ヒマダネの部屋

 今回、「ヒマダネの部屋」を新たに開くことにしました。まさに、文字の通り、「ヒマダネ」ということで、普段アップしているジャーナリスティックで硬派なテーマ以外の、ありとあらゆる私の「趣味」的な話題を、ヒマなときにつらつらと書き連ねています。   筆者紹介:古川利明(ふるかわ・としあき)1965年11月21日、新潟県生まれ。慶応義塾大学文学部(仏文学専攻)卒。88年4月━94年8月、毎日新聞記者(高知・姫路支局、大阪社会部)。96年1月━97年7月、東京新聞記者(TOKYO発取材班)。現在、フリージャーナリスト。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #毎日シンブンの毎週日曜日に、「S(ストーリー)」っていう、長尺の記事が載っておるんだが、今朝(=12・3)、立憲民主党の枝野幸男について書いていた社会ブ編集委員の尾中香尚里ってのは、ワシと同期の88年入社だ。この尾中ってのは、確か、政治ブが長かったと思うんだが、今回は、その政治ブの後輩と連名だった。来年の4月でちょうど、我々は入社30年になる。五十路に入って、本来であれば、それなりの取材経験の蓄積があって、しかるべきなんだが、実際の記事を読んで、あまりにも「通りいっぺん」でしかのうて、ビックリしたあ。「へえー」が、どこにもねえからな。何か、「どっかで聞いたようなハナシ」をダラダラとつなぎ合わせただけだわなあ。
 確かに、カイシャ組織とはじつにありがたいもので、もっとも、組織の本質というのは、どこも「互助の精神」なんだろうが、神輿にブラ下がって、「ワッショイ、ワッショイ」とヤッておるっていうカンジだよな。ぬるま湯に浸かって、ほどほどにやっておれば、どこからも、文句も言われず、のうのうと生きていけるんだよなあ。
 あのまま、会社を辞めずに、組織にそのまま居続けていたとしたら、どんな人生を歩んでいただろうと、時々、思う。もちろん、人生に2度目などないし、自分の場合はこういう生き方しかできなかったのだが、組織の中で生きるということは、「家畜になる」ということなんだろうなあ。
 ちなみに、蛾の蚕(カイコ)は、唯一、家畜化された昆虫で、カイコは幼虫も成虫も、人間の手を離れたら、野生では生きていけないのだそうだ。なぜなら、幼虫は、自分で桑の木によじ登って、葉っぱにつかまっているだけの力はないし、成虫に至っては、図体が大きくなり(ならされ)過ぎて、羽があるのに飛べないのだ。でも、カイコは桑の葉をモクモクと食べて、絹の原料となる糸を吐き続けることで、人様に多大な貢献を果たしている。ワシに言わせりゃ、「カイコ以下の家畜記者」が、巷には、掃いて捨てるほどおる。ネタを吐き出さないブンヤなど、最早、ブンヤの名に値しない。
 ワシは、群れを離れた一匹狼だから、大シンブンの名刺なんかなくても、虎の穴の深いところに入り込んで、ネタを取ってくる。来し方を振り返っても、寄らば大樹の陰から出て正解だった。間違ってはいない。コレだけ言い切った以上、また、必ず結果を出す。

 #それで、この「9・24」に総センキョがあり、2ヵ月以上が経っても、セー権が発足せんっていう、混乱を極めマクっておる独逸の政局だが、キモをひとことで言えば、今回、ギカイ初進出を遂げた極右政党「独逸のための選択肢(AfD)」の大躍進に尽きるんだな。
 まず、各党の獲得ギセキ数(定数709、過半数355)をおさらいするとだな、CDU246、SPD153、AfD94、FDP(自由民主党)80、左派党69、緑の党67で、コイツを受けて、当初は、CDUとFDP、んで、緑の党の3党連立を目指しておったんだが、決裂し、今度は、また、CDUとSPDの大連立バナシが浮上しておるってんだな。ただ、独逸は持ち場ぢゃねえんで、詳しいことはわからんが、CDUとFDPが比較的、近いのはわかるんだが、緑の党なんて、モロ、「左」だわな。そもそも、ぬあんで、この緑の党を、家ん中に入れようとしておったのかが、「?」だわな。
 んで、このAfDってのは、「イスラム移民は外に叩き出せ、マルクを復活しろ」と、相当、超カゲキなんだが、ただ、ここんところ続いたCDUとSPDとの大連立で、メルケル与党のCDUが、相当、譲歩したっていうんか、左傾化したことに業を煮やした保守層を切り崩して、ギセキの大幅増を果たしておるってんだよな。独逸は比例制だから、獲得ギセキ数は、かなり得票率に忠実に反映されるがゆえ、小センキョ区制のように、「勝者総取り」にはならんにしてもだな、確かに、CDUが第1党は確保したとはいうものの、「獲得246ギセキ」って、過半数に、あと100以上も必要なんで、「勝った、勝った」と、はしゃげるような結果だったのかよ?
 ワシはあくまで専門は仏蘭西なんで、隣国とはいっても、独逸は全然、違うんで、ようわからんのだが、その「大連立ありき」のハナシって、いったい、どうしてなんだろうな。そもそも、「首相は、第1党から出さなければならない」っていう決まりが、憲法にあるんかよ。独逸の大統領は、伊太利亜なんかと同様、ギカイ互選なんで、こうした政局混乱時の調停役なんだが、ワシ、思うんだが、SPDとFDP、んで、左派党に緑の党を加えれば、「153+80+69+67=369」で、過半数に達するワケだから、ぬあんで、この4党連立の枠組みを提示せんのだ? FDPだって、緑の党との連立バナシに首は突っ込んでおるんだから、もうチョット、手を左に伸ばせば、イッパツだからな。どうせ、メルケル与党のCDUは、大して勝っておらんのだから、この際、下野してもらって、出直すっていうことで、エエと違うんかよ?

 #で、今日(=12・7)発売の文春砲に、日馬富士の暴行ジケンに絡んで、「モンゴル勢の互助会による八百長」を、白鵬の愛人との2ショット写真と合わせ一本で、「字」にしておったんだが、まさに、キモはコイツだわな。コレを突かないことには、何の意味もないんであって、それで言うと、かつて、さんざん、八百長を追及しておったポストに、武田頼政を起用して、朝青龍の八百長をスッパ抜いておった週現が、「八百長の『や』の字」も報じんってのは、この2誌は完全に終わっておるよな。
 今回、文春砲の記事は、その武田を顔出しで喋らせておることに象徴されるように、既に週現に出ておるハナシの蒸し返しで、直近のネタはないんだが、当然、「白鵬を頂点とする、モンゴル勢の八百長互助相撲」は、この九州場所に至るまで、続いておると見るのが、至極、当然だろう。折しも、同日発売の新潮砲に、貴ノ岩が「ガチンコで白鵬に勝った」云々のハナシが載っておったんだが、このへんが、白鵬に睨まれる最大要因だったんだろうなあ。アサ芸の記事では、その鳥取での1次会でチンタラと説教しておったのは、白鵬の方で、むしろ、日馬富士は、貴ノ岩を庇っておったってんだな。ところが、その2次会で、人が話しておる目の前で、スマホをいじくり回しておったんで、それにブチ切れたらしいんだな。
 そこで、「いかにも」だったのは、新潮砲の続報で、大シンブンの運動ブの大相撲担当が、八角理事長以下、協会幹部と一緒に、湯河原温泉に1泊2日の慰安旅行に行っておったってんだな。一応、1人あたり1萬5000円の参加費は徴収しておったってんだが、でも、こんなもん、帰り際に、手みやげと一緒に、2萬〜3萬円分の商品券を忍ばせて渡しておけば、イッパツだからな。コンパニオンも呼んで、アゲアゲだったってんだが、どうせ、追加料金出せば、本番もヤラしてくれるんだから、そういうのは、「協会持ち」だと思う。
 であれば、スポーツのヒーローを追いかけ回しておるカトパン、婚活で忙しいのはわかるんだが、ぬあんとしてでも、白鵬をつかまえて、いろいろと吐かせんとだわなあ。あの立ち合いのエルボーも、いろいろと言われておるんだが、確かに、反則スレスレなんだよな。ゲンコツでの殴打はNGだが、張り手はOKだからな。ワシはココで指摘しておるんだが、白鵬も日馬富士も、注射を打つとはいっても、地力は間違いなくある。ガチンコで10番勝つだけの力はある。でも、「ツナの権威」を演出するには、「最低13勝」が必要だから、それで、星を買いに行くんだと思う。
 例えば、15日間のうち、5番を注射で星を買っておけば、残りの10番をガチンコで全力投球すりゃ、エエんだからな。その負担は全然違うで。だから、白鵬がああやって、エルボーをかますのは、間違いなくガチンコで、「それ」によって、相手に恐怖心を植え込み、従わせるためなんだと思う。それで言うと、日馬富士が、春場所で新横綱の稀勢の里をもろ差しから、一気に寄り倒して、その結果、左肩に大けがを負わせたのも、当然、ガチンコだ。でも、それだけの力があるから、横綱を張っていられるんだ。じつは、ワシ、あの一番で、日馬富士の贔屓になっておったんで、だから、今回の詰め腹を切らされた引退劇には、「いかがなものか」という思いが、しきりなんだよな。だから、カトパン、このへんも、きっちり、取材してこいってんだ!

 #「上」の続きだが、今日(=12・9)、ニッポン相撲協会が、ミタパンんとこの「グッディ!」が、3日前にOAしておった一連の日馬富士暴行ジケンのネタで、「貴乃花の支援者と名乗る人物」が、顔伏せで「貴乃花が『完璧にダマされた』と喋っていた」という内容について、「全くの事実無根」「名誉キソン、信用キソン」「非常に短絡的」「キャスターの強引な番組進行」「放送ホウの『公正中立』を逸脱した、報道に価しない中身」として、「訂正を求める。納得が行かない場合は、BPOへの申し立ても辞さず」との、恫喝そのものの抗議文を、弁護士名でフジに送りつけたと、公表したのか。 
 まずは、たぶん、協会のコモン弁護士なんだろうが、いったい、誰なんだろうなあ。「弱い犬ほど、よく吠える」ではないが、こんな重箱の隅のやうなハナシで、ココまでキャンキャンと吠え立てるとはなあ。だって、この「貴乃花の支援者と名乗る人物」ってのは、今回のジケンのキモにある「八百長」について、アレコレと喋ったワケではないんだよな。ちなみに、このときのOAでは、「5.3%」の視聴率を弾き出して、ついにあのミヤネ屋を抜いて、昼おびのトップに踊り出たのかあ。 
 いいか、ミタパン、もし、今回のネタが「嘘八百」であったなら、その髪の毛を全部、切り落として、丸坊主にして、番組ん中で土下座して、アタマを下げろ。しかし、「貴乃花の支援者」であること、さらには、「その人物」がそのとおりに喋ったというのであれば、ココはガチンコで徹底的にやり返すしかない。まずは、その顔伏せのモザイクを外して、「顔出し」で喋らせろ。次は、あの「武田頼政」を、お台場のスタジオに呼んでだな、一連のことについて、洗いざらい、全部、喋らせろ。向こうだって、死に物狂いでヤッとるんだから、本気で斬り返さんで、どうするんだ。相手は、ヤクザと同じなんだから、無傷でいれるなんて、思うなよ。いいか、「ヤクザの本質」ってのは、「法律を犯す」ということではない。そんなんでのうて、「平気で人をブッ殺す」ってことだからな。だから、皆、黙って、おとなしく従うんだ。
 かの上杉謙信も言っておるんだが、戦とは、「生きんと思わば死に、死なんと思わば生きる。帰らんと思わば帰らじ、帰らじと思わば帰る」と。全力で、立ち合いをブチかましてくる相手に、「生きて帰ってくる」と思うな。いいか、ミタパン、死んだつもりになって、死ぬ覚悟でブチ当たれ。オマエが、あの武田頼政に直撃してだな、「今回の暴行ジケンについて、どう思うか?」を、思う存分、喋らせろ。それで、「まだ、文句があるんだったら、BPOだろうと、サイバン所だろうと、どこでも出て、白黒つける」と言え。もし、そこまでやった暁には、ワシは、ミタパンのことを、全力で、一生を賭けて、守り続ける。

 #月刊文春の最新号(18年1月号)に、ポール・ニザンの孫のエマニュエル・トッドが、例の「カタールーニャ独立モンダイ」も含めて、顔出しで喋っておったんだが、まず、要旨は以下の通り。
 ・マクロンは見かけ倒し。セーサクは、猿やオランドとクリソツで、緊縮財政の維持。マクロンが勝てた要因の1つは、ジイサン、バアサンの年寄り連中の支持が得れたこと。
 ・カタルーニャ語は、フランス語に近いっていうか、似ている。今、EU維持派が、今度のカタルーニャ独立の動きにビビリマクっている。私(=トッド)は、内心、この独立の動きを応援している。
 それで、気づいたんだが、中世のカタルーニャ王国の範囲ってのは、仏蘭西の国境を越えて、ルシヨン地域も入っておったんだな。具体的には、ピレネー・オリエンタル県(県庁所在地・ペルピニャン)、オード県(同・カルカッソンヌ)、アリエージュ県(同・フォア)の3つで、あと、このアリエージュ県と接して、ピレネー山脈のふもとっていうか、かなり山ん忠だか、アンドラ王国なあ。この地域には、じつは、今でもカタルーニャ人がワンサとおるんだな。
 歴史を見ると、「仏蘭西vs西班牙」の戦争(1635〜1659)で、たぶん、西班牙が負けたんだろうなあ。西班牙は、1659年に北カタルーニャを、仏蘭西に譲渡しておるんだよな。以降、北カタルーニャは仏領となるんだが、しかし、「カタルーニャ・ナショナリズム(=カタルーニャ独立運動)」を考えた場合、当然、この北カタルーニャ、すなわち、「ルシヨン3県(+アンドラ王国)」も入るわな。だいたい、あんなちっぽけなアンドラが独立しておるんだから、考えてみれば、カタルーニャの独立が認められんってのも、変なハナシだわな。
 だったら、この際、カタルーニャ独立運動では、ルシヨン3県とアンドラ王国も抱き込むっていうことも、考えてエエわけだよな。ペルピニャンなんて、巴里なんかより、バルセロナの方が全然、近いんだから、この際、「新生・カタルーニャ共和国」に加入すりゃ、エエと違うんかよ。通貨も、ユーロ維持すりゃエエんだから、大きく変わるものはねえよなあ。そういえば、ヨミから産経に転職した巴里駐在の三井美奈が、ようやく、バルセロナに入って、記事を打電しておったんだが、ぬあんで、ペルピニャンで途中下車してだな、住民にアレコレとハナシを聞いてこなかったんだよ? 「寝た子」を叩き起こして、坊やをチョット、ビックリさせてやらんとやないか。
 そうなると、ボルドー以南の大西洋岸のバスク人や、ブルターニュのブルトン人にも飛び火して、燎原の火のごとく、「民族独立運動」が炸裂したら、オモロイよなあ。国境なんか、ビシバシとブッた斬って、バスク人はスペイン領の方と「バスク共和国」だし、ブルトン人は、同じ、「ケルト系」ってことで、アイルランドと合体して、この際、ついでに、北アイルランドも英吉利から離れてだな、一緒に「ケルト共和国の樹立」ってことで、どうだよ?

 #ほいで、この「12・10」に、一応、仏蘭西では最大野党のLRで党首センキョ(ネット投票)があったってことで、04年から下院ギインを務め、猿の下で高等教育ダイジンをヤッておって、今は、オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ地域圏議ちょーのローラン・ボキエ(齢42)ってのが、得票率74.6%っていう圧倒的大差をもって、1回目で決めたってんだよな。ちなみに、2位はフィヨン子飼いのボルテリで得票率16.1%、3位はジュぺ子飼いのドクラン(同9.2%)だったってんだな。ただ、23万4900人おる党員のうち、参加したのは9万9600人と、投票率が5割を切っておったってんだから、盛り下がりマクっておったんだな。
 もちろん、このボキエなんてのは、初めて知ったんだが、それでも、ENAを出ておるってんだな。写真を見る限り、あんまりENAを出たような顔つきではないっていうんか、猿まで行かないにしても、猿っぽい野卑さがあるよな。要するに、「猿の子飼い」ってことなんだな。子ザル、プチ猿かあ。「マクロンは生温い。イスラム系に甘過ぎる」と、今後、LRの極右化を推進して、FNの票田に手を突っ込むってんだが、ホンマ、「かつて、どこかで見た光景」、まさに、「デジャ・ヴュ」であってだな、「猿の再現」なんだよな。
 そこで、思うんだが、一応、猿は「政界引退」を表明しておるんだが、じつは、このボキエってのは「猿の操り人形」そのもので、猿がウラでリモート・コントロールしておるってことは、ねえのかよ? だから、猿はLR内で院政を敷いておって、今なお、「事実上の党首」ってことは、ねえんかいなあ。どの程度、まだ、猿が影響力を保持しておるのか(もしくは、既に全くないのか)、「それ」は知りたい。いよいよ、コイツは三井美奈の出番ぢゃないか! もちろん、ボキエが22年に出てくる保証は、現時点では、どこにもないが、でも、もし、そうなった場合、まだ、マクロンの方が、全然、マシってことになるんかよ(笑)

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #東京ステーションギャラリー(JR東京駅・丸の内北口の改札を出て、すぐ)で開催中の「シャガール 三次元の世界」を観に行ってきた。
 ココで敢えて「三次元」と打ち出しているように、「二次元」である、「平面」としての表現媒体である絵画から、まさに「三次元」としての「立体」である、陶器(焼き物)、そして、彫刻の作品群を一堂に集めて、展示したものだ。ワシは、シャガールについては、ニースのシャガール美術館に行ったこともあるし、国内でのシャガール展にも、何度か足を運んでいて、「通」だと自負しておったツモリだが、シャガールが、こんな立体作品を手がけておったなんて、初めて知った。ワシが知らんってのは、ニッポン国内ではほとんど知られておらんということだ。だから、そもそも、シャガールの立体作品を国内で展示するというのも、どうも今回が初めてのようだ。
 シャガールが、こうした立体作品を手がけるのは、アメリカでの亡命生活を終えて、フランスに戻ってきた第2次大戦後のことだ。南仏にアトリエをこしらえて、そこで精力的に創作活動を展開していくんだが、だから、彼の芸術家人生としては、後半でのことだ。ただ、なぜ、シャガールが、敢えて、こうした立体作品にも、取り組んだのだろうか。同時代のライバル的存在だったピカソは、先駆けて彫刻にも取り組んでいたが、そういうのにも触発されたのだろうか。ピカソも、晩年は、南仏はニース近郊のコートダジュールに、アトリエを構えている。シャガールとは、いわば、「ご近所さん」だったんだが、そういうのも影響したのだろうか。でも、シャガールが、このテの立体作品を手がけていたとは、ほとんど知られていない。
 シャガールは、陶器から入って、それから、彫刻に進んだというのだが、彼の作品群を観たワシの感想は、「シャガールの絵を、そのまんま、三次元化している」に尽きる。だから、「へえー」だった。でも、ワシに言わせれば、やっぱ、シャガールは「絵」の方がズバ抜けている。こういう言い方をすると、シャガールの立体作品がダメというふうに捉える人がいるのかもしれないが、そうではない。シャガールの陶器、彫刻も、十分に素晴らしい。しかし、彼の絵は、そうしたレベルを超えて、遥かに突き抜けているのだ。だから、シャガールの絵画の世界に比べたら、「凡庸」ということになってしまう。
 シャガールの絵の魅力は、あの色合いだ。赤、青、緑、黄色といった原色を自由自在に駆使しているのだが、ワシは敢えて「シャガール色」と言うが、あの色を出せる画家は、他には存在しない。あれは、プリズムを通して枝分かれしている光の色だ。だから、その本質は、光なのだ。ワシは、あの色合いを観るだけで、感動してしまう。こんな絵描きは、他にはいない。
 今回、シャガールの立体作品とともに、絵のコレクションも展示されていたんだが、初めて観る作品もあって、よかった。シャガールのテーマは、大きく2つ。1つは、聖書をベースにした、ユダヤ教、キリスト教の物語。でも、シャガールは筆遣いが柔らかいから、説教臭くなくていい。そして、もう1つは、男女の愛だ。描いているのは、だいたいが、最初の妻・ベラと、ベラと死別した後に再婚したヴァヴァだ。口づけしたり、男が後ろから女を抱きしめている構図が多い。その際、鳥だったり、ロバや魚も一緒に描いているんだが、こうした動物は、皆、平和的でおとなしいものばかりだ。シャガールの絵には、獰猛なケダモノは出てこない。シャガールの描く愛とは、そんなふうに男と女が抱き合い、キスしているだけで、そのシンプルさゆえに、純粋だよなあ。シャガールはいいワ。ホンマ、心が洗われる(笑)

 #三井美奈、バルセロナ入りしておる毎日の巴里駐在は、プチデモンが生まれ育ったっていう、バルセロナの北東約100kmのところから、さらにクルマで50分のところの、人口約2200人のアメール村に乗り込んで、ルポを打電してきておるんだが、やっぱ、オモロイわ。この前のカタルーニャ独立の賛否を問う住民投票では、同村では、ぬあんと、投票率が84%で、うち、賛成が96%ってんだから、スンゴイわなあ。やっぱ、フランコ独裁セー権下での弾圧や、あと、「vsマドリッド」とか、いろいろあるんだろうなあ。ただ、思うんだが、左派の社労党のザパテロが首相でおったら、こんな展開になっておったんだろうかと思う。ザパテロは馬力があったよな。ザパテロが引退してから、社労党は、全然、アカンわなあ。
 あと、今、事実上、ベルギー亡命中のプチデモンに出された、あの「欧州タイホ状」ってのも、イマイチ、ようわからんよな。ベルギーは場合によっては、スペインからの身柄引き渡し要求に対して、拒否できんっていうワケでもないのか。「12・21」にある州議会センキョだが、仮にプチデモンが西班牙ケンサツに身柄拘束をされても、コーハンが終結してなければ、要は「獄中からの立候補」もデキるんだろうな。「公民ケン停止」ってのは、通常、ニッポンはそうだが、確定ハンケツとニコイチで効力を発するもんだからな。当初は、ザイタクで捜査するってことで、身柄は取らんっていうことのようだったが、とにかく、錯綜しとるよなあ。

 #「上」の続きで、ニッポン時間の今晩(=11・5)、西班牙ケンサツから国家反逆罪で、「欧州タイホ状」が出ておった前カタルーニャ州首相のプチデモンだが、亡命先のベルギーで、ケーサツに出頭し、身柄拘束されたってんだが、イマイチ、手続きがようわからんのだが、予審判事が、今後、身柄拘束を継続するか、釈放するか、24時間以内に決めるってんだな。
 んで、この「国家反逆罪」ってのは、西班牙の刑法だわなあ。どういう中身かわからんのだが、仮に、今後、プチデモンが刑事ソツイされたところで、全面的に争う余地はあるわな。そもそも、同罪の構成要件って、何なんだろうなあ。ニッポンの刑法だと、「内乱罪」なんだが、ちなみに、適用例は明治時代に2件あるだけで、なかなか、適用できるもんではねえんだよな。本来であれば、オウムの連中に適用してもしかるべきだったんだよな。ただ、ニッポンの内乱罪の場合、「政治の根本組織を転覆し、または国土のうちに勝手に別個の主権を打ち立て、その他、国家の基本構造を混乱させることを目的としたもの」に適用されるんだが、ただ、その際、「暴動によって」という縛りがあるんだよな。
 そこで、プチデモンの場合、「住民投票」という合法的手段によって、「独立宣言」したんだけであって、暴力的、破壊的手段には拠っておらんのだよな。だから、ニッポンの刑法では、確かに、ケンサツ当局が同罪でタイホ、キソはできても、刑事サイバンでは無罪判決しか言い渡しようがねえんだよな。そこらあたり、西班牙の法律はどうなっておるのか、だ。
 ワシは、プチデモンに関しては、「12・21」の州議会センキョに出馬して、従来の主張を行うべきだ。仮に、今、即、西班牙ケンサツにタイホされたところで、「12・21」までにハンケツが確定するワケねえんだから、「獄中立候補」だって、デキるんだから、立候補するべきだ。プチデモンが生まれ育ったアメール村のあるセンキョ区から出れば、ほぼ100%の確率で当選するからな。だから、プチデモンの言動が、是か非かは、スペインの有権者が判断すべきだ。
 で、結局、プチデモンは、「保証金0円で保釈」かあ。外電は横並びで「保釈」としておるんだが、ただ、ニッポンの刑訴法だと、「保釈」ってのは、刑事ソツイされた被告人の拘束を解くことだからな。刑事ソツイの判断は、西班牙ケンサツが行うんだろうから、ニッポンで言えば、今回は「ヨンパチ」に相当する「釈放」だと思うんだがな。それはともかく、今後、プチデモンの身柄の扱いはどうなるんだろうな。当分、ダラダラと結論を出さんまま、店晒し状態かよ。もし、スペインに帰国すれば、入国した時点でタイホってことになるんかよ。であれば、ワシは、タイホ覚悟で「獄中立候補」を勧める。確かに、今回の「カタルーニャ独立」は拙速だったとは思うが、でも、そういふうに追い込まれておる状況は、その歴史的背景も含めて、理解できる。今、セー権は国民党のラホイだが、こんなもん、セー権が引っクリ返れば、刑事サイバンなんて、どうせ、政治ショーなんから、ナンボでも変わるからな(笑)

 #αのちゅばきだが、言いたいのは、ただ、一言、「ネタ勝負に戻れ」と。あのNジャが延々と穿り出しておった、「時代のカルテ」の薬害C型肝炎の路線だ。
 チョコれ〜なは、やっぱり、姉ちゃんのペコちゃん同様、デキちゃった婚だったんだな。だから、中出ししたのは、今年入って、すぐぐらいか。3月の入籍発表の時点では、間違いなく隠してて、そのまま、朝のニュースのMCに転向したってことで、大々的に宣伝しておったんだよな。でも、そうやって、産休&育休に入るんであれば、入籍の時点でオープンにしてなくちゃ。ちなみに、知花の後釜として、ドゥマーニの表紙モデルになった蛯原友里は、出産しておるんだが、産休&育休ナシだったからな。もっとも、自分から降板を申し入れたら、ギャラの収入が途絶えるんで、そういう事情があってにしても、勤め人ってのは、恵まれマクっておるよな。
 で、ほとんど聞いたことのない年下の役者と結婚した、その知花だが、「おめでとう!」の洪水により、他のことをかき消して、ウヤムヤにしとるんだが、WFPニッポン大使として、あのロヒンギャ難民モンダイは、どうするんだよ? 肝心なことから逃げて、欺瞞に走っておるよな。「新婚ゆえ、これからは、妊活に専念するので、無理はできません」ってかませば、周りはそれ以上、突けないからなあ。だから、浪江町で保護した犬を引き取り、「殺ショブンNO」をことさら声高に叫ぶことで、「核」のモンダイに全くタッチしようとせん、おクリと何も変わらん。ただ、そうでもせんと、電通からは声がかからんなって、今の贅沢三昧の極みのセレブ暮らしが、召し上げになるからなあ。

 #で、スポーツはヒーロー物のハナシだが、ボクシングのWBA世界フライ級王者の井岡一翔(齢28)が、ベルトを返上した(させられた)ってんだが、その理由ってのが、この5月に結婚した谷村奈南とかいう歌手に超メロメロで、入れ込んだ挙げ句、練習にも身が入らんくて、大晦日に予定しておったタイトルマッチに間に合わんからってんだな。この井岡ってのは、父親が経営するジムの所属だってんだが、ジムは大阪で、結婚後は、大阪を離れ、上京してしもうたってんだな。オンナに撃沈したってことのようだが、それだけの床上手ってのも、おそらく、あるにしても、ま、サムライが去勢されて、公家になってしもうたなあ。コテコテのナニワから、スマした東京に移ってきて、ハングリー精神もなくなって、腑抜けになってしもうたんだな。
 しかし、父親としては、手塩をかけてココまで育てたのに、トンビが油揚げをさらうがごとく持っていかれて、大晦日の興行収入もパーになるんだから、痛いなんてもんではないわな。でも、子供ではねえんだから、本人の資質のモンダイだわな。コイツはぜひ、婚活で焦り倒しておるカトパン、直撃取材せんとだわなあ。嫁ハンとニコイチで喋らせたら、オモロイと思う。久しぶりに、「さげまん」っていう物言いを思い出したが、そうだわなあ。似た例だと、ジュリーこと沢田研二だが、田中裕子と結婚して、オーラは消えてしもたよなあ。
 それで、カトパンは、古巣で平昌五輪中継のMCをヤラされるってんだが、ネットの自由意見投稿で、「辞めた人間なんか引っ張ってきて、自分んところの女子アナは、おらんのか?」とあったんだが、然り。もっと若いのがおるだろうし、そういうのをバンバン起用することで、自信につながるんだが、全然だよな。あのクジパンも、3ヵ月足らずで打ち切りなんだろ。だって、新人だろ。とにかく、「場数」を踏ませんことには、どうしようもない。「量は質に転化する」とは、その通りだ。とにかく、若手には量をこなさせて、徹底的に鍛えんとだ。ワシは決して、軍隊さながらの体育会的シゴキを肯定するツモリはないんだが、でも、そういう修羅場だわなあ、くぐり抜けて、地力がつくからな。自分は、あの「大毎社会ブ」っていう、まさに虎の穴っていうか、戸塚ヨットスクール並みのキチガイ部落でコキ使われ、耐えたことで、意図せず、とてつもない取材力を体得してしまったからな。カトパンも、あの早起き番組で、ブッ倒れるほどコキ使われたことで、地力がついたんだと思う。

 #官房ちょー官のカイケンに乗り込んで行って、ビシバシと吊るし上げておるってことで、今、一世を風靡しておる東京シンブンの望月衣塑子が、『VERY』に顔出しでアレコレと喋っておったな。ワシも、大毎から転職後、東京シンブンには1年半ほどおった(96年1月〜97年7月)んだが、この望月ってのは、2000年入社ってことだから、全く重なりはない。小学校から高校までは学芸大付属ってことで、文春砲に不倫スキャンダルをスッパ抜かれておった山尾志桜里が、1年上でおったってんだな。大学は慶応の政治学科だが、一般入試でのうて、推薦組だってんだな。だから、ほとんど、受験をしとらんようなんだな。
 今回、取り上げられたってのは、まだ小さい子供が2人っておるのが大きいっていうか、ある意味、すべてだろうな。コイツが独身だったら、ハナシは来ておらんからな。今、地方勤務で別居中のダンナの素性は明かされておらんのだが、同じ社か他社の同業者だと思う。こんなブンヤ稼業に精を出しておるオンナと結婚しようなんていう、奇特なオトコなんて、おるかよ。少なくとも、ワシはシンブン記者をヤッとるオンナとは付き合いたいとは思わんな。だから、基本的には、恋愛の対象外だ。そもそも、シンブン記者をヤッとるオンナに、色気のあるのはおらんわな。あの元TBS政治ブの山口敬之に、エジキにされておった伊藤詩織ってのは、デコルテのシャツを着こなして、妙な色気を発しておるんだが、ああいうのは、シンブン社にはおらんよな。
 そういえば、そのVERYの表紙に出ておった井川遥は、降板させられたのかよ。以前、NHK教育のフランス語講座に出ておったよな。今は、「旅するフランス語」と、また、妙な路線変更をしとるんだが、常盤貴子が、現在の第2ステージのロケでは、南仏を回ってて、この前は、シャガールが晩年にアトリエを構えた、ニース近郊のサン・ポール・ド・ヴァンスに行っておったな。シャガールの墓が、ここにあるとは、知らなかった。ニースの国立シャガール美術館を造ったのは、ドゴール時代の文化相のアンドレ・マルローだが、ちょうど、このとき、オペラ座の天井に、シャガールに絵を描かせておったんだよな。マルローは、大学での卒論のテーマだったんで、機会があれば、また、ココで書く。悪いけど、ワシは在野におけるマルロー研究の第一人者との自負がある。ダテに、あのザ・仏文を出ておるわけではない。

 #ほいで、大相撲九州場所の3日目に、突如、勃発した横綱・日馬富士(伊勢ヶ浜部屋)による、同じモンゴル出身の平幕・貴ノ岩(貴乃花部屋)に対する暴行ジケンだが、ま、ウラがあるな。早いハナシ、来年の1月にある理事チョウ選に向け、貴乃花が猛攻撃に出たな。ふーむ、第一報は、今朝(=11・14)のスポニチかあ。
 ジケン自体は、この秋巡業があった鳥取で、「10・25」の晩かよ、酒を一緒に飲んでて、何か気に入らんことがあったのか、口論になったのか、とにかく、日馬富士が貴ノ岩をビール瓶で殴ったのかよ。それで、アタマの骨を折るなど、全治2週間のけがを負い、この九州場所を休場し、既に、鳥取県警に傷害容疑で被害届を出して、受理されたってことだわな。まずは、けがの程度だが、命にかかわるものであるなら論外だが、基本的に、相撲取りは、日頃から鍛えておるからな。金属バットで徹底的に殴り倒したんならまだしも、ビール瓶程度だったら、どうだろうなあ。プロレスは、大相撲よりは興行的、見世物的な要素が強いが、それでも、凶器で攻撃され、出血したところで、けがのうちには入らんよな。つい最近、女子プロレスラーの豊田真奈美ってのが引退したんだが、「骨折なんて、けがのうちに入りませんでした」って、平然と言っておったからなあ。
 それで、ワシ、最近の一門の系列って、わからんなくなっておるんだが、貴乃花は2010年に、理事チョウ選に出馬したことで、ニ所ノ関一門を破門されておるんだな。だから、今は「貴乃花一門」ってんだな。ニ所ノ関部屋ってのは、戦前、横綱・玉錦が現役と兼務する二枚鑑札んときを機に、それから興隆を極め、出羽海一門と違うて、分家独立を奨励したんで、戦後は、花籠、二子山、佐渡ヶ嶽、片男波、押尾川etcと、雨後の筍のごとく部屋ができて、その象徴が、まさに阿佐ヶ谷勢だわなあ。とにかく、二所ノ関一門といえば、初代若乃花に、大鵬、玉の海、琴桜、輪島、貴ノ花、2代目若乃花、隆の里、若島津etcと、スゴかったからな。
 今回、モンダイとなった伊勢ヶ浜部屋だが、親方は元横綱の旭富士なんだな。確か、以前は、照国、清国が襲名しておったんだが、代が変わって、ワケがわかんねえよな。で、初代若乃花の二子山部屋所属だった2代目若乃花の間垣部屋が、本人病気のため、停年まで5年を残して、13年に閉鎖となり、残った力士は、その伊勢ヶ浜部屋に移籍したってんだな。本来であれば、「二所ノ関一門」なんだから、例えば、貴乃花部屋で引き取っても、全然、おかしくないんだが、破門されておるんで、NGなんだよな。あー、このとき、間垣部屋に幕下ぐらいでおった「若三勝」が、今の「照ノ富士」かあ。こういう機微が、間違いなく影響しておると思う。
 今回の貴ノ岩の被害届提出は、100%の確率で「親方の意思」だからな。ましてや、しこ名も、二子山部屋の象徴である「若」から、戦前、双葉山と名勝負を演じた元横綱の照国の「照」に、旭富士の「富士」をくっつけておるんだからな。だから、立浪(&時津風)一門の「双葉山」と「羽黒山」を合体させた、あの「双羽黒」みてえなもんだわな。そういうことも含めて、貴乃花としては面白くねえわなあ。もし、ワシが貴乃花だったら、「八角追い落とし」ってことで、理事チョウ選での全面支援を条件に、「被害届の取り下げ」を切り札にする(笑)

 #「上」の続きで、ぬあんか、奇っ怪なんだが、今回の暴行ジケンの被害者である貴ノ岩なんだが、当初、親方には「転んでけがをした」と報告し、場所前の「11・2」には、親方と一緒に地元の福岡県田川市役所を表敬訪問し、「九州場所では、2桁勝ちたい」と抱負を語り、稽古にも精を出しておったのかよ。ちなみに診断書では「全治2週間」なんだよな。発生が「10・25」ってことは、既に完治しとるってことだわなあ。
 報道では、その宴席の場には、同じモンゴル勢の白鵬や鶴竜もおって、貴ノ岩は、たぶん、日馬富士に面と向かって言ったんだろうなあ、「最早、アンタたちの時代ではない」と言ったことにキレて、ビール瓶で殴り、あと、こぶしで殴ったようなんだよな。無論、日馬富士が貴ノ岩を殴ったのは事実だし、それについては、弁解の余地はない。ただ、一般人を殴ったのではのうて、同じく、日頃、猛稽古でカラダを鍛えマクっておる幕内力士だわなあ。暴力をさらさら肯定するツモリはないが、でも、酒が入ってて、カーッとくるのはわからんでもないし、被害者が一般人ではないんで、致命傷を負うたのでなければ、もう少し、冷静に捉えてエエと思うんだが。
 それを言うなら、この春場所だったかよ、新横綱の稀勢の里が、日馬富士にもろ差しを許し、一気に寄り倒されたことで、左肩を強打して、かなり後遺症に苦しんだよな。そのけがに比べたら、今回の貴ノ岩は、全然、軽傷と違うんかいなあ。でも、稀勢の里は、日馬富士と同じ伊勢ヶ浜部屋の大関・照ノ富士に、本割と決定戦と2連勝して、奇跡の逆転優勝を遂げておったからなあ。稀勢の里ってのは、元々、突き押しで、脇が甘いんで、すぐ、もろ差しを許すんだが、腰が異様に重いから、対戦相手は、簡単には攻めきれないんだよな。だから、あの土俵際の逆転の突き落としに、小手投げが、強烈極まっておるんだよな。
 で、今、大相撲ってのは、大型化しておって、ビックリしたんだが、日馬富士は身長186cmで、体重は133kgってんだが、コレでも、幕内最軽量級ってんだよな。でも、相撲の最大の醍醐味は、柔道やレスリング、ボクシングと違うて、「体重別」ではないことだと思う。だから、「小よく大を制す」が、いくらでもある。今、ネット上で、昔の取組の映像がupされておるんだが、もっと軽量だった横綱・初代若乃花の「呼び戻し」なあ。自分より大きな相手に、あんな豪快な技をキメておって、また、ライバルだった栃錦が、2m近い大内山を首投げで仕留めたのもスゴイんだが、相撲はホンマ、「デカけりゃ、いい」っていうもんではない。
 それで言うと、日馬富士が稀勢の里を寄り倒した一番の、凄まじい踏み込みであり、出足だわなあ。二本差して、一気に土俵の外まで持っていく攻めの厳しさってのは、アレは「さすが、伊達に綱を張ってはおらんな」と、ワシは感動した。「それ」があったんで、今回の暴行ジケンにおいて、日馬富士は悪いに決まっておるんだが、ま、スポーツ紙ならともかく、一般紙も一緒になって、「ケシカラン」と袋叩きにしとるんで、「さすがに、それは、ないだろう」と思った次第だ。そんなヒマがあったら、「モリ&カケ」をもっとジャンジャンと追及しろってんだ、このアホンダラが!

 #続きだが、ゲンバにおった白鵬が「日馬富士は、ビール瓶では殴っておらん」と証言したってんだが、いずれにしても、まだ、オモテに出ておらんハナシが、諸々あるんで、モザイクがイッパイかかっておる現状で、ワシが、敢えて一発勝負を賭けて喋るとするが、今回の貴乃花の被害届提出は、「敵は本能寺にあり」ってことで言うと、最終的には、「白鵬を刺す」ってことを意図しておるのではないか。で、そのキモにあるものとは、ズバリ、「八百長」だと思う。
 八百長なんて、もちろん、まだ、あるに決まっておるんだが、今、仕切っておるのは、白鵬だと思う。しかし、貴乃花は、やっぱ、本気で「八百長追放」を目指しておるんだろうか。であれば、「大相撲改革」どころか、「革命」そのものだからな。朝青龍が「角界追放」、すなわち、クビになったのは、「八百長モンダイ」だったってのは、公知の事実だからな。
 当時、フリーライターの武田頼政が週現で八百長追及をやっておって、目ん玉が飛び出るほどの巨額賠償金を請求された恫喝ソショウを起こされ、それがサイバンで認められて、この武田は、社会的には抹殺同然になっておるんだが、「ネタ元の一部」ってことだろうが、貴乃花の母ちゃんの藤田憲子を含め、「二子山勢」だったっていうことらしいわな。おそらく、今回の貴乃花の被害届提出は、おそらく、そうしたカラミもあると思うな。
 それで言うと、貴ノ岩の「最早、アナタ方の時代ではない」という言葉の奥に、「もし、完全ガチンコで本場所を戦ったら、本当にその成績がはじき出せているのか?」という投げかけが埋め込まれていたと見るのは、ワシの勘ぐり過ぎだろうか。

 #カトパン、プロボクサー・井岡一翔のタイトル返上モンダイだが、新潮もさることながら、ネット上の「ボクシング速報・BOXING情報ナビ!」ってところで、アレコレと続報が出ておって、コイツもまた、一筋縄で行かんところがあるようだな。
 1つには、新潮が字にしておった、所属ジムの会長でトレーナーでもある父親の一法の脱税ギワクだが、その後、大阪酷税キョクのマルサが動いて、追徴課税をするなり、刑事コクハツしたっていうハナシは、出ておらんよな。アレコレと井岡家の父子間で、齟齬っていうか、対立があったってことだな。
 そもそも、親父は、谷村奈南との結婚には反対しておって、「だったら、専業主婦になれ」と命じておったってんだな。あと、「親父のカネの使途」について、倅が怒っておってってんだが、中古でも7000萬円もするタワーマンションの上層階を、愛人を囲うために買うたってことなんかいなあ。倅にしてみりゃ、「それだけのカネがあるんだったら、ファイトマネーとして払え」ってことなんかいなあ。となると、倅だけを一方的に責めるというワケにも、いかんのか。
 だったら、カトパン、コイツは、倅に、その日曜夜のHERO’Sで、嫁ハンともども、顔出しで喋ってもらわんとだわなあ。やっぱ、世界王者がタイトル返上するってんだから、ジケンだわな。ジケンには必ず、ウラがある。婚活もエエが、いい加減、休み呆けたんだろうから、そろそろ、本気になって、仕事しろ。

 #で、日馬富士の暴行ジケンに関連して、ネット上で見つけたんだが、今から6年前の2011年にポストで、あの武田頼政の取材に応じたんかよ、とにかく、日馬富士の元付け人だった「雷鳳」ってのが、「白鵬vs日馬富士、ギワクの優勝決定戦」ってことで、いろいろと喋っておるんだな。あと、別のネット記事だが、「史上最強の横綱」として、「貴乃花」を挙げておってだな、その理由が「ガチンコだったら」ってんだな。
 それで、ガンチコ力士の系譜で言うと、大乃国、貴乃花、稀勢の里といったところで、大乃国は、下におった頃は、八百長に手を染めておったんだが、親方の放駒(元大関・魁傑)に叱られて、ガチンコになったところ、周りからのイジメがスンゴかったってんだな。そういえば、千代の富士を53連勝で止めたのは、大乃国だったんだが、NHKの大相撲中継の解説をしておった親方が、思わず、「止めれるのは、大乃国ぐらいのもんでしょう」と口を滑らせたのは、有名なハナシだわな。
 だから、今回のモンゴル勢の酒の場における、日馬富士による貴ノ岩への暴行ジケンだが、やっぱ、「八百長」だと思う。親方の貴乃花は当然、「八百長に手を染めるなど、言語道断」だと思うんだが、そうやって、酒の場に引っ張り出すことで、「モンゴル八百長同盟」に入れようとしておったんと違うんかいなあ。ところが、貴ノ岩が「最早、アナタ方の時代ではない」と、「八百長NO!」と突きつけたもんだから、「ナメるんぢゃねえ」と、ボコボコにしたっていう、ワシの見立ては、どうだよ?
 だから、この文脈で捉えると、この春場所で、日馬富士が、新横綱の稀勢の里を、一気に寄り倒したことで、左肩を負傷したんだが、アレも「ナマイキにも、ガチンコにこだわるとは、いいか、思い知らせてやる」と、「可愛がった」ってことは、ねえんかいなあ。

 #「上」の続きだが、その暴行ジケンのあった1次会ってのは、「10・25」の夜8時ごろから、鳥取市内のちゃんこ屋であり、その貴ノ岩が相撲留学しておった鳥取城北高の校長や、相撲部監督、コーチが、モンゴル勢を呼んで開いておったってんだな。だから、それは単なる親睦会で、その後、夜11時ごろに、JR鳥取駅近くの繁華街にある雑居ビルの4階にあるラウンジに移動し、そこの個室で、モンゴル勢のみ10人ほどで2次会となったんだが、「そこ」で、日馬富士による、モンダイの暴行ジケンが起こったんだな。
 1つには、モンゴル勢同士による、「血より濃い、紐帯の絆」みたいなものの存在を感じるよなあ。一種のヤクザ組織みたいなもんで、トップが白鵬、んで、カシラが日馬富士ってところかよ。その八百長とオーバーラップするカタチで、「モンゴル勢による互助組織」っていうものを構築しておったと違うんかいなあ。
 ココから先は、あくまでもワシの見立てであり、推測でしかないが、今、横綱を張っておる白鵬に日馬富士、んで、鶴竜も、地力はもちろんある。他の力士よりは、当然、抜きん出てはおる。でも、ガチンコでやったら、今の段階では、「何とか2桁(=10勝)ぐらい」と違うんかいなあ。しかし、「それ」だと、綱のメンツは維持できんし、常に優勝争いに顔を出し、結果を出すには、「13番」は勝たんとだわなあ。「12勝」でさえ、横綱だと、「いかがなものか」になるんだよな。だから、「上げ底」っていうか、ツナの権威を守るためには、「取りこぼし」を防ぐために、モンゴル勢同士を中心に、だから、注射に走ると違うんかいなあ。
 そうやって、2番でも、3番でも、「勝つ」ってのがわかっていりゃ、終盤戦の、例えば、ガチンコの稀勢の里とかとの対戦に、全エネルギーを注入することがデキるからな。優勝して、勝てば懸賞金がイッパイ、白鵬の手元に入るんだから、「それ」をモンゴル勢で分配することで、広く浸透させとるってのは、どうだよ?
 白鵬にしろ、日馬富士にしても、ガチンコで弱いなんてことは、あり得ない。強いのは間違いないんだが、しかし、「毎場所、13勝以上をコンスタントに出す」っていう絶対的な強さだわなあ。「それ」を確保するには、やっぱ、八百長が要るってことではないんだろうか。この秋場所に、日馬富士が「11勝」で優勝しておったが、じつを言うと、コイツは全部、ガチンコだったんぢゃねえのかよ?

 #で、今日(=11・21)発売のアサ芸に載っておった、貴ノ岩の「この八百長野郎!」のコトバに、日馬富士がキレて、ボコボコに出たっていうハナシは、異様にリアリティーがある。たぶん、本当だと思う。「最早、アナタ方の時代ではない」なんて、お上品ぶっておるっていうか、キレイゴト過ぎるよなあ。貴乃花が「協会に申し出たところで、埒があかんっていうか、揉み消される」ってのは、要するに、コイツ(=八百長モンダイ)があるからだわな。
 刑事ジケンの方は、年内にも、鳥取ケンケイが日馬富士を傷害容疑で書類送検するってんだが、その後は、書類を受け取った鳥取チケンが刑事ショブンを出さんとだからな。結論は、在宅キソに、傷害罪は罰金刑もあるんで、略式キソ、ほいで、キソ猶予に、不キソ(嫌疑不十分or嫌疑ナシ)と、細かく分けると、この5通りがある。この5つのうち、どうなるのか、ワシには皆目、わからん。現時点では、貴乃花は被害届を取り下げて、示談に応じる可能性がゼロなんだから、たぶん、行くところまで行くんだろうなあ。やっぱ、貴乃花は「八百長の撲滅」っていう、「大相撲改革」っていうか、「革命」を目指しておるんかよ。
 この暴行ジケン自体は、加害者である日馬富士が、「殴った」ということは認めておるんだから、捜査自体は、そんなに難しくはない。ケーサツから書類を受け取った鳥取チケンの捜査も、そんなに時間はかからんと思う。ただ、そこで下される刑事ショブンがどうなるかで、「日馬富士引退」の危機も勃発しかねんよなあ。ワシは心情的には、仮に、日馬富士が在宅キソ、もしくは、略式キソとなっても、まだ、体が動くんであれば、現役を続けて欲しいという思いがあるんだが、果たして、世間がそれ許すかどうかなんだよなあ。ネット上の自由意見投稿を見ると、結構、キビシイんだよな。
 しかし、理事チョウ選は、来年の3月かよ? いずれにしても、ニッポン相撲協会内の政局は、既に始まっておるよなあ。果たして、コイツは「貴乃花の乱」で終わるのか、それとも、「貴乃花革命」にまで炸裂するのか、現時点では、全くわからん。あー、協会の危機管理イイン会の委員チョウってのは、元名古屋コーケン検事ちょーの高野利雄かあ。協会も、ココは上手いこと、ヤメ検を抱え込んでおるワケだから、当然、現役に対する圧力にはなる。いやあ、今回の刑事ショブンの行方は、まさに、魑魅魍魎を極めておるよなあ(笑)

 #「上」の続きで、今日(=11・22)あった九州場所の11日目、結びの一番で、横綱・白鵬(モンゴル出身、宮城野部屋)vs関脇・嘉風(大分県出身、尾車部屋)で、一気に寄り倒されて、白鵬が初黒星を喫したんだが(決まり手は「寄り切り」だが、相撲の流れとしては、アレは「寄り倒し」だよな)、終わってから、白鵬が1分間も、土俵下で、抗議の意思表示っていうんか、そのまま留まって、最後もアタマも下げないまま、土俵を後にしたんだが、ビデオを見る限り、白鵬は明確な「待った」の意思表示をしておらんわな。
 ワシ、思うんだが、コイツは、本当は注射を打っておったのに、本来のシナリオを突如、破棄してだな、嘉風がガチンコっていうか、台本にはない相撲を取っちゃったんで、白鵬が「貴様、ハナシが違うだろ!」と、怒りマクっておったと違うんかよ。でも、ああやって、一挙に土俵の外まで持っていくと、新横綱だった稀勢の里が、左肩を強打してケガを負ったように、ケガする確率が格段に上昇するんで、ヤバイと違うんかよ? でも、白鵬は、既に2桁の白星を確保しとるんだから、終盤の5日間ぐらい、全ガチンコでヤッてみろってんだよなあ。優勝するだけの力は、まだ、あると思う。
 ほうー、かつて、白鵬ならぬ「柏鵬時代」に、大相撲の八百長を糾弾した石原のおぢいちゃんが、今回の「貴乃花の決起」を全面支持かよ。ま、それも含めて、今回の日馬富士による貴ノ岩への殴打ジケンは、キモが見えちゃたよなあ(笑)

 #続きで、日馬富士だが、報道によれば、「12月上旬にも、鳥取ケンケイは傷害容疑で書類送検」ってことなんだが、書類を受け取った鳥取チケンが刑事ショブンを出すワケで、であれば、このタイムスケジュールだと、年内でケリをつけるってことなんかいなあ。だって、この暴行ジケン自体、捜査そのものは全然、難しくねえからな。日馬富士が貴ノ岩を、素手にしろ、ビール瓶にしろ、ウイスキーの瓶にしても、「殴ったこと」は認めておるんだから、「それ」によって、入院と九州場所休場を余儀なくされた「全治2週間のけが」にしてもだな、因果関係が完全にゼロってことは、ないだろうからな。
 それで、日馬富士本人は全面的に暴行の事実は認め、謝罪と反省の意思が見えるんであれば、ワシの予想だと、略式キソ(=罰金刑)とキソ猶予の間くらいかいなあ。どっちなんだろう。少なくとも、「嫌疑ナシの不キソ」はないと思うな。仮に在宅キソであったとしても、本人は認めておるんだから、実刑はなく、シッコー猶予は付くと思うんだがなあ。
 予想するに、今後の展開は、その刑事ショブンの結果を受けて、貴乃花の「二の矢」だと思う。たぶん、民事訴訟は考えておると思う。具体的には、日馬富士を被告、貴ノ岩を原告として、治療費や休場を余儀なくされたことに対する損害賠償請求だわなあ。民事は、近所の東京チサイでエエわけだから、理事チョウ選が、来年の3月かよ、「それ」を見据えて、ヤルと思うな。「八百長一掃」という名の「大相撲革命」を成し遂げるためには、コレぐらいの劇薬は、必要不可欠だわな。

 #あー、元小結・旭鷲山のフェイスブックに、「貴ノ岩から、電話で聞いたハナシ」ってのがupされたってんだが、日馬富士に殴られてから、耳が聞こえんなっておるのかよ。結局、ぬあんで、日馬富士が、アソコまでフルボッコにしたかなんだよな。要するに、「貴乃花んところに所属しておるがゆえ、モンゴル八百長同盟に加わろうとせんのは言語道断。いっちょ、可愛がってやれ!」ってことでは、なかったのかよ? そうであれば、コイツは絶対に許されないことだ。
 ワシが第一報で判断した限りでは、要は、「日馬富士は元々、酒癖が悪く、貴ノ岩の態度が悪かったため、それにキレて、チョロっと殴った」っていうふうに捉えて(事実、そういう断片情報しか出ておらんかった)、「内輪の飲み会の席のことだし、何もそこまで」と思っておったんだ。だから、貴乃花の意思による「ケーサツへの被害届提出」も、「敢えて、大げさに騒ぎ立てることで、来る理事チョウ選を有利に戦う」っていうぐらいにしか、思い浮かばんかったんだよな。
 ところが、今回、貴ノ岩が旭鷲山に電話で喋ったところでは、「灰皿やカラオケのリモコンなども使い、40〜50発はブン殴られた」ってんだよな。だとすると、「酔った勢いで、思わず、手が出てしまった」というレベルなどではない。コイツは「リンチ&制裁」のレベルに入っておるで。本来であれば、日馬富士がそうやって、フルボッコを始めた時点で、周りが静止に入るわな。ところが、ココまで延々と暴行が続いたってのは、「モンゴル勢の意向に従わせるべく、ヤキを入れた」ってことだわな。だから、やっと、ぬあんで、貴乃花がアソコまで頑なにニッポン相撲協会の事情聴取を拒否し、ケーサツに届け出て、ジケン化に持って行ったかが、わかったな。こうでもせん限り、膿を出すことがデキんってことなんだわな。
 折しも、隣りの韓国では、「UFC」とかいう総合格闘技で、「八百長」が行われたってことで、選手のバン・テヒョン(齢34)ってのが、ぬあんと、背任収賄罪で懲役10ヵ月の実刑ハンケツを食らっておるんだよな。このバンってのは、プロモーターから「試合に負けろ」と言われ、計1億ウォン(約1000萬円)を受け取ったんだが、でも、試合には勝って、カネは全額返金したってんだよな。でも、刑事ソツイされ、実刑だろ。あまりにもキビシ過ぎるよなあ。もし、コイツをニッポンの大相撲で適用しちゃったら、んもう、服役者がゾロゾロだよなあ(笑)

 #AFP電に、パリで初の「ヌーディスト専用の全裸レストラン」がオープンしたってことで、「字」にしておったんだが、なかなかスンゴイよなあ。もし、コイツをニッポンでヤッたら、どうなるんだろうなあ。「公然わいせつ」ってことで、オマワリがスッ飛んできそうだよな。南仏は、サン・トロペの沖にルヴァン島って、「ヌーディストの聖地」があるってんだが、その根底にあるのは「自由を求めんとする、タブー破り」だわな。
 で、日馬富士による暴行ジケンだが、九州場所後に、鳥取ケンケイが再聴取に踏み切るってんだが、ようやく、ホリエモンが「貴乃花=ガチンコ追求」「協会=八百長維持」の図式で喋り始めたんだが、でも、この発言を取り上げるのはネット上のみで、スポーツ紙は見事なまでにスルーしとるよな。それで言うと、この大相撲の八百長ってのも、「タブーの極み」ではあるよな。こんなもん、遥か大昔から「公知の事実」なのに、誰も公然と取り上げようとせず、まさに「見て見ぬフリ」だわな。
 そういえば、「婚活宣言中」のカトパンだが、入社7年上の先輩のアヤパンと一緒にメシを食いに行ったのかよ。そこで「婚活の極意」を教授してもらったんかどうか知らんが、だったら、日曜夜のヒーロー追いかけのスポーツニュースで、40回目の優勝をした白鵬は、その鳥取市のラウンジ「ドマーニ」の現場におったんだから、いい加減、本気を出して、白鵬を締め上げてこい。要するに、目の前で、日馬富士が貴ノ岩を数十発もブン殴っておったのに、「なぜ、止めようとしなかったのか?」だ。いいか、ワシは何度も言っておるんだが、「スポーツにもジャーナリズムは存在する」からな。であれば、「愛すればこそ、厳しいこと、耳に痛いことも突く」ではないのか。

 #で、この現地時間の「11・24」に発生した、エジプトはシナイ半島にあるイスラム教モスクに対する銃乱射ジケンっていうより、「死者300人超」ってんだから、コイツは最早、集団虐殺だわな。犯人は、どうも、「イスラム県とのつながり」があるようなんだが、この襲撃されたモスクってのは、「スーフィズム」っていう、イスラム教での神秘主義のグループで、イスラム県としては、背信者として敵視しておるってのかよ。でも、今、本国シリアで、イスラム県が追いやられておるんだが、そこにおった戦闘員が、散っていって、今回のようなジケンを引き起こしておるらしいんだな。
 ただ、ワシ、一連のイスラム県の動きを見てて、「?」なのは、連中は決して、「イスラエル」を標的にせんよな。コイツは、スンゴク、理解に苦しむんだよな。本来であれば、こんな身内であるイスラム教徒でのうて、異教徒っていうか、天敵である「ユダ」を狙ってしかるべきだよな。ところが、全然だよなあ。まさか、モサドがウラで小遣いを渡しておるってことは、ねえのかよ? 臭いっていうか、変だよなあ。
 あと、WFPニッポン大使の知花だが、ロヒンギャ難民モンダイは、どうなったんだよ? 「新婚ホヤホヤなんです」って言われたら、周りは「オメデトウ」としか言えない雰囲気だし、「だから、妊活中なんです」であれば、「はよ、ゲンバに乗り込んで来い!」って、なかなか言えんからなあ。チクショウ、上手く逃げやがったな。
 テレ東の鷲見玲奈ってのは、スポーツ担当ってことは、胸のデカさも合わせて、カトパンの競合相手かあ。三十路前だから、まだ、全然、若いんだな。でも、あの胸は半端ではない。しかし、下からもっと、ジャンジャンと突き上げてくるのが出てこんことには、カトパンはもとより、水卜麻美だの、夏目三久とか、いくらでものうのうとデキるからな。「下剋上」を宣言するイキのいい若手は、おらんのか?

 #んで、今日(=11・30)発売の新潮砲に、「白鵬vs日馬富士、ギワクの取組」ってことで、横綱同士の千秋楽結びの一番で、日馬富士が負けたことで、白鵬が稀勢の里との優勝ケッテイ戦にもつれ込まずに済んで、Vを決めたり、あと、日馬富士が大関時代、7勝7敗で千秋楽を迎えたときに、白鵬がそのへん、情けをかけてやったんだわなあ、負けてやったってことで、ぬあんとか、勝ち越すことがデキたっていうハナシを「字」にしておったんだが、「いかにも」だわな。さらに、この記事にニッポン相撲協会がブチ切れて、恫喝の猛抗議をしたってんだから、重ねて「いかにも」で、終わってるよなあ。
 結局、日馬富士のクビを斬ったんだが、朝青龍んときと、同じだわな。モンゴル互助会っていうんか、ヤクザ組織に例えて、協会を「1次団体」とするなら、モンゴル互助会っていうか、「モンゴル組」は、最大主流派閥の「2次団体」であって、そこのトップである組長が白鵬、ナンバー2のカシラが白馬富士で、3番目の本部長が鶴竜だっていうだけのことだろ。だから、貴乃花んところの貴ノ岩は、モンゴル人の血が流れておるにもかかわらず、親方に遠慮して、互助会への入会を渋っておるから、「だったら、いっちょ、可愛がってやれ」っていう、ただ、それだけのハナシだわなあ。
 今回、見てて思うのは、何がダメかっていう点で言うと、それは断じて、協会ではない。ダメの極みっていうか、腐りきっておる最大の元凶は「相撲ジャーナリズムの不在」だ。平たく言うとだな、大シンブンの運動ブにスポーツ紙だわな。薄々かっていうか、中にはモロ、知っておるのもおるくせに、徹底して、「見て見ぬフリ」を決め込んで、ヨイショし倒してきたワケだわな。相変わらず、そのツケが、周期的に火山のマグマの噴火のごとく、ピャーッと噴き出すんだわなあ。
 そう言えば、ワシと毎日シンブンの88年入社同期で、大矢伸一っていう、運動ブに行って、大相撲担当しておったのがおったんだが、要は「見ざる、聞かざる、言わざる」でおり続けるがゆえに、のうのうと禄を与っておれるんだよな。だから、何度も言う。悪いのは、決して、ニッポン相撲協会ではない。極悪非道の極みは、この大矢伸一に象徴される、「相撲ジャーナリズムの不在」や、わかったか、この糞アホンダラが!

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲だが、「激ヤセか」が流れると、所属ジム所は「3食ちゃんと取っておる」と、わざわざ否定のコメントを出しておったんだが、乃木坂46って、正直、AKB48との区別がつかんのだが、そこの白石麻衣とかいうのが、「桐谷の後任か」とネット情報が出ておったなあ。で、最近のラインナップを見ると、「女性向けマンガ喫茶」に「お化け屋敷やカフェに宿泊、なぜ?」と、イマイチ、そそられんよなあ。裏方がネタ探しに手を抜いておるよな。
 ワシが番組Pだったら、鉄オタ系のハナシだが、あの東京メトロの丸の内線の赤い電車の「アルゼンチンからの買い戻し」を、根掘り葉掘り取材させるなあ。っていうのは、ちょうど、20年前に、ワシが東京シンブンのTOKYO発で「最後の赤い電車引退、ブエノスアイレスで第2の人生へ」で書いておったんで、「ぬあんで、また、わざわざ、そんなことを」という思いがある。でも、あの赤い電車は、まさに「ザ・地下鉄」ていうカンジで、昭和を彷彿とさせて、インパクトがあるわな。それから、20年も走り続けて、まだ、現役で走らせようってんだろうから、そこの「こだわり」は、「何なんだろう」という思いがある。近年はステンレス車両全盛なんで、あのテの種類は、メーカーも生産せんのだろう。芝居だけでなく、ニュースも、台本は大事だ。
 ちなみに、1954年登場のあの「500系車両」ってのは、当時の営団地下鉄総裁だった鈴木清秀の鶴の一声で、「真っ赤」に決まったとのことだ。後継のステンレス車両の導入は昭和末期の88年で、やっぱり、「スピードアップのための軽量化とコスト削減のため、塗料を極力抑えた」ってんだな。

 #毎年恒例のオリコン・女子アナ人気投票の結果が出て、/緞遼稟(日テレ)⇒働由美子(NHK)B膕射道辧淵謄貭)げ弾0住辧文汽侫検豊ヂ膵硝稷子(テレ東)ε鎮罎澆兵臓文TBS)Х子真帆(NHK)┛羮紊△気辧複裡硲法豊山崎夕貴(フジ)高橋真麻(元フジ)かあ。
 5連覇の水卜は、圧倒的だな。勢いが落ちておらんってのは、大したもんだが、ただ、日テレはこの水卜だけっていうことで言えば、「1強状態」か。他の存在感がないってことかよ。3位の大下ってのは、いいオバハンだし、「ぬあんで?」という気はするんだが、しかし、事実として、そういう数字が出たってことなんだわな。でも、調査対象が偏っておらんかよ?
 カトパンは、順位を落としておるってのは、あの水卜の勢いの前では、押されてるんだな。それでも、まだ、何とか、大江より上につけておるんで、ま、面子は保ったってところか。婚活邁進で、本業が上の空というのであれば、当然、ファンの支持は減る。
 6位のみな実は、ハッキリ言って、わからなんよなあ。赤坂サカスにおった頃であれば、まだ、わかるんだが、今、どこで、何をヤッとるんだよ。TBSが現役で1人もランクインしとらんってのは、痛いだろう。ミタパン、よっしーあたりが入ってても、よさそうなもんだが、入っておらんよな。あの巨乳のテレ東の鷲見玲奈とかも、入っておらんっていうのも、知名度はないのか。あー、あと、夏目三久(元日テレ)が入っておらんよな。NHKは手堅く入っておるカンジだわな。でも、桑子、井上ってのは、名前は聞いたことがあるが、顔は思い浮かばん。本来であれば、20代の若手がもっと入ってしかるべきだが、全然だよなあ。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #今度のアベによる大義ゼロのバンザイ突撃解散で、フッ飛んでしもうたんだが、本来であればこの秋の通常国怪では、「働き方改革ホウアン」が重要法案として、かなり揉めておったハズなんだよな。そのことについて、ワシと毎日シンブンの88年同期入社で、現在、同新潟支局長をしておる東海林智ってのが、最近、サンデー毎日に記事を書いておったんだが、読んでて、何が何だか、さっぱりわからなかった。
 我々、ブンヤというのは、「子供や年寄りが読んでも、わかる文章」を書かなければならないのだが、1回読んで、理解できないというのは、致命的だ。本人がモンダイ点をきちんと咀嚼しきれておらん(つまり、何も、わかっていない)から、厚生労働ショウあたりの官製の専門用語を振り回すことで、「わかったフリ」をしとるんだよな。サン毎のデスクってのは、入社年次が東海林より下だから、突き返すとか、書き直させるということをせず、そのまま、スーッと原稿を通しておるんだよな。だから、今、労働のゲンバで何が起こっておるんだよ? 要するに、「19世紀以前のコマ」に賃労働者を戻すってだけのハナシだわな。「それ」をなぜ、きちんと指摘しないのだ。
 ワシが大学を卒業して、就職してから、もうすぐ30年になるんだが、つくづく、時代は変わったと思う。
 ワシが入社した頃ってのは、バブルの前段期だったんだが、「正社員、給料右上がり、終身雇用」なんてアタリマエだった。そうやって、履歴書持参で企業の面接を受けりゃ、内定ホイホイで、「就職できない」なんて、あり得なかった。内定の3つ4つ貰ってフツーで、そこからどこを選ぶかだった。ワシはたまたまマスコミ志望で、毎日シンブンが先に受かったんで、それで決めたんだが、サンケイと新潟日報は、1次の筆記試験に合格して、面接に来てくれと言われておったんだが、もう行かなかった。たぶん、受かっていたと思うが、そういう時代だったから、今の状況が、ホンマ、よくわからないのだ。
 時代的には、消費税導入と並行して、「所得税における累進課税の緩和」と「法人税の減税」が始まっている。その間、「労働者の味方」を謳い上げておった、ソ連を親玉とする共産圏が、ドミノ式で崩壊したことがあったにせよ、こうしたニッポンの税制における「コペルニクス的転換」があったがゆえに、「富の偏在と格差の拡大」が派生し、それが、今、とことんまでに極まっておるんだよな。JRの貸しきりクルーズ列車をはじめとした富裕層ビジネスが花盛りの一方で、何だ、あの「子ども食堂」ってのは。
 で、賃労働者は、派遣だ役職定年だと、「経営者の駒」とされる一方で、何だ、あの内部留保の山は。そもそも、経済学者が「新自由主義バンザイ」と言うのしかおらんなって、「ソシアルによる富の公正分配」を言うのは、金子勝ぐらいのもんかよ。今、大学の講座で「マル経」なんて言うと、学生が来ないから、死語と化しておるってんだよな。いったい、どうなっちゃったんだよ?

 #「上」の続きっていうんか、その「働き方改革」を支援するための、コンサルタントのようなものをやっておる、おねえちゃんがおって、敢えて「ようなもの」という形容を付けたのは、傍目には、いったい、何をやっておるのか掴みどころがないということからなんだが、ついでなんで、言わせてもらう。よっぽど、本人のフェイスブックに、ワシが顔出しで投稿しようとも思ったんだが、それも可愛げがないし、また、カノジョの実名をさらすのも、オンナってこともあって、「武士の情け」ということからも、ためらいがあるんでな。だから、本人以外、わからないように、ココで書く。
 それで、カノジョの活動を見てると、「いったい、何をやりたいのか」が、サッパリわからんのだよな。要するに、あのテのコンサル活動ってのは、ジャンジャンと太鼓を叩いて、見世物としてのイベントを盛り上げて、それでテラ銭をかき集めるってことなんだろうなあ。
 ワシは、そのカノジョとは一緒に酒を飲んで、その「過去のオトコ遍歴」を吐き出させたんで、それから言うと、今のダンナってのは、「電通勤務」なんだよな。そのこと自体は、別に構わないのだが、今、電通ということで言うと、東大卒で入社した高橋まつりチャンの過労死ジサツで、世間をお騒がせマクっておるよな。会社ホウジンとしての電通もキソされて、コレから裁きを受けるんだが、「人間の働き方」ということを考えた場合、このモンダイというのは、絶対に避けては通れんハズだわな。しかし、カノジョの発言において、コイツには一切、触れられることはないわな。この流れに乗って、別に電通をジャンジャンと叩けと言っておるのではない。
 とはいえ、今回のジケンというのは、「労働のあり方」という点で、本質かつ究極的なモンダイを孕んでおるわな。コイツと真摯に向き合うことなしに、「働き方改革」もヘチマもあるかってんだよな。はっきり言って、ワシは「欺瞞」だと思う。
 この御時世、概ね齢55で「役職定年」を突きつけられ、それで、「少子高齢化」ってことで、年金財源も先細りなんで、要は「いいか、コクミンは、死ぬまで働け!」ってことで、年金支給も先延ばしにしようってんだよな。そういう勤め人の不安につけこんで、「働き方改革」だナンダとワーワー騒いで、太鼓叩いて、イベントを盛り上げて、カネをかき集めておるんだったら、エエ商売だ。また妙に、胡散臭いことをおっ始めたなってカンジで、いったい、カノジョは、何がやりたいのだろう。

 #そういえば、この「10・1」付の人事異動で、ヨミから産経に転職しておった三井美奈が「巴里シキョク長」の辞令交付が出ておったな。春の大統領センキョには、ゲンバ取材に行っておったんだが、その後、ほとんど、署名記事を見ることもなく、音沙汰がプッツリと途絶えておったんで、「果たして、生きておるのだろうか」と思っておったところ、とにかく、よかったぢゃないか。しかし、産経の巴里シキョクは、あの山口昌子がリタイアしてから、しばらく、空き家になっておったんで、コレでようやく復活したってことだわな。ワシは「コイツ狙い」で転職したと睨んでおったんで、読みがバッチシ当たったよな。
 この三井美奈ってのは、入社年次はワシより下のようだが、年齢的にはほとんど変わらんから、五十路には達したんだろうな。であれば、定年までそこに居座れそうなカンジだし、たぶん、それ狙いで転職したんだと思う。確かに、産経に行くと、給料は目ん玉がピャーッと飛び出るほど下がるんだが、それでも、コレがヤリたかったんだろうから、ま、結果オーライってことだわな。だから、もう、ヨミにおっても、あとは管理職っていうか、下手したら、編集以外のセクションに放り出される人事もアリだからな。
 しかし、どうなんだろう、今、シンブン社にも「役職定年」ってあるんかよ。ただ、シンブン社に関して言えば、たとえ給料は下がって、持ち場が地方の通信部であっても、取材記者としてゲンバに戻れるのであれば、そう悪くはないと思う。編集以外のセクションや、それこそ、関連会社に飛ばされて、ブンヤ稼業とは無縁の仕事をヤラされるよりは、マシだよな。ワシも、もし、社におり続けておったとしたら、どうなっておったんだろうなあ。ワシの大毎社会ブ時代の北摂グループのキャップで、入社年次が3つ上の海保真人のオッサンは、この10月人事で、論説イインから、論説副イイン長に少し出世しておったな。たぶん、持ち場は外信なんだろうが、まだ、ラインから外れたわけではないんだな。
 それはともかく、三井美奈も、マクロン応援団と化して、そのテの原稿をワンサと書いてくるんかいなあ。あの山口昌子も、最後の方は、まさに「猿の腰巾着」と化しておって、酷かったよなあ。

 #しかし、現地時間の「10・1」の夜10時過ぎ、ラスベガスはマンダレイ・べイ・ホテルに面したイベント会場であった、音楽コンサートに集っておった約2万2千人の観衆目がけて、雨あられのごとく撃ちマクった銃乱射ジケンは、死者59人、けが人500人超で、史上最悪かよ。同ホテルの32階の部屋から、近くに住む白人のスティーブン・パドック(齢64)が発射しておって、警官に即、射殺されたってんだが、所謂、政治的な背景があるかどうかは、今のところは、まだわからんのか。あー、ホテルの部屋から、23丁もの銃器が出てきたのか。今回、凶器して使用したのは、連射OKのマシンガンと違うんかよ。
 弟が現地メディアに喋ったところでは、本人は元々、会計士をやってて、今はリタイアし、悠々自適の老後生活を送り、カネには不自由しておらんかったってんだな。カジノにもよく行っておったってことで、自宅からは銃器19丁、タマ数千発が見つかったってんだな。
 いずれにしても、キチガイであることには間違いないが、ワシは何度も言っておるんだが、ぬあんで、亜米利加ってのは、コレだけの惨事が続出しながら、「銃規制」のギロンが出てこないのか、不思議だよな。あのライフル協会ってのは、そんなにカネもあって、影響力があるんかよ。大富豪のトランプも、じつは、小遣いとか貰っておるんかいなあ。あと、単発方式の拳銃ならまだしも、連射可の機関銃も、亜米利加の市民は所持OKなのかよ?
 あー、州によって違っておって(酒&タバコもそうだよな)、ラスベガスのあるネバダ州は、超ユルユルっていうか、事実上、野放しらしいな。マシンガン化させる、連射装置かよ、あーいうのがくっついた銃も、チョーOKかあ。憲法の「修正条項」に「自衛のための武装の権利」があるってことで、それを今なお、金科玉条のように崇め奉っておるってんだよな。ま、英吉利から独立した当初は、そういうのも「さもありなん」だったんだろうが、今は警察も軍隊も、ちゃんとあるんだからな。しかし、ライフル協会ってのは、そんなに力を持っておるかよ。うわっ、ネバダ州は、銃の所有に関しては、許可不要で個人が所有できる銃の数にも制限がなく、届けれ出れば、自動小銃に機関銃もOKかあ。コレだけ、野放し状態で、むしろ、このテの乱射ジケンが起こらん方がおかしい。

 #で、今朝(=10・5)の各紙、前日にNHKが、社会ブ畑の都庁担当だった佐戸未和サン(齢31)が、13年7月に心不全で突然死しておって、その後、過労死として労災認定されておったっていうハナシを、4年も経った今頃になって発表したことを、横並びで字にしておったんだが、高橋まつりチャンの電通ジケンのハンケツがあるんで、「それ」に引きずられたところはあるだろうなあ。このときは、ちょうど、トギセンと参院センキョの時間差ダブルがあったんで、それでピーク時には、月の残業時間が150時間超だったってんだな。
 しかし、NHKも、その電通ジケンにおいては、ジャンジャンと叩きマクっておったくせに、要は「同じ穴のムジナだった」っていうだけのハナシだわな。ただ、このテの過労死なんてのは、何も、今に始まったことではなく、むしろ、かつてにおいては、バブルの頃までは、過労死っていえば、中高年のサラリーマンと相場が決まっておったんだが、ここんところ、こんなイタイケなおねえちゃんが犠牲になっておるよな。この8月以降、遺族がNHKにいろいろと申し入れておったってんだが、やっぱ、電通ジケンで背中を押されたところはあると思う。
 NHKが「遺族が公表を望んでいなかった」ってのは、嘘に決まってる。隠蔽のリクツ立ても、ま、どこも同じだわな。ただ、マスコミはワシがおったシンブン社もそうだが、意味のないムダの極みの長時間勤務ってのは、ゴマンとあるよな。体質は、変わってねえんだな。今でもそうだと思うが、支局とかでも、意味もないんだけど、すぐに帰れんで、ウダウダとおらなアカンっていうか、原稿出したら、さっさと消えたりすると、不機嫌になるデスクとか支局ちょーとか、まだ、ワサワサとおると思うで。一種のムラ社会っていうんかいなあ。組織を離れて、フリーになって、最大の収穫は「社内接待」が不要になったことだよな。取材先と飲むのならまだしも、ホンマ、カンケイ維持のため、社内の人間と飲むなんて、意味ゼロだよな。それで言うと、独創的で、力強く逞しい思考とは、そういう群れから離れた「ひとり」の中からしか、生まれてこない。コイツは自信を持って断言できる。

 #それで、産経の巴里駐在に赴任した三井美奈だが、スペインのカタールーニャ州独立のハナシが持ち上がっとるんで、連日、よう記事を書いてはおるんだが、こういうのは、やっぱ、ゲンバに入り込まんと、機微っていうか、キモは見えてこんで。
 NNNがニッポン時間の「10・7」の18:46に電子版にupしておる記事だと、記者がバルセロナに入って、打電してきておるんだが、同州政府は、公立学校で9割以上をカタルーニャ語を教えるよう指示しておってだな、街のキオスクでは、同じシンブンでも、スペイン語とカタルーニャ語の2種類が発行されておるってんだな。その「絵」を出すだけで、テレビってのは一発でわかるんで、エエわなあ。
 んで、大事なのはココから先で、じつはっていうか、「やっぱり」なんだが、カタルーニャ州ってのは、「スペイン最大の稼ぎ頭」で、GDPの20%を占めておるってんだな。ぬあんと、隣りのポルトガル1国を上回っておるってんだな。ところが、そうやって吸い上げられた税金は、みんなマドリッドに持って行かれてしもうてだな、バルセロナでは渋滞対策のためのトンネル工事が10年かかっても完成しとらんのに、マドリッドでは総延長40kmの地下鉄が開通しておってだな、地元民がカメラの前で「顔出し」で、「いい加減にしろ」と怒りマクっておったで。「カネの恨みは、骨髄まで」ってんだが、やっぱ、同じ人間なんで、ニッポンもスペインも変わらんな(笑)<三井美奈、NNNに抜かれとるやないか! んー、朝日とヨミは既にバルセロナ入りしとるのかあ。

 #知花、ロヒンギャ難民だが、その数、ついに、50万人を突破したそうぢゃないか。その「難民支援」ってことで、WFPも食糧を現地に届けておるってんだが、「WFPニッポン大使」の肩書を持っておる知花は、ぬあんで、何もせんでボーっとしとるんだよ。ブログもここんところ、更新サッパリでサボっておるよな。そんなマリソルの着物披露なんて、どうでもエエんだ。いいか、ロヒンギャ難民の方は「死ぬか、生きるか」のハナシなんだぞ。えっ、インスタグラムを見たら、週アサで読者から「恋」を題材にした短歌を募集しておって、その選者を務めておるってことを自慢しとるんだが、そんなのうのうとしとる場合か? そうやって、何もせんのだったら、WFPニッポン大使の肩書を返上しろ。やっている意味はない。ワシの指示で、んもう、同大使をクビだよなあ。
 カトパンは、夏休みにNYに行って、さんまと一緒にメシ食った云々と出ておったんだが、その後、婚活はどうなってるんだよ。そんなもんは、さっさと、見合い紹介所に登録して、事を進めんとだろ。オンナは「出産適齢期」ってのがあるからな。おクリなんて、09年5月の文春の巻頭グラビア「原色美女図鑑」で、「結婚は35までにしたい(当時、齢31)」とか喋っておいて、既に四十路突入だからな。30代なんてアッと言う間だ。時間の経つのは早いから、若い連中はクジパンがどうのこうのと言っておるんだから、何も取り得もねえのに、世間は、そんな三十路のオンナをいつまでもチヤホヤはしとらん。国立音大卒の肩書なんか、音楽でメシを食うから利用価値があるんであって、でなけりゃ、この娑婆においては、ないに等しいからな。イチローの去就はどうなるんだよ? マーリンズをクビになったら、オリックスが引き取るってのは、どの程度、信憑性があるんだよ。
 それと、ともこんところだが、夕方のニュースの後釜に抜擢された狩野恵里とかいうのが、1年も経っておらんってのに、「このたび妊娠しましたので、年内に産休に入らせて頂き、出産は来春予定です」かよ。こんなことを言うと「マタハラ」とか叩かれそうだが、しかし、一般人と違うて、人気商売だわな。チョコれ〜なもそうだが、ナンボ、出産適齢期とはいえ、メインに起用されたばっかりなんだから、せめて、視聴者に定着するぐらいの間は、やっぱ、避妊ぐらいしっかりやってくれよって言いたいよな。しかし、ともこは、仕事で瑕疵があったわけではなし、ましてや、オトコのスキャンダルを書かれたわけでもないのに、ぬあんで、そうやって冷や飯を食わされておるんだよ。おかしい。あんなチョコれ〜なや狩野なんかより、取材はちゃんとできるし、喋れるんだからな。テレ東は、社屋を移転してから、ヘンだよな。

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲だが、総センキョで「ivote」とかいう、若者に投票を呼びかける学生団体に取材に行かされておったんだが、そんなまどろっこしいっていうんか、蚤のキンタマを覗き見るようなことをする暇があったらだな、もっと直球勝負をしろ。シブヤに乗り込んで、片っ端から若者をつかまえてだな、「今回、センキョに行くか。投票するとしたら、どの党に、どの候補者に入れるか。その際、何を最も重視するのか」ということを、聞き出せばエエだけのことだ。それを100人にトライしたら、だいぶ、状況が見えてくる。人によっては「では、アナタはどうなんですか?」と切り返されるかもしれんが、そういうのも含めて、カメラに押さえて、OAしたら、オモロイよな。やっぱ、そういう突撃取材は、ジム所が「売り出し中のウチの華に、そんな汚れ仕事をさせるな」とOKを打さんのかよ。
 ちゅばきんところの新番組の「α」だが、イマイチっていうか、アカンわ。まず、スタジオのセットの「まっ白白の背景」が目に突き刺さるようなカンジで、見てて疲れる。おクリがおったNジャの頃は、あの宇宙空間のようなほの暗さが、味を出しておったんだが、それと比べると、全然だな。あと、ちゅばきの顔を、画面の右側どアップにして映し出しておるんだが、顔がデカ過ぎる。バランスを欠いておる。だから、壇蜜にヤラせた宮城県の観光CMと同じで、あくまでもニュースがメインでなければならんのに、ホンマ、どうでもエエところで奇をてらっておって、ハッキリ言って、迷走しておると思う。ワシはダメ出しをする。まさに、「箱に詰める中身は置いといて、包装紙に凝る類」に堕しておる。まだ、ユアタイムの方がよかった。ぬあんで、もっと、シンプルにできんのだ?
 23の雨宮塔子は、その束ねておる異様に長い髪を、バッサリと切れ。そんなものは邪魔以外の何物でもない。そんな髪型でゲンバに入ること自体が、大きな間違い。だからだな、巴里におる元ダンナが引き取っておる子供が、「えっ、ママ、いったい、どうしちゃったの。気は確かなの?」っていうくらい、髪を切らんことには、ハナシにならん。他のジャンルは知らんが、少なくとも、報道に関しては、「形から入る」というのは大事だ。
 何や、知花は結婚かよ。しかし、よう、これまで写真週刊誌とかに、シッポを掴まれることもなく、あんまりっていうか、全然、そういう素振りは見せておらんかったんだが、そうだったんであれば、コイツは、ロヒンギャ難民どころではなかったんだな。だったら、ちゅばき、総センキョが終わったら、バングラデシュとミャンマーに行ってくるかよ?

 #で、今夕(=10・18)の16時upの文春電子版の速報で、アレは読売テレビの制作なんかよ、とにかく、ミヤネ屋が、その昼の情報番組を降板し、来年4月からフジテレビの夕方のニュースに移籍するってんだが、スンゴイ展開になっておるな。ただ、コイツは既に決定事項かよ。双方のTV局は、現時点では完全否定とのことだが、「火のないところに煙は立たず」だわな。もし、この通りにハナシが進むんであれば、スンゴイわなあ。まさに、仁義なき引き抜き戦争、ココに勃発だわなあ。
 でも、ハナシが出るのが早過ぎるわな。記事ん中で、ミヤネ屋がどういうふうに喋っておるかは、電子版ではわからんのだが、こんなに早いと、潰れる可能性がある。それを見越して、リークしたっていうのは、あるんかいなあ。そうでもないと、この時期に、こんなハナシは出てこんで。どんなに早くても、年明けだろう。だから、こんなに早く、このテの人事情報がダダ漏れしたことで、ミヤネ屋の大ファンの、ヒマ有りマクリンスキーのオバハン連中の視聴者が、どう反応するかだわなあ。ナニワのオカンとかから、「何、アンタ、この大阪を捨てて、東京に行くなんて、もう、絶対見いへんわ」っていう、ブーイングが炸裂しかねんわなあ。しかし、ミヤネ屋がフジに心が動いたってのは、やっぱ、カネかよ?
 ミタパンは、シャツのデコルテに凝っておるのかよ。最近、顔つきが変わったっていうんか、表情が締まって、目つきも鋭くなって、ようやく、報道をヤルというカンジになってきたな。グッデイってのは、今、情報番組というふうに色分けされておるんだが、元々、昼間のあの時間帯ってのは、ワイドショーと言っておって、扱うのは専ら芸能ネタだったんだよな。それに時事ニュースを加えただけのことだわな。逆に、報道ニュースは、それまでのワイドショーのつくりだったコメンテーターをジャンジャンと配置することで、カタチとしてはワイドショー化してしもうとるんだよな。そういう意味では、情報番組と報道ニュースとの境目が、なくなってきておるのは、事実だわな。
 ワシはあんまり詳しい数字は知らんが、グッデイはミヤネ屋を抜くこともあるってんだろ。ミヤネ屋にしても、こうした移籍バナシが出てくるってのは、ウラ番組からの追い上げで、焦っておるブブンは間違いなくあるだろう。グッデイも、スタート時点では数字は惨憺たるものだったようだが、上昇気流に乗ったっていうのは、しばらく、視聴者に定着するまで続けるってのは大事だ。夜のニュースで言うと、ユアタイムは打ち切りが早過ぎたと思う。ワシはああいう作り方を積極的に支持するものではないが、しかし、ああしたユルユル路線があってもエエと思う。それで言うと、見切りのタイミングが早過ぎたと思う。もう少し辛抱してもよかった。
 それと、グッデイを見てて思ったのは、安藤優子は夕方のニュースからの異動だが、コメンテーターに安藤の刎頚の友である木村太郎が出ておるだよな。このふたりは、Nジャ以来の繋がりってこともあるんだろうが、気脈通じておるっていうか、安定感がある。もっとも木村は、NHKで夜9時のニュースのアンカーをやっておったんだから、今、元NHKでいうと池上彰しかおらんような空気だが、元々、メインを務めておったんだわな。木村は経験の蓄積があるんで、喋りに締まりがある。脇役だが、木村の存在は大きいと思う。
 立ち位置としては、木村太郎は「右」だが、『WiLL』や『月刊Hanada』の常連執筆者のような「キチガイ極右」ではのうて、『月刊日本』で書いておってもエエような、落ち着いたところがある。かつての保守派論客ってのは、あんなカンジだったが、時代は変わった。巨人のように、FAで主砲を引き抜けば、それで勝てるというほど、甘くはない。「打線の繋がり」があってこそで、送りバントをきっちりとこなす、いぶし銀の脇役がおってこそ、チームの勝利に結びつく。で、ミタパンだが、本気で報道に邁進する覚悟があるんだったら、その鬱陶しいまでに長い髪を、バッサリと切れ。刈り上げるぐらいでちょうどいい。いいか、尼になれ。『源氏物語』にもあるように、剃髪して尼となり、出家するというのは、俗世間でのしがらみを絶って、「生きながらにして、死ぬこと」だ。ワシの言っておることが、わかるか?

 #今、セ・リーグのCS(クライマックス・シリーズ)で、首位の広島から14.5ゲームも引き離されておった3位の横浜が制したことで、「ザ・下剋上の極み!」ってことで、世間をお騒がせしておるよな。ネット上のギロンを見ると、批判的なものが圧倒的で、「そもそも、こんなCSなんか、やめてまえ」っていうのも多い。確かに、CSが導入されるまでは、シーズンで各リーグの優勝チームが決まってしまうと、あとは、消化試合ってことで、ファンの興味は、個人タイトル争いぐらいのもんで、ま、結局のところ、「観客動員が落ちる」ってことで、要は、カネが儲からんってことで、こういうCSっていう仕掛けを始めたんだよな。
 その意味では、そうやって、最後まで引っ張ることで、祭りを盛り上げるというのはわかるんだが、でも、今回のようなことが起こると、シーズン144試合を制したことの意味が、ゼロになってしもうよなあ。確かに、今回のCSのファイナルステージは盛り上がったし、あのラミレスの絶妙な継投策によるスペシャル采配も、こうしたCSっていう短期決戦ゆえに、可能だったわけで、でも、それと、CSのルールは別問題だわな。
 ワシの意見は、このCSがあることで、盛り上がるし、下剋上を可能にするってのも、あってもエエと思うんで、でも、修正を加えるべきだと思う。っていうのは、今回の広島のように(パ・リーグのソフトバンクもそうだが)、2位以下にアレだけのブッちぎりのゲーム差をつけてペナントを制した場合は、アドバンテージをもっと増やすべきだと思う。現行では、2位と3位の対戦による1stステージは、「先に2勝した方が、勝ち抜け」で、続くファイナルステージは、1位のチームに1勝のアドバンテージが与えられて、先に4勝した方が、日本シリーズへの出場権が得られるワケだわな。
 であれば、首位以外の下位2チームは、都合、「6勝」しなければアカンわけで、ってことは、このCSによって、「6ゲーム差」を逆転できるという計算になるんだわな。ということであるなら、3位までの間が6ゲーム差以内であれば、現行どおりとし、それを超えて、10ゲーム以内なら、1位のチームにアドバンテージを「2勝」にする。んで、さらに、10ゲームを超える場合は、それを「3勝」にする、と。そうすれば、今回であれば、広島はアドバンテージが3つあるんで、「1勝すれば、日本シリーズに進出できる」というふうに変更するのは、どうだろう。やっぱ、これくらいのハンディをつけてやらんと、1年間、シーズンを戦って、ペナントを制した意味がないで。カトパン、どう、思うよ?

 #「上」の続きっていうワケではないんだが、今回、セ・リーグで3位だった横浜が日本シリーズに駒を進めたってことで、「下剋上」ってことが大きくクローズアップされておるんだが、ただ、それにあたって、一応、「ルール」が明確化されておるよな。無論、「それ」が公正さを担保しておるかどうかはギロンがあると思うが、諸々、判断材料となる、ペナントレースも含めて、全試合はファンに大公開されておるんだから、そういうことも含めて、CSの適否がどうかってのが、ギロンできるわな。んで、もし、今後、ファンの間から、「さすがに、このルールはおかしいのではないか」との異議申し立てが噴出すれば、日本プロ野球機構も、無視はデキんよな。
 翻って、この4月にあった、ワシも卒業生たる「塾員」である慶応義塾の塾チョウ選出だ。じつは、ココでも掟破りの「大下剋上」があり、事前の投票で2位だった文学部教授の長谷山彰(獲得217票)が、1位の経済学部教授の細田衛士(同230票)を覆して、塾チョウに選出したんだよな。「それ」を最終的に決めたのは、「4・20」に開かれた臨時評議イン会なんだが、それに先立って、投票翌日に、その評議イン会にブラ下がっておる「塾チョウ銓衡イイン怪」なるものが開催され、ココで1位候補を蹴落とし、2位長谷山を塾チョウに推薦する旨を決め、評議イン会に持っていったってんだな。
 んで、今、評議イン会の議ちょーってのは、三井不動産会ちょーの「岩沙弘道のおやぢ」なんだが、この岩沙のおやぢってのは、その銓衡イイン怪のイインちょーも兼務しとるってんだな。そこで、スンゴイのは、コイツを決めた評議イン会の議事録を公開しとらんのはもとより、その当然、審議非公開の銓衡イイン怪のメンバーすら、オープンにされておらんのだよな。だから、ぬあんで、今回、こうした「下剋上」がまかり通ったのかっていう、マトモな説明がゼロだよな。1位候補がダメであるなら、例えば、「塾のカネを使い込んだ」とか、「教え子のゼミ生に手を出して、妊娠させた」とか、ダメな理由をきっちりと明示せなアカンのだよな。しかし、それが全くない。だから、この腐り方は尋常ではない。まさに、「ブラック・ボックス」の極みだ。仮に、今回、1位と2位の候補者が逆だったとしても、同じことを言ってる。「公正さのモンダイ」だ。
 ワシは、塾員として、これまで何度も、その最高意思ケッテイ機関である評議イン会のメンツである評議インを選ぶセンキョにも参加しておるんだから、まさに、「塾の最高意志ケッテイ者のひとり」として、言える資格がある。もっと言うなら、ワシは肩書で仕事をしとらんから、フェイスブックとかで、その肩書を自慢しマクって、群れることしか能がなく、でも、今回の異常事態に対してダンマリを決め込んでおる連中とは違うて、この塾員資格を剥脱されたところで、痛くも痒くもない。とにかく、この岩沙のバカおやぢは、はよ、豆腐の角にアタマをぶつけて、死んじまえってんだ、このアホンダラが!

 #スペインはカタルーニャ州の独立騒動だが、風雲急を告げておって、コイツは、現地に入り込まんとだが、ニッポン時間の今晩(=10・28)の時点で、バルセロナから打電しておるのは、朝日、毎日、ヨミ、共同といったところで、この10月から産経の巴里駐在に赴任した三井美奈は、何にしとるんや。ベルリンからだと遠いんで、巴里に再び駐在員を置いたんであってだな、はよ、ゲンバに行かなアカンやないか。
 今回の、州総理ダイジンのプチデモンが主導した、独立の是非を問う住民投票だが、確かに、賛成は有効票の約9割と圧倒的だったんだが、投票率が43%と、過半数割れしとるよな。やっぱ、ココが弱みだわな。でも、三井美奈の原稿は、一方的に「プチデモンはケシカラン、国賊の極みだ」のトーンだわなあ。それも、チョット、偏りすぎておるよなあ。今回も、いろいろとウラがありそうだし、きっちりと取材せんとだわな。そもそも、コイツは「ジケン」なんだから、ブンヤがゲンバに乗り込まんで、どないするんや?
 ラホイは、プチデモンと州自治ケーサツのトップのクビを通告し、ニッポンの刑法でいうところの内乱罪で刑事ソツイする意向を見せておるってんだが、もし、身柄拘束という事態になった場合、「いくら何でも、それはやり過ぎだろう」だわな。っていうのは、武力蜂起、すなわち、クーデターならまだしも、「住民投票」っていう、合法的手段に訴えておるんだから、そこらあたりは冷静に見ないと、だわな。EUが一方的にラホイに肩入れし、「仲介もせん」ってのは、おかしい。だったら、何のための「欧州連合」なのか。こういう加盟国の混乱を収拾してこそ、「欧州統合の象徴」だわなあ。だから、三井美奈も、「批判精神」ってのが、根本的に欠如しておるよな。あと、仏蘭西も、マクロンが早々に「ラホイ支持」をブチ上げておるんだが、やっぱ、お子チャマっていうか、ケツが青いよな。ミッテランやシラクだったら、老獪だから、もっと別の対応しておる。

 #で、神奈川県座間市のアパートから見つかった遺体だが、全部で9人で、うち、オンナ8人、オトコ1人ってことなんだが、とりあえず、死体遺棄容疑で、その部屋に住んでおった職業不詳の白石隆浩(齢27)の身柄を取ったのは、管轄の神奈川県警でのうて、桜田門なんだな。ってのは、東京・八王子市在住の女性(齢23)の行方不明ジケンを追っておって、それでシッポを掴んだってことで、おそらく、この女性ってのは、その9人のホトケのうちの1人なんだろうなあ。しかし、久しぶりに猟奇的な1課ジケンがハジけたんだが、いったい、コイツは何の目的だったんだろうなあ。
 まずは、コイツは被害者の特定からだわな。でも、もし、仮にこの白石ってのがコロシたんだとしたら、動機は何だろうなあ。全員、オンナなら、まだ、わかりやすいんだが、オトコが1人入っておるってのは、どういうことなんだろう。仮に「カネ目的」だったとしたら、こんなことせんでも、金融機関やコンビニ、パチンコ景品交換所を狙うとか、いくらもで方法はあるわな。そもそも、相手がそんなにカネを持ってどうかなんて、事前にわかりようもねえしなあ。とりあえず、ゲンバを踏まんことには、ハナシにならんから、ミタパンによっしーあたりは、足を棒にして、周辺の聞き込みはもとより、この白石を知る人間に、片っ端から、ハナシを聞いていかんとだわなあ。
 どういう生い立ちで、学校を卒業してから、どこで何をしておったのか。家族構成は、どうなっておるのか。あと、オンナとの遍歴もだわな。初体験は、どこで、誰とだったのか。それから、何人ぐらいの、どういうオンナと付き合うたのか。そういうところから徹底的に調べ上げんと、だわなあ。あと、カネ遣いはどうだったのか。消費者金融に借金はなかったのか。要は、ケツの穴ん中まで、ちゃんと、調べんとだわな。あー、さっそく、ネット上には、ゲンバの住所が出ておって、「座間市緑ヶ丘6−16−15、シーバスハイム(最寄駅・小田急線相武台)」で、当該アパートはワンルーム、1988年2月築の、家賃1万9千円かあ。どうも、地元の出身のようで、実家はここから近いらしいな。うわっ、ツイッターも開設しておったのかあ。いいか、ちゅばきも、ゲンバに乗り込んで、聞き込みをヤリマクってこい!

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #そういえば、勤め人を辞めてから、もう20年になる。「10年ひと昔」とは言うが、時間の経つのは、早いものだと、つくづく思う。
 「勤め人」とはいっても、ワシが経験したのは、新聞社しかないので、それは、世の中でいうところの勤めと、会社組織であるという点では、そう大して変わらないのだろう。
 大学を卒業して、最初に入ったのが、毎日新聞、それで、2度目が東京新聞(中日新聞東京本社)だった。新聞記者時代のことは、自叙伝『「新聞記者」卒業 オレがブンヤを二度辞めたワケ』(第三書館)に詳しく書いたので、興味のある人は、ぜひ、読んでいただければと思う。で、1度目はともかく、2度目は、何であんなに熱くなって、会社飛び出したのだろうと思うときが、時々ある。今、思えば、東京新聞に関しては、そんなに悪い新聞社ではないと思う。今、就職を考えている大学生に、東京新聞は勧めるだろう。毎日新聞も、そんなにひどくはないとは思うが、東京新聞とどっちを勧めるかと言われたら、東京新聞になるのだろうか。
 2回とも、会社を辞めた理由は、人事異動だった。要するに、不本意な異動先だったので、「そんなヤッてられるか。いい加減にせいや」とケツをまくって、辞表を叩きつけたのだ。特に、2回目の東京新聞では、辞めるにあたって、最後に編集局長が出てきて、ビックリしたものだ。中小企業といってしまえばそれまでだが、そうやって、編集部門のトップとやり合ったというのは、決して悪い経験ではなかった。いろんな意味で、後に生きているところはあると思う。
 勤め人を辞めた今、自分の立場は、まさに「フリーランス」だ。ここでいう「フリー」ってのは、そもそも、いったい、何が自由なのか、いまでもよくわからないときがある。時々、「古川は、自由に生きている」と言われることがある。そういえば、高校時代の部活の先輩にも、そう言われた。ということは、たぶん、そうなのだろう。
 会社組織を離れて20年が経ち、その経験を踏まえて言えるのは、「フリーランスの醍醐味は、やりたいことというより、やるべきことを徹底的に極めることができる」ということに尽きるのではないだろうか。もちろん、会社組織にいても、やれることはあるし、組織だからこそできることはある。
 しかし、そういう組織を離れたフリーだからこそ、初めてできることが、間違いなくある。「それ」ができて、そどれだけ重なっているのだろうか。同じところもあるだろうし、違っているところもあるような気がする。しかし、して、今もできていることは、よかったと思うし、幸せだと思う。振り返って、自分の人生に悔いなど全くないし、もし、生まれ変わったとしても、同じ道を歩いていると思うのだ。

 #それで、23の雨宮塔子だが、化粧はだいぶマシになったが、髪形はまだ、お水だよな。アレは、夜の銀座のオンナだよなあ。いちおう、報道なんだから、もう少し、見た目にスッキリとできんもんなのかよ。終戦の日ガラミで、長野市は松代の大本営の穴倉に取材に行かされてはおったが、アレは台本さえあれば、誰でもOKのレベルだよな。
 だって、同じ23で、綾瀬はるかでも、毒ガス製造をヤラされておった元・大ニッポン帝国軍人んところに取材に行かされておって、それなりの出来にはなっておるからな。「(毒ガス製造のための化学)方程式を覚えているということが、加害者としての責任を問い続けることだ」ということだが、そういうディティールってのは大事だ。綾瀬はるかはタレントだから、ロケに立ち会ったことで、気の利いたコメントを出す必要は全くないが、雨宮はいちおう、「キャスター」のレッテルを貼られておるんだからな。通りいっぺんのそれでは、そもそも、アラフィフの齢も含めて、「人生経験の蓄積」があってしかるべきわな。
 穿った見方かもしれんが、雨宮は仏蘭西に行って、青木ナントカとかいう菓子職人と結婚して、子供も産んで、よくも悪くも、浦島太郎ならぬ、同姫子状態だったわな。ナンボ、バツイチとはいえ、元女子アナを引っ張ってきたってのは、赤坂サカスの人間と、個人的に何かカンケイあったからなのかという、ゲスの極みの勘繰りのひとつも入れたくなるわな。
 報ステの小川彩佳は、ぬあんか、妙な、異様に怪しげな色気が出てきてしもうたな。以前とは全くの別人。前はただのお人形さんだったのになあ。嵐の桜井翔に手篭めにされたっていうんか、開発されて、オンナに目覚めたってことなんかいなあ。
 ゼロの桐谷美玲は、その「8・15」で、学徒出陣に駆り出された絵描きの悲劇をヤラされておったが、また、裏方がしっかりと台本を書いておるよな。演出が上手い。だから、桐谷でも、綾瀬でも、台本さえきっちりしておれば、あの程度のことは、よっぽどの大根でない限り、誰でもできる。
 んで、10月から夜のニュースに人事異動の内示が出たちゅばきだが、6月に行った北朝鮮の探訪記を今頃になって、ブログでのupを始めておるんだが、いいか、ニュース原稿のキモは「逆三角形」だからな。要するに、「大事なこと」から順番に書いていかなアカンのや。世の中の視聴者はそんなヒマではない。シンブン記事だって、リードにニュースを盛り込んで、それさえ読めば、最後まで読まんでも、ツボはわかるワケだからな。いいか、ちゅばき、そんな中国から北朝鮮の国境を越えるのに3回も費やしてだな、で、今回の「ニュース」はいったい、何だったんだよ? 人間の喜怒哀楽に根ざした「へえー」が、何もないぢゃないか!

 #それで、カトパン、阿部慎之助の2000本安打だが、とにかく、質問が「今のおキモチは?」の連発で、ワイドショーの芸能レポーターのレベルだよな。ワシいつも「スポーツにもジャーナリズムはある」と言い続けておるんだが、ま、敢えてそこまで目くじらを立てんでもだな、ケガを克服しながらも、現役続行を可能にしておる最大要因ってのは、「キャッチャーからファーストへのコンバート」だわな。ココを突かないんであれば、ただのヨイショ記事のオンパレードでしかない。あの野村克也が書いておるが、キャッチャーというポジションが、いかに負担が重く、エネルギーを消耗するか。そりゃ、ピッチャーとの二刀流ほどではないにしろ、でも、両立は大変だわな。おそらく、阿部の1塁コンバートは、本人の意思ではのうて、上からの指示だったとは思うんだが、捕手という仕事に対するこだわりは、間違いなくあったハズだからな。迷いや逡巡はあったんだから、「それ」を率直に吐露させてこそ、「ヒーローの魅力」を引き出せたのではないのか。そして、それは、とりも直さず、現在の大谷翔平にも繋がっておるハナシだ。ああいうゴマスリ質問の雨を見てると、ワシなんぞは無性に腹が立つ。作り手は、それで視聴者は満足するだろうと高を括っておるんだよな。言っておくが、どうでもエエ相手には、ワシは敢えて、厳しいことなど、言わん。
 あと、ともこだよなあ。ナンボ、冷や飯を食わされておるとはいえ、昨年末から半年以上もブログ更新をしておらんってのは、ファンを愚弄しておる。フジと足並みを揃えて、テレ東もダメだ。例えば、ナガサキに落とされたプルトニウム型原爆「ファットマン」ってのは、その後の「核兵器のスタンダード」と化しておって、核バクダンってのは、原子炉で天然ウラン(=ウラン238)を焼き上げて作る「プルトニウム239」なんだからな。ちなみに、ヒロシマのウラン型原爆「リトルボーイ」の威力は、13TNT換算キロトン、ファットマンの「それ」は23TNT換算キロトンで、ナガサキの方が全然、大きかったんだ。でも、坂の多いナガサキは、山が海側まで迫ってきて、平地が少ない地形ゆえに、爆風が広がらなかったため、ヒロシマより被害はまだ小さくなったんだよな。ファットマンをヒロシマに投下しておったら、あんなんでは済まなかった。
 原爆投下で言うと、「ヒロシマ、ナガサキ」と、どうしても、ナガサキは二番煎じに見られておるんだが、ヒロシマのウラン型原爆ってのは、後にも先にも、アレ1発でオシマイなんだよな。そもそも、第2次大戦中の原爆開発は、ナチス独逸が全然、先行しマクっておってだな、悪いけど、亜米利加なんてのは、後塵を拝しておったんだよな。そんな後発組が、ぬあんで、ウランだけでのうて、プルトニウムと、2種類もの原爆をこしらえるヒマがあったのか、だわな。じつは、マンハッタン計画に関する関連ブンショの多くは、今なお非公開で、そのウラについては、まさにヤミなんだわな。それはともかく、「核バクダンの世界標準」で言うと、ナガサキのプルトニウム型なんだから、ともこは地元だから、ABCC(原爆傷害調査委員会、現在の「放影研」の前身)が、被爆者をモルモット同様に、人体実験としての追跡チョーさを行い、今も継続しておるってのは、当然、知っておると思うが、連中的にデータとして重要なのは、ヒロシマより、むしろ、ナガサキや。
 そもそも、ヒロシマもそうだし、ナガサキもそうだが、今なお、正確な犠牲者の数ってのが、特定できておらんのだよな。なぜかと言えば、役所が焼けておるんで、戸籍が住民票が全部焼失しておるからなんだってな。そういうことも含めて、ともこは地元なんだから、自分で手を上げて、きっちりと取材しろってんだよな。齢40過ぎて、これから何をやって、生きていくってんだよ。だったら、カトパンと一緒に、婚活ならぬ、妊活でもやってろってんだよなあ。
 何や、ペコちゃん妹のチョコれ〜な、また、突然、ブログを更新したと思ったら、今度は「新しい生命を授かりました」かよ。それ自体は、めでたいこと限りなしなんだが、出産予定日は「年内」ってことなんだよな。で、入籍が「3・21」から逆算するとだな、人間の妊娠期間ってのは、「10月10日(とつきとうか)」と言われておるように、「約10ヵ月」なんだが、コイツは間違いなく、デキちゃった婚だったんだな。んー、しかし、姉妹揃ってそうとはなあ。ま、好きでそうなったんであれば、外野がアレコレと言う筋合いではないんだが、でも、最初からわかってるんだから、さっさと、こういうのは公表してもらわんとだわなあ。それで、ダンナってのは、元F1レーサーの鈴木亜久里の倅で、6つも年下なのかよ。どういう馴れ初めだったんだろうなあ。うわっ、インスタグラム見たら、あの腹は、もう、臨月に近いよなあ。しかし、よくまあ、ココまで隠蔽デキたよなあ(笑)

 #ちゅばき、で、その「北朝鮮探訪記」だが、3回目でストップしたまま、その後、ブログの更新が途絶えておるやないか。そもそも、「万景峰号取材」とあるんだが、その「万景峰号」が、どこにも出てきておらんやないか。だって、万景峰号ってのは、北朝鮮の貨客船だわな。新潟からの定期航路があったんだが、今、例の経済制裁により、休航中なんだよな。それで、ウィキペディアを見たらだな、今年の「5・8」から、羅先の経済特区から、露西亜のウラジオストクまでの週1の定期便が新設されたってことで、「6・7〜8」に、「FNNの取材班がこの万景峰号に乗船取材をした」とあり、コイツかあ。だったら、ニュースはコイツなんだから、このことをはよ、「字」にせんとだわな。ワシは、ちゅばきにも厳しいことを言っておるんだが、別にイジメとるんではない。それくらい、わかるよな?
 あと、ちゅばき、今回のキモは「羅先(ラソン)」っていう経済特区だわな。北朝鮮は東北地方の最深部にあって、中国と露西亜と国境を接しておるデルタ地帯なんだな。そういう地理的特性もあって、おそらく、経済特区に指定され、今回、万景峰号による露西亜との定期航路が開設されたんだろうな。ブログの記事を見ておると、この羅先ってのは、中国と地続きっていうんか、「中国領」みたいな雰囲気もするな。あと、露西亜の存在感ってあるんかよ。国境の町、例えば、サハリンとの定期航路がある稚内だと、ロシア語の看板があったりとかすると思うんだが、ゲンバに行って見てきておるんだが、そういう「空気」を、きちんと伝えんとだわなあ。
 いいか、遊びで行っておるのではない。この羅先には、観光ホテルもあるようなんだが、おそらく、中国人がターゲットなんだろうが、何か楽しめそうなモノがあったのかよ。カジノぐらいのもんかよ。だから、ちゅばき自身が「観光客」となって、その目で見たとき、ツーリズムを満喫できるだけの代物なのか、それとも、まだまだなのか。「取材」ってのは、そういうことだ。
 それで、その羅先を出て、ウラジオストクに向かった万景峰号には、客はどんなのがおったのか。また、積荷は何だったのか。そういうところを、根掘り葉掘り穿り出してこそ、取材だからな。ちゅばきは、この10月の改編から、夜のニュースのメインだわなあ。ウラは、ゼロが村尾信尚で、23が星浩だろ。コレと張り合うんだから、ナメられたら、それでオシマイだぞ。

 #ともこ、後任の夕方のニュースのキャスターに抜擢されておった、進藤隆富ってのは、00年入社の同期だわなあ。番組メンバーでの飲み会の後、20代の女子のADに、チューしようとしたってことで、降板させられたと、文春にスッパ抜かれておるやないか。相手が合意しておれば、セクハラでも何でもないんだが、嫌がっておるのに、無理矢理ヤッたら、アウトだわなあ。でも、テレ東は、知名度のあった大橋未歩が辞めるし、ここんところ、ガタついておるよな。
 そもそも、新社屋移転を口実に、ともこが降板させられたこと自体、「?」なんだわな。ワシが見た限りでは、瑕疵は一切、なかったし、ましてや、オトコのスキャンダルが報じられたワケでもない。それなのに、地上波から追いやられ、今は、BSの夜のニュースの小谷真生子の隣におるサブで、それも、木&金だけかよ。冷や飯どころか、沖永良部島に流された西郷どん状態だよなあ。だって、在京キー局を見渡しても、オンナで使えそうなのは、ハッキリ言って、ともこぐらいのもんだよなあ。社内の枕営業を断った懲罰かよ? そんなにヒマだったら、ワシと一緒にメシでも食いに行こうか? 「ナガサキの核モンダイでの意見交換」の名目だったら、周りから、アレコレと文句言われる筋合いはねえからなあ(笑)
 それで、9月末で打ち切りになるユアタイムのMC同士で、市川紗椰が、フジ所属の野島卓と半同棲状態だと、フラッシュが抜いておるんだが、そもそも、ふたりは折り合いが悪いっていうんか、噛むしゃべりとか、市川は野島にいろいろと言われておったってんだよな。しかし、オトコとオンナってのは、わかんねえもんだな。野島は齢50で、歳の差は20かよ。
 あと、チョコれ〜なだが、腹がホンマにデカくなってるよな。ただ、今は臨月だからといって下手に降板させると、「マタハラ」と叩かれるんで、逆に、引っ張っておるところがあるよな。でも、4月の改編で朝のニュースに異動になったんだが、その時点で「デキちゃった」ってのは、わかっておったんだよな。結局、産休&育休に入るんだろうから、交代は必然的なんだよな。視聴者的には、半年経って、ようやく慣れてきたところで、替えるってのは、いかがなもんかいなあ。だから、正確な出産予定日は、いつなんだよ?

 #最近、よう、「ロヒンギャ難民モンダイ」ってのを耳にするんだが、どこの国のハナシかと思ったら、ミャンマーなんだな。ロヒンギャっていうイスラム系の少数民族がおって、ミャンマーは仏教徒が多数派なんで、どうも、そのへんの宗教対立からイジメに遭うとるようで、今や、30万人近くが難民と化して、次々と、西隣のバングラデシュに逃れていっておるってんだな。で、今、ミャンマーの実ケンを握っておるのは、アウン・サン・スーチーなんだが、軍ブと一緒になって、ロヒンギャ弾圧に手を貸しておるってことで、「ノーベル平和賞を剥脱しろ」っていう声も起こっておるのかあ。
 推測するに、国内政治に対する不満の捌け口ってことで、ロヒンギャをスケープゴートとして叩きマクることで、最大支持層である仏教徒を喜ばすことで、支持率低下に歯止めをかけようとしておるってかいなあ。ま、アウン・サン・スーチーも、所詮、その程度であったと、馬脚を顕してきたってことか。しかし、そんなに大量の難民が出ておるってことになると、隣国のバングラデシュも含めて、食糧援助が必要になってくるぢゃねえのかよ。
 ってことは、WFPニッポン大使の知花の出番だよな。はよ、現地に乗り込んで、サポートせんとだよなあ。あれっ、でも、知花はコレまでさんざん、スーチーに傾倒しておって、「ぜひ、会うてインタビューしたい」って言っておったよな。だったら、この際、食糧支援にかこつけて、ミャンマーにも乗り込んでだな、いっちょ、ココはスーチーを締め上げてこい。ワシが「エエ」と言っておるんだから、遠慮は要らん! うわっ、やっぱり、年寄りや女子供といった弱者が、また、集中的に狙われておるんだな。許せんのは当然だが、知花はいつまでダンマリを決め込むツモリなんだろうな。であるとすれば、それも、どこぞやの誰かとは言わんが、じつに欺瞞の極みだよな。
 それで、今日(=9・10)、ロヒンギャの武装組織である「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」が、ツイッターで声明を出し、ゲンバであるミャンマー西部のラカイン州で、人道支援団体が食糧支援ができるよう、「1ヵ月間の停戦」を呼びかけたのか。ところが、スーチーの報道官は「テロリスト呼ばわり」しとるってんだよな。そもそも、テロを仕掛けるような余力なんて、あるんかよ。いやあ、WFPニッポン大使のくららは、今こそ、ラカイン州に乗り込んで、食糧支援せんとだわな。そんな『マリソル』で、着物姿を披露しておる場合ではない。

 #で、今日(=9・13)発売の新潮砲に、SFCは総合政策学ブ教授の奥田敦(イスラム法)ってのが、ゼミの教え子の女子学生に洗脳不倫を施しておって、世間を騒がせておることを「字」にしておるんだが、しかし、まあ、よう、こんなんのを野放しにしておるよな。どうせ、こういうのはビョーキだから、今回が初めてでのうて、前からあるってんだな。だからエジキになった女子学生の両親と、奥田の嫁ハンが一緒に、奥田のアジトを急襲し、この女子学生を助け出しておったってんだが、こんなもん、悪質さ、コトの深刻さという点では、あの広告研の準強姦ジケンの比ではない。
 折しも、週刊ダイヤモンド最新号の大学特集で、例のイカサマ塾長センキョで選出された塾ちょーにハナシを聞いておったんだが、さすがに、そのイカサマの件について、一応、ちゃんと問い質してはおったよな。それに対して、全く答えになっておらんのだが、こういう状況があるからこそ、奥田だって、「ワシのどこが悪いんだ? あんなインチキで塾ちょーを選出しておる塾当局に、ワシを糾弾する資格など、あるのか?」と切り返されたら、グウの音も出んからなあ。
 このダイヤモンドの記事でも「SFCの凋落」ってことを書いておるんだが、その本質は、まさにコイツだよな。腐ってるよなあ。塾員、すなわち、アソコの卒業生として、ワシは、毅然として批判と異議申し立てを行うものだが、しかし、フェイスブックとかで、「慶大卒」を自慢しマクっておるOB&OGは腐るほどおるんだが、ほとんど、誰ひとり、顔出しでコメントしようとせんわな。ったく、アソコの卒業生ってのは、クズしかおらんよな。

 #そういえば、この「9・12」OAのニュース23に、北朝鮮を訪問したアントニオ猪木が、デジカメを回して、いろいろと撮影しておったときの動画を出しておったな。スマホを持った平壌のおねえちゃんとか見ると、あんなのは、東京でもいそうだよな。面会した労働党副委員長のリ・スヨンが「生存権のために、核が必要」と喋っておって、逆に、「そこまでして、核にしがみつかんとアカンのかよ」と、観てて、ぬあんだか、胸が締め付けられて、哀しくなってきたよなあ。
 でも、敢えて、こういう大逆風のタイミングに、敢然と敵地に乗り込めるってのは、そこは、さすが、ワシらアラフィフ以上の世代においては、プロレスにおいて、あの「燃える闘魂」を掻き立ててくれた、現役時代の雄姿を思い出させる。ナンボ、国賊、非コクミンと罵られようとも、こうした対話のパイプを持っているというのは、大事だ。「盗人にも三分の理」と言うように、どんな敵対相手であっても、まず、「向こうの言い分」を聞いてやるというのは、大事だ。それはそうと、雨宮塔子は髪の毛を茶色に染めておるのは、白髪対策だろうな。でも、地毛は黒だと思うんだが、であれば、そっちの方に絶対にエエわなあ。たぶん、高いカネ払ってスタイリストをつけておるんだろうが、もし、そうであれば、ドブに捨てておるわな。
 それで、その雨宮んところと、この10月改編で、モロ、競合するちゅばきだが、ブログの「北朝鮮探訪記」の続報は、どうなっておるんだよ? 尻切れトンボのまま、中断しておるんだが、だから、ダメだって言われるだよな。どうして、ちゅばきの付き合うとるオトコは、もっとビシバシとケツを叩いてくれんのだろうなあ。そのオトコってのは、ホンマにちゅばきのことを、愛しておるのかよ?
 それはそうと、希子、東京シンブンが「字」にしておったんだが、サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」の公式ツイッターに、ネトウヨから「偽ニッポン人」呼ばわりのヘイト投稿をされておったのかよ。確かに、ニッポン国籍を持っておらんとはいえ、ただそれだけのことで、酷過ぎるよなあ。希子は、父親が米国籍、母親が韓国籍ということは、母ちゃんは在日ってことなんだろうな。しかし、それだけで、こんな心ない差別を被るとは、ったく、トンデモねえよな。許せんよなあ。あの映画『オトコを狂わせたいガール』のPRで、最近、露出しマクっておるんだが、なかなかいい味出しておるよな。あの年代では、希子は一番、存在感がある。
 で、希子がツイッターでアレコレと喋っておったんだが、カノジョは、クセがあるんで、好き嫌いがハッキリするのは当然なんだ。希子に関しては、「好きか、嫌いか」のどっちかで、「どうでもいい」という中間層は少ない。それで言うと、「嫌い」な理由として、「ナマイキだ」とか、「ゴリラ顔だから」とか、「露出狂に走っている」というのは、しょうがない。それは嗜好のモンダイであり、個人差がある。だが、「ニッポン国籍の有無」でいわれなき差別をし、叩くというのは、全くの論外で、許せない。「好きか、嫌いか」で叩く次元とは、全然、違う。

 #安室奈美恵の自身の公式HPでの引退表明は、ちょうど、齢40の誕生日だったってんだな。ほぼ1年後のデビューと同じ日の「9・18」をもって最後とするってんだが、引退する詳細な理由は、明かしてはおらんのだな。確かに、一時の勢いはないとはいえ、見た限り、落ち目ではなし、まだまだやれそうだわな。「引き際の潔さ」という点では、確かにその通りだが、元々、歌唱力はあるし、踊れるんで、もったいないと、ワシも思う。一部スポーツ紙の報道では、「劣化」と後ろ指さされるのが嫌だったっていうことは、同じエイベックスのあゆに対するあてつけもあるんだろうか。
 しかし、デビュー25年ってんだから、もう、そんなになるのか。倅が来年ハタチってことで、子育ても、事実上、終わったってことだから、今後、余生なのか、第二の人生なのか、とにかく、別の道を歩いていくっていうことなんだな。「齢40」ってことは、おクリに、ともこと同い年なんだな。ただ、安室は自分で曲を作らんから、小室哲哉が事実上の引退状態ということを見ても、魅力ある曲を作ってくれる裏方が、おらなくなったってのも、背景にあるのかもしれない。今、AKB48だの、乃木坂46とか、ホンマ、歌が下手くそで、聴いてて、耳が腐りそうなのが、チヤホヤされておるわな。正直、紅白なんて、観るに耐えれん状況だよな。女優で言うと、絶頂期で引退した原節子がおる一方で、死ぬまで現役だった野際陽子もおって、まさに、人生いろいろだわなあ。

 #それはそうと、カトパン、イチローの去就は、どうなるんだよ? どうもこのままだと、大リーグをクビになりそうな気配だが、とはいえ、見る限り、本人はまだまだ、ヤル気満々ってカンジだわな。もちろん、全盛期のようなプレーは望むべくもないが、でも、ケガとかなさそうだわな。ニッポンに戻ってくるってのは、どうなんだろう。少なくとも、松坂よりは活躍すると思う。BCリーグだったら、全然、モンダイねえし、それこそ、監督兼任で、還暦まで現役を続けて、前人未到の日米通算1万本安打も夢ではない。
 あー、今度の安室の引退表明のウラには、育ての親である平哲夫との確執がありそうなのか。どうも、キレイゴト過ぎるところがあるわな。そういえば、SPEEDもライジングプロだったよな。今、今井絵理子が、不倫で叩かれマクっておるんだが、島袋寛子とニコイチで、ホンマ、歌もダンスもピカ一だったよな。ぬあんで、あんな客寄せパンダとして、自民トウくんだりから、「参」のセンキョに引っ張り出されちゃったんだよ。アレは本人の意思でのうて、「出させられている」んだよな。あんなピュアな歌声を披露しておったのに、全然、真逆の世界であある、肥溜の巣窟の永田町に放り込まれたんぢゃあ、不倫に走るより、逃げ場がなかったんだろうなあ(TT)
 ちゅばきは、突如、その北朝鮮探訪記を再開しとるんだが、前回投稿から、1ヵ月以上も間が空いておってだな、読者的には「えっ、いったい、何?」だわなあ。中国からの国境を越えた途端、いきなり、スマホの電波が圏外になって、その北朝鮮側には、ニッポン語ペラペラの通訳が待ってて、スタンバイしておってくれておったってんだが、ちゃんと、最後まで、このハナシを完結させてくれるんだろうな。既に、取材から3ヵ月以上が経過しておって、ネタとしての鮮度も落ちておるんだから、こういうのは、サクサクと更新してくれんと、困るな。
 あと、知花だが、WFPのHPを見たら、バングラデシュはコックスバザールっていう、ミャンマーとの国境の町に、ロヒンギャ難民が続々と逃れてきておって、食糧支援も始まっておるってんだが、同ニッポン大使として、はよ、現地に乗り込んで、ゲンバを見てこなアカンやないか。とにかく、今、行かんで、いつ、行くんだよ。ついでに、ミャンマーにも乗り込んで、アウン・サン・スーチーのところに行ってだな、「どういうことなんだ?」とハナシを聞いてこい。かつて弾圧された軍ブと一緒になって、今度は、逆に弾圧する側に回るってのは、いったい、どういうことからなのか、きっちり、問い質してこい。インスタグラムを見ると、のうのうと遊んでおるようだよなあ。
 ぬあんだ、ちゅばき、NEWSポストセブンに、「総合設備会社のI社長(齢37)」と付き合おうとるってのを、写真入りでスッパ抜かれておるやないか。その相手ってのは、7年ほど前に、赤坂サカスの出水麻衣との路チューを撮られておったってんだな。付き合いは、4月ぐらいから始まっておったってことで、よくまあ、今まで、シッポを掴まれなかったな。それで、ぶっタマまげて、突然、ブログ更新したんだな。しかし、この10月改編で「夜の顔」に抜擢された矢先に、「ネタを報じる側が、報じられる側になる」とはなあ。ま、とにかく、避妊だけはしっかりやっとくんだぞ(笑)

 #で、仏蘭西はリュクサンブール宮こと、上院議員センキョだが、この「9・24」に第1回投票があって、続々と当選者が決まっておるな。ロワール・エ・シェール県では、バイルんところのモデム所属で、内務ダイジンのオンナのジャクリーヌ・グローってのが、得票率50.58%で、1回目で当選を決めておるってことで、ゾロゾロと出てきておるんだな。今、上院の定数は348かよ、任期6年で、3年ごとに半分ずつ改選するんだよな。ただ、下院ギインや市町村代表らによる間接センキョなんて、盛り上がりには、イマイチ、欠けるわな。
 センキョ区は県単位なんだが、「逆1票の格差」って言うんか、人口の少ない田舎の方に定員を厚くしとるんで、下院とは全然、違う世界だわな。マクロン新党は、どれぐらいギセキに反映するんだろうな。LRのジェラール・ラルシェに、PSのアンドレ・ヴァリニといった重鎮連中が、早々と当選を決めておるってことで、いずれにしても、半分しか改選されんから、マクロン新党が過半数ってのは、あり得んのだな。いずれにしても、リュクサンブール宮とブルボン宮との間では、「ねじれ」が存在しておって、その解消は、どんなに早くても3年後か。あー、だから、マクロンはギカイをいじくり回すみてえなハナシをしておったのか。大統領のカイサンで、すぐクビが切られるブルボン宮とは、空気が違うっていうんか、チョット、間延びしたカンジがするよなあ。
 それで、グローっていう、ま、オバハンだわなあ。ウィキペィアの仏語版で見たんだが、齢66で、01年からリュクサンブール宮に居座って、今回で3選なんだが、相撲取りみてえな体型で、ま、ロワール地方を牛耳っておるオンナ主ってカンジだわな。あのメルケルより、さらにデカそうだよな。ア・ラ・モードで、シックかつ、エレガントな巴里の世界とは真逆だわな。どうも、ブルボン宮とリュクサンブール宮との間には、セーヌ川の河口付近よりも、遥かに広大なギャップが存在してそうだよなあ。
 それで、上院センキョの結果が出て、改選171のうち、LRが150ギセキ超と圧勝で、マクロン新党の共和国進軍は、現有の29ギセキから6つも減らして、23ギセキか。この上院センキョってのは、わかりにくいんだが、投票人約7万6千人の95%が市町村ギインっていう間接センキョで、棄権すると罰金100ユーロ(約1万3千円)が科せられるってんだな。センキョ区は県単位で、定数5以上は比例代表だが、それ以下は、2回投票制で、でも、当日中にヤルらしいんで、それで、すぐ結果が出たようなんだな。ただ、このブルボン宮ってのは、以前から、「田舎の市町村の利益代表」ってことが言われ、「保守性が強い」っていう指摘は、前々からなんだよな。だから、巴里のような大都会や、若者の声がビビッドに反映されんっていうんか、元々、「元老院」と称しておるように、「重鎮」とは聞こえがエエが、要は「田舎のジイサン、バアサンどもの寄せ集め」ってことなんだな、実態は。
 2院制の仏蘭西において、優越性があるのは、下院のブルボン宮であり、上院のリュクサンブール宮が、ホウアンの成立を完全に阻止する力はないものの、「ホウアンは上下両院が同一の文言で採択しなければならない」ため、「あーでもない、こうでもない」と、文句をつけて、時間を稼ぐことはデキるんだな。その場合、上下両院合同のイイン会で討議し、まとまらん場合は下院のブルボン宮が最終的なギケツを行うってんだが、そもそも、リュクサンブール宮ってのは、党派にカンケイなく、「爺&婆の巣窟」だから、あんなマクロンみてえな洟垂れ小僧が、ブイブイと言わせておること自体、面白くねえよなあ。ましてや、「定数削減バナシ」にかこつけて、マクロンは上院のリストラを狙っておったんで、余計、「あのクソガキめ!」と思っておるよなあ(笑)

 #それで、ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」で、武田千秋さんという陶芸作家の「うつわ展」が開催中ということで、ちょっくらと覗いてきた。
 この武田さんというは、女性で、山形在住とのこと。徳チャンが目白台でお店を開いていた時代からの付き合いだというから、だいぶ長い。ワシは「ブンヤ」という仕事柄、アレコレと穿り出して聞くのが習い性となっているため、一般人では聞きづらいことも、ビシバシと突っ込むんだが、この武田さんは、今、40代半ばで、ここんところ、出産と子育てで仕事からは遠ざかっていたところ、それもひと段落ついたということで、創作活動に復帰して、その力作が披露されている。
 それで、徳チャンのストライクゾーンというのは、決まっているんだが、今回も、それを外していない個展で、この武田さんのうつわも、見てて飽きないっていうんか、使うごとに手に馴染んでくるっていうんかいなあ。かたちも色合いも落ち着いてて、この先、「一生の友」として、傍に置いて、使い込んでいけるものだね。マグカップに小鉢、箸たて、皿と、日常生活で使うものだが、置物として、飾っておいてもOKなんだね。
 今回、いろいろと喋ったなかで、徳チャンは本づくりにも、これまで関わっていて、この春先に刊行された、小林真理編『漆芸の見かた 日本伝統の名品がひと目でわかる』(誠文堂新光社)で、取材・執筆を担当してて、そうした話も聞けて、面白かった。この小林さんってのは「ドローイング」という、独特の絵画技法を駆使する作家で、ギャラリーKAIでも個展を開いてて、ワシが行ったとき、小林さん本人もおられたんで、直接、いろいろと喋ったことはあるんだが、その編著者である小林さんもさることながら、徳チャンも「漆大好き人間」で、この本は、そのこだわりがいっぱいに詰まっている。オールカラーで、ワシから見れば、まさに、美術書の世界だ。漆も奥が深いんだが、全国に点在しているその漆職人を手分けして訪ね歩いて、その秘伝を聞き出して、文章にしたものだ。漆は専門用語が独特で、常用漢字表にない難読字がバンバンと出てきて、文中、すべてルビが振ってあるんだが、徳チャン曰く、「校正作業が本当に大変で、間違えられないから、職人さんに確認を取って、それで神経使って、エネルギー消耗して、山手線の電車に乗る気力も湧いてこないくらいだったわ」とは言いつつも、「でも、本当に楽しい仕事だったわ」と満足そうだった。
 あと、コレはギャラリーKAIのブログでも紹介されているのだが、徳チャンが以前、京都は右京区花園に禅宗は臨済宗の大本山・妙心寺の敷地内にある、「塔頭(たっちゅう)」といって、草庵のような寺が40ヵ所以上もあるんだが、中でも有名な「東林院」の住職をしている「西川玄房」という人が手がける精進料理のレシピ本作りに、カノジョも参加しておって、それをまとめた『禅寺のおばんざい』『同 四季の膳』『同 和座季楽』(いずれも女子栄養大学出版部より刊行)の「おばんざい三部作」も、今回、一緒に展示してあって、ワシは初めて観たのだが、コイツはスンゴイ作品だ。
 徳チャンはこの本で、「うつわの手配」を担当しておって、当時はまだ、目白台でお店を開いておったんだが、今回、特別展の武田千秋さんの作品も使っていたということで、急遽、展示したのだそうだ。ひとことで言えば、料理ってのは、「うつわ」次第で、いかようにも映える。こっちもオールカラーで、確かにレシピ本ではあるのだが、アートとしての鑑賞に堪えるだけのレベルに達しておる。ワシはフレンチでも痛感しておったのだが、料理ってのは、「見た目の美しさ」ってのは、間違いなく、「美味しさ」に直結している。見ればわかるが、本当にこの本を仕上げるのに、とてつもない手間がかかっていて、そうした「うつわたち」を京都まで運び込んで、、写真撮影のコーディネイトに参加するってのは、本当に大変だったようだ。1度、そうしたうつわたちの梱包作業に時間がかかり、最終の新幹線に乗り遅れてしまったことがあったとのことで、でも、それだけの苦労を重ねただけの作品に仕上がっている。「徳チャン、コレはいい仕事をしたね」と、ワシは労いの言葉をかけてあげたのだ。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #フランスの女流作家で、イチバン近さを感じているとすれば、やはり、デュラスになるだろうか。
 ボーヴォワールもサガンも、決して嫌いではないけれど、でも、デュラスと比べると、まさに「琴線に触れる」とでも言うのだろうか。心の奥底に入り込んでくるような何かは、ない。サルトルと一緒に、エコール・ノルマル・シュペリユールを出たボーヴォワールは、あのインテリ臭さが鼻につくし、サガンは、チョット、トリッキーだし。
 「デュラスに近さを感じる」という一つに、大学の学部の専門課程は仏文専攻と決めて、2年になって三田に行ったとき、原典講読の授業の先生が、デュラスの翻訳では第一人者の田中倫郎だったことがあるかもしれない。確か、田中先生は、非常勤講師の身分だったと思うが、そうやって生活の糧を稼いでいたのかもしれない。仏文科の学生だったから、田中先生がデュラスの翻訳を手がけていたことぐらいは、知っていた。でも、授業で使ったテキストは『不思議の国のアリス』の仏訳版で、全然つまらなかった。当時も今も、「デュラスの作品を使えばよかったのに」と思う。授業でデュラスのことについて話すことは、全くなく、だから、今でも覚えているのは、テキストで使われていた「bel et bien(本当に、全く、まさに)」という成句ぐらいのものだ。
 三田に行って、フランス人の教師が担当していた、別の原典講読の授業で、デュラスの『ジブラルタルの船乗り』を読まされたことがあったが、サワリのところをコピーしただけの、ほんのごく一部分だった。それで言えば、「読んだ」といううちには入らない。ただ、デュラスの代表作で、ベストセラーにもなった『ラマン(愛人)』が発売になったのが、ちょうどその頃で、生協の本屋にも原書が入っていたので、思わず買ってしまったものだ。「1960円」(定価49フラン)の値札が今でも貼ってあるが、おいそれと手に入るものではないし、ワシの大切なコレクションになっている。デュラスの文章は、シンプルで読みやすい。短い文をせつせつと重ねていって、描いている。
 じつを言うと、ワシはそんなにデュラスの作品を読んでいるわけではない。原書で持っているのは、この『ラマン(L’AMANT)』と、以前、パリに行ったとき、偶然買った『ヒロシマ、モナムール(Hiroshima Mon Amour)』の2冊だけだ。『ヒロシマ、モナムール』は、60年近くも前に、アラン・レネによって映画化された『二十四時間の情事』(邦題)のシナリオだ。じつは、アラン・レネは当初、サガンに台本を書かせようと、どうもアポまで取ったらしいが、サガンがスッポかしたのだそうだ。で、その後釜にボーヴォワールにしようと考えていたところ、結局、デュラスになったらしい。でも、ボーヴォーワールの台本なんてイメージが浮かばないし、ましてや、サガンだったら、どんな内容になっていたのだろう。おそらく、基本的なプロットはアラン・レネが指示していたとしても、出来上がってくる作品は、全く別物になっていたと思うのだ。
 しかし、戦争で深い傷跡を負った日本人の男とフランス人の女が、ヒロシマで一晩を共にし、一緒に枕を並べながら延々と続く寝物語は、何度読み返しても、哀しく、せつない。オトコは被爆者だが、オンナは「ヌヴェール」っていう、ロワール川のだいぶ上流の方だが、フランス中部の町の生まれで、そこで、ドイツ人の将校と恋仲になったものの、戦争が終わって離れ離れになると、周りからはその咎で、いわれのない仕打ちを受けておったんだよな。シナリオでは、「Elle(彼女)」に「Lui(彼)」と名前を敢えて与えず、「名無し」にしておるところが、オモロイ。だから、オトコが「そうか、君の名前はヌヴェールなんだね」って言うんだよな。んで、それに対するオンナの返しが、「そう。だから、ヒロシマって、あなたの名前なの」で、このセリフが最後の締めになっておる。
 デュラスは晩年、トルゥーヴィルっていう、ノルマンディーの有名な避暑地であるドゥーヴィルのすぐ隣町に、セカンドハウスを確保して、そっちの方で過ごしたようだが、ファンだったという38歳も年下の男と同棲していたというのは、有名な話。だから、この男性がデュラスの最期を看取っておるんだよな。それで言うと、フランスってのは、このテの「歳の差婚」というのは、さほど大騒ぎするほどのことでも、ないのかもしれん。

 #それで、この「6・18」に第2回投票のあった仏蘭西の総センキョ(定数577)だが、まずは、投票率だが、約43%と、第5共和政史上最低を更新したようだが、下馬評で「マクロン新党圧勝」が、「これでもか」と流されておったんで、有権者がシラけたんだろうなあ。大統領センキョでマクロンを当選させたことで、「祭りは終わった」っていうところなんかいなあ。でも、ゲンバにおらんと、空気はわからんから、ホンマ、時間があったら、取材に行きたかったな。
 各党の獲得ギセキだが、マクロン新党etcが350、LRetcが137、PSetcが44、んで、メランション新党の「服従しないフランス」が17、共産10、FN8かあ。事前の世論チョーさだと、「マクロン新党、400超の勢い」と飛ばしマクっておった割には、落ち着くところに落ち着いたってカンジだわな。だって、02年の「ルペンの変」を制し、再選を決めたシラクの下であった時間差ダブルんときは、当時のRPR改めUMPのシラク与党が355ギセキで、UDFといった右寄りの勢力と合わせたら、計398ギセキを獲得しておったのと比べれば、「大統領当選」の勢いを駆っての時間差ダブル選なんだから、こんなもんだろう。ま、400ギセキを超えたら、「うわっ!」だったが、そこらあたり、フランス人も常識感覚があるんで、「マクロン新党に勝たせ過ぎてはアカン」という逆バネが働いた部分はあると思う。あと、その「圧勝予測」の世論チョーさで、マクロン新党陣営も、緩みが出たと思う。
 むしろ、メランション新党の17ギセキは健闘といっていいだろう。だって、今回、大統領センキョで第2回投票に進出したマリーヌんところのFNを上回ったんだからな。とにかく、健全野党は必要。しかし、ミッテランが左派勢力を糾合して立ち上げたPSが、ココまで壊滅的な敗北を喫するとはなあ。だから、マクロン新党に全部、持って行かれたよな。

 #「上」の続きで、既にケンサツ当局から予備的ソーサの通告を受けておったっていう国土ダイジンのリシャール・フェランに、あと、バイルんところのモデム所属で、国防ダイジンに抜擢されておった元EU議会ギインのシルビー・グラールも、EUギカイの公金を仏蘭西国内での職員に流しておったってことで、コイツもまた予備的ソーサの対象になったってことで、この2人がダイジンを辞任かよ。ただ、このテの公金流用バナシってのは、シラクが巴里市役所のカネをRPRに流したことで、最終的に猿に刺されるカタチで有罪ハンケツを食らっておったんだが、こんなもん、穿り出していったら、みんなヤッてそうだよなあ。ただ、フィヨンの場合は、「金額」が多過ぎたよな。
 仏蘭西は「favoritisme(ファヴォリティスム)」っていう、直訳すると「えこひいき」だが、要するに「公私混同罪」、すなわち、「不当な優遇供与罪」ってのがあって、ニッポンに比べたら、キビシイよな。サンズイと違うて、「金品の授受」がなくても成立するってんだな。フェランだって、ニッポンだったら、刑法の競争入札妨害罪なんだが、既に公訴の時効に達しておるんで、ギリギリ、セーフなんだよな。しかし、ケンサツ当局も、新セー権に対して、妙にキビシイわな。ま、カナール・アンシェネとかがスッパ抜いておるんで、動かざるを得ないブブンもあるんだろう。
 しかし、それを言ったら、IOCイインだったディアグ親子による、「東京五輪開催の票のとりまとめ」のサンズイの捜査は、どうなっておるんだろうなあ。電通から、ニッポン円換算で2億円超のカネが供与されておるにもかかわらず、その後、ウントモスントモだよなあ。せっかく、セー権交代したんだから、司法ダイジンのバイルはケツを叩いて、はよ、刑事ソツイに持って行かせんとだわなあ。贈賄側の電通の連中含めて、まとめて身柄を取ってだな、仏蘭西本国でムショに放り込んで、臭い飯を食わせろってんだよな。いいか、ワシが「エエ」と言っとるんだから、遠慮は要らん!

 #オランドの元嫁ハンで、ちょうど10年前に、猿と大統領センキョを戦ったセゴレーヌだが、「Segolene Royal ne comte pas s’impliquer dans la reconstruction du PS.(セゴレーヌ・ロワイヤルは、PSの再建に関わるツモリはない)」かあ。しかし、この血も涙もない冷たさってのは、いったい、何なんだろうなあ。実の父親とされるミッテランが、ドゴールの第5共和政下でバラバラになっておった左派勢力を糾合して「Parti Socialiste(社会主義者の党)」を立ち上げたことで、天下を取るまでに至り、「欧州における社会主義の発展」に、まさに粉骨砕身取り組んできたんだよな。
 オランドだって、本来であれば、現職なんだから、「再選出馬」を目指して当然なんだが、「支持率低迷」の報を聞くや、敵前逃亡をして、今はどこで何をしておるのやら、だわなあ。ドゴールがそうだったし、ミッテラン、シラクもそうだが、やっぱり、「叩き上げ」ってのは、一度や二度、負けたところで、諦めないっていうんか、恐るべき、凄まじいまでの執念だわなあ。「それ」を知っておるんで、ジョスパンといい、今回のオランド、それで、セゴレーヌもそうだが、ENAってのはひ弱の極みだわな(シラクはENA出身だが、あんまり、ENAっていうカンジがしない)。
 それで言うと、まだ、猿は叩き上げだったよな。ワシは猿の路線とか、政治スタンスは批判、否定するだけだったが、でも、猿のケンリョクに対する執念は凄かった。恫喝も駆使するし、カネにもキレイでないのはわかっておるんだが、あのマフィアの親分そのもののオーラは、スゴかったよなあ。確かにENA出身ってのは、演説は上手いし、キレイゴトだけはご立派だが、でも、それだけよな。その点、猿は「悪党の極み」で、デタラメもやりたい放題だったが、でも、オモロかったよなあ。叩き甲斐があった(笑)
 えっ、司法ダイジンのバイルは、モデム所属の国防ダイジンだったグラールが公金流用ギワクでソーサ対象になったことのセキニンを取って、辞表を出すのかよ。しかし、総センキョで、いちおう、有権者の信任を得たってのに、わかりにくい。これを受けて、マクロンはナイカク改造に踏み切るってんだが、ワシに言わせれば、バイルんところのモデムを、ちゃんと抱き込むかどうかが、「セー権の安定度を見極めるキモ」だ。なぜなら、今回、バイルが「マクロン支持」を表明しないで、もし、大統領センキョに出ておれば、票が割れて、フィヨンが第2回投票にマリーヌと一緒に駒を進めておった。であれば、フィヨンがエリゼ宮の主になってて、この総センキョでもLRが300ギセキ超を獲得しておる。政局の帰趨なんてのは、一瞬で決まる。オランドのPSセー権が安定しなかったのは、「オランド当選」の最大功労者だったメランションを抱き込まずに、逆に切り捨てたことにあると思う。

 #「上」の続きだが、バイルの後任の司法ダイジンってのは、「ニコル・ベルベ(齢62)」っていうオバハンっていうか、写真を見た限りでは老けて見えるんだが、ファビウスを座長とし、終身任期のジスカールデスタンを含む憲法評議会(10人)のうちの1人なんだな。
 それで、この司法ダイジン交代のドサクサに紛れて、おととし(15年)11月の劇場&レストランetcの襲撃ジケン以来、今なお発令中の非常事態宣言(l’etat d’urgence)だが、また、延長の手続きが取られて、この「11・1」まで延ばされたってんだな。コイツとニコイチで、ソーサ権限強化のテロ対策ホウアンを閣議ケッテイしたってことで、この成立と引き換えに、「非常事態宣言の解除も」っていうハナシなのかよ。
 っていうかさ、そもそも、この非常事態宣言ってのは、「最大12日間」が限度なんだよな。それを何度も更新し続けて、今回、オランドから引き継いだマクロンになっても、相変わらずなんだな。しかし、こんなもん、いつまでダラダラとシッコーしておるんだよ。あくまでも、「例外規定」なんだから、非常時が終わって、日常に戻ったら、解除せなアカンわな。こんなもんを、いまだにヤッておるからこそ、観光客も遠のいて、閑古鳥がピャーピャーと鳴いておるぢゃないか。
 それと、このテロ対策ホウアンってのは、いったい、どういう中身なんだよ? まさか、「仏蘭西の凶暴罪ホウアン」ってことで、超トンデモってことは、ねえのかよ。管轄の担当ダイジンであるバイルが、このタイミングで辞任したことと合わせて、妙に臭いわな。そういえば、「テロ対策」と称して、国籍剥脱を盛り込んだ憲法いじくり回しで、担当だった司法ダイジンのトビラが、ブルボン宮での審議入りを前に、このホウアンに猛抗議して辞任したよな。「それ」と酷似したハナシってことは、ねえのかよ。コイツは、結局、成立できずに、オランド凋落の決定打になったんだが、そもそも、マクロンはセンキョ戦で、このテの「テロ対策ホウの早期制定」ってのは、公約としてジャンジャンと訴えておったのかよ? そこらあたりも含めて、コイツは臭いな。

 #それで、独逸だが、この「6・22」に、連邦ギカイ(下院)で、「スマホの通信アプリにウィルスを勝手に感染させ、ハッキングすることで、データを盗み見できる」っていうホウアンが可決されたってんだな。コレまで通話やSNSのやりとりについては、盗聴(盗み見)し放題だったんだが、通信内容を暗号化するアプリについてはNGだったんで、そういうことも含めて、諸々、ソーサ当局がスマホを盗み見デキるってんだな。
 で、スンゴイのは「テロ対策に必要」と言いながら、テロとは到底、無関係な脱税やスポーツの八百長、虚偽の難民申請についても対象に含めておるってのと、あと、このホウアンってのは、全く別のホウアンの後に、こっそりと追加するカタチでギカイに出してきたってんだな。要するに、「だまし討ち」もエエところで、ほとんどマトモな議論もなされず、キリスト教民主同盟&社民党の大連立によって、ピャーッと通過したってんだな。だから、ほとんどアタマ数のない野党の緑の党は「コクミン総監視だ」と猛反発しておって、弁護士連盟も「汚い手口を使いやがって」と批判しておるってんだな。
 しかしさ、このテのド腐れホウアンを通すにあたっての掟破りっていうんか、奇策の極みってのは、ニッポンだけぢゃねえんだな。連中的にも、疚しいところがありマクリンスキーなんで、こういう姑息な手口を駆使するんだな。でも、独逸は「健全野党」が存在せんってのは、大変だな。そもそも、大連立なんてのは、非常事態宣言と同じで、緊急避難的なソチだわな。たぶん、今の独逸ってのは、セー権批判できるのは、緑の党と左派党ぐらいのもんかよ。いやあ、「ナチス・ヒットラーはけしからん」とか抜かしておる足元で、コレだからなあ。今や、メルケルは「女ヒットラー」そのものぢゃないか!

 #あと、仏東部のブザンソンを舞台にした筑波大生の黒崎愛海サン(齢21)の失踪&殺害ジケンなんだが、ソーサ当局は、サツジンetcの戒名で元交際相手のチリ人のニコラス・セペダ・コントラレス(齢26)のタイホ状を取り、国際指名手配したんだが、本人が帰国しておるチリ当局はのらりくらりと、まさに「暖簾に腕押し」で、全然、身柄を差し出すツモリはねえみてえだよな。
 ジケンの発生は、去年の「12・4」で、その留学先のブザンソンで、ニコラスは愛海サンと夕飯を一緒に食っておって、「その後」、プツリと足取りが消えておるんだよな。このニコラスの野郎が、ジケンと無関係なんて、太陽が西から昇るがごとく、あり得んハナシだよな。仏蘭西の身柄引き渡し要求に、チリの最高サイバン所は「証拠不十分」を理由に、却下し、ホルへ・ダームとかいう判事は、この2月に2ヶ月間の予定で、ニコラスに「出国禁止」のソチを取っておったってんだな。いずれにしても、再度、補充証拠をもとに、引き渡し要請があれば、最高サイで公開審理が開かれ、3ヵ月以内に結論を出すってんだな。
 こんなふうに逃亡しておることも含めて、あくまで、ニッポンでの刑訴法の感覚だが、こんなもん、ザイタク、すなわち、任意捜査では無理だわな。身柄取って、少し叩かんことには、うたわん。とにかく、どこかに愛海サンを捨てておるんだから、まずは「死体遺棄罪」で固めてから、本件での「サツジン罪」ってことになる。ニッポンだと、2回タイホして、1ヵ月半、ブタ箱に放り込んで、ぎっちりと取り調べることになる。「テロ対策」と称して、得体の知れんホウアンをブルボン宮に出して、通すより、何よりもまず、「検挙こそ、最大の防犯なり」だ。こんなやって、ハンザイやりマクっても、外国に逃亡すりゃ、オシマイってことになりゃ、テロリストだって、ナメきるに決まっておるよな。こんな子供でもわかるようなことが、わからんのかよ?

 #グザビエ・ベルトランが、ジュルナル・ドゥ・ディマンシュに顔出しで喋ったところでは、「LRはまだ猿が院政を敷いておる」ってことで、「LRの党首になるツモリはない」かあ。しかし、猿は「引退表明」をしたという割には、まだ、枯れてねえのかよ。今回、フィヨンの公費流用ギワクで捜査対象になったことを受け、「ジュペに差し替えたら、どうか」というハナシもあったんだが、どうも、猿が潰したってんだよな。
 ただ、ベルトランは、去年(16年)の1月に下院ギインを退いて、北部のエーヌ、ノール、オワーズ、パ・ドゥ・カレー、ソームの5県からなるオー・ドゥ・フランス地域圏の議長に転出しておるんだな。下院のセンキョ区はエーヌ県2区なんだが、同じLRのジュリアン・ディーヴってのに譲っておるんだな(この6月の総センキョで再選)。猿に負けた後のセゴレーヌなんかもそうだったが、半分リタイアして、地元のこの地域圏ギカイに引っ込んだってカンジだったよな。
 で、ウィキぺィアで見て、スンゴイと思ったのは、同地域圏ギカイ(定数170)だが、LR75、UDI&Modem41、FN51、その他極右3と、左派が1ギセキも存在しとらんのだよな。そういえば、ココはマリーヌのセンキョ区でもあったよな。しかし、北部ってのは、右派っていうか、FNがぬあんで、こんなに強いんだよ? しかし、それでいて、下院とかで、依然として、共産党がギセキを持っておるところもあるし、ま、「地域性」ってことだろうが、仏蘭西ってのも、イマイチ、ワケがわかんねえところがあるよなあ。だから、仏蘭西の地域圏ギカイってのは、ニッポンで言う都道府県ギカイで、亜米利加だと、州ギカイってところかあ。
 あの仏蘭西のワケがわかんねえのは、「兼職OK」ってところだわな。ただ、今回の下院センキョから、自治体の首長と下院ギインとの兼職はNGになったってんだが、今回、司法ダイジンを辞めたバイルだが、ポー市長を兼任しとって、また、ポー市長専任に戻ったってことだよな。そういえば、シラクも首相になっても、パリ市長は兼任のままだったよな。あのへんが、ニッポン人からすると、理解を範疇を超えておるよな。猿もヌイイ市長に戻るんかよ。ベルトランは、出身はシャンパーニュで、ランス大学で政治学を専攻し、10代からRPRの党員だったのか。その意味では、猿同様、叩き上げで、顔つきを見ても、「非ENA」だよな。

 #FN党首のマリーヌが、既に就いておったEUギカイのギイン時代に貰うておったカネを、要は「目的外流用」かよ、党に入れておったってことで、担当検事が、サイバン所の予審判事に予審を行うよう指示したってのか。コレを受けて、予審判事はケーサツを指揮して、予審に入るってんだが、この仏蘭西の予審制度ってのも、ニッポンの戦前の「それ」とも少し違っておって、わかりにくいよな。だから、予審の対象になるのは、禁固10年以上の重大ジケンだが、「予審開始=刑事訴追ケッテイ」とも違うのか。そういえば、だいぶ前だが、猿に関するカネ絡みのハナシも、予審判事がソーサにあたっておったが、タイホもされたが、結局、ウヤムヤで終わったよな。あと、フィヨンもソーサ対象となっておったんだが、その後、どうなったんだろうなあ。
 しかし、このテの「目的外流用」を穿り出したら、仏蘭西は腐るほど出てくるよな。そもそも、シラクがパリ市長時代、助役のジュぺに指示して、市のカネをRPRに流し込んでおったってのも、ま、同じようなハナシだわな。1つには、何てんだろう。そもそも、支給する側の「チェックの甘さ」ってのは、ねえのかよ? 要は、こっちのニッポンの地方ギカイでいうところの「政務チョーさ費(現・政活費)」であり、国怪における「文書通信費」だわなあ。領収書不要の掴みガネで、だから、予算シッコーにあたって、最初から丸々出すんでのうて、「実費精算」っていうカタチで、領収書を持ってこさせて、それから支払うとかすれば、また、違うと思うんだよな。
 あと、思うのは、例の非常事態宣言を、11月で引き上げるのとニコイチで、やろうとしておるっていう、あの得体の知れん「テロ対策ホウアン」だわなあ。中身が全然、見えてこんのだが、隣りの独逸みてえに、総センキョ直前に、大連立っていうか、大政翼賛怪で抜き打ちサイケツした、ウイルスをスマホに送りつけて、盗聴OKのトンデモ法案みてえに、何かあると思うな。だから、このホウアンに反対しそうな野党ギインを、今のうちから、こうやって恫喝し倒すっていう、司法ショウと内務ショウの合作の可能性だよなあ。臭いよな(笑)
 うわっ、ブノワ・アモンがPS離党を宣言かあ。いよいよ、PSもブッ壊れマクっておるんだが、その張本人であるオランドは、今、どこで何をしとるんだよ? ダラダラと非常事態宣言を引き延ばして、それをマクロンが引き継いでおるよな。マクロンはチアン対策については、ウントモスントモなんだが、足元をシビアに見る必要がある。レクスプレスをはじめとして、まだ、100日経っておらんから、ハネムーン期間っていうか、マクロンのケツを持ち上げマクっておるよなあ。
 それを言うなら、ヨミから産経に転職した三井美奈もそうかあ。でも、10年前、巴里駐在でおった山口昌子の「猿のケツ持ちぶり」は、スンゴかったからなあ。それに比べたら、まだ、カワイイもんだ。外信ブ編集イインはわかったんだが、2ヵ月に1本しか原稿を書いておらんで、ったく、「サラリーマンは、気楽な稼業と来たもんだぁ」(by植木等)の世界だよな。あのペースでも、給料は安くなったとはいえ、決してクビにはならんのだが、でも、五十路突入なんだから、人生の勝負を賭けるってことをせんと、「どこにでも掃いて捨てるほどおる、勤め人記者」で終わってしもうよなあ。それで言うと、「書く」ってことに、あんまりこだわりはねえんだろうな。

 #それで、仏蘭西のチアン当局は、この「7・14」の巴里祭こと、カクメイ記念パレードに向けて、「マクロン坊やの暗殺」を企てておったとして、巴里郊外に住む、極右思想にかぶれた齢23の男を、テロ未遂の戒名で身柄を取ったってんだな。去年、宗教差別ってことは、イスラム侮辱かよ、それで禁固刑を食らっておって、「6・28」のガサ入れでは、PCや刃物を押収したってことで、マスコミは大々的に書き飛ばしておるんだな。
 でも、この直後に、マクロン坊やは、上下両院のギインをベルサイユに集めて、「テロ対策ホウアンをこしらえる」と演説をブッたってんだが、「いかにも」っていうか、チョー臭いよな。早いハナシが、「坊やの暗殺計画」について、どこまで具体性があったのか、だ。ニッポンでもサツジン予備罪ってあるんだが、それとリンクした銃刀法違反のように、マシンガンとか、拳銃を何丁も隠し持っておったのならともかく、その押収した「刃物」って、いったい、何だよ? ただの包丁か、まさか、カッターナイフに毛が生えた程度のものぢゃねえわな。「実弾を装填したチャカ」が出てこんのに、身柄を取ったんであれば、「言われなき不当タイホ」と批判されても、文句が言えんわな。しかし、セー権発足直後で、ナンボ、坊やに対する支持率が高いとはいえ、おかしい。マリーヌ狙い打ちと、リンクしておると思うな。
 しかし、そのテロ対策ホウアンの中身ってのは、全然、オモテに出てこんよな。ワシの見立てでは、チアン当局ってのは、司法ショウに内務ショウだが、ホウアンを通すべく、サル芝居を打ったってことは、ねえんかよ。要するに、マクロン坊やがどこまで腹が座っておるか、連中も足元を見てると思う。坊やはビビリマクって、ションベンをチビって、「テロ対策ホウアンは、絶対必要!」とワーワー喚いておるってことは、ねえのかよ? もし、ワシに投票権があったら、今回の大統領センキョは、1回目はメランション、んで、2回目はマクロンに投票しておったと思う。だからと言って、マクロンを猫可愛がりして、盲目的に崇拝するのとは、次元が違う。そういえば、産経の三井美奈も、エリゼ宮で撮影したマクロンの肖像写真を、あーでもない、こうでもないと薀蓄を傾けておったんだが、そんな年増オンナを篭絡するやうな洒落コキに、エネルギーを費やすヒマがあるんだったら、もっと、やるべきことがあるわなあ。

 #知花は、最近、インスタグラムを覗くと、やたら、サンドバックを叩きマクっておるようなんだが、コイツは、いよいよ、ボクサーとしてプロデビューでもするのかよ? と思えば、短歌を詠んでみたりと、イマイチ、腰が据わっておらんのだが、まだ、WFPのニッポン大使っていう肩書があるんだったら、「食糧支援」の名目でシリアに乗り込んで行ってだな、あの安田純平の消息を探って来い。たぶん、まだ生きておると思うんで、どこかルートがあるハズだ。あの安田純平の嫁ハンってのは、「myu」とかいうシンガー・ソング・ライターで、最近の『婦人公論』で顔出しで喋っておったよな。オモテに出しておらん情報もあると思うんで、まず、このmyuってのに会うて、ネタを掃き出させたうえで、WFPの食糧支援ってのは、要は、カネを出すのと同じなんだが、しかし、そこまで生臭くはない。こういう交渉も、オンナ抱くのと同じで、いきなり、本番行為には行けんから、まず、手を握って、チューすることから始めんと、だろう。食糧支援も、どこにブチ込んだら、効果があるんかだな。イスラム県も、ガタが来ておるんで、そこそろ、動きようがある。
 で、カトパンは、その後、婚活見合いの調子は、どうなんだよ? さっさと片付けるか、そうでないんのなら、だいぶ、のんびりしたんで、少しはカラダが動くようになっただろう。だったら、「シリア=安田純平」だな。日テレあたりの特番で、取材費を出させて、カトパンを乗り込ませれば、「数字」が叩き出せるからな。だって、わずか、齢34で、乳がんで亡くなったまおを見ろよ。アレを見て、「他人事」と思ったら、大間違いだぞ。人生は永遠ではない。だから、「今、やらん人間は、この先もずっとやらない」ということだけは、言っておく。
 それで、まおだが、コイツは寿命っていうか、運命、宿命だったんかいなあ。昔から、「美人薄命」とは言うんだが、ホンマ、そうなってしもうたな。ゼロの初代オンナのサブキャスターだったんだが、姉ちゃんのまやの後釜で、恋からの最前列でクソ生意気の極みだったのが、本当に、ついこないだのような気がするんだが、もう、この世におらんのだよな。まおは生前から、「まだ、生きてるんじゃないかと思われたい」と言っておったんだが、全くその通りで、死んだっていうカンジがせんよなあ。とにかく、まおはいろいろと楽しませてくれたんで、それについては、「女子アナおたく」のワシとしては、ココで両手を合わせて、冥福を祈る。
 んー、まおについては、何から喋ったらエエんかいなあ。あの「112日間のママ」もそうだったが、この若い、本来なら、「まだまだ、これから」という時期に、病を得て、命を落とすということもある。親御さんに、姉ちゃんのまやに、ダンナの海老蔵と、家族はそれなりに覚悟はしておっただろうが、ひとりの人間が亡くなるというのは、悲しいのは、当然だ。とにかく、これは時間の経過を待つしかない。まやも毎晩、泣いておると思うが、これはしょうがないで。そういうときは、泣くしかないんで、もし、ワシがカレシだったら、横からそっと、木綿のハンカチを渡すぐらいのことしか、できんわなあ。
 それで、まおの最近のブログを踏まえつつ、思ったのは、「がん告知」も、以前といっても、四半世紀前までは「病名告知」だったんだが、今は、それは当然で、「余命告知」になっておるんだよな。ただ、この「余命」ってのも、傍から見ると、まさに「雲を掴むようなハナシ」で、例えば、「余命半年」と告知されたとしても、「それでは、半年後に、アナタは必ず死にます」とも違うってんだよな。まおは、最期は、退院して、自宅で息を引き取ったんだが、その退院にあたって、まお本人には、「それ」について、どう伝えられておったんだろうなあ。あのブログを読む限りでは、まおは、最後まで「治癒の可能性」を信じておったっていうふうに思えるんだが。主治医は、ダンナの海老蔵には、詳細を伝えてはおるんだろうが、そこらあたり、どうだったんだろう。無論、敢えて、オモテに出す必要もないと思うが、そこらあたり、「余命告知」ってのは、難しいと思う。特に、まおみたいに若い場合は。あの年齢だったら、「治癒による全快の可能性」に賭けるってのは、当然だからな。
 それと、この余命告知にあたっては、「伝え方」っていうのあるんだと思う。タイミングであり、言い方であり、情報の出し方であったり、機械的に情報を伝えるというのではなく、そこらあたり、繊細で、機微な事柄を、いかに上手く伝えるのか、だわなあ。そこらあたり、巷の医者の中には、デリカシーがないってのもいるんだよな。確か、川島なお美のダンナが、そんなことを言っておったよな。だから、そういう状況があるんで、怪しげな民間療法が幅を利かせておるところはあると思う。昔から、「医は仁術」と言うが、そこらあたりのトータルな人間力ってのは、大事だわな。ま、もっとも、それは医療に限ったことではないんだが。
 あと、「麻耶ママ」だが、コレまでは妹の介護もあったし、その流れの中で、「母親代わり」というのも理があったと思うんだが、こういう状況になった以上、今後は自然なカタチで距離を置くというのは、大事だ。ま、この時点で、こういう仮定もじつにヘンなんだが、もし、海老蔵と相思相愛というのであれば、再婚でも何でもすればエエが、そうでないのなら、健全な距離を保つというのは、大事だ。もっとも、しばらく、それどころではないだろうが、「これからの自分の人生」も、考える時期だろう。婚活に走るもよし、まずは、焦らず、とにかく、今は、わが愛しき妹のことを思って、冥福を祈ることだろうなあ。同じ中越の生まれなんだが、小千谷はいいところだ。「小さな千もの谷からなる」との名のとおり、あの信濃川の河岸段丘に縁取られ、そして、緑の山並みに囲まれて、ワシは小千谷の町は大好きだ。

 #で、シリア北部で消息を絶った安田純平だが、まだ、殺されてはおらず、生きておると思う。だって、大事な「カネづる」だからな。それで、安田を拘束しとるのはヌスラ戦線ってことになっておるんだが、間に、要は「誘拐ビジネス」だろうが、そういうブローカー連中も入り込んで、ワサワサと蠢いておるんだろうなあ。ただ、イスラム県が、だいぶガタが来ておるんで、いよいよ、動かしよう、動きようがあると思う。だから、ワシ的には、「WFPによる食糧支援」のカードってのは、使いようがあると思うんだな。連中もメンツがあるんで、「クレクレ蛸ら!」であることをカミングアウトできんからな。だから、WFPによる食糧支援のウラにカネを潜り込ませれば、波風も立たずに、上手いこと転がり出すと思うんだがな。
 ただ、WFPニッポン大使の知花も、アレはどこまで腹が座っておるんだろうな。突っ張っておるフリはしておるんだが、「ぢゃあ、ヤルかよ」っていうハナシになったら、ションベンをチビって、「あーでもない、こうでもない」とウダウダと文句を垂れて、敵前逃亡しそうだよなあ。それで言うなら、まやはどうだよ? まやも、そういえば、赤坂サカスTVの夕方のニュースを、後藤謙次と一緒に始めたものの、確か1年で打ち切られたよな。視聴者的には「さあ、これから」っていう時期だったよな。であれば、まやに声をかけて、シリアに入ってもらうかよ。山本美香の場合は、無防備だったからタマを取られたが、ヘルメット被って、防弾チョッキを纏えば、命は保証できるよな。だって、妹のまおが、ああいう形で命を落としておるんだから、それを思えば、怖いもんなんて、ねえよなあ。
 まおの闘病ブログにハナシを戻すと、もちろん、あの中で語られていない部分もあるが、ざーっと読んだ限りでは、かなり赤裸々に綴っておるよな。時々、アメーバ限定でも発信しておったんだが、あれはディープだった。そうで言うと、一般公開の投稿がオモテであるとするなら、アメーバ限定の方は、まさに、ウラだったよな。思うに、公開投稿のブログでは、勢いっぱい元気な自分を見せておったのだと思う。写真は、すっぴんの顔ばかりだったが、それでも、華がある。しかし、ホンマ、死んだとは思えんよな。大げさな物言いかもしれんが、この世に生れ落ちて、今、生きておるというのは奇跡に等しいよな。だから、一瞬、一秒、一日たりも無駄にすることなく、勢いっぱい、生き抜くしかねえよなあ。人生とは、そうした一歩一歩の積み重ねだ。姉ちゃんのまやも、そう思っておるよな?

 #塀の中に放り込まれながらも、ノーベル平和賞を受賞した中国の人権活動家の劉暁波が、ガンで死去したんだが、それと抱き合わせで、中国における人権活動家に対する、過酷な弾圧の実態を、ニュース23がOAしておったな。10時間以上も立たせたまま尋問させたりとか、とにかく、スンゴイんだが、今、メインの星浩は夏休みかよ、サブの雨宮塔子がメイン代行なんだが、コイツは、数秒でエエんで、最後の締めのコメントが要るわな。「それ」が出てこないってのは、要は、「代わりはナンボでもおる」ってことで、オンナであれば、誰でもエエっていうハナシだわな。雨宮は、だいぶ、化粧が薄くなったが、でも、まだまだだよな。
 あと、ユアタイムの市川紗椰が、例の準強姦ジケンの被害者である詩織サンにハナシを聞いておったんだが、しかし、加害者のアベの腰巾着で、元TBS政治ブ(&DC支局ちょー)の「山口敬之のおやぢ」を顔伏せにして、匿名報道にしとるってのは、ある意味、欺瞞の極みだわな。だって、今回のジケンは、加害者がこの山口であるってのが、「ニュースそのもの」なんだからな。TVのコメンテーターとして、さんざん出マクっておって、まさしく、「大公人」だわな。匿名にする必然性は、どこにもない。詩織サン、頭の髪の毛のボリュームが少ないっていうか、薄かったんだが、おそらく、ストレスで髪の毛が抜けたんだろうな。そういう意味で、「映像の持つ力」ってのは、活字とはまた別のブブンで、インパクトがある。

 #久しぶりに、ザ・仏文絡みのハナシだが、この3連休の中日の日曜日(=7・16)のお昼過ぎから、JR新橋駅西口から降りてすぐの、SL広場に面したニュー新橋ビル3Fにある、レンタルスペースで上映されたドキュメンタリー『永井先生 サルトルを語る』の上映会があったんで、観に行ってきた。
 この「永井先生」とは、慶応義塾大学文学部仏文学専攻の教授だった永井旦先生で、ワシが3年んときのゼミの担当教授だ。少し補足すると、当時の仏文は、3年と4年のゼミは別で、3年次のゼミは若手・中堅組が持ち、卒論の4年次のゼミは、定年も近い大御所教授が担当するという図式だった。永井先生は1935年1月1日の生まれで、だから、名前が「旦(あきら)」なんだが、ワシが永井ゼミに所属しておったのは、もう30年近く前なんで、永井先生も当時は、齢50過ぎで、ちょうど、今のワシと同じ年齢だった。それもあって、3年次のゼミの担当だったのだろう。
 映画のタイトルからもわかるように、永井先生の専門は「サルトル」。先生はよく、「僕はサルトリアンだから」と、口癖のように言っていた。ワシの卒論はアンドレ・マルローだったんで、政治的には、サルトルの「左」とは対極にあった。無論、それだけではないのだが、当時のワシは(その後もそうだったが)、サルトルに対しては「アンチ」で、初期の小説『嘔吐』はともかくとして、哲学書の『存在と無』をはじめとする彼の作品群の「わかりにくさ、難解さ」もさることながら、また、「エコール・ノルマル」という「エリートの極みの出自」から醸し出されていた鼻持ちのなさが、嫌で、距離を置いていた。それも含めて、大学卒業後は、仏文人脈もそうだが、特に永井ゼミとの繋がりは、全く切れていた。ただ、今回は、ザ・仏文の同級生の徳チャンから「古川クン、永井先生の映画の上映会があるの。ワタシは行くけど、どう?」とお誘いがあったんで、ま、「断る理由はない」と、観に行ったのだ。

 #「上」の続きで、この『永井先生 サルトルを語る』を撮影、編集したのは、永井ゼミで、ワシらの1年上だったTBS勤務の秋山浩之サンという人で、ぬあんて言うんか、そもそも、この1年上の人たちってのは、妙に結足力があったっていうんか、ノリもよくて、夏休みに軽井沢であったゼミ合宿にも、OB&OGとして顔を出しておった。そうした繋がりで、卒業後も、永井先生とは関わりがあったようだ。ちなみに、この作品は30分にまとめられて、去年の9月にTBSの深夜枠の「報道の魂」で、『みんなサルトルの弟子だった…』としてOAされたのだそうだ。向こうもワシのことは覚えておったようだが、去年までずうーっと報道にいて、それから、今は報道以外の部門に異動になったとのことだ。彼は、永井先生に対してはもちろんだが、サルトルに対する思い入れも、あったんだろう。その「サルトルの弟子」とあるように、「サルトリアン」だったということなのだろう。
 まず、最初に断っておくと、永井先生だが、2000年に齢65の定年を迎えて、慶大教授を退職したんだが、今回、先生の息子さんも来ておられて、上映会場と同じフロアにある居酒屋であった2次会、3次会でいろいろと喋ったんだが、退職直後から、認知症が始まり、古希を過ぎた頃から、進行していったのだそうだ。ただ、ワシも先生と喋ったんだが、普通に会話はできて、そんなに重症というカンジではない。ただ、認知症にあるように、直近の出来事をスコーンと忘れるのだそうで、息子さん曰く、「それでも、今は薬があるので、進行を抑えていることができるんです」とのことだった。
 このように、現在の永井先生は、直近の記憶は、すぐに忘れてしまうのだが、昔のことはしっかりと覚えていて、だから、今回、秋山サンのインタビューにも応じて、きっちりと、そして、しっかりと喋っていた。ただ、思ったんだが、そうやって、昔の記憶を蘇らすことが、一種のリハビリというか、元気づけにもなっているようで、息子さんが言うには、そうやって、公の場に出てきて、旧知の人らと喋ることで、「親父も、いつもより元気になっていました」とのことだった。確かに、背中を見たら、「あー、痩せたなあ」とは思ったが、でも、ワシの印象では、それなりに歳は取っているが、元気だと思った。

 #続きで、そのドキュメンタリー映画『永井先生 サルトルを語る』だが、永井旦先生は、生い立ちから始まって、自らが学んだ慶応義塾大学の教員となり、その人生行路の中で「サルトリアンの道」を貫徹したことを、語っている。
 永井先生の祖父は、樺太庁長官も歴任したキャリア官僚で、生まれも育ちもよく、毛並みは抜群。少年時代に結核を患ったことで、体は弱かったということで、大学に入り、同じ仏文の1つ上にいた今の奥サンと出会い、結婚したのだそうだ。
 サルトルはご存知の通り、戦後、フランス文壇の寵児としてブレイクし、「知識人」としての立場を自他ともに強烈にアピールしていた。永井先生はパリにも留学し、フランスでの事情を知ると、映画の中で喋っておったんだが、サルトルは向こうでは「極左」の扱いだってんだな。ニッポンで言うと、ま、「アカ呼ばわり」とでも言うのか、キワモノみたいに見られているとでも言うのか、そのギャップは「へえー」だった。確かに、68年のパリ5月革命以降は、サルトルは、完全に左に振り切れてしまったんだが、どうも、サルトリアンだった永井先生も、それにつられたのだろうか。ま、それは映画を観て、今回、初めて知ったんだが、先生なりの「アンガージュマン(政治参加、社会参加)」があったのだ。

 #続きで、もともと、サルトル研究っていうか、その翻訳を手がけることで、世に広めるということは、佐藤朔、白井浩司といった、永井先生の師匠スジに当たる人がやっていた。66年にサルトルをボーボワールと一緒にニッポンに1ヵ月も招いたのは、サルトル翻訳を一手に担っていた人文書院と、そして、慶大なのだが、そのときは、当時のベトナム戦争の高まりもさることながら、その2年前に、サルトルがノーベル文学賞を拒否したというのも、世間的には大きなインパクトであったと思う。当然、永井先生も、当時、若手研究者として、サルトル来日の裏方として関わり、通訳として徴用されたそうだ。
 しかし、世の中は、この後、70年安保に向けて、全共闘をはじめとする学生運動がヒートアップしていくのが、このとき、永井先生は、身分はまだ助手だったようだが、「左傾化していくサルトル」に自分を重ね合わせたのだろう。ワシはこの映画で初めて知ったんだが、「造反教官」として、そうした学生たちに理解を示したっていうのか、完全なシンパだったのだ。
 それは、永井先生の教え子が、安保闘争に入り込んでいったことに、如実に現れている。
 今は、廃刊になったが、以前、『NAVI』というクルマの専門誌があって、そこのコラムで永井先生が連載しておったのは、当時から知っていたのが、「では、なぜ、先生が連載していたのか」というウラが、今回、初めてわかった。このNAVIの編集長をしていた、全共闘世代の鈴木正文というのは、じつは、永井先生の教え子で、東大の安田講堂占拠劇にも参加しておって、タイホされておるのだ。
 さらに極めつけは、日本赤軍メンバーで、例のハーグ事件による超法規的措置によって釈放され、パレスチナ入りし、その後、97年にレバノンで拘束された「和光晴生」というのがおるのだが、この和光も、永井先生の教え子だったのだ。ニッポンに身柄移送された和光は、刑事サイバンにかけられ、結局、無期懲役が確定し、今、徳島のムショに服役中なのだが、永井先生は、この和光を支援する団体の代表に就いて、和光の公判では、情状酌量を訴える証人として出廷し、そこで、喋ったってんだよな。
 映画では、ワシがコレまで全く知る由もなかった先生の見えなかった部分が、イッパイ、オモテに出てきていて、とても胸が詰まされたし、考えさせられた。もちろん、今も考えているし、これからも、考えることだろう。上映後の交流会では、その和光晴生の同世代で、その支援活動もしておるというのだが、先生の教え子が、和光からの手紙を読み上げて、思い出を喋った。先生も、それに聞き入っていたが、顔の表情を見ると、ちゃんと理解しているようだった。すごい、とてもいい刺激になったと思う。

 #さらに続きだが、ワシは在学中、「上」で書いた、永井旦先生の「造反教官としての過去」を全く知らなくて、でも、今回、そのことを初めて知ったことで、これまでモヤモヤとわからなかったことが、スーッと氷解していったのだ。
 ワシが2年になって、仏文専攻として、日吉から三田に移ったときは、既に白井浩司は名誉教授になっておったが、確かに、事あるごとに、白井浩司と永井先生との確執は耳にした。白井浩司は、当時の仏文専攻のボス的存在だったため、「永井先生は白井浩司に睨まれているため、三田で研究室が与えられず、日吉にいる」ということだった。
 当時、聞かされていたハナシでは、「白井浩司は、サルトルに対して、右から捉えていたのに対し、永井先生は左派的な解釈の立場だったので、その溝から、双方が反目していった」ということだったのだが、もちろん、うわべの部分では当たってはいるのだが、でも、それは、うわべでしかない。
 既にそのとき、永井先生は教授に昇格はしていたので、その意味では、人事上、冷遇されたということはではない。でも、何て言うのか、陰湿なイジメとまでに行かないにしても、今から思うと、当局からしてみると、煙たい存在だったのかという気がするのだ。
 ただ、その淵源が、全共闘運動にシンパシーを抱き、「造反教官」として、先生の教え子が安田講堂に篭城したり、さらには、日本赤軍に参加したとあっては、それなりに、大学当局としても、「見せしめる」という必要があったのだろう。でも、それは、永井先生なりの「サルトリアンとしてのアンガージュマン」であったことが、今回、映画を観て、初めて知り、胸にこみ上げてくるものがあった。
 じつは、仏文専攻の大御所で、サルトルを紹介している佐藤朔が、塾長に就任するのは、全共闘による大学闘争がヒートアップしていく最中の、69年5月だったのだ。今回、永井先生のドキュメンタリー映画を観て、その「佐藤朔の塾長就任の機微」について、初めて知ったのだ。当時、三田にも、警官隊が入ってきて、学生をタイホしているのだが、塾としては、敢えて、仏文研究者としては功成り名を遂げた佐藤朔をトップに据えることで、コワモテではなく、ソフィスティケイトされたイメージを世に定着させ、大勢回復に結び付けたいという思惑があったのだ。
 それで言うと、我が義塾において、「文学部」というのは、決して傍流ではない。世間的な文学部に対する評価の低さとは裏腹に、むしろ、経済や法と並んで、中枢を占めていると言える。とりわけ、明治末期の永井荷風によって始まった「ザ・仏文」は、文学部の中でも、まさに「エリートの極み」ゆえ、危機に瀕したときには、塾長としてタマを差し出すというぐらいのことは、率先してできるだけの毛並みのよさを持っているのだ。だから、慶応というのは不思議な大学で、文学部の学生でいることが、キャンパス内において引け目を感じるどころか、全く逆で、優越感に浸れるのだ。「格」としては、間違いなく、商学部より上なのだ。

 #続けるが、ワシが三田で永井旦先生のゼミを取ったのは、80年代半ばのことで、先生が若手教官として、全共闘世代の教え子を相手にしていた頃からは、ひと回り以上、後のことだ。だから、既にその当時は、「政治の季節」はとうの昔に終わってて、それで言うと、ワシらの年代というのは、よくも悪くも、政治に振り回された全共闘世代とは違って、あんなふうに、「右か、左か」と旗幟を鮮明にすることを迫られることもなく、まさに、「あっけらかん、ノー天気」で、ホイチョイプロの『見栄講座』を片手に、「ワタシをスキーに連れてって」の時代だったのだ。
 そういう時代だったんで、永井ゼミの夏合宿も、軽井沢のペンションを借り切って行われ、昼間は湖でボートを漕いで、テニスに興じ、夜はコンパで飲み倒したもので、要するに、勉強しに行ったというより、遊びに行ったっていうカンジだった。だから、そこで読んだテキストの内容は、全く覚えていない。たぶん、授業で使っていたドゥルーズ&ガタリの『アンチ・オイディプス』だったのだろう。
 じつは、ワシは長い間、この永井先生とゼミの授業、そして、サルトルに対して、決して忌避していたわけではないけどでも、距離はあった。でも、今回、映画を観て、30年ぶりに永井先生にお会いし、また、旧知の仲間とも再会して、酒を飲みながら喋り倒すなかで、いろいろと考えるものだがあった。ひとつには、これまで、サルトルに対して、「食わず嫌い」のところがあったのだが、そういう姿勢も少し見直してみようと思った。例えば、サルトルは『聖ジュネ』を書いて、ジャン・ジュネを高く評価し、世に広く紹介しておったんだよな。要は、アウトローのジュネとは、水と油のような存在なんだが、そのサルトルがジュネの魅力を正確に伝えたというのは、大きな影響力はあったと思う。サルトルの後押しがなければ、ジュネの社会的j評価も含めて、また、違ったものになっていたかもしれないのだ。

 #続きだが、今回の永井旦先生のドキュメンタリー映画上映会で、幹事役というのか、裏方を担当していたのは、ワシらより少し下で、90年代半ばに三田で過ごした世代なんだな。で、飲み会でいろいろと喋ったなかで、初めて知ったんだが、永井先生は、94年頃を最後に、「ゼミ」を取り上げられたってんだな。そのザ・仏文の彼は、永井ゼミに入りたくてしょうがなかったんだが、そうやって、ゼミを取る年次だから、3年生になったときかよ。その年に、ま、当局の指示だわな、永井ゼミがなくなったってんだな。だから、このハナシは初耳だった。
 で、その彼は、永井先生の原典講読の授業は、引き続きあったんで、ワシんときもあったんだが、サルトルによるフローベール論である『家の馬鹿息子』をテキストにしてたんで、それを取って埋め合わせておったってんだな。その彼によれば、「やっぱり、永井先生は冷遇されていた」ということで、確かに、その通りだとは思う。でも、ぬあんて言うんかいなあ。先生が「サルトリアン」として、これだけ「左派的アンガージュマン」を遂行しながらも、大学をクビになるどころか、ちゃんと、教授にまで昇格はさせておるんだから、そのへんは、原発ガラミで、「助教」ってのは、かつての「助手」のことだが、京大原子炉研で定年まで万年助手に留め置かれておった小出裕章とかに比べたら、まだ、全然マシだと思うのだ。そういえば、映画の中で、永井先生の奥さんが、その全共闘運動全盛のときに、「もし、こんなんで大学をクビになるんだったら、私は徹底的に戦う覚悟でいました」と喋っておって、「いいなあ」と思った。奥さんは骨がある。
 ワシの親父も、じつは、永井先生と同世代で(先生より、1つ下)、認知症が始まってて、要介護なのだ。そういう同じ境遇ということもあって、先生の息子さんとは、妙にウマが合うたっていうか、意気投合する部分があったのだ。ただ、永井先生の場合は、だいぶ、早い段階で出てきているので、タイプで言うと、所謂、「脳の病気」という方向に近いのかもしれない。「薬が効いている」というのは、そういうところがあるのではないかという気がした。
 でも、歳を取れば、誰しも衰えて、あちこちガタが出てくる。人によっては、それがガンだったり、脳卒中だったり、心筋梗塞だったりするわけで、永井先生の場合は、それが認知症だっただけのことだ。でも、見た限りでは元気だったし、会場まで歩いて来れるわけで、身の回りのことも自分でできているのだろうから、「よし」とすべきではないだろうか。こうやって、元教え子たちが集まって、当時のことを含めて、いろんなことを語りかけることが、先生にとって、抜群の刺激を与えることになるのであれば、また、こういう機会があったら、顔を出したいなと思った。
 そして、こうして、永井先生と再会できたことで、ザ・仏文のワシとしては、今後、「サルトル再評価の試み」へもトライしてみようと思った。サルトルの作品、主張の中にも、学ぶべきところがあるのではないのか。「食わず嫌い」ってことで、切り捨ててしまうとすれば、「オマエのケツの穴も小さいな」と謗られたところで、反論はできないと思うからだ。

 #ミタパンだが、自民トウ参院ギインで元SPEEDの今井絵理子と、同トウ神戸市議の橋本健との不倫モンダイで、「夫婦の関係が破綻して4〜5年になるというのに、なぜ、2歳の子供がいるのか」とツッコミを入れておったってんだが、確かにその通りだ。「取材」、特に「ジケン」は、「事実を詰めていく」ってことだからな。「論より証拠」は、まさにこのことだ。いやあ、今、お台場は壊滅状態だからな。ユアタイムも9月末で打ち切りが決まったんだが、後釜がホンマにおらんよな。ミタパンが報道に目覚めたんであれば、ミタパンを放り込むぐらいしか、あと、タマがおらんよな。ちなみに、同期の竹内は、オトコとの2ショット写真を『フラッシュ』に撮られておったが、誰も騒がんってのも、寂しいものがあるよな。テレ朝の方の同姓人とは、大違いだよなあ。
 その安藤優子んとこのサブのミタパンだが、新潮の続報を受けて、「オモテ沙汰になるんで、ダンナの橋本健が嫁ハンんところに、既成事実をこしらえるため、突如、離婚届にハンコを押させようとしたのは、ケシカラン」と吼えておったのか。ま、コレぐらい喋らんことには、存在感をアピールできんわな。それで、ユアタイムの後釜だが、ワシはかつてのNジャの硬派路線に戻すべきだと思う。松本方哉が編集長としてアンカーマンを兼任しておったように、ビシッと仕切るのがおった方がいい。
 あと、延々と薬害C型肝炎ジケンを穿っておった「時代のカルテ」だわなあ、コイツを復活させないとだ。ダラダラと牛のヨダレを垂れ流すようなコメンテーターの談話はいい。とにかく、事実を提示しろ。それに対するコメントは数秒で十分だ。その数秒の中で、視聴者の胸を突き動かすコトバを吐き出せるか、だ。ゼロに23を潰しにかかるぐらいの迫力がないことには、数字なんで弾き出せるかってんだよな。だから、スポーツも前のように切り離すべきだ。そっちの方が、諸々、スッキリする。で、ワシが番組Pだったら、ミタパンを起用する。勢いは大事だ。「悪いけど、その髪をバッサリと切って、報道女子の髪形にしてくれる? 風呂入ってるときに、ゲンバに行けと指示したときに、それだと困るよね」

 #「上」の続きだが、Nジャこと、ニュースJAPANの編集長兼アンカーマンだった松本方哉は、既に齢60の定年を迎えて、お台場を去っておるのかあ。「10年ひと昔」とは言うが、時間の過ぎるのは早い。ってことは、あの頃のNジャをきちんと語れる「生き証人」ってのは、社内でもおらんなっておるんだな。ってことは、体系的に語れるのは、もうワシしかおらんってことだな。奥さんがくも膜下出血で倒れ、介護を余儀なくされ、表舞台から降りたのが、ちょうど10年ほど前だよな。ネットで見たんだが、出身が上智大の英文科で、母校に講演で呼ばれて、いろいろと喋っておったんだが、「介護ジャーナリズムの必要性」を訴えておって、「なるほど」と思った。
 松本方哉は、所属がフジ産経Gだからしゃあねえんだが、色分けでは「右」だし、特に、当時のブッシュ倅の共和党セー権への入れ込みは異常だったが、しかし、そういう政治的スタンスを超えて、ワシは松本のことをまっとうに評価していた。まず、ビシッと腰が据わっておったし、「ジケン取材の重要性」というのを、ちゃんとわかっておった。「それ」があったんで、あの薬害C型肝炎ジケンの徹底追及ができたんだと思う。そういう意味では、叩き上げだわな。今、23の星浩(前任の岸井成格も)にせよ、報ステの後藤謙次も、シンブン記者っていう「活字出身」だからな。それで言うと、「喋り」という点では、アナウンサーほどではないにしても、テレビ局の記者は、ゲンバからレポートしとるんで、違うよな。
 何や、カトパン、木佐彩子ってのは、年次では、だいぶ上だわなあ。本人はさっさと結婚しとるくせに、「まだ、結婚せんでもいい」と、妙なことを言われておるよな。そうだよな、「婚活に邁進する」とブチ上げておったんだが、その後、どうなっておるんだよ? オンナは「出産適齢期」ってあるんだから、本気で本業に挑む気概がない人間に対して、「まだ、結婚せんでもいい」と抜かすのは、欺瞞もエエところだ。ワシは前からカトパンには、言っておるんだ。「リトミック」を扱うスペシャル音楽教室の経営に深い理解のあるオトコを見つけて、さっさと結婚しろってなあ。
 で、ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲が取材に行かされておった、今春、中学を卒業して、高校に行かずに、岩野響クン(齢15)が立ち上げた、自家焙煎のコーヒー豆を販売する「ホライズン・ラボ」のハナシは、オモロかった。小3のときに、アスペルガー症候群という、発達障碍の診断を受けたということで、でも、本人は味覚の部分で、鋭敏なところがあり、コーヒー豆の魅力に取りつかれて、「だったら、お店を始めようか」ということなんだな。店を開けるのは、月初めの1週間だけで、それで、毎月、違った豆を仕入れて、自分のセンスで焙るのだそうだ。両親はまだ若いんだが、子供の思いを理解して、よく後押ししたと思う。夢のあるハナシで、いい。しかし、裏方は、よく、こんなのを引っかけてきたな。ちなみに、HPも開設しており、「焙煎の世界は、奥が深い」とあるんだが、全くその通りだ。インスタグラムを見ると、桐谷は料理は上手そうだな。
 一部報道ってのは、日刊スポーツだが、ユアタイムの後釜には、ちゅばきに内定と打っておったな。ただ、ここんところ、ペコちゃんに大島と、オトコで撃沈しとるんで、結局、ちゅばきもそこになると思うな。そういえば、ちゅばきがおったんだった。忘れてた(笑)

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #かつて、「無冠の帝王」とは、「新聞記者」の代名詞だった。ここで敢えて、「かつて」と入れたのは、「果たして、現在はどうなのか」という問いかけが、暗喩として込められている。
 前も書いたかもしれないが、私が新聞記者という職業を選んだのは、別に、高邁な理想とか、志があったからというわけではなかった(というか、全くなかった)。文学部の学生というのは、まあ、それでも当時は、景気のいい時代で、今ほどに就職は大変ではなかったけれども、なぜか(というか、当然のことか)、銀行と商社からはハナから相手にされなかった。だから、後はメーカーの営業職か、教師、マスコミぐらいのものだった。たまたま私の周りでも「マスコミ志望」がワンサとおり、そういう状況に流された側面もあって、とりあえず、新聞社を第一希望とするマスコミ志望の学生の一人だった。
 だから、ちょうど今から30年前、朝日新聞の阪神支局で、若い記者らが銃撃され、殺傷されたというニュースが報じられても、迫り来る新聞社の筆記試験の勉強に追われていた私は、恥ずかしながら、ピンと来るものがなかった。だって、まだ、新聞記者になることが決まっていたわけではなかったし、そもそも、何十倍という高い筆記試験の競争率を突破するには、「襁褓(おむつ)」や「吾亦紅(われもこう)」といった難読漢字を頭の中にたくさん叩き込むことの方が大事だった。
 さらに、己の恥を晒すと、当時の第一志望は読売新聞で、あそこは比較的、筆記試験が簡単なので、楽勝で一次面接に行けるものだと思っていたら、何と、最初の筆記で落とされてしまった。「クソッ、この野郎」と思って、テレビ局や出版社も含めて、半ばやけくそで受験したところ、なぜか、毎日新聞に引っかかってしまった。第一志望の新聞社ではなかったし、給料も安かったが、とにかく、就きたい仕事だったんで、とりあえずは満足することにした。だから、典型的な「デモシカ記者」である。しかし、不思議なことで、人間というのは、社会経験を重ねていくなかで、「変わる」とでもいうのか、こんなノンポリを極めたようなのが、「オマエらみたいな去勢の塊のような連中と一緒にやってられるかよ」と、最後は、ケツをまくるように組織を飛び出したのだから、人生とはわからないものだ。
 冒頭に戻って、「無冠の帝王」の意味するところだが、それは、国家権力が与える叙勲、栄達、表彰の類を一切拒否し、ただひたすら書いた記事が、読者に読まれ、支持され、愛されることのみが「新聞記者の勲章」である、ということである。新聞記者の別称として、このほかに「ブンヤ」もあるが、このブンヤと合わせて、「無冠の帝王」という物言いが、私は好きだ。だから、組織を離れても、私は「ブンヤ=無冠の帝王」であり続けいたい。

 #で、この「5・7」に第2回投票がある、仏蘭西の大統領センキョだが、事前の世論ちょーさでは、「6対4」でマクロン優勢の状況だが、ただ、時間差ダブルで、6月に下院センキョがあるんで、マリーヌはどこまで追い上げられるか、だろう。猿にオランドと、次々と「マクロン支持」を明言しておる中で、「マクロンは、勝ってアタリマエ」の状況なんだから、むしろ、マクロンの得票率が60%切るようだったら、「いったい、何をやっとるんだ?」のハナシだわなあ。
 だって、02年の「ルペンの変」のときは、シラクが約8割の得票率で当選を決めたことを思うと、今回は「マリーヌ2回目進出」は前から言われておったことと合わせて、15年前とは違って、FNがしっかりと根を張ってきておるってことだから、そこらの機微をもっと掘り下げる記事が欲しいところだった。ヨミから産経に転職した三井美奈は、今、マリーヌが住んでて、センキョ区にしておって、前回の下院センキョでは「メランション出馬」によって落選を余儀なくされた北仏の「エニン・ボーモン村」の、他社の後追いルポで終っておるあたり、ワシが外信部チョウだったら、「巴里駐在」の正式発令は「まだまだ先」だわな。
 今回の「マクロン現象」だが、ワシ的なデジャ・ビュで言うと、74年に保守傍流の独立共和派を率いて、齢49で初当選したジスカールデスタンだわな。同じENA出身の毛並みのよさ、それで、マクロンは齢39という若さだわな。ただ、ジスカールデスタンは、ポンピドゥーの下でダイジンを経験しておるんだが、既に56年からピュイ・ド・ドーム県(県庁所在地はクレルモン・フェラン)から下院ギインに当選しておってだな、その点、マクロンはセンキョの洗礼を経ておらんからなあ。「そこ」が、スゴイわなあ。だから、去年秋に出馬表明したとき、誰もマトモに相手せず、ホンマ、トランプ同様の泡沫候補だったからな。だから、センキョってのは、わからんよなあ。確かに、LR公認候補のフィヨンが公金流用ジケンで刑事ソツイされるってことで、勢いを削がれたことはあったが、それと同時並行で、ジスカールデスタンが立ち上げた中道政党のUDFの後継であるモデムを率いるバイルの「支援表明」で、マクロンは上げ潮に乗ってきたからな。
 マクロンの経歴を見ると、PSってのは、とりあえず、在籍だけしておったっていうカンジで、所謂、バリバリの左派・ソシャリストではない。「保守党より右」だった英吉利は労働党のブレアみたいなところがあるのかどうか、そこまではわからんが、立ち位置としては「真ん中より、やや右」っていうカンジだわな。でも、メランションが第2回投票で取引を持ちかけていたように、「ツマミ食いで左の政策もやる」っていうカメレオン的なところも、ありそうな気がする。
 それで、マクロンが立ち上げたっていう「En Mareche!(さあ、歩き出そう)」だが、何か、大学のサークルに毛が生えたようなカンジで、見た限りでは、とても「組織の体」をなしておるとは思えんよな。それゆえ、基礎票はバイルんところのモデムや、あと、ヴァルとか、「マクロン支持」を表明したPSの一部だろうなあ。だから、モンダイは、6月に時間差ダブルである下院センキョで、当然、「手足」は要るんで、何らかの形で「マクロン新党」を立ち上げて、案山子でも何でも候補者を立てんとだわな。急進党のボルローも支持を表明したってんだが、そのへんの「中道」とでも言おうか、「保守傍流」をかき集めて糾合し、新党を立ち上げるのか。それとも、個別の党は残したまま、そうした細かいのを放り込む「オリーブの木」みてえな、大風呂敷を引っ張り出すのか。
 ただ、現時点でのワシの予測では、「マクロン新党で単独過半数」はキビシイと思う。面子を保つ上では、せめて、「第1党」は確保せんとだが、たぶん、LRとの連立になると思う。だから、フィヨンも猿も「マクロン支持」を早々と打ち出したんであって、もし、LRが第1党になれば、とりあえずは、マティニョン館には入れるんだから、むしろ、下院センキョでどういう展開になるか、だわな。マリーヌもメランションも出るに決まってるんだから、そこらも含めて、ギセキ配分を見てからでないと、だろう。いずれにしても、6月の下院センキョまでは暫定の「センキョ管理内閣」だからな。誰を首相に指名するんだろうなあ。「論功行賞」で言えば、バイルだろう。

 #そうか、三井美奈は、パリ市北郊の、イスラム教徒の巣窟であるサン・ドニに行って、ハナシを聞いてきたのか。サン・ドニは、パリのメトロの13号線の終点なんで、パリ市内みてえなもんだが、でも、ペリフェリック(元々は「周辺の」という意味だが、そこから派生して、かつてパリ市を取り囲む形で築かれていた城壁の跡をほぼなぞる形で作られた、現在のパリ環状高速道路)の外になるんで、郊外なんだな。しかし、「寛容さ」が売り物だったフランスで、それが喪失しておるってのは、トンデモねえ自体に陥っておるってことかよ。そもそも、パリをはじめとして、フランスでは、あの手のテロなんて、ナンボでもあった。「アルジェリア独立」を認めたドゴールは、極右のOSSから、幾度となく、そうしたテロの標的にもされたが、泰然自若としておったよなあ。あの「9・11」の集団ヒステリーが、いよいよ、仏蘭西にも伝染したのかよ。
 ここんところ、パリも含めて、フランスには10年以上行っておらんのだが、ただ、そのサン・ドニには、今から18年前の99年だが、1度だけ行ったことがある。観光半分で滞在したんだが、16区にあった「フランス・ラング」っていう語学学校に1週間(月〜金)、通っておって、そこの上級クラスで「レクスプレス」(キオスクで買ってこいと指示された)の講読だったんが、あまりにもレベルが高すぎたんで、中級クラスにも顔を出して、バランスを取った。向こうの先生ってのは、仏和の辞書を引いて、単語を調べると、怒るっていうんか、「原語で理解しろ」ってんだが、そもそも、その原語の意味がわからんのだから、理解のしようがねえんだよなあ。
 そうそう、なぜ、サン・ドニに行ったかだが、その語学学校で、週末の土曜日に「サン・ドニでピアノリサイタルを開催」っていうチラシを見て、「覗いてくるか」ってことで、行ったんだ。20代後半ぐらいの、「ジョナサン・ジラール」っていう無名のピアニストだったんだが、とてもよかった。特に、ショパンの曲がよかった。入場料70Fだったが、全然、損はしなかったっていうか、払っただけの価値はあり、プロだと思った。パリも、また行ってみたい。北マレには、まだ1度も行ったことがないんで、ブラブラと散策してみたい。

 #そうか、希子は『ナイロン』でアレコレと喋っておったんだが、「80’sカルチャー」に対する憧憬があるんだな。あの頃とは、時代がすっかり変わってしもうたんだが、とにかく、当時は「アメリカに追いつき、追い越せ」があった。そういう明確な目標があって、「ジャパン・アズ・ナンバー1」に象徴されるように、バブルへと突き進んでいった根っこにあったものとして、自信というか、過信、自惚れっていうか、傲岸不遜に近い傲慢さは、あっただろう。それが、まさに「イケイケドンドン」だったからな。ま、よくも悪くも、モノでも何でも、存在感を誇示しておったわな。あの山口百恵の「プレイバック・Part2」に出てくる「真っ赤なポルシェ」に象徴されるように、派手な原色がナンボでもあったわなあ。そもそも、希子の親とワシが、たぶん、同世代なんだろう。
 ZEROの桐谷美玲だが、ハッシュタグで取り上げたバルーン・アーティストの神宮エミ(齢31)だが、台本がイマイチだ。そもそも、バルーン・アートってのは、訳すと「風船芸術」だが、そんなに一般には認知されているとは言えんよな。ましてや、「それ」でメシを食っておるってのは、スゴイとは思うんだが、そうしたバルーン・アートの細かい芸の紹介はエエにしてもだな、この神宮エミという人が、どうして、このバルーン・アートを始めたのか、「そこ」をもっと根掘り葉掘り、聞き出さないとだろう。10代から、20代にはじめにかけて、どういう人生を過ごしてきたのか。おそらく、一直線ではなかったと思う。そういう「ドラマ」をきっちりと取材せんことには、視聴者の琴線には触れん。
 でも、重ねて言うが、コイツは桐谷の責任ではなく、事前取材をして、台本を書く裏方の責任なんで、ヒマダネとはいえ、遊び半分でやっておるようでは、困るな。ワシ的に「へえー」だったのは、ストックとして常備しておる「500種類の風船」だったな。コイツは絵描きの絵の具に相当するわけだが、色合い、材質が千差万別で、それを組み合わせることで、ひとつの芸術作品を完成させていくってことなんだろう。こうした風船を作っておる業者ってのは、国内にどれだけおるのか知らんのだが、たぶん、いろんなところにアンテナを張って、いろんな風船を集めておるのではないだろうか。こういうところも、もっと突っ込んでハナシを聞いて欲しかったよなあ。

 #仏蘭西の大統領センキョだが、2回目でマクロンが勝つってのは動かしがたいんで、むしろ、6月に時間差ダブルである下院センキョだわな。「手足」が要るわけだから、「マクロン新党」ってのは、「中道新党」だが、でも、「中道」とは言っても、要は「保守傍流」のことだからな。とりあえず、いち早く支持を表明したUDF後継のモデム率いるバイルに、ボルロー、ルメール、モラン、ラファラン、ドストブラジと、LRに居場所がねえのをかき集めるしかねえだろうなあ。あと、PSの右寄りの連中で、ヴァルにドラノエかあ。ジスカールデスタンが元気なら、顧問かあ。ネーミングも「En Marche!(さあ、歩き出そう)」みてえな、大学サークルに毛が生えたような名前じゃ困るんで、もう少し、インパクトがある方がいいだろうなあ。
 とりあえず、センキョ管理ナイカクの暫定首相はバイルだろう。とにかく、全577センキョ区で、どれだけ候補者を立てれるか、だわな。とにかく、案山子でも何でも、最低は300人は擁立せんと、いちおう、オモテ向きは「単独過半数を取る」という意志は見せんと、有権者はついてこんわな。ま、じつを言うと、ワシは大して期待はしておらんのだが、ただ、想定された「最悪のケース」ってのは、「猿の再登板」だったからな。「それ」がなかっただけでも、よかったで(笑)

 #「上」の続きで、結果が出たが、予想通り、マクロン当選だが、投票率約75%で、マクロン66.06%、マリーヌ33.94%だったってことは、事前の世論チョーさより差は開いたんだな。TV討論では、マクロン優勢っていうふうだったんで、それも影響したんだろう。とにかく、齢39ってのは、若いわな。最初、出馬表明したときは、泡沫もエエところで、まさか、当選するなんて、誰も思っておらんかったよな。しかし、トランプといい、マクロンといい、センキョってのは、ホンマ、わからんよなあ。
 そもそもだが、まず、ぬあんで、オランドが再選出馬を断念したのか、それが「?」だわな。普通は、現職は再選を目指すからなあ。確かに支持率が低迷しておったとはいえ、センキョなんて、ホンマ、やってみんことにはわからんからな。アレだけマスコミに「支持率低迷」と書かれ倒して、結局、インポ状態だったってことだわな。しかし、オランド出馬断念がなければ、おそらく、今回のマクロン登場には繋がっておらんだろうから、コイツは最大要因だわな。
 それで言うと、今回は、予想を覆すことの連続だった。まず、LRの予備センキョだが、正直、フィヨンが勝つとは夢にも思わなかった。ワシは猿とジュぺの決戦投票だと予想しておったからな。で、もし、オランドが出馬表明しておったら、「猿の予備選勝利」もあり得たのではないか。そうなると、「現職VS前職」と全然、祭りは盛り上がらんかったんだが、それも含めて、「オランド不出馬」は大きかったよな。
 あと、PSの予備センキョだが、コイツも予想丸ハズレだったな。ワシは首相だったヴァルが勝ち抜くもんだとばっかり思っておったんだが、ところが、蓋を開けてみたら、左派のアモンだろ。だから、路線的には、元PSのメランションとかぶるんだよな。結局、メランションに勢いがあったんで、第1回投票では、3位のフィヨンとほぼ変わらない19%の得票率だったわな。コレは大きいと思う。アモンの得票率と合わせると、いわゆる、「左派=ソシアル票」は、4分の1はあるんだから、確かに、PSは今回の大統領センキョでは惨敗だったが、しかし、左派の票田が壊滅したということではない。PSの票田に、メランションは相当、手を突っ込んで、刈り取っておるんで、そこらあたりも含めて、時間差ダブルの6月の下院センキョだと思う。
 FNのマリーヌだが、2回目投票を迎えるにあたって、敢えて党首を辞任して、FN色を薄めたってんだが、そんなミエミエの策を弄するよりは、もっとストレートに今までの路線で突っ込んでおった方がよかったと思う。今回、「第1回→第2回」でどういう投票行動になっておるのか、そのうち、現地メディアが分析するだろうが、どれぐらいかはわからんが、メランションの支持層も、マリーヌに流れておるよな。主義主張は、無論、別物だが、社会からこぼれ落ちようとする不満層の声をすくい上げるという点では、亜米利加の大統領センキョで「サンダース→トランプ」に流れたというのと、同じトレンドがあると思う。マリーヌも、メランションも、時間差ダブルの下院センキョがあるんだから、そこで、どれだけのギセキ数をはじきだせるか、だろう。
 レクスプレスによれば、既に首相の人事発令が出ておって、アレは何と訳すんだ、事務総チョウか幹事チョウか、とにかく、「En Marche!」のナンバー2のリシャール・フェラン(齢54)の名前が出ておったな。マクロンと同様、元々、PS所属なんだが、ブルターニュは最西端のフィニステール県(県庁所在地・カンペール)第6区選出の下院ギインだってんだな。もちろん、ワシは初めて知ったが、ニッポンの外電面は、この「En Marche!」を「前進」と訳しておるんだよな。中核派の機関紙じゃあるめえし、堅過ぎるよなあ。実態も含めて、もっとフワフワとしとるよなあ。バイルんところのモデムをはじめとして、「中道勢力の結集」ってことで、マクロン新党を立ち上げるのか、どうかだわな。仮にLRが第1党になった場合、「マティニョン館を寄こせ」と言ってくるだろうしなあ(笑)

 #それで、まおのブログだが、ワシ、うっかり、アメンバー登録をしてしもうて、アメンバー限定の投稿を読んでしもうんだが、こっちの方は「転載NG」っていう条件でupしとるんだよな(っていうか、まるごと、コピーして貼り付けるのはアカンが、地の文で引用する分には、モンダイはない)。で、とても、重い。アメンバー登録不要のフリーアクセスのブログの方は、要は、「オモテ」ってことで、何て言うのか、無理をしてまで、元気を見せておるんだが、しかし、それで言うと、アメンバーの方は、「ウラ」だな。とにかく、その年齢で、まだ、齢34かよ、それで、「死ぬの、生きるの」に直面しておるってのは、凄いことだ。姉ちゃんのまやの方のブログは、あるとき、アメンバー登録しようかと思って、途中まで行ったんだが、「ま、エエか」と思って、アメンバーにはなっていない。
 まおは、ゼロの初代サブキャスターってことで、それで知っておるんだが、姉ちゃんと一緒に、さんまの「恋から」の時代から知ってた。クソ生意気なねえちゃんだと思っておったんだが、歳月が流れてしもうたよな。つい、この間のような気がするんだが。アメンバーの方を読んで、まおには生き続けて欲しいと思った。でも、実際問題としては、厳しい状況というのは、変わりないんだな。
 ま、何て言うんかいなあ。ワシみてえに、五十路を過ぎてしもうたら、まだ、そうだよな、生きたいように生きてきたし、諦めがつくってところはあるんだが、そのまおの年齢で「諦めろ」ってのは、キツイわなあ。可能性がある限り、「回復を目的とする治療」の選択肢を取るというのは、自然というか、普通っていうか、無理はない。主治医がどういう判断をしているのかわからんから、何とも言いがたいものがあるんだが、今、この時点で、どこまで回復の可能性があるのか、だわな。仮に、それが相当、厳しい場合、でき得る限り、苦痛を感じないで、気持ちよく過ごせる時間を確保してあげたいよなあ。しかし、オモテのブログで、あれだけ元気な表情をupしておるってのは、凄いと思う。「魅せてる」よなあ。

 #マクロン新党だが、「la Republique en Marche」(略称・LRM)ってんだが、それまでは「En Marche!」だったんだが、ケツの「!」は取れておるのかよ。ぬあんて言うんか、ニッポン語の「。」みてえなもんで、「モーニング娘。」の感覚だよなあ。外電記事だと、「共和国前進」と、ま、当たり障りのねえ訳語をハメ込んでおるんだが、どうだろう。ワシだったら、「共和国進軍!」って訳すかいなあ。
 それで、LRMの1次公認候補428人を公表したってんだが、とにかく、案山子でも何でも立てたってカンジだよな。それで、ヴァルはどうするんだろうなあ。LRMで引き取って公認候補とするんかいなあ。しかし、PS時代は、キャリア的にはヴァルの方が全然、上だったんだが、立場が全く逆転してしもうたからなあ。要するに「下剋上」だから、そのへんのカンケイも微妙だよな。
 あー、モデムを率いるバイルは、今度のLRMの1次公認候補発表を受けて、ル・ソワールで、「C’est une operation de recyclage du PS(PSのリサイクル事業そのもの)」と、手厳しいな。バイルは旧UDF時代から、スペイン国境はピレネー・アトランティック県(県庁所在地・ポー)の第2区で、88年から12年まで下院ギインに当選しておるんだよな(途中、何回か落選はしているが)。前回12年の下院センキョでは、アレは1回目で得票率12.5%以上の候補が、1週間後にある2回目に進出できるんだが、2回目でPSのナタリー・シャバンヌってのに負けて、落選しておったんだが、しかし、14年4月に地元のポー市長に当選し、現在に至っておるんだよな。であれば、この6月には当然、立候補してしかるべきなんだが、LRMは、ココに候補者を立てておるのかよ? 今回は、「バイル、大統領選不出馬で、マクロン支持表明」で勢いが出てきたんだから、論功行賞をきちんとやらんと、「オランドの二の舞」になるわな。特に、今、PSはボロボロだから、バイルも地元から出れば、通ると思う。あと、FNはマリーヌの姪(=ルペンの孫)のマリオンだが、今度の下院センキョには出んってんだな。今、娘が2歳半で、ぬあんか、子育てに専念したいってことのようだが、マリーヌも、身内なんだから、こんなところでバラバラになっておるようでは、困るな。

 #ほうー、レクスプレスの電子版に「Henin−Beaumont : pour le FN, La Voix Nord est un ”adversaire politique(エニン・ボーモン村、FNにとって、『ノールの声』は政敵の極み)」と出ておるなあ。このエニン・ボーモン村ってのは、北仏はパ・ド・カレー県(県庁所在地・アラス)にあって、その後、マリーヌも住んでおるんだよな。マリーヌの地元と言ってもエエんだが、ココの地方紙に『ノールの声』ってのがあるんだが、FNから取材拒否を食らって、つまはじきにされておるってんだな。ちなみに、今、このエニン・ボーモンの村長は、「スティーブ・ブリオア」といって、「マリーヌの右腕」なんだよな。で、マリーヌは、この6月の下院センキョで、このエニン・ボーモン村のあるパ・ド・カレー県の11区から出馬するかどうか、まだ、正式決定しておらんってんだな。
 であれば、まず、『ノールの声』だが、「地元紙をナメたら、どういうことになるのか」、身をもって示さんと、だろう。どうせ、ブリオアの身辺を洗っていったらだな、カネにオンナのハナシがワサワサと出てきそうだよなあ。だったら、この6月に向けて、ブリオアのスキャンダルを徹底的に取材してだな、「字」にしろってんだよなあ。「ブンヤをナメると、どういうことになるのか」ってのを、思い知らせてやるべきだ。
 それで、前回12年の下院センキョで、このエニン・ボーモン村のあるパ・ド・カレー県11区では、メランションが落下傘として、突如、立候補したんだよな。1回目では、マリーヌが42.26%、フィリップ・クメル(PS)が23.72%、んで、メランションが21.46%で、過半数を制した候補者がおらんかったため、2回目に突入したんだが、メランションが辞退し、クメルの全面支援をしたことで、ぬあんと、クメル50.11%、マリーヌ49.89%と、まさに「髪の毛1本の差」で、逆転勝利に貢献し、「マリーヌのブルボン宮入り」を阻止したんだよな。まさに、マリーヌと刺し違えたんだが、コレだけの大殊勲の金星に貢献したにもかかわらず、オランドは冷酷にもメランションを遠ざけたよな。思うに、オランドがダメだったってのは、一軍の将として、「論功行賞」をきちんとやらんかったってのは、あるで。それはそうと、マクロン新党は、当然、ココに候補者を立てると思うんだが、誰を出すんだろうなあ。どうせだったら、ヴァルを鞍替えさせて、出すってのは、どうだよ?

 #それで、ヨミから産経に転職した三井美奈だが、結局、「巴里駐在」の正式な人事発令は出なくて、「出張」ってことで、ゲンバ取材にあたっておったっていうことなんだろうなあ。ってことは、この先、また当面はベルリン駐在のカバーってことなんだろうが、三井美奈的には、今後、そのベルリンも含めて、欧州内のどこかの駐在に出るってことなんかいなあ。ホンマ、外信ブに関しては、他のセクションと違うて、ニッポンにおってもしゃあねえからな。ワシはてっきり、あの山口昌子の後釜として、巴里駐在にサクッと入るんかと思うておったんだが、どうもそうではないカンジだよな。
 ただ、ワシ的な今回の評価では、「ほうー」と思ったのは、マリーヌ父親のルペンにハナシを聞いたぐらいのもんで、もっと、大胆に動けたよな。例えば、ぬあんで、ポーまで行って、バイルにハナシを聞いてこなかったんだろうなあ。今回、バイルが「PSのリサイクル事業だ」と斬っておったってのは、「なかなか、言い得て妙」で、決してツボは外しておらんのだよな。かつて、ファビウスが「ミッテランの秘蔵っ子」と言われておったんだが、それで言うと、マクロンは年齢的にも「オランドの秘蔵っ子」なんだよな。それが、敢えて、今回は「父親超え」っていう、下剋上に打って出たようなところがあるんだが、そこらあたりの機微は知りたかったな。それで言うと、同じ「中道」とは言いながら、ジスカールデスタンが「保守傍流」であるのに対し、マクロンは「左派(=PS)傍流」なんだよな。今回、下院センキョの1次公認のうち、何十人かPSの人間も引き剥がしておるんだが、首相に国防ダイジンのルドリアンの名前が出たことも合わせて、やっぱ、「本籍PS」なんだよな。
 ほうー、結局、マクロンが首相に任命したのは、LR所属の下院ギインのエドゥアール・フィリップ(齢46)か。しかし、レクスプレスをはじめとして、どこも予想しておらんかったよなあ。ルメールとかと違って、初めて聞く名前だ。ってことは、6月の下院センキョでは、LRを離党して、マクロン新党から出ることだわな。さっそく、ウィキぺディア(仏語版)で検索をかけると、ノルマンディーのセーヌ・マリチーム県の県庁所在地であるルーアンの生まれで、マクロンと同じENA出身か。地元で、UMPから地方ギインをやっておって、ル・アーブル市長もやっておるのか。前回12年に同県7区から立候補し、下院ギインに初当選しとるんだが、第2回投票でPSのローラン・ロジウってのに「50.81%対49.19%」っていう、まさに髪の毛1本の差の薄氷の勝利で、ハッキリ言って、センキョ弱いんだな。コイツは「裏切り者は許さん」ってことで、LRは刺客を立てなアカンやないか!

 #「上」の続きで、カトリックが専門で、東大教養学部から、同大院で比較文化を修了したパリ近郊在住の竹下節子サンが、自身のブログで、今回、マクロンが首相に任命したLRの「エドゥアール・フィリップ」について、「左派が牙城のル・アーブルで市長をやっておったっていうのは、政界遊泳術の巧さ」ってのと合わせて、かなり致命的な前歴になるんだが、07年から10年まで、原発建設の「アレバ」の管理部門のディレクターをやっておったっていうことで、「コレだと、(オランドの元嫁ハンで、脱原発を進める)セゴレーヌは入閣しないだろう」との見立てを披露しておったな。ウィキぺディアには出ておらんから、あんまり一般的には知られておらんのかもしれんな。
 しかし、今、アレバもフクシマの逆風をモロに受けて、ニッポン政府が、結局は、ワシらの尊い血税を投入することで、あの海のものとも山のものともわからん、高速炉「アストリッド」の計画で、「核」を延命させようと目論んでおるワケだからな。それで言うと、今回の大統領センキョで「脱原発の是非」は大した争点にはなっておらんかったのかよ。でも、マクロンは「2020年までに依存率を50%にする」っていうPSの政策を継承するって言っておったよな。ってことは、マクロンの任期中なんだから、いきなり、こういう人事だと、「オマエ、本気でヤル気があるのか」と突っ込まれても、文句は言えんわな。んー、フィリップのセンキョ区であるノルマンディーはセーヌ・マチリーヌ県の7区ってのは、たぶん、ル・アーブルだよな。「左派の牙城」ってことであれば、この際、メランションがパラシュート降下で乗り込んで、「フィリップ落選」の刺客となるっていうカードも、あるんだな。
 それはそうと、竹下サンは「マクロン大好き!」っていうか、んもう、メロメロだよなあ。ENA出身っていう毛並みのよさとも合わせて、贔屓にするタイプなんだな。あと、あのマクロンってのは、「年上のマダム殺し」みてえなところがあるんだろうなあ。でなければ、25歳も上の、子供もおるオバハンが、長年、連れ添ったダンナを捨ててまでして、一緒になるかってんだよなあ(笑)
 それで、竹下サン、「マクロンにメロメロは、心外」ってことで、自らのブログで反論しておられたんだが、投稿欄がなかったんで、もう一つの方のブログに投稿したんだが、でも、これまでの「マクロン評」を読んでて、少なくとも「悪意はない」と思う。ま、そうした微妙な機微を描くことが、これまでのフランス文学のテーマであり、魅力だったんだし。でも、マクロンは「年上女性からの人気」は、間違いなく、あると思う。あの何とも言えないオーラを発しておって、そういうところから政治を見ていくのも大事。所詮、あの外電面のうわべだけのキレイゴトで、いったい、何がわかるというのか。

 #それで、コイツも「どうでもエエ」って言えば、そうかもしれんが、今回の慶応義塾の塾長選出において、「選挙2位の候補者を、1位の候補者を差し置いて、選んだ」ことだが、何度も言うが、おかしい。確かに、塾の規定に「塾長選出は投票に依る」と明記してないとはいえ、「選考過程における公正中立さ」を担保とするため、「投票」という公明正大な方法を取っているのではないのか。「投票結果は、参考意見に過ぎない」というのなら、最初からする必要はない。こんな不正選挙がまかり通るのは、発展途上国の軍事独裁国家と、その本質において、何も変わらない。
 ワシは、別に、出身大学が明日、潰れたところで、何も困らないっていうか、「学歴」で生きておるのではないので。それで言うと、その「慶大卒」ってのをひけらかしておるのが、世の中ゴマンとおって、とりわけ、フェイスブックにおいて、「それ」を大々的に誇示して、群がっておる輩がワンサとおるんだが、誰でもがフリーアクセスできる公開投稿で、こんなデタラメについて問題提起し、批判しておる塾員が、ホンマ、誰ひとりおらんのだよな。こんなバカなことがあるかってんだよな。本当に「クズの塊」だと思う。
 たまたま、ここんところ、大学から評議員選挙のハガキが来ておったんで、ま、基本的には「どうでもエエ」んだが、直近のケースでは、「3・11」の際の東電の社長だった「清水正孝」ってのがエントリーされておってだな、「さすがに、それはアウトだろう」と思って、コイツを落とすために、「坂上弘」ってのに投票した。もちろん、直接の面識は全くないんだが、確か、「三田文学の編集長」をやっておったってんで、そうした同類的なよしみで投票した。で、この人物は、塾の最高意思決定機関のメンバーである評議員に当選しておるので、だから、ワシには、ちゃんと、「言える資格」がある。ったく、どいつもこいつも、ダンマリを決め込んで、腐っておる(怒)

 #小林家の姉ちゃんのまやだが、アメーバ限定で「結婚について、云々カンヌン」と、読者の意見を求めておったんだが、わずか1日で、1000件を超える投稿がワサワサとあって、スンゴイ世界だな。やっぱ、「テレビに出てる」っていう知名度ってのは、スゴイんだな。視聴率1%で約100万人だが、活字の世界からすると、想像を絶する。
 よっしーだが、凶暴罪関連で国怪取材に放り込まれておったんだが、その「衆」の法務イイン会の強姦サイケツ劇の、前後を含めて、ずうーっと見てて、「何」を感じたかよ。例えば、消費税増税とかと違うて、このモンダイってのは、なかなか可視化されにくいとでもいうのか、確かに、一見、わかりにくいわな。でも、コイツは、とどのつまり、「空気中の酸素濃度」の低下を引き起こし、最終的には「酸欠による窒息死」へと持っていくものだ。もし、この「報道=ジャーナリズム」という仕事が、「時代を映し出す鏡」であるとするなら、「炭鉱のカナリア」でなければならない。とりわけ、ゲンバで掴み取ったものを、言葉にトレースして表現するクセをつけないと、だ。それは、おそらく、通りいっぺんの物言いでは、終わらないはずだ。
 カトパンは、「池上彰と一緒にMCをしたかった」ってのは、本当かよ。退社から1年経って、だいぶ、休養できたっていうんか、落ち着いてきたよな。「婚活したい」とか言っておったんだが、その後、何か、進展はあったのかよ? あと、ミオパンは、スポニチが「結婚へ」と書いておったんかよ。こういうのは、当事者同士が合意して、そういう結論に達したんであれば、外野がとやかく言う問題ではないが、ただ、やたら煽って、「外堀を埋める」みたいな空気があるよな。こんなもん、チョコれ〜なや宇賀なつみのように、「入籍しました」と、本人のブログetcで、自分の言葉できっちりと説明すれば済む話だ。結局、「報道志望」ではなかったってことなんだな。
 それはそうと、ともこは最近、どうしてるんだよ。BSの夜のニュースに出ておるのかよ。アソコは、フェイスブックがねえから、前みたいに自由投稿ができんので、絡めないんだよな。あと、どうでもエエことだが、高校時代の部活の同級生女子が、日経本体の総務部長になってて、ビックリしたあ。カノジョは、現役で早稲田の教育に入って、酒は滅法強い。高校時代は、家にも遊びに行ったことがあって、仲よかった。狭いよな(笑)

 #この「6・8」投票の英吉利の総センキョだが、あのマンチェスターでの爆破テロ殺傷ジケンを機に、セー権与党・保守党への支持がつるべ落としで、5月末の世論チョーさでは、支持率が保守党41%、労働党38%と、労働党が猛追しておってだな、「保守党、過半数割れ」が現実味を帯びてきておるってんだな。カイサンの当初は、保守党が20pもリードしておったってのに、既にその差がわずかに3pだからな。しかし、メイは「ギセキ数の上乗せ」を狙って、このタイミングで勝負を仕掛けたんだよな。だって、任期満了まで、まだだいぶあったからな。しかし、保守党過半数割れとなったら、メイは退陣だわな。
 それと、在仏の比較文化史家の竹下節子サンが自身のブログで書いたマクロン評に対し、ワシがココで「マクロンにメロメロ」との印象をupしたことで、本人が相当、おかんむりのようで、竹下サンの掲示板にも投稿したんだが、当選後の「5・12」にupしておる「マクロンとフランス語」の記事を読んで、アレを「メロメロ」と言わずして、何をメロメロってんだよな。竹下サンは、マリーヌとのTV討論で、マクロンの「語彙の豊富さ」にいたく感銘を受けたってことで、「文学や哲学の教養は確かだ」と言及したうえで、立ち上げた政治団体の略称「EM」が、マクロンのイニシャルであると同時に、「aime(r)」(=愛する)」の韻も踏んでおることを引き合いに、「言葉を制するものは、リスペクトを得られる。マクロンのスピーチで繰り出せるフランス語をウオッチングできる5年間になりそうだ」と結んでおるんだよな。コレを読んで、ワシはストレートに「マクロンにメロメロ」と感じ取ったんだが、こんなもん、誰が見ても、そう思うよな。よっぽど入れ込んでおらなければ、ココまで書けるかってんだよなあ。
 ちなみに、ヨミから産経に転職した三井美奈が、例の「齢24も年上の嫁ハンの存在」について、ワシが見た限り、邦字紙では最初に「字」にしておったんだが、こう書いておった。「異例の出世を遂げた今では、あまたの美女が思いのままだろうが、青春時代の純情を貫いて、年上妻に寄り添い続けるあたり、大いに女性の支持を広げたのは間違いない」と。全くその通りだ。だから、マクロンってのは、年上オンナを篭絡する、妙なオーラを発しておるよな。所詮、センキョなんてのは、人気投票なんだから、こういうところから斬っていく視点は、大事だ。ワシは「報道=ジャーナリズム」に足を突っ込んでおる人間だから、アカデミズムの連中が抜かしておるキレイゴトなんて、どうでもエエちゅうねん。

 #それで、「地球温暖化防止の枠組み」の枕詞がついておる巴里協定からの離脱を、トランプが表明したことを受け、非難轟々のようなんだが、ワシは賛成だ。あの「地球温暖化防止キャンペーン」ってのは、相当胡散臭い。二酸化炭素排出に向けた取り組みというのは、要は、個人ひとりひとりが、「でき得る限り」というと大げさだが、「なるべく、電気やガスを使わないようにする」ってのに尽きるわな。でも、「ゼロ」にはできんから、「できる範囲内」だろうなあ。
 ワシは今回のトランプの公約の中で、「石炭産業の保護と育成」というのは、正しいと思う。じつは、これはニッポンもやらなければならない。ニッポンは亜米利加の圧力に屈して、軒並み炭鉱を閉鎖したんだが、石炭は掘ればまだ出てくる。「雇用確保」のためには、石炭産業の復活は不可欠だと思う。一連の「地球温暖化防止キャンペーン」のウラ側で、「クリーンなエネルギー」と称して、どれだけ原発が推進されたことか。原発即時ゼロの代替エネルギー源は「石炭」や。今、石炭からのCO2削減の技術も、ニッポンは相当、研究をしておるからな。ゼッタイに「石炭」は見直すべきだ。そもそも、地球温暖化ってのは、周期的に巡ってくるという説もある。CO2削減の努力は必要だと思うが、それを金科玉条のごとく振りかざして、石炭産業を潰しにかかるというのは、ワシは断固、反対だ。

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲が、「都心で、今、サラダ専門店が増殖中」の取材に行かされておったんだが、単価が1皿平均1000円を超えておるのと合わせて、どこも「肉のトッピングがある」ということを見ると、従来の所謂、「野菜サラダ」とは違って、見たところ、カタチを変えた「バイキング形式のメシ屋」というカンジがする。あと、立地ポイントも、もう少し詳しい説明があった方がいいと思う。近所に外資系とか、それなりに給料のエエ会社があるような場所と違うんかいなあ。それで言うと、「米」も野菜なんだから、ライスもトッピングに入れておる店とか、なかったんかいなあ。あと、裏方は、せっかく、桐谷をゲンバに放り込んだんだから、あの水卜麻美みてえに、ガツガツと食わせて、正直な感想を喋らせんと、だろう。別に店に媚びる必要はねえんだから、実際に食って、自分の舌で味わってみて、「そこ」から、何が客の心を掴み、その結果、流行となっているのか、「自分のコトバ」で表現してこそ、だわな。もっと言えば、コイツは「バブル」で終わるのか、それとも、「定着」するのか、その見通しも喋ってこそ、「ニュース」だわな。
 カトパン、高橋巨人の10連敗だが、どうなってるんだよ? あと1つ負けると、最下位だった長島巨人の1年目・75年の11連敗に並ぶのかあ。あの年は、ワシがプロ野球を熱狂的に見始めた年だったんで、よく覚えている。王貞治が開幕直後に肉離れを起こして、スランプに苦しんで、ホームラン王を阪神の田淵幸一に譲ってしもうたんだよな。で、高橋巨人は、全然、打てんのかよ。しかし、親会社のヨミはカネをたんまり持っておるから、駒は揃っておるハズだよなあ。それで、肉離れといえば、二刀流こと、大谷翔平だが、2軍調整中ってのはともかく、まだ、ベースランニングもできんってことで、コイツは相当、重傷だわな。もちろん、無理する必要はないが、しかし、あの若さで1塁に走り込んで、肉離れって、普通、あり得ない。ワシは「二刀流による過重負担」が、少なくとも背景にはあると思うんだがなあ。それと、齢43のイチローだが、やっぱ、年齢から来る衰えってのは、致し方ねえよなあ。でも、現役を続けておるってのは、「気力はある」ってことなんだよな。アレだけの数字を残しておることにもつながっておると思うんだが、体調管理もしっかりしておるんで、ケガに強いっていうんか、そもそも、体力的な自信があるんだと思う。ただ、全盛期の「3割5分、200本」は望むべくもないが、でも、プレーを続ける自信はあるんだろう。王が引退したとき、ワシは中3で、今でも覚えておるんだが、打率こそ2割3分台だったが、齢40でホームランは30本を打っておって、当時、新聞記事では「王、30号、来季へ烽火」と打っておって、まだ、現役を続行するもんだと思っておったところ、「自分のバッティングができなくなった」と、潔くバットを置いてしもうたんだよな。だから、「4番」にこだわらなければ、まだ現役で、全然、やれた。翻って、イチローだが、球団からクビを宣告されるまで、現役でやるような気がするんだが、確かに大リーグはキビシイにしても、ニッポンのBCリーグだった、全然、OKだよな。ケガさえなければ、それこそ、還暦まで現役でヤレそうで、「現役通算1万本安打」も夢ではない。周りは憚って、特にスポーツ紙は、イチローには何も聞けないような状況みたいだから、カトパン、そこあらあたり、乗り込んで行って、聞き出して来い!
 それで、知花は最近、何しとるのかと思ったら、今朝(=6・5)の地元紙の琉球新報に「祖父のオキナワ戦を伝える」ってことで、顔出しで喋っておったな。もちろん、その「集団自決の惨劇」を繰り返し伝えるというのは大事だが、しかし、それも踏まえて前に進まんと、だわな。ワシに言わせりゃ、ここんところ、ぬるま湯に浸かっておるよなあ。まだ、その「WFPニッポン大使」の肩書はあるんだったら、あの常岡浩介のケツを叩いてだな、シリアで行方不明になっておる安田純平の救出作戦に本腰を入れるってのは、どうだよ。WFPのツテを使い倒せば、いろいろとコーサク活動を展開できそうな気がするんだがな。
 山崎パンは、若手お笑い芸人んところに入り浸っておるのを、女性セブンにスッパ抜かれておるようだが、そもそもお気に入りみたいだったようで、よかったぢゃないか。それはそうと、人事ブに行かされてしもうた同期の細貝は、どないしとるんだよ? 確かに細貝は「ロボ子」と揶揄されておったこともあって、やや動きの硬いところはあったが、しかし、オトコのスキャンダルは皆無だったし、その意味では、瑕疵はなかった。ワシは細貝のファンだったんで、あの異動はおかしい。夕方のニュースでもフィールド・キャスターを頑張っておったし、ああいう人事をやることも含めて、お台場はヘンだよな。
 新婚のチョコれ〜なは、インスタグラムで弁当写真のupが続いておるんだが、所帯じみてきておるよなあ。思うんだが、実家に姉ちゃんのペコちゃんが子連れで出戻ってきたんで、居づらくなったってのも、たぶん、あると思う。同じ屋根の下で、毎日、顔を合わすってなると、違うものがあるよなあ。しかし、テレ東は新社屋に移ってから、女子アナのブログは全然だな。ともこも、生きてるんだったら、何かメッセージを発さんと、ファンの心は離れていくよなあ。

 #英吉利の総センキョ(定数650)だが、与党・保守党は過半数割れに追い込まれたにもかかわらず、さっそく、メイはエリザベス女王サマんところに行って、「続投の意欲」を表明かあ。ワシは英吉利は持ち場ぢゃねえから、詳しいことはようわからんのだが、何はともあれ、ニッポンみてえに、ギカイでの「首班指名センキョ」ってのは、ねえのかよ?
 BBCの開票速報では、過半数326ギセキで、保守党318、労働党261、スコットランド民族党35、自由民主党12、で、「DUP」って、何と訳すんだろう、とにかく、北アイルランドの地域政党らしいんだが、ココが10、あと、その他が13、んで、残り1ギセキが未確定かあ。それで、メイはこのDUPをカクガイ協力で抱き込むってんだが、この「DUP」なんて、初耳だよな。「民主連邦党」かあ。武装解除したIRAの後身ってことかよ?
 ただ、いずれにしても、元々、保守党は過半数を維持しておって、「ギセキ上乗せ」を狙って勝負に出たんだから、「過半数割れ」という結果が出た時点で、完全に「負け」だわな。通常は、セキニンを取って、退陣表明だが、メイはとりあえず、居座る方針のようだな。ただ、「正統性」のお墨付きがねえから、キビシイよな。逆に言えば、保守党以外の野党がまとまれば、「セー権交代」ってことに、ならんのか? この際、「ウルトラC」ってことで、スコットランド民族党や自由民主党の党首に「首相」をやらせるってのは、どうだよ。いずれにしても、英吉利は「政局」だわなあ。中小政党がキャスティング・ボートを握ったよな。
 しかし、この民主連邦党ってのは、どういう政党なんだよ。BBCのHPを見ると、ココもオンナが党首のようなんだが、「北アイルランド独立、アイルランド共和国との合併」とか、主張しておらんのかよ? あと、北アイルランドには、「アイルランド統一」を掲げておるシン・フェイン党ってのがあって、毎回、1桁ではあるが、当選者を出しておって、今回もそうらしいんだが、「女王陛下にアタマを下げるが嫌や」と反発しておって、当選はしても、倫敦の議事堂には登院しとらんってんだな。だから、「本当の過半数」ってのは、650ギセキから、このシン・フェイン党の当選者を引いた分の「過半数」ってんだな。でも、今回は、そのシン・フェイン党の分を引いても、保守党は過半数割れなんだってな(笑)

 #で、仏蘭西の総センキョ(下院・577)だが、とにかく、「6・18」の第2回投票も含めて、投票箱の蓋を開けて見るまではわからんが、ワシの見立てでは、マクロン新党は、第1党は確保し、連立を組むバイルんところのモデムや、ヴァルのようなPSやLRからの離脱組と合わせれば、少なくとも過半数は制するのではないか、だ。世論チョーさだと、「マクロン新党圧勝、400ギセキ獲得の勢い」もあるんだが、どうなんだろう。とにかく、結果を見てからだな。
 それはそうと、カナール・アンシェネがスッパ抜いておった、マクロン新党幹事チョウで、国土担当ダイジンのリシャール・フェランの、愛人っていうか、嫁ハンかよ、「サンドリーヌ・ドゥサン」に対する便宜供与ギワクだが、「いかにも」なハナシだな。ただ、PSの下院ギインに当選する前の2011年のハナシで、当時、フェランはブルターニュの共済組合におって、そこが、ブレストの医療センター誘致にあたって、不動産業の嫁ハンが有利となるように取り計らったことで、見事、「落札」を勝ち取り、建物の賃貸料をゲットしたってんだな。んで、その際、当該賃貸物件の改修費として、18萬4000ユーロ(約2300萬円)が支払われたってんだが、コイツは、まず、間違いなく、ネタ元は、元同志のPSの人間に決まっておるよなあ。PSを裏切って、マクロンの元に走ったんで、アタマに血が昇って、あと、嫉妬もあるわなあ。身内に刺されてしもうたよなあ。検事か、予審判事が予備ソーサに乗り出したってことで、司法ダイジンのバイルは顔を歪めておったよなあ。ただ、コイツはニッポンの刑法だと、96条の3の「競争入札妨害」なんだが、しかし、最高刑が「懲役3年」なんで、公訴の時効である「3年」が経過しておるんで、訴追不可なんだよな。仏蘭西はどうか知らんが、少なくとも、ニッポンでは、道義的セキニンはともかく、刑事セキニンについては、時効が成立しておるんで、問うことがデキんのだよな。
 そっちよりも、むしろ、英吉利の総センキョだわなあ。傍目には、奇っ怪極まることばっかで、議院ナイカク制のくせに、ギカイでの「首班指名センキョ」って、ねえのかよ? ニッポンだと、総センキョが終わると、特別国怪が召集されて、首班指名センキョをやって、総理ダイジンを選出するんだが、英吉利ってのは、「それ」がねえのかよ。どうも、憲法に規定があるっていうより、慣行で、女王陛下が、第1党となった党首を、自動的に首相に任命するのかよ。そこで、第1党が過半数を制しておれば、何のモンダイもねえんだが、今回みたいに、「過半数割れ」を起こすと、大変なんだな。だから、「連立を組む」っていうハナシなんだろうが、そこで、突如、北アイルランドの地域政党である民主連邦党ってのが、ワサワサと浮上してきてだな、傍目には「?」だよなあ。スジから言えば、キャメロンんときに連立を組んでおった「自由民主党」ではないかと思うんだが、いったん、そうやって、連立を解消して、家の外に叩き出したんで、カンケイがこじれてしもうたんかいなあ。
 あと、わかんねえのは、開票の最終確定が出たんだが、ニッポンの各紙外電面はどこも、アイルランドの「シン・フェイン党」の名前を出さんで、「その他」にしちゃっておるんだよな。それも考えてみれば、失礼なハナシで、シン・フェイン党は、倫敦にある各紙シキョクに、「『その他』とは何事だ。ちゃんと党名を出せ!」と文句を言わんとだよな。いくら、エリザベス女王様にアタマを下げるのが嫌で、登庁拒否しとるとはいえ、でも、ちゃんと、当選しとるんだからな。いずれにしても、メイは、「正統性」がないに等しいんで、政局運営は大変だと思う。ワシの意見は、保守党はメイを更迭し、その後任のもとで、民主連邦党にダイジンのポストを与えて、がっちりと抱き込むことで、「カクナイ連立」の選択肢しか、思い浮かばんよな。

 #この「6・11」に第1回投票のあった仏蘭西の総センキョだが、1発で決めるには「50%超」の得票率が要るんで、最終確定するのは、2回目を見てからなんだが、内務ショウの発表だと、マクロン新党&モデムの中道が32.32%、LRを中心とする右派が21.56%、PSを中心とする左派が13.81%、FNを中心とする極右が13.20%かあ。軒並み、マクロン新党の候補者がトップで抜けておるってことで、世論チョーさはだいぶ飛ばしておるんだが、マクロン新党にモデムと、PSとLRからのオコボレ組で、過半数は間違いなさそうで、そこからどれだけ上積みできるか、かあ。しかし、勝ち過ぎはよくない。緩みと驕りが出て、緊張感がなくなり、悪い影響が出る。その意味で言うと、「健全野党」は必要だ。
 ほうー、メランションが出たマルセイユの選挙区は、得票率34.3%でトップで抜け、2位がマクロン新党のコリーヌ・ヴェルシニとかいうオンナで、22.7%かあ。3位のPSのパトリック・メニュシは12.4%で、あと、0.1ポイントあれば、「2回戦進出」だったのになあ。メニュシは、メランションとヴェルシニのどっちを支持するかは、明言せんのかいなあ。しかし、この得票差だと、メランション有利だな。やっぱ、メランションみたいにうるさいのが、ブルボン宮にいるべきだ。
 で、英吉利の政局だが、官邸が明らかにしたところでは、「北アイルランドの民主連邦党との間で、カクガイ協力で大筋合意」かあ。しかし、この「大筋合意」っていう物言いに、妙に含みがあるんだが、コイツは共同電なんだが、原文では何なんだろうなあ。「almost agree」かよ。「perfectly」ではねえんだな。「カクガイ協力」ってのは、ダイジンには就かんものの、重要ホウアン、予算アンにナイカク不信任アンetcでは共同歩調を取るってことか。ってことは、とりあえず、この2つだけはOKだが、後は、何の保証もねえってことかあ。
 どうなんだろう、いずれにしても、この「北アイルランド」ってのが、よくも悪くも、「政局のツボ」になっちゃったよなあ。この民主連邦党ってのは、プロテスタント系で、比較的、保守的ってことかあ。でも、思うんだけどさ、あんまり、保守党っていうか、倫敦、イングランドに擦り寄ってしもうと、敵対するシン・フェイン党に、いっぺんにヤラれてしまうっていう、危機感が有りマクリンスキーだと思うな。だから、「半身」なんだと思う。あー、ってことは、たぶん、シン・フェイン党は、カトリック系ってことなんだろうなあ。それで、アイルランド本体とも近いってことか。それで、英吉利の国怪は、施政方針演説をエリザベス女王様に読み上げてもらうってんだが、「それ」に対するサイケツが、「6・27」にあるってんだな。ってことは、コイツが「首班指名センキョ」に代わるものなんだな。コレで造反が出て、不承認ってことになると、女王陛下の顔に泥を塗るってことになるんだな。英吉利も、それなりに歴史があるんで、そういうところも含めて、よくデキておるなあ(笑)

 #しかし、新潮砲のエジキになっておった竹内は、最低。そもそも、「スキャンダルを追う立場」にある人間が、逆にそのネタにされておる時点でアウトだ。悪いけど、今日をもって、「ファン」を辞める。「休日出勤はおかしい」とまで、ワシは弾劾しておったのに、そのウラでコレだからな。完全に「信」を失ったよな。それで言うと、ミオパンも同じだが、しかし、あの「女子アナ」っていう連中は、要するにバカなんだな。自分のアタマでモノを考えて、主体的に、かつ果敢に突っ込んでいくっていう人種ではなく、出来上がった原稿を読み上げるのが関の山の、要するに「お人形さん」ってことだわな。さっさと、片付いて欲しい。
 だいたい、竹内については、「もし、カトパン化したら、大変なことになる」とまで肩入れしておったウラで、コレだぞ。本当に顔に泥を塗られた思いだ。久しぶりにキレた。ましてや、永田町は「凶暴罪政局」で動いておった最中のハナシだからな。ったく、使いもんになんねえのばっかりだ。
 あと、チョコれ〜なは、平日は毎夕18時に寝るという生活だそうだが、ってことは、未明の2時前ぐらいに起床ってことか。でも、ダンナは普通の勤め人だろうな。だとすると、同じ屋根の下ではありながら、コミュニケートする時間が、なかなか取れんよな。その分、週末なんだろうが、ダンナもまだ若いんだろうから、余計なお世話ではあるんだが、夜の営みってのは、どうなってんだろうな。三十路前後ってのは、朝立ちとか含めて、まだビンビンだから、大変だろうなあ。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #桜前線の上昇とともに、年度末を迎え、世の中は卒業式を経て、暦が替わると、入社式を迎える。ワシは、会社組織を離れて、もうだいぶ経つんだが、でも、折りに触れて、思い起こすことがある。もし、自分がずっと、最初勤めた会社に居続けていたとしたら、この4月1日で、何と、まる29年を迎え、30年目に突入するのだ。大学を卒業し、新入社員として、勤め始めた頃、そんな30年後など、予想をつけようにも、そんなもの全く及ばない、遥か遠い遠い未来のことでしか捉えられなかったのだ。しかし、今、自分が、そういう地平に立っておることを思うと、次のフレーズが、湧き出てしまう。「思えば、遠くへ来たもんだ」
 じつは、これは、武田鉄矢がリードボーカルを務めていた海援隊のヒット曲で、中学生の頃、熱烈なファンだったワシは、コンサートに行ったこともあったものだ。高校を卒業したのが、1984年の3月だから、このフレーズで歌うと、「ふるさと離れて、30余年」となるだろうか。30年という歳月は、つい、この間のことのように思える一方で、しかし、よくよく考えてみると、なかなかの歳月なのだ。
 それで、入社式に話を戻すと、もし、自分が最初の勤め先を辞めずに、ずうーっと会社組織に居続けたとしたら、いったい、どんな人生を、その後、歩んでいたのだろうか。実際に、そういう人生は存在しなかったので、あまり、熱心に、そういうことを考え込む意味はないのだが、でも、少しヒマになると、そういうことも考えてしまう。少なくとも、会社員のままでいたら、ごくフツーの結婚をして、子供もおって、自宅のローンの支払いを済ますことを第一目的として、やらされる日々の仕事の生活に流されておったのだろうか。もし、人生が2度あるとするなら、1度はそういう人生を歩んでみるのも、決して悪くはないような気がする。ただ、残念なことに、人生は1度しかない。1度しかないのだから、結局、自分はこういう生き方しかなかったのだろうと、窓から見える一輪の桜を前に、今、改めて、思いを致しているのだ。
 翻って、ワシの同期は、軒並み支局長や本社の部長だ。で、こういう職というのは、椅子に座ってハンコを押すのが仕事で、最早、ブンヤではない。その点、ワシなんぞは、肩書などなく(だから、名刺にも、肩書はなく、名前と住所、電話番号、メールアドレスが印字されているだけ)、今でも、ゲンバに出ては、新人記者と同じように聞き込みに精を出している。ブンヤは、そもそも「無冠の帝王」なんだから、肩書などなくて十分だし、この30年、そんなふうに「変わっていないこと」を誇りに思う。まだまだ、ワシはバリバリの現役なのだ。

 #で、今日(=3・27)発売の週刊ダイヤモンドの総力特集「美術とカネ」、超オモロかったな。ま、ぬあんて言うんか、ワシらジケンを持ち場とするブンヤからしてみりゃ、絵画をはじめとして、あのテの美術品ってのは、要は、「貨幣」だからな。特に絵画なんてのは、「値段があって、ないようなもん」だから、マネー・ロンダリングにおいて、URAGANEをオモテに出すことで、その逃避先にするには、もってこいだからな。
 コイツが、まだ、「金塊」だったら、重量に比例して金額が決まるんだが、絵画ってのは、いかんせん、そういう「わかりやすさ、明朗性」ってのが、ねえからな。例えば、今や「天才」の名を欲しいままにしておるゴッホの作品が、生前、ほとんど売れず、極貧の中で人生を終わっておる一方で、あと、「現代アートのわかりにくさ、難解性」ってことで言えば、ピカソの抽象画を出せば、コトが足りるだろう。それで言うと、「絵画の値段」って、どういう仕組みで決まっておるかってのは、興味津々だよなあ。やっぱ、御用評論家とか、御用メディアの存在は、大きいんだろうな。
 それで言うと、ダイヤモンドの記事では、画廊のピンハネ率が、「2〜3割」から、「5割」ってのもあって、「ひょえー」だったな。中には、まさに「悪徳画廊」以外の何者でもないんだが、絵描きから作品だけ取り上げて、代金を払わんまま、トンズラするような輩もおってだな、ホンマ、「搾取」がまかり通っておるんだな。あと、芸大の中でも「東京芸大」は別格であるとか、画壇におけるヒエラルキーとか、やっぱ、胡散臭さを極めておってだな、大学でヤッとる美学美術史なんてのは、キレイゴトもエエところだわな。
 それで、「絵画とカネ」ってことで言うと、ちょうど、四半世紀前だが、ワシが大毎は姫路支局におったときに、画廊関係者から小耳に挟んだハナシだったが、「東山魁夷とナカソネの超ズブズブ」ってのがあったな。ま、ニッポン絵画の巨匠とケンリョクとの癒着ってことだが、そこで聞いたのは、「東山魁夷の絵を買うには、ナカソネの口利き、つまり、『紹介状』が要る」というハナシだった。もちろん、そういう「紹介状」という名の紙切れは、タダではない。ちゃんと、出すもん出さんとダメなんだが、当時の取材メモが散逸しておるんで、詳しいことは忘れてしもうたが、確か、「本体価格の数%」、で、「5%」だったと思う。
 だから、東山魁夷の絵を買うには、要は安い、ハガキ大の小さいもんであっても、その「ナカソネの紹介状が要る」ってことで、「へえー」だったな。その画廊関係者曰く、「私に言わせれば、東山魁夷なんてのは、(政治家によって)作られた画家だと思う」とハッキリ言っておった。あー、ネットってのは、やっぱ、「文明の利器」っていうか、この2人の名前を放り込んで検索をかけるとだな、ナカソネが現役の総理ダイジンだった83年10月刊行の『月刊自由民主』に、「美しい『花と緑』のニッポンを」の御題で、岸恵子も加わって、鼎談をヤッとるなあ。
 ま、コイツが、もし、ナカソネでのうて、当時、ワシの持ち場であった、姫路を中心とする播州地方に関わる、例えば、姫路がセンキョ区だった河本敏夫とかであれば、取材に動いて、記事化もデキたんだが、姫路とは直で関わりのないネタだったんで、残念ながら、陽の目を見ることなく、握ったままだった。でも、四半世紀を経て、こういうタイミングで「字」にできたんで、それはそれで、よしとしやう(笑)

 #「上」の続きっていうんか、「取材メモが散逸しておる」と書いたが、正確に言うと、「内容はワープロのフロッピー・デスクに入力してるんだが、今、ワシの手元にワープロがないんで、読み出せない」ってことなんだな。この御時世、ワープロなんて、まさに「ガラパゴス状態」そのものだから、ぬあんて言ったらエエんかいなあ。ひとつには、ワープロに関して言うと、ワシはもう、ワープロがあれば、それで十分だった。
 というのは、「書く」という作業に関しては、ワープロで完成され尽くしていた。ワシがずうーっと使っておったのは、富士通のオアシスだったんだが、ワープロ1台あれば、印刷機能も付いておるゆえ、感圧紙を挟み込めば、サクサクと印字できたし、あと、辞書機能も充実しておって、日々、使っている言い回しをドンドンと単語登録していけば、例えば、「産業革命」を「さんかく」で入力すれば、それでOKなんで、ホンマ、便利だった。あと、メールなんて、文字情報のやりとりだけで十分なんで、ワシはワープロ通信の「ニフティ・サーブ」の時代からの会員なんだが、悪いけど、今でもワープロ通信で十分だ。でも、世の中は、それを許してくれない。
 あと、このテのデジタル情報ってのは、本当に、サスティナビリティー、つまり、「持続可能性」がないと思う。長らく、このテの情報の記憶媒体ってのは、フロッピーだったんだが、しかし、今は、そんなものは化石そのものだ。CDも使えないし、USBメモリーだって、いつまで持つか、だ。例えば、今、USBメモリーに保存している情報を、10年後にサクッと読み出すことが、果たしてできるだろうか。要するに、どんどんとバージョンを変更していくことで、「とにかく、新しいものを買わせて、カネ儲けする」という発想しかないのだ。

 #しかし、ちゅばきは、いったい、どうしちゃったんだよ。アレは「水卜麻美状態」っていうより、既に「水卜超え」ってカンジだわなあ。貫禄十分っていうか、綱を締めて、土俵入りをしても、サマになりそうで、亜米利加取材でステーキをたらふく食っただけでは、あそこまでならんよな。ネット検索すると、「妊娠中」で引っかかるんだが、まさか、それはないだろう。アナバンの頃は、スラッとしとったんだがな。チビは、すっかりオバチャンで、「妊娠も」っていうことで言えば、むしろ、こっちだろうなあ。三田パンも、だいぶ、雰囲気が変わって、三十路モードに入ってきたよな。大江麻理子は、喋りが、小谷真生子とクリソツだな。不可ではないが、かといって、優(or良)の評価は出するには、印象が弱過ぎる。あと、雨宮塔子は、化粧濃過ぎ。「厚化粧オバハン」と言いたくなる。嵐の桜井翔とのイチャイチャが暴露された小川彩佳は、空気人形っていうか、ダッチワイフそのものだな。桜井の前では、あんなに超エロい顔をするくせに、どうせ、夜の番組なんだから、「視聴者サービス」っていう点では、色気が足りん。
 えっ、チョコれ〜なは、まる2年ぶりにブログを更新したかと思ったら、その場で「入籍報告」かよ(**) 相手は一般の会社員ってことだが、しかし、よくまあ、コレまで写真週刊誌にシッポを掴まれんかったな。入籍も既に10日前に済ませておるってことで、このタイミングがなかったら、ずうーっと隠蔽しておったんかいなあ。インスタグラムの方は、やたら写真を投稿しておったんだが、オトコがおる素振りは隠蔽しておったわな。以前、ベイスターズだったか、プロ野球選手と付き合うておるってことで、写真を撮られておったが、長続きせんかったってことか。「スポーツ卒業」ってことで、新年度からは朝ニュースの担当ってことだが、モロ、三十路だからな。あー、社は違えど、よっしーと同期・同い年で、両方とも慶応の政治学科だったよな。
 市川紗椰は、台本がちゃんとあるってのがすべてだわな。もっとも、それを言ってしもうたら、他の女子アナも同じだが。あの『ヴィカ』ってのに、よく露出しとるんだが、他とは路線がだいぶ違うよな。あの妙に丈の長いスカートに、ユルユル感たっぷりの服で、でも、「報道」はビシッと締めてもらいてえよなあ。「報道女子」であれば、髪をバッサリと切ってだな、短くしろってんだよな。刈り上げでもエエくらいだ。あんなに髪をダラダラと垂らしたままで、ゲンバに乗り込めるかってんだよなあ。せめて、束ねるか、チョンマゲだわな。
 あと、テレ東は、新社屋移転とほぼパラレルで、ブログ更新が停止しマクっておるよな。ともこも年末の「今年も終わります」でオシマイで、生きてるのか、死んでるのか、どっちなんだよ? だって、「死ぬの、生きるの」で大変なまおが、アレだけ情報発信しとるんだから、ケツをペンペンと叩き倒さんと、アカンのかよ。だいたいが、「小浜のヒロシマ訪問」を引き合いに出して、「なぜ、世界が大戦に突き進んだか、思い起こすきっかけになれば」と書いておるんだが、この「思い起こす」っていう生温みを極めた物言いだわなあ。「極限まで考え抜く」でなければ、おかしい。所詮、首都圏ローカル局ってことで、「トップを獲る」という気概に乏しいよなあ。

 #それで、ヨミから産経に転職した三井美奈だが、「ファースト・レディー考」ってことで、ああでもない、こうでもないと書いておるんだが、マクロンの嫁ハンが、24歳も上の高校時代の恩師だったってのは、ワシは初耳だった。「愛があれば、歳の差なんて」とは言うものの、コイツは親子だわなあ。マザコンとも違うのか。ひょっとしたら、オランドの後釜になるんかもしれんのだから、このオンナに関する嗜好に関しては、ちゃんと分析しておく必要があるな。あと、オランドの嫁ハンのトリエルベイレは手記で「(オランドは)ビンボー人を嫌ってた」と暴露しておったのかあ。ま、所詮、ENA出身だから、「いかにも」なんだが、オンナもいったん関係がこじれると、すぐ喋るよな。
 それと、今、肩書は「外信ブ編集イイン」ってんだが、結局、巴里駐在には出してもらえておらんのだな。大統領センキョは既におっ始まっておるんだし、ニッポンにおってもしゃあねえよなあ。外信ブ記者、すなわち、特派員ってのは、海外の現地に駐在しておってナンボだからな。ま、そのうち出してもらえるんだろうが、ヨミからだと、給料は下がりマクるワケだが、やっぱ、外信ブっていうか、「巴里駐在」っていうこだわりがあったんだろうなあ。「第2の山口昌子」を目指すんかよ。新潮新書に載せておった顔写真だと、目がクリっとしておったんだが、もう、アラフィフっていうか、五十路突入ぐらいだろうから、だいぶいいオバハンだわなあ(笑)

 #しかし、カトパンは日テレのアナザースカイ、前に家族旅行で行ったっていうスイスで、美味いもん食って、ピアノ弾いて、身辺雑事をアレコレと喋るだけで、ギャラを貰えるんだから、それでマトモな感覚が維持できたとしたら、奇跡に近いわな。テレビってのは、ホンマ、ラクしてアブク銭が貰えるんだな。ナンボ、中身がなくても、テレビの仕事に依存したくなる心境ってのは、それはそれで理解は可能だな。聞いたハナシでは、テレビはカメラに出るだけで、3萬〜5萬、スタジオに呼ばれると10萬、キャスタークラスだと、1回で20萬〜100萬円ってんだな。マトモな仕事ではない。ま、1日10時間も寝ておるんだったら、だいぶ、体力も回復しただろうな。
 それと、日刊スポーツに「有吉弘行の子供を妊娠、結婚へ」と書かれた夏目三久だが、結果的に腹は大きくなっておらんから、大誤報記事であり、その後、意味不明のおわび記事も出たんだが、しかし、本来であれば、書いた記者とその上司は、クビとは言わんでも、減給or休職といった懲戒ショブンや、配置転換があってしかるべきだが、ウントモスントモだわな。それも不思議っていうか、奇っ怪極まっておるんだが、アレはいったい、何だったんだよ。夏目本人も「何もなかった」かのような、ヌケヌケとした顔で仕事を続けておるし、魑魅魍魎だわなあ。「もう、済んだハナシ」ってことで、誰も出そうとせんもんなあ。
 ほいで、おクリ、今朝(=4・9)の毎日シンブン、読んだかよ。例の薬害C型肝炎ジケンだが、薬害肝炎対策基本法ってのは、10年の時限立法なんで、来年1月で失効するってんだが、ところが、これまでに認定を受けて、救済の対象になったのは、1万人超は患者がいるといわれておるなかで、たったの「2割強」の約2200人に過ぎないってんだな。被害が顕在化しないのは、医療機関でカルテが廃棄されてしまっていて、フィブリノゲンの投与が証明されなかったり、あと、患者がフィブリノゲンの投与を知らされていない、わからない、忘れたというケースもあるってんだな。それでも、今なお、毎月数人が被害救済を求めて、提訴しておるってんだな。
 悪いけど、そんなペットの殺ショブンのハナシに比べたら、こっちの方が、全然、大きな問題だ。こうした薬害であり、フクシマの原発だわなあ。誤解を恐れずに言えば、ペットの殺ショブンと、食肉用の牛や豚の屠殺と、いったい、何が違うというのか。「殺処分ゼロ」を実現するのであれば、現行のペット業者を全廃しなければならないだろうが! ペット業者だって、「それ」でメシ食ってるんだから、必死だ。彼らのメシの種を壊滅する覚悟で、本気でやっておるのか。その欺瞞にうんざりしておるんで、もっと純粋で、汚れてなかった10年前のおクリに、頼むから、戻ってくれや(TT) ワシは名指しで言える資格がある。

 #そうか、カトパンは、やはり、胸のサイズは「E」だったのか。確かに、見た目では、それぐらいはありそうだわな。
 ところで、ちゅばきは、「寿司」とかいう、インドネシアの海洋ダイジンにハナシを聞きに行かされたそうだが、いいオバハンだが、しかし、インドネシアってのは、北のわがままおやぢんところと、妙なっていうか、得体の知れん繋がりがあるんかよ。金正男が暗殺されたのは、マレーシアだったが、あの東南アジア一帯ってのは、チョット、胡散臭い、ただならぬ仲が漂ってそうだよな。
 インドネシアといえば、かつて、毎日シンブンの外信部長だった大森実が、単身、北ベトナムに乗り込んで、「泥と炎のインドシナ」というルポで、亜米利加の北爆のデタラメぶりをスッパ抜いたことで、石をもて追わるるがごとく、退社に追い込まれるんだが、あのとき、大森実は、まず、ジャカルタに入り、「デヴィ・スカルノ」のルートを使うて、北ベトナムの入国ビザを取り、中国の南寧経由でハノイに乗り込んでおったんだよな。だから、あのインドネシアってのも、つかみ所のねえところがあるんだよな。それはそうと、ちゅばきも、最近、肥えたんで、その分、胸もデカクなったんだろうが、まだ、カトパンには及ばんよな。

 #先日、この「4・15」に、新宿の京王プラザホテルで、「長高」こと、「新潟県立長岡高校」の東京同窓会があったんで、行ってきた。
 ちょうど、一昨年が、齢50を迎えるワシらが「幹事学年」ってことで、要するに、「できるだけたくさん出席するように(当日、出席人数が少なくて、赤字になったら困るので)」ってことで、いろいろと声がかかってきたんで、初めて出て、んで、去年はバタバタしておったんで、出なかった。今年はどうしようかいなあと迷っておったんだが、1つには、今年は2年下が幹事学年だったんだが、「ワシら3年生のときの1年生」ってことで、所属しておった部活の吹奏楽部の後輩たちが、1年下とも合わせて、出席者名簿見たら、だいぶ出るってことと、それと、詳しくは後述するが、大学時代の恩師が、それこそ大学卒業以来だから、まる29年ぶりになるが、出席者名簿に出てたので、「こういうタイミング、機会でもなければ、会えないな」と思い、ギリギリまでどうなるかわからなかったんだが、何とか、やりくりができたんで、参加してきた次第だ。
 それで、まず、感動だった恩師との再会話からだが、その方とは、慶応大文学部の社会学専攻の教授だった山岸健先生(昭和28年卒、ちなみにワシは同59年卒)だ。そうそう、だから、山岸先生も長高出身だったってことで、「慶応長岡学生会」ってのがあって、そのつながりで、元々、存じ上げてはいたのだが、何度かココでも書いているが、大学3〜4年んときに、新聞研究所のゼミで「現代社会論」という講座を、ちょうど、ワシが3年んときに始まったんだよな。ワシは新聞研の入所試験には落ちておったんだが、「フリー参加OK」ってことで、卒業単位とは関係なかったんだが、毎週月曜日5限の山岸先生のゼミを取ったのだ。フリー参加でも、待遇は正式のゼミ生と全く変わらず、発表もちゃんとやって、コンパにも参加できて、本当に楽しかった。
 ワシは文学部で仏文専攻だったから、山岸先生が持っておられた社会学専攻の講義は、たまたま取る機会がなかったのだが、本チャンの社会学専攻のゼミに比べたら、たぶん、推測だが、新聞研の方は、先生も肩の力を抜いておったとでもいうのか、自由気ままに、自分の好きなテキストを選び出し、それを学生にレジュメを書かせて、発表させ、それをもとに討論するというスタイルだった。
 で、凄かったのは、それは、本当に齢50を過ぎた今になって、つくづくと実感することなのだが、先生が読み込みを指示した一連のテキストなのだ。思いつくままに列挙すると、安部公房『箱男』、パーク『実験室としての都市』、ベンヤミン『複製技術時代の芸術』、ポール・ニザン『アデン・アラビア』、バシュラール『夢見る権利』、ソーロー『森の生活』、永井荷風『日和下駄』、ロラン・バルト『明るい部屋 写真についての覚書』、ベラ・バラージュ『視覚的人間 映画のドラマツルギー』……。これらは、どれを今読み返しても、色褪せてはない。これだけのラインナップを、当時のワシが、自分で選んで読むということは、絶対にできなかった(そして、おそらく、今も)。あのころは、「現代社会論」のゼミのテキストとして、いわば「強制的に読まされていた」というカタチだが、しかし、その刷り込みが、その後、どれだけ生きたかわからない。まさに、珠玉のコレクションだ。
 それで、会場で先生が座っている席を探し出し、あいさつをした。山岸先生は、本チャンの社会学専攻のゼミ生でなかったこともあるのだろう、ワシのことを覚えてはいなかったが、でも、「あの新聞研の現代社会論を取っていた古川です」と切り出すと、「あー、そうでしたか」。それで、テキストの名前を出すと、「そうそう」と思い出して、「ソーローの『森の生活』、あれはいい本です」「複製技術時代において、失われるのは、作品におけるアウラである」と先生が言って、「だから、山岸先生、あれらの本を学生時代に読まされたことが、どれだけ私のその後の人生の糧となって生きているか、わかりません。その感謝の気持ちとお礼を、ぜひ、今日は先生に伝えたかったんです」と、ワシは先生の手を握って、がっちりと握手をしたのだ。

 #「上」の続きで、その長高東京同窓会で、今回、2年下の代表幹事の中澤雄大君だが、彼は毎日新聞の2つ下で、在職中は知らなかったんだが、ワシが辞めてからだが、何かの機会で1度会ってて、名刺交換し、当時、政治部の官邸担当だった。でも、そのときは「長高出身」なんて、一言も言ってなくて、今回、HPを見て、ビックリした次第だ。彼は13年に『角栄のお庭番 朝賀昭』(講談社)の著しておるんだが、その後の「角栄本ブーム」の火付け役になったんだが、今回、なぜ、彼が朝賀昭を取材したのか、やっとわかった。あいさつして、少しだけ喋ってきたんだが、吹奏楽部繋がりの後輩から、ワシのことも知っておったのか、とにかく、彼はワシが長高出身ということを、最初から知っておった。今はメディアデジタルの部門にいるということで、何のテーマかは知らないが、とにかく、本の取材をして、書いておるというので、ぜひ、いい作品を出してもらいたいと思う。
 それで、「ニュース原稿は逆三角形」ということで、大事なことから順に書くと、1年生んとき、同じ6組だった依田高典というのがおるんだが、今、京大経済学部の教授なんだな。正式な所属は「大学院」ってことなんだが、学部の授業も持ってて、実態は大学所属の教授と全く変わらないとのことだ。一昨年も会ってて、例によって「よう、ジイサン、元気か」と切り出して、ワシが1年6組んときの、仲のよかった男友達から呼ばれておったあだ名なんだが、言い出しっぺは、今、新潟県の県立高校で英語教諭をしておるヤツで、ワシに言わせれば、そいつの方が、モロ、ジジイってカンジで、お互いに「ジジイ、ジイサン」と言い合っておったのだが、結局、ワシの方が言われてしもうたんだな。
 ま、それはともかく、彼は、高校時代は、成績はそんなに大したことなくて、そういうところでは目立つ存在ではなかった。浪人で上京し、駿台に1年通って、それで京大合格したんで、「あんなとこは、1年も猛勉強すれば、受かる」と言っておったから、元々、ポテンシャルはあったんだな。その場でも話したんだが、「やっぱ、依田は遅咲きだったんだな」と。弓道部に入っておって、だから、ヤツも3年間部活浸けだった。今、京大の教授になったのも、どの世界も人事はそうだが、本人の実力もさることながら、ポストの空きとか、引きもあって、運もあるだろう。当時、長高で文系で超優秀だった男子2人は、いずれも東大文掘癖験愽堯砲妨縮鬚覇って、2人とも国立大教授(東京外語大の川村大に、埼玉大の高橋克也)なんだが、この2人ともまた、依田は毛並みが違う。もちろん、偏差値だけで大学は決め付けられないが、「格」という点で、今では、ダントツで依田の方が遥かに上なんで、「ウサギとカメ」で言うと、依田はカメだったんかいなあ。ちなみに、川村に高橋は、双方、天才肌の早熟系で、あまりにも成績がよくて近づきがたいものがあったが、その点、依田は、ワシに今でもジジイ呼ばわりのタメ口を聞くほど、気安さはある。
 それで、そういう、その依田とのハナシん中で、「いいか、今日、一諸にいろいろと喋ったことを、ワシのブログで、依田は実名を出すからな。『大学教授』は公人の最たるもので、ましてや、そのへんの田舎の駅弁大学ではねえんだから、当然だ」と言ったら、「名前を出すのかよ」と渋っておったが、押し切った。少なくとも、依田については、匿名にする必然性が、どこにもない。
 その依田とのハナシで、「そういえば、最近、『マル経(=マルクス経済学)』って聞かんが、どうなったんだよ?」とワシが聞くと、依田曰く、「マル経なんて言うと、今、学生が集まらんからな」ってことで、社会ナントカ経済(正確な名称は失念)と言い換えておるんだそうだ。ただ、ワシの大学時代は、東西冷戦下で、ソ連がまだあったということもあって、マル経の教授はおって、無論、主流派ではないし、就職がイマイチってことで、学生の人気は低かったが、でも、慶応でもマル経の教授はおったし、ワシが住んでた日吉の共同下宿のチョッチュネ荘で、経済学部の同級生は寺尾誠っていうマル経の教授のゼミだったが、就職活動でも、さしたる苦労もせず、そこそこの会社にちゃんと入っておったからな。だから、それで言うと、国立大でマル経の教授なんて、本当におらんってんだな。「官学の雄」の東大は全然ダメで、あの「自由な校風」が枕詞の京大ですら、風前の灯火で、だから、「金子勝を抱えておる慶応の方が、まだ、マシ」だってんだな。
 1つには、カネのモンダイがあって、例のコイズミ構造改革以降、「国立大の独立行政法人化」で、以前は一律、金太郎飴式に平等支給だったんだが、文科ショウが、要は予算カットなんだが、「傾斜配分」ってことで、サジ加減をいじくって、そこから締め付けてきておるゆなんだな。「産学協同」がアタリマエの理系まだしも、「文系でも、こうなのか」ってのは、依田との喋りの中で、正直、オドロキだったな。「最近は、締め付けが厳しい」と何度も愚痴をこぼしておって、逆に言えば、慶応が金子勝を抱え込んでおれるってのも、もともと、あそこは左ウイングにも懐が深いところがあるんだが、寄付金を含めて、カネに余裕があるってのは、大きいんだな。ただ、依田にも言ったんだが、「フランスでは、大統領選挙の世論調査で、第3位に極左のメランションが躍り出ていることに象徴されるように、それを下支えする、トマ・ピケティをはじめとして、左派系の経済学者の層が厚い。翻って、日本では、マルクス、エンゲルス、共産主義の名前すら出すのを憚れるようでは、心もとないっていうか、違う」と。
 で、依田はワシが高校時代、「京大第一志望(文学部)」だったのを知っておるんで、「ジイサンも、京大に入っておったら、だいぶ、人生が変わっておったかもしれんよなあ」と言ってて、「確かに、それはあるかも」と。「しかし、ジイサン、生きたいように生きてるよな」と言われ、「アタリマエだ。書くべきことを書かずして、どこに生きている意味などある。オマエも、学者生命を賭けて、書くべきことを書け。アカデミズムもジャーナリズムも、目指すところは同じで、『真実の追求』だ」と、ワシはガンガンとハッパをかけたのだ。依田は最後の4次会のカラオケまで一緒で、帰りも山手線の品川駅で別れるまで、あーでもない、こうでもないといろいろと喋って、オモロかった(笑)

 #長高東京同窓会の続きで、会場には同級生はもとより、先輩、後輩と、かなりおったんで、ビール片手に、いろいろと喋るんで、意図もせず、いろんなネタが引っかかるんだな。んで、ブンヤとしての立場上、吐き出さざるを得ないんで、それで言うと、超ローカルなハナシで恐縮だが、新潟県内の第四銀行と北越銀行の経営統合モンダイなあ。シンブン記事を読んでも、さっぱり掴みどころがなくて、ま、新潟県ってのは、どこの町村に言っても、この「だいし」と「ホクギン」はあるっていうか、もっと言えば、この2つしかないんだが、その2つが一緒になるってんだから、「へえー」なんだよな。だいしがトップで、ホクギンは2番手で、一般的な視点でも「双方、ライバル同士が鎬を削って、張り合ってやってきた」ってことで、例えば、同じ家庭でも、銀行口座は、ダンナはだいしで、嫁ハンはホクギンってのも、ナンボでもある。そういう意味でも、この2つってのは、いいライバル同士で、ひと昔前の大光相互銀行(現・大光銀行)の乱脈融資ジケンといったような不祥事も聞かんし、双方、堅実な経営をしとるっていう印象だったんだよな。それと、どこの会社もそうだろうが、だいしとホクギンでは、行風もだいぶ違うとこのことだ。
 ただ、中におる人間から、直接、聞いたんだが、今回の経営統合のハナシってのは、「だいしの側が持ちかけた」ってんだな。逆に言えば、ホクギンの方は、そんなツモリは全然なくて、「だいしさんが、そこまで言ってくるんであれば、だったら、じゃあ、一緒にやりましょうか」ってことなんだな。だから、今回のハナシは決して「相思相愛」ではなく、だいしが一方的にホクギンを口説いておるっていう構図なんだな。公式発表では、双方が合体しなければならないほど、「地方ということで、ニイガタも疲弊している」とは言われてはおるんだが、しかし、本当にそんなにキビシイのだろうか。シンブン記事では、今後、公取の審査があり、「独占禁止法に引っかかる可能性もありやなしや云々」とあって、まだ、最終決定ではないらしい。新潟ケンミン以外は、全く関係ないんで、当然、ヒマダネの扱いになる(笑)

 #長高東京同窓会の続きで、いろいろと喋ったなかで、ワシも浮世離れしておるっていうんか、家庭を持っておらんから、そのへんの「子供と親の会話」で言うと、昨今の「喫煙者狩り」だが、そもそも、小学校で「これでもか」と言うくらい禁煙教育ってのが徹底しておって、「タバコの副流煙による健康被害が云々」と刷り込まれるってんだな。だから、家では、子供から、要は「タバコを吸うのは人間ではない」というくらいに言われるってんだな。根拠は、コイズミ時代の「健康増進法」だが、とにかくスゴイことになっておる。
 それと合わせ一本でスゴかったのは、2次会、3次会で、誰も通常のタバコを吸うのがおらんくて、1人か2人、電子タバコを吸うのがおったぐらいで、「嫁さんや、向こうの親に止められている」というのもおって、気が付いたら、世の中、すっかり、変わってもうとるんだな。ワシはタバコは全然、吸わんが、でも、相席者の喫煙は全然OKで(だって、昔はそうだった)、「かつて、松田優作はタバコ吸ってたし、ウルトラ警備隊のキリヤマ隊長だってタバコを吸っている。アレは確か、昭和37年だったが、ネット動画で見たんだが、横綱の初代若乃花の引退会見では、タバコを吸いながら、受け答えをしておった」とワシが言ったら、女子の間から「うわー、そうなの!」とオドロキの声が上がっておった。
 覚醒剤や麻薬といった薬物ならともかく、タバコなんて、「たかが嗜好品」だからな。おかしいっていうか、異常だと思った。確かに、以前は、喫煙者が我が物顔で君臨しておったんだが、今は全く逆に振り切れてしまっていて、せいぜい、そういう飲食店でも、喫煙スペースと禁煙スペースに分けるだけで十分だ。それも「努力目標」でOKだと思う。罰則付きの全面禁止は、厳し過ぎる。そこまで喫煙者を犯罪者扱いする道理はない。

 #長高東京同窓会の続きで、 やっぱ、同級生だと、子供も同じ長高っても、それなりにおるって感じで、それで、最近の様子を聞いたんだが、30年以上経つと、「一世代」違うんだが、いろいろと変わっておるんだな。まず第一が、「女子比率の増加」で、今は男女比がほぼ半々だってんだな。ちなみに、ワシらんときは、圧倒的に男子が多く、男子は3分の2で、女子は3分の1くらいだったと思う。当時は、長高は毎年クラス替えがあるんだが、2年生のときだけ、「男組」ってことで、2年1、2組と9、10組の計4クラスは「全員男子」で、残る真ん中の6クラスは男女混合で「女組」と言われておった。だから、女組は男女半々だった。今から思うと、「逆差別」もエエところだが、ちなみにはワシは2年10組の男組だった。でも、男組もオモロかったな。そこで、現在だが、コレだけ女子が触れると、長高には今も応援団があって、入学すると、必ず、応援練習ってことで、校歌を覚えさせられるんだが、今は女子が学ラン着て、応援団をやっておるってことで、これは「へえー」だった。「女子が増えてる」っていう原因は、何だろう。わからない。
 あと、ワシらの頃は、7月アタマの1学期の期末試験が終わると、「自宅学習期間」と言って、要は、夏休みに突入しておったんだが、さすがに、それは今はなくなったとのことだ。ただ、当時は土曜日も半ドンで授業があったから、今は週休2日になってしもうとるんで、その兼ね合いはあるだろう。
 ただ、30余年前との決定的な違いは、今は、受験指導も含めたケツの叩き方がスンゴイらしくて、聞いてて、完全に様変わりしておる。ワシらの頃は、ホンマ、「自由放任、ほったらかし」で、「受験勉強をしっかりしろ」などと言う、うるさい教師は、1人もおらんかった。でも、生徒は生徒の方で、教師にいちいちそんなこを言われなくても、ワシも含めてだが、勉強はバリバリとヤッておった。でも、おそらく、コイツは長高だけでなく、どこもおそらくそうなんだという気がするんだが。でも、当時、聞いてたハナシでは、灘、麻布は長高のような「自由放任型」だったってんだが、今はどうなんだろう。それは、知りたい。

 #長高同窓会の続きで、昭和59年卒のワシらの学年は、参加は全員で21人だったってんだが、ワシのおった3年5組は、コバジュンとワシの2人だけだった。コバュンも今は大学教員なんで、実名報道の対象なんで、実名に切り替えるが、カノジョは「堀純子」と言って、日本医科大(眼科学)の准教授だ。旧姓が小林なんで、コバジュンと呼ばれておったんだが、じつは、事前にコバジュンにはメールを送って、「出るか、どうか」と尋ねておったところ、「出席するわ」の返事があったんで、カノジョとは、一昨年の同窓会で、卒業以来、初めて再会しておったこともあって、結局、ゆっくりとハナシを聞く余裕はなかったんだが、「直径2.5cmの不思議な世界の魅力を聞いてみたい」とメールを打っておったんだ。
 これはどういうことかと言うと、一昨年7月発行の「三葉柏」という長高同窓会の会報の「和同人は今」という「社会の第一線で活躍する卒業生」を紹介する欄で(「三葉柏」は校章、「和同」は、校訓である「和して同ぜず」より)、そのメールの題で文章を書いておって、「眼の持つ不思議な世界の魅力」について、いろいろと聞いてみたかったのだ。それは、どこから来ておるかというと、ワシが東京新聞記者時代、20年ほど前だが、当時、社会ではほとんど認知されておらなかった「化学物質過敏症」の存在を初めてスッパ抜いたんだが、その専門的な治療を国内で初めて手がけておったのが、「北里大医学部眼科」だったんだな。そういう化学物質を敏感に感じ取るのが、「視神経」にあるらしく、「そこ」から化学物質過敏症の治療に向かって行ったってことで、「へえー」だったんで、できれば、そこらあたりをコバジュンに根堀り葉掘り聞こうかと思っておったんだが、2次会で席が遠くて、チャンスがなかったのだ(カノジョは2次会で帰ったんで、残念ながら、聞き出すタイミングがなかった)。
 ただ、三葉柏の手記を読むと、2人の子供がおって、「子育てで大変」とあって、実際、1次会の席で、コバジュンがアコちゃんと一緒に喋ってて、ふたりとも高校生の娘さんがおって、「お弁当作りが大変よね」ってことで、妙に意気投合しておった。コバジュン曰く、「そうそう、古川クンは、よくダブダブのトレーナーを着てたよね」っていうハナシになって、「アレは当時、流行ってたビッグトレーナーってんだよ」。コバジュンは、高校時代とは全く変わって、かつては、自分でも「ガリ子」と言っておるように、銀縁のメガネをかけて、まさに、ガリガリと勉強しておって、ホンマ、「マジメ一本」そのものだった。でも、今は、ものスンゴクさばけて、才色兼備の「美人女医」に変貌しておって、「へえー」だった。進学先は地元の新潟大医学部だったんだが、クラスの女子では、成績はダントツの1番だった。学年でも、女子の中では、間違いなく5本指に入っておった。
 で、アコちゃんは、2次会で席が近かったんで、いろいろと喋ったんだが、カノジョとは同じ見附市内の中学校で、毎朝、見附駅から、同じ電車に乗って通ってたんで、クラスは1度も一緒になったことはなかったが、でも、それで面識ができた。アコちゃん曰く、「あの8時3分の電車を逃すと、あと1時間ないから、遅刻だったんだよねえ」ってことで、見附組は、アコちゃんとワシのふたりだけだった。卒業して、同じ時期に上京して、カノジョは都内の短大だったんが、当時、住んでおった場所が、同じ東急は田園都市線の、確か鷺沼で、近所と言えば近所なんで、だから、何故か、電話番号は交換してた。
 それで、ちょうど33年前の今頃だが、渋谷のディスコ「スター・ウッズ」に「2対2」で行って、カノジョとチークダンスを踊ったのは、忘れられない青春時代の思い出のひとつだ。それまで、アップ・テンポの曲をガンガンと流していたのに、突然、照明がバタンと落ちて、静かな甘い曲にチェンジするんだが、ワシらの世代で言うと、ソフィー・マルソーの『ラ・ブーム』の世界だ。当時、渋谷には、他に「ビッグ・アップル」に「キャンディ・キャンディ」もあったが、チーク・タイムがあるのは、スター・ウッズだけだった。ところが、今は、そうしたチークも含めて、「ディスコ文化」自体が、消滅しておるってんだな。そのことを、アコちゃんに話をした。カノジョは、全然、変わってなくて、ANAの客室乗務員をやっていたこともあって、スタイルは抜群。酒が入ってたこともあるんだが、最後に、思わず、口が滑って、「アコちゃんのこと、大好き」と言ってしまった。ま、次はいつ会うかわからないし、下手したら、もう会う機会もないから、別にコレくらい、いいだろう(笑) ほんの一瞬だが、タイムマシンに乗って旅をするのも、決して悪いことではない。

 #「上」の続きだが、ウィキぺディアで、「長高(=新潟県立長岡高校)」を見ると、「著名人」んところで、学者では京大大学院教授の依田高典と、ジャーナリストではワシ(=古川利明)が出ておって、昭和59年卒ではワシらふたりだけだから、それはそれで、なかなかのもんだろう。
 その長高東京同窓会での依田との喋りで、「ジイサン、京大に来てたら、相当、違う人生だっただろうなあ」と言われたが、確かに、然りだ。それと、「ジイサン、あの学生運動の時代に大学生だったら、そっちに振り切れておったと思う」ってのも、然り。
 まず、後者で言うと、ワシと同じ3年5組で、現役で京大(工学部)に行ったヤツがおったんだが、ヤツにはさんざん、「慶応なんか、レジャーランド大学の極みだな」とイヤミを言われて、でも、「当たらずとも、遠からず」だったわなあ。でも、レジャーランドだったからこそ、アコちゃんと渋谷のスターウッズに行けたんだから、それに関しては、悔いはない。時代はまさに「80’s」の真っ只中で、ディスコの天井でクルクルと回る、ミラーボールから発するまばゆい光の中で、踊り続けた時間こそが、わが青春の軌跡だったのだ。逆に言えば、あの時代、下手に政治運動に振り回されなかったからこそ、今のワシがあるといってもいいのだ。  
 ひとりの人生に、「もし」というものは存在しないが、しかし、「もし、ワシが京大に行っておったら、その後、どういう人生を歩んでおっただろうか」ということを、今回、考えてみた。西田幾太郎や三木清に憧れておったんで、おそらく、文学部の哲学科に進み、ウチは大学院に行くだけの余裕はないと、はっきりと言われておったから、たぶん、教職課程を取って、高校の社会科教員の免状を取って、地元の新潟に戻り、県立高校教諭として、世界史か、倫社を教えておったのではないか、と思う。それで言うと、慶応で、同じ長高同窓生である山岸健先生の新聞研究所のゼミ(現代社会論)に遭遇したというのは、今にして思えば、大きかったし、ある意味、決定的だったかもしれない。その新聞研というのは、ひとことで言えば、「マスコミ志望者の巣窟」で、そこに入り込んだからこそ、「新聞記者」、つまり、「ブンヤ」を目指すモチベーションが起こり、だんだんと膨らんでいったと思うのだ。

 #3日後に大統領センキョの第1回投票を控えた、仏蘭西の巴里はシャンゼリゼ通りで、現地時間の「4・20」の午後9時ごろ、男が警戒中の警官に発射して、1人を殺し、その場で殺害されたってんだが、その2日前に、イスラム県の旗が映ったビデオを作製しておったとして、当局は、男2人をタイホしておったってんだよな。であれば、こんなもん、完全に仕返しに決まっておるわな。カタギの市民を巻き込んだ無差別乱射でのうて、警官にターゲットを絞っておるあたり、スジは通しておる。やっぱ、オランド政権の無能ぶりをさらけ出したな。
 あと、トルコの憲法改正のコクミン投票だが、今回は、やっぱ、あの不正投票ギワクだわな。大毎時代の1年下の89年入社で、今、エルサレム駐在の大治朋子が続報を打っておったんだが、相当、大がかりの不正投票ってのが、もし、事実であれば、エルドアンは厳しい。これまで、チョロチョロ的にはあったのかもしれんが、今回は「大がかり」ってことだわな。展開次第によっては、エルドアンの命取りになると思う。アレは絶対にやってはいけない。票を数え直して、結果がもし、ひっクリ返るようだったら、エルドアンは完全にアウト、クビや。それでも、なお、大統領の座にしがみついておるんだったら、ケマル・パシャこと、アタチュルクを崇拝し、「共和国の守護者」を自認しとるっていう軍ブは、立ち上がって、クーデターを起こし、エルドアンを拘束しろ。ワシが「エエ」と言っておるんだから、遠慮は要らん。以前、トルコに遊びに行ったとき、現地人はワシにはっきりと、「スルタンを追放したアタチュルクがおったからこそ、トルコは欧州列強に食い物にされることなく、植民地にされずに済んだ」ってなあ。
 確かに、ドゴールも、ケンリョク維持のため、コクミン投票と下院カイサンを何度もしたが、でも、最後、上院改革のコクミン投票が否決されると、即、引退を表明し、コロンベイに戻っていった。その意味では、「引き際」を知っていた。当時の第5共和制憲法は、大統領の任期は7年で、再選禁止規定はなかったが、「大統領選で勝ち続ける」という前提だが、そうなれば、何十年でも在位できた。引き際のキレイな政治家は、歴史に残る。ドゴールは歴史に名を刻んでおるからな。あと、ヨミから産経に転職した三井美奈が、巴里から打電しておるんだが、アレは一時的な出張なのか、それとも、巴里駐在としての正式な人事発令の、どっちなんだろうなあ。

 #「上」の続きっていうんか、トルコに続いて、ニッポンでも「不正投票ジケン」っていうんか、世の中的には「私学の雄」とも称されている、ワシの出た慶應義塾大学だが、今朝(=4・21)の産経が第一報で、それを後追いした日刊ゲンダイがもう少し詳しかったんだが、現職の清家篤(齢63)が2期8年の任期満了に伴い、施行された塾長センキョで、ぬあんと、「213票」で第2位だった文学部教授の長谷山彰(齢64)が、「230票」を獲得して第1位の経済学部教授の細田衛士(齢63)を抑えて、塾の最高意思ケッテイ機関である評議員会は、塾ちょーに選出したってんだよな。ところが、塾側から、コイツに関して、マトモな説明が一切なく、「あくまで、センキョ結果は、参考意見でしかなく、その通りに選ぶ必要はない」云々と、抜かしておるってんだよな。
 っていうか、だったら、こんなもん、塾長センキョなんて、やる必要が、そもそもねえわな。こんなバカなことがまかり通るようだったら、世間のモノ笑いの種だよな。だって、小中高の生徒会長もセンキョで選んでおるんだが、投票結果で次点の候補者を、先生が勝手に生徒会長に任命するなんて、そんなバカな話がまかり通るかよ?
 ワシは「塾員」という名の慶應義塾大学の卒業生として、ココ最近、塾評議員選出のセンキョにも、その「ハガキ投票」で参加しておる。無論、実態としては、あんなもん、お飾りの名誉職であるのはわかりきっておるんだが、とはいえ、「選挙」という民主主義の根幹をなす一大イベントにおいて、「1票を投じる」というのが、「それ」を形作っていくうえのでのレゾン・デートルだ。それゆえに、わが義塾において、その最高意思ケッテイ機関をなす「塾評議員」を選んでおるのは、ワシら卒業生である「塾員」であるがゆえ、すなわち、塾運営における、「プレミア極上の最高意思決定権」を持っているのは、ワシらや。こんなイカサマ、デタラメの極みが、まかり通るのか? そのへんの発展途上国の軍事ドクサイ国家と同じレベルぢゃないか、この糞アホンダラが!

 #巴里はシャンゼリゼ通りで起こった警官狙撃ジケンだが、徐々に情報が出てきて、まず、ハンニンは「カリム・シュルフィー(齢39)」とかいう名前で、何か、イスラム風っぽいわな。巴里郊外在住で、齢23んときにも、同じように警官を射殺して、服役経験があるってことで、どうも、「警官憎し」の妄想に駆られておる、おにいちゃんっぽいな。イスラム県は、例によって、また便乗して手柄を誇示しとるようだが、ワシは、てっきり、その2日前にあった身柄拘束とリンクしとるもんだと思っておったんだが、どうも、繋がりはなさそうだな。でも、半分、アタマがイカレてっぽいから、あんなふうに「テロ計画でタイホ」っていうふうに煽られると、それでスイッチが入って、あんなふうに直接行動に踏み切るってのは、全然、あり得ることだと思う。
 トランプもコイツに便乗っていうか、モロ、内政干渉だが、ツイッターetcでマリーヌを礼賛しマクっておるのか。しかし、あのふたりは気脈が通じるところがあるんかいなあ。でも、どういう結果が出るか、わからんよなあ。5強のうち、どうも、PS公認のアモンは出遅れておって、残る4強の大混戦レースだわなあ。やっぱ、上位2人は誰になるか、投票箱の蓋を開けてみるまで、わからん。
 確かに、04年のスペインの総選挙では、投票日直前にマドリッドで列車爆破テロがあり、チアン当局は当初、「バスク祖国と自由の犯行」と断定したんだが、当事者が「アホか、違うで」と否定し、その後に、イスラム過激派が「スペインのイラク派兵はケシカラン!」と犯行声明を出したんで、赤っ恥かいて、それで、ザパテロ率いる左派・社会労働党へのセー権交代に繋がったからなあ。そもそも、「テロ」ってのは、そういうふうに「政治目的遂行のための暴力的手段」だから、そこに「政治的メッセージ」が不可欠だが、イスラム県の連中がネット上で、ワーワーと「ワシらがやったあ」だけでは、子供の悪ふざけに毛が生えたレベルだよな。少なくとも、ワシの知っているフランス人ってのは、成熟しているオトナなんだが、しかし、その国で、あの猿が出てきたからなあ。ま、もし、ワシがフランス人だったら、1回目はメランションだな。
 あー、それで、投票2日前の「4・21」に出た4つの世論チョーさでは、ついに、マクロンがトップに躍り出て、23〜24%、2位がマリーヌ21.5〜23%、3位フィヨン19〜21%、4位メランション18〜19.5%で、この上位4強からだいぶ離れて、アモンが7〜8%か。しかし、コイツはアモンは相当、離されてしもうて、下手すりゃ、泡沫並みだわなあ。でも、PS公認の「セー権与党の候補者」だからな。だから、PS票はメランションとマクロンにガンガンと食い散らかされておるんだな。っていうか、6月に時間差ダブルである下院センキョがあるんで、既にワシは「そっち」を見据えておる。さらなる機微については、ま、1回目の投票結果は出てから、アレコレと喋ることにしやう(笑)

 #大学の後輩でもある、よっしーだが、「久しぶりの休み」ってのは、しかし、テレ朝ってのも、最早、ブラック企業状態だわな。4月から、月曜夜8時から、ナマのバラエティーの司会をヤラされるのか。TBSは労組がうるせえから、帯のニュース番組のようなナマについては、「週4回まで」っていう縛りがあったと思う。日曜夜も、まだ、サッカーのサブをヤラされておるんだよな。
 でも、報ステの小川彩佳は、今、レギュラーは「それ」だけなんだな。ってことは、テレ朝がブラック企業っていうのではなく、よっしーが「ブラック勤務状態」なのか。だから、小川はヒマだから、嵐の桜井翔んところに入り浸っておれるんだな。でも、会社HP見ると、女子アナは20代がウヨウヨおるよな。15年入社組なんて、オンナが3人もおる。別にサッカーを悪く言うつもりはないが、でも、あんなのは、「若手の登竜門」として、ま、鍛錬用だわな。三十路で同じ齢のチョコれ〜なだって、「スポーツ卒業しました!」とブログに書いておったからなあ。このままだと、「カトパンの二の舞」だが、コトが起こってからでは、遅いからな。よく、渡辺宜嗣や大谷昭宏とかとメシを食い行っておるみたいだから、そういう場で、今、自分が置かれている状況を訴えないと、いちいち、そんなことまで、上の方は気になんかしれくれんからな。そういうところから、番組Pにも耳に入るようにさせて、人事を動かすように話を持って行かんと、だわな。カイシャ組織なんてのは、そういう酒の席の会話で、いろいろと決まっていくんだから、そういうことも、考えんと、だ。「休むことも、仕事のうち」だから、部屋の掃除に、シャツやパンツの洗濯も大事だからな。
 ワシが、よっしーを評価しておるのは、ブログやフェイスブックで、まず、番組宣伝をきっちりやっておることだ。文章も、長からず、短からずで、コンパクトにまとめてあって、読みやすい。だって、チョコれ〜なは、まる2年もブログ更新をほったらかしにしておって、突然、upしたんで、何か思ったら、「このたび結婚しました」だわな。今は、まず、「ネット」の時代なんで、こういうところの情報発信ってのは、大事だ。たぶん、番組Pも、上から目の前にニンジンをブラ下げられて、とにかく、「目先の数字を出せ」とケツを叩かれておるんで、それがある。だから、日曜夜のサッカーも、数字を出しておるんだと思う。
 カトパンそうだったが、アレも、朝のめざまし番組だけだったら、あそこまでブッ壊れなったと思う。他のレギュラーだ、特番だで使い回された挙げ句、OA中に失神して、即、病院送りで、「このまま、死ぬかと思った」ってんだろ。カトパンは辞めるにあたって、直属の上司であるアナウンス室長をスッ飛ばして、社長に直でメールを打ったってんだよな。要するに、「アナウンス室長では、埒があかん」ってのが、わかっておったんだよな。じつは、資本シュギの根幹にかかわる、相当、根深いモンダイが、ここにはある。そういえば、カトパンんとこのフェイスブックに、ワシは「本当であれば、1年ぐらい休職するに越したことはないが、しかし、会社組織は、それを認めないだろう」とは、投稿したよな。

 #で、今日(=4・23)、第1回投票の仏蘭西の大統領センキョだが、規制のないベルギーからの報道だと、出口チョーさによれば、1位はマクロンの24%、2位マリーヌ22%、3位フィヨン20.5%、4位メランション18%だってんだな。事前の世論チョーさと、ほぼ符合するな。このままで行けば、「マクロンvsマリーヌ」による第2回投票となりそうな情勢だな。
 そういえば、ヨミから産経に転職した三井美奈が巴里から打電しておったんだが、例のヒショ給与流用ジケンで、刑事ソツイの対象となっておるフィヨンなあ、「ぬあんで、オレだけが血祭りにあげられるんだ」と愚痴っておったってんだな。だから、公費天国の仏蘭西も「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ってんだな。ま、どうせ、人間のヤルことなんで、洋の東西を問わず、どこも大差ないってことなんだ。ただ、このテの本音は、他紙は出ておらんかったから、「年の功」ってのもあるんだろう。ホンマ、ここんところ、巴里発の外電記事は、見事なまでの「金太郎飴状態」で、少なくとも、三井美奈は、センキョが終わるまではおるんだろうから、オトコも何も知らん生娘ぢゃねえんだから、かき回すような記事を書かんとだわな。現地メディアの記事をヨコからタテにリライトしただけの、通りいっぺんの記事しかねえから、ここんところ、欲求不満状態に陥っておる(怒)
 もし、マリーヌが決戦投票に出るとなると、FNとしては、02年のときの父・ルペン以来なんだが、ただ、ワシ的には、さほど驚きではない。というのは、既に猿がUMPを「FN化」させて、極右票に手を突っ込んでおったからん。あと、マクロンは、いちおう、PSの党籍はあったんが、所謂、「左派=ソシアリスト」ではない。中道左派というより、モロ、「中道」で、むしろ、だいぶ、右に寄っておると思う。だから、マクロンとマリーヌの違いがあるとすれば、「vsEU」のスタンスだろう。マリーヌは、国境検問や通貨・フランの復活の路線だから、そこらあたりは、マクロンとの対立軸になるだろう。でも、今回、UDF後継のモデムを率いるバイルが肩入れしておったことに象徴されるように、ジスカールデスタンが大統領在任中に立ち上げたのがUDFなんで、マクロンの立ち位置ってのも、じつは、特に目新しいものではない。三井美奈、「事前の投票動向チョーさ」と「投票後の出口チョーさ」だが、やっぱ、出口チョーさは、サンプル数にもよるが、事前のそれに比べたら、堅い。サツ回りの新人ぢゃねえんだから、そこらあたりも、ちゃんと踏まえて、つなぎ原稿を書かんと、知ってる人間が見れば、イッパツだからな。

 #それで、「嗚呼、わが母校、慶應」における、ま、コイツはぬあんと言ってエエんかいなあ。「塾長イカサマ選出ジケン」だわな。さすがに、今回は、ワシもキレたんで、大学に電話を放り込んで、ひとこと言わせてもらった。
 今日(=4・24)の午後3時過ぎに、代表番号に電話をすると、アレは所属は、おそらく、塾監局になると思うんだが、総務ブに繋がった。対応したのは、まだ、若い男性職員の声だったが、「88年に文学部を卒業した古川という者だが、今回の塾長選出について、新聞報道によれば、投票2位の人が、塾長となったことについて、ひとこと、言わせてもらいたい。アレはおかしい」と、ワシは切り出した。声を荒げることなく、敢えて、落ち着いた、せつせつとした口調で喋ったんだが、趣旨は次の通り。
 「確かに、塾の規約には、『塾長は投票によって、選出する』とは明記されてはいないにしても、あんなふうに、『投票結果は、参考に過ぎない』というのであれば、選挙をする必要はない。『密室での談合』を排し、オープンかつ公正に選ぶために、『選挙』という方法を取っているのでばないのか。要するに、『1+1=2』であるところを、勝手に『3』や『0.5』にして、平気でねじ曲げるというのは、いったい、どういうことなのか。マトモではない。私は別に、2位になった候補者に肩入れするつもりなど、さらさらない。なぜなら、1位の候補者も、2位の候補者も全く知らないし、今、1位の候補者が2位であっても、同じことを言っている。おかしい。ここだけの話だが、〇〇大や××大(会話では実名)といった、オーナー経営者が牛耳っているような三流私大ならまだしも、『私学の雄』である慶応で、こんなバカなことが許されるのか。今回の件は、あの広告研の学生が世間をお騒がせしたケースとは、次元がまるで違う。なぜなら、今回の問題は、『組織のトップ選出』という、統治の根幹にかかわる話だからだ。おかしい。もし、私が教職員や学生だったら、異議申し立ての行動を起こしているが、卒業して30年近くも経ってて、他のことで日々、忙しいので、そんなところまで動く余裕など、ない。しかし、塾員のひとりとして、『こんな支離滅裂なこと』が、どうしてまかり通っているのか。それに対して、はっきりと抗議の意思を伝えたい」
 そこで、例えば、フェイスブックだが、ワシも、一応、開設はしておるものの、閲覧と自由投稿の専用とし、誰とも友達登録をしない主義ゆえ、そうしたサークル内の繋がりには参加しておらんのだな。それで言うと、まさに、「ひとり三田会」なのだ。ところが、「慶大卒の人間」ってのは、基本的にほとんど学歴を隠さないから(っていうか、それを自慢し倒しておる)、とにかく、群れマクって、「ナントカ三田会」を名乗るサークルが、フェイスブック上でゴマンとあるんだが、見た限り、公開投稿で、今回のデタラメに対して、文句を言っておる人間に、誰ひとり遭遇せんワ。コイツも、ある意味、スンゴイことだと思う。「知性の欠如」「批判精神の喪失」というものを、如実に示しておる。「烏合の衆」ってのは、このことだ。

 #希子は「ワタシの存在自体が、賛否両論」と、相変わらず妙なことを言っておるんだが、一度、報道をやらせてみたら、オモロイと思う。アレは、台本が用意されておるとはいえ、桐谷美玲でさえ、アレだけできるんだから、希子は勘所がよさそうだから、好き放題喋らせたら、オモロイと思う。
 カトパンについては、「大谷翔平のケガ」を、もっときっちり取材せんと、だろう。広島とは対照的に、日本ハムは、今シーズン、スタートから最下位に苦しんでおるんだが、その大きな要因は「大谷不在」だからな。病名は「有痛性三角骨障害」といい、直接の原因は昨秋の日本シリーズで、1塁に走り込んだ際にバランスを崩したことだってんだが、張本勲によれば、「二刀流による走り込み不足」だってんだよな。ただ、「投手専任」だったら、パ・リーグはDHがあるし、日本シリーズでは、本拠地ではDH採用だから、二刀流でなければ、「打撃による負担」はゼロに等しいんだわな。また、セ・リーグでも、試合の流れによっては、投手が打席に立ったときは、「見逃しの3球三振」で、全然OKなんて、ザラだからな。逆に言えば、「それだけ、ピッチングに専念しろ」ってことだからな。それゆえ、「二刀流による、過度の負担」というのは、根本要因として、考えることは、できないものなのか。ワシは何度も言っておるんだが、「スポーツにも、ジャーナリズムは存在する」んだから、もっと、そのへんを冷静かつ緻密に分析して欲しいものだ。いくらなんでも、「前年の覇者」が最下位で低迷するなんで、なかなかあり得んことだと思う。
 で、桐谷は、この4月から、ゼロの担当コーナーの名前が「#(ハッシュタグ)」に変わったのか。これまでは「若者ネタ」に限定していたのを、幅広っていうか、要は、硬軟取り混ぜて、「何でもアリ」ってことか。だったら、カトパンんとこより先に、「大谷のケガ」を取り上げるかよ。ワシは、WBCを欠場したのも、「ペナントレースに専念するための仮病」というぐらいに高をくくっておったんだが、思った以上に深刻だよな。あと、やっぱ、ジケン取材だよなあ。ただ、同時並行でドラマ収録もあるんで、それは無理か。
 それと、今、呉座勇一『応仁の乱━戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)が、このテの学術書では、異例の18万部を超えるベストセラーになっておって、ざーっと目を通したんだが、読みやすい。さっそく、「柳の下の二匹目のどぜう」とばかり、二番煎じのムック本も出ておる。よっしーも、マザー牧場で牛の乳を搾るのもエエが、こういうのも取り上げてみろ。「中世への視座」は大事だ。近代以降しかない亜米利加と違って、欧州とかと同様、ニッポンが「中世を抱え持っていることの意味」だ。そうか、希子は英語が喋れたんだな。希子をキャスターに抜擢したら、絶対にオモロイと思う。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #遅れまして、新年明けましておめでとうございます。今年も、ひとつ、よろしくお願いいたします。
 とまあ、書いてはみたものの、「齢90、何がめでたい」(by佐藤愛子)ばりに、「新年、何がめでたい」と毒づくことも可能なのだろうが(笑)、ま、そんな愛想のないことを言っても、可愛げがないんで、ココは素直に「おめでとう!」としておこう。
 今回は、年を跨いで、ナンダカンダとやらなくちゃならないこともあって、のんびり、ゆったりと年を越したという感覚でもなかったなあ。大晦日の晩は実家に戻り、缶ビールに酎ハイを手に、チョロっと紅白歌合戦も観たが、「AKB48って、ぬあんで、あんなに歌が下手くそなんだ」と思った。だから、なぜ、人気があるのか、サッパシわからない。初期のモー娘は、まだ、ワシでも理解できた。「LOVEマシーン」とか、よかったよなあ。
 それはともかく、年が改まるというのは、やはり、ひとつの区切りではあるんだろうか。しかし、「今年の目標は?」と問われても、とにかく、抱えておる案件を片付けるべく、一つ一つ駒を進めていく以外にないんで、これまで通り、地道に、「やるべきこと、やらなければならないこと」を、きっちりとやりきるということに尽きる。

 #仏蘭西の大統領センキョだが、前回12年に「マリーヌをぶっコロす刺客」として獅子奮迅の大活躍をしたメランショんは、年が明けたんで去年になるが、「2・10」に、自分が率いておる左派党に加え、共産党とかの、より左の勢力を結集させて、「LFI(La France Insoumise、服従しないフランス)」を既に立ち上げておってだな、来る「2・5」にパリとリヨンで、ダブル・ミーティングを開催し、どうもココで「大統領センキョ出馬」を大々的にブチ上げるようだな。ちなみに、この日は、リヨンでマリーヌが集会を開く予定のようで、また、殴り込みをかけておるんだなあ。やっぱ、左派はメランションだよなあ。このガンガンと攻め立てる姿勢がいいよな。あのマリーヌに食ってかかるってのは、やっぱ、こういうのがおってこそ、フランスだよなあ。Allez−y, vivre France!

 #で、7年ほど前に、ココで「宗澤政宏」とかいう、柳川組の元ヤクザが、吉本興業のお家騒動に嘴を突っ込んでおるってことで、元ウワシンのエース記者だった西岡研介クンが『G2』っていう講談社の雑誌に書いた記事を紹介するカタチで触れておったところ、突如、このライブドアブログを管理しておる「LINE」が、最初、何のことか、さっぱりわからんかったんだが(そもそも、今、ライブドアっていう会社はなくなってしもうたんかよ?)、おそらく、この宗澤のおやぢ本人の申し出だと思うんだが、「柳川組の元ヤクザというのは、プライバシー侵害にあたる」として、この管理人であるLINEに対して、削除要求を突きつけたようなんだな。「ようなんだ」ってのは、LINEからの通告では、「誰」がそういう要求をしてきたか、明示しておらんので、わからんゆえ、たぶん、この宗澤本人か、もしくは、代理人の弁護士だと思う。
 んで、詳細は、本ブログの硬派版のA面に相当する「古川利明の同時代ウォッチング」(エキサイト)の方に記したんで、ココでは補足説明ってことで触れると、この「宗澤のおやぢ」ってのは、ワシは全く面識もないし、また、触れたのは、この1回限りであるうえ、upしたのも「7年ほど前のハナシ」なんで、「ぬあんで、今ごろ?」はもとより、あくまで、ワシは吉本興業のお家騒動をレポートした西岡クンの記事を紹介する中の、ホンマ、ごくごく一部分でしか言及しておらんので、「こんなことをされる動機」が、まったく見えてこんのだ。んで、いろいろと反芻して、コレまで例えば、この吉本興業について、ヤクザ筋が暗躍した、そのお家騒動はもとより、その所属するタレントについて、アレコレとイチャモンをつけたことは、こっちのブログはもとより、他の紙媒体においても、誹謗中傷の類を行ったことは、全くないんで、余計、「???」なんだな。
 そんな「削除要求」には、今後、いかなる状況になろうとも、ワシの命ある限り、応じることなどできんし、そもそも、ワシが「書く」というのは、そういうことだ。仮に、もし、今後、管理者が勝手に削除したとしても、ワシは何度でも復元するから、もう、それはどうでもいい。ただ、言わせてもらうと、この宗澤のおやぢってのは、大阪を本社を持つ「ダイヤモンドソサエティ」っていう、リゾート経営会社のトップを務めておるってんだが、そういう会社運営に携わっておるにあたり、そうやって「修羅場くぐりのヤクザ稼業で、シノギを削ってきた経験の蓄積」ゆえに、いろんな展開を果たせておるのではないのか。
 であるのなら、おそらく、背中にも掘り込んであるであろう、倶梨伽羅紋々の入れ墨と同様、何もコソコソと隠して消し去る必要など、いったい、どこにあると言うのか。ワシも「ブンヤ」、すなわち、「ペンを握ったヤクザ」として、腹を括って、こうやって書き続けておるんだから、何をこんなケツの穴の小せえことを抜かしておるんか、と思う。ワシに言わせりゃ、こんなことをヤラかしてくるんであれば、「オマエは、本当にヤクザだったのか?」と。ったく、ブンヤをナメやがって。いい加減にしろ。
 その後、管理するLINEから、「削除の措置を講じない」という旨の回答があったので、了解した。

 #何や、FNトップのマリーヌは、NYはマンハッタンにあるトランプタワーに遊びに行って、そこでトランプの知人と一緒に珈琲を飲んできたってんだが、そこまで行ったんだったら、ぬあんで、トランプと会うてこんかったんだよ? トランプも、今春の仏蘭西は大統領センキョで、「第2回投票」に進出することが有望視されておる、このマリーヌに対して、チョット冷たいっていうか、素っ気ねえよなあ。
 んで、トランプも、いよいよ、この「1・20」をもって、亜米利加の大統領に就任するってんだが、ワシ的には、このトランプってのは、今もって、つかみ所がねえよなあ。元々、大富豪っていうか、要は、会社経営者だわな。今回、出馬にあたって、とりあえず、共和党員となったんだが、でも、筋金入りの同党員だったワケでもなし、政治的には、腰が据わっておらんっていうんか、民主党にもおったこともあり、「?」だよな。メキシコとの国境に壁を作るってんだが、その費用をメキシコに出させるってのも、変なハナシだよな。ただ、経営者として、「経費削減に努める」っていう意味では、ある意味、わかりやすくはあるよなあ(笑)

 #離婚して、「クルム」が取れた伊達公子(齢46)だが、左ひざを手術してリハビリに努めた結果、この4月にも実戦に戻れそうだってんだが、カノジョは、ワシより入社年次が1つ下の89年入社の元大毎社会ブの大平誠が大ファンだったんだよな。泊まり勤務んときに、「マイ・キミー」と言って、取材で撮った伊達の写真を見せびらかしていたのを、懐かしく思い出す。もう四半世紀近く前だ。
 それで言うと、伊達のケガってのも、たぶん、勤続疲労みたいなもんだろうなあ。今年齢47といったら、アラフィフだからな。よく現役を続けておるわなあ。ホンマ、娘みたいな世代と試合に挑むってんだから、スゴイと思う。ワシも五十路に突入しておるが、いまだに現役でゲンバで聞き込みをやっておる。伊達と同じだ。同じアラフィフとして、伊達にはまだ頑張ってもらいたい。まだまだ若い連中には負けておられんからな。それはそうと、文春からアエラに移籍した大平だが、最近、全然、署名記事を見んのだが、何やっておるんだろうなあ。1年経ったが、ヤツの署名記事は、ホンマ、数えるほどしか遭遇しておらん。「給料泥棒」と、ワシは叩く。少なくとも、ワシは名指しで言える資格がある。

 #そういえば、坂本龍馬が暗殺される5日前に書いたという、「新国家」なる文言の入った手紙が見つかったってことで、越前は福井藩主だった松平春嶽が読むことを前提に、同藩で蟄居謹慎中の三岡八郎(後の由利公正)を、その「新国家の財政担当」として起用したいがため、「はよ、処分を解いて、上京させてもらいたい」と懇願しておったという内容だってんだよな。要するに、暗殺される直前まで、龍馬は「新国家の樹立」に奔走しておったってことだが、この「盟主」は、「徳川慶喜」だってことを、「歴史の真実」としてきっちり指摘せんと、だわなな。
 巷間、あの小説『竜馬がゆく』(ちなみに、コイツはフィクションゆえ、主人公は「龍馬」でのうて、「竜馬」や)を書いた司馬遼太郎に象徴される「司馬史観」なる大嘘が大手をふるって拡散しとるんで、「官軍大本営発表のデタラメ」が流布されとるよな。まずは、最大のキモだが、龍馬はあくまで、「徳川慶喜→勝海舟」のラインで動いておったワケや。それゆえ、龍馬は「慶喜の復権」、つまり、「将軍職」でも「諸侯会議総裁」でも、ま、肩書は何でもエエんだが、「慶喜のケンリョク維持」に動いておったことを忘れてはならない。だから、薩長の目障りゆえ、パージされたんだからな。
 かいつまで言うと、明治維新とは「英吉利vs仏蘭西」の代理戦争や。英吉利が後押しする薩長と仏蘭西が全面支援する徳川方とのガチンコ対決で、慶喜と超ズブズブの仏蘭西が、ヨコハマのみならず、「兵庫開港」によって、その貿易利権を完全に牛耳ることになるんで、「それはゼッタイに許せん」と、英吉利が薩長を焚きつけて、「慶喜のクビ」を取りに行ったっていうのが、歴史の真実だ。
 薩摩が最終的に「討幕」に舵を切るのは、1867(慶応3)年5月の四候会議で「兵庫開港承認」を阻止できんかったことやな。あの貿易のうまみは、慶喜とロッシュ率いる仏蘭西が完全に手中に収めるんだから、薩摩はもとより、英吉利も容認できんわな。それで薩長を使うて、「慶喜追い落とし」に出たっていうだけのハナシや。だから、ロッシュの日記とか、仏蘭西本国で出てこんもんかいなあ。ロッシュは当然、「天皇スリカエ」をはじめとして、機微なんか知ってるに決まっておるんだから、そのへんのヒミツ資料が「仏蘭西発」で出たら、オモロイわなあ。
 だから、仏蘭西人は、リヨンを中心に栄えておった絹織物の原料である「生糸」だけでのうて、浮世絵をも溺愛したよな。ワシ、ノルマンディーはジヴェルニーにあるモネの自宅兼アトリエを訪ねた際、あの膨大極まる浮世絵のコレクションに、ホンマ、腰を抜かしそうになったな。アレはホンマ、凄かったあ。印象派(特にモネ)ってのは、浮世絵を丸ごと飲み込むことで大炸裂したよなあ。そういうところも含めて、仏蘭西とニッポンってのは、相性はいいと思う。

 #で、PSの予備センキョは、2回目で、ブノワ・アモンが、マニュエル・ヴァルを「59%対41%」で降して、公認候補となったってんだが、だいぶ、若返ったっていうか、一気に世代交代が進んだな。思った以上に差がついたな。ヴァルはオランドの下で首相をしておったってことで、よくも悪くも、手垢が付いてしもうたよな。ただ、左派は、マクロンも独自に出るんだろうし、極左のメランションも出馬するんだから、どうだろう。本番の1回目では、票が分散しそうで、やっぱ、2回目はLRのフィヨンとFNのマリーヌの対決っていう図式になるんだろうか。しかし、センキョは洋の東西を問わず、投票箱の蓋を開けてみるまでわからんからな。
 PS内で、アモンは左であるのに対し、マクロンは右かあ。マクロンはPSの党籍はあるが、無所属で出るってことだろうから、PSは分裂センキョになるんだな。一般的には、分裂すると、票が分散するんで不利になるが、ただ、95年はRPRから、首相のバラデュールとパリ市長のシラクの2人が立って、このときは、シラクが制しておるんで、今回も、最後までわからんわな。世論チョーさだと、現時点では、マリーヌがトップで、続いてフィヨン、マクロン、アモンの順ってんだが、競るようだと、「1回目1位候補」の得票率が20%切る可能性はあり、いずれにしても、串団子状態になりそうだよな。しかし、マリーヌは今、そんなに人気があるんかよ。

 #しかし、ともこは、新社屋移転のドサクサにかこつけて、番組リニューアルってことで、夕方のニュースのメインを降板になってから、夜のBSの日経プラス10の木&金のサブかあ。瑕疵ゼロなのに、冷や飯を食わされておるよなあ。ともこを評価して、愛情を注ぎ始めておった矢先なのに、ったく、許せん仕打ちだよなあ。喋りは落ち着いてて、聞いてて安心感はある。今や、おクリがあのザマだから、人材枯渇状態だよなあ。おクリに関しては、何度も言ってることだが、あの「アリス」とかいう、浪江町出身のレトリーバー犬は、元の飼い主に返さなければだと思う。「殺処分ゼロ」だとか、「動物愛護」などと、ことさら声高に言うことで、もっと肝心なモンダイから逃げマクっておるから、許せん。ホンマ、裏切り者だよな。
 あと、ブログ、フェイスブックで、マトモに更新しとるのは、よっしーだと思う。自分の担当しとる番組の中身の紹介をしたうえで、誰かと何食ったっていう類のハナシをupしておるんで、アレは評価していいだろう。スパJのヒマダネで、「新宿のゴールデン街で子供食堂を開く」ってのは、「へえー」だな。オッサンの聖地であるゴールデン街と子供食堂のミスマッチが、「ぬあんだ、そりゃ?」だわなあ。そもそも、よっしーはあの太ももがスンゴイよなあ。ムンムンの色気を発しつつ、取材もこなす才色兼備が、ここんところ枯渇しとるんだよな。ちゅばきなんかは、もっと、イケイケドンドンで突っ込まんとが、ケツをビシバシと叩いてくれるオトコは、おらんのか?
 そうか、大相撲フェチの市川紗椰は、綱昇進となった稀勢の里にデレデレだったんで、「公私混同」と叩かれておるのかよ。でも、今回の昇進は、だいぶ甘いよな。もう1場所待ってもよかったと思う。むしろ、初場所千秋楽の結びの一番・白鵬戦だが、アレは八百長っていうより、白鵬が「阿吽の呼吸」ってことで、敢えてわざと負けてやったってことは、ねえのかよ? 右四つの白鵬が、左四つ得意の稀勢の里と左四つに組んで、寄ったものの、土俵際までだいぶ余裕のあるところで、すくい投げで返されておったからなあ。白鵬は気合い入れて、攻め込んでおらんよなあ。確かに、稀勢の里は、昨年1年間の年間最多勝で、成績は安定しており、それも考慮されたにしても、休場となった日馬富士に鶴竜との対戦はなかったし。所詮、興行なんで、営業政策上、人気を煽るってのも、仕方ねえのか。
 ゼロの桐谷美玲は、齢27かあ。三十路までは、まだ、あるんだな。『ノンノ』は既に卒業で、最近は『バイラ』の表紙に出ておったな。「若者の恋愛離れ」で取材させられておったが、アレもよくわかんねえっていうか、今はそういう御時世なんだな。ハタチ前後なんて、一番、ヤリたい盛りのハズだが、ナンボ、ややこしさを伴うとはいえ、優先順位としては後回しにされてしまう時代に、そもそも、「恋愛」をテーマとする月9で数字をはじき出すのが、大変な状況ではあるんだな。今の若い連中が、『東京ラブストーリー』とかを見て、どういう感想を持つんだろう。
 あー、子供食堂のネタってのは、元旦の東京シンブンに出ておったんだな。地域ボランティアが、タダもしくは安価で、子供向けに食事を提供する試みで、ここ数年、各地で出てきておるってことか。そもそも、目的は「子供の貧困への対応」かよ。要するに、「給食費が払えない」ってことと同じハナシなんだな。ってことは、修学旅行の積立金を稼ぐために、売春に手を出す女子中高生にも繋がっておることでもあり、ここまで窮まっておるんだな。よっしーも通りいっぺんのコメントでお茶を濁すのではなく、時代の暗渠を抉り出す先鋭さが欲しいところだ。

 #それで、カトパンは、はよ、結婚して子供を産みたいのか、それとも、仕事に気合いを入れて邁進したいのか、どっちなんだ? ワシは何度も言っておるのだが、「スポーツにも、ジャーナリズムは存在する」
 今、「二刀流」の大谷が、WBCに不出場ってことで、ワーワーと大騒ぎのようなんだが、そもそも、開幕前の、この1年間のシーズンを見据えて、コンディションを最善へと持っていくべく、最大限の努力を払っての調整が必要な3月という時期に、こうしたイベントを開催すること自体、「おかしい」と指摘せんと、だろう。やるとしても、日本シリーズが終わってからの晩秋だろうし、仮に、開幕前にやるにしても、「オープン戦と同じでOK」ってことで、「結果は出さなくてもいい。調整目的で十分」ならまだしも、出る以上は、結果を求められるのであれば、敢えて「出場しない」っていう選択をするというのも、ある意味、勇気ある行動ではないのか。「ジャーナリズム」ということにこだわるのであれば、そういう視点からのアプローチも欲しいわな。大事な調整の時期に、下手に全力プレーを余儀なくされることで、ケガでもしたらどうするんだってんだよな。それで、代わりにに誰か責任を取ってくれるのかよ?
 あと、カトパンは『野村の遺言』(小学館)ぐらいは、ちゃんと、読んでおるよな。ワシは、ID(=Important Data、データ重視)野球を打ち出した野村克也本のすべてを、くまなく目を通したわけではないものの、しかし、敢えて「遺言」と銘打っておるだけあって、おそらく、今回、初めて明かした秘伝の手の内が、だいぶ含まれておるような気がする。それぐらい、微に入り細を穿っておって、コイツは野球だけでなのうて、例えば、「報道=ジャーナリズム」の取材行為にも使えるような、普遍性を持っておる。
 確かに、野球ってのは、サッカーとかと比べたら、妙にチマチマしとるっていうか、ある意味、チンタラと見えなくもないんだが、しかし、「1球ごとに、間がある」っていう、野球というスポーツの最大の特性(醍醐味)ってのは、とても奥が深いと思う。例えばのハナシ、主審なんかも、今や、そんな人間の目に頼るよりは、「ストライクorボール判定ソフト」をこしらえて、機械にヤラせる方が正確だし、早いんだが、でも、「人間にやらせる」っていうところに、醍醐味があり、面白味もあるわな。人間だから、当然、誤審もあるんだが、でも、それも人間らしくていいのではないか。人間だから、主審の多くは、セ・リーグびいき、巨人びいきになるんだが、でも、そういうハンディを覆すべく、南海っていう超弱小球団にテスト生として何とか拾ってもらえた野村が、「敵に勝つ」ために、脳味噌のすべてを振り絞って、グラウンドでの決戦に挑む意気込みが、ひしひしと伝わってきて、ワシはシンプルに感動した。
 野村の凄いところは、そうやって蓄積した膨大なデータを、きっちりと分析しておることで、ワシが驚愕したのは、その緻密さだ。例えば、打者のタイプを「基本はストレートを待ちつつも、変化球にも対応する」っていうA型から、「ヤマを張る」っていうD型まで分類し、多くはこの4つの組み合わせであるとしながらも、そうやって敵を詳細に分析することで、個別の捌き方を披露しておってだな、こういうのは現実社会でも応用が効くと思った。あと、ボールカウントも「0−0」から「2−3」までのすべての段階において、「打者有利か、投手有利か、それとも両者同じか」についても言及しておって、そういうことも含めて、「1球ごとに、間がある」っていう、野球というスポーツ競技の真髄を抉り出しておると思う。だから、「勝つためには、いかにアタマを使って、考え抜く必要があるか」ということを「これでもか」と言及しておって、オモロかったあ。
 それで言うと、この野村の野球論というのは、即、「兵法」に通じると思う。野村は南海っていう弱小球団で苦労したゆえに、編み出した知恵だと思うのだが、「柔よく剛を制す」の諺のように、「限られた戦力において、いかにして最大の効果を出させるか」ということを、極限まで考え抜いて文章にしているので、読んでて刺激になる。それで言うと、球場というのは、まさに「戦場」に他ならないと思う。だって、うっかり放った失投が、即、ホームランでヤラれて勝負を決められたとなると、「まさに、タマに撃たれて死ぬ」ってのと同じではないか。カトパンも、そう思わんか? あー、大相撲春場所の前売り券は、即、完売かよ。稀勢の里の綱昇進の是非はともかく、少なくとも、営業政策上は、コレで大成功だったってことだわなあ(笑)

 #ワシは、じつは小学生の頃、チョー相撲オタクで、見る方もそうだが、実際に取る方もで、休み時間になると、いつも友達と相撲を取ってて、言っちゃ何だが、本当に強かった。当時は、背は真ん中よりも高かったものの、ガリガリだったんだが、それでも、基本は左四つで、ワシより小さいか、同じくらいの体型の子は四つに組んだ時点でワシのものだったし、大きい体型の子には、右前みつを取って、左を深く刺し、相手のあごの下に食いついて、上手を取らせず、外掛けや内掛け、切り返しといった足技も駆使しながら、相手の体を崩しつつ攻め込むといった戦法を得意としたものだ。正直、大相撲の門を叩きたいと思ったものだが、どうしても、体重がないんで、泣く泣く断念した。知識の方も、レベルが違ってて、その頃、確か、ベースボールマガジン社から出ておった『相撲百年』などを熟読し、当時は、輪島・北の湖の時代だったんだが、歴代横綱を「初代・明石志賀之助」から全員、フルネームで言えるまでに暗記しておった。半端ではない。夏巡業にやってきたときも、観に行った。ちなみに、ワシは輪島の大ファンだった。
 今でも覚えている。小6のとき、初夏にあった町の相撲大会に出たとき、確か、結びの一番で、学年で一番大きい子と対戦して、見事、勝ったときのことを。彼は本当にデカくて、中学・高校を卒業して、自衛隊に入るぐらいの逸材だったんで、無論、そのまま大相撲にも入門できたと思う。それまで、ワシは彼と何度も相撲を取っていたのだが、全く歯が立たず、1度も勝てなかったのに、その本番で、奇跡っていうか、神がかりなことが起こったんだな。立ち合い、ワシは即、もろ差しで相手の懐に入り込むと、そのまま一気に寄り倒して、ホンマ、大金星や。今にして思うと、あのときの勝利ってのは、その後の人生において、とてつもなく大きな自信を与えてくれたと思う。今でも覚えているんだが、勝ち名乗りを受けたとき、行司役の人がビックリして、まさか、こんなガリガリのワシが、あんなに巨大な相手を倒すなんて、夢にも思っておらんかったんだろう。「君、何ていう名前だ?」と聞かれたのだ。
 そんなんだから、四十八手のいろんな技を試したものだ。当時、大関・旭国が得意としていた「とったり」とか、あと、小兵のクセ者だった若獅子が時折使っていた「けたぐり」とか。ワシの場合、けたぐりは、向かって左に飛んで、右足首で相手の右足首を蹴ると同時に、はたくんだが、コイツが面白いように決まって、ワシの得意技の一つだった。相手は、ワシが、この奇襲のけたぐりを持ってるのを知ってるんで、もの凄く警戒して、逆に「出すぞ、出すぞ」と見せかけて、出さないということもよくやった。元々、ワシは左四つからの正攻法の「寄り」の型を持っておるんで、とはいいながらも、こうした変化球を持つことで、「強み」になっておったのだ。
 あと、よく使った技が、「うっちゃり」。コイツは、双葉山が若い頃、得意としておって、「うっちゃりの双葉」と言われておったものだが、ワシの場合、コレを使うときは、余裕の横綱相撲っていうんか、相手との力量差があるのがわかりきっておるんで、わざと、ワシが土俵際まで後退して、ピャーッとうっちゃるんだな。これだけ、ワシは相撲を愛していたからこそ、あの八百長モンダイが表沙汰になったとき、どれだけ深く傷付き、そして、怒ったか、その気持ちがわかるか?

 #で、仏蘭西の大統領センキョだが、この「2・23」から立候補の受付が始まるってことで、いよいよ、本格突入するんだが、第1回投票が「4・23」、んで、第2回が「5・7」ってことだが、Ifopの最新のチョーさでは、1位はマリーヌの26%なんだが、2位がマクロンで、それをフィヨンが猛追する展開だってんだな。続いて、アモン、メランションの順で、もちろん、この先、どう動くかは不明だが、PS党籍ながらも無所属のマクロンが2位につけておるとは、「へえー」だな。
 あと、レクスプレス電子版を見たら、「Alliance Macron−Bayrou」と出ておってだな、どうも、マクロンは、ちょうど10年前に大旋風を起こしたバイルと組んでおるんだな。ってことは、今回、バイルは立候補せず、マクロンの後方支援に回るってことなんかいなあ。現時点では、1回目はマリーヌがトップで抜けそうな気配だが、モンダイは、決戦投票に出れる「2位候補は、誰か」だわなあ。「マクロンか、フィヨンか」っていう情勢で、マクロンは無所属ながらも、PSの一部と、あと、「そこ」から右に手を伸ばして、中道の票田に切り込んでいっておるってカンジだな。
 しかし、この状況が続くようだと、「マクロン当選」の芽もあるんだな。亜米利加も「トランプの化けの皮」が、早くも剥げ始めておってだな、既に「ポピュリズムの空騒ぎ」ってことが、浸透してきておるんで、もし、「マクロン当選」ということになった場合、時間差ダブルで後続する下院センキョは、どうなるんだろうなあ。その場合、マクロンは新党を立ち上げるんかいなあ。そうなると、PSはどうなるのか。いずれにせよ、マクロンがバイルと組んだってのは、「へえー」だわなあ。

 #「上」の続きだが、中道政党・モデムを率いるバイルは、今回、大統領センキョには出馬せず、「マクロン支持」を表明したってんだな。マクロンは、PSの中では「右寄り」なんで、コレによって、中道の票田に手を突っ込んだってことになるわな。バイルは、元々、ジスカールデスタンんところのUDFの党首で、ちょうど、10年前の大統領センキョでは、猿とセゴレーヌとの間で大旋風を起こし、一躍、「第三の男」となったんだよな。
 ちなみに、10年前の07年は、猿は露骨にマリーヌ父のルペンの票田に手を突っ込んで、「UMPのFN化」を図って、1回目はトップで抜け、続く2回目は、「自主投票」を宣言し、「猿もセゴレーヌも支持しない」としたバイルんところUDFを標的に、モランを後で国防ダイジンに一本釣りする蜜約で、一気に切り崩して、「エリゼ宮の主」の座をゲットしたんだよな。そのせいで、UDFは真っ二つに割れ、そのオコボレをかき集めて、バイルはモデムを立ち上げたんだよな。
 今回、マクロンが、バイルと組んで、中道票を固めに行くという戦術は、全然、悪くない。最終的に、投票箱の蓋を開けてみんことにはわからんが、だいたいの目安として、「2回目」に駒を進めるには、「得票率20%」が目標だから、仏蘭西における中道票ってのは、ミレーの『落穂拾い』ではないが、バカにはできんからな。だから、マクロンにしてみるとだな、バイルんところのモデムをテコに、フィヨンんとこのLRの支持層にも手を突っ込むぐらいで、ちょうどいいと思う。
 んで、レクスプレス電子版を見てたら、「Accord avec Hamon : Melenchon ne ”ferme aucune porte”(アモンとの合意、メランションは『ドアは完全に閉じられたわけではない』と」かあ。コイツは、大統領センキョの候補者受付は始まったが、ギインらの推薦人名簿が要るんで、確か、締切は3月中旬だわな。逆に言えば、それまでの間に「降りる」ことはできるわけで、現状だと、左派からはアモンとメランションの2人(正確には、マクロンもそう)が出るとなると、票が分散するんで、2回目の決戦投票進出はキビシイっていうことになるわな。
 その点、アモンはPS内では、立ち位置としては「左」なんで、メランションとは共闘の余地があるってことだわな。具体的には「メランションが、アモンへの全面支援を表明して、出馬を取り下げ、ニコイチで選挙戦に挑む」ということだが、果たして、実現するのか、どうか。そうなると、主要候補は、マリーヌ、フィヨン、マクロン、アモンの4人に絞られるんで、誰が「2回戦進出」を果たすことになるのか、わからなくなるわな。とりわけ、メランションは「vsマリーヌ」ってことでは、前回の12年んときから、吼えて噛みついておるんで、勢いは出ると思う。

 #ほうー、明日(=2・27)発売のポストが「字」にしとるってんだが、ゼロに週1で出ておる嵐の桜井翔は、の報ステのサブの小川彩佳と本格的に付き合うておって、結婚も視野に入っておるってことらしいな。桜井はゼロ長いし、あそこはモデル出身っていうか、今も現役かよ、桐谷美玲とかいうのがおるから、ツマミ食いでもしてそうだが、意外な組み合わせだな。どういう馴れ初めっていうか、きっかけは何だったんだろうなあ。TVってことで言えば、所詮、同じギョーカイなんで、狭いムラ社会ってことなんだろうな。あと、古舘が辞めて、諸々、タガが外れたってこともあるんかもしれんよな。
 同じテレ朝で、入社年次は1つ下になるんかよ、よっしーは、「3・11」で石巻に取材に行かれておったんだが、最近はあんまり浮いたハナシは出ておらんよな。「報道が恋人」と言って欲しいところだが、三十路をチョイ過ぎたあたりの齢ってのは、オンナとしては、まさに「年頃の極み」なんで、そうも言っておられんのだろうなあ。そういえば、「婚活宣言」しておったカトパンは、その後、どうなったんだよ? 齢50を迎えたJ2横浜のカズを開幕戦で直撃かあ。五十路で現役ってのは、大したものだよな。カズより1つ上だが、ワシも現役だ。

 #で、仏蘭西の大統領センキョだが、緑の党のジャドは、今回、出馬を取り下げて、PS公認候補のアモン支持を表明したのか。緑の党の支持率(=得票率)のは、全体からすれば、数%もないんだろうが、しかし、小銭をかき集めるってのは、大事だと思う。今回が、コレまでと全く違うのは「FN党首のマリーヌ優勢」がガンガンと報じられ、「1回目投票」では「1位で抜ける」ってのが、さも、既成事実化しとるからなあ。
 元UDFでモデム党首のバイルが同様に「出馬取り下げ」とバーターで、「マクロン支持」を打ち出したのも、ひとつには「マリーヌ台頭」への危機感はあると思う。でも、バイルは、時間差ダブルで後続する6月の下院センキョに、どうせ出るんだろうから、ココで大統領センキョ出馬を辞退したところで、マクロンと一緒にセンキョ戦をすれば、それが、即、自分のセンキョ運動になるんだからな。
 あー、アモンは、この金曜日ってのは、「2・24」の夕方だが、メランションと会うたのか。さて、左派統一候補は実現するのか、どうかだわなあ。立候補締切は、3月中旬なんで、おそらく、それまでは「出馬辞退」は可能なんだろう。今のところ、アモンは世論チョーさで、4位なんで、とりあえず、まずは「4位&5位連合」で、今回は、一本化を勧めるな。やっぱ、「第2回投票」に進むには、「得票率20%」ってのが目標なんで、アモンが逆転で抜けるには、ジャドとメランションの全面支援を得た「ジンミン戦線方式」しかねえと思うんだが。ってのは、PSが、まっ二つに割れてしもうたからな。
 ただ、LRのフィヨンが、カネのモンダイでミソをつけておるんだな。詳しくは知らんが、公金を嫁ハンんところに流し込んでおったんかよ。こうしたハナシが出てくると、勢いが削がれてくるんで、ホンマ、センキョってのは、投票箱の蓋を開けてみるまで、わからんで。ま、時代がかった物言いになってしまうが、アモンは「我、21世紀のレオン・ブルムとなりて、ファッショの台頭を全身全霊を込めて阻止する!」と吼えてこそ、だろう。

 #それで、嵐の桜井翔との交際が発覚した報ステのサブの小川彩佳だが、この「2・7」にupしておる番組ブログでは、「トランプ大統領就任式」の現地取材に行っておったんかよ、アレコレと書いておるんだよな。トランプのツイッターを見て、その明け透けなホンネに有権者が共感したであろうことに言及しつつ、「(報道の極意は)ケンリョクの監視に、埋もれている事実を浮き彫りにすること」と、とても、ご立派っていうか、キレイゴトを言っておるんだが、そのウラであの桜井と超ラブラブだったんよなあ。小川の誕生日は、この「2・20」だったのかよ、ポストによれば、都心のチョー高級ホテルに一緒に泊まっておったってんだが、盛りのついた犬のごとく、ベッドの上で激しく絡み合ったんだろうなあ。しかし、2人とも、いわば「公人扱い」なんで、その意味では、監視対象だし、このテのスキャンダルとして、報じられるんだよなあ(笑)

 #フィヨンは、この「3・1」にカイケンし、立候補受付締切の2日前の「3・15」に召喚を受け、そのヒショ給与流用ジケンで、刑事ソツイされる見通しであることを明らかにしたのか。ジケンの中身としては、ヒショとしての勤務実態がないのに、嫁ハンと長男、長女に計98萬ユーロ(1億2000萬円)を渡しておったっていうものか。ニッポンの刑法ではサギ罪だが、仏蘭西ではどういう戒名になるんだろうなあ。
 確かに、「ぬあんで、この時期に?」ではあるんだが、ただ、コイツは表沙汰になったのが、フィヨンがLRの予備選で公認候補に決まったからだよな。もし、ずうーっと前から、騒がれておったのに、ケンサツ当局がほったらかしにしておって、突如、この段階で立ケンに踏み切るのであれば、フィヨンが言うように「政治的ボー略による抹殺だ」っていう主張も、わからんではないが、しかし、「それ」がオモテに出てなかったからゆえに、フィヨンは予備選で勝ち抜けたんだよな。もし、このスキャンダルが、あの時点で出ておれば、LRの公認候補はジュぺで決まりだったんだよな。いずれにしても、このタイミングでヤラれるってのは、やっぱ、LRは所詮、野党なんだな。
 ま、フィヨンは撤退せず、センキョ戦を戦うってんだが、しかし、この通り、キソされたら、正直、キビシイで。恐らく、国家予算から、それだけのカネの支給を受けているのは、間違いないんだろうから、もし、争う余地があるとすれば、その嫁ハンと子供に「ヒショとしての勤務実態が、あったか、どうか」だろう。でも、他の候補は当然、センキョ戦で、コイツは「候補者の資質」ってことで、徹底的に突いてくるに決まっておるんだから、その弁明の追われることになると、シンドイわな。いずれにしても、「公私混同の極みだ」と叩かれるからな。
 ワシの考えでは、届け出締切の「3・17」に向けて、「候補者差し替え」も選択肢の1つだと思う。ただ、もし、そうする場合、誰に差し替えるのか。いずれにしても、キビシイ。右からはマリーヌ、左からはマクロンからの草刈り場になりそうだよなあ。あー、やっぱり、レクスプレス電子版に「Affaire Fillon : Juppe a de plus en plus une tete de plan A(フィヨンの件、ジュぺが『A案』に躍り出ることが、ますます濃厚に)」と出ておるな。
 うーむ、同誌続報に「NKM lache Francois Fillon en douce(NKM、ウラでこっそりと、フランソワ・フィヨンを見放す)」かあ。下手すると、このナタリー・コシューシコ・モリゼは、LRを離党して、「マクロン支持」に走ってしまうことも、あり得んでもない展開と違うんかよ。時間差ダブルで後続する6月の下院選が控えておるんで、「このまま一緒に泥舟で沈没したらアウト」っていう危機感が、日増しに高まってきておるんだろうなあ(笑)

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲が取材させられておった「異世代間ホームシェア」だが、ま、ひと昔前の下宿屋であり、今的には民泊の変形バージョンとも言えるだろう。主に学生を対象に、子供が巣立って、自宅に空き部屋を抱えるシニアが、部屋を貸すってことで、その慶大4年男子に貸しておるジイサンは、奥さんを亡くし、子供も自宅を出て、ひとり暮らしなんで、月2萬円の家賃も、どうせ、カネ儲けが目的ではないんで、諸々、フィットしておるっていうカンジだな。週1回、一緒にメシを食って、それなりに会話もし、電球交換とか、チョロっとした手伝いとかもするんだろうが、悪くないと思う。住む学生の方も、ずうーっとでのうて、1年とか、2年とか、区切られた時間なんで、それもいいと思う。NPOや行政が、仲介役っていうか、不動産業者の役割をしておるってことで、こうした動きが、最近出ておるってのは、ま、ニュースだわな。桐谷は、裏方が事前取材を済ませ、ちゃんと、台本を用意してくれておるんで、そこで得をしとるよなあ。
 で、ちゅばきは、朴槿恵の弾劾サイバンの取材で、ソウルに放り込まれたのか。お台場のスタジオに閉じ込められて、出来上がった原稿を読み上げさせられる日常から、少しでも解放されて外の空気を吸わせてもらえるんであれば、よしというか、マシとすべきか。そういえば、ちゅばきも、最近、あんまり浮いたハナシが出ておらんようだが、たまたま、運よく写真週刊誌にシッポを捕まれないだけのことなのか、どうか。
 よっしー、そうやって、ウラ番組のちゅばきが海外出張に出させてもろうておるんだったら、番組Pに「ワタシだったら、もっときっちりとできます」と直訴してだな、どこか行かせてもらえ。「3・17」に、那覇チサイで、高江のヘリパッド建設反対運動のリーダーの山城博治の初コーハンがあるんで、ゲンバ取材に行って来い。オキナワあたりだったら、認知度も高くなさそうだから、「で、アンタ、どこの人や?」って胡散臭い目で見られながら、聞き込みを敢行してこいってんだ。そんな冷暖房の完備した都心のスタジオで、「テレ朝の女子アナでーす!」とふんぞり返っておって、いったい、何がわかるというのだ。んで、「3・11」の特番で、石巻に行かされておったんだが、勤務ローテーションは、今、休みは土曜日だけだわな。そうやって、休日出勤させられたら、代休をきっちりと取らんとアカンて。続けていると、いずれカトパン化して、OA中にブッ倒れることにもなりかねない。「休む」のも仕事のうちだ。

 #うわっ、フィヨンは、「3・14」に、ケンサツ当局から公金横領etcの戒名で刑事ソツイ、つまり、キソかよ。コレまでオモテに出ておるハナシでは、下院ギインだった98年以降、勤務実態がないのに、嫁ハンや娘をヒショとして雇い入れたことにして、計約100萬ユーロ(1億2200萬円)を受け取っておったってんだよな。今回、立ケンされた金額がナンボかは知らんが、しかし、いずれにしても、金額が多過ぎるよな。立候補の届け出締切が、「3・17」ってことは、それまでは辞退はできるってことだろうなあ。しかし、ジュぺは既に「代わりには出ない」と明言しとる以上、どうしたらエエもんかいなあ。キビシイ。LRは草刈場になる。マクロンが、バイルんところのモデムを梃子に、ごっそりと手を突っ込んでくるだろうなあ。
 ま、ワシはLRの党員ではないから、「どうでもエエ」って言えばそれまでだが、物事にベストもベターもない。何よりもまず「最悪を避け、よりマシであれば御の字」であるなら、ワシはシュぺに交代すべきだったと思う。ジュぺがLR公認候補選出センキョで次点だったというのはもとより、ジュぺもシラクの右腕だったパリ市助役時代、同様の公金流用ジケンでキソされたが、しかし、それについては有罪ハンケツが確定し、禊を済ませておる。
 あと、フィヨンは嫁ハンも娘も「ヒショとして勤務実態はあった」と反論しとるようなんだが、詳細はどうだったんだよ。ニッポンでもうそうだが、国怪ギインのヒショに身内を充てること自体、確かに「公私混同」と取られても致し方はないが、とはいえ、「身内ゆえに、信用が置ける」というブブンもあるんで、一概に否定するのはどうかとは思う。ただ、例えば、猿の嫁ハンのカーラだが、本業は歌手ではあったが、でも、サミットとかで猿が「ファーストレディー」ってことで、連れ回したりもしておったよな。でも、「それ」に対して、公務ってことで、税金から出すっていう筋合いかよ。せいぜいが、「ま、ご苦労だった」と猿が、自分のポケットマネーから小遣いを出すぐらいが、関の山だろう。それで言うと、フィヨンの嫁ハンにしろ、娘が、自分のジム所に朝から晩まで勤務し、電話取りに始まり、メールのチェック、陳情や取材の受け付け、あとギインとしてのスケジュール管理もすべてやっておって、その対価としてそれなりの報酬を受け取っていたのだというのであれば、ハナシはわかる。でも、そうではなく、例えば、週末にチョロっと支持者の集会に顔を出して、挨拶して握手する程度であれば、公金から手当を出すレベルに到達しとるかよ。ましてや、支給総額がトータルで1億円超えておるんだからな。説明がつかんって。

 #仏蘭西のヒショ給与流用ジケンだが、今度はPSの内務ダイジンのルルーが、娘2人にアルバイト名目で雇用したことにして、高額報酬を払っておったってことで、予備的ソーサを受け、辞任かあ。っていうか、コイツはニッポンもそうだったんが、「赤信号、みんなで渡れば、怖くない」と、右左関係ねえってカンジだよな。要するに、「役得」っていうか、血税寄生虫そのものだよな。ま、EUとの関わりをどうするとかっていうキレイゴトもエエんだが、もうチョット、「パンツの中身」についても、有権者はシビアに見てもらいてえわな。どいつもコイツも、糞ションベンがこびりついておるよな。
 あと、「フクシマの惨状」を抱え込んでおるニッポン人としては、論戦で「原発セーサク」についても、もっと本記でやって欲しいわな。例の高速炉・アストリッドを含めて、アレバ救済もそうだが、仏蘭西はニッポンに「クレクレ蛸ら!」状態なんだからな。ったく、どこまでタカれば気が済むんだ、このアホンダラが!

 #しかし、トランプのセンキョ公約の目玉だった「小浜ケア改廃ホウアン」が、下院で可決できるメドが立たんってことで、突如、撤回に追い込まれたってんだが、就任100日も経っておらんのに、コイツはスンゴイっていうか、事実上、共和党内部からのクーデターだわなあ。だって、そもそも、共和党は「小浜憎し」なんだし、かつ、共和は上下両院で多数なんだから、普通であれば通るに決まっておるわな。あり得ない。ナンボ、トランプがアウトサイダーっていうか、にわか党員だったとはいえ、この段階で、「それ」はないだろうってのが、正直なところだ。「寝耳に水」とは、まさにこのことで、いったい、何が起こったんだよ?

「簡潔、平明、達意」━━ジャーナリズムの文体論

 一度、「ジャーナリズムの文章とは」について、書いてみたいというか、本にしてみたいという思いがあります。とはいえ、そんなに大それたことではなく、要は「わかりやすく、相手に伝わる文章を書く」ということに尽きると思います。
 「わかる」とは、じつは、案外、難しいことで、「自分の頭の中で理解し、咀嚼する」ということです。「相手に対して、わかりやすく伝える」ということは、じつは、「伝える本人が、その内容ときちんと理解し、わかっている」ということに尽きます。このことをさておいて、文体論もヘチマもありません。「伝える」というのは、「取材&執筆」のプロセスにおける、出口のアウトプットの部分ですが、それは、インプットに相当する取材の本体部分と直結している、ということです。

 では、まず、「わかる」とは、どういうことかですが、それは、「自分が納得するまで、調べ上げる」ということに尽きると思います。
 その場合、「素朴な疑問」を大事にすることです。「素朴な疑問」とは、敢えて言い換えるなら、「子どもが発するような質問」です。「空はなぜ青いのか」「ろうそくの火はなぜ燃えるのか」「命が生まれるというのは、どういうことなのか。また、死ぬというのは、どういうことか?」等々……。それは、根本的かつ、純粋なものです。「子どもの質問」は大事にしなければだと思います。
 歴史民俗学者の網野善彦が、高校で日本史を教えていた頃、「天下を取った織田信長は、なぜ、天皇家を滅ぼさなかったのか」と問われ、答えに詰まったといいます。なぜなら、大学の歴史学の講座、つまり、「プロの歴史家たち」の世界では、そういう質問をすることさえ、憚れるのだそうです。しかし、網野善彦は、そうした子どもたちの質問にたじろぎ、脂汗をかきながら、対峙していくことで、自らの歴史観を紡ぎ上げていったといいます。かつて、寺山修司が「私は、偉大な質問になりたい」と言っていたものですが、とても、いい言葉です。
 結局、取材というのは、相手に「何を質問したいか」がすべてだと思います。ですから、相手に尋ねたい、具体的な質問の中身が浮かび上がった段階で、取材の9割は終わっているといっても過言ではありません。「そこ」に至るまでが、なかなか大変なのです。

 さて、取材を終えて、文章を書き出しますが、巷には、文章読本の類が掃いて捨てるほど、あふれています。私は、そうしたものを不要だと切り捨てるつもりはありませんが、しかし、のめりこむことは禁物です。句読点がどうの、接続詞がどうしたとか、ある意味、枝葉末節をいじくり回すことに終始していて、そうしたことにとらわれるよりは、「手紙を書くつもりで、文章を書く」ということでいいと思います。
 もう少し言えば、「相手にしゃべってみるつもりで、文章にしてみる」でいいと思います。人に何かしゃべろうとするとき、人間の脳は、何とかしてわかりやすく伝えるように、動きますので、それを字にしていくことでいいと思います。
 そこで、「わかりやすく伝える」とは、どういうことかというと、「まず、大事なことは何か」を自分の頭で認識することです。そして、その「大事なことから、伝えていく」。つまり、ここでいう「大事なこと」が、「ニュース」です。よく、新聞記事やニュース原稿は「逆三角形」と言いますが、これは要するに「大事なことから、書き始める」ということです。

 それゆえ、そうしたニュース原稿、つまり、「報道=ジャーナリズム」の文体というのは、私の経験値では、「簡潔、平明、達意」の三点に集約されると思います。書いてあることが、ちゃんと相手に伝わり、その内容も明確であり、かつ、歯切れがよい。一般には、日々の新聞記事がそれに相当すると思いますが、実際には、そうでないのも氾濫しています。それには、取材不足であるため、自分の頭の中で咀嚼されていなかったり、もしくは、「大事なこと」を敢えて文章に盛り込まないといった要因(こういうのを「自主規制」とも言います)があると思います。
 私は、新聞社にいた頃は、好むと好まざるとにかかわらず、この「簡潔、平明、達意」の文章を書いて(書かされて)いました。組織を辞めて、フリーランスになってから、この3つのうちの「簡潔」の部分から逸脱していって、要するに、文章がだんだんと長くなっていってしまいました。
 それは一つには、新聞記者時代の反動とでもいうのか、どうしても、新聞記事というのは「容量の制約」があるので、いきおい、「俳句を詠む」という感じになってしまいます。ですから、そうしたくびきから解き放たれたというのと、あと、一つの文章に、いろんな情報を盛り込んでいってしまうため、どうしても、長くなっていってしまいました。
 その反省というわけでもないのですが、ここのところ、何となく、「原点回帰」とでもいうのか、かつてのような、新聞記事の真髄である「歯切れのよさ」を、取り戻したいという思いに駆られています。それもあって、今回、こうした話をしたためた次第です。

 #で、FBIちょー官のコミーのおやぢだが、投票2日前になって、「刑事ソツイを求めないとの結論に変わりはない」との見解をギカイに出したってんだが、だったら、ぬあんで、この期に及んで「ソーサ再開」を宣言したんだよ? ホンマ、デタラメの極みだよなあ。別にワシはヒラリーに肩入れして、こう言っておるのではない。もし、同じことをトランプにしておったとしても、同様に弾劾しておる。ワシが言いたいのは「司法手続きの公正さ」だ。常識的に考えても、投票日間近になって、「ソーサを再開する」なんて、あり得んからな。やっぱ、亜米利加ってのは、ヘンな国だと思う。
 それで、「11・8」の投開票で、結果が出たんだが、「トランプ勝利」と、ま、番狂わせの展開になったなあ。ヒラリーのメール私用モンダイも、影響が全くなかったとは言えんが、アメリカってのは、民主優勢の青い州(=東、西海岸と5大湖周辺)と共和優勢の赤い州(=中、南部)ってのは、ほぼ決まってて、その狭間にある「スイング・ステート」っていう、「揺れ動く州(その代表格がフロリダ)」の帰趨で勝負が決まるんだよな。まだ、細かい色分けは見ておらんのだが、今になって言えることは、ヒラリーは「サンダース票を固めて、取り込み、さらに上乗せする」だったよなあ。結局、こういう結果になったってのは、そういうことだと思うし、それ以外に考えられんよなあ。
 何ていうのか、既成の政治から疎外されてきた、アウトサイダーっていうんか、ドロップアウトしていった層っていうんかいなあ。本質的にっていうか、心情的に支持する気持ちってのは、トランプもサンダースも、そう大して変わらんってんだな。だから、民主党の支持層でも「サンダース→トランプ」と流れたのが、だいぶおったっていうことだと思う。ただ、あのキワモノの暴言王・トランプが当選するなんて、「間違っても、ねえだろう」と高をくくっておったんで、今になってみれば、「ヒラリーはサンダースを副大統領候補にしろ!」って、声を大にして言うべきだったなあ。でも、よその国のことだし、知ったこんぢゃねえわな(笑)

 #「上」の続きで、「トランプ当選」で、青い州の砦であるNYを中心に「反トランプのデモ」がわき起こっておるってんだが、それによって、また、お決まりのように「分断されるアメリカ」とワーワーと言っとるのか。ま、そんなもん、何も今に始まったことでのうて、19世紀半ばの南北戦争以来、延々と続いておる「歴史」だからな。結局、民主党優勢の「青い州」ってのは、モロ、「北軍のアメリカ合衆国」だし、共和党優勢の「赤い州」は、「南軍のアメリカ連合国」とほぼ重なるからな。
 ただ、今回の大統領選における「ねじれ」とは、労組も票田にしとる民主党ってのは、「雇用維持」ってことで言えば、「保護シュギ」のセーサクを取るべきなのだが、小浜になって「TPP参加」に突き進んでしもうたよな。逆に本来であれば、「経営者の味方」であるハズの共和党は、「自由貿易推進&関税撤廃チョーOK」で行かなアカンのに、トランプはその逆を行ってしもうたからな。「それ」によって、「セー権批判票」をブイブイと取り込んだってことだわな。
 だから、スイング・ステートである大票田のフロリダ(選挙人数29)はともかく、ペンシルベニア(同20)に、オハイオ(同18)は、もともと製造業の盛んな地域なんだが、「自由貿易の推進=輸入拡大」で自国の産業が圧迫され、その結果、「雇用喪失」、つまり、「クビになる」っていう状況に追い込まれていく層(特に白人)は、おそらく、トランプに投票しておるだろうからな。そういう実態も、冷静に見て、分析していく必要があると思う。このフロリダに、ペンシルベニア、オハイオの3州をヒラリーが取っておれば、228人にこの3州計67人分を足して、過半数の270人を軽く突破するからな。その意味でも、「サンダース→トランプ」と流れた票は、だいぶあると思う。

 #続きだが、まだ、開票率92%の時点で、最終確定票はどうなるかはわからんものの、現時点では総得票数はヒラリーが5975万5284票、トランプが5953万5522票と、ヒラリーがリードしとるってんだな。もし、「総得票数の候補が負けた」ということになった場合、2000年のゴア以来だってんだが、ブッシュ倅との対決となったあのときは、フロリダでの集計作業が揉めに揉めて、結局、ゴアが僅差で勝ってて、本来であれば、フロリダの選挙人をカウントすれば、逆転勝利だったんだが、でも、早々、ゴアが敗北宣言を出して、ギブ・アップをしてしもうたんで、イカサマでブッシュ倅の当選と相成ったんだよな。
 で、今回だが、この総得票数を見る限り、確かに「獲得選挙人の数」では、だいぶ差がついたが、しかし、実態としては、大接戦であったことは間違いない。事前の世論チョーさがハズレまくったってことで、マスコミが叩かれてはおるんだが、でも、「隠れトランプ支持者」という存在も含めて、全く外しマクっておったっていうことでもないと思う。
 それで言うと、やっぱり、この「選挙人獲得」っていう、傍目には、摩訶不思議な極みともいえる、亜米利加独自のセンキョ制度ってのは、あるよなあ。メーンとネブラスカの2州を除く、ほぼ全ての州で「1位候補者が、その州の選挙人を総取りする」っていうルールに尽きるわな。それゆえ、長年、青い州と赤い州は、ほぼ固定されておって、その狭間にあるスイング・ステートでの勝敗が、帰趨を決めるっていう図式は、基本的には変わらんよな。
 ちなみに、フロリダは地理的には南部だが、ココはホンマ、「毎回、赤か青かで大きく揺れ動く、チョー激戦州」だよなあ。だから、正副大統領候補を正式に決める全国党大会を、共和はオハイオ、民主はペンシルベニアでそれぞれ開催したってのも、まさに、ココがスイング・ステートだからな。ワシ思うんだが、そんなふうに赤い州と青い州に、亜米利加を南北に分断しておる根本要因として、この大統領のセンキョ制度ってのは、ねえのかよ。だって、カリフォルニアや東海岸は、常に青色だし、逆にテキサスなんかは、いっつも真っ赤だもんな。おかしいと思うワ(笑)

 #で、池上彰が現地取材した『アメリカを見れば世界がわかる』(PHP)に、今度の「トランプの変」っていうか、「トランプ現象」についてもキモが書いてあったな。シンブンの外電記事では見たことがなく、各社のDC駐在は取材しとらん。
 まずは、あのトランプの「不法移民の流入を阻止するため、メキシコとの国境に壁を作る」だが、小浜が大統領になって、そもそも小浜は黒人だから、マイノリティーには優しいんで、それゆえ、移民の流入に対して、要は、水道の蛇口がユルユルになってしもうたんだわな。中南米からの移民ってのは、低賃金で過酷な肉体労働にも耐えるってことで、便利に使い倒されてはおったんだが、しかし、そのことによって、「職が奪われる」と白人層はビビリマクっておったってんだな。そうした不満が鬱屈しておるから、ああしたトランプの扇情スピーチに「いいぞ、いいぞ」と拍手喝采だったってんだな。
 そうした中、ギカイにおいては、小浜1期目の中間センキョの10年から、共和党が多数派となって、「ねじれ」が出現しておったんだが、従来の草の根保守で、バリバリの共和党員でもある茶会系とかは、「ハンタイ、ハンタイ」と喚くだけで、小浜の足を引っ張ることに喜びを感じて、レイムダック化した小浜は「決められない政治」ってことで、無党派層は、スンゴクいらだっておったってんだな。そうしたときに、政治経験ゼロで、不動産王のトランプが、忽然と出現してきたんだな。
 そもそも、トランプってのは、党籍が7〜8回も変わっておって、かつては、ヒラリーと蜜月の時期もあったってんだよな。それで言えば、伝統的な共和党支持層とは、相容れないところがあるわな。んで、大統領センキョに出るにあたり、共和党の「にわか党員」となって立候補したんだが、あの予備選(or党員集会)なあ。そもそも、党費を払う必要がないのはもとより、州によっては「当日の飛び入り参加も、チョーOK」ってところもあってだな、それで無党派層の「にわか党員」がドッと詰めかけて、「トランプ」に投票したってんだな。ある意味、コイツは加入戦術によって、トランプが共和党を「乗っ取った」ともいえるんだが、しかし、おそらく、同じことが、じつは、民主党のサンダースの方でも起こっておったような気がする。だから、共和党は、もっと力のある対抗馬がおれば、トランプを潰せたんだろうが、結局、その勢いがなかったことなんだろうな。
 それで言うと、今回の「トランプ現象」と「サンダース現象」ってのは、「コインのウラオモテ」ではないのかってのが、ワシの見立ての、まず、第一。そして、もう1つは、「共和党内におけるねじれ」っていうんか、「亀裂」が存在しているのではないか、ということだ。んで、その程度がいったい、どのくらいなのか、それはゲンバで取材せんことには、わからん。だから、ちゅばき、ここんところを徹底的に穿り出してだな、解明するまで、ニッポンに帰って来るなってんだ!
 ちゅばきは、一応、今回、キモとなった大激戦州のペンシルベニアに入ったのか。であれば、どぶ板選挙ならぬ、どぶ板取材を敢行してだな、片っ端から有権者を捕まえて、ハナシを聞いてこい。質問項目は「今回、誰に投票したか。それは、なぜか?」だ。コイツを100人に聞いたら、シンブン外電面に出ておるような、上っつらの、通りいっぺんではない、「アメリカの深層」が見えてくる。冷暖房の効いたお台場のスタジオでのうのうと楽を極めておるのではなく、そうやってカラダに負荷を与えて、キツイことをせんことには、大事なことは決して目には見えてこん。
 よっしーは、ヒラリーの敗北宣言を引き合いに、ブログでアレコレと書いておったんだが、一般論として「男女間の体力格差」はあり、特にオンナは生理があるというのは大きいわな。「オンナはオンナらしくあれ」とは言うが、ただ、「オンナである」というのも、武器にはなり得る。「オンナ」というマイノリティーであるからこそ、見えてくるものだってあるはずだ。それと、ワシは普通に「少女よ、大志を抱け」と言う。少なくとも、「報道=ジャーナリズム」において、「男女間の力量差」というのはないというのが、ワシの意見だが、ただ、現実として、オンナは甘えておるんで、結局、そこで差が出る。しかし、そうやって、思ったこと、感じたことを文章化する習慣は大事だ。

 #ちゅばき、今朝(=11・13)の朝日、見たかよ。「トランプ王国 反エリートの情念」ってことで、勝敗のカギを握った大激戦州のオハイオのルポだったんだがI、まさに「レーガン・デモクラット」ならぬ、「トランプ・デモクラット」を取り上げておったな。
 オハイオ州ウォーレンの元製鉄所勤務、ジョゼフ・ウォーレン(齢62)が、顔出しで取材に応じておったんだが、以前は労組組合員で、民主党の地区委員を務めておったってんだが、今回、トランプに投票するため、初めて共和党に移ったってんだな。「大型ハンマーも削岩機も知らない、ショベルの裏と表の区別もつかない政治家に、俺らの何がわかるか?」ってんだが、その通りだ。過酷を極めた溶融炉の同僚の半分は若死にしたってんだな。「選挙んときだけ握手して、キスして、当選後は大口献金者の言いなり。信用できん」とも。だから、「年金の受給年齢を引き上げようとする政治家は許さない。ヤツらは長生きするが、俺の体は重労働でボロボロだ」ってことで、「なるほど」だな。だから、今回、帰趨を制することになった、このオハイオやペンシルベニアは「ラスト・ベルト(錆びついた地帯)」と言われ、鉄鋼をはじめとする製造業の衰退が著しく、だから、「失業対策」「雇用」ってのは、じつは最大争点だったんだな。
 ただ、思うんだが、本来、共和党ってのは「経営者の味方」であってだな、むしろ、「格差拡大」を解消する政策ってのは、労組を票田にしておる民主党のハズなんだわな。おそらく、小浜になって、セー権与党になって、だいぶ右傾化した(=経営者寄りの)経済政策を取っておったってことなんだろうなあ。「そこ」を厳しく突いたのが、サンダースだったんだが、ホンマ、その意味でも、本来であれば、「民主党左派」のサンダースを支持する層が、だいぶ、トランプに流れておるんだろうなあ。
 繰り返しになるが、共和党ってのは、元々、「資本家に肩入れ」をしておって、トランプは、まさに「それ」で大富豪になったワケだよなあ。しかし、センキョ戦では、無論、「雇用第一」ってのは言っておったんだろうし、TPPが発動すると、安いニッポン車がジャンジャンと亜米利加国内に入ってくるワケで、当然、「自動車産業の労働者のクビ切り」も出てくるんだろうから、そこから「TPP脱退」が出てきておるんだが、この「ねじれ」は、「うーむ」だよなあ。そうそう、ともこも現地取材に入っておったんだが、コイツは、どうなんだよ。あー、ともこは、人事異動でBSジャパンの日経プラス10のサブに転出したのかあ。ココは番組フェイスブックは開設しておらんのか?

 #で、古舘、ミヤネ屋、カトパンの鼎談っていうか、アレはカトパンは単なる刺身のツマなんで、「古舘vsミヤネ屋」のトークバトルだったんだが、結論から先に言うと、ミヤネ屋は業界の先輩である古舘を刺しに行ったっていうか、「下剋上」をアピールしたかったんだし、実際に「した」わな。やっぱ、脂が乗ってるな。昭和11年5月場所で、関脇・双葉山が、それまで1度も勝てなかった玉錦を寄り倒して、「政権交代」を実現させた場面にも、似てるかもしれんな。この間、双葉山は69連勝を爆走し、横綱昇進も果たすんだが、その後、玉錦は1度も勝てなかったからな。
 古舘は、この3月末で、12年間、アンカーを務めた報ステを降板したんだが、要は、疲れたんだよな。「番組の象徴」ってことだから、あらゆる風圧、恫喝を一手に受けざるを得なかったわけだが、それに白旗を上げたっていうか、ギブアップしたんだわな。しかし、それは、報ステのスタンスゆえというのはあるだろう。それに比べると、ミヤネ屋の番組の方は、全然、「ケンリョク追従」だから、古舘に比べたら、その点においては、楽を極めておる。ホンマ、「ナニワのみのもんだ」だよなあ。あと、ミヤネ屋は、やっぱ、関西人っていうか、カネに細かいっていうか、よくも悪くもシビアだな。ただ、古舘の場合、新日本プロレスのナマ実況時代から、その「長い前口上」がウリだったワケだから、今さら、そのスタンスを変えようもないわな。カトパンは、さっさと、結婚すればいいだろう。

 #ヨミの巴里駐在におった三井美奈は、どうも、最近、産経に転職したようだな。同姓同名の署名記事を見るんで、まず、間違いなく、移籍したんだろうなあ。三井美奈は、ワシより入社年次が2つか3つ下だが、ま、アラフィフだわなあ。そもそも、ヨミは記者のアタマ数が多くて、外信ブも次から次へと若いのが入ってきて、そいつらを海外の駐在に出さんとだし、編集イインといっても、政治、経済、社会、文化とかと違うて、外信は取材ゲンバが海外だから、要するに、居場所ねえわな。管理職でおっても、書類にハンコ押すだけだし、給料下がっても、おそらく、また、海外駐在に出るっていう含みで、潜り込んだんだろうなあ。そういえば、産経の巴里駐在は、あの山口昌子が異様に長かったからな。その後釜を狙っておるような気がするな。
 その三井美奈の記事でも、この「11・20」にあるLR(=仏蘭西共和党)の大統領後任候補を選ぶ予備センキョだが、現時点では「ジュぺ優勢」ってんだな。ただ、今回の亜米利加の「トランプの変」のように、「事前予測」もアテにならんってことで、とりあえず、最悪の事態を避けるべく、「猿公認候補」を阻止するために、PSの支持層がLRのにわか党員となって、「ジュぺに投票する」っていう動きがあるってんだな。たぶん、予備センキョも本戦同様、「2回投票制」のようなんだが、フョヨンが「そうなった場合、ジュぺか猿かで迷ってる」とジュルナル・ドゥ・デマンシュで明かしたってんだな。
 最近、仏蘭西から遠ざかっておったんで、機微に疎くなっておるんだが、本来であれば、「世代交代」をブチ上げて、ブルーノ・ル・メールが押してもよさそうだが、勢いを感じんよな。で、ジュぺだが、今、齢71かあ。本来であれば、「年寄り過ぎる」と叩かれるところだが、ドゥテルテが齢71、トランプ齢70で、ヒラリーも齢69、サンダースは齢74だったんで、今の流れでは、古希を過ぎておっても、マイナスに取られない状況があるわな。
 ま、いずれにしても、ジュぺは本当にコレが「最後の機会」だわな。本来であれば、「シラクの右腕」ってことで、02年に初代UMPの党首に就いておったことからもわかるように、何もなければ、「シラク後継」ってことで、とっくの昔にエリゼ宮の主になっておっても不思議ではなかったんだが、例の巴里市の公金流用ジケンで、シラクの身代わりとなって、ババを掴まされてしもうたわなあ。確かに、シラク後継のジュぺであれば、来春の本戦で、仮に第2回投票でマリーヌとの一騎討ちとなった場合、「共和国守護の砦」として、ぬあんとか踏み止まれそうだよなあ(笑)
 あと、よくわかんねえのは、今回、左派も予備選をヤルってんだよな。しかし、現職のオランドがおるんだから、フツーであれば、予備選もクソものうて、「オランド、再選出馬表明」でオシマイだよな。亜米利加の大統領センキョだって、再選を目指す現職が、党内で予備選をヤルかってんだよなあ。支持率がだいぶ低いらしんだが、それでも、まだ、あの韓国トップの朴槿恵より、全然、マシなんだろ(笑)

 #この月曜日ってのは、「11・14」の夕方だが、巴里であった集会で、ジュぺが「Pas de ”mini−Trump” a l’Eysee!(エリゼ宮にミニ・トランプは御免だ)」とまくし立てたってんだが、無論、本番の「2回目投票」でのFNのマリーヌを意識しておるのは間違いないが、それにオブラートを被せるカタチで、猿に対する先制パンチでもあるなあ。
 やっぱ、今回の「トランプ現象」を見るにつけ、来春の大統領センキョだが、いずれにせよ、PS、LR、FNの主要3政党のうち、FNのマリーヌはおそらく、「2回目の決戦投票」に出てくると思う。そうなった場合、もし、LRの公認候補が猿だった場合、「極右路線」ってことで言えば、ほとんどマリーヌと色の違いを出せんよな。そもそも、猿が07年に当選したとき、あのときは、FNはマリーヌ父親のルペンだったんだが、要するに猿は「ルペン化」してだな、極右の票田に手を突っ込んで、そこを切り崩して、当選にこぎつけたんだよな。その意味では、ルペンの最後のセンキョだったんだが、猿に食い散らかされて、悲惨の極みだったよな。
 だから、LRが勝つとすれば、今回のジュぺのように、自由と寛容さを柱とする「共和国の守護者」を任じることで、「左派票」に手を突っ込んで、引き剥がすことだと思う。むしろ、今回は、極右支持の有権者は、猿よりも、マリーヌに投票すると思う。若さから、ブルーノ・ル・メールにワシは期待しておったんだが、いかんせん、勢いを感じんよな。グザビエ・ベルトランなんかも、見た目は馬力がありそうだが、今回は手すら挙げておらんのかよ。
 そういえば、02年も「ルペンの変」ってことで、第2回投票は「シラクvsルペン」の一騎討ちとなったんだが、アレでシラクはより一層、「共和国の守護者」を強く演じざるを得なくなり、左派票を取り込むため、それまでに比べたら、だいぶ、マイルドになったよな。それまでの5年間、PSとのコアビタシオンを余儀なくされておったってこともあったとは思うが。アレはその後の「米英のイラク戦争にノン」につながっておるよなあ。猿は、PSとの融和路線に文句をつけておるのはわかるんだが、しかし、そもそも、前回12年、オランドに負けておるってのは、大きいで。LRの支持者であれば、何よりもまず、その「敗北の総括」を求めんと、だろう。ワシはLRが勝つとすれば、あの「レーガン・デモクラット」「トランプ・デモクラット」ならぬ、「ジュぺ・ソシャリスト」だと思うなあ(笑)
 一方、左派は、来年1月にPSが主催する予備選ってのがあって、だから、そこに左派系のPS以外の小政党も参加OKってことなんだろうなあ。でも、EELV(欧州エコロジー&緑の党)は誰だったか、既に名乗り上げたよな。党のHP見ると、ジャドってのが、出馬表明しとるのかよ。あー、ヤニック・ジャドってのが、EELVの予備選を制して、党の公認候補になっておるんだな。あれっ、今、EELVってのは、PSとの連立を離脱しとるのかよ。閣外協力かあ。半身だよな。だから、PSは、左派のブノア・アモンにモントブールが出馬の意向を表明し、マクロンは「オランドが出なければ、出馬する」かよ。そもそも、オランドはまだウントモスントモなんだが、しかし、現職の大統領でも、この予備選には出なアカンのかよ?

 #おっ、今日(=11・16)、オランドの下で経済担当ダイジンだったエマニュエル・マクロン(齢38)が、「無所属」で出馬表明かあ。ってことは、来年1月のPS主催の予備選には出んっていうか、端折るってことだな。いやあ、そっちの方は超オモロイし、全然いいね。だって、95年の大統領センキョでは、RPRからはシラクとバラデュールが2人立ったんだしな。
 ここんところ、亜米利加みたいに、予備選で候補者を一本化しとるんだが、どうせ、本チャンで「2回投票制」なんだから、出たい者はジャンジャンと手を挙げて出るべきだ。マクロンなんか若いから、怖いもんねえからなあ。仮に、2回目に進出できんくても、今回、出ることで「左派のホープ」ってことで名前を大々的に売れるし、そもそも、亜米利加だって、あの「泡沫候補の極み」だったトランプが大化けして当選しとるんだから、先のことなんて、誰もわからん。ホンマ、センキョってのは、投票箱の蓋を開けるまで、わからんって。あー、FNのマリーヌも同日、選対ホンブを立ち上げたってことで、いよいよ、血戦の火蓋が切って落とされたなあ。
 えっ、オランドは、まだ継続中の戒厳令こと、非常事態宣言だが、来春の大統領センキョまで延長の方針を記者に喋ったのか。何、考えてんだよ。この「11・13」で、あの巴里の連続射殺ジケンから1年が経っておるんだよな。確かに、直後に戒厳令を敷くのもわからんではないが、でも、せいぜい、1ヵ月か3ヵ月で、どんなに長くても半年だ。だいたいが、葬式から1年経てば、1周忌ってことで、それで喪が明けるんだからな。トップがこんなにビビリマクリンスキーで、いったい、どうするんだよ? そんなんで、いつまでもビビッておるから、観光客だって戻ってこんのだ。対抗馬はもっと、オランドのこのへっぴり腰をビシバシと叩きまくれってんだよなあ(怒)
 あと、LRの予備選は、ジュぺ、猿に、フョヨンも出ておって、計7人の争いか。「11・20」に第1回投票で、おそらく、1回目で過半数を取るのがおらんかった場合、上位2人でその1週間後に2回目投票なんだな。ワシ、驚いたのは、「対EU」の姿勢で、ジュぺは「離脱も辞さずで臨む」とブチ上げておってだな、現状維持の猿と比べて際立っており、むしろ、古希を過ぎておるジュぺの方がカゲキを極めておって、あのサンダースを彷彿とするなあ。おそらく、「ジュぺvs猿」の第2回投票になるんだろうなあ。それで、「その際、どっちを支持するのか」ってことで、フィヨンの動向に注目が集まっておるってことか。
 マリーヌは、事務所開きで、センキョ戦用の新ロゴを発表したってんだが、シンボルマークは「青いバラ」で、「へえー」だよなあ。で、マリーヌは、最初からトランプを支持しておってだな、「自分が当選したら、トランプ、プーチン、マリーヌの世界の3大トップが揃う」としたうえで、今度のセンキョ公約では「国境でのシンサ復活と、EU離脱の是非を問うコクミン投票の実施」かあ。いよいよ、独逸との間にも「見えないコンクリートの壁」をこしらえるってことだな。いやあ、吠えマクっておるよなあ(笑)

 #LRの予備選だが、立候補者は、ジュぺ、猿、フィヨン、ル・メールに加えて、コペにオンナのNKM(ナタリー・コシューシコ・モリゼ、パリ市長センキョでは、PSのイダルゴに負けた)、んで、ジャン・フレデリック・ポワッソンの7人で、テレビ討論の様子がネット上にupされておるんだが、だいぶ、白熱しとるなあ。そもそも、これだけの候補者が出ておること自体、猿の神通力っていうか、タガは既に緩んでおるんだな。だって、あんなに猿べったりだったコペが出ておるんだからな。あと、猿も白髪が増えて、老けたよなあ。10年前に比べると、だいぶ、脂が抜けてきておるっていうカンジがする。
 このポワッソン(齢53)ってのは、PCD(キリスト教民主党)っていう、右派のプチ政党の党首で、元々、UMPの傘下に入っておったよしみで、今回、参加したんだな。イル・ド・フランスはイブリンヌ県10区の下院ギインってんだが、「キリスト教」っていう名を冠しておるところを見ると、カトリックの教えに基づく、路線としては、「マイルドな保守」ってカンジだな。パリ郊外在住で、比較文化史家の竹下節子サンがブログで、このポワッソンを取り上げておるんだが、まだ、わかりにくい。例えば、路線としては「妊娠中絶反対」っていう立場なんかいなあ。
 いずれにしても、1回目で過半数を制する候補はおらんわな。このメンツだと、各候補、票は相当、バラけると思う。下馬評では、ジュぺに猿なんだが、いすれにしても、1回目で敗退した候補が「2回目投票で、誰を支持するか」ってのは、大きい。ホンマ、コイツは投票箱の蓋を開けてみるまで、わからん。ワシはNKMあたりが出てきたら、オモロイと思うんだがな。
 それはそうと、ソフィー・マルソーは、今年に入って、最高級のレジオン・ド・ヌール勲章を拒否しておったってんだな。理由は、同勲章をこっそりとサウジアラビアの皇太子に授与しておったってことで、「サウジは死刑シッコー天国だから、それは許せない」ってからなんだってな。ソフィーは骨がある。うわあ、ツイッターにインスタグラムも開設しておったんだな。コレは今後、ちゃんとフォローせねば。ワシは『ラ・ブーム』以来だから、もう30年以上が経つ。でも、カノジョは変わっていない。ソフィーに恋したから、ワシはフランスと巡り会えたのだ。 France, c’est ton nom, Sophie!(フランスって、君の名前なんだよ、ソフィー)

 #LRの予備選で、Ipsosとかいう世論チョーさ機関の最終統計では、フョヨンが最後になって、髪の毛1本の差で抜け出し、支持率30%でトップ。んで、ジュぺと猿が各29%で並んでおって、以下、ル・メール5%、NKM3.5%、ポワッソン2%、コペ1.5%かあ。うーむ、ル・メール、NKMの若手っていうか、もう中堅だが、イマイチだな。このあたりは期待しておったんだが、今回はキビシイな。しかし、フィヨンは意外と支持があるんだな。正直、もっと低いと思っておった。
 だから、2回目投票は、このフィヨン、ジュぺ、猿の3人のうちの2人に、なりそうだわな。そうなった場合、3位の候補が「どっちを支持するのか」っていう意思表明は、大きいなあ。明確に「それ」をするか、せんかも含めて、現時点ではまったくわからんわな。あと、ル・メール以下、他の候補者も旗幟を鮮明にするのか、どうかだ。大接戦となると、小銭もバカならんからなあ(笑)
 で、ソフィー・マルソーのフェイスブックに投稿したあ! 当然、フランス語だが、どうせ、ニッポン人はほとんど誰も見ておらんし、また、フランス人は誰もワシのことなぞ知らんし、あと、英語と違って、読解できるのはごく少数なんで、ま、いいか、だよね。全然、変わってない。そうだよ、そうだよ、初めて出会ったのが、ぬあんと、まだ齢16だったのだ。だから、カノジョと出会わなければ、こんなにフランスに深入りすることなど、あり得なかった。さながら、オトコとオンナが絡み合って、恋へと落ちていくように。だから、「フランス」は、カノジョの名前なのだ。

 #で、「トランプ現象」だが、ワシには、渡米して20年以上になる3つ下の妹がおって、先日、一時帰国した際、実家でアレコレを喋った際、感じておるところを吐き出させたんだが、そもそも、妹は20年も向こうで住んでおるとだな、半分以上はアメリカ人になっておるよな。例えば、ワシは今でも畳の生活なんで、胡坐がいちばんラクなんだが、妹は向こうに行って椅子の生活なんで、正座をはじめとして、床の上で過ごすことができなくなっておるんだ。だから、親の介護で、実家に一時帰国するようになって、テーブル&椅子のセットを買い込んで、昔はそこでは「ちゃぶ台」でメシを食っておったのに、時代は変わるよなあ(TT)
 ま、それはともかく、まずは、赤い州と青い州の帰趨だが、ココはどんなことがあっても、変わらない。だから、勝負を決めるのは、スイング・ステート(=揺れ動く州)の動向だ。まずは、全体状況として、この小浜の8年間で、「飽き」が来ておったってんだな。特に、20〜30代の若い有権者は、とりわけ赤い州においては、クリミアの問題で、小浜がプーチンに譲歩しておったことが、「あんな弱腰、許せん」と怒っておったってんだな。それも含めて、スイング・ステートであるオハイオ、ペンシルバニア、フロリダでは、若者たちがこぞってトランプに投票したってんだな。
 それと、コレは今回の「隠れトランプ支持」とも繋がっておると思うんだが、今の亜米利加の20〜30代ってのは、あんまり、ホンネを言いたがらないんだそうだ。ぬあんで、そうなのかまでは詰めきれなかったんだが、とにかく、実態としてはそうなんだってんだな。そういうこともあって、事前の世論チョーさで、「トランプ支持」がなかなかオモテに出てこなかったっていう要因はあるらしい。それと、現地では、確かに「ヒラリー有利」ではあったんだが、でも、巷の会話では「最後の最後まで、わからないよね」ってのはあったんだそうだ。だから、「ニッポンでは、『トランプ勝利はあり得ん』という報道だった」と言うと、妹は「それは、ちょっと違う」だった。
 それで、トランプだが、コイツはアメリカ人であれば、全員が知っておるチョー有名人。TV番組によく出ておって、要は「みのもんたの喋りをする実業家」だってんだな。向こうのTV番組で、トランプがMCをやり、また、トランプがカネを出して、若者を採用してビジネスを展開するのを見せるってのがあって、デキの悪い若者をトランプが「いいか、オマエはクビだ!」と叩きマクるのが、大ウケしておったってんだな。だから、トランプが若者層の票をかっさらった要因が、このへんにあるんで、大事なことなんで、ココでupしておく。

 #そういえば、カトパン、『実話ナックルズSPECIAL』(ミリオン出版)の最新号の巻頭グラビアで、出所不明なんだが、「元キー局人気アナのK・Tのハメ撮り写真」が載っておったぞ。この「K・T」は「加藤綾子」以外に存在せんが、その写真には目線こそ入っておるものの、全体の雰囲気はもとより、顔の輪郭、髪型、鼻の形、んで、左目じりの下と右頬にあるホクロと、あと、胸のデカさなあ。妙に酷似しておって、異様にリアルだ。写真説明では「交遊のあったプロ野球選手と云々」とあり、相手の人物がケータイを放置しておった隙に画像がゲットされたとかナントカで、そこのあたりは胡散臭いんだが、それはともかく、ワシも「ホンマ、よう似とる」と思ったな。
 それで、この写真が心当たりのない、「全くのガセ」であるのなら、それでオシマイだが、ただ、万が一の最悪を想定して、もし、コイツがあの夏目三久のように、本物だったとしたら、少々、ややこしくなる。ココから先は「この写真が本物である」との仮定でハナシを進めるが、まずは、このタイミングでリークした目的だが、ほぼ、間違いなく「カネ」だろう。「局アナ時代と違って、フリーになってCMにも出マクって、懐も潤っておるだろう。だったら、少しは還元せえや」といったところだろうなあ。要は「クレクレ蛸ら!」ってことで、「いいか、次は目線を外して、実名を出して、フライデーやフラッシュに売り込むぞ。そうされたくなかったら、出すもん出せや」だろうなあ。
 でも、そういう恫喝に屈してカネを払ったらオシマイで、むしろ、それをネタに骨の髄までシャブられるからな。解決方法はただひとつ、腹を括ることだ。「出すなら出すで、それで結構、お好きにどうぞ」だろうなあ。無論、そうなった場合、世間をお騒がせすることになるが、でも、逃げたらダメで、「あの写真は間違いなくワタシです。若気の至りで、オトコを見る目がないため、こうした不始末をしでかしてしまいました。ファンの方々の期待を裏切り、また、世間をお騒がせして、本当にスミマセンでした」とアタマを下げることだろう。その結果、CMが降板となり、レギュラー番組をクビになったとしても、甘んじて受けることだな。「身から出た錆」なんだから、しょうがない。
 ま、リベンジ・ポルノの被害に遭うたってことで、刑事告訴に踏み切るという選択肢もあるが、ひとつはヤブヘビというのと、あと、「女子アナ」ってのは、「みなし公人」であり、もし、報道番組を担当するということであるなら、「その人となり」について、当然、視聴者としては「知る権利」がある。公人ってのは、下半身事情を含め、プライバシーなどなきに等しい。だから、そういう状況に遭遇したんであれば、こんな魑魅魍魎を極めておる芸能怪なんかからは、さっさと足を洗って、カタギの道に引き返すチャンスかもしれんで。そのリトミックを扱うスペシャル音楽教室を開くってのも、アリだと思うな。「こんなんだから、ワタシもあの長谷川豊ごときに『パン子』呼ばわりされちゃうんですよね」と、自虐ネタで切り返すぐらいのド根性が要るだろう(笑)

 #「上」の続きで、ワシはこの期に及んで、スマホはおろか、ガラケーすら持っておらんから、ハメ撮りを敢行するっていう感覚がわからんのだが、ま、ひと昔前と違って、こうした・ツールの登場によって、このテのハレンチ映像の撮影と拡散を容易にしとるよなあ。アナログの時代は、カメラで撮影後、ネガを現像して、さらに焼き増しせなアカンかったから、諸々、手間はかかるし、また、このテのスキャンダルを揉み消すにしても、「ネガ」という「動かぬ証拠」を没収することで、めでたく解決だったんだが、今は違うからな。
 要は、ベンヤミンの言うところの「複製技術時代」を確立させるツールが、ココまで極まっておるってのが、現代だからなあ。ワシの動物的本能に根ざした勘では、今回の流出ハメ撮り写真の被写体が、カトパンである可能性は、残念ながら、正直、だいぶあると思う。もちろん、「ガセ」、すなわち、「別人」であって欲しいとは、心から願いつつも、「もし、あの写真が本物である」と仮定した場合、諸々、キビシイわな。あの長谷川豊の野郎のよる、理不尽極まりない「パン子攻撃」に、「さすがに、それはないだろう」という同情心が、忽然と湧き起こったんだが、しかし、そのウラでこんな写真を撮らせておるんだったら、「んもう、だったら、好きすれば」の世界だよなあ(TT)

 #そういえば、この「12・17」に東急田園都市線・たまプラーザ駅直結のショッピングモール内の中庭であった、倉木麻衣チャンの特別ライブを覗いてきた。今、初めて明かすが、ワシはカノジョの隠れファンだったのだ。
 ライブは16時と18時の2回ってことで、後の方を、少し遅刻して行ったんだが、ものスンゴイ人だかりで、盛り上がってた。主催者の公式発表の「延べ6500人」ってのは、全然、多過ぎ、正確にカウントしたわけではないが、2回目ついては、最大でも1000人ほどだったと思うが、それでも動員をかけるというのでなく、自然発生的にアレだけ集まるってのは、スゴイと思った。
 じつは、もう、この10年近くだろうか。何度か、カノジョにメールを書いてて、ま、その内容はふたりだけのヒミツなんだが、「始めるのは大変だが、続けるのは、もっと大変なこと。一発屋で終わるのではなく、聴き手の心を打つ、クオリティーの高いものを作り、発信し続けて欲しい」との趣旨のことは、伝えたような気がするが、本当はもっとディープなことを書いておる。
 サワリだけ明かすと、大学生活との二束のわらじを両立させたってのは、「よく、頑張った」と。あと、「3・11」の後に、「被災者んところに、われ先と駆け付けて、通りいっぺんの歌詞を唄ったところで、心を動かせはしない。何も焦ることはない。どれだけ時間がかかっても、本当に伝えなければならないコトバを紡ぎ出すべきだ」とも。以前、医療過誤の本を出したとき、京大病院でエタノールを誤吸入されて亡くなった、重い障碍を持っていたさおちゃんの御両親を取材して、同じ立命館の産業社会学部の出身だということで、いろんな話をした中で、「じつは、倉木麻衣のファンなんです」と言ったら、さおちゃんのお母さんに「古川さんって、何で、そんなにミーハーなんですか?」って、半ば呆れ気味に言われたものだ(笑)

 #扱いとしては、ヒマダネになるんで、こっちになるんだが、シャブ使用で桜田門にタイホされておったASKAが、「ションベンが本人のものと特定できなかった」ってことで、嫌疑不十分で不キソになったってんが、そもそもASKA本人が110番通報した際、ワケのわかんねえことを口走っておったんで、それで、ションべンをケンサしたってんだよな。であれば、たまたま、今回は刑事ソツイはされなかったんだが、しかし、シャブ依存から抜け出すには、相当の忍耐と努力を要するってのは、あの田代まさしの例を出すまでもなく、わかりきっておるんで、「要支援」というのか、抜本的な治療が必要な気がするなあ。
 それと、フジテレビの報道ブの記者が、ヤクザ筋のクルマ購入にあたって、「名義貸し」をしておったっていう件だが、コイツは結局、当該記者が、この名義貸しとバーターで、小遣いを貰っておったり、酒池肉林の接待を受けておったかどうかに尽きる。「無償」でやっておったのであれば、あまり褒められたハナシではないが、ワシ的には、全然、セーフだと思う。しかし、その見返りに報酬を得ておったというのであれば、コイツは厳しいというより、アウトだろう。ワシらブンヤってのは、取材対象に対し、ナンボ、「貸し」は施しても、「借り」は絶対に作ってはならんってのは、鉄則だ。あー、カイシャ側の事情聴取に対し、当該記者は「相手とは、取材を通じて知り合い、これまでに高級飲食店で20回以上接待を受けたため、断りきれなかった」かあ。コイツは、アカンわ(笑)

 #クリスマス・イブの前日に、仏蘭西は東部のブザンソンに、筑波大から現地の大学に留学中の黒崎愛海サン(齢21)が、この「12・4」から行方不明になり、誘拐or監禁ジケンに巻き込まれた可能性が高いと、地元警察がツイッターで明かしたってんだが、ヒギシャは特定しとるものの、既に国外に逃亡かよ。要する、コイツは「顔見知りの犯行」かよ。巴里とかならともかく、あんなブザンソンみてえなチョー田舎で、行方不明なんて、チョット、考えられんな。何だろう、「カネ目当て」かよ?
 それはそうと、総理ダイジンを辞めて、PSの予備選に出るヴァルは、同じく東部のストラスブールで、バルに入ろうとしたところ、小麦粉バクダンのテロに遭うて、顔中が粉塗れかあ。結構、笑えるんだが、しかし、セー権与党であるPSへの風当たりは、強いんだな。
 あと、LRの予備選から、だいぶ経ってしもたんだが、フィヨン選出ってのは、確かに、終盤に猛追しておったものの、事前の世論チョーさでは、「ジュぺvs猿」の図式だったんで、トランプに続いて、見事に外したよな。でも、猿が2回目に出れんで、3位で終わったってのは、正直、意外だったな。コレをもって、猿も「政界引退」を表明したんだが、こうやって、猿が表舞台から去るってのも、正直、寂しいものがあるわな。あの猿のデタラメ三昧ぶりのキャラは、叩き甲斐があったからなあ。それに比べたら、オランドなんて、フツー過ぎて、オモロクも何ともねえからなあ。それで言うと、猿は非ENAってこともあって、妙なポピュリズムを体現しておったぶん、でも、馬力はあったよな。
 で、黒崎愛海サンだが、今年9月から1年間の予定で、ブザンソンのフランシュ・コンテ大に留学しておって、その「12・4」にダンススクールに通ったのを最後に、それ以降、連絡が取れなくなっておるってんだな。巴里のような大都会なら、見知らぬ人間にナンパされてっていう展開は大いにあるが、あんなブザンソンみてえなド田舎であれば、だいたい顔見知りだろうなあ。そんな普通に学生生活を送ってて、こんな神隠しのように忽然と姿を消えるなんてあり得んわな。イスラム県によるテロ云々もエエが、仏蘭西のケーサツは、こういう一般の刑事ジケンこそ、ちゃんと解決して欲しいわな。でなければ、ニッポン国の主権者として、借金塗れの仏蘭西電力(EDF)&アレバ救済の名目としてブチ上げておる、新・高速炉のアストリッドの研究開発費なんて、ビタ1文も出さんからな、このアホンダラが!
 あー、NNNの続報だと、愛海サンは、12・4の晩にダンススクールに行った後、オトコと一緒にブザンソン郊外のレストランでメシを食って、それから、愛海サンの住んでおる学生寮にオトコは入り込んでおって、その際、叫び声が聞こえたっていう証言が出ておるのか。んで、このオトコは既にEU域外に出国しておるってんだが、地元ケーサツは、既にこのオトコの身元を特定しておるってことだな。このオトコってのは、地元の人間かよ、それとも留学生? それと、どういう経緯で愛海サンと知り合ったんだろうなあ。面識があったのか、ナンパなのか。カノジョがジケンに巻き込まれておるのは、100パーセント間違いないが、カネ目的の誘拐か、痴情のもつれによるものなのか、どっちだろう。FNNの続報だと、このオトコは「20代の知人」ってことは、留学生がそんなカネなんて持っておらんから、であれば、痴情のもつれによるコロシの線か。でも、カノジョの親から送金させることで、ヒモとしてタカろうと企んでおったかもしれんし。いずれにしても、仏蘭西でタチの悪い毒牙に引っかかったってカンジだな。

 #ほいで、カトパンは、例の「ハメ撮り流出写真」だが、真贋のほどは、どうなんだよ? ワシ的にはカトパンの純真無垢を信じ、「別人」であって欲しいと心から願っておるんだが、でも、ホクロの位置がほとんど同じなんだよな。本来であれば、実話系週刊誌が「おー、出たか」とばかり、即、後追いしてもおかしくないんだが、妙にキモチ悪いくらいにスルーしとるよな。
 だから、あの写真が本人かどうかは、カトパンしかわからんが、別人であったら、あの記事で「K・A」のイニシャルで「加藤綾子」の実名報道に等しいんだから、せめて、ミリオン出版には抗議せんとだわな。でも、「それ」がデキんってのは、もし、本人だった場合、向こうが「ナメやがって。写真はまだいくらでもあるんだから、次は実名表記でヤルぞ」と凄みかねず、ま、こういうのを俗に「ヤブヘビ」ってんだが、もし、アレがカトパンだったら、支えきれんよなあ。っていうか、あんなもんを撮らせている時点で、オシマイだよな。
 あと、日刊スポーツが、夏目三久が有吉弘行の子供を妊娠したっていうハナシの訂正を出しておったんだが、「記事の一部において誤りがあった」って、いったい、具体的にどこが間違っておったんだよ? 「誤報」というのであれば、「記事そのものを取り消して、お詫びします」だよな。コイツも魑魅魍魎を極めた奇っ怪そのもので、「記事掲載時は事実でしたが、その後、堕ろしたため、結果として誤報になってしまいました」ではないんかよ? あの訂正記事は、要は読者でのうて、所属ジム所に詫びとるんだよな(怒)
 ただ、カトパンに関しては、あの写真が、もし、本人だった場合、夏目三久の「それ」んときのように、実名でビシッと載った方が、全然、よかった。もちろん、そのことによるダメージは避けられないが、しかし、そうやってオモテに出たことで、要は、それでオシマイで、もうそれ以上、追及できなくなる。だから、それで言うと、あんな中途半端な出され方が、一番キツイわなあ。フライデーやフラッシュといった写真週刊誌に売り込んだところで、所詮、謝礼はせいぜい数十萬円で、ミリオン(=100萬円)には行かん。だから、ウラの交渉で毟り取ろうっていう算段だろうが、応じたら、それをネタにまたゆすられるからな。ヤブヘビ覚悟で、この際、カミングアウトして、リベンジポルノで刑事告訴するってのも、選択肢の1つだろうなあ。ぬあんか、決め付けておるようで申し訳ないんだが、しかし、あの流出写真は、ホクロの位置も含めて、ホンマにリアルだったからなあ。だから、この御時世、無名の一般人も、このテのリベンジポルノの被害に遭うて、泣かされておるっていうトレンドを逆手に取ってだな、「手記」にして出す、と。もし、その場合は、ワシの抱えておる仕事のカタが付いておるとの前提だが、ゴーストライターとして協力する意志はある。印税はふたりで折半ってことで、どうや?(笑)

 #ブザンソンで発生した、筑波大からの留学中の黒崎愛海サンの失跡ジケンで、ナンシーに本社があり、東部地域のロレーヌとフランシュ・コンテを持ち場とする地方紙『レスト・レピュブリカン』が、「LES TELEVISION JAPONAISE ENQUETENT A BESANCON(ニッポンのテレビ局が、ブザンソンで取材しマクり中)」とヒマダネを載せておるなあ。「NHKにフジ、日テレ、TBSにその他」と、やたら詳しいな。「C’est le choc au Japon(ニッポンでは、衝撃をもって受け取られている)」ってことで、あんなブザンソンみてえな小さな田舎町に、ニッポン人がワンサと押しかけておるんで、地元の人は「おー、いるいる」ってカンジで見てるんだろうなあ。そのジケン発生3日後に、突如、EU圏外に逃亡した「重要参考人のオトコ」ってのは、年齢が20代前半で、国籍は仏蘭西でもニッポンでもなく、で、どうも、その同じフランシュ・コンテ大におった留学生のようだな。
 そうそう、このレスト・レピュブリカンは、今からちょうど10年前の06年9月に、「ビン・ラディンは腸チフスのため、既に8・23にパキスタンで死亡」の大特ダネを打っておったよなあ。このネタをキャッチしたのは、ビン・ラディンの出身のサウジアラビアのちょー報機関で、そこから仏蘭西の「それ」が、ま、ブンヤの取材と同じだが、「ギブ・アンド・テイク」でゲットしたんだろうなあ。報告ショとして上げられ、当時、大統領だったシラクと首相のドビルパンは目を通しておったってんだが、ワシは記事のネタ元は、この2人のうちのどっちかだと睨んでおるんだがな。だから、その後にあった小浜が指揮したっていう、「米グン特殊部隊によるビン・ラディン殺害」ってのが、いかにマンガっていうか、サル芝居の極みだったかってのが、わかるよな(笑)

 #で、カトパンの「ハメ撮り写真流出ギワク」だが、個人的には本当にカトパンを守りたいと思っておるんで、その立場から言う。無論、あの写真が「ガセ」、すなわち、「別人」であって欲しいとは思っておるが、もし、万が一、「真実」、つまり、「本物」であったとしても、それをもってカトパンを見捨てるという気にはなれない。例えばのハナシ、「酔った勢いで、そのままなだれ込んだ」っていう類なら、それは確かに褒められたハナシではないが、でも、「若気の至り」だろう。それと、誰もがスマホ(orケータイ)を持っているこの御時世、以前のアナログの時代と違って、ある意味、誰もが、このテのリベンジ・ポルノの被害者として巻き込まれる可能性がある。そのときは、超ラブラブ状態ゆえ、脇甘スキスキを許しておっても、いったん、関係がこじれてしもうたら、なかなか、そうは行かんからな。だから、コイツは夏目三久の妊娠騒動と同様、「本人」しか真実の知りようはねえからなあ。
 だから、申し訳ないが、最悪の事態を想定して、あの写真が本物だったという前提でハナシを進めると、もし、そうであれば、腹を括って、ジム所には全部、喋ったうえで、最後は「ずべての責任は自分が取り、身を引く」という以外にない。流出したのは、「相手側」なんだから、その相手がどういう人間なのか、どういう経緯で撮られたのかも含めて、オープンすればいい。絶対にやってはならないのは、「カネによる解決」で、無論、その場しのぎにはなるが、そうしてしまったら、逆にそのネタで脅され続けて、言いなりになるしかねえからなあ。むしろ、『ワタシが「リベンジ・ポルノ」の被害者になるまで』のタイトルで手記を刊行することだ。その場合は、もう、ワシは印税、要らんから、「タダ」、つまり、「無償」で支援する。
 でも、考えてみれば、「死ぬか、生きるか」の状況に置かれておる、まおと比べたら、ま、どってことねえわなあ。オモテに出されたところで、命まで取られるワケでもねえし。そう言えば、水卜麻美と抱き合わせの扱いで、『フライデー』の記者に直撃され、「これからラーメンを食いに行くところ」と答えておったんだが、「で、あの写真は、ホンマでっか?」と突っ込まれんかったんかよ(笑)

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #お盆に実家に帰省したときのこと。夕食の買い出しに、自転車に乗って、近所のスーパーに出かけ、つまみを籠に入れてレジに向かったところ、酒を買い忘れていたことに気づき、急遽、酒のコーナーでビールと酎ハイをゲットし、再びレジに戻ろうとした瞬間、「古川クン!」と声をかけられた。「えっ、誰?」と一瞬、躊躇してしまたった。でも、それはワシが近視であること(裸眼で視力0.1未満)が大なのだが、ぬあんと、高校時代の同級生のアコちゃんだったのだ!
 アコちゃんとは、実家が同じ市内で、カノジョもお盆で帰省してて、クルマで同様に夕食の買い出しに来てて、中学生くらいの娘さん2人とお母さんも一緒だった。アコちゃんの方でワシに気づいて、気さくに声をかけてくれたのと、再会は去年の4月に品川の新高輪プリンスホテルであった、長高東京同窓会以来であり、とりわけ、カノジョとは会おうと思って、サクッと会える相手ではないので、あまりにも素晴らしい過ぎるこの偶然に、チョット感動してしまって、思わず、アコちゃんの手を握って、握手しちゃったあ!<コイツは書いてから気づいたんだが、ったく、「馬から落馬した」と同じ誤用表現だな(笑)
 その間、時間にして、ほんの2、3分くらいだっただろうか。少し立ち話をしたんだが、髪をバッサリ切って、だいぶ短くはなっていたが、スッピンながらも、肌が本当にキレイで、そのへんのワケのワカんねえ熟女モデルなんかよりは、アコちゃんの方が超ステキな美貌で、「生きてて、天の恵み以外の何物でもない、こんな偶然もあるのか」と感動しましたよ(TT)
 アコちゃんもフェイスブックを開設しているんだが、「ゴメン、ワシは誰とも友達登録していないんで……」ということで、「また、メッセージを打つよ」と、その場を別れたのだ。じつは、比較的最近、カノジョにはフェイスブック経由でメッセージを送ってて、「読んだ?」と尋ねたのだが、読んだような、読んでいないようなカンジで、あやふやだったんだな。ま、後で書くかもしれんが、その高校の同窓会後に突如、ワシを襲った得体の知れないドタバタ劇において、「やっぱり、アコちゃんは犯人ではなかったんだ」というウラが取れたんで、「ヤレヤレ、一安心」だった。
 アコちゃんとは、高校時代、同じクラスだったことは1度もなかったが、でも、同じ電車通学だったんで、顔はお互い知ってた。卒業後、カノジョは都心の短大に進学したんだが、その際、なぜか、住所と電話番号を交換してて、それで、上京して間もなく、今は無き渋谷のスターウッズで「2対2」の合コンをし、そこでチークを踊った。もう30年以上前のハナシだ。1984年、時代は、まさに「80’s」のど真ん中だった。だから、アコちゃんと会うと、いつも、あのチークタイムのところに、時計の針が戻ってしまうのだ。

 #「上」の続きだが、アコちゃん、フェイスブックで、比較的、近所と言えばそうなんだろうが、鵠沼海岸にある、ウルトラセブンでモロボシ・ダンを演じていた森次晃嗣が経営するレストラン「ジョリーシャポー」に、娘サンを連れて行ったハナシをupしておるんだが、じつはワシも、アソコへは1度、行こうかなあと思いつつも、実現しないまま現在に至っている。今年が、ちょうど、ウルトラマンの放映から、ちょうど半世紀ってことなんだが、あの円谷プロのウルトラマンシリーズでは、やっぱり、セブンが好きだし、一番オモロイ。ちなみに、セブンに関しては、相当、オタクを極めておると思う。
 前作のウルトラマンってのは、もっとシンプルに「正義vs悪」の対決でほぼ完結しておったが、ウルトラセブンが、一義的には子供をメインターゲットとしつつも、「大人の鑑賞にも耐え得る」ところも狙っておったと思う。それが、核兵器に擬した「超兵器R1号」をギエロン星に発射したことに対する報復で、地球に乗り込んできたギエロン星獣との戦いだ。セブンは最後、ギエロン星獣の喉元をアイスラッガーでかき切って絶命させ、何とか勝ったんだが、勝利の高揚感は、一切なかった。無念の表情で、静かに目を閉じていくギエロン星獣の哀しみに、子供ながらも胸を締めつけられた。籠の中の回し車で走り続けるハツカネズミに目をやりながら、「血を吐きながらも続ける、悲しいマラソンですよ」という、ダンのラストのセリフに、当時の米ソによる核開発競争をチクリと風刺、批判してて、オモロかったよな。
 それと、オキナワ出身の脚本家・金城哲夫の筆による「ノンマルトの使者」だよなあ。「もともと、地球にはノンマルトっていう先住民がいて、後にやってきた地球人が、ノンマルトを海底の奥深くに追いやったんだ」ってダンに叫ぶ、あの頬にホクロのある真市少年だよなあ。「じつは、地球人は侵略者だった」っていうハナシで、大陸から米に馬、そして、鉄器(=武器)を携えてニッポン列島にやってきた弥生人が、先住民の縄文人を追い出し、征服していった歴史と重なっておるんだよな。そうした縄文系が今なお、濃厚に残っているのが、アイヌであり、ウチナーなんだよな。「そういえば、僕のふるさと、M78星雲では、地球人のことをノンマルトと呼んでいた」とダンは洩らしていた。
 あと、マゼラン星人の少女・マヤとの交流を描いた「盗まれたウルトラアイ」。セブンでは、怪獣との戦闘シーンがない回があるんだが、コイツはまさにそれだ。マゼラン星人は、地球征服にあたり、恒星間弾道ミサイルをブチ込むんだが、それを完全に成功させるため、「ダンをセブンに変身させない」という任務をマヤに命じ、地球に送り込むんだよな。純真なマヤは、任務遂行後、マゼラン星から救出が来るものと信じて疑わなかったんだが、じつは「捨て石」として送り込まれた工作員で、「それ」を知ったマヤは、最後にウルトラアイをダンに返すんだよな。 で、圧巻はココから先で、その地球目がけて飛んで来ている恒星間弾道ミサイルだが、ウルトラホーク1号のビーム攻撃にもビクともしなかったんだが、セブンに変身したダンは、ミサイルの中の制御室に入り込んで、ダイヤルをカチャカチャ回すと、突如、180度回転し、ミサイルはマゼラン星へと戻っていくんだよな。当時、コイツを制作した人たちは、たぶん、そこまで意識はしてなかったんだろうが、ココで描き出されているのは「セブンが戦った相手とは、目には見えないコンピュータのプログラムだった」ってことで、だから、半世紀近く経った今、見ていても、全然、色褪せないどころか、胸を打つ。もし、また、アコちゃんと会う機会があったら、この「セブン談議」にも華を咲かせたい(笑)

 #で、今朝(=8・24)の日刊スポーツのイチメン、汐留におった夏目三久が、元猿岩石の有吉弘行の子供を妊娠しておるっていうハナシだが、ネタ元はどこなんだろうなあ。コイツがもし、「蜜会」であれば、一緒にマンションに入っていくところの写真を押さえればイッパツなんだが、「妊娠しておって、しかし、結婚するワケでもないんだが、その相手の名前」ってのは、そう簡単に取れるネタではない。「夏目本人以外」で、どこでウラを取ったんだろうな。ココまで断定して「字」にするには、相当の自信がねえと打てんからなあ。
 ただ、記事ん中では、この夏目が妊娠何ヵ月かはわからんのだよな。しかし、既に堕せん段階に入っておることは間違いないだろう。普通であれば、「デキちゃった婚、明るみに」なんだが、要は、有吉が結婚を渋っておるってことなんだろうなあ。夏目は、07年入社で、今、齢32ってことは、結婚適齢期ってより、まさに、「出産適齢期」だわなあ。このタイミングを逃したら、「次」はあるかどうかなんてわからんから、結婚っていうより、「出産」に向けた、ぬあんて言うんかいなあ、「執念」、いや、「業」のようなものすら感じるよな。ところで、有吉は、今、ナンボなんだよ。あー、齢42かあ。であれば、「年貢の納めどき」ではあるわな。
 ま、今は、「ノンママ」ならぬ、「ワーママ万歳!」っていう御時世で、知花の後釜として『ドゥマーニ』の表紙に抜擢されたエビちゃんも、出産しても休むことなく、出続けておるからなあ。しかし、ココで降板させてしもうたりしたら、今は「マタハラ」って叩かれかねんからな。諸々、そういう時代なんだよな。であれば、有吉と同じ番組でMCをしておったカトパンだよなあ。サン毎で、アレは、やたら結婚願望っていうより、「出産願望」を喋っておったんだから、有吉にアプローチかけておれば、イケておっただろうなあ。っていうか、有吉にツマミ食いされてはおらんかったんかよ。有吉も種馬としては、モロ、完璧だからなあ。
 えっ、今晩、upしたツイッターで、有吉は「キツネにつままれた思い」ってことで、所属ジム所も日刊スポーツの記事を全面否定かあ。こりゃ、いったい、どうなっておるんだよ? まさか、夏目の狂言ってことはねえだろうし、有吉もセキニンを取る、つまり、結婚するツモリがねえんだったら、避妊を怠ったらアカンで(笑)
 ほうー、夏目のジム所も「交際、妊娠の事実はなく、記事は事実無根」かよ。いやあ、こっちこそ、「キツネにつままれた思い」だな。しかし、「真実はひとつ」しかねえんで、いずれ真偽のほどは判明するが、記事が事実であったとして、でも、夏目がまだ堕せる段階だったら、堕してしまえば、「なかったこと」にはデキるし、その気になれば、それぐらいのことはヤルだろう。でも、もしそうだった場合、SMAPと同じで、その場は取り繕えたとしても、いずれブッ壊れるんで、後々までフォローすれば、今回のネタが本物だったか、それとも、ガセだったはわかる。母体保護法では、中絶は22週未満で、約3ヵ月だから、それであれば、そんなに腹は目立たんよな。バレなけりゃ、22週目以降でもヤミでやってくれるところはあるが、しかし、魑魅魍魎とした展開になっておるよなあ。
 あー、リテラがフォローしておって、夏目の所属しておる田辺エージェンシーが「有吉との交際には猛反対」で、それゆえ、夏目が腹を括って、強行突破した可能性に触れておるなあ。だから、コイツはどうも、「火のないところに煙は立たず」ってカンジだな。ほうー、日刊スポーツは続報で「年内結婚に向けて調整」と打っとるなあ。おそらく、他社はウラが取れんから、腹イセも含めて、ジム所側の大本営発表を垂れ流すしかねえってカンジだな。ナンボ、芸能ネタとはいえ、もし、「ガセ」だった場合は、日刊スポーツは、しかるべき立場の人間のクビが飛ぶだろう。
 あくまでココから先はワシの推測でしかねえんだが、アレは「真剣交際」っていうよりは、実態としては、有吉の「ツマミ食い」だったってことはねえのかよ。だから、あの「キツネにつままれた思い」の意味するところだわな。夏目も年齢的には「出産適齢期」だから、「今日は危険日ぢゃないんで、大丈夫!」って有吉に囁いておった可能性はあるだろう。ま、オトコとオンナとの間で、コレくらいのウソとしての睦言は許されると思うなあ。だって、有吉だって、散々オンナとは遊び倒しておるんだろうし、齢も不惑を超え、「ダマされた」と喚いたところで、世の中的には物笑いのタネだわなあ。百歩譲って、夏目が例えば10以上も年下の、童貞に毛が生えたような若いツバメを玩んでおったんならともかく、だって、相手は有吉だろ。カクゴを決めて、夏目が猪突猛進を図ったんだとしたら、キモチは痛いほどわかる(笑)
 で、今晩(=8・28)、ナマ出演したラジオ番組で、有吉は「(夏目との)交際も妊娠もない」と完全否定かあ。むしろ、「キツネにつままれた思い」ってのは、ワシの方だな。今度のハナシのワシ的なこだわりってのは、「ネタのディープ性」ってことなんだな。無論、このハナシ自体は、ま、どうでもエエような芸能ネタなんだが、それでも、「ジケンのヒマダネ」ってことで言えば、この「妊娠した」ってのは、そう簡単にウラが取れるネタではない。記事化するにあたって、相当なところでウラを取りきらんことには、オイソレと字にはできん。
 繰り返すが、夏目の妊娠が事実だったとしても、ま、堕して(堕させて)しまえば、万事、「なかったこと」になる。もし、万が一、仮にそうだったところで、でも、SMAPと同じで、どこかで綻びっていうか、ブッ壊れてしまうんで、今後、何か必ず出てくる。あと、夏目は所詮、タレント枠とはいえ、赤坂サカスの朝のワイドショーと、古巣の汐留のバンキシャ!のMCだわな。不倫ではないにしろ、コレだけ世間をお騒がせし、本来であれば、報じる側が「報じられる側」になって、ま、主客転倒しとるわな。バンキシャ!は一応、報道局の制作なんだから、三十路になって、自分の下半身もきっちりと管理デキんってのは、どうしようもねえわな。芸能界ってのは、こんなだらしなさの極みしか、おらんのかよ? 日刊スポーツの記事が、「ガセ」であるなら、夏目は自分の命に賭けて抗議し、オトシマエをつけんとだろうが。

 #で、ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」が、今回は自宅ギャラリーを飛び出して、小松庵総本家駒込本店・蕎学洞(東京メトロ南北線・駒込駅2番出口からすぐ、六義園・染井門の向かい)というところで、「蕎麦日和 おそばと楽しむ器展」(8月31日〜9月4日、11時〜19時)を催しているというので、ちょっくら覗いて、観てきましたよ。
 この小松庵というのは、地元では有名な老舗のお蕎麦やさんで、3年ほど前に今のビルに店舗を移したとのことだが、2階部分が通常のお店で、んで、1階はもともと、多人数用の貸切特別室ということだったのだが、徳チャンの知り合いから、「ギャラリーとしても活用したい」という話を耳にしていて、かつ、近所だったということもあって、今回は「蕎麦とうつわ」をテーマに、陶器は柚木寿雄さん、磁器は高橋朋子さん、漆器は辻徹さんの3人の作品をコラボして展示・即売するという、なかなか意欲的な試みなのだ。
 夕方、フラっと顔を出すと、徳チャン曰く、「あのね、ほんの今さっきだけど、古川クンが来るんじゃないかと思っていたの。いつも来てくれてるから」とのことで、「いいカンしてるねえ」とワシ。部屋にはピアノも置いてあり、そうした音楽イベントにも利用みたいで、「草の根の文化交流の場にしたい」という経営者の思いが伝わってくるようだった。木のテーブルにも落ち着きがあり、ギャラリーのスペースにも適していると思った。
 それで、3人の作家さんの作品だが、どれもすごく落ち着いてて、いつものように、「これから先の人生で、ずうーっと使い込んでいける」という路線だよね。だから、単なるモノという次元を超えて、「パートナー」と言ってもいいような、そういう器たちを集めたっていうカンジだね。
 この3人の作家さんのうち、漆器の辻さんというのは、今回が初めての出品で、徳チャンが言うには、今年に入ってから、知人の紹介で知り、茨城県常陸大宮市に工房を構えているのだが、現地にも足を運んで、漆塗りの体験もしてきたのだそうだ。もともと、徳チャンは漆が大好きだったってことで、「これから、ウチのギャラリーでも漆を扱いたいわ」とのことだった。徳チャンの話を聞いてて、漆塗りってのは、本当に手間隙がかかるといい、この辻さんは、現地の大子漆を使って、漆の木に裂け目を入れて、樹液を採取することから始めているのだそうだ。んで、その辻さんのHPを見たら、じつは漆の樹液どころか、「うつわの素材である丸太を見極めることから始まります」ってことで、なかなかプロっていうか、職人ってのはスゴイね。
 徳チャンによれば、漆の木1本から採取できる樹液ってのは、じつは、たったの牛乳瓶1本分ほどで、それを採ったらその漆の木はオシマイで、伐り倒して、また、新しい樹木の成長を待たないと、なんだそうだ。その漆の木が樹液を採取できるまでには、何と、10年もかかるんだそうで、それも大変なんだが、もっと大変なのは、漆塗りの作業で、何回も漆を塗らなければならなくて、その際、完全に乾かさないと、かぶれてしまうんで、それがものスンゴイ手間隙なんだワ。聞いてるだけで、気が遠くなりそうで、だから、漆器の注文を受けてから、納品までに1年かかるなんて、ザラなんだそうだ。まさに、大量速攻生産とは対極の世界にある。
 その辻さんの作品で、ワシの心を打ったのは、じつは、蕎麦うつわ以外のもので出品していた、伐り倒した漆の丸太を使って作った「花挿し」だったのだ。丸太の中央をくり抜いて、そこに花を生けるようになっていて、もちろん、漆塗りが施されているのだが、樹液を採取した後の漆の本体まで、きっちりと使い切っていて、作者の「漆に対する、この上ない愛情」を感じたなあ。樹液を採るための傷も、そのまま施したままで、でも、人間も生きていくうえで、傷ついていくよね。そうした傷も、不完全な人間という存在とも重ね合わせながら、「樹液を絞り出してくれた、漆に対する感謝の念」みたいなものを、ワシは感じたなあ。その素朴なうつわのカタチも含めて、すごくよかった。ぬくもりというか、温かみにがある。漆の木も、大往生できたと思うのだ。
 それで、徳チャンとおしゃべりして、こうした特別展は、1年以上ぶりで、じつは、カノジョには1度メールを送ってて、「ひょっとして、ご両親の介護が大変なのでは」と伝えたんだが、やっぱり、その通りで、昨年夏にお父さんが亡くなられ、そのお父さんの面倒をみていたお母さんが、急に弱ってきて、その対応に追われていたとのことだった。お互いに五十路突入ということで、こればっかりは致し方ない。ワシもそうだから、置かれている状況の大変さは、身に沁みてわかる。でも、今は介護サービスが確立しているので、そういうのを使いきるのが大事だということで認識が一致した。カノジョ曰く、「介護は適当が一番。そっちの方が愛情も深まるわ」ということだが、そう思う。

 #『ノンママ白書』、あの「閉経したこと、言いたくない」ってのは、まさに「四半世紀後の赤名リカ」だよなあ。五十路になって、「何、やってんだよ」の世界だよな。だいぶ前だが、そういえば、大学時代の同級生のおねえちゃんと飲んだとき、「ワタシ、まだ生理あるわ」と言われて、「あっ、そう」。でも、齢50にさしかかると、閉経するもんなんかいなあ。人事部所属の菊池桃子は、オトコを見る目がなさそうなんだが、シニア婚活で、今度は若いツバメに引っかかりそうだよなあ。鈴木保奈美も、顔のしわとかは歳相応だが、あのキンキンしたところは変わってねえよなあ。
 ネット上では、「主人公は、実生活においてもノンママである、山口智子であるべきではなかったか」っていう意見もあるんだが、所詮、芝居、つまり、作り話だからなあ。芝居の醍醐味ってのは、「ウソを、いかに本物らしく演じるか」ってことなんだから、実生活云々は、ま、どうでもエエという気がする。山口智子は真面目すぎて、硬い。バブルの残照を色濃く残しているっていう、ストライクゾーン的には、やっぱり、鈴木保奈美だったと思う。菊池桃子ってのは、ワシらアラフィフ世代には、モロ、アイドルで、さしずめ、今のAKB48だからな。それが「オトコとヤッたの?」とか、平気で喋っておるんだから、んもう、歳を食ったよなあ。でも、30年前の面影はあるわな。

 #それで、5日間の「蕎麦日和 おそばと愉しむ器展」を無事、盛況のうち終え、ザ・仏文の同級生で「ギャラリーKAI」を主宰する徳チャンからメールがあって、「古川クン、来てくれて、ありがとう」。1年以上ぶりの企画展だったため、「どうしてたの?」と心配していた常連さんもいたとのことだが、「『私、これからもやります!』っていうお知らせのようなものだったのかしら」とあって、「その通りだよ」。
 で、今回の企画展でのスペシャルイベントとして、「江戸蕎麦とワインの饗宴」というのがあって、会場となった小松庵総本家駒込本店で、特別ディナーとビオ(自然派)ワインを合わせたコースを設定してて、「へえー」で、参加したかったあ。そもそも、「蕎麦料理のフルコース」って初めて聞くもので、「コース」と言うからには、前菜から始まり、メインデッシュ、デザートと続くわけで、どんな感じの、どういう組み合わせなんだろうという想像が膨らむよね。何て言うんか、「蕎麦懐石」っていうんだろうか。あと、ビオワインってのも、最近、よく聞くが、オーガニックワインとも微妙に違ってるらしく、オーガニックよりも厳しい条件で、ぶどうの作付け、そして、醸造をしているってことで、とにかく、無農薬、有機農法によるぶどうから作るワインなのだそうだ。ビオワイン専門のソムリエを呼んで、そこでミニ講座も催したってことで、「いいね!」だよね。
 徳チャンとは、「お互い、大台(=五十路)に乗ってしまっちゃったよねえ」だったんだが、無論、20代、30代の若さっていうか、凄まじいまでの馬力はもうないが、しかし、我々には経験の蓄積というものがある。ただ、漫然と無駄飯を食って生きてきたわけではない。そういう自負というか、プライドと自信はある。カノジョ曰く、「よき50代にしましょう」とのことだったが、だから、ワシも、まだまだ、くたばってる場合ではないのだ(笑)

 #『ノンママ白書』第5話、人事部所属の菊池桃子の「ライバルは昔の自分」は、笑えるよなあ。アラフィフのいいオバハン連中が「トレンディードラマをヤッてる」とアタマに血が昇っておってだな、まだ、懲りてねえってカンジだよなあ。あのグチ女子会で、「なぜ、夫婦別姓なのか?」で、「籍抜いた後の会社をはじめとして、諸々、手続きが面倒臭い」ってのは、わかりやすい。キレイゴトで論じるよりは、リアリティーがあって、いい。でも、ワシの後輩の元慶應ガールで、「ワタシ、じつはバツ2で、苗字3回も変わってるんです」ってのがおったが、要は、その面倒くささをくぐり抜けてきておるってことなんだな。しかし、五十路ともなると、これまでの腐れ縁がよじれマクっておるよなあ。閉経したら部長になった鈴木保奈美は、チューされただけで、盛り上がっておるんだが、額のシワが歳相応だよな。でも、コイツは月9では無理で、やっぱ、土曜の夜ドラだよなあ(笑)
 しかし、元日テレの夏目三久の妊娠バナシは、いったい、どうなったんだよ? このまま、ウヤムヤのまま、立ち消えそうだよなあ。女性セブンかよ、「逃げるオトコに、追うオンナ」ってことで、都心の有吉弘行のマンションの隣に、夏目は引っ越してきたってことで、ギアが入って、エンジン全開状態のまま、猪突猛進しておったってカンジだな。カラダの関係があるのは間違いねえんだろうが、アレも、有吉はいろいろとグチを聞いて、相談に乗ってやっておるうち、その延長線上でツマミ食いしたっていうところで、オトコは付き合うておるという意識はのうても、ま、オンナは本気なんだろうなあ。一説には、春先で別れておるというハナシもあり、「それ」が、「キツネにつままれた」という理由ってんだな。「だったら、本当の父親は誰か?」ってことにもなりそうなんだが、それは夏目本人しか知り得ん特定ヒミツだから、とにかく、スンゴイなあ。そもそも、妊娠が本当だったのか。可能性として、日刊スポーツのネタ元が夏目本人で、それが狂言だったということもある。しかし、そこまでやる動機が見えてこない。あと、記事化後、堕ろしてしまっていれば、すべて「なかったこと」になるからなあ。ったく、魑魅魍魎の極みだが、娯楽&バラエティーのMCならまだしも、報道番組の「それ」に留まり続けるのは、正直、厳しいと思う。こんなんだから、「TVはいい加減で、信用できん」と、いつまで経ってもバカにされ続ける。

 #大相撲フェチで、洗濯せん臭いプンプンの稽古用廻しに鼻をこすりつけて嗅ぐのが大好きな、ユアタイムMCの市川沙椰を取り上げておったのと同じ号の『バイラ』で、そういえば、カトパンもアレコレと喋っておったな。ま、あの喋りはおそらく、そう偽ることなくホンネを吐露しておったと思うんだが、20代は、そのめざましをメインとして、平日は未明の2時過ぎ起きの仕事ひと筋に邁進したゆえ、消耗しきって、今があるってのは、間違いないと思う。自分で言っておったんだが、「三十路のto doリスト」に仕事が全くないってのは、その通りだ。とにかく、今は出産適齢期ってことで、はよ、オトコが欲しいっということしかアタマにねえんだな。
 ただ、「へえー」だったのは、あの中学か、高校時代のガン黒写真の流出に、相当、ナーバスになっておったことで、だったら、夏目三久の「相模ゴムのコンドーム写真」なんか、万死に値するわな。でも、その夏目がコイツに潰れることなく、フリーになって再浮上した要因を見るとき、おそらく、有吉弘行ってのは、それなりか、もしくは、それなり以上の何かを与えておったということは、あるんだろう。この件を下手にスルーするよりは、とにかく、最初の段階でいじり倒して、無化するっていうか、「毒をもって、毒を制す」とばかり、毒消しするってのは、ある意味、じつにオーソドックスな免疫獲得の手法ではあるんだが、しかし、周りはそれさえも、サジェストせんかったってことなんだろう。
 ハナシを戻して、カトパンは諸々、コンプレックスの塊(=学歴、ピアノの腕前、英語喋れない)ではあったんだが、「それ」を粉砕して、ブレイクさせる契機となったのが、その学生時代に付き合いながらも、浮気されておったオトコに対するリベンジだったってことだろうな。もっとも、20代はそれで突っ走れたんだが、一応、それなりに功成り名を遂げたこととも合わせて、ある意味、「仕事における目標」を見失っておる状態で、だから、「出産目的のオトコ」を求めておるってのは、手に取るようにようわかるな。だったら、この際、婚活に邁進するのも、選択肢の1つだろう(笑)

 #『ノンママ白書』の第6話、人事部所属の菊池桃子の「婚活・佐藤サンには、ココロがときめかないの」は、笑えるよなあ。ナンボ、独身とはいえ、五十路のオバハンが真顔で言うセリフかよ。ただ、高橋克典が勤め先の広告代理店を退社して独立するってのも、部長になると、要は、ゲンバを離れて、決裁書類にハンコを押すだけなんで、ハナシにリアリティーはある。「閉経」「老眼」「親が倒れて要介護」ってのは、アラフィフには超ありがちなんで、感情移入しやすい。でも、20代、30代は、観てても、正直、面白さは感じないと思う。自分もそうだったが、全くピンと来ない。結果として、「数字(=視聴率)」は出んと思うが、しかし、ワシ的にはオモロイ。
 いやあ、このテの連ドラを観るってのは、本当に久しぶりで、いつ以来だろう。それこそ、『東京ラブストーリー』以来かあ。もう、20年近く前だが、豊川悦司に夏川結衣、佐野史郎、鈴木杏が出ていた『青い鳥』以来かよ。そもそも、最近のドラマなんて、出ている人間の名前も顔も知らんから、まさに浦島太郎状態だ。その点、鈴木保奈美に菊池桃子は同世代で、アイドル時代を知ってるから、スーッと入っていける。個人的には、安田成美だったなあ。ちょうど1年生んときの三田祭に来たんで、西校舎の大教室であったコンサートに行って、「風の谷のナウシカ」を聴き入ったものだが、そのときゲットした、緑色の自筆サイン入りボールを、お宝として、長いこと大事にしておったものだ(笑)。菊池桃子は、高校時代の部活の先輩が大好きで、大学の寮の部屋に行くと、ポスターが貼ってあったのを懐かしく思い出す。しかし、あの「もう逢えないかもしれない」から、30年だからなあ。それなりに歳は食っておるが、変わっておらんよなあ。
 あー、この『ノンママ白書』のプロデュースを担当しとるのは、栗原美和子かあ。要は、栗原本人の思い入れっていうか、己の歩んできた道をドラマに投影させておるだけかよ。被差別部落出身をカミングアウトしてた猿回し師の村崎太郎と結婚して、2ショットで花嫁姿を写した表紙の本が平積みになっておったのを見たことがあったが、しかし、その後、離婚しておるのかよ。この栗原ってのも、だいぶ、変わってるよなあ。あの新入社員役は、キャンキャン専属の堀田茜っていうのかよ。申し分ないくらいに目鼻口、顔も整っているんだが、それゆえ、胡散臭さがなさ過ぎる。三浦祐太朗は、ホンマ、両親の顔を足して2で割ったそれだよなあ。

 #しかし、伊達公子(齢45)の電撃離婚は、「へえー」だなあ。女性誌とかでようインタビューに応じておって、ダンナとのイチャイチャぶりに辟易さえするカンジだったんで、余計、「?」だわな。「(別れたダンナと)今でも友達でいれる」ってのは、キレイゴトに過ぎ、たぶん、元ダンナが他のオンナと浮気か、本気か知らんが、何かあったんだ思う。そんなことでもないと、別れないって。だって、伊達は今、左ひざの手術を経て、復活に向けて大事な時期なんだから、このタイミングで離婚は、あり得えない。
 そういえば、大毎社会ブでワシの1つ下だった、89年入社の大平誠は、じつは、伊達公子の大ファンで、もう20年以上前だが、泊まり勤務んとき、伊達に取材したときに撮った写真を、見せびらかしておってだな、「もっと、よう見せろや」って言うと、「マイ・キミーが穢れる」とバカ丸出しだったからなあ。大平も今や、『アエラ』でジケン記者もほぼ引退状態で、チョー生ヌル路線にシフトしとるんで、この際だから、伊達を取り上げてヤレばエエだろう。四捨五入して齢50ってことは、まさにアラフィフだが、それでもなお、現役にこだわっておるってのは、スゴイと思う。伊達が現役で頑張っておるってことは、ワシも、現役のブンヤとしてバリバリ、特ダネをブチ込まなアカンってことだからな。だから、ワシも、テニスコートに立っておる伊達と同様、息子や娘のような歳の記者と一緒にゲンバを這いずり回って、大毎・虎の穴スタイルのキチガイの極みの聞き込みをやって、ネタを取ってきておるんだからな。
 で、『ノンママ白書』の最終回、意外な大どんでん返しだったな。ワシは、人事部所属の菊池桃子は婚活・佐藤サンと、鈴木保奈美は高橋克典と、それぞれ一緒になるとばっかり思っておったんだが、菊池桃子はフラれるし、鈴木保奈美も、一緒に退社しての独立を断ってしもうたよなあ。婚活・佐藤サンの「まだ、亡くした妻のことを愛している」というのは、上手い言い訳だな。その不倫・佐藤サンの影を敏感にキャッチし、「こんな尻軽オンナと付き合えるかよ」ってのが、ホンネだと思う。鈴木保奈美の方は、高橋克典の口説き方が全然、弱かった。アレだと、オンナは「この人は、本気で愛してくれてるのかしら」と不安になるだろう。結局、四半世紀を経て、赤名リカは、また、叶わぬ恋の結末に至ったってことなんだな。

 #日本ハムのパ・リーグ優勝の決まった後の消化試合で、ソフトバンクの松坂大輔が楽天戦の中継ぎとして、帰国後、初登板したところ、4連続四死球も含め、5失点でマウンドを降りたってんだが、しかし、松坂ってのは、15年から3年契約で、ぬあんと、推定年俸12億円だってんだな。ちなみに、張本は去年春のキャンプの時点で、「コレは8:2の割合でダメだろう」と見立てておったってんだが、どう考えても、無理だわなあ。最早、BCリーグでも通用するレベルかどうか、だろう。やっぱ、スンゴイのはこのソフトバンクっていう球団だろう。ナンボ知名度はあるとはいえ、よくこんな選手に、コレだけの年俸を拠出しておるよなあ。今や、ナベツネんとこの巨人を遥かに凌駕しとるよなあ。
 思うに、親会社が儲かりマクっておるんで、税金で毟り取られるぐらいだったら、こうやって子会社経由で必要経費として計上した方が、収益面ではメリットがあるっていう経営ハンダン以外、ねえよなあ。ホークス球団が、親会社の「タックス・ヘイブン」と化しておるようなところがありそうだよなあ。カトパン、夜のお台場のスポーツニュースのMCをヤッとるんだったら、ココはオーナーの孫正義んところに乗り込んで行ってだな、この点について、きっちりと問い質してこいってんだ、このアホンダラが! スポーツにも「ジャーナリズム」は存在する。こんな状況が続くと、ホークス球団の他の選手が腐ってしまうし、何よりファンを愚弄している。カトパン、仕事にヤル気がないんだったら、さっさと婚活に入ってだな、「結婚→出産」へとエスケープしろってんだよなあ(怒)
 あと、「有吉弘行の子供を身籠り、結婚へ」と日刊スポーツに字にされた元日テレ女子アナの夏目三久だが、その後、腹は大きくなっておらんってことは、ガセネタだったってことかよ。であれば、夏目と所属ジム所は、恫喝ソショウを起こすっていうより、「アレは誤報でした」っていうお詫び記事を出させんとだわなあ。しかし、そういう動きもなく、ウヤムヤのまま雲散霧消させようっていう空気が流れておるってのは、いったい、どういうことだよ? 今や、その記事の存在も含めて、「なかったこと」にされておるよなあ(笑)

 #コイツは文春(10・13発売)が詳しかったんだが、今、世間をお騒がせしておる、「ミス慶応」を主宰する慶大広告研を舞台にした、ま、集団強姦ジケンだわあ。やっと、いろんな事実が出てきたんで、ようやく、アレコレとココで喋れる状況になってきたってことで、ワシも塾員、すなわち、慶應義塾大学の卒業生のひとりとして、胸を痛めておるブブンもあるんでの。
 大学が、突如、広告研の解散命令を発した際のコメントを読んだ段階で、「何かある」とは思った。「未成年に酒を飲ませた」だけで、ココまでの処分を下すってことは、あり得ん。仲良く、和気藹々と飲んで、親睦を深めているレベルであれば、確かに、最近は未成年に対する飲酒がうるせえが、あの大学もその程度で目くじらを立てることはない。ワシはあのコメント文を読む限りでは、もっと、穏やかな「野球拳の悪ふざけ」のレベルかと思っておったんだが、しかし、その程度で解散命令も出すかとも思っておったんで、数年前の日吉駅周辺の全裸ジケンの前科も踏まえてのことだろうが、今回、そうした判断を下したっていうことだろう。
 文春記事によれば、この9月初めに、葉山町で運営しておった海の家の解体作業にかこつけて、1年生女子(当時齢18)を呼び出して、先輩部員がテキーラを無理矢理飲ませて、不覚酩酊の状態に陥らせた後、数人で口にチンポをブチ込んだり、間違いなく、強姦まで行っておるんだな。その一部始終を”芸術”と称して、動画撮影しておったってことで、ココまで来ると、鬼畜の極みだわな。連中は、全然、反省の色も悪びれたところもないってことで、バカにつける薬はないってところだわなあ。いずれにしても、警察が既に被害届を受理し、捜査に動き出しておるんで、否認を続けるようだったら、「証拠隠滅の恐れアリマクリンスキー」ってことで、タイホすることで、実名&顔写真も大々的に公表し、お灸を据えるべきだ。そういう動きになれば、大学側も、学生個人に対する、それ相応のショブンを出すことになるだろう。記事を読んでると、今回は、被害者女子学生の母親が背中を押したっていうんか、泣き寝入りさせぬべく、断固たる措置を取ったってことで、それはまっとうかつ、正しい。いろんな意見はあるとは思うが、今回、大学が広告研に対する解散命令を出したことについては、決して「間違ってはいない」と思う。
 それを踏まえて、ワシが思っておることをアトランダムに、以下、述べる。
 まずは、広告研だが、ココは歴史的にはだいぶ古いんだが、30年ほど前に日吉&三田のキャンパスで青春時代を過ごしたワシの記憶では、とにかく、当時から、アソコはチャライの一言に尽きる。「ミーハー」とか、「ノリがいい」っていうんではなくて(その程度は、慶應全体がそう)、少なくともワシが知っておる広告研の人間ってのは、ハッキリ言って、中身がなかった。要するに、「アホ」。ま、どこの組織集団もそうだろうが、個々の資質は「ピンキリ」なんで、それで言うと、ああした広告研に入っていく連中ってのは、「キリ」のレベルだった。
 ちなみに、ミス慶応ってのは、ワシの頃も既にあったんだが、当時は、全然、今みたいなメジャーさはなく、ホンマ、出る人間がおらんくて、広告研の連中がアタマ下げて、参加者をかき集めておったものだ。ところが、今は、「女子アナの登竜門」ってことで、申し込みが100人に達するとかいうハナシを聞いて、「うわっ!」だわなあ。それで言うと、ホンマ、隔世の感がある。だから、このミス慶応が必要以上にチヤホヤされるのは、今世紀に入る前後の、あのナカミー(=中野美奈子)のあたりからだわなあ。それで増長していたことってのは、今度の集団強姦ジケンの背景として、間違いなくある。 
 あと、詳しいことは、塾監局の広報に聞けば、ちゃんと説明してくれるだろうが、広告研ってのは、大学の公認団体でも、所謂、歴史的に由緒あるサークルが名を連ねておる文連(=文化団体連盟、約90団体)の所属なんだな。公認団体では、文連より格下の独立団体(約300団体)ってのがあるんだが、文連の方が、日吉&三田の部室長屋が優先的に割り当てられるほか、文連は体育会etcとともに、自治会費、つまり、大学からの予算補助があるハズだ。そういう文連所属のサークルをブッ潰すってのは、前代未聞だし、塾からすれば、目に余るところがあったってことだと思う。被害者側からすれば、「生温い」という怒りはよくわかるんだが、民主シュギってのはやはり、「手順を踏む」ってのは大事なんで、まずは、1つ1つ駒を進めていくことだと思う。ワシも塾員のひとりして、じつに断腸の思いだが、しばらく、この件で叩かれるのはしょうがないだろう。でも、慶應の学生らは、フツーで真面目なのが大多数なんで、だからこそ、膿はきっちりとココで出し切るべきだ。

 #今年のノーベル文学賞にボブ・ディランってことで、シンブンも社説で「いいぞ、いいぞ、ヤッター」と大騒ぎしとるんだが、そもそも、ディラン本人は今回の受賞を了解したんかいなあ。っていうのは、1964年にサルトルが同じノーベル文学賞について、「拒否」しとるからな。ちなみに、サルトルは、「自分の作品を読まれることが、最大の栄誉である」と、国家勲章の類も含めて、このテの受賞を拒否しておる。そして、「飢えて死に行く子供を前にして、『嘔吐』は無力である」とも。
 じつを言うと、ワシはあんまりっていうか、全然、サルトルのことを好きではない。出自は典型的なパリのブルジョワで、エコール・ノルマル・シュペリユールっていう文系のエリート教育機関の最高峰を出て、高等師範学校の哲学教師の傍ら、創作活動を始めるんだが、あの「上から目線」っていうんか、現実を知らないエリートのお遊びってのが垣間見えて、嫌だった。「アンガージュマン=政治参加の文学」とは言うものの、所詮、ソ連をはじめとする左派勢力に対する、サルトルの一方的な思い込みっていうカンジで、むしろ、サルトルと同時代人で、文壇上のライバルでもあったカミュの方が、ワシは好きだった。新聞記者出身だったカミュは、文章が明快だし、わかりやすい。
 サルトルがノーベル文学賞を拒否したのは、それを先んじて受賞しているカミュに対する反抗心っていうか、ジェラシーの部分が大きいとは思うんだが、しかし、それでも、サルトルがノーベル文学賞を撥ねつけたってのは、とてもスジが通っている。しかし、ボブ・ディランは逃げ回って、ウントモスントモだってんだが、ま、所詮、ただの俗物だわなあ。

 #ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」で、「Be  a Pal!」と題する、同名のオリジナルブランドのシャツの特別展を開いているというので、行ってきた。
 「pal」は英語のくだけた表現で、「友達、仲間」の意味だが、慣用では「Be a pal」で、頼みごとをする際、「だって、友達だろ」という哀願のフレーズでも使われるとのことだが、元は「(仲間同士だから)楽しくすごそう」「これからも、末永く、仲よくね」という意味合いだ。で、この「Be a Pal!」を立ち上げた金原徹(きんぱら・とおる)サンは、もともとアパレルメーカーに務めていて、このテのシャツを手がけていたのだが、34歳だった2000年に独立し、このオリジナルのシャツブランドを立ち上げたのだそうだ。
 今は、同業者のデザイナーでもある奥さんと二人三脚で展開しており、聞くと、金原サンはワシと、そして、徳チャンと同い歳の、1965(昭和40)年の生まれだった。もともと、綿布の産地である浜松の出身で、大学時代を神戸で過ごし、「一度は、上京してみたい」という一心で、東京のアパレルメーカーに就職したのだそうだ。そうこうしているうちに、だんだんとこだわりが強くなったのだろう。「会社組織にいては、どうしても、自分のこだわるところを通しきれない部分がある」ということで、寄らば大樹の陰から飛び出したということのようだ。
 オーダーメイドのシャツということで、好きな生地を選び、そこから、サイズを測り、制作者に発注するとのことで、注文から完成まで1ヵ月はかかるとのことだが、お客さんと金原サンが相談しながら、いろんな意見を言い合いながら、作り上げていくということで、本当に「手作り」の実感がある。今回のテーマは「FRENCH RIVIERA」で、「リビエラ」こと、南仏は地中海沿岸のコート・ダジュールの町が、徳チャンの大好きなマントンも含めて、じつは綿布の産地ということで、ここで買いつけてきた素材で、一枚一枚シャツを紡いでいくという思いを込めているのだ。
 ギャラリーに展示してあった、その生地を見たのだが、何て言うんだろうなあ。何か、今に日本ではなかなか遭遇することがなくなった「存在感」がある。色合い、デザインもそうだが、かつて、昭和といわれた時代には、もっと、このテの柄のシャツもあったのではないかと思うんだが、金原サン曰く、「今の日本では、このシャツの世界でも、冒険をしなくなっているんです」と。要は、とにかく無難に、最大公約数的に売れる路線が幅を効かせていて、心をギュッとわしづかみにするようなものが、だんだんとなくなってきているということのようだ。でも、それは、シャツの世界だけではないと思う。
 以前は南青山に店を構えていたのだが、立ち退きを余儀なくされてからは、こうした出張店舗みたいなカタチで、さながら、それはゲリラ的とも思えるのだけれど、この「Be a Pal!」を展開しているとのことだ。ちなみに、徳チャンはかなり早い段階で、たまたま、仕事で南青山を訪れた際、ここを見つけ、「もう、ワタシ、シャツ大好きっていうか、目がないの」ということで、一挙にハマってしまったとのこと。「持ちがいいから、10年以上、着ているわ」とのことで、この日も、徳チャンはBe a Pal!のシャツを着てて、他の自分のコレクションもギャラリーに展示していた。
 だから、金原サンとは喋ってて、同時代を生きてきたことからくる「空気感の共有」のようなものがあった。学生時代、いろんなところを旅して歩いたとのことだったが、じつは、それもワシと同じで、今日は、短い時間ではあったけど、何だか、旅先で彼と出会って、いろんな思いのたけをぶつけあったような、不思議な感覚があった。だから、「シャツを着る」とは、人生を楽しむということなのだ!

 #カトパンは、小学館から『あさえがお』と題する写真集を、11月に出すってんだが、祖父母の故郷の香川で撮影し、アレコレと喋ったことを盛り込んだってことだが、しかし、まだまだ、お休みモードだわな。もっとも、小林姉妹の姉ちゃんのまやほどまでに消耗しきって、休業に追い込まれるんであれば、それくらいのペースを落とすってのも大事だろうが、そんなんだったら、むしろ、芸能界みてえな水商売なんか、さっさと引退してだな、「スペシャル音楽教室」こと、リトミックを起業する方が、全然、まっとうだわな。
 小林姉妹は妹の方の、まおのブログだが、ま、ようアソコまで大胆に「乳がんのステージ4で、肺や骨への転移」をカミングアウトしたわな。カツラ姿のすっぴん写真もupして、耳目を引いておるが、ま、世間的には末期がんと称されるんだが、でも、乳がんのステージ4の5年生存率ってのは、30%前後ってことで、正直、全然、高い水準だな。もっと、低くて、1桁台だと思っておったんで、無論、厳しい状況であることは間違いないものの、とはいえ、必要以上に悲観することもねえんだな。あの余命告知も、当たることもある一方で、ハズレることも多いってんだな。まおは、今、齢34だが、あの『112日間のママ』は、わずか齢29だったからなあ。まおは「なぜ、こうなったんだろう」と、自分を責めたということだが、コイツばっかりは、しょうがない。運命というか、天命としか言いようがない。
 今回、元フジテレビ所属で、カトパンの天敵でもあった長谷川豊が自身のブログで、「自業自得で腎不全になって、人工透析する患者に保険適用する必要はない。全員、殺せ」とupしたことが大炎上し、世間をお騒がせしたんだが、無論、病気とはある意味、「自業自得の極み」ではあるんだが、しかし、誰もなりたくて、病気になりたい人間など、おらん。「不摂生の末、病気になるバカな患者」っていう、「上から目線」の医師の言い分を無批判に飲み込んで、垂れ流しておる長谷川のアタマの悪さについて、本来であれば、カトパンはきっちりとお尻ペンペンせんとだが、噛みつくことなく、スルーしておる時点で、アカンわ。吉田兼好は『徒然草』の中で、「友とするにわろき者」として、「病なく身強き人」を挙げておったんだが、長谷川自身は、大病した経験がないせいか、そういうところで、傲慢の極みだわな。だって、あの人工透析だって、医療機関が「コイツは金づるになる」ってことで、必要ないのにヤラせておるのもあるんだから、やっぱ、長谷川ってのは、バカだな。
 まおについては、1度、近藤誠にセカンドオピニオンを取ってみるのも手だろう。診察料は高いらしいし、どうせ、また、どこかでネタにされて、月刊文春とかで字にされる恐れは大だが、しかし、「有名人」、すなわち、「公人」なんだから、そんなんで目くじら立てるのも、どうかと思う。無名の一般市民について、アレコレと晒したら、重大なプライバシー侵害だろうが、あの川島なお美にせよ、社会的に知名度のある人間については、たとえ最も機微なプライバシーであるがんの病状の詳細についても、「報道とのかかわり」で言えば、公になるってのは、しゃあねえとワシは思う。まやは、妹のことが心配で、休業に追い込まれているのはわからんでもないんだが、疲れてるんだったら、とにかく、とことん休むことだろう。中途半端に仕事を再開するよりは、そっちの方がいいと思う。

 #で、ちゅばきは、一緒に夕方のニュースに出ておる、後輩で既婚のキムタクを連れ回して、朝4時まで飲み倒しておったのかよ。先輩からの職務命令とあれば、無下に断れんとはいえ、でも、自宅でダンナの帰りを首を長くして待っておる嫁ハンとしては、面白くねえよなあ。亜米利加の大統領センキョ取材に放り込まれるってんだが、ま、結果は見えておるから、もう、エエって。
 あと、知花は最近、何をヤッとるんだよ? まだ、WFPのニッポン大使の職に就いておるんだったら、この11月中にも駆け付け警護の新任務が与えられる陸自が、PKOとしてハケンされておる南スーダンだわなあ。今、内戦状態で、難民がぬあんと100万人以上に達し、シリア、アフガンのレベルになっておるってんだが、だったら、はよ、現地にピャーッと乗り込んでだな、食糧支援をヤッて、その状況を報告してこいってんだよなあ。いいか、くらら、のうのうと短歌を詠んでおる場合ではないぞ、このアホンダラが!
 まやは、何の病名が付いたんだよ。パニック障害、うつかよ? 確かに、まおの乳がんステージ4ってのは、予想もしえんかったっていうか、ま、こういうこともあるんだな。小林姉妹は、恋からの超ナマイキなイメージしかねえんで、それから、時間が経ったってことだわなあ。だって、まやは齢37ってことは、既にアラフォーだわな。早い。小千谷の生まれってことで、ワシと同じ中越地区ってことも、どこが同情を誘うよなあ。1度、闘牛を見に行ったことがあるんだが、アレはよかった。本番で片目をケガした独眼流の牛がおったんだが、凄い迫力だった。「そんげ、なんぎいんだったら、無理しねえで、ゆっくらしたらいいにっか」って、ばあちゃんも言ってると思う。
 それはそうと、最近、チョコれ〜なは何をやっとるんだよ? だいたいが、ブログが去年の3月末を最後に、更新停止継続中だわな。あの写真をピャーッと貼りつけるインスタグラムってんかよ、焼肉を投稿しとるんだが、日曜夜のスポーツってことは、時間差はあるものの、他社ではカトパンと競合しとるのか。覇気が見られんっていうか、「アンタ、フリーになったぐらいで、いい気になってるんじゃないわよ!」っていうぐらいの、食ってかかる攻撃性と獰猛さが欲しいが、付きおうとるオトコは、ケツを叩いてくれんのかよ。話題が、ヒョウ柄のハイヒールを履いてあちこち出没しておる程度では、全くハナシにならん。
 それとカトパンだが、人工透析を余儀なくされている腎不全の患者に対する暴言ジケンをヤラかしておる、「パン子」呼ばわりをした天敵こと、長谷川豊に対して、相変わらず、何も噛みつかずにスルーしとるな。長谷川の野郎が狡猾かつ、姑息極まりねえのは、平然とスリカエを敢行しとることだよな。当初、自身のブログでは「医者から聞いた話」として、「人工透析の8〜9割は、食生活と生活習慣からくる自堕落が原因で、そんなのはさっさと殺せ」と喚いておったのにだな、今では「ごくごく一部のモンスター患者を愚弄した」と言い換えておってだな、「何が、ごくごく一部だよ?」ってことで、何も反省しとらんのだよな。しかし、腎不全だけでなく、糖尿病にせよ、肝臓病にしても、好むと好まざるとにかかわらず、そうした状況に追い込まれていっておる要因がある。アル中から肝臓を悪くしとる人に「酒を飲んだくれた結果、自業自得だ」と言ってしまえば、確かにその通りかもしれんが、でも、そうやって転落へと追いやられてしまう、様々な要因がある。そういうものをすべて切り捨てて、自己責任で片付けようとする姿勢は、思考停止であり、知的怠惰の極みに他ならないが、そうしたバカぶりを、ぬあんで、カトパンはビシバシと斬りマクらんのだ? ましてや、「パン子」なんてのは、「パンパンガール」、つまり、「売春婦」のことだからな。要は、カネさえ出せば誰にも股を開く、最低のオンナ呼ばわりされとるのに、反駁するどころか、逃げてるってのが、何を考えているのかわからない。こんな低劣なゲスの極みの長谷川なんかを放置しておるカトパンは、いったい、何を考えておるんだ? オンナというより、人間としてのプライドはねえんかよ。
 そうか、知花は、今、ドラマの撮影があるんで、それが終わるまでは、南スーダンには乗り込めねえんだな。
 それで、よっしーとチョコれ〜なは、同じ政治学科同士の08年入社か。狭いんだな。三田のつるの屋あたりで遭遇してそうだよなあ。んで、カトパンも08年だったよな。とにかく、この3人あたりからケツを叩きマクらんことには、女子アナどもは、今、覇気ゼロだからな。だって、カトパンなんか、あの長谷川豊に「今頃、フリーになるとは、遅すぎる」と言われておって、ホンマ、「言う、言う」だわな。よくまあ、こんな放言、暴言を放置しておくよなあ。ぬあんで、カトパンは長谷川のタマを獲りに行かんのか、不思議でしょうがない。ったく、あの「水に落ちた犬」を叩き倒せってんだよなあ。

 #亜米利加の大統領センキョの取材にハケンされるっていう、ちゅばきだが、「11・8」の投票の1週間前近くになって、突如、FBIがヒラリーのメール私用ジケンのソーサをおっ始めたってことで、ナンボ、ワンサイドゲームを盛り上げるためとはいえ、このタイミングでヤルってのは、異常だわな。こんなもん、とうの昔からオモテ沙汰になっておったんだから、刑事ソツイするにせよ、そうでないにしても、予備選が始まるまでにケリをつけなアカンことだ。それをダラダラと引っ張って、この期に及んでソーサに乗り出すなんて、ありえんワ。
 ワシはヒラリーに肩入れするツモリは全くないが、しかし、このタイミングでのソーサ開始はありえんし、ったく、亜米利加も民主シュギ国家ぢゃねえよなあ。いいか、ちゅばき、FBIのホンブはDCにあるんで、いっちょ、乗り込んで行ってだな、「オマエの国は、いったい、どうなってるんだ?」と、ちょー官を締め上げてこい!
 ちなみに、FBIのちょー官ってのは、コミーとかいうおやぢで、ギカイへの「ソーサ通告」が、ぬあんと、「10・28」だわな。常識的にあり得んって。このメール私用ジケンってのは、繰り返すが、遥か大昔からオモテ沙汰になっておったんだから、どう考えても、キソするにせよ、不キソにしても、予備選の始まる去年中に刑事ショブンを出しておかんとだわな。そもそも、ヒラリーが国務ちょー官だったのは、4年近く前までなんだから、この間の悪さってのは、異様の極みだわな。そこまでして、「トランプ猛追」へと誘導させることで、祭りを盛り上げたいんかいなあ。
 しかし、希子は、NYでアラーキーに縄で縛られておるんかよ。まさに、ウワシンの巻頭グラビアを飾っておった「ザ・包茎亭日乗」だわなあ。だったら、Tシャツを脱がして、乳もヘアも丸出し写真をupせんとだわなあ。あー、コイツは『Supreme』とかいう、NYが本場がブランドの新商品の宣伝かよ。インパクトがある。

 #ちゅばきは、さっそく、スイング・ステート(=赤色or青色で揺れ動く州)で激戦のフロリダに入っておるんだが、それよりも、ヒラリーのメール私用ジケンのソーサ開始通告の件だわな。ちゅばきの顔には「フロリダで旨いもん三昧を堪能してきます」って書いてあるんで、そんなどうでもエエから、はよ、DCのFBIホンブに乗り込んで行ってだな、ちょー官のコミーのおやぢに取材してこい!
 で、ちゅばきは、マイアミからDCに入ったのか。だったら、はよ、FBIのホンブに乗り込め。だいたい、この7月にFBIは「ソーサ終結宣言」を出しておったんだから、どんなに遅くても、キソするんなら、この時点でやっておらなアカンわな。コイツもデタラメだわなあ。「初ワシントン」とひとりで盛り上がっておるが、オトコの味を堪能し得た「初体験」にも匹敵するかよ(笑)
 うわっ、お台場TVは、市川紗椰も現地に放り込んで、開票当日は、ヒラリー陣営からリポートか。んで、ちゅばきはトランプの方に行かされるのかよ。いずれにしても、アタマを使わん取材だし、祭りってことで、こういうのもアリかあ。出張手当(orギャラ)も出て、現地で旨いもん食い倒して来れるんだから、ま、プロ野球のキャンプ取材みてえなもんだよなあ。
 カトパンは、古舘、ミヤネ屋と一緒にトーク番組に出て、「カトパンと呼ばれて、複雑なキモチだった」かあ。何が複雑なのか、イマイチ、ようわからんが、「今のアナウンサーは受け身の人が多いのでは」って、そもそも、オマエ自身がそうだろうが。たぶん、今、カトパンのアタマん中は「婚活一色」だろうから、何を言っても無理だろう。そういうのに敢えてケツを叩いたところで、ま、動きようがねえんで、しょうがねえよなあ。それで、天敵だった長谷川豊がブログで「飲酒運転死亡事故で、懲役3年半は軽すぎる」と吠えておるんだが、そもそも厳罰だけで犯罪ゼロにするなんて無理だし、ある意味、不健全だよな。長谷川は根本的なところで、やっぱ、おかしいんだから、「パン子」呼ばわりされておったカトパンは、こんなもん、何で放置しておくんだよ? いいか、少しは本気になって、「ワタシをそこらのお嬢だと思って、ナメてたら、タダじゃ済まないわよ」って、この長谷川の野郎に噛みついてこい! 婚活なんかは、それが終わってからだからな。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #毎日新聞で社会部記者の経験がある鳥越俊太郎氏は、自らの立場を「ニュースの職人」と表現しているが、なかなか言い得て妙だと思う。
 おそらく、どの商売でも、職人として一人前となるには、「10年」という歳月が必要だろう。職人が「プロフェッショナル」であるとするなら、それ以外は所詮、「アマチュア」でしかない。とりわけテレビの場合、ニュース番組というか、最近は情報番組という物言いをするが、敢えて本質や真実を突く必要のない、マスメディアの特性ゆえかもしれないが、「プロは必要とされていない」と痛感する。一知半解であることを繕いながら、御用と曲学阿世に徹しないことには、声がかからないし、ギャラにもありつけないのだ。逆に言えば、中途半端なアマチュアであることが、世渡りの必要条件とさえ言える。しかし、そんなことは、どうでもいい。
 職人の条件とは何か。それは、本物と偽物を見分ける目ヂカラを持っていることだ。今、世間をお騒がせしている三菱自動車の燃費データ偽装も、要は「分厚い化粧を施したハリボテ」に他ならない。巷にこうしたハリボテが氾濫しているがゆえ、私は「職人としてのジャーナリスト」であり続けるため、日々、精神を研ぎ澄まし、言うべきこと、言わなければならないことを、言う。

 #で、自身のブログで「パン子」呼ばわりして、カトパンにストーカーをヤリ倒し、退社に追い込む大きな要因をこしらえておった長谷川豊だが、バカの極みに他ならなぬ、あんな長谷川くんだりに屈したってのは、ま、カノジョの弱さ、脆さだろうなあ。それで、今、長谷川が本人の公式ブログで「憲法をいじくり回すべし」と吠えておるんだが、もっとも、ワシは「9条未満の天皇条項をすべて削除し、天皇制を廃止すべき」という点で、「減憲」「削憲」としてのカイケン派なんだが、それはともかく、長谷川が「正しいニッポン語」という観点から、「9条は破綻しておる云々」と抜かしておってだな、「主語が無茶苦茶」ってんだが、9条を読めばイッパツでわかるんだが、主語は「ニッポン国民は」と、ちゃんと書いてある。9条に関しては、主語の存在も含めて、論旨は明快だ。
 しかし、長谷川ってのは、コレだけ極右のスタンスを維持し、まさに「ザ・フジ産経そのもの」なのに、ぬあんで、NY勤務時代のカネのことで、石をもて追われるがごとく、退社に追い込まれたんだろうなあ。「それ」はホンマに気の毒だったと思う。推測するに、カイシャ内の派閥抗争のあおりを食い、その生贄にされたんではないかと思うんだがな。
 でも、長谷川は結果として、「お台場のエース」だったカトパンの首を取ったんだから、リベンジは果たしたというべきだろう。ったく、あんな長谷川ごときにチョッカイを出されただけで、「ヘビに睨まれたカエル状態」になったカトパンってのは、所詮、その程度だったってことなんだろうなあ。だから、コイツは、案外、最近のフジの低迷に寄与しておると思う。めざましも、カトパンが抜ける前後から数字が下がって、汐留のナントカとかいう朝の番組にトップの座を明け渡したってんだろ。なかなかエグイわな。

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲だが、「専業主夫の1日密着」、裏方がちゃんとネタを拾ってきて、台本を用意してくれておるんで、それに沿って、ロケに行けばエエだけなんで、いいことだ。今回のケースは、ダンナがうつ病になって、たまたまそれを契機に、嫁ハンと攻守交代したってことだが、年齢的に、あの三十路前半の世代ってのは、ワシらなんかと比べると、諸々、全然、フラットっていうんか、「オトコの専業主夫」ってことにも、この御時世では、抵抗感がなくなってきておるんかいなあ。昨今、「草食系」とよく言われるんだが、そういうところとも繋がっているんだろうか。あのママ友との語らいも、妙にハマっておったっていうんか、肉食系だったら、もっとギラギラしそうだが、そういうのがなかったな。でも、だんだん、こういうのが増えてはきておるんだろうなあ。チョット、「へえー」だったな。
 んで、ユアタイムの市川紗椰は、鉄ヲタなんかよ。ヒマダネの類でアレコレと喋ってもいいってことなんだろうが、でも、メインのMCは、硬派ニュースを捌いてナンボなんで、もっとも、局側はそこまで要求しておらんっていうんか、軽いハナシでアレコレといじくってくれれば、それでOKってところかよ。モデルの本業もあって、他の番組にも出ておるようだし、ホンマ、片手間仕事なんだな。でも、立場上、毎日、シンブン全紙に目は通しておかんとだわなあ。市川も、よっしーも「ワキ毛」で検索が出てくるんだが、要するに、アレはオトコのヒゲ剃りと同じなんだろうな。
 あの東急大井町線・荏原駅であった、同じクラスだったという、女子中学2年生ふたりの飛び込み自殺は、続報が欲しい。何とも痛ましい話だが、1課事件だからな。「動機の解明」は必要だ。学校でいじめとかあったんだろうか。でも、手をつないだまま、通過する急行に飛び込んだってんだよな。遺書めいた書置きがカバンの中に入っておったってんだが、決してセンセーショナルに煽るんでのうて、淡々と事実を積み上げていく取材だわな。
 市川もモデルの撮影をキャンセルしてだな、ゲンバ周辺の聞き込みを、しらみつぶしにヤレって来いってんだよなあ。TBSが実名を出してて、「鈴木小嘉さん」と「星野夏菜さん」だってんだよな。ワシは実名はもとより、顔写真も出すべきだと思う。「顔」の持つ情報量というのは、ものすごいものがあるというのと、実名を出すことで、取材にも緊張感が出る。それは大事だ。実名を出すことにより、中途半端でいい加減なことは、報道できんからな。よっしー、ワキ毛を剃らんかったぐらいで、どうでもエエんで、そんなことより、コイツを取材してこい!
 市川は、毎晩、アレコレと喋っておるようなんだが、三菱自の日産傘下入りで、「ゴーンと握手した益子の笑顔に違和感」ってのは、ま、確かに然り。ただアレも、3ダイヤグループにおいては、銀行、商事、重工の3社が「親会社」として、すべての意思決定ケンを握っておるゆえ、今度の「資本提携という名の日産傘下入り」も、「親からの指示」だからな。そういった「親の言うとおりにしてればOK」っていう、自立できておらん子供のノー天気さが、あの「笑顔」に表れているといってエエだろう。市川は『東京カレンダー』の表紙に出ておったが、『ViVi』や『25ans』の専属だったのか。ストライクゾーンとしては、水原希子と被っておるのかよ。あー、両方とも、米国人とのハーフかあ。顔立ちとしては、希子の方が、だいぶ、キツネ系だよな。

 #トルコの日刊紙『ジェム・フリエット』がスッパ抜いた、同国ちょー報ブのMITがシリア過激派に武器を渡しておったっていう記事で、編集長のジャン・ドゥンダルら2人のブンヤが、スパイ罪でキソされ、1審ハンケツでは禁固5年10ヵ月を食らったってんだが、適用戒名が「スパイ罪」ってことは、「報じた内容は、真実」ってことだわな。であれば、コイツは報道弾圧っていうことで、トンデモねえ話だわな。
 初代公選スルタンのエルドアン体制下で、こんな弾圧が起こっておるとは、トルコは民主シュギ国家ではないってことかよ。自由にモノが言えてこそ、諸々の繁栄がある。ウソを書いたならともかく、本当のことを書いて刑事ソツイされるってのは、ドクサイ国家のやることだ。同じ報道人として、徹底抗議する。耳の痛いことを言ってくる人間こそ、大事にしなければ、だ。
 あと、ニッポンの外電記事ではスルーしとるんだが、イスラエルでプチ政変があって、この「5・20」に国防ダイジンのヤアロンってのが、突如、総理ダイジンのネタニヤフに辞表を叩きつけたのみならず、ギインも辞職し、その後釜には、極右「わが家イスラエル」党首のリーベルマンが収まったってんだよな。コレによって、ネタニヤフ連立与党は過半数ギリギリの61ギセキだったのが、同党が連立に参画したため、「+5」されて、66ギセキになったってんだな。
 ちなみに、このリーベルマンってのは、「逆らうアラブ人は、斬首刑」と平気で公言しておってだな、まさに、モロ、「イスラエルのトランプ」なんだな。しかし、この政局のウラを知りてえよなあ。何かある。本籍・大毎で、エルサレム駐在の大治朋子(89年入社)は、全然、記事を書いておらんよな。遊び倒しておるんかよ。仕事をサボっておるよなあ。

 #いいか、希子、流行としての「眉の幅」なんてのは、化粧品メーカーが決めるハナシであってだな、「ここんところ、太眉が続いて、飽きも始まったかもしれんから、そろそろ、細くしてみるか」っていうレベルだ。スカートの丈と同じだ。そんな目先の流行り廃りにいちいち右往左往しておって、どうすんだよ。希子の付き合うておるオトコは「オマエは、その太眉こそが似合ってる。何もブレることはない」って言ってくれんのか?
 カトパンは文春とOggiでアレコレと喋っておったんだが、勤め人の肩書が取れて、フリーになったってことは、 とにかく、目立たんことにはハナシにならんわな。早起き生活が続き、体力的に参っておって、ギブアップ寸前だったってのは、「あー、やっぱり、そうか」だな。その「幼児向けの音楽番組」を希望するキモチはわかるが、正直、実現はキビシイと思う。どうせやるんであれば、TV業界とは縁を切り、リトミックを扱う本格的なスペシャル音楽教室を開くべきだろう。そういう夢を理解して、サポートしてくれるオトコを見つけることだ。しかし、実際は、やるにしても、カトパンの知名度を使い倒して、ひたすら店舗拡大路線のカネ儲けにしかアタマにないような、銭ゲバしか近寄ってこんだろうから、ま、大変だろう。「人間教育としてのリトミックを極める」っていう志がないとだが、そういうのを理解できるオトコってのは、なかなかおらんと思うな。タダでさえ、カトパンの元カレってのは、就職活動中に、他のオンナに浮気に走っておったってんだからなあ(笑)

 #亜米利加の大統領センキョだが、民主、共和以外の第3の党ってことで、「リバタリアン党」ってのがあるそうなんだが、ココが元ニューメキシコ州知事のゲーリー・ジョンソン(齢63)を公認候補として立てるってんだな。ジョンソンってのは、元々は、共和党員だってんだが、このリバタリアン党ってのは、経済では「右」だが、中絶や同性婚に関しては寛容で、要はリベラルってことで、民主と変わらんってんだな。
 しかし、見世物としては、こうやって、いろんなタマが出た方が盛り上がるし、オモロイよな。民主党は、サンダースが脱落せず、食らいついておるんだが、6月アタマの大票田であるカリフォルニア州での予備選だわなあ。ココでサンダースが制するようだと、7月の党大会までもつれ込むわなあ。どうせ、民主党主流派は「ヒラリー支持」だろうから、公認候補はヒラリーで、その際、サンダースが副大統領候補としてに抱きこまれなかった場合、サンダースが新党を立ち上げて、「第4の候補」として出るっていう選択肢もあるんだな(笑)

 #それで、トルコのイスタンブールの裁判所で、元ミストルコのモデル、メルベ・ビュユクサラチ(齢27)が、自分のインスタグラムに、エルドアンを批判する詩をリツイートしたところ、「公務員をその業務を理由に公の場で侮辱した罪」に問われ、禁固1年2ヵ月と17日、シッコー猶予5年の有罪ハンケツを食らったってんだな。そもそも、この詩は、ジャンジャンと他にもリツイートされておるのに、この元ミストルコだけを「見せしめ」とばかりに狙い撃ちにしとるのは、おかしい。このおねえちゃんも、超べっぴんだわなあ。こんな魅力的なオンナが、トルコにもおるんだなあ。言論弾圧ウンヌン以前に、オンナをいじめるってのは、許せんよな。アサドが牛耳るシリアぢゃあるまいし、こんなのにいちいち目くじらを立てておるようでは、アカンわ。
 あと、この「公務員に対する侮辱罪」ってのも、廃止すべきだと思う。この罪名そのものが、「公務員=公権力」に対する批判を封じ込めんとしておるからな。「個人」に対する侮辱罪なら、わかるんだが、そうではない。だったら、このおねえちゃんは、次の国政センキョで立候補したら、どうだよ? 権力者は叩かれてこそ、ナンボだ。批判者を抹殺するようであれば、ドクサイと変わらない。「トルコの民主シュギの維持」こそが、中東安定のキモなので、ワシは敢えて言う。

 #独逸の連邦議会の下院が、この「6・2」に、第1次大戦下におけるオスマン帝国時代のアルメニア人迫害について、「虐殺だった」と認定する決議アンを賛成多数で可決かあ。それで、当時、トルコとは同盟国だった独逸自身も「そのことを知りながら、シカトしておった」として、自らの責任も認めておるのか。ま、この際だから、むしろ、これを呼び水として、トルコもアルメニアとの関係改善を図るべきではないだろうか。オスマン帝国治世とは違う、共和制の民主シュギ国家として生まれ変わっておるっていうことを、アピールしていくことは大事だと思う。
 中東和平において、ワシはトルコの政治的、経済的安定と繁栄こそが、最大のキモだと信じて疑わないので、「雨降って地固まる」のごとく、動いて欲しいという期待はある。地図を見ればわかるように、トルコってのは、シリア、イラク、イランとややこしい国としか国境を接しておらず、今や、大量のシリア難民を抱え込んで、本当に大変だと思う。その苦労は本当に痛いほどわかるんで、だから、トルコには頑張って欲しい。青春時代、訪れたトルコも、また、旅先で知り合ったトルコ人も、ニッポン人であるワシには、本当によくしてくれた。その情は、今でも忘れられない。

 #亜米利加の大統領センキョは、民主党のヒラリーが、獲得代議員数が過半数に達したってことで、「勝利宣言」をしたってんだが、サンダースの方はまだ「ギブアップ」を宣言せず、7月の党大会まで、残る予備選を戦い続けるってことで、小浜が、この「7・9」にサンダースと会うて、ハナシをするってんだな。おそらく、小浜は「撤退の説得」をするんだろうが、ワシは戦闘継続すべきだと思う。共和党は、リバタリアン党の出現で、実質的に分裂センキョになるんだから、「それ」は民主党であっても、全然いい。今回、予備選を通じて掘り起こした「サンダース票」ってのは、物凄い数なんだから、高く売りつけるには、徹底抗戦以外にない。ヒラリーがアタマを下げて、「副大統領候補を受けてくれるか」と言ってきて、初めて、撤退宣言し、そのバーターで「サンダース票をヒラリーに入れる」ということになる。「副大統領候補に指名しなければ、新党を立ち上げて、本戦に出る」でいい。
 あと、亜米利加って、「青い州」と「赤い州」とでは、「全く違う国だ」って、平然と皆、言っておるよなあ。だって、青い州から見れば、ブッシュ倅がチジをやっておったテキサス州なんて、「死刑」があるんだから、「あんなとこ、外国に決まってるでしょ」ってんだよなあ。まさに、その意味で、亜米利加ってのは「合州国=連邦国家」なんだよな。
 今回、トランプ旋風の根っこには、2期8年続いた小浜時代の内向き志向に対する、コアな共和支持層の「うっぷん大炸裂」がある。ココを見落としてはならない。「内向き=内政重視」とは言いつつも、ブッシュ倅んときに比べたら、世界のケーサツ官として、全然、侵略戦争を小浜はヤラかしておらんかったからな。赤い州のコクミンは、コレに怒りマクっておる(笑)

 #それで、知花は最近、何をヤッとるんだよ? 『ドゥマーニ』の専属を降ろされて、もう1年になるんかよ。アレも意味不明のままに、突如、クビを切られたってカンジで、やっぱり、後任の蛯原は全然、イマイチで、知花の方が、存在感はあった。見た目の整い方では、蛯原かもしれんが、「諸々、クセがある」という点では、知花だろうなあ。週アサで月イチの短歌の連載も、ヤラんよりはマシだろうが、「だから、それで、何?」ってところはあるわなあ。で、ケニア、タンザニアに行って、マサイ族と会うてきたのか。そうやって、アフリカの地で充電してきたんだったら、少し、リスクを冒すチャンレジをせんと、だわなあ。
 そういえば、ちょうど10年前、06年10月OA開始のニュース・ZEROで、一緒に出ておったまおが、「進行性の乳がん」を患っておるってことを、ダンナの海老蔵が会見で明かしておったが、あの「深刻」というのは、常識的には「他の臓器に既に転移している、ステージ4の段階」だろう。まおは今、齢33だが、知花とモロ、同世代だわな。あの年代での乳がんってのは、症例的にはレアケースとのことだが、しかし、生身の人間、いつ、何がどう起こるか、わからんよな。決して他人事ではない。
 しかし、同業で言うと、市川紗椰が、夜のニュースのMCでアレだけ務まっておるんだから、知花も腹を据えて突っ込めば、アレ以上はデキるとは思うんだが、局側がそういう番組を立ち上げて、声をかけんことにはどうしようもないんだが、それ以前のモンダイとして、本人自身にそういう方向性がないことには、もっとどうしようもねえんだよな。いいか、どんどんとトシは取っていくなかで、あの業界もキャバクラ同様、「とにかく、若けりゃ、何とかなる」っていう世界なんだから、ココは危機感をバネに、一発勝負に出るぐらいの大炸裂が欲しいわな。くららの付き合うておるオトコは、そうやって、ケツを叩いてくれんのか?

 #で、亜米利加はフロリダ州のオーランドで連続して起こった、銃乱射ジケンなあ。1発目は、現地時間の「6・10」の晩に、クリスティーナ・グリミー(齢23)っていう歌手が、ファンとおぼしき犯人の男に射殺された後、2発目は、「6・12」の未明に、ナイトクラブで、犯人の男が、まさに雨あられの銃乱射で、客の50人が死亡、50人超がけがかあ。どうも、史上最悪の犠牲者数とのことだが、FBIは、この2発目のジケンについては、「テロ」だっていうふうに見立てておるんだが、このいったい、どこに「政治的メッセージ」があるってんだよ。常識的にみて、1発目のジケンに触発された、ほぼキチガイと化しておる人間の仕業だろうなあ。
 ワシが不思議なのは、亜米利加では、コレだけの銃乱射ジケンが、相も変わらず続いておるにもかかわらず、「銃規制しろ」っていう世論が湧き上がらんってのは、どういうことなんだよ? しかし、全米ライフル協会ってのは、そんなに、ものスンゴイ力を持っておるってことなのかよ。結局、アレだけ内向きだった小浜ですら、「銃規制」についてはダンマリで、要は、超アンタッチャブルだったワケだよな。
 もし、亜米利加がマトモな民主シュギ国家であれば、今度の大統領センキョで「銃規制」ってのは、最大争点にならんとなんだが、ま、どうせ、ならんのだろうから、やっぱ、野蛮人の国だよなあ。ニッポンで、銃によるコロシってのは、せいぜいがヤクザの抗争だからな。誰か、亜米利加通は、『銃を抱きしめて』っていうタイトルで、こってり背脂ラーメン系の濃厚ノンフィクションを書いて欲しいわな。コイツはホンマ、「亜米利加の救いがたいまでの、重いビョーキ」だよなあ。
 ジケンの本質は、あくまでも「銃規制」だ。それから目を背けさせるために、「テロ」にスリカエようっていう思惑がミエミエだわな。うわっ、壊滅寸前のイスラム県が、地球のウラ側から遠隔操作で指示出して、犯行を促したっていうハナシかあ。無論、1課ジケンのセオリーとして、「あらゆる可能性」は想定しなければならないが、まともな捜査官であれば、1つ1つウラを取る。以前のFBIだったら、ベストセラーになった『FBI心理分析官』(早川書房)にあるように、犯人の人物像(プロフィール)を、犯行の場所、手口、被害者の共通点etcから丹念に分析を重ね、真犯人へと辿り着こうという努力を惜しまなかった。
 ところが、今は、すぐ、「テロ」を先走りさせるよな。おかしい。オーランドという同じ町で、それも、わずか2日間という時間差で、連続して起こっているという事実を、もう少し冷静に見ていく必要がある。犯人の名前が「オマル・マティーン」ってのは、イスラム系っぽいが、しかし、狙われたナイトクラブが、ホモの巣窟だったってんだろ。じっくりと考えてみる必要がありそうだよなあ。で、希子は、ツイッターで、犠牲になった同性愛者への追悼をupしておったんだが、その一方で、オトコのマンションに入り浸っておるのを、週刊女性にスッパ抜かれておるなあ。今は、ナンボだよ。あー、齢25ってことは、年頃だから、しゃあえねえよなあ。

 #ニュース23の元朝日シンブン政治ブの星浩は、ま、可もなく、不可もなくってところかあ。基本的に、永田町勤務が長かったってことで、所謂、社会ブのジケン担当だった特ダネ記者ではない。ただ、曽我豪みたいに、アベに超ズブズブのベッタリっていうワケではないんだな。とにかく、ゲンバ取材に出るべきだろう。
 あと、ユアタイムの市川紗椰だが、思ってたよりは、マシだった。もともと、メインがショーンKで、市川はあくまで添え物っていうか、職場の花としての立ち位置だったが、突如、メインに持ってこられたワケだから、それで言えば、アレだったら、健闘の部類だと思う。ずうーっと下を向いて、台本を読み上げておるんだが、その意味では、ちゃんと裏方が、台本をこしらえてくれておるんだろう。もっとも、市川は取材経験はゼロだし、所詮、ズブの素人なんだから、むしろ、「素人の極み」に徹する以外ないだろう。例えば、「空はなぜ、青いのか」といった、子供がぶつける素朴なギモンってのは、大事だ。とにかく、「子供の目線」に立ってだな、「いかにわかりやすく、噛み砕いて伝えるか」っていうところで突っ込むしか、ねえだろうなあ。
 それで言うと、亜米利加はフロリダ州のオーランドのディズニーワールド内の人造湖で、2歳男児がワニに噛まれ、水の中に引きずり込まれて、結局、水死体で見つかったジケンで、ユアタイムの他のコメンテーターは、ぬあんと、「こんなもん、自己セキニンだ、何をやっとる」と口を揃えておったなかで、青い色の州に住んでおった経験のある紗椰は「そもそも、ワニに遭遇したことなどない」ってところから、必死にギモンを呈しておったんだが、サバンナの大自然の中ならまだしも、東京ディズニーシーで、同じことが起こったら、大騒ぎ炸裂だわなあ。だいたい、ぬあんで、ディズニーワールドにワニがおるんだよ? ナンボ、親が目を離しておったにしてもだな、でも、2歳児に「自己セキニン」は、あり得んよなあ(**)

 #残念ながら、こっちのヒマダネ扱いでしかないが、去年(15年)秋、幸田泉『小説 新聞社販売局』(講談社)っていう本が上梓されたそうなんだが、この「幸田泉」ってのはペンネームで、本名は「和泉かよ子」といって、89年入社の本籍・大毎のシンブン記者や。ワシはこの和泉ってのは、名前しか知らんが、支局勤務を経て、大毎社会ブでジケン畑が長く、ちょうど、10年に大阪チケン特捜ブによるFD改竄ジケンがハジけた際は、大毎社会ブのデスクでおったんだそうだ。んで、その際、ケンサツ批判の記事か、コラムかを書いたら、当時の編集局ちょーの逆鱗に触れて、販売局に追放され、本来は2年で戻ってくるハズだったんだが、ココで目の当たりにした「押し紙モンダイ」をはじめとして、シンブン社の恥部っていうか、伏魔殿に「うわっ」と感嘆し、編集局には戻らず、退社してしまったんだそうだ。
 「押し紙」ってのは、シンブン業界では公知の事実で、世に出ておる公称部数ってのは、あくまで「紙を印刷しておる部数」にすぎず、実際に、読者の手元まで届いておる「実売部数」は、その公称部数の「5〜7割」ってんだな。本社サイドは、販売店に押し紙として押し付けつつも、売れない分については、本社からの補助金で補填することで、何とかトントンに持って行かそうとしとるってんだな。ま、「見栄えをよくする」っていうか、「厚化粧」、「上げ底」だわな。まさに、Coccoの「この目さえ光を知らなければ、見なくていいものが、あったよ」の世界だ。ま、余計なことかもしれんが、この和泉も、もう齢50だが、今の時期にこんなことをヤッとるってのは、たぶん、マトモな結婚もできんまま、夜討ち朝駆けに追いマクられておった行く末だろうなあ。もっとも、ワシも他人のことをとやかく言えた義理はないのだが。それで言うと、カトパンは、はよ、会社を辞めてよかったよなあ(笑)

 #で、「EUからの離脱賛成」と出た英吉利のコクミン投票の結果を受け、パリ近郊在住で、比較文化研究家の竹下節子サン(東大教養学部仏語専攻卒)が、自身のブログのL’art de croire(信じる術)において、今回の騒動で、「名誉ある孤高」を語ろうとする文脈において、フランスでは、劇作家のエドロン・ロスタン(1868〜1918)の戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の一節より、「タテマエの強がりを言わなければ、富と栄光が得られるかもよ」と言われたシラノ(1619〜1655。実在した剣豪、作家、哲学者)が、「大木にへばりついて樹皮をなめながらへばりつくツタであるのは、ごめんだ。高くなくても、自力で登ってやる」と斬り返したっていうハナシが、繰り返し引用されたってんだな。
 そもそも、ワシ自身、仏文出身なんだが、恥ずかしながら、ロスタンもシラノも、初めて知った。仏文学史の教科書には、双方、1行も出てこない。それで、「仏文読み」であるワシを、敢えて名指しして、「ぜひ、読んでもらいたい」とのことで、竹下サンはシラノの文章を紹介しておったんだが、時間があったら、きっちり、双方の作品を読んでみたい。このシラノってのは、時代としては、デカルトとほぼ同じ頃か。
 ニッポンでは全く紹介されておらんが、「Brexit(ブレグジット)」っていう、「Britain」と「exit」をくっつけた「英吉利がEUから離脱する」っていう意味の造語があるってんだが、それで言うと、今回のコクミン投票で「Brexit実現へ」ってことになるんだな。コイツにかこつけて、仏蘭西では「Frexit(フレグジット)」っていう物言いがあり、それで言うと、FNのマリーヌは、さしずめ「Frexitを煽り倒しておる」ってことになるんだな。
 EUの出発点ってのは、先の2度の大戦で、仏独が戦火をまみえた根本要因が「資源の争奪」だったことを鑑み、その深い反省から、アルザス&ロレーヌの鉄と石炭、ルールの石炭を双方で共同管理しようっていうECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)であり、まさに「仏独枢軸による非戦の誓い」なんだよな。ところが、戦後70年を経て、地球のウラ側の欧州でも、こうした原点が風化してきているってのは、「へえー」だなあ。ニッポンも戦争体験世代が、だんだんと少なくなってきておることも、例の右傾化、つまり、アンポならぬアホ関連法制の邁進に繋がっておる要因の1つなんだが、仏蘭西もそうなのかあ。
 ちなみに、ワシの卒論はアンドレ・マルローだったんだが、ひょっとして、本国においても、こうしたマルローをはじめとするレジスタンス文学も、もう、読まれなくなってきているということなのだろうか。「和製ゴーリスト」を自称するワシとしては、何とも寂しい限りだ。そういえば、本国でもゴーリストがおらんなったよなあ。シラクで終わってしもうたよな。

 #元朝日シンブンの論説&編集イインで、アフロ髪の稲垣えみ子の手記『魂の退社』(東洋経済新報社)だが、冷暖房ナシのビンボー生活により、電気代月200円の「節電女王」の異名を取っておって、今、それなりに世間の注目を集めておるってんだな。退社は最近のことで、一橋大社会学部卒の87年入社で、初任地・高松シキョクってことで、同業他社の朝日においても「本籍・大阪本社」だが、上手いこと東京の築地に潜り込んだってカンジだな。年次はワシより1つ上だが、ほとんど同年代で、大阪社会ブのデスクを経験しとるってことだから、それなりに出世のレールには乗っておったってことだわな。ただ、経歴見る限り、所謂、特ダネ記者ではなく、オンナ記者にありがちな、どっちかと言うと、「企画モノ」の方で存在感を誇示してきておったクチだろうなあ。
 ざーっと、目を通した印象では、「そうねえ、こういう人もおるわな」ってところだな。朝日も定年は今、齢60かよ。そこまで会社におってもしゃあねえだろうし、既に、まる25年以上も勤め上げておるんで、厚生年金の受給資格もあるんで、無論、定年までおるよりは手取りは減るが、マトモな感覚を持っておれば、ココで「第二の人生」を踏み出すってのも、全然、違和感ねえっていうか、超フツーだわな。独身で子供もおらんっていう、身軽さもあるだろう。その「冷暖房ナシ」だが、ま、夏はともかく、冬は炬燵にホットカーペットは、ワシ的には必需品なんで、よく堪えておるよな。ワシも冷蔵庫は使っておらんし、あと、スマホも持っておらんから、人より電気代は少ないと思うが、でも、月200円ってのは、スゴイよな(**)
 それと、細貝は、この6・28付で人事ブに異動かよ。全く理解に苦しむ人事だわな。確かに、「棒読み」「ロボ子」と揶揄されてはおったが、でも、箸にも棒にも引っかからんっていうんではなかったし、ましてや、オトコのことで週刊誌沙汰となり、世間をお騒がせしたワケでもなし、余計、わからんわな。夕方のニュースでは、フィールドキャスターでようヤッておったよなあ。ま、ワシだったら、辞表叩きつけて、辞めておるし、実際、そうだった。齢30だったら、他の人生の選択肢を含めて、考えてエエと思う。

 #カトパンは、だいぶゆっくりできたこともあって、アレコレと考え始めておるんかよ。テレ朝におった前田有紀ってのが、今、花屋に勤めておるんかよ。「一日一花」とかいう題でフェイスブックを開設しておるのを見つけたんだが、花屋とは言いつつも、例えば、結婚式でブーケのアレンジを手がけるといった、フラワーデザイナーっていう仕事も視野に入っておるっていうんか、おそらく、そういう方向も目指しておるような気がする。思い切って退職して、路線転換を図ったよな。TVってのも、所詮、水商売で、ホステスやキャバクラ嬢と本質的には同じだわな。スポットライトの浴びたところでチヤホヤされてしまうと、その味が抜けれんところはあるんだろうな。
 カトパンが持っておるのも、「リトミック」ってのは、要は幼児教育なんで、だから、教員免許なんだな。どうせ、やるんだったら、水商売の世界とは縁を切って、リトミックを扱うスペシャル音楽教室だろう。「カトパン式リトミック」ってことで、コレまでの女子アナ稼業で培った体験をもとに、「オリジナルのメソッド」を構築できる余地があると思うな。どうせ、開業資金がかかるんで、ココは計画的に貯め込んで、そのスペシャル音楽教室を開くかよ。だから、そこらあたり、上手いことフォローしてくれるオトコがおれば、イッパツだよなあ。カトパンは教室運営に専念してだな、オトコが営業&宣伝といった裏方を担当するってことで、役割分担すりゃ、回っていくだろうなあ。しかし、「幼児教育としてのリトミック」というものに対する深い理解と愛情が不可欠なんで、そこまで目配せの利くオトコってのは、残念ながら、なかなか見つからんと思う。とにかく、カトパンっていう知名度をダシに、「カネ儲けがすべて」なんてのは、ワサワサとナンボでもタカってくるからな(笑)
 で、ニュース23が、7月下旬から、雨宮塔子を起用するってのも、「?」だわなあ。確か、かなり前に古巣のTBSの「チューボーですよ」に出ておったが、でも、随分前のハナシだよな。バツイチで、子供は巴里におる元ダンナのパティシエんところに預けて、ゲンバ復帰かあ。で、元ダンナは再婚しとるってことは、子供は継母にイジメられるに決まっておるよなあ。ZEROに対抗してテコ入れを図るってんであればだな、メインは星浩で決まっておるんだから、であれば、せめて、『VERY』の表紙に出ておる井川遥だったよなあ。

 #この「7・14」の革命記念日の晩に、ニースで起こった大型トラックによる大量ひき逃げジケン、死者84人ってことで、「政治テロ」との見方が出ておるな。警官隊に射殺された犯人は、チュニジア出身の男(齢31)で、第一報では「神は偉大なり」と叫んでおったっていうハナシもあり、イスラムのカゲキ思想に染まっていたという可能性も考えられておるわな。
 まだ、第一報だけなんで、詳しい状況は、また、これから徐々に明らかになっていくとは思うが、ワシがピンと来たのは、このゲンバとなった、地中海沿いの「プロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の散歩道)」だわな。全長3.5kmなんだが、花火大会で大勢の群集がおったっていうココの約2kmを、その大型トラックで走破したってんだが、この通りは、海側の方に、4つ星、5つ星クラスの超一流ホテルが密集しておって、それぞれがプライベート・ビーチを持っておるんだよな。それで言えば、「現代の貴族階級を彷彿させる、富の集中」を象徴しておるともいえ、敢えて「そこ」を狙っておるところに、「政治性」を感じる。この射殺された実行犯ってのが、どういう人となりだったのかってことを、きちんと丹念に集めることから、だろう。あくまで、「コロシ」っていう、刑事マターの1課ジケンとして見ていく視点が大事だ。まさに、「動機の解明」だ。それで言うと、射殺でのうて、「生け捕り」がデキんかったもんかいなあ。

 #で、この「7・16」にトルコで勃発した、軍ブのクーデターだが、「うわっ!」だわなあ。少なくとも60人が死亡したものの、どうもクーデター自体は鎮圧されたようだが、初代公選スルタンのエルドアンは夏休みを取ってて、アンカラを不在にしておった隙を突いたってことのようだが、まだ、イスラム県やPKKのテロだったら、弁解の余地はあるが、たとえ、軍ブの一部であっても、センキョで選ばれたセー権の転覆に出たってのは、ホンマ、トンデモねえよなあ。
 いやあ、エジプトにバングラデシュ、ミャンマーやパキスタンならまだしも、今の御時世で、それもトルコでクーデターってのは、「ウソだろ」だわなあ。しかし、このテの暴力ソーチってのは、いつ暴発するか、わかったもんぢゃねえなあ。しかし、何かウラがあるんかいなあ。時間が経てば、いろいろと背景とか、出てきそうだよな。クーデター部隊は、エルドアン以下、閣僚らを拘束しとらんかったようだな。そこらあたりが、まだ、計画が極めて杜撰だよな。
 エルドアンはエーゲ海に面したマルマリスにおったんだが、急遽、アンカラに戻って、反乱軍勢力のタイホを指示したのか。しかし、センキョで選ばれたセー権を、戦車と銃で踏み潰すなどというのは、到底、許されるものではない。いやあ、「イスラム県はケシカラン」ってワーワーと言っておる場合ではない。AKPの天下になって、軍ブは冷や飯を食わされておったんで、相当、ウップンが溜まっておったようだな。アンカラ市内で、丸腰の市民が戦車を取り囲んで、抗議する動画をAFPがupしておるんだが、エルドアンは国民に街頭に出てデモに参加するよう呼びかけておるってことで、国際社会も一致団結して、この軍ブの愚行の極みを、徹底的に弾劾しなかればならない! クーデターを起こした軍人連中を、1人残らず、片っ端からタイホしてだな、ピャーッと塀の中に放り込めってんだ、このアホンダラが!
 今回、反乱を起こしたのは「自国の平和運動」を名乗っておるそうで、参謀総長を拘束したってんだな。どうも、軍ブ内における下剋上か。コイツも1課ジケンってことで、徹底解明が必要だな。あー、軍人だから、一般の刑事ジケンの法廷でのうて、軍法会議の方にかけらるんだろうな。しかし、次々と入ってくる外電の写真を見ると、反乱軍は、全く一般民衆、国民の支持を得ておらんなあ。クーデター勢力の負けだ。しかし、市民が立ち上がって、街頭に繰り出し、戦車の侵攻を阻止したってのは、トルコの民主主義は生きている。主権者たる国民がクーデターを鎮圧したんだからな。やっぱ、エジプトとは違う。
 それで、今回のクーデターについて、ここんところ、エルドアンと犬猿の仲になっておる、ギュレン運動率いるギュレンが、軍ブにシンパを増殖させ、唆したという情報に加えて、イスラム県に近いカゲキ派の人間もおって、そういう勢力が蜂起に走ったとか、まだ錯綜しとるよな。ワシより年次が1つ下の89年入社で、本籍・大毎のエルサレム駐在の大治朋子がイスタンブールに入ったようだから、そのへん、ちゃんと取材して、字にしろってんだよな。大治がイスタンブール空港に到着してからの第一報を読むと、 反乱軍が「半日天下」で終わった様子が、よく伝わってくるな。
 んで、一晩明けて、「7・17」になって、トルコの捜査当局は、軍人を中心に約6000人のタイホに踏み切ったってことだが、コイツは軍事法廷でのうて、一般の刑事ジケンとして捌くツモリなんだな。でも、トルコの刑法はEUの加盟条件を満たすため、死刑を廃止しとるんで、今回、サツジン罪で起訴したところで、最高刑は無期懲役かあ。もし、通常の軍法会議だったら、1回の審理でオシマイで、上告も認められず、即、銃殺刑だからな。しかし、こんな国家転覆を図っても、終身刑で済むなんて、いやあ、民主主義だよなあ。ニッポンより、遥かに民度が高いぢゃないか!

 #久しぶりに、ユーミンの『リフレインが叫んでる』をユーチューブで聴いた。ワシはてっきり、シングル・リリースされておったとばかり思っておったんだが、アルバムの中に収録された1曲だったんだな。「すり切れたカセットを久しぶりにかけてみる」なんて、今の時代、あり得んゆえ、本当に「僕たちの懐メロ」になってしもうたなあ。リリースがちょうど昭和末期で、ワシが大学を卒業し、初任地の南国・土佐におった頃だ。そうそう、バーボンのIWハーパーをキープしておった『ノルウェイの森』(という名の行きつけのスナック)で、幾度となく歌ったものだ。じつは、この歌詞の舞台ってのは、葉山から秋谷海岸へと向かうR134なんだそうだ。「どうして、どうして僕たち、出会ってしまったのだろう。壊れるほど、抱きしめた……」。長い長い時間が経ってしまっても、オトコとオンナはいつも哀しい。

 #市川紗椰は、裏方がちゃんと台本を準備してくれてるんで、噛まないのはもちろんだが、やっぱ、本番前にもっときっちりと下読みすることが必要だと思う。まだ、「読み上げている」っていうだけで、「読み込んでいる」には程遠い。あと、ニースに行かされたっていう雨宮塔子ってのは、どれくらいフランス語がちゃんと喋れるんだよ? 子供は元ダンナが引き取ったってのは、ミポリン&辻仁成んとこと同じなんだな。でも、養育費は送らんとなんだろうなあ。
 桐谷美玲ってのは、芸名なんだな。まだ、『ノンノ』に出ておるんだが、やっぱ、「お人形さん」だよなあ。おクリは、半分はフランス人の血が流れているのであれば、今回の件について、何か言及してしかるべきだろう。本当にこの7年間で、報道キャスターから、電通の制御下に置かれた、ただのタレントになってしもうたよなあ。
 サン毎の表紙に出ておったカトパンは、アレコレと喋っておったんだが、要は、さっさと、結婚&出産してえってことか。甘言を弄されたら、すぐ落ちそうだよなあ。だったら、紹介所に会員登録するのも手だろう。ただ、「結婚生活は、バラ色の未来」であるに越したことはないが、雨宮みてえなケースもあるしな。もっとも、雨宮んとこも蜜月の時期はあったんだろうし、「人間万事、塞翁が馬」や(笑) しかし、ミオパンは、何で、ユアタイムに出ておるんだ?

 #AFPが「毛を剃らない自由」ってことで、フランスのおねえちゃんたちが、腋毛や脚の毛を剃ってない写真をツイッターに続々とupして、世間を騒がせておるってんだが、齢16の女子高生が、毛を剃っておらんため、イジメに遭ったってことで、そこからモンダイ提起が広がっておるってんだな。確かに、ぬあんで、オンナは腋毛を剃るるのかってのは、不思議と言えば、不思議だよな。
 そういえば、もう昭和末期だから、だいぶ、時間が経ってしもうたが、あの黒木香はスンゴかったっていうか、超インパクトがあったよなあ。あの村西とおるカントクとの、異様を極めたカラミだったが、しかし、あの腋毛は、そのスペシャル・インパクトを構成しておる要素の1つではあったよな。ネットを検索すると、市川も、よっしーも「腋毛」で出てくるんだが、もっとジャンジャンと露出すればエエのになあ。しかし、「剃毛拒否」を「自由」の中に組み込むのは、フランスらしくていい。雨宮は、帰国する前に、ヒマダネとして取材して来い!
 んで、カトパン、スポーツにも「ジャーナリズム」は存在する。損傷した靭帯を切除し、他の部位から移植して修復を図るトミー・ジョン手術を受けたダルビッシュだが、確かにタマは速いし、低めのコントロールが決まってはおる。とりわけ、アメリカでは「球速がアップする」ってことで同手術がことのほか推奨されておるってんだが、しかし、長い目で見た場合、そうやって腕にメスを入れることが、本当にメリットがあるのかどうかは、冷静に検証する必要があると思う。あと、「大谷の二刀流」だが、今は若いし、それでいいんだろうが、いずれどちらか一本に絞らざるを得なくなるときが来る。おそらく、「投手専念」の方だろうが、だが、本人は打撃に対する思い入れ、こだわりというものも、強いのだろうか。そういうのを、ストレートに斬り込んでこそ、「スポーツジャーナリズム」だ。もし、真面目に取り組むのであれば、野村克也の「データ野球」に関する本ぐらい、きちんと目を通せ。もっとも、はよ、結婚退職を望んでおるのであれば、その限りではないが。少しは気合い入れて、仕事に取り組め。
 大リーグ3000本安打間近のイチローだが、日米通算4257本安打達成でピート・ローズを超えたとき、ローズ本人は「マイナーリーグ以下の記録をカウントしても無意味」と噛みついておったんだが、ま、それはともかく、広岡達朗は「記録のために現役に固執するのは見苦しい」と斬っておって、確かに一理ある。しかし、その一方で、ケガさえなければ、「プレーする場所」にこだわらないのであれば、それこそ、齢50を超えても、例えば、ニッポンのBCリーグでもプレーできるわな。その場合、通算5000本安打どころか、6000本、7000本、1万本も夢ではない。もちろん、給料は激減するが、しかし、食うに困らん最低保障額はゲットできるんだし、何よりも、「生涯現役」を極めることになる。アマチュアと違って、プレーを見せて、カネが貰えるプロにこだわるという道もあって当然で、そのあたり、カトパン、渡米して、イチローに直撃して来い!

 #で、ともこは、先陣を切って夏休みを取っておるんだと思っておったら、池上彰と一緒に、亜米利加は大統領センキョで、民主党大会の取材に行かされておったのかよ。あんなもん、わざわざ、ともこが出かけていく意味はゼロで、DC(もしくはNY)駐在をハケンすりゃ済むハナシだからな。今、ニッポンでは、神奈川県相模原市の知的障害者入所施設で起こった、元職員による連続19人刺殺ジケンで、大騒ぎの真っ只中で、諸々、ニュース価値的には、こっちの取材だわなあ。それか、まだ、都チジ選だわなあ。ワシ、番組フェイスブックに、鳥越俊太郎のオッサンのオンナの問題で、超ディープな極秘スクープ情報を投稿してだな、「ともこ、はよ、取材しろ!」ってケツを叩いたのに、んもう、許せんよなあ。幸い、文春も新潮も字にしておらんかったんだが、他局に抜かれたら、どうすんだよ? 鳥越のオッサンは、今日(=7・28)OAの安藤優子んところのグッデイに出ておったんだからな。
 知花、その鳥越のオッサンと同様、「元ジャーナリスト」の上杉隆との2ショット写真が、フライデーに載っておるやないか。目の前にあるのはバースデーケーキのように見え、いずれにしても、ウワサは出ておったんだが、上杉と付き合うておったってのは、ホンマだったんだな。しかし、よりによって、あの上杉とは、チョット、オトコってより、「人間を見る目」がどこに付いておるんだよってところだわなあ。「蓼食う虫も好き好き」はわかるにしてもだな、何考えておるんだろうなあ。短歌ばっか詠んでねえで、もっと、ビシッとしろってんだよなあ。
 バツイチで、子供を巴里在住の元ダンナんとこに預けておる雨宮塔子は、現地で既に仏蘭西人の新しいオトコがおるのかあ。無論、自由恋愛を否定するツモリは全くないんだが、しかし、そんなんでは「心、ココにあらず」で、どうせ、上の空状態だわなあ。時期も中途半端だし、人事権者は、何かおかしいと思う。
 しかし、市川紗椰は、ブログの更新頻度の低さを、「梅雨のせいで、ジメジメして脳味噌と心にカビが生えた」とグチっておるようでは、アカンわ。そんなんで、数字が上がるかってんだよな。そういう人気商売ってのは、「心で泣いても、顔は笑って」だわなあ。それで言うと、まだ、よっしーのフェイスブック(&ブログ)は、勢いがある。でも、それってのは、大事っていうより、すべてだろう。
 カトパンは、ミッフィーの生誕60年イベントで、子供に読み聞かせをしたってんだが、そういうのが好きであれば、リトミックのスペシャル音楽教室の道だと思うよなあ。リトミックっていう音楽だけでなくて、そうやって読み聞かせも取り入れて、独自のカリキュラムを編成したら、オモロそうだよな。音楽教室というより、「幼児教育」の場だよな。いや、ホンマ、ワシに体がもう1つあったら、カトパンと連立を組んで、幼児教育に邁進したいところだ。オモロイし、やりがいがある。実際、リトミックのカリキュラムってのは、その教室ごとに全然、違ってて、いろいろネットで検索してみると、「読み聞かせ」「お絵かき」を取り入れたり、「ピアノはやめました」とかいうのもあって、試行錯誤しながら、それぞれに独自のスタイルを編み出しておるってところだな。カトパンは、そもそもアナウンサーをやっておった経験があるんで、喋りがしっかりしておるんで、この読み聞かせってのは、使える。いやあ、元テレ朝の前田有紀ってのも、花屋勤務をしながら、フラワーアーティストってことで、フェイスブックを開設しとるんだが、楽しんでやっておるカンジだよな。やっぱ、リトミックに対して、深い理解のあるオトコと一緒になることを勧めるな。例えば、読み聞かせでは、どんな本を選ぶかが、すべてだからな。だから、そういう相談に乗って、適切な助言ができるオトコだと、鬼に金棒だよなあ。

ノンフィクションか、ジャーナリズムか

 そういえば、以前、似たようなタイトルで、ココで書いたことがあったかもしれませんが、ま、いいでしょう。改めて振り返るとでもいうのか、自らの立ち位置を、繰り返し確認する作業というのは、決して無意味ではないと思いますので。
 今、大学でも新聞学科をはじめとして、ジャーナリズム研究を専攻できるところもあるようですが、「ジャーナリズムとは何ぞや?」「ノンフィクションとは、何?」ときっちりと定義した学説が確立されているというわけではないと思います。また、こうした職を生業(なりわい)をする人たちも、そう厳密に区別して使い分けているというわけでもありません。

 ざっくりとした物言いでは、「ノンフィクション」の方が幅広い概念だと思います。「ノンフィクション」とは、「フィクションに非ず」とあるように、詩歌や小説といった虚構の創作物ではなく、あくまで、「事実に依拠した作品」であるというのが、大前提です。
 それに比べると、「ジャーナリズム」とは、「そこ」からさらに絞り込んで、ノンフィクションと呼ばれる作品の中でも、「権力監視が含まれている」というのが、私の定義です。それで言うと、新聞、雑誌、テレビ、ネットといった媒体の如何にかかわらず、そこで表現されているものの中に「権力監視」ということが含まれていれば、それは「ジャーナリズムである」ということになると思います。

 さて、それでは、「権力監視」とは、具体的には、どういうことを指すのでしょうか。
 そもそも、「権力とは何か」ですが、あまり難しく考え過ぎてもしょうがないですので、ここは平たく、「国民を強制する力を持つセクションであり、そして、その力を行使する人」とでもしておきましょうか。それで言うと、まず、三権の長である内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁長官はその筆頭ですし、また、日本国憲法には「日本国民統合の象徴」と明記されてはいますが、しかし、天皇もかなり形式的とはいえ、国事行為をしていますし、その言動は社会に大きな影響力があるので、「権力(者)」の中に含めていいと思います。
 そうすると、あと、国会議員をはじめ、霞が関の省庁や裁判所といった国の機関はもとより、地方を含めた行政機構も、当然、権力に含まれると思います。また、公的機関ではありませんが、経団連をはじめとする財界は、そのふんだんなカネの力をもって、行政当局に強い影響力がありますので、これも権力と捉えてもいいでしょう。
 それと、警察からは「暴力団」と呼ばれているヤクザ組織━━オモテの世界ではさしたる肩書はありませんが、地下経済をはじめとして、永田町や霞が関には強い影響力を行使しており、そういう意味では、ヤクザも権力を構成している重要なファクターであると言えると思います。

 これらリストアップしたものが、この日本における「権力」であるとみていいと思いますが、それは、その権力を「監視する」とは、いったい、どういうことを指すのでしょうか。「監視する」というのは、ただ漫然と「見るだけ」とは違っていそうですね。「目を凝らしてじっと見る」とでもいうのか、「根堀り歯掘り、穿り出していく作業」が、どうしても伴ってきます。
 権力というのは、「強制的な力を持っている」のですが、それは具体的には、警察・検察における逮捕権であり、国税における徴税権であり、軍隊(自衛隊)における武器や装備による治安出動権といった、要は「暴力装置」に他なりません。こうした暴力を背景に権力は秩序を維持しているのですが、しかし、それは本質的に暴力であるがゆえ、常に勝手気ままに振る舞い、ハメを外して、好き放題をやろうとするのが、古今東西を問わず、残念ながら、「歴史の真実」です。
 ただ、そうした「権力悪の発露」に際しては、必ず隠蔽を伴います。つまり、「悪事は必ず、隠される」のですが、「監視する」という作業は、そうして悪事の一つ一つを暴き出し、公にすることです。一般的に、そうした悪事は「事件」とも、「スキャンダル」とも言われていますが、こうしたことを取材し、世に問うことがジャーナリズムだと私は考えています。

 私が、「ジャーナリズム」の中にカテゴライズされる新聞社に入り、新聞記者として働き始めてから、もうすぐまる28年になります。その体験を振り返っても、「権力必腐」というのは、疑いようのない事実です。新聞記者もジャーナリストと呼んでいいと思いますが、それには「権力悪を暴く」という仕事をしていることが、「それ」を名乗る必要十分条件です。
 私は、会社組織を離れた今でも、「ブンヤ」という物言いが好きなのですが、ブンヤはジャーナリストでなければならないと思っています。それを考えると、「ノンフィクション」というのは、じつに生温いとでもいうのか、「誰も文句を言ってこない、のうのうとした甘ったるいことを取材し、表現したもの」という感じがします。もっとも、そうしたノンフィクションという存在を、否定するつもりは毛頭ありません。人間が産み出す表現作品というのは、多様、多岐にわたるべきです。ですから、「人は人、自分は自分」であり、それゆえ、私は「ジャーナリズム」にこだわりたいし、また、「ジャーナリスト」であり続けたいと思います。

 #ほいで、文春が「字」にしておった、「ショーンK(齢47)」とかいうコメンテーターの学歴詐称なあ。ワシ、恥ずかしながら、今回初めて、本業が経営コンサルタントっていう、このショーンKっていう名前を知ったんだが、既に報ステetcに出ておる一方で、フジテレビがこの4月の改編で、大島が出ておった夜のニュースと、その直後のすぽるとを廃止し、双方を合体させた娯楽的情報番組のMCに内定しておったってんだが、本人には即、その事実を認め、今回のお騒がせにより、「活動自粛」ってことで、新番組のMCも辞退したのかあ。
 あー、今まで公表しておった学歴は、「テンプル大でBA(学位)、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得、パリ第1大学留学」ってことだったんだが、BA、MBA取得の事実はなく、パリ第1大学もオープンキャンパスでチョロっと覗いただけってことかあ。ま、番組の添え物であるコメンテーターならともかく、ナンボ、娯楽の方向へシフトしておるとはいえ、ストレートニュースも扱う情報番組のMCってことは、全体を仕切って、いろんなネタをアレコレといじくり回して、薀蓄を傾けるんだから、この学歴詐称は、その意味で完全にアウトだわなあ。
 っていうか、「それ以前のハナシ」としてだな、こんなしょうもない内容にリニューアルするフジテレビのどうしようもなさ、だわなあ。夜のニュースは、今は「あしたのニュース」と看板の名前を変更しておるんだが、かつては、「ニュースJAPAN」と言って、おクリがキャスターを務め、薬害C型肝炎ジケンの徹底追及をはじめとして、まっとうな中身を維持しておったんだ。そうした報道ニュース番組の硬派ジャーナリズム路線を、おそらく放棄しようとしておったんだから、「それ」がすべての罪悪の根源だわなあ。このテの学歴詐称でボロを出すってのは、所詮、その程度のコメンテーターでしかなかったんだろうから、そんなのをメインに据える時点で、既に「終わってる」んだよなあ。
 それで言うと、お台場の病状ってのは、相当深刻で、「魚は頭から腐る」ってことで言えば、「天皇陛下」こと、「日枝久」にお引き取り願うっていうところに、来ていると思う。しかし、ショーンKの代打をコレから探すとなると、「4・4」のOA開始から、もう2週間を切っておるんだから、キビシイよなあ。とにかく、数字を取りにいくための「知名度」っていうことで言えば、辞表が受理されたとはいえ、自社のカトパンを引っ張ってくるぐらいしか、頭に浮かばんなあ。それか、ちゅばきか。ま、夜のニュース戦争に殴り込みをかけるってんであれば、カトパンの辞表を撤回してだな、ココで投入するぐらいのことをせんと、だろう。ホンマ、タマがおらんワ。そもそも、「ショーンKって、誰?」なんだが、相方の市川ナントカっていうのは、本業はモデルかよ。もっと、知らんよなあ。まだ、水原希子の方が名が知られておるし、インパクトもあるよなあ(笑)

 #近所の図書館で、ロバート・E(エズラ)・パーク『実験室としての都市』(御茶の水書房)を借りてきた。この本は、以前は、ワシ、持っておったんだが、いつの時点か、手放してしまった。たぶん、古本屋に売り払った中に含まれておったのだろう。最初に購入したのは、ちょうど、30年前、大学3年になって間もない頃だ。奥付の初版発行が「1986年2月10日」とあり、時期的には、その直後だ。
 今は、メディア・コミュニケーション研究所と名前を変えているのだが、当時は、「新聞研究所(略して、新聞研)」といって、卒業単位とは別に取る必要のある研究講座があり、マスコミを志望する学生の多くが受講していた。ワシも、チョッチュネ荘と内輪で呼んでいた日吉の共同下宿で、一緒に住んでおった同級生が入所しておったので、それに釣られて参加したというのが、実際のところだった。前にも何度かココで書いたことがあったと思うが、ワシは入所試験には落ちたんだが、しかし、面白そうなゼミがあって、部外者でも参加できる、自由気ままなところがあり、卒業単位とは無関係だったんだが、三田での3〜4年の2年間、「そこ」に参加した。文学部は社会学専攻の山岸健先生が、ちょうど、86年度から、「現代社会論」という講座名で始めたゼミで、毎回、先生がテキストを指定し、発表者がレジュメをまとめてレクチャーするんだが、この『実験室としての都市』というのは、ゼミが始まって、確か、最初の頃に取り上げられたものだった。んで、ほぼ30年ぶりに、今回、この本を読み進めていくうちに、「たぶん、ワシは、この本のレジュメ発表を担当しておったのではないだろうか」と思い出したのだ。
 このパークというのは、一般にはほとんど馴染みがないだろうが、社会学の分野では、第一次大戦後に、アメリカのシカゴ大を中心に興隆を極めた「シカゴ学派」の中心人物だ。その『実験室としての都市』の冒頭に収録されている「自伝的ノート」には、アカデミズムの分野に入る前に、ミシガン大を卒業してから、ミネアポリスで3年ほど、新聞記者をやっておったことを綴っている。パークが大学に戻ったのは「新聞への関心のせいだった」と書いているように、新聞というか、ジャーナリズムに対する思い入れが、その後の研究活動を支えておったんだな。それは、社会学という学問が、フィールドワークと切っても切れない関係にあるのと、わかちがたく結びついていると思う。
 パークは、シカゴを舞台に、人種や移民、貧困や犯罪といったテーマから、「都市社会学」というジャンルを切り開いていくのだが、それは、ある意味、「社会部記者による取材内容」を分析し、まとめたものに他ならない。タイトルにした「実験室としての都市(=The City as Laboratory)」には、統治機構によって、人為的になされる街づくりの中にはもちろんだが、さらには、そうした都市を構成している一人ひとりが、人間の本性に根ざす形で持っている野望であるとか、欲求の実現というのが、須らく、「実験」という色合いを帯びているゆえ、そのようにネーミングしたというのが、やや難解さに流れている訳文より、ワシが解きほぐすと、そうなる。
 その『実験室としての都市』の最後の方で収録されている「知識の一形式としてのニュース」という小論文がある。パークによれば、ジケンをはじめとする「新聞のニュース」というのは、「人間的興味を呼びさますがゆえに、我々の記憶の中に、公衆の記憶の中に生き続けるであろう。出来事としてそれらの存在は終わっている。だが、普遍的永遠的に関心を呼びおこす一種の精神的象徴として、また人生や人間性の変わらぬ真実を観念的に表すものとして、生き残っていく」として、「ニュースは知識の一形態である」と断じているのだ。
 そして、パークは、ゾラ(彼も新聞記者の経験があった)の小説が、フィクションという形態を取りながらも、「本質的には、当時の19世紀後半のフランスの風習に基づいた記録である」ということを引き合いに、「アメリカの新聞でも報じられるニュースは、文学としての傾向を帯びる」一方で、「フィクションもニュースとしての性質を備えるようになってきている」として、「われわれの時代は、おそらくニュースの時代である。そして、アメリカ文明における最も重要な出来事のひとつは、記者の隆盛ということであろう」と、最後を結んでいる。
 ワシは常々、「ジャーナリズムは文学である」と言っておるのだが、思えば、それと同じことを、既にパークがここで言及しておったのだ。まさに「文学の一形式としてのジャーナリズム」である。30年ぶりに読み返してみて、今にして思うと、あの頃、この本と出会ったことが、ワシがブンヤの道を志す要因のひとつになっておったのかもしれない。

 #で、米大統領センキョだが、今、民主、共和両党の予備選(or党員集会)が宴たけなわなんだが、共和党は、上院ギインのルビオ(齢44)が、地元のフロリダ州で、あの不動産王のトランプ(齢69)にボロ負けして、ついに、ギブアップを宣言したってんだが、顔写真を見る限りでは、あの共和党の候補者ん中では、穏健っていうか、一番マトモそうだったよなあ。
 しかし、このフロリダ州ってのは、2000年の「ブッシュ倅vsゴア」の対決で、最後まで揉めに揉めて、結局、イカサマでブッシュ倅が「勝ったことにした」ところなんだが(本当は、ちゃんと投票用紙を数えたら、ゴア票が上回っていた)、要は、大統領センキョ人の人数が多い「大票田」であるのはもとより、いっつも、「赤(=共和党支持)」か「青(=民主党支持)」で大きく揺れ動く、スイング・ステートなんだよな。だから、亜米利加の大統領センキョってのは、青い州は、東西両海岸に五大湖周辺、んで、赤い州は、中南部と決まっておるんで、結局、勝敗の帰趨を制するのは、そうやって、このフロリダをはじめ、オハイオ、バージニア、ネバダといった、赤か青かで両者が拮抗しておる、スイング・ステート(=揺れ動く州)を押さえることなんだよな。
 今回、共和のトランプといい、民主のサンダースと、アウトサイダーがブイブイと勢いづいておるんだが、まだ、極左のサンダースの場合は、全然、わかりやすいんだが、それに比べると、あのトランプが、ぬあんで、支持を集めておるのか、ワシのような亜米利加モンダイの素人からするとだな、サッパシ、「?」なんだよな。特に、トランプの場合は、共和党内では「非主流派」ってことなんだが、そういう立ち位置を含めて、イマイチ、よくわからんよなあ。でも、そもそも、トランプの主張ってのは、モロ、極右路線だわな。ところが、共和のネオコン連中が、このトランプを毛嫌っておってだな、「もし、トランプが指名を受けたら、ヒラリーを支持する」って公言しとるんだが、アレがサッパシ、わからんよなあ。

 #新潮がスッパ抜いておった乙武洋匡(齢39)の不倫モンダイだが、早大時代の後輩と結婚し、2男1女の子供がおりながらも、5人のオンナと付き合おうておったってんだな。両手両足のない障碍であっても、チンポはビンビンに立つってことなんだな。しかし、乙武って、オンナとどういうセックスをしておるのか、それは知りてえよなあ。そもそも、どうやって、マスをかいておったんだろうなあ。自分のチンポをオンナのアソコに挿入する際は、どうするんだろうなあ。専らオンナが上に乗って、腰を動かすのかよ。それとも、乙武はじつは、自分でも腰は動かせるんかいなあ。乙武がどんなふうに、オンナを抱いておったのか、興味津々だよなあ。
 あと、コイツはフライデーの抜きだが、桂三枝改メ文枝師匠の、元演歌歌手の紫艶とかいうオンナとの不倫なあ。「紫艶(中江ひろ子)」でフェイスブックを開設しとるんだが、カッコ内は本名かよ。紫艶は文枝のことを「ぱぱりん」と呼んでおるんだが、彼女は齢18で初めての経験が、師匠っていうか、ぱぱりんだったんだよな。芸はもとより、オンナの悦びも、手取り足取り、教え込まれたんだろうが、それから20年、今、齢38ってことだから、師匠は引っ張り過ぎたよなあ。所謂、パトロンだったんだろうが、オンナも適齢期っていうか、「出産適齢期」ってあるから、師匠も、そこらあたり、「パパ」としてはだな、気持ちよく娘を花嫁として送り出さんと、だったよなあ。おそらく、紫艶も三十路にさしかかるぐらいで、ちゃんと付き合うとる他のオトコはおっただろうから、それは、キモチよく手放してヤラんとだわなあ。それと、師匠は「人間国宝が欲しくて、ダンマリを決め込んでいる」とフェイスブックで書かれておって、「あー、そうか」だな。「オヨヨ」「グー」で一世を風靡したナニワ発のお笑い芸人であれば、最後まで「無冠の帝王」を貫いて欲しかったなあ(TT)
 んで、よっしーのフェイスブックは、ワシは投稿ブロックされておるんで、しょうがない、こっちに書き込むしかねえんだが、「ジケン取材」ということで言えば、今回のいわば、「紫艶の内部コクハツ」だが、諸々、ケース・スタディとして、生きた教材として学ぶべきものがある。ま、「オトコとオンナの秘め事」ってのは、所詮、ヒマダネの範疇でしかねえんだが、ただ、「ニュース」という意味では、まさに「スキャンダル」であって、ジケンのネタと同様、本来であれば、そう簡単にオモテに出てくるものではない。しかし、今回が「一方の当事者」が、それも敢えて、「顔出し」というカタチで内部コクハツに至ったワケだが、ココで重要なのは、「告発に至った動機の吟味」だ。っていうのは、「情報の信憑性」、つまり、「ネタの真贋」を判断するっていうんか、見抜くうえにおいて、「なぜ、そんなハナシをしゃべったのか」ということについて、検討する作業は重要だ。
 そもそも、このテの内部コクハツにおいて、その根底に「私憤」が存在しておるってのは、仕方ないっていうんか、当然だ。逆に、喜怒哀楽に塗れた、生身の「感情の動物」たる人間が、「それ」になしに、重要なネタ、つまり、キミツ情報をやすやすと喋っておったら、むしろ、そっちの方がおかしい。んで、このテの内部コクハツに、ほぼ、共通しておる動機ってのは、「相手に切られたことへの恨み」だ。「愛憎、相半ばする」っていうのか、「可愛さ余って、憎さ100倍」だわなあ。企業の内紛劇によって、本来は絶対にオモテには出てくるハズのないキミツ情報が暴露されるってのも、この要因がある。それで言うと、逆に「カネ目当て」の告発っていうか、情報提供ってのは、むしろ、警戒すべきっていうんか、変に情報に色がつけられておったり、脚色が施されておらんか、構える必要がある。
 それで、今回の紫艶のケースだが、「カネ目当て」ってのは、少し考えにくい。こうやってマスメディアに露出し、ふたりのカンケイを暴露したところで、所詮、フライデーからの取材費名目の謝礼と、あと、ヌード代なんて、たかが知れておるからな。やっぱ、双方の関係が決定的に破綻する、何かがあったんだと思う。たぶん、1つではないにせよ、でも、大きな要因があったと思うな。そうやって、「内部コクハツ者の動機の吟味」を行うことは、非常に大事だ。どうせ、よっしーの周りで、こういうことを言ってくれるのは、誰もおらんだろうから、ワシがアレコレと教えることにしやう。
 だって、ウラ番組のメインの同姓の竹内明(91年入社)は、大学はもとより、学部も同じで、学科だけが違うんだが(法律or政治)、もともと、報道局の社会ブにおって、いちおう、ジケン取材にクビを突っ込んで、今や、「赤坂サカスのエース」だからな。「数字(=視聴率)の競争に勝つ」ってのは、ウワベのチャラチャラしたところでのうて、モロ、肝のところから斬り込み、崩していかんとだからなあ。でも、よっしーは、どこまで本気で報道に恋しとるんかいなあ。せめて、ともこぐらいまでの思い入れがねえと、困るよな(笑)

 #それで、細貝は、この4月改編で地上波には戻って来れそうなのかよ? あの有料配信はホウドウキョクの「さらのちゃんねる」をやらされておるんだが、日々、どういうことをやっておるのか、自分のブログでもっと宣伝せんとだわなあ。最低限、「日替わりで、こんな衣装でOAします」ぐらいは告知せんとだろう。「ニワトリが先か、タマゴが先か」のギロンかもしれんが、トップ以下、上層部が撃沈しとるからそうなのか、それとも現場レベルが萎縮しとるからそうなのか、両方だろうが、そもそも視聴者のハートを振動させようとせんよな。
 ミオパンも、「桜が咲いた」なんてのは、周り観りゃ、わかるんだから、それで、最近は、何をやっとるんだよ。まさか、まだ、あの売れん三流お笑い芸人のマンションに入り浸っておるってことは、ねえだろうな? ホンマ、「お台場温泉」にヌクヌクと浸かって、「とりあえず、上から言われたことをやってます」っていう世界なんかよ。お台場の凋落が指摘されとるのは、あの長谷川豊が、退社させられたのを機に、ナンダカンダと暴露してからだよな。まだ、数年前、おクリはもとより、アヤパンだ、ナカミーがおった頃は、そもそも、女子アナ連中に、もっと勢いっていうか、オーラがあったよな。枠をブッ壊すような、何かを感じさせるものがあったよな。ところが、今は、そのへんの丸の内や新橋界隈を歩いておるOLと、区別つかんからな。「それで、アンタ、いったい、誰?」の世界だからな。カトパンが退社するが、「おーっ」って歓声を上げれるのは、あとは、あの「水卜麻美」とかいう、汐留の大食いねえちゃんぐらいのもんだよなあ。
 だから、夕方のニュースは、お台場は週末はミオパンだが、平日はちゅばきで、六本木がよっしー、神谷町がともこなんだが、「報道=ジャーナリズム」という点でのレベル的には、それらが赤坂の竹内明に挑むという構図なんだろうが、現時点では、束になったところで、竹内には、正直、キビシイところがあるな。確かに、ともこは、ミオパンだ、ちゅばきだ、よっしーに比べたら、取材経験の蓄積は全然あるが、だが、竹内には、ピンでの直接対決では、まだ、勝ち星を挙げるところまでには行っておらんわなあ。
 この竹内明ってのは、元々、報道局社会ブで桜田門の公安担当だったのかよ。それで、オウムがどうたらこうたら、外事スパイがどうので、本を書いとるんかよ。早速、ブリュッセルに取材に乗り込んでおるようなんだが、こうやって、即、ゲンバに行くってのは、大事っていうか、すべてだわな。本来であれば、よっしーとか、ピャーッと放り込まんと、だわなあ。この竹内の喋りってのは、まだ、全然、聴いたことがねえんだが、見た目は、確かにイケメンだわな。今、齢47かよ。子供に晩メシを作りつつ、TVのチャンネルを合わせんとする主婦層には、熱い視線を引きそうだよなあ(笑)
 ワシは、神戸シンブン&ウワシン(噂の真相)etcの記者だった西岡研介クンのツイッターに、この竹内明のそれが、よく貼り付けてあるんで、最近、認知した次第なだが、よっしーやミオパンの年次だと、「ウワシン」と言っても、そもそもピンと来んのだろうなあ。廃刊が04年3月だから、もう12年だからな。ともこは知ってはおるだろうが、目を通すぐらいのことはしておったんかいなあ。だから、西岡クンは竹内とは、入社は同期(91年)なんだな。彼は、初任地が神戸シンブンの姫路支社なんだが、そのとき、ワシが大毎の入社4年目で、高知から姫路に異動になって、サツ担当キャップだったんだが、姫路署のキシャ倶楽部で、ピッカピカの新人で西岡クンがおったのを、懐かしく思い出す。アレから、早、四半世紀だからなあ。1課ジケンの119(=サッチョウ広域重要指定119号事件、スナックママ4人連続ゴロシ)中心に、ワシが抜き倒したんで、彼にとっては、今でも、ワシの存在ってのは、ほろ苦いトラウマだと思うで。

 #「Nスタ」っていう赤坂サカスの夕方ニュースは、4〜5時台と6時台の2本立てで、番組HPを見る限りでは、前半は元NHKの堀尾正明がメインで、標準的なストレートニュースを伝える一方、後半は「エース最右翼」の竹内明がメインで、サブにハーフの加藤シルビアとかいうのが付いて、「とことん」ってことは、根掘り葉掘り路線ってことかよ。どんな作り方をしとるのか、1度観てみたいわな。ともこんところみてえに、ネットでも映像を配信しとらんのかいなあ。
 んで、竹内明のツイッターを見る限りでは、「モレンベーク地区」っていう、ブリュッセル郊外のイスラム系移民の多いエリアに入って、レバノン風定食(約800円)を食ってきたってんだが、そうやって、首都の周辺部にイスラム系移民の貧民窟があるってのは、「街のつくり」としては巴里と同じだな。要は、ベルギー社会から疎外されがちな貧困層だが、非行に手を染め、そこからドロップアウトして、このテの犯罪行為の延長線上にあるテロだわなあ。そっちの方向に走るのが出ておって、「それ」が土壌になっておるんだな。竹内は、たぶん、そのNスタで、自分の持ち場である後半の方で、ゲンバから報告しておったんだろうが、ま、JNNの特派員に取材を丸投げするんでのうて、やっぱ、番組に関わっておる人間が、直で取材するってのは、大事だろう。
 それで言うと、ウラ番組の六本木ヒルズはスパJの、よっしーだよなあ。報道に恋して、それに邁進するために、付き合うておった電通勤務のオトコを振ったってのが、もし、事実であるなら、だったら、もっとゲンバ取材に出マクらんとだわなあ。ぢゃあ、「6時台」は、竹内んところのNスタにぶつけて、「数字競争」をすべく、「よっしーが行く!」っていうコーナーを、この4月改編から新設するかよ。ジケンをメインに、ジャンジャン、ガンガンとゲンバに飛び込んで行ってだな、同姓同士の「竹内ガチンコ対決」を制さんと、だわな。いいか、よっしー、あの「竹内明のクビを取りに行く」っていう決意と覚悟を見せて欲しいよなあ(笑)

 #よっしー、赤坂サカスは、この「4・10」ってのは日曜かよ、18時半からOAの特番「100の重大ニュース」で、Nスタ第2部メインの竹内明が、何かスッパ抜きを披露するんだってよ。何のネタなんだろうなあ。んで、本人のツイッターでコンビを組んでおる加藤シルビアってのが描いたっていう似顔絵を紹介して、「埼玉のピカソ」とまで持ち上げておったんだが、この「加藤シルビア」ってのも、どっかで聞いたような名前だよなあ。「滝川クリステル」みたいに、ハーフなんだろうなあ。
 あー、ウィキで見ると、母親がポーランド人で、やっぱ、「埼玉県入間市」の出身かあ。お茶の水女子大理学ブ物理学科(量子力学)卒で、08年入社で齢30ってことは、よっしーとモロ、同期ぢゃないか。二足のわらじで、一橋の大学院も修了しとるってことで、学歴ヲタクなんかいなあ。そういえば、以前、あの田中みな実にいじくられておったような気がする。画像を見ると、この加藤ってのは、胸がスンゴイなあ。間違いなく、サイズは「D以上」で、同業他社ながら、コイツも08年入社同期で、同姓のカトパンに匹敵するんだが、でも、カトパンよりシルビアの方が乳はデカそうだよなあ。
 だから、よっしーも、格としては、「サブ」という立ち位置を含めて、所詮、まだ、加藤シルビアと同列なんだよな。でも、「数字」をはじき出すためには、同期のシルビアと遊んでおってもしょうがねえわなあ。織田信長が桶狭間で今川義元のクビを獲ったことで、天下布武の道を歩み出したように、よっしーも今後、本気でブレイクの腹積もりがあるのあれば、まさに「同姓対決」で、「竹内明のクビ」を狙いに行かんとだわなあ。そもそも、「オンナ信長」になろうっていう野心すら、ねえのかよ?

 #古舘伊知郎は、「3・31」の報ステが最後だったのか。前身の久米宏のNステを継いでから、まる12年かあ。ちょうど、報ステのスタートは、ウワシンの廃刊と同時期で、04年の春なんだが、時間の経つのは早い。ただ、「久米→古舘」と来て、後任は局アナの宮川悠太(齢39)かあ。いやあ、「で、アンタ、誰?」の世界で、全然、役不足だわな。所詮、勤め人だから、数字が下がったところで、カイシャをクビにはならんから、そこがフリーにおける「労働の強度」がまったく違うよな。正直、ワシは池上彰をメインに起用した報ステを見たかった。今、池上は齢65かあ。古舘よりは上ではあるんだが、N23を降板させられる岸井成格が齢71であることを考えれば、池上彰で、あと5年は勝負ができたと思う。早河洋がこんなところまで人事ケンを振り回しておるんかどうか知らんが、ま、つまんねえ人事をやっておるよな。
 そういえば、ともこんところのフェイスブックに久しぶりに投稿したんだが、ともこも相変わらず、月並みなことしか喋っておらんよなあ。思うに、テレ東っていう会社自体が、「神谷町温泉」っていうんか、「とりあえず、お台場TVを超えりゃ、それで十分」っていう意識って、ねえのかよ? トップを獲って、「超一流」を目指すっていう上昇志向を感じんよなあ。
 それを思うと、Nジャに出ておった、共テレ時代のおクリだったよなあ。ハングリー精神全開だったんで、見てて、グイグイ引き込まれたよな。まさに「才色兼備」とは、カノジョのためにある物言いで、何度、ワシもこの表現を使ったことか。今は、ただのおセレブ系タレントに成り下がってしもうたんで、もう、どうでもエエんだが、おクリのケツを叩いて、「一緒に、報道で天下を取ろう」と疾走したあの時代が懐かしい(TT)

 #ま、ヒマダネの方に持ってきておるんだが、毎日シンブンの88年入社同期(大毎社会ブでも一緒だった)の「三角真理」ってのがおるんだが、この4月1日付で、3年間務めた松山支局長から、大毎の点字毎日の部長かいなあ、異動になったんだが、「支局長の手紙」、読んだぞ。ワシらも齢50を迎え、こういう年代にさしかかったよな。ま、支局の若い兵隊連中からしたら、ワシらは「オッサン」「オバハン」って呼ばれておるんだよなあ(><)
 組織ゆえ、自分の意志とは裏腹に、いろんなセクションに配属になってしまうのは、しょうがないとはいえ、この点字毎日部長というのは、全く出世コースのポストではない。しかし、この職務ってのは、ホンマ、採算を度外視しとるっていうんか、「社会の公器」たるシンブンであるがゆえに、あってしかるべきで、大事なポジションだわな。
 三角は、内定の頃から知っておったが、大学はお茶の水女子で、高校は、確か、大阪府立の北野だったと思う。バリバリの関西人っていうか、ワシと違うて、超ナチュラルな関西弁を喋っておったなあ。大毎に配属になった記者女子の中では、一番、ジケン取材ができた。三角は、ホンマ、ポニーテールが似合ってた。もし、関西方面に行く機会があったら、メシでも食ってみたい。誘えば、「それで、古川クンは、今、いったい、何しとんねん?」ってカンジで、出てくると思う。大毎配属のオンナの同期は、永田晶子に太田阿利佐と、それで、この三角真理がおるんだが、今は三角と一番、ハナシが合いそうな気がする。
 
 #「上」の続きっていうワケではないんだが、大学に入って前半はテレビがなくて、深夜になると、専らラジオを聴いておったものだった。
 で、FMだったと思うが、寺山修司が、ボソボソとした声で喋るCMがあって、彼は既に亡くなってすぐで、生きておったときの録音を引用しておったんだろうが、「こんばんは、寺山修司です……。目の見えない人というのは、色をどうやって表現するかというと、『音』で表現するんです」で始まるのだ。詳しい内容は忘れてしまったが、「透明色」は、確か、「絹の糸が、『プツン』と切れる音」だったような気がする。そうやって、いろんな色を音で表現していった後で、寺山がこう締めくくるんだよな。「もし、人生がバラ色だったとしたら、彼らはそれをどんな音で表現するのだろうか」と。
 寺山修司は、表現者としては、元々、「歌人」から出発しとるんだが、10代を終えようとしておったワシは、この「寺山ワールド」の洗礼を受けた。やはり、彼には「うたごころ」がある。
 それからだ、寺山修司の本を貪るように読んだのは。当時、角川文庫から彼のコレクションが続々と刊行されておって、『書を捨てよ、町へ出よう』『家出のすすめ』『誰か故郷を想はざる』『不思議図書館』『幸福論━裏町人生版━』『ポケットに名言を』……。ワシがアンドレ・マルローに傾倒し、結局、卒論で取り上げることになったのも、そもそも、知り合うきっかけは、この寺山の『ポケットに名言を』にマルローの珠玉の言葉が収められておったからだ。

 #よっしー、ウラ番組で競合相手の、赤坂サカスの同姓の竹内明だが、ツイッターでアレコレと喋っておることには、この「4・10」の18時半OAの「100の重大ニュース」で、韓国に飛び、大韓航空機爆破ジケンの実行ハンとして、ニッポン人の「蜂谷真由美」になりすましておった、北の元コーサク員の金賢姫に会うて、ハナシを聞いてきたってんだな。
 ちなみに、拉致に関して、ワシは『<さるぐつわ>の祖国 北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか?』(第三書館、ハードカバー・478頁)を上梓しており、その中でも書いたんだが、金賢姫の師匠は、拉致被害者である「田口八重子」だったんだよな。彼女は、田口八重子から、ニッポン語はもちろんのこと、「ニッポン人のオンナ」になるべく、化粧の仕方や、酒の注ぎ方と、ま、ありとあらゆる手ほどきを受けておったんだよな。竹内がココで、まだオモテに出ておらん「新証言」を引き出しておれば、「おっ!」なんだが、そのへん、よっしー、どうなんだろうなあ。しかし、よっしーも、じつはあんまり、「報道」に恋して、本気で邁進しようとは思っておらんのだろうな。三十路になっても、どうでもエエ、娯楽スポーツでワーワーと騒いで、喜んでおるレベルってのは、カイシャも「その程度の、オトコ相手の客寄せパンダで十分」ってことなんだろうなあ。

 #猿、フィヨンがル・モンドとの顔出し単独インタビューで、「Il sera tres difficile pour Sarkozy de se presenter(猿が共和党の公認候補となるのは、極めて困難だ)」と喋っておるやないか。今、PRは、猿の他にジュぺ、ル・メールの3人が名乗りを上げておるんだよな。たぶん、今秋に党員投票で公認候補を絞り込むんだろうが、しかし、猿は前回、オランドに負けておるんだし、ジュぺは過去の人だわなあ。ワシは若いル・メールだと思う。オランドは、例の「国籍剥奪モンダイ」に絡んで、憲法のいじくり回し断念に追い込まれ、足場が揺らいでおるんで、再選はキビシイのは間違いない。だから、FNのマリーヌと「PS対PR対FN」の三つ巴の構図なんだよな。

 #で、亜米利加の大統領センキョだが、この「3・9」に西部のワイオミング州であった民主党の党員集会で、サンダース(齢74)がヒラリー(齢68)を降したってんだな。もっとも、得票率は拮抗しておったんで、同州割り当て分の14人の代議員は、7人ずつ山分けだったそうだが、でも、この直近では7連勝ってことで、勢いは全然、衰えておらんのだな。あのトランプ現象の共和党はひとまず置いといてだな、今回の「サンダース現象」について、もう少し、穿ってみる必要はあるだろう。
 このサンダースってのは、シカゴ大卒業後、今のセンキョ地盤となるバーモント州に住み始め、大工やドキュメンタリー制作を経て、81年に同州最大のバーリントン市の市長に当選しとるんだな(89年まで)。それから、完全無所属で、下院(91〜07年)、そして、上院(07年〜)のギインをしており、経歴を見る限りでは、まさしく「叩き上げの政治家」だわな。議員活動では、とりあえず、民主党と統一会派を組んでおったようなんだが、今回、大統領センキョに出馬するにあたって、去年、民主党に入党したんだな。だから、「にわか党員」そのものなんだが、考えようによっては、コイツは、左派(特にニッポンの共産党etc)が、最もお得意とする「加入戦術」だよな。要するに、ターゲットとする組織や団体に入り込み、「庇を借りて、母屋を乗っ取る」っていうんかいなあ。だから、こういうふうにも捉えられるだろう。「社会主義者」であるサンダースが民主党入りし、このセンキョを戦う中で、「民主党を左傾化させている」ってなあ。
 だって、サンダースの主張を見れば、典型的な「左派のそれ」で、かつての民主党も、そういう色はまだあったんだろうが、ヒラリーのダンナのクリントンが大統領となった90年代以降は、だいぶ右傾化しとるんだろうから、それで言えば、軸足を「左」に戻しておるってことではないだろうか。特にサンダースの支持層である若者ってのは、「格差社会の犠牲者」であるわけだから、そうした「弱者救済」をテコに、票田をガンガンと開拓しとるってワケだわな。
 ワシに言わせりゃ、傍流もエエところっていうか、大穴のサンダースが大本命のヒラリーに、ここまで大接戦っていうか、互角の戦いを続けて、食らいているというだけで、ハッキリ言って、番狂わせといっていいだろう。あー、CNNの集計では、獲得代議員数は、ヒラリー1304人、サンダース1075人か。どちらかが過半数を制した時点で、ゲーム・オーバーってんだが、だから、7月の民主党の党大会まで、サンダースが「ギブアップ」をせんで、もつれ込めば、「勝利」だ。確かに、ヒラリーの牙城を崩すのはキビシイだろうが、しかし、コレだけの代議員を獲得しとるってのは、スンゴイっていうか、既に「革命」だわなあ。サンダースの勢いが衰えておらんっていうのは、今、例の「パナマ文書」が全世界をお騒がせしておるのを横目に、「格差是正」っていうか、「貧困の解消」を求める亜米利加コクミンの声が、ものスンゴイってことなんだな。

 #ルソーの著作において、恋愛小説『新エロイーズ』が、当時、貴族をはじめとする、上流階級の婦女子を中心に大ベストセラーとなり、仏文学史的には、「ロマン主義の先駆け」と位置付けられている。別にルソーに倣うワケではないのだが、余力があったら、そのテの創作を手がけてみたいと思うときがある(しかし、現実には、そんな余裕はゼロに等しい)。
 世間的にはおそらく、失笑を買われるのは間違いないが、「五十路のオトコとオンナの純愛」というものが、もし、テーマとして成立しうるのであれば、そんな小説は書けないものだろうか。わかりやすく例えるなら、村上春樹の『ノルウェイの森』の登場人物を、中年(壮年)にスライドするとでもいうんだろうか。マンガだと、弘兼憲史の『黄昏流星群』があるが、正直、歳を食ったオッサン、オバハンの「それ」というのも、傍目には、おぞましさのようなものがある。何ていうんか、子供が「両親のまぐわい」を目撃してしまったときの驚愕に近いっていうんだろうか。「いい歳こいて、キモイ!」の世界なんだが、しかし、ワシ自身が、既に、もう、その「エエ歳」なのだ。
 そういう小説だと、描写において、白髪やハゲ頭はもとより、男女の会話でも「ワタシ、まだ、生理あるわ」というようなフレーズが登場してきそうだ。ま、10代、20代の「それ」においては、ゼッタイにあり得んハナシだわなあ。ま、設定として、大学のキャンパスは銀杏の木の下で、30年ぶりに再会するというのは、どうだろう。しかし、周りは皆、ハタチ前後の倅や娘の世代ばっかなんだから、「浮きマクっていること、この上なし」だわな。そうした五十路のオトコとオンナが、一晩、共にするのだが、その後、オンナの方に生理が来なくなって、「まさか、もしや?」と心配していたのに、じつは、アガリだったってのは、笑うに笑えんよなあ。

 #ル・モンドってのは、やっぱ、インテリ向けっていうんか、よく言えば、品があるってことなんだろうが、ま、しかし、硬い表現だよな。「Primaire de la gauche : ou en est−on?(左派の第一人者。誰が、そこに座るのか)」っていう見出しで、アレコレと書いておるんだが、そもそも、オランド自身が「再選出馬」については、まだ、ウントモスントモなんだよな。この「Primaire」ってのも、またもって回った言い方っていうんか、あくまでも「左派勢力の塊の中から、その代表を選ぶ」っていう発想だよなあ。こういう物言いが出てくるってのは、軸足はやっぱ、「左」なんだろうな。たぶん、右派寄りのフィガロとは、全然、違うんだろうな。あと、「modalite(様式)」とかいう語も出てくるし、チョット、浮世離れしておるよなあ。
 オモロイのは読者からの投稿で、「来年の第2回投票は、『ジュぺvsマリーヌ』の図式になるだろう」ってのがあってだな、また、コイツも浮世離れっていうんか、マリーヌはともかく、そもそもジュぺがPRの公認候補になるなんて、あり得んって(笑)

 #で、偶然、ネットで見つけたんだが、この「4・16〜9・26」の約半年間の日程で、「フェスティバル ノルマンディーの印象派」が、ルーアンの美術館と、ル・アーブルのマルロー美術館を中心に、ノルマンディーのいろんな町で開催されるってことで、異様に気合いが入っておる。今回で3回目ってんだが、そもそも、印象派の絵描きたちとノルマンディーってのは、切っても切り離せん関係にあるからな。
 ここんところ、フランスから足が遠のいているが、そうだよ、初めてかの地を踏んだのが、ちょうど30年前(86年)だからなあ。早いね。最初で、既にル・アーブルに、オンフルールは行った。魂の洗濯をしに、久しぶりに現地に行ってみたわなあ。あのオンフルールのブーダン美術館から見下ろせる、セーヌ河口の光景が最高で、アソコらでブラブラと暇つぶしをするのが、最高の贅沢だと思う。旧港に面したレストランで、海の幸の盛り合わせに舌鼓を打ちながら、シードルに白ワイン、んで、カルヴァドスの入ったグラスを空ける、と。あのあたりは、店員も英語を喋るんで、「オマエはフランス人のくせに、何で、英語なんか喋るんだ」ってフランス語で言うと、おねえちゃんが英語で返してくるんで、オモロイよ(笑)

 #ゼロのヒマダネ担当の桐谷美玲だが、在任まる4年が過ぎ、この4月で5年目に突入かあ。レズ(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)をまとめて「LGBT」と呼ぶ性的マイノリティーと、それをサポートする「アライ」とかいう活動を取材させられておったが、LGBTで括ると、全体の7.6%に達するってことで、「案外、多いな」っていうカンジだな。コイツは、裏方がアレコレとネタ探しに奔走させられとるわな。知花くららは1年で御役御免だったが、それに比べると、桐谷が長続きしとるってのは、何か要因があるんかよ。桐谷の顔ってのは、ファッション誌で見かけたような気がするんだが、どこか専属で出ておるんかよ? あー、『ノンノ』か。そういえば、いたよなあ。

 #偶然見つけたんだが、ネット上に、『東京ラブストーリー』がupされておって、「うわっ!」だったあ。OAは、ちょうど四半世紀前の91年だから、それなりの時間の経過だわな。レンタルビデオで、何度も見た。背景設定が「バブル崩壊前」ってこともあるんだろうが、あのノリのよさってのは、「あの時代ゆえに」ってところがあるんだろうか。
 そうだったよなあ、赤名リカってのは、まさに、「ピョンピョンと飛び跳ねるウサギ」そのものだったよなあ。「ケータイ」が出現する前だから、登場人物は、連絡取り合うにも、街の公衆電話を使っておるし、電話番号の交換も「紙に書いて」だもんなあ。そうそう、カンチは、愛媛の田舎から上京して、ハートスポーツに就職して、そこでリカと出会ったんだよな。アレは、キャラが上手いこと描き分けられておって、わかりやすかった。
 どうせ、月9でヤルんだったら、『東京ラブストーリー 2016』だろうなあ。ただ、カンチがさとみと結婚しているんだったら、それ以上の展開はねえんだよなあ。柴門ふみの原作では、続編が出ておって、リカはシングルマザーになっておったってんだが、ただ、アラフィフになると、そうやって、背負うものがイッパイあるんで、オイソレと20代の頃の、お気楽三昧の極みの自由恋愛に、ウツツを抜かすワケには行かんわな。ま、全員がシングルでないと、恋愛としては絡みようがない。でも、「赤名のリカの今」ってのは、見てみたい気がする。あれから、どんな人生を生きているのだろう。ワシとほぼ同い年なんで、感情移入がある。
 そういえば、つい最近、アエラに移籍した、大毎社会ブで1年下だった89年入社の大平誠が、メイン企画の「齢50の新・幸福論」で、西原理恵子やゴン中山にハナシを聞いておったんだが、こんなもん、別に大平でのうても、あのゼロの桐谷ナントカでもデキるレベルだよな。既に見出しが決まってて、喋る内容もおおよそ見当がついて、そもそも「へえーっ」がない。ま、朝日シンブンの子会社であるアエラの看板を振りかざしてヤル取材であって、「まだ、世に出て来とらんディープな真実」を掘り起こす、シンドイこと極まりない取材の対極にあるわな。しかし、間違っても誰も文句を言ってこん、このテの生温いネタばっか扱っておると、取材の基礎体力が低下し、足腰が弱ってくる。それだけは断言しておこう。

 #「上」の続きっていうワケではないんだが、88年入社同期で、大毎社会ブでも一緒だった永田晶子の、今の連れ合いってのが、ほぼ間違いなく、1年下のこの大平誠なんだが、だから、大平は去年(15年)末に、文春からアエラに移籍しておるんだよな。ヒマダネ系のハナシなんで、こっちに書くが、同じく本籍・大毎の同期で、この15年近く、東京社会ブの宮内ちょー担当でおった真鍋光之の「カラ出張による、数百萬円の取材費着服ジケン」で、文春の記者から、電話取材を受けたんだが、「ま、真鍋のことだったら、大平も東京社会ブにおったんで、よう知ってる。聞けばいい」と返したんだ。
 んで、その中で、ワシもブンヤだから、逆取材をしてだな、「大平はどうして、文春を辞めたんだ?」と聞いたら、思わず、ポロッと「(社内の)派閥抗争に巻き込まれて…」と漏らした後、「でも、契約記者は1年ごとの更新で、任期満了で辞めてます」と繕っておった。所詮、会社組織なんで、ウマが合う、合わんもあっただろうなあ。ただ、ジケンをやるんだったら、間違いなく、文春なんで、それに較べたら、アエラは取材はラクで、給料もそれなりに悪くはないんだろうから、のうのうとはデキるだろう。
 それはそうと、永田の前夫との娘だが、たぶん、今、大学生だと思うんだが、フェイスブックで、最近、更新したプロフィール写真が、満開の桜の下で、アクネのスカーフをしておる姿なんだが、なかなか、べっぴんだわな。目鼻口、ホンマ、母親にそっくり。普通、娘の顔ってのは「パパ似」なんだが、違う。ワシが大毎社会ブにおったのは、93〜94年で、もう20年以上も前だが、その頃、永田は遊軍勤務だったんだが、腹が大きくで、それから、産休、育休に入ったんだよな。1度、産まれたばかりの娘を会社に連れてきたことがあったんだが、あの赤ん坊が、今や、こんな淑女へと立派に成長してて、本当に「歳月」というものを感じる。永田は、じつは、娘にメロメロで、メルアドに自分と娘の名前をくっつけておるんだが、以前、「娘はワタシとそっくりで、足の大きいところも同じなの」と言ってたのを、思い出す。
 永田と最後に会って、恵比寿で飲んだのは、もう10年以上も前だが、そのとき、真鍋の嫁ハンで同期の太田阿利佐にも声をかけておったんだが、都合がつかなくて、結局、ふたりだったんだが、そのとき、これから付き合い始めそうなオトコがおるってカンジで、それが、大平だったんだろうなあ。しかし、大平と永田が付き合おうて、夫婦になるんだから、ホンマ、オトコとオンナはわからんって(笑)

 #よっしーは、熊本地震のゲンバ取材に放り込まれておって、避難所となっている熊本市立長嶺小から報告しておったんだが、目にうっすらと涙がにじんでおったのが、胸にチョット、キューンときたなあ。もちろん、いちえふの爆発事故を起こしておるフクシマと比べりゃ、まだ、全然マシっていうか、天国みてえなもんだが、でも、しばらくは大変だわな。あと、細貝だが、その伸び放題の髪は、山姥(ヤマンバ)そのものだわなあ。バッサリ切って、サッパリせんとだろう。付き合うとるオトコが、もし、何も言わんのだったら、それは、沙羅のことを愛しておらん証拠だ。報道女子の髪形ってのは、ショートに決まっとる。風呂入っておるときに、「ゲンバに行け」と電話が入っても、短かったら、タオルでピャーッと拭いて、すぐに飛び出せるからな。
 カトパンは、週1で日曜晩のスポーツ担当かよ。「プロ野球初取材」で宣伝し倒しておったが、しかし、これまで入社以来、平日は午前2〜3時起きで、そのめざましが終わったところで御役御免でのうて、他のレギュラー番組の収録もあったってことなんだな。20代はそれでまだ持っただろうが、アレが続いておったら、いずれブッ倒れておっただろうし、実際、OA中に倒れたしなあ。少なくとも、じっくりとオトコと付き合うっていう状況ではなかったわな。ココでオトコでも作って、フツーの感覚を取り戻すってのも、大事だろう。少しゆっくりした方がいいと思う。あんな雑巾絞るがごとくコキ使われておったら、蓄積されるものがないからな。

 #この4月改編で始まった、お台場TVの夜の「ユアタイム」だが、ネット上に動画がupされておったんで、ざーっと見たんだが、そもそも、作り方が、「報道ニュース」っていうよりは、一昔前の物言いで言うところの「ワイドショー」であり、今で言う「情報番組」なんだな。「特ダネで勝負!」ってんでなく、とにかく、発表モノをMCらがアレコレとコメントをつけて、いじくり回すっていう様式なんだな。観光地での「顔ハメ看板増殖」なんて、ニュースとして取り上げる意味が、理解不能。コレだと、朝の「めざまし」と何も変わらない。早いハナシが、「やじうま新聞」だわな。だから、急遽、メインをヤラされることになった市川紗椰がウンヌンっていうハナシではないだろう。
 もし、「報道」であれば、今回の熊本地震でも、市川がゲンバに乗り込んで行ってだな、「そこ」からリポートせんとなんだが、そういう発想ではないからな。そもそも、市川は本業がモデルで、その片手間にやろうってんだから、無理がある。それで言うと、今回は諸々、カノジョに責任に負わせるのは、可哀想だし、また、スジ違いでもあるだろう。
 だから、Nジャから看板を架け替えた「あしたのニュース」の後継なんだから、本来であれば、大島の1年下の08年入社で、夕方のニュースで、一応、取材経験もある、ちゅばきだっただろう。ネット上では「市川の喋りは噛みまくってる」と叩かれておってだな、動画を見る限り、確かにその通りなんだが、しかし、それは、そういうのを起用した局側に全セキニンがある。ましてや、ショーンKの学歴詐称による降板で、当初は、立ち位置としては「サブ」ってことで、あくまで、「職場の華」の役割でしかなかったのに、いきなり、「メインのMCをやれ」ってのは、んもう、無茶苦茶だわなあ。だって、中学生に「オマエ、今日から東大生だから、ちゃんと、授業についていくように」って命じておるようなもんだからな。本当に市川は可哀想だ。もし、ワシで何か力になれるんであれば、助けてやりたいところだ(笑)

 #毎日シンブンに中澤雄大クンという記者がおって、確か、ワシが毎日を辞めた後だが、1度会うて名刺を貰っておったことがあるんだが、元々、彼は政治ブにおって、今は、なぜか、学芸ブで書評担当しておるらしいんだが、13年に『角栄のお庭番 朝賀昭』(講談社)っていう、世間的にはほとんど知られておらん「朝賀昭」っていう田中角栄の秘書の評伝を書いておって、じつは、石原のおぢいちゃんが最近、角栄を題材にした『天才』(幻冬舎)を書いた際の、モロ、「ネタ本」だったってんだな。
 で、この中澤クンってのが、ワシと同じ長高(=新潟県立長岡高校)の出で、彼は年次が2つ下で、昭和61年卒なんだな。だから、角栄に繋がる朝賀昭の評伝を書いたってのが、よくわかった。もう、今年は出ておらんのだが、毎年4月にやっておる長高の東京同窓会だが、HP見たら、彼らの年代は来年が当番幹事なんだが、それで、中澤クンが代表幹事をやるってんだが、それで、ブッたまげたのは、中澤クンと一緒に投稿動画に出ておった、同級生のおねえちゃんっていうか、今はすっかり、オバチャンになってしまっておるが、「うわっ」だったが、同じブラス(吹奏楽部)で2年下だった「ゆかりチャン」だわなあ。「キレイどころの系譜」であるフルートだったんだが、この異様な狭さは、チョー驚きだわなあ。だから、中澤クンとカノジョは顔見知りなんだな。クラスが同じだったんかよ。そうそう、夏休みの数学の宿題を教えてやったり、恋愛のお悩み相談を受けたこともあったなあ(笑)
 ま、ワシらは、バリバリの現役だった「ナマ角栄」を知っておる最後の世代だ。今でも、ありありと覚えている。アレは、ロッキードで角栄に1審実刑判決が出て、時の宰相だったナカソネは解散・総センキョに打って出たんだが、83年10月、当時、ワシは長高の3年生だった。もう部活も終わって、受験も近づいてきておったんで、授業を終わって、夕方4時過ぎぐらいだったが、電車に乗って帰るため、長岡駅前の正面玄関の方へ歩いていったとき、アレは解散の日だったと思うが、角栄が正面玄関から出てきて、黒塗りのクルマに乗り込む瞬間に、たまたま遭遇した。しかし、あのオーラ、迫力は凄かった。配下をゾロゾロと従えて、まさに、ヤクザの親分そのものだったあ!

 #トルコ政局だが、AKPの党首も務める首相のダウトオールが、今日(=5・5)、突如、カイケンして、辞意表明かあ。「5・22」に予定されておる臨時党首センキョには出馬しないってことだが、初代公選スルタンであるエルドアンとの対立が抜き差しならぬ状況になっておったってんだな。しかし、トルコは去年6月の総センキョでは、AKPが過半数割れして、組閣が難航したため、結局、11月に再センキョになって、AKPが過半数を回復して、安定セー権に戻った矢先だからな。「vs野党」よりも、AKP内の「党内政局」の方が凄まじいってことだな。事実上、エルドアンがダウトオールのクビを切ったってことだが、オモテ向きは「首相が大統領の権限を抑えようとしていた」っていうふうに説明が付けられておるんだが、キレイゴト過ぎるな。何か機微がありそうな気がするなあ。そもそも、ダウトオールってのは、エルドアンのイエスマンだったんと、違うんかよ?
 ほいで、亜米利加の大統領センキョだが、この「5・3」のインディアナ州決戦で、共和はトランプ(獲得代議員数・1053人、過半数は1237人)が制したことで、2位につけていたクルーズ(同572)がギブアップを宣言し、3位のケーシック(同156人)は、なお継続の意志とのことだが、ほぼ、トランプで決まりだな。一方、民主は僅差ながら、サンダースが勝利し、獲得代議員数が1443人(過半数は2383人)で、同2217人のヒラリー優位の情勢は変わらんのだが、ただ、「6・7」に大票田のカリフォルニア州で予備選があるってんで、サンダースがどこまで踏ん張るか、だろう。カリフォルニアでヒラリーが過半数を制して、ゲームオーバーになるのか、それとも、サンダースが踏み止まって、党大会までもつれ込むかで、違ってくる。
 ってのは、本戦で最終的に勝敗の帰趨を制するのは、「浮動票=無党派層」ってことになるんだが、その場合、民主はサンダースが指名争いで最後まで踏みとどまって、徹底的に食らいつくことで、ヒラリー陣営としては、「サンダース票の取り込み」は必須となってくる。タダでさえ、ヒラリーってのは、「クリントンの嫁ハン」ってことで、「vsトランプ」ってことで言えば、手垢がついておるんだからな。だから、本戦で、サンダースが本当に「ヒラリー支持」を打ち出すのか、だ。
 で、その場合、副大統領候補にサンダースを抱き込むっていう選択肢もあるワケで、そうなった場合、ヒラリー当選の暁には、「セー権内への影響力行使」という点では、非常に重要だ。08年も、最後の最後までもつれた民主内の「小浜vsヒラリー」の指名争いが、すべてだったんだが、結局、小浜も1期目は、ヒラリーを国務ちょー官としてカクナイに抱きこんだからな。「それ」と今回も同じ構図だと思う。っていうか、共和はアウトサイダーのトランプがほぼ指名確実となったことで、民主の方も「だったら、ウチもサンダースをぶつけるか」ってことに、ならんかよ? いやあ、センキョってのは、亜米利加もニッポンも、最後の最後まで、投票箱の蓋を開けてみるまで、わからんからな。「トランプ指名」により、むしろ、「サンダース指名」の芽も出てきたと違うんかよ。
 そういえば、TBSにおった久保田智子が、日テレ政治ブ記者と結婚し、NYに赴任したんで、本人は退職して、そっちに移住したことに伴い、フェイスブックを開設し、「生サンダースを見た」と、大統領センキョの様子を投稿しておったんだが、臨場感は伝わってくる。ただ、このGWはスペイン、ポルトガルに遊びに行っててだな、そのどうでもエエような動画を投稿しておって、所詮、ヒマ有りマクりセレブの暇潰しってカンジだな。ま、あの程度だったら、よっしーでもデキそうだよなあ(笑)

 #「上」の続きだが、今回の「トランプ現象」なあ。正直、ワシはどこかで失速するだろうと、タカをくくっておったんで、「へえー」だわなあ。やっぱ、亜米利加モンダイの玄人は、もっときっちり、わかりやすく説明する義務がある。まだ、「サンダース現象」ってのは、非常にわかりやすい。サンダースの政治スタンスは、要は「極左」で、それゆえ、既成政党の枠には入れず、アウトサイダーだったんだが、それでも、市長や上院ギインといった、叩き上げ政治家としてのキャリアはバリバリで、今回、「加入戦術」によって、民主の「にわか党員」となり、大統領センキョに出馬したってことだわな。結局、「大統領センキョ人」を選ぶっていう、小センキョ区制と同様の「間接センキョ制」ゆえ、大政党に所属せんことには、箸にも棒にも引っかからんってことから、民主党所属として、出馬したってことだわな。
 で、今回のトランプも、同様の「加入戦術」なんだが、しかし、政治家としてのキャリアはゼロだからな。そこで、思い出すのは、92年の大統領センキョの際にブレイクした「ロス・ペロー現象」なんだわな。あのときは、共和現職のブッシュ父と、民主の指名を勝ち取ったヒラリーのダンナのクリントン(アーカンソー州チジ)の他に、大富豪のロス・ペローが無所属で本戦に出たんだよな。んで、ペローは、「既成政治の批判票」を一気にかき集めて、18.87%もの得票率だったんだよな。でも、制度としては「1位候補が大統領センキョ人総取り」のルールゆえ、獲得センキョ人数はゼロだったワケだよな。ペロー自身、スタンスとしては、共和に近く、ホンマ、経歴や歯に衣着せぬ物言いも含め、今のトランプを彷彿とさせるよな。もちろん、トランプほど下品ではないんだが、コレまで政治家としてのキャリアがゼロではあるものの、こうした大富豪が、好き勝手言って、大統領センキョに参戦し、一泡吹かせたってのは、じつは、亜米利加において、このように前例はあるんだよな。
 ペローんときは、ブッシュ父が共和の現職で再選を目指しておったゆえ、ペローがその共和から指名を勝ち取り、出馬できる可能性は完全にゼロだったんで、それゆえ、「無所属での出馬」になったんだよな。ただ、このときのペロー出馬によって、保守票をだいぶ食ったんで、「ブッシュ父敗北=クリントン当選」の大きな要因の1つにはなっておったんだよな。もし、ペローが出馬しておらんかったら、「ブッシュ父再選」も全然、あり得たっていうか、たぶん、そうだったんだろうと思うで。
 むしろ、ワシが知りたいのは、共和党が今、いったい、どうなっておるんか、だわなあ。だって、一昨年(14年)の中間センキョでは、「共和勝利」で、小浜と連邦ギカイとの間では、「ねじれ」が出現し、本来だったら、その余勢をかってだな、「ホワイトハウス奪回」ってことで、ブイブイ来てしかるべきわな。「それ」が出てこんってのが、不思議でしょうがねえんだ。所詮、トランプなんて、キワモノ以外の何物でもねえんだから、そんなイチゲンのにわか党員がだな、いきなり党の指名を取るってのは、「共和党は、いったい、どうなってるの?」だわなあ。悪いけど、そこらあたりから、亜米利加を持ち場としておる人間は、きっちり説明してもらわんと困る。州チジや上院ギインで「共和党の叩き上げ」ってのが、おるハズだ。

 #ミオパン、プライムニュースで、北のわがままおやぢの専属料理人だった藤本健二にハナシを聞いておったんだが、この4月に藤本は、わがままおやぢの倅の正恩と会うて、ナンダカンダと喋ってきておるんだな。齢8んときに、凧上げで、ニッポンの凧のように、足をつけてやらんと、上手く上がらんから、それでいいように凧が上がったんで、倅は藤本になつくようになったってんだな。
 あと、寿司職人の藤本が、わがままおやぢから、「投げられたチップなんか、受けとるか」と毅然としておったことに、1週間後に、わがままおやぢが藤本に「すまんかった」ってアタマを下げてきたってんだな。こうしたハナシを聞いておるミオパンの顔つきが「うわっ!」ってカンジで、見ててオモロイな。コイツは、地上波でのうてBSなんで、世間的な認知度はイマイチだが、ミオパン的には、いい勉強にはなっておるだろう。だから、聞きっぱなしでのうて、そうやって、インプットしたものを、自分のコトバで表現して、アウトプットしていく努力は不可欠だ。自分のブログもあるんだし、番組の宣伝PRも兼ねて、ちゃんと文章化しろ。
 あと、よっしーだが、やっぱ、報道ニュースで「ロケ」っていう物言いは、「いかがかなものか」だわなあ。もちろん、このテのヒマダネは、裏方が台本を事前に準備して、「それ」に沿って動いて、喋るだけとはいえ、でも、そこはバラエティーとの差別化はあってしかるべきだわな。ギョーカイ用語っていうか、隠語的表現で、確かに「ロケ」とは言うんだが、それは内輪での会話であってだな、外部の人間も自由に閲覧できるブログでそれを出したら、アカンわな。スパJの企画担当デスクで、ようモデル的ポージング撮影をヤッてくれるカクさんだが、そのへんのところは、ちゃんと躾けてくれんのかよ?

コロシ3年、火事8年。

 今、ホリエモンこと堀江貴文の、「寿司屋の板前の修業に10年も費やすのは、意味はない。バカげている」云々の発言を巡って、賛否両論が湧き起こっているようですが、そうした料理人の話はとりあえず置いときまして、「ブンヤ」、すなわち、「報道人=ジャーナリスト」については、どうなのかということについて、少し考えてみたいと思います。
 新聞社に記者として採用されると、ほぼ例外なく、新人は地方の支局に配属され、そこで「サツ回り」と言われている事件取材をやらされます。記者教育の「イロハのイ」として、こうした事件取材をやらされるのは、ずっと昔からそうで、おそらく、今後も変わらないと思います。そういう意味では、サツ回りというのは、「料理人における修業」に相当するかもしれません。

 そうした事件取材において、これも昔から言われていることですが、「コロシ3年、火事8年」という物言いがあります。コロシ、つまり、殺人事件を一人前に取材できるようには「3年」、火事では「8年」かかるということで、直接的な意味あいでは、火事の原因究明というのは、言われるほど簡単ではなくて、一筋縄では行かないということで、使われています。
 で、そこから敷衍して、「小さなボヤだからといって、気を抜くな」という意味にも使えるでしょうし、さらには、「桃栗3年、柿8年」になぞらえて、ブンヤとして一人前になるには、8年というか、まあ、10年近くはかかるという意味で捉えてもいいと思います。
 それでいうと、新聞記者というか、取材して記事を書いていくという仕事を、「職人」として捉えるならば、寿司屋の板前などの料理人と同様、一人前になるには、10年はかかるということは、少なくとも、ブンヤという職業については、間違いなく、あてはまります。

 ただ、ホリエモン発言の中には、「板前の修業といっても、最初の1年間は皿洗いばかりで、それこそ無駄」ということで、とりわけ、最近、有名和食店の、名前は失念しましたが、テレビにもよく取り上げられている人が、新弟子の股間を蹴り上げて、大けがを負わせたために逮捕されていましたが、そうした閉鎖的な徒弟制度が醸し出している、「親分━子分」の関係から、こうしたシゴキが平然と行われているという事情が、マイナスに作用しているところはあると、思います。
 ホリエモン発言では、「もっと合理的に、料理の専門学校で学んだ若い人が、店を持ってもいいのではないか」云々とありましたが、とにかく、料理人のことは置いておきまして、私のいた新聞記者の世界も、その点では全く同様というか、そのテの徒弟制度のようなところはあります。最近は、少しはユルくなってきているのかどうかはわかりませんが、新聞社には、体質として軍隊的なシゴキ、イジメというのは、間違いなくありました。特に、事件取材といったサツ回りにおいては、そうした色合いが極めて濃厚です。
 ですから、私が記者としてサツ回りに放り込まれたのは、もう、四半世紀以上前ですが、その当時も、新聞社の軍隊的体質になじめずに、辞めていく人はいました。「とにかく、夜討ち朝駆けの連続で、警察の後ばかり追いかけていて、自分のアタマで考えることなく、『重要参考人浮かぶ』だとか、『明日逮捕』だとか、そんなネタを追いかけ回しているのは、バカバカしい限りで、意味はない」ということですが、むしろ、こうした不毛な職場環境に疑問を感じ、退社に至った人の方が、じつは、マトモな感性を持っていたのかもしれません。

 時々、私も、このブンヤの仕事について、料理人の学校のように、学校という場で「専門教育」ができないものかと考えてみたりもします。実際、アメリカでは、大学にジャーナリズム学科というものが存在して、そこでは具体的な取材指導もあって、そこを卒業した学生が、新聞社やテレビ局に就職しているという話を聞きます。
 あと、日本の大学でも、新聞学科とか、新聞研究所のような形で、プラクティカルな「取材術」よりも、理論的な「ジャーナリズム論」の講義を行っています。私はそうした「学問としてのジャーナリズム」自体は、全く否定するつもりはないですし、それはそれで究めたらいいと思います。しかし、「実践対象としてのジャーナリズム」とは全く別物であるというのが、私の四半世紀を超える経験からの結論です。
 ですから、時折、私はこれまでの経験をもとに、『取材術』という本を書いてみたいと思うことがあります。それは、料理人におけるレシピ集というよりは、より具体的な「料理法のキモ」を公開するということですが、しかし、仮にそうした本が完成し、ジャーナリスト志望者がそれを読んだところで、果たして、そうした取材術を取得することができるか。そして、それは学校という場で習得が可能なものなのか、ということです。そのことがまるっきり無駄だとは思いませんが、少なくとも、ブンヤの場合は、実際に現場を踏んでみて、その経験を積み重ねていくことしかないのではないか。そんなふうに考えています。

 私は大学を卒業して、毎日新聞に入りましたが、入社後の配属が、全く希望していなかった大阪本社管内でした。全国紙は、毎日だけに限らず、他紙もそうですが、大阪というのは、そういう土地柄もあるのかもしれませんが、「事件しかない」っていうか、「事件取材がすべて」というところがありました(今でも、そうだと思います)。これがもし、東京本社管内だったら、本社に政治部に経済部、さらには外信部や科学部に、学芸部、運動部と、「別に事件取材ができなくても、OK」というセクションがたくさんあります。
 しかし、大阪本社は、「社会部帝国主義」とでもいうのか、基本、社会部しかなく、「事件取材ができないのは、記者どころか、人間として認められない」というところがあって、そこから、事件に対するのめり込み方というのは、ある意味、今にして思えば、「キチガイ」という形容がしっくりとくるくらい、異常だったと言っていいと思います。とにかく、「現場に行け」ってことで、大したことのないボヤでも、「梅田の地下街で、避難騒ぎがあれば、それで社会面のアタマの記事を作る」っていう感じで、凄かったです。きっちりと自分のアタマで考え抜くよりも先に、「まずは、ゲンバに足を運ぶ」ということが、習い性として刷り込まされるとでもいうのでしょうか。

 それと、そうした事件取材でも、現場での聞き込みですが、まさに「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる」で、例えば、あるマンションで殺人事件が起こったとしたら、そこの建物の全世帯に聞き込みをかけるということが、デスクやキャップから指示されるまでもなく、「それ」がアタリマエという感覚でした。
 ある意味、それは「ムダの芸術」「消耗の美学」とも同義で、で、万事がそうですから、私は入社6年目で大阪の社会部に上がりましたが、一緒に上がった同期(1988年入社)で、現在は東京本社の外信部長をしている小倉孝保とは「いい加減にして欲しいよなあ」と、よくボヤキ合っていたものです。大阪の社会部では「東京(本社)のあんな生温いやり方は、取材のうちには入らない」と言っていたものですが、確かにそれは事実だったと思います。
 今、思い出しても、毎日新聞時代、特に大阪社会部にいた頃は、「第1出動」と呼ばれる最若手であったため、とにかく、現場に放り込まれてばっかりいました。さらには、シゴキ同然の軍隊的体質ゆえに、嫌であったのはもとより、会社を辞めてからしばらくは、単に憎悪の対象でしかありませんでした。でも、これは今だから言えますが、タイガーマスクが、デビューするにあたって放り込まれた、武者修行の場である「虎の穴」ですが、あの大毎社会部というのは、私にとっては、「虎の穴」以外の何物でもありません。
 しかし、あの虎の穴でシゴキ倒されたからこそ、尋常ならざるまでの「取材における足腰の鍛錬」ができたのは、疑いの余地はありません。齢50を迎えるにあたって、なお、私がバリバリの現役でやれていることを思うとき、今となっては、僥倖以外の何物でもなかったということになるのでしょうか。

 それで言うと、「ありがたかった」というのか、最初に東京本社管内に配属されていたら、たぶん、ここまで事件取材ということにのめりこんでいなかったと思うので、いきおい、その後の私の人生も、おそらく、相当、違ったものになっていたのだろうと、思えてならないのです。
 私は、あそこの軍隊的というか、軍隊そのものだったシゴキを「愛のムチ」と美化するつもりは、毛頭ありません。しかし、そうした厳しい状況に追い込まれる中で培われた「何くそ、負けてたまるか」の精神は、間違いなく、今に生きています。あたかも、それは、薬剤を次々と克服していった耐性菌そのものです。それで言うと、「桃栗3年、柿8年」(寿司職人の世界では「メシ炊き3年、握り8年」だそうですが)になぞらえた、「コロシ3年、火事8年」に象徴される、職人を育てるうえでのブンヤの修業というのも、あながち全否定されるものではないのではと、私は思うのです。
 ちなみに、料理人においては、しのごの言うまでもなく、「旨いか、マズイか」は、実際に、食べてみればイッパツですので、それで言うと、ブンヤの世界と違って、じつにストレートでわかりやすいので、ある意味、うらやましいです。

 #「上」の続きだが、大毎社会ブのキチガイ取材ってことで言うと、ワシの手元にある、黄ばんだスクラップ・ブックを見ておるんだが、日付では「93・7・7」の大阪本社発行の14版(=最終版)朝刊で、扱いは1社のアタマなんだが、見出しは「6600ボルトに触れ近鉄止める」「黒ネコのいたずら」「”本人”元気、5万人影響」ってことで、前日の7月6日の午後3時半過ぎ、近鉄奈良線の鶴橋━石切間で停電が発生し、1時間後に復旧して、全然、大したことなかったんだが、ちょうど、この日の晩、ワシは遊軍の泊まり勤務で、おそらく、夕方6時前に社に上がって、すぐにゲンバに放り込まれたんだと思う。停電の原因が、東大阪市の変電所だったんで、とにかく、ゲンバに急行したら、変電所内に入り込んだネコが高圧線に一瞬、触れたため、それで自動的にブレーカーが下りてしまって、停電になってしまったってんだな。
 それで、オモロかったのは、その当該のネコが、ぬあんと、死なずにピンピンと生きておってだな、ゲンバの側溝の中にいたんで、その黒ネコの写真を押さえたんだ。で、他社は来ておらんで、ワシだけだったんで、その旨、泊まりキャップに報告したら、「よっしゃ、特ダネなんで、社会面に突っ込むぞ」ってことで、識者談話ってことで、電気工学の大学教授のハナシも聞いて、「6600ボルトの高圧電流がネコの心臓を通らず抜けたからだろうで、極めて運がよかったとしか考えられない」云々とまとめたんだな。「事実は小説より奇なり」ではないが、こういうこともある。
 で、すぐに、系列のMBSのワイドショーか何かの番組が取材に来て、「この人が取材した古川記者です」って紹介されて、「いやあ、遊軍の泊まり勤務で、『ゲンバに行け』と言われたので行きました」とワシが答えたら、上からは「もっと他に言いようがあるだろう」と言われたもんだ。そしたら、同期の小倉がイヤミたっぷりに、「さすが、大毎社会部が誇るエース記者、凄い特ダネを取ってきたなあ」と言ったあとで、「アレだけ第1出動でゲンバに放り込まれて、実になったってのも、コレぐらいのもんだよなあ」としみじみ振り返っておったよな。
 大阪は、どこもジケンにはキチガイ的にのめり込んではおって、当然、ヨミに産経はスンゴイんだが、そのヨミと産経の記者にゲンバで会うと、いつもこう言われたものだ。「毎日さんは可哀想だ。ホント、どこの社よりも早くゲンバに来させられて、そして、いっつも、一番最後まで居させられる。本当に可哀想だ」ってなあ。しかし、社会ブのブンヤはコレでいいのだと思う。ゲンバを踏まずに、ゲンバを見ないで、いったい、何が言えるというのか。ゲンバにも行かずに、アレコレとほざいておる評論家にコメンテーターなど、ったく、糞くらえだ。

 #偶然、フェイスブックで見つけたんだが、「神谷周孝」といっても、おそらく、世間一般で知っておる人は、今となっては、ほとんどおらんだろうが、小倉と一緒にワシが、入社6年目の93年4月に、大毎社会ブに上がったときの社会部長で、その後に名古屋(中部本社)の編集局長も務めておったと思うが、だいぶ前に定年になってはおる。彼は67年入社だから、鳥越俊太郎のオッサンより2年下だな。ヒラの兵隊時代は、バリバリのジケン記者で、大阪府警の1課担時代、キタは三菱銀行北畠支店で起こった梅川昭美による猟銃立て籠もりジケン(79・1・26)んとき、府警が隠し撮りしておった梅川の写真をスッパ抜いておったんだよな。あの吉山利嗣(73年入社)ほどではないにしろ、でも、大毎社会ブのジケン記者としては、「エース」だったといってエエだろう。
 神谷のオッサンとは、ワシと大学が同じ慶応だったっていうのもあったのか(彼は慶応ダンス部の出身)、自分としてはこのオッサンとは、波長としてはウマは合っておったと思う。結果的には、この神谷のオッサンにワシは辞表を叩きつけることになるんだが、当時も今も、個人的には何の恨みもない。小倉は阪神支局時代に、神谷のオッサンは支局長でおったんで、社会ブに上がってからも、引き続き、所属長として仕えたってところだな。
 ともかく、彼のフェイスブックを見ると、2年ほど前、齢70を機に、がんで胃の全摘手術を受けたそうなんだが、その最中かいなあ。20年ほど前に入手しておったという元皇軍兵士の手記をもとに、小説を書き上げ、『若者に捧げる戦争教科書 元兵士と学生との対話』(文芸社)として上梓したのだそうだ。その本の写真がフェイスブック上にupされておるんだが、帯に「『獣道』を総括せよ!」とある。齢93になる元兵士が、訪ねてきた若い学生たちに「戦争の真実」を語ったというカタチで小説化したようなんだな。この神谷のオッサンは、初任地が富山支局なんだが、イタイイタイ病のハナシで特ダネを連発して、大毎内で名前を売ったとのことだ。やっぱ、この神谷オッサンも、歳を取っても、骨の随から社会ブのブンヤなんだな。

 #あのタナリュウこと、田中龍作のテラ銭ブログだが、ま、読者からの浄財がタンマリあるんだろうなあ。公開しとる収支報告では、ワシ的には、少し信じがたいんだが、毎月、数十萬円以上もの寄付が集まっておるんだよな。だから、フランス取材に出かけておって、この戒厳令下、「11・26」の夕方にパリの共和国広場で、表現の自由を求めるデモに約1000人が集結しておったことを字にしておったな。
 ま、今度の同時多発テロに関しては、あの実行ハンの首謀者が、シリアのイスラム県内に出入りしておったのは、事実のようだが、それと「イスラム県による指揮云々」というのは、眉唾だと思う。むしろ、「末端の跳ね上がりの暴走」を、「イスラム県の全面関与による手柄」と吹聴しとるのが、実際のところではないのか。どこもそうだが、このテの皆ゴロシの脅しを受ければ、ま、人間という存在は、その多くは、ビビりマクった結果、思考停止する。
 タナリュウは「オランド政権の強権弾圧」を非難しとるんだが、もちろん、大筋において、それが事実であることをワシも認めよう。しかし、前任の猿に比べたら、まだ、全然マシで、猿がエリゼ宮におったら、こんなんでは済まんからな。別に今の左派セー権を持ち上げるツモリは毛頭ないが、今の「オランド&ヴァル」の方が、まだマシ。だいたいが、フランスってのは、あの「革命の雄」であるジャン・ジャック・ルソーを輩出し、ナチス・ドイツの支配下にあった第2次大戦中も、ジャン・ムーラン、アンドレ・マルロー、シャルル・ドゴールといった、筋金入りの抵抗者を出しておる。特に、右派から共産党までのレジスタンス勢力を糾合したジャン・ムーランというのは、あのゲシュタポの拷問にも、口を割らなかったからこそ、その後のドゴールと共産党の”国共合作”による「パリ解放」を実現させておるんだからな。
 あと、あの「仏蘭西の山本タロウ」という形容だが、少なくとも、山本タロウに関しては、アソコまでハラは据わっておらん。「事物の本質を掘り下げる」んでのうて、ホンマ、「上っ皮を撫でるだけ」の、「ちげっては、投げ」的な筆致はともかく、タナリュウの立ち位置ってのは、よくも悪くも、「運動屋ジャーナリズム」だよな。特定の政治勢力に異様に肩入れしておる。ただ、「それ」を言ってしもうたら、ヨミ以下、大マスコミは「国家ケンリョク様の犬」そのものだから、「弱い者イジメはアカン」と思いつつも、でも、ひとこと言いたくなるよな。

 #パリの共和国広場。今なお、同時多発テロの犠牲者となった人たちを追悼する花束が後を絶たないようだが、そういえば、ワシが初めてパリの地を踏んで、もうすぐ30年になる。当時、まだ、ワシはハタチになったばかりだった。ポール・ニザンの『アデン・アラビア』ではないが、「それが、人生で最も美しい年齢だなんて、誰にも言わせない」。その共和国広場から、すぐ近くのところにユースホステルがあって(たぶん、今もあると思うが)、ねぐらにしていたのを懐かしく思い出す。ユースの朝食も、フランスパンにカフェオレ(orショコラ)だった。あの共和国広場にも、マリアンヌの像があるが、まさに、ドラクロアの『民衆を率いる自由の女神』でもある。
 ひとつ思うのは、あの「9・11」以降、このテのテロ事件は、「警察マター」のハナシから、「軍事マター」のそれへとシフトチェンジされていっている。確かに、あのツインタワーの崩壊etcによる死者(3000人超)があまりにも膨大だったというのはわかるにしても、それまではこのテのテロというのは、純粋な刑事ジケンとして処理していた。そういう視点は大事だと思う。オランド以下、アタマに血が昇るのもわからんではないが、少し冷静に対処する余裕も大事だ。
 で、今回もだが、その「イスラム過激派」という括りに、どうしてもされておるようだが、コイツは宗教のモンダイというよりは、「カルト」、すなわち、「宗教の仮面をかぶった全体主義」という切り口で見ることが肝要ではないのか。今回における戦闘員のリクルートにしても、カルトの本質である「洗脳」というのがキモになっている。必要以上に「現体制へのヒガイシャ妄想」を駆り立てさせるとでもいうのか、シリア内のイスラム県支配地域に勧誘しとる連中も、だいぶ報酬が出ておるようで、そこらのあたり、かなりシステマティックというか、マニュアル的に対処しておるところがある。
 ワシが、このカルト(フランス語では「セクト」)のモンダイについて、フランスで取材したのは、2000年6月のことで、当時は大統領はシラクだったが、コアビタシオンで内閣はPSで、カルト対策を管轄する司法省の大臣がギグー女史だった。PSは左派という立ち位置もあるのか、カルト対策に理解があったというか、力を入れていた。
 カルト対策の民間組織であるUNADFI(家族と個人を守る全国連合)のパリ支部の担当者にもハナシを聞いたが、「私たちは、セクトと戦っているというより、人間の自由を守るために戦っている。それほど人間の自由とは尊いもので、それを侵害する勢力とは断固として戦わなければなりません。ですから、司法省と協力して、情報交換をしたり、脱会者の精神的なケアを行っている」と言っていた。だから、本質的には、サイエントロジーやエホバの証人etcと同様、コイツは「カルトのモンダイ」であって、そこからの斬り込みが必要だ。

 #光文社の古典新訳文庫から、この8月にサンテグジュペリの『人間の大地』(TERRE DES HOMMES、訳・渋谷豊)が刊行され、読んでみたんだが、読み応えがある。従前は『人間の土地』っていう邦題だったんだが、やっぱ、「TERRE」ってのは、「大地」と訳すべきだろう。サンテグジュペリが、郵便機のパイロットとしての体験を軸とした自伝的エッセーだ。当時はまだ、飛行機の草創期で、今みたいなジェット機の、コンピュータによる自動操縦ではないんで、プロペラ機で長距離を飛ぶってのは、まさに命懸けで、危険極まりないというか、本当に「死」と隣り合わせだったんだな。
 彼自身、何度も不時着っていうか、事故を経験してて、乱気流に巻き込まれたり、燃料が尽きるとか、そういう要因で、目的地まで飛行できないっていうケースが、1920年代から30年代にかけては、いくらもであったってんだな。当時は、文字通り、「飛行ルートを開拓する」ってことで、前人未到のけもの道を踏み分けながら、切り開いていくという時代だったのだ。とりわけ、1935年に、サンテグジュペリが、パリ・サイゴン間の長距離耐久飛行レースに参加したときは、リビアのサハラ砂漠のど真ん中に、不時着っていうより、墜落して、それで無傷だったということ自体が奇跡なのだが、それ以上の奇跡が、炎天下の砂漠を水なしで、まる3日、80km以上も歩き、もうダメだと思った瞬間に、遊牧民と出会って、命が助かったんだよなあ。読んでて、感動したあ! このサハラ砂漠の存在とも合わせて、やはり、『人間の大地』だろう。
 これを読んでいると、あの『星の王子さま』が誕生した経緯がよくわかる。このサハラ砂漠での不時着の際、「フェネック」という、サバクヒメギツネと遭遇するんだが、その生態をもつぶさに観察してて、フェネックが砂漠の潅木にくっついているカタツムリを、全部食べることなく、その2つか3つを食べると、また別の潅木を探しておった様子を描写している。もし、そこでカタツムリを全部食べてしまうと、それでカタツムリは絶滅してしまうわけで、それはフェネックの食糧がなくなることを意味するからだ。サンテグジュペリは、それより以前、モロッコの最西端の中継地であるキャップ・ジュビーの飛行場長として勤務していた頃、このフェネックを飼っておったとのことで、こうした体験が、『星の王子さま』で、キツネを登場させ、肝心なことを喋らせたモチーフになっておるんだと思う。あの「Voici mon secret.Il est tres simple : on ne voit bien qu’avec le coeur. L’essentiel est invisible pour les yeux(これは、おいらのヒミツなんだ。でも、それはとっても単純。心でしか、ちゃんと見えないものがある。大事なものは、目に見えないんだ)」という珠玉のフレーズが、どうして生まれてきたのかが、すごくよくわかる。
 サンテグジュペリも、レジスタンスに参加しており、1944年7月31日、偵察機でコルシカ島を飛び立った後、そのまま消息を絶ったんだが、どうも、マルセイユ沖でドイツ空軍機に撃墜されておったってんだな。ジャン・ムーラン、アンドレ・マルローと同時代人だ。本当に、この時代、生死の境というのは、剃刀の刃の上を歩いているようなものだ。しかし、人間の運命というのも、所詮、そういうものかもしれない。「この世に生まれ、そして生きている」ということ自体、ある種の奇跡だと、ワシは思う。

 #村上春樹は、じつは案外、ワシは好きで、もう四半世紀以上前だが、『ノルウェイの森』は、繰り返し読んだものだ。あの透明感のあるラブストーリーは、胸に染み入る。そういえば、初任地の高知時代、行きつけの追手筋のスナックの名前が「ノルウェイの森」で(そこでは、いつも、バーボンのIWハーパーをキープしてた)、ママも村上春樹が大好きだった。村上春樹は、兵庫県立神戸高校の出身なんかよ、それで、地元の神戸シンブンが、この「10・5」の夕刊で、同校の元教諭がたまたま保管しておったんかいなあ。今みたいに、バーコード化される以前のアナログ時代の本の貸し出しってのは、本の裏表紙んところに「帯出者カード」が挿入されておって、そこに借りた人の名前を書き込むようになっておったんだよな。「それ」をもとに、村上春樹が当時、借りた本のラインナップを記事にしたってことで、物議を醸し、ニッポン図書館協会は「本人の同意を得ず、シンブン沙汰にしたのは、プライバシー侵害で、ケシカラン」との見解を出したってことだわな。ま、スジ論においては、全くその通りだ。
 ただ、村上春樹なんてのは、毎年秋になると、「ノーベル文学賞を獲るか、どうか」で大騒ぎになる、要は「大公人」だわなあ。全く無名の「よい子の市民」のプライバシーを暴き立てたのならまだしも、「平成の大文豪」が、その多感な青春期において、どういう読書体験を積んだかってのは、ファンならずとも、ワシはニュースとして報じる価値があると思う。「村上文学」の解明にあたって、こういう情報は、大事だ。付き合うたオンナがどうのこうのならともかく、たかが、高校時代に借りた本を公にされたぐらいで、目くじらを立ててどうするんだってところだわな。どうせ、村上春樹は、安部公房や大江健三郎などと同様、「ノーベル文学賞」をゲットしたいっていう、俗物さながらのスケベ根性がアリアリだろうし、ま、彼がそれだけの大公人である以上、神戸シンブンが「字」にするのは、むしろ当然で、もし、記事にせんでネグっておったとすれば、それこそ、ブンヤとして失格だ。

 #パリ・マッチの世論チョーさで、あの同時多発テロの発生を受け、オランドの支持率が、前月比22ポイント増の50%になったってんだが、とりあえず、戒厳令を敷いたってだけで、こんなもん、いつまでもヤッてられるかってところだわな。ただ、現実の政治において、「ベストの選択」がない以上、「よりマシ」ってことで言えば、「オランドは、猿よりマシ」としか言いようがねえよなあ。原発依存率も、「とりあえず、現行より下げる」って言っておるんだから、ワシが仏蘭西の有権者だったら、鼻を洗濯バサミで挟みつつの支持だと思う。
 再来年は、むしろ、保守は、ブルーノ・ルメールや、グザビエ・ベルトランといった、もう若手でねえよなあ。こういうのが、大統領センキョに出るべきだ。いつまでも猿の時代ではないし、時計の針を戻したら、アカンわな。フランスの保守も、ゴーリストはシラクで終わってしもうたよな。ホンマ、今のフランス政治ってのは、「ゴーリズムの不在」だわなあ。

 #ま、コイツは、どうでもエエようなハナシだが、サンテグジュペリの『星の王子さま』(Le Petit Prince)なあ。版権が切れたってことで、ここんところ、まだ相変わらず、新訳本が出ておるようなんだが、英語と違うて、フランス語は読み書きできる人口が少ないせいか、チェックが効きにくく、「適当訳」でもまかり通るところがあるんだと思う。
 例えば、キツネが王子さまに喋る「on ne voit bien qu’avec le couer.」の一文なんだが、そもそも、コイツは「ne〜que」の構文だから、この「ne〜que」ってのは、「seulement」のことで、英語で言うところの「only」に相当するんだが、やっぱ、そこは正確に訳さんとだわな。あと、「見事に、巧みに、よく、非常に」という意味の副詞の「bien」も、訳文の中で省略してエエということにはならんと思う。確かに、ワシが三田の仏文におったとき、鷲見洋一先生(専門はディドロetcの18世紀)が著した『翻訳仏文法』(バベル・プレス)の中で指摘しておるように、翻訳上のテクニックとして、このテの副詞を弱めて訳すというか、省略してしまうという方法もあるんだが、この『星の王子さま』では、前後の文脈からしても、きちんと出すべきだと思う。
 東大教授の野崎歓による光文社の古典新訳文庫(『ちいさな王子』)だと、サラッと「心で見る」としてて、「ne〜que」の訳出を端折っており、他も基本的にコレに追随しておるカタチなんだが、そうではなく、「心でしか、ちゃんと見えないものがある」と、やっぱ、正確に訳さんと、だろう(ちなみに、『ちいさな王子』では、「bien」については、「よく」の訳語を充てている)。こんなもんは、初級文法のレベルだ。つまり、後の文で出てくる、「l’essentiel(=大事なこと、肝心なこと、物ごとの本質)」が、「なぜ、目に見えないのか」ってのは、物事の本質、つまり、「真実」ってのは、単に目で見えるような、うわべの部分ではなく、そこを透徹したところにある、「心で見るしかない」っていう次元のハナシに繋がってくるからなあ。

 #今、ルソーの『エミール』(今野一雄訳、岩波文庫)を読んでおるんだが、「万物をつくる者の手を離れるときは、すべてはよいものであるが、人間の手に移ると、すべてが悪くなる」のフレーズで始まるこの書は、一般には教育論というふうにカテゴライズされておるんだが、実際に読んでみて、そのレベルを遥かに超えておる。ルソーは、仏文学史的には、「思想家、文学者」というふうになっておるんだが、彼が生きた同時代においては、まさに「ジャーナリスト」だったといっていいだろう。この『エミール』は、1762年に刊行されるんだが、じつは、当時、王権と癒着し倒しておったカトリックをも公然と批判しておったんで、パリの高等法院によって、即、焚書にされ、逮捕命令も出されたんで、それまで執筆の場にしておったパリ北郊のモンモランシーの地からの亡命を余儀なくされてしまったんだよな。ま、「匿名で刊行する」という選択肢もあったんだが、やはり、ルソーはそれを潔しとせんかったんだろう。
 『エミール』には、いろんなエピソードが散りばめられておるんだが、当時、フランスでは安物のワインってのは、元の味が渋かったり、酸っぱかったりするんで、「密陀僧」っていう、今はほとんど使用されてはおらんが、古来、顔料として使われておった一酸化鉛を混ぜて売っておったハナシを告発しておってだな、シンブン記事的には、まさに「スクープ」だよなあ。密陀僧を混ぜることで、味は甘くなるんだが、当然、コイツは「毒」なんで、体に害を与えるに決まっておる。ルソーがスゴイのは、「こういうのを放置しておる警察はケシカラン」と批判したうえで、密陀僧の入ったワインの見分け方まで叙述しておるんだよな。酸はアルカリと結合して沈殿物を構成するゆえ、密陀僧入りのワインにアルカリ液を注ぐと、1時間もすれば、コップの底に濁った鉛が、みるみるうちに沈殿するってんだな。「だから、決して毒入りワインを飲まんよう、気をつけろ」と。もし、今の時代だったら、社会部のブンヤは、コイツは間違いなく記事にしておるよな。だから、ルソーは、革命家である前に、まず、ジャーナリストであったのだ!

 #で、この「12・6」に第1回投票のあった、仏蘭西の14の地域圏ギカイ(うち、本土分13)統一選だが、開票率98%で、極右のFNが得票率27.96%、右派26.89%、左派23.33%ってことで、FN大躍進が報じられておるな。ただ、コイツも例によって2回投票制で、1回目で過半数を制しない場合、1週間後に、「得票率10%以上の政党候補者」で2回戦をヤルんだよな。だから、まだ、1回目で当選が決まったとこはねえんだな。
 ちなみに、FN党首のマリーヌが出た北仏のノール&パ・ドゥ・カレー&ピカルディの地域圏だが、FNの得票率が40.64%と、もともとマリーヌの地盤なんでスンゴイんだが、ただ、投票率が「54.81%」でしかねえんだよな。ちょうど、「ルペンの変」が勃発し、「シラクVSルペン」の第2回投票となった02年の大統領センキョのときのように、有権者はもっと本気になって投票所に足を向けんと、だ。ナンボ、あの同時多発テロがあったとはいえ、この低投票率ということについて、フランスの有権者は、もう少し「恥」というのを感じないとだろう。02年んときは、左派の有権者はこぞって、2回目では洗濯バサミで鼻をつまんで、シラクに投票しておったからなあ(笑)
 確かに、FNの得票率は全体では高いんだろうが、でも、センキョ区ごとで見ると、例えばノルマンディーだと、得票率は右派32.05%。左派30.44%、極右(FN)27.71%、極左8.87%だから、だから、オランド与党の左派は極左のセンキョ協力を得つつ、1回目を棄権しとる浮動票の全面的な掘り起こしだわな。この1週間、死に物狂いでドブ板をヤリマクらんとだわなあ。フランスの有権者も、もう少し危機感を持ってもらわんと困るな。

 #そうそう、ワシもついに「齢50」を迎え、「アラフィフ改めモロフィフ」ってことで、いよいよ五十路突入なんだが、じつを言うと、あの尾崎豊と同い歳なんだな。誕生日も、ほんの数日違いだ(ワシが11月21日で、ヤツは同29日)。尾崎が生きていれば、同じ齢50を迎えている。
 今から30年ほど前、お互い、文字通りの青春を同時代に生きていたのだが、正直、その頃は、ピンと来るものがなかった。ワシが尾崎の歌を知ったのは、彼が亡くなってからだ。尾崎の歌はいい。ココロに染み入るものがある。特に初期の『15の夜』『I LOVE YOU』『卒業』は。ものすごい情熱と、そして、透明感……。あの『I LOVE YOU』の、「きしむベッドの上で、優しさ持ち寄り、きつく体抱きしめあえば、それからまたふたりは目を閉じるよ」のフレーズは、何度聴いても、胸を締めつけられる。
 尾崎はクスリをやっておったみたいで、あの死も、ある意味、そのあたりから、自らを追い込んでいったようなところもあるんだろうが、しかし、その凝縮された人生の短さゆえ、輝くものがあるのだろうか。でも、歳を取って、汚濁に塗れながらも、純粋さを追求してもらいたかったっていう思いはある。ジャンルは少し違うが、尾崎の志は、ワシが継承するとしやう。だから、あの「少年の心」は、今も変わらない。そして、これからも変わらない。

 #んで、「12・13」投開票の、仏蘭西の地域圏ギカイの統一選の第2回投票だが、投票率が前回より8.57ポイントupして58.48%となった結果、本土13のうち、猿野党の共和党の右派が7、オランド与党・PS以下の左派が5、残るもう1つ(コルシカ島)は地域政党が制して、FNは全敗だったのか。有権者は「FN台頭の阻止」に動いたな。
 マリーヌが出た北仏はノール&パ・ドゥ・カレー&ピカルディだが、グザビエ・ベルトラン率いる共和党の得票率が57.77%、マリーヌ率いるFNが42.23パーセントで、ってことは、左派は2回目出馬をキャンセルして、「マリーヌのFNの第1党阻止のため、ベルトラン支持」に出たってことだわなあ。しかし、左派は不戦敗ってことで、ギセキ獲得をみすみす手放したってことなんだな。
 そういえば、『レクスプレス』に、パリ市長選に出ておったオンナのNKM(ナタリー・コシューシコ・モリぜ)が、「老害が党を牛耳っておる」と発言しておったってことで、猿に睨まれ、追放状態になっておるってんだな。しかし、いつまでも猿の時代ではない。だって、オランドに負けておるんだから、そんなのがまた出て、どうするんだよ。ワシはNKMやベルトラン、ブルーノ・ルメールといった、最早、若手ではない、中堅だわなあ。大統領センキョに出るべきだと思う。

 #「上」の続きで、もう少し詳しく見ていくと、オランド与党・PSを中心とする左派が、2回目の候補者擁立を見送ったのは、マリーヌ率いる北仏の「ノール&パ・ドゥ・カレー&ピカルディ」と、マリオン(マリーヌの姪、つまり、ルペンの孫)率いる南仏の「プロヴァンス&ローヌ・アルプ&コート・ダジュール」の2つなんだよな。「それ」によって、FNの第1党進出を阻止したことにより、第1党には自動的に「25%」のボーナス議席が与えられるがゆえ、そこの地域圏ギカイの過半数を制することにより、首長にあたる「地域圏ギカイ議ちょー」のポストがゲットできるんだよな。要するに、結果的には、左派連合が2回目を辞退したことにより、右派連合を勝たせ、マリーヌとマリオンによる、この2つの地域圏ギカイの議ちょー就任を(FNの第1党進出も合わせて)阻止はした格好なんだよな。だから、ニュース的には「FN躍進阻止」という見出しが立つことになるわな。
 ただ、そのことにより、PSを中心とする左派は、2回目出馬辞退により、この2つの地域圏での議席を放棄したワケだわな。おそらく、FN、右派連合に続いて、「3位」だっただろうが、それでも、オコボレ程度でも議席ゲットはできたハズで、コイツは戦術としては誤りだ。なぜかというと、再来年(2017年)の大統領センキョにおいては、「時間差ダブル」で下院選もあるわけだし、センキョはどこも「基礎票+浮動票」で決まる。であれば、まず、身内の基礎票を固めるためには、手足となる地方ギインは必要不可欠で、敢えて「それ」を放棄したってのは、おかしい。PSがこの2つの地域圏で立候補しておれば、「右派5勝、左派5勝、FN2勝」となってはおったが、でも、セー権与党としての面子は、ギリギリ保てた。
 あと、カトリックが専門で、カルト問題にも詳しい現地在住の竹下節子サンが、自身のブログで書いておったんだが、「最近は、FNも穏健化しつつある」ってことで、FNもルペンの頃と違うて、今の「マリーヌ&マリオン」のオンナ2頭体制ってこともあるんか、今回、出馬したFNの候補者で、「ゲイをカミングアウトした」のがおるってんだな。だから、「次の17年は無理にしても、次の次の22年には、『FN初の大統領』も夢物語ではない」って指摘しておるんだよな。いやあ、時代は変わってきておるな。
 それで言うと、猿はもちろんだが、オランドも時代に取り残されてきておるかもしれん。PSも、再来年はヴァルを出すぐらいにせんとなんだろうなあ。「Valls」ってのは、スペイン語読みだと「ヴァルス」だが、フランス語読みだと、基本的に文末の「s」は発音せんからな。だって、「il(=彼)」の複数形の「ils」は「イルス」なんて言わんからな。文末の「s」を発音するのは、シャンパーニュ地方の「Reims(ランス)」ぐらいのもんだろう。で、FNに関して言えば、「Front Natioal」、すなわち、「コクミン戦線」なんていうネーミングがいかめしいっていうか、固いよなあ。「Parti Conservateur&Conservatrice(保守党、略称・PCC)」とか、「Parti Liberte(自由党、略称・PL)」ぐらいに党名変更すりゃ、だいぶマイルドになるよな(笑)

 #で、『レクスプレス』に、木曜日ってのは、「12・17」かあ、北仏はパ・ドゥ・カレー県のヌーヴィル・サン・ヴァストっていう町であった、第1次大戦における和平を祝ったモニュメントの除幕式に、ココの地域圏からのトップ当選を決め、首長である地域圏ギカイの議ちょーに就くLR(=共和党)のベルトランが、オランドとがっちり握手しておる写真が載っておるな。そうだよな、PSの全面協力でLRが第1党になったんだからなあ。しかし、ぬあんで、マリーヌは招かれておらんのだよ? こんなんだったら、ベルトランは再来年は、PSから立候補するかよ。でも、そんなことでは、NKMに次いで、また、猿から追放ショブンだよなあ。
 Ifop(=Institut francais d’opinion publique)が、この「12・18」に公表した最新世論チョーさによれば、17年の第1回投票で、オランド(22%)が猿(21%)を抜いたってんだな。11月時点では、猿23%、オランド21%と先行を許しておったってんだが、でも、今回のトップは、じつはマリーヌ(27%)だってんだよなあ。しかし、コイツは、マリーヌが「1回目でトップ」ってのが、十分にあり得る展開なんだな。LRの大統領候補が、誰になるかは、まだ現時点ではわからんけれども、もし仮に、猿ってことになった場合、んで、「猿が第1回投票で、マリーヌに次いで2位」ってなったとしたら、仏蘭西の有権者は、どういう投票行動するんだろうなあ。その場合、PSは「2回目は、猿に投票しろ」って指示するんかよ? ぬあんか、モヤモヤっていうか、混沌としとるよなあ。

 #『レクスプレス』に、「Changer le nom du Front national,ce n’est plus un ”tabou”」(「コクミン戦線」からの党名変更、最早、タブーではない)とあるんだが、そうだよなあ。「上」で、ワシもちゃんと案を出しておるんだからな。で、父親のルペンは、この5月かよ、ナチス関連の発言で、舌過ジケンを起こして、マリーヌからFNを除名ショブンにされ、「父娘間の確執」が勃発しとるってんだな。
 FNってのは、確かに「極右」のレッテルを貼られ、特に「移民締め出し=外国人排斥」というブブンで、カゲキに主張を繰り広げておるのは間違いないんだが、でも、ぬあんて言うんかいなあ。ワシは政治家も「ひとりの人間」として見るんだが、ルペンは「叩き上げ」ってことで、苦労もしてて、人情味を感じるよな。ニッポンで言うところの「ヤクザの親分」っていうんかいなあ、そういう「任侠」みたいなものを感じる。しかし、フランス語で「任侠」って、どう訳すんだろうなあ。さっそく、手元にある大修館書店の『スタンダード和仏辞典』で引いたら、「任侠」は「『義侠』を参照」とあり、で、「義侠」の方を見ると、「chevaleresque、magnanime」とあった。ワシ、フランス語を学び始めて、既に30年超なんだが、これらの単語は初めて見たワ。もう一度、クラ仏(=三省堂の『クラウン仏和辞典』)で引き直すとだな、「chevaleresque」ってのは「騎士道精神」、「magnanime」は「寛大な、高潔な」とある。「任侠」が、ヤクザ絡みの用語ということで言えば、やっぱ、「サムライ精神」に通じる「chevaleresque」だろうなあ。あー、コイツは「cheval(馬)」から来とるんだな。それはともかく、ワシは「Valls」を「ヴァルス」と発音せず、「ヴァル」と振り仮名を付けるあたり、結構、「愛国的な仏蘭西ナショナリスト」だよなあ(笑)
 んで、ハナシを戻すと、FNは、あと、極左もそうだと思うんだが、「vsセー権与党」も含め、現状に対するラディカルな批判が存在しておることが、有権者の支持を集めておるのだと思う。で、FNに関して言えば、そうした「セー権批判票」をかき集めるだけの万年野党でエエのか、それとも、「エリゼ宮の主」を目指すのか、だろうなあ。マリーヌが、「共和国大統領」を目指すのであれば、第2回投票における「PS+LR」の統一戦線を打ち破らなければで、その「多数派形成」のためには、「より穏健化」、つまり、「中道票」のところぐらいまで、手を突っ込まんとと、違うんかよ。だから、党名変更と合わせて、例えば、同性婚ぐらいは認めるとか、そこらあたりから票田を掘り起こす必要はあると思うで。

 #あー、今回、マリーヌの地域圏ギカイ議チョウ就任を阻止した、オランドとベルトランの握手を「fraternisation droite−gauche(右派と左派の友愛構築)」と言っておるのか。でも、こんなことをヤッとったら、PSとLRが合体して新党でも作るかってことになるのかよ。ゴリラとマントヒヒがまぐわって、得体の知れん怪物が産み落とされるってことなんかいなあ。そうそう、「12・20」投開票のスペイン総センキョ(下院・定数350)で、「2大政党(=国民党&社会労働党)の凋落」が囁かれておるんだが、投票箱の蓋を開けてみて、どうなるんだろうなあ。
 んで、スペイン総センキョは、結果が出たみたいで、セー権与党の国民党は辛うじて第1党は守ったものの、過半数(176)を大きく割り込む123議席、社会労働党も20も落として90議席かあ。一方、14年設立の、反緊縮を訴える急進左派の新党・ポデモスが69議席、同じく新党で、セー権与党の腐敗をガンガンと批判しておった中道右派のシウダダノスが40議席かあ。他にもミニ政党や無所属ギインがおるんだろうから、いずれにしても連立セー権になるなあ。「社会労働党+ポデモス」を中心とする左派連立セー権はデキるんかいなあ。「その他」のオコボレ当選組の内訳が不明なんで、そこらをどうかき集めるかだろうなあ。ふーむ、国民党もセー権を担当する意欲は見せておるのか。ホンマ、ポーカーの役ではないが、「組み合わせ」だよなあ。
 翻って、仏蘭西だが、「17年5月」に向けて、「新党結成」も選択肢の1つだろうなあ。やっぱ、「マリーヌ率いるFN躍進」のウラにあるのは、のらりくらりとするばかりで、何をしたいのかがサッパシわからん、既成2大政党(PS&LR)に対する、有権者のキビシイ視線だろうなあ。オランドにしても、猿にしても、今度のスペイン総センキョの結果は、決して「対岸の火事」ではない。

 #『レクスプレス』に、今、齢83のシラクの動静記事が出ておって、この「12・9」にaffaiblissement(衰弱)のため、入院したってんだが、クリスマスを家族と過ごすため、退院するとのことで、快方には向かっておるとのことだ。いつもは、年末年始はモロッコに行っておるってんだが、今年はパリの自宅で過ごすとのことか。シラクもエリゼ宮を去ってから、パリ市長時代の公金横領ジケンで、大した金額ではなかったのに、猿の差し金による国策ソーサで、後ろからピャーッと刺されてしもうたもんなあ。でも、シラクといい、ルペンといい、どんどんと過去になっていっておるよなあ。ミッテランもそうだったが、皆、「叩き上げ」なんで、いろいろと苦労しておるってこともあって、人間的にオモロかったよなあ。
 あと、齢89のジスカールデスタンだが、「EUROPA」っていうサイトを立ち上げておって、この11月に齢96で亡くなったシュミットに声をかけて、「ヨーロッパ・プロジェクト」ってことで、動いておったんだな。2度の大戦を引き起こした「仏独対立」を引き起こさないよう、そのあたりから活動を展開しとるようなんだな。ま、むしろ、今は「vsイスラム」だろうなあ。元大統領も、まだ、動けるんであれば、「新党ムーブメント」に参加してもエエんだよなあ。この際、PSとLRを切り崩してだな、「中道新党」を立ち上げるってのは、どうだよ? 顧問にジスカールデスタンとシラクを迎え入れ、既成の2大政党のPSとLRを徹底批判することで、票田を開拓し、返す刀でマリーヌんとこのFNにも斬り込む、と。ジョスパンにも声をかけたら、参加するかいなあ(笑)

 #コイツは、「ザ・仏文」の限定ネタなんだが、インターネットってのはスンゴイっていうか、87年度卒の文学科の5専攻(国文、中国文、英米文、独文、仏文)の「卒論テーマ一覧」が出ておって、「うわっ!」だわなあ。大浜甫教授(専門はネルヴァル)のゼミだった徳チャンは「J.J ルソー,その”Nature”をめぐる一考察」、松原秀一教授(専門は中世で、荻野アンナの師匠)のゼミだった、福音館書店から童話の翻訳を出している堀内紅子サンは「フランスの森・フランスの影」、んで、ワシと同じ若林真教授(専門はジイド)のゼミのエリちゃんは「Simone de Beauvoir 『Memoire d’Une Jeune Fille Rangee』について」で、ワシは「マルローにおける冒険の意味」。んで、久美チャンってコがいて、3年んときの永井旦教授(専門はサルトル)のゼミも一緒で、4年の卒論ゼミも同じだったんだが、カノジョは「Albert Camus 歴史に取り残された不条理」。みんなオモロそうだよなあ。もし、でき得ることなら、全部、読んでみたい!

 #それで、『レクスプレス』の電子版で、「style(スタイル)」んところをクリックして入ると、アレコレと記事がupされておるんだが、こんな見出しがあったで。「Point G, orgasme vaginal, clitoridien… Le mystere de orgasme feminin(Gスポット、ヴァギナにおける絶頂感、クリトリスのそれ…。オンナにおけるオルガスムの神秘)」ってんだが、フランスってのは、結構、あけすけっていうか、ストレートなんだな。しかし、「Gスポット」ってのは、洋の東西を問わず、共通の表現なんだな。っていうか、元々、アルファベットから来ておるってことで、それをニッポン語に訳しただけのことか。
 古今東西、また、オトコorオンナの別を問わず、「スケベ」ってのは、人間である以上、同じなんだが、出し方の違いってのは、民族や国籍によって、あるんだろうなあ。こっちは、今、週現やポストで「死ぬまでセックス!」と煽り倒しておるんだが、やっぱ、上滑りだわな。それで言うと、フランス人ってのは、歳を食っても枯れんっていうか、例えば、オランドは今、齢61かよ。ニッポンでいうところのアラカンなんだが、あのガイエとかいう、売れない三流女優んところに、スクーターで乗りつけて、入り浸っておったからな。ま、人間、幾つになっても、恋心は大事か(笑)
 んで、ヴァルが表明した、テロ犯罪者に対するフランス国籍剥奪を柱とする、大統領権限強化の憲法いじくり回し法案の提出なあ。さっそく、『レクスプレス』に「Decheance de nationalite: Francois Hollande est−il un president de droite?(国籍剥奪、フランソワ・オランドは右派の大統領か)」と出ておって、「フランソワ・ルペン」とまで揶揄されておるのか。来年2月以降、ブルボン宮(=下院)で審議入りするってんだが、憲法をいじくり回す場合は、通常の法案よりはハードルが高いんだよな。聞くところによると、「ギカイの5分の3以上の賛成」 もしくは、「コクミン投票への付託」ってことなんだが、正確なところはどうなんだろうなあ。マリーヌんところのFNも賛成に回るのであれば、「オール仏蘭西」で憲法いじくり回しは成立か。ただ、LRでは、猿はまだPSに対して対決姿勢を見せておるんだが、でも、ベルトランは賛成するんだろうなあ。っていうか、与党のPS内でも反対意見が相当あるってんだよな。マリーヌとかは「こんなんでは、全然、生温すぎる」ってことで、反対しそうだよなあ。

 #アルノー・デプレシャン監督のフランス映画『あの頃エッフェル塔の下で(原題:Trois souvenirs de ma jeunesse, 私の青春の3つの思い出)』を観てきた。主人公のポールを演じたマチュー・アマルリックが20年前にも出演していたという、同監督の『そして僕は恋をする』はワシは観ておらんのだが、「エッフェル塔の下で」という邦題に惹かれたところはある。やはり、客を誘うにはこっちのタイトルだっただろう。ぬあんて言うんかいなあ、所謂、ヌーヴェル・ヴァーグのような難解さはないものの、それでも、ハリウッド的な単純明快なラブ・ストーリーでもない。ただ、アマルリックが、ワシと同じ1965年生まれの、今、齢50で、作品上の設定もアラフィフなんで、そうした酸いも甘いも噛み分けたオッサンが、30年も前の青春時代の恋物語を回想するストーリーに、実にリアリティーがあって、妙に感情移入ができた。話自体は、とても月並みで、感動して涙がチョチョリ出るような作品ではなかったが、でも、観てて胸に染み入るものがあった。
 話は、外務省勤務で人類学者のポールが、中東地域とおぼしきところから帰国するところから始まる。パリの空港で、「あなたと同姓同名のパスポートを持った人物がいる」と、情報機関の人間から尋問を受けるのだが、じつは、彼は高校時代、ユダヤ人の親友と一緒にソ連のベラルーシに観光旅行に行ったとき、当時、ソ連在住のユダヤ人というのは、イスラエルの移住を認めておらなくて、それで、ポールは親友の背後にいたユダヤ人の組織の求めに応じ、パスポートを渡していたんだ。ポール自身は紛失したってことで、そのまま帰国したんだが、そのパスポートをゲットした人間が「なりすまし」でイスラエルに戻るということになるんだが、ただ、そのことはストーリーを展開させるきっかけでしかなくて、これをもとに、ポールが青春時代を回想する形で物語は進んでいく。
 ポールは、北仏はリール近郊の、実際にある「ルーべ(Roubaix)」という町の出身で(ちなみに、ここはデプレシャン監督が生まれ育った町だ)、たぶん、現地でロケしていたのだろうが、フランスのどこにでもある、本当に小さな田舎町だ。高校時代、ポールは妹と同い歳の、2つか3つ下のエステルに一目惚れし、猛烈に口説いて、付き合い始めるんだ。ポールはその後、人類学者の道を歩むとあって、どこか学者っぽい、生真面目なところがあり、その一方で、エステルはチョット太めの田舎娘っていうカンジで、でも、野性的でクセがあり、そこにポールは惚れたんだろうなあ。「ブーム」と呼ばれるパーティーをきっかけに、若い男女が知り合い、恋に落ちるってのは、まさにソフィー・マルソーの『ラ・ブーム』『ラ・ブーム2』の世界だ。最初はオンナがお高く止まっているんだが、カラダの関係に入って、身も心も許すようになると、逆に今度はオンナの方がのめり込んでしまうのが「いかにも」で、観てて「あー、そうだよなあ」って思った。
 ポールとエステルは、高校、大学時代を経て、都合4年ぐらい付き合ったんだろうか。ただ、ポールがパリの大学に入ったんで、それで、エステルとは離れ離れになってしまい、結局、それがきっかけで、最終的にふたりは別れてしまうのだが、ある意味、それも非常にありがちな展開で、だから、余計、感情移入ができた。なぜなら、その頃、ワシも遠距離恋愛だったからだ。ポールが借りてたパリのアパルトマンの屋根裏部屋からは、エッフェル塔が見え、パリを訪ねてきたエステルと、エッフェル塔の下で抱き合うのだが、映画というのは、「それ」がじつに絵になる。エッフェル塔はもちろん、そして、セーヌ川もそうだが、パリというのは恋の舞台装置だと思う。「世界で最も美しい街を挙げよ」と問われたら、ワシは躊躇なく、プラハ、そして、パリと答える。
 えてして、青春時代の恋というのは、成就することなく、終わってしまうことの方がしばしばなのだが、30年の歳月が経っても、まだ、どこかに残っているもの、そして、お互いが影響し合った何かがあるのだということだろう。それで言うと、この映画は、本当にフツーの恋愛を描き出していたとでもいうのか、若いオトコとオンナが抱き合い、とりとめもないお喋りに時間を費やしながら、後先のことなど考えず、そうした瞬間を過ごすのが、青春ということなのだろう。アラフィフになると、そうした時代など、まさに「過去の夢物語」になっているのだが、そういうものへの限りない愛着と懐かしさというのは、わかるな。

 #「上」の続きで、映画『あの頃エッフェル塔の下で』だが、この作品では「手紙」というのが、とても重要なファクターになっている。この「オール・デジタル化」の時代、ニッポン的な感覚では、紙に文字にしたためる手紙などという超アナログなツールは、最早、「昭和の遺物」とさえいえそうだが、30年前のあの頃は、とっても大事な通信手段だった。当時、ワシも大学生だったが、電話ですら、まだ個人で持っていないのも珍しくはなかった。最近はまた、シェア・ハウスの名で復活してきているのだが、あの頃は、玄関が共通で、靴を脱いで建物内に入ってから、各部屋に分かれている「共同下宿」というのが、まだいくらでもあったのだ。ワシも日吉の「チョッチュネ荘」に住んでいたのだが、そうしたところでは、せいぜいが10円玉しか入らないピンクの公衆電話が置いてあるぐらいのもので、だから、「電話で意思疎通をする」というのも、なかなか大変な時代だったのだ。今では考えられないとは思うが。
 そういう環境では、電話もさることながら、「手紙」というのが、コミュニケーションの手段として重要な意味を持つ。考えてみると、手紙ってのは手間隙がかかるっていうのか、まず、便箋に書いてから、封筒に入れ、切手を貼って、それでポストに投函しなければならないのだ。それを考えると、今はスマホではメール送信でイッパツであるのはもとより、さらにはLINEなどという、タダで世界中どこにいてもかけ放題の通話サービスがあって、内臓カメラを通じて、顔の映像もリアルタイムで見れるんだから、スンゴイっていうんか、何なんだろうなあ。
 映画では、ポールもエステルも、手紙が届くと、即、封を開けて、まさに「貪り読む」という以外に形容のしようがないカンジで、肉筆の文字を目で追っていくのだが、逆に、そうした遠い距離というか、断絶された環境が、ふたりの慕情をより高めていくというのだろうか。ワシはこの期に及んでもなお、スマホ(orケータイ)などというものを持っておらんのだが、LINEだと、送ったメールも「既読or未読」の探知が可能なんかよ? 「あれっ、メールを送ったんだけど、まだ、読んでくれてないの」っていう世界なんかね。時代がすっかり変わってしまったっていうんか、こういう環境だと、「せつない恋物語」ってのも、描きにくい状況にはなっておるわなあ。
 まだ、アナログの時代だが、クリスマス・キャロルが街に流れる頃、渋谷のハチ公前でおねえちゃんと待ち合わせをし、何と、3時間近く待ったことがあった。確か、夕方6時の待ち合わせで、今みたいなケータイなんてない時代だ。さすがに、「もう帰ろう」と思った瞬間、「本当にゴメンナサイ!」と息を弾ませながら、走ってやってきたカノジョの顔が、今でも忘れられない。

 #ホンマ、こういうどうでもエエような、女子アナのハナシは、まさに「ヒマダネの極み」ではあるんだが、ここんところ、くっついたり、離れたりがオモテ沙汰になっておって、コイツは週プレ電子版が抜きのカタチで打っておったんだが、よっしーは、電通勤務のオトコと去年の秋ぐらいに別れておった一方、齢32の大島は、6つも下のフィギュアスケート選手と結婚したのかあ。三田パンは、西武の選手と別れたってことか。カトパンが退社するんで、本来であれば、その後釜として、「お台場のエース」に躍り出てしかるべきだが、オーラっていうか、勢いがねえよな。
 あの日テレの水卜かよ、見てて、貫禄があるよな。アレぐらいのふてぶてしさがねえと、視聴者のハートをグイグイと掴まんよな。今、三田パンは、安藤優子と一緒に昼過ぎのワイドショーに出ておるってんだが、ウラ番組の「ミヤネ屋」を食うぐらいの無茶苦茶をヤッこそだわなあ。見てて、「おっ!」と仰け反るってんかいなあ。「見た目は全然、お嬢なんですが、でも、コレだけヤレるんです」っていう、破壊力だろうなあ。ワシが番組Pだったら、三田パンを関西に放り込んで、6代目菱総本家と神戸菱本家に直撃取材させる、「鉄砲玉」として使う。フジテレビは、負け犬根性が骨の随まで染み付いてしもうておるんで、全然、ダメだ(TT)

 #んで、コイツはまさに、ヒマダネってことで、ま、毒にも薬にもならん鉄ヲタ系のハナシなんだが、朝日シンブン提供のネットの「withnews」が、この「3・1」の15:56にupしておるところによれば、かつて、営団地下鉄(現・東京メトロ)の丸ノ内線の象徴でもあった「赤い電車」の「500系」だが、96年の完全引退後、ブエノスアイレスで第二の人生を送っておったんだが、そこでも廃車になったのを、東京メトロが買い戻すってことで交渉を進めておるってんだな。
 じつは、コイツはワシが東京シンブンのTOKYO発におった「96・7・17」の朝刊で、「赤い電車、アルゼンチンへ」の見出しで、「地下鉄車両としては、全国最古参だった丸ノ内線の赤い電車が、(7月)18日限りで姿を消し、余生はブエノスアイレスで」と字にしておったんだ。この500系車両は、1954年1月、同線の開業とともに登場したんだが、その大胆な真っ赤のボディーは、当時の営団地下鉄総裁・鈴木清秀の発案だったんだそうだ。
 この丸ノ内線の赤い電車もそうだが、山口百恵が『プレイバック Part供戮撚里辰討った「真っ赤なポルシェ」もしかり、あの刺激的な「赤色」ってのは、「高度成長」ってのがバックボーンにあった、「昭和」という時代を、ある意味、象徴しておったよなあ。どういう思惑で、今回、東京メトロが買い戻そうとしておるのかってのは、取材したらオモロイだろう。ま、こうしたハナシも、この上ない愛情を込めて、よっしーのフェイスブックに投稿してやろうかと思っておったんだが、んもう、完全にブロックをかけてしもうて、ワシをハジき倒しておるからなあ(TT) しかし、あの手作りのカレーは旨そう。写真も上手く撮れておるんで、センスは悪くはねえんだから、その才覚が取材に生かせそうなもんだよな。もっと、みっちりとジケンのゲンバに放り込んで、足腰を鍛えれば、全然、伸びると思うんだがな。
 細貝は、チョー久々にブログを更新したものの、白玉入り漉し餡汁粉と抹茶のセットを食ったっていうだけのハナシだが、「で、最近、何やってんだよ?」の世界だわなあ。「ホウドウキョクのさらのちゃんねるでは、今、こんなことをやってます」とか、自己宣伝をジャンジャンとせんだわな。オンナはインポと言わんのだが、この覇気のなさが、「数字(=視聴率)」にトレースされておると思う。しかし、細貝の付き合うておるオトコは、もっとビシバシとケツを叩いてくれんのか?

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #英語の「リバティー(liberty)」の訳語として与えられている「自由」という言葉は、ワシはてっきり、明治以降の、比較的新しい翻訳造語だとばかり思っていたのだが、じつは、中世は鎌倉時代末期の吉田兼好の『徒然草』に、既にある。2ヵ所にわたって出てきて、1つ目は、第60段に「盛親(じょうしん)」という、やんごとなき智者である僧都を描写する際に、「みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・弁舌、人にすぐれて宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、万(よろず)自由にして、大方、人に従うといふ事なし」とある。
 近代ヨーロッパにおける「自由」の思想とは、少し違うかもしれないが、でも、腹をくくって、自立(自律)した人間の生きざまとして、まさに「自らに由る」とでもいうのだろうか。現在とほとんど全く同じ意味で使われているのだ。
 この盛親というのは、「芋頭」(サトイモの親芋)が好きで、大きな鉢にうず高く盛り、それを食べながら、人と談笑したり、書を読みふけっていたという。盛親の師匠が亡くなった際、譲り受けた銭200貫と、住居である坊を売った100貫の計300貫をすべて、この芋頭の購入に充てることとし、それを糧にさらに修行に励んだとのことで、世の人は彼を「有り難き道心者」と申しておったのだそうだ。
 2つ目は、「プロは決して手を抜かない」ことを説いた第187段で、「万の道の人、たとひ不堪なりといへども、堪能の非家の人に並ぶ時、必ず勝る事は、弛みなく慎みて軽々しくせぬと、偏に自由なるとの等しからぬなり」とある。ここでは「勝手気ままに振る舞う」という意味で使われているのだが、これも現在の「自由気まま」といった使われ方と、そっくり同じなのだ。それで言うと、この「自由」というのは、数百年以上の歴史を経て、じつは、ほとんど変わらない形で使われており、とても生命力のある言葉だと思う。
 それはそうと、今、国立大学で「文系学部のリストラの嵐」が吹き荒れとるってんだよな。直接的には、04年に導入された「国立大学の行政ホウジン化」がきっかけで、要は、それまで文部ショウは、横並びで補助金を交付していたのを、「アクセントを付ける」とでもいうのか、「産学共同」でカネになる理工系学部には、ナンボでも後押しするんだけれども、「社会の役に立たない文系学部」、特に、ワシの出た「文学部」だわなあ。「要らんから、お払い箱や」ってんだよな(笑)
 もっとも、同じ文系でも、法学部や商学部だったら、「弁護士」に「公認会計士」の資格も取れるんで(もちろん試験に合格はせんとだが)、まさに実学ゆえに、まだ、「社会の役に立つ」のだが、文学部なんかは、ホンマ、「上」の徒然草の原典講読ではないが、こんなもんに読みふけっておったところで、「カネ儲け」には繋がらんからなあ。
 ワシ自身、「あー、文学部って、世の中から差別されとるなあ」って思ったのは、就職活動んときで、「文学部」っていうだけで、銀行と商社からはお呼びがかからんかったんだよな。要するに「哲学だ、文学だと、クソの役にも立たん学問をウダウダと学んでおったところで、カイシャ的には使い道がない」ってことなんだろう。
 ワシは仏文だったが、仏文出身であれば、「フランス語が喋れるだろう」っていう色目で見られるかもしれんが、所詮、ニッポン社会は「英語オンリー」なんで、「フランス語が使えたところで、それが何?」ってところなんだよな。だから、「しょうがねえ、シンブン社でも受けるか」ってことになったんだ。
 それでいて、この御時世、新卒に対して「即戦力が求められている」ってことが、よく言われている。ワシ的には、そもそも「即戦力って何?」なんだが、それはともかく、同じ慶応でも、SFCってのは、日吉・三田と毛並みが全然違うようで、入試の小論文を見ると、ぬあんて言うんかいなあ。「モンダイ解決型の学生を求めている」ってことが、平気で出てくるんだよな。
 たぶん、こういうのは、昨今の企業が求めている「即戦力」ってのを、意識しとるところもあると思うんだが、でも、ワシは若い時代は、もっと「詰め込み」でエエと思う。よく、「詰め込み教育はケシカラン、思考力こそが大事だ」とは言うんだが、しかし、そうした思考を引き出す前提として、「豊潤な知識」ってのは絶対に必要だ。だから、学生時代は、何も焦ることなく、じっくりと『徒然草』を読み込む体験を積んでて、エエと違うんかよ。そういえば、高校時代の古典の教師が「もし、君らが、今、この徒然草を読んで、その言わんとすることがよくわかって、面白くてしょうがないってことは、あり得ない」と言っていたが、その通りだ。
 シャバに出て、いろんな人生経験を積んだ後に、もう一度、読み返してこそ、心に沁みてくるものがある。特に、大学時代にゼミなどで読まされた文献は、そうだ。「急がば回れ」というが、「亀の甲より、年の功」であるオッサンと化したワシらが、こういうことを、もっと、きちんと言わなければだと思うのだ。

 #それで、ともこは、この「報道=ジャーナリズム」という職に、心底、惚れ抜いておるんかいなあ。それとも、「勤め人」として、今、たまたま、そういうポジションに置かれているうえ、とりあえずは、給料の範囲内でやってるっていうのと、どっちなんだろうなあ。毎日のOAで、1回30秒は喋れるんだよな。ハッキリ言って、テレビの30秒間ってのは、相当のことが喋れる。確かに、テレ東は首都圏限定のローカル局かもしれんが、でも、視聴率1%で約100万人が見とる計算になるわけで、連日、少なくとも数百万人は間違いなく見ておるんだから、物凄い影響力を持っておるよなあ。視聴者の琴線に触れ、その心を捉えて離さない、「真に語るべきコトバ」を紡ぎ出すべく、日々、文字通り、自らの身を削って、最大限の努力を尽くしておるのだろうか。尽くしておると、ワシは信じたい。
 元ミス慶応のよっしーは、だいぶ、ケツが軽そうで、電通勤務のオトコんところに入り浸っておるのをフライデーされたりとか、オトコに関しては派手っぽいよな。ずっと、チヤホヤされ続けてきたんだろうなあ。本気でケツを叩かんことには、「上から指示されたことを、言われた通りにやる」というレベルを脱して、視聴者が「おーっ」っていう期待を持つようにならんのかよ。
 カトパンは相変わらず、ブログが更新停止中だが、しかし、あの長谷川豊に、何か、弱みでも握られておるんかよ。どうして、もっと長谷川に食ってかかる獰猛さを見せんのだ? ちゅばきと一緒に、夏休みにドイツに遊びに行ってきたってんだが、ファンサービスとしては、その珍道中の写真ぐらいはupせんとだわなあ。あのリトミックの本質を理解し、そのスペシャル音楽教室の運営をサポートしてくれるオトコがおれば、そいつと結婚すれば鬼に金棒だと思うが、たぶん、おらんと思う。ま、よっしーは、とりあえず、ブログを更新する元気があるだけでも、「これで、よっしー!」とすべきなんかいなあ(笑)

 #で、たまたま所用で実家に帰省したんだが、そこで、この四半世紀以上にわたって行方不明となっておった大学の卒アル(=卒業アルバム)が、突如、出てきて、んもう、感動モノでしたよ(TT)
 というのは、ワシ自身、卒アルの個人撮影も、ゼミ撮影もしておったハズで、であれば、間違いなく購入しておるんだが、三田の地を後にして以降、たぶん、実家のどこかに収納はされておったんだろうが(実際、そうだったんだが)、卒業以降、じつは1度も見たことがなくて、「どこに行ったんだろう? ひょっとして買っていなかったのか、それとも紛失したのか」と思いつつ、27年半もの歳月が流れたんだが、突然、出てきたんで、ホンマ、ぶっタマげましたよ。
 ワシは文学部だったんで、仏文学専攻のくくりん中で出ておったんだが、数えたら、当時は仏文の学生は70人ぐらいはいたんだな。中には卒アルの個人撮影をしておらん人もおるんだが、でも、大多数は写っておるよな。五十音順なんで、ギャラリーKAIを主宰している徳チャンの旧姓が藤井で、あと、福音館書店からフランス童話の翻訳を出している堀内紅子サンと同じ段に、「は行」ってことで、ワシのガンクビも納まっておった。文学部以外の法、経、商の男子は、だいたい、スーツにネクタイなんだが、文学部はやっぱり、ノーネクタイが多かった。
 4年生の卒論のゼミは、ワシはジイドが専門の若林真先生だったんだが、超キュートなエリちゃんも一緒に写ってて、とても懐かしかった。JALのキャビンアテンダントになったエリちゃんは、着こなしのセンスが最高。映えてる。幻の門の前で撮っていたゼミの写真で気づいたんだが、久美チャンってコがいて、カノジョもオシャレだったんだが(スラっとしたパンツがとっても似合ってた)、3年んときも永井旦先生(専門はサルトル)のゼミで、3、4年と同じゼミだったんだな。永井ゼミは徳チャンと一緒だったんだが、軽井沢のペンションを借り切っての夏合宿を思い出す。テキストはドゥルーズ&ガタリの『アンチ・オイディプス』だったと思うんだが、ホンマ、夜のコンパで飲み倒した記憶があり、久美チャンは酒が強くて、特に日本酒がザルで、よく飲んでた。風の噂ではダンス講師をしていると聞いたんだが、元気でやっているんだろうか。

 #「上」の続きで、三田の幻の門ってのは、今は、東館っていうんかよ、天井の高いエントランスができてしもうたんで、その先のキャンパス内に、門柱が移動させられたってんだよな。もともと、東門は塾の正門だったってんだが、国道1号の桜田通りに面した南門の竣工によって、そっちが表門になると、東門は裏門化して、どうも、そのあたりから「幻の門」という呼び名が出てきたようなんだな。三田の山は狭いが、でも、風情はある。ワシにとっては、よく学び、よく遊んだ、青春の思い出の地だ。
 慶応の文学部ってのは、今でもそうだと思うが、全部で5科17専攻あり、文学、哲学、歴史学はもとより、社会学、心理学、民族考古学に、図書館司書養成コースでもある図書館情報学もあって、じつは間口が広い。ただ、文学部全体の学生数の積算根拠となる、17専攻のそれぞれの学生数は、塾は公開しておらんと思う。たぶん、現在でもそうだと思うが、人気が高いのが、英米文学専攻と社会学専攻。確か、100人を超えると定員オーバーになるんかいなあ、この2つは、選考試験があったような気がする。だから、この2つ以外であれば、希望すれば、間違いなく入れる。
 文学部は他の文系学部と違って、日吉(=一般教養課程)は1年で終わりで、2年から三田(=専門課程)に移る。学生数の少ない専攻だと、例えば、倫理学とかは1桁で、これも今でも変わっていないのではないだろうか。ちなみに、英米文と社学の人気がなぜ高かったかというと、この2つは、なぜか、「職無し文学部の中では、それでも、まだ、就職に有利」と言われておったからだ。英米文に関しては、「英語が使える」と思われるらしく、社学については、「あまり文学部らしくない」っていうんか、法、経済、商のように、「文学部の中でも、まだ、プラグマティックていうか、使える学問」というふうな色眼鏡で見られておった(のではないかと、学生の側が思い込んでいた)フシがあるのではないだろうか。
 仏文に関して言うと、「カミュvsサルトル論争」がブレイクし、ドゴールが政権の座に就いた50年代末から60年代にけては、選抜試験が行われるほどの人気があったと、聞かされたものだ。仏文専攻の佐藤朔が塾長に就いたというのも、そういう勢いがあったことの裏返しなのだと思うが、ワシらが学生時代を過ごした80年代半ばは、既にそうしたかつての盛り上がりはなくなっておったのは事実だ。それでも、まあ、文学部の中では、そこそこの数がおったということになるが、でも、推測するに、今は、もっと学生数が減っているような気がする。
 そもそも、慶応は全く第一志望ではなかったのだが、入ってみたら、結構、オモロイ大学で、本当に楽しかったという思い出しかない。高校時代、一緒に京大現役合格を目指し、初志貫徹したクラスの同級生からは、さんざん、「レジャーランド大学」とバカにされ、もっとも、実際、その通りだったんだが(笑)、ハタチ前後の時期に、まさにモラトリアムというのか、充電期間ということに徹することができたのは、その後の人生行路において、むしろ、よかったのではないかと思っている。
 ワシが、日吉と三田で過ごした80年代半ばは、70年安保という政治の季節は、とうの昔に消え去り、「ノリノリ、イケイケドンドン」のミーハー三昧で、合コンに徹マンの日々だったが、逆に学生時代にそうやって、遊び倒したことで、就職して社会に出てからは、「仕事一筋」であることに、何の心残りはないっていうのだろうか。そういう意味では、「即戦力」からは程遠い人材だったと思うが、しかし、そんな人間でも、シンブン社に引っかかったというのは、いい時代だったと思う。もし、今、シンブン社を目指しておったとしても、ま、1次試験の筆記は通ったにしても、面接で落とされておるのではないだろうか。
 それは採用人数が減っているということともリンクしとると思うんだが、採用人数が多ければ、「少しは変わった学生も採るか」というインセンティブも働くだろう。だが、採用人数が限られるとなると、やはり、人事は無難志向っていうのか、資格だTOEICのスコアだとか、どうしても、そのへんのところで選んでしまうのだという気がする。それはともかく、あの時代、就職活動でほとんど苦労しなかったということで言えば、「余計な消耗をしなくて済んだ」という点では、本当に恵まれていたと思うのだ。

 #それで、ザ・仏文の同級生の堀内紅子サンのお父さんというのが、「堀内誠一」という、知る人ぞ知る絵本作家なんだが、この「11・30」まで、長野県の「小さな絵本美術館 八ヶ岳館」(JR中央線の茅野駅からバスで約20分)で原画展を開いているとのことだ(カノジョのフェイスブックで知った)。
 じつは、一昨年の12月だったが、表参道のギャラリーで、カノジョのお父さんの原画展をやってて、観に行ったんだが、すごくよかった。創作から40年以上の歳月が流れていたにもかかわらず、全然、色褪せてなくて、本当に生き生きとしていた。確か、タイトルは「小さなとのさま展」だったというふうに記憶しているが、何ていうんかいなあ。温かみとともに、ファンタジーっていうか、夢があふれてて、胸にジーンときた。わずかタッチの差で(たったの15分!)、カノジョとは遭遇できず、その後、1度だけ、フェイスブック経由でメールを打ったんだが、「ゴメンナサイ、古川クンって思い出せないの。今、卒アルを見ているのだけれど…」っていう返事だったんで、「ガーン!」でしたよ(TT)。だって、個人撮影の写真は、ひとり挟んで、隣同士なのになあ(><)
 それはともかく、原画展は前半と後半で入れ替えがあって、カノジョは、この「10・24」から始まる後半戦の方の展示を勧めておった。地図見たら、茅野ってのは、案外遠くて、行くとすれば、朝早起きしての日帰りツアーになりそうだ。
 堀内サンは、日吉のときの、牛場暁夫先生(専門はプルースト)のフランス語の語学のクラスが一緒だったんだが、幼い頃、そのお父さんと一緒にフランスで過ごしていたとあって、語学力はズバ抜けておった。原典講読の授業では、ホンマ、カノジョはスラスラと流暢に訳しておって、それだけは、今でも忘れられない。いわゆるチャラチャラしたところはなく、髪はショートでサッパリしてて、芯がしっかりしてたという印象がある。

 #しかし、カトパンはホンマ、最近、ブログの更新が全然だよな。エースがこうだってのは、ある意味、フジの凋落を象徴しとると思う。他社ながら、08年同期のよっしーだが、ニューヨーカーの藍色の花柄ワンピースが可愛らしいってのはわかったから、番組Pに直訴してだな、少しは、ゲンバに出る習慣をつけんと、だろう。あの広島市の、メイド喫茶の客ら3人が死亡した雑居ビル火災は、市内の繁華街だったんで、地元のローカル局も近所ってことで、即、ゲンバに駆けつけたんで、アレだけ迫力のある「絵」が撮れ、3人死亡という重大さと合わせて、全中のアタマで扱ったってことだろうな。いいか、ジケン&ジコの取材では、「桃栗3年柿8年」になぞらえて、「殺し3年火事8年」という物言いがある。別にコロシが簡単っていうワケではないんだが、火事ってのは、そう言われるほど原因究明が簡単ではないということから来ている。今回も火元の特定から始まって、原因究明も時間がかかると思うが、それでいいと思う。オンナを口説くのと同じで、拙速である必要はない。だから、よしえ、チャラチャラばっかしとらんで、たまには斬った張ったのゲンバに入り込んでだな、血ヘドを吐きそうなぐらい、這いずり回ってこい!
 そうか、ちゅばき、広島市の雑居ビル火災は、被害者は、2Fにある「黒猫メイド魔法カフェ」の個室エステルームに集中しとったのかあ。同カフェでも、個室でない部屋におった客は逃げて無事だったのかよ。エステってことで、マッサージを施すってことなんだろうが、コイツは本番OKのコースだった可能性はあるよな。その場合は、たぶん、相手のオンナに直でカネを渡すんだろうなあ。だから、逃げ遅れたっていう推測も出てくるよな。んで、火元は1Fの物置の段ボールんところから燃え広がっておったっていうことのようで、「放火」「失火」という線で捜査を進めるとのことらしいだが、どうなんだろう。まず、このメイド喫茶だが、ウラでヤクザが経営しておったっていうことはねえんかいなあ。どうも、実態としては性風俗の店ってカンジだわな。あと、この雑居ビル一帯において、「地上げ」、すなわち、再開発の計画はなかったのか、そのへんあたりも調べる必要があるな。だから、ちゅばき、ココは、よっしーが乗り込む前に、先にヒロシマへ突撃取材に行かな、アカンやないか!

 #そういえば、知花はまだ、WFPのニッポン大使の肩書を持っておるハズだよな。であれば、今のシリア難民のモンダイに、もっと本腰を入れて情報発信せなアカンと違うのかよ? それはそうと、『ドゥマーニ』の専属は、ぬあんで打ち切りになったんだよ。だって、後任の蛯原は腹がデカイんだし、そもそも、『姐キャン』との兼任なわけだろ。妊婦の起用がNGとは言わんが、姐キャンとの兼務はおかしい。だって、姐キャンとドゥマーニとでは読者層が違うんだから、そこに同一の人物を表紙モデルとして起用するってのは、普通はありえない。だから、ドゥマーニの編集ブは、何も考えんまま、知花を外しておるんだよな。確かに、知花は長くはなっておったが、今の蛯原を見ておったら、敢えて、この段階で、知花を外す必要はなかったよな。おかしいと思う。
 で、NHKの大河ドラマの最終回にチョロっと出るってことだが、そもそも知花は、本気で役者に転身する覚悟で、腹を括っておるのかよ。役者の世界は、そんなに甘くはない。それより、シリア難民だろうなあ。WFPも力を入れてシリア国内はもとより、国外に脱出した難民への食糧援助もやっておるんだから、ギャラは少ないかもしれんが、シリア難民のモンダイは、もっと気合いを入れて突撃すべきだと思う。ウダウダとノー天気に短歌を詠んでおる場合ではない。しかし、くららの付き合おうておるオトコってのは、そういうことを言ってくれんのかよ?

 #ともこは、「ともこが斬る!」ってことで、新しいコーナーをおっ始めたのかよ? お題は「米大統領センキョの異変」ってんだが、番組HPに動画がupされておらんから、どういう取材をしたか全く分からんので、番組フェイスブックの方に投稿のしようがねえんだよなあ。でも、ともこはさ、そもそも、どこまで「報道=ジャーナリズム」に対する思い入れがあるかに尽きるよな。
 とりあえず、よっしーは、ブログやフェイスブックをこまめに更新するだけの元気はあるんだな。ま、ないより、あった方が全然マシではあるが。そういえば、細貝は最近、地上波では御無沙汰なんだが、もう齢29、数えで言ったら、齢30だから、アラサーどころか、モロサーなんだな。しかし、細貝はコレまでのところ、オトコのハナシを写真週刊誌には全くスッパ抜かれてはおらんよな。オトコがおらんのか、ただ単にシッポを捕まえさせんだけなのか。
 あと、ともこもオトコに関しては、写真週刊誌沙汰にはなっておらんよな。そこが、よっしーとの大きな違いだよな。細貝は準ミス慶応だったが、よっしーは年次的には、その前年(前々年?)のミス慶応かよ。アレは広告研のヤラセっていうか、今でも、事前に決まっておるってことはねえんかいなあ。もっとも、ネットの時代だから、最近は人気投票制にシフトしとるんかよ。細貝も、スパNのフィールドキャスター時代は、いろいろとゲンバに放り込まれてはおったよな。

 #で、「ともこが斬る!」は、米大統領センキョの民主党の候補者選びで、「社会主義者」を自称する上院ギインのサンダース(齢74)に、特に若者層の支持が集まり、台風の目になっておるってことで、学習院女子大教授の石澤靖治にハナシを聞きに行ったってことなんだな。ヒラリーが思いつきで、「TPP反対」を言い出したのも、間違いなく、「サンダース人気」を意識しておるよな。それで言うと、米国内の世論動向もさることながら、イギリスでもこの夏の労働党党首センキョで、今だと「極左」のレッテルを貼られておるが、でも、元々の労働党のストライクゾーンにおったタマだわなあ、大ベテランのコービンが選出されたわな。欧州大陸では、左派っていうか、社会民主主義路線の政党はセー権に就いておるんだが、イギリスでは、ブレア以降は労働党の右傾化が甚だしく、下手したら、保守党より「右」だったからな。そうしたイギリスの状況も、影響がないとは言えんだろう。
 ニッポンは来年夏に参院センキョがあるんだが、そのへんの「極左のグローバル・スタンダード化」というのが、どういうふうに出てくるのか、だ。例えば、アンポ反対でブレイクしたシールズだが、あの主張は、極めてスタンダードな左派リベラルだわな。共産党のコクミン連合政府構想と合わせて、「左派支持票」ってのは、だいぶ増えそうな気がする。新自由シュギも、飽きてきたってところがあると思うで。しかし、ともこは、全然、斬りマクっておらんよな。まだ、腹に力が入っておらん。

 #んで、よっしーは高校時代の同級生と会うて、「子どもの貧困」について、アレコレとハナシを聞いてきたってんだが、そもそも、本腰を入れて、このモンダイを取り上げる意志と意欲はあるのかよ。ワシは、あんまりこっちの方面には、時間的余裕がないゆえ、クビを突っ込んではおらんのだが、女子高生サポートセンター「Colabo」代表の仁藤夢乃(1989年生まれ)が、修学旅行の積立金や給食費が払えんため、売春しておる少女の実態を明かしておって、「うわっ!」だわなあ。いやあ、消費税増税をはじめとして、その新自由シュギの遂行に伴う格差拡大による、貧困層の増大だが、来てると思う。
 そういえば、20年ほど前だが、宮台真司が「ブルセラ現象」ってことで、パンツを売る女子高生の実態を研究対象にしておったが、あの頃とは、時代がすっかり変わってしもうたよな。当時はまだ、「小遣い欲しさ」が目的で、「生活に困窮して云々」というレベルではなかった。同じ塾員ということで言うとだな、あそこの塾是ってのは「ペンは剣よりも強し」ってことで、まさに「報道=ジャーナリズム」の王道を行っておるんだからな。よっしーも、どうせ、日吉&三田でさんざん遊び倒したんだろうから、社会に出た以上、「世のため、人のため」に、少しはまっとうな仕事に精を出すべきだ。

 #さすがに、コイツは、こっちのヒマダネの扱いになるんだが、元神戸シンブン記者で、今はノンフィクション作家を名乗っておるが、被差別部落出身であることをカミングアウトして、そのテの題材を中心に本を書いておる「角岡伸彦」ってのがおるんだが、本人のブログ「五十の手習い」で、彼が同紙の姫路支社に在職中、姫路市とは姉妹都市であるアメリカはアリゾナ州のフェニックスに、毎日シンブンのI記者と一緒に訪問したっていうハナシを「アメリカでの大失態」という題で書いておるな。
 じつは、ちょうどこの当時(91年5月〜93年3月)、ワシも、毎日シンブンの姫路支局におったんで、知っておるんだが、この「I記者」ってのは、「伊藤雄一」といって、確か、入社年次はワシより1年下だったと思うが、あまり他人のことをとやかく言えた義理でもないんだが、チャラチャラしておったのお。その角岡の顔と名前は、もちろん、知ってはおったが、ほとんど喋ったことはなく、彼は、行政担当ということで、普段は姫路市役所のキシャ倶楽部に詰めておった。いわゆるバリバリのジケン記者ではなかったんで、印象は薄かったが、後輩の伊藤は、角岡とは仲がよかったんだろうと思う。その伊藤とは、支局で一緒に麻雀したり、魚町にもよう飲みに行ったものだ。
 伊藤も、チョットっていうか、だいぶ変わってて、当時流行のマツダのユーノス・ロードスターにクルマを買い替えたんで、そのお古だった白のスプリンターを、確か5萬円ぐらいだったと思うが、ワシが譲り受けてもらった。あのスプリンターは、もちろん取材でも使っておったんだが、すごく走りやすかった。伊藤はそのロードスターに乗って取材に出かけるんで、「オマエ、いったい、何、考えておるんだ!」って、周りから、さんざん言われておったよな。でも、あのロードスターってのは、とても遊びゴコロのあるクルマだった。そうそう、フェニックスには2週間ほど滞在しておったんだが、伊藤も姫路&播磨版に、いちおう、出席原稿ってことで連載を書いておったが、記事読んでて、「ホンマ、遊び倒してきたよな」ってところだったよなあ。でも、エエ国際交流だったと思う。
 シンブン社は、支局は基本、自家用車による取材なんで、ワシは最初がニッサンの白のラングレー、2代目が、そのトヨタの白のスプリンターだった。ま、コロシだ火事だと、よく、クルマでゲンバに駆けつけたものだ。初任地が高知、2つ目が姫路だったんだが、双方、管内広かったんで、クルマでよくあちこち回った。高知支局のときは、佐喜浜って、室戸岬からさらにその先なんだが、片道で100km近くはあったと思う。そこの漁協で使い込みのハナシがあったんで、クルマをスッ飛ばして通ったものだ。姫路支局のときは、当時、兵庫県は宍粟郡の一宮町って、姫路市からだと、北へ50kmぐらいはあったかいなあ。そこの町議選で、不正投票ギワクっていうか、ジケンがあって、コレもようゲンバに通い詰めた。取材の時期が冬で、そこは山間なんで、雪が降ってきて、ところが、チェーンを装着しとらんかったんで、後輪が滑って、怖かったのを、今では懐かしく思い出す。

 #久しぶりに、Coccoの「雲路の果て」のプロモーションビデオを観たっていうか、聴いたんだが、やっぱ胸に来るなあ。あの頃は、ホンマ、透明感が炸裂しとるよな。「この目が光さえ知らなければ、見なくていいものがあったよ」、「体があなたを知らなければ、引きずる思い出もなかった」って、痛い。今、カノジョはどうしてるんだろうなあ。Coccoはウチナーなんだが、地黒の肌といい、彫が深くて、鼻が少しペチャンコの、何て言うんかいなあ、「縄文顔」かよ。やっぱ、知花に似てるよな。ワシは知花を1度だけ、ヨコハマのMM21で見たことがあるんだが、ナマ知花の強烈な印象は、「南国娘」。雑誌媒体を通すと、なかなかわからんのだが、現物を見ると、地黒なんだよな。アレは驚きだった。
 それで、シリア難民のモンダイだが、知花はまだWFPのニッポン大使の職にあるんだったら、少しは動けってんだよ。自分から動こうという意志はねえのかよ? 指示がなけりゃ動かんってのは、どうしようもねえよなあ。ドゥマーニの専属が終わって、自由に動ける時間が確保されたんだから、のうのうと短歌ばっか詠んでねえで、もっと、ビシバシと動きマクれってんだよなあ。特に、EUは今、このモンダイでテンヤワンヤなんだから、WFPに交渉して、旅費を出してもらってだな、「食糧支援のゲンバ視察」と称して、取材してこいってんだ、このアホンダラが!

 #今年も三田祭の時期が近づいて、ミス慶応がエントリーされとるんだが、「本気のオンナは、美しい」って、「いかにも」なお題だよなあ。ま、オンナ、オトコに限らず、実際には「本気の人間」というのは皆無に近い。所詮、適当なところで手を打つことで、世の中は収まっておる。んで、プロモを見たんだが、軒並み、出場者は「強いオンナでありたい」ってことを言っておって、「へえー」って思った。今はそういう時代なんだろうか。しかし、年齢的には、ワシとは親子そのものなんで、んもう、涙がチョチョリ出てきますよ(TT)
 外見とは別に、少しオモロそうだと思ったのは、4番の新井椎巳(環境情報2年)と5番の中川安奈(政治4年)かあ。5番の中川はジャーナリズムを勉強しておるってことは、旧・シンブン研に入っておるってことかよ。趣味が相撲観戦で、特技が寝袋で熟睡できることってんだから、変わってはおるわな。既に就職は決まっておるんだろうが、こういうのはシンブン社を受ければ通りそうなカンジ。
 それと、元ミス慶応のよっしーだが、スパJで、築地で美味いイクラ丼を食ってきたってんだが、もちろん、事前に裏方がリサーチしておって、台本もあるってのはわかるんだが、バラエティーでのうて、それでも一応、ニュース番組なんだから、「ロケ」は違うだろう。やっぱ、「取材」って言わんと、だわなあ。
 んで、よっしーんところが追起訴に合わせてOAしておった、「ヒガイシャの証言」を集めたところが、「特報」に相当するんかよ。兵庫県警の捜査2課が摘発した、巨額預かり金詐欺なあ。化粧品販売を手がけておったっていう主犯格の藤原道子(齢60)だが、なかなかのタマだな。08年以降、関西を中心に、少なくとも530人から計約113億円を集めておったってんだが、コイツは、スンゴイの一言に尽きるな。言葉巧みに「都市銀行とパイプがあり、高金利がゲットできるウラ口座がある」と持ちかけておったってことだわな。少し考えれば、すぐにわかるんだが、このチョー低金利の御時世、「毎月1〜2%、年利換算で60%の金利」なんて、おかしいっていうより、「こんなもん、異常かつ、ありえん」なんて、即、わかるんだが、そのへんは、化粧品販売で培った口八丁手八丁は、間違いなくあったんだろう。
 そこで、思ったんだが、こうした個人の営業マン(orウーマン)が手がけとる化粧品販売ってのは、いわゆるマルチっていうか、ネズミ講的なところがあるよな。というのは、「商品を買った客が、さらに客をかき集めていく」ってことで、「商品を売る」というよりも、本質的には「会員を集める」ってことだわな。だから、その化粧品販売で構築したネットーワークをテコに、今回の巨額預かり金詐欺を展開していったのではないかと、ワシは見ておる。
 だから、思うんだが、今回、かき集めた113億円ってのは、藤原がひとりで集金して回ったっていうよりも、そうした「ネズミ講」のネットワークで、上納というカタチで、吸い上げておるんと違うんかいなあ。このテのサギで、3桁(=100億円以上)ってのは、そうなかなか簡単に集めれるものではない。だから、配当金を払って、回していくためには、とりあえず、最初の段階では、ちゃんと金利も払って、客を信用させんとだからな。
 でも、タコが自分の足を食っていくのと同じで、その異常な高金利を支払い続けて、事業が回っていくワケがないんだから、もちろん、システムとして「詐欺ソシキ」だったことは、疑いの余地はない。しかし、貯め込んでおるカネは相当あるな。とにかく、どこかにあるハズだ。あのオバハンは「騙すツモリはなかった」と犯意を否認しとるってんだが、詐欺罪ってのは、たかだか最高刑が懲役10年だからな。初犯であれば、どうせ、仮釈放がつくだろうから、有罪が確定し、実刑を食らってムショに放り込まれたところで、齢70前にはシャバに戻ってこれるからな。「ムショ入る覚悟」でやっておる。いいか、よっしー、ジケンってのは、こういうところまで掘り下げて報じんことには、「寝てるのと同じ」なんだからな。報道も本気でヤラんことには、美しくはなれんで(笑)
 で、ミオパンは、大島の代行? ってことは、大島は今頃、夏休みを取っておるってことかよ。ミオパンも、全然、本気を出しておらんよな。ミオパンは年次で言うと、よっしーの1年下になるのか。で、そのまた1年下が、細貝かあ。あの細貝のホウドウキョクの「さらのちゃんねる」だが、アレはいったい、何をヤッとるんだろうな。あと、久しぶりにカトパンんとこのフェイスブックにビジター投稿したんだが、ともこんところと違って、表示されんよな。大したことは書いておらんが、あの長谷川豊が、自民トウ大阪府連に肩入れしておった、反ハシストの藤井聡っていう京大院教授を徹底的にコキ降ろしておったんだが、だが、それを言ったら、長谷川本人も「公正中立さ」が求められる放送法にイハンしておると指摘した。カトパンもそう思うだろ?

 #で、オンライン・ダイヤモンドに出ておったんだが、「三十路以上、アラフィフ周辺のキャリア女子」で、今、「機能別カレシ」の所有が流行っておるってことで、「セックス、メシ、趣味」で付き合い分けておるってんだな。何か、ひと昔前の「アッシー」「ミツグ君」と大して変わらんぢゃないか。
 オモロイのは、本人のフェイスブックでこの記事を紹介しておった、ザ・仏文の同級生で、今は途上国支援の専門家の安田弓(ドゥルーズ&ガタリの『アンチ・オイデプス』をテキストにしておった、3年んときの永井旦ゼミで一緒。だから徳チャンとも同じ)が、「コイツはありえん。都合のいいオンナとしか思えん」としたうえで、「コレは恋しているのではなく、オトコ友達をカレシと思っているだけなんで、ゼッタイに寝ちゃダメ。自分だけでなく、周りも面倒なことになる。本当に好きな人とだけにしておきましょう」と喋っておるんだが、確かにその通りだよな。しかし、ワシもこんなコメントに、いたく共感するってのは、既に、そういうオッサン、オバハンの年齢になってしもうたってことだわなあ(笑)
 オトコとオンナのつくりが基本的に違うのは、オトコはナンボでも遊びで寝れるが、オンナはヤル(ヤラれる)ことによって、「情」が湧いてくるんで、「そこ」だよな。とりあえず、安田弓は、ひとり娘のちび子に、そうした貞操教育を貫徹させることが大事だろう。カノジョは、三田におった頃は、ホンマ、色白でナヨナヨしたカンジだったんだが、今はホンマ、「逞しいオカン」そのもので、自分で「母親になって、腹が据わった。覚悟ができた」とは言っておった。「オンナは弱し、されど母は強し」ってのは、そうなんだと思う。

 #ともこは、アンサーに出ておらんのだが、夏休みは早々と7月の初めに取っておったから、秋休みってことはねえよなあ。取材に出ておると思うんだが、辺野古で潜入取材しとるんかよ。
 んで、いいか、大島の代打のミオパン、その20年以上、マンション建設でゲンバ責任者をやってきた人間の顔伏せ証言が、コイツはなかなか凄いスッパ抜きなんだから、「伝える側」としてだな、もっとオドロキの感情を持って伝えんで、どうするんだ。あの顔を見る限り、「ニュースの価値判断」がまだ全然、デキておらんな。キャスターっていうか、「報道=ジャーナリズム」ってのは、要は、コイツが全てだからな。だから、「何が、ニュースか」ということを常にアタマで考えながら、「コレはニュースだ」と判断したネタについては、徹底的に報じるってことで、「それ」しかねえんだからな。ミオパンは来年が三十路なんだから、本気で「報道と心中する」ぐらいの気概でやってもらわんことには、そこにおる価値はねえよなあ。
 あと、アサ芸記事で、カトパンは、来春でめざましを卒業して、夕方のニュースに持ち場替えになる云々とあったんだが、報道に行きたいんだったら、もう少し「欲」というものを見せんことには、周りにアピールはできんからな。だいたいが、もっと、「長谷川豊ゴロシ」に出てだな、ヤツにもっとガンガンと噛みつかんと、だわなあ。カトパンは、あの長谷川の野郎に「パン子」呼ばわりされて以降、ホンマ、サッパシっていうか、まさに「ヘビに睨まれたカエル」状態そのもので、それも、一連の「お台場凋落=数字が出てこん」っていう一因にはなっておると、ワシは思う。確かに、長谷川がNY在任中に、カネのモンダイで、いろいろとあらぬ濡れ衣を着せられ、詰め腹を切らされたことは、本当に気の毒だったと思うが、でも、それとカトパンに対する「パン子呼ばわり」は、直接的な因果関係は存在せんよな。ただ、長谷川がまるっきり、バカではないのは、「叩くツボ」をよう知っておるっていうか、カトパンに続くのがおらんから、ココでエースを叩き潰しておけば、お台場的にはダメージは大きいわなあ。こういうのを俗に「頂上作戦」ってんだが、でも、カトパンは、あの長谷川から逃げ回っておるようでは、オシマイっていうか、アレは徹底的に返り討ちにせんと、だわな(笑)

 #で、所在不明となっておる、ともこだが、ワシはたぶん、辺野古潜入取材に専念しておるんだと推測しておるんだが、ともこ不在中に取り上げておった「涙の出ない、甘いタマネギ」の「スマイルボール」なあ。コイツはハウス食品の新製品なんだよな。であれば、カネを払わせて、CMを流した方が早いよな。夜のWBSのトレたまも、このテのアイデア新商品を取り上げてはおるんだが、一応、中小零細企業っていうか、基本的に、そんな宣伝広告にカネをかけれんところをピックアップしとるよな。だから、ニュースで取り上げることに、ワシは違和感あるんだが、経済ブ出稿のネタってのは、そもそも、こうだよなあ。連中は、企業からの贈物や接待がスンゴイから、こういう提灯記事に違和感ってのは、ねえよな。
 あと、よっしーんところのスパJだが、東京都日野市は高幡不動近くの通称・高幡山で見つかった、小4男児(齢10)の変死ジケンなあ。着衣はなく、スッ裸のまま、木の枝に首を吊って、急斜面に仰向けに倒れておった状態で見つかり、両足、そして、両手は後ろ手で縛られておったってんだが、ナンボ、外傷がなくても、早々にジサツと断定するのは、どう考えてもおかしいわな。それで言えば、ヨミの大阪社会ブで府警1課担をしておった大谷昭宏は「遺体がすべてではない」と、「交友関係とか、もっといろいろと調べるべきだ」と喋っておって、さすがに、まだ耄碌はしておらんわな。そもそも、アレは行政解剖でのうて、司法解剖に付すべき事案だろう。だいたいが、ジサツする人間が、何で服を脱いで、スッ裸になる必要があるんだ? 両手、両足を縛られておることと合わせて、アブノーマル極まりねえよなあ。「コロシ」ってことで考えた場合、変質者的なオトナっていうか、中学・高校生以上のもっと体格のいい人物による犯行もとより、あと、同級生によるイジメだわなあ。もっと、「コロシ」の線も考えて、捜査すべきだ。よっしーは、後輩アナとのうのうと晩飯を食うとるんでのうてだな、はよ、ゲンバ周辺の徹底的な聞き込みをヤッてこい。ジケンに対する食らいつきが、甘過ぎる。

 #コイツも、こっちのヒマダネの範疇になるんだが、講談社の小説現代長編新人賞ってのがあって、それに「坂上琴」っていうペンネームの『踊り子と将棋指し』(『ヒモの穴』より改題)が受賞したってんだが、本名は「山手秀之」といって、ワシが大毎社会ブにおったときの2年上で、だから、86年入社なんだが、アル中(アルコール依存症)になって、12年に国立久里浜医療センターに入院し、その後、休職して、去年(14年)6月に退社しておったってんだな。61年生まれっていうから、齢54かあ。そうそう、京大相撲部におったってことで、当時から、「山手どす」ってカンジだったんだが、しかし、「人生いろいろ」だよなあ。当時は、社会ブの記者としては、ま、それなりにフツーではあったが、でも、バリバリに出世の超上昇コースに乗るというのとも、チョット違っておったと、今にして思うな。25年以上在職はしとるんで、年金はそれなりに出るんだから、もう、小説でも書いていくしか、この先もねえだろうなあ。アル中ってんだから、諸々、ブッ壊れてしもうたってことなんだろうが、たぶん、ずうーっと、あの大毎におったんだろうなあ。アソコは要するに、キチガイ部落だから、繊細な感性を持つ人間にとっては、生き辛い場所だわなあ。

 #んで、ともこは、いったい、どこに行っておるんだよ? まさか、秋休みではねえわなあ。夏休みはちゃんと取っておるんだからな。メインキャスターが、何でこんな時期にのうのうと休めるんだよ。ありえんってことは、コイツは辺野古潜入取材を敢行しとるんだな(笑)
 よっしーは年賀状のロケでのうて、取材に行かされておったのかよ。結局、ヒマダネ要員の域を脱しておらんよな。無論、何もないときはヒマダネもエエんだが、やっぱ、あの日野の小4男児変死ジケン、独自で聞き込み取材をヤリ倒すべきだ。捜査を尽くした末、ケーサツが最終的に「ジサツ」と結論づけるのであればエエんだが、初動の段階で、そう簡単にジサツを決めつけていいのかよ。だって、ジサツする人間がぬあんで、スッ裸になって、両手足を縛るんだよ? よっしーは常識的に考えても、「おかしい」と思わんか? ケーサツがジサツの方向に持って行こうとしておるんで、報道機関も「ハイ、そうです」でのうてだな、ちゃんとゲンバを踏んだうえで、自分のアタマでジケンを組み立てて、よく考えてみろってんだよな。コレでは、あの亡くなった坊やも浮かばれんのではないのか。徹底的な聞き込みと周辺取材の結果を突きつけてだな、ケーサツの捜査の手ぬるさを批判するのが、まっとうな「報道=ジャーナリズム」ではないのか。

 #カトパンの今年のハロウィン仮装の、黒の魔女セットだが、似合ってると思う。そもそも、カトパンは乳はデカイんだが、腰を含めて細身なんで、着映えする体型だよな。久しぶりに、あの網タイツってのを見たんだが、あんなのまだあるんだな。しかし、ブログを見ると、更新が全然で、「メシ食った」とか、「今日の衣装でーす」の喋りすらupするだけの余裕っていうか、エネルギーがないってことだから、深刻でないってことはないだろう。確かに、根本的に日枝久が長過ぎるってのもあるんだろうが、でも、日枝自身は、とにかく、「数字を出せ」ってことで、ゲンバにいちいち細かいところまで、嘴を挟んでおるってことではないんだろ。バラエティーにドラマは全く見ておらんから、偉そうなことも言えんのだが、ただ、報道はともかく、女子アナ勢を見ておる限り、少し前、具体的にはアヤパンに中野、あと、おクリがおった頃と比べたら、全然だよな。オーラがないっていうか、勢いを感じんよな。ホンマ、渋谷あたりですれ違っても、「で、アンタ、誰?」の世界で、そのへんのOLと変わらんからな。印象に残らないってのは、致命的だと思う。そこが、汐留の大食いの水卜麻美なんかとは違う。それで言うと、「カトパンより下」ってのは、存在感がないよな。お台場の会社全体が、そういう雰囲気なのか、それとも、冴えない女子アナが集まっておるがゆえに、そういう雰囲気を醸し出しておるのか、「ニワトリが先か、タマゴが先か」の議論かもしれんが、テレビの型枠から、ピャーッと飛び出してきそうなバカをヤルのが、おらんよな。
 で、よっしーが、年賀状の絡みで、電話取材を放り込まされておった「星山理佳」だが、この人は、5人おるJP専属の切手デザイナーのうちの1人なんだな。来年がサル年で、12年前のサルが湯に浸かっておる絵柄に、子ザルが加わったってことでナンダカンダだったんだが、ヒマダネ的には「切手デザイナーとは、何ぞや?」で穿り出していった方がオモロイだろう。商業的にこのテのデザイナーというと、例えば、本の装丁とかがあるんだが、切手というのは、また、そういう路線とは違うんだろうし、JPが専属で5人も抱えておったっていうのは、「へえー」だな。いいか、よっしー、ニュースのキモってのは、人間の喜怒哀楽に根ざしたところから出てくる、プリミティブな驚きとしての「へえー」であり、「うわっ」「ウソだろ」「そんなバカな」だからな。「事実は小説より奇なり」というのは、本当のことだから、「それ」を穿り出していくってのが、「報道=ジャーナリズム」の仕事だ。
 それで言うと、あの日野市の小4男児の変死ジケンは、もっと穿り出すべきだ。その西東京市で、中2男子の長男を虐待した結果、その長男がジサツしたため、父親が刑法第202条のジサツ幇助の戒名に問われ、1審で求刑通り懲役6年の実刑ハンケツが出ておったことを伝えておったが、このジサツ幇助といえるかどうかはわからんが、同級生らによるイジメっていうか、悪ふざけによって、その男児が死に追い込まれていったっていうことは、ねえんかいなあ。
 大谷昭宏もチョロっと喋っておったんだが、今回はホトケに対して、行政解剖でしかなかったんだよな。「行政解剖」ってのは、変死事案において、死因が検視だけでは特定できない場合に付すんであってだな、そんなんでのうて、ココは刑訴法に基づく「司法解剖」、つまり、「ジケン性が疑われる場合、遺体解剖による死因特定」に回されるべきだよな。捜査を担当しとるのは、桜田門は所轄の日野署だろうが、初動が鈍いっていうか、おかしいよな。もし、ジサツであれば、必ず「動機」が要るが、そもそも、小学4年生の子どもが、おいそれとジサツするかよ。小学校高学年や、中学生、高校生ならまだしもなあ。その日は、日曜日で、お昼ぐらいに「遊びに行く」と言って出て行ったってんだろ。両手、両足を縛ったひもや、首を吊ったひもってのは、どこで入手しとるんだよ。少年が自宅から持ち出しておったのかよ?
 いいか、よっしー、徹底的に取材してだな、母親の証言をはじめとして、スパJで報告しろ。別に結論を出す必要なない。でも、わからないなら、わからないなりに、それでも現段階で早々と「ジサツ」と断定するのは、おかしいからな。せめて、そうしたモンダイ提起ぐらいはできるだろう。もし、コイツをネグった場合、ワシがよっしーを心から愛するということは、未来永劫あり得ないと思っていい。

 #しかし、この「10・31」のシブヤでの仮装ハロウィンの洪水、ワシみたいなアラフィフのオッサンからすると、「ぬあんだ、ありゃ?」だわなあ。そもそも、ハロウィン云々で騒ぎ出したのは、特に、この数年だよな。秋口になると、あの目鼻口をくり抜いた、妙なオレンジ色のカボチャが出てきて、ワーワーとヤッとるなあってところだったんだが、おそらく、シブヤに集結しておったのは、10代、20代の若い世代だろうからな。「街頭に出よう」ってことで言うと、「脱原発」や「アンポ反対」のデモへと振り切れる層がおる一方で、こうやって仮装して騒ぐ層がおるってことなんだろうか。コスプレ仮装には「非日常の、もうひとりの自分を炸裂させたい」との思いを込めておるってことだが、プロレスで言うと、武藤敬司が顔をペインティングして、グレート・ムタとなって、「ベビー・フェイス→ヒール」と全くの別人格になるってことかあ。ま、機動隊が繰り出す騒ぎになっておるってんだから、いちおう、「へえー」なんで、ヒマダネの範疇ではあるだろう(笑)

 #何や、カトパン、報知が「来春でめざまし卒業、情報番組での起用を検討」と字にしとるやないか。よみうりTVのミヤネ屋にぶつけるツモリなんかいなあ。ってことは、安藤優子がメインで出とる、何だっけ、直撃LIVE・グッディは打ち切りになるのかよ。それは見ておらんからわからんのだが、今は夕方のニュースに出ておる伊藤利尋かよ、前の情報番組で出ておって、ミヤネ屋とバッティングしておって、見たことがあったが、彼は非常に喋りは安定しておるっていうか、力はあると思うが、いかんせん、裏方を含めて、「ミヤネ屋のクビを取る」っていう気概っていうか、執念が感じられなかった。悪く言うツモリはないんだが、ミヤネ屋はフリーだから、「数字」が落ちれば、即、クビっていうことで、ケツに常時、火がついておるわけだが、伊藤は所詮、勤め人だから、それぐらいでは、会社をクビにはならん。事実、夕方のニュースで復活しとるんだから、よくも悪くも、それが組織というものの温情だろう。ま、本気でミヤネ屋を潰したいんだったら、おクリでもぶつけるしかないだろう(笑)

 #で、近所の本屋に行ったら、岩澤倫彦『バリウム検査が危ない 1000万人のリスクと6000億円利権のカラクリ』(小学館)が平積みになっておって、胃がん検診のバリウム検査ってのは、必要ないどころか、過剰な放射線投与もあって、「百害あって一利なし」なんだそうだが、「検診ムラの利権」を死守するために延々と続けられておるってんだが、この「岩澤倫彦」の名前を見て、ピンと来るのは、相当の「通」だろう。ワシ、彼の肩書を見て、「元フジテレビ・ディレクター」だったのには、ぶっタマげた。会社に辞表を出して、お台場を去っておったのかあ。
 もちろん、この岩澤倫彦ってのは、名前しか知らんのだが、おクリがおった頃、Nジャにおって、あの「薬害C型肝炎」のモンダイていうか、コイツは既に「ジケン」なんだが、徹底的にやっておった。アレはホンマ、凄かった。その後も、たぶん、Nジャか、とにかく、お台場にはおったんだが、このバリウム検査のモンダイについて、企画書を出したところ、厚労ショウのキシャ倶楽部に担当に知らせたうえで、「厚労ショウが旗振ってやっておる事業に、文句をつけられても困る」ってことで、「バリウム検査自体、役に立ってんだろ? いろいろと視聴者から文句や抗議が出ても困る」ってことで、ボツにされたってんだな。だから、退社して、フリーランスになって、追いかけ続け、とりあえず、週刊ポストに記事化したものに加筆して、今回、単行本として刊行したってんだな。
 そうそう、ちょうど10年前だ。例の「障碍者自立阻害ホウアン」のモンダイで、真夜中、厚労ショウ前の座り込み抗議に、おクリが取材に行っておったんだが、「それ」に同行しておったのが、この岩澤倫彦だったんだよな。アレは、一応、おクリが取材して、取り上げたということにはなっておったが、ウラでお膳立てをしておったのは、この岩澤だったってのは、すぐにわかる。ワシはコレだけ優秀であるがゆえに、組織に踏み止まって、頑張ってもらいたいと思っておったのに、退社しておったとは、「うわっ!」だったなあ。だから、彼は今、「胃がん検診」と「がん緩和ケア」をテーマにしたドキュメンタリーを撮影しておるってんだが、映画として仕上げるのか、でも、その前に他局、赤坂サカスとか、六本木ヒルズに持ち込んだら、「それは、ぜひ、ウチでやりませう」って言いそうだよなあ。
 そういえば、あの長谷川豊が「私がNYから戻ってきたら、面白い企画があるのに、それが通らなくて、他局に流れている有様」ってことを字にしておったが、まさに、そうなんだな。しかし、長谷川の野郎、この岩澤倫道のハナシをブログでちゃんと書けば、お台場的には相当、キツイんだが、ま、カトパンを「パン子呼ばわり」しておる程度なんで、所詮、安牌だよなあ(笑)

「わかりやすい文章」を書く工夫

 今なお、池上彰サンがテレビで引っ張りだこですが、彼の最大の強みというのは、NHK勤務時代に『こどもニュース』を担当していたときの経験の蓄積からくる、「わかりやすく伝える術」を身につけていることに尽きると思います。「子供にでもわかるように伝える」というのは、決して子供の存在を蔑視するというのではありません。「細かい専門知識を持ちえていない子供にでも、わかるように伝える」というのは、私は「報道=ジャーナリズム」において、とても大事だと思っています。
 それは、なぜかというと、子供というのはとても純粋とでもいうのか、無垢ゆえに、「素朴なギモン」というのをストレートにぶつけてきますよね。例えば、「空は、なぜ青いの?」とか、「ろうそくの火は、なぜ燃えるの?」と。でも、こういうのは、非常に根源的な問いですよね。歴史学者の網野善彦が都立高校の社会科教諭時代、受け持っていた日本史の授業で、生徒からこう質問され、たじろいだといいます。「天下を取った織田信長は、なぜ、天皇家を滅ぼさなかったのですか?」
 じつは、こうした質問というのは、象牙の塔のアカデミズムにおいては、聞くのも憚れるのだそうです。なぜなら信長が天皇家を滅ぼさなかったという歴史的事実は、既に冷たく固まりきっているからです。網野自身、「もし、私が講座制に守られた大学教授だったとしたら、その権威で、こんな質問など、簡単にねじ伏せていただろう」と述懐しています。しかし、網野は、こうした目に曇りのない子供たちからのストレートな質問にだじろぎながらも、それに真摯に答えようとする努力を積み重ねる中で、あの「網野史学」を構築していったといいます。

 私が新聞記者を目指すことになった、たぶん、遠因にはなったいるかもしれませんが、それに、大学3年のときの仏文科のゼミで読まされたテキストの存在があり、それは、ドゥルーズとガタリの共著による『アンチ・オイディプス』という本でした。河出書房新社から翻訳が出ていましたが、今でもそうだと思いますが、あまりにも難解すぎ、冒頭部分から、「器官なき身体」「欲望する諸機械」といった物言いが噴出し、「そこに何が書かれているのか」「そこで言わんとしているのは、いったい何なのか?」というのが、さっぱりわかりませんでした。
 今からちょうど30年前ほど前の、80年代半ばというのは、フランス現代思想でも、このドゥルーズとガタリに象徴される「ポスト・モダン」というのが、アカデミズムにおいては一世を風靡していて、要するに「よくわからなくても、とにかく、難解なコトバを玩ぶことで、優越感に浸っている」ということだったのだと思います。
 じつは、その頃、私は将来の選択肢として、そのまま大学院に進んで、研究者の道も考えていないわけではなかったのですが、でも、この体験は、私に脳裏に「象牙の塔に閉じこもってしまうことの無意味さと弊害」を強烈に刷り込みました。そこから、社会の空気に触れるというより、モロ、その汚濁に塗れながら、人生を生きていくという道のりを、結果的に選ぶことになりました。

 新聞社はだいたいどこでも、「用字用語集」とも称する、「記事スタイルブック」というのを持っていて(朝日新聞や共同通信は、一般向けにも市販していたと思いますが)、そこには「記事を書く際の注意」ということで、「なるべくわかりやすく書く」という説明は、必ず載っています。
 例えば、「転倒する→転ぶ」「深刻化する→深まる」「数次にわたり→数回、たびたび」といったように、「やさしく書くように」とあります。また、「専門用語」についても、「専門家から取材すると、次々と専門用語が出てくるが、馴染まないものや難解なものは、できるだけ言い換える」とあり、それゆえ、「やむを得ず使う場合、簡単な説明は文中でカッコ書きで入れ、長いときは『注』として別項にする」というふうになっています。
 私が2度目の記者生活を送った東京新聞時代のデスクで、「いいかい、古川君。新聞記事の四字熟語なんて、『焼肉定食』で十分なんだよ」と言っていた人がいましたが、けだし、その通りだと私も思います。

 「わかりやすく書くには」ですが、それはとどのつまり、取材する人間が「ちゃんとわかっているか」ということに尽きると思います。何よりもまず、自分の頭で理解していないことには、それをかみ砕いて、わかりやすく伝えるということはできません。
 アカデミズムを中心に、「難解であること」を異様にありがたがって、崇め奉る空気さえありますが、それは多くの場合(というか、ほとんどといっていいですが)、扱っている本人たちが、「じつは、よくわかっていない」ということだと思います。
 現在、安保法制の審議が国会で始まっていますが(そもそも、この「安保法制」という語からして、じつにわかりにくいですよね)、そこでは、「武力影響事態」に「重要影響事態」、さらには「存立危機事態」に「国際平和共同対処事態」のほかに、「グレーゾーン事態」まであって、ここまで「事態、事態、事態!」のオンパレードです。子供でなくても、私にもさっぱりわからないのですが、そもそも、防衛省の役人自身が、具体的に、これらがどう違うのか、本当にわかっているのでしょうか?
 もし、これがアカデミズムの世界だったら、「講座制に守られた大学教授の権威」によって、こうした問いかけすら、封じ込めてしまうのでしょう。でも、残念ながら、これは現実の政治の世界の話です。こんなふうに「子供にも説明できないことを、振り回している」という時点で、既に終わっていると、私は思います。それゆえ、まっとうな「ジャーナリズム=報道機関」であれば、まず、そこからきっちりと批判をしないと、です。

 それで言うと、ジャーナリズムの文章における要諦は、「簡潔、平明、達意」だと思います。これは、そのまま新聞記事の文章にもあてはまるのですが、とにかく、「読んでわかる」というのは、大事ですし、すべてだと思います。結局、そうやって、「読んでわかる文章」を書くには、取材して書く人間が、「伝えるべきことがらを、きちんと理解している」ということに尽きると思います。わからない人間が、その四字熟語に象徴される専門用語を振り回し、わかったつもりになっているのですが、本当のところは、じつは、何もわかっていないに等しいのです。
 そういうふうに、ジャーナリズムの文章にも「わかりやすさ」が必須条件であるとするなら、例えば、『聖書』や童話のような読みやすさがあっていいと思います。私はキリスト教徒ではないですし、そもそも、無神論者ですが、しかし、聖書が全世界的なベストセラーになっているのは、あの「読みやすさ」にあると思います。また、童話でいうと、サンテクジュぺリの『星の王子さま』が挙げられますが、あのような読みやすさは大事だと思います。子供にでも、また、お年寄りにでもわかるようにかみ砕いて書く工夫、努力こそが大事です。
 というのは、これはコミュニケーションの本質でもありますが、「言いたいこと」が相手に伝わらないことには、話になりません。会話も文章も、「相手に伝わって、初めて、双方が繋がり得る」ということです。
 「知」にしろ、「情報」にしても、それは一部特権階級の独占物ではありません。それは、「みんなのもの」に他ならず、であればこそ、そのメッセンジャー役たるジャーナリストというのは、「相手に伝わる、わかりやすい文章」を書くように、骨身を惜しんではならないのです。

 #それで、ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」で、6月28日から7月12日まで開催中の「白洲千代子 装飾事典2015」、観に行ってきましたよ。パリに続いて、東京の自宅ギャラリーでも時間差ダブルで行っているのだが、結論から先に言うと、あけすけな言い方で恐縮なのだが、徳チャンが抱えておる作家さんの作品展の中でも、今回はスゴかったっていうか、超スペシャルだったあ!
 そもそも、この白洲さんという人なのだが、年齢的にはワシらより3つぐらい下とのことで、ま、ほぼ同年代なのだが、血統がものスンゴくて、父方の祖父が白洲次郎、んで、母方の祖父が小林秀雄なんだ。そういう環境で生まれ育っているんで、幼い頃から、そうした美的インスピレーションを触発される環境の中にいたんだと思う。もちろん、アクセサリー作家として独立してからの、創作上での努力というのも、当然あるだろうが、でも、持って生まれた才覚だろうなあ。それもあるだろうねえ。
 それで、徳チャンからいろいろとハナシを聞いたら、その母方の曽祖父、つまり、小林秀雄の父親という人が、日本で初めてダイヤモンドの研磨を本格的に手がけたとかという人らしくて、そういう血筋もあったんだと思う。白洲さん本人は、最初から大学に行くつもりはなくて、それで、何かの専門学校に進もうと考えていたときに、そういうことも頭にあったようで、それで装飾関係の学校に進学したのだそうだ。んで、そこを出てからだが、今度は父方の祖母である白洲正子に連れられて、鎌倉の作家さんの展示会に行ったところ、白洲千代子さんは何か、心に触れるものがあったのだろう。その人に弟子入りして、修業を積んだのだそうだ。だから、アクセサリー作家としての経歴は、20年以上になるとのことだ。
 だから、徳チャンが、98年に目白台にお店をオープンした頃から、この白洲さんは知ってて、付き合いは長いのだそうだが、カノジョ曰く、「ここ最近、作品の幅が広がってきていると思うわ」
 で、ワシもギャラリーに展示していある作品たちのひとつひとつを、手に取って観たんだが、ぬあんて言うんかいなあ。色合い、カタチ、デザイン、どれをとっても、心が震えてくるとでもいうのだろうか。ペンダントにイヤリング、ブローチと、いろいろとあるのだが、色合いも、エメラルドの青だったり、深緑だったりして、しっとりと落ち着いた中にも、透明感があふれている、というんだろうか。もちろん、美しいのだが、でも、全然、それ自体は自己主張をし過ぎておらず、装飾する人間を引き立てるっていうんだろうか。それでいて、同じカタチの作品が、何一つないため、まさに、「オンリー・ワン」なんだよね。
 「そういえば、卒業25周年のときに、徳チャンが付けてたブローチだったかな、白洲さんのなの?」
 「っていうか、私、付けてるのは、白洲さんのだけ」
 それで、ワシも、白洲さんのペンダントを首からかけてみたのだが、そしたら、徳チャンが「ほら、古川クン、鏡で見てみてよ。そうやって、Tシャツの上からかけちゃうのもいいでしょ。とても似合うわ。男性のお客さんも、そうやって、買ってる人もいるわ」と。カノジョの作家さんの作品は、ほぼそうなのだが、身につけていないときは、箪笥にしまうのではなく、部屋に飾れるんだよね。だから、ひとつひとつ、同じ作品がないということにおいて、まさに、「装飾事典」だ。

 #「上」の続きで、それで、徳チャンの主宰する「ギャラリーKAI」の白洲千代子さんの作品展だが、「Exposition Paris━Tokyo」と銘打っているように、今回に先立って、5月29日から6月7日まで、パリでも行ってるのだが、「それも含めて、フランスのお土産話、聞かせてよ」ってことで、おしゃべりをし倒してきましたよ。
 まず、フランス人だが、「思ってたより、財布のヒモが固かったわ」ってことで、一般的にフランス人は「ケチ」と言われているのだが、それもさることながら、フランス人というのは、買うにあたって、衝動買いをしないっていうんだな。だから、何度も店に足繁く通って、見極めた末に、「買うぞ」と決めて、初めて買うってんだな。それは「へえー」と思ったんだが、でも、何となくわかる。
 あと、ギャラリーの立地も、大きな影響を持っているとのことだった。今回は、セーヌ左岸のエッフェル塔に近い、まあ、高級住宅街といっていいと思うんだが、でも、フランスというのは、今でも階級社会なんで、そうやって、「お店で売る」という場合、立地条件というのは、大きな要素だってんだな。それでいうと、他にもいろんなギャラリーも見て回ってきたとのことで、今回、1回きりで終わるのではなく、また、今後も続けていくという意志を感じた。実際、フランス人の特性として、「衝動買いをせず、しつこく通い詰め、モノを見極めたうえで買う」というのであれば、「続ける必要はあるだろう」というのは私の意見で、それは徳チャンにも伝えた。「でも、実際に行ってみて、やって初めてわかることもあったわ」とのことで、「それは、そうだよ。そうやって、新しいことにチャレンジするってのは、大事だと思う」とワシは言ったのだよ。
 あとは、フランス滞在中の四方山話で、「徳チャン、どこ泊まってたの?」と尋ねると、その一緒に開催していた別のギャラリーの女店主さんと一緒に、パリ13区っていうと、左岸の南の方だが、ポルト・イタリーに近い下町にアパルトマンを借りて、そこから、メトロで通っていたのだそうだ。そこはキッチンもあって、自炊できるので、パンにクロワッサンを買い込んで、バターを塗ってほうばっていたのことで、「向こうは、どこもパンがおいしいんだけど、中でも特別においしいパン屋さんを見つけたの」と、撮ったお店の写真を見せてくれた。「そうだよね、こっちの日本でフランスパンにクロワッサン買っても、高いし、まずいんで、どうしようもないよね」とワシ。食材は近くのスーパーとともに、オデオンのサン・シュピス寺院から近い百貨店のボン・マルシェで惣菜とかを買い込んでいたのだそうだ。「別にそれをお皿に並べただけなの」とはいいながらも、フランス料理のメインデッシュを彷彿とさせる盛り付けの写真を見せてくれて、本当に食生活は充実していたとのことだ。そのへんは、やはり、フランスだよね。「向こうは、バターがおいしいから、パンにたくさん塗って食べるの」。日本で売ってるバターとは、味が全然違うらしい。

 #さらに続きで、その徳チャンのフランス滞在中のハナシだが、カノジョは、ジャン・コクトーに首ったけなんだ。そういえば、去年、今回の特別展の下見で現地を訪れた際、南仏はコート・ダジュールの、イタリア国境の町・マントンに行ったときのことを、ブログでupしておったんだ。まあ、そもそも、この「マントン」っていう地名を聞いて、敏感に反応するのは、フランスおたくの領域なんだが、あそこはコクトー美術館がある。で、今回、パリ郊外のフォンテンヌブローの森に近いミリー・ラ・フォレにある、コクトーの家を訪れたってことで、徳チャンが「コクトー大好き」ってことを再認識した次第だ。確かに、仏文の学生であれば、コクトーの名前ぐらいは知ってるが、しかし、コクトーの詩とか小説は、ワシはほとんど読んだことはない。でも、今回、カノジョにコクトーの魅力をとうとうと聞かされて、ワシもチョット、洗脳されたっていうか、染め上げられるがごとく、「オンナから刺激を受ける」ってのは、こういうことなんだと思ったワ(笑)
 そこのミリー・ラ・フォレのコクトーの家の中の様子を、カノジョは写真に撮ってて、見せてもらったんだが、サロンに寝室、書斎と、住んでいた当時そのままなんだそうだ。椅子にしろ、テーブルにしても、趣があるっていうか、シックさを感じた。「だから古川クンね、ココを見たら、ギュスターヴ・モローの家なんて、全然、普通なの」。そのコクトーが描いた絵というのも、初めて見たのだが、筆使いがすごく柔らかくて、やさしい。家の近くにある教会には、天井とか壁に描いたコクトーのフレスコ画がある。
 「それで、コクトーってのは、結婚してたの? 付き合うておったオンナとか、いなかったの?」
 「コクトーは、ホモだったの。(俳優の)ジャン・マレーが相手だったの。あと、体のごっつい漁師とかとも、いろいろあったみたいなの」

 #さらに、ザ・仏文の同級生の徳チャンとのおしゃべりの続きだが、カノジョが「ロンシャンに行ってきたの」ってことで、「えっ、ブーローニュの森のロンシャン(Longchamp)の競馬場に、何しに行ってきたんだろう」と思ってたら、スイス国境に近いアルザス地方(正確には、シャンパーニュか、ブルゴーニュかもしれない)の村のロンシャン(Ronchamp)にある、ル・コルビジエが手がけた「ロンシャン教会」だったのだ。日本語だと、「L」と「R」の発音の区別はなきに等しいが、フランス人は、ハッキリとわかる。もちろん、その存在をワシも知ってはいたが、実際に足を運ぶとなると、相当の「通」でないと、なかなか、行動には起こさないだろう。ハナシを聞いたら、徳チャンが今回、一緒に展示会を主宰していたギャラリーの女店主さんが扱った作家の息子さんが、今、建築家で、ココを是非、見たかったのだそうだ。どうも、現代建築を手がける人たちにとっては、あのコルビジエが手がけたこの教会というのは、いわば、「聖地」ということらしい。
 あー、ネットで検索してみたんだが、スゴイね。コレは一見の価値はある。かなり交通の便の悪いところにあるのだが、今、パリの東駅から、TGVの東行きができてるんで、以前よりは早く行けるとのことだ。そのロンシャンに行った際、近くのコルマールに1泊したんだそうだが、「とても、街並みがステキで、よかったわ」と徳チャン。あのへんは、もうドイツだが、郷土料理のシュークルート(酢漬けキャベツにソーセージを煮込んだもの)に舌鼓を打ってきたとのことで、ワシも行きたくなっちゃったあ。
 あまりフツーの観光客が行かない「隠れた名所」ということでいうと、ワシの場合、そのロンシャンからも近いが、シャンパーニュは、コロンベイ・デ・ドゥーゼグリーズっていうところにある、ドゴールの邸宅がある。村外れの小高い丘のへりに立っていた、何の変哲もない石造りの家だったが、書斎兼執務室からは、地平線の遥かなる先まで、なだらかな稜線が幾重にも続き、最高だった。
 「それで、あと、徳チャン、どういうところに行ってきたの?」って尋ねたら、パリはサンジェルマンのドラクロアの家(=アトリエ)にも行ってきたとのことで、でも、そこはワシも行ったことがあり、「よかったでしょ」。絵画におけるロマン派の総帥ともいえるドラクロアだが、ルーブル美術館を代表する、あの『民衆を率いる自由の女神』に象徴されているが、ドラクロアはいいよねえ。ドラクロアは、北アフリカに行って、現地のオンナを描いた小品があるんだが、あのエキゾチックなところがいい。

 #まだ、ザ・仏文の同級生の徳チャンとのおしゃべりの続きなんだが、「ワシは、だいたい、パリで投宿するとすれば、ドゴール空港からRER(=高速地下鉄)1本で来れる、北駅の界隈か、カルチェ・ラタンだ」っていうハナシをしたら、「そのRERのB線ね。空港からパリ市内の間だけど、地元の住民も物盗りに身ぐるみ剥がされるってことで、誰も乗らないの。だから、私はバス、タクシーを使ったわ」ってことで、治安タイサクは、どうなってるんだって思ったな。
 っていうか、そんなイスラム県に入れ込んだカゲキ派がどうのこうのと言う前にだな、あのRERのB線なんて、まさに、国際線空港とパリ市内を結ぶ大動脈だわな。「そこ」が、今、盗賊団の天下になっておって、地元民も乗らんなんて、そんなバカな話があるかよ。ソマリアやマリとかならまだしも、仏蘭西本国で、コレだからな。最早、先進国ではねえよなあ。地元のケーサツが盗賊団と超ズブズブで、賄賂を貰うて見逃しとるってことは、ねえのかよ? しかし、オランドにヴァルは何をやっとるんだろうなあ。こんなザマだから、「だったら、猿にセー権を戻せ」ってことになりかねんのだ、このアホンダラが!

 #おしゃべりの続きで、ワシもフランスへは、回数では、もう2桁は行っておるんかいなあ。それで言うと、パリをはじめとして、月並みな観光スポットは、もうだいたい見たし、「ホント、ちょうど20年前の今頃、1ヵ月ほど滞在したときは、レンタカーを3週間借りて、フランス本土を反時計回りに巡って、ブルターニュのベル・イル(直訳すると「美しき島」で、ベル・エポックを象徴する女優サラ・ベルナールの別荘がある)まで足を伸ばしてきたんだ」って言ったら、「それは、スゴイわ」と徳チャン。フランスは行っていない地域を挙げた方が早いぐらいで、その1つが、アルザス・ロレーヌだったんで、「だったら、ぜひ、コルマールに行ってよ、古川クン」。不思議なもので、ワシの場合、行くところは決まってしまって、いつも行ってたのが、ノルマンディーのオンフルール。ノルマンディーは、オンフルールからカンに向かう海岸線が最高で、トルーヴィル、ドゥーヴィル、それにカブールと、スノッブな滞在地がいくつもある。確か、カブールは、プルーストの『失われた時を求めて』で、主人公である「私」が毎年、訪れれていた避暑地のモデルだったような気がする。
 それで言うと、「まだ行っていないので、ぜひ、次は行きたい、通好みの観光スポット」は、パリ郊外のモンモランシー(Montmorency)にある「ルソー記念館」だ。徳チャンは卒論がジャン・ジャック・ルソーなんだが、でも、カノジョもまだ行ってないみたいだ。ルソーは1757年から62年まで、リュクサンブール元帥っていう彼のパトロンの計らいで、この町にある「モン・ルイの家(=ルソー記念館)」で執筆活動に専念していたのだ。ここにいたときに、ルソーは『新エロイーズ』『エミール』『社会契約論』を書いており、人生において、いちばん脂が乗っていた時期だ。ルソーに関係するいろんな資料も展示してあるらしい。ちなみに、ミシュランのガイドブックでは、このモンモランシーを「文学的巡礼地」とまで持ち上げている。

 #それで、話を徳チャンの「ギャラリーKAI」に戻すと、今回、初めての「パリ進出」で、いろいろと感じるものがあったようで、本人的には、また今後も展開していきたい意欲があるようだ。カノジョは「パリと『両輪』で行けたら」と言ってたので、ワシは「それは、『両輪』で行こう」とエールを送ったのだよ。ひとつには、フランス人は「買うと決めるまでに、時間をかけて徹底的に考え抜く」というのだから、であれば、1回で終わりというのではなく、続けることが大事だし、それが相手に対して強烈なメッセージになる。
 それと、もうひとつは、今回は徳チャンはパリに作家さんを連れて行かなかったのだが、共同開催した同業のパートナーの人は、作家さんをパリに連れて行ってて、その様子もじっくり見ていたのだろう。作家さんにとって、そういう異国での体験が、いろんな刺激になっているようで、「今後の創作活動にフィードバックされていく部分があるのではないか」と。おそらく、こうしたギャラリー経営者というのは、文筆業における編集者のようなもので、本質的には「作家を育てていく」とでもいうのか、珠玉の作品を産み出すための産婆役であるべきだと思っている。おそらく、アートの世界でも、そういう良心的なギャラリストは数少ないと思うので、徳チャンには単なるカネ儲けだけでなくて、ぜひ、クオリティーを追求する人であり続けて欲しい。
 あと、やっぱり、ザ・仏文の同級生ということで、フランス語を駆使し、そのフランスで活動できるというのは、大事なことだし、素晴らしいことだと思うので、これからも頑張って欲しいってことで、徳チャンには、エールを送ったのだよ(^^)

 #で、その希臘(ギリシャ)モンダイだが、ホンマ、魑魅魍魎の極みっていうか、サッパシ、ワケがワカらんわなあ。池上彰はもとより、エコノミストと称する連中、あと、各社外信ブの欧州駐在特派員も、何もわかっておらんっていうか、マトモな取材をしとらんよな。そもそも、「ジケン」として見る視点が皆無だわな。大森実が言うところの「国際ジケン記者」であれば、もっとマシな外電記事を打ってきてしかるべきだが、欧州ってのは、基本的にはどこもリハビリ専用の「ヒマ支局」ってことで、給料分の仕事をしておる人間がおらんよなあ。
 まず、希臘の総理ダイジンのチプラスだが、「緊縮ノー」を煽って、コクミン投票に持ち込み、約6割の票を集めて、信任を得た直後に、一転して豹変し、「緊縮セーサク」、すなわち、フランクフルトの債権者サマがゴリ押ししとる「大増税&社会保障切り捨て(=年金支給開始年齢の引き上げ)」を受け入れるってんだろ。そもそも、こういう裏切り行為をするのであれば、コクミン投票をした意味はないわな。まだ齢40の「極左のヒーロー」だと思っておったんだが、タダのバカだわな。
 まず、結論から先に言わせてもらうと、そもそも、コイツは希臘のユーロ導入そのものに無理があった。希臘は、このユーロを導入する(させられる)ために、わざわざ、今の東芝みたいな粉飾決算までして、その傷を今でも引きずっておるってことだわな。ワシ、ユーロがようわからんのは、EU加盟国でデンマークはともかく、英吉利がユーロを導入せんで、ポンドを維持しとるよな。コレはどういうことなんだ? EUってことで、「欧州の一員」っていうんであればだな、ちゃんとユーロを導入して、ちゃんと拠出金も出せってんだわな。今回の希臘モンダイの大騒ぎでも、キャメロンは知らん顔で「他人のフリ」だわなあ。そんな無責任なことが、許されるのか? 「英吉利は、はよ、ユーロを導入して、希臘の尻拭いをしろ!」ってんだよなあ(怒)
 それで、今回は、単に「希臘は借りておるカネを返せ」ってことだわな。あれば当然、返しておるんだから、ねえから返せんってんだろ。それで、希臘国内はユーロが枯渇しとるってことなんだろうなあ。銀行がずうーっと休みなんだろ。要は「カネの貸し借り」のモンダイなんだから、債権者はもう少し大らかに構えて、「ねえもんはしょうがねえ」ってことで、「待つ」のはもとより、多少は借金の額を棒引きするぐらいの配慮をしてやってもエエと違うんかよ。
 ウィキペディアで調べたら、EU加盟国でも、旧東欧のブルガリア、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ハンガリーはまだユーロ導入しとらんのだよな。ワシはかなり前だが、希臘含めて、東欧を旅して回ったことがあるんだが、希臘の経済的な体力ってことで言えばだな、チェコ、ハンガリーと同等か、下手したら、それより下だと思う。チェコとハンガリーは、共産党セー権下の旧東欧時代でも、比較的、経済は上手く行ってて、「東欧の優等生」って言われておったんだが、この2国ですら、まだユーロを導入しておらんってんだから、希臘なんて、そもそも無理だって。
 っていうか、もっと言えば、南欧の西班牙、葡萄牙、伊太利亜も、ハッキリ言って、ユーロ導入は時期早尚っていうか、「身の丈」を超えておると思う。こんなもん、希臘は、ユーロの札を刷っておる欧州中央銀行からの借金なんか、ピャーッと踏み倒してだな、ドラクマに戻せばエエと違うんかよ。ぬあんで、アカンのや? だって、フランクフルトからユーロの融通ができんっていうのは、希臘の国内には通貨、つまり、カネがねえんだから、コクミンの生活ができんわな。要は、人間の体に血液が流れておらんのと同じ状態なんだから、見栄や体面なんか捨てて、希臘は独自の通貨発行ケンを回復すべきだ。こんなもん、そのへんの子供でもわかるハナシだ。

 #「上」の続きだが、『週現』のコラムに堤未果が書いておったんだが、今回の希臘の債務(=借金)のうち、じつは、その半分以上は「軍事費」だってんだな(呆)。ところが、さらに呆れる果てたことに、主要債権国の独逸は、その「緊縮要求」の中に「軍事費を削れ」なんて、一言も言っておらんってんだな。希臘はNATO加盟国なんで、当然、亜米利加の圧力もさることながら、独逸に仏蘭西がウヨウヨと蠢いて、希臘に兵器をジャンジャンと売りつけておるってんだよな。やっぱ、思った通りのデタラメ三昧なんだが、ニッポンの外電記事では、全く触れておらんよなあ。「知らん」のか、「知ってても、わざと書かない」のどっちなんだろうなあ。だいたい、希臘の軍事費増大のリクツが「トルコの脅威」ってんだから、最早、マンガもエエところだわなあ。
 そもそも、ワシは、シンブン社でいうと、社会ブのジケンのブンヤなんで、こうした経済&金融のハナシも、「ジケン」として見る。そこらあたりが、上っ皮の数字しか見ない(見れない)、エコノミストと称する連中との決定的な差だ。それで言うと、今回の希臘のモンダイの根源ってのは、ユーロ導入にあたって、政府の会計報告を偽装しておったっていう「粉飾決算」にあるわな。ワシに言わせりゃ、コイツは「2課ジケン」なんだから、今に至っている流れを、まず、「ココ」から掘り下げていく必要がある。そうやって希臘に下駄を履かせてまで会計書類を偽造させ、ユーロを導入させなければならなかった理由は、何なのかだ。
 そこで、ワシが推測しとるのは、ある意味、希臘より経済的には上にあるハンガリーやチェコで、ユーロの導入を見送っておるってのは、この2国は旧東欧、つまり、ソ連を親玉とする共産圏だわな。それに対して、希臘は、ずうーっと西側の資本シュギ圏におったわな。そこらあたりから、たぶん、希臘にたんまりと兵器を買わせたのち、ドラクマみてえな紙屑で貰うてもしゃあねえんで、その代金を「ユーロで徴収する」っていうハラで始まったと違うんかよ?
 しかし、今回のEUっていうか、あのメスのオバハンのヒグマのメルケルだが、「債務の半分以上」を占める「軍事費の削減」なんて、一言も要求しとらんのだな。欺瞞もエエところっていうか、EU内の南北格差っていうか、EUの2等国っていうか、3等国以下の希臘をオモチャのやうに玩んでおるよなあ。あと、エコノミストと称する輩も、「希臘の軍事費」なんて、オクビにも出しておらんな。コイツらも、骨の随まで腐りきっておるんだな。

 #で、今、トルコ政局は、この「6・7」施行の総センキョ(1院制、定数650)の結果を受け、混沌としとるんだな。各党のギセキ数(過半数276)は、エルドアン与党のAKP(公正発展党、保守主義・中道右派)が258ギセキで、結党の02年以来、初の過半数割れで、以下、CHP(共和人民党、社民主義・中道左派)が132ギセキ、MHP(民族主義者行動党、極右)が80ギセキ、HDP(人民民主主義党、クルド系・左派リベラル)が80ギセキかあ。それで、初代公選スルタンのエルドアンが、第1党となったAKPの党首で、首相のダウトオールに組閣を指示したんだが、まだ、ゴタゴタしとるようなんだな。今回のイスラム県への空爆も、それがあるんだな。
 そもそも、大統領ってのは、仏蘭西・亜米利加型の直接センキョによるものと、独逸や伊太利亜のようにギカイ互選の2種類があって、前者のようにコクミンの直接投票による場合は実権を持っておるんだが、後者のようにギカイ互選の場合は、要は「お飾り」で、国賓として外国の元首を接待したり、あと、政変の際、混乱を収拾するっていう役割なんだよな。それで言うと、トルコの大統領ってのは、元々、「独逸型」だったんだが、「エルドアンの再就職先」ってことで、「公選制=直接センキョ」を導入して、去年、それで「初代公選スルタン」に就いたってことで、その混乱もあるんだろうな。だから、エルドアンが完全に「公選スルタン」として動くためには、正式な憲法改正が必要なんだろうが、今回、「新大統領官邸に、金の便所をこしらえた」ってことで批判が出て、そういうのもセンキョ結果に反映したんだろうなあ。
 仏蘭西は、大統領に首相の任命ケンがあって、実質的にはダイジンの任命ケンも持っておるんだが、第5共和制のドゴール憲法では想定しておらん「コアビタシオン」、つまり、「大統領与党が下野した際のねじれ」だわなあ。そういう政変があると、ややこしくなるんだわな。コレまでコアビタシオンは3回あって、86年の「ミッテラン━シラク」、93年の「ミッテラン━バラデュール」、97年の「シラク━ジョスパン」と、現職大統領が敵対する党首にアタマを下げて、組閣してもらうておるんだよな。ただ、今回のトルコは、AKPは過半数割れしたとはいえ、第1党は確保しておるんで、選択肢としては、CHP、MHP、HDPのいずれかと連立を組むということなんだろうなあ。しかし、どこもAKPとは距離があるんで、ハナシがまとまらんってことなんだろうなあ。
 しかし、AKP単独で組閣ってのはアリなんかいなあ。少数与党なんで、ギカイ運営は不安定になるが、いわゆる「閣外協力」ってことで、予算と重要ホウアンは他の野党に協力してもらうっていうんかいなあ。安定セー権を構築するには、ダイジンとして人質で取り込まんとなんだろうなあ。ワシはむしろ、クルド系のHDPとの連立はできんもんかと思うておるんだが。その場合、原発計画を中止させるってのは、連立条件に浮上するんだろうし、第2党のCHPもそういうことを言っておるようだよな。外の人間が余計なことを言っておるが、でも、極右のMHPは、セー権与党の中に入れるべきではないと思う。

 #「上」の続きだが、トルコの政局は、今、いったい、どうなっておるんだろうな。軍ブはPKK掃討作戦をおっ始めて、空爆で相当数の死傷者を出しておるんだが、「6・7」の総センキョで、エルドアン与党のAKP過半数割れを受け、首相であり党首でもあるダウトオールは、総辞職を表明しておるんだが、しかし、第1党に留まったということで、エルドアンから組閣を指示され、とりあえず、現時点では「職務シッコー内閣」なんだろうな。少数与党なんだな。
 で、ワシはトルコは持ち場ではないんで、詳細はわからんのだが、確か、シンブン記事では、大統領がまず、第1党の党首に組閣を命じ、45日以内でまとまらない場合は、第2党ってのはCHPだわな、そこの党首に組閣を命じ、それでも45日以内で組閣不可の場合は、再センキョになるってんだな。とにかく、混沌としとるんだな。
 今回80ギセキ獲得で、大躍進のクルド系のHDPだが、党首のデミルタシュってのは、まだ齢42で若いんだな。ヤリ手っていうカンジがするな。この際、HDPは「再センキョ、受けて立つ!」ってことで、戸別訪問に動き出したら、どうだよ。再センキョでAKPからギセキを奪い、さらにAKPのギセキを減らすことで、CHPと合わせて過半数に達すれば、セー権交代になるからな。ココは、仏蘭西の例にならって、「コアビタシオン」ってことで、「大統領は外交・防衛、首相は内政」ってことで、棲み分けちゃおうか。とにかく、あの黒海沿岸の原発建設は止めないと、だ。トルコもニッポンと同じ地震国なんだから、あんなもん作らせたらダメだ。ワシはこれまで「エルドアン支持」で来たが、でも、原発だけは認められない。

 #で、トルコで、エルドアンがAKPをメインとする連立セー権の組閣を断念し、再び総センキョのハラを固めたとの一報が、現地時間の「8・18」で、外電では、イスタンブールに支局がある日経の翌日夕刊がダントツに早かったよな。それに追随するように、隣りの希臘では、チプラスも解散・総センキョに打って出るっていう速報が入ってきたな。希臘は「9・20」の投票が軸ってことなんで、トルコよりは早いんだな。トルコは、本来であれば、組閣最終期限の「8・23」から90日後の11月下旬なんだが、45日に短縮して、10月実施というハナシもあるのか。エルドアンにしても、チプラスにしても、んまあ、まさに、「一か八かの大博打」に打って出たんだが、しかし、「勝つ」っていう保証は、どこにもねえからなあ。
 トルコと希臘では、状況がまるで違うんで、もちろん、同一には論じられんが、希臘に関しては、チプラスは「緊縮財政ノー」っていう大公約違反をヤラかしておるんだから、既に「中道より右」の主張と変わらんのだよな。それで言うと、「チプラスは、最早、左派ではない」ってことだから、「ユーロ固執」っていうんであれば、もう、チプラスが総理ダイジンである必要はねえよな。
 トルコは、ワシの持ち場ではないんで、ようわからんのだが、野党のCHPとHDPのセンキョ協力の可能性ってのは、あるんかよ。そもそも、トルコのセンキョ制度がどうなっておるのかも、全く知らんのだが、この6月の総センキョの際の「当選者地図」を見ると、CHPは、トルコでも比較的裕福とされる、イスタンブールをはじめとする西部地域、で、クルド系のHDPは、経済発展から取り残されて、貧しい状況に置かれておる東部地域で、それぞれ圧倒的に強いんだよな。んで、首都・アンカラをはじめとして、アナトリアのトルコの真ん中あたりは、AKPが強いんで、だから、CHPとHDPが手を組んで、AKPをサンドイッチにして両端からグイグイと攻めたら、それなりに票は集まりそうな気がするんだがなあ。この際、ガラガラポンで、CHPとHDPを足して、過半数になれば、まさに「ねじれ出現」ってことで、仏蘭西で言うところの「コアビタシオン」だわなあ(笑)
 希臘に関しては、極左与党は、チプラスを追い出すか、もし、それが無理であるのなら、新党を立ち上げて、チプラスと袂を分かって総センキョを戦った方が、諸々、スッキリする。で、そのチプラス抜きの極左新党が過半数を制することは、難しいかもしれんが、でも、ココは潔く野に下るという選択肢を取った方が、長い目で見て、後に繋がる。この際、裏切り者のチプラスは、中道右派の現・野党に、ゴミとしてピャーッと捨てちゃえばいいぢゃないか!

 #希子は、「FUCK YOU」の文字の入ったTシャツを着た自画像をインスタグラムにupしたことで、また、物議を醸して、叩かれておるんだが、所詮、コイツは「こんちくしょう」「クソったれ」っていう意味の俗語、卑語で、日常的によく使われてるコトバだからなあ。よく見ると、文字のデザインが凝ってて、カラフルな色合いもそうだが、太陽や、蝶、龍、んで、虫とも受け止められるフォルムが盛り込まれており、オリジナリティーはある。あのトーキョー五輪の公式エンブレムと違うて、そのへんにあるのをピャーッとパクって、こしらえ得るもんではないと思う。『ViVi』の表紙で、「ティファニーで朝食を」のヘップバーンをカバーしておったが、諸々、現時点においては、最もアグレッシィブで、耳目を引き付けるものはある。喋りとかどうなんだろうなあ。時事ニュースにも関心を持って、ちゃんと新聞にも目を通しておるんかよ。
 知花は、『STORY』で、「戦後70年」ってことで、集団自決を強要されながらも、生き延びた祖父の体験談について喋っておったんだが、もちろん、「繰り返し、伝える」ということはとても大事だが、ただ、ZEROでフィールドキャスターをやっておったときに聞き出していたのと、中身はほとんど同じなんだよな。「沖縄戦における集団自決」のキモってのは、アレが「軍による命令、強制、誘導によるものであったか、どうか」なんてのは、否定しようもない「公知の事実」なんで、今更、争いの余地などない。知花のおじいちゃんも、「座間味島」だったと思うが、なぜ、日本軍が同島の住民に、あんな無茶苦茶な集団自決を強いたか、「そこ」を突くことが肝要だ。
 当時、座間味島には、陸軍の海上特攻隊の基地があり、島自体が「軍事キミツの塊」と化しておって、「住民が米軍に投降し、それを喋らされるぐらいなら、口封じのために死んでもらおう」ってことだったんだからな。そういう「軍隊ソシキの非人道性、不条理さ」っていうことを抉り出してこそ、「祖父の証言」というのが、さらに大きな意味を帯びてくる。「生きて虜囚の辱めを受けず」なんてのは、そうした「戦争の真実」を糊塗するためのキレイゴトもいいところだ。こんなことを言うのは、ワシぐらいのもんだが、ま、そういう人間が世の中にひとりぐらいおっても、エエだろう(笑)

 #で、この10月改編に伴う人事異動で、まず、ZEROは、山岸舞彩が「結婚→引退」による降板が発表されておるんだが、その後任は誰なんだよ? 局から引っ張って来るってことで、出戻りってことで、鈴江とかあるんかよ。ニュース23は、膳場が「再々婚→妊娠」がオモテ沙汰になっておるんで、だんだんと腹もデカくなってくることだし、節目ってことでいうと、ココで代えるだろうなあ。あと、あしたのニュースの大島も、婚約発表したってことで、賞味期限ってことで言えば、ま、代え時だろうなあ。後任は、どうなんだろうなあ。大島の1年下で08年入社のちゅばきも、ここんところ、イマイチ、おとなしいっていうか、印象が薄いんだが、いちおう、夕方のニュースでフィールドキャスターを何年かやっておって、それなりにゲンバ取材の経験はあって、原稿は読めるんで、ちゅばきかあ。あと、最近、細貝は地上波から姿を消しておるんだが、知り得る限り、写真週刊誌にオトコのスキャンダルをスッパ抜かれたワケでもなし、酒の席で、うっかり、人事権のある上司の悪口を漏らしてしまったとか、何か、あったんかよ。細貝なんか、ケツをビシバシと叩けば、報道畑で使えると思うんだがな。
 やっぱ、ナンダカンダ言ったところで、「数字(=視聴率)」を稼ぐうえでは、「色気」は大事だわな。ワシも恥を忍んで、たまに、よっしー(=竹内由恵)のフェイスブックに投稿するんだが、あのファンの書き込みって言ったら、スンゴイからな。ワシは好みとは少し違うんで、全然、クールなんだが、のめり込んでおる、ほとんどすべての他の投稿者は、あの首ったけっていうか、メロメロ状態には、「うわっ!」だわな。昔から、「オンナは職場の華」とは言われておるんだが、ま、花は華で大事ではあるよな。そのお色気セクシー路線ってことで言えば、希子を推薦しようと思うんだが、最初はヒマダネ取材から始めるってことで、インパクトはあるよなあ。

 #トーキョー五輪のエンブレム問題も、何か書こうと思っておったら、アッという間に撤回で、でも、アレは元のベルギーの劇場のものと、誰が見ても酷似しておるよな。そもそも、ああいう商業デザインってのは、要は「独創性、芸術性」なんてのは、要らんってことで、「より大勢の人間に受け入れられる」ために、既に出ているものに、チョロチョロと手を加えるだけの「使い回し」ってのが、業界の慣行としてあるんだと思う。あと、日刊スポーツが顔伏せで、内部関係者のハナシとして、「選定は広告代理店が牛耳っている。今回は、最初から、『佐野研二郎ありき』だった」ってことを字にしておったよな。ココで言う「広告代理店」ってのは、組織委が「専任代理店」に指名しておる「電通」だわな。それで言うと、あの佐野某ってのも、所詮、電通の掌の上で踊らされておる孫悟空なんだろうなあ。
 それで言うと、この佐野ってのは、毎日シンブンのデザイン大賞をゲットしておったんかよ。ワシと同じ88年同期入社で、大毎社会ブにも一緒におって、今は学芸部でアート、建築担当の編集委員をヤッておる永田晶子が、自らのフェイスブックでものスンゴイまでの、佐野への肩入れをしておって、見てて、哀しくなってきた。「批判精神」ってのが、致命的なまでに欠落しとるんだよな。「会社に飼われていくなかで、思考停止していく」って、このことなのかと思った。あの「書くより、書かない方が勇気が要る」っていう言葉にすべてが集約されておって、このフレーズが出てくること自体、残念ながら、「ブンヤとしては、終わってる」。ワシらの商売は、「書いてナンボ」であって、もっと言えば、「書くことが(もちろん、その内容も含めてだが)、生命線」だ。大毎社会ブにおった20代の頃は、全然マトモで、ちゃんと、思考のしなやかさがあった。組織で流されていくというのは、こういうことなのかと思った。愛娘も成人に達したことだし、そんな給料の安い会社にしがみついてて、どうすんだと思う。人生、一度しかないんだから。
 あと、武士の情けってことで、こっちのB面のヒマダネの扱いにするんだが、毎日シンブン同期の佐々木俊尚のツイッターかよ。今回の佐野擁護は(も、かあ)、醜悪だったよな。もっとも、佐々木の場合は、嫁ハンがデザイナー、イラストレーターかよ。同じ業界人なんで、そういう「内輪の利権を守る」っていう第一義があったんだろうから、それはそれでわかりやすい。それを考えると、むしろ、永田だわな。彼女のフェイスブック見てて思ったんだが、ひょっとして、永田が再婚しとるっていう相手は、大毎社会ブで1年下だった「大平誠」なのかよ? 頭はすっかり禿げ上がっておるが、でも、あの顔は間違いなく大平だよな。もし、大平だったら、ジケンに精通しておって、バカではないんだから、そのへんのウラ事情は、100%の確率で見通せておったハズだわな。

 #「上」の続きだが、ワシら「報道人=ジャーナリスト」っていうか、ま、ブンヤだわなあ。文章表現にあたって、「わかりやすさ」ってのは、「すべて」だよな。それで言うと、「子供にでもわかる」ってのは、大事で、「赤本」と称されておる、シンブン各社の「記事用語集」にも、外来語(カタカナ言葉)はなるべく使わない、もし、やむを得ず使う際は、できるだけカッコで説明するか、訳語を入れるようにするって、あるよな。
 それで言うと、永田晶子が、この「8・19」の0:04にupしておる本人のフェイスブックで、その佐野研二郎を擁護すべく、「シンプル主義のモダンデザインが生まれて1世紀が経ちます」という物言いがある。この「シンプル主義」、「モダンデザイン」って、「いったい、何?」だわなあ。ワシも一応、慶応の仏文を卒業しておるんだが、このワシでも、全くわからない。こうした意味不明のカタカナ言葉や、難解極まりない四字熟語を振り回すってのは、「表現者としての退廃の始まり」だと思う。要するに、永田は、デザイン業界の利権を必死に擁護しとるだけなんだよな。「定番デザインの使い回し」のモンダイを突いたら、あの業界が立ち行かなくなるんで、とにかく、ワーワーと、カタカナでも四字熟語でも振り回して、大声を張り上げんとなんだろう。ましてや、社を挙げての賞を与えておるんだから、「そのメンツ」を守ることが、何よりも先に優先されるんだろうなあ。
 建築にも、アートにも、そして、デザインにも「ジャーナリズム」は存在する。そこで必要不可欠なのは、批判精神ではないのか。業界のボス連中に右顧左眄して、提灯記事を書くことが、いいか、永田、それがオマエの仕事なのかよ。少しは恥というものを知れ。ワシは名指しで言える資格がある。

 #それで、ワシのフェイスブックなんだが、ここんところ、調子が変で、コメントを投稿する際、通常は「エンター(改行)」のキーを押すことで完了するんだが、このエンターのキーを押すと、投稿文がピャーッと消えてしまって、投稿不能なんだな。ところが、「ビジター投稿」といって、通常の投稿とは別に、投稿するにあたって、「投稿ボタン」を押すことでOKになる方は、大丈夫なんだワ。んで、フェイスブックの「Q&A」を見たら、ワシみたいなケースが他にもゾロゾロとあってだな、「時々そうなるんです」っていう人もおった。だから、現時点では、そのビジター投稿が貼り付けてある、ともこんところやカトパンんところのフェイスブックは投稿可だが、「それ」が貼り付けてないよっしーは、NGなんだな。
 でも、コイツもおかしなハナシで、こうした不具合について、フェイスブックは、問い合わせを受け付けるセクションを置いて、きちんとした対応があってしかるべきだよな。そういうのに人を配置するのは、「人件費の無駄」と考えておるんかいなあ。カネ儲けもエエが、こういうことを続けておると、利用者の「信」を失う。

 #あのトルコ南岸に漂着した、わずか3歳のシリア難民の遺体の写真が、欧州全体に炸裂して、激震を引き起こしておるよなあ。しかし、「報道=ジャーナリズム」が発信する1枚の写真ってのは、ものスンゴイまでのインパクトがあるんだな。ナンボ、百千もの文字を連ねたところで、この「1枚の写真の衝撃」にはかなわんよなあ。「字」を書くことを生業とするワシにとっては、このタイミングでこういうことを言うのは、不遜の極みであると叩かれるのを承知のうえで、でも、「映像に対するジェラシー」のようなものを感じる。
 今回のケースは、シリアから逃れて、いったん、トルコで暮らしておったんだが、要は、独逸や英吉利といった「EU内の優等国」の方が、カネが稼げるってことなんだろうな。まず、トルコから希臘に向けて、筏に毛が生えたような舟で出発したんだが、難破したってことなんだな。コレを機に、英吉利が、散々渋っておった難民受け入れを表明するとともに、独逸にも、隣国・ハンガリーから難民が殺到しとるんってんだな。
 もっとも、ワシもブンヤだから、取材にあたっては、ゲンバに行けば、とにかく、写真は押さえる。でも、ナンボ言ったところで、シンブンにおいては、写真は添えものでしかないわな。それに比べると、TVは、「絵(=映像)」がメインなんだわな。絵がねえことには、OAできんからなあ。シンブンっていうか、活字は、「絵」については、もちろん、あった方が理解の助けになるんで、十分条件ではあるが、でも、必要条件ではない。「絵」がのうても、「字」だけで表現し得る。だから、ワシはブンヤの真髄として、「絵ももちろん大事だが、しかし、絵ではのうて、字だからこそ、伝え得るネタ」の報道にこだわってきた。でも、それは、今も変わらないし、今後も変わることはない。

 #ワシも本当は、自分で料理することが好きなんだが、本業に専心しておったら、悪いけど、そんな余裕はない。閉店間際のスーパーに駆け込んで、出来上がった惣菜を買うてくるのが関の山なんだが、つい最近、近所の100円ローソンで見つけた「冷凍塩ふりサンマ」が、いい。既に頭とはらわたを取ってあり、袋を開けて、熱したフライパンに乗せて焼くだけで、チョー簡単。製造元を見たら、北海道の浜中漁協というところだった。ネットの地図で確認したら、釧路の先、根室本線で根室に向かう途中にあり、霧多布岬のあるところらしい。HPを見ると、秋刀魚はもとより、鮭鱒、昆布の水揚げがあるそうで、魚介類の宝庫ってことだな。少し前に「魚を食べると、アタマが良くなる」っていう歌あったが、アレは本当だ(笑)

 #それで、ともこ、ワシの贈った自筆サイン入り本は、届いたかよ? ま、オンナに本を贈ったのは、本当に久しぶりだが、一応、それでも贈る対象は、選んでおるからなあ。っていうか、オンナの報道キャスターに関して言うと、ホンマ、人材が枯渇しておって、残念ながら、ピンで使えそうなのは、ともこぐらいのもんなんだよなあ。念のため断っておくと、森本の方だからな。しかし、見事なまでに、誰もおらん。それこそ、あとは、年次は上だが、昼のワイドショーもどき番組に移された安藤優子ぐらいのもんで、「自分のアタマでニュースの価値判断を行い、そこから、視聴者の心を突き動かすコメントが喋れる人間」ってのが、おらんよな。
 ワシはオンナを差別するツモリは毛頭ないんだが、この「報道=ジャーナリズム」っていう商売は、オンナには向いておらんのかもしれんっていう思いを、最近は抱いておる。もっとも、オトコ、オンナの区別なく、現実においては、本気で腹を括ってやろうというのが、皆無といっていいという状況はある。おクリには、本当に期待をしたんだが、あのザマだからな。結局、報道という職に思い入れがなかったんだろうなあ。いいか、ミオパン、「夏休みに、コレだけ遊び倒しました」って、来年は三十路だぞ。今まで贈った分、まとめて全部、返せって言いたいワ(><)
 あと、「フライデー 女子アナ流出写真 実名」で検索すると、お台場TVの「めざましアクア」でMCをしとるっていう「牧野結美」で出てくるんだが、確かに、えくぼの形、歯型、グレーのセーターと、見事なまでに一致するよなあ。ただ、こんな名前は初めて聞いたんで、ま、実名を出すほどの価値があるとは言えんところがあるよなあ。しかし、ぬあんで、こんな写真が外に漏れるんだろうなあ。でも、最近は、局アナでも、特に若いのは印象薄いっていうか、オーラがねえよなあ。街ですれ違っても、「ところで、アンタ、誰?」の世界だよな。

 #ともこ、その「新しい寄付のカタチ あなたの切った髪で子供を笑顔に」だが、「31cm以上あれば、OK」ということであれば、自分でやってみたらいい。まだ、もう少し伸ばさないと、アカンかいなあ。他人事のように、サラッと紹介するんでのうて、ああいうのは、自分でやってこそ、価値があると思う。普通だったら、ゴミとして燃やされてオシマイだが、ああやって、再生されて、脱毛症etcで悩んでいる少女の助けになるんだから、いい話だ。
 で、おクリは、「殺処分ゼロ」はエエんだが、「だったら、その大元を締める行動に出ろ」ってんだよな。要するに、「ペットの商業販売の規制」ってところにダイレクトに切り込まんことには、意味はゼロだ。「そこ」を突かん限り、仕方なく、「吠えてうるさい犬」を手放さざるを得ない飼い主なんて、次から次へと出てくる。「殺処分ゼロ」とワーワー言って、カネを集める運動を続けるだけであれば、むしろ、モンダイが根本的に解決してしまったら、「それ」ができなくなるんで、本当は困るのではないのか。そういうことすら、言いたくなる。
 図らずも、ともこと、おクリは同い年(=今年、齢38)なんだが、喋りに関しては、ほとんど同じっていうか、ともこは落ち着いてて、安定感がある。おクリもそうなんだが、声色に艶がある。おクリも、あのまま報道を続けておったら、この三十路、ニュース感覚ももっと研ぎ澄まされていっただろうが、CM三昧に、遊び半分の楽園探訪モノばっかりでは、鈍る一方だ。ともこは、たまには大胆にデコルテにトライしたら、オモロイと思う。
 それで、ともこ、WBSの大江麻理子が、不正水増し会計で、東芝の社ちょーのカイケンに乗り込んで行って、アレコレと質問しとるんだが、やっぱ、「ジケン」というものに対する嗅覚がねえよなあ。その本質にあるものは「隠蔽」なんだから、そこを突かんとだわな。06年に原発メーカー最大手のWH(ウェスティングハウス)を54億ドル(6210億円)で買収した件ついて、「本当に適正価格だったと思うか。もっと買い叩けたのではないか」って追及せんとだわなあ。

 #よっしーは、スパJのOAを見ると、妙に顔が引きつっておるっていうか、緊張しているっていうレベルを超えておるよなあ。喋りは比較的、落ち着いているとは思う。着こなしは、それなりに特徴はある。ワンピース系っていうか、腰に巻くリボンが好きだよな。アクセントにはなってて、目立つ。この商売、目立つというのは、大事。でも、人事異動で、たまたま、そこのポストに就いたから、ヤッておるっていうレベルだろうなあ。ま、勤め人は、ほとんどがそうなんだが。
 夏休みに西海岸に行ってきたそうなんだが、ワシも数年前、大学時代の1年下の同じ下宿(日吉のチョッチュネ荘)の後輩が、たまたま、「1年限定の移住」ってことで、シスコ郊外だったが、住んでおったんで、遊びに行ったことがある。カリフォルニア大のバークレー校に、ナパ・バレー、ワシも行った。西海岸ってのは、まだ、アメリカん中でも「食カルチャー」が存在しとると思う。ナパ・バレーのシャトーは、フランスの「それ」と比べると、よくも悪くも、ビジネスライクに徹しておるっていうか、「消費者のニーズ」というものをリサーチして、それにテイストを合わせるっていうんかいなあ。全体として、フランスの方が、全然、もっと、職人気質っていうか、日本の酒蔵みたいなところがある。そういう意味では、フランスのワイン倉の方が、ワシの好みと合致しておる。
 もっと、この報道という職に、こだわりっていうか、貪欲さが窺えるのであれば、ケツを叩きに行こうかと思うが、まだ、ないわな。一応、ミス慶応になったっていうことらしいんで、ま、見た目の上では、それなりに華はある。「政治学科」ってことだが、地アタマ的には、バカではないだろうから、鍛えれば伸びるんだろうが。まずは、ジケン取材から始めんと、だ。

 #あの希子のエドウィンのジーパンのCM、超インパクトがあるワ。コインランドリーでナマ着替えを披露して、ブラにパンツ一丁の姿を晒しておって、「うわっ!」だわなあ。潔さがある。インスタグラムの方に、アラーキー撮影の写真をupしておったんだが、『ウワシン』の巻頭グラビアで「包茎亭日乗」を連載しておった「アラーキーのそれ」ってのは、あんなもんじゃねえからなあ。
 それはともかく、あのワイルドさを醸し出しておるのは、なかなか他にいねえよなあ。ホンマ、最近は、お人形さんっていうか、ロボットみてえなお嬢ばっかだからな。だから、希子は、どこか、「ザ・昭和」のテイストがあるよな。今、社会全体がそうなっておるのか、ひと昔前っていうと、30年以上前だが、『ポスト』や『週現』のヌードでも、もっとえげつなさがあった。だから、今の実話系週刊誌(=大衆、アサ芸、実話)のオンナの裸が、当時のポストや週現の「それ」ってところかよ。それでいうと、ワシとほぼ同世代なんだが、黒木香に豊丸なんてのは、どこにもおらんからな。今は、そういう時代なのだろうか。

 #永田晶子が、「記者の目」でエンブレム問題について書いておったが、キビシイ物言いで申し訳ないが、アレはそのへんの小中学生でも書ける内容だよな。要するに、「取材せんでも、書ける」というレベルにおいて。「審査の過程の透明性がウンヌン」なんて、「何を今更」の指摘であって、これだけ世間をお騒がせした末、撤回という状況に至った手前、一応、「路線変更」はココでやっておかんとっていう、「保身」以外の何物でもないわな。
 週刊新潮が、電通社員で、トーキョー五輪組織委のクリエイティブ・ディレクターであり、今回のコンペの審査員もしておった「高崎卓馬(齢45)」が完全に仕切っておったことを明らかにしたうえで、「なぜ、佐野研二郎の作品を選ばなければならなかったのか」とモンダイ提起しておったんだが、とにかく、最初から「出来レース=八百長」だったってことだからな。
 ワシが問いたいのは、そういう次元のハナシもさることながら、そもそも、素朴なギモンとして、ベルギーの劇場のロゴを手がけた作者が「おかしい」と噛みついて、サイバン沙汰に出たことも含めて、少なくとも、あのベルギーの作品と「とてもよく似てる」とは思うよな。原本を参考にすることなく、果たして、あのロゴが編み出せたのか、どうか。ワシはほぼ間違いなく、参考にしておったと思う。
 ところが、最近、よくワイドショーに出ておる尾木ママが、こうしたモンダイ提起をするとだな、デザイン業界からのバッシングっていうか、ま、恫喝だわなあ。「余計なことを言うな」ってのが、ものスンゴかったってんだよな。ワシから言わせれば、「いったい、何それ?」の世界だわな。永田が何も知らん、そこらの生娘ならまだしも、とりあえずは、一緒にあの大毎社会ブにおってだな、「ジケン」ってのをヤッとるんだから、「ようまあ、あんなタテマエだけのキレイゴトを、いけしゃあしゃあと書けるよなあ」ってところだ。もっとも、とりもなおさず、そうした立ち居振る舞いこそが、組織の中で生き延びていくための知恵ということなのだろうが、正直、哀れだと思った(><)。
 ワシが大毎社会ブを辞めた94年8月末に、大阪はミナミのちゃんこ屋で、ワシの送別会を開いてくれたときの写真があるんだが、永田に大平誠、小倉孝保に、ほいで、海保真人のオッサンもおって、今、見返すと、オモロイと同時に、本当に歳月は流れたということを実感する。小倉はこの7月から外信部チョウで、その前任者の海保のオッサンは竹橋の編集局次チョウだからな。「うわっ!」としか言いようがねえよなあ。
 っていうか、まず、永田の再婚相手ってのは、大平で間違いねえと思うんだが、それが「?!」だよなあ。オトコとオンナってのは、わかんねえもんだが、永田のフェイスブックで、去年の夏に娘を連れて欧州旅行した際、確か、ドイツだったかいなあ。突然、大平の顔写真がupしてあったんで、でも、そのときは「元々の顔見知りなんで、現地で落ち合って、ビールでも飲んでおったんかいなあ」ぐらいにしか思っておらんかったんだ。ところが、今年に入ってから、娘が北欧でホームステイした際のホストファミリーを呼んで、東京でメシを食っておったときの写真にも、大平の顔があって、「あー、再婚したんだな」とやっとわかった。でも、たぶん、事実婚で、入籍しておらんような気がする。っていうのは、入籍したら、社報に相手の名前が掲載されるからな。
 詳細はココで書く余裕はないんだが、大平は毎日シンブンの「元キシャ」で、社内的には、ある種、今なお、タブーみてえなところがあるからな。要は「朝比奈アンケン」で、朝比奈豊の野郎が、あの「サーべらすの件」で、保身のために、大平のクビを斬ったんだからな。だから、10年ほど前、まだ、春前の寒い時期だったが、永田と会うて恵比寿で一緒にメシを食ったとき、「で、オトコはどうなんだ?」って聞いたとき、付き合うとるのがおるっていうカンジだった。それ以上は突かなかったんだが、「たぶん、同業者で、ま、他社の人間だろう」とワシは思っておったんだが、まさか、大平だったとはなあ。重ねて言うが、オトコとオンナってのは、わかんねえもんだよな(笑)
 しかし、永田の娘は、顔が母親そっくりだよな。特に、目のあたり、似てる。 たいてい、娘ってのは、父親に似るってんだが、大毎社会ブにおった頃、産休んとき、生まれたばっかりの赤ん坊を、一度、連れてきたことがあったんだが、ワシは、そのときの記憶しかない。それがもう、成人に達して、一人前のオトナだからな。そうそう、出産の直前まで仕事しておって、永田は、あのデカイ腹で仕事をしておったのを思い出す。娘は、今、大学生で、そろそろ、就職活動に入る時期かよ。シンブン社も受けるんかいなあ。確か、以前、「娘は、足が大きくて、そこが私とそっくりなの」と言ってたような気がする。永田は娘にメロメロで、たぶん、今でもメルアドには、自分の名前の後に娘の名前をくっつけておるんだと思う。娘はママ似の美人だから、よかったよ(^^)

 #映画『ボヴァリー夫人とパン屋』を観てきた。「映画を観るならフランス映画さ、若かった君と僕の思い出話を…」で始まる甲斐バンドの「ポップコーンをほうばって」ではないのだが、久しぶりにフランス語を聴きたいというのと、この映画は(ワシが大好きな)ノルマンディーが舞台とあって、そこの情景がたくさん出てくるのではないかという期待があって、観てきたのだ。あと、10代の頃から、恋愛モノといえば、ソフィー・マルソーの『ラ・ブーム』『ラ・ブーム2』に始まるフランス映画だった。チョット、「少年の心」をワシは取り戻したかったのだ。
 結論から先に言うと、この『ボヴァリー夫人とパン屋』ってのは、メインテーマは「官能=エロティシズム」だと思う。その意味では、じつにフランス的な映画だった。舞台は、具体的にどことは特定されてはいないが、ルーアン近郊のノルマンディーのとある村で、主人公のマルタンは、パリで12年ほど、売れない文芸作品の編集者をやった後、生まれ故郷であるこの村に戻ってきて、家業であるパン屋を継ぎ、そのルーアンで生まれ育ったフローベールの小説『ボヴァリー夫人』に心酔しておるオッサンなのだ。住んでいる家の向かいに、若いイギリス人夫婦が引っ越してきて、近所づきあいが始まるのだが、そのヒロインである嫁ハンが、ぬあんと、小説と同姓同名の「エマ・ボヴァリー」ってことで、その美貌と合わせて、「恋に落ちた」っていうよりは、ま、「イッパツ、やりてえ」っていうことだったんだよな。ただ、それをストレートに出すと、単なるポルノ(もしくは、AV)なんだが、そこは芸術の衣を纏っておるんで、あからさまに出ていない。また、マルタン自身も、嫁ハンに倅がおる手前、「縛り」がかかるんで、どうしても行動が抑制されていくんだが、そこがまたいいんだと思う。
 「オトコとオンナ」ということでいうと、ヒロインのエマを中心に、ダンナに主人公のマルタン、んで、エマが不倫する、司法試験合格目指して猛勉強しとる年下の若いツバメと、あと、元カレの4人のオトコが出てきて、要は「1対4」のオトコとオンナの恋愛劇だね。ま、フランス映画ってのは、背中のかゆいところに手が届くような、そのへんの心理描写が上手いと思う。マルタンが偶然、その若いツバメとエマの不倫を知ってしまい、「それはアカン!」と諭そうとするんだな。ってのは、『ボヴァリー夫人』では、追い込まれたボヴァリーが最後はジサツするんだが、で、ネズミが大嫌いなエマが、ルーアンの薬局で駆除用の砒素を買うてくるんだが、マルタンはそういう砒素みたいな毒を使ってネズミを殺すってのが「ケシカラン」という人間で(でも、それでいて、自分の手で捕まえてネズミを殺している)、そこから「砒素があると、ボヴァリー夫人のように毒を飲んでジサツしてしまう」と、突然、怒り出すんで、オモロかったよ。恋の妄想、ココに炸裂だよなあ。
 映画では、緑あふれるノルマンディーの光景に溢れてて、よかった。ノルマンディー特産の、度数の高いりんごの蒸留酒のカルヴァ(=カルヴァドス)を、マルタンがエマに勧めるシーンもあって、「あー、カルヴァドスが飲みたい!」って思ったな。あと元カレが執拗にエマを口説くんだが、連れ出そうとしておる先に「オンフルールか、ドゥーヴィル」っていう地名を出してて、「やっぱ、そうなんだろうなあ」と思った。
 結局、エマは砒素でのうて、マルタンが焼いたパンを喉に詰まらせて窒息死してしまうんだが、だから、そこらへんの展開は、小説の筋とは全然、違う。ダンナとのすれ違いから、若いツバメとの不倫に走ったんだが、でも、最後はダンナと縁りを戻そうと決意した矢先に、そういう亡くなり方をしてしまったのだ。ところが、エマに関わった4人のオトコが、皆、「自分のせいで、エマが死んでしまった」と責めているところに、ワシは何となく、「愛」というものの存在を感じた。

 #それで、セントフォース所属で、NHKのBSの国際報道番組のキャスターをやっておったっていう、「黒木奈々」っていうおねえちゃんが、胃がんのため、わずか齢32で亡くなったということだ。ほとんど全く本人を知らんし、喋りも聞いたことはなかったんだが、ま、べっぴんだよなあ。大学は上智で、女子アナを目指したものの、全部落ちて、それでも大阪のMBSの報道記者になったんだが、埒があかんってことで退職し、上京したっていうことらしいな。あー、専攻は外国語学部のフランス語科で、短期留学したこともあったのかあ。「フランス繋がり」ってことで、ワシともハナシが合いそうだよな。
 たまたま、近所の本屋で、カノジョの闘病記が平積みであったんで、ざーっと目を通したんだが、通常なら、在京キー局の正社員アナにサクッと納まりたかったんだろうが、女子アナになるなんてのは、一種の宝くじに当たるようなもんだからな。逆に言えば、このコのように、回り道っていうか、苦労して、いわば「叩き上げ」という形でキャリアを積み上げることで、むしろ、「急がば回れ」となったかもしれない。
 ただ、どうなんだろう、死亡との因果関係において、「抗がん剤の副作用」ってのは、ねえのかいなあ。この若さで、なかなか病気では死なんからなあ。「患者はがんと闘うな」の近藤誠の所見を聞いてみたい気がする。確かに、既に亡くなってはおるんだけれども、もし、「超一流の報道キャスター」を目指しておるのであれば、「だったら、ワシと一緒に天下を取りに行くかよ」と口説きたくなるよなあ(笑)

 #希臘の総センキョだが、結局、チプラス率いるシリザこと、急進左派連合が145ギセキ(定数300)を取って、第1党となり、独立希臘人党(10ギセキ獲得)との連立を維持し、引き続き、セー権に留まるってんだが、ワシがもし、希臘の有権者だったら、「緊縮財政ノー」の原点を反故にしたチプラスと袂を分かって、立ち上げた新党に投票していた。でも、今回、獲得議席がゼロだったってんだよな。投票権のないワシが言うのもおこがましいかもしれんが、納得がいかないし、おかしいと思う。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #都心方面に出る用事があったので、そのついでといっては何だが、ザ・仏文の同級生である徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」で、「大山茂樹・智子 二人展」を開催中ということなので、行って観てきた。
 本題に入る前に、その「都心方面での用事」だが、具体的には国会図書館での調べものなのだ。内容自体、さほど大したことでもないというのか、ある意味、こんな瑣末なことなど端折ったところで、構わんだろうというレベルなのだが、だが、そこは、こだわりというか、執念とでもいうのか、自分の目で確かめてみたいっていうことかいなあ。「コレだけのために、半日の時間を潰すのも、如何なものか」と考えあぐねておったところ、そういえば、「ちょうど、今、徳チャンんところで、特別展をやっていた!」と思い出し、「だったら、足を伸ばして、行ってこようか」と思い立った次第。徳チャンんとこのギャラリーは、最寄駅は巣鴨or駒込なので、永田町からだと(東京メトロの)南北線1本で行けるのだ。
 今日は、そぼ降る雨の肌寒い一日で、真冬に戻ったかのようだった。桜もだいぶ散ってしまっていたが、まさに花冷えの季節。インターホンを押したら、徳チャンが下の階から昇ってきて、玄関ドアを開けてくれたのだが、カノジョはいつもワシの顔を見ると、「うわっ」と驚いたように、目をクリッと大きく開く。その表情が見てて、面白い。

 <冬の間、じっと待っていた草木たちも、さあ、芽吹きの季節です。
 生への躍動そのままに、しなやかに、軽やかに。
 春のリズムをテーブルへ。
 お二人の新作展、どうぞお楽しみに。

 ダイレクトメールに書いてあった文章だが、実際、観てみて、春の訪れを感じる。
 徳チャンと、この大山さん夫婦との出会いは、かなり古いのだそうで、カノジョがこの世界に足を踏み入れて、すぐに出会ったのだそうだ。年齢的にはワシらより一回り上とのことなので、還暦を少し過ぎたぐらいとのこと。確かに、茂樹さん、智子さんで作風の違いは、ひと目でわかるのだが、でも、何ていうんだろう。どこか共通するところがあって、「やっぱり、夫婦なんだなあ」と思った。
 作品的には、うつわが主体で、カップにお皿、箸たて、ラーメン茶碗etc、いろいろとあったのが、色合いがいずれも白を基調としていて、でも、うつわのかたちもそうだし、色合いのなかにも、もちろん、観てて本当に落ち着くというのか、「ほっこり」と来るものがある。使わないときは、部屋に飾ってもOKなのだが、実際、手に取ってみて、全然、重くないっていうか、すごく使いやすい。使ってよし、飾っててもよしで、「『才色兼備』って、ほんと、このことだね」と、ワシは徳チャンに言ったのだ。
 さらに、「うわっ」と思ったのは、お皿を裏返すと、じつは、そこにも、おさかなや、ねこ、しいたけ、てんとう虫といった、かわいらしいデザインが施されていて、遊び心満載なのだ。「徳チャン、このお皿だったら、洗ってて、キモチが楽しくなってくるよね」って言うと、「そうでしょ?」
 そんなカンジで、ワシもオドロキの連続だったんで、そのたびごとに、「うわー」って声を上げるもんだから、「古川クン、そんなに感動してくれるんで、うれしいわ」と徳チャン。でも、本当にそうだったのだ!

 #「上」の続きで、ひと通り観終わって、お茶を飲みながら、徳チャンとおしゃべりをした。
 そういえば、カノジョと四半世紀ぶりの再会を果たしたのは、2年前の、日吉での大学卒業25周年の席だったのだが、「あれから、もう2年だから、早いよね」と向けると、「そうよね」。女子の前で年齢を出すのは失礼だと思いつつも、でも、事実だし(笑)、我々は、何と、今年はアラフィフの「アラ」が取れて、いよいよ、「齢50」の大台突入なのだ。こんな年齢が来るなんて、大学時代を振り返ると、「ウソだろ」だよなあ。
 しかし、徳チャンは、自分で「ワタシ、年齢不詳って、言われてるの」という通り、見た目は本当に若い。肌もスベスベしてるし、何より髪が黒々としてて、「染めてるの?」と尋ねたら、「違うわ」。ワシもキモチは当時と全然、変わらないのだが、白髪ばかりはしょうがない。もう、10代、20代のような、「徹夜を続けても平気」っていうような、キチガイ的な体力は望むべくもない。しかし、我々には、決して無駄飯を食ってきたのではないという、「経験の蓄積」がある。この齢になると、それはやはり、大きいと思うのだ。
 カノジョと話をしてて感じるのは、方向性っていうか、ジャンルは違えど、ストライクゾーンが、すごく似てる、と。ワシもそうなのだが、「人に使われるのは嫌なんだが、でも、人を使うのもいい」と。確かに、人を雇えば、事業の拡大は見込めるのだけれども、あんまりというか、ほとんど、そういうことにワシは関心がないのだが、カノジョもそうだったのだ。だから、売り上げや収益の追求よりも、そのぶん、自分のこだわりを大事にするとでもいうのか、むしろ、「それがすべて」という感じだろうか。徳チャンの特別展を観てて思うのだが、このギャラリーKAIというのは、本当にカノジョならではだと、つくづく思うのだ。他を探しても、こういうのは、たぶん、見つからないと思う。
 「勤め人をやっていると、60歳という定年が厳然と存在して、『そこ』を起点に、人生を逆算してくよね。でも、我々のような自営業っていうか、フリーランスってのは、そんな逆算するっていう発想はないよね」
 「そうそう」
 それで言うと、我々の立場というのは、目の前にある一つ一つのことを、きっちりと積み上げていくことのなかにしか、将来はないのだ。それで言うと、まさに「積算の人生」ともいえるだろう。
 で、この5月末から6月の初旬にかけて、徳チャンは、パリでの特別展に臨むのだが、それと同時並行で、ある作家さんとのコラボで、今後、パリでの特別展を考えているとのことで、「でも、まだ、まったくのゼロなの」。「でも、そういうのは、こっち(=日本)にいて、ネットをいじくり回していてもしょうがないんで、現地に行くしかないよね」とワシは言った。さらに曰く、「でも、思うに、ゼロというのは違うと思う。確かに、仕事の上ではゼロかもしれないが、我々は仏文を出ているから、フランス語をしゃべれて、フランスのことも、普通の人よりは知っている。その意味では、決してゼロではない」と。もっとも、「ゼロ」というのは、言い方を換えれば、「未知なる、新しいことにチャレンジする」というのと同義だ。「ずっと続けてきたことも大事にしたいけど、新しいことにも挑戦したいわ」とカノジョは言った。
 こんなふうに、いろいろとおしゃべりするなかで、刺激もイッパイ、もらった。こうした一瞬を過ごせるのも、あのキャンパスでの4年間があったからこそ、だ。だから、こういうのも、ある意味、「経験の蓄積」だと思うし、カノジョと出会えて、本当によかったと思う。

 #それで、この4月11日に、グランドプリンスホテル新高輪で、今年度の長岡中・高校東京同窓会があったんで、ちょっくら、顔を出してきた。前にもココで少し書いたかもしれんが、毎年、齢50を迎える卒業年次が「当番幹事」ということで、首都圏を中心に大勢参加するんだよな。
 ワシは、最終的に出席を決めるまで、だいぶ迷ったところもあって、当番幹事の学年は、有志が集まって、1年ほど前から準備を始め、去年の9月末には品川でプレ東京同窓(同期)会、んで、今年の正月には地元の長岡でもあって、それにはワシも参加しておったのだ。正直、「2回も出たことだし、もういいだろう」っていうのもあったんだ。ま、内輪バナシなんだが、要は、この毎年のパーティーも参加者が少ないと、「赤字決算」に陥る恐れもあって、それは何としても避けるために、特に当番幹事の学年は、気合いを入れて、出席者を募らないとなのだそうだ。結果的には、大成功で、参加者も600人を超え、ウチらの学年も、最終的に130人を超えたとか言っておったかいなあ。とにかく、黒字決算で締めることができ、ま、「ヤレヤレ」っていうことで、ワシも義理を果たしたっていうんかいなあ。でも、めったにあるものではないし、実際、出席して、久しぶりの再会もできたんで、「結果オーライ」ってことで、よかったかいなあと、思っておるんだよ。
 で、ワシ、ビックリしたんだが、こっちの方のブログは、アクセス数が少ないんで、「どうせ、当事者は誰も読んでおらんだろう」とタカをくくっておったら、意外にも読んでおるのがおってだな、「うわっ!」だったなあ(**)
 正式名称を「新潟県立長岡高等学校」といい、地元では「長高(ちょうこう)」の愛称で呼ばれておるんだが、自分で言うのも何だが、地元ではトップ校で、名門の誉れは高い。今回、同級生が会場で、「オイ、古川、オマエ、ウィキぺディアの長高んところに、『著名人』で出てくるぞ」って、わざわざ、スマホで検索して見せてくれて、「ひょえー」って思ったワ(笑)

 #「上」の続きで、長高の東京同窓会、少し遅れて会場に着くと、既に始まっておって、当番幹事の昭和59年卒のワシらの学年は、クラスごとに着席するテーブルが決まっておって、ワシは「3年5組」だったんで、そこに行くと、「あー、いたいた!」っていうカンジ。んで、去年の9月、今年正月のプレ同窓会で、ウチのクラスでは女子が誰も参加しておらんかったんだが、今回はおって、「うわー、久しぶり」だったなあ。
 その中で、前にもチラっと実名を出したオンナのコがおって、カノジョは「コバジュン」と呼ばれておったんだが、同じテーブルで、最初見て、一瞬、誰かわからなくもなかったんだが、目のあたりに面影が色濃く残っていて、「コバジュン、久しぶりじゃない」と声をかけると、そのレスの第一声が「古川クン、ワタシのこと、ブログに書いたでしょ?」だったんで、「えっ?!」。まさか、このブログを読んでるなんて、夢にも思っておらんから、超オドロキだったんだが、「別に、悪口を書いたんではなし、いいじゃない」ってことで、ハナシを進めた。
 カノジョは、もともとべっぴんなのだが、高校時代は髪もショートで、銀縁のメガネをかけてて、「ガリ子さん」っていう印象の、キツイ感じのコだったんだが、今は、そうしたところがすっかり消え、ホンマ、外見は「美人過ぎる女医」ながらも、しゃべったカンジでは、ものすごくマイルドになってて、「うわー、変わったなあ」。現役で合格した、地元の新潟大医学部から東大の医局に入って、今は日本医科大の眼科の准教授だそうで、その当日も、朝方に診察だったか、とにかく、仕事が入ってたそうで、「来れるかどうかわからなかったけど、何とか都合できたわ」と言ってた。
 それで、コバジュン曰く、「そういえば、古川クンは、大学は京都(=京大)に行ったものとばかり思ってたのに」、「いやあ、共通一次で撃沈して、急遽、早慶に替えたところ、慶応にひっかかって、学部も希望する文学部だったんで、そうしたんだ」と。ワシが「第一志望・京大」ってのを知っておったってのは、「へえー」っていうか、ひょっとしたら、当時、そういうハナシもしておったのかもしれない。「そうそう、それで、担任に『早慶に変更します』と言ったら、『古川は慶応というより、早稲田だよな』で、進学指導もオシマイで、長高は、そういう自由放任な校風だった」ってことで、ハナシが盛り上がった。独身だったら、「さあ、口説きにかかるか」といったところなのだが、残念ながら、カノジョは既婚なのだ(笑)。「堀純子」で検索すると、出てくる。

 #さらに続きだが、長高3年5組女子で、このコも公人なんで、実名を出しても構わんと思うが、本間美奈子サンといって、今は、久留米大法学部の准教授をしてるってことで、「へえーっ」だったなあ。っていうか、高校時代とすっかり変わってて、以前は小さくて、ヒョロっとしてて、おとなしくて目立たないカンジの子だったんだが、今はたくましく、バリバリの「オンナ准教授」ってカンジで、本当に別人だったので、オドロキだった。ワシはほとんど変わっておらんから、向こうはすぐに気づいたようだったが、ワシが失礼にも「どなたでしたっけ?」と尋ねたもんだから、少し、ムッとした様子だった。でも、知らないまま、ハナシを進めるよりは、「聞くは一時の恥」ってことで、それもコミュニケーションのひとつかな、と。
 そうそう、3年5組では、ワシはクラス委員長で、カノジョは副委員長だったのだ。「そういえば、ホームルームをどうするかとか、話をしたよね」ってことになって、ピアノの腕が抜群で、「ミヤーン」って呼ばれてた。大学は津田塾だったが、その後、学士入学で早稲田大に入り直して、そこから法学を究めたのだそうだ。「回り道したわ」とのことだったが、でもそうやって、自分のやりたいことを見つけて、職業にしているというのは、幸せだと思う。専門は会社法だと言ってた。
 そして、もうひとりは、このコは一般人なので、匿名にするが、ねちさんとニックネームで呼ばれていたコで、高校卒業以来だった。一目見て、すぐにわかったが、卒業後、上京して、それからずうーっと首都圏在住なのだそうだが、コレは2次会が終わって、3次会の席だったが、子供さんの話になって、カノジョは3人の子供さんがいるんだが、既に成人した一番上の子と、今年高校に入った一番下の子が、先天的な障碍を持って生まれてきたといい、その苦労話を聞かされ、ちょっとディープだった。
 「上の子は自閉症、下の子がADHDで、上の子は2歳になっても、声が出なかったの」と。ワシが「いやあ、それって、最近では、かなり認知されてきてはいるとは思うけど、でも、おそらく、世間ではまだ、偏見とかありそうだよね。どうせ、『親のしつけが悪い、育て方が悪い』とかね」と水を向けると、頷いていた。ねちさんはブログを開設していて、アメーバで「ヴィオラソナタのブログ」で検索すると、出てくるとのことで、紙に書いてもらった。で、読んでて、母親のせつせつとした思いが伝わってきて、胸を打つ。カノジョ曰く、「こうした障碍者の中には、(ブログとかで)実名を出している人もいるのだけれど……」とのことだったが、「それはどっちでもいいと思う」と。
 ワシもブンヤとしての取材を通じて、こうした先天的な障碍を持った子供を持つ親の取材をしたことがある。親にとっては、どの子も皆、宝物だと思うが、その人は「子供が障碍を持っていたからこそ、いろいろと気づかされたことがある」といい、そのひとつに「人間社会の不条理」ということを挙げていた。「でも、そうしたことを教えてくれたことも含めて、子供は私たちにとって、本当に宝物だった」と述懐していたことが、今も忘れられない。ねちさんもいろいろと大変だと思うが、世の中の差別とか偏見に負けないで、挫けることなく、これからも頑張ってほしいと思う。

 #もう少し続けるが、長高東京同窓会で、同じ吹奏楽部だった淳夫に、20年以上ぶりに再会した。「そうか、淳夫の結婚式に出ておったんで、それ以来かあ」ってことで、フルネームは山田淳夫なんだが、前にも少し書いたが、今、東大の、正確には東大院の工学系研究科教授で、リチウムイオン電池の研究を手がけておるってんだが、久しぶりに会うて、いろいろしゃべった。ワシもそうだが、ホンマ、お互い、全然変わってなかった。
 彼は現役で筑波大に入って、そこの大学院から、ソニーに就職しておったんだが、ワシが「東大教授ってのは、スゴイな。やっぱ、東大ってのは、身内で固めておると違うんかよ」って聞いたら、「基本はそうなんだが、自分は、たまたま、そういう引きがあったんだ」ってことだった。見た目も白髪とかなくて、「淳夫、全然、変わっておらんな」って言うと、「ここんところ、ストレスもなくて、自由にやっている」ってことで、ホンマ、元気そうだった。
 お互い、仕事のハナシは全くなく、昔話に花が咲いて、彼もワシも電車通学だったんで、土曜日の部活の練習が終わると、電車の時間まで間があるんで、駅前の長崎屋の上の階の、家電コーナーのテレビ売場の前に腰を下ろし、ふたりで、ジャイアント馬場んところの全日本プロレス中継に見入ったものだったのだ。「馬場vsハンセン」のPWFヘビー級戦も、一緒に見ておったハズだ。淳夫もピアノの腕前が抜群で、その意味では、ものすごく繊細な感覚を持ち合わせていた。淳夫はマジメなんだが、なぜか、ウマが合った。
 ちょうど、2次会の席では、ワシの隣りが淳夫で、そのまたすぐ隣りが、学校推薦で慶応の法学部(法律学科)に入った岸伸彦クンだったんで、そのプロレスってことで言うと、岸クンは日吉台学生ハイツに住んでて、当時、ワシはテレビを持ってなかったんで、「そうそう、金曜日の夜8時になると、毎週のように、古川がプロレスを見に来た」っていうハナシで盛り上がった(笑)
 それで、岸クンは、地元長岡で、「お福酒造」っていう実家の造り酒屋を継いでいるのだが、越後は「米どころ、酒どころ」なんで、長高の卒業生で、そうした酒造業を営んでいる人は、他にもいるのだろう。そうした人たちとも一緒に、PRのため、会場に、自分んところのお酒も持ってきていたのだが、岸クンんところは、大吟醸「零酒 斗瓶囲い」という銘柄だったんで、一口、飲ませてもらったのが、コレが絶品だった。口当たりはやわらくて、ほんのりとしているのが、奥深さがある。他とも飲み比べたんだが、岸クンんとこが、抜きん出てピカ一だった。鑑評会用に仕込まれた大吟醸の膠袋から、自然に滴り落ちてくる酒のみを斗瓶に集めて、熟成させたものを直詰めした「究極の大吟醸原酒」で、量産が効かないのだそうだ。今しがた、HPで確認したら、1本10800円の値段が付いていたが、本当に、それに値する味だった。
 岸クンにいろいろと聞いたら、米や水といった原料もさることながら、最大のキモは「いかに、優秀な杜氏を確保するか」ということだったので、「あー、なるほどなあ」と思った。酒造りも、まさに「職人仕事の極致」といえ、そういう優秀な杜氏というのは、引き抜きもあるというので、「そういう人材を、ちゃんと、引き留めておけるか」というのも、経営者の腕の見せ所なのだそうだ。ジャンルは違えど、そうやって、同級生たちは、本業に邁進しているので、励みになる。

 #まだ、続けるが、その長高東京同窓会で、ウチらの代だけでなくて、上も下も集結したので、コレも本当に久しぶりだったんだが、吹奏楽部の後輩にも会えた。1年下で、来年が当番幹事ということもあって、たぶん、他の年次よりは参加が多かったとは思うんだが、「あー、古川先輩じゃないですかあ」。彼ら、彼女らも変わってなくて、本当にあの頃に戻るね。「古川先輩は、前は、ざいご(=田舎)弁丸出しだったのに、すっかり、標準語になっちゃいましたねえ」と言われて、「そんげえことねえよ。全然、変わらんて」とワシ。 
 その後輩に、フルートの山サンって女の子がいて(旧姓が山下というので、山サンと呼ばれていた)、このコは高校時代もそうだったが、ノリのよさは相変わらずで、「今度一緒に、ゴハンに行きましょうよ!」って言われた。フルートはキレイどころが揃ってたが、山サンは超キュートだった(^^)
 カノジョは確か、大学は理系だったと思うが、その後、結婚して、子供も上は、もう、高校生だと言ってた。今、ホームページを作る会社を立ち上げていて、「オフィスジータ」で検索すると、「横浜の女性ウェブデザイナーによるホームページの企画、制作、運営」ということで、出てくる。gita(ジータ)とはイタリア語で「小旅行」という意味で、「ホームページを見た人が、期待感をふくらませ、新しい世界への第一歩を踏み出して、ワクワクした気持ちなれるように」との思いを込めて、名づけたのだそうだ。これまでの制作実績も紹介されているが、デザインに、女性らしいやさしさ、やわらかさがあふれてて、ひとつひとつていねいに作りこんでいるのが、わかる。
 ちなみに、山サンは、今は藤井信子サン。どうしても、日本の社会は、人材活用という点では、とりわけ、「出産」というのがいちばん大きいのだろうが、いろんな制約や壁が存在するのだが、山サンたちの試みというのは、そこを何とか突破しようという思いを感じるよね。いい仕事していると思うし、もっと、頑張ってほしい。そのうち、山サンたちとも、イッパイやりたいよね<そういえば、ブラスで同じ代のみわチャンから、2次会の場所から、メールがあったぞ(笑)
 ほうー、山サンのフェイスブックを見たら、近く、「結果のでるホームページの作り方」っていうセミナーで、講師をするってことで、お知らせが出ておったんだが、そうしたツボを押さえるセンスを持ってるんだろうね。カノジョのスタンスの中では、「子育てとの両立」というのがキモだと思うんだが、それを解決する方法のひとつが、「在宅勤務」ってことなんだろうと思う。セミナーは女子限定なんで、ワシはNGなんだが、山サンの仕事ぶりってのは、すごく興味ある。でも、ワシん中にある山サンってのは、高校時代のまんまで、同窓会でもそのまんまだったんで、そのギャップがオモロイよね。そのセミナー開催時の集合写真が、フェイスブックのリンク先に貼り付けてあったのだが、「仕事モード」に入っているときは、だいぶ違う。別人のようだ。公私の切り替えが、きっちりとしているのだと思う。

 #もう少し続けるが、このテのアラフィフの同窓生交歓というと、弘兼憲史の『黄昏流星群』で、よく出てきそうな光景だが、そこでの描写によれば、こういうところに出てくる人というのは、基本的には社会的成功者なのだそうだ。ワシ的には、本当に、こういうのは出ようが、出まいがどうでもいいという立場で、そもそも、勤め人を辞めて、フリーランスになって以降は特に、群れるという行動パターンからは遠ざかっているので、正直、「出んでもエエわなあ」というのはあった。でも、出席した場合、必ず「今、何している?」というハナシになるんで、その際、自己紹介するにあたって、別にワシは人に後ろ指さされるようなことは全くないし、その意味では、これまでの己の生き様に自信というか、誇りを持っているので、その点については、何の問題もなかった。
 ただ、ワシ自身が、社会的成功者かどうかは「?」で、その3次会でビール片手に喋った中で、「古川、オマエは、どうして、ちゃんとした会社勤めを辞めて、そんなふうに道を踏み外してしまったんだ?」と絡まれ、思わず、苦笑してしまったのだ。そういう意味では、ワシなど、決して、社会的成功者ではないのだろうが、内心では「でも、ワシは長高のウィキぺディアの『著名人』で出てくるぞ。そういう、オマエは出ておらんじゃないか」と毒づいていたのだ(笑)
 しかし、考えてみれば、1学年450人(45人×10クラス)いたのだが、しかし、出席したのは、当番幹事だったウチらの学年でも130人というのだから、全体の3分の1以下である。それで言うと、出席する方が少数派なのだが、でも、この場に出席した人というのが、社会的成功者というか、基本的に、今の立場に自信を持っているというのは、あるかもしれない。何ていうのか、「前向きな人たちが集まった」ということは、いえるかもしれない。
 それで言うと、今回、出席しなかった人で、「あー、やっぱり、そうなんかいなあ」と感じたのが、吹奏楽部の1年上の先輩で、部長だった人(男性)だ。その人は、本当に優秀で、大学も、学校推薦で慶応の法律に行って(だから、岸クンの1年上)、大学に入ってからも、可愛がってもらっていたのだが、彼の就職先が、「東電」だったのだ。あの当時、東電というのは超優良企業だから、銀行、商社と同じレベルなのだが、先輩も本当に真面目で、成績もよく、しっかりしていた。だから、あのフクシマの原発事故がなければ、まず、間違いなくというか、100%の確率で、今度の同窓会には出席していたハズだ。
 あれから30年以上の歳月が経て、先輩は東電マン、ワシはフリーのブンヤで、所謂、そのテの「ジケン」については、ワシはケダモノのごとく、ネタを狩りに行く習性が身に染みついてしまっているのだが、しかし、この期に及んでも、「部活の先輩」であることには変わりはない。肩書は関係ないのだ。ワシの中では、先輩個人を責める意思など、まったくないので、それだけに余計、今回、再会したかったのだ。あの会場で、もちろん、込み入ったハナシなどできるものではないにせよ、一言でもいいので、顔を見て、会話を交わしたかったと思う。本当に、この先輩とは、一度、機会があれば、酒を酌み交わしながら、いろいろと語り合ってみたい。

 #長高同窓会のハナシも、そろそろ打ち止めにしようかと思うのだが、ワシらが高校生だった30年以上前とは、ま、当然のことなのかもしれないのだが、時代は大きく変わってしまったのだろうか、ということを思う。
 例えば、今は、長高は、普通科6クラスに、理数科が2クラスの計8クラスってんだな。我々の時代が普通科10クラスだったのと比べると、1学年8クラスというのは、もちろん、少子化だろうが、しかし、「理数科」の創設ってのは、時代の流れなんだろうなあ。少なくとも、ワシらの時代ってのは、そんな「理数科=理系コース」などというのは存在せず、大学進学を意識して、文系、理系に分かれて、選択授業が始まるのは、3年生になってからだった。だから、2年生までは、全員が共通の授業で、例えば、数学なんかは、高2の2学期で数Bを終え、3学期からは数靴貌容していた。だから、ワシは文系ではあったけれども、数靴龍飢塀颪虜能蕕暴个討る「極限」のところは勉強しているのだ。
 もちろん、そうやって、理数科を設置して、大学進学に向けて力を入れているっていうか、生徒のケツをビシバシと叩いておるってのは、県教委の方針なのだが、そういうことを考えると、長高の校風ってのも、ひょっとして、ワシのおった30年以上前とは、だいぶ変わってしまっておるんかいなあ、という気はするのだ。
 少なくとも、ワシがあそこで過ごした3年間というのは、まさに、「自由放任」「ほったらかし」だった。何ていうのか、いい意味での自己責任とでもいうのか、先生たちは、我々生徒を「大人」として、「ひとりの人間」として認めて、そういうふうに対応してくれていたと思うのだ。いろんなことも含めて、うるさいことは全くなかった。
 逆に言えば、そうやって、大人として見てくれている以上、変に道を踏み外してはアカンっていうのか、「何事においても、しっかりやらんと」っていう意識はあった。「自立と自律の精神」である。でも、そのことは、その後の人格形成おいて、大きなものを与えていてくれていると、今にして思う。っていうか、結局、長高の3年間において、学んだっていうか、体験したことで、今に残っている最大の果実は、まさに、「それ」に他ならないと思うのだ。

 #大学受験に関して、ワシらが体験した30年以上前と大きく違っておるのは、やはり、よくも悪くも「少子化」なのだと思う。今は、ホンマ、「受験戦争」だとか、「受験地獄」なんていう言葉を聞かなくなったよな。「全入時代」ってことで、「選ばなきゃ、どこか入れる」ってんだから、隔世の感がする。
 だから、今、世界史が必修だの、日本史をそうするだの、よくわからないハナシが出ておるのだが、ワシらの頃は、「18歳人口右上がり」ってことで、大学は左団扇で、「受験生を選んでヤル」っていう、まさに殿様商売がまかり通っておったともいえるだろう。その典型が共通一次で、ワシらは5教科7科目の1000点満点で、社会2科目、理科2科目を強制的に受けさせられておったんだからなあ。
 それで言うと、そんなに文系、理系の区別もどうでもエエっていうんか、ワシのクラスでも、学年で成績はトップ級だった、京大の工学部に現役で入ったヤツなんか、理系の科目もさることながら、文系の科目もスンゴイ点数をはじき出しておったからなあ。かく言うワシも、文系、それも文学部志望でありながら、いちばんの得点源が、じつは数学で、だから2次試験で数学のある京大を目指しておったっていうのは、ある。
 それと、ワシらの時代ってのは、ぬあんて言うんかいなあ。全体として、「いかに点数を稼ぐか」っていう受験テクニックに拘泥するんでのうて、もっと、大局的に「教養としての学問」に向かってアプローチしていくような、雰囲気が、まだあったと思う。
 それは例えば、通信添削のZ会が典型で、当時、東大や京大志望者が取る、最も難解なコースに、A科(英語)、B科(数学)、C科(国語)があったんだが、ココはもう、「趣味として遊ぶ」っていう世界だった。だって、A科は「Z.A.R.E」っていう英文の小冊子からの出題だったし、B科は『大学への数学』の巻末の学コン(=学力コンテスト)と競ってたわな。ま、ワシは、よう長続きせんかったんだが、Z会の方針としても、「とにかく、時間がかかってもいいので、自分のアタマで考え抜いて答案を書くように」ってのが、あったと思うんだが、でも、それってのは、ペーパー試験において、即、得点力アップに直結する力とは違うと思う。むしろ、「地アタマの向上を目指す」っていう部分だったと思うのだ。
 それで、「受験テクニックに直結しない」ってことでいうと、長高の授業でワシの印象に残ってるのが、2年生のときの担任の先生が、教科が英語で、読解(リーダー)の担当だったんだが、その先生の授業では、時間の最初の5分から10分を、「ショート・スピーチ」ってことで、教壇のところに出て、「英語で喋る」ってことを生徒にやらせておったのだ。そのためには、生徒は事前に原稿を準備しないとなんだが、本番では、別にそれを見ながら喋ってもよくて、そのスピーチを終えると、先生が喋った内容について英語で質問してくるので、それに英語で答えないとなんだが、ワシ的には、今にして思えば、コレが、生きていくうえでの血肉にもなっておったように思えるのだ。
 ワシは今でも覚えておるんだが、「アメリカのプロレス事情」ってことで喋ったのを覚えてて、「アメリカには、NWA、AWA、WWFと、3つのメジャーな団体がある」ってのを喋ったものだ。でも、こうした体験を通して、「英語で喋る」ってことに度胸がついた部分はあったんだが、もっとも、こんな授業をやったところで、大学受験には全く直結するわけではない。正直、当時は「あー、面倒臭い、イヤだな」っていう思いが強かったんだが、でも、振り返ると、その後に生きている。どうなんだろう、今、こんな授業をする先生なんて、おるんだろうか。

 #「上」の続きっていうんか、「Z会」ってことで、ネットで検索してみたんだが、ワシ、ホンマ、ぶっタマげたんだが、現在は、小学校に入る前の「幼児コース」からあるんだなあ(**)。要は、「囲い込み」ってことで、そのバックグラウンドは「少子化」ってことなんだが、しかし、30年も経つと、世の中は変わってしまっとるんだなあ。
 今、その「ゆとり教育」がヤリ玉に挙がっておるんだが、文部省キャリアでおった寺脇研がそれを主張し、推し進めたのは、90年代の初頭だったよな。確か、18歳人口のピークは91年ごろだったと思うが、ま、当時の「受験戦争」ってのは、スンゴかったからなあ。詰め込みがすべてだったといっていいだろう。それゆえ、過度の受験偏重を緩和するために、ああした「ゆとり教育」を言い出すのは、勇気が要ることで、その意味では、「寺脇路線」ってのは革命的だったと思う。慶応が藤沢の山ん中にSFCを開設して、AO入試を始めたのも、まさにその頃だ。今でこそ、「AO=アホでもオッケー」ってバカにされておるんだが、でも、あの当時の時代背景からすれば、一般入試とは別に、ああした採用方法を取ろうと試みたのは、極めてまっとうだったと思う。
 考えてみれば、そうした「囲い込み」ってのは、「自由放任」だとか、「ほったらかし」っていう発想とは、ある意味、対極に存在しとるよなあ。ワシらの頃は、子供のアタマ数が多過ぎたんで、そんな「囲い込まれる」ような丁重な扱いを受けることなど、「夢のまた夢」だったのだが(笑)、今は違うんだな。それで言うと、就職戦線においても、「青田買い」ってのが、ワシらの時代と比べると、ものスンゴイんだが、基本としての共通項は「早い段階からの囲い込み」だからなあ。もちろん、「少子化」っていう時代状況はわかるにしてもだな、むしろ、モンダイの本質は子供たちの側でのうて、諸々のシステムを構築しておる「ワシら大人の側」にあると思う。
 Z会ってことでハナシを進めると、ワシらの頃にあった二畳庵主人の『漢文法基礎』ってのは、もう絶版になっておって、今は世の中に出回っておらんってことだわな。ネットで調べたら、2010年に講談社学術文庫で復刻されておったようなんだが、ホンマ、コレは無駄バナシがオモロくて、そうそう、「ポルノ漢文」も収録されておったんだよな。まさに、「教養としての学問」の入り口部分だったよなあ。

 #それで、もう少し、長高同窓会関連のハナシだが、部活で1年下の、山サンとかと同級生の女子なんだが、みわチャンってコがおって、1次会には不参加だったものの、同じ学年による日本橋での2次会には参加してて、山サン経由でワシの連絡先を知ったらしく、「先輩、ランチでもどうですか?」と誘いがあったんで、本当に久しぶりに再会して、四方山話に花を咲かせてきた。
 このコは、都内の女子大に進学し、卒業後は、全日空のスチュワーデスになって、ちょうど、ワシが毎日シンブンに入って、初任地が高知支局だったんで、カノジョがステイってことで、地方都市に泊まって、翌朝の便でまた戻るという勤務があって、それで高知にステイすることがあったんで、一緒にメシを食いに行ったことがあったものだ。でも、それ以来だったから、四半世紀ぶりかいなあ。カノジョもワシ同様、全然、変わってなかった。
 今は結婚してて、上は高校生、下は小学6年生の子供がいて、すっかり、ママさんなんだが、いろいろと喋った中で、「女性と仕事」っていうことになって、カノジョはスチュワーデスの仕事に打ち込んでて、本当はずっと続けたかったんだそうだが、出産を機に、両立は大変ということで、退職して、しばらく専業主婦をやっておったのだそうだ。「でも、今は時短勤務の制度が導入されてて、もし、当時、それがあったら、ワタシも続けてたと思うわ」とのことだった。
 今、ニッポンにおいて、少子化は、極めて大きな問題だが、一連の「マタハラ」ではないのだが、女性がフルタイムの仕事を続けながら、子育てを続けるには非常に厳しい環境があって、それで女性が出産に踏み切るのをためらう状況があることを、直視しなければだと思う。これがひと昔前だったら、3世代同居はよくあったので、「子供の面倒は、おじいちゃん、おばあちゃんに任せて、お母さんも働きに出る」ということも可能だった。でも、今は核家族が当たり前というカタチになって、余計、キビシイ状況が出てきているのが現実だ。中には、「イクメン」ってことで、男子の方が「専業主夫」となって家庭に入るというケースも散見されるようだが、でも、そういうのは例外だろう。
 それで言うと、少子化問題の解消のためには、ただ、子ども手当を創設し、小遣い程度のカネを支給すれば解決するというモンダイではない。確かに、そうしたことのほか、保育施設の拡充を図るというのも当然として、むしろ、経営者をはじめとして、我々ニッポン人が考え方を変える必要があるのではないか、と思ったのだ。どうしても、経営者というのは、「目先の数字」ということに囚われておるので、あっさり言ってしまえば、「売上高」や「収益性」を追求すれば、フルタイム勤務が難しいママさんたちというのは、要は「経営の足手まとい」でしかないのだ。まだ、組織が大きいければ、人事制度をいじくることで、「産休→育休」の先に、しばらくの間、「時短勤務」のシステムを導入することも可能かもしれないが、しかし、コレが中小や零細企業だと、大変だと思う。「申し訳ないが、辞めてもらえないだろうか」ということには、なってしまうんだろうなあ。
 でも、こうした状況が続いているということは、少子化の問題が解決されないことのみならず、女性の社会進出ということで言えば、「女子の労働力」がうまく活かしきれていないということでもあると思う。だから、マタハラに象徴される「女性の仕事」のモンダイは、オンナの問題であるのもさることながら、オトコの問題でもある。むしろ、ワシらオトコが、真剣に対峙して、向き合わないと、ということを感じた。もっと長い目で見て、子育ての期間、小学生の高学年ぐらいにならないと、どうしても、女子はなかなかフルタイムでの勤務が難しいので、そういうことを、まず理解しないと、だ。
 それで言うと、山サンたちが、HP作成ビジネスを立ち上げているのだが、出発点が「子育てママゆえ、フルタイム勤務が難しい」というところと、つながっていると思う。山サンたちの試みも、「朝から晩まで会社でのフルタイムでなく、自宅での勤務が可能」というのがミソだと思う。これはあくまでもひとつの例だが、いろんなカタチで、子育てママの社会参加が実現していって欲しいと思うのだ。
 ひと昔前は「寿退社」ってことで、「オンナは結婚したら、家庭に入る」ってカンジだったが、今の専業主婦を見てると、「好きでそうしている」というより、「出産を機にフルタイムでの仕事との両立が難しくなって、仕方なく退職した結果、そうなった」というケースが多い。そういう層は、もともと仕事に対するモチベーションは高いんだから、とても残念だし、社会的な損失を招いていると、ワシは思うのだ。

 #「上」の続きっていうか、たまたま、ネット上で「マタハラNet」っていうサイトを見つけたんだが、ワシ、恥ずかしながら全然知らんかったんだが、今、世の中で言うところの「マタハラ=マタニティー・ハラスメント(職場における妊婦や出産者に対する嫌がらせ)」って、ものスンゴイんだなあ。曰く、「時短勤務なんて、許さない」、「夕方帰る正社員は、要らない」、「妊婦だからといって、甘えるな」、「子供ができたら、辞めてもらうよ」、「産休、育休なんていう制度は、ウチにはないからね」云々……。こういう状況下で、ほとんどの女子は泣き寝入りなんだってなあ。
 いやあ、ワシが思っておる以上に、実態はヒドイっていうんか、しかし、こんなことが許されるのか? コイツは「オンナは子供を産むな」って言っておるに等しいからなあ。ニッポンの場合、少子化モンダイの根源は、まさにココにありそうだよな。
 ワシは、日々、ジケン取材にエネルギーを割かれておるんで、なかなか、このテのハナシに入っていくという機会はないんだが、たまたま、長高同窓会という場がきっかけだったんだが、やっぱ、「オンナとのおしゃべり」ってのは大事だと思ったで。いろいろとオンナに教えられることが多い。ナンダカンダと言っても、結局のところ、ワシも「オトコ」という多数派の視点からしか、世の中を見れておれないっていう部分はあるんだと思うんだが、それゆえ、オンナと交わることで、「オンナの目」でシャバを見つめたら、どういうふうに映るか、ということだわなあ。

 #で、その「マタハラNet」だが、そこの代表を務めている「小酒部さやか」っていうおねえちゃんだが、米国務省の「世界の勇気ある女性賞」を受賞しておったんだな。あー、そういえば、何か、そんな記事があったなあって思っておったんだが、そのマタハラNetの設立自体が、まだ、去年(2014年)の7月だそうで、小酒部さん自身も、職場でそういうマタハラを受けた結果、2度も流産したってことで、その体験から立ち上げたってんだな。
 しかし、このマタハラの実態ってのは、ワシが思っとる以上にスンゴイっていうか、「妊娠したことを会社に伝えたら、解雇された」っていう例もあるってんだなあ。で、先進国でこのテのマタハラが横行しとるってのは、ニッポンだけだってんだな。その小酒部さん曰く、「出産か仕事かの二者択一の時代ではない」ってんだが、その通りだよなあ。
 確かに、今度の小酒部さんの受賞によって、この「マタハラ」ということについて、かなり世の中に浸透していってはきていると思う。ひと昔前は、「寿退社」ってのがアタリマエだったんだから、ある意味、こうしたマタハラというのも、起こりようがなかったともいえるだろう。だから、このハナシは、ニッポンにおいて、女子の社会進出とパラレルで起こってきたといえる。ただ、このマタハラってのは、本質的には「オトコの問題」だ。まず、「そこ」に気づかないと、だ。

 #長高関連のハナシで、たまたまネットサーフィンで引っかかったんだが、吹奏楽部の1年後輩なんで、山サンやみわチャンとかと同じ学年なんだが、パートはパーカッションで、腕前は当時からズバ抜けておったカトケン君ってのがおって、ワシの同期で、同じパーカッションだった、あの淳夫が「カトケンは別格」と絶賛しておったんだが、確かフルネームは「加藤健治」だったと思う。
 卒業後は渡米し、バークレー音楽大学に進学しておったっていうのは聞いておったものの、その後の消息はわからなかったんだが、「Kenji Kato」で出てくるんだが、今、カリフォルニア州のレディングというところに住んでて、プロのドラマーとして活躍しとるんだな。ミュージシャンらしく、今は長髪なんだが、顔つきを見ると、あの頃の面影がある。フェイスブックには奥さんとの2ショット写真も載っている。書き込みのほとんどが英語で、たぶん、もう、向こうの人になってて、異国の地で骨を埋めるんかいなあ。確か、カトケンは生徒会長をやっておったと思う。もし、機会があれば、一度会うて、いろいろと喋ってみたい。写真とはいえ、活躍しているのが、よくわかるなあ。30年という歳月を感じる。

 #で、ココの冒頭でも紹介したザ・仏文の同級生の徳チャンだが、この「5・29」から、カノジョが主宰する「ギャラリーKAI」としては、初のパリでの特別展が始まるってことで、「頑張ってね」っていうタイトルでメールを打ったのだよ。思えば、「パリ進出!」ってのは、ワシがココでスッパ抜いたんだが、「古川クンも、都合がついたら、観に来てよ」と言われてはいたのだが、諸々、野暮用っていうんか、案件を抱え込んでおるんで、なかなか出かけるだけの時間的余裕がなくて、残念。もし、本業でひと区切りがついておったら、気分転換も兼ねて、久しぶりにフランスの大地に舞い降りたかったのだが、現時点では、なかなか、それだけの時間的余裕はないのが現状だ。何ていうのか、行けないということへの負い目というほどではないのだが、都合がついたら、観光がてら、ぜひ行きたかったので、とにかく、応援メールを打ったのだよ。
 そしたら、徳チャンから「ありがとう」って返事があって、昨日ってことは、「5・27」にパリに着いて、「パリは暑すぎず、寒すぎず、とてもさわやかな気候です」とのことで、今、ギャラリーへの搬入作業で、てんてこ舞いとのこと。じつは、実現にこぎつけるまで、いろいろと紆余曲折もあったそうで、「ひょっとしたら、ダメかも」という瞬間もあったとのことだが、頑張って、いよいよ開催というところに辿り着いたとのこと。もう30年も前だが、三田の山で一緒に机を並べて叩き込んだ、「フランス語の力」が、こうやっていかんなく発揮できて、ザ・仏文の同志としても、うれしいよね。仏文学に関しては、ウチの慶応仏文は、少なくとも、自分の中では、日本の大学では、トップだというプライドはある。
 それで、今度のパリでの特別展の紹介だが、詳しくは「ギャラリーKAI」のホームページに出ているが、5月29日から6月7日までの10時半〜19時、パリは7区のドゥヴィヴィエ通り25番地のギャルリー・プラネットルージュ(Galerie planet rouge, 25 rue duvivier 75007 Paris)で。アクセサリー作家、白洲千代子さんの作品の展示即売。地図で見たら、最寄り駅はメトロ8号線のLA TOUR MAUBOURGか、ECOLE MILITAIREだね。同業者で、目白にある「上がり屋敷」さんというギャラリーと共同開催とのこと。場所的には、セーヌ左岸で、ナポレオンの墓のあるアンヴァリッドのすぐ目の前で、エッフェル塔にも近い。

 #「上」の続きだが、今回のパリでの徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」の白洲千代子さんのアクセサリー展だが、たぶん、おととしの日吉での卒業25周年で、四半世紀ぶりに再会したとき、カノジョが身につけていた、確かブローチだったと思うが、おそらく、白洲さんの作品だと思う。もし、今度、会う機会があったら、確認してみようと思うんだが、あの何て言うんかいなあ。徳チャンが大好きな、南仏はコート・ダジュールのマントンの沖合いに広がる、あの紺碧の海の青さを彷彿とさせるブルーを基調とするデザインだよねえ。
 そうそう、以前、徳チャンといろいろとおしゃべりをしていたとき、白洲さんの作品のことも出てきて、ああいうアクセサリーは、使っているうちにピンとかが壊れたりすることもあるんだが、そういう場合は、白洲さん本人がいつでも修理してくれるのだそうだ。そういう意味で、アフター・ケアがしっかりしてて、「商品を売って、ハイ終わり」ではないんだよね。本当に末永く、一生モノの身の回り品として、面倒をみてくれるっていうんかいなあ。自分の分身のように、いつまでも長く傍に置いて、使えるというのは、カノジョが選んでくるアート作品のコンセプトだと思う。
 それで言うと、カノジョがチョイスしてくる作品というのは、すべからく、一過性のものではなくて、ずうーっと長く使えて、そして、「使えば使うほど、手に馴染んでくるもの」だよね。だから、見た目にゴテゴテしたり、派手なだけのものってのは、ない。落ち着いて、しっとりとしているのだけれども、でも、得も言われない美を内包している。「ほんのり感」、「ほっこり感」っていうんかいなあ。で、そうやって、使い込むことによって、モノたちに生命が吹き込まれるっていうんかいなあ。家屋も人が住まずに、無人のまま放置しておくと傷んでくるが、しかし、人が住んでいると、傷むことなく、むしろ、長持ちをするよね。思うに、たぶん、そういうモノたちも、人間と対話し、呼吸をすることで、生きてくるのだという気がする。
 で、カノジョのブログで出てくる「ヴェルニサージュ(vernissage)」、原義は「ニス(うわぐすり)を塗ること」だが、アート関連の専門用語では、「展示会前日に、招待客のみに見せる内覧会」のことだ。初日の18時から行ったっていうことのようだが、もう少していねいな説明が要ると思う。仏文出身のワシですら知らんのだから、一般の人はもっとわからない。「ボンジュール」や「ボージョレ・ヌーヴォー」を超えるフランス語は、訳語を入れないと、だろう。

 #AFP=時事電に出ておったんだが、パリの中心部にあるポン・デザールこと、「芸術橋」なあ。ワシ、ここんところ、そっちに行っておらんので、全然、知らんかったんだが、その「愛の南京錠」とやらで、スンゴイことになっておるってんだな。その重みで橋に被害が出ておるってことで、パリ市がこの「6・1」から、撤去作業に入るってんだな。
 その「愛の南京錠」ってのは、南京錠にカップルの名前を書いて、橋の金網んところに錠を取り付けた後、カギの方は、そのままセーヌ川にピャーッと投げ込んで、愛の成就を祈願するってことで、2008年に始まったってんだな。ワシ、最後にパリを訪れたのは、04年で、そのときも確か、芸術橋は行ったと思うが、あんな南京錠の束なんて、なかったわな。周辺も含めてってことだと思うが、全部で100万個、総量45tにも達するってことで、「塵も積もれば山となる」って、ホンマ、このことだなあ。コイツはセーヌの川底にも、相当、カギが堆積しとるってことかよ。カップルのキモチはわからんでもないが、でも、傍迷惑なハナシだよなあ。あの芸術橋は、歩行者専用で、クルマが入ってこれんこともあって、とても風情があって、よかったんだよな。
 ちなみに、セーヌにかかる橋はいろいろあって、有名なところだと、アポリネールの詩に出てくる「ミラボー橋」。「ミラボー橋の下、セーヌは流れ、僕たちの恋が流れる。人の世の歩みは遅く、希望の何と激しいことか……」。あと、シテ島にかかっている「ポン・ヌフ」。パリ最古の橋といわれているが、「丈夫で長持ち」のことを「ポン・ヌフのように(=se porter comme le Pont−Neuf)」とも言う。そういえば、映画『ポン・ヌフの恋人』の舞台にもなっている。確かに、セーヌと恋は切り離せないものがあるわなあ。

 #ほいで、猿の新党結成騒動だが、あの「共和主義者たち(=Les Republicains)」なあ。現地紙の報道によれば、「nouveau parti」ってことなんで、コイツはUMPからの党名変更でのうて、あくまで、猿らが新党を立ち上げて、UMPを飛び出したっていうことなんだろうなあ。で、この前のパリ市長センキョにUMPから出ておったNKMこと、ナタリー・コシューシコ・モリゼだが、この猿新党には、参加するのかよ? UMPってのは、02年の大統領センキョの際、シラクが立ち上げたRPR(=Rassemblement Pour la Republique、共和国連合)を中心に再編成しておって、UMPは「Union pour un Mouvement Populaire」ってことで、敢えて訳すと、「大衆運動のための連合」かあ。ま、それなりにネーミングとしては定着しておったんで、ぬあんで、今、猿が新党立ち上げなのか、「?」だわなあ。ちなみに、現地では「重すぎる愛」ってことで、芸術橋からの南京錠撤去の方が、ニュースのようだわなあ。
 あー、でも、猿が党名変更について、党員による電子投票を諮ったってあるなあ。それによって、「看板の架け替え」が了承されたってことなのかよ。呼び方は「共和党」かあ。んー、イマイチだよな。どうせだったら、いくつか候補を出して、それで人気投票で選ぶっていう仕掛けがあってもエエところだが、相変わらずの猿独裁体制なんだな。この「5・26」にル・アーヴルであった猿の演説の動画がupされておったんだが、ぬあんか、猿も老けたよなあ。でも、引退せんかったってのは、まだ、枯れておらんのだよな。ワシは、決して積極支持ではないんだが、でも、まだ、オランドの方がマシだと思うなあ(笑) 

「ぼくの東欧ひとり歩記(あるき)」

 11月は私の誕生月なのですが、今年で満で49、数えで50歳になりました。毎年のことですが、つくづく、時間の経つのは、早いものだと思います。
 ま、そういった感慨に耽りつつとでもいおうか、そういえば、ちょうど20年前(1994年)というのは、大学を卒業してから勤めていた毎日新聞社を辞め、「人生の浪人生活」を送っていた時期でした。特に、この先、どういうアテがあるわけでもなく、とにかく、体が勝手に動いてしまったという感じでしたが、いったん、実家に戻り、何をするでもなく、ブラブラとしていました。図書館から本を借りてきては、読み漁ったり、また、海外へひとり旅に出かけたりしました。

 以下に記すのは、「旅ノート機。隠坑坑粥Γ隠亜Γ横機繊廚班渋蠅靴浸笋離痢璽箸痢∨粗部分からの引用です。
 じつは、ちょうど20年前の今頃は、東欧に旅に出かけていて、その間、体験したことを、ずっとノートに書き綴っていました。無論、公開を想定していたわけではないのですが、かなり、克明にいろんなことを記していて、じつは、帰国してから、本にしようと、『ぼくの東欧ひとり歩記(あるき)』という題をつけ、原稿にしました。ある出版社に送ってみたのですが、「面白いのですが、売れるかどうか……」ということで断られてしまい、それっきりになっています。
 それはともかくとして、あの頃を思い出しながら、旅ノートの記述を紹介してみたいと思います。確かに、恥ずかしくはあるのですが、しかし、自分で言うのも何ですが、気負いと情熱と、そして、まっすぐな透明感が、そこには、存在していると思います。

 10/25 20:00 今町の喫茶店「道草」にて。
 私が今回、東ヨーロッパに旅に出かけようと決めたのは、多分に思いつきからである。
 ただ、思いつきといっても、単なる気まぐれや偶然とは少し訳が違う。
 東ヨーロッパ━━は自分にとって、いつも心のどこかずっと奥に、小さく形をとどめていた。フライパンにこびりついた黒こげのように。
 もう7年も前になる。私が東ヨーロッパを旅したのは。
 その頃は、ベルリンの壁が冷厳に東西を分断し、その頃の自分は、どちらかと言えば反共的なイデオロギーに染まっていたのだと思う。あまり若い人間らしくはないが…。自由が制限され、人権も抑圧され、言論の自由も制限されていた東欧社会は、一言でいえば、「暗い」という言葉で片付けられていたのだと思う。確かに、ソ連の衛星国家として存在していた東欧。亡命、スパイ、国家に管理された経済、長い行列…。そうした断片に”暗い”という形容詞を貼りつけていた、というのが、当時の一般的な東欧に対するイメージではあった。私自身もそういう思いを抱いていた。

 毎日新聞の記者として仕事をしている間、東欧は一気に時代の表舞台に踊り出た。
 1989年の一連の東欧革命である。
 各地でデモ隊が行進し、共産党政権が崩れていく様子を、ニュースが写し出しているのを見ながら、あの時、ポーランドで会った若い彼ら(彼女ら)は、この時代のドラマをどう見つめているのか。そして、それから5年が経ち、革命の興奮が静まっていく(っていると私の目には写っているのだが)中で、彼らは時代の移り目をどんな思いで見つめていたのだろうか。

 折しも、今年8月下旬(退職のきっかけとなる内々示を受けた日だった!)、『林檎の木』という映画を見た(92年ドイツ映画、ヘルマ・サンダース・ブラームス監督)。これは、旧東欧を舞台に、一組の夫婦を通して、東西ドイツ統一の波にもまれ続ける人々の心を、深い痛みと未来への祈りを込めて描いた作品だ。
 あのラストシーン、レーナとハインツは、息子を連れ、祖母の残してくれた、わずかな土地にもう一度、リンゴの木を植えるべく、船に乗り込む。東西統一の時、あれだけ人々を熱狂と興奮の渦に巻き込んだものの、結局のところ、旧東独人は”二等階級”に追いやられ、現実の壁は取り払われたけれども、心の中の壁は依然として存在している、というのが作品のモチーフだった。

 今世紀に生きる人々を、大いなる希望と幻滅に追い込んだ社会主義、共産主義とは、いったい、何であったのか、と今にして思う。最近、全共闘世代の連中の本(『全共闘白書』)を読んでいて、「社会主義は、いまなお、有効か」という質問に、「役割を終えた」というのと、「いまなお、その意義を失っていない」と答えていたのが、半々くらいだったと思う。「意義を失っていない」とした人間の中に、「スターリン主義が間違っていたのであって、社会主義が間違っていたのではない」と答えていたのもいた。
 まあ、それはともかくとして、彼ら(全共闘)の世代にとっては、甘美な夢を、社会主義革命に抱いていたのは、確かである。
 ひるがって、私はといえば、別に社会主義そのものに希望を持っていなかったし、また、挫折や絶望も感じなかった。いわば、そういったイデオロギーとは縁のない世界で、少年時代を過ごしていたのである。マルクスは中学2年の時、『資本論』(岩波文庫の第1巻)の初めで放棄した。毛沢東もレーニンも、スターリン、トロツキー、ホー・チー・ミンについても、本人の著書は一冊も読んでいない。まったくのノンポリだったのである。

 とにかく、東ヨーロッパを歩いて、そこにいる人々と話してみる。そのころ、日本はちょうどバブル経済の絶頂期だったが、「1989年はあなたにとって、いったい、何だったのですか?」。この問いかけを、とにかくできるだけ多くの人にしてみる。「そして、あなたは今、幸せですか?」
 ただ、まあ、あまり真面目に構えてても、しょうがない。とにかく、見たこと、聞いたことを克明にメモしていくこと。
 人生にとって大切なのは、冒険と感動。

 旅に出るにあたって、今、自分の置かれている立場━━大学卒業後、約6年半(正確には6年5ヵ月)の新聞記者生活を経て、フリー。フリーといっても、単なる無職。組織ジャーナリズムに限界を感じて、飛び出した人間。今後、何か書く仕事(ノンフィクション、ルポルタージュ)をしていきたいと思っている。まだ、確たるテーマは見つからず。現在、28歳と11ヵ月。旅行中に29歳になる。
 29歳という年齢は、人生において、いったい、どういう意味を持っているのだろうか。
 「10年遅れた浪人生活」。これまで、高校、大学、就職と、1年の無駄もなく、ストレートでやってきた。人生というレールの中で、ノンストップの特急列車を途中下車した、といったところだろうか。
 会社を辞めたということで、それほど、将来の不安は今のところない。貯金がいくらかあるということと、年齢的にまだまだやり直しが効くということ。漠然とはしているけど、何かやりたいことはある、ということ。人生の目的はある、ということだ。

 この1ヵ月半で、だんだんと自分が新聞記者というものから、遠ざかっていく、というのを何となく感じている。
 ポケベルがなくなった、ということも一つだろうが、三食、菜を中心にきちんと食べて、規則正しい生活をし、読書をし、映画を見、ふらりと好きなときにどこかに出かける、という自由気ままな生活をする中で、何か一つのリズムができてきているような気がする。
 日本の新聞記者といえば、記者クラブに張りつき、他社の顔色や動きを見ながら、「他社見合い」の形で仕事をしているのが、現実だ。「やりたいこと」より、「やらされること」が優先し、スタンスといえば、「広く、浅く」、投げ網を遠くに投げるという格好。いきおい、一つのテーマを追いかけ、まとまった量の文章を書けるという状況にはなっていない。細切れに吐き出される日々のニュース。組織の歯車。こびとへつらい。上を異常に意識する…。
 そこには、「私」で書く文章が存在していなかった。きちんとした十分な取材を踏まえたうえで、事実の積み重ねの中から、「私」が自然につぶやき始める。「これはおかしいぞ。日本は変な方向に向かっているのではないか」
 日本の新聞は、単なる現実追随に堕している。「客観報道」といえば、聞こえがいいが、価値判断を下す「私」がどこにもいない。ニュース(ジャーナリズム)の不毛。十分な取材、調査に基づいたうえで、「私」が発する(しゃべる、主張する)主観にこそ、真理、真実は存在するのではないのか。そういえば、井上光晴が『全身小説家』でこう、言っていたのを思い出す。「小説は虚構、フィクションだが、その根底にあるのはリアリズムなんだよ」
 今回の旅は、そういう意味で”「私」捜しの旅”といえるだろう。今後、一匹狼のジャーナリストとして生きていくために。
 そう、私はただ、突然、急に旅に出たくなったのだ。ふらりと、気ままに。無意味な束縛を受けることなく、「私」が語るべき言葉を探しに。

 #『レクスプレス』の電子版に動画が貼り付けてあったんだが、この「11・21」に、まもなく、齢82の誕生日を迎えるシラクが、自らが立ち上げたケ・ブランリー美術館で、オランドと会うておる様子が出ておったんだが、公の前に姿を見せたシラクの動静が、オモテに出るのは、久しぶりだわな。猿からの国策ソーサで、ギシギシとヤラれておった頃は、認知症を患っておるとか言われておったんだが、全然、元気そうだよな。この際、UMPの党首センキョに出てだな、猿と争ったら、どうだよ(笑)。だって、まだボルドー市長をやっておるジュぺも、出馬するとかいうハナシが出ておったよな。
 で、そのUMP党首センキョだが、猿とジュぺとフィヨンの三つ巴かよ? そもそも、猿は司法当局から、捜査対象になっておる、要は、被疑者の分際で、ぬあんで、そんなところに、のこのこと出れるんだよ。いやあ、悪いけど、イキのいい、もっと若いのを出さんと、だわな。グザビエ・ベルトランとか、ブルーノ・ルメールとか、何をやっとるんだよ。そもそも、コペは、ぬあんで、出んのだ? そういえば、ダチはどうなんだよ。ココは「史上初のオンナ大統領」を狙わな、アカンかやないか!

 #んで、UMPの党首センキョは、この「11・29」が1回目、1週間後の「12・6」に2回目の投票があって、猿にブルーノ・ルメール、エルベ・マリトンの3人が出ておるのか。たぶん、当選者が、2017年の公認候補となる公算が高いんだろうが、最早、猿ではねよなあ。齢45のブルーノ・ルメールは、07年から、ノルマンディーはウール県1区の下院ギインで、アルジェ出身の齢56のエルベ・マリトンは、ローヌ・アルプはドローム県3区から、同じく下院ギインで、93年から当選4回か。
 いずれにしても、ブルーノ・ルメールか、エルベ・マリトンのどっちかだわなあ。世代交代、新陳代謝は必要だ。ブルーノ・ルメールは、若手・中堅のホープだし、エルベ・マリトンは元々、ジスカールデスタンとこのUDFにおったっていうから、路線的には、中道寄りなんだろうな。とにかく、もう、猿の時代ではない。

 #それで、UMPの党首センキョがおっ始まり、UMPのホームページから、投票できるってんだが、『レクスプレス』の電子版が「字」にておるところでは、また、「いかにも」っていうカンジなんだが、バグ(=不具合)があるらしく、投票画面までアクセスできんっていうのが、出ておるってんだな。電子投票は、やろうと思えば、「目に見えん」のだから、ナンボでも、ウラで票操作が可能だし、なりすましの多重投票とか、いくらでもデキそうだよなあ。
 もっとも、「紙」による投票であっても、アレは08年だったかよ。PSの党首(=第1書記)センキョで、「オブリvsセゴレーヌ」の一騎討ちで、オブリが勝ったことにはなったが、アレも胡散臭かったっていうか、怪しかったよなあ。そうだよな、前回の「コペvsフィヨン」の対決でも、双方、勝利宣言をして揉めマクっておったからな。ま、どうせ、猿は、刑事訴追から逃れるために、今、必死なんだろうなあ(笑)

 #うわっ、UMPの党首センキョは、猿が64.5%の得票率で、1回目で当選かよ。ロレアル創業者一族のリリアン・ベタンクールの婆さんから、大統領センキョ用の小遣いを貰うておったジケンで、捜査を受けておった際、破毀院の判事を買収して、ナイブ情報をゲットしたギワクの被疑者が、よくまあ、「党の顔」に選ばれたよな。ありえんよなあ。
 2番手はブルーノ・ルメールで、得票率30%かあ。そもそも、マトモに集計しとったんかいなあ。しかし、仏蘭西の有権者ってのも、「政治とカネ」のモンダイに異様に甘いよな。甘過ぎるよなあ。猿も、オランドに負けたとはいえ、まだ枯れておらんっていうか、他にヤルことものうて、ま、往生デキんのだな。しかし、「ナポレオンの100日天下」ぢゃあるまいし、こんな落選者を党首に担ぎ出す政党は、終わってるワ。腐りきっておる。仏蘭西人ってのは、本当にバカだな。

 #しかし、猿は、当初、今度のUMP党首センキョで、「8割超の得票率」を狙っておったのかよ。それが、65%に止まったってことで、慌てておるようなんだが、ワシに言えせりゃ、こんな「終わった、過去の人間」であり、かつ、「刑事ジケンの被疑者」が、「党員の3人に2人が支持しとる」っていう事実に、驚愕しとるワ(**)
 いやあ、コイツは、ナポレオンの「100日天下」を彷彿とさせるよなあ。かのマルクスも言っておったぢゃないか。「歴史は2度訪れる。1度目は悲劇として、そして、2度目は喜劇として」ったなあ。こんなもん、まさに、マルクスの箴言そのものぢゃないか! 仏蘭西人は、少し、「恥」というものを知った方がいい。世界中の物笑いの種だわな。

 #で、『レクスプレス』の電子版で、国内最大労組のCGT(労働総同盟)の総書記、チエリ・ルパオン(齢54)の特集をやっておるんだが、生まれはノルマンディーのカーンで、齢17でCGT入りし、ノルマンディーを活動の足場にしてきたんだな。顔つきを見ると、まさに、叩き上げだわな。ココは労働者の味方である労組が立ち上がってだな、「猿、再登板」なんていうマンガを叩き潰さんと、だわな。
 そもそも、コペが党首センキョにすら立候補できんかったことからして、異常だよな。あんな猿みてえな被疑者がふんぞり返って、トウをコントロールするのを、誰も止めれねえんだな。オランドが、あの売れん三流女優にウツツを抜かしておる間に、猿の復帰を許容したようなもんだよな。しかし、司法当局は、ぬあんで、さっさと、猿を起訴せんのだ?

 #そういえば、小浜の肝煎りで、亜米利加がキューバとの国交回復に向けて、本格交渉に入ったっていうことだが、時代も変わったっていうか、「へえー」だわなあ。フロリダ半島のマイアミとは、まさに、目と鼻の先にあるんだが、これからは「近くて、近い国」に戻るってことなんだな。
 キューバといえば、ロバート・レッドフォードが主演した『ハバナ』を思い出す。封切りは、もう、20年以上も前になるんだな。確か、ワシが毎日シンブンの姫路支局におった頃に観たような気がする。革命前夜のハバナを舞台にしたものだが、キューバへの熱い思いが伝わってきて、心に染み入るいい映画だった。
 キューバへは行ったことがないのだが、大学の後輩にあたる、リクルートの広報室におった紫乃チャンと、以前、武蔵小杉でイッパイやったとき、「ワタシ、この前、キューバに旅行に行ってきたんです。とってもいいところでしたよ」と聞かされた。モノは確かに十分とはいえず、クルマとかもかなり年代モノの、ま、ポンコツの部類だろうなあ。でも、いろいろと修理しながら、大事に乗っているとのことだった。
 あと、キューバは音楽。レゲエやサルサが、街に溢れていていて、キューバの人というのは、ものすごくリズミカルなんだそうだ。ただ、根がラテン系ってことで、オンナの口説き方が半端でないということも、紫乃チャンは言っておって、結構なオッサンから、帰国後もラブ・メールが執拗に届いておったと、ボヤいておったな(笑)
 それはそうと、紫乃チャンは、慶応は日吉のメディアデザインの修士課程(2年間)を、もうすぐ終えるんだが、その後は、どうするんだろう。起業でもするんかいなあ。この9月には、毎日シンブンの首都圏版で取り上げられたとのことで、フェイスブックを開設しておる人は、「木下紫乃」で検索すると、出てくるんで、関心のある人はアクセスを。ま、ナンダカンダと情報発信をしとるワ。

 #しかし、理研の小保方晴子は、ホンマ、可哀想っていうか、あのSTAP(=刺激惹起性多能性獲得)細胞(正確には、細胞のSTAP化現象)の再現実験についても、「確認できなかった」っていうことにされてしもうて、結局、石をもて、追わるるがごとく、ま、事実上のクビだからな。ヒドイの一言に尽きる。ま、理研のメンツに賭けて、「あったことを、なかったことにしちゃった」ってことだろうからなあ。
 おそらく、理研ナイブの政局(ケンリョク闘争)に巻き込まれたってことなんだろうが、要は、オンナってことで、よくも悪くも目立ったってことで、例によって、ピャーッと「持ち上げて、落とす」ってことを、ヤラれてしもうたよなあ。カノジョも、もっと図々しく振舞えればよかったんだろうが、人並みに繊細だったってことだろうなあ。研究者としては優秀だと思うんで、どこか拾ってあげればと思うんだが。あれだけの人材を葬り去るのは、社会の損失だ。

 #フィギュアスケートの浅田真央は、今後の現役続行について、「ハーフ&ハーフ」ってことで、次期五輪についても、「まだ、そこまでのキモチはない」ってんだが、もう少し休んで、遊びマクればエエと違うんかよ。好敵手のキム・ヨナは引退してしもうたんで、今、諸々の点において、目標が見えんわな。長い人生、そういう時期はあるんで、そういうときは、他のこともやりながら、のんびりすることも大事だ。姉ちゃんの舞が、ちゃんと合コンを設定してくれとるんだったら、焼肉でも食い倒して、オトコのツマミ食いをするのも、いい社会勉強だ。それでも、「やっぱり、ワタシには、フィギュアスケートしかない!」と思って、戻ってくれば、それは本物だろう。

 #そういえば、水原希子が本人のツイッターでupしておった、オンナの股間のパンツ写真が、物議を醸しておったようだが、「エロティシズムが下品であって、何が悪い」ってのが、ワシの意見だ。
 それを言ってしもうたら、江戸時代の浮世絵(=春画)における、オトコとオンナがまぐわう構図なんて、凄まじいっていうか、あんなもん、まさにマムシの絡み合いだからな(笑)。あと、ウワシンの巻頭の白黒グラビアを飾っておったアラーキーの「包茎亭日乗」なあ。いちおう、「アート」っていうことになっておるんだが、コンビニのエロ本と大して変わらんで。
 ま、文明社会というのは、エロスの存在を、過剰に罪悪視する傾向がある。スケベってのは、人間の本能でもあるわけだから、何をそんなにスマシこんでおるって、ところだわな。希子は、大手メーカーのCMとかにも出ておるから、所詮、そのへんは、規制が働くということだろう。

 #それで、この「12・23」の現地時間、亜米利加はミズーリー州のセントルイス近郊で、また、警官が黒人青年を射殺するジケンが起こって、大騒ぎだな。第一報では、撃った警官が白人かどうかは、わからんだが、おそらく、白人だろうと思う。これまで起こったこのテの射殺ジケンで、必ず、加害者は白人、被害者は黒人で、その逆の「黒人→白人」ってのは皆無だからな。
 前回、同州で起こったジケンでは、丸腰の黒人青年を白人警官が射殺したんで、暴動に発展したんだが、今回も、第一報では「黒人青年が警官にチャカを向けた」っていうことなんだが、でも、黒人青年が実際に発砲したワケではなし、通常、警官が正当防衛で撃つにしてもだな、足元を狙うとかして、致命傷は負わせんわな。ホンマ、クレージーだわなあ。60年代にキング牧師が出て、黒人の公民権運動が高まりを見せたんだが、アソコの白黒差別ってのは、本質的には何も変わっておらんわな。
 もっとも、同様の人種、民族差別はニッポンにもある。中国人や韓国・朝鮮人に対する過剰な蔑視など、その典型で、それで言えば、あんまり亜米利加のことを、とやかく言える資格はねえんだよな。

 #で、知花はだな、この10月にWFPの絡みで、隣国ヨルダンにおけるシリア難民キャンプを訪問してきたってことなんだが、そこで実際に自分の目で見てきたこと、そして、感じたことを、ちゃんと自分の文章で「字」にすべきだ。チョロチョロと写真を貼り付けて、おざなりの感想を喋っておるだけなんだが、ゲンバを見てきた立場からすれば、「そんなもんぢゃねえだろう!」ってことだわな。そうした経験の蓄積を吐き出しておらんってのは、おかしい。「とにかく、行ってきました」ということしか、伝わってこない。
 取材ってのは、遊びではないんだから、諸々、詰めて問うことが大事だ。そこに逃れてきた難民にしても、いろんなドラマがあるハズだ。そうした個別具体的な不条理な物語の数々を、つぶさに「字」にすることが必要で、そうした人の心の奥に浸透してくるメッセージがあってこそ、本物の共感を呼び、それが最終的に寄付につながるんだからな。今後の芝居挑戦云々もさることながら、ワシは、くららには、むしろ、「報道一直線」で邁進することを期待する。

 #しかし、今日(=1・7)、辛辣な風刺画で有名なパリの週刊紙「シャルリ・エブド」の編集部に、覆面姿の男3人が押し入った銃乱射ジケンなあ。警官を含む12人が死亡、10人が負傷し、うち、4人が重体か。言論テロであることは言うまでもないんだが、犯行声明は出ておるのかよ? あのイスラム国を含めて、イスラム過激派の関与が疑われておるんだが、実際のところは、どうなんだよ。
 現時点では、詳細な情報がわからんから、予断は禁物だが、とにかく、背後関係を含めて、事実を着実に集めることだ。宗教、宗派に関係なく、クレイジーなのはおるんだが、その狂気な発想が、どういうところから生まれてきておるのかを、きっちりと見なければ、だろう。もし、「ペンは剣よりも強し」であるのであれば、まずは、今回のジケンの真相を明かすことだ。そこから、すべては始まると思う。とにかく、尊い命を落としたブンヤらに、哀悼の意を表し、この場をもって合掌する。

 #「上」の続きで、パリの週刊紙「シャルリ・エブド」編集部への襲撃ジケンで、翌「1・8」の未明に、中東系の男1人が出頭してきたのか。第一報では、犯人グループは、アルジェリア系フランス人の齢34、32の兄弟と、国籍不明の齢18の少年の3人ということだが、もう少し捜査の進展を見ていかんと、だな。
 とにかく、『レクスプレス』の電子版を見てみたんだが、今度のジケンの被疑者であるという兄弟のガンクビが、既に載っておってだな、兄貴が80年9月7日生まれの「サイド・クワシ(Said Kouachi)」、弟が82年11月29日生まれの「シェリフ・クワシ(Cherif Kouachi)」かあ。いずれにしても、ムスリムであることは間違いねえようなんだな。とにかく、続報を見てみんとなんだが、あの殺人鬼とまでコキ降ろされた、トゥールーズ近郊で、12年3月に仏軍兵士らに対する連続射殺ジケンを引き起こした「モアメド・メラ」の、要は、シャム双生児ってことは、ねえのかよ?
 あー、軍の特殊部隊も投入しとるのかよ。12人死亡、11人が負傷ってことになると、警察マターの話というよりは、軍による捕り物劇に発展しそうなのか。容疑者の特定が異様に早いんだが(ひょっとして、出頭してきたうちの1人が、クワシ兄弟のどちらかなんかよ?)、とにかく、当局がマークしておったリストに入っておったんだろうなあ。ほうー、レクスプレスの電子版には、このクワシ兄弟の経歴に関する詳細な記述がupされておるなあ。後でゆっくりと読むとしやう。
 そうか、出頭してきたのは、その齢18のハミド・ムラドとかいう少年かよ。どうせ、ケータイ(orスマホ)ぐらいは持っとるだろうから、履歴を調べれば、クワシ兄弟とのつながりなんかは、すぐ出てくるわな。しかし、ぬあんで、わざわざ、出頭してきたんだろうなあ。たぶん、このムラドってのは、3人の中では、下っ端っていうか、小間使いみてえなもんだろうなあ。ただ、情報が錯綜しておるんで、まだ、曖昧な部分があるな。直接、犯行ゲンバに同行しておったんかいなあ。ま、おいおい、いろいろと出てくるだろう。AFP電は「クワシ兄弟の知人7人を拘束して、取り調べ」と打っておるな。そう遠からず、このクワシ兄弟の身柄も押さえられるだろうが、カラシニコフだけでのうて、もし、もっと重武装しておったら、警察だと手に負えんのかもしれんな。

 #まだ、このシャルリ・エブド編集部襲撃ジケンの話を続けるが、クワシ兄弟らとみられる3人組が急襲した際、ちょうど編集会議中だったため、風刺漫画家や記者ら5人が射殺され、そこには発行人のステファン・シャルボニエも含まれておったってんだな。今回の銃撃で、ある意味、このシャルリ・エブド紙を丸ごと潰したっていう形になるんだな。「ペンは剣よりも強し」とは言うんだが、しかし、今回は、さすがのワシもなかなかコトバが出てこんなあ。少なくとも、現時点においては、「剣はペンを蹂躙しマクっておる」よなあ。
 おそらく、入口んところには警官が護衛しておったんだろうが、それもブッ殺して、侵入しとったんだろうからな。もちろん、こんなもん素人の犯罪でのうて、軍事訓練を受けたセミプロの「それ」だわな。しかし、ブンヤ、すなわち、「報道人=ジャーナリスト」がペンを唯一の武器として戦うとするなら、まずは、今度の襲撃ジケンの深層を掘り下げていくっていうことだろう。連中の狂気を生み出した背後には、いったい、何があったのかの徹底解明だわな。
 とにかく、今は、指名手配されておるクワシ兄弟の身柄を拘束することが、第一だ。既にフランスは非常事態下っていうか、「内戦状態」といっていいと思う。民主主義の名において、治安当局は、いかなる手段を講じても、被疑者を生け捕りにすることだ。Allez−y,vivre France!
 あー、でも、前面に出ておるのは、やっぱ、警察の特殊部隊か。身柄確保、すなわち、タイホが最優先なんで、軍よりも警察だろうな。チアン出動っていう次元では、ねえわな。しかし、見る限り、軍隊と全然、変わらんな。たぶん、警察にしてみると、自分んとこのシマなんで、軍隊には入ってきて欲しくねんだろうなあ。内務省マターのハナシだわな。

 #それで、シャルリ・エブド編集部襲撃ジケンの被疑者であるクワシ兄弟の潜伏先だが、パリの北東約80kmの、行政区画上では、ピカルディーはオワズ県のクレピー・アン・ヴァロア村と、東隣のエーヌ県はヴィレ・コトレ村にまたがる一帯とみられておるのか。毎日シンブンかよ、フィガロの記事を丸写しで、「潜伏先を特定」っていうふうに打っておったんだが、まだ、掴めきれてねえのかよ。ケータイ(orスマホ)は持っておるんだろうが、やっぱ、居場所を逆探知できんように、電源を切っておるんかいなあ。
 人質を取っておるのならともかく、もし、取っておったとしても、ゼッタイにクワシ兄弟は「生け捕り」にしなければならない。そこで、想起されるのは、12年3月の大統領センキョ直前に、同様の連続射殺ジケンを、南仏はトゥールーズ郊外で引き起こした、モアメド・メラのジケンだ。だが、このときは、まず、間違いなく、猿の指示だろうが、立て籠もっておったメラを射殺してしもうたわな。だが、そのことによって、「ジケンの全容解明」ということが不可能になってしもうたからな。
 猿としては、軍事マター的に始末して、メラを処刑したってことで、センキョ戦での集票効果を狙ったんだろうが、しかし、あくまでもコイツは「殺人」という刑事ジケンだ。共和国憲法に則って、タイホという身柄拘束の手続きを、まず、経なければならない。だから、オランドはヴァルに対し、「とにかく、クワシ兄弟を射殺するのではのうて、生きたまま身柄を取れ」と指示しなければならない。

 #シャルリ・エブド紙は、今後も引き続き、刊行を続けるということか。最近の号も含めて、それらの風刺画をよく見ておらんのではあるが、確かに、挑発的にムスリムを揶揄するところはあったのかもしれん。しかし、どう考えても、編集部に乗り込んで行ってだな、銃を乱射して12人もブッ殺すなんてのは、論外だ。
 だが、その一方で、あの公共の場所でのブルカ着用を禁じた猿ホウアンだわな。ああいう縛りつけるような統制によって、ムスリムを社会的に追い込んでおる側面もある。メラにしても、今度のクワシ兄弟も、その蛮行について許せんのはもちろんなのだが、日本語で「盗っ人にも三分の理」っていう物言いがある。同様の物言いは、フランス語にもあると思う。「罪を憎んで、人を憎まず」とでもいうのか、そういう視点を忘れてはならない。

 #で、パリの北東約40kmにある、セーヌ・エ・マルヌ県はダマルタン・アン・ゴエル村で、男2人組が会社に立て籠もって、人質を取っておるとの一報か。AFP電だと、「捜査当局の話」として、「警察がクワシ兄弟を追跡中、高速道路上でカーチェイスの末、銃撃戦となり、立て籠もった。場所は、小さな印刷所」とのことか。クワシ兄弟は、モンタニー・サント・フェリシテっていう町で、女からクルマを奪って逃走したとのことで、女の目撃証言では、人相はあのクワシ兄弟だったっていうことか。そのモンタニー・サント・フェリシテってのは、オワーズ県の南で、パリからだと北東へ約45kmの場所かよ。
 ダマルタン・アン・ゴエルってのは、場所的には、ド・ゴール空港にだいぶ近づいておるんだな。でも、あのへんは、牧草地とかが広がってて、コミューンってのは、こっちで言うところの村だが、それがポツポツと点在しとるよな。
 あー、レクスプレスの電子版は「Traque des freres Kouachi : un otage a Dammartin−en−Goele(クアシ兄弟を追い詰める、ダマルタン・アン・ゴエルで人質)」って打っておるな。今回の捕り物劇も、いよいよ、最終局面に入ったっていうカンジだな。将棋でいうと、既に手は詰んでおるんだが、まずは投降するよう、説得だろう。フランスはミッテランの大統領初当選直後に、死刑制度を廃止しとって、命は助かるんだから、まずは説得だ。
 パリジャンの電子版も、「Attentat a Charlie Hebdo : les freres Kouachi retiennent un otage(シャルリ・エブド襲撃ジケン、クアシ兄弟、人質を取る)」と打っておるな。白い建物の写真が載っておるんだが、ひょっとして、コイツが立て籠もっておるっていう印刷所かよ?

 #うわっ、「上」と同時並行で、パリ東部のポルト・ド・ヴァンセンヌっていうと、たぶん、ヴァンセンヌの森に近いんだろうなあ。武装した男が、ユダヤ教の食料雑貨店に押し入り、少なくとも5人を人質に取り、で、少なくとも2人が死亡っていう第一報かよ。それで、この男は、パリ南郊であった、女性警官らへの襲撃ジケンと同一犯っていう情報もあるのか。その後、その「2人死亡は誤り」の訂正かあ。いずれにしても、情報は錯綜しとるな。
 それで、ダマルタン・アン・ゴエルの工場に、人質を取って立て籠もっておるのは、まず、そのクアシ兄弟に間違いねえようだな。警察の説得に、どちらかの一人が「殉教者として死ぬ用意がある」かあ。まさに、確信犯だな。しかし、100歩譲って、ムスリムを風刺したシャルリ・エブド紙の人間を殺害するのは、彼ら的には理屈が立つにしてもだな、人質となっておる人間は、全く関係ないハズだ。殉教者として死ぬのであれば、人質を解放してからだろうが。身内とか、知人あたりが、説得に当たれんものだろうか。どうも、ケータイ(orスマホ)が通じておるようなカンジだな。粘り強く説得するしかない。ワシは最終的には、「共和国大統領」がゲンバに乗り込んで、説得に当たるべきだと思っておる。もし、ワシがその立場だったら、そうする。
 んー、弟のシェリフには、嫁ハンがおってだな、その弟が、出頭してきたっていう齢18のハミド・ムラドなのかよ。いずれにしても、シェリフの嫁ハンは、既に当局が拘束してそうだよな。ゲンバに連れてって、説得させるかよ。まだまだやれることはある。

 #で、警察の特殊部隊が突入し、クアシ兄弟射殺の第一報か。人質は無事解放とのことようだが、詳しい状況は、まだわからんが、生け捕りはできんかったのかよ。
 その後、出てきた続報だと、工場におった人質は、全員がクワシ兄弟に捕らえられておったっていうよりは、内部が広いんで、隠れ通せたのもおったようだな。それで、メールで警察の人間とやり取りができたってんだな。
 今回の突入劇は、説得が最後まででき得たか否かの議論は、きっちりとしてしかるべきだと思う。メラんときは、独りで立て籠もっておったんだが、今回は、人質を取っておったんで、「これ以上、犠牲者を出さない」っていうことが、まず、第一だったことはわかる。
 だが、今度の突入劇にあたって、最初から、「射殺する」という方針があって、「上」の方、ま、内務ダイジンか、さらに上のヴァル、んで、オランドからの指示はあったと思う。もちろん、「人質の安全確保」が第一だったのは当然にしても、もし、「生け捕り」にした場合、今後、キソされて、刑事サイバンが、おっ始まるよな。その場合、「12人もブッ殺しておいて、死刑にならんってのは、おかしいぢゃないか。ましてや、死刑を廃止したのは、ミッテランだからな」って、FNトップのルペン娘・マリーヌが吠え出すのは、火を見るより明らかだからなあ。だから、「この際、そういう面倒臭いギロンをピャーッと封印するためにも、チョー法規的措置で、ゲンバで死刑シッコーしてしまおう」ってことだってことは、ねえのかよ?
 あと、一連の捕り物劇が終わってから、AQAPとかいう、「アラビア半島のアル会だ」かよ。「犯行に関与している」との声明を出したってんだが、そんなもん、今頃出して、どうするんだよ。ハンコー声明なんてのは、「犯人像が絞りきれていない、発生直後の時点」でカミングアウトしてこそ、意味とインパクトがあってだな、このタイミングで出しても、「出し遅れの証文」もエエところだわな。
 過去において、ひょっとしたら、あの兄弟がソシキの人間と関わったことは、あったのかもしれんが、「上意下達の指揮命令系統」によって、今回の襲撃ジケンが引き起こされたとは思えんわな。そもそも、クワシ兄弟は射殺されとるんだから、まさに「死人に口なし」ってことで、「言ったもん勝ち」だよなあ。あー、でも、弟のシェリフは、地元のテレビ局に電話を放り込んで、「ソシキから、小遣いを貰っておる」って喋っておるのかよ? であれば、今回、兄弟の射殺によって、ジケンの全容解明がオジャンになったわな。

 #んで、今回、標的になった『シャルリ・エブド』の風刺画のうちのいくつかを見てみたんだが、マホメットやコーランを題材にしとるがゆえ、一見、「ムスリムへの冒瀆」というふうに短絡的に捉えられがちだが、それとは全然、次元が違う。端的に言って、とりあえず、今回、襲撃ジケンを起こしたクワシ兄弟が染まっていたのを、「イスラム過激思想」というふうにしておくが、「そうしたイスラム過激思想というのが、マホメットが説いた本来の教えから、いかに逸脱しているか」ということを、揶揄っていうか、批判しとる。
 例えば、マホメットとおぼしき人物が、目出し帽姿の男に、後ろから、刃物を突きつけられている絵があって、「Si MAHOMET REVENAIT…(もし、マホメットが、この世に再び現れたとしたら)」って文字が出ておる。もう一つは、また、マホメットとおぼしき人物が、顔を両手で押さえて泣きながら、「MAHOMET DEBORDE PARLES INTEGRISTES(マホメットは、妥協しない言葉を絞り出した)」として、「C’EST DUR D’ETRE AIME PAR DES CONS…(あんなバカ者たちに愛されるとは、何ともつらいことだ)」と洩らしておるんだよな。
 オランドがテレビ会見で、一つだけマトモなことを言ってて、「このことによって、ムスリムを差別、排除してはならず、そうした次元とは別の問題だ」云々と喋っておったんだが、その通りだと思う。だから、今回、クワシ兄弟は「イスラム過激思想に傾倒していた」っていうふうに紹介されておるんだが、そもそも、彼らがコミットしておったのは、そうした「本来のイスラムの教え」とは、じつは、全く別物ではないのか。むしろ、切り口としては、「宗教の話」というんでのうて、フランス語で言うところの「セクト(secte)」、すなわち、「カルト」の問題と捉えた方が、スッキリとするし、また、いろいろと見えてくるものがあると思う。
 カルトの本質ってのは、とどのつまり、「政教一致」に行き着く。そうなると、この「ヒマダネの部屋」を離れて、ワシのA面ブログである「同時代ウォッチング」の範疇になってくるんだが、そもそも、今度のクワシ兄弟の行動のバックグラウンドには、「狂信」「盲信」といったものが存在しているのではないのか。だから、「キリスト教(orユダヤ教)vsイスラム教」といった単細胞的、アングロサクソン式のデジタル二分割思考では、問題の本質は捉えられんような気がする。それで言うと、「イスラム過激思想」という物言いは、変えた方がいいかもしれんわな。

 #そのシャルリ・エブドの襲撃ジケンに関して、イエメンのアル会だが「犯行声明」をユーチューブで投稿したってんだが、一緒に起こった、パリ東部のユダヤ系食料雑貨店での立て籠もりジケンでの実行犯である、アメディ・クリバリのオンナだっていうアヤト・ブーメディエンヌってのは、シリア経由でイスラム国に逃げたっていうハナシだわな。
 で、この2つのジケンは、「連動しておった」とかいうふうに煽っておるムキもあるんだが、そもそも、イスラム国ってのは、そのアル会だから破門されて、今では両者は、いわば敵対関係にあるんだから、何がナンダか、チャンポンになっておるっていうカンジだわな。しかし、いずれにしても、クワシ兄弟も含めて、被疑者は3人とも射殺されておるゆえ、まさに「死人に口なし」ってことで、「言ったもん勝ち」ではあるよなあ。
 あと、シリアのアサド独裁によって、ものスンゴイ数の大量虐殺を引き起こしておる罪科については、言うまでもないことだが、その間隙を縫うカタチで、あのイスラム国が台頭してきたっていうカンジだわな。しかし、ネットを通じて発信しておる、イスラム国の連中のクレイジーさも、相当だわな。確かに、現時点においては、虐殺数においては、アサド軍に比べたら、全然、少ないのはわかるにしても、でも、「それ」をもって、イスラム国がマトモとみる、常岡浩介の主張は、首肯しがたい。

 #それで、知花は、新著のサイン会で、黒柳徹子に悩み相談をしておったことを明かしたうえで、今年は芝居にもチャレンジしたい一方で、齢35までに結婚して、子供を産みたいのかよ。何だか、アレもコレもっていうカンジで、欲張っておるっていうか、追う兎は一つに絞らんと、中途半端に終わるわな。だいたい、思いついたように、芝居とか言っておるんだが、演技を極めるってのは、大変だからな。舞台にこだわっている叩き上げの役者からすれば、「あのモデル上がりが、何をナマイキな」って言っとるに決まっとるで。
 そんなことよりも、この際、WFPニッポン大使の肩書があるんだから、シリアにコミットすべきだ。アサド独裁によるデタラメ政治の結果として、その難民問題が起こっておるんだが、そのルーツを辿るってのは、大事だし、中東では今、最もホットなテーマだ。例のイスラム国の台頭とも合わせて、「シリアは、いったい、どうなってるの?」ってのは、現時点では、あの常岡浩介も含めて、誰も明快な解答を示し得てねえんだよな。
 最近、イタリア人のオンナのロレッタ・ナポリオーニが著し、池上彰が解説文を書いて持ち上げておった『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋)も、ざーっと目を通したんだが、わかったような、わからんような、ま、サッパシ、わからんかったな。っていうか、まずは、現地の人間に「イスラム国、アレはいったい、何なんだ?」ってストレートに聞いてみたらエエと思うな。だからだな、もう1回、ヨルダンの難民キャンプに足を運んでだな、イスラム国に関するハナシを集めてくるべきだ。コイツは敢えて、イスラム国の支配地域にまで足を踏み入れる必要はない。周辺を歩くだけでも、相当、核心に迫る情報が入ってくる。それと、隣国のトルコも、このイスラム国関連の情報を持っておるから、そっちの難民キャンプも足を運んで、いろいろと聞いてくるべきだ。
 今、「WFPニッポン大使」の肩書ってのは、使い倒せるからなあ。WFPの宣伝をしてだな、寄付を呼びかけりゃ、渡航費用ぐらいは出してくれるだろうから、いいか、くらら、現地の情報を取ってこい! それで、写真集チックな本を出せば、印税で多少の小遣いぐらいは、入ってくるワ(笑)

 #しかし、あの無実を訴えておったミャンマー人女性に対する、サウジアラビアでの公開斬首も、スンゴイよなあ(**) イスラム国の「それ」と何も変わらんよな。あの公開斬首ってのは、イスラムの風習なのかよ? でも、イランやトルコとかでも、こんな野蛮なことをヤッとるんかいなあ。ムスリムに改宗しとる常岡浩介に、そのあたりを聞いてみてえよなあ。北のわがままおやぢんところと、変わんねえよなあ。
 そもそも、ウサマ・ビン・ラディンも、サウジアラビアの出身だよな。あのサウジってのも、異様に胡散臭いっていうか、アソコのちょー報機関ってのは、いろいろとデタラメをヤリマクってそうだよな。まさか、常岡はサウジのちょー報機関から、小遣いを貰うておるってことは、ねえよな?

 #で、あの露西亜の、反プーチンを掲げておった、ボリス・ネムツォフ(元第1副首相)の暗殺ジケンも、スンゴイよなあ。あんなもん、誰が見ても、「プーの指示」に決まっとるよなあ。どうなんだろう、ああいうのは、こっちで言うヤクザ、向こうではマフィアかよ。カネを握らせて、ヤラせとるんだろうなあ。しかし、「プーの天敵」である常岡浩介だが、ツイッターを見ておっても、「プーの叩き方」が足りんよなあ。ココは「プーの犬」であるラスプーチンが、どういう発言をするかだわなあ。そういうところも見て、ラスプーチンともども、今が叩きどきぢゃないか! 

 #ところで、四十路オンナをターゲットにしとる『STORY』の最新号(15年4月号)に、あの「3・11」から4年という節目に合わせたんだろうが、震災被災地のルポを載せておったな。大槌、石巻、大船渡、南相馬といったとこなんだが、要するに、「震災復興」という名の地上げってのは、至るところであるんだな。っていうか、「それ」こそが、じつは、その本質ではないかという気がする。
 道路を広げて、ダーッと再開発するってんだが、新しく建てられるテナントの賃料が、月10萬円も毟り取られるっていうことで、それまで商店街っていうか、自営で、身の丈に合ったやり方で、やりくりしていたレベルでは、とてもではないが、対応できるものではないってんだな。もちろん、そうした資金調達のメドがついた人もおる一方で、例えば、齢60を超えておる人らってのは、そもそも、銀行がカネを貸さんわな。そういうこともあって、「東京から店を呼ぶか」っていうハナシにもなっておるんだそうだ。ってなると、金太郎アメみてえな集客施設が、ゾロゾロと進出してくるってことになるんかよ。しかし、それって、全然、おかしいわな。
 なぜなら、「復興」というのは、「元にあった状態に戻すこと」ではないのか。もちろん、完全なカタチでそうするのは難しいにしても、でも、「それ」に近づけることが、大事ではないのか。しかし、そうした視点からのシンブン記事ってのは、全然、見かけんのだよな。
 それで、知花は、最近、何やっとるんだよ? 「ワタシの新しい1年が始まる」ってことで、ソワソワとナニやら蠢いておるんかよ。短歌ばっかり詠んでおるんでのうて、シリアの難民キャンプでも、東北の被災地でも、たまには、ゲンバにピャーッと乗り込んで行ってだな、見てきたことを、字にしてみろってんだ。

 #おクリの同期で相川梨絵ってのがおったんだが、バヌアツ在住のニッポン人男性と結婚して、そっちに移住しとるようなんだが、今、バヌアツは台風被害がものスンゴイらしいな。首都では、建物の倒壊が9割に及ぶといかいう話も出ておるようだな。
 その相川が、おクリと一緒にNジャのキャスターをやっておった安倍宏行が主宰する「Japan In−depth」で、オモロイことを書いておった。バヌアツの道路事情ってのは最悪で、今でも舗装道路ってのはほとんどなくて、雨が降ると、川のようになったりして、不便極まりないのだそうだ。でも、それも決して悪いことばかりではのうて、現地の人たちってのは、それはそれで、悠々自適とでもいうのか、原初的な自給自足の生活を送っておるってんだな。ニッポンで言うところの「縄文時代」だわなあ。それが、もし、完全舗装になってしまったら、今みたいに、裸足で道が歩けなくなって、靴が必要になるってんだな。
 で、そうなると、クルマで一気にモノを運ぶということになって、そういった昔ながらの自給自足のライフスタイルも、壊されることになるかもしれんってんだな。だから、現状のユルユルとした「バヌアツ・タイム」もいいということを言っておったな。もし、機会があったら、バヌアツも行ってみたいが、今、台風被害で、それどころではないわなあ。どんな物資とかが必要なんだろう。

 #「上」の続きっていうか、おクリは、いったい、何をやりてえんだろうなあ。フェイスブックの方で投稿もしたんだが、あの「2020年までの殺処分ゼロ」ってのも、欺瞞というと言い過ぎだろうが、でも、偽善に近いよな。殺処分が起こる根幹にあるのは、「ペット販売」っていうカネ儲けだからな。「そこ」に斬り込むことなく、「殺処分ゼロ」と言ったところで、意味はないばかりか、有害ですらある。現状であれば、「セレブの暇つぶし」の域を出んが、しかし、それでいいのだろう。
 ま、ペットの殺処分なんてのは、どうでもエエとは言わんが、でも、どうでもエエに近いハナシで、もっと、重要な問題は、世の中にゴマンとある。例えば、原発だが、それには何も触れずに、瑣末なことでワーワーと大声を出すことで、「何かをヤッとるフリをする」っていうふうに、少なくともワシの目には映る。報道におった頃のシャープさや、批判精神なんて、「今、何処?」だわな。しかし、そうやって、突き詰めてモノを考えようとしたら、そんなCM出演のようなアブク銭の仕事なんて、来なくなるんで、本人がそれでいいというんだから、それでエエんだろう。
 あー、大塚愛が、「3・11」から4年ってことで、自分のツイッターで、フクシマに関連して、「未だに食品に不安がある」ってことをポロッと喋ったら、「根拠示せ」って罵声が殺到したのかあ(**)。もちろん、一生懸命に取り組んでおる農家の人らの奮闘努力は認めるけれども、一般論として、「フクシマ産」に、そうした不安が存在するのは当然だわな。
 そもそも、問題の根源は、「原発」だからな。ワシは、おクリに対して、「『オンナ山本太郎』になれ!」なんて言うツモリはさらさらない。そんな皮相なレベルでのうて、「報道=ジャーナリズム」という視点から、そもそも「原発は、核開発の一環」というところから始まって、このモンダイは徹底的に斬り込んでいく必要があるんだが、でも、「それ」に踏み切った瞬間に、CMの仕事はオジャンだろうなあ(笑)

 #で、この「3・22、29」に、仏蘭西では、県議会ギインのセンキョがあるんだな。コレまでは「小郡議会ギイン」だったのを、今回から名称変更したのか。任期は6年で、半数改選ってことだが、どうも、センキョ区は、その小郡単位ってことなんだろうなあ。仏蘭西は、「県(=departement)」はあるんだが、そこのトップである県チジってのは、公選でのうて、「官選」、すなわち、内務ショウだと思うんだが、巴里からのハケンなんだよな。ホンマ、中央集ケン国家だよなあ。しかし、今後は、この県庁に対応するギカイになるのか、そのへんが、イマイチ、わからんなあ。
 各種世論チョーさでは、マリーヌんところのFNがスンゴイんだな。FNはもとより、UMPを差し置いて、第1位なのかよ。いちおう、次の「2017年」に向けての、中間センキョ的な位置づけになるのかあ。オランド与党のPSがどれくらい維持できるかを含めて、投票箱の蓋を開けて、どういう結果が出るのか。ル・モンドの電子版に貼り付けてあった動画だと、ヴァルが応援演説で、やたら猿に噛み付いておったな。

 #バヌアツの台風被害だが、そもそも、「バヌアツって、どこ?」だわなあ。地理的には、オーストラリアはケアンズの東約1400kmの南太平洋上で、南北約1200kmに全部で83の島からなり、うち、60余の島に計26万人が住んでおるとのことだが、離島の被害状況とか、まだ不明なところもあるんだな。場所としては、仏蘭西領のニューカレドニアに、約300〜400kmと近いんだが、しかし、そのニューカレドニアの方は、被害はなかったんかいなあ。たぶん、その人の住んでおるバヌアツの島すべてに、被害が及んだということでもないのかよ。そのへんが、まだ、ようわからんよな。
 おクリの同期の相川梨絵は、この1月から休暇で、ニッポンに帰省しておったのかよ。それで言うと、台風被害の遭遇を免れたんだな。でも、現時点では、甚大な被害が報告されておる、首都のある本島に住んでおるってことなんだろうなあ。やっぱ、こっちにおっても、現地の情報はよう伝わってこんから、できれば、はよ、戻った方がエエんだろうが、電気とか、水とか、ライフラインはどうなんだろうなあ。とにかく、ゲンバの詳しい状況がわからんことには、せいぜい、募金するぐらいのもんで、支援のしようがねえわな。

 #レクスプレスの電子版の、今度の県議選関連で、ルペンの孫娘で、南仏はプロヴァンスのヴォクリューズ県(県庁所在地・アヴィニョン)の3区から代議士(=下院ギイン)に通ったマリオン(齢25)を取り上げておるな。しかし、マリオンはホンマ、仏蘭西の「美人過ぎる代議士」だわなあ。パリのそのへんのカフェで、チャラチャラとたむろしとるようなおねえちゃんと、変わらんよなあ。FN党首のルペン娘・マリーヌは、12年の下院議員センキョでは、あの北仏はエニン・ボーモン村の決闘で、極左は左派戦線のメランションにヤラれて、議席を取れんかったんだよな。
 それで言うと、今度の県議選で、ヴォクリューズ県では、FNはナンボ、議席を取るんかいなあ。同県は、全部で25の小郡(canton)があるんだそうで、センキョ区は、たぶん、この小郡単位ってことなんだろうなあ。でも、マリーヌに比べると、めいのマリオンは、超ナヨナヨしておって、お人形さんそのものだよなあ。その点、マリーヌは、「メルケル化」の道を一直線だよなあ。

 #んー、ともこんところの「アンサー」は、ちょー報員としてイスラム県に潜入させておったっていう、自由シリア軍兵士を名乗る人物に、顔伏せながら、いろいろと喋らせておったな。ナンダカンダと、交渉のルートってのは、決して、全然なかったっていうワケでもなかったっていうか、やろうと思えば、まだ、いろいろとやりようがあったっていうカンジだなあ。テレ東という、ま、首都圏ローカル局ではあるんだが、小さいがゆえに、小回りが利くんかいなあ。チョロチョロと、オモロいネタを引っ張ってきておるよな。
 ただ、ともこのコメントは、「それなり」、「ありきたり」とでもいうのか、枠ん中にきっちりと収めておるっていうカンジで、「うわっ」とか、「へえー」はねえよなあ。そこはよくも悪くも、「社員」ってところなんだろうなあ。ともこの声は落ち着いてて、聞き取りやすいし、安定感はあるし、べっぴんだよなあ。あー、77年生まれで、00年入社ってのは、おクリと同期だったのかよ。今や、おクリが単なるCMタレントと化してしもうた今、三十路で「使える」ってのが、ホンマ、おらんっていうか、皆無といってエエよなあ。唯一、ともこぐらいのもんかよ。

 #ともこ、地下鉄サリンのジケンから20年で、「麻原彰晃の四女(齢25)」を取り上げたってことでは、安藤優子んところと、ちょうど、ネタ的にはバッティングしとったんだな。ただ、スパNは、安藤がナマで本人にハナシを聞いておったんだが、要は、「被害者と遺族に謝罪はねえのか」っていうのを強要しておったに等しくて、ま、大したことはなかったな。むしろ、アンサーの方が、四女本人が、上九一色村に行って、慰霊碑の前で、雨ん中で、自分で書いた追悼文を読み上げたっていうシーンを収め、そのサリンのジケンの当日に、父親が喋ったこととかを明かしておって、ともこのとこの方が、オモロかった。
 しかし、ともこは、特集とかは、場合によっては、数秒から、10秒以上も、最後に自分のコトバで喋ることができるんだな。じつは、テレビで「10秒」といったら、相当のことが喋れるんだよな。「寸鉄、人を刺す」とでもいうのか、インパクトのあるメッセージを発することができる。ただ、そのコトバを紡ぎ出すには、日頃から相当の準備っていうか、ニュース情報の蓄積と分析はもちろんだが、ある意味、自分の生き方をぶつけることで、火花のようにスパークさせていく必要がある。そういうコトバでないと、視聴者の心は動かんからな。
 そういえば、こんなことを、かつて、どれだけ、おクリに言ったことかいなあ。あの頃は、本当に、おクリのことを心から愛していた。本は贈るわ、手紙は書くわで、スンゴかったよなあ。ま、ワシが持っておった経験の蓄積というものを、教え込もうとしておったのだ。冗談でのうて、本気で、おクリを超一流の報道キャスターに育て上げようと思っていた。半端ではない。おクリも、今は単なるセレブ系のタレントに甘んじておるんだが、でも、真剣に報道の仕事をやらせたら、トータルでは、諸々、ともこより、まだ上だと思う。

 #ミオパンは、台湾に進出したニッポン企業ってことで、吉野家にQBハウスの取材に行かれておったのか。髪の毛をバッサリ切って、だいぶマシになったついでに、この際、その「10分、1000円カット」で、もっと短くしてくりゃよかったんだよな。「報道用の髪型」としては、コレまでが異様に長過ぎたからな。刈り上げるぐらい、短くしていい。それで言うと、ともこは、長過ぎるわな。もっとも、そういうワシも、かつては長髪の時代があり、アレは大学に入ってすぐだったかいなあ。肩まで髪の毛を伸ばしておったものだった。
 ミオパンは、4月改編では、どこの持ち場になるんだ。いよいよ三十路にリーチがかかっておるんで、ボヤボヤしておると、流されてオシマイの世界だ。「野心」とでもいうのか、いい意味での上昇志向がないと、続かない。ただ、こういうのは周りがケツを叩いて、渋々と重い腰を上げておるようではダメで、すべからく自分から動かないことには、ハナシにならん。慶応出の、特にオンナの本当にダメなところは、すぐ、学歴に依存するとこなんだが、ま、報道に関して言えば、学歴は一切関係ない。「129三田会」所属のワシが言うんだから、間違いない(笑)。学歴で何とかなるような、生温い世界ではない。

 #で、この4月改編で夕方のニュースは、お台場が大幅リニューアルで、安藤優子を外したうえ、看板の名前も「みんなのニュース」に替えるんだな。メインには、局アナの伊藤利尋を据えて、サブである新婚のチビと、ちゅばきは、そのままかあ。しかし、15:50スタートで、3時間10分ってのは、異様に長いな。ブッ通して全部見る視聴者は、ほんとどおらんだろう。いちおう、ともこんところと競合するんだよな。
 ともこ的には、バッティングする5時台前半での勝負を制さんとなんだわな。ワシは、アンサーは30分番組ではあるんだが、コンパクトにまとまってて、非常にエエと思っておる。スポーツとか、娯楽とか、余計なものを入れずに、本来の硬派ネタ(+お天気)に絞っておるところがいい。ダラダラと長けりゃいいというものではない。
 あー、ともこは、トレたま担当を皮切りとする、WBSが長くて、本格的なジケン取材の経験は、ないっていうカンジなんだな。もっとも、他局の局アナも、同じようなもんだがな。本当言うと、20代のうちに、例えば、地下鉄サリンをはじめとして、そのテのゲンバ取材の経験があった方が、よかったんだよな。

 #この「3・22」に第1回の投票のあった、小郡議会センキョ改め県議会センキョだが、レクスプレスの電子版に、各県ごとに、第1位の得票率を取ったところを、赤(=左派)、青(=右派)、グレー(=FN)の3色で塗り分けておったんだが、ザーッと見る限り、オランド与党を含む左派は、意外と健闘しておって、ボロ負けどころか、イルド・フランスにシャンパーニュ、アルザス・ロレーヌに、ロワールの一部を除くと、真っ赤になっておるな。あのクアシ兄弟の立て籠もりジケンに対するリアクションが、支持率に息を吹き返しておるんかいなあ。グレーの県は、北仏のエーヌ、ソーム、オワーズに、ルペン孫娘のマリオンが出ておる南仏はヴォクリューズの4つに止まっておるんだな。ただ、得票率12.5%以上は2回戦に進出できるんで、最終的な獲得ギセキ数は、もう1週間後でねえと、わかんねえんだな。
 しかし、県別で、この赤、青、グレーの得票率が、まるで違うってのは、どういうことなんだろうなあ。例えば、イル・ド・フランスでいうと、猿の地元であるヌイイ市のあるオー・ド・セーヌ県では、UMPを含む右派(=青)が50.71%で過半数を占めておるんだが、残るセーヌ・サンドゥニとヴァル・ド・マルヌの両県では、オランド与党のPSを含む左派(=赤)が第1位だわな。あと、同じコルシカ島でも、北のオート・コルス県では、左派が57.49%を獲得して、ブッちぎりなのに、南のコルス・シュド県では、右派が49.80%でトップだからなあ。
 今回はセンキョはないんだが、パリ市も20区あるうち、コイツも区によって、赤と青で得票率がまるで違って、バラバラなんだよなあ。亜米利加は、南北戦争に端を発する、民主の青い州と、共和の赤い州にキレイに分かれるんだが、仏蘭西も、それとはチョット様相を異にするんだが、でも、県ごとに、これほどまでに違う得票率ってのは、「?」だよなあ。もちろん、仏蘭西では、ノルマンディーやブルターニュ、プロヴァンスといった地域性による独自色ってのはあるんだが、もう少し細かくなるところでの「県民性」って、あるんかいなあ。ニッポンは間違いなく存在するんだがな。

 #それで、この「3・29」に第2回投票のあった仏蘭西の県議会センキョは、結果が出て、全国で101県あるうち、今回98県でセンキョがあったんだが、UMPを中心とする右派が2418ギセキ、PSを中心とする左派が1592ギセキ、FNが62ギセキってことで、「野党勝利、オランド与党敗北」で、FNは当初、言われたほど、ギセキ数獲得には至らんかったんだな。過半数を制した党派が議長をゲットできるんで、右派が議長を出す県は65〜71、左派が議長を出す県は28〜37ってことで、それまでと入れ替わるっていうカンジなんだな。今のオランド与党に対するセー権批判が、だいぶ強いってことだわな。
 で、大統領センキョは、あと2年後の17年なんで、アッという間だよなあ。PSは、オランドは当然、再選目指して出るんだろうが、しかし、UMPは猿が出るのかよ。既に終わってる政治家だからなあ。40代っていうか、もう少し若くて、イキのいいのが出てこんのか、だわな。
 ドーバー越えて、隣りの英吉利は下院解散で、総センキョ突入だが、保守党のキャメロンにしろ、労働党のミリバンドにしても、40代だからな。英吉利は、下馬評では、保守も労働も単独過半数は難しい情勢で、そのスコットランド民族党かよ。ココが第3党として、キャスティング・ボートを握りそうな勢いらしいんだな。もし、労働党とスコットランド民族党とで過半数を制すれば、双方による連立で、セー権交代の可能性もあるのか。だから、この「スコットランド民族党とは、何ぞや?」だわなあ。路線的には、中道左派なのかよ。あのギリシャでセー権を取った、チプラスんところの急進左派連合みてえなカゲキさは、ねえんかいなあ。

ヒマダネ版・ひとりツイッター(続き)

 #今、東京・六本木の国立新美術館で開催中の「オルセー美術館展 印象派の誕生━描くことの自由━」(10月20日まで)を、観に行ってきたで。
 今回は、パリのオルセー美術館にあるうちから、印象派を中心に80余点をニッポンに持ってきて、展示をしているということなのだ。で、どういう感想を持つかというのは、観た人それぞれなんだろうが、ワシは何度も、本家本元のオルセーには足を運んでおるんで、その膨大なコレクションからすれば、「えっ、コレだけなの?」という物足りなさ感はあった。
 オルセーも全部、くまなく観ようと思ったら、ゆうに半日はかかる。だから、「ちゃんとオルセーのコレクションを観尽くして、堪能したい!」というのであれば、やっぱり、パリにまで行かないと、なのだ。
 それでも、何と言うのか、うなぎの蒲焼の匂いだけでも嗅げたというのか、「おっ」というのがあったので、観に行った価値はあったのかな、というカンジだ。でも、コレで当日券1600円は、高いと思う。1200━1300円ぐらいまで下げて欲しいよな。あー、パリのオルセーは、入館料が11ユーロで、夕方以降の割引で8.5ユーロかあ。やっぱり、チョット、高い。
 それはともかく、今回の80余点うち、ワシがイチバンの感動だったのは、ミレーの『晩鐘』。コイツは名作だと思う。ミレーは、バルビゾン派といわれているのだが、当時の御用画家たちが、パリのアトリエに引き篭もって、かび臭いサロン画ばっかり描いていたのに見切りをつけ、パリ近郊の農村のバルビゾンに移り住んで、農民たちと生活をともにしながら、働く彼らの姿を描いていった。それで言えば、ワシ的には、このミレーの『晩鐘』は、まさしく、「絵画におけるジャーナリズム」そのものなのだ。

 #「上」の続きだが、今回の「オルセー美術館展」は、パリから持ってきた80余点の作品を、「肖像」だとか、「風景」、「静物」、「近代生活」といったジャンルに分けて展示しておって、印象派の画家であるモネをはじめ、マネ、ドガ、ルノワール、セザンヌといった有名どころの作品を、「いちおう、それなりに集めた」という印象を持つ。
 ワシは、モネは大好きなんだが、『サン・ラザール駅』と『草上の朝食』が観れたのは、よかった。『草上の朝食』の現物は超デカイんで、迫力ある。『サン・ラザール駅』は、オルセーに行くたび、その前に立ちすくんで、しげしげと見つめたものだ。19世紀に入って、鉄道の時代が到来し、1837年、このサン・ラザール駅から、約20km西のサン・ジェルマン・アン・レーまでの区間が初めて開通した。パリ市内では最古の駅だ。あのモネ独特の筆遣いとでもいうのか、ほんわかとしたタッチなんだよな。
 それと、今回、モネの『かささぎ』が来ていて、たぶん、前もオルセーで観てたとは思うんだが、コレはいい。雪景色なんだが、モネの光の捉え方というのは、あのルーアンの大聖堂の連作を出すまでもなく、刻一刻と微妙に移り変わっていく色合いを、的確に描き出す力がピカ一というか、ま、天才的だと思う。「印象派」の特徴として、「戸外に率先して出かけ、一瞬にきらめく光の美しさを捉えて、表現する」というふうに説明されているのだが、それは、モネの絵そのものだ。

 #さらに続きで、よかったのは、やっぱ、セザンヌだな。静物画が何点かで、大きな作品は来てなかったんだが、「りんご1つで、パリを驚かせてみせる」と豪語したように、セザンヌの描くりんごってのは、質感っていうか、独特の存在感がある。
 印象派のもう一つの特徴として、「伝統的な絵画描法に囚われない、大胆な筆遣い」が挙げられているのだが、セザンヌのあの力強い線というのは、まさにそれを象徴していると思う。セザンヌは、南仏のエクス・アン・プロヴァンスに生まれ育ち、そこで亡くなったが、その地元の『サント・ヴィクトワール山』をはじめとして、彼のプロヴァンスの風景画は最高だよね。
 あと、ワシはドガも好きなんだが、今回は、踊り子の絵は1点しかなかった。ドガは、本当に「踊り子フェチ」っていうか、バレリーナだわなあ。あののめり込み方は、スンゴイよなあ。それと、ルノワールは、雑魚作品ばっかで、大作は来てなかった。個人的にはマネは、ま、どうでもエエんで、どうせだったら、マネの代わりに、ルノワールの『ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット』を持ってきてもらいたかったよなあ。
 そもそも、「印象派」いうのは、あのモネの初期の作品である『印象、日の出』を、ルイ・ルロワという、まあ、当時のサロンの腰巾着だった、要は御用批評家だわなあ。それが皮肉をたっぷりと込めて、「印象派」と呼んだのが、そのいわれなのだそうだ。それで言うと、「印象派」というのは、最初は「蔑称」だったのだ。もっとも、芸術だけに限った話ではないが、時代を切り開いていく斬新さというのは、常に「マイノリティー」から出てくる。もっと言えば、「たったひとりの、断固たる決断と行動」から生まれてくるのだ。

 #で、仏蘭西の政局だが、バカンス明けのタイミングなんかいなあ。突如、オランドが、ヴァルに閣僚のクビを挿げ替えること、すなわち、「ナイカク改造」を指示したってことで、巴里は大騒ぎだな。司法ダイジンのトービラはクビが繋がるよう懇願しとるようだが、経済担当ダイジンのアルノー・モントブールは、「私の考えは、政府と一致しない」とテレビで吼えておったなあ。ってことは、モントブールは更迭かいなあ。石破のおやぢみてえだな。
 しかし、この春の統一地方センキョで、与党PSの惨敗を受けて、首相をアイローからヴァルに交代させたばっかなのに、このタイミングは「?」だわなあ。各紙、「Remaniement」っていう文字が躍っておるが、コレが「ナイカク改造」だな。いやあ、人事でバカ騒ぎするってのは、仏蘭西もニッポンも全然、変わらんよなあ。こっちとちょうど1週間の時間差ダブルで、ナイカク改造なんだな。
 うーむ、共同電の速報だと、モントブールが「緊縮財政と構造改革推進を批判したことへの対応」としておって、あくまで「モントブール更迭」が目的で、閣僚の入れ替えは2~3人と、「小幅の見通し」かよ。だったら、わざわざ、そんな大げさに総辞職までせんでよくて、モントブールだけ交代させりゃ、エエんだからなあ。

 #「上」の続きだが、今回のナイカク改造騒ぎで、オランドに噛みついておったのは、モントブールをはじめ、教育ダイジンのブノア・アモンに、前文化ダイジンのオルリー・フィリペチかあ。だから、モントブールとアモンは閣僚から外すってことだわな。でも、「経済セーサクがどうのこうの」なんてのは、所詮、後付けのリクツだわなあ。要は、オランドとソリが合わんかったっていうだけだろ。
 ただ、この「9・28」には、リュクサンブール宮(定数348、任期6年、3年ごとに半数改選)のセンキョがあるんだよな。「上院」っていう、大事な国政センキョを控えて、この時期に再度、ナイカク改造ってのも、まったくもって意味不明なんだよな。

 #うわっ、『レクスプレス』の電子版に、「Le gouvernment unijambiste de Mannuel Valls(マニュエル・ヴァルの片足内閣)」っていう見出しが出ておるなあ。要するに、左足がピャーッともげて、右足1本で立っておるってことか。わかりやすいわなあ。モントブール以下、うるせえのを閣外に追い出して、路線が鮮明になったのはエエが、「多数派維持」において、今後どうなるか、ってことだわなあ。
 やっぱ、9月末の上院センキョだわなあ。定数348ってことは、過半数は175だが、UMP132ギセキ、PS127ギセキ と、いずれも単独では過半数に達しておらんのだよな。PSとしては、共産党や左翼急進党、EELVを抱きこんで、「左派連合」でやっとこさ、過半数維持なんだが、でも、こうやって左足をもいじゃったら、「PSより左」の支持が取れなくなるわな。おそらく、その失業率の高さから、PSはギセキ数を落とすだろうが、要は、どこで食い止めるかだろうなあ。旧・猿与党のUMPが受け皿になりうるんかいなあ。
 あー、マリーヌんところのFNが、この3月の統一地方センキョでギセキを稼いでおるんで、上院はそれら地方ギインによる「間接センキョ」だから、ってことは、FN勢がリュクブール宮に、ゾロゾロと乗り込んでくるってことかいなあ。

 #それで、ザ・仏文の同級生で、「ギャラリーKAI」を主宰している徳チャン、この10月に小林真理さんという、「ドローイング」を手がけている作家さんの個展を開くとのことだが、ドローイングとは、鉛筆やコンテ、筆を使った線描画なのだそうだ。小林さんは、「墨」を使っているとのことで、その一部がカノジョのブログでupされ始めているのだが、ものすごく繊細で美しい。今回は、「Plants」、すなわち、植物をモチーフにした作品のコレクションとのこと。
 小林さんは、本業は、本の装丁とかを手がけているデザイナーだそうで、ドローイングは、おそらく、そうした生活の糧を得る仕事とは別の、芸術性を追求した創作活動であるような気がする。
 というのは、ワシが出している本の装丁を、いつも手がけている勝木雄二さんという作家さんがおられて、つい最近知ったのだが、勝木さんも、それとは別に、鉛筆による線描画に取り組んでいて、その精密さを源泉とする美しさが、ものスンゴイだわなあ。たまたま、作品を見る機会があったのだが、あの繊細さは、ギュスターヴ・モローに匹敵する。
 で、徳チャン、この6月に南仏のマントンに行ってきたって、ブログにupしてたんで、思わず、投稿しちゃいましたよ。マントンはコート・ダジュールの東端にあって、イタリア国境に近いのだが、コクトーゆかりの地で、モナコやカンヌといったスノッブな観光地と比べると、漁村の色合いを色濃く残す庶民的な町だ。ワシも行ったことがある。そこの海辺で拾った、青みがかった石を、作家さんのガラスのうつわに持ったら、その色がキレイに映えたというので、「その青さというのは、地中海の色を湛えているんだね」と。徳チャンのこういう純粋無垢なところが、三田にいた頃と変わってなくて、いいよねえ。

 #それで、ザ・仏文の同級生で、堀内紅子サンっていうコがいるのだが、最近、カノジョのフェイスブックの壁紙が更新されて、キレイな石ころの写真が、イッパイ、upされているんだよね。たまたまだが、「上」の徳チャンが、マントンの海辺で拾ってきた石をブログにupしてて、本当に偶然の一致だろうが、ふたりとも、とてもアラフィフとは思えない、「少女のココロ」だよね。
 堀内サンは、福音館書店から、フランス語の童話の翻訳を出してて、お父さんが、絵本作家の堀内誠一という人なんだよね。それで、去年の12月に表参道で、そのお父さんが手がけた絵本「かわいいとのさま」の原画展があって、ワシも観に行ったのだが、残念なことに、ほんのタッチの差(わずか15分!)で、すれ違いでカノジョとは会えなかったのだ(TT)
 それで堀内サンには、フェイスブック経由でメールを送ったのだが、「ゴメンナサイ、古川クンのこと、よく覚えていないの。卒業アルバムで捜してるのだけど…」って言われて、「ガーン!」だったあ(涙)。徳チャンみたいに、3年か4年のゼミで一緒だったら、「同じ釜のメシを食う」ってことで、よく覚えているんだろうが、堀内サンは、日吉でフランス語の担当だった牛場暁夫先生(当時、助教授。専門はプルースト)のクラスの、同じ1年O組だった。その当時からカノジョの仏語力はピカ一だったのは、よく覚えている。
 三田に行ってからも、同じ原書講読の授業を取っていたが、堀内サンは、本当にスラスラと訳していたんで、その印象は強烈。フェイスブックの書き込みで、「子どもの頃、(パリ郊外の)ソー公園で、こんな石をよく拾ったの」と投稿しているのだが、カノジョは幼い頃から、お父さんと一緒にパリに住んでたんだね。徳チャンとは、またチョット、タイプは違うが、とても魅力的。仏文のコは、総じてそうだと思うが、どこかクセがある。そこが、同じ文学部でも、超メジャーな英米文専攻とかは違う。

 #で、この9月に入って、オランドと事実婚だった前嫁ハンのトリエルベイレが、『Merci pour ce moment(この瞬間をありがとう)』っていうバクロ本を、アレーヌっていう出版社から出したのかよ。あのナントカとかいう売れん三流女優との浮気がバレて、相当、ショックを受けて、睡眠薬を飲むようになったとか、そんなハナシも出ておるのかよ。話題性はあるんで、それなりに売れるんだろうなあ。しかし、トリエルベイレは、まだ、パリ・マッチで記者をヤッとるのかよ。自分で、宣伝記事を書けばエエだろう。9月末の上院ギインのセンキョを控えて、オランドもチョット、アタマを抱え込んでおるんかいなあ。しかし、全体的には、この本は、どんな中身なんだろなあ。

 #この9月は、欧州政局において、大きなイベントが2つある。まず、1つは、「9・18」のスコットランドの独立の是非を問う住民投票。最近の世論チョーさでは、「独立支持」が上回っておることもあって、もし、「独立賛成」が過半数を制し、「英連邦離脱」ということになったら、スンゴイことだわなあ。ワシも英吉利に関してはド素人なんだが、でも、スコットランドってのは、イングランドとはカルチャーが全く別だってんだな。アングロ・サクソンっていうよりも、まさに、「ザ・欧州」なんだってな。だから、大陸はもとより、色合い的には、隣りのアイルランドに近いんだと思う。カンだが、「ケルト文化」との親和性も、あるんじゃねえかと思う。
 あと、「スコットランド独立!」ってことになった場合、政治的に大きなモンダイは、「核」の扱いだ。確か、独立派っていうか、自治政府は「核撤去」を主張しておったと思う。どこだったか忘れたが、核を搭載した原子力潜水艦がねぐらとしておる軍港があったと思う。あー、グラスゴー北西にある「クライド海グン基地」だ。そうそう、スコットランド自治政府の総理ダイジンのサモンドってのは、「クライドからは核は廃絶されるべきだ」って何度も言っておるんだよな。
 それと、もう1つは、「9・28」の仏蘭西の上院センキョだ。事実婚の嫁ハンだったトレエルベイレのバクロ本で、オランドも今や虫の息だが、ま、PSがギセキを落とすのは間違いねえんで、モンダイは、その「下げ幅」がどれぐらいになるか、だ。んで、その分をどこが吸収するかだろう。地方議会ギインらによる間接センキョなんで、今春の統一地方センキョで、マリーヌのところのFNが躍進しとったから、FNがナンボか議席をゲットするんだろうなあ。本来であれば、旧・猿与党のUMPが、その受け皿にならないとアカンのだが、投票箱の蓋を開けてみて、どうなのかだな。

 #何や、エリザベス女王サマは、避暑先のスコットランドのバルモラル城におって、独立是非の住民投票について、「将来のことを、慎重に考えるように望んでいる」と喋ったのかあ。要するに、「独立はアカン」ってことなんだな。そんなこと言ったって、地元住民が独立したいってんだったら、しゃあねえよなあ。
 持ち場ではないんで、詳しくはようわからんのだけれども、「英吉利=イングランド」っていうイメージがあるんだが、スコットランドはもとより、ウェールズも、じつは、イングランドとはカルチャーが全然、違うんだってな。ましてや、アイルランドなんて、別世界だからなあ。
 そうそう、ワシも、四半世紀以上前だが、大学生の頃、欧州j放浪のひとり旅で、アイルランドに行ったことがある。確かに、コトバは英語なんだが、あの荒涼とした風景は、フランスのブルターニュを思い起こさせたものだ。やっぱ、双方、「ケルトの国」だよな。今はどうか知らんが、少なくとも当時は、アイルランドの人たちってのは、ものすごく素朴で、親切だったなあ。ちなみに、アイルランドは、英吉利と違うて、ユーレイル・パスがOKで、要は、「欧州大陸の一部」なんだよな。そうだよ、そうだよ、スコットランド独立の暁には、ポンドを廃止して、ユーロを導入して、ついでに、ユーレイル・パスも使えるようにする、と。
 だったら、この際、北アイルランドにウェールズも、ジャンジャンと住民投票をヤッてだな、英吉利連邦から独立しちゃおうよ! その代わりに、英吉利(イングランド)は亜米利加と「アングロ・サクソン連合王国」ってことで、一緒になっちゃえばエエのになあ。いみじくも、かのド・ゴールが言っておったぢゃないか。「ドーバー(海峡)は、大西洋より広い」ってなあ(笑)

 #しかし、まあ、今回の猿の「政界復帰宣言」、ホンマ、唖然以外の何物でもねえよなあ。懲りておらんってのはそうだが、何も考えておらんよなあ。だって、そもそも猿はだな、07年の大統領センキョの際、あのロレアル創業者一族のリリアン・ベタンクールの婆さんから、小遣いを貰うておった件で、ボルドー地裁の予審判事、ジャン・ミシェル・ジャンティーユが捜査しておったものの、結局、不キソで終わったんだが、その絡みで、あの破毀院判事のジベール・アジベールにニンジンをブラ下げて、パックンと食わせたとされるジケンで、この7月にタイホされ、今、捜査の対象になっておるんだからな。こんなギワクの渦中で、ズッポシと汚れきっておるってのに、よくまあ、こんなことがデキるよなあ。
 それで、猿はこの「11・29」に予定されておるUMPの党首センキョに、既に出馬表明しておるジュぺ、フィヨンに次いで、3人目の候補として名乗り上げたってことかよ。しかし、ロートルばっかで、新鮮味ゼロだな。あー、『レクスプレス』電子版を見ると、「Retour de Sarkozy, pour Rachida Dachi, ”la droite aujourd’hui n’a pas de leader”(ラチダ・ダチによれば、今度の猿の政界復帰は、「今日の右派にリーダーがいないことの象徴だ」)かあ。どこかのTVの番組で顔出しで喋ったのか。ダチは相変わらず、猿には手厳しいんだが、そうそう、父なしの愛娘のゾーラだが、もうだいぶ大きくなったよなあ。まだ、パパは誰なのか、公言しとらんのだよな。もし、猿だったら、はよ、認知してもらわんとだわなあ(笑)

 #で、この「9・28」に投票のあった仏蘭西の上院センキョ(定数348、約半数改選)だが、票の大半が地方ギインによる間接センキョとあって、予想どおり、右派&中道が議席を上乗せし、その分を左派が減らして、結局、左派連合は過半数割れしたんだな。FNの2議席を含めて、右派&中道が188議席、左派連合が155議席かあ。うち、UMPだけで145か。もっとも改選前は132だったんで、圧勝っていうほどでもねえんだな。ナンダカンダ言ったところで、単独で過半数は取れんのだな。しかし、FNは、春の統一地方センキョでアレだけ躍進しとるのに、たった2議席ってのも、「?」だわなあ。2桁行ってもおかしくなさそうなんだがなあ。

 #私事で恐縮だが、先日、高校の同期会が東京であり、ワシも出てきた。毎年4月に東京で同窓会を開いておるのだが、齢50を迎える学年が幹事を務めることになってて、それがちょうど来年(2015年)、ワシらの年次ってことで、それに向けた組織固めっていうか、盛り上げが目的だったんだな。参加人数は約50人だった。
 ワシはこのテの会合ってのは、コレまでほとんど出てなかったんだが、いろんなところからアプローチがあったこともあって、それとそういう年頃っていうか、タイミングもあるのかもしれない。出てみた。当日の写真が、同級生で、本名は正剛(まさたけ)というんだが、今、「鳴海剛」っていう芸名で活動しており、彼のブログ「ゴーイング マイウェイ」の、「9・27」にupされておる「出身高校である、新潟県立長岡高校の同期の集まりでした。」の記事で、全員で記念撮影した写真が出ておる。
 ちなみに、ワシは高校時代、ブラスバンド部で、その部活つながりでは、卒業してから、大学時代を経て、就職後もしばらくは、飲み会とかでコンタクトはあったんだが、クラスの方は全然だったんだな。でも、今回、30年ぶりにクラスの仲間とも再会して、ワシのこともよう覚えておってくれて、正直、意外だった。お盆とかになると、地元の長岡で、その3年次のクラス(=3年5組)で集まっておったってんだが、その場で「古川は、いったい、何してるんだ?」っていうハナシになっておったんだそうだ。ま、「公人」「準公人」は、実名報道の対象っていうことで言えば、「コバジュン」のニックネームで呼ばれておった女のコがおって、今、結婚して「堀純子」という名前で、日本医科大眼科の准教授をやっておるんだが、そのコバジュンも「古川クン、何してるの?」と言っておったそうだ。だから、こうやって、ワシはブンヤをやっとるがな(笑)
 それで、ワシは当日のあいさつでも「大学卒業後、新聞記者を経て、今、フリージャーナリストをやっているが、やることをやっている」と喋った。ワシは3年5組のクラス委員長をやっておったんで、本来であれば、そういう音頭を取らなアカン立場ではあるんだが、残念ながら、とてもそんなヒマっていうか、時間的余裕はないのが現実だ。

 #「上」の続きで、その長高(=新潟県立長岡高校)の同級生で、都合が悪くて、同期会は欠席したんだが、「山田敦夫」ってのがおって、ワシと同じ部活がブラスで、一番、仲がよかったんだが、今、「東大教授」をやっておるっていうことで、ネットで検索したら、工学部の教授で、ぬあんと、リチウムイオン電池開発の第一人者っていうことで、ぶっタマげたワ(**)
 敦夫はパーカッション、ワシはトランペットで、同じ電車通学だったんで、土曜日の練習が終わって、夕方になると、当時、ワシがプロレスの大ファンっていうか、キチガイだったんで、帰りの電車まで時間があるってことで、長岡駅前の長崎屋の上の階にある家電売場のテレビのコーナーで、一緒にあぐらをかいて、全日本プロレス中継に見入ったものだ。「ハンセンvs馬場」のPWFヘビー級選手権試合とか、鶴田がニック・ボックウィンクルをバックドロップ固めで3カウントを取って、AWAのベルトを奪取した試合とか、懐かしい。
 敦夫は筑波大の修士を出て、ソニーに就職しておったところまでは知っておったんだが、今や世界を代表するリチウムイオン電池開発の研究者ってことで、ホンマ、「うわっ!」だわなあ。敦夫はピアノの腕もスゴかったんだが、非常に繊細なところがある。あくせくとカネ儲けに走るというよりは、じっくりとした基礎研究に向いておると思う。いやあ、同期の出世頭ではあるよなあ。久しぶりに、ブラスの東京同窓会は、ぜひ、やってみたい。

 #さらに続きだが、その長高の東京同期会で、同じ部活のブラスで、高校時代の3年間、ワシがずうーっと思いを寄せていたイトケと、20年以上ぶりだなあ、再会した。
 カノジョはフルートだったんだが、少し控えめで、でも美人だった。あの頃は、寝ても覚めても、イトケのことで頭がイッパイで、本当に青春だったなあ。3年生は、9月初めの学園祭で引退するんだが、部活が終わってから、カノジョを呼び出して、告白したのだよ。川べりで一緒に膝小僧を抱えて座りながら、思いのたけを伝えた。ちょうど、31年前(=1983年)のハナシだ。んで、ワシもみんなから「古川、高校時代と全然、変わってない」と言われたが、カノジョもビックリするくらい、全然、変わってなかったな。
 ビールのグラスを傾けながら、その31年前のハナシを出したが、もちろん、向こうも覚えていた。フラれたけれども、一途な片思いだったな。既に結婚してて、上は高校生の女の子、下は小5の男の子がおり、まだしばらく子育てで大変な様子だ。周りでそのハナシを聞いていた同級生から、「古川、カノジョを口説かないのか」と聞かれたが、カノジョが独身だったら口説きに走っているが、家庭を持っている相手に、それはない。母親の務めとして、子供を一人前に育て上げることこそが大事で、それをまっとうするよう、頑張れとエールを送った。

 #もう少し続きで、長高の同級生(83年度卒)で、バトミントン部だったアコちゃんっていうコがいるのだが、カノジョとも本当に久しぶりに、たぶん、30年ぶりぐらいに再会した。向こうもワシのことを覚えていた。アコちゃんとは1度も同じクラスになったことはなかったのだが、同じ電車通学だったということもあって、大学に入って、互いの連絡先は交換していた。カノジョは都内の短大に行ってたんだよね。
 それで思い出すのは、大学1年のとき、渋谷のスターウッズでのチークタイムで、あのときは、慶応(法律学科)に学校推薦で入った岸クンとワシ、それでアコちゃん、あと、同じブラスで、現役で一橋に入ってた郁チャンの4人で行った。言い出しっぺは岸クンだったと思うが、オンナのコはワシが誘ったんだと思う。しかし、残念なことに、アコちゃんは全然、覚えていなくて、「ガーン」だったのだが、それでも「さりげなく触れてしまった、あの胸の感触を、今でも覚えている」と言ったら、アコちゃんは苦笑するばかりだったのだよ。カノジョは、スチュワーデスを12年ほど務めた後、趣味仲間で知り合った今のダンナさんと結婚し、中学生と小学生の女の子がいるのだそうだ。カノジョもまだまだ子育てで大変だろうが、ぜひ、頑張ってほしい。母親似のステキな女性になると、いいね。

 #ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰する「ギャラリーKAI」で、現在、開催中の「小林真理ドローイング展 PLANTS」(10・4〜10・19)、行ってきましたよ。
 徳チャンんとこのギャラリーは、「うつわと暮らし」がコンセプトなので、コレまでは、そんなふうな「カタチあるもの」としての芸術作品が専らだったんだが、今回は、その「ドローイング」という絵画を初めて扱ったのだそうで、ある意味、カノジョの新境地とでもいうのか、意欲的なチャレンジだと思った。お店を持っていた目白台時代を通じても、こうした絵画を扱うのは、初めてなのだそうだ。
 それで、ちょうど、私が訪れたとき、小林真理さんもおられて、作品を鑑賞がてら、いろんな話を聞けたのは、有意義だった。「ドローイング」というのは、一般的には聞き慣れない言葉なのだが、元々は、絵筆を使い、色彩絵の具で塗っていく通常の絵画とは対照的に、鉛筆やコンテなどを使った「線描写による習作」を指しているのだそうだ。しかし、小林さんの場合、そういう従来的なドローイングの範疇を超えて、小林さんなりに到達した、ある意味、オリジナルとしての「アート作品を生み出す表現方法」というレベルで、この「ドローイング」を使っている。そこらのところ、じつは、徳チャンのオフィシャルブログを見ても、伝えきれていない気がしたので、そこはワシがココでフォローしたいと思う。
 元々、小林さんは、芸術系の大学で絵画を専攻し、基礎的なデッサン力は十分に体得している。じつは本業はデザイン会社経営で、ものすごい数の本の装丁を手がけていて、それがスゴイ。ファイルに集めた作品集を見せてもらったんだが、小林さん自身が手がけるドローイングをモチーフにデザインするのはもとより、ご主人がカメラマンということで、一緒に経営に参画しているとのことで、そうした写真を使った装丁も数多く制作しており、そうしたドローイングとは別に、本の装丁だけでも、相当のコレクションになっている。なかなかドローイングでは食べていけないらしく、そのデザイン会社のメインでもある本の装丁というのは、生活の糧を得るための意味合いが、強いとのことのようだ。

 #「上」の続きで、小林真理さんのドローイングだが、表現方法としては、墨絵と版画の2つがある。それで言うと、既成の「線によるデッサン」としてのドローイングとは違う。それゆえ、「小林真理さん的ドローイング」とは、「全く新しい意味でのドローイング」と捉えた方が、わかりやすいし、スッキリする。
 今回、「PLANTS(植物)」と題したように、モチーフをすべて植物から選んでいるのだが、ワシ的な解釈で言えば、小林さんは「カタチの美しさの追求」ということに、こだわっている作家さんなのだと思った。それは、どう説明したらいいんだろうなあ。例えば、ピカソだが、ピカソはもともと、すば抜けたデッサン力があるのだが、そうした写実的な描写を壊していくことで、あの「キュビイズム」に代表される抽象絵画の世界を構築していったが、小林さんも、ある意味、それと似たところがある。
 もちろん、ピカソのように、もとの形が何だかわからなくなっていってしまうところまでの、抽象性にまでは振り切れていないが、でも、その「ドローイング」という世界を構築してくなかで、実際に存在する対象から、カタチを崩したり、省略していくことによって、「小林さんオリジナルの表象」を追求していっているっていうんかいなあ。
 もっとも、小林さんは、描く対象とする植物、例えば、ツバキであったり、つゆくさであったり、そうした「植物のかたち」は、確かに、見てわかるのだけれど、特に最近の作品は、「崩す、省略する」という方向になっていて、特に、墨絵は、最近、「絵画的書道」とでもいうのか、「書」とは言いつつも、絵画のようなのがあるよね。それに近い何かを、ワシは感じたなあ。
 それで言うと、小林さんの以前の作品の方が、ある意味、まだ写実的なのだが(それらも、今回、展示してある)、でも、彼女に言わせると、「それは、説明過剰すぎる」のだそうだ。しかし、ワシ的には以前の作品の方が、わかりやすいとでもいうのか、しっくりときて、かつ繊細なので、いいなあと思った。ただ、これは人それぞれ、好みの問題だと思う。ワシは最近の崩して、省略していっている作品よりも、墨絵にしろ、版画にせよ、以前の「説明的すぎる作品」の方が好きだ。温かみもある。おそらく、ワシが、そうした「わかりやすい作品」の方が好きなのは、自分が「ジャーナリズム」というところに足場を置いていることも、あるのかもしれない。

 #さらに続きだが、今回、徳チャンは、初めて「絵画」を扱ったとのことだが、でも、これまで「うつわと暮らし」というコンセプトでやってきたカノジョの路線は、一貫していると思う。
 徳チャンは、こう言ってた。
 「今のギャラリーは自宅なので、絵を飾るにも、どうしても制約が出てくる。だから、芸術作品と構えて捉えるよりは、自分の部屋のどこでも、ちょっと空いたスペースに置くことをイメージしてもらえたら、うれしいのです。そうすることで、自分の部屋が、もっと、好きになるというような……」
 ワシは思うに、「日々の暮らしに溶け込む」、そして、「飽きがこない」というのは、徳チャンがこだわっているところなんだと思う。その方向性というか、感性が、ワシ自身もピタリと来るというか、好き。それで言うと、今回の小林真理さんのドローイングも、カノジョのストライク・ゾーンに入り込んできているよね。あの書を彷彿とさせる墨絵は、観てて落ち着くとでもいうのか、生活に溶け込むよね。墨の濃淡というのは、本当に表現の奥行きを極めているとでもいうのか、「深みのある美」を写し出していると思う。
 それで、今回、初めて絵画を展示するということで、自宅ギャラリーに、絵を上から吊り下げるピクチャーレールを取りつけ、さらに絵を明るく浮かび上がらせるライトも設置したんだってね。「徳チャン、これは本当に美術館そのものだよねえ。ギャラリーKAIは、進化し続けているじゃない!」って言ったのだよ。

 #それで、徳チャンが、この6月にフランスに行ってきたことについて、いろいろと聞いたんだが、結論から先に言うと、これは仕事で行って来たんだそうで、そういうこともあって、リアルタイムでブログやフェイスブックにも投稿しなかったのだそうだ。
 というのは、カノジョが今回、一緒に行った相手とは、同じくギャラリーを主宰している年上の女性で、その人は何度もフランスを旅してて、現地の言葉は喋れないのだけれども、その持ち前のバイタリティーで、フランス国内の到るところを訪れていたんだって。それで、徳チャンに「今度、一緒に行きましょうよ」と声をかけていて、1年ほど前に「なかなか、こういうのは思い切って踏ん切らないと、行くこともない」と、「では、行きましょう!」と決断したのだそうだ。最後にフランスに行ったのが、20年前だっていうから、94年かあ。それ以来の超久しぶりの渡仏だったとのことだ。
 んで、当初はあくまでも、全くプライベートな旅行のつもりでいたのが、この1年の間で、いろいろと話が展開していって、「だったら、一緒にパリで特別展を開きましょう」ということになって、その準備のためのフランス行きだったのだそうだ。それで、都合17日間、滞在していたとのことで、うち、3日ほどは、南仏はコート・ダジュールの、イタリア国境に近い、コクトーゆかりのマントンでゆっくりとすごしたものの、それ以外は、パリでその特別展の準備の打ち合わせだったとのことだ。
 で、その「ふたり展」というのは、じつは、もう日にちと場所も決まっていて、来年(2015年)の5月末から6月上旬にかけて、パリで開催するとのこと。あっ、徳チャンが自分のオフィシャルブログで公表する前に、ワシがココで特ダネっていうか、スッパ抜いちゃったあ!
 だから、徳チャン曰く、「別に、日仏の架け橋になろうとか、そんなつもりは全然ないの」とのことだが、そういうふうに変に肩肘張らないというのか、自然体なのが、いいよね。そこでは、これまでギャラリーKAIで取り上げた作家さんの作品を取り上げるというのだが、ワシは「でも、そうやって現地で特別展を開くことで、フランス人の作家さんとのつながりもできるかもしれないよね。そういう作家さんの作品を、こっちで紹介できたら、いいよねえ」と言ったのだよ。「徳チャン、いよいよパリ進出じゃない!」
 すると、カノジョ曰く、「そんな大それたことではないわ。でも、パリなんて、お互い観光では行き飽きたっていうか、もう、そんなんで行ってもしょうがないよね。だから、来年のパリでの『ふたり展』、古川クンも来てよ」。じつは、ワシもパリっていうか、フランスは、この10年行っていないのだ。かつては、本当に毎年のように行ったものだったのだが。だから、この徳チャンの「ふたり展」にかこつけて、フランスに行こうかいなあと、今、思っているのだ。こういうタイミングでもないと、なかなか行く機会もないしなあ(^^)

 #そうか、知花はWFPのニッポン大使として、現地視察に行ってくるのかよ。だったら、この際、ゼッタイにシリアに行かんとだわなあ。どうせだったら、イスラム国の支配地域に入り込んでだな、諸々、ゲンバを見てくるべきだ。
 しかし、あの常岡浩介は、ホンマ、使いもんにならんっていうか、あんな心神耗弱っていうか、「心の病」を抱え込んでおるような、「中2病」呼ばわりしておる、まだケツの青いコドモが、ぬあんで、「取材対象」になりうるんだ? いいか、くらら、あの常岡の代わりに、イスラム国の実態をきっちりと取材してだな、緊急報告しろ!

 #で、原発事故後のフクシマを題材にした岡映里『境界の町で』(リトルモア)が、重版がかかったっていうことで、ってことは、そこそこ売れておるってことなんだが、この岡ってのは、中島麻美(なかしまあさみ)のペンネームかあ。まだ、新潮の記者をヤッとるのかよ。しかし、コイツも慶応仏文の出か。ま、人のことを言えた義理ではないが、相当、変わっておるよな。
 小渕優子の後釜の通産ダイジンになった宮沢洋一の資金管理団体が、SMバーへの支払いを政治活動費(交際費)として計上しておったことで、世間をお騒がせしておる件で、「趣味がSMっていうのが許されない社会なんて、嫌だろ」って、ツイッターで喋っておるんだが、それもそやな。この中島ってのは、あの常岡浩介ともつながりがあるようで、最近、一緒にメシを食っておったのが、upされておったな。オンナってこともあるんだろうが、やっぱ、線が細い。ジケンを扱うには、もっと図太さと、ケダモノとしての獰猛さが要るわな。
 あー、アマゾンのレビュー見たら、この本は、「ノンフィクションであり、私小説でもある」かあ。フクシマの現実を見て、ホンネでズバリ、アレコレと語っておるんだろうなあ。なかなか、オモロそうだ。

ピエール・ペアン『あるフランスの青春』の自分訳

 久しぶりに、また、フランス語作品の自分訳にチャレンジしてみたいと思います。
 今回、取り上げるのは、ジャーナリストであるピエール・ペアンが、ちょうど20年前の、94年9月にフェイヤール書店から上梓し、当時、20万部を超えるベストセラーとなった『Une jeunesse francaise(あるフランスの青春)』です。サブタイトルに『FRANCOIS MITTERRAND 1934━1947』とあるように、当時、大統領だったミッテランの、それまでいっさい、表に出てこなかった「青春時代の秘密」をスクープした、歴史的書物です。
 じつは、それまでミッテランというのは、その青春時代、「レジスタンスの闘士」ということで名が通っていたのですが、ところが、本当は、バリバリの右翼で、30年代にはテロ活動もした極右の「カグール団」にも近かったという過去を暴露したものです。それどころか、彼は対独協力のペタン政権の役人も務め、そのペタン元帥とも非常に近くて、ペタンを崇拝していたというのです。
 それゆえ、ミッテランがレジスタンス活動に入るのは、それまで言われていたよりはずっと遅く、ドゴールによるパリ解放(1944年8月)によって、歴史の趨勢が決した後というのですが、しかし、それは彼だけではなく、レジスタンス闘士の多くは、じつはそうだったという、「知られざる新事実」が明らかにされています。ミッテランという政治家を研究するうえではもちろんですが、その「ヴィシー時代」という、多くのフランス人が今なおタブー視し、避けようとしている過去の歴史の真実を追及した作品として、読み応えのあるものだと思います。
 それと、現代のフランス政局に繋がる部分でいうと、今のオランドをはじめとして、ファビウス、セゴレーヌ・ロワイヤルと、PSの中枢にいる人物は、ほとんどこのミッテランの引きによって登用されている、いわば「ミッテラン・チルドレン」です。その親分であるミッテランを知るというのは、深い部分でフランスの政治を理解するうえで、大事なことだと思います。
 訳出するのは、本書の冒頭部分です。以下、本文。

 Il etait une fois…
 Il serait tentant de commencer par ces mots le recit d’une periode de la vie d’un homme que tout un chacun sait parvenu depuis 1981 a la fonction supreme dans notre pays. Tentant de decrire sous forme d’enchainements ineluctables une destinee telle que cet homme n’aurait pu devenir un autre que celui qu’il est aujourd’hui.
 Ce serait fausser l’histoire. Le lecture constantera par lui−meme que cet homme s’est retrouve a plusieurs reprises a des carrefours importants, place devant des choix qui n’etaient pas evidents. L’adolescent aurait fort bien pu donner naissance a un ecrivain, un avocat, un diplomate, voire un aventurier ; il aurait pu emprunter de bien mauvais chemins en 1942 ou 1943. Il aurait pu…
 J’ai essaye d’oublier que l’ambitieux personage que j’ai suivi de la fin de ses humanites a sa trentieme annee est devenu president de la Republique. Je crois de meme avoir de comptes personnels a regler avec Francois Mitterrand ; je ne suis pas un <decu du socialisme>, puisque je ne suis pas socialiste ; je ne suis pas homme a regrets meme si, a chaque election presidentielle, j’ai vote <Mitterrand> depuis 1965 et s’il m’est arrive souvent d’etre en grave desaccord avec la politique menee sous ses deux septennats, voire d’etre scandalise par les privautes prises par quelques membres de son entourage avec la morale publique ou individuelle. 
 Pour toute la periode qui couvre l’insurrection de fevrier 1934, le Front populaire, la montee du fascisme, le complot de la Cagoule, la defaite de 1940, l’occupation nazie, Vichy, les lois antisemites, la Liberation et ses soubresauts jusqu’au premier gouvernment de la 検。劭紕陦blique, les brulures de l’Histoire sont encore a vif. Sur la chronique et l’analyse du regime de Vichy, en particulier, le balancier de l’impartialite ne s’est pas encore arrete. Le fera−t−il jamais? Apres qu’elles furent jugees avec trop de bienveillance, il semble aujourd’hui, depuis notamment les publications de Paxton, confortees par celles de Serge Klarsfeld, qu’une nouvelle grille de lecture ne fasse plus assez de place aux verites et sentiments de nombreux Francais qui tout a la fois firent confiance a Petain et furent antiallemands, voire tot ou tard resistants. Or, une grande majorite des resistants qui se battirent pour liberer la France en 1944 avaient ete marechalistes…   

 それでは、以下、自分訳。

 昔々、あるところに…。
 1981年以降、この国の最高権力の座に就いている、誰もが知っているこの人物の、人生のある時期ついて、これから書き進めていく物語で、私は敢えてこのフレーズから始めようと思う。逃れることのできなかった、がんじがらめの人間関係の網に取り込まれていたことで、今日、明らかになっている、その人物の評伝とは、全く違っている人生行路を書き記したいと思うのだ。
 そのことは、もしかしたら、歴史を捻じ曲げることになるのだろうか。おそらく、読者は、この人物が人生の重要な岐路において、この先、どうなるのかなど、全くわからない選択を迫られた場所に、幾度となく置かれていたのを知ることになるだろう。青春時代というのは、誰も皆、作家であるとか、弁護士、外交官、はたまた、向こう見ずな冒険家になりたいという野心を、胸に秘めているものだ。だが、その人物は、1942年か1943年において、とても悪い道を選んだに違いないのだ。間違いなく…。
 私は、その30代において、いったん人生の終止符を打った、この野心溢れる人物が、現在、この国の大統領であることを、じつを言うと、忘れたかった。この本を執筆するにあたって、公正な態度で臨むのは、言うまでもない。私はフランソワ・ミッテランに対して、個人的な恨みなど全く持っていないし、そもそも、私は「社会主義に失望した人間」ではないのだ。なぜなら、私は社会主義者ではなかったからだ。しかし、この2期に及ぶ大統領在任中、彼とは抜き差しならない対立も生じ、さらには、公私にわたって、いろんな取り巻き連中に抱き込まれていくなかで、腐敗していったことに憤慨はしたけれども、でも、1965年以来、大統領選挙では、私はミッテランに投票してきた。
 1934年2月に起こった右翼の反乱、それに対抗する形で結成された人民戦線、ファシズムの台頭、カグール団の陰謀、1940年の敗北、ナチス・ドイツによる支配、ヴィシー政権、ユダヤ人を弾圧する法律の制定、そして、フランス解放…。それで、第4共和政が始まるのだが、そうやって、その間に燃え盛った歴史の炎は、今なお、生々しく、フランス人の心に焼きついている。これまでの歴史の記述、とりわけ、ヴィシー時代の分析については、その振り子は、真実を正確に記すところでは、止まっていない。それは、今後も続くのだろうか? そのヴィシー時代の分析は、これまでパクストン(※ヴィシー時代やファシズムを専門とする1932年生まれのアメリカ人歴史家)はもとより、セルジュ・クラスフェルド(※パクストン同様、ヴィシーに詳しい、1935年ブカレスト生まれのフランス人歴史家)によってさらに掘り下げられ、その書物も世に出てはいるが、それでもまだ、全体としては、非常に好意的に捉えられている。彼らの分析では、当時、大多数のフランス人がペタン元帥を信任しており、それ以外のごく少数の、ナチスの支配に抵抗し続けていたフランス人が、遅かれ早かれ、レジスタンスに踏み切ったというふうになっている。ところが、レジスタンス闘士のほとんどは、1944年のフランス解放後に参加したもので、それまでは、何を隠そう、(対独協力の)ペタン主義者だったのだ。

 #で、仏蘭西では、今日(=5・25)投票のEU議会センキョだが、正午時点での投票率は、15.70%で、この「3・23」にあった統一地方センキョの第1回投票んときの「それ」が23.16%だったのと比べると、出足はイマイチなんだな。前打ち記事では、極右躍進の可能性を煽っておったようなんだが、投票箱の蓋を開けたら、どうなんだろうなあ。マリーヌんところのFNは、そんなにギセキを獲得するんかよ。PSは、オランドが、首相のクビをアイローからヴァルに挿げ替えたことで、少しはバイアグラ効果が出るんかよ。そういえば、旧・猿与党UMPのダチは、今回も出馬しておったんかいなあ。うーむ、『レクスプレス』電子版の記事を見ても、ノリがイマイチだよなあ。

 #うわっ、仏蘭西のEU議会のセンキョだが、マリーヌんところのFN(=国民戦線)が、得票率25.4%で24ギセキを獲得し、ブッちぎりのトップかよ(**) 以下、UMP(=大衆運動連合)が20ギセキ(得票率20.7%)、PS(=社会主義者の党)が13ギセキ(同13.97%)、MoDem−UDI(=中道連合)が7ギセキ(同9.7%)、EELV(=欧州エコロジー&緑の党)が6ギセキ(同8.75%)、FG(=左派戦線)が4ギセキ(同6.23%)かあ。いずれにしても、オランド与党のPSは、統一地方センキョに続いて、改めて不信任を突きつけられた格好だわなあ。次の大統領センキョまで、あと3年なんだが、下手すると、マリーヌが2回目の決戦投票に進出するってことも、アリなんかよ?
 でも、仏蘭西以外の他の国は、どうなっとるんだろうなあ。まさか、軒並みセー権与党敗北ってことは、ねえんだろうなあ。いやあ、極右政党の大躍進は、仏蘭西だけの現象のようだな。いったい、大革命の国は、どうなっとるんだよ? 猿がエリゼ宮に入ったときは、「第3帝政」に突入だったが、今度は、いよいよ、王政復古かよ(笑)

 #ほうー、今度のEU議会センキョで、マリーヌんところのFNの大躍進を受け、ひとりの高校生の呼び掛けに応じて、この「5・29」に、若者8000人が参加し、全国規模のデモがあったってんだな。「彼らの主張する排外主義、人種差別は、共和国原理に反する」ってことなんだが、彼らはセンキョ権がないため、デモという手段でしか、その意思表示ができんってことでの実行だったとのことだ。まだ、こういう動きがあるだけでも、そんなに未来を悲観せんでもエエということかもしれんな。でも、今度のFNの大量得票については、もう少しきちんと分析する必要があると思う。機微は、やっぱ、現地に乗り込んでみんと、わからんなあ。

 #へえーっ、『レクスプレス』の電子版に、今、露西亜におるエドワード・スノーデン君を「フランスで受け入れろ!」と訴えるデモが、今日(=6・3)、行われておるってんだな。フランスはデモが盛んな国なんだが、しかし、まあ、こんな要求を掲げるとは。ニッポンでは考えられんよなあ。やっぱり、こういうところに、「自由の深度」「民主シュギの熟度」という点で、全体レベルではニッポンより上にあることを感じる。このへんが、大革命の国なんかいなあ。

 #フリーのブンヤの桜木武史ってのが、1ヵ月ほど、トルコからシリアに入り込んでおったってことで、帰国して、今日(=6・12)から、自分のブログで記事をupし始めておるんだが、このテの取材ってのは、敢えてリアルタイムで記事を打つこともないと思う。とにかく、現地の様子をくまなく見聞してきて、ま、ニッポンに戻ってから、じっくりと書いていけばエエと思う。今回は、ジェイシャ・アル・ムジャヒディーンっていう反体制組織に従軍取材してきたってんだが、どこかしらに従軍せんことには、シリアの、特に北部地域には入り込めんってことなんだろうな。
 桜木はアレッポにも行ってきたってんだが、アサド政府軍はもとより、ヒズボラ、あとイラクの国旗が立っておったっていうことで、ホンマ、無政府状態なんだな。反アサド勢力も、要は、バラバラなんだろうな。あと、シリアをスルーして、敢えてイラクに行っておった安田純平だが、ここんところ、イラクの方もガタついてきたな。いろいろと記事を打たんと、だろう。
 あと、桜木の記事で、「シリア反体制派は、アサド軍同様に、イスラム国を嫌悪している。攻撃を受けたから」とあるんだが、この「イスラム国」ってのは、具体的には、どこの国だよ? イランかよ? わざとぼかしておるのかどうか知らんが、素人にでも、子どもにでもわかるように書くべきだ。あー、その「イスラム国」ってのは、ひょっとして、今、イラクでブイブイと言わせておるISIS(=イラクとシリアのイスラム国)のことかよ?

 #「上」の続きっていうか、イラク情勢だが、そのISIS(=イラクとシリアのイスラム国)のほかに、ISIL(=イラクとレバントのイスラム国)ってのがおって、ブイブイと言わせておるってんだが、双方、スンニ派のカゲキ派なのかよ? っていうことは、シーア派のイランとは関係はないってことかよ。ワシはホンマ、中東に関してはド素人なんで、ココは、池上彰チックに「子どもニュース」のレベルで解説して欲しいんだが、そもそも、スンニ派って、イスラム教の中でも「穏健」と言われておるのではないんかよ? そんな穏健派が、ぬあんで、そんなにカゲキ化しとるんだよ? あと、ISISとISILってのは、こっちのヤクザ組織でいうと、「兄弟の盃」を酌み交わした仲ってことかよ?
 あと、アル会だとのカンケイはどうなっておるんだよ? しかし、シリア情勢ってのは、イラク政局とも、モロ、リンクしておるんだなあ。いやあ、魑魅魍魎っていうか、何が何だかワケがわかんねえよなあ。モサドの連中に聞いてみんと、だろうなあ。うーむ、例えば、モサドの連中も、ウラで小遣いを渡しておったりとか、何か蠢いてそうだよなあ。

 #で、知花は、ワシのブログへの投稿をボツかよ。朝日にインタビュー記事が出ておったんで、その集団自決の話について、綿々と綴ったんだが、あの内容で落とすのは、おかしい。このモンダイに対する本気度を疑う。ワシは、知花のブログにはそう多くの回数は投稿しておらんのだが、過去において、1回、ボツになったことがあったんだが、でも、アレは官房キミツ費のことも含まれておったんで、「タブー」っていうことでは、まだ理解できるんだな。しかし、今回は、くららのおじいちゃんのことに関してであり、本邦初の独自ネタも盛り込んだのに、アレを落とすというのは、その慶留間島での集団自決の話を、07年に初めて孫に明かした祖父に対する、この上ない冒瀆でもあると思う。

 #そのフリーのブンヤの桜木武史だが、シリア取材の成果が、『サン毎』のグラビアに出ておったとは、うっかり見落としておった。後で見ておかんとだな。このテの取材だが、取ってきたネタをいかに商品化して、カネをもらって、何とか黒字に持っていくっていうのは、確かに大変だわな。
 ひと昔前だと、紙媒体、特に雑誌だが、週刊誌に月刊誌と、持ち込み先は多かったんだが、今はその数が減っておるわな。でも、自分のブログを持っておるんだから、そこで「字にする」ってのは、必要だと思う。有料ブログを開設して、商売にするっていう方法もあるんだが、せっかく、地球のウラ側の秘境に潜り込んだんだから、宝の持ち腐れにするのは、もったいない。テレビ局とかは、なかなか食いつかんのかよ。ただ、TVは動画が要るんだよな。
 んで、その「イスラム国」と称されるISISかよ。ここんところ、名前を売ってきておるんだが、チョット、得体が知れんようなところがあるよな。えっ、そのISISが、シリア北部のアレッポから、イラク中部のディヤラにまたがる地域で、「イスラム国」の樹立を宣言かあ。うーむ、カリフ制を導入しとるってんだが、かつてのオスマン・トルコの皇帝とも違うのかよ。アレはスルタンだったかあ。そもそも、スルタンとカリフって、どう違うんだったけ? 30年前、大学入試で世界史を選択して、死ぬほど勉強したもんだが、すっかり忘れてしもうとるよなあ。

 #いやあ、しかし、ムスリムっていうか、イスラム教ってのは、なかなか、ノーマルなニッポン人からすると、わかんねえところが多いよなあ。例えば、スンニ派とシーア派は、何がどう違うて、実際、そんなに仲が悪いのかよ? 例えば、ニッポンにおける仏教でいうとだな、スンニ派ってのは浄土真宗で、シーア派は日蓮宗ってとこかよ? でも、その真宗も総本山の本願寺が東と西に分裂しておるんで、ひょっとして、スンニ派もそういうところあるんかいなあ。
 あと、ムスリムのオンナは、ぬあんで、アタマにスカーフをかぶったり、チャドルで顔を覆うのか、ようわからんよなあ。ああいうのは、目に見えてわかりやすいところではあるんで、「それを公共の場では外せ、いや、外さん」で騒ぐネタになっておるよな。ワシは、本人が本当にそうしたいんであれば、好きにすればエエのにとは思うが。あと、イスラム教ってのは、酒を飲むな、肉を食うなとか、戒律が多いよなあ。でも、肉は豚はアカンくても、羊はエエのかよ。
 ワシは、そういうふうに違ってて、全然エエと思うんだが、であれば、そうした違いが、どういうところから派生しておるのか、わかりやすく説明して欲しい。おそらく、季候、風土、文化、歴史の違いというところになるんだろうし、そういうのが存在するってのは、ある意味、当然の助動詞なんで、だからこそ、ギャップを埋める努力は大事だ。そもそも、オトコとオンナが愛し合うのも、双方の間には、深くて遠い、なかなか越えられぬ河があるからこそ、ではないのか。

 #何や、猿、現地時間の今日(=7・1)、07年の大統領センキョに絡む、何かの不正アンケンで司法当局に身柄を拘束されたって、ニッポンの各紙電子版でも、第一報がジャンジャンと飛び交っておるんだが、詳細はイマイチ、まだわからんなあ。『レクスプレス』をはじめとして、後で現地の媒体をゆっくり見て、仏和辞典を引きながら、読み込んでいかんこと、だわなあ。第5共和政になって、エリゼ宮の主だった人物の身柄拘束は、史上初だわな。
 しかし、コイツは急に動いたっていうカンジだが、あのロレアル創業者一族のリリアン・ベタンクールの婆さんから小遣いをもらうておった件とか、あったよなあ。アレは白黒の決着がついたんかよ。ま、それだけでのうて、猿の場合、叩けばホコリまみれ、脛も傷だらけだからなあ(笑)

 #「上」の続きで、今回の猿のジケンだが、超オモロイな。まず、捜査に乗り出して、猿の身柄を取ったのは、「l'office anti-corrupution de la police judiciaire」ってところで、略してOclciff(オクルシフ)ってんだが、直訳すると、「司法警察で反腐敗を担当する局」で、たぶん、サンズイ(=汚職)をはじめとして、政治家や役人の権力犯罪の摘発を専門にやっておるところだと思う。上手く訳すと、「腐敗一掃のための司法警察」ってとこか。そこのナンテールの所轄署ってことになるんかいなあ。ナンテールってのは、オー・ド・セーヌ県の県庁所在地なんだが、猿はもともと、同県のヌイイ市長をヤッておったんだから、ま、地元だわな。そこに出頭したっていうことなんだな。
 だから、どうも、こういうことのようだな。猿が12年の大統領センキョでオランドに負けて、エリゼ宮を叩き出されたことで、「不訴追特ケン」がなくなってしもうたんで、例のリリアン・ベタンクールの婆さんから、07年の大統領センキョの際に、小遣いをもらうておったジケンの捜査が始まったよな。担当しておったのは、ボルドー地裁のジャンティーユとかいう予審判事で、猿も事情聴取を受けておったよな。
 で、今回、オクルシフが着手したジケンってのは、そのジャンティーユの捜査に対して、その動きを探知すべく、猿がチエリ・エルゾグっていう顧問弁護士を使うてだな、「ジルベール・アジベール」っていう破毀院(ニッポンでいうところの最高裁)の判事をいいポストにつけることを条件に、その捜査情報をゲットしておったっていう容疑なんだな。そのポストとは「モナコにおけるプレステージ」とあって、たぶん、破毀院判事退職後の天下りで、美味しいところを用意しておったっていうカンジだな。「モナコ最高裁長官」とか、ありそうだよなあ。ま、落選したとはいえ、「前大統領」の威光があれば、それぐらいのことは朝飯前だろう(笑)

 #そうか、猿、タイホ後の身柄拘束は15時間で解かれて、釈放になったんだが、司法当局は「予審入り」を通告して、要は、本格捜査に乗り出したんだな。予審制度ってのは、ニッポンも戦前の旧刑訴法時代にはあったんだが、「予審判事」ってのは、形式上は所属は「サイバン所」だが、仏蘭西の場合は、起訴の可否を決める権限があるそうだから、実質的には「検察官」だわな。ニッポンも戦前は、ケンサツってのは「サイバン所の検事局」ってことで、サイバン所内の一部局扱いだったんだが、ま、仏蘭西もそういうカンジなんだろうな。
 しかし、猿は、ケータイの電話盗聴をされておって、それでシッポをつかまれたのかよ。センキョに落ちて、「タダの人」になったら、この有様だもんなあ。でも、ボルドー地裁の予審判事であるジャン・ミシェル・ジャンティーユが担当しておった、ロレアル創業者一族のリリアン・ベタンクールの婆さんから、07年の大統領センキョの際に小遣いをもらうておった件は、既に不起訴ショブンが出ておったのかよ。ただ、今回のジケンのスジとしてはだな、「そうやって、ジルベール・アジベールっていう破毀院判事を、要は買収して、ソーサ情報をゲットできたがうえに、不キソが勝ち取れた」っていうことになると、俄然、オモロクなってくるなあ。
 うわっ、そのジルベール・アジベールっていう破毀院判事の弁護士が、顔出しで『レクスプレス』の電子版に「Gilbert Azibert est une victime collateral(ジルベール・アジベールは、今回のジケンにおいては、枝葉の犠牲者にすぎん)」って喋っておるのか。ま、そうだろうなあ。だから、仏蘭西の司法界、ま、サイバン所の中では、このアジベールとジャンティーユってのは、「身内そのもの」だろうからなあ。だから、猿は、そのチエリ・エグゾグっていう顧問弁護士に指示してだな、アジベールに接触させて、諸々、ジャンティーユに関する情報を取っておったっていうことだろうなあ。どうせ、オンナのハナシとか、そういうところも根掘り葉掘り、聞き出させておりそうだよなあ(笑)
 あー、仏蘭西の予審制度ってのは、最高刑が禁固10年を超えるハンザイについては、検事はサイバン所の予審判事に、犯罪捜査に相当する予審を請求するってことなのか。それを受けて、予審判事は警察に証拠を集めさせて、ヒギシャに尋問し、ジケンを解明したのち、正式に裁判を開くかどうかを決める権限があるんだな。で、嫌疑ナシの場合は、免訴になるのかあ。だから、この予審判事ってのは、ニッポンでいうところの「捜査担当検事」のことだわな。

 #んー、フリーのブンヤの田中龍作は、クレジットカードをこすりマクって、ガザに入り込んでおるとのことだが、ツイッターはもとより、ブログでも、そこそこ記事を打電してきておるよな。でも、このフットワークっていうか、ケツの軽さは大事だよな。ブンヤがゲンバに向かうことを、しのごのとためらうようになったら、オシマイだわな。
 そうだよ、そうだよ、WFPは、ガザとかも、いろいろと食糧援助してそうだよな。ニッポン大使の知花、この際、シリアに行ったついでに、ガザにも足を伸ばしてくるかよ? その若さで守りに入って、どうするんだよ。グリコのオマケではないが、「一粒で二度美味しい」だわなあ(^^)
 あー、やっぱり、WFPはガザへの緊急援助をやっとるやないか。その田中の現地報告だと、WFPは学校とかを避難所にして、難民を受け入れておるのか。コイツは、知花、はよ、ゲンバに乗り込んで行ってだな、詳しい状況を報告して、ジャンジャンと寄付を募らなアカンやないか!

 #しかし、イスラエルによるガザへの無差別爆撃は、トンデモねえことになっておるんだな。北部のベイトハヌーンにあるUNRWAっていう国連パレスチナ難民事業機関の運営する学校に爆撃して、少なくとも15人が死亡、150人以上がけがかあ。
 あと、田中龍作のブログだと、ガザ東部のアル・シジャーイヤでも大規模な爆撃を行っておる模様で、救急車はOKだが、ブンヤの立ち入りはNGってことで、「ホロコーストが、おっ始まるかもしれん」ってんだが、あり得るハナシだわな。毎日シンブンのエルサレム駐在ってのは、89年入社で本籍・大毎の大治朋子だが、ガザに入り込んで、記事を打電せんと、だわなあ。そうだよ、知花、コイツははよ、ガザに乗り込んで行かんとだわなあ。このタイミングで戦地に足を踏み入れて、ゲンバを見てくるべきだ。

 #で、知花は『ドゥマーニ』の電子版で、「酒」について、ウジャウジャと喋っておるんだが、シャンパンと白ワインが好きだってんだが、ウチナーだったら、「泡盛」はどうなんだよ。泡盛もグビグビと飲めるわなあ。それで、ガザ情勢は、相変わらず、トンデモねえんだが、WFPニッポン大使の責任として、今、このタイミングでこそ、ガザに乗り込まんとだわな。コイツは、本人の「やる気」だ。その肩書を持っておって、時間が作れないなんて、ありえん。WFPは、ガザへの食糧支援は、相当、力を入れている。WFPのニッポン大使がゲンバに乗り込んで、情勢報告をすることで、より、このモンダイに関心を高めさせて、寄付を1円でも多く集めんと、違うのか? 知花は「WFPに恋してる」とまで言い切っておったんだが、そんな恋愛感情は、感じんなあ(TT)
 ガザ情勢は、確かに、ハマスの側にもモンダイ無しとは言わんが、しかし、それを補って余りある、イスラエルの大量無差別サツジンだわなあ。んもう、デタラメをヤリマクっておるよなあ。タダでさえ、知花は、おじいちゃんが例の「軍の命令以外の何物でもない、集団自決」に追い込まれておったんだから、もっと、「戦争被害」や「戦争犠牲者」に対して、敏感であるべきだ。コレぢゃあ、何のためにWFPのニッポン大使をやっておるのか、わからんよなあ。ドゥマーニは専属だから、撮影仕事があるにしてもだな、まる1ヵ月全部拘束されるなんて、ありえんからな。盆休み返上で、ピャーッとガザに乗り込んでこい!

 #それで、知花は、いったい、いつになったら、ガザに乗り込むんだよ。だって、WFPは、同じ国連機関のUNRWA(パレスチナ難民事業機関)と協力して、UNRWAは現地で学校を運営しておるそうなんだが、その学校が今、避難所になっておるんだよな。だから、そこにWFPが食糧支援をしておるんだな。
 あんなイスラエルからの一方的な攻撃を受けて、犠牲者も相当出ておって、戦火を止めるのはもちろんだが、食糧事情だって悪化しておるのは間違いないんだからな。義捐金を募るためにも、「WFPニッポン大使」の肩書を持つ知花は、現地からガザの状況を報告するってのは、使命というより、義務だわな。このタイミングで、今、動かなかったら、意味はない。
 いいか、くらら、こんなもん、アタマを使う取材ではないぞ。現地に乗り込んで行ってだな、見てきたこと、聞いたことを、そのまま、「字」にすりゃ、エエだけの話だ。ガザの人々を救うために、我々ニッポン人は、WFPの活動を応援すべきだ。そのためには、何よりもまず、現地の詳しい状況を伝えんとだからな。もし、所属ジム所の許可が下りんというのなら、そんなジム所は辞めてしまえ。そうでのうて、本人に「ガザに行く意志」がないんだったら、んもう、アカンわ(TT)。だから、「今、行かんで、いつ行くのか」だ。

ヒマダネ版・ひとりツイッター!(続き)

 #で、今、世間をお騒がせしている、理研の小保方晴子さんの「STAP細胞モンダイ」、これまでフェイスブックの投稿の方でいろいろと書いてきたのだが、基本的に今度のバッシングはおかしい。何か意図的なものを感じる。おそらく、論文表現において、揚げ足を取られるというか、足元をすくわれるという部分はあったのだろう。しかし、とはいえ、その「STAP現象」、つまり、受精してからまもないマウスの細胞に、「絶妙な刺激」を加えることで、「細胞がSTAP化する」こと、つまり、「細胞が初期化され、万能性を獲得する」という仮説については、相当程度、実証されていたのではないか、と思うのだ。
 そうやって、「細胞が初期化され、万能性を有する」というのは、どうも、「自然治癒力」という、生命現象の本質にもつながっているうようだ。だから、「STAP性=細胞の初期化」というのは、生命体がもともと持っている自然治癒力ではないのか、ということなのだ。 
 というのは、同じ脊椎動物でも、例えば、もっと下等とされる両生類のイモリでは、尻尾はもとより、眼球も再生することが知られている。また、アフリカツノガエルに至っては、オタマジャクシ段階では、何と、脳も再生するというのである。
 ただ、そうやってイモリが、器官再生を果たすにあたって、それなりの「外からの刺激」が必要とのことで、小保方さんは、「それ」がもっと高等動物の哺乳類でも成り立つのではないのか、との見立てで、研究に挑んだのだそうだ。逆に言えば、既存の発想では、「そんな哺乳類において、細胞が初期化するなど、ありえない」という意見が大勢だったのだそうだが、やはり、そこが若さなのだろう。既成概念に囚われず、大胆にチャレンジしたのではないだろうか。その意味では、今回の研究というのは、じつにロマンがあると思うのだ。

 #「上」の続きで、しかし、実際には、このSTAP細胞の研究については、マウスでの実証を試みただけで、同じ万能細胞でも、ES細胞やiPS細胞のように、ヒトへの応用研究にまでは至っていない。その意味では、まだ、全然、未完成であり、それと同様の「成果」を求めること自体に、そもそも無理があると思う。本当に、「早く、ヒトへの再生医療実現は、できないのか」と尻を叩き続けるばかりで、本来、学問の本懐である「真理の探求」という姿勢が、とりわけ、報道するマスメディアの側に皆無なのだ。
 当初、小保方さんの論文が『ネイチャー』に掲載されるにあたり、理研側が大々的にそのことを発表すると、それに飛びついて煽り倒し、また、その理研がにわか仕込み再調査で、「捏造の疑いあり」と断じた途端、今度は掌を返して、バッシングに出る。おそらく、マスメディアに所属する同じ記者が、そうやって、「高く持ち上げた後、ハシゴを外す」という行為をやっていると思うのだが、そもそも、そのことに対して、何ら違和感を抱かないのだろうか。公式発表を鵜呑みにするだけで、「思考する主体」というのが、どこにも存在しないのだ。
 マスメディアは「STAP細胞作製に成功した証拠を、早く出せ」と、相変わらずうるさいのだが、だったら、小保方さんは、その研究ノートに記載した「創作レシピ」の全容を、一挙大公開すべきである。理研はこれで一山儲けようと、国際特許を申請しているとのことだが、組織がそうやって、「トカゲの尻尾切り」に出てきた以上、もうケツをまくるしかないというのが、私の結論である。

 #おっ、今、フランスで、エリス・カルラン(Elise Karlin)っていう、『レクスプレス』で政治担当をヤッとるオンナのブンヤが、『自分の人生を生きたかった大統領(Le President qui voulait vivre ses vies)』っていう暴露本を、フェイヤール書店から上梓して、ベストセラーを窺う勢いを見せておるのか。要は、「セゴレーヌ・ロワイヤル→ヴァレリー・トリエルベイレ→ジュリー・ガイエ」と渡り歩いたオランドの「オンナの遍歴」なんだな。いやあ、いろんな機微を書きマクっておるんだろうなあ。コイツは、読みてえよなあ。超オモロそうだわな(笑)
 このエリス・カルランってのは、ツイッターを開設しておって、ウィキぺディアの仏語版で調べてみたんだが、「1967・10・10」の生まれってことは、齢46かよ。経歴としては、ラジオの『フランス・インター』を経て、現在は『レクスプレス』のジャーナリストとあるだけで、後は一切、不明だな。しかし、オランドのオンナの好みってのは、何か共通項があるんかよ? 猿ともまた違うよな。猿はセシリアにカーラと、トリッキー系が好みだよな。特にセシリアはブッ飛んでおったもんなあ。でも、今、セシリアは、どこで何をヤッとるんだろうなあ。

 #ほうー、この「4・22」から、フリーのブンヤの安田純平が、また、シリア取材に出かけとるってんだが、本人のツイッターを見ると、入国に難儀しとるようなんだな。シリアに取材行っても、なかなかカネにならんで、持ち出しってことで、ボヤいとるのか。でも、シリア情勢に関する機微な情報は要るわな。それで言うと、WFPのニッポン大使に就任した知花くららは、いったい、何しとるんだよ?
 しかし、知花は、いつになったら、シリアに行くんだよ。フラメンコを再開したとか、ったく、どうでもエエことにウツツを抜かしてだな、「自分の人生」を生きておらんよなあ。ホンマ、この知花のケツを叩きマクらなアカンわな。ったく、安全地帯でのうのうとしてばっかしておって、少しは恥を知れ。だいたい、カネボウの美白化粧品の広告塔をヤッておったのに、その白斑被害でお騒がせしておる件でも、逃げマクっておるよなあ。もちろん、知花に法的セキニンはないし、ある意味、ヒガイシャですらあるんだが、でも、道義的セキニンはゼロではねえよなあ。

 #で、「Femen(フェメン)」っていう、ウクライナに本拠を持つ、上半身裸のトップレスで抗議行動をヤッとる、若いおねえちゃんのフェミニストの団体があるんだが、パリにも支部があるんだな。この「4・22」に、ルペン娘のマリーヌんとこのFNに抗議して、「トップレス・デモ」に繰り出しておったなあ。
 『レクスプレス』の電子版にAFPの動画が貼り付けてあるんだが、乳のあたりを青でペインティングしておって、メンバーは、皆、若いのもさることながら、ホンマ、美人ばっかりだな。ウクライナはキレイどころの産地だわな。こっちで言うところの「秋田美人」ならぬ、「ウクライナ美人」かあ。フランスは「5・25」の日曜日が投開票なんだが、ひょっとして、EU議会のセンキョに、このフェメンは出るんかいなあ。センキョに出て、議席をゲットしたら、オモロイよなあ。ストラスブールの議場に、トップレスで乗り込むんかいなあ(笑)

 #『レクスプレス』の最新号(4・23)の特集記事は、「Hollande et ses femmes(オランドとそのオンナたち)」ってことで、表紙に、オランドとセゴレーヌ、トリエルベイレ、あと、ガイエの4人を並べておるなあ。専属の政治担当のエリス・カルランが『自分の人生を生きたかった大統領』(フェイヤール書店)を上梓しとるから、書くネタは腐るほどあるわなあ。
 ワシなりに見立てをするとだな、ミッテランの隠し子とも言われておるセゴレーヌとは、双方、ENAを出て、まずはブルボン宮に入り込んで、共に「エリゼ宮への道」を目指した「同志愛」みたいなものだったんだろうなあ。ところが、セゴレーヌが猿に負けたことで、挫折に塗れたところに、浮気の虫がもたげてきて、『パリ・マッチ』の記者だったトリエルベイレとは、どうせ、狭い業界なんで、どっかで顔見知りだったんだろうなあ。それで、そっちに走ったんだろうな。ガイエってのは、今度の大統領センキョで、オランド陣営のボランティアとして手伝いをしておったってんだよな。でも、こんな三流女優、誰も知らんよなあ。ソフィー・マルソーやエマニュエル・ベアールならまだしも、なあ。ガイエは、たぶん、マスメディアに注目を浴びたいっていう「下心」でムンムンだったんと違うんかいなあ。そのあたり、エリス・カルランの取材は、どうだったんだろうなあ。

 #フリーのブンヤの安田純平は、本人のツイッター(&フェイスブック)を見とると、どうもシリアに潜入したようだな。ああいう商売ってのは、「カネ」に換えるには、「絵(=映像、写真)が要る」ってことなんかいなあ。むしろ、ワシ的には、正確で詳細な、現地の情報が欲しい。政治的には、今、シリアはどうなっておるんだよ。だから、絵がどうのこうのなんてのは、じつはどうでもエエんだ。とにかく、生きて帰ってくるのが第一なんで、いや行方不明だ、拉致されたとかで、お騒がせさせんように、だわなあ。
 それはそうと、知花は、近況報告ってことで、短歌を詠んで、『アン・アン』の表紙にも出たってことだが、その「WFPニッポン大使」の仕事は、全然しとらんやないか。手を挙げりゃ、WFPの手引きで、すぐシリアに連れてってくれるからな。TV局も抱き込んでだな、はよ、その「食糧援助のゲンバ」に行って来い! WFPのスタッフと一緒に食糧を難民に手渡ししてだな、そのシーンをカメラに撮影させればエエだけのハナシだからな。シリアで見てきたことを、そのまま喋ればOKなんで、アタマを使う必要がねえから、超ラクな仕事だ。

 #ザ・仏文の同級生の徳チャンが主宰している「ギャラリーKAI」、京都は西陣の呉服商の古河一秀氏に依頼して、今回、初めて企画したという「着付け教室」だが、告知からわずか1日で、定員(4人)に達したとのことだが、相当、中身が濃そうだよなあ。
 その古河氏を講師に招いて、これまでに「京の暮らしと文化を語る会」をやっているそうなんだが、京都っていうのは風情があるっていうのか、長い歴史と伝統の中で育まれたカルチャーの魅力というのは、ある。和服を着こなすオンナの人ってのは、ほんのりとした美しさを漂わせているよねえ。こういう講座ってのは、まさに少数限定っていうんか、いわゆる大教室で行う講義とは、おそらく、対極の世界だよねえ。この「こだわり感」がいい。
 お互いアラフィフっていう齢もあるんだろうが、この年代になってくると、「いかに深く入り込むか」の世界だよね。カノジョは卒論が「ジャン・ジャック・ルソー」なんで、もし、機会があったら、一度、ルソーについて語り合いたいよねえ。

 #フリーのブンヤの安田純平は、本人のツイッターと、それに連動しとるフェイスブックを見る限り、シリアに入り込んでおることは、間違いなさそうなんだが、でも、敢えて、「シリア発」を明記しとらんよな。もちろん、無理することはない。あと、ドンパチの最前線に本人が行って、要は「ゲンバ写真を撮る」ってことなんだろうが、こだわっておるようなんだよな。もっとも、「それ」が手っ取り早くカネに換えれるっていう部分は大きいんだろうが、もっと、現地の諸々の機微な情報を取ることに精を出してもらいてえよな。
 ああいう戦場取材ってのは、ロバート・キャパや沢田教一みてえに、「ゲンバ写真を押さえる」ってことが、妙にスタイリッシュになっておるところがあるよな。ワシは、立ち位置がだいぶ違うっていうんか、どうせ、いろんなウラ情報があるんだから、「それ」をかき集めて、シリア政局の現状を分析したいわな。だから、たぶん、モサドの連中とかも入り込んでおると思うから、一緒にメシを食ってだな、情報交換せんとだわな。ニュートラルであれば、アサド派、反アサド派の両方からネタを取れるはずだし、取材ってのは、そういうことだからな。例えば、アサド軍の化学兵器なんかは、どこから調達しとるかだが、こんなもん、案外、モサドが手を貸しておる可能性だって、あるからな(笑)

 #全く個人的なハナシだが、前に一度、ココでも書いたことがあったかもしれないが、高校時代の同級生の郁チャンと、小中高と同じだったワシのポン友の3人で、恵比寿でイッパイやってきた。
 前回、郁チャンと会ったのは、確か、去年の10月だったと思う。ワシはそれっきりだと思っていたのだが、その翌月に、ポン友とメシを食ったとき、郁チャンと会ったことを喋ったら、「今度、一度、3人で飲もう」と言っていたのだ。そしたら、年賀状でも、「カノジョによろしく」とあり、どうしようかと思いつつ、多少の紆余曲折はあったのだが、3人で会うことになった。カノジョが言うには、「もし、また、ふたりで会っても、同じことの繰り返しかもしれませんが、3人だったら、また、別の展開があるのかな」とも。
 でも、そうやって、3人で会うというのも、何とも不思議とでもいうのか、面白いものだ。だから、30年以上前に戻って、高校時代にタイムスリップしたかのようだった。キモチは全然、変わっていない。だって、高校生の頃、「10年後」ですら、「遥か遠い未来のこと」としか思えず、「そのとき、自分はいったい、何をしてるんだろう」と思ったものだが、10年どころでなくて、30年なのだ。
 郁チャンは前回、黒のスーツでビッシリと決めていたのだが、今回は、斬新な柄の、青系のワンピースだった。着こなしのセンスが最高で、本当に、『STORY』とかに出ているそのへんのモデルなんかより、全然ステキなのだが、カノジョの前だと、気恥ずかしくなって、そのホメ言葉が出てこないのだ。カノジョとは、気の置けない友達同士っていうか、親友といっていいくらい仲良しだったせいもあって、すぐ、ワシがタメ口になってしまうのだ。
 それはそうと、お互い、肩書とかは全く関係がないんで、心置きなくハナシができるのも、いいことだと思った。店を出て、「それじゃあ」と別れると、カノジョは代官山に住んでいるので、一緒に代官山の駅まで歩いた。この何年かは、恵比寿界隈で飲むことは多かった(っていうか、ほとんどだった)のだが、帰りはだいたい、代官山の駅から電車に乗る。それで、いつも、暗い夜道をひとり、トボトボと歩いて、あの坂を上っていくのだが、今回、郁チャンとふたりでその道を歩けたことに、万感の思いがあった。大げさだとバカにされるだろうが、生きている間に、こんなことがあるとは、夢にも思わなかった。

 #「上」の続きで、そうそう、今年は高校を卒業して、大学に入って、まる30年なのだ。その郁チャンってのは、結局、一橋に行ったんだが、ワシもそこは受けておって、じつは、受験が終わって、小平の校舎を出たところで、偶然、カノジョと出くわして、向こうもそれは覚えていたんだが、ワシは既に慶応受かってて、それも行きたい文学部だったんで、それをカノジョに自慢したら、「ワタシ、これまで受けた11校、全部、合格したの」ってことで、滑り止めが立教で、あと、早慶上智ってことで、「うわっ!」だったなあ。「何で、一橋なんかに行ったんだよ」っていうハナシになって、「そうよねえ。本当は慶応が第一志望だったのに」と。そういうふうに、向こうは高校時代、成績は学年でもトップクラスだったんで、同級生の男子は引きマクっておったものだ。
 それで、ちょうど、30年前の今ごろだが、大学に入って、ワシと郁チャンと、あと、同じ高校から学校推薦で慶応に入った岸クンっていう男子と、もう1人、アコちゃんっていうバトミントン部におった女の子の4人で、渋谷のスター・ウッズっていうディスコに行ったっていう思い出話をした。アコちゃんの方は、短大から、確かANAの方だったと思うが、スチュワーデスになって、そこは既に退職し、今は結婚して、娘さんもいるようだ。アコちゃんはフェイスブックを開設してて、友達登録している同級生男子との、いろんな会話が閲覧できるんだよな。ワシは誰とも友達申請しておらんので、「見るだけ」なんだが、アコちゃんは、今でもみんなのアイドルっていうカンジだね。アコちゃんは背が高くて、スタイルもよかったんで、男子からは人気があったのだ。
 で、その渋谷のスター・ウッズだが、センター街のずうーっと先に進んだ通りの、左手にあるビルの何階かにあって、あそこは、夜10時ぐらいかな。それぐらいの時間になると、照明が突然、消えて、スローバラードの曲が流れ、チークタイムが始まるのだが、そうそう、郁チャンと「チークダンスを踊ったよね」というハナシになったのだ。
 その郁チャンとは、この30年以上、まさに、「友達以上、恋人未満」。10代から20代初めの年頃にありがちな、恋愛のスタイルだ。でも、オトコとオンナというのは哀しい。そういう仲になってしまったら、あとは結婚するか、別れるしかないからだ。

 #しかし、カトパンは、何事もなかったかのように、でも唐突に、4ヵ月ぶりにブログを更新しておったが、あの年代では色気はあるわな。華がある。あと、赤坂サカスの枡田かよ。『美人百花』でいろいろと喋っておったが、カトパンと同期か。「ワタシはカトパンにはなれない」と、妙なことを言っておったが、もっと、欲を出さんとアカンだろう。枡田は髪の毛を伸ばさず、あのままの方が似合っとると思うんだが、本人は伸ばすって言っておるようだな。いやあ、でも、このコらは、ワシが郁チャンと、渋谷のウッズでチークダンスを踊っておった頃は、まだ、この世に生まれてねえんだよなあ(笑)
 で、カトパンは、リトミックを柱とするスペシャル音楽教室は、どうなんだよ。三十路まであと1年で、とりあえずの定年が見えておるんだから、それ以降の展開も、自分で考えんと、だろう。そもそも、報道に対するスケベ根性はあるんかよ。色気だけで勝負できるのは、20代まで。ま、結婚に走るのも、選択肢の一つだろうし、どれを選ぶかは本人次第だ。最近、妙にあのケツを叩きたくなる衝動に駆られるなあ。女川町の震災復興という名の地上げの取材で、報道に目が覚めたというんであれば、この際、少し気合いを入れて、ヤッてみるかよっていうところだわな。
 知花は、撮影でスイスに行っとるってんだが、だったら、そのついでにシリアに足を伸ばしてこい。ニッポンに戻ってきて、また、出かけるってことになると、面倒くさいからな。それと、森本智子んところのNewsアンサーのフェイスブックに初投稿したで。森本は、あの落ち着いた声がいい。おクリと同い年なんだよな。

 #ハナシを郁チャンに戻すと、アラフィフなのに、ホンマ、20代の女子アナばりにネイルを決めておってだな、「何だ、その付け爪は!」って言ったら、「友達と一緒にネイルサロンに行ったの」。チョット、派手目で、ワシは透明感のある方が好きなんだ。何ていうのか、ひと昔前に比べると、諸々、この年代でも、感覚は若くなっているところはあるわな。昭和の頃は、「30過ぎたら、オトコは演歌」だったが、今、その演歌そのものが下火だからな。当時は、湿っぽい演歌全盛に閉口するところも、なきにしもあらずだったが、でも、それがガラパゴス化してくると、懐かしいっていうか、時々、聴きたくなる。津軽海峡冬景色や、天城越えとか。
 で、郁チャンは、性格キツイところもあるんだが、でも、超キュート。そういえば、この前、夢に出てきて、「今まで古川クンの気持ちに応えられなくて、ゴメンナサイ」と、後ろからハグされたことを明かしたら、呆れた顔をされた(苦笑)。でも、自分の中では、生きている間にカノジョに再び会うことは、なかったと思っていたので、それが実現しただけでも、御の字なのかな、と。そう言い聞かせている。
Categories
  • ライブドアブログ