「ドラゴンクエストXI」にはちょっとだけ新しくなった実家に帰ってきたような安心感がある
「ドラゴンクエストXI」

「目新しさ」、「斬新な」、「今までになかった」。表現の仕方まだほかにもありそうだ。とにかく、私たちは新しいものを高く評価したい。その分野の既成概念を覆すような作品こそが究極のクリエイティビティであると思っている。

4月11日の「ドラゴンクエストXI 発売日発表会」では本作のPS4版と3DS版のゲームプレイ映像が公開された。PS4版は家の屋根に登れるようになり、村の川に入れるようになった。これは、新しい。だが、それはあくまで「ドラクエにとって」という前置きがあって初めて言えることだ。確かに「ドラクエXI」はRPGの当たり前を見直すような作品には見えない。「はっきり言って普通のJRPGだ」と言われても、僕はうまく反論できない。

だが、そもそも「普通のJRPG」とは何か? 僕はJRPGという呼び方に違和感を覚えることがある。それは単純に日本発のRPGなのか、それとも特定の方式に則ったゲームのことを言うのか。たぶん後者よりの解釈をする人が多いだろう。

例えば「ダークソウル」をJRPGと呼ぶ人はあまりいない。だが、JRPGが「特定の方式に則った」RPGであるとするのならば、そこでまた新たな疑問にぶつかる。

その方式とは具体的にどういったものなのか。これがはっきりしない。最初に思い浮かんでくるのはターン制バトルだが、それなら「ファイナルファンタジーXV」も「テイルズ」シリーズもJRPGとは言えなくなる。結局のところ「JRPG」というサブジャンルは個々がそれぞれなんとなくもっている「イメージ」に過ぎないのかもしれない。そして、日本国内の多くのゲーマーにとって、そのイメージを代表するのがドラクエだ。


結果、ほぼ必然的に「ドラクエ=普通のRPG」という認識が持たれがちだろう。だけど、本当はそんなドラクエも自分らしい作品を目指しているだけなのではないだろうか。近年、日本の多くのIPは時代に合わせて新しい自分を探している。だが、ドラクエは今の自分に満足している。PS4の豊富なライブラリーに「ドラクエXI」のようなスケールのターン制バトルを採用した王道RPGは1本もないような気がするし、変わらないことで差別化を図っているといえる。

「ドラクエXI」は画期的な作品とはいえない。だが、シリーズとして確実に進化はしている。新しいグラフィックスがその世界により臨場感をもたらし、建物に入るときにロードが発生しないことでよりシームレスになっている。主人公は馬に乗れるようになり、モンスターたちの生活感が演出されていることでその存在にかつてないリアリティがある。どれも他のゲームがすでに実現していることだが、ドラクエは近年の進化をすべて無視しているわけではないことがわかる。

日本の古典芸能のような存在

ドラクエが「画期的でない」のは何も最近のことではない。SFCの頃からそのドット絵は他のRPGほど細やかではなかったし、シンボルエンカウントにアクティブタイムバトルといったゲームプレイの新しい試みにも挑戦しなかった。「FF7」からはCGによるストーリーテリングがひとつのスタンダードとなったが、初代PSの終盤に登場した「ドラゴンクエストVII」はSFCの頃と基本的には同じストーリーテリングの手法を用いた。豪華な声優でゲームの登場人物に命を吹き込む時代がやってきても、「ドラゴンクエストVIII」は構わず口をぱくぱくさせるキャラクターにレトロな効果音というスタイルを選んだ。

シリーズの誕生から30年を経て、基本的な戦闘システムは今も変わらない。1986年当時は斬新だったドラクエが今ではまるで日本の古典芸能のような存在になっている。そして、僕はその揺るぎない伝統こそがドラクエをドラクエたらしめるポイントだと思っている。守るべき「美しさ」があるからこそ、新しさの追求を最優先にしていない。そこには自信と余裕、そして勇気が感じられる。

「発明家」ではなく「職人」

ドラクエをプレイしながら、なんとなくシリーズの生みの親の堀井雄二に見守られているような感覚をもつことがある。「ドラクエII」のサマルトリア王子に「いやーさがしましたよ」と言われたときはニヤッと笑われ、「ドラクエV」でキラーパンサーと再会すると同情してくれているのだと感じる。作者の存在が作品を覆っているわけではなく、あくまでその作風に独特な遊び心と人情が滲み出ているという話だ。この”堀井らしさ”の上に鳥山明はキャラクターデザイン、すぎやまこういちは作曲で唯一無二の世界観を作り出し、そうやってドラクエの秘伝レシピは出来上がった。その深い味わいは絶妙なもので、だからこそ30年経ってもまだ行列のできる老舗なのだ。

時代に応じて適度に進化しつつその隠し味を守るドラクエ。新しいナンバリングタイトルをプレイするたびに、僕はちょっとだけ新しくなった実家に帰ってきたような気持ちになって安心し、刺激される。近年、日本の多くのIPはそのアイデンティティをがらっと変えるようになった。そんな時代の中、あくまで「普通のJRPG」であり続けるドラクエ。そのモノ作りの姿勢は「発明家」ではなく「職人」の哲学なのだと思う。

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FFが革新だとするとDQは伝統って感じやな

FFに関してはいろいろとチャレンジしすぎてる部分もあるけどDQは保守的ともいえるゲーム性やシステムは今のゲームと比較すると古臭いが妙な安心感がある。
アクションやシステムなどが凝ったバトルも楽しいけどDQのようなオーソドックスな戦闘も楽しい。
DQ11では一体どんな物語が展開されるのか楽しみ。


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