文献2)。

    安倍首相が、中国が9/3に行う、抗日戦勝利70周年記念式典の参加を見送ることを決めたそうです(文献3)。やれやれデス。


    欧米の主要国首脳は軒並み式典に参加しない見通し、が重要な判断材料だったようです。譬え、全世界が出席しようと、日本だけが不参加であろうと、決して出かけてはいけない式典への参加を、検討したこと。これが悲しいです。

    ーーーーーー

    1)

    安倍首相:首脳会談へ9月3日午後訪中 中国側と最終調整

    毎日新聞 20150818日 1000分(最終更新 0818日 1441分)

    http://mainichi.jp/select/news/20150818k0000m010157000c.html

    中国政府は9月3日午後に安倍晋三首相の中国訪問を受け入れ、習近平国家主席との首脳会談を北京で開催する方向で日本側と最終調整に入った。複数の日中外交関係者が17日明らかにした。3日午前には北京で抗日戦争勝利70年記念行事の軍事パレードが実施されるが、中国側は安倍首相が出席しなくても訪中を受け入れる方針を固めた。

     中国政府によると、3日午前中には北京の天安門広場で、軍事パレードと習主席の重要演説がある。午後は記念レセプションなどを開催する予定で、安倍首相を含めて50カ国以上の首脳を招待。

     日本側は「軍事的な内容が中心になる」との理由から、安倍首相の軍事パレードへの出席は固辞してきた。このため、日本側は午後からの行事に首相が参加する日程案を打診していた。

     一方、中国側は「3日を外したその前後」の首相訪中受け入れには、日中間の四つの政治文書の順守▽村山談話の精神の踏襲▽靖国神社不参拝の伝達の3条件を日本側に提示していた。

     北京の外交関係者によると、安倍首相が軍事パレードへの出席を見送っても他の首脳と同じように記念行事の招待客として受け入れ、日中首脳会談も実現可能と判断した模様だ。

    2)

    2015071208:00

    70年も前の「抗日戦」「勝利」を祝う、悲しさと、式典に安倍首相を招待する非礼ーーー首相の訪中は国慶節(10/1)が適当

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52215870.html

    3)

    「安倍・習」会談、仕切り直し 首相が9月訪中見送り 

    2015/8/25 0:36日本経済新聞 電子版

    http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS24H6P_U5A820C1EA2000/

    習主席自身が4月、インドネシアでの首脳会談で首相に式典出席を打診した。直接の申し出だけに、首相は事務方に「対話の回数を増やしたい。その機会を探ってくれ」と意欲を示した。「ボタンの掛け違え」(関係筋)はここから始まった。

     ロシアや韓国以外の欧米の主要国首脳は軒並み式典に参加しない見通しで、日本側も「反日が明らかな式典にあわせた訪中をすべきではない」(外務省幹部)と慎重論が強かった。首相は8月14日のNHK番組で「いわゆる反日的ではなく融和的な行事になることが前提だ」と指摘した。

     日本の懸念を伝えても、払拭する中国の回答はない。式典を外した9月2日や4日の可能性も探ったが、中国側は難色を示した。日本から式典欠席を中国側に伝えたのは8月23日。

    先週一週間銀川に旅行をしました。銀川は、寧夏回族自治区の首府です。広大な砂漠と山岳の広がる新疆、西蔵まで含めれば中国の中央に位置します。長春からは、西南西の方向で、成田までよりは遠いです。

    中国行政区分


    広大な砂漠の始まり、という印象で来ましたが、町の中は緑が豊かです。でも、カリフォルニア州の様に、庭の草木に、スプリンクラーで水を撒いています。

    銀川 

    雨は海水の蒸発で供給されるので、こんなに内陸の都市は、殆ど雨が降らないはずで、人間が水を撒いて作っている人口の緑です。降水量が少ないはずなのに、湖がたくさんあります。このなぞは、日本語の通訳を務めてくれた寧夏大学の日本語科の一年生の女子学生が解いてくれました。湖は、もともとは黄河だった、とのこと。


    と教えられて、ここが、黄河流域の、黄河平原であることを知りました。Wikipediaの「黄河」には、“銀川平原(寧夏平原ともいう)は黄河のほとりに広がる広いオアシスであり、「天下黄河富寧夏」(天下の黄河が寧夏を富ます)という言葉通り古くからその肥沃さと水の豊富さで知られ、「塞上の江南」とも呼ばれる。”と説明されています。

    黄河流域


    ここも。高層建築物が多く建っています。クレーンは、動いているのもあり、全ての建設が止まっている様ではないですが、住宅用と思われる建物は、空室ばかりの様に見えました。

    橋からの風景
    橋からの風景-2


    街は、とてもきれいです。長春だと、道路の淵は必ず壊れていますが、歩道は、山道の様に凸凹ですが、ここは、どこも、日本の様に、きれいです。

    道路はとても広く、片道4車線ほどあり、歩いて渡るのは大変です。ホテルの近く、歩いて20数分の場所しか歩きませんでしたが、歩いている人は殆ど見かけません。


    交差点
    車を見かけない道路

    大きな道路も、走っている車はわずか、バスには、乗客が一人もいません。どこも人がウジャウジャの長春とは異なります。

    乗客なしで走るバス


    寧夏省全体の人口が660万人とか。銀川市の人口が130万人。人口密度は90/km2程度の様です。長春市は、中心部で300万人、全体で700万人程度で、長春市の人口密度はその4倍と言うのがwikipedia情報ですが、歩いた感覚では、100倍の差があります。

    社会党 憲法改正要綱 (1946年2月24日発表)


    新憲法制定の三基準

    一、方針 新憲法を制定して民主主義政治の確立と、社会主義経済の断行を明示す

    二、方法 総選挙後の特別議会においては特に会期を延長し、新憲法制定に当ることとす、これを憲法議会とす

    三、目標 平和国家を建設するを目標とするを以て、従来の権力国家観を一掃し、国家は国民の福利増進を図る主体たることを明かにす


    主権と統治権

    一、主権 主権は国家(天皇を含む国民協同体)に在り

    二、統治権 統治権は之を分割し、主要部を議会に、一部を天皇に帰属(天皇大権大幅制限)せしめ、天皇制を存置す


    天皇統治権の内容

    一、内閣総理大臣は両院議長の推薦に基き、天皇之を任命す、但し、天皇之を拒否するを得ず

    二、条約締結は議会の権能に属し天皇之に署名す但し天皇之を拒否するを得ず

    三、議会に於て議決せる法律の公布には天皇之に署名するの形式を経ることとす

    四、内閣の申出に基き天皇は恩赦を為すの権を有す

    五、天皇は国民に栄典授与の権を有す

    六、天皇は外国に対し儀礼的に国家を代表するの権を有す

    七、天皇は政治上の責任なし尚皇位の継承は議会の承認を得るを要す、摂政を置くには議会の議決による


    議会

    一、議会は天皇大権に属せざる他の一切の統治権を行使す

    二、議会の権能は立法権、歳入歳出予算承認の権、行政に関する指示及監督権、条約締結に承認を与ふるの権を有す

    三、議会は二院より成る、衆議院は比例代表による国民公選の議員より成り参議院に優先す、参議院は各種職業団体よりの公選議員を以て構成し専門的審議に当る

    四、衆議院において二回可決せられたる法律案は参議院を拘束す

    五、議会は無休とす、休会の際は代行機関をおく

    六、議会は国民投票により解散されるの途を開く


    国民の権利義務

    一、国民は生存権を有す、その老後の生活は国の保護を受く

    二、正義公平の原則に基き、国民生活の安定向上を図るは国の使命なり、そのために必要なる政策を実施す

    三、国民は一切平等なり、特別身分による総ての差別を撤廃す

    四、華族、位階、勲等を総て廃止す

    五、言論、集会、結社、出版、信仰、通信の自由を確保す

    六、国民は労働の義務を有す、労働力は国の特別の保護を受く

    七、所有権は公共の福利のために制限せらる

    八、国民の家庭生活は保護せらる、婚姻は男女の同等の権利を有することを基本とす

    九、公民は法の定むる所により其の機能に応じ均しく公職に就くことを得

     十、就学は国民の義務なり、国は教育普及の施設をなし、文化向上の助成をなすべし


    内閣

    一、内閣総理大臣は各省大臣、国務大臣を任命す、各大臣を以て内閣を構成す

    二、内閣は議会に対し責任を負ふ内閣は議会の委託により外に対し国を代表し、行政権を執行し官吏を任免し法律執行命令を発す

    三、国民投票により内閣の不信任を問はるることあり、尚枢密院は之を廃止す


    司法

    一、司法権は独立し裁判所之を行ふ、裁判所は法律の定むる裁判官を以て構成す

    二、大審院長、大審院判事、検事総長は両院議長の推薦に基き、内閣之を任命し、他の裁判官は内閣直接に任命す

    三、無罪の判決を受けたる者に対しては国家補償の途を確立す

    四、死刑は之を廃止す、人権尊重の裁判制度を樹立すべし

    五、行政裁判所は之を廃止す


    予算、決算

    一、国の歳出歳入は詳細に予算に規定し、各会計年度の開始前に法律を以て之を定むべし

    二、国の歳出歳入の決算は速に会計検査院に提出し、その検査を経たる後議会に提出すべし、会計検査院長は両院議長の推薦に基き内閣之を任命す


    附則

    憲法を改正せんとする時は議員三分の二以上の出席及び出席議員の半数以上の同意あるを要す

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    自由党 憲法改正要綱 (1946121日発表)


    一、天皇

    一、統治権の主体は日本国家なり

    二、天皇は統治権の総攬者なり

    三、天皇は万世一系なり

    四、天皇は法律上及政治上の責任なし


    二、所謂大権事項

    左の各項その他天皇の名に於てする国務は総て国務大臣の輔弼による

    一、法律の裁可及公布

     二、議会の召集、開会、閉会、停会及衆議院の解散

     三、官吏の任免

     四、外交

    五、栄典の授与

     六、恩赦

     (註)現行憲法に於る緊急命令、執行命令、独立命令制定の大権官制大権、統帥大権、編制大権、戒厳大権、非常大権は之を廃止



    三、国民の権利

    一、思想、言論、信教、学問、芸術の自由は法律を以てするも猥りに之を制限することを得ず

    二、営業及勤労の自由は法律を以てするに非ざれば、之を制限することを得ず

    三、私有財産及正当なる生活の安定を確保す



    四、議会

    一、議会は立法の府にして同時に行政を監督する機関とす

    二、凡そ法規は議会の立法(法律)に依るを原則とす

    三、第一院を衆議院、第二院を参議院とし其の組織は共に法律を以て之を定む

    四、参議院は学識経験の活用と政治恒定の機関とす

    五、衆議院が第一院として参議院に対する優越性を認むること概ね左の如し

    (イ)衆議院の予算先議権の強化

     (ロ)参議院が衆議院を通過したる議案を修正若は否決したるときは、之を衆議院の再議に附し、三分の二以上の多数を以て再び之を可決したるときは、参議院の修正若は否決は其の効果を失ふ(之と関聯して衆議院を通過したる議案の参議院に於ける審議期間を制限す)

     (ハ)参議院の内閣不信任上奏若は決議を禁止す

    六、議会閉会中、各院毎に常置委員会を設け臨時議会を召集する暇なきとき、此委員会をして緊急命令に代る略式立法其の他議会の権限を暫定的に代行せしむ

    七、議会は直接に行政各部及国民と交渉することを得



    五、国務大臣及内閣

    一、国務大臣及内閣に関しては憲法に掲ぐるものを除くの外、法律を以て其の基本的事項を定む

    二、国務大臣の首班たる内閣総理大臣の他の国務大臣に対する地位の優越を明確にす

    三、国務大臣の議会に対する責任を明確にす

    四、内閣の制度を憲法中に規定し内閣に執行命令、独立命令、其の他の命令制定権を認む



    六、枢密顧問

    枢密顧問の制度は之を廃止す



    七、裁判所及会計検査院

    一、司法権の独立を強化し、大審院長を天皇に直隷せしむ

    二、大審院長の下級裁判所に対する独立の監督権を確立す

    三、別に検察庁を設け司法大臣の下に置く

    四、行政裁判制度を廃止し之を司法裁判所に移管し、且行政訴訟事項を拡大す

    五、会計検査院長を天皇に直隷せしむ

    六、大審院長及会計検査院長の任命は議会の議決を経ることを要す



    八、憲法の改正

    一、憲法改正の発案権は議会にもこれを認む



    進歩党 憲法改正要綱 (1946年2月14日発表)



    一、統治権行使の原則

    一、天皇は臣民の輔翼に依り憲法の条規に従ひ統治権を行ふ

    立法は帝国議会の協賛に由り、行政は内閣の輔弼を要し、司法は裁判所に之を託す

    二、委任立法並に独立命令は之を廃止す

    三、緊急勅令の制定は議会常置委員会の議を経るを要す

    四、宣戦、媾和、同盟条約、立法事項又は重大事項を含む条約の締結は帝国議会の議を経るを要す

    五、統帥大権、編成大権及非常大権に関する条項は之を削除す

    六、戒厳の宣告は帝国議会の議を経るを要す

    七、内閣、各省其の他重要なる官制は法律に拠る

    八、教育の制度に関する重要なる事項は法律に拠る

    九、栄典大権中爵位の授与は之を廃止す



    二、臣民の権利義務

    十、日本臣民不法に逮捕、監禁せられたりとするときは裁判所に対し呼出を求め弁明を聴取せられんことを請願することを得

     十一、日本臣民は自己を犯罪人たらしむべき告白を強要せらるることなし

    十二、住所の不可侵、信書の秘密、信教、言論、著作、印行、集会、結社の自由の制限の法律は公安保持の為め必要なる場合に限り之を制定することを得



    三、帝国議会

    十三、貴族院を廃止し参議院を置く

    参議院は参議院法の定むる所に依り学識経験者及選挙に依る議員を以て之を組織す

    十四、予算案及財政法案は衆議院に於て之を先議す

    参議院は衆議院に於て削減せる予算案の復活を決議することを得ず

    十五、衆議院に於て引続き二回通過したる法案は参議院の同意なくして成立したるものと看做さる

    十六、衆議院は内閣及各国務大臣に対し不信任又は弾劾を決議することを得

     十七、帝国議会の会期を五箇月とす

    衆議院は会期の延長並に臨時議会の召集を求むることを得

     十八、議会常置委員会を設く

    常置委員会は議会閉会中緊急勅令の制定、臨時議会召集の請求緊急財政処分、予備金の支出、暫定予算、其の他緊急実施を要する重要事項を議決す此等の議決は次の帝国議会の承認を要す常置委員は衆議院議員任期満了及衆議院解散の場合に於ても新議会成立迄其の資格を存続す



    四、国務大臣

    十九、天皇内閣総理大臣を親任せんとするときは両院議長に諮問す

    各国務大臣の親任は内閣総理大臣の奏薦に依る

    内閣総理大臣及国務大臣を以て内閣を組織す

    二十、内閣総理大臣及国務大臣は帝国議会に対し其の責に任ず

    二十一、枢密院は之を廃止す



    五、司法

    二十二、大審院を最高裁判所とす大審院は法律又は命令が違憲又は違法なりやを審査するの権を有す

    二十三、行政裁判所を廃止しその権限を裁判所の管轄に属せしむ


    六、会計

    二十四、総予算不成立の場合には前年度予算の月額範囲内に於て三箇月限り暫定予算を作成す、暫定予算は常置委員会の承認を要す

    政府は三箇月の期間内に新予算の成立し得るやう帝国議会を召集することを要す

    七、補則

     二十五、各議院は各其の現在議員の三分の二以上の同意を以て憲法改正案を発議することを得

    松本国務大臣を委員長とする松本委員会の憲法改正作業は厳重な秘密のうちに進められていたが、194621日、『毎日新聞』第1面に「憲法問題調査委員会試案」なるスクープ記事が掲載された。


    毎日新聞が「あまりに保守的、現状維持的」。他の各紙も、政府・松本委員会の姿勢には批判的。

    GHQが日本政府による自主的な憲法改正作業に見切りをつけ、独自の草案作成に踏み切るターニング・ポイントとなった。

    (以上。
    毎日新聞記事「憲法問題調査委員会試案」 194621日)

    日本国憲法の誕生 資料と解説 3,GHQ草案と日本政府の対応

    国会図書館

    http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/070shoshi.html



    確かに、GHQでなくとも、“こりゃダメだ”、ですね。


    ーーーー

    憲法問題調査委員会試案


    第一章 天皇

    第一条 日本国は君主国とす

    第二条 天皇は君主にして此の憲法の条規に依り統治権を行ふ

    第三条 皇位は皇室典範の定むる所に依り万世一系の皇男子孫之を継承す

    第四条 天皇は其の行為に附責に任ずることなし

    第七条 天皇は帝国議会を召集し其の開会、閉会、停会及議院の解散を命ず

    第八条 天皇は公共の安全を保持し又はその災厄の避くる為の必要に依り帝国議会審議委員会の議を経て法律に依るべき勅令を発す

     この勅令は次の会期において帝国議会に提出すべし

    若し議会に於て承諾せざるときは政府は将来に向つて其の効力を失ふことを公布すべし

    第九条 天皇は法律を執行する為に必要なる命令を発し又は発せしむ、但し命令を以て法律を変更することを得ず

    第十条 天皇は行政各部の官制及官吏の俸給を定め及官吏を任免す

    但し此の憲法又は他の法律に特例を掲げたるものは各々其の条項に依る

    第十三条 天皇は諸般の条約を締結す、但し法律を以て定むるを要する事項に関る条約及国に重大なる義務を負はしむる条約は帝国議会の協賛を経るを要す

    天皇は条約の公布及執行を命ず、条約は公布に依り法律の効力を有す

    第二章 臣民の権利義務

    第十九条 日本臣民は法律上平等なり、日本臣民は法律命令に定むる所の資格に応じ均く官吏に任ぜられ及其の他の公務に就くことを得

     第二十条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ名誉職及其の他の公務に就く義務を有す

    第二十二条 日本臣民は居住及移住の自由並に職業の自由を有す、公益の為必要なる制限は法律の定むる所に依る

    第二十五条 日本臣民は其の住所を侵さるることなく公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

    第二十六条 日本臣民は其の信書の秘密を侵さるることなし、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

    第二十八条 日本臣民は信教の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

    神社の享有せる特典は之を廃止す

    第二十九条 日本臣民は言論、著作、印行、集会及結社の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る

    第三十条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ請願を為すことを得

     第三十条の二 日本臣民は法律の定むる所に従ひ教育を受くるの権利及義務を有す

    第三十条の三 日本臣民は法律の定むる所に従ひ勤労の権利及義務を有す

    第三十条の四 日本臣民は本草に掲げたるものの外凡て法律に依るに非ずしてその自由及権利を侵さるることなし


    議会に常置機関

     会期延長は議決による


    第三章 帝国議会

    第三十三条 帝国議会は参議院及衆議院の両院を以て組織す

    第三十四条 参議院は参議院法の定むる所に依り地方議会に於て選挙する議員及各種の職能を代表する議員を以て組織す

    第三十五条 衆議院は選挙法の定むる所に依り普通平等直接及秘密の原則に従ひ選挙せられたる議員を以て組織す

    第四十二条 帝国議会は三ヶ月を以て会期とす、必要なる場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし

    第四十三条 臨時緊急の必要ある場合に於て常会の外、臨時会を召集すべし、両議院は各々其の院の議員三分の一以上の賛成を以て臨時会の召集を求むることを得、臨時会の会期を定むるは勅令に依る、必要ある場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし

    第四十四条第一項 現状

     第二項 一院解散を命ぜられたるときは他の院は当然閉会す

    第四十五条 議院解散を命ぜられたるときは直にその議員の更新を行ひ解散の日より三ヶ月以内に臨時会を召集すべし、但し其の期間内に常会を召集する場合はこの限に在らず

    第五十三条(附加)会期開始前に逮捕せられたる議員は其の院の要求ありたるときは会期中之を釈放すべし

    第五十四条 現状

     第五十四条の二 帝国議会に議院法の定むる所に依り帝国議会審議委員会を置く、帝国議会審議委員会は両議院の議員を以て組織す

    委員は任期満限又は解散に依り議員としての地位を失ふも後任者の就任する迄其の職務を継続すべし


    第四章 国務大臣

    第五十五条第一項 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任ず

    第三項 国務大臣は其の在職に付帝国議会の信任を必要とす、議会の一院が国務大臣の不信任を決議したるときは政府は其の院の解散を奏請することを得、但し次の議会に於て其の院更に不信任を決議したるときは国務大臣は其の職を退くべし

    第五十六条 国務各大臣は内閣を組織す、内閣の組織及職権は法律を以て之を定む


    第五章 司法

    第六十一条 行政官庁の違法処分に依り権利を傷害せられたりとするの訴訟其の他行政事件に関る訴訟は法律の定むる所に依り司法裁判所の管轄に属す


    第六章 会計

    第六十五条 第一項 現状

     第二項 衆議院予算の款項に対し廃除又は削除為したるときは参議院は之を現状に復することを得ず

    第六十六条 皇室内廷の経費は特に常額を定め毎年国庫より之を支出し増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せず

    第六十七条 「憲法上の大権に基づける既定の歳出及」を削除

    第二項 予備費を以て予算の外に生じたる必要の費用に充つる場合は帝国議会審議委員会の議を経べし

    第三項 予備費を支出したるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す

    第七十条 「能はざるとき」の次に「帝国議会審議会の議を経て」を加ふ

    第七十一条 会計年度に予算成立に至らざるときは政府は会計法の定むる所に依り三ヶ月以内の期間を限り前年度の予算の範囲内に於て暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の場合に於て帝国議会閉会中なるときは速に之を召集し其の年度の前項に定むる期間を除く部分の予算を提出すべし、第一項に定むる期間内に前項の予算成立に至らざるときは第一項に準じ政府は暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の規定は此の場合に之を準用す

    第七十二条 現状


    第七章 補則

    第七十三条第一項 現状

     第二項 両議院の議員は其の院の総員三分の一以上の賛成を経て憲法改正を発議することを得

     両議院は各々其の総員の三分の二以上出席するに非ざれば憲法改正の議事を開くことを得ず

    出席議員の三分の二以上の多数を得るに非ざれば改正の議決を為すことを得ず

    天皇は帝国議会の議決したる憲法改正を裁可し其の公布及執行を命ず


    毎日新聞社説


    憲法改正試案に対する疑義

    政府の憲法改正試案は一般的にいへば相当の進歩案に違ひない。しかし憲法の中核ともいふべき天皇の統治権については、現行憲法と全然同じ建前をとつてゐる。即ち天皇を君主とし、日本国は君主国であるとなし、天皇が統治権を総攬すとすることにおいて、これまでと変りはないのである。天皇が日本の君主であるといふことには、われらは固より異議はない。

    ただそれは、天皇を日本国民の形式的、儀礼的の代表者と考へる意味においてであつて、その意味において、国内的には立法、行政、司法三権の上に在つてその源泉となるところの国家最高最終の意思決定者であり、また対外的には条約の締結名義者であるとする天皇ならばよい。然らずして実際上にも天皇の自由意志の発動を認めるといふのであれば、それは将来天皇に責任を帰するやうな議論の行はれる事態の生ずるおそれもある。この改正案では、さうした自由意思の発動のやうなことは固より希望してゐないのかも知れない。

    英国式の君主として、天皇の統治も、形式的な国家意思決定手続に過ぎないと考へてゐるのかも知れない。今上陛下が英国式のものを希望してをられると伝へられてゐる以上、政府がさうした考へをもつてこの憲法改正案をつくつたことは当然想像される。しかしそれならばそれで、かかる天皇の地位を明文化しておく必要がある。さうでなければ将来の天皇が独裁政治を企図するものによつて利用されぬを保し難いのである。

    この点は各方面の憲法改正案で根本論として論議されてきたところであるが、政府は今後わが国における民主主義的政治思想の発達成熟によつて心配ない状態に進み得ると考へてゐるのかも知れない。しかし、わが国における民主思想は実際的にはまだ発足したばかりの幼稚な段階にあるに過ぎず、今後それが正常な進展をするものかどうかについては、まだ意を安んじてはゐられないのである。或る程度まで進歩して初めて一つの落着いた方向を見極めることが出来るのである。

    英国はその不文憲法において、即ち国民的常識において、国王の「君臨すれども統治せざる」立場が確立してゐる。わが国の成文憲法において英国式を採らうとするならば、この実質的不統治の原則を何等かの形で憲法に明かにして置く必要があらう。

    もし英国式形態を採らずして、天皇の自由意思を認めるといふことであれば、それは明かに民主主義に逆行することになる。

    この天皇の政治的地位に関することを除いては、今囘の改正試案は時局に適応した多くの進歩を示してゐる。

    ただ、議会の会期を現行通り三ヶ月に限つたのはどういふ理由か。政府が年中議会に引張り出されてゐては、仕事が出来ないといふ理由からかも知れない。しかし、そんな考へ方は余りに事務的である。いつでも議会は開かれてゐるといふそのことが、民主政治の最大要件であつて、議会と政府がその趣旨に徹すれば決して行政事務に累を及ぼすことはないのである。閉会中議会に代る委員会をおくといふやうな姑息な案には賛成出来ない。


    その他、内閣と議会との権限関係について、この試案はまだ再吟味を要する点がある。

    例へば内閣の議会解散権は、この試案のやうな認め方では濫用されるおそれがある。何等かの方法で解散権をもつと制限するか、或は議会の解散は国民の投票によつてのみ行ひ得るとした方がよい。

    また首相の任命方式については試案は現行法と変りがないが、これは両院議長の推薦なり、議会による選挙なりの方式を踏む方がよい。議会の信任せぬ首相は在任出来ないといふ規定をおくとしても、任命そのものに議会が関与しない以上は、政変を多くし、政府と議会との衝突によつて政局の不安定を招き易い。

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