toshi_tomieのブログ

一般科学に関する独り言

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    2012年01月

    013007:30のブログ記事で、3/11巨大地震の余震は、最初は小さな地震が殆ど起きず、時が経つにつれ、大きな余震が減って、小さな余震が増えていることを紹介しました。

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52034748.html


    マグニチュードをエネルギーに変換して、放出総エネルギーの月毎の変化はどうなっているかを、計算して見ました。マグニチュードMからエネルギーEの変換は、E(J)= 10^(4.8+1.5M)を仮定しました。


    余震で放出したエネルギーの月次変化5月、10月、12月に少ないなどの凸凹はありますが、夏までに急激に減少した後も、着実に減少しています。


    蓄積されたエネルギーを、被害の出ない余震でなるべく放出して欲しい、と言う立場からは、放出エネルギーが減ってきたのは、とても残念な事です。


    余震が少なかった12月の反動で、1月に発生した余震の数は多く、放出エネルギーは12月の20倍になりましたが、これまでの傾向が続くならば、2月には大きく減少すると思われます。但し、かなり余震の数が減っていて変動が大きいので、一月毎ではなく、3ヶ月毎の変化を追う必要がありそうです。


    (ご質問への回答)

    ずか>「プレート境界が熱いと、冷えていれば局所の滑りで収まった地殻変動が大きく広がり、余震が巨大化する」という部分がよくわからないのですが、これから余震が巨大化するというとらえ方でよろしいのでしょうか。


    説明がわかりにくかったようです。申し訳ありません。

    3月、4月には、巨大地震の直後で、プレート境界が相当に熱を持っていたでしょう。ですから、摩擦が小さく、プレート同士が滑りやすくなっていて、小さな余震で終わるべきものが巨大化していた。


    時間が経って、冷えてきたので、小さな余震が巨大化しなくなったので、小さな地震の数が増えた。

    という考えです。

    溜まっているエネルギーをなるべく放出して欲しいと言う立場からは、残念な事です。


    今後も、放出総エネルギーは確実に減る筈ですが、小さな余震が増えるので、大きな余震も小さな余震も同じ一つとして数えると、余震の「数」としては、増えるかも知れません。


    多分地震学会では議論されたことがないだろう、私独自の仮説に依れば、です。

    3/11の余震では、小さな地震が極端に少ない、と言う解析結果を報告しました。

    0128日「巨大地震の余震では、小さな地震は極端に少ない」 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52034450.html

    その理由として、「巨大地震が起きた後のプレート境界は熱くなっていて、冷えていれば地殻の破壊が局所に止まる地震も、巨大化しやすくなっているからだろう、と考えます。」と書きました。


    その通りの経時変化をしているでしょうか?より詳しく解析しました。


    地震の直後に、大きな余震が多いのは当然ですが、とても面白い事に、小さな余震が殆どありませんでした。最も数が多かったのはM5で、M3ですら1個、M2はゼロでした。


    余震のマグニチュード分布3-8月

    翌月の4月には、M5,6,7は、3月の1/10位に激減しましたが、M4は倍程度に増えました。そして、M2は3月の10倍の10回に増えました。


    5月になると、M5以上の余震の回数が僅か減りましたが、M4, M3は、更に増えました。


    余震のマグニチュード分布9-1月

    5月から8月にかけては、M3の数は変わらず、M4以上がほぼ同じ割合で減りました。12月になって、初めてM2が発生しました。


    ーーーーーーーーー

    このように、最初は小さな地震が殆ど起きず、時が経つにつれ、大きな余震が減って、小さな余震が増えました。


    この経時変化は、前のブログ記事での推測「プレート境界が熱いと、冷えていれば局所の滑りで収まった地殻変動が、大きく広がり、余震が巨大化する」という仮説を補強する、と言えます。

    大きな地震が来る前触れか?富士山が爆発するか?というご質問がありました。
    今回の地震は、活断層地震と似たような経過なので、そのまま直ぐに収まると考えてはいますが、神のみぞ知るであり、そういうことは分かりません。

    統計をご紹介しておきますので、ご自身で判断して下さい。


    最大震度5程度の地震は、いつ来ても良い様に準備して下さい。


    ーーーーーー

    一年に1/10になっていて、それがそのまま続けば1万分の1になるわけで、南関東地震が4年以内に70%起きるという東大地震研の計算は無茶苦茶だ、と批判しましたが、その対象となっている南関東地震の実態については、

    20110424日のブログ記事「南関東M7級地震の実態。広範な領域に発生した最大震度5程度の地震を一括りにした乱暴な名称」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51946465.html

    で紹介しています。


    そこで引用した、地震調査研究推進本部の図を拡大して、富士山、小田原近辺で発生する地震を見ると、

    大きな地震は
    1633.03.01            M7.0
     寛永小田原地震
    1782. 08.23  M7.0  天明小田原自身
    1853.03.01            M6.7  嘉永小田原地震
    1923. 09.1    M7.9 関東地震
    が起きています。100年に一度程度でしょうか。

    小田原地震




    その他にも幾つか地震が起きています。最大震度5程度の地震は、いつ来ても良い様に準備して下さい。


    富士山の爆発についても、20110917日のブログ記事「東海・東南海・南海の三連動地震で、富士山が噴火する?」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52000241.html

    でデータをご紹介しましたが、1707年の宝永の大噴火以来大きな噴火は起きていません。その前の大噴火は、延暦(800 年)、貞観(864年)の大噴火で、小規模の噴火でも1511年だったようです。上の4つの地震とは全く関係がありません。

    そのブログ記事にも書きましたが、富士山はしっかり監視されており、爆発の気配が少しでも出れば、気象庁から警報が出るはずです。全くご心配はいりません。


    ーーーーーーー

    納豆> 先生のblogを見させて頂いていたのですが、昨日の朝の地震があったので心配になり書き込みをさせていただきました。

    >

    > 今回の地震はプレート型とのことですが、これは次の地震に備えた方がいいのでしょうか?

    >

    > ネットではいろいろな憶測が飛び交っていて本当の事がわかりません。

    >

    > 今回の地震が前震で東北の様にこの後に大きな本震がくるのでしょうか?

    >

    > 無感地震も何度かありなかなか震度1の地震も夜中まで

    > 続いています。

    > 以前の富士山が噴火したときには噴火のまえに地震が頻繁におきたと

    > 聞きましたが今回のような状況なのでしょうか?

    yamadww> 地震調査研究推進本部のHPにある「予測地図」によると、同じ場所で1990年代、80年代、70年代にもそれぞれM5~6の被害地震が起こっているようです。(活断層地震にしては、結構頻繁に起こっているなという印象です)

    > 一方、防災科学研究所HPにある「プレートの深さ」の地図では、この辺りのフィリピン海プレートの深さが示されていないのですが、それはプレートがないということでしょうか?

    > あるとすれば20kmあたりということになり、プレート境界地震が陸域で起こっているようにも見えますが…。

     


    yamadewさんにご指摘頂いた通りのようです。有り難うございます。


    最初に、20110423日のブログ記事「関東地方のプレート構造。4/21千葉東方沖地震を余震と判断した根拠」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51946089.htmlで紹介し、0917日のブログ記事「9/15M6.2地震の深さは10kmなのに、余震か?ーーそうです」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52000517.html

     

    でも三度紹介した、産総研モデルに依れば、

    フィリッピン海プレートの境界は、
    20km位にありそうです。ですから、プレート境界型地震と判断すべき様です。

    東北沖の余震で、続けて全く同じ場所が何回も揺れることはなく、同じ場所が続けて揺れるのは、活断層地震の特徴と理解してきたので、ウーン境界型地震なのか?と唸ってしまうのですが、私の勉強不足のようです。


    関東地方のプレート構造-2

    富士五湖の地震今朝、739分にM5.043分に、M5.546分にM5.1の地震が立て続けに起きました。サイダーさんご指摘のように、震源は三つとも同じで、北緯35.5度で、経度 東経139度で、 深さ20kmですので、活断層地震です。


    浅かったので、最大震度が、それぞれ、4,5弱、3でした。


    その後、午後にM3弱、最大震度1の小さな余震が幾つか起きています。数日前まで記録を見ましたが、前震は見つかりませんでした。


    富士五湖周辺の活断層産総研の活断層データベースhttp://riodb02.ibase.aist.go.jp/activefault/cgi-bin/search.cgi?search_no=j024&version_no=1&search_mode=2

    を見ましたが、震源には活断層は見えませんでした。

    相模湾から延びている「国府津-松田活動セグメント」の延長上にあるように見えます。新たな活断層なのかも知れません。



    ーーーーーーーーーーーーー

    tanakamako> 今朝の富士五湖の地震ですが、私の住む神奈川県は、震度3でした。揺れ方が、小刻みにガタガタではなく、ガタッと大きく2,3回揺れました。揺れ方も、いろいろなんですね。


    サイダー> 今朝の山梨県東部の地震についてなのですが、かなり立て続けに起きていましたね。しかもすべてまるっきり同じ場所で発生しているので少し珍しく感じたのですが、どうでしょうか?

    東大地震研の計算を批判した1/26のブログ記事「東大地震研による南関東M7地震4年内に70%の計算は、1年弱で1/10に減っているのに、3月から半年の地震発生数を基にした議論は、無意味」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52034154.htmlで、大きな地震ほど発生頻度が減るという関係が、実際に、昨年一年にどうなっているかをご紹介しました。


    そのデータをより詳しく見たところ、3/11の余震では、小さな地震が極端に少ない、と言う面白い事が分かりました。


    -----------
    余震、東北、東北以外のマグニチュード比較日本気象協会のサイトhttp://tenki.jp/earthquake/entriesに発表されている情報を、使いやすいように、tau3000さんがhttp://tau.f2u.com/equake/ タブ区切りファイルにまとめたデータを使いました。


    震源が東北地方の太平洋沖の余震と、余震に近い太平洋側の東北地方内陸および茨城、千葉と、余震の影響が小さいと考えるその他の地域の3つのグループに分けて、マグニチュードの分布を比べて見ました。


    プレート境界で起きる余震と、内陸地震では明らかに分布が違っています。


    余震とそれ以外のマグニチュード比較内陸地震の数を3倍にして、余震のマグニチュード分布と比較しました。どちらもマグニチュード5以下で、マグニチュードが1増えると発生頻度が1/10になるというグーテンベルク・リヒターの関係からのズレが大きくなりますが、余震では特に顕著で、マグニチュード3で、内陸地震の1/10に、マグニチュード2は、何と1/1,000しかありません。


    ----------
    巨大地震が起きた後のプレート境界は熱くなっていて、冷えていれば地殻の破壊が局所に止まる地震も、巨大化しやすくなっているからだろう、と考えます。

    私もたまに投稿する朝日新聞のaサロンに、今日、黒沢記者の「首都圏、M7級地震「4年以内に70%」の意味」というタイトルの ブログ記事

    https://aspara.asahi.com/blog/tairiku/entry/GoYYH9S3bL が載りました。


    東大地震研のHPを覗くなど良く勉強し、「社会に危機感を訴えて、防災を促したい、という気持ちが強かったとしても、そこの研究者が、意表を突いた数字を出すのは、どこか、大相撲で優勝を争う大関や横綱が立ち会いで変化した相撲を取っているのと重なって見えるのです。」

    で結ばれています。


    私も、1/23のブログ記事 「南関東M7地震、4年内に70%の可能性って本当?」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52033500.html で取り上げましたが、

    ”内陸地震は、経験に頼るしかないことを考えると、間違った議論とは言えません。そういう計算もある、とご理解下さい。”

    と書いたのは、おざなりすぎました。新聞記者でもあの程度勉強するのに、科学者として、恥ずかしい取り上げ方でした。


    と言う事で、反省して、きちんと批判することにします。

    「世間を驚かそうとした、無意味な計算」が結論です。


    ーーーーーー

    大きな地震ほど発生頻度が減る、は、誰でもが想像する事です。その当然すぎる関係は、グーテンベルク・リヒターの関係と呼ばれています。


    マグニチュード対回数(理科年表)理科年表に載っている、1961年から1999年に発生した、マグニチュード5.0以上の地震の回数をグラフで示します。

    マグニチュードが1増えると、回数が1/10になっています。


    東大地震研の理屈は、この一年間の小さな地震の数が、過去の5倍程度になっている。だから、M7が発生する確率も5倍になっており、4年以内の発生確率が70%になる、と言うものです。


    本当でしょうか?昨年一年は、実際に、どうなっているでしょう。


    マグニチュード対回数(2012年)日本気象協会のサイトhttp://tenki.jp/earthquake/entriesに行けば、過去の地震記録が分かります。ですが、3月から今までに起きた6,000を越える地震のデータを整理するのは、相当に時間がかかります。そこで、tau3000さんが、http://tau.f2u.com/equake/ タブ区切りファイルにまとめたデータを使わせて頂きました。


    マグニチュードは、四捨五入して丸めてあります。

    マグニチュード5以上で、グーテンベルク・リヒターの関係が成り立っています。


    月別に分けて見ると、それらマグニチュード5,6,7の発生頻度は、一年弱の間に、1/10に急減しています。


    マグニチュード別地震数の経時変化東大地震研のグループは、地震が多かった3月から半年の発生数を基に、4年後の発生確率を議論しましたが、全くの間違いです。

    4年後の議論をするなら、この一年間の減少傾向が少なくとも4年続くと仮定して、4年後の、地震の発生数を基にしなければなりません。永遠にM7地震は、起きない、という結論になるかも知れません。


    論理が徹底していない計算は、無意味です。

    ーーーーーー

    関東地方では(注意!!東京だけ、ではありません、)M7級の地震が1894年の明治東京地震から1987年の千葉県東方沖地震まで5回起きており、平均発生間隔が約24年です。

    直前の地震から
    24年経っているので、政府(地震調査本部)は、30年の間に発生する確率が、70%と言っています。

    極めて単純な議論ですが、尤もらしいと言えるでしょう。

    読者> 弱い素材で作られた底が半球になった袋を思い浮かべてください。そこに大量の鉛の粒かなんかを入れたとすると、 一番下の部分に裂けたような穴が開くんじゃないかと思うんです。いくら十六センチの鉄板とは言え、高温では柔らかくなっていますよね?


    と言うコメントへの私の返事を読み返しましたが、不十分でした。また、多くの方が似たような疑問を持つと思いました。そこで、詳しく説明することにしました。にわか勉強ですので、何かおかしな事を書いていたら、どなたか、ご指摘下さい。


    尚、ハンドル名は、「読者」などのありきたりでない、愛着が持てる名前をお選び下さい。


    ーーーーーー

    材料の物性である耐力を越える応力がかかると、構造物が壊れます。構造材に働く応力は力の釣り合いで決まります。

    バケツの底の応力


    厚さがtのバケツを考えます。中心部の直径dの部分には、上にある高さがhの水(比重r)の重力(hr g)がかかり、それと釣り合うように、水平から角度qの応力で、斜め上に引っ張っています。その応力s=F /面積A)の大きさは、s = F/A =( (p/4)d2hr g /pdt)/q= dhrg/4tq です。

    dが大きくなる程、つまり外になるほど大きな応力が加わります。水平からの角度qが大きいほど小さな応力で済むので、外に行くほど角度qが大きくなっていれば、底が抜けません。

    丈夫な容器の底は丸い重い物を入れると袋の底が丸くなるのは、この理屈です。丈夫にするには、容器の底を丸くします。


    最終的には、水の全重量を、バケツの側壁で支えなければなりませんので、側壁の断面には、Dhrg /4tの応力がかかります。


    ーーーーーーー

    これから分かるように、底がまん丸にふくれていないバケツでは、縁ほど大きな応力がかかるので、容器の底が壊れる時は、縁が破壊され、底全体が抜け落ちます。底の中心に小さな穴が開いて水がこぼれる、と言うことは起きません。雪が降り積もった屋根も、大抵、屋根全体がドスンと落ちます。



    ーーーーーーーー

    圧力がPの高圧ガスが詰まった厚さt、直径Dの円筒ガスボンベの軸方向に働く応力は、水の全重量Dhrgをガスが押す力DPに変えれば求まります。

          s =PD/ 4t

     

    下の最後の図に示したように、力の釣り合いを考えることで、ボンベの円周方向の応力(=フープ応力)が、sr =PD/ 2t と求まります。円周方向に、軸方向の2倍の大きさの応力がかかります。つまり、ボンベは、側壁が膨れて、壊れます。


     (余談:フープは、樽が壊れない様に締め付ける金属の輪のことです。フラ・フープは、フープをフラダンスのように腰を振って回すことから名付けられた様です。)


    接線応力


    薄肉球殻の接線応力は、フープ応力の半分で、円筒の軸方向応力と同じ大きさです。球の方が、円筒の2倍丈夫、と言う事です。


    この式を使って、原子炉の圧力容器の許容圧力を求めて見ます。


    ステンレスの耐力は数百MPaの様です。例えば、400 MPaとしてみましょう。軸方向応力よりフープ応力の方が大きいので、これが、耐力を越えなければ、大丈夫です。


    1号機の圧力容器の内径は4.8mで、厚さが16cmと言う事ですからP= 2 x 0.16m x 400 MPa / 4.8m =  27 MPa まで、側壁は壊れないと言う事になります。安全弁が 8 MPaで動作する設定になっているそうですので、圧力容器に使っている鋼鉄の耐力が400 MPaならば、安全係数が3.4と言うことになります。


    ーーーーーーー

    圧力容器がどれくらい薄くなるまで溶ければ、底が抜け落ちるか、計算して見ましょう。


    「読者」さんは、ウランの総重量79トンに驚き、これで底が抜けると思ったようですが、ウランの重力は、無視できます。理由は次の通りです。


    一片が3 mの正方形で高さが80 cmに降り積もったとします。すると、79 ton/ (3m)2 = 0.88 kgw/cm2~ 0.1 MPaです。圧力容器内のガス圧の1/100程度ですので、破壊には殆ど寄与しません。これはあり得ないですが、11 mに降り積もれば、高さが7.2 mになりますが、それでも、1 MPaにもならず、水蒸気の圧力に比べて無視できます。


    圧力容器の底は球状になっているので、接線応力が円筒の半分になり、底の破壊に関しては、安全係数7と思われます。接線応力は肉厚に反比例しますから、厚さが1/7になった時、つまり、16cm x 6/ 7 =13.7cm溶けて、残り2.3 cmに薄くなった時に、底についている制御棒駆動機構と一緒に、圧力容器の底が、ドスン、と抜け落ちることになります。

    1号機の全燃料が圧力容器から溶け落ちた、という描像の荒唐無稽さの証明第5弾として、漏水している穴の大きさを見積もります。


    0115日のブログ記事「 穴の大きさと漏水量の関係式 (原子炉の漏水箇所の議論の準備)」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52031553.html で準備した関係式を使います。


    ーーーーーーー                                                 

    東電のプラント関連パラメーターhttp://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/f1/images/12012312_table_summary-j.pdfに依れば、1/23の注水量は、1号機が給水系が4.4m3と、炉心を直接冷やすコアスプレー系(CS)が2.0m3です。2号機はそれぞれ7m32.8m3で、3号機が6m33m3です。


    文末に紹介するように、新聞も何回か、類似の注水量を報じています。


    発電中の熱出力は、1号機が1.38GWt、2号機と3号機が2.38GWtですから、核分裂停止から3ヶ月後の崩壊熱が停止直後の0.06%とすると、7月の崩壊熱は、1号機が0.83 MW、2号機と3号機が1.43 MWになります。水の潜熱は 2.5 kJ/gですから、崩壊熱の冷却に必要な水量は、1号機で、830 kW/ 2.5kJ/g = 330g/sec = 1.20 ton/ h = 1.2 m3/h、2号機と3号機で、2 m3/hになります。


    つまり、6/25に(文末の新聞記事参照)、1号機と2号機で、2m3/hだけ余分に、3号機で、9m3/h 余分に、注水されました。この余分な水量は、圧力容器のどこかに開いた穴から漏れました。


    1/5のブログ記事で導いた式は、漏水量がQで、それが、水面からhの下にある直径dの穴からだとし、重力加速度をg、流出係数をCと置くと、

               d =  (Q/ ((p/4) C (2gh)^0.5))^0.5

    でした。


    水面の高さがh=4m、流出係数をC=0.7と仮定すると、漏水量がQ=2m3/hの1号機と2号機に開いている穴の径は

               d = ( 2 m3/3600s / ((p/4) x 0.7 x (19.6 m/s2 x 4m)^0.5))^0.5

                          = 1 cm

    になります。3号機に開いている穴の直径は、漏水量9m3/hから、2.3cmになります。穴径は、水面の高さの1/4乗でしか減らないので、水深が半分のh=2mになっても、穴径は2割しか増えません。


    東電が、冷却水が止まっていた間の崩壊熱が大きくて、全燃料が、圧力容器から溶け落ちたと主張する1号機ですが、

    1.漏水量は、僅か1cmの穴から漏れ出る量でしかない、

    2.圧力容器の中に溜まっていた水量から、燃料が溶ける事はあり得ないとされる3号機より少ない、


    これらからも、東電の描像は、明らかに、間違いです。



    (注水量に関する幾つかの報道)

    ーーーーーー

    過去のニュースでは

    4/29に、福島第一原発1号機の毎時10トンに増やしていた注水量を元の6トンに戻し、

    2号機は毎時6.9トン、3号機では毎時6.5トンで注水が続いている

    6/25 に、溢れる汚染水の量を減らすため、減少後の注水量は1号機が毎時3.5立方メートル、2号機が同4立方メートル。3号機は21日に毎時11立方メートルから10立方メートルに減らしたところ、22日に炉心付近の温度が数度上昇していたため、注水量を維持した。

    8/23ニュース          3号機の注水量は1、2号機の2倍近い毎時7トン程度

    9/20 2,3 号機は給水ラインに加えコアスプレイ(CS)からの注水を開始(2 号機9/143 号機9/1)注水量は、1 号機が毎時約3.6m32 号機が毎時約7.6m33 号機が毎時約12m3

    > 今日、気になる新聞記事がありました。

    > 首都直下地震M7、4年で70%と言う記事でしたが、本当にそんな急にあり得る事なのですか?

    tanakamako> 今日、ラジオのニュースで南関東で

    > M8クラスの地震が起きる確率が、4年以内に70%以上と言っていました。

    龍&幸ママ> 今日四年以内に70%の確率でマグニチュード7以上の東京直下型地震がくるとニュースで見てしまいまた不安です…


    ーーーーーーーーーー

    文末に引用したニュースによると、
    1.一般的にMの数値が1小さくなると回数が10倍になるといわれている。
    2.マグニチュード(M)7クラスが懸念されている南関東で、この法則が当てはまると仮定すると、4年以内の発生確率が約70%になる
    と言うことです。

    ーーーーーー
    3/11
    の東北地方太平洋沖地震のように、プレート境界型地震は、毎年の地殻歪み量が測定できており、次に巨大地震が起きるのは数百年後、と言うことができます。


    しかし、阪神・淡路大震災の様に、内陸地震の予測はほぼ不可能です。歴史を調べて、統計で議論するしか術がなさそうです。

    私のブログで何回か紹介しているように、確かに、小さな地震の頻度は、3/11前に比べてかなり増えています。これは殆ど余震ですが、ニュースに依れば、南関東でも、M3以上の地震の発生が例年の5倍程度になっているとのことです。


    いわき内陸地震の様に、余震からエネルギーを貰っているとすると、余震が収まれば、南関東の内陸地震の頻度も例年通りになりますが、そうなるかどうかは分かりません。


    間違った議論とは言えません。ご心配でしょうが、そういう計算もある、とご理解下さい。

    但し、首都直下、と言うと23区内の直下、と思う方が大半でしょうが、首都圏、と言う意味です。関東地方のどこかで起きる地震です。どのような地震が想定されているか、


    昨年の0424日のブログ記事「南関東M7級地震の実態。広範な領域に発生した最大震度5程度の地震を一括りにした乱暴な名称」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51946465.html

    をお読み下さい。



    (新聞記事)
    ーーーーーーーー

    首都直下地震「4年内に70%の可能性」 東大試算

    http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E1E2E2868DE0E1E2E3E0E2E3E09180E2E2E2E2

    首都直下地震など、マグニチュード(M)7クラスが懸念されている南関東での地震について、今後4年以内に発生する確率が約70%に達する可能性があるとの試算を、東京大地震研究所のチームが23日までにまとめた。


     政府の地震調査研究推進本部はM7クラスの南関東での地震について、過去の地震の発生間隔などから、今後30年以内の発生確率は70%程度としている。研究チームの平田直・東大地震研教授は「発生確率はそもそも非常に高かったが、東日本大震災でより高まった可能性がある」としている。


     平田教授によると、地震学では経験的に、地震の発生回数はMの大きさに反比例するとされる。Mの数値が1小さくなると回数が10倍になるといわれており、この法則が南関東の地震にも当てはまるとの前提で計算した。


     東日本大震災以降、南関東でも地震活動が活発化し、M3以上の地震の発生が例年の5倍程度になっている。今後も活発化の傾向が続くとすると、4年以内にM7クラスの地震が発生する確率が70%程度との試算が導かれるという。〔共同〕

    今、福島県沖(北緯37.1度 経度 東経141.2度)で、マグニチュード5.1で、最大震度5弱の地震が起きました。深さ50kmですので、3/11の余震です。


    10
    日前のブログ記事 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52030964.html

    で、「8月を最後に起きていないことから、最大震度5弱以上の余震は、もう、起きないように思えます」と書いたばかりでした。

    最大震度4~6の発生状況をまとめた図を再掲します。
    5ヶ月もの間隔を置いて発生すると想像できなかったこと、大変、申し訳ありません。

     

    震度5以下-1月まで

     

    私の想像を超えて、5ヶ月も間隔を置いて最大震度5弱の余震が発生したので、このクラスの地震の終息を判断するには、地震が1~2年も発生しないことを待つ必要があるようです。

    小さな地震の頻度は減っていないこともご紹介していますが、これが減るまでは、最大震度5程度の地震も、まだ続くのかも知れません。

    (補足:まきちゃんさんの「震度より、マグニチュウドが小さかったように思うのですが?」と言うコメントに対し、みなみさんから、「私もマグニチュードが小さいと思いましたし、一ヵ所の震度計だけ5弱だった」とコメントがありました。


    ご指摘のように、震度5弱を記録したのは、震度4の地域に囲まれた、川内村一箇所だけでした。それまで頻繁に起きていた地震が、5ヶ月起きず、突如発生すると言うのは考えがたく、また震度分布も不自然なので、地震計の問題かも知れませんが、余震の今後の推移の予測については、もう暫く、様子を見る必要があります。)

    東電の摩訶不思議な図東電は、1号機で、79トンのウラン燃料が全部格納容器に溶け落ちたと、荒唐無稽な主張をしますが、抜け落ちた後の姿は左図の様だと言います。

    何と、79トンの燃料が通り抜けた後というのに、底はそのまま残っているではないですか。制御棒駆動機構が損傷なく残っているではないですか。絡まっているのは、まさか、いつまでも発熱する燃料ではないですよね。水さえ溜まっているではないですか。穴一つ開いていないと言うことです。

    これほどのイルージョンがあるでしょうか!!
    引田天功も真っ青です。


    そんなことは天と地がひっくり返っても起きません。燃料が全部溶け落ちたとすると、次の姿になります。


    炉心の損傷は、
    0519日のブログ記事「 炉心溶融って本当?だから、どうなるの?(3)ーー圧力容器底部が溶けたとは到底考えられない」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51958981.html

    に説明したとおりに進行します。


    全燃料溶け落ちの場合の姿1.燃料棒の被覆管の厚さは僅か1mmなので、長さ方向の熱伝導はそれほど良くないため、水の上に顔を出すと、被覆管の温度が急上昇します。

    2.二酸化ウランの融点が2,850で、被覆管のジルカロイの融点が1,850ですので、被覆管が溶けて燃料ペレットがこぼれ落ちます。融点が1,000℃も高いペレットは固体のままで形状を保って、こぼれ落ちます。燃料ペレットは、こぼれ落ちて冷却水の中に入ると、再び冷やされます。

    3.水位が下がるにつれ、圧力容器底に降り積もる燃料の割合が増えます。水位が炉心支持板部より下がると、全部の燃料が圧力容器の底に落ちることになりますが、水がある限り、燃料ペレットは固体のままで形状を保っています。


    スリーマイル島炉心酸化ウランの比重は11g/cm3ですから、燃料が、燃料支持板や圧力容器の底に半球状に積もるとすると、その直径は

     (79E6 g/(11g/cm3)x(12/p))^1/3= 301 cm です。

    圧力容器の内径は4.8mで、半球状ではなくおそらくもっと広がるでしょうから、燃料支持板あるいは圧力容器の底を、ほぼ覆い尽くします。


    0519日のブログ記事でも紹介した、燃料が溶けたスリーマイル島原発の原子炉の中の状況は、実際に、上に説明したとおりです。


    融点が2850℃の燃料ペレットは、いつまでも原形を保つでしょう。お湯を沸騰させているやかんの底と同じで、圧力容器(融点1500℃程度)の底も、水が残っている限り溶ける事はありませんが、水が完全蒸発したあとも空焚きが続くと、燃料ペレットが接触する圧力容器が溶け始めます。

    溶融部分が徐々に厚くなりますが、圧力容器の底が溶け落ちるとすると、ズドンと、抜け落ちることになります。制御棒駆動機構など、無傷で残り得ません。直径3mもの半球が落ちるのです、何も残り得ません。きれいに、全て持っていきます。

    放射線の遮蔽に最も重要な圧力容器ですが、「あり得る姿」に示したように、直径4mもの大穴が開くので、放射能を閉じ込める機能は、完全に失われます。

    格納容器の放射線量は、毎時何十万Svになるのでしょうか。これはハッキリしませんが、格納容器にもどこかには漏れがあるでしょうから、大気に撒き散らされる放射能も現在の何百倍にもなったことでしょう。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    球状熱拡散これも引田天功も真っ青の図ですが、79トンの燃料を、先端が1cmの棒状に降り積もらせることができたと仮定します。

    長さは、
    (79E6 g/(11g/cm3)/1cm2= 72km になり、原子炉を突き抜け、ジェット機の高度10kmも遙かに越えますが、東電はどんな荒唐無稽も意に介しませんから、ならって、気にせずに話を続けます。


    この場合でも、圧力容器に1cmの穴を開けることはできません。と言うのは、圧力容器は厚さ16cmの鋼鉄製であることと、熱は等方的に伝わるからです。


    点状の熱源で溶かしても、厚さ16cmの鋼鉄に、直径10cm以下の穴を開けるのは、不可能です。

    ちなみに、厚さと穴径の比を、アスペクト比、と言います。上は、溶けて開く穴の大きさの議論です。板に穴を開ける、一般的な機械加工の場合には、ドリルを使って、細い穴が開けられます。しかし、ドリルが長いと折れてしまうので、アスペクト比が20にもなると相当に穴あけが難しくなります。

    東電は「1号機の圧力容器の底が抜けて、全ての燃料が格納容器に落ちた」という荒唐無稽の描像をプレス発表しています。

    東電の想像する炉内状態


    この描像が正しければ、格納容器の放射線量は、1号機は、2号機&3号機(注水できなかった時間が短かったために、原子炉内に溜まっていた水で崩壊熱が十分に冷却でき、圧力容器が溶け抜ける事はあり得ない)の数万倍でなければなりません。


    事実は、
    1.格納容器の放射線量は、1~3号機、全て同じです。
    また、
    2.7/30に東電が測定した、格納容器の雰囲気中のセシウム濃度は、東電の予想の1万分の1でしかありませんでした。


    ーーーーーーーーーーー

    7/30に「格納容器内の濃度「想定の1000分の1」 福島第1原発 (産経新聞)」

    http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110730/dst11073013040013-n1.htm という新聞記事がありました。


    東電が、7/29日に、1号機の原子炉格納容器内の気体を約25立方センチを取り出して測定したところ、1立方センチ当たり約37ベクレルの放射性セシウムが検出されたとのことです。想定の1000分の1で、とても驚いている。というニュースでした。


    当時は、東電には何が驚きなのか、全く理解できませんでした。11/30のプレス発表で、合点がいきました。トンデモ解析をしていたのでした。


    改めてその記事を読み、次のコメントに驚かされます。


    ”あまりに値が低いため、東電は「この値をもって何かを評価するのは難しい」としている。”


    何と、間違ったモデルの結果を死守しようというのです。何故、そこまでしがみつかねばならないのでしょう。


    記事は続けます。

    東電によると、(1)圧力容器から漏れだしている放射性物質が減っている(2)セシウムは水溶性のため、汚染水となっている(3)水素爆発防止のために注入している窒素により外に押し出されている-などが考えられるという。”


    そこまで、頑張りますか?!


    では、3月中の放射線量データを見てみましょう。

    ーーーーーー

    炉心が溶融したからと言って、何が変わるわけでもないことを説明するために、0517日のブログ記事「炉心溶融って本当?だから、どうなるの?(1)ーー原子炉の構造と、格納容器内放射能の経時変化」 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51958364.html に載せた図を、上の新聞記事についてコメントした、0731日のブログ記事「1号機格納容器内の放射能は37Bq/cm3。東電の想定値の1/1,000ーー驚くことではない」 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51985241.html でも使いました。その図を再々掲します。


    格納容器内放射線量jpg格納容器の放射線量は、3月中に比較的早く減衰し、4月以降は殆ど変化していませんが、1号機と2号機&3号機に、大差がありません。

    3月中の変化をより詳しく見ると、3/14に、1号機と3号機で、毎時137 Svが測定されています。新聞報道によると、これは、通常運転の1万倍とのことです。


    3-12に毎時137SvS/Cの放射線量が、4月中旬まで、1号機は、2号機と3号機の10倍ですので、1号機では、圧力容器から、放射性物質を大量に含む水蒸気が大量にS/Cに流れ込んだ、と推測できます。


    もしも東電の言うように、圧力容器の底が抜けていたなら、D/Wの放射線量がS/Cより高くなければなりません。


    1.3月からずっと、1号機と、2号機&3号機のD/W放射線量が同じ

    2.3月中のS/C放射線量は、1号機だけ、D/Wと同程度に大きかった

    3. 7/30に測定した、格納容器の雰囲気中のセシウム濃度は、東電の予想の1万分の1だった


    あらゆることが、東電の描像と反対です。


    1号機と3号機で、3/14に毎時137 Svが測定されたことを報じる4月の新聞に紹介されている、東電の解釈は、まともでした。東電がおかしくなったのは、5月以降のようです。

    ーーーーーーーーーーーーーーー

    2011461359  読売新聞)

    「1号機、燃料集合体の7割が損傷と推定」

    http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110406-OYT1T00589.htm?

    東京電力は6日、福島第一原発1~3号機の格納容器内の放射線計測値を正式に発表した。


     1号機と3号機では、核燃料が一部露出した3月14日朝には、放射線量が、通常運転時の10万倍に達する毎時167シーベルトまで上昇していた。

     このデータを基に、燃料に小さな穴や亀裂が生じた割合を計算すると、1号機では燃料集合体400体の約70%が損傷していると推定された。2号機は同548体の約30%、3号機は同548体の約25%が損傷したとみられる。

     放射線計測装置は、事故時の燃料損傷を監視するために常設されている。被災後、計測できなかったが、復旧作業に伴い、14日以降のデータが明らかになった。1、3号機より事故の進行が遅かった2号機は、14日朝は放射線量も通常の毎時0・001シーベルトにとどまっていたが、燃料が露出した15日朝には62・7シーベルトに上昇。

    「1号機は、燃料が全て格納容器に落ちた」と言う東電の描像は、矛盾だらけです。

    直前のブログhttp://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52032759.htmlで指摘した様に、

    一つの矛盾は、発熱源がなくなっているはずの1号機の、圧力容器の温度が、燃料が残っていて加熱される2号機と3号機よりも高いことです。

    東電が自ら認めている、他の矛盾は、次の点です。

    11/30に記者会見で東電が配布した資料「MAAP解析とコアコンクリート反応の検討について」.http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_111130_06-j.pdf の中の図を引用します。


    実測との乖離


    14:46に地震が起き、15:46に津波が到来しました。


    東電の描像では、崩壊熱での冷却水の蒸発で、直ちに原子炉の水位の低下が始まり、水の沸騰による圧力容器の圧力上昇は、安全弁が作動して70数気圧に保たれ、冷却水が枯渇し、燃料棒も底部に溶け落ち、高温の燃料棒に接触された圧力容器の底が溶け始め、15時間後の3/12朝5時半頃に、圧力容器の底が溶け抜けました。

    すると、圧力容器の圧力が突然大きく落ち、格納容器の圧力が突然増大します。


    事実は、その前に、圧力容器の破損が起きています。


    時間経過をより詳しく見てみましょう。


    地震直後の1号機圧力変化3/11日の20:076.9 MPaであった原子炉の圧力が、日が変わった2時45分に、0.8 MPaに落ちています。この間に、原子炉に、配管系を含む「何らかの」破損がありました。


    格納容器(D/W)の圧力は、平常時は大気圧(0.1MPa)ですが、電源喪失後初めて値が表示された3/121:05には、0.6 MPaになっていました。つまり、この時刻以前に、原子炉に、何らかの、損傷が起きています。


    D/W圧力は、次にデータが表示された2時半には0.84Maに増え、その後は一定ですので、どこかに空いた穴を通しての、圧力容器から格納容器への空気の流れは、ほぼ収まっています。


    その後、4時過ぎから、正門前の放射線量が急上昇ましたので、4時頃に、大気に通じるどこかの損傷が起きています。


    ーーーーーー
    多くの重要な事象を説明できないモデルは、深刻な欠陥を持つ、と言えます


    11/30のプレス発表の、唯一の効用は、
    1.1号機の燃料が格納容器を溶かす熱は持っていないということと、
    2.2号機と3号機では、完全に水で冷却されてしまう崩壊熱しかなく、圧力容器が溶けることは絶対にない
    という当然のことを、崩壊熱と潜熱の比較で示し、
    東電以上のおとぎ話が大好きな人間を完全否定した、と言うことだけです。

    東電が11/30に発表した「1号機の燃料は、全て格納容器に落ちた」と言う描像の唯一の根拠は、熱バランスです。その計算を検証しました。


    そして、

    1.圧力容器の温度の変化は、東電の描像と矛盾

    2.東電の解析が依拠する、1号機の水位データは疑問
    を論じます。


    ーーーーーーー

    燃料棒は、ウランが核分裂を止めても、核分裂生成物の発する放射線で放熱します。その崩壊熱は、原発停止から1時間後に、1号機で15MW程度、2号機と3号機では25MW位で、日付が変わる頃には、それぞれ10MW16MWになるようです。

    崩壊熱


    1号機では、1/1219時からの消防車による海水の連続注水までは満足な注水ができなかったので、その間に完全に干上がった、という仮定です。2号機と3号機では、それぞれ3/14日と3/13日に、短時間だけ注水ができなかった、と仮定しています。

    1号機は、海水の連続注水に至るまでの積算崩壊熱は900 GJ強で、原子炉圧力容器内の物質の潜熱、450 GJを大きく上回る。だから、圧力容器の底を溶かした、という論理です。

    熱バランス


    ーーーーーーーー

    水の量をチェックして見ます。

    東電の計算では、燃料棒の下端位置以下に52.4トン、下端位置から通常水位までに93トンの水があったとされています。

    1号機の圧力容器の内径が4.8mで、断面積は18.1m2ですから、水量から逆算すると、燃料棒の下端は圧力容器の底から3mで、通常水位は、長さ3.7mの燃料棒の下端から5m、と言うことになります。制御棒など幾つかの構造物があることと、圧力容器の底が丸くなっていることを考えると、尤もらしい水量です。

    その合計の水に依る冷却熱は225 GJ程度、海水の連続注水の前に注水された80トンの淡水による冷却熱が125GJ。合計約350 GJの冷却が225.4トンの水で行われたと計算しています。

    すると、水の冷却能力は、350GJ/ 225.4トン= 1.55 kJ/gになります。

    100℃での水の気化熱は、2.26kJ25℃の水を100℃に加熱するエネルギーは4.184J/g x75= 0.314 kJ/gで、合計2.57kJ/ gになります。

    何故、6割にして計算しているか、理解できていません。

    気化すると体積が1,000倍になるので、蒸気が逃げなければ、圧力容器の体積の70/1,000= 7%の水が蒸発した時点で、70気圧に達するので、爆破防止のために、安全弁は、正常に動作していなければなりません。安全弁から出た蒸気は、圧力抑制室(S/C)に流れ込みます。S/Cの冷却ポンプは動作していなかったので、プールの水温が上がり、格納容器の圧力が上がります。

    ーーーーーー

    (疑問)

    1号機の圧力容器の水位計は、3/11日の19時から、3/12日の8時まで、プラスの値を示しており、12時に急激に-2m迄低下しています。
    1号機パラメーター

    一方、津波で、15:42に全電源が喪失し、計器の表示が消えましたが、何故か、16:42に原子炉水位計が-90cmの数字を表示し、また、16:56 -150cmを表示したあと、バッテリーの調達まで計器の表示は見えなかった、とのことです。

    冷却系が動作しなかったと確信している東電は、理由不明で一瞬しか見えなかった後者の値を信用し、12時間以上安定的に尤もらしい動きをした、前者の水位を、間違い、としています。

    後者の指示値が尤もらしいかどうか、考えてみます。

    記録チャートは、津波が到来する15時半まで、正常に動作していました。当直員の非常用復水器(IC)の操作を反映して、原子炉の圧力が6MPa7MPaの間で3回変動し、それに応じて、原子炉の水位も+100cm前後で、変化していました。

    電源喪失までの1号機の原子炉圧力と水位


    その直後の15:42ICが止まったとすると、16:42-90cmを信用すれば、水位の低下速度は190cm/hです。その後の14分の速度、60cm/14= 257cm/h、と同じになるべきと考えれば、IC15分間動作していて、16時丁度に止まったことになります。そんなことがあり得るのかどうかは知りません。

    14分で60cm水位が低下する、低下速度257cm/hは、少し大きすぎるようです。

    水温25℃の水の潜熱は2.57kJ/ gです。構造物の断面積を無視すると水面の表面積は18m2です。すると、16:30に崩壊熱は15MWまで下がっている様ですので、15 MW / 18x (100 cm)2 x 2.57kJ = 0.0324 cm/sec = 117 cm/hで水位が下がります。構造物による水面面積が小さくなることを考慮しても、150 cm/h 程度でしょう。

    従って、たった二点で、且つ、表示された原因が不明の、「16:42-90cm16:56 -150cm」は、かなり怪しいと考えるべきでしょう。

    (矛盾)

    2号機と3号機では、水の気化熱が崩壊熱を大きく上回るので、全燃料が圧力容器の中に止まります。従って、2号機と3号機では、圧力容器が加熱され続けます。一方、1号機では、東電の見解に依れば、全燃料が圧力容器の中にないので、圧力容器が加熱されません。圧力容器の温度は、2号機と3号機の方が高くなくてはなりません。

    圧力容器下部温度

     

    ところが実際は、3/23まで、1号機の圧力容器下部の温度は、2号機3号機より高く、400℃を越えていました。圧力容器に接触している燃料が1号機の方が多いことを意味します。東電の描像と、明らかな、矛盾です。

    0519日に、「 炉心溶融って本当?だから、どうなるの?(3)ーー圧力容器底部が溶けたとは到底考えられない」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51958981.html

    というブログ記事に、以下のことを書きました。


    1.水中の被覆管の温度は十分に低く水面から上の被覆管の温度は極めて高い、という温度構造なので、被覆管が溶けて中の酸化ウランペレットがこぼれ落ちるとしても、先端から徐々に崩れる。

    2.二酸化ウランの融点は2,850℃で、被覆管のジルカロイの融点は1,850℃だから、被覆管が溶けて、燃料ペレットがこぼれ落ちても、ペレットの形状を保つ。こぼれ落ちた燃料ペレットは、一部は圧力容器底部まで落ちるかも知れないが、殆どは炉心支持板部に降り積もる。

    3.高温の燃料ペレットは、こぼれ落ちて冷却水の中に入ると、再び冷やされる。

    4.水位が炉心支持板部迄下がると、降り積もっていた燃料ペレットが再び高温になり、今度は、炉心支持板を溶かし、圧力容器底まで落ちる。

    5.水位が下がるにつれ、「途中の構造物も」全部溶け、圧力容器底に降り積もるが、融点の高い燃料ペレットは、形状を保っている。


    従って、「東電の発表に依ると、水位は2m以上はあったということですから、圧力容器の底部の温度はせいぜい400℃止まりで、溶けることはなかったことになります。」「底部に水が残っている原子炉で」、「溶融した燃料が圧力容器の底に丸く固まって炉心の底部を溶かし、穴を開ける、という図式は、到底考えられません。」と書きました。


    その後、東電は、水位計の表示が間違っていた可能性が高い、と発表しました。1号機では、水が完全に蒸発していた可能性が高い、と発表しました。水がなくなっているならば、前提が崩れます。

    ーーーーーーー

    11/30に東電は、1号機の燃料は、圧力容器の壁を溶かして、全て格納容器に落ち、その下のコンクリートさえ溶かした、という描像を発表しました。コンクリートを全て溶かすほどの熱はないとも。

    2号機と3号機も、圧力容器の底が抜けており、燃料の最大50-50%が、格納容器に落ちている、と言います。

    (「1~3号機の炉心損傷状況の推定について」 
    http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_111130_07-j.pdf

    東電の想像する炉内状態



    もしも、水のない状態が長時間続けば、いつかは、厚さ16cmの鋼鉄も溶けるでしょう。東電の見解を認めざるを得ません。

    しかし、その後の経緯を見ると、私の直感ですが、東電の描像は間違っています。多くの事実に反するように感じます。

    1号機で、燃料の全てが溶けて、圧力容器の底部に溜まっているでしょうが、圧力容器の底は抜けていないでしょう。2号機、3号機では、水がなくなることもなかったでしょうから、ある程度の量の燃料が底部に溶け落ちてはいるでしょうが、圧力容器の底が溶けていることはないでしょう。

    科学は、直感から始まります。科学者の質は、如何に真実に近い仮説を作る直感力があるかで決まります。しかし”感じる”では他人を説得できませんし、直感が間違っていることも屡々です。直感を証明しなければなりません。多くの事実を定量的に検討して、尤もらしい描像を作り上げます。簡単には終わらない、面倒な、しかし必須の、作業が待っています。

    「ベントは何故必要?圧力容器の防爆目的なら弁が自動的に開放するのでは?」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52032291.htmlの記事のコメント欄で、sio_sioさんが、ベントについて詳しく説明されたので、記事としてまとめておきます。


    ーーーーーーーーーー
    sio_sio > 6
    月に政府発行の「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」(67) http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/houkokusyo_full.pdf によりますと、以下のように記述されています。


    --- (Ⅳ.福島原子力発電所等の事故の発生・進展)---

    シビアアクシデント時のPCVPrimary Containment Vessel:格納容器) ベント操作について、過酷事故操作手順書では、S/C からのPCV ベント(以下「ウェットベント」という。)を優先的に操作することとし、

    炉心損傷前にあっては
    PCV の圧力が最高使用圧力到達時、炉心損傷後にあっては最高使用圧力の約2 倍に到達すると予測される場合であってRHRResident Heat Removal System: 残留熱除去系) の復旧の見通しがない場合、


    外部水源総注水量がS/C 内ベントライン水没レベル以下の場合にウェットベント操作を行うこと、また、S/C のベントラインが水没した場合はD/W からのPCV ベント(以下「ドライベント」という。)操作を行うこと等、PCV ベント条件及び操作を定めている。炉心損傷後のPCV ベント操作実施の判断は、緊急時対策本部長が行うと定めている。

    ---引用ここまで---


    また、米国のBWRBoiling Water Reactor:沸騰水型原子炉。福島原発と同じ)では、ドライベントを考慮してフィルタが取り付けられておりますが、日本では、ウェットウェルを採用しているのでドライベントは必要ないという理屈で、ドライベントは必要ないフィルタがついていないようです。(ドライベント機能は残してある)


    tamaking69>この場合のPCVベントとは、SRVSafety Relief Valve:安全放出バルブ)からs/c内部へのベント管がD/W内で分岐して、D/W内に放出されるルートが有ると言う事なのでしょうか?


    sio_sio> ウエットベントの経路ですが、もう少し説明します。

    ・圧力容器のベント

    主蒸気管→逃し安全弁→S/P(=S/Cのプール)→排気塔

    ・格納容器のベント

    ベント管(W/W(ウエットウエル=S/C)とD/Wをつないでいる太い管)→ベントヘッダ(S/C内の環状の配管、図で見るとS/C内の中心あたりに丸く見える部分)→ダウンカマ(S/Pに吹き込むパイプ、図で見ると二股に見える部分)→排気塔


    ベントラインが水没してしまうと、上記の経路が使えないので、D/Wから排気塔へ行く経路を使ってベントをします。


    ご質問の件ですが、圧力容器からのドライベントの経路は確認できません。逃し安全弁経由のウエットベント以外は想定されていないものと考えられます。


    ところで、ベント遅れの理由に、隔離弁の開作業に手間取ったとありますが、これについて説明いたしますと、排気塔までの経路にラプチャーディスク(Rupture disc:破裂板)がありますが、確か、5.5気圧で作動すると思いましたが、これの誤動作を防ぐ目的で隔離弁を設けています。但し、こればMOMotor operated)弁なので、電源が無いと開閉できないのです。このことは、シビアアクシデントの対策が、ロジックを追って正しく設定できていなかった1つの例だと思います。


    tamaking69> 圧力容器が高圧で破裂すれば燃料の拡散があるが、とにかく容器さえ保てば漏れで済むが官邸のベントの最大の指示だったのが解ります。

    > 119日朝日のプロメテウスの罠の記事にある官邸の混乱が目に見えるようです。略号も専門も図面も理解力も(”経済学部です”。は良い見出しでした)。



    sio_sio> ちょっとわかりにくいかなと思った部分がありますので、加筆いたします。


    格納容器のウエットベントができなくなる場合ですが、ウェットベントベント管(D/WW/Wをつなぐパイプ)が水没してしまうと、D/Wにある蒸気や中の気体がW/Wへ送れなくなってしまうことが原因です。


    ところで、フィルタが無いことについて、東電はこのように発言しております。

    http://www.tepco.co.jp/cc/kanren/11081601-j.html

    政府の事故調査委員会の中間報告書中に書かれている、現場の緊迫した作業状況の一部をご紹介しましたが、3/15の読売新聞が、生々しい状況を伝えていました。

    http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110315-OYT1T00701.htm


    本ブログの過去の記事を読み返しましたが、取り上げ損ねていました。そこまで気が回りませんでした。現場で作業された方々、本当に有り難うございました。


    ーーーーーー

    15日朝に大きな爆発が起きた2号機。

     東電や協力企業の作業員ら800人が水の注入作業を行っていたが、爆発に伴い、「必要最小限」という50人を残し、750人が一時、現場から離れた。被曝(ひばく)を避けるため、放射線量が高くなると作業を中断しなければならない。15日午前、隣接する3号機付近で観測された400ミリ・シーベルトの環境下で作業できる時間は15分が限度。津波による被害で、停電も続く。


     照明がつかないため真っ暗な建屋内で、作業の効率はあがらない。余震が続く中、津波警報で作業の中断を余儀なくされることもある。400ミリ・シーベルトを記録したのは、作業員が携帯する放射線監視装置だった。


    12日午後、高圧になった1号機の格納容器内の蒸気を逃がすための弁が開放された。

    格納容器に亀裂が入る最悪の事態はまぬがれた。その弁を開ける作業にあたった男性は、100ミリ・シーベルト以上の放射線を浴び、吐き気やだるさを訴えて病院へ搬送された。

     もともと、この作業では、大量の放射線を浴びる危険があった。このため、1号機の構造に詳しいベテラン社員である当直長が作業を担当。「タイベック」と呼ばれる特殊な全身つなぎ服とマスクを身につけ、手早く弁を開けたが、10分超で一般人が1年に浴びてもいい放射線量の100倍にあたる放射線を浴びた。


     経済産業省原子力安全・保安院によると、同原発で注水作業に当たる東電職員らは約70人。ポンプなどを制御しつつ、交代しながら格納容器付近の現場で活動している。

     本来、中央制御室で監視できる計器も、被災後、故障し計測不能なものがある。遠隔制御も不能で、原子炉冷却のために弁を開く作業も現場で手作業するしかない。福島第一原発は1971年に1号機が稼働した古い原発で、通路などが狭く作業しにくいことも足を引っ張っている。


     注水が進めば原子炉内の圧力が上昇し、炉の崩壊の危険性が高まるため、弁を開いてガスを外部に放出しながら進めなければならない。ガスは放射性物質を含むため、放出自体は最小限に抑えなければならない。東電の担当者は「バランスをみながらぎりぎりの選択の連続だ」とため息をつく。


    20113152001  読売新聞)

    tamaking69> ベントが防爆弁なら機能的に所定の圧力で、自動的に開放されることになると思うのですが、

    > 官邸の「ベントの要請」とは、外部から海水らの注入できる圧力、又は他の対応の必要な圧力に迄に調整で下げる事を言って居たのでしょうか、

    > それとも、防爆弁としての機能が失われてしまっていたのでしょうか。

    > そもそもウエットベントとドライベントはどの様な基準で動作する、させる、ものなのでしょうか?

    報告書を読むまで、私も良く理解できていませんでした。

    ご質問は、

    1.爆発を防ぐためなら、自動的に開放する弁があるのでは?

    2.「ベント」は、防爆とは異なる目的の弁の開放か?

    3.ウエットベントとドライベントの使い分けは?

    ですね。

    報告書を読んで理解したことをまとめて見ます。もしも私の理解が間違っていれば、後日訂正します。説明のため、先の二つのブログ記事の図を再掲します。

    1.主蒸気逃がし安全弁(SR弁:main Steam relief valve)

    原子炉圧力容器の圧力が高くなった時に、タービンへの主蒸気管の弁が閉じて、原子炉からの蒸気圧によって自動的に開放される弁です。その先は、圧力抑制室(S/CSuppression Chamber)のプールの中に浸かっています。

    SR弁


    S-Cベントライン1号機には、S/Cに吹き出すSR弁が4本あり、原子炉の圧力が7.3 MPaで逃がし弁機能が作動し、7.7 MPaで安全弁機能が作動する。D/Wに吹き出すSR弁も3本あり、8.6MPaで安全弁機能が作動するようです。


    放射能は大気には放出されません。

     

    2.格納容器ベント

               SR弁が開いて原子炉から送られてくる蒸気は、S/Cプールの水で冷やされて水になれば、体積が1/,1000になるので、S/C内の圧力はあがりません。しかし、冷却機能が損なわれていると、プールの水温が上がって来て、原子炉からの高温高圧の水蒸気を十分に冷やすことができずに、S/Cに繋がっている格納容器(D/W: Dry well)の圧力が上がってきます。


    2号機ベントライン          
    格納容器の圧力を開放するのが、「ベント」です。放出先は大気なので、放射能が放出されます。


              
    非常用ガス処理系(SGTS: Standby Gas Treatment System)のフィルターを通せば、放射能が大幅に低減できるとのことですが、格納容器の圧力が高いと、SGTS系の配管やフィルタなどが破損する恐れがあるようです。


              
    D/W
    側配管のラインを使うD/Wベントと、S/C側の配管を通すS/Cベントがあるが、S/Cベントでは、水を通過する時に99%以上のヨウ素が落ちるとされているようです。

    tamaking69さんの質問に直接お答えすると、

    1.2号機と3号機では、地震で原子炉出力が止まった後、原子炉の水位と圧力がのこぎり状に変化する記録が残っており、SR弁が確実に作動していたことが確認できています。1号機では、何故かICを作動させており、SR弁は作動しなかった様です。


    2.原子炉への海水注入などを行うには、原子炉の減圧をする必要がありますが、それは、電磁弁で
    SR弁を開けて、S/Cに蒸気を逃がすことになるので、格納容器の破損を防ぐために格納容器ベントを行うことになります。


    3.ドライベントの意味はよく分かりません。まさか、原子炉から直接大気に開放することは無いと思いますが。
    S/Cベントを避けて、D/Wベントしなければならない理由も思い浮かびません。(答えになってないですね。いつか分かったら補足します。)

    12/26に公表された政府「原発事故調査・検証委員会」の中間報告書http://icanps.go.jp/post-1.html を読んでの第三弾の報告として、1号機を巡る緊迫した状況を報告します。


    今進行中の、朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」の第5シリーズ「官邸の五日間」が伝える官邸の状況を、中間報告書が伝える現場の状況と読み比べると、面白いです。


    本ブログで何回も報告していますが、それ迄は平常値だった原発正門での放射線量が、3/12日の朝4時から増え出して7時頃に飽和しています。この原因が理解できていませんでした。報告書を読んで、意図的なベントではなく、1号機の原子炉の損傷に依るものだったことが分かりました。1号機原子炉建屋の放射線量が、朝4時過ぎから異常上昇し、5時頃には、中央制御室の1号機側に止まるのも困難だったとのことで、下図の変化と一致する証言です。

    正門前放射線量と1号機


    異常事態が2号機では3/14に起き、3号機は3/13に起きています。それ迄には計測器が復活して、結構多くの情報があります。2号機、3号機に関しては、9月下旬のブログ記事にまとめたように、原子炉パラメーターを眺めることで、起きたことが大凡推測できました。しかし、1号機の原子炉が損傷を受けた3/11日には、津波による電源喪失で、満足な計測データがなく、深読みできません。事故調査委員会の報告書で初めて、当時の状況が理解できます。


    ちなみに、中間報告書のIV章の大半が、1号機に関わる記述です。


    ーーーーーーーーーー

    地震が発生した3/11 14;46から15:34迄は、原子炉を冷やす非常用復水器系(IC:詳しくは文末の説明を参照下さい)が起動し、当直が、原子炉の圧力を6MPa(60気圧)から7MPaの間に保ちましたが、津波で全電源が喪失してから、IC系が作動しているかどうかが不確実になっています。現場では、ICを動作させようと必死になっていろんな事をやっています。中間報告書は、下図にも示した、3/11 21時以降継続的に原子炉水位計が示したプラス数値を間違いと裁定し、「IC系は動作していなかった」と判断しています。


    1号機パラメーター3/1121:51に建屋の放射線量が上昇し、23:50には格納容器(D/W)の圧力が最高使用圧力である0.528 MPaを越える0.6 MPaになったとのこと。(東電のサイトには、3/12日の1時以前のデータは載っていません。未公開の測定データがあるのでしょうか?)

    20:076.9 MPa(69気圧!)であった原子炉の圧力が、日が変わった2時45分に、突然0.8 MPaに落ちました。


    原子炉の圧力が高かった
    20時と、D/W圧力が0.6 MPaになっていた3/12 1:05の間に、原子炉に損傷が起きたことが分かります

    D/W
    圧力は、3/12 1時に0.6MPaで、次にデータが表示された2時半には0.84Maに増えているので、この間にも、新たな損傷が起きたでしょう。


    D/W
    内の放射線量もジャンプしたはずですが、3/14日朝6時まで、放射線量(CAMS)検出器のデータはありません。

    私は、1号機原子炉建屋の放射線量が上昇したという3/1121:51に、最初の小さな損傷が発生し、D/W圧力が上昇した3/12の1時と二時の間にも小さな損傷があり、原発正門の放射線量が増大を始めた3/124時05分に、大きな損傷が起きたと推測します。

    ーーーーーーー

    消防車は、放水圧力が0.85MPaの時に毎分2 m3以上の放水が可能で、放水量が毎分1.4 m3に減りますが、放水圧力を1.4 MPaにまで上げることができるようです。ですから、原子炉圧力が0.8MPaに迄下がった3/12日の2:30以降は、原子炉の減圧をすることなく注水が可能になっており、ベントをする必要はなかったと私は思いますが、その後、新聞・テレビを大いに賑わした、ベントを巡る大騒ぎが展開しました。


    3/12日の 0:06に吉田所長は1号機のベントを指示し、3:06には、経産省で、国民に向けてベントを行うことを知らせる、政府と東電の共同記者会見が行われましたが、ベントの必要もなく注水が可能になっていたので、4時以降に、消防車による淡水の原子炉への注水が始まりました。(報告書には、淡水の注水量が2,300 リットルと書かれていますが、高圧放水でも1.5分で終わってしまう2.3 m3は、如何にも少なすぎます。数字の間違いでしょう。)
    (1/18註:5/22の政府・東電統合対策室が、3/13 14:53迄に8万リットル注水したと報告していました。)


    有名な、斑目委員長を引き連れた管総理のヘリコプターによる原発の訪問が
    7時にあり、幹部は現場に残して一人で対応した所長が、ベントの準備中を伝えて、総理は8時に帰っています。


    9時に、東電が、ベント実施のプレス発表したあと、現場では、放射線量が相当に上昇した1号機建屋に決死の思いで入って、ベント弁を開ける操作を何回か行ったのですが、それほど旨くは行かなかった様です。これは、12時の小さなピークを除いて、原発正門での放射線量が殆ど増えていないことからも分かります。


    淡水を使い切ったので、準備していた海水の注入を実施しようとしていた時、15:36に1号機建屋の水素爆発が発生しました。

    放射能の付着したがれきの撤去などに時間が取られ、海水の連続注水が19:04に始まっています。海からではなく、3号機タービン建屋(T/B)前のピットに、津波で大量に溜まった海水でした。それでも、1 号機T/B の送水口までは数百m で、その距離を、消火栓に備えられるなどしていた新たな消防ホース手作業で敷設するなどして注水ラインを構成しての作業でした。


    海水の注水についても、マスコミで大きく話題になりました。事実関係に未だ不明な点はありますが、斑目委員長の説明に納得しない管総理の再臨界の懸念にも関わらず海水注水が止められることなく、2020以降の本格注水以前の注水は試験注水とされた、とのことです。

    どうしてこんなに整理されていない報告書が出せるのだろう、委員さんたちはちゃんと読んだのだろうかと思う、酷い文書ですが、作業員たちの懸命な努力は分かりますので、報告書を直接お読み下さい。


    (1号機にだけ備わる炉心冷却系:Isolation Condenser)

    ーーーーー

    1号機は、1971年に運転が始まった古い原子炉です。2号機他に備わっているRCIC(原子炉からの蒸気を用いるターボ駆動のポンプを使って、復水貯蔵タンクなどの水で炉心を冷やす設備)の代わりに、非常用復水器(IC: isolation condenser)と呼ばれる、ポンプを使わないで、原子炉の蒸気を復水器タンクの中で水に凝縮したあと炉内に戻して冷却する設備が備わっている、と、中間報告書で説明しています。

    福島原発では、崩壊熱を冷却するに必要以上の水を原子炉に注水しており、明らかに漏水しています。どこに、どの程度の大きさの穴があいているかを議論する前に、穴の大きさと流出量の関係式を導いておきます。


    ーーーーーー

    今は使わない圧力の単位トールの基になったトリチェリTorricelli1644年に発表したトリチェリの定理によると、

    液体を入れた容器の側面に小さな穴を空けたときの液体の流出速度は、重力加速度を
    g、液面と穴の高低差をh、流出速度をvと置いて

               v= (2gh)^0.5                    ーーーー(1)

    で与えられます。

    これは、液面の高さから落下した物体が穴の地点で得る速度と同じです。(
    mgh = m v2/2 )

    g=9.8 m/sec2なので、h= 4mの時v=8.85m/secになります。


    実際には、穴を通過する時の抵抗があり、穴の長さや側壁の滑らかさで異なりますが、これより若干小さくなります。その流出係数
    Cは、C= 0.6~0.8の様です。


    直径dの穴から流れ出す流量Qは、流速と面積をかけて、

               Q = (p/4) d2 C v

    ですから、穴の大きさdは、

               d =  (Q/ ((p/4) C v))^0.5               ーーーー(2)

    になります。

     

    毎時Q= 5 m3/h = 0.00139 m3/sec の水が漏れている時、穴の大きさは、C=0.7と置いて、

               d = (0.00139/ ((p/4) x 0.7x 8.85 ))^0.5 = 0.017 m

    、つまり、直径1.7cmになります。


    ーーーーー
    穴の面積は直径の2乗に比例し、流速が水面の高さの
    1/2乗に比例するので、流量が一定の時、穴径は、水面高さの1/4乗に逆比例します。

    つまり、穴の位置が、水面から
    25cmで穴径は3.4cmで、水面すれすれの1.5cmで穴径が6.8cmになります。

    (1/16補足:水面すれすれの1.5cmに、直径6.8cmの穴は空けられません。それと同じ面積の穴、例えば、幅が5mmで、長さが72.6mmの細長い穴、が空いていることになる、という意味です。
    水面ぎりぎりからこぼそうとすると、この程度の流量になるには、もの凄く大きな穴が必要ですが、一寸でも水が溜まっていれば、小さな穴でも得られる、大したことがない流量、と言うこと、ご理解下さい。

    原子炉の底が抜けた、というとんでもないことを言う人は、日常誰でもが経験する単純な物理も理解できていない、ということです。)

    12/26に公表された政府「原発事故調査・検証委員会」の中間報告書の第二弾の報告として、
    昨年
    0923日のブログ記事「地震直後の原子炉パラメーターの深読みーー放射能の大半は2号機から」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52002055.html
    で推測した2号機を巡る緊迫した状況を報告します。

    9/23に掲載した図に若干の追加コメントした図を再掲します。
    2号機パラメーター3-14


     

    1.薄緑色は、原発の正門で観測された放射線量が急増大した時刻です。
    2.3/14正午から徐々に、原子炉の水位が下がっています。
    3.3/1418時に、原子炉の圧力が突然下がっています。

    4.3/14の深夜に原子炉の圧力が大きく振動しています。

    5.3/14日の22時に原子炉の水位が回復しています。

    2~5は、どういう作業で起きたか、不明でした。

     

    ーーーーー

    原子炉隔離時冷却系(RCIC)では、原子炉の蒸気を用いるタービン駆動のポンプで、格納容器の外にある復水貯蔵タンクあるいは、格納容器内の圧力抑制室(S/C)の水を使って、原子炉を冷却する設備ですが、2号機では、全電源が喪失した後も順調に作動していました。問題が発生したのはその後です。

     

    3/12の朝4時過ぎに、水源である復水貯蔵タンクの水位が低下していることに気付き、水源を、圧力抑制プール(S/C)に切り替えたそうです。S/Cを冷却するシステムが止まっていたため、水温が徐々に上昇しますが、その後、S/Cの水温と圧力を計測することなく、3/14の7時に146℃、1230分に149.3℃になったとのこと。


    S/Cの水温が上がると、RCIC系で原子炉から送られてくる水蒸気も十分には冷やされないので、冷却効率が低下し、原子炉の温度はあがり、水位は下がり、圧力が上がります。それが、「2.3/14正午から徐々に原子炉の水位が下がった」原因だったようです。 


    ーーーーーーーー

    低下が顕著になった原子炉の水位の回復には、消防車による原子炉への注水が必要ですが、そのためには、原子炉の圧力を消防ポンプの吐出圧力以下にする必要があり、大気への圧力解放(ベント)が必要です。


    2号機ベントライン原子炉からS/Cにベントして、S/Cから大気に解放するS/Cベントだと、S/Cの水をくぐる際に放射能が大きく抑制できます。格納容器(D/W)から直接大気に放出するD/Wベントでは、大量の放射能が放出されます。当然S/Cベントを選択すべきですが、冷却機能が喪失していてS/Wが高温・高圧状態の状況では、原子炉から送られてくる水蒸気が十分に凝縮せず、原子炉の減圧効果が期待できないだけでなく、S/Cの圧力が増大して破壊される怖れがあります。

    そこで、現場では、原子炉の減圧の前に、S/Cの圧力を逃がすための格納容器のベントを優先すべきと考え、準備したとのこと。

     

    S-Cベントラインところが、官邸では、原子炉の減圧を最優先すべきで意見が一致し、斑目原子力委員会委員長が、吉田所長に電話で意見を述べたとのこと。それを受け、発電所対策本部と本店対策本部で協議し、やはり、S/Cの圧力の逃げ道確保を優先すべき、ことにしたとのこと。


    格納容器のベントラインは、3/13には一旦完成していたが、3/14 11時に発生した3号機建屋の水素爆発で空気作動のS/Cベント弁が閉まってしまっていたので、発電所外から急遽調達していた可搬式コンプレッサーで3/1416時頃に、開操作を行った。ところが、空気圧不足で開状態にならなかった、とのこと。

     

    この報告を受け、本店の対策本部にいた清水社長が斑目委員長の意見に従って、直ぐに原子炉の減圧・注水作業を行うよう指示し、格納容器ベント実施の作業と同時並行で原子炉の減圧・注水作業に取りかかったとのこと。


    1634分頃、3号機の深読みの読み直しで紹介した、12Vバッテリーを10個つないだ電源で復旧させた制御盤で、SR弁の開操作を行ったが旨くいかず、試行錯誤を繰り返し、やっと19時3分になって0.63MPa gageにまで下がり、注水可能になった。

     

    ところが、1920分頃、急遽調達していた千葉火力発電所および南横浜火力発電所の消防車がいずれも燃料切れで作動停止していたことが確認され、自衛消防隊が、タンクローリーから燃料を運搬し、1957分に、やっと、連続注水が開始された、とのこと、です。


    「3.3/1418時に、原子炉の圧力が突然下がった」と

    「5.3/14日の22時に原子炉の水位の回復」

    の裏では、現場での必死の作業がありました。

     

    3/14日の18時から 21時まで、原子炉の水位が、測定不能のレベルにまで低下したので、明らかに燃料棒が完全に露出しました。しかし、20時からの連続注水で速やかに水位が回復したことから、少なくとも原子炉の底部が溶けることがなかったことが明確です。

    ーーーーーーー

    消防車による連続注水開始後にも、原子炉の圧力が上がって、何回も注水ができなくなっています。そのたび毎に、減圧操作を行っています。

     

    満足な注水ができずに、核燃料の高熱で原子炉と格納容器の壁が溶け、放射能が外部に漏れ出す最悪な事態に陥る可能性も考えた所長は、待避用のバスの手配を指示し、準備したとのこと。

     

    「4.3/14の深夜に原子炉の圧力が大きく振動」した時は、究極の緊張状態だったようです。


    3/15の1時以降は、原子炉圧力が0.6 MPa gage台で推移し、原子炉及び格納容器の破損には至りませんでした。 


    但し、3/15日の6時に、大きな衝撃音が聞こえ、S/C圧力が絶対圧でゼロになったことを聞き、2号機の格納容器で何らかの爆発が起きたと考え、7時頃には、必要な要員50名程度を残して、約650人が第2原発に待避した、とのこと。

    ーーーーーーーー

    報告書のp.232に、「結局、2号機については、S/CベントおよびD/Wベントの実施を試みたが、これらのベント機能が果たされることはなかったと考えられる」と書いてあります。しかし、実際に、ベントに依ると考えるしかない、原発正門の放射線量の急増が何回か記録に残っています。委員会の理解は間違っている、と考えます。

    つくばで、久し振りに緊急地震速報を聞きました。携帯電話に残っている記録を見ると、前回聞いたのは、9/29でした。
    スーパーで買い物をしていた女房によると、買い物客の携帯電話が一斉に鳴ったそうです。さぞや賑やかだったことでしょう。私は研究室に一人でしたので、アッ久し振り、どこなんだろう、で、終わりました。

    コメントを文末に引用した様に、読者の皆さんも、久し振りの音に、驚かれた様です。


    震源は、福島県沖(北緯36.9度、東経141.3度)で、深さは約20kmですので、3/11巨大地震の余震です。


    余震である(=震源はプレート境界である)との判断の根拠は、0917日のブログ記事「9/15M6.2地震の深さは10 kmなのに、余震か?ーーそうです」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52000517.html を参照下さい。


    ーーーーー

    今後の予想のため、余震頻度の経時変化が極めて重要です。


    11
    20日のブログ記事「M7以上の発生確率15%と気象庁ーーー最大震度5以上の余震が発生する様に見えない」 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52018778.html 以来になるデータ整理をしておきます。これまで同様、以下のサイトの気象庁のデータを整理しました。http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/2011_03_11_tohoku/yukan.pdf


    震度5以下-1月まで


    8月を最後に起きていないことから、最大震度5弱以上の余震は、もう、起きないように思えます。


    尚、
    11/201023分に、茨城県北部を震源とする最大震度5強の地震が起きています。しかし震源の深さは10kmであり、北緯36.7 、東経140.6度でのプレート境界の深さ60km程度より遙かに浅く、http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52000517.html いわき内陸地震であり、余震には含めません。


    1114日のブログ記事「3/11の余震。最大震度4は終わったか?微小地震の活動には大きな変化なし」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52017302.html に、あと一ヶ月様子を見ないと結論できないが、と前提をつけた上で、最大震度4は終わったか?と書きましたが、上の図に見るように、一月も経たない11/24に最大震度4の余震が起きました。その次が12/10で、そして、今回です。1ヶ月弱の間隔で起きています。これまでの経緯を見ると、2ヶ月間起きなければ、最大震度4は終わった、と言えるのかも知れません。


    ーーーーーーーー
    上のブログ記事でも紹介しましたが、微小地震の頻度(データは、気象庁のサイト 
    http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/daily_map/sendai/20120110.shtml から)は、4月からずっと変わっていません。むしろ、4月より若干増えているようにも見えます。プレート境界がしっかりと冷えるまで、微小地震の数は減らないように思えます。


    2月から12-1月



    気象庁が、震度5弱以上の余震の可能性があると言ったのですか?
    私は、震度5弱以上の余震は、昨年の8月で終わった、と思います。



    (読者のコメント)
    ーーーーーーーーーーー

    ゆは> 震源地を見ると私の住んでいるいわき沖あたりに見えます。

    > 震源が20kmのせいか、地鳴りと縦揺れがあり恐怖を感じました。

    > これも3.11の余震なのですか?

     


    yurara> 久しぶりのエリアメールで本当にびっくりしました

    > 気象庁が、震度5弱以上の余震の可能性は十分にある、と言うのでまた心配になりましたが、被害のない余震は喜ぶ、と自分に言い聞かせています。

    > 震災前なら、この程度の揺れなんて気にもしなかったのですが、震災を経験してからは、どうしても「また、大きくなるんじゃ?」とか「もっと大きいのがくるのかも?」という余計な心配が増えてしまったのが困りものです。

     


    ちび> 久々に携帯のエリアメール 福島沖で宮城は3でした

    > 何かまた昨年の雪の中の出来事を思い出してしまうような 携帯の音でした 

    > 飲食店で事務をしていたのですが お客様もびっくりしたようで 津波は?の声でしたが

    > 津波の心配はまったくなく ホットしました

    > しばらく来なかった地震がまた活発化してるのか?と思いたくないのですが

    > 心配になってしまう自分に力強く大丈夫と言い聞かせてます。

     


    まきちゃん> 久々に携帯の地震速報が鳴りびっくりしてしまいました!

    > 私の住んでる相馬は、3で津波もなく良かったです!

    > 今日の地震もやはり余震ですか?

    立木寅児> 4号機の燃料プールについてはどのような御見解をお持ちですか、

    yamada_taka>地震によって4号機のプールに破損が見られ、冷却水が減って、懸念されていた原子炉2基分もの燃料棒がむき出しになりつつあるとか・・・?


    立木さんのご質問は、yamada_takaさんのご心配と同じですね?
    yamada_takaさん。原子炉2基分もの燃料棒がむき出しになりつつある、という荒唐無稽なことを、誰が言っているのでしょう?教えて下さい。


    ーーーーーー

    東電は、1月2日のプレスリリースhttp://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/press_f1/2011/htmldata/bi1972-j.pdf で、


    「1月1日午後5時30 分頃、4号機使用済燃料プールスキマ・サージ・タンクの水位が午後2時からの3時間で約240mm 低下していることを確認(これまでの運転実績では3時間で約50mm 程度の低下)。但し、プールの水温は23℃で、冷却に全く変化無し。


    その後の調査により、原子炉ウェルの水位が上昇したこと、その増加量がスキマサージタンクの減少量とほぼ同等であることが分かった。使用済燃料プールから原子炉ウェル側への水の流入量が増加したことにより、燃料プールからスキマサージタンクへのオーバーフロー量が低下し、スキマサージタンクの水位低下が通常よりも多くなったことが原因であると推定した。


    実際、1月2日正午前に原子炉ウェルに水張りを実施したところ、午後4時現在、スキマサージタンクの水位低下は確認されていない。」

    と、説明しました。


    ーーーーー
    使用済み燃料棒の冷却には全く影響がないものの、放射能が含まれている水がどこかで漏水しているならば、その場所を突き止めないと、今後の作業の支障になるので、スキマ・サージ・タンクの水位の低下速度の増大の原因を明らかにする必要がありました。
    直前の地震で、使用済燃料プールから原子炉ウェル側への水の流入量が増加したことが原因だった、漏水ではなかった、という発表です。


    私には疑問は見いだせません。東京電力の発表の通りでしょう。

    何も心配することは、見あたりません。


    尚、4号機のプールは、水素爆発で損傷を受けていますが、東電は、安全余裕度向上のためプール底部の支持設置工事を行い、7/30に完成しています。http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_110730_02-j.pdf



    ーーーーーー

    東電のプレスリリースを理解するため、三つのタンクの目的と位置関係を調べました。


     
    原子炉ウェル
    原子炉の停止時に、燃料取り替えなどの作業の時、従事者の被曝を抑えるため、原子炉の上に、放射線遮蔽能力の高い水を張るそうで、それが原子炉ウエルです。プールとの間にはゲートがあって、その開閉で、水位が調整できるようです。



    スキマ・サージ・タンク上


    使用済み燃料プール
    原子炉から取り出した使用済みの燃料棒の燃料ペレット内には、
    4.5%程度重量の核分裂生成物が作られています。炉から取り出したばかりの使用済み燃料は半減期の短い放射性核種を多く含んでいるため、放射能が強く、そのため発熱量も大きいので、放射線遮へいと冷却機能を備えた貯蔵所が必要になり、それが、使用済み燃料プールです。水は、冷却効果が大きいだけでなく、放射線の遮蔽効果も大きいです。核分裂生成物の発熱である崩壊熱は、核分裂停止直後に発電中の8%弱、10日後に0.26%、3ヶ月後に0.06%に、1年後に0.025%、3年後に0.007%、になるそうです。


    スキマ・サージ・タンク横


    スキマ・サージ・タンク(skimmer surge tank):
    (注意:隙間ではないですよ。スキムミルクのスキムです。ネットの無知の大騒ぎも一つくらいは世の中に貢献することがあります。原発の専門家が増え、英語の勉強にもなります。)
    サージ・タンク(surge tank)とは、流体の過剰な流入量を一時的に蓄えることで流量を緩和して増減を平準化することを目的に備えられる各種の貯槽類に与えられる、工学全般における一般的な名称である、とwikipediaで説明しています。
    スキム(
    skim)は、すくい取る、の意、です。使用済み燃料プールから水を溢れさせてこのタンクに入れて、フィルターで水の不純物を取り除き、熱交換機で冷やした後、プールに戻します。全てに備わっているのだろうと思いますが、通常の水泳プールでもスキマーで、浮遊するゴミくずを除去する、という説明も見ました。

    yamada_taka>最近ネット上で話題の「元旦セシウム値急上昇事件」ですが、先生はこの原因を何だと思われますか?

    > 昨年はずっと10~50MBqだったのが、今年の元旦のみ450MBqまで跳ね上がったとのことですが・・・。

    > たとえば、

    > 地震によって4号機のプールに破損が見られ、冷却水が減って、懸念されていた原子炉2基分もの燃料棒がむき出しになりつつあるとか・・・?



    0106日のブログ記事「1km2 あたり100MBqのセシウムが危険? 相変わらず無知を発信する武田氏」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52029666.html

    で、全く無害と説明しましたが、ネットでは、まだ、無知な騒動が続いていますか。困ったものです。


    観測されたセシウムは、風で舞い上がった土埃に付着しているものが下りてきているだけです。原発の現状とは、無関係です。

    そもそも、「昨年はずっとxxxだったのが、突然跳ね上がった」が、大間違いです。


    文科省が発表している全国の降下放射能量http://radioactivity.mext.go.jp/ja/monitoring_by_prefecture_fallout/ をグラフにしました。

     


    月間降下量は、当然3月が最大ですが、その後急激に2.5桁も減少し、6月以降はほぼ一定です。

    セシウム降下量


    福島原発から、3月中旬の何回かのベントで、水分等に付着して上空に舞い上がったセシウムは、雨で地面に落ちました。雨が降る度に、上空に漂っていたセシウムは減りました。このグラフから、上空に漂っていたセシウムは、5月一杯で完全になくなったようです。


    3月の月間降下量が、福島双葉郡と盛岡市で3桁半も違いますが、その後の経時変化が全く同じことに注目して下さい。


    これからも明らかなように、6月以降の降下物は、土埃が舞い上がった物です。地面の状態(乾いているか、凍っているか等)と風の強さで、舞い上がる量は大きく変化するでしょう。


    上空から正味に舞い降りて来たのではなく、下にあったものが舞い上がって下りて来ているだけなので、その地域の放射能の量に、増減はありません。


    全国どこでも、6月以降の月間降下量が、原発から飛来してきた量(3月の月間降下量)の数百分の1であるのは、土埃がこの程度の確率で舞い上がることを意味しています。ネットの馬鹿な大騒ぎのお陰で知ることができた、興味深い情報です。馬鹿な人たちに感謝、です。


    尚、舞い上がった土埃を吸い込むことを心配する人がいるかも知れませんが、全く気にしないで下さい。


    前のブログ記事で、1km2あたり100 MBqの土を年に77トン食べることができれば、年に1 mSvになるという計算を示しました。吸引の場合も、濃縮効果は全然ありませんので、同じ計算で良いです。但し、その地域の土壌の放射能濃度を使う必要があり、1km2あたり100 MBqより数桁も高いと思いますが、肺で吸引可能な量を何桁も上回る量であることは確実です。

    何でもかんでも怖がる材料にしたい人の生き甲斐を奪う必要はなく、思う存分騒いで貰って良いですが、人生には、考えるべきこと、悩むべきことが無数にありますので、yamada_takaさんは、こんなつまらんことは、完全にお忘れ下さい。

    尚、福島原発についてですが、
    原発が核爆発を起こすことは絶対にないことは説明するまでもないですが、
    福島原発で、3/11以降、再臨界が起きる可能性がなかったことは、本ブログで説明済みです。
    そして、冷温停止に至った現在、その他の一切の心配もないはずですので、ご安心下さい。

    昨年9/21のブログ記事「地震直後の原子炉パラメーターの深読みーー3号機の場合」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52001422.html で、

    再掲する原子炉パラメーターの推移から、3/123/13に3号機の原子炉内で何が起きたかを推測しました。

    12/26
    に公表された政府「原発事故調査・検証委員会」の中間報告書http://icanps.go.jp/post-1.html を読むことで、疑問が解消されました。


    3号機初期

     

    原子炉の圧力が、3/13910分に73気圧から4.6気圧に急激に減っています。そのときに、原発正門の放射線強度がピークを持っているので、原子炉内の放射能が大気に放出されたことが分かりますが、何故、ベントが必要だったのか、その前の未明3時に突然圧力が上昇しているのは何故か、更には、前日、ゆっくりと原子炉の圧力が下がったのは何故か、分かりませんでしたが、中間報告書のp.170p.190の説明で、何が起きたかが分かりました。


    ーーーーーー

    報告書に依れば、津波により全ての交流電源が失われポンプ類が駆動できなくなりました。1,2,4号機では、直流電源も全て失われて、原子炉の水位などパラメーターも監視できなくなりました。このため、地震直後3/11日の1650分には、東京電力全店から高圧・低圧電源車が福島に向けて出発し、12日の1時20分頃までに高圧電源車4台が福島第1原発についたとのこと。


    中央制御室の計測機器が、車両用バッテリーで復旧できるとのことで、大型バスのバッテリーを取り外すなどして、24V分のバッテリを3/11 20時までに確保したとのこと。バッテリの消耗を抑えるため、原子炉水位を確認する時のみバッテリを計器に接続したとのこと。


    緊急時に原子炉を冷却する設備に、原子炉隔離時冷却系(RCIC)や高圧注水系(HPCI)等があります。RCICは、原子炉の蒸気を用いた、タービン駆動のポンプで、格納容器の外にある復水貯蔵タンクあるいは、格納容器内の圧力抑制室(S/C)の水を使って、炉心や気水分離器、蒸気乾燥器などの原子炉圧力容器の構造物及び機器を機械的に支える炉心シュラウド外側に注水して冷却する設備で、HPCIは、炉心上部のノズルからシュラウド内側の燃料集合体に向けて注水して冷却する設備、の様です。


    3号機では、RCICが作動していたが、3/12日の 1136分に停止し、再起動しなかった、とのこと。ポンプが止まったため、原子炉の水位が低下し、同日1235分にHPCIが自動起動したとのこと。HPCIは、流量が大きく、原子炉が良く冷えて、水位が上昇すると、停止する。再起動には多くの電気を必要として、バッテリーの消耗が大きくなるので、止まらないよう、当直は、弁の開閉操作で流量を調整したとのこと。上の図中、3/12午後からの原子炉の圧力の10気圧への低下は、HPCIによる強力な冷却が始まったためと考えられます。


    SR弁HPCIは、本来は、数十気圧の高い圧力で運転すべきもので、運転範囲を超える少ない回転数で作動しつづけると設備破損の危険があるので不安になった当直の人が、ディーゼル駆動消火ポンプ(D/DFP)に切り替えた方が安定した注水ができると考え、3/13 242分にHPCIを手動で停止させたそうです。D/DFPに切り替えるには、原子炉内の圧力を更に下げなければなりませんが、主蒸気逃し安全弁(SR弁)が開かず、下げなければならなかった原子炉の圧力が逆に上がったとのこと。これで、未明の急激な圧力上昇の原因が分かりました。


    SR弁が開かなかったのは、バッテリーの容量が不足していたためで、対策本部にいる社員の通勤用自動車から12Vバッテリーを10個取り外して集めて120Vのバッテリを作り、空気作動弁であるSR弁を9時8分頃に開けたとのことです。圧力が3.5気圧まで下がってから、自衛消防車による注水が行われたとのことです。


    3/13910分の原子炉圧力の急激な低下と、原発正門での放射線強度のピークが何故起きたか、この報告書で良く理解できました。現場の方々は、パニックにならずに、冷静に良く処理できました。

    昨年12/26に、政府の「事故調査・検証委員会」が中間報告書を公表しました。

    http://icanps.go.jp/post-1.html


    各新聞が報道しましたが、新聞記事には、通り一遍の陳腐なことしか書いておらず、そんなつまらん調査など時間の無駄。と感じ、読む気になりませんでした。

    もしかすると何か役立つ情報があるかも、と読んで見ると、トンデモありません。とても面白いです。


    3頁の、
    「真の原因究明を行うためには、事故に関わった人たちに、ーーーー包み隠さず語って貰うことが必要である。関係者が、責任追及をおそれてありのままの真実を語らなければ、事故の全体像を捉えることは不可能である。それ故、当委員会は、責任追及を目的とした調査・検証は行わない。

    この事故から学び、後世の人たちの判断や行動に役立てるため、ーーーー事故に関わった人たちは、そのときに自分の周りで起こっていることや外部から与えられた情報だけを基に判断し、行動している。後から見れば適切でなかったという理由で責めることは、慎むべきである」

    という文章に、先ず、この委員会を見直しました。

    マスコミは、どうしてこういう大事なことを伝えないのでしょう。

    まだ一寸読み出したばかりですが、

    「IV 東京電力福島第1原子力発電所における事故対処」は、
    3/11から数日の、現場の人間がどのような行動をしたかを、詳しく記しています。現場の緊張感がびんびん伝わる、手に汗握る、ドキュメンタリです。

    なまじっかな小説は太刀打ちできません。

    近日中に、原発でのドラマのハイライトを報告したいと思います。

    ぴよっち> 先生教えてください。

    > 武田邦彦先生のブログで今日速報がでました。福島および関東一円のセシウム降下量が事故後とほぼ同じくらいのレベルに達しているそうです

    > 外出するときはマスクを、、と書かれています。


    ーーーーー

    読者からの要請があって、以下の評価記事を書くために

    0626日「彼らの言うことのどこがばかばかしいか指摘をーー武田邦彦氏の場合」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51973100.html

    0627日「彼らの言うことのどこがばかばかしいか指摘をーー武田邦彦氏の場合(2)」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51973268.html


    一度だけ読んだブログで、中味があまりにも馬鹿馬鹿しく、頭がおかしくなるので、決して見ないブログですが、


    ぴよっちさんの不安を解消するため、覗いて見たところ


    1km2 あたり100MBqは危険」と書いてありました。
    大きな間違いです。


    やはり、愚かなことしか書かない人です。どうか、そのブログは、二度と見ないようにして下さい。



    (放射能の濃度)
    ーーーーーー

    土の比重が2g/cm3程度で、土壌の採集は通常5cm深さで行いますので、土壌1m2は、重量100kgになります。1km2の重量はその100万倍の、100 M kgになります。


    ですから、
    100MBq / 1km2 = 1 Bq / kg です。


    セシウム137を経口摂取した場合、1Bq= 1.3 E-8 Svですから、年に1m Svの被曝になるには、この量のセシウムが降り積もった土壌を、年に77,000 Bq = 77トン食べなければなりません。この降下量が一年続いたとしても、10年降り続いたとしても、食べ切れません。


    危険性を考えるのが全く馬鹿馬鹿しいことがお分かりなるでしょう。

    ーーーーーーーーー

    文科省のHPの「定時降下物環境放射能測定結果(暫定値)(第9報)」
    http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1285/2012/01/1285_010618.pdf には、

    12/27の一日で セシウム137が、23 M Bq/ km2が降下したとされており、12/28は不検出、12/2952 12/30 4112/31 8 元日 は不検出、1/2 250 1/3 72 1/4 26 M Bq/ km2の降下が検出されたとあります。


    数字のばらつきの大きさから、どこかに溜まったものが流れているのではないこと、が明らかです。

    極めて微量なので、数値の大きな変動の原因にはいろいろな可能性があります。一つの可能性は、土埃が風で舞いあげられることです。セシウムは土にこびりついていますから、土埃とともに舞い上がります。
    1月二日に風が強かったとすると、この可能性は高くなります。

    ーーーーーーー

    T氏は、これまでに数々の間違い情報を流して、人々を怖がらせています。仕方なく、私も、以下のブログ記事を書く羽目になっています。


    0911日「セシウム0.1mgで致死量だから、東北では農業をするなーーめちゃくちゃな自称”学者”」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51998511.html


    0910日「東京で大異変…ヨウ素が急上昇!?ーー測定間違いです」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51998298.html

    1/7補足:次の記事を引用した方が良かったです。
    09101「甲状腺治療では、GBqの量のヨウ素131を使用ーー下水から検出の可能性あり」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51998319.html )

    この人の無知も好い加減にして欲しいです。何故、こんな馬鹿なブログを読む人がいるのでしょう? 


    私が、馬鹿馬鹿しい解説を書かないで済むように、この人のブログを読まないようにお願いします。

    ーーーーーーー
    1/7補足:むーみんさんからコメントがありました。

    私が、有力な可能性として挙げた、放射能が付着した土埃の風による舞い上がりの吸引に関して、保健物理学会のサイト“専門家が答える「暮らしの放射線
    Q&A」”よりhttp://radi-info.com/、で、計算していました。


    (「砂塵」で検索=>放射性物質の再浮遊について=>回答を見る=>
    (以下、暮らしの放射線Q&Aの過去の回答から引用)で、計算の説明にたどり着けます)


    今回の
    100M Bq/ km2 = 100Bq/m21,000倍の濃度(福島の土壌の濃度に近い)の100 kBq/平方メートルの環境での、内部被曝は、0.0188 mSv という計算があります。
    つまり、100M Bq/ km2 の降下量が3年間ずっと続いたとして、0.02 mSvらしいです。

    砂塵を食べるときの内部被曝の計算もしています。

    元日から始まった朝日新聞の社会面の連載「リスク社会に生きる」は、なかなか面白いです。

    1/4
    の第3話は、破綻恐れ カネ・ヒト漂流、というタイトルで、「日本は最悪、国家が破綻する」と思って、資産の大半を日本から移し、シンガポールに現地法人を作ったIT会社を営む39才の男性。不安はつきないがリスクを取る。その先に未来があるはずだから、と語る。

    3年前に、同じくシンガポールの外資系銀行に訪れ、夫と共働きで
    20年かけて貯金した4千万円を託し、昨年1月にその会社が詐欺容疑で摘発され、無一文になった今、北アルプスを望む自宅側の借りた畑で家庭菜園をしている40才の女性。近くを通った近所の人にかけより、収穫した野菜をお裾分けする。


    今日の第4話は、機械も人には及ばない、というタイトルで、4年前に国がモデル実施した、児童のランドセルに
    ICタグをつける「地域児童見守りシステム」を続けている横浜市の小学校の話。当時システムを利用した保護者の9割が安心感が高まった、と答えたが、ICタグの検知率は100%ではなく(当然でしょう)、連れ去られたと思って警察に通報した保護者がいたこと。2年目から月500円の利用料金がかかると利用者が半減したこと。

    和歌山県の小学校は昨年3月にシステムを廃止した。
    ICタグの検知漏れに対応するため保護者がボランティアになり祖父母も加わって登下校の見守りを始め、「安全には、機械よりも地域住民の力が大きいことが分かって」システムを止めたと言う話。以前は「知らない人から挨拶されたら無視して逃げるんだよ」と子供に言い続けた親も、今は、「誰にあっても、自分から挨拶するんだよ」と言い聞かせる。

    ーーーーー

    ハテ?何が言いたいんだ?と思ってしまう人もいるかもしれない、漠とした文章が続きます。でも、ズバッと主張するより、人の心の中に入るのかも知れません。後ろにある考え方は、昨年の朝日新聞を席巻していた空気とは全く反対に、とても冷静で理性的です。


    ーーーーー

    今年最初のブログ記事「震災を経て痛感したのは、マスコミは、自らのストーリーに合わない科学の成果を恣意的に無視するということ。科学者は、糾弾を恐れて口をつぐむと言うこと」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/52028581.htmlで批判しましたが、朝日新聞のaサロン、科学面にようこそ、に、元日に載った、東京科学医療部長によるブログ記事は、陳腐な内容でした。


    科学部よりも社会部の記者の方がレベルが高いようです。
     

    ーーーーーー

    私も時々投稿する、朝日新聞の記者によるブログ「aサロン」には、私にも投稿するよう勧めたaozoraさんが、ネットに溢れるのと同じ冷静さを失った投稿だらけの中、孤軍奮闘に近い形で、理性的コメントを精力的に投稿しています。

    1/2と1/3
    に、「リスク社会に生きる」に通じる意見を幾つも投稿しておられます。面白い文章なので、一つだけ、以下に、引用しました。


    https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/AB3AEaoaP2


    「不安のでどころ」

    投稿者:aozora 投稿日時:12/01/02 10:4

     

    渋谷に住む主婦が、子供を洗浄し無塵状態にしている記事を見ました。多分、裕福な生活と家庭に不安が無い主婦なのでしょう。
    人間の本能に不安は欠かせない。東京という享楽の都の生活に差し当たった不安は見当たらない、が、いつかこの幸福は破綻するという漠然とした不安を起こさせる。
    放射能というもっけのターゲットが見つかり、主婦という緩慢で退屈な生活に、もてるその才能と能力全てをつぎ込んで行動する。暫く前に外資に勤める夫の妻が夫の浮気を疑いクビを掻っ切った事もあった。

    昨日と今日(2日と3日)は、東京で過ごしました。


    子供達が、還暦祝いをしてくれたのです。私がお笑いが大好きなので予約してくれていた国立演芸場での寄席で大笑いし、その後で、六本木ヒルズのレストランで和食のコースを楽しみ、ゆっくり過ごせるようにと、その夜は、超高級ホテルを予約してくれたのでした。若い子供達には結構重い、散財をさせてしまいました。兄弟3人が仲良く相談して考えてくれたのが、何より嬉しかったです。ずっと仲の良い兄弟であるよう、願います。


    ホテルに泊まった夫婦と娘の3人で、今朝、明治神宮にお参りしました。私が見た東京の正月風景を写真で紹介します。

    六本木ヒルズ夜景先ず、六本木ヒルズのホテルから見た東京の昨夜の夜景です。

    地上では、左下に見えるように、街路樹の装飾灯は眩しいくらい明るかったです。中央上部に見るように、高層ビルの屋上の赤い光や、室内の白い光など、色とりどりで、東京の夜景はなかなか美しいです。


    六本木ヒルズから東京の風景今朝見ると、どのビルの屋上にも、木々が植えられ、上から見ると、東京は緑豊かです。30数年前にも、東京には緑が多いと感じましたが、今日、ビルの屋上が緑で覆われていることに、改めて感心しました。


    屋上に水浅く水を張ったプールがある屋上もありました。打ち水効果で皆さん経験のように、水の気化熱が大きく蒸発で気温が下がるので、屋上を植物で覆うことで、気温変化が大きく緩和されます。

    どうか、太陽電池パネルなどで、東京のビルの屋上の緑が失われませんように。


    富士山右上に富士山が写っています。東京には、あちらこちらに富士見坂があります。昔はきっとどこでも正月に富士山が見えたでしょう。ホテルの部屋は8階でした。今でも、8階程度の高さに登れば、見えるようです。どこのベランダにも植物が見えたのも嬉しかったです。


    日本で参拝客が一番多い明治神宮に初詣をしたいという長年のミーハーな願望を、今日、果たしました。

    表参道ヒルズ昨日も、参拝できないかと参道を暫く進んだのですが、途中でパタッと流れが止まり、寄席の開始まで時間がなかったので、すごすごと退散し、表参道ヒルズを見ながら、表参道通りを歩いて地下鉄の駅まで行きました。



    神宮前今日は、どんな長蛇にもへこたれるまいと腹を括って神宮に行きました。歩道橋から見た人混みに怯みかけましたが、





    明治神宮1その人混みのなかに飛び込むと、昨日よりは、空いていました。昨日は昼過ぎ、今日は昼前、という時間帯の違いでしょう。






    明治神宮2しかし、南神門に至る前には、人の流れが止まり、時々一寸前に進む程度になりました。





    祭壇前それでも、警備の人の声に急かされ、皆さん、ささっとお参りを済ませるので、それほど待たずに、先頭に迄辿り着き、




    出口の東神門急かされるので、いつものような10くらいのお願いはできず、たった2つのお願いでお参りを済ませ、東神門から出て行きました。


    おみくじをひきましたが、吉凶のないものでした。家に帰って調べて分かったのですが、御製(ぎょせい:天皇の作られた詩文・和歌)と御歌(みうた:皇后・皇太后・皇太子などのよまれた和歌)が書かれています。他の神社の境内で見るように、多くのおみくじが結びつけられていましたが、おみくじをよく見ると、赤字で「参拝記念に大切に保存しましょう」と書かれていました。


    調べ序でに書きますと、明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする明治神宮は
    1920年に始まったとのこと。また、国家の管理に置かれていた戦前におみくじは出していなかったが、戦後、一宗教法人となり明治神宮でもおみくじを出すことになり、明治神宮にふさわしい独特のおみくじとして、御製、御歌を書くことにした。20首の「英文おみくじ」もある。とのことです。

     


    竹下通り帰りは、原宿駅に向かい、竹下通りに入りました。

    テレビでしか見たことがない「カワイイ」ファッションの若い女の子を多く見かけました。

    女房と娘のウィンドウショッピングの間に、行き交う人を見るのはなかなか楽しかったです。

    竹下通り2

    子供達のお陰で、良い正月の東京見物ができました。

    元日早々、大きな地震がありました。


    1428分の地震の震源地は鳥島近海  北緯31.4度、東経138.6度)で震源の深さは約370kmですので、

    プレート境界地震ではなく、深発地震です。

    マントルの中に深く沈み込んだフィリピン海プレート内で発生した地震の様です。


    3/11東北太平洋沖地震との関連はないでしょう。

    震源に近い静岡、三重は揺れずに、遠く離れた、関東北部と東北地方で揺れが大きかったのが深発地震の特徴です。


    深発地震について詳しくは、

    0809日のブログ記事「沖縄、伊予灘の地震は?鳥島の震源深さ430kmの地震は?ーー珍しくありません。世界の地震の分布図」

    http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51988467.html

    をお読み下さい。

    あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

    年頭に当たってのコメントをするにふさわしい記事が出ましたので、それへのコメントを最初のブログ記事にします。


    ーーーーーーーーー
    朝日新聞のaサロン、科学面にようこそ、に、本日、東京科学医療部長・上田氏による「いまいちど「暮らしと科学」に目を向けたいというブログ記事が出ました。https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/DuB52Fqvrd


    「科学は知への挑戦ですが、わたしたちの暮らしを豊かにするものでもあったはずです。」

    ということ。概ね賛成です。概ねとは、「でもあった」ではなく、「暮らしを豊かにするために」あるのであって、「知への挑戦」は、そのための単なる道具に過ぎない、と私は考えるからです。


    その後の「今回の震災を経て痛感したのは、わたしたちが知っていること、できることは、まだわずかだということです。震災後、何回も繰り返された「想定外」ということばが、そのことを象徴しています。」は、私の見解とは異なります。


    人類が知っていること、できることが、極めて限られているのはその通りです。ですが、上田氏は「震災を経て」そんな当然のことを痛感したのでしょうか?

    科学で予測できたことを、起きないと考えて行動しなかったから、「想定外」なのでしょう。狭い意味の科学が知らなかったと言う問題ではなく、リスク管理(人間の行動)のあり方が、リスクの取り方が、真の問題でしょう。現在進行中の「除染」も、同じ問題です。


    放射線生物学はいろいろなことを明らかにしています。少なくとも動物実験では、毎時100マイクロシーベルト以下では健康への影響がない、と言うのが、私の理解です。


    原発事故以降、マスコミは、これらの科学の成果を、一切、伝えませんでした。 朝日新聞は、放射能は幾ら微量でも危険という路線を否定する、ラジウムの上で50年過ごした世田谷のご家族、の報道ができませんでした。


    震災を経て私が痛感したのは、マスコミは、自らのストーリーに合わない科学の成果を恣意的に無視することです。プロメテウスの罠の第三シリーズは、その最たるものです。


    さらに怖いと痛感したのが、物理学会誌編集委員長の後書きに見られるように、糾弾を恐れて、多くの科学者が口をつぐんだことです。


    これでは、第二次大戦に突き進んだ戦前と同じです。


    年が明けました。
    朝日新聞は、冷静に、科学的真実を伝えて頂きたいです。

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