中国の科学技術の今を伝える、という標語のScience Portal China

https://spc.jst.go.jp/index.html

というサイトの「中国からの研究生活だより」というコーナーに

「学生生活を、人生を、楽しもうよ」という文を寄稿しました。

https://spc.jst.go.jp/experiences/studylife/studylife_1914.html

以下に、転載します。

 

コーナーの趣旨は、中国での活躍を考えている若手研究者に、中国での研究生活を紹介する、というものですが、よいしょ、ができない私が書くと、日本人向けではなく、中国人学生向け、そして最も読ませたいのは中国政府、という文になります。

中国語への翻訳をしてくれ、客観日本という中国語のサイトの「教授在中国」というコーナーにも載せてくれるそうなので、楽しみに待っています。中国政府に届くと良いのですが。

 

尚、上記サイトは、中国総合研究・さくらサイエンスセンター China Researchand Sakura Science Centerのホームページで、同センターは、科学技術振興機構(JST)が2006年に設立し、センター長は元文部大臣の有馬朗人氏です。中国との科学技術分野の交流を通じて日中両国の科学技術の発展に寄与し、相互理解を促進するための基盤作りに貢献することを目的として活動を行っている、とのことです。

 

中国で働くきっかけ

 産業技術総合研究所(産総研)で私のグループでポスドクをした現ホスト教授の役に立てればと、中国に来ました。発展の速度が速い中国を日本が助けることがあるとすれば、今しかない、と考えました。高校時代に趣味でテレビ中国語会話を勉強し(今、中国語はたどたどしいです)、その時に覚えた「東方紅」は今も口ずさめます。文革時代、北京市長が紅衛兵に引っ張られていくテレビ映像も記憶にあります。いつか行かねばならなかった国で、旅行ではなく生活が経験できるのは大きな喜びです。

中国での研究

 中国ではEUV(extremeultraviolet極端紫外光)光源関連とPEEMphotoemission electron microscopy)を使った研究をしています。

EUV光源

 半導体の微細化の最後のLithography技術としてのEUVLが、1990年代半ばから、日米欧での巨大国家プロジェクトとして技術開発が進められました。何回もダメだと言われながらも、あと12年でEUVLを使ったデバイスが商品として出てくると聞いています。光源の燃料をXe(キセノン)からSn(スズ)に転換すべきという私の主唱を海外企業が実現してくれたのは一つの大きな節目でした(文献1)。多くの技術のどれ一つが欠けても実用化できなかったEUVLですが、その一つがマスク基板の欠陥検査法です。EUVLを消さないために考案した私の特許(文献2)は、日本の国家プロジェクトで装置化技術開発を行い、製品化されました。私のライフワークであるEUPS(EUV photoelectron spectroscopy)の開発の経緯をまとめた論文(文献3)に、私がEUVLに絡むことになった経緯も触れました。

 その経験を活かした研究を期待しての千人計画での採択だろうと考えますが、産業化まで進んでいるEUVL。そのための光源に、大学レベルの研究が寄与できることはありません。10年前に終わっています。しかし、今中国では、EUVLが魅力的なキーワードの様です。欧米で流行っている研究は、魅力があるのでしょう。20数年前、電子技術総合研究所(電総研。現産総研)予算へのEUPSの提案のヒアリングの席で、別の提案に、所長が「それは欧米でやられているのか?」と発したことには愕然としました。おいおい、自分では研究の価値が判断できないのかい?!とは言いませんでしたが。日本の最大の国研だった電総研でそうだったのですから、まだ途上国の中国では、仕方がないことです。

 EUV光源の研究をしたいとのホスト教授の希望で、私についた学生に放電光源の研究をさせました。実験装置は自分で作るものという研究人生を送ってきた私には当たり前ですが、独自の装置を作ったことがない研究室で、実験装置をゼロから作らせたのは、無謀だったでしょう。でもその学生は、放電装置をくみ上げてくれました。実験データが出始めると、理解できない現象ばかり。論文が書けず博士課程を卒業できるのだろうかと途方に暮れたこともあるだろうと思いますが、学生は途中離脱せず、実験を続けてくれました。頑張れば結果がついてきます。漸く最近、実験データが理解できるようになりました。世界中で2030年も多くのグループに研究されていて、どうしてこういうことの報告がなかったんだろう、と思う、とても重要な物理が分かりました。リソグラフィーを離れれば、EUV光源にも研究課題が残っていました。ゼロから装置を作り上げたこと、綿密な計画を立てて研究を進めたこと、論文なしの時間を耐えたこと。これらの経験は、この学生の人生に大きく役立つでしょう。

PEEM

 ホスト教授の自慢はPEEMです。中国に数台しかないそうです。フェムト秒レーザーを照射して試料外に出る電子を、電子顕微鏡で拡大観察する装置で、空間分解能は40nmです。PEEM研究を発展させて欲しいとのホスト教授の希望で始めたのがAu/TiO2ナノ粒子間のキャリア移送の研究です。赴任直後に、長春を訪れた産総研の同僚が私を訪ねてくれたので、講演をお願いしましたが、それを聞いて始めた研究です。既に当時は、太陽電池の研究の主流はペロブスカイト太陽電池に移りつつあり、Au/TiO2系を測定して何の役に立つのか、というのが講演発表をした学会での反応でした。実にご尤もです。ただし、時代に取り残されたとも言えるAu/TiO2は最善の試料でした。流行を追っていたら、次に述べる、普遍性のある成果は得られませんでした。

 こちらの研究も大難航でした。AuからTiO2へのキャリア移送の高効率化どころか、測定データの解釈が全然できなかったのです。考えられる限りの測定を行いました。これを担当した学生も、逃げずに頑張ってくれました。仕方なくだったでしょうが。

 産総研では、私が作ったEUPSをテクニカルスタッフが面倒を見てくれていて、文科省プロジェクトの公開分析装置の一つとして、外部ユーザーから持ち込まれる試料を分析しています。その中で、触媒活性が二次電子のスペクトル波形と相関があることが分かり、その理由の考察を続けていました。やっとごく最近、二次電子のスペクトル波形は電子のエネルギー緩和時間を反映し、表面電子状態の重要な指標になる、との結論に達しました。その観点からPEEMのデータを見直すと、すべてが理解できました。ゴミでしかなかった多くのPEEM測定データは、宝の山でした。担当する学生は、過去に取った多くのデータの解析から新しい物理が次々と明らかになることに、わくわくする、と言います。私が研究を趣味とする理由が分かった、と言います。

学生との生活

 私の大学で卒業式に参加する学生は数割のように思います。4年間学んだところにそれほど愛着がないのでしょうか。学長と記念写真を撮ることに興味がない様です。学び舎が懐かしくないなんて、可哀想。仲良くした日本語科の学生が、卒業式の参加登録を忘れていて服も借りていない、と愚図りましたが、式の会場に連れて行きました。進行の担当教官に彼女を舞台に上げてもらうようにお願いし、彼女は近くの学生と交渉して服を借り、舞台の上で学長からタッセルを移してもらい、学長との記念写真も撮れました。一生の思い出が作れました(掲載の写真は、上のエピソードの前年の、別の学生の式風景です)。

学長がタッセルを

 卒業式に出ないでさっさと帰郷する学生も理解できませんが、大学側が学生に卒業式に出るように促さないのも理解できません。お宮参り、小中高大学の入学・卒業式、入社、退職。結婚、還暦、喜寿、米寿、葬式。人生の節目はしっかり祝うべきでしょう。

卒業式で祝辞

 卒業式の祝辞を依頼されたことがあり、日本語科の学生に頼んで中国語に翻訳してもらった原稿を懸命に読んだ時の写真を載せました。小さな笑いを取ることができました。

 赴任間もないころ学生が言いました。中国の学生は一般的に、卒業証書にしか興味がない。簡単に卒業できる研究が良い、と。それも尤もです。私の居室のあるビルで、学部学生が夜遅くまで教室に残って自習をします。どうやら、大学から強制されての自習のようです。可哀想です。

人生の貴重な時間を割いて大学生活を送るなら、研究をするなら、楽しまなければ、時間の無駄です。言われてする者に、良い仕事はできません。それを楽しむ者には勝てません。中国人は、孔子の言葉「知之者不如好之者、好之者不如楽之者」を忘れた様です。

 最初の契約の3年間は、1年の半分程度、女房も中国に滞在してくれました。研究室と宿になっているホテルの往復しかしない私と違い、市内あちこちを見て回り、また、多くの知人を作りました。彼女のおかげで、わずかですが中国を知ることができています。

 女房はフォークダンスの指導免許をもっており、中国でもフォークダンスを教えたい、とのことで、学長にお願いして、週に2回、体育館の一室を借りました。日本語科の日本人教師達が日本語科の学生を誘ってくれました。自治会組織みたいなのがあるらしく、日本語科以外の学生も多く来てくれました。学生たちは、単位にもならない活動によくぞ通ってくれたと、思います。午後3時から5時までの2時間が楽しいと言ってくれました。今でも、彼らと、時に連絡を取ります。ダンスでカップルになったのが一組います。彼らの結婚式で主賓スピーチをしました。妊娠出産で延び延びになっていますが、新婚旅行で日本に来ると約束しました。

ダンスクラスの生徒達

 大学生活を楽しまなかった人たちでも、仕事に就けばその職を楽しむのでしょうか?流行を追う、出世のためだけに論文を書く、薄っぺらの研究をしないでしょうか?

 学生には、大学生活を思い切り楽しみ、楽しんで研究をして欲しい、と願います。

 教え子の結婚式に何回か出ました。早朝に、花嫁の家に花婿が迎えに行くところからの一連の儀式は、なかなかの趣があります。

中国の結婚式

 また、披露宴の様子は、日本とは全く異なります。2回、たどたどしい中国語で主賓スピーチもしました。

 

参考文献:

1.     T. Tomie, Tinlaser-produced plasma as the light source for extreme ultraviolet lithographyhigh volume manufacturing; history, ideal plasma, present status and prospects,J. Micro/Nanolithography. MEMS MOEMS 11, 021109 (2012)

2.     US pat.6,954,266 B2 (2005) T. Tomie, Method and apparatus for inspecting multilayermask for defects

3.     T.Tomie andT.Ishitsuka, Development of EUPS for analyzing electronic states of topmostatomic layer, Synthesiology 9 216 (2016)