山本敏晴のブログ

1965年生、仙台出身。医師・写真家・NPO法人宇宙船地球号理事長。元国境なき医師団日本理事。 峭餾欟力師」という概念を提唱。企業の社会的責任(CSR)を推進。世界中で大切なものの「お絵描きイベント」を実施。著書に『世界で一番いのちの短い国』『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 『国際協力師になるために』、『あなたのたいせつなものはなんですか?』『世界と恋するおしごと』『地球温暖化 しずみゆく楽園ツバル』『「国際協力」をやってみませんか?』など

2009年03月

生き方この人 4143字

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以下は、国連NGO・世界平和女性連合の
月刊アイディアル・ファミリー(2008年10月号)に寄稿した記事です。

・・・

題名 「本当の国際協力を目指して」

・・・

冒頭のキャッチコピー:

援助する相手の状況を正確に理解し、
できることから始めていく。
それが本当に相手のためになるか、
自己満足にならないよう、反省しながら。

・・・

途上国で多く目にした
国際協力活動への疑問

 小学生の時、仙台で開業医をしていた父に連れられて南アフリカ共和国に行き、そこで目の当たりにした人種差別が、今も心に残っています。父は若くして亡くなったのでその意図を確かめようがないのですが、息子に世界の現実を見せたいと思ったのではないでしょうか。

 中学二年生の時、父に一眼レフ・カメラを買ってもらったのがきっかけで、写真を始めました。大学時代から途上国を選んで撮影していましたが、それは「他の人には撮れない写真」を撮るためでした。先進国を撮影するよりも、あまり人が行かない貧しい国のほうがインパクトのある写真が撮れるだろうという「不純な動機」で途上国に行っていたのです。

 いざ途上国に行ってみますと、結果として多くの国際協力団体の活動を見ることになりました。しかし、そうした団体の行っている活動に、「大きな疑問」を感じることが多かったのです。それから私は、「本当に意味のある国際協力とは何だろう?」と考え続けるようになりました。

・・・

未来に残らない援助
近代文明の押し付け

 例えば「ばら撒き型の援助」です。お金や食料を渡しても、食べてしまえば終わり、使ってしまえば終わりで後に何も残りません。これでは意味のある国際協力にならないでしょう。

 学校や病院を作り、そこに「自分の名前」をきざんで満足する方も多いようですが、はたしてそれは意味のある援助なのでしょうか?学校や病院の建物を建てるのは、途上国の場合、三百万円前後の資金があれば可能です。しかし、その学校や病院をずっと維持していくためには、その十倍以上のお金がかかり、スタッフの教育をして教育や医療の「質」を高めていく努力も必要です。

 私が見た中で一番ひどいケースは、高価な医療機材の援助です。一台五千万円くらいするCT(コンピューター断層撮影装置)をポンと途上国にあげる。援助された側は、最初喜びますが、機械は二年くらいで壊れることが多い。しかし途上国では修理する方法がないので、粗大ごみになってしまう。

 このように、未来に残る援助をするには、「持続可能性」もセットにする必要があるわけです。そこまで考えないと意味のある国際協力とは言えない。私の場合、医療援助を行う場合、自分たちが撤退するまでにその国の医師や看護師を育てあげ、私達がいなくても病院が未来永劫維持できるようにしてから日本に帰るようにしています。

 もう一つ重要なことは、現地の文化と宗教を否定してはいけない、ということです。欧米にはキリスト教を背景とする団体が多いですが、イスラム教の国とは考えが合わないことがあります。

 また、そもそも援助してあげようという途上国にも、調べてみると日本と同じくらい長い歴史があることが多いのです。決して「野蛮な」国ではなく、独自の発展をとげた素晴らしい国である、と気づくことがあります。そうした気持ちを忘れないように、私はどの国で支援をする時も、その国の言葉を覚えるようにしています。それが、その国に対する最低の礼儀だと思っています。

 国際協力をする上での最も本質的な問題は、自己満足で活動している人が多い、ということです。途上国の人にお金や食料をあげれば喜ぶに決まっている、と考え、それによって、「笑顔が返ってくれば、私は幸せ」という人がかなりいます。もちろん、そういう考え方を完全に否定することはできませんが、未来にわたってその活動が本当にその人のためになるのか、考える必要もあるのではないでしょうか。

・・・

国際団体で活動を始め
やがて自ら団体を設立

 私は医師になってから大学院で医学博士を取ったのですが、幸い最初の二年間で論文を書き上げたので、その後、写真を撮りながら途上国を歩いて回り、国際協力の理論を深めることができました。

 当時の私には自分の団体を作る能力はまだなかったので、二〇〇〇年くらいから幾つかの国際協力団体に入り、スタッフとして活動を始めました。大手の団体に入って活動する中で、「有名な団体でも、こんなにひどい援助をしているのか」と知り、最初は組織の中から改革しようと思いました。ところが、大型団体の多くは欧米に本部があるため、日本人の一理事がいくら騒いでもどうしようもなかったのです。二年くらい努力しましたが、結局あきらめて自分の団体を立ち上げることにしました。

 二〇〇四年に「宇宙船地球号」という名前で東京都からNPO法人の認証を受けました。宇宙船地球号は、NPO法人と言うよりも、本当に意味のある国際協力を提言する「シンクタンク」(政策提言団体)に近いでしょう。様々な国際協力団体たちに、どのような国際協力を行っていくのが望ましいかを進言するのが、宇宙船地球号の役割だと思っています。

 また、私の考え方の中で、最も根幹を成すものは、「自分の行っている活動や、自分の所属している団体の行っている活動が、本当に意味のある国際協力をしているのか?」を徹底的に疑うことです。いい意味で、自分自身を疑い続け、常に自分の行っているプロジェクトを改善しようと努力する。絶対に「自己満足」に陥らず、途上国の人々の未来にとって、本当に意味のある国際協力とは何か、を考え続けること。このことこそが、国際協力を続ける上で、最も重要なことではないか、と私は思っています。

・・・

プロとして援助を行う
「国際協力師」

 宇宙船地球号は、プロとして(職業として)国際協力を行う「国際協力師」の育成を行っています。国際協力は、実は、ボランティアとして行うものだけではありません。仕事として、給料を得ながら続けていく方法もあります。具体的には、国連職員、国際協力機構(ジャイカ)職員、開発コンサルタント会社職員などが、それにあたります。

 こうした場所に就職しますと、日本人の平均年収よりも多くの給料を得ることができ、派遣された国によっては年収が一千万円を超えることもあります。就職先として、十分成立するのが、国際協力という「場」なのです。

 もちろん、この「国際協力師」になることは、そう簡単ではありません。 ̄儻賣蓮TOEFL 600点程度以上)、大学院修士(またはそれと同等の専門性の証明)、F麈以上の海外での勤務経験、という三つの条件が必要になります。

 こうした状況を一般の人があまり知らないため、私は二〇〇四年ごろから啓発活動を始めました。新聞やテレビで取り上げて頂き、二〇〇六年からは文部科学省との連携授業を小中学校で行うようになりました。プログラム「世界に目を向ける子どもたちの育成」といいます。

 「消防士、警察官、看護師、弁護士、医師などのように、人々を助け、社会の役に立ち、自分の生活も支えられる職業として、国際協力師、というものがあるんです。みなさんの将来の選択肢の一つに、加えてみて下さい。」

 こうした活動を続けていたところ、二〇〇八年の六月に、外務省が国際協力士の国家資格化を検討しだしました。私のやってきたことが無駄ではなかったのではないか、シンクタンクとして政府を動かしたのではないか、と感じております。

・・・

子供らが描いた絵で
途上国の実情を知る

 「世界に目を向ける子どもたち」を育成するためには、まず、なんらかの「きっかけ」が必要です。この「きっかけ」を与えるために、当法人は「お絵描きイベント」というものを行っています。

 これは、世界中の子どもたちに「あなたの大切なものは何ですか?」という質問をし、それを絵に描いてもらう、というイベントです。絵を描いてもらうだけではなく、絵を描いた子の家まで行き、どうしてその子が、それを大切だと思うようになったのか、という社会背景を綿密に取材しております。

 世界中の子どもたちが描いた大切なものの絵は、時にその国の「社会的な問題」を表現していることがあり、世界の現状を知るための「きっかけ」になる、と私は考えています。その国の社会に隠されている、貧困、差別(女性や少数民族など)、紛争、学校がないこと、病院がないこと、環境問題などが、如実に絵として描かれてるのです。

 世界には192の国連加盟国がありますが、現在まで67カ国でのお絵描きイベントを終え、すでに二万枚以上の絵を集めました。この素材を使って、全国各地で授業や講演、展覧会や映像作品の上映を行っています。

・・・

持続可能な社会の姿を
妥協しないで求めたい

 「本当に意味のある国際協力」はとても難しいものです。自分自身の自己満足を許さないことだから、です。常に自分自身を批判し続け、かといって、決して極端な考えに走らず、中庸で現実的な路線を目指していく。

自己満足を許さないため、精神的なバランスをとるのも非常に難しい「生き方」です。でも、私は「非常に難しいからこそ、面白い」と考えています。世界の様々な文化や考え方に触れることによって、自分自身の内なる世界が広がっていく。そして私自身が「進化」してゆくのです。

 本当に意味のある国際協力について、いろいろ考えてきましたが、私の代では分かりそうにない、とも考えています。でも、私がこれまで勉強したことを若い世代に伝えることにより、そうした人々の中から、近い将来、「真の国際協力」を考え出し、かつそれを実行してくれる人が現れることを、願っています。





仮面をかぶった少女 3144字

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むかしむかし、

あるところに、みゆうちゃん、という素直な女の子がいました。


ある日、学校で、絵を描く授業がありました。

となりにいたお友だちの描いた絵は
あまり上手ではありませんでしたので、
みゆうちゃんは、言いました。

「お絵描き、あまり上手(じょうず)じゃないんだね。」

となりにいたお友だちは、
ちょっと怒った顔をした後、
悲しそうな顔をして、黙ってしまいました。

その子は、もう口をきいてくれなくなりました。


みゆうちゃんは、思いました。

「思ったことを言っちゃ、いけないんだ。

 あたしが、そう思ったのは、本当なのに
 それを言っちゃ、いけないんだ。

 もう、これからは、
 お外に出たら、黙っていることにしようかしら?

 でも
 ずっと黙っているわけには、いかないから
 学校にいる間は、
 「違うあたし」でいようかな。

 だれかの真似(まね)をして、
 お遊戯(ゆうぎ)をしていればいいんだわ。

 誰の、真似(まね)をしたら、いいかしら。

 そうね。
 この学校で、「いい子」だって言われている子、
 友達の多い子、先生から誉(ほ)められている子の、
 真似をしよう」


・・・

ある日、みゆうちゃんは、家にいました。

その日の夕食で、お母さんが作った夕食を食べましたが、
あまりおいしくありませんでした。

みゆうちゃんは、言いました。

「お母さん、今日のご飯、あまりおいしくないよ」

お母さんは、「ごめんね」と言った後、
悲しそうな顔をしました。


みゆうちゃんは、思いました。


「お外だけじゃなく、お家(うち)でも
 本当のことを言っちゃ、いけないんだ。

 お家(うち)でも、誰かのマネをしていよう。

 誰のマネをしようかしら?

 テレビに出てくる、優しそうな女の子、
 お母さんに好かれている子の
 マネをすればいいんじゃないかしら。」


みゆうちゃんは、家でも「お遊戯」を続けることにしました。

学校にいる時とは、違う人のマネをして。


・・・

ある日、みゆうちゃんは、大人(おとな)になりました。

会社で働き始めました。
忙(いそが)しい会社でした。

どんどん、仕事をしなければいけません。

会社が、お金をいっぱい儲(もう)けるようなことを
次々にやらないといけません。

がんばって仕事をしないと、
首(くび)になってしまいそうです。


みゆうちゃんは、
会社にいる人たちの中で、
「仕事のできる女」
と呼ばれている人の、真似をすることにしました。


これまで、
みゆうちゃんは、ずっと演技ばかりをしてきたので
上手に演技ができるようになっていました。


・・・

ある日、みゆうちゃんは、恋をしました。

素敵な男性が、みゆうちゃんの近くにいたのです。

みゆうちゃんは、なんとかその人に
気に入られようとしました。

でも
どうしたらいいか、わかりません。

お友だちからいろいろ話を聞いて
その男性が好きなこと、好きな食べ物、好きな音楽など
たくさん調べました。


みゆうちゃんは、
その男性に気に入られるような女の子になるための
演技をすることにしました。


みゆうちゃんの演技は、
とっても、上手でした。


・・・

みゆうちゃんは、結婚をしました。

やがて、子どもが生まれました。

子どもが生まれると
子どもが、一番大切になりました。

ですので、
もう、

結婚した旦那さまのために
演技をしようとは、あまり思わなくなりました。


代わりに、
いいお母さんになる演技、
近所のお母さんたちから、いい人だと思われる演技を
することにしました。


・・・

やがて、みゆうちゃんの子どもは、大きくなり、
あまり手がかからなくなりました。

みゆうちゃんは、時間がいっぱいできました。

でも、
何をしたらいいか、わかりません。

どうしたらいいか、わかりません。


みゆうちゃんは、
次に、誰のマネをしたらいいのでしょうか?


いいえ、いいえ、違います。


みゆうちゃんは、
本当の自分が、何をしたかったのかを
考えなければいけません。

みゆうちゃんは
これまで付けてきた様々な
「仮面」
をはずし、本当の自分を
思い出さなければいけません。


いったい、みゆうちゃんとは、
「誰(だれ)」だったのでしょうか?


・・・

そんな時、
みゆうちゃんは、テレビで
「外国でボランティアをしている人」の
番組をみました。

その人は、
とても輝いているように見えました。

その人は、言っていました。


「日本にいても、何をしたらいいか、わからなかったので、
 貧しい国にきて、自分にできることを見つけたかったんです。
 自分探し(じぶんさがし)のために、途上国に来ました。」


みゆうちゃんは、
自分と似ているな、と思いました。


・・・

みゆうちゃんは、外国でのボランティアに
挑戦することにしました。

貧しい人を助けて
その笑顔をみたい、
ということもありましたが、

それ以上に
本当の自分を見つけたかったのかも
しれません。


あ、もしかすると、

今まで自分が演じてきた
「近所のお母さんたちから、いい人だ」
と思われるような
演技をしている自分が、もう嫌(いや)になり、

その場所から、逃げ出したかった
のかもしれません。


だって、
みゆうちゃんのことを誰も知らない
外国へいけば、

みゆうちゃんは、
本当の自分に出会えるかもしれないからです。

また、
もし、本当の自分に出会えなくても、
そこで、みゆうちゃんは、「新しい仮面」を付け、

どんな「新しい演技」だって
することができるのですから。


・・・

その後、何年かが経ちました。


外国でのボランティアの世界も
会社や、学校と同じような
めんどくさい「社会」でした。

いろいろな人がいて、
ケンカをしたり、
悲しんだりする、
ふさぎこんだりする
社会でした。

長く続ければ続けるほど、
みゆうちゃんは、それがわかるようになりました。


ですので、

結局、
みゆうちゃんは、
今も、演技を続けています。

演技をしないと、
まわりの人とうまくやっていけない、

うまくやっていけないと、
結局、自分が傷ついてしまう。

傷つきたくないから、演技をする。
この繰り返しです。


ああ・・

みゆうちゃんは、
いつか、本当の自分に出会える日が
来るのでしょうか?


そもそも、
みゆうちゃん、とは、何ものなのでしょう?


・・・

みゆうちゃんの名前は、
漢字で書くと、
「心結」(みゆう)と書きます。

心を結ぶ、と書くのです。


これまで、みゆうちゃんは、
たくさんの人を、演じてきました。

たくさんの「仮面」をかぶって
演じてきました。


でも、
その仮面を選んだのは、みゆうちゃんです。

その仮面を作ったのも、みゆうちゃんです。


学校にいる自分は、こういう部分をより強く出したらいい。

家にいる時は、こんな表情を見せたらいい。

会社にいる時は、ここでがんばって力を出そう。



結局、どの仮面も
みゆうちゃんの中に、もともとあった
「長所」
を、強調して、できあがったものだったのです。


それによって、結果的に
「短所」
を見えなくする。見えにくくする。


それが、
(みゆうちゃんがこれまで作ってきた)
「仮面」の正体でした。


・・・

つまり、すべては、みゆうちゃんだったのです。
全ての仮面は、みゆうちゃんから、生まれたものでした。

これまで、みゆうちゃんが作ってきた仮面、
これから、みゆうちゃんが作っていく仮面。

それらを全部、
心の中で、つなぎ、組み合わせてみましょう。


むかし、むかし、

みゆうちゃんの、お母さんが
願いを込めてつけた名前
「心結」という文字のように。



ほおら

だんだん

本当の、みゆうちゃんの姿が、見えてきましたよ。


昔と変わらない、素直な心の女の子です。


もし、
変わったところがあるとすれば
それは
「長所」の数が、増えたことかもしれません。


「仮面」の数と同じだけの「長所」が。


きっと。





・・・・・
・・・・・


補足:

心理学の用語で、
「ペルソナ」というものがある。

「仮面」のことだ。

人間が、その社会に適応するために
意識的または無意識的に、
なんらかの別の人格を演じる、ことを言う。

もともとは、
カール・グスタフ・ユングという
心理学者が唱えた概念である。


で、
私自身、多数のペルソナをもっている。

医者として、
国際協力師として、
写真家として、

家にいるとき、
友だちと会っているとき、
講演をしているとき、

その他、もろもろあり、
少なくとも、10種類ぐらいのペルソナを
私はもっている。


時と場合により、
会う相手により、
使い分けている。

意識的に、または、無意識的に、
ペルソナは私の顔に、はりつく。


どれも、私であり、
どれも、私ではない。


いったい、どれが本当の私なんだろう?

もちろん、その答えは、
永久に見つかるはずはないのだが、

とりあえず、
その疑問に自分なりの決着をつけるために
今回のような話を書いてみた。


みなさんの心に、どう映った(うつった)か
わからないが、
なにがしかの参考にして頂ければ幸いだ。


また、
実は、最初、
(私は、基本的に暗い性格のため)
この話のエンディングを、暗い内容で描いた。

しかし、
これを読む皆様に、
後味が悪すぎるのも、失礼だろうと考えなおし、
上記のような、肯定的な内容に書きかえた。


最初の、バッド・エンドを書いたのも、
次の、ハッピー・エンドを書いたのも、

どちらも、私の心の中に眠る、「ペルソナ」である。


最後に、
有名な、シェークスピアの台詞(せりふ)を
紹介しよう。


「人生は舞台、人は役者」





キスの香り 1611字

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好きだった女性はいろいろありましたが、
報われたことはほとんどありません。

しかしながら、懸命の努力により
うまくいきかけたことがあります。


その女性は、なお子さんといいました。
瞳が大きく、鼻の小さい人でした。


社会人になって
ちょっとお金が入るようになったこの頃の私は、

女性とデートするときは
当然自分が(食事の代金を)奢る(おごる)ものと
思っておりましたので、

彼女との食事では
全て私が支払っていましたし、

また評判の良い店を調べて
かたっぱしから連れていってあげたりしていました。

このほか、欲しいというものもなんでも買ってあげ、
電話で呼び出されれば
夜中でも車で迎えにいき自宅まで送りました。


いわゆる、当時はやっていた言葉でいいますと

「めっしー君」(ご飯を奢ってくれる男性)であり、
「みつぐ君」 (プレゼントをくれる男性)であり、
「あっしー君」(車で送ってくれる男性)であったわけです。


今、考えてみると非常に愚かなことをやっていたわけですが、
好きになってしまうと一方的に奉仕してしまうのは
あまりモテたことがないだけに、
いかんともし難(がた)いことでした。


しかも「なお子さん」の大きな瞳で見つめられると、
「いいえ」とはいえない
想いがそこにあったのです。


さてもう一つの流行後に、

「キープ君」 (彼氏にふられた時のためにキープしておく男性)

という言葉がありましたが、どうやら私はこれにもあてはまって
いたようでした。


私は基本的に「なお子さん」のカラオケ友達として付き合っており、
彼女には他に彼氏がいることを知っていました。

それでも彼女が好きだったので、
こうして時々カラオケに一緒に行ってくれれば、
私は、それだけで
十分幸せだったのです。


そんなある日の夜、なお子さんから電話がかかってきました。


「・・・ふられちゃったの。
 迎えにきて欲しいの。

 今夜付き合ってくれる?
 今日、帰らなくてもいいの。」


これには、ぶっとびました。

このような機会が自分に訪れるとは思ってもいませんでした。
こんな言葉はテレビドラマの中にしか存在しないと思って
おりました。

あまりのことに、とるものもとりあえず、彼女を迎えにいきました。
夜の首都高を150km/hで走り向け、
彼女のもとへ飛んでいきました。

彼女は私の車に乗り込むと

「お酒、飲みたいの。」

といいました。

私はまず新宿のホテルのパブに連れていきました。
彼女は、ひとしきり愚痴を話した後、
妙に色っぽい瞳で私を見つめるようになりました。

わたしの心の中で、悪魔がささやきだしました。

(これは、いけるかも・・・・・)


私の部屋に行くか、ときくと、なお子さんは大きな瞳を
こちらに向けて、あっさり「うん」といいました。

私の心臓はドッキン・ドッキンと高鳴り、
掃除しておけばよかった、とか、
トイレは綺麗だっけ、とか、
エッチなビデオは片づけたっけ、とか、
さまざまな雑念で頭がいっぱいになりました。


私の家につくと、彼女はこういいました。

「お酒、ある?」

私はとっておきの、カミュのXO(エックスオー)を
取り出し、彼女に与えました。

彼女はそれをハイペースでロックであけていきました。
テレビをつけ、とりとめのない話しも底を尽きたころ、
会話がとぎれました。


なにかいつもと違うムードが部屋に漂いました。

私は、これはいよいよ彼女を口説くチャンスと思い、
なんと言って告白しようかと、脳味噌を
フル回転させました。


彼女はそんな私の考えを、知ってかしらずか
静かに下を向いておりました。


そして・・・



なお子さんはゲロを吐きました。

飲み過ぎて気持ち悪くなったようでした。


私は朝まで彼女を介抱しました。

(注: 私は、一応、医者のはしくれ・・)


翌朝、さっぱりした顔で元気になった彼女を
私は車で自宅まで送ってあげました。


別れ際、なお子さんは

「ごめんね・・・」

とつぶやき、初めてのキスをしてくれました。


ずーっと、あこがれていた、なお子さんとのキス。

そのキスは、


かすかに



「ゲロの香り」がしました・・




なにか困っていることありますか? 1411字

.
春は、健康診断の季節である。

私は、会社や大学から(個人的に)依頼されて
社員や学生の健康状態をチェックすることがある。

(注: この件に関し、宇宙船地球号の事務所に
 電話やEメールで、問い合わせをしないで下さい。
 NPO法人としては、日本での健診活動はやっていません。)

普通は、問診(もんしん)と診察。
場合によっては、
胸部レントゲン、心電図、血液検査などいろいろやる。

・・・

私が診察をするパターンは、
以下のような感じである。


山本 「はい、次の方、どうぞー」

A子 「お願いしまーす」

山本 「服、そのままでいいですよ。
    首のすぐ下の、一番上のボタンだけ、はずして下さい。
    じゃ、最初、心臓の音、ききますね。」

A子 「はい」

山本 「・・・心臓の雑音と、不整脈はないようですね。
    次に、目の、瞼(まぶた)で、貧血があるかどうかみますね」

A子 「はい」

山本 「ちょっと、赤い色が、うすいですね。
    ふらつきとか、めまいとか、倒れたこととか、ありますか?」

A子 「ないでーす」

山本 「そうですか。
    では、もし、そういう症状がでるようでしたら、
    血液検査を受けて下さいね。」

A子 「はーい」

山本 「次、首のリンパ腺と、甲状腺をチェックします。」

A子 「こうじょうせん?」

山本 「体重などをコントロールする、ホルモンを出す器官です。
    ここです、ここ」

A子 「・・く、くすぐったーーい!(笑)」

山本 「ええと、大丈夫のようですね。
    診察上は、特に、問題ないようです。」

A子 「よかったぁー」

山本 「では、次に、病気の既往歴(きおうれき)をおききしますね。
    今までに、大きな病気をしたことはありますか?」

A子 「ないでーす」

山本 「今、治療中の病気は、ありますか?」

A子 「花粉症の薬、飲んでまーす」

山本 「そうですか。・・(カルテ記入中)・・」


ここまでは、いいのだ。

問題は、ここからである。
私は、
その人が現在持っている「健康上の」問題点をききだすために
次の質問をするのだが、
世の中には、いろいろな人がいる。


山本 「ええと、では、今、
    何か、困っていることはありますか?」

A子 「・・ええと、
    あ、
    お金がないでーす(笑)」

山本 「いや、あの、そういうことじゃなくて・・(苦笑)」

A子 「じゃ、特にないでーす(笑)」


・・・

これは、まだ、いいほう。

他にも、いろんな人が来る。


・・・

山本 「どこか、(具体の)悪いところは、ありますか?」

B男 「頭です。」

山本 「えっ」

B男 「おれ、頭が、悪いんです」

山本 「そ、そうですか。」

B男 「なんとか、して下さい(笑)」

山本 「うーーん・・」


・・・

山本 「どこか、悪いところ、ありますか?」

C男 「顔」

山本 「は?」

C男 「顔です(笑)」

山本 「・・・」


・・・

山本 「何か、困っていること、ありますか?」

D子 「・・・ないんです」

山本 「ん?」

D子 「生理が、ないんです。」

山本 「そ、そうですか。」

D子 「・・どうしたら、いいでしょう?」

山本 「えっと、・・(以下、長時間の説明)」


・・・

山本 「何か、困っていること、ありますか?」

E子 「・・・・・(暗)」

山本 「・・・・・?」


E子 「・・・・・それを話したら、

    あなた、なんとかしてくれるんですか?(暗)」


山本 「い、いや、たぶん、か、可能であれば」

E子 「・・わたし、・・・(暗)」

山本 「は、はい?」

E子 「・・・・・・・・・・・(暗)」

山本 「・・・・・・・・・・・(困)」


・・・

こんな感じで、私は、今日も、
健診をやっている。

(春の間、だけだけど。)


みなさん、
あまり、医者を、困らせないで下さいね。


というか、
いじめないでねっ!


今度、会社や学校の健診を受ける時、
来た医者に、こんなこと言って、困らせてやろう、
とか、
思っちゃだめだよぉー!




時(とき)を数えぬ世界 2563字

.
ある朝、目覚めると、
私は、「その部屋」の中にいた。

部屋には、ドアがなく、窓もなかった。


「閉ざされた世界」だった。


天井で、煌々(こうこう)と照明が光っており
この狭い空間を、照らしていた。



最初、私は、恐怖した。

この部屋から出る方法を捜したが、
どこにも出口はなく
最終的に、私はあきらめることにした。

恐怖を忘れるため、
もう、それを考えないようにした。


私は、まわりを見回し始めた。


・・・

この部屋には、時計がなかった。

時計がないので、
今、何時なのか、わからない。


照明は、煌々と光り続けている。


部屋の中央には、
水と食料がいっぱいあり、
当分、飢え死にすることはなさそうだった。


私は、腹が減ると、それらを喰い、
眠くなると目をつむって寝る、
そんな生活をつづけた。


・・・

ある時、私は気づいた。
時計に代わるものがあることを。

それは、私の手首にある
「脈(みゃく)」だった。


脈は、だいたい1分間に60回のはずなので、
それを数えれば、1分の長さがわかることになる。

私は、
左の手首に指をあて、脈を数え続けた。
起きている間、ずっと。


することが何もないこの部屋の中で、
時々、襲ってくる、
えたいの知れない不安から逃れるために、
私は数え続けた。

不思議なことに、脈を数えていると、
私の心は穏やかで、安定しているようだった。


何かをする、それが大切だったのかも、しれない。


・・・

ある時、私は気づいた。
変化しているものがあることを。

この部屋には、鏡がなかったので
私は、自分の姿が、
少しは変化したのか、変わっていないのか、
よくわからなかった。

実は、もう既に何か月も経って、
私は少し、老いているのではないのか?

そんな疑問に答えてくれたものは、
私の手の
「爪」
だった。


部屋の壁しか見えない世界で
たった一つ、変化してゆくことが見えるもの。

それが、私の爪。


爪がある程度、伸びたところで、
私は、爪を壁にこすって、研(と)いだ。

研がれた爪のカスは、
床にその破片と粉を撒き散らし、
塵(ちり)になり、
やがて
空気に溶け、見えなくなった。


・・・

ふと、違和感を感じた。

床が、動いている気がする。
いや、はっきり動いている。

時に早く、時にゆっくり、
この部屋の床は、動いているようだ。



この部屋は、なんらかの「乗り物」の中にある部屋だったのだ。


ふと、
私は、昔読んだ、
アインシュタインの「相対性理論」を思い出した。

彼が言うには

速い乗り物に乗った場合、
その中の時間の流れは遅くなり、
逆に
遅い乗り物に乗った場合、
その中の時間の流れは速くなる。

光速に近い乗り物に乗った場合、
その中の時間は、ほとんど止まる、という。


私は、
起きている間、自分の脈を数え、
時間を計っていたのだが、

このことを知ってから
その「数えること」を止めてしまった。

だって
この部屋は動いており、
しかも、
そのスピードをどんどん変えている。

ということは、
この部屋の中で流れている時間は、
ぐにゃぐにゃで、
刻一刻と、その流れる速さを
変えているはずだ。

だから、
もし私が時間を計ろうとしても、
「正確な時間」など測れそうもない、
と感じた。


結局、
時間など、意味がない。

そう、思ったのだ。


・・・

何か、やることを捜していた日、
この部屋に、紙とペンがあることを知った。

私は、
私が、今、感じていることを
記録することにした。

私が、今こうして考えている
様々な思いを、「書く」ことにした。


他にすることがなかったからだ。


今の私にとって、
何もすることがないことが、
一番の恐怖だったのかも、しれない。


・・・

私は、思う。
時間とは何か、ということを。

この部屋では、
時間は、脈を数えることによって
初めて、それが流れている、ことがわかるようになった。

数え始めなければ、時間など、存在しなかった。


昔の日本人は、

梅が咲いてから、次の梅が咲くまでを、
1年、と呼んだ。

太陽が昇ってから、また太陽が昇るまでを、
1日、と呼んだ。


私は、

脈が、次の脈をうつまでを
1秒、として数えていた。


つまり、時間とは、
なんらかの
「繰り返し起こっている現象」

「数える」
ことで、はじめて生まれる概念なのだ。


誰もそれを数えなければ、時間など、存在しない。


だから、

今、「この部屋」の中には
時間は、存在しなくなった。

だって、
だれも「繰り返し起こっていること」を
数えていないのだから。


・・・

私にわかっていることは、

目の前に、
「この部屋」という「空間」があり
そこに「時間」が、かつて、あったこと。

また再び、
(誰かが)
「繰り返し起こっていること」を
数え始めれば、「時間」は動き出す。

しかし
時間があろうがなかろうが、
時間の流れが速くなろうが、遅くなろうが、
間違いなく

「爪は伸びてゆく」
という
「変化」を、私は見てとることができる。


私は、この三つのこと、
すなわち、
「空間」と「時間」と「変化」のことを、
記憶し、記録しようと思う。



なぜ、私が、この部屋にいるのか、

なぜ、私は、生きているのか、


それを、知るために。



・・・
・・・


目覚めると、
私は、元の世界に戻っていた。

朝だった。

空の上で、煌々(こうこう)と太陽が光っており
この世界を、照らしていた。



もうすぐ、いつものように
出かけなければいけない。

時計がそれを教えてくれる。

顔を洗い、食事をして、服をきる。
そして、社会へ出かけていく。


ああ、そうだ。

これこそが
「同じことの繰り返し」だ。

懐かしい、いつもの「繰り返しおこる現象」だ。


そして、それを、自動的に
「数えて」
くれるのが、時計と暦(こよみ)。


だから、

だから、「この世界」には
時間があるのだな。

そして、時間が流れてゆくのだな。


・・・

そういえば、
誰かがいっていた。

昔、ビックバン、という宇宙の始まりがあり、
何かが爆発して、その破片から地球が生まれた。

爆発の勢いは、今だに止まっておらず、
だから、地球は、
今も、ものすごい速さで宇宙を飛んでいるのだという。

地球は、太陽のまわりを公転しているために、
ビックバンで、吹き飛ばされている方向と
同じ向きに(より早く)進んでいる時と
逆の方向に進もうとして、(相対的に)遅くなっている時がある。

このため、地球が宇宙を移動している速度は、
速くなったり、遅くなったりしているらしい。

と、いうことは
地球上で流れている時間も
遅くなったり、速くなったりしているはずだ。


だから、
時計やカレンダーが、
必死に「同じことの繰り返し」を数えても

この地球の上で流れる時間(の速さ)は、
どんどん変わってしまっているので、
正確な時間は、計れていないかもしれない。

もしも
ビックバン全体の「外」からながめられる
「絶対時間」というものが、存在していれば、の話だけれど。


ともかく、地球上の時間は、
ぐにゃぐにゃしている、のだ。


時間は、やっぱり、あまり意味がないのかもしれない。


なんか、
この世界は、さっきまでいた「あの部屋」に似ているな。


・・・

似ているといえば、
「この現実の世界」に、出口はあるのだろうか。


私たちは、

いつのまにか生まれ、
いつのまにか物心(ものごころ)がつき、

やがて
死んでゆく。


生まれて、「私」という意識ができ、死ぬ。
それだけ。


死ぬ、という終わりからは、逃げられない。

どこにも逃げ場はない。


そのことに、恐怖した時期もあったけれど、
最終的には、あきらめて、
それを考えないようにしたんだった。


そして私は、まわりを見回しはじめた。


・・・




そうか

なにも変わらないんだ。

「あの部屋」で起こった出来事と。





目の前に、
「空間」があり

そこで私は、
「時間」を数える。

その「時の流れ」のスピードは、
いい加減で、ぐにゃぐにゃしていて、
しかも
誰も数えなければ、時の流れは「存在」しなくなる。


それでも
「変化」は起きる。


爪は伸び続け、壁にこすられ、塵になり、空気中に広がる。

生きものは成長し、やがて死んで腐り、微生物に分解される。

高層ビルは、どんどん立ち並び、やがて崩れ落ち、瓦礫(がれき)となる。


すべては、(物理学の法則のもと)

エントロピーの増大するほうへ向かい、
(すべてが散乱していき、入り混じった状態へ向かってゆく)


やがて、
世界は、本当の終焉の時を迎える。


その中の一瞬を、見て、「記憶」し、「記録」するのが
私の役目。



やらなければ、ならない。

「書く」ことを。



私自身が、生きている理由のために。

やることがなくなり、恐怖を感じないために。



私は、
この世界で、時を数え、時を刻む(きざむ)存在であり、
同時に私は、
この世界にとらわれ、抜け出せない、哀れなもの、でもある。


私は、
「語り部(かたりべ)」であり、

私は、
「囚人(しゅうじん)」である。




この「生」(せい)という名の、牢獄(ろうごく)の中で。






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