放射線は見えない、感じないから怖い、という尤もらしい脅し文句がありますが、人間が見えるもの、感じられるものは、限られています。携帯電話、テレビ、無線LANの電波は、見ることも感じることもできません。電波が見えないからと怖がって、テレビのチャンネル切り替えや、車のドアを開けるリモコンを使わない人がいるでしょうか?見えないから感じないから怖いのではなく、怖いと繰り返し言われて来たから怖いのです。短時間で数Sv被曝すると生命の危険がでてくるように、浴びすぎると危険であることは確かですが、自然放射能も怖い、無限にゼロにしないといけない、ということはなさそうです。どういう機構で健康が損なわれるかを知って、正しく怖がることが重要です。

昨年0421日のブログ記事「放射線は、得体の知れない特別な障害を起こす、という誤解」 http://blog.livedoor.jp/toshi_tomie/archives/51945173.html で、以下の説明をしました。


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DNAの放射線損傷放射線の生物学的効果は、活性酸素を作るだけ、です。(補足:自由電子、正孔が作られ、それらの移動で切断が起きる、という意味です。酸素が関与しない過程もありますが、その寄与は僅かで、且つ結果は酸素を介した反応と同じです。)


我々は、呼吸で肺から取り込んだ酸素で糖質を分解してエネルギー源にしていますが、この過程で活性酸素ができます。余った活性酸素は、毒性が高く、細胞を傷つけ、DNAも傷つけます。


肺呼吸で作られる活性酸素と、放射線で作られる活性酸素の区別はなく、放射線による遺伝子の変異と、通常起きている遺伝子の変異の形は同じであることが確認されています。


呼吸、食事、喫煙などで作られる活性酸素で、DNA損傷の頻度は細胞一つあたり一日百万回で、「細胞の10個に1つ」は、二重鎖切断が生じると考えられています、一方、年に1mSv程度の自然放射線では、その僅か1/1,000「細胞1万個に1つ」/の二重鎖切断しかありません。


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本記事では、細胞にはDNA損傷の修復能力があることを示す実験データをご紹介します。

(1)絶対温度4度(摂氏-269度)での実験

絶対温度4度(摂氏-269度)で、DNAの放射線損傷を調べた論文があります。

 S.G.Swarts et al. : Radiation Reserach (2,007) 168 367


4KでのDNA結晶の損傷
1,000Gy(1グレイ= 1J/kg
で、γ線の場合は=1シーベルトです)照射すると、フリーラジカルが1グラム当たり0.4マイクロ・モル作られ(0.4 mmol/g/1,000Gy 、DNAが損傷を受けて分離された塩基の量は、シトシンとグアニンが、フリーラジカルの1/7、アデニンとチミンが、1/40だったそうです。


          
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モル=6E231eV=1.6E-19 Jの関係から、


一つのラジカルを作るのに
26eVのエネルギーが必要で(26 eV/ radical)、塩基を1個分離するのに(DNA一重鎖の切断)は、200eV1,000eV必要という計算になります。


一方で、室温での細胞の致死被曝量は、1Gy程度で、そのときに一重鎖切断(SSB)1,000個程度生じるようです。細胞の重さは8ng程度ですから、吸収エネルギーは8E-12 Jになり、一つの一重鎖切断に5E4 eV/ SSB要する計算になります。4KでのDNA結晶の切断の50倍から250倍のエネルギーが必要なのは、細胞には、一重鎖切断を修復する能力があるから、と言えます。


従って、同じ被曝量でも、時間をかけて被曝すると、修復能力がしっかり働いて、損傷が相当に減じることが期待できます。


(2)線量率が低いと、遺伝子の突然変異の頻度が減る


Russell and Kelly
実際、
W.L.Russell等は、オスのマウスの性細胞の突然変異頻度が、急性曝露と緩慢曝露で異なることを示しました。

弱いγ線照射室の中で長期間(1~14ヶ月)に亘って連続的に微量被曝をした20万匹(○)は、10分以内の短時間でX線照射を行った51万匹(●)よりも、突然変異の頻度が低くなっています。細胞中のDNA損傷修復能力によると言えます。

尚、横軸の単位はcGy=(1/100)Gyで、900 cGy= 9 Svです。もの凄い被曝量です。論文に記述はありませんが、短時間照射試料の細胞は、全滅でしょう。こんなレベルでも、線量率依存があるのは、驚異的です。生命の機能と言うよりは、物質の世界の現象、化学反応機構と言えそうです。