【海外ひとり旅】 その日吉の学生専用の共同下宿・チョッチュネ荘に同居していた、経済学部の同級生が、高校時代、アメリカに留学していて(それで、1つ年上だった)、その経験からか、海外に出かけるということに抵抗がないっていうか、あたかも、東横線に乗って、渋谷に出かける感覚で、成田からスルーしていたのに、田舎者だった私は、新鮮な驚きを受けました。彼は、駄洒落が大好きで、気がつくと、しばらく、アパートを留守していて、「どこに行ってたんだよ?」と聞くと、「入浴」。で、私が「えっ、どこの銭湯?」と尋ねると、「いや、ニューヨークなんだ」と彼。しかし、ニューヨークに滞在していたのは事実で、そういうふうに、フラッと海外に出かける感覚に、「そういうものかあ」と思いました。ちょうど、時代は、あの『地球の歩き方』が、中国、東欧、モロッコ、ヨーロッパの田舎と、いろんなところをターゲットに、どんどんと新刊を重ねていた時期だったこともあって、若い年代にありがちな、「フロンティアを制する」みたいな感覚も、あったのでしょう。
 だから、春、夏の長期の休みになると、アルバイトで貯めたなけなしの小遣いを持って、1ヵ月とか、2ヵ月という単位で、リュックを背負って、フラフラと海外を歩いてました。欧州をはじめとして、中国、アメリカ・中米……。今にして思い返せば、まさに、モラトリアムの時代だったのでしょう。沢木耕太郎の『深夜特急』の世界です。その中で、私は、国籍や民族、宗教や政治体制を超えて、「皆、同じ人間である」ということを痛感しました。
 例えば、イスラエル。ここは、政治体制として毛嫌いする人は多いですし、私もあのユダヤ原理主義にはついていけないところはありますが、でも、決して、イスラエル人が皆、そうだということではない。日本人がそうであるように、イスラエルにも、いろんな人がいる。私が訪れたときは、当初、思ったよりずうーっとのんびりしていて、プカプカと浮かぶ死海とかの観光地で、遊び倒してきた楽しい思い出があるので、私の中では、あの国の政治体制とは、切れているところがあります。
 イスラムといえば、モロッコ。スペインの南端のアルへシラスから、フェリーですぐですが、足を踏み入れると、全然、エキゾチックで、楽しかったあ。カサブランカにマラケシュと、見所も多いです。トルコも、イスタンブール、よかったあ。絨毯売りは、しつこかったですが、チャイを飲みながら、半日も絨毯屋でウダウダと過ごしたものです。ああいうところは、「定価」が存在しないというのか、必ず値切るというのは、「定価販売」に慣れきったニッポン人からすると、新鮮な驚きでした。絨毯は、ペルシャもトルコも、それぞれに美しいですが、織り手は、そこに「人生」を編み込んでいるのだと思います。こんなふうに、異文化と交わるのは、とても楽しい。そういう体験を通してこそ、「寛容さ」が形成されていくのではないでしょうか。

 【武蔵野推理劇場】 自由が丘の、確か、熊野神社の近所にあった洋画専門の名画座。 ネットで調べたら、85年に改築されて、封切映画上映の「自由が丘・武蔵野館」に名称変更になったとありますが、私が通いつめたのは、その建て替える前の古い建物の、「武蔵野推理劇場」の時代です。レンタル・ビデオ(DVD)に押されたのか、その建て替わった封切館も、04年2月に閉館してしまったとのことです。新しく、その封切館に建て替えるってことで、取り壊す直前だったように記憶していますが、ヒッチコック特集をやっていて、ヒッチコックの作品は、ここでほとんど見ました。私は「映画は、映画館で見たい派」で、今でも、思いついたときに足を運んでいます。この「武蔵野推理劇場」っていうネーミングが、すごくステキですよね。ヒッチコックなんかは、まさにその名にピッタリでした。

 【朝倉フランス基本単語集】 フランス語の参考書といえば、白水社ですが、そこが出しているロングセラーの単語集で、今もまだあると思います。初版は1959年で、著者は、フランス語学者の朝倉季雄。「まえがき」にも書いてあるのですが、フランス語の勉強というのは、初級から中級レベルへと突破することが、非常に困難で、そこで挫折する人は多いと思います。その最大の要因は、「基本的な語彙」をマスターすることが重要なのですが、英語とかと違って、なかなか適切な参考書類が、フランス語はないということがあります。例えば、新聞なり、雑誌を読み込もうとしても、分からない単語が、たくさん出てきて、そのたびごとに辞書を引かないとなので、そこで大半の人は挫折してしまうのです。この単語集は、そこのところをクリアするために編まれたもので、収録語数は2400語ですが、そこらのところは網羅してあるように思います。私は、日吉に通っていたときだと思いますが、買って、何度も紙に書いて、覚えました。今でも、時々、トイレに入ったときなど、目を通しては、頭に叩き込むことを繰り返しています。

 【寺山修司の文庫本】 「言葉の錬金術師」とも称される寺山修司。常日頃、「僕の職業は、寺山修司です」と言っていたそうですが、角川から彼の文庫本がたくさん出ていて、大学に入って、次から次へと買い漁っては、読みました。余談ですが、新聞社を辞めて、引っ越す際、全部、古本屋に売り払ったのですが、「寺山文庫本全集」みたいな形で、一揃いだったので、いい値がついたのを覚えています。『家出のすすめ』『書を捨てよ、町へ出よう』『ポケットに名言を』『不思議図書館』『さかさま世界史』『さかさま文学史』『寺山修司青春歌集』……。
 83年に肝硬変の悪化で、47歳で亡くなっていますので、彼の「現役時代」というのは、ほとんど知りません。また、彼の手がけた映画や舞台も見たことがないので、私は「文庫本の中の寺山修司」しか知りません。生まれが弘前市ですから、津軽の出身ですよね。高校は青森高校ですが、彼の場合、太宰治と同様、「生まれた土地のくびき」というのは、大きな影響を与えていると思います。それは、本州最果ての地・津軽の風土と、あと、母・セツの存在でしょう。寺山修司は、ステキな言葉をいっぱい残していますが、その原型は、中学時代から手がけていた短歌に集約されていると思います。早熟な天才肌そのもので、それが、余りにも生き急いだがゆえの、四十路後半での夭逝へと、つながっているのかもしれません。

 マッチ擦るつかの間の海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

 血と麦がわれらの理由工場にて負いたる傷を野に癒しつつ

 テーブルの上の荒野をさむざむと見下ろすのみの劇の再会

 #あのさ、ペコちゃん、「政局塗れの永田町」について、「憂国の情深し」っていう顔つきで、有賀さつきの元ダンナの和田圭のオッサンとため息つくのもエエけどさ、だったら、例えば、その「再エネ・ホウアン」の条文をきっちりと検討してさ、コイツが成立すると、何が、どういうふうに変わりうるのか。本当に、そういうふうに変えるべきなのか、どうか。特に、双葉町の住民とか、「原発ジプシー」を余儀なくされている人たち、とりわけ、年寄りや子供でもわかるように噛み砕いて、説明するのが、少なくとも、「報道人=ジャーナリスト」の役割ぢゃないの? 「セーサク本位の政治を」と、口先で言ってる割には、日々の具体的行動で、そこからの「打ち返し」ってのは、全然、ヤッてないよねえ。

 #久しぶりに、大学時代の同級生で、最近は、FXトレイダーってことで、名前を売っておる「持田有紀子」ってのと、メシを食ってきたんだが、前から、お互いに好き勝手なことを言い合っておるんだが、今晩は「私は22世紀まで生きる」、「アナタは、死ぬまで書け!」と言われて、さすがに、このワシも考え込んでしまったで(笑)。バケモノ化した慶応ガールだよなあ。じつは、この姉御は、確か02年だったかな、ワシがウワシンに持ち込みながらも、ボツにされた原稿があって、そのことを話したとき、「それは、何があっても世に問わなければならない。だれも、そんなこと知らない」と、ワシのケツを叩きマクったんだよなあ。その一言が、硬派ブログ(=同時代ウォッチング)を開設するきっかけになったのだが、今でも、このワシに対して、アレコレと説教しマクるんだから、たまったもんぢゃねえよなあ。だいたい、22世紀ってのは、2101年だよなあ。136歳だぞ(**)! しかし、ココまでワシのケツを叩くオンナがおるってのは、ありがたいことだ。ワシは、それを「愛情」と受け止めよう。コイツもシンブン研仲間だ。前にも言っておったが、「そうそう、国分良成と会って、食事したとき、『ウチの女子のゼミ生で、アナウンサーになったのがいる』と言ってたわ」と。「だから、それが、ミオパンだ」

 #ワシ、途中から見たんで、よう分からんかったんだが、ちゅばきが、泣きそうな顔で取材しておった「産地偽装うなぎ」のハナシってのは、「酸欠死した鹿児島産うなぎ」を、「中国産」として売り抜けておったのかよ(笑)。要は、「逆偽装」だな。ネタ自体は、かなり前から掴んでおったにも関わらず、全然、OAしなかったんで、ボツになりかかっておったのを、土用の丑に合わせて、打ったのかあ。コイツはオモロイなあ。たぶん、この4月に番組Pが替わったんだと思う。それで、「しょうもない、爪をいじくり回して、どうのこうののブログなんて、止めろ」と指示を出したんだろうなあ。いやあ、マトモだな。ちゅばきも、芦屋の両親からは「こんなヤクザなことをさせるために、聖心まで出したのではない。はよ、こっちに戻ってきて、見合しろ」と言われておるんかもしれんが、足腰を鍛えるのに、絶好のチャンスだな。なかなかこのテのネタってのは、取材したくても、できんからなあ。ただ、本気で入り込んだら、間違いなく、婚期は逃すなあ。コイツが、東大、早慶、一橋、上智卒だったら、「もともと、キャリア志向なんだろうから、ウジャウジャ抜かすんぢゃない!」と一喝してオシマイなんだが、聖心卒にそういうことを言っていいんだろうかと、真剣に考えるよなあ。

 #ワシと一緒に「88年入社・大毎社会ブのエース」だった、小倉孝保が『柔の恩人━━『女子柔道の母』ラスティ・カノコギが見た世界』で、小学館のノンフィクション大賞を受賞しておったなあ。ただ、アマゾンで調べてみたんだが、載っておらんのだよな。まだ、単行本化されておらん、投稿作品ってことかよ? そのラスティ・カノコギとかいう、NY生まれのユダヤ人の伝記らしいな。小倉はNYに3年ぐらいはおったんかいなあ。戻ってきて、竹橋で外信ブのデスクしておるから、要はローテーションの仕事なんで、その合間を見て、執筆時間を捻出しておるんだろうな。それよりも、さっき、検索して初めて知ったんだが、『大森実伝 アメリカと闘った男』ってのを自分んとこの社から、今年に入ってから出しておったんだな。NY勤務中に、何度か会うて、インタビュー記事を書いておったからな。ワシ的には、むしろ、こっちの大森実伝の方が興味ある。ま、ラスティ・カノコギ伝ってのは、所詮、ヒマダネの世界だからなあ。大森実伝については、本人が亡くなった後、遅過ぎるとはいえ、ああやって、「泥と炎のインドシナ」の連載で、満塁ホームランを連発したエース記者を、石を投げつけるがごとく追い出したことへの、名誉回復の側面はあるだろう。賞を出すとすれば、本来であれば、むしろ、こっちの方だろう。

 #もう少し、本題の「1Q84」の続きになるが、大学の同級生の持田有紀子と喋っておって、「江口君、税理士になったのよ、知ってた?」と知らされ、「いよいよ、そうか」とワシ。江口君といっても、世間的にはほとんど無名の人間だが、彼も同じ慶大シンブン研で、現代社会論の山岸健ゼミの仲間だ。彼とワシと、生涯での親友というか、本当の意味での「心の友」で、彼も政治だったんだが、所属が内山秀夫ゼミで、学生時代は、相当、左傾化っていうか、極左だったんだ(笑)。しかし、彼との付き合いを通して、本当に多くのものを学んだ。特に、「弱者に対するまなざし」や「公平配分の思想」というのは、イタリアの左翼思想に精通していたこともあって、アントニオ・グラムシは、彼に教えてもらった。もし、彼と出会ってなかったら、自分はもっと偏った、尊大極まりないだけの人間でしかなかっただろう。
 ここ何年、大きな理由があったわけではないが、お互い、音信不通の状態に入っていて、でも、税理士試験のことは気になっていたので(昼間の仕事をしながらだから、とても大変。結局、5科目を取るのに、10年以上かかったと思う)、「税理士合格」の報を聞いて、うれしく思った。アレは合格発表が12月なので、おそらく、今年の3月で勤めを辞めて、税理士の道をスタートしているのだと思う。と思って、何げなく、彼の名前で検索をかけたら、ツイッターで引っかかって、どうも、最近になって始めたようだ。
 「江口進@alfa155forever」で出てくる。このアドレスで間違いない。なぜなら、「alfa155」ってのは、彼がずうーっと乗っていたアルファ・ロメオの型番だからだ。ワシは「真紅の恋人」「イタリアの暴れ馬」と呼んでおったんだが、彼がまだ、税理士試験の勉強を始める前の、30代前半までのハナシだが、当時、彼は鵠沼海岸に住んでおって、よく、そのアルファ・ロメオで、ふたりでドライブに出かけた。箱根へも何度も行って、一緒に温泉に浸かった。だから、「上」の持田と江口は、「政治━シンブン研」のつながりで、もともと、よく知ってて、その後にワシが入り込んだっていうカンジで、持田、江口、ワシの3人でも、よく飲んだ。3人ともワインがキチガイ的に大好きで、ザルっていうか、枠っていうところだな。ワシはツイッターはせんのだが、江口と、あと、持田もツイッターをヤッておるんで、いずれも、ワシのポン友なんで、ぜひ、ツイートしてやってくれよ(笑)

 #で、ワシもいよいよ、「地デジ難民」へ突入で(笑)、要は、アナログが終了すると、「砂の嵐状態」になるんかよ? 地デジのリケンについては、他にヤラなアカンことが山ほどあるんで、ほとんど興味もなかったんだが、少なくとも、地デジ化率99%ってのは、嘘みたいで、コイツは、相当、難民が出るんだな。ただ、シンブンや週刊誌が見れんと、ワシ的には商売上は困るんだが、TVが見れんでも、ホンマ、困らんのだよ。そこが、あまり怒りがこみ上げてこん大きな理由だなあ。今、PCがなかったら、諸々、困るが、TVがなくても不便がねえからなあ。
 それはそうと、ミオパン、ある星占いの本を見たら(名前は忘れたが、書店に平積みになっておる分厚いヤツ)、ワシの誕生日の「恋人&友達」、さらに、「運命の人」ってのに、「6・29」があったぞ。どちらか片方だけでも、非常に限られておるのに、両方重なるってのは、余りにもデキ過ぎておるよなあ。だからだな、ブログの方、爪のハナシもエエが、いいか、しっかりした文章を書き込めよ。四捨五入すると、五十路になるオッサンが、恥を忍んで、コレだけ書いておるんだからなあ(笑)

 #で、アナログ終了で思ったんだが、「ITジャーナリスト」を自称しておる、ワシと88年毎日入社同期の佐々木俊尚は、何か、ツイッターで喋ってしかるべきだと思うんだが、また、全然、「ダンマリ」だよなあ。だって、『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書)を出しておるんだからなあ。別に同期といっても、あの年は、バブルの真っ只中っていうこともあって、キシャ職だけでなく、販売や広告とかも入れたら、100人以上もおったんだから、知らん奴も多いんだが、ヤツは大学がワセダだったから、東京本社管内ってことで、内定者研修でも、一緒に箱根のカイシャの強羅山荘に行っておるし、何度も書いておるんだが、そもそも、大毎社会ブ同期の永田晶子と数年前、一緒にメシ食ったとき、「それでね、古川さん、佐々木さんが、私にこんなことを言ってたの。『古川は、カイシャを辞めて、いったい、何をやってんだ?』ってね」と言われたことは、忘れられない。コイツを聞いてなかったら、ワシはここまで書いておらんからな。
 ワシの根本的なギモンは、あのウィルス作成罪を柱とする「コンピュータ監視ホウアン」が、国怪に上程されて、それが、実質シンギがゼロで、トコロ天式に成立しておるのと、全くのパラレルで、3週間もニッポンを脱出して、伊太利亜で遊び呆けておるってのが、「ジャーナリスト=報道人」で、ありうるかよ? 別に、バカンスを取るなと言っておるんではない。当然、嫁ハンに対するケアも大事だが、しかし、「タイミング」ってあるよなあ。たぶん、他の人間に言われたら、腹が立つと思うが、ワシは名指しで言える資格がある。カイシャを辞めて、ワシは、今、コレを書いておる(笑)

 #そうそう、ミオパン、その星占いの本だが、主婦の友社から出ておる『誕生日大全』だ。ワシの誕生日の「11・21」を見てみろよ。唖然だよなあ。ワシはこのテのものは、信じる、信じんっていうより、面白がって読むだけなんで、「へえー」だよなあ。でも、「お子ちゃま」であることに、甘えておるよなあ。「プロ」であれば、新人だろうと、10年選手だろうと、関係ない。

 #おっ、仏蘭西のエロ蛸ノックこと、前IMFセンム理事のストラスカーンに強姦された、NYのホテルの32歳メイドが、いよいよ、ニューズウィークに「顔出しコクハツ」かよ。電子版を見ると、「EXCLUSIVE」(=特ホウ)で、「The Maid’s Tale」で出てくるな。名前は「Nafissatou Diallo」かあ。ニッポン語読みすると、「ナフィサトウ・ディアロ」かよ。コイツはナフィ嬢とストラスカーンと、「どっちがウソをついておるか」だよなあ。本国でも、ヒガイシャが「顔出し」で喋り始めておるが、ストラスカーンの政治生命も、完全に終わったなあ。「C’est fini!」だよなあ。猿は、内心、ヤレヤレと思ってるよなあ。この際、併合シンリにして、まとめて本国で刑事コーハンできんもんかいなあ。猿、小浜とハナシをつけてだな、ストラスカーンの身柄を引き渡すよう、要求しろよ(笑)

 #そのワシの大学時代からの「心の友」である、ツイッター「alfa155forever」の彼だが、本当に久しぶりに電話で連絡を取った。お互いに、思うところがあって、しばらく、インターバルがあったのだが、今回、また、元に戻ったというより、今まで以上の強固な絆が再構築された。「縁」というのは、所詮、離れる人間とは離れるし、繋がる人間とは繋がると、そういうものなのだろう。このツイッター・コードを見て、ワシが「真紅の恋人」「イタリアの暴れ馬」と呼んでおった、あの「アルファ・ロメオ155」を手放したんだなと思って、確認したら、やっぱりそうだった。税理士として独立し、「もう、乗ることもないし、必要もないので」ということだった。ただ、驚いたのは、「もう、二度とクルマを持つことはない。あのアルファ・ロメオで終わり」と。「そこまで、愛着を持っていたのか」と、改めて、感慨に浸った。
 彼が最初に買ったのは、マツダのフェスティバで、コイツはすごく小回りが効いて、乗りやすかったんだが、1年ぐらい経ってからかなあ。決断して、赤のアルファ・ロメオを購入したのだ。新車同様で、300万ぐらいしたと思う。勿論、ローンを組んだんだが、何ていうんかいなあ、「一点豪華主義」とでもいうのか、クルマだけはこだわっておったが、それ以外は、質素もいいところで、そのクルマのために、自炊もきちんとして、生活を切り詰めておったんだな。だから、いつ乗っても、ピカピカに磨いておって、最後まで新車状態だった。その「真紅の恋人」は、ワシも運転させて貰ったが、室内の広さ、ギア・チェンジの加速から、全然、違う。「一体感」っていうか、オンナを抱くのと通じる感覚があった。だから、彼には、よく言ったものだ。ワシは、フランスでよく、クルマを借りて運転しておったんで、「このアルファ嬢は、信号機ばっかりの、こんな狭い日本でのうて、一度、あの広大なヨーロッパの大地を走らせてやりたい」ってなあ。だから、30代の前半までは、R134の江ノ島から鎌倉、逗子、葉山にかけてと、茅ヶ崎、平塚、大磯から西湘バイパスに入って、箱根へと抜ける湘南一帯は、しょっちゅう、ドライブした。でも、もう、そういうこともない。だから、ワシも「alfa155forever、青春フォーエバー!」

 #あの「ノルウェイの森」ならぬ、「ノルウェイの島」での銃乱射ジケン、死者80人超に達して、痛ましいとしか言いようがないが、犯人は極右の32歳男で、現・労働党政権のムスリムをはじめとする移民受け入れ政策がケシカランってことで、ターゲットは、その島での党の集会に出席しておった元首相だったってんだよな。その意味では、まさに政治テロだが、生い立ちとか、人格形成とか、もう少し、じっくりと調べる必要があると思う。ワシは、仏蘭西おたくなんで、FNの跡目を継いだルペンの娘のマリーヌは、今度のジケンについて、どう思っておるのか、それは知りてえよなあ。そんな通りいっぺんの内容でのうて、はらわたの底を抉り取るようなホンネが知りてえなあ。ヨミの三井美奈は、何しておるんだろうなあ。もう、バカンスに入って、遊び呆けておるんかいなあ。

 #何気に、昔の仏文時代の同級生のおねえちゃんの名前を思い出しながら、検索しておったら、ヤフー経由でアマゾンへ飛んで、「堀内紅子(ほりうち・もみこ)」で引くと、福音館書館から、フランスの童話の翻訳を何冊も出しておるなあ。最新刊は『わたしの世界一ひどいパパ』っていうことで、たぶん、狭い業界なんだろうから、知ってる人は知っておるんだろうなあ。向こうは、ワシのことを覚えておるかどうか、4年のゼミは同じではなかったが、1年の日吉の語学は、確か、同じクラスだったし、彼女は仏文では存在感があったっていうか、少しクセがあったな。仏語力は優秀だった。原典購読の授業でも、いつも、スラスラと訳しておった。そんなに洒落っ気があるカンジではなかったが、センスはよかった。仏語に対するこだわりがあるんだろう。いい仕事をして欲しいね。
 あと、もう一人、「ミス仏文」っていうか、当時、『Can Cam』の読モにも出ておって、ワシらの時代でいうと、二谷友里恵を100倍キレイにしたおねえちゃんで、たぶん、身長も170cmを超えておって、そのへんのプロのモデルなんかより、全然、スゴクて、「ミス慶応」に出ておっても、間違いなく、通っておったと思う。最近、ひょんなことから、消息が分かって、ま、向こうは社交辞令のツモリで、「近くにお寄りの際は、いつでもおいで下さい」とメールを打ってきたんだろうが、あるタイミングで、その勤め先に訪ねていったことがあった。このコは、全然変わってないっていうより、さらに、もっと、キレイに磨きがかかっておって、正直、ビックリしたあ。年甲斐もなく、胸がキュンとしてしまった(笑)。慶応ガールは、なかなか、面白いコが多い。

 #で、「上」の続きで、もうひとり、ワシの知っておる「慶応ガール列伝」で、このコは、シンブン研の山岸健ゼミの1年後輩だったんだが、「今泉邦子」っていって、本籍は「法律」で、博士課程まで出て、今は、南山大・法の教授をヤッておる。最近は、ほとんど没交渉だが、ゼミの紅一点であったのに、酒がチョー大好きで、我々のアイドル的存在だったな。もともと、地アタマのいい子で、ちゃんと受験で入っておるんで、優秀だった。確か、高校は都立のどこかだったな。あの大学は、法学ブは「法律」と「政治」に分かれておるんだが、両者はカルチャー別っていうか、全くの別世界で、「政治」は、下からのエレベーターの巣窟で、チャラチャラした遊び人も多くて、いかにも「KO」ってなんだが、「法律」はその学科のカラーもあるんだろうが、杓子定規っていうか、マジメなのが多かった。このコも、その意味では、まさにそうだったなあ。だから、その「alfa155forever」の彼と3人で、卒業してからも、よく飲んだ。
 もうないが、シブヤの旧・安田生命ビルの、確か、20何階か、30何階ぐらいに、「木馬座」っていう、洋風居酒屋っていうか、もう少しグレードは高かったと思うが、ここで、当時、まだ、バブル全盛だったこともあって、1本1萬円もするような「シャブリ」とかを、ポンポンと空けて、よう飲んだ。このコは、酒を飲むと、チョー陽気になって、明るくて、楽しかったあ。酒は強かった。普段は、本当にマジメなコ。ワシは、法律は、全然、知らんのだが、師匠が「倉沢先生」とかいう人で、商法なんかいなあ。カノジョは手形法が専門で、院におると、論文を書かなアカンから、そのことで、いろいろと言っておったのを思い出す。実家が都立大学で、何度も、送り届けたものだ。このコは、学生には厳しいと思う。決して、「楽勝教授」ではないだろう。いい仕事をしておると思う。また、一度、集まってみたいなあ。

 #ミオパン、それでは、ワシがその笑顔に、100点満点をつけてやろう(笑)。しかし、ワシも大甘だよなあ。で、「齢25」を機に、本も読んで勉強をするって言っておったが、ちゃんと、継続しとるのかよ? 「報道志望」だったら、アピール度が、まだ全然足りんからな。今、「ミオパン」って言ったって、誰も知らんからなあ。2ちゃんんねるとかで、ウジャウジャと書き込んでおる女子アナおたくぐらいのもんだからなあ。「人事」に手を突っ込まんことには、どうしようもねえんだよなあ。番組Pのレベルで動くアンケンだから、まず、そこの目に止まらんことには、「どうしても、コイツを手元に置いて、使い倒したい」と思わせんことには、どうしようもねえからなあ。ワシの目から見ても、まだ、全然、アピール度は足りんからなあ。いろいろと食いマクって、また、ほっぺたに肉が付いてきておるから、それも落とさんとだよなあ。