沖縄県知事、翁長雄志武雄氏が逝去されました。大変残念です。

 

日本の政治家の中で、歴史上、ぴか一の人だった。

僅か67歳。

政治家では若造。

無念でならないでしょう。

 

私も、大変、無念。

 

もともと自民党が大嫌いな私ですが、

その自民党でありながら、本土に媚びを売らず、

沖縄の心を売らず

沖縄の人々に寄り添い、

オール沖縄を作り上げた功績、

歴史に燦然と輝きます。

 

貴方が作り育てた、オール沖縄を消してはなりません。

貴方が命をかけて守った沖縄を、二度と、本土の犠牲にしてはなりません。

 

以下、私の弔辞です。

 

翁長氏の偉大な過去を振り返るため、その言葉を、

翁長知事が死去 生前に語っていた沖縄への想い

「ピエロになって」でも、伝えようとしたこととは、何なのか

Buzzfeed Japan 2018/08/08配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180808-00010006-bfj-soci

から引用します。


重い言葉ばかり。

 

2017623日、本島南部の「平和祈念公園」で開かれた沖縄戦没者追悼式。

 

 献花に向かう安倍晋三首相と、

その様子を見つめる翁長雄志知事をうつした写真が話題を呼んだ。

 

その時、翁長知事は何を考えていたのか。

 

 「じっと安倍さんのことを見ながら、

沖縄戦で亡くなった人たちのこと、将来の沖縄の子や孫のことを考えていたんですよ。

このままではいかんな、と。

私からすると、安倍さんを見る目は厳しいものにならざるを得ないのです」

 

 「政府と話し合いを続けても、どうにも相容れない。

沖縄の現状に同情の言葉もなく、

ただただ基地問題について『粛々と解決していく』と言うばかり。

 

その人が、平和祈念公園にきて、

また同じようなことを言っていたのですから。

 

厳しい目で見ざるを得なかった」

 

「安倍政権は『戦後レジームからの脱却』『日本を取り戻す』というが、

現実的には

アメリカの傘の中で生きていく道を選んでいる。

 

むしろ『戦後レジームの完成』

を目指しているのではないでしょうか」

 

米軍をめぐる事件事故は相次いでいる。

 「何百回も抗議している。繰り返しても、世の中が何も変わっていない。

もう米軍を良き隣人とは呼べない。

いまの状況は知事として、受け入れられるものではありません」

 

トラブルのたび、

翁長知事は東京へ行き、日本政府や米国大使館に抗議してきた。

そのあとには、政府側から必ずのように次の3点が伝えられたという。

 

・基地負担の軽減

・県民に誠心誠意に寄り添う

・米軍に原因究明と再発防止を訴える

 

 そしてまた、事故が起こる。

「負担軽減」「誠心誠意」「再発防止」。

 

儀礼的な虚しい言葉が繰り返される。

(注;安倍政権は、虚しい儀礼的言葉しか吐きません)

 

翁長知事は、嘆息交じりにこうつぶやいた。

 

「ただただ、虚しさを覚えている。

この本土と沖縄の溝はいつまで深く、広いまま縮まらないのか、

ということを考えているんです」

 

なぜ、溝は深く広いままなのか。事件や事故は繰り返され続けているのか。

 

 翁長知事は、

日本側に逮捕権や捜査権がないといった「日米地位協定」など、

米軍が優位に立つ現状に

日本政府が反論できていないと指摘。

 

「日本政府には(問題を解決する)当事者能力がない」と言い切った。

その現状を変えようとする姿勢も見えない、とも。

 

「日本に行くにはパスポートが必要で、

ある意味で日本人ではないような扱いを受けていたのです。

僕は法政大学に通っていたのですが、

東京でのアパート探しで『琉球人お断り』という差別を経験しています」

 

 日本への復帰から45年を経て「差別はもうなくなった」と思っていた。

しかし、

ネット上に溢れる言葉や

東京MXTVが放映した「ニュース女子」をめぐる問題などに、

当時と同じ、沖縄への差別意識が背景にある、と感じたという。

 

 「ニュース女子」で放送されていた誤った情報や根拠のない情報の多くは、

ネットで広がっていた内容そのものだった。

ネットで広がった「デマ」が地上波で「事実」として伝えられた。

 

「いまの日本の安全保障では、

多くの米軍基地を担っている沖縄が大きな役割を果たしていると言えます。

しかし、僕らがそれについて文句を言うと、

『お前ら中国のスパイか』などの言葉を投げられる。」

 

「目の前に落ちたものを『自作自演』というなんて、

今までにはない社会現象でしょう。

これだけのバッシングを受けたことは、ありませんでした。

沖縄の人たちが、心の底に持っている思いを言えないような状況になってしまった」

 

「バッシングを受けたりするのが嫌だから、

基地に関して、心の声を出せないのです。

 

特に経済界などは常に緊張感に溢れています。

 

私ですら、言いたいことが言えないこともある」

 

「沖縄は137年前の琉球処分で日本になったばかりです。

併合され、地上戦で焼け野原にされ、

さらに米軍基地を押し付けられた」

 

「琉球人はお断り」という差別意識を生んだこの歴史。

 

 「それでも、『沖縄ヘイト』と言われるここまでのバッシングは、これまでになかった。

こうした状況が続くことに恐ろしさ、危なさを感じます」

 

翁長知事が使い始めたのが

「米軍基地は経済発展の最大の阻害要因」というフレーズだ。

 

 「『基地で食べている』ということに反論するために使ったのがこの言葉です。数年を経て、ようやく一般の人たちにも広がってきたと感じています」

 

  

翁長さんが目指していたもの。

 

「若い人たちは、圧政的だった米軍統治下も知らない。また、経済的にもある程度生きていけるという状況に生まれている。『なぜ基地があるのか』と考える機会も、だんだんと薄れているのでしょう」

 

 背景には、安室奈美恵さんなどの沖縄出身の若い世代の活躍や、観光産業を中心にした経済の伸びがある、と指摘していた。

 

 「負の遺産を背負わないで、沖縄がこれから発展をしていく、世代交代の時なのかもしれません。だからこそ、基地問題は僕らが解決しないといけない」

 

 「沖縄は日本国民の一員であるだけではなく、

台湾はお隣で、中国とは600年の付き合いがある。

みんなと仲良くしていかないといけない。架け橋になることもできる」

 

 「アジアの様々な国の人が行き来をできるような沖縄になれば良い。

 

どこかの国が戦争をしようとしても、

自国民がいるから戦争できない、

というような。平和の緩衝地帯。

そんな場所にできたら良いと考えているのです」

 

(注;そう。観光立国。こそ、最高の安全保障。と同じ思想)

 

沖縄が基地に苦しめられている現状を伝え、

一人でも多くの人たちが安全保障の問題を自分ごととして考えてくれるように。

沖縄の負担を少しでも減らし、さらなる発展と「アジアの架け橋」を目指すために。

 

 「沖縄だけで発信しても、限界はあるかもしれない。

それでも、僕らの世代がいなくなったら、こういうことをできる人たちはいなくなる」

 

 「これからも困難は多いが、ピエロになってでも、やっていくしかありません。

問題意識を持って、『誇りある豊かさを』と訴えていく。こうした“心”は、今の若い人たちにも、残せるのではないかと思っているんです」

 

 ――――――

 

ピエロになってでもやっていく。

そのような信念の人が亡くなられたこと。

 

沖縄のため、日本のため、世界のために、

大変残念です。