(放射線の健康への影響を正しく理解するためのシリーズ)

γ
線が当たった細胞が損傷を受けるという誤解があるようです。
細胞の損傷は、γ線が当たった原子の内殻に正孔ができるからではなく、γ線で叩き出された高エネルギー電子が、1mm程度離れた場所で大量に作る数eVの二次電子(及びそれが作る活性酸素)による放射線熱傷で細胞が損傷します。

この記事は、一般の方、向けではなく、専門家向けの解説です。

前のブログで紹介しました、線量率が十分に低い時には健康に全く影響がないという研究結果を報告した電中研の報告書5/4訂正:原子力技術研究所の間違いでした。5/5 再訂正:電中研の原子力技術研究所でした)を読んでいて、どうやら放射線生物学の人が全員誤解しているらしいことに気づきました。

同報告のp.37のコラム記事です。


「この伝統的な放射線生物学では大前提として、「ヒットされた細胞のみが影響を受ける」と考えられてきた。この、当然とも思える大前提に見直しを迫る現象が、低線量放射線の研究の中で発見された。細胞集団のうち1%にしかアルファ線が通過しないような低線量の照射条件で、30 %の細胞の染色体に異常が見られたのである。この現象は、放射線にヒットされなかった細胞にも、照射の影響が現われたと考えなければ説明がつかない。照射された細胞の近傍の細胞(バイスタンダー)にも影響が現われるという意味で、バイスタンダー効果と呼ばれている。」

4/21 09:09補足:α線の場合は、その衝突で原子が動くので、ヒットした細胞でも損傷が起きるでしょう。それでも大部分の影響は二次電子に依るものと考えていますが、どれだけ多くの二次電子ができるかは、まだ未確認です。引用した文章の後で、X線マイクロビーム装置の導入と書いていることと、通常問題になる外部被曝はγ線でもあるので、議論が簡単な、γ線に絞ってのコメントです。)

誤解は、γ線の励起で内殻に正孔ができた原子が分子の損傷の原因と考えていることです。内殻ホールは、直ちに埋められ、一瞬正電荷を持ちますが、それも周囲から電子が供給されて、中和され、分子を切断する力にはなりません。分子の切断は、数eV(電子ボルト)の低いエネルギーの電子により行われます。

γ線で励起され原子から飛び出た数百keV(キロ電子ボルト)の電子は、周りの原子とぶつかって、その原子に捕まっている電子を叩き出し、少しエネルギーを失って、また別の原子から電子を叩き出します。叩き出された電子は、二次電子と呼ばれます。二次電子もまた、新たな二次電子を作り、雪崩の様に、たくさんの二次電子ができます。二次電子の数が増える毎に一個一個の電子のエネルギーは小さくなり、最終的に、数eVの電子が何十万個できます。この二次電子(及びそれが作る活性酸素)が、分子を切断するのです。


2011/04/01 22:10 「沃素131のベータ線(0.6MeV)とγ線(0.365MeV)の健康被害」http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51936795.htmlで説明した様に、数百keV電子は、発生源の側ではあまり二次電子を作らず、1~2mm離れた場所で大量の二次電子を作ります。


ですから、γ線が当たった細胞ではなく、その周り1~2mmにある細胞の損傷が大きくなります。バイスタンダー効果という不思議な効果でも何でもありません。


高線量の時は、全ての細胞にγ線が当たるので、知らなくて済んだのですが、低線量での実験では、上のことを知らないと、間違った解釈をします。