toshi_tomieのブログ

一般科学に関する独り言

    最表面原子の電子状態を見る
    EUPS(http://staff.aist.go.jp/t-tomie/EUPS/)で
    新規な材料評価法を開発しています。

    Yahoo知恵袋には、高度な知識がないと回答できない質問もあります。

     

    (質問)

    afesa23512112さん

    2017/9/2118:40:36

     

    光電効果について、
    光電効果ではある周波数以下の光をいくら当て続けても電子は飛び出さないそうですが、何故ですか?
    光子が何度も電子に吸収されればいずれ電子には仕事関数以上のエネルギーが
    溜まりそうなのですが、、

     

     

    (回答)

    toshihisa_tomieさん

    2017/9/2520:22:43

     

    答えは、「その通り」です。

     

     仕事関数と言う難しい言葉を知っているので、質問者は答えをお持ちで質問していると思いますが、以下、高校生向けに説明します。

     

     光は、強度が大きいときには、その存在確率が電磁「波」で表せる、強度が小さいときには、波長で光子のエネルギーが決まった「光子(粒子)」として表せる、ことを前提にします。(その説明は省略します。)

     

     一つの電子が光を吸収するときは、光は「光子」としてふるまいます。従って、光子エネルギーの整数倍のエネルギーしかもらいません。

     

     光電効果は、光強度が小さいときの現象なので、一光子エネルギーしかもらいません。レーザーの様に光強度が大きくなると、複数の光子を同時にもらう確率も増えてきて、光子エネルギーの2倍、3倍、4倍のエネルギーをもらう確率も、大きくなります。多光子吸収と呼びます。

     

     質問は、多光子吸収ではなく、独立した光子を与える場合の話、と理解します。

     

     物質中にはいろいろなエネルギーの電子がありますが、一番大きなエネルギーをフェルミ準位と言います。(厳密に言うと分布があって、無限に大きなエネルギーの電子も存在確率ゼロではなく、存在確率が50%になるエネルギー状態をフェルミ準位と呼ぶ)。

     

     一方、電子が外にこぼれないように、物質の境界には高い壁があります。この壁の高さは、外(真空)と一致していて、このエネルギーの高さを真空準位と呼びます。フェルミ準位と真空準位の差が、「仕事関数」です。関数と言う名前がありますが、エネルギー差のことです。

     

     深く掘った井戸で譬えると、水面が「フェルミ準位」、地面が「真空準位」で、地面と水面の距離が「仕事関数」です。

     

     電子が光を吸収してエネルギーの位置が高くなりますが、光子エネルギーが仕事関数よりちょっと大きければ、一番エネルギー位置が高いフェルミ準位の電子。これが真空にギリギリ出てこれますが、これより光子エネルギーが小さいと、真空に出てこれる電子はありません。

     

    これが光電効果です。

     

    と言う説明のあとで、私の答え「その通り」

    を詳しく説明します。

     

     光を吸収して光子エネルギー分だけエネルギー位置が高くなった電子は、すぐにエネルギーを失います。

     

     井戸に石を落として舞い上がった水滴が、すぐに落下するように。

     

    フェルミ準位以上の電子の座席を「伝導帯」と呼びますが、伝導帯中の電子のエネルギーの低下速度はとても早く、10フェムト秒以下で、もらったエネルギーを失います。

     

     一瞬と言う言葉がありますが、人間が瞬く速度は0.1秒程度の様ですが、10フェムト秒(10^-14sec)は、その10兆分の一の短さです。

     

    エネルギーをもらった電子、励起電子と呼びますが、励起電子めがけて光子をぶつけるのは至難の業です。そして、数フェムト秒のうちに光子をぶつけないと、一光子エネルギー以上のエネルギーを与えることができません。

     

    ですので、

     何度光子を励起しようと、光電効果通りの結果しか得られません。

     

     以上の説明にとどまれば、答えは「そうではない」になります。

     

    ところが、私の答えは「その通り」。

     

    その理由を次に悦明します。

     

     励起された電子は、次の光子を吸収する前にエネルギーを失って、真空準位を越えられませんが、励起電子は、周りの電子にエネルギーを与えることによって、エネルギーを失います。つまり、周りの電子のエネルギーが増えます。光子がどんどんやってくると、電子集団がどんどん温められます。電子の温度(T)が高くなると、ボルツマン分布によりexp(-E/kT)、エネルギーEの高い状態に存在する電子の確率が大きくなります。

     

     真空準位は4~5eV(電子ボルト:エネルギー及び温度の単位)ですが、電子の温度が1eV(約1万度)になると、相当に高い確率で、真空準位を越える電子が増えます。1,000℃程度でも、無視できない数の電子が真空に放出されます。これを、熱電子、と呼びます。

     

    この場合は、単純にパワーで決まり、波長(光子エネルギー)には無関係です。光を使う必要もないです。電熱器やオーブンで十分です。

     

    まとめると、

     伝導帯に励起された電子がエネルギーを失う時間(緩和時間)は10フェムト秒以下ととても短くて、光励起された電子に二つ目の光子を吸収させるのは容易ではない(多光子吸収仮定は存在する)。その点では、答えは、「いいえ」。

     

     電子が緩和する際に、周りの電子にエネルギーを与えるので、電子集団の温度が上がる。光励起強度が十分に大きいと、電子温度が上がって、熱電子が放出されるようになるので、これまで考えると、答えは「その通り」。ただし、この時、光の波長は無関係で、パワーだけが重要。

    Yahoo知恵袋に回答しました。それを転載します。

    (質問)

    rimrimrim12345さん

    2017/10/700:37:22

    核分裂の前と後では物質が軽くなるみたいですが、陽子あるいは中性子がこの世から消えてしまうということでしょうか?そのようなことあるのでしょうか。

     

    (回答)

     toshihisa_tomieさん

     2017/10/709:09:09

     

    良い疑問ですね。他の方の説明はその通りですが、別の回答をしてみます。以下は、全て、wikipediaなどに書いてあることです。自分で探す力をつけることに努めることは、とても大事なことです。勿論、気軽に聞くことも、とても大事です。

     

     >陽子あるいは中性子がこの世から消えるか、

    の質問の答えは、どうやら、その通りのようです。

     

     原子核の外では、中性子は、10分強で、半分が陽子と電子と反電子ニュートリノに分裂して、0.78MeVのエネルギーを放出するようです。つまり、陽子より0.14%も重いんですね。

     

     陽子もいつかはなくなり、その寿命は10^30年以上と予想されているようです。もっとも、宇宙の年齢の推定が138億年、つまり1.38x10^10年ですから、宇宙ができてこの方、陽子は殆ど崩壊していないんですね。

     

     電子もいつかは消える様で、その寿命(元の数の1/eになる時間)は6.4x10^24年以上、と考えられているそうです。

     

    すると、

     核外にでた中性子はすぐに消えるけれど、陽子と電子は宇宙の寿命のスケールでは、消えない、と言うのが答え、

    でしょうか。

     

     (質量とエネルギーの等価性)

     他のお二方が答えているように、質量とエネルギーの等価性で説明できる、よう、ですが、この法則は実験結果の説明のために作られたわけではなく、理論が先で、それを実験で証明したようですね。凄いですね。大抵の理論は、後付けですが。

     

     >特殊相対性理論は、「物理法則は、すべての慣性系で同一である」という特殊相対性原理と、「真空中の光の速度は、すべての慣性系で等しい」という光速度一定の原理を満たすことを出発点として構築された

     

     との説明がwikipediaにあります。

     

     運動量の時間微分が力、と言うニュートン力学の運動方程式を拡張して

    E^2=m0^2c^4 + p^2c^2

    を導いたそうです。ここでE,m0,c,pは、エネルギー、静止質量、光速、運動量です。静止している場合(p=0の場合)に

    E=m0c^2

    になり、

     運動している(p0)場合も

    E=mc^2

    になるとのこと。

     

     E = mc2 と言う関係式は、経験則に基づく仮説として、長年の間厳密な証明はされないままであった

     けれども、

     >原子核の核子を構成するクォークと核子同士を結び付けるグルーオン、

     >の動きや相互作用によって発生するエネルギーが原子核の質量の源となるという論文が、

     20081121日発売の学術誌『ネイチャー』に掲載され

    >これまでは仮説だったこの関係式が、ようやく実証されたことになる

     と説明されています。

     

     特殊相対性理論が発表されたのは1905年ですが、それから100年以上経って、やっと実験で確認されたんですね。アインシュタインは凄いですね。

     

     (アインシュタインのノーベル賞)

    ちなみに、アインシュタインは1921年にノーベル物理学賞を受賞しているんですが、受賞の対象は相対性理論ではないんですね。

     光量子仮説に基づく「光電効果」の理論的解明なんですね。これも凄い仕事ですよ。
     

     物質は、粒子と波動の二重性を持つという考え方が量子力学で、今日の殆どの科学および技術の基礎になっています。量子力学の確立に、光量子仮説が大きく貢献しました。ただ、量子力学の確立にはとても多くの科学者が関与していて、アインシュタインの寄与は圧倒的、ではないようです。圧倒的な寄与をした相対性理論に比べれば、であって、やはり凄い貢献です。

    YAHOO知恵袋には、おかしな質問も多いです。

     

    (質問)

    ID非公開さん

    2017/9/3001:30:45

     

    物理とか超苦手な者ですが。。

     昨今の原発問題で、良いエネルギーがないかと調べました。

    フリーエネルギーに辿り着き、「常温核融合」?ということだと分かりました。

     海水がエネルギーになるらしく?

     

    実用段階まではいってないのかな。。

     何年か前にブラジルでフリーエネルギーの発電機が販売されたと聞いたのですが、

    ぱったり噂を聞かなくなりました。。

     

    ちなみに物理とか科学について知識がないので違うかもしれないですが、核を「分裂」させるから

    危険になる、核を「融合」させると安全、なのかな?と思いました。どうですか??

     

    ※フリーエネルギーなんて、ない、と言う方はこの質問に関わるのは

    時間の無駄ですからスルーしてくださーい。

     

    (回答)

    toshihisa_tomieさん

     2017/10/700:42:23

     

    自由エネルギーですか。

     物理が苦手と言いながら、随分難しい言葉をご存知です。

     

     自由エネルギーには、ヘルムホルツの自由エネルギーとギブスの自由エネルギーがあります。

     

     自由エネルギーの説明の前に、それとは無関係な、

    A. 核分裂と核融合の安全性の違い、および

    B. .常温核融合

    とについて説明しておきます。

     

    まずAについて。

     核分裂は、ウランやプルトニウムなどの重い元素を使います。すると、ヨウ素、キセノン、ストロンチウムなど、非情に多くの放射性物質が作られます。非常に短い時間で放射性が消えてしまう物も多いですが、何十年、何百年の間、ガンマ線を発生し続けるものがあります。これらは、エネルギー源として使うことはできず、単なるゴミです。この放射性廃棄物の処理が面倒で、これが、核分裂原子炉の課題になって居ます。

     一方、核融合は、重水素、三重水素などの軽い元素を使います。核融合反応で発生する高速中性子が吸収されることにより若干の放射性廃棄物はできますが、核分裂に比べればほぼゼロです。従って、クリーンな原子力発電と言えます。

     

     次に、Bについて。

     原子核を反応させるためには、原子の大きさよりうんと小さい距離に、核を近づける必要があります。原子は、正の電荷を持つ原子核と負の電荷を持つ電子からなっており、合わせて電荷ゼロなので、かなり近い距離まで近づきますが、核融合させるためには、電子の半径よりうんと小さい距離にまで核を近づけなければなりません。+と+なので、強く反発し、反発力は距離の自乗に反比例するので、核同士がくっつくまでに近づけようとすると、とてつもなく大きな力が必要です。

     

     恒星では、核融合が起きています。それが星の光のエネルギー源です。太陽の中心では、温度1500万度でHeが核融合しています。ものすごい圧力なので、Heの核融合がおきますが、地上で太陽の中心と同じ圧力を作るのは無理なので、Heは使えず、より簡単に核融合が起きる重水素と三重水素を使うことになります。圧力が低い代わりに、1億度以上の温度が必要です。

     

    これを常温で起こそうというのが「常温核融合」です。

    1989年にこれを観測したとする発表があり、社会現象になりました。常温での核融合の確率はゼロではなく、観測もされています。

    しかし、私も計算しましたが、発電用途としては、確率ゼロ、と言える現象です。常温核融合の発電は、残念ながら、未来永劫、あり得ません。

     

     最後に一番のご関心の自由エネルギーについて説明します。

     

    エネルギーには、運動エネルギーと位置エネルギーがあります。核分裂原子炉は、重い原子核が二つのより軽い(といっても鉄よりは重い)核に分裂した時の方が、内部エネルギーU(位置エネルギーに相当)が減ることを利用し、合計のUの減り分が外に放出されることを利用する発電です。核融合発電は、逆に、水素と水素が融合してヘリウムになった方が内部エネルギーUが減ることを利用する発電です。減った内部エネルギーは、中性子の運動エネルギーになります。

     

    この二つだけだと、沸かした薬缶のお湯は冷めるが、水を薬缶にいれても、決して、お湯は沸かない。「経験上」分かっているこの現象が、説明できません。温度の一方通行を説明するために生まれたのが「自由エネルギー」です。

     

    このためにエントロピー,S,と言う量が考案されました。一言で言うと、乱雑さ、です。整頓された部屋が散らかりはしても、散らかった部屋は、決して、整頓されない。乱雑さは、常に、増大する、ことを「仮定」、すれば、水がいつか湯になることがないことを説明できます。

     

    ヘルムホルツは、自由エネルギーF

     

    F=U-TS

     

    で定義しました。

    Uは、物質の内部エネルぎー(位置エネルギーに相当)で、Tは温度です。

     物質は、Fを最小にするように変化する、と定義しました。

     

    ギブスは、体積の変化で物質が外部になす仕事(ガソリンの爆発で、エンジンのピストンが車輪を回すなど)pVと内部エネルギーの和を熱エネルギー(エンタルピー)Hと定義し、エントロピーSと温度の積とエンタルピーHとの和をギブスエネルギーGで定義し、Gが最初になる方向に物質は変化する、と「定義」しました。

     

    H=U+pV

     G=H-TS

     

    体積一定の場合(定積過程、等積過程、等積変化、等容変化)は、物質が外部にする仕事がないので、ヘルムホルツ自由エネルギーを使い、体積が変化する場合には物質が外部に仕事をするので、ギプス自由エネルギーを計算することになります。

     

     自由エネルギーを正しく理解すること、それを駆使すること、はとても難しいです。

     

     物理に詳しくないのであれば、お忘れ頂いた方が良いです。

    Yahoo知恵袋というところに、「ミー散乱はなぜ波長依存性がないんですか?」と言う質問がありました。


    不思議な質問があるものだ、と思い、ネットで調べて見ると、空が青いのはレイリー散乱だから、雲が白いのはミー散乱だから、という説明が溢れていました。


    ネットに誤解が溢れているのを知って、回答することにしました。

    (質問)

    ID非公開さん

    2017/9/1601:00:05

     

    ミー散乱はなぜ波長依存性がないんですか?

     

     

    (回答)

    toshihisa_tomieさん

    2017/9/2218:52:49

     

    大変良い疑問です。

    ネットで探したところ、まちがった説明しか見つかりませんでした。

    長いですが、説明します。

     

    散乱体の大きさ(d)で、レイリー散乱とミー散乱に分けられることをご存知での質問です。

     

    散乱体の大きさが波長(λ)より十分小さいと(d<<λ)、形状に依存せず、ほぼ等方的(実際は、双極子放射)になりますが、散乱体が波長程度(d~λ)になってくると、散乱体の形状に依存した、前方および後方に鋭く分布する、角度分布になります。より大きくなり表面の凹凸がないと、散乱がなくなり、鏡面反射のみになります。

     

    角度分布は、散乱体の大きさで異なります(レイリー散乱とミー散乱)が、波長依存は、電子構造が異ならない限り、散乱体の大きさで殆ど変化しません。

     

    質問の意図は、空は何故青く、雲は何故白いか、が理解したいため、と思います。


    これは、散乱体の共鳴周波数の違いによるものです。

     

    光は電界Eの振動が伝搬する電磁波ですが、電界Eにより電子が移動します。物質が不均一だと、電子の移動により、+電荷とー電荷が分離した、分極Pが発生します。

     

    分極Pの加速度運動で、電磁波が放射されます。電磁波の振幅は、分極の加速度の大きさ(d^2P/dt^2)に比例します。Pは、Eで振られる電子の数Nに比例し、加速度は振動数ω^2(二回微分なので)に比例します。Nは、物体の体積V(つまり、直径dの三乗)に比例します。

     

    電磁波の強度は、振幅の二乗に比例します。結局、微小物体から発する電磁波(散乱光)強度は、dの6乗(d^6)、振動数の4乗(波長の4乗の逆数,1/λ^4)に比例します。

     

     以上は、共鳴を無視した議論でした。

    共鳴があると、電界Eで揺らされる電子の揺れ幅(振動の大きさ)が大きく変わります。共鳴周波数をω0とおくと、電子の振幅は1/{(ω-ω0)^2 +(Γ/2)^2}になり、ω≈ω0で分母が小さくなって大きな振幅になります。Γは、振動の減衰定数です。減衰がなければ、ω=ω0で無限大の振幅になります。

     

    ブランコの周期に合わせて、足を曲げたり伸ばしたり、あるいはしゃがんだり伸びたりすると、どんどん揺れが大きくなるけれど、その動作を周期と無関係にすると殆ど揺れないことを示す式です。漕がなくなると、ブランコは次第に止まります。これは、縄と支えの抵抗Γに依るものです。

     

    ω<<ω0の時は、この分母のω依存は無視できるので、上で求めた波長依存1/λ^4が保たれます。

    一方、ω>>ω0の時は、分母はωの二乗に比例するので、分子のω^2とキャンセルし、周波数依存がなくなります。

     

    雲など散乱体が大きくなると、赤外、近赤外に多くの共鳴吸収ω0を持ち、可視光に対してはω>ω0になり、波長依存が小さくなります。

     

    一方で、空気中の窒素、酸素分子の共鳴周波数は可視光より短波長域にあるので(ω<ω0)、散乱強度が大きく波長依存します。


    これが、空と雲の色の違いの理由です。

     

    共鳴周波数ω0が散乱体の大きさに依存するので(散乱体が大きいと、低周波数の吸収が現れる)、色の違いが、散乱体の大きさで決まっているように誤解します。

     

    より詳しく書くと、

    窒素分子の吸収帯は50~100nmで、酸素分子の吸収帯は150~200nmです。可視光は380~780nmであり、ω<ω0なので、空気分子による散乱は青くなります。酸素の吸収帯が可視光に近いので、酸素分子による散乱が主、と思われます。ちなみに、青色は480nm近辺。460nm以下は紫に見え、緑は510nm、黄色は580nm、橙は620nm近辺で、真紅は660nm以上、です。

     

    散乱確率が1/λ^4なのに、空が紫に見えないのは、地上に降り注ぐ太陽光のスペクトルが、500nmがピークで、800nmでもピークの6-7割である一方、400nm以下では、3割以下と弱いため、と言えます。散乱光中の紫のエネルギーが小さいからです。

     

    ちなみに、X線に対しては、物質の、大きな吸収係数の共鳴周波数はX線より低振動数(長波長)なので、X線域での散乱強度は、物質の大きさにかかわらず、大きな波長依存はしません。

     補足です。

    レイリー散乱では、上に書いたように、散乱強度が体積の自乗に比例するので、小さな物質を検出するのは至難の業です。

    散乱体が大きくなると急激に散乱強度が大きくなり(d^6)検出しやすくなりますが、波長程度以上の大きさになると、干渉効果が入ってきて、角度分布は、散乱体の形状に依存して複雑になります。



    そして、
    d>>>λになると、干渉による打消しの効果が大きくなり、無限の大きさでは、打消しが完全になり、散乱がなくなります。ガラスコップは(d>>λ)は透明ですが、細々に砕けたコップは、明るく白く、見えます。

    Yahoo知恵袋の可愛い質問にも、答えて見ました。私の回答は、採用されませんでした。


      (質問)

       kasiwa27さん

    2017/9/2507:24:36

     

    1です

    恋愛についてです

    今朝、彼氏と別れることになりました

    理由は

     ・自分(彼氏)が公立、私が私立なのが嫌になっていた

     ・ずっと愚痴を言いつづけてしまい成長できない気がした

     ・生活に余裕がなくて気づけば私にあたってしまっていた

     この3つで、結論としては成長できないと思ったかららしいです

    私は仕方ないかなと思い、一応は受け入れたのですが、やはり心の何処かで「復縁したい」という気持ちがあります

     しかし復縁すると元カレに迷惑をかけてしまうのでダメだとも思っています

    皆さんはこの状態から復縁することはできると思いますか?

    また、無理なら違う彼氏は作った方が良いのでしょうか?

     教えていただけると幸いです

     

    補足

    ちなみに、彼氏とは映画やゲーセンなど一緒に遊びに行ったりしていました

     また、告白は私からしました

     

    (回答)

    toshihisa_tomieさん

     2017/9/2823:37:35

     

    そうね。

     恋愛って、そんなに良いものですか?

     他人に合わせるって、疲れませんか?

     自分を磨くこと、楽しむこと、

     本を読むとか、旅をするとか、絵を書くとか、ピアノ・ギターが上手になるとか、話が上手になるとか、引き締まった体になるとか、

    するべきことは無限にあって、他人に時間を取られるのはむなしいと思いませんか?

     政治や経済が分かりたいとは思わないでしょうね。

     困っている人を助けたいとは思わないでしょうね。

     

     社会の役に立つ、人類の役に立つことがしたいと思いませんか?

     

    いろいろな活動をする中で、

    この人となら頑張れる、この人となら1+1=3になる。

     そう言う相棒が見つかれば、好きになって、結婚もするでしょう。

     

     恋愛なんて、大いなる時間の無駄は、やめたらどうでしょう。

    昨日、研究学園駅そばのイーアスつくばに行きました、運転中の車から、途中のサンマルクの看板にステーキ店の名前が書かれているのを見て、驚きました。

    帰りに寄ってみると、道路に面した壁にはサンマルクの名前がありましたが、建物の中は空っぽで、内装工事をしていました。

    何故驚いたかと言うと、7/21に女房と二人で夕食をしたばかりで、その時は、閉店するという案内は見なかったからです。晴天の霹靂、でした。

    焼きたてのパンを店員が次々と持ってきて、いくらでも食べられる、が売りのフランス風(?)料理を出すおしゃれなレストランですが、5年前にブログ記事で紹介した(文献1)ように、聞ける時間帯は1-2時間と短いですが、ピアノの生演奏をしてくれるのも特長でした。先日は、中年の男性が演奏者でしたが、希望の曲を一人2曲ずつ計4曲リクエストして、弾いてもらいました。

    一食のコースが3千円程度ですが、ランチメニュー1000円以下、の案内が外に張り出されていて、以前は、並ばないと食事ができないくらい人気だったのに、最近は客が少ないのかなと感じましたが、店内に入ると、我々夫婦のほかには、10人くらいのグループと、ペアのお客だけで、夕食でこれだけの客数だと、経営は苦しいかな、と感じました。
      しかし、食事が終わると、いつも通り、店員のサービスとか、どうしてこの店に来たのかとか、どのくらいの頻度で来るかを質問するアンケート用紙が配られ、住所氏名を書いてレジで渡したので、閉店するなど、全く思いもしませんでした。切りの良い7月末で閉店したでしょうから、閉店
    10日前に食事をしたことになりそうです。

    私はこの店を気に入っていて、先日亡くなった母を二回連れていきましたが、話好きな母が、隣のお客さんに、迷惑も顧みずどんどん話しかけ、申し訳ありません、ちょっと付き合ってください、という目でお願いした、思い出もあります。

    ちょっと残念です。

    その中にレストランがたくさん入っている、超巨大ショッピングセンターイーアスができたのは2008年なので、その影響ではないでしょう。研究学園駅の周りに店が増えたことが原因なのでしょうか。

     

     (参考文献)
    1)

    こどもの日に、ピアノ生演奏をバックにベーカリーレストランで夕食

    20120506

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52057987.html

      平和記念式典で、松井一実市長が読み上げた「平和宣言」の全文を、転載します。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170806-00000018-asahi-soci

     

    広島市長が会長を務める「平和首長会議」http://www.mayorsforpeace.org/jp/

    には、世界162カ国7417都市の首長が加盟しており、日本国内では、市町村総数171897%にあたる1682都市(市町村)が加盟しているそうです。

     

    同会議が2003年に策定した「2020ビジョン」はhttp://www.mayorsforpeace.org/jp/ecbn/

    1.全ての核兵器の実戦配備の即時解除

    2.「核兵器禁止条約」締結に向けた具体的交渉の開始

    3.「核兵器禁止条約」の締結

    4. 2020年を目標とする全ての核兵器の解体

    の4つの目標を掲げています。

     

    頑張っていますね。

    2は始まっており、3に向けた活動を活発に行っているのでしょう。

    政府は国民の代表です。市町村総数171897%の市町村が加盟しているということは、日本人の大多数が核兵器廃絶に賛同し、日本政府が批准することになるだろうということでしょう。


    ーーーーーー
    (「平和宣言」全文)

    皆さん、72年前の今日、8月6日8時15分、広島の空に「絶対悪」が放たれ、立ち昇ったきのこ雲の下で何が起こったかを思い浮かべてみませんか。鋭い閃光がピカーッと走り、凄まじい放射線と熱線。ドーンという地響きと爆風。真っ暗闇の後に現れた景色のそこかしこには、男女の区別もつかないほど黒く焼け焦げて散らばる多数の屍(しかばね)。その間をぬって、髪は縮れ真っ黒い顔をした人々が、焼けただれ裸同然で剝がれた皮膚を垂らし、燃え広がる炎の中を水を求めてさまよう。目の前の川は死体で覆われ、河原は火傷した半裸の人で足の踏み場もない。正に地獄です。「絶対悪」である原子爆弾は、きのこ雲の下で罪のない多くの人々に惨たらしい死をもたらしただけでなく、放射線障害や健康不安など心身に深い傷を残し、社会的な差別や偏見を生じさせ、辛うじて生き延びた人々の人生をも大きく歪めてしまいました。

     

      このような地獄は、決して過去のものではありません。核兵器が存在し、その使用を仄めかす為政者がいる限り、いつ何時、遭遇するかもしれないものであり、惨(むご)たらしい目に遭うのは、あなたかもしれません。

     

      それ故、皆さんには是非とも、被爆者の声を聞いてもらいたいと思います。15歳だった被爆者は、「地獄図の中で亡くなっていった知人、友人のことを偲(しの)ぶと、今でも耐えられない気持ちになります」と言います。そして、「一人一人が生かされていることの有難さを感じ、慈愛の心、尊敬の念を抱いて周りに接していくことが世界平和実現への一歩ではないでしょうか」と私たちに問い掛けます。

     

      また、17歳だった被爆者は、「地球が破滅しないよう、核保有国の指導者たちは、核抑止という概念にとらわれず、一刻も早く原水爆を廃絶し、後世の人たちにかけがえのない地球を残すよう誠心誠意努力してほしい」と語っています。

     

      皆さん、このような被爆者の体験に根差した「良心」への問い掛けと為政者に対する「誠実」な対応への要請を我々のものとし、世界の人々に広げ、そして次の世代に受け渡していこうではありませんか。

     

      為政者の皆さんには、特に、互いに相違点を認め合い、その相違点を克服するための努力を「誠実」に行っていただきたい。また、そのためには、核兵器の非人道性についての認識を深めた上で、自国のことのみに専念して他国を無視することなく、共に生きるための世界をつくる責務があるということを自覚しておくことが重要です。

     

      市民社会は、既に核兵器というものが自国の安全保障にとって何の役にも立たないということを知り尽くし、核を管理することの危うさに気付いてもいます。核兵器の使用は、一発の威力が72年前の数千倍にもなった今、敵対国のみならず自国をも含む全世界の人々を地獄へと突き落とす行為であり、人類として決して許されない行為です。そのような核兵器を保有することは、人類全体に危険を及ぼすための巨額な費用投入にすぎないと言って差し支えありません。

     

      今や世界中からの訪問者が年間170万人を超える平和記念公園ですが、これからもできるだけ多くの人々が訪れ、被爆の実相を見て、被爆者の証言を聴いていただきたい。そして、きのこ雲の下で何が起こったかを知り、被爆者の核兵器廃絶への願いを受け止めた上で、世界中に「共感」の輪を広げていただきたい。特に、若い人たちには、広島を訪れ、非核大使として友情の輪を広げていただきたい。広島は、世界の人々がそのための交流をし、行動を始める場であり続けます。

     

      その広島が会長都市となって世界の7400を超える都市で構成する平和首長会議は、市民社会において世界中の為政者が、核兵器廃絶に向け、「良心」に基づき国家の枠を超えた「誠実」な対応を行えるような環境づくりを後押ししていきます。

     

      今年7月、国連では、核保有国や核の傘の下にある国々を除く122カ国の賛同を得て、核兵器禁止条約を採択し、核兵器廃絶に向かう明確な決意が示されました。こうした中、各国政府は、「核兵器のない世界」に向けた取り組みを更に前進させなければなりません。

     

      特に、日本政府には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と明記している日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい。また、平均年齢が81歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々に寄り添い、その支援策を一層充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

     

      私たちは、原爆犠牲者の御霊(みたま)に心からの哀悼の誠を捧げ、世界の人々と共に、「絶対悪」である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

    広島に原爆が落とされてから72年目の8/6が来ました。
     3年間、中国で8/6を迎えましたが、今年は、4年ぶりに、日本で、です。

    昨年は、原爆を投下した米国の現職大統領が初めて広島を訪れた(文献1)、と言う歴史的な年でした。今年も、核兵器全廃を目指す核兵器禁止条約が国連で7月に採択されたという歴史的な出来事が起きました。核兵器禁止条約の制定交渉会議を担当した中満泉・軍縮担当上級代表は、日本人女性として初めて本部の事務次長でした。

     

    本日の平和記念式典には各国駐日大使らが参列。核保有国では米、英、仏、ロシアが出席したが、中国は欠席した、とのことです。

    広島市の松井一実市長が「平和宣言」を読み上げ、7月に国連で採択された核兵器禁止条約に触れ、日本政府に「核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と求めたが、続いてあいさつした安倍晋三首相は、条約に言及しなかった、そうです。 

     

    (安倍首相挨拶)

    本日、被爆72周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が執り行われるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊に対し、謹んで、哀悼の誠を捧げます。

     

     そして、今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心からお見舞いを申し上げます。

     

     今から72年前の、あの朝、一発の原子爆弾がここ広島に投下され、十数万ともいわれる数多(あまた)の貴い命が失われました。街は一瞬にして焦土と化し、一命をとりとめた方々にも、言葉では言い表せない苦難の日々をもたらしました。若者の夢や明るい未来も、容赦なく奪われました。

     

     このような惨禍が二度と繰り返されてはならない。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた歩みを着実に前に進める努力を、絶え間なく積み重ねていくこと。それが、今を生きる私たちの責務です。

     

     真に「核兵器のない世界」を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です。

     

     そのため、あの悲惨な体験の「記憶」を、世代や国境を越えて、人類が共有する「記憶」として継承していかなければなりません。昨年、オバマ大統領が、現職の米国大統領として初めて、この地を訪れ、被爆の実相に触れ、核を保有する国々に対して、核兵器のない世界を追求する勇気を持とうと力強く呼びかけました。核を保有する国の人々を含め、広島・長崎を訪れる世界中の人々が、被爆の悲惨な実相に触れ、平和への思いを新たにする。若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐ。政府として、そうした取り組みをしっかりと推し進めてまいります。

     

     そして、各国の有識者の知見も得ながら、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年となる2020年のNPT運用検討会議が意義あるものとなるよう、積極的に貢献してまいります。

     

     被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる総合的な援護施策の充実を行ってまいりました。今後とも、被爆者の方々に寄り添いながら、援護施策を着実に推進してまいります。特に、原爆症の認定について、引き続き、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行ってまいります。

     

     今や、国際平和文化都市として、見事に発展を遂げられた、ここ広島市において、改めて、「核兵器のない世界」と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げるとともに、原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

    ーーーーーーーーーーー

    (参考文献)

    1)

    71年前の今朝815分、広島に原爆―――空から死が降ってきて、が、原爆を落としてしまい、に変わるのはいつの日か?

    20160806

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52258645.html

     今、長春は黄砂の嵐の真っただ中です。

     

    最近暖かかったですが、2-3日前に雨が降り、急に冷え冷えしてきました。

    昨日は、テレビで黄砂(中国語で沙尘·sha chen)のニュースをしていて、北京は大変だなと、見ていましたが、今日の昼近くになると町全体の空気が薄黄色になり、黄砂に襲われたことが分かりました。他人事ではなかったです。

     

    昼に、大学の居室から20分ほど歩いて宿に戻ってきましたが、何となく、口の中に砂があるような気がします。

     

    部屋の窓から撮った写真です。見通せる距離は数百mでしょうか。

    黄砂


    3年目で初めて、の経験です。

     

    気象庁に黄砂の分布図を示したくネットを調べたところ、気象庁のHPに載っていましたhttp://www.jma.go.jp/jp/kosafcst/18時現在で、長春が最も濃い分布になっています。
    黄砂

    今日で3/11地震の発生から丸6年になりました。

     

    地震後の最初のブログ記事に書いたように

    「本棚から書類がばたばた落ち、デスクトップパソコンが倒れ、上を鎖でつなぐ耐震対策をしていた二段重ねの食器棚が中央で前につきだし、ノートパソコンのシャットダウンをするのが精一杯の私は机にしがみついていました。」が

    「停電で真っ暗で寒い一晩を過ごしました。翌朝は無事に電気が復活し、やっとテレビで被害状況が分かりました。仙台のビルが壊滅という最悪の予想よりは被害が小さくて何よりでしたが、当然生やさしい被害ではなく、特に津波での被害が酷いようです。」と書いたように、
    見えるようになったテレビの画面に次々に飛び込んでくる、津波に運ばれていく家屋の映像は衝撃であり、今、脳裏に浮かびます。

     

    原子炉が爆発するかと恐れ、つくばからの避難を考えたことも思い出されます。

     

    何回か書いたことですが、科学の面白さを多くの人に伝えようと、その年の2月に始めたブログが、地震や、原発事故に、一瞬避難を考えた私以上に、恐れおののく方が多いことを知り、私なりに集めた、地震、原発、放射線の情報発信の道具にできたことは、幸いでした。

    国立研究所に長年勤めてきた者の義務として、産総研の富江の、研究以上に重要な、私にしかできない仕事、として、ブログでの情報発信に努め、ごくごく小さくはありましたが、社会貢献ができたことは、嬉しいです。

     

    がんが増える、原子炉が壊れるというのは全くの間違いであり、放射能は全く問題ない、原子炉は全く問題ない、と主張し続けましたが、とき、が証明してくれています。良かったです。

     

    そろそろ原子炉内の状況が分かる様なので、当時の私の推測は間違っていたのか検証できます。原子炉内の状況が、私の当時の推測ともし違っているなら、どこが間違いだったか、自分の論理の間違いの原因を探すことになります。

     

    地震後の最初のブログ記事に、

    「週明けにおそるおそる実験室に行って、片付けをしようと思いますが、もしEUPSが壊れていると、装置を修理する金はないので、途方に暮れるでしょう。」

    と書いた実験装置ですが、ビクとはしましたが、何の不具合もなく、稼働しました。

     

    定年退職後の今も、研究所のご厚意により、6年経った今も、EUPSは元気に稼働しています。当時よりもできることが増えており、ユーザーも増えています。皆さまも是非ご利用ください。

     

    今は、もっぱら自分の研究に打ち込み、例えば熊本地震のように、実感せず遠く中国からニュースで大きな地震のニュースを知り、状況把握のブログ記事を書くだけになっており、当時からの読者には申し訳ないです。一方で、地震、原発について書くことが少ないことは、喜ばしいことです。

     

    最近、本当に筆不精になってしまいましたが、忘れたころにぽつぽつ、ブログ記事を書きますので、よろしくお願いします。

     先日、すずかけ台の東京工業大学に行きました。中国での研究に関連して、20年来の友人に、教えを乞うためでした。

     

    東急田園都市線のすずかけ台の駅から坂を上って入る狭い門の脇に、ノーベル賞メダル展示、と言う立て看板があったので、友人からいろいろ教わった後に、展示会場に案内してもらいました。

    会場前に、展示期間は1月末まで、次は4月から、と書いてあり、二月には中国に戻る私には、幸運でした。

     

    東工大の各分野から一つづつの研究のパネル展示がしてある会場の一角に、メダルを格納する数十cm2mほどの高さの透明な箱が中心に置かれ、壁には、大隅教授の経歴など、数枚のパネルが下がっていました。

     

    そのコーナーの入り口には、学生アルバイトさんが一人いて、説明してくれました。

    展示してあるのは、「公式」のレプリカ、とのことでした。

    公式とは、ノーベル財団が作ったという意味だそうです。三つを受賞者が買う、そうです。本物は、数億円するそうです。

    メダルをオークションに出した人がいて、そこでついた値段、と教えて貰いました。レプリカの値段についても聞きましたが、彼は、知りませんでした。

     

    我々が見学した時、年配のご婦人のグループが来られたので、学生さんから聞いたばかりの蘊蓄を説明しました。

     

    そのコーナーの入り口には、来場者の署名簿がありました。

    東工大の名前がの他にも、住所から、一般の方も多く来られているのが分かりました。遠く四国の住所もありましたが、カッコつきで中国と大学名を記した私が、一番の遠方でしょうか。

     

    会場の入り口のパソコンでは、大隈氏のノーベル賞受賞講演が流れていました。

     

    家に帰って、メダルの競売をネットで調べました。

    DNAの二重らせん構造の発見でノーベル医学生理学賞を受賞したジェームズ・ワトソン氏が、201412月4日に競売に出品し、6億円弱の価格がついたそうです(文献1)。

     

    後日談がいろいろあります。

     

    落札者はモスクワ在住で総資産2兆円の富豪ウスマノフ氏で、9日には、メダルをワトソン氏に返却する、と発表しています。出品の目的が、大学への寄付と聞いて、科学研究に役立ててほしいので、返金は求めない、と言うことでした(文献2)。格好いいですね。

     

    白人は黒人より頭が良いという発言の後、財産と名声を失ったワトソン氏は、オークションの前に、得る金を、インディアナ大、シカゴ大、ケンブリッジ大などに寄付して、名声を取り戻したいと、言っていたそうです(文献3)。

     

    ーーーーーーー

    (参考文献)

    1)
    DNA
    構造解明の米科学者、ノーベル賞メダルを5.7億円で売却

    FFP BB New 20141205

    http://www.afpbb.com/articles/-/3033494

     

    2)
    ロシア一の富豪、
    5億円で落札のノーベル賞メダル返還を表明

    FFP BB New 20141211 09:17

    http://www.afpbb.com/articles/-/3033965?ctm_campaign=topstory

     

    3) 

    Russian mining billionaire Alisher Usmanovbuys America DNA scientist's Nobel Prize at auction for $4million - but thenhands it straight back to its 'deserved' owner

    Alisher Usmanvo bought Nobel medal atauction in New York last week

    But will hand it back to Watson, callinghim 'one of the greatest biologists'

    He won award in 1962 for helping discoverdouble helix structure of DNA

    But was forced to auction it after losingincome following racist comments

     

    Dailymail, 10 December 2014

     

    http://www.dailymail.co.uk/news/article-2868381/Russian-mining-billionaire-Alisher-Usmanov-buys-America-DNA-scientist-s-Nobel-Prize-auction-4million-hands-straight-deserved-owner.html

     

    明けましておめでとうございます。

    本年もよろしくお願いします。

     

    昨年は、コンピューターソフトがプロの世界最強棋士に3連覇と言う、驚異のニュースがありました(参考文献)。

     

    年末に、アマゾンで、アマ七段到達、と謳っている、「天頂の囲碁6 Zen」と言うソフトを8千円チョットで、買いました。打ってみたところ、確かに強いです。全くかないません。

    スパコンではなく、ノートパソコンでの計算でも、囲碁ソフトは、強いですね。

     

    ―――――

    私は、大学時代、囲碁部に所属し、講義もそこそこに4年間囲碁に熱中しました。クラブでは最弱でしたが、それでも、アマではまあまあの棋力で、卒業後は、若干バブリーに、自称4段で通してきました。研究所対抗の囲碁大会にも数多く参加しましたが、自称に近い棋力で通じました。

     

    つくば移転後は、年に1回の研究所対抗戦に参加するくらいで、殆ど打っていないので、棋力は相当落ちているはずです。

    買ったばかりの”
    Zen”と、待ったを許さない、レーティング戦をやったところ、5級から始まりましたが、コンピューターの4級に負けてしまいました。

    おいおい!!どんなに適当に打っても負けるはずではなかった、棋力に負けてしまったのです。まじめに考えねば、と心を入れ替え、真剣に打ち始めました。ところが、2級、1級で足踏みしています。どうも、この辺りが現在の実力の様です。勉強をし直さねばなりません。


    昨年7月に、電気屋で、初段レベル、と謳った、「100万人のための3D囲碁」を買いましたが、こちらは、かなり弱いです。5子おかせて勝てますが、せいぜいアマ5級~7級と言うコメントをネットで見ました。
     

    研究所の先輩が、退職して何年かたったあるとき年賀状に書いてきた、記憶に強烈に残っている名言があります。

    頭の衰えは自覚しないが、体力の衰えは、何とも情けない。
    と言う類の言葉でした。

     

    私の脳力の低下を測定できるソフトに出会えたことは、昨年の最大の成果でしょうか。何とか、学生時代の棋力に戻したい、と言うのが今年の抱負、の一つ、です、

     
    (参考文献)

    ――――――

    脅威のコンピューター!囲碁で、世界最強プロ棋士に3連勝

    20160313

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52248788.html

     

    昨日深夜、大きな地震がありました(文献1)。つくばの我が家でも、若干脅威を感じる強い揺れで、且つ比較的長い時間続きました。25日に帰国したばかりの私への歓迎の挨拶代わりでしょうか。この程度の規模の地震は、かなり久しぶりです。

     

    震源地は茨城県北部で、高萩市で最大震度6弱だったようですが、大した被害がなかったようで、良かったです。

     

    ここは、2011/4/11の井戸沢活断層地震(最大震度6弱、マグニチュード7.1)、翌12日の湯ノ岳活断層地震(最大震度6弱、マグニチュード6.3)を最初の地震とする、私が「いわき内陸地震」と名付けた(文献2)地域です。

     

    先月、福島県沖で、2年4か月ぶりのM7規模の地震が発生しています(文献3)が、それに誘発された地震だろうと、考えます。、

     

    いわき内陸地震は、福島県沖地震と非常に良い相関があり、福島県沖地震のエネルギーを貰って発生する地震、と考えています(文献4)。

     

    いわき内陸地震のエネルギーを与える福島県沖の地震は、3/11以降も大きく頻度が落ちることなく発生しているので、3/11の余震と言うよりも、3/11地震で活性化された地震と言った方が良いだろう(文献5)と考えています。

     

    つまり、昨日の地震は、とても広く言えば、3/11の余震ではありますが、厳密にはそれは間違いであって、先月福島沖で発生したM7規模地震が誘発した地震であり、福島沖地震も、狭義には3/11の余震ではなく、3/11により新しく始まった地震、と、私は、考えます。

     

    この理解が正しければ、3年程度以降に、福島県沖でM7規模地震が発生する可能性があり、その時は、その1-2か月後に、昨日と同規模の、いわき内陸地震が発生するだろうと思われます。

     

    (参考文献)

    ――――――

    1)

    茨城・高萩で震度6弱 天井落下・国道に落石の被害

    朝日新聞デジタル 12/28() 23:42配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161228-00000109-asahi-soci

     

    地震の影響で高萩市内の施設で天井が落下したほか、国道461号や県道の計4カ所で落石し、190戸で断水している。北茨城市内では40代の女性が軽傷を負った。

     

      JR東日本によると、東北新幹線は大宮―仙台駅間で一時運転を見合わせた。また、奥羽線は庭坂(福島市町庭坂)―板谷(山形県米沢市板谷)駅間の上下線で運転を見合わせ、停車中の山形新幹線の車内で乗客約500人が約3時間にわたり、発車を待った。

     

    2)

    20110720

    「不思議ないわき内陸地震。余震からエネルギーを貰うーーいわきは究極の安全地帯になったか?」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51981752.html

     

    3)

    福島沖で、2年4か月ぶりにM7規模の地震の発生ーーー福島沖の地殻は、特殊な構造になっている。被害の小さな地震が常時発生しており、究極の安全地域だろう

    20161123

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52265078.html

     

    4)

    20120424日「福島県沖の余震といわき内陸地震の頻度は、昨年4月以降、比例して、級数的に減衰。ーーいわき内陸地震は余震からエネルギーを貰うという富江仮説を支持」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52055443.html

     

    5)

    20140712

    福島県沖で3/11と同規模のM6.8の地震は3/11の「狭義の」余震ではないだろうーー福島沖の地震が収まるには時間がかかりそう

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52160915.html

    今日本への飛行機内で出発待ちです。

    長春は今年は暖かかったですが?流石に数日前から寒くなりました。これまでに何回か雪が降りましたが、数日前の雪で道路は滑りやすくなり危険になりました。昨日は零下20度になり、顔が痛いほどでした。日本に退散する時期です。

    今日は冬至です。中国では、餃子を食べる風習がある様です。

     

    中国ではwechat微信)が普及していて、皆さんこれで一日中連絡を取り合っている様です。学生が作った不如跳舞と言う、60人のメンバーがいるグループに私も加わっています。


    その中で、
    冬至快乐(おめでとう)と言う挨拶がたくさん流れたことで、冬至が大きな行事であるらしいことが分かりました。そのうちに、餃子を一緒に食べようよ、と言うメッセージが現れ、どうやら,冬至に餃子を食べる風習があるらしいことが分かりました。

     

    夕方になって、親しくさせて頂いている、中国人の奥さんから、今日は餃子を食べる日ですよ、と言うwechatが来たので、宿になっているホテルの1階のレストランに餃子を買いに行きました。3年目にして初めて教えて貰った、中国の風習を楽しみました。

    冬至に餃子


     

    以下に、冬至が正月に並ぶ大きな行事であることと、餃子を食べ始めた由来について、ネットで調べたことを記します。

     

    ―――――

    冬至は、中国の二十四節気において最も早く定義された節気で、冬至をめぐる習俗は3000年近くにわたって伝承され、古くから「日短」、又は「日短至」と呼ばれる。

     

    漢の時代、河南省南陽に住む医師であった張仲景氏は長沙において官職についていた。彼が故郷に帰った時はちょうど冬の一日で、寒風が肌寒い季節であった。彼は故郷の南陽の白河において衣服もまともにない人々が凍えている姿を目の当たりにする。そして、あるものはすでに耳が凍りついていた。

     

    彼は非常に心を痛め、弟子を呼び医療用具を使って羊肉、辛子、それに寒さを取り除く漢方を鍋に入れて煮込こませた。その後、取り出してそれらを麺の皮を使って包み、人の耳のように包み込んだ。それをさらに鍋に入れて煮込んで、お百姓さんにふるまったのであった。その結果、それを食べたお百姓たちの凍っていた耳は見事に完治、この頃から冬至には餃子を食べる習慣が出来ていったという。

     

    ―――――

    「人民網日本語版」20151222

     

    多くの人はこの日、家にこもって、9日間を1つの単位とし、冬至から春までの9日間を9回数える歌「数九歌」を子供に教えたり、春を待つ絵「九九消寒図」に書かれた梅の花びらを赤く塗りつぶしたり、翌年の豊作を祈って占いをしたりする。

     

    中国では以前、労働者が冬至の日に雇用者から賃金をもらい、家に帰るという習慣があった。また、雇用者は、宴席を設けて労働者をもてなし、次の年の仕事について話し合った。田舎では、今でもこの習わしが残り、冬至に宴席を設ける企業もある。

     

    冬至は「春節(旧正月)」と同じほど大きな祭日と言われて、この日にお墓参りをするという習わしもある。例えば、福建省泉州市では、普段ほかの地域で働いている人も冬至の日には実家に戻り、お墓参りをする習慣がある。毎年4月にある清明節と並んで、先祖を祭る春季と冬季の2大祭りとして非常に重視されている。

     

    冬至の日に食べるご馳走はさまざまだ。中国北方地域では餃子を、南方地域では湯円(モチ米粉を練って作った餡入り団子)を食べる習慣があることはよく知られている。

     

    河南省には、冬至の日に餃子を食べて、医学上の功績から医聖と称えられる中国後漢(25-220)の医師・張仲景を偲ぶ習慣がある。張仲景が故郷に帰った際、雪が降る寒さであるにもかかわらず、服を十分に着ることができず、寒さで耳が冷え切っている人々を見て心を痛めた。そして、弟子に小麦粉を耳のような形に練り、鍋で煮させて、それを人々にふるまった。すると、人々の耳も温まり、よくなった。それから、冬至になると、人々はそれをまねて、耳のような形をした餃子を食べるようになった。「餃子を食べなければ、耳を失う」という言葉もある。

     

    浙江省の人々は冬至の日に、湯円を食べる。「円」は、「団らん」、「円満」を意味する。作り方は、もち米の粉にお湯を混ぜて練り、それを一つずつ団子の形にする。それを煮た後、大豆の粉をまぶす。この過程を、浙江省台州市の方言では、「擂(レイ)」と呼ぶため、冬至の日に食べる湯円は「擂円」と呼ばれている。大豆の粉は、大豆を炒めた後粉にし、黒砂糖を混ぜているため、香りがよく甘い。そのため、もち米で作った柔らかい団子にまぶして食べると、一層食欲をかき立てる。

    月>地震関連のニュースを見ていると気になる記事がありました。http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20161125/dms1611251130009-n1.htm

    先生はどのような感想を持たれますか

    ブログを読んで頂き、有難うございます。

    紹介頂いたサイトを読んでみました。その感想です。

     

    12月~来年1月にかけて、南関東で大きな地震が発生する可能性が極めて高い

    MEGA地震予測が予測した、と言う記事ですね。

    日本全国で、頻繁に、無数の地震が発生しています。「大きな」地震とは、どの規模か?南関東とはどこからどこまでか?、言わないと、予測になりません。

    >22日に、福島県を警戒地域に指定し、24日に地震があった、

    >10月に震度6弱を記録した鳥取地震も的中させている。

    と書いています。

    発生した全ての地震を一覧表にして、予測できたもの、全ての予測を一覧表にして、予測通りに地震が発生したかどうか、見ないと、

    串田式(文献)と同じかどうか、判断できません。

    串田さんの予測を私は全て完全に否定しました。全く関心がないのでその後を追っていませんが、彼は、どうなっているでしょうか?

    MEGA地震予測とは、測量工学が専門の東京大名誉教授の村井俊治氏が立ち上げた民間会社「地震科学探査機構」が実施しているもので、国土地理院が公表する、GNSS(衛星測位システム)が測った、全国約1300カ所の電子基準点での地殻変動から巨大地震の発生が予測地域を特定している。と説明があります。

    一見尤もらしいですが、同一データは、おそらく、とても多くの研究者が分析しているだろうが、類似の予測は聞かないこと、地震の専門家ではない、且つ、利潤を追求する民間会社が、特別に分析能力が高いと考えにくいこと、から、その言うことに価値はないでしょう。

    地表の気象は、地下10km以下の地殻に、全く、何の影響も与えず、地震とは全く無関係です。

    もしも

    >台風や低気圧などの外的要因が地下にたまったエネルギーの留め金を外すトリガー(引き金)になることもあり得るといい、

    と言ったとすると、全くの無知であり、言うことは出鱈目、と断じて良いでしょう。

    ―――――

    以上が感想です。

    ーーーーー

    (参考文献)

    食い扶持稼ぎの流星エコー観測からFM電波による地震予知に道を踏み外した、アマチュア天文家、串田嘉男氏

    20131020

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52128501.html

    20161122 559分頃に、福島県沖(北緯 37.4度、東経 141.6度)、深さ30kmを震源とする、最大震度5 M7.4の地震が発生しました。M7規模の地震は、2014年7月以来、2年4か月ぶりです。

     

    この地域では、5年半前の3/11地震以降、地震活動が活発で、広義の「余震」(文献1)であるのは明らかですが、私は、狭い意味では、余震ではないのではないか(文献2)、と考えています。

     

    福島沖での地震の頻度の経時変化を2年4か月前にまとめています(文献2,3)。

    福島沖13年まで


    着実に鎮静化はしていましたが、その減衰速度は遅く、完全に収まるには相当の長期間を要しそうでした。

    久しぶりに、地震頻度の経時変化をまとめて見ました。

    福島沖14年以降

    着実に頻度は減っていますが、やはり、減衰の速度は遅いです。減衰が止まっているようにすら見えます。

     

    22 559分のM7.4地震の後、M4規模の地震が頻発しているので、559分のM7.4地震が本震で、その後の地震が余震と言うことになります。余震の余震はない、というのが富江の見解であり、この考え方から、22 559分のM7.4地震は、3/11地震の余震ではない、と私は考えます。

     

    福島沖の地震からエネルギーを貰っていると考えることが適当(文献4)と言える、いわき内陸地震が発生しており、この地域では、3/11地震により、特殊な地殻構造になっていると思われます。

     

    被害がなければ、地震が起きた方が安全である、と言う私の考え方からすると、この地域は、巨大地震による大被害を免れる、幸せな地域だろうと考えます。

     

     

    ―――――

    (参考文献)

    1.

    気象庁が会見、今回の地震は東日本大震災の余震との見方示す

    TBS系(JNN 11/22() 9:29配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20161122-00000050-jnn-soci

     

    2.

    20140712

    福島県沖で3/11と同規模のM6.8の地震は3/11の「狭義の」余震ではないだろうーー福島沖の地震が収まるには時間がかかりそう

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52160915.html

     

    3.

    20130518

    福島沖で数ヶ月内にアウターライズ地震が発生する?--全く根拠無し。引き続き、余震は着実に沈静化

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52111646.html

     

    4.

    20110720

    「不思議ないわき内陸地震。余震からエネルギーを貰うーーいわきは究極の安全地帯になったか?」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51981752.html

    以下は、Blogosと言うサイトの

    田中弥生氏の20160915 22:40の記事

    加藤紘一氏の葬儀に参列して ~真の保守とは~

    http://blogos.com/article/190714/

    へのコメントです。

     

    ――――――――

    タイトルは、真の「リベラル」とは、の方が良いでしょう。

     

    保守とは、伝統、既存を重視する考え方。その対抗は革新で変革を重視する考え方。改革の極端が革命。

    世の中の変化に対応しなければならないので、完全保守はあり得ず、また、急激な変革は多くの犠牲を伴うので、ある程度の伝統を残す必要がある。保守と革新は、伝統と改革の比重が異なるだけで、明確な境界はない。

     

    中国をあちこち旅行してみて、中国は、数千年の歴史で常に、改革だったと感じます。特に、文革で、歴史を根こそぎと言って良いほど過去を消した。今、歴史に価値を認める政策を進めているが、レプリカが大半である。数千年の歴史が保存されておらず、とても勿体ない。古い中国は、日本に、保存されている。

     

    翻って日本は、大和朝廷以来、保守。革命であった明治維新ですら、廃仏毀釈や浮世絵の廃棄などによる被害は軽微にとどまった。伊勢神宮は大和朝廷以来存続する神社であるが式年遷宮で原則20年ごとに建て替えられている。急激な変革はせずに、しかし、着実に革新している。典型的な保守と言える。

     

    保守、革新と異なる分類として、尊王・攘夷と、国際主義がある。

    今の自民党の最大の間違いは、国際主義者である保守主義者が、尊王・攘夷に支持される人間に頼っていることである。自民党は、尊王・攘夷と国際主義で、分裂すべきである。

     

    加藤紘一氏は明らかに国際主義派の保守派であった。これをリベラル、と呼ぶでしょう。

    小泉純一郎氏は、保守主義者ではなく、革命家である。自民党が、革命家を総裁に選出したのは異常であった。

    先週までがらんと寂しかった大学のキャンパスが、今週から、賑やかになりました。中国の新学期が始まったのです。


    大学の正門の前を、片側三車線の大通りが走りますが、その一寸した広さの歩道に所狭しと露店が並び、新入生向けの生活用品が売られています。

    185320149121551088
    750274981535940024
    810945797448274741



    こちらでの生活は、3年目に入りましたが、過去二年は見かけませんでした。何故だろうと考えて、分かりました。


    今年は、何故か、8月半ばから、大学構内そこらじゅうで、水道管工事が始まりました。新学期までに終わるのだろうかと心配しましたが、案の定、新学期に突入しても、キャンパス内のそこらじゅう、大きな土管が並んでいます。車は通行できず、中国の大学生の唯一ともいえるバスケットのコート一杯に車が止まっています。


    先ほどの生活用品を売る露店の話に戻ると、昨年までは、キャンパス内に繰り広げられていたのでした。キャンパス内に場所がなくなったので、表通りの歩道に展開した、と言うことでした。


    キャンパス内には大きな土管がたくさん並んでいて、ショベルカーが土管を吊り上げる作業をしていて、とても通りづらいです。授業が本格的に始まって、学生の民族大移動が始まると、大渋滞になるのは必至です。

    第八回の日中韓3国の外相会議が東京で8/24に行われました(文献1)。

    尖閣諸島沖での多数の中国の公船および漁船の連日の出現と、外務省の中国への連日の抗議で、日中間に、一触即発も恐れられる緊張感が高まり、日中共に、国内政治的に、突っ張らねばならない状況に陥りました。

    8/10
    には、“8月中旬に予定していた孔鉉佑外務次官補の訪日取りやめを日本側に伝えてきたが、尖閣諸島沖での中国公船の活動に、日本が再三抗議したことを理由にしており、対抗措置の意味合いがある。今月下旬に日本での開催を調整していた日中韓外相会談も困難との見方が強まっている。”との報道もありました(文献2)。


    中国側の態度を一挙に和らげたのが、翌8/11の、海上保安庁による、尖閣沖での中国漁船6人の救助でした(文献3)。中国は、”称賛する“と言う強い言葉で、謝意を表しました。


    安倍総理、稲田防衛相が靖国参拝をしなかったことも助けになり、17日には、日中両国が協調路線に転換=G20で日中首脳会談開催もと言う記事も現れ(文献4)ました。

    中国外務省は、“王毅外相の三カ国外相会談への出席は「多国間の会議に参加するためで、日本との2国間の枠組みとは何の関係もない」と強調し、中国国内で批判が出ないよう神経をとがらせていることがうかがえます。”と言う解説(文献7)もあり、そう簡単には、中国の日本への強硬姿勢が改まらないかも知れませんが、無事に、日中韓外相会議が開かれました。

    三つの二国間の会談も行われました。

    日中外相会談では、岸田外相が「中国側が一方的な行動を続けていることは認められない。事態を完全に沈静化させてほしい。東シナ海全体の状況を改善すべきだ」と強く抗議したのに対し、中国の王毅外相は、「東シナ海情勢の悪化を防ぎ、不測の事態を回避することが重要で、日中関係を改善したい」と応じた、とのことです(文献5)。尖閣沖への日本の抗議に反発せず、中国の固有領土と言う主張はしながら、未来を見ようという、未来志向の発言をし、日中関係改善への強い期待が窺えます。


    中国外務部(外務省)のホームページに、日中韓外相会談関連の記事が12本も掲げられている(参考文献)ことからも、中国側の熱い思いが感じられます。


    日中外相会談で、日本側は、東シナ海の状況改善が前提、と条件は付けた(文献5)そうですが、日本側も、9月に中国杭州で開かれる、20の国・地域の首脳が集まるG20での、安倍首相と習近平国家主席の日中首脳会談を望んでいます。


    2年半ぶりに日中首脳があったのはすでに2年前になろうとする201411月で(文献6)、それから一挙に日中関係が改善されるかと期待し、実際に、直後は、関係改善が進みました。しかし、今は、一緊張感が高まっています。G20の機会に、2年ぶりの日中首脳会談が開かれ、関係改善が図られることを期待します。

    ―――――

    (参考文献)

    1.

    日中韓外相会議

    外務省>国・地域>アジア>

    http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page4_002248.html



    2.

    中国外務次官補の訪日中止 尖閣巡る日本の対応に不快感

    朝日新聞デジタル 20168102135

    http://www.asahi.com/articles/ASJ8B567PJ8BUTFK008.html?ref=newspicks



    3.

    尖閣沖公海で、海上保安庁が中国漁船の6人を救助。中国外務省が称賛――――北風では、人は変わらない。太陽の海上保安庁、有難う

    20160812

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52259124.html



    4.

    日中両国、G20杭州サミット控え協調路線に転換へ=首脳会談開催も―日中外交筋

    Record China     配信日時:2016817() 820

    http://www.recordchina.co.jp/a147471.html



    5.

    日中外相会談

    外務省>国・地域>アジア>中華人民共和国>日中外相会談

    http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/c_m1/cn/page4_002251.html



    6)

    安倍総理と習主席が北京でのAPEC11/10に、25分の短い会談ーー2年半ぶりに日中首脳が会ったことに歴史的意義。国内向けに無表情の習主席の内心はきっと大喜び

    20141117

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52178756.html



    (中国政府外交部のホームページの日中韓外相会議関連記事)

    http://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/



    1.第八次中日会在日本

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391384.shtml



    2.王毅:中方重日本愿支持好二十国集杭州峰会

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391563.shtml



    3.王毅:中日关系如逆水行舟,不进则退

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391562.shtml



    4.王毅会日本促会河野洋平

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391561.shtml



    5.王毅会日本前首相福田康夫

    http://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1391621.shtml



    6.王毅会日本自民党干事俊博

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391559.shtml



    7.日本首相安倍晋三会王毅

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391557.shtml



    8.王毅会日本外相岸田文雄

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391492.shtml



    9.王毅会见韩国外尹炳世

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391399.shtml



    10.日表示支持中方好二十国集杭州峰

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391388.shtml



    11.王毅中方岛问题的“三个反”和“三个持”

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391386.shtml



    12.王毅:克服困,排除干累共,聚焦合作

    http://www.fmprc.gov.cn/web/zyxw/t1391385.shtml

    オリンピックの閉会式の最後に、五輪旗を次の開催地に引き継ぐ儀式が行われます。次回第32回の東京オリンピックの紹介で、安倍総理がマリオの姿で、リオ五輪の開会式に現れたことが評判が良く、海外でも話題になっている様です。

    そこで、
    NHKの「東京大会プレゼンテーション」ノーカット映像(文献)を見ました。確かに、感動しました。


    世界中でファンが多い、日本のアニメキャラクターは、一連の宮崎駿作品、ワンピース、ドラゴンボール、鉄腕アトム他、無数と言って良いほどに多いですが、五輪開催地名のRioからスーパーMarioを使った様です。東京からリオにひとっ飛びするため、どこでも土管を出すドラえもんポケットが必要でした。最も競技人口が多いサッカーのキャプテン翼が出たのも自然です。キティちゃんは、どういう意味付けかは分かりません。次回五輪の主催国の総理を登場させるのに、漫画キャラを使ったのは、とても良い趣向でした。

    日本が、文化の力で、世界の平和を先導するに違いないと確信させる、そういう目で見ると涙さえも出る、見事な企画・演出です。東京オリンピックは、きっときっと、世界の平和に貢献する、素敵なオリンピックになることでしょう。


    とても気に入ったので、映像から28画面を切りだして、並べました。

    リオ五輪東京ショー1

    リオ五輪東京ショー2有難う

    リオ五輪東京ショー3アニメ
    リオ五輪東京ショー4北島高橋
    リオ五輪東京ショー5

    リオ五輪東京ショー6安倍マリオに変身

    リオ五輪東京ショー7どこでもドラム缶
    リオ五輪東京ショー8マリオ リオへ
    リオ五輪東京ショー9ア安倍マリオ登場
    リオ五輪東京ショー10 see you in Tokyo


    ―――――

    (参考文献)


    【ハイライト】2020へ期待高まる!トーキョーショー

    822 () 午後2:46

    NHK リオ・オリンピック

    http://sports.nhk.or.jp/video/element/video=30468.html

    気象庁は、「余震」と言う言葉の使用をやめるそうです。

    私は、気象庁の「余震」の使用法が何回か間違ったと思います。熊本地震で、「誘発」を使わなかったばかりに、ついに、破綻してしまいました。

    しかし、本来の余震をも余震と呼ばなくなると、地震の揺れの減衰が予測できなくなります。被災地の人々は、いつまでも、来ない巨大地震に怯えなくてはならなくなります。

    非難を恐れて「余震」と呼ぶのをやめるわけですが、「保身」が進むと、気象庁の「存在意義」も損なわれます。役所の得意技である保身の姿勢(文献6)を改めて、
    国民のため、積極的な攻めの情報発信をしましょう。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    気象庁 「余震の確率発表」を見直し

    日本テレビ系(NNN 819()1555分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20160819-00000050-nnn-soci


    熊本地震では、最初の大きな地震の翌日、気象庁が「震度6弱以上の余震が発生する確率は20%」と発表した。ところが地震活動域が連鎖して広がり、最初の地震の2日後、震度7のさらに大きな規模の地震が起きた。

    地震調査委員会は、気象庁の発表方法を見直すことになった。「地震直後から1週間程度は、同じ規模程度の地震発生の可能性がある」といった表現にとどめる。

    余震という言葉も、「より強い揺れは発生しない」と受け取られるため、地震直後の発表では使わないことにした。

    (気象庁の「余震」の使用が不適切、と私が考える数例)

    2.

    熊本地震、16日に、より大きいM7.3が発生――「誘発」により、震央域が、別府―島原地溝帯沿いに別府まで拡大。前例のない(?)拡散

    20160416

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52252342.html


    熊本地震では、
    4/14に最大震度7でマグニチュード6.4の地震が起きた後、16日に、最大震度6強でM7.3の地震が発生しました。気象庁は、4/14の地震は「前震」で、16日の地震が「本震」、と発表しました。


    私は、前震、本震の名称は適切ではなく、
    4/16日の地震は、4/14の地震に「誘発」された地震と言うべき、と主張しました。


    3.

    11/20茨城北部の震度5強の地震を気象庁が「311日の余震」ーーー間違い!特異な、福島浜通り・茨城北部「内陸」地震です」

    20111121

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52019001.html


    4.

    相当な確率で、4/29の千葉県北東部の震度5弱の地震は、3/11の余震ではない。5年に一度程度M6が発生する地域

    20120503

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52057457.html


    5.

    7 17時過ぎに三陸沖のM7.3の地震で、岩手、宮城で震度5弱。北海道から山梨まで震度4ーーー狭義の余震ではなく、日本海溝の外側のアウターライズ津波地震

    20121208

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52092082.html


    6.

    「狼少年は許さない」と猪瀬知事が気象庁の「降雪予想外れ」に憤慨ーーー3/11以降の地震予測は、自己保身が最優先だった気象庁

    20130210

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52100613.html


    7.

    4/13M6.3淡路地震は、18年前の兵庫県南部地震の余震ではないーー地震の予測の役に立たないお遊びの言葉「広義の余震」

    20130422

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52108448.html

    学生の二人に、親戚が多くいる場所(出身地)を聞いたところ、二人とも、山東省だと言いました。山東省出身が多いね、と言うと、東北地方(旧満州)の多くの人は、日本軍に強制連行させられた、と説明してくれました。


    中国の学生は授業で教わっている、とのことです。そのようなことを私は中学高校時代に教わった記憶がなく、知識がないのが恥ずかしく、それ以上の質問はしませんでした。


    今回、第二次大戦での戦争犠牲者数を載せているブログサイト(文献1)に、探していた中国人の強制連行の記述が見つかったので、関連情報を調べました。


    文献1に引用された、李乗剛教授の記述に依れば。
    日本の内地の労働力不足を補うため、4万人の中国人を強制連行したそうです。劣悪な環境で、
    7,000人もの死者が出たとのことです。
    そして、満州国でも、労働力不足を補うため、華北地方などから合計
    1640万人の中国人労工が連行された、とあります。私に教えてくれた学生が教わったのは、このことだろう、と思います。


    現在の東北地方の住人の内、どのくらいの割合が、強制連行によって移住してきたかの計算を試みました。すると、李教授の主張する数字は間違いであることが分かりました。


    ―――――

    東北地方の人口の推移(文献2~5)を図示します。

    満州の人口の推移

    満州国の人口は、1933年に3,370万人で、1942年に4,424万人だったようです。9年間に1050万人増です。

    130
    万人の朝鮮人(朝鮮併合により日本国籍を有していた)を含む日本人213万人がいたそうですから、1933年から1942年にかけての中国人の増加は、1050-218930万人になります。増分が全て強制連行であったとしても、李教授の言う数字1640万人の6割以下、であり、彼の主張する数字は明らかに、間違いです。

    内地への強制連行した中国人の数が4万人、はきっと確実な数字でしょう。それよりはるかに多くの中国人が満州国に強制連行されたことは想像に難くないので、4万人の10倍程度、がありそうな数字の様に思います。


    上の図で、1932年以降の増加率は、それ以前の増加率より若干多いように見えます。1932年以前の増加率を外挿すると(細い直線)、1942年での、それまでの増加率との差は、数十万、であるように見えます。この差が、強制連行によるものと考えると、先ほど推測した40万人と大体一致します。つまり、日本軍が満州へ連行した中国人の数は、4050万人、が尤もらしいと思われます。


    東北地方の人口は、戦後すぐは変化がなかったですが、1955年から増えています。

    私の学生によると、彼らのおじいさんの時代に吉林省に移住したそうです。年齢が今
    7080歳だとすれば、吉林省に移住したのは50年ほど前で、学生たちの祖父母の東北地方への移住は、満州崩壊の後、と言うことになります。そして、東北地方の人口の急増の時期と一致します。

    もしも東北地方への移住者の多くが、日本軍の連行による、と学校で教えているとしたら、間違いです。ごくごく一部です。勿論、
    40~50万人と言う数字は、物凄い数です。


    東北地方の人口は、2000年以降、ほぼ一定です。これまでの一人っ子政策の影響で、これから減少するのでしょう。


    ―――――

    北京の近くの万里の長城は、野蛮人の中国への侵入を防ぐためでした。つまり万里の長城の北は、歴史的には、中国ではない、と言うことになります。満州にいた野蛮人である満州族は、万里の長城を越えて北京に侵攻して、漢民族の明王朝を倒して清王朝を作りました。

    しかし、明の人口
    5,000万人に対して、満州族の人口は60万人に過ぎませんでした(文献6)。

    中国全土の支配のために、漢族の力を利用するしかありませんでしたが、北京に移住して手薄になった故郷の地、満州は、ロシアに奪われてしまいました。そして、清王朝が倒された時、中国を追われる満州族に、戻る故郷がなくなっていました。


    今、満州族の8割が東北地方に居るとのことです。東北地方の人口1億1千万に対して、満州族は800万人、つまり、満州族の比率はわずか8%です。この比率は、満州国当時も変わらないでしょう。

    つまり、奪われていた満州は、日本軍がロシアから取り返していたので、満州族は故郷の地に戻ることはできたものの、北京を支配した清朝
    300年弱の間に、故郷の地でも、少数民族になってしまっていました。


    結局、満州国建国時に、満州に住んでいたほとんどは漢族であり、満州族は、少数民族に過ぎなかったのです。満州族のために満州国を再興する、と言う、日本軍部の民族自決論は詭弁だった、ことが、今回の勉強で分かりました。


    ―――――

    (参考文献)

    1)

    ブログ 「我が家のホームページ」

    第二次世界大戦等の戦争犠牲者数

    http://nvc.webcrow.jp/TR7.HTM


    2)

    満州人口の推移|187090年代北満洲における辺境貿易と漢民族の移住

    Naver まとめ

    http://matome.naver.jp/odai/2136128175903421401/2136452395259144803


    3)

    「満州国」人口統計の推計

    山中峰央

    http://www.tku.ac.jp/kiyou/contents/economics/245/9_yamanaka.pdf


    4)

    中国における人口移動と人口重心

    陳祖敏 大阪経済大学、ビジネス情報学科、修士論文、2010119日提出

    http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/kusanagi/2009nagizemi/pdf/05_Chen.pdf


    5)

    中国統計年鑑2014年版

    Science portal China

    http://www.spc.jst.go.jp/statistics/stats2014/


    6)

    74回 清

    浅野典夫     世界史講義録

    http://www.geocities.jp/timeway/kougi-74.html

    オバマ氏の広島での演説に、原爆で、何十万人も殺害したことの謝罪の言葉なし、と、キューバのカストロ前議長が批判したそうです(文献1)。

    当時の広島の人口が
    24万人でしたから、数十万人はあり得ず、正しくは14万人程度です。と言う数字の不正確さはさておき、非戦闘員を大量に殺戮したことは、事実です。


    原爆投下が正義だった、と開き直る米国の世論の中で、現職の大統領が広島を訪れたこと(文献2)、自体は極めて高く評価できますが、やはり、目的がどうであろうと非戦闘員を無差別に大量殺戮したことは、素直に謝罪すべきでした。


    日本の第二次大戦での戦死者の総数は310万人程度だったようです。内訳が知りたく、ネットを探したところ、第二次大戦中の戦死者数の記録を集めたサイトに出会いました(文献3)。いろいろな数字が載っていて、面白いサイトです。

    文献が明示されていて信用できそうなので、その中の幾つかの数字を紹介します。


    東京の大空襲での約10万人や広島と長崎の原爆による死亡者を含み、本土で70万人。沖縄戦で19万人。満州で25万人程度。その他の中国本土で47万人弱。フィリピンで50万人。中部太平洋諸島で20万人。などの様です。


    ―――――

    他国の死亡者数ですが、アメリカでも、30万人(欧州で18万人、対日本で11万人)が亡くなったそうです。真珠湾以外にアメリカの領土では戦闘がなかったので、一般人6,000人とは、従軍記者、とかでしょうか。真珠湾攻撃で3,400人も亡くなったのは、日本軍の奇襲がこんなにも成果があったのかと驚くとともに、こんな僅かな死者数で、戦争に踏み切ったのですね。

    戦況は既に決定的で軍事力に圧倒的な差があった沖縄戦でも米兵
    1万人が亡くなっています。日本軍が頑強に抵抗したのでしょう。洞穴などに逃げこんだ女・子供などの住民を米兵が無慈悲に焼き殺したのはこういう状況があったのでしょうか。

    別の文献(文献4)によると。

    枢軸国ではイタリア45万人に対して、ドイツ700~900万人。ドイツの被害はすごいです。連合国側でソ連の死者数が、軍人900~1400万人、市民1300~1800万人は、驚きです。自国民の命などどうでも良いという作戦だったに違いありません。ポーランドは、軍人24万人、市民540万人でした。独露の間に挟まっていたからでしょう。あまりにも悲劇でした。


    アジアでは、中国で軍人350~400万人、市民700~1,600万人、ベトナム100~150万人、インドネシア300~400万人、フィリピン56~111万人、などとなっています。

    ――――――

    アジアでは、日本軍のための労働力の確保のために過酷な労働に従事させて死なせてしまったり、日本軍の食料収奪と飢饉で病死、餓死させたり、抗日勢力を「粛清」したりで、日本軍はとても多くの方を犠牲にしています。これらの犠牲に対しては、通じない言いわけですが、アメリカとの戦いの中でやむを得なかった、と言う人もいるかも知れません。

    しかし、中国の
    1,000万人を超える死者は、一方的に他国に侵略してのものですから、何の言い訳もできません。アジア諸国は、日本が甚大な被害を与えたことを、忘れることはできないでしょう。

    第二次大戦での各国の死者数を調べた今年の終戦の日、どのような事情・経緯があったにせよ、日本軍が殺したアジアの人の数の多さに驚愕しました。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    オバマ氏の広島演説を批判=カストロ前議長が90歳―キューバ

    時事通信 814()1449分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160814-00000122-jij-int


    前議長は13日の共産党機関紙グランマ(電子版)で、広島で行われたオバマ大統領の演説は「何十万人の住民を殺害したことへの謝罪の言葉が欠けていた」と強調。広島と長崎を無作為に選んだ原爆の投下は「犯罪的な攻撃だ」と厳しく指摘した。


    2)

    オバマ大統領の広島スピーチ全文ーー71年前、とてもよく晴れた朝、空から死が降ってきて世界は変わった。閃光が広がり、火の玉がこの町を破壊した。

    20160528

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52254675.html


    3)

    ブログ 「我が家のホームページ」

    第二次世界大戦等の戦争犠牲者数

    http://nvc.webcrow.jp/TR7.HTM


    4)

    第二次世界大戦の犠牲者

    wikipedia

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AE%E7%8A%A0%E7%89%B2%E8%80%85

    中国の卒業式で、兎追いしーーが流れた、と書きましたが(文献1,2)、間違いでした。「旅愁」でした。


    中国語を少しでも聞けるようになろうと、NHKラジオの中国語会話を聞いていますが、201510月9日の第10課で、この歌の紹介がありました。

    テキストに書かれていた、李叔同作詞の中国語の歌詞と日本語の歌詞を紹介します。


    「送別」

    亭外 古道                    送別の場所「長亭」の外、古びた道

    芳草碧      におい立つように燃える草のみどりがにつながる

    扶柳 笛声残    夕暮れの風に、柳の枝がそよぎ、笛の音もかすかになる。

    夕阳山外山        夕日が山の向こうの山に沈む

    天之涯 地之角         天のはて、地の果てに

    知交半零落     散り散りになった友人たちは半分零落してしまった

    壶浊 尽余     せめて一杯の濁り酒で楽しみを尽くすとしよう

    今宵梦寒      今宵は分かれの夢を見て、寒々となりそうだから


    原曲は米国のオードウエィによる“

    Dreaming f Home and Mother”で、1907年8月に発表された「中等教育唱歌集」に犬童球渓の歌詞が「旅愁」として発表されています。

              「旅愁」

    更け行く秋の夜、旅の空の

    わびしき思いに、一人悩む

    恋しや故郷、懐かし父母、

    夢路にたどるは 故郷の家路

    更け行く秋の夜の 旅の空の

    わびしき思いに 一人悩む

    李叔同は1905年に東京美術学校と音楽学校(現在の東京芸術大学)で、西洋絵画と音楽を学び。1910年に帰国し、「送別」を作詞しました。彼は1918年に出家しています。


    原曲の歌詞は以下の通りです。

    Dreaming of Home and Mother

    Words & MusicJohn POrdway(PD)


    Dreaming of home, dear old home!

    Home of my childhood and mother;

    Oft when I wake 'tis sweet to find,

    I've been dreaming of home and mother;

    Home, Dear home, childhood happy home,

    When I played with sister and with brother,

    'T was the sweetest joy when we did roam,

    Over hill and thro' dale with mother


    アメリカではほとんど忘れられてしまっているとのことですが、日本では、100年以上も親しまれ、日本の歌百選にも選ばれています。犬童球渓の名訳のおかげです。


    李叔同の中国語の歌詞も、それ以上と言っても良い素敵なものですが、日本留学中に犬童球渓の名訳を聞いていなかったら作っていなかったろうと思います。


    魯迅、孫文、周恩来、郭沫若などなど、百年を超える日中交流の歴史を象徴する名曲と言えると思います。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    20150627日「中国長春で「兎追いしーー」が流れる中、学長から卒業生一人一人が卒業証書をもらう、素敵な卒業式ーーー学長とハグしたり、ピースしたり」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52213320.html


    2)

    20160708日「兎追いしかの山――を中国の唱歌と信じる中国の学生。角帽のひもを、学長に、右から左に移してもらって、卒業」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52257035.html

    尖閣諸島沖公海で、中国漁船と貨物船衝突が衝突し、漁船の8人がまだ行方不明であるものの、6人を海上保安庁(海保)の巡視船が救助したそうです(文献1)。きな臭さがどんどん増している海域なので、常時監視していたためにすぐさまの救助ができたのでしょう。


    日中双方が捜索したということですが、日本が先に救助できたことは、幸運でした。神様の贈り物です。日中関係の関係改善に大きく貢献するでしょう。

    中国の大多数は、穏健な良識派、と信じますが、どこの軍部でもそうであるように、ごく一部の急進派がいます。最近の中国の外交では大きな成果が得られず、特に南シナ海の仲裁裁定で、中国の外交は大きな失敗をしたので、軍部急進派が大きな発言力を持ってきたでしょう。


    外務省が何回抗議しても、尖閣諸島近海の日本領海内への中国の公船の侵入が続く、と言う状況は、どんどんエスカレートするのは必至です。主権を侵されれば、日本側も強硬手段に出るほかなくなりますが、強硬手段では、物事は絶対に解決しません。いつか、軍事衝突が起きるかもしれない、と心配しています。


    この事件をきっかけに、中国で、良識派が軍部の急進派を抑え込むよう、望みます。当初、海保の救出に言及していなかった中国外交部(文献2)が、日本を称賛する談話を発表した(文献3)のは、嬉しい兆候です。


    北風が吹きすさぶ中、素敵な太陽を注いでくれた海上保安庁の皆さん、有難うございます。

    残りの8人も救助できるよう、引き続きお願いします。


    ーーーーー
    (参考文献)

    1)

    中国漁船と貨物船衝突=尖閣沖、8人不明―沖縄

    時事通信 811()1449分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160811-00000123-jij-soci


    11日午前5時半ごろ、沖縄県石垣市の尖閣諸島沖の公海上で、中国漁船と衝突したとギリシャ船籍の貨物船から遭難通信があった。

    周辺を警備していた海上保安庁の巡視船が現場に急行。漁船の沈没を確認し、漂流していた乗組員6人を救助した。命に別条はないという。

    漁船には14人が乗っていたといい、日本の巡視船と中国公船が行方不明の8人を捜索した。救助された6人はヘリで石垣市に搬送。病院で手当てを受けており、近く中国に帰国する見通し。


    2)

    漁船沈没「日本と協力」=海保救助には触れず-中国

    時事ドットコムニュース

    http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081100540&g=int


    【北京時事】中国外務省の華春瑩・副報道局長は11日、沖縄県石垣市の尖閣諸島沖の公海上で、ギリシャ船籍の貨物船と衝突した中国漁船が沈没したことについて談話を発表し、「中日両国の公船が(行方不明の)船員の捜索に全力で当たっている。中日の関係部門が協力し、適切に処理することを希望する」と述べた。


    華副局長は「6人の中国船員が救出された」と説明したが、海上保安庁の巡視船が助したことには言及しなかった。(2016/08/11-22:34


    3)

    海保の中国人救助「称賛」=当初の談話では触れず―中国外務省

    時事通信 812()16分配信

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160812-00000008-jij-cn

    中国のテレビで、最近、日本の登場がやたら多いです。域外の無関係の国なのに、南シナ海のことにやたら口出すのはどういう意図か、とか、釣魚(尖閣)諸島でやたら騒ぎ立てるのはどうしてかとか。仲裁裁定は、相当にきつく効いている様です。なりふり構わぬ、と言う印象を受けます。

    天皇生前退位の希望表明のニュースも大きく取り上げられました。


    これらが報じられるのは、特に驚くことでもないですが、昨晩、おっ、と驚きました。オリンピックの報道は、日本が日本選手しか報じないと同じく、こちらでは、中国人の試合しか報じません。ところが昨晩、福原愛の準々決勝突破が、報じられたのです。驚きました。


    福原愛は、中国で絶大の人気がある様です。日中友好に、計り知れない貢献をしています。


    今晩はこれから、中国選手との対戦があります。さて、どういう報道をするのでしょう?


    福原愛選手の4強入りを報じる、ネット記事を探しました。

    かなり詳しい記事です。



    福原爱强势 即将迎中国李

    http://sports.chinaso.com/zgjt·zqzbtl/detail/20160810/1000200032975381470810676946592065_1.html


    2016-08-10 14:31


    核心提示:里奥运会乒乓球女子1/4展开角逐,最日本名将福原比分4-0新加坡名将天薇晋,届将会面中国的李霞。


    89日,里奥运会乒乓球女子1/4展开角逐,最日本名将福原比分4-0新加坡名将天薇晋,届将会面中国的李霞。


    上届奥运会女霞和亚军丁宁延强势,分40战胜台北怡静和德国削球手韩莹,两位中国队选手在各自已经结束的三中未失一局,朝着连续第二次会奥运会决的方向前


    成就“大满贯”壮后,受到病影响的李霞一度陷入低谷。来到熟悉的奥运赛场强调其自然”的她正逐找回敦折桂的状。她在战胜郑怡静后冕自然是自己的目,但不会刻意求自己什么西,最主要的就是有个平的心,不管上出什么问题,都不要放弃,不留下什么憾。


    霞在半决中的手是日本手福原,后者有些意外地以40将二号种子、新加坡好手天薇淘汰出局。天薇认为是福原打得最好的一次,自己在战术变化不成功的情况下耐心不,福原爱则“跟做梦一,有点不可思”。


    福原爱这场可以说发挥出了她的最高水平,也是她首次晋奥运打四。福原在日本有着很高的人气,这场在日本受到极大关注,后有日本网友表示福原的表现简直有如神助,下一很有希望击败霞。


    福原在本届奥运会连续都以4-0的比分横扫对手,如此出色的状也令很多人感到意外。日本网友表示,“在的福原是状最好的候,下一很有希望击败中国手,加油啊!”“中国人见识一下福原害。”“福原加油,打到李霞,然后是丁宁。”


    这简直是有如神助啊。”“福原爱觉醒了。”“真的太害了,的人都兴奋不已。”“福原完全制了方的发挥,以她在的状态连中国手也会感到害怕吧。”“福原完全是中国化的手了(从力上来)。”


    有日本网友表示福原能有如此好的状予了她力量,“福原少年期我就她很期待了,此前还认为是她是早熟的型,在也许处于恋期成个人的状也都跟着好了,成是大器晚成型了呢。”“也奥运会是她最后一届奥运会了吧,不定奥运会之后她就要婚了呢。”“台湾的男朋友是不是也要加油了,要不然力可配不上福原哦。”


    福原表示:“今天很累果没想到,真的是没想到,有点跟做梦一前的准也是挺充分,但是老实说战术什么的其没有什么特的,就是不要放弃每一个球,就这样子。


    为对手的天薇坦言:“我得今天一上来方气就是倒性的,自己是没有

    重慶が山の中の町であることを実感したので、ご紹介します。


    重慶の別名は、巴渝、山城、渝都、都、都です。城とは町のことであり、山城とは山の中にある町、を意味します。は霧、は橋で、霧が多い、橋が多い、を意味します


    巴渝の由来を、ネットで調べました。


    中国の四大小説の一つである三国志は日本人にもファンが多いですが、これは紀元200年前後の興亡史をもとにしています。そこに出てくる蜀は成都を都にしました。その前の紀元前数百年の春秋戦国時代には、重慶を都とする巴がこの地域を治めていました。紀元500年前後の南北朝時代に宋が、この地域を渝水(現在の嘉陵江)から、渝州と呼びました。1189年に重慶と名付けられていますが、重慶の略称は巴および渝です。渝は、車のナンバーに使われています。


    ―――――

    日本軍が重慶を絨毯爆撃したのは、奥地で兵站が困難だったことと天然の要害であったため、とありますが、来てみて、納得です。

    重慶爆撃



    急な坂だらけで、こんなところに軍隊を送りこんでは大変です。霧が立ち込めれば、空から軍事施設に狙いを定めるのは難しく、絨毯爆撃にならざるを得なかったでしょう。

    ―――――

    重慶の一番の観光名所は、川沿いにある磁器口古鎮です。「鎮」とは農村地区の賑やかな町のことで、明・清の時代に磁器の生産と搬送が盛んだったことからついた名前とのことです。

    そこにある宝輪寺は、数百年の歴史があると聞いて上りましたが、急な百(?)段もの階段の上に、猫の額ほどの境内がありました。禅寺でした。境内には絵馬と同じものが結ばれていました。写真には写っていませんが、木刀ほどの大きさの線香には願い事が書かれています。

    宝輪寺


    第二の観光名所の洪崖洞は、重慶の民俗的歴史を復元した伝統建築、「吊脚楼」(水面にせり出した高床式家屋の意)方式で、山側に傾斜して2006年に作られたそうです。古そうな雰囲気があって良かったです。


    下の写真で、洪崖洞の右上に見えるビル群がショッピング街ですが、その1階は、洪崖洞の9階です。洪崖洞のエレベーターに乗って9階に降りたら、ショッピング街の大通りでした。

    洪崖洞


    重慶は、この程度の高低差があちらこちらにある、坂だらけの町です。

    マーリンズのイチローが、大リーグ史上30人目の通算ヒット数3,000本を達成しました。おめでとうございます!!!

    いつもながら、彼の言葉は、面白いです(文献1)。


    前回、イチローのブログ記事を書いたのは丁度3年前、日米通算4,000本を達成した時でした(文献2)。


    >イチローが、ピート・ローズの4256本、タイ・カップの4191本を越えるのは確実ですが、5,000本まで到達できるのか、到達できなくとも、何歳まで、情熱を継続できるか、楽しみです。

    日米通算のヒット数では、今年616日に、ピート・ローズの4,256を超え、現在4,278本です。現在42歳(1022日に43歳)で、50歳まで(あと8年)現役でプレーするとして、何本にまで達するか、計算してみます。

    イチローのヒット数は、2012年に1782013年に136本、2014年に102201591。今年は今まで65本です(文献3)。今年は後10本打てるとします。年々ヒット数が減っていますが、減り具合は小さくなっているので、あと8年間、平均60/年打てそうです。すると、合計4,800本弱になります。やはり、日米通算安打数5,000本は、かなり厳しい数字です。

    これから年平均安打数を90本に増やすのは容易ではないと思われますが、あと8年現役を続けるのは、可能性があります。


    50
    歳まで現役が続けられるよう、頑張って欲しいです。

    -------
    (参考文献)

    1)
    イチロー、3000安打達成の会見全文 「これからは感情を少しだけ見せられるように」

    Full-Count   2016.08.08

    http://full-count.jp/2016/08/08/post41618/


    2)

    20130823日「イチロー、日米通算4,000安打ーーー近鉄ファン、仰木彬ファンから、おめでとう!そして、継続できる力が最高の才能。50歳になっても現役で!」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52122399.html


    3)

    社会実情データ図録

    イチローの年度別安打数

    http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3978a.html

    先々週、重慶に行ったと言うお話をしました(文献1)が、重慶は美人の町、と聞いていたので、多くの美人さんに会うのも楽しみでした。

    電車、バス、ショッピング街、など、気づかれないようにきょろきょろしましたが、驚くほど美人が多い、と言うことはなかったです。ただ、肌は、皆、すべすべしていました。長春では、ぴちぴちすべき20歳前後の娘さんでも、必ずと言って良いほど、小さな吹き出物が一つ二つは見られるのが残念ですが、重慶では見かけなかった様に思います。女性が比較的小柄だったのも好感が持てました。

    肌の美しさが美人の要件だとすると、美人の一つの要件が満たされている、と言えます。とにかく暑く、歩くと汗がびしょびしょになり、発汗能力がないと生きていけないでしょうので、必然的に、肌が潤うのでしょう。

    重慶に美人が多い、と言う知り合いの言葉が一般的なものかを確かめるため、ネットを探したら、美人ランクが見つかりました。(文献2,3)


    そのサイトに依れば、一位ハルピン、二位重慶、成都、武漢、米脂、大連、忻州、安慶、長沙、杭州となっています。

    重慶が二番目に美人の産地、と言うことになっており、重慶は美人市の評価は広く流布している様です。

    尚、ハルピンにも行きましたが、一位の美人の地とは知らず、じっくり美人を拝むことをせずじまいだったのが残念です。

    ―――――

    (参考文献)

    1)

    中国三大かまどの重慶で、長春では聞いたことがない蝉の声。日本軍が絨毯爆撃をした元、国民党政府の首都

    20160721

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52257775.html



    2)

    中国十大美女城市,你的家上榜了

    时间2015-12-24 10:01

    http://www.phb123.com/renwu/meinv/5593.html



    3)

    2014中国出美女城市前二十名

    时间2015-03-02 23:23

    http://www.phb123.com/city/wenhua/3110.html

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