山本敏晴のブログ

1965年生、仙台出身。医師・写真家・NPO法人宇宙船地球号理事長。元国境なき医師団日本理事。 峭餾欟力師」という概念を提唱。企業の社会的責任(CSR)を推進。世界中で大切なものの「お絵描きイベント」を実施。著書に『世界で一番いのちの短い国』『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 『国際協力師になるために』、『あなたのたいせつなものはなんですか?』『世界と恋するおしごと』『地球温暖化 しずみゆく楽園ツバル』『「国際協力」をやってみませんか?』など

2009年06月

朝鮮半島の古い時代の歴史と神話 2445字

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朝鮮の核問題を記述する上で
同国の古い歴史が関係してくるので
別項に分けて、記載しておく。


・・・
・・・

歴史その1・黒い山葡萄(やまぶどう)原人


朝鮮の、朝鮮中央放送によると、
数万年前から、朝鮮半島の平壌(ぴょんやん)の
大同江(てどん)川周辺で暮らしていた原人が
朝鮮民族の祖先だとしている。

(この原人の化石は、一応、実際あるようだが、
 この原人が、直接、朝鮮民族の祖先であるという、
 科学的証拠は、示されていない。)

ともかく、人類のアフリカ発生説などが主流である中、
それと同時期から、朝鮮半島に人類が誕生しており、
それが朝鮮民族である、という主張を
朝鮮は、行ってきた。

(もちろん、朝鮮民族の誇り高い意識を形成し、
 さらに、国威高揚をするためだと思われる。)


・・・

歴史その2・白頭山(はくとうさん)


中国と朝鮮の国境に、
白頭山(はくとうさん)という山がある。
この山は、昔から信仰の対象とされてきた。

朝鮮半島に高麗(こうらい、918-1392年)という国があった頃、
一然(いちねん)という名前の僧侶が
歴史書を書いた。
これを、「三国遺事」という。

三国とは、4世紀から7世紀にかけて、
朝鮮半島から満州にかけて存在していた
高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)
のことを言う。

この歴史書には、それよりも前のことも書いており、
「朝鮮古記」という章において、
以下のような朝鮮民族の発生に関する「神話」の記述がある。


帝釈天(たいしゃくてん、別名は、インドラ神)
の子どもである
桓雄(かんゆう)は、人間界に興味を持ち、
「白頭山」に3000人の部下とともに降り立った。

そしてそこに、「檀国(だんこく)」という国を作り、
360年余りの間、それを治めた。

さて、その白頭山には、虎と熊が住んでいた。
二頭とも、人間になりたいと思い、桓雄に相談した。
桓雄は、ヨモギとニンニクを食べて、百日の間、
太陽の光を見なければ人間になれる、と言った。

虎は途中で諦めたが、熊は晴れて人間の女性になった。
しかし、夫が欲しいというので、
桓雄は、自らが人の姿に変わり、この女性と結婚し、
子どもを作った。

この子どもの名前を、「壇君(だんくん)」といい、
紀元前2333年に即位した。
その50年後に、
「白頭山」から平壌(ぴょんやん)に遷都し
「朝鮮」という国を作った。

(これが、朝鮮という国の起源であり、
 朝鮮民族の起源である、という。)


で、この伝説は、朝鮮だけでなく、韓国にも
広く浸透しており、両国の教科書に記載されている。

(日本にも、天孫降臨の話があるが、
 それとほぼ同じ趣旨と思われる。
 要するに、自分の所属する民族の歴史は長い、
 という誇りと愛国心をもたせる逸話、であろう。)

ともかく、「白頭山」から、朝鮮民族が始まった、
ということが、一つのキーワードとなる。


(現在の朝鮮の最高指導者、
 金正日(キム・ジョンイル)は、
 上記の故事にちなんで、
 白頭山の虎、と呼ばれている。)


・・・

歴史その3・実際の朝鮮民族の起源と日本


朝鮮半島は、上述の
「檀国(だんこく、紀元前2333年?-?)」
などの神話の時代以後は、
原三国時代(げんさんごくじだい、BC108-4世紀)と
三国時代(4世紀から7世紀)に突入する。

三国とは
高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)
であった。

結局、668年までに、
新羅(しらぎ、356-935年)が、高句麗と百済を滅ぼし、
朝鮮半島を始めて統一する。

よって、新羅の人々を、朝鮮民族の起源とするのが
妥当ではないか、という意見がある。

(しかし、これには異論があり、
 高句麗(こうくり、BC37-AD668年)を継承するとした、
 高麗(こうらい、918-1392年)が、
 朝鮮民族の正当な後継である、という人もいる。)



さて、ここで、日本の国の歴史と比べてみる。

日本という国が発生したのは、以下のような流れ。

まず、神話の話をすると、
神武天皇が即位したとされるのが、
紀元前660年、である。
(無論、これは逸話。)

で、かの有名な
「邪馬臺国(やまたいこく)」があったのは、
3世紀頃だった。

(この国は、中国の「後漢」の時代の歴史書に登場するので
 実在したのは、確実。
 239年に「倭の女王の使者が朝貢」したとの記述がある。
 しかし、場所が、近畿だったか九州だったかは、
 いまだに論争中。現在、近畿説(畿内節)がやや強い。)

古墳時代(3世紀から7世紀)にかけて
ヤマト、出雲、筑紫などの政治勢力が各地に乱立する。

これらの勢力を中国は、「倭国」と総称していたようだ。

また、上記の政治勢力は、
「ヤマト王権(大和朝廷)」という
連合体を作り、国家のようなものを作っていく。

6世紀後半から8世紀初頭までを、飛鳥時代というが、
この時期に、日本が国家として成立していった、とするのが
一般的のようだが・・・。

(つまり、日本が、
 はっきり何年に成立したかは、全然わかっていない。)


要するに、
朝鮮の歴史は、隣に中国があったため、
紀元前の時代から、
「中国の歴史書」に明確に記載されているのだが、

日本は島国であったため、他国との交流が少なく、
また自国で歴史書を編纂(へんさん)する慣習もなかったため、
その正確な(古い時代の)記録は、
残っていない、のである。


ま、ともかく、
朝鮮と日本の歴史をくらべた場合、
どちらの歴史が長いか、ということを
もしも議論するのであれば、

朝鮮のほうがだいぶ長いか、
もしくは、よくわらない、ということになると思う。


別な言い方をするならば、
「記述された歴史」に登場するのは、

朝鮮は、紀元前37年の高句麗の時代
(もしくはその前)から
はっきり登場しているのに、

日本のほうは、
紀元後239年の
(場所すらわかっていない)邪馬臺国がほぼ最初で、

ヤマト王権のほうが認知されるのは、
起源後350年頃からの
朝鮮半島との交易などによる。



つまり、残念ながら、当時の日本は、
(朝鮮や中国からみれば)
文字による歴史の記述すらない、
野蛮な「田舎政権」とみられていた可能性が高い。



・・・

今回の話は、次のブログに関係してゆく。

今日はこの辺で。



・・・

補足:

中国の歴史書をひもとくと、
本当の最初の、日本に関する記述は、おそらく

紀元後57年に
倭(わ)の奴国(なこく、北九州にあった小国)の王が、

当時の中国の王朝であった
後漢の光武帝(こうぶてい)に使いを送り、
それにより

「漢倭奴国王」(かんの わの なこくの おう)
という金印をもらった、
というのが、日本が歴史に登場する、本当の最初。


邪馬台国が登場するのは、

紀元後180年に、
倭国の女王に、卑弥呼がなり、

また
紀元後239年に、
卑弥呼は
中国の三国時代の魏(ぎ)に
使いを送っている。

この間、59年ある。

仮に、卑弥呼が15歳前後で、
女王に即位したとしても、
74歳まで生きたことになる。

が、
当時の日本人の寿命は、
50歳に、はるかに満たなかったはずなので
卑弥呼とは、女性の王さまの「役職名」
と考えるのが妥当ではないか?・・
と思う。


もっと言えば、卑弥呼は、さらに、
266年に、再び
中国の西晋に、使いを送っている。

卑弥呼が一人の人物だったとすると、
この時の年齢は、なんと
101歳。

と、いうわけで、
卑弥呼が役職名であったことは
ほぼ確実であろう。









朝鮮半島の核問題1.日本側の視点 9963字

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一か月以上たったので、
先日の核実験について
私の考えを書いておこうと思う。

そろそろ、分析するのに必要な情報が
でそろったからだ。


朝鮮半島の核問題を考える上で
重要なポイントがある。

それは、日本(および欧米)側の視点だけから
それを考えてはいけない、ということである。

このため、
少なくとも4回にわたり、
分けて、朝鮮の状況をブログに掲載する。

一回目: 日本側の視点
二回目: 朝鮮側の視点

三回目: ある個人の視点
四回目: 内部抗争の話

で、今回は一回目なので、普通に、
日本のマスコミ等が報道している内容を
掲載しておく。

まず、この日本側の「一般的な」報道を知って頂かないと
話が進まないからだ。

・・・

最初に「前提」となるのが、
「名前」である。

「北朝鮮」とは、言ってはならない。

「朝鮮民主主義人民共和国」というのが正しい。

名前が長すぎるために、簡略化する場合は、
単に「朝鮮」と呼ぶべきだ、という風に
同国の政府(および人民)が主張している。

「北朝鮮」と呼ぶのは、
日本のことを、侮蔑(ぶべつ)した意味をこめて
「ジャップ」と呼ぶのと同じである、と
同国の政府が明言しているのだから、
北朝鮮といってはならない。

よって、
本ブログでは、文字数の関係で
単に、「朝鮮」と書くことにする。

(ただし、朝鮮と表記すると、
 今度は、韓国関係者から苦情がくることを
 私は知っているのだが、
 今回は文字数の関係等で、
 こう書くことを勘弁して頂きたい。)


・・・
・・・

では、例によって、簡略化した
朝鮮の歴史から。


・・・

歴史の1・朝鮮戦争


1950年から1953年まで、
朝鮮戦争が行われた。

北側に位置する朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)と、
南側に位置する大韓民国(以下、韓国)が戦争をした。

最初は、朝鮮側から韓国に攻め込み、
開戦となった。
(朝鮮半島を再び統一するため、という名目だった。)

朝鮮は、共産主義であったため、
中国とソ連に支援された。

韓国は、資本主義であったため、
アメリカやイギリス等に支援された。

序盤は、北側の朝鮮のほうが圧倒的に優勢だった。
ところが、アメリカ(後の国連軍)が
南側の韓国の支援にまわったため形成が逆転。

ところが、
このまま朝鮮がほろんでは、
朝鮮半島が資本主義勢力の軍事拠点になると
危惧した中国が、
大量の軍隊を派遣し、朝鮮を守った。

ソ連も、(軍需物資の補給などで)間接的にこれを支援。

その後、泥沼の戦争に陥り、膠着(こうちゃく)状態へ。

結局、
北緯38度線を境にして、
(同じ朝鮮民族でありながら)
両国は分断されたまま、停戦(?)となる。


・・・

歴史その2・核技術の入手


1963年、ソ連から核施設を建設するための
ノウハウ(情報と技術)を教わり、
寧辺(ニョンビョン)に
核施設を建設し、2年後から稼動した。

この頃、アメリカとソ連は、
冷戦の最中であり、
お互いの陣営に、軍事的・経済的な支援を
盛んに行っている。


1980年、朝鮮は、実験用の原子炉を建設し、
5年後に、ついに「臨界」に到達する。


注: 臨界とは、
ウラン、プルトニウムなどに核分裂を起こさせ、
そこから生じる中性子によって、
連鎖反応が持続的に起こっている状態をいう。
原子力発電にも、核兵器の生産にも、必要なもの。


要するに、1980年の時点で、
核技術の根本を、朝鮮は確立していた。


・・・

歴史その3・核拡散防止条約と、ソ連の末路


1985年、核拡散防止条約(NPT)に加盟した。
朝鮮は、核兵器の生産をしない方向だと言っていた。

1991年、朝鮮半島の非核化に関する
南北共同宣言により、両国が合意。


(上記の朝鮮の態度が、
 本気だったのか、
 それとも表面的なポーズだったのかは、
 わからないが、)
一応、上記のような流れで進んでいたのである。

ところが、


同年(1991年)12月、
社会主義(および共産主義)の象徴、
ソ連が、崩壊してしまった!


するとその後、
(自国を守ってくれる大国の消滅にあせったか?)
核兵器の開発を、(この前後から)
こっそり(再び)行っていたらしい。


1993年、国際原子力機関(IAEA)が
(どうも怪しいので)
朝鮮に対して核施設の査察を要求したが、
朝鮮はこれを拒否。

その後、すぐに朝鮮は、
核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言。
(後に保留)


同年、5月、今度は、
「ノドン」の発射実験をする。

注: ノドンとは、
準中距離弾道ミサイルで、射程約1,000〜1,300km。
日本の東京まで、ぎりぎり届く。
弾頭に、核兵器を搭載可能。


しかし、ノドンは、コントロールが悪く、
狙ったところに飛ばない可能性が高い。
よって、埼玉や神奈川に落ちたり、
または、途中の北陸あたりで失速するのではないか、
などと憶測が日本のマスコミで飛んだ。


・・・

歴史その4・朝鮮半島の核危機と、米朝枠組み合意


1994年、朝鮮は、
国際原子力機関(IAEA)からの脱退を宣言。
核開発は自らの国の権利であると主張する。

これに対し、韓国は激怒。
朝鮮と韓国の関係が一気に緊張した。
これを、朝鮮半島の「核危機」、という。

(第二次朝鮮戦争の危機、ともいう。)


同年、10月、事態が一気に悪化したため、
アメリカと朝鮮の間で、会合がもたれた。

ジミー・カーター元米大統領が訪朝し、
金日成(きむいるそん)主席と会った。
この時、両国が納得する合意に達した。

これを、「米朝枠組み合意」という。
October 1994 Agreed Framework

当時の、アメリカ大統領は、クリントン。

アメリカがした約束は、
(1)朝鮮に(核兵器への転用が難しい)
   軽水炉2基を供給する。
(2)この軽水炉が完成するまでは、
   毎年50万トンの重油を供給する。


注: 軽水炉とは、
韓国や日本などで標準的に用いられている
原子力発電施設で、
プルトニウムの抽出が難しく、
核兵器の開発に利用される可能性が少ない。
一方、
朝鮮にもともとあったものは
黒鉛減速炉というもので、
プルトニウムが簡単に作れるものだった。


で、この時、
朝鮮がした約束は、
(1)国際原子力機関(IAEA)からの
   脱退を撤回する。
(2)核兵器の開発(黒鉛減速炉など)を凍結し、
   最終的に解体・廃棄する。


この枠組み合意に基づき、

1995年、
アメリカ、韓国、日本が、共同で
朝鮮に軽水炉を提供するための
組織を立ち上げる。
この組織の名前を、
朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)
という。

以後、この組織は、その方向で
動いていく。


が、考えてみれば、
朝鮮は、なんと、
「IAEAからの脱退を宣言しただけ」で、
(他に、なんにもせずに)
軽水炉2基と、莫大な量の重油を手に入れた
ことになる。

つまり、海外に対して、とんでもないことを
言ったり、やったりすると、
外交的に、逆に得になることが、わかった。

これに味をしめた朝鮮は、
その後、しばらくしてから、突然、とんでもことを、
いったりやったりすることを繰り返すようになる。


・・・

歴史その5・アメリカの政権交代と、あのテロ


1998年、今度は朝鮮は、
テポドン1号の発射実験をする。
日本を飛びこえ、三陸沖に着水した。


注: テポドン1号とは、
準中距離弾道ミサイル、1,500〜2,000km程度。
日本全土を、射程にできる。
弾頭に核兵器を搭載可能。
また、ノドンより命中精度が高い。


しかし、朝鮮は、これは、ミサイルではなく
人口衛星の打ち上げだった、と発表。

アメリカも、そうかもしれない、と
(めずらしく、控え目なことを)
言ったので
この件は、うやむやに終わる。


その後も、
朝鮮は、ミサイルの開発や
核開発を水面下で続けているという疑惑があったが、
クリントン政権は、基本的に
外交で朝鮮を懐柔(かいじゅう)しようとしていたため、
露骨な敵対姿勢はとらなかった。


で、

2000年、アメリカで大統領選挙が行われ、
(一応、対話路線だったクリントン政権から)
強行路線である、ブッシュ政権に変わる。


そして、運命の日、が起こる。

2001年9月11日、
アメリカで同時多発テロが起きる。

ワールドトレードセンター、ペンタゴンなどが
突撃した飛行機により爆破。
ブッシュ大統領自身の暗殺も試みられたが
こちらは未遂。

テロ組織・アルカーイダが、この犯行を表明。
指導者の「ウサーマ・ビン=ラーディン」
の名前が、世界に轟く(とどろく)。


当然、アメリカは激怒。
対テロ戦争なるものを始め、
アルカイダと仲の良い(と考えられた)
タリバーン政権を転覆するため、
アフガニスタンを空爆する。

翌2002年、年頭の一般教書演説で、
アメリカ・ブッシュ大統領は、
対テロ戦争の対象として
朝鮮、イラン、イラクの3ヶ国を名指し、
これらの国を「悪の枢軸」と呼んだ。

(つまり、ブッシュ政権においては、
 朝鮮は、はっきり核兵器の開発をしていると
 断じていたようだ。)

(また、テロに関しては、
 1983年の、ビルマでの韓国大統領の
 爆弾テロ(いわゆるラングーン爆破事件)
 と、
 1987年の大韓航空機爆破事件は、
 いずれも、朝鮮の金正日(きむじょんいる)の
 指示だったという証拠をアメリカは
 持っているらしい。)


当然、上述の、「米朝枠組み合意」は、決裂。


・・・

歴史その6・日朝平壌宣言


こんな中、電撃的な訪問があった。


「悪の枢軸」発言の年と
同年(2002年)の9月に
朝鮮の首都である平壌(ぴょんやん)を
日本の総理大臣・小泉純一郎が訪問し、
金正日(きむじょんいる)総書記と、日朝首脳会談を行った。

この時、日本側の最大の関心事は、
いわゆる「拉致(らち)問題」だったのだが、
金正日総書記は、あっさりこれを認めた。
しかし、自分は関係なく、軍が勝手にやっていた、
と表明。

さらに、
「日朝平壌(ぴょんやん)宣言」に合意する。

この内容は、

(1)双方が国交正常化の努力をする

(2)日本側が過去の植民地時代に与えた
   苦痛に対し謝罪を表明、融資をする等。

(3)双方は国際法を順守し、
   お互いの安全をおびやかさない。

(4)双方は、朝鮮半島の核問題の解決のため、
   該当する全ての国際的合意を順守する
   ことを確認。

大筋で、上記のような内容だった。

詳細は、以下。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html


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歴史その7・イラク戦争の朝鮮への影響


ところが、朝鮮は、
その同年(2002年)12月に、
寧辺(ニョンビョン)
にある核施設の再開を表明。

核実験に必要なプルトニウムの生産を
おおっぴらに開始する。

同時に、国際原子力機関(IAEA)査察官の
国外退去を命令した。


2003年1月、
核拡散防止条約(NPT)の脱退も表明。


このように、
朝鮮は、日朝平壌宣言にあったはずの
「核問題の解決のため、
 該当する全ての国際的合意を順守」
することを全くしなかった。

朝鮮の核開発が
エスカレートしていく中、
朝鮮の方針を、さらに決定的なものにする
「戦争」が起こる。


それが、


2003年3月、
アメリカがイラクに侵攻した「イラク戦争」だ。

アメリカは、イラクを攻めつぶしたが、
結局、戦争の根拠としていた
(化学兵器などの)大量破壊兵器を
アメリカは発見できなかった。


これを見ていた朝鮮は
次のように思ったことだろう。

「イラクは、
 大量破壊兵器をもっていなかったので、
 アメリカに簡単に攻め滅ぼされた。
 
 だから、我が国(朝鮮)は、
 急いで、核兵器をつくらなければならない。

 我が国は、悪の枢軸と名指しされており、
 次に、いつ攻め込まれるか、わからないのだから。」


・・・

歴史その8・鍵を握る中国


朝鮮が、核開発を行っていた理由は、
一般には、次のように言われている。

核開発を(最も有効な)外交カードとし、
アメリカと二国間での直接交渉を行い、
アメリカから、不可侵条約(絶対攻めないという約束)
をとりつけること。

よって、
朝鮮の当面の(第一段階の)目標は
アメリカとの二国間での交渉だった。

ところが、
ブッシュ政権の「悪の枢軸」への不信感は強く、
いっさい、朝鮮の要請に応じなかった。
(基本的に、会うことすらしなかった。)

もし、やるのであれば、
朝鮮を影でささえる中国などを含んだ場で
「約束」をとりつけないと、
これまでのように、
一方的に朝鮮においしい思いをさせて
終わりになってしまう可能性が高いと
(アメリカが)考えていたからだ。

ところが、
中国は、この交渉の仲介役(?)をするのに
当初、消極的だったのだが、
イラク戦争をみて、態度を変えた。

中国にとっては、このまま(イラク戦争のように)
アメリカが朝鮮に攻め込んだ場合、
朝鮮半島のすべてが、資本主義陣営になってしまう。

共産主義の独裁体制を存続したい中国政府は、
(自国の体制の維持のために)
西側諸国との緩衝地帯として、
朝鮮半島の北側を、共産主義のままで、
存続したいと考えていた。

よって、ここにおいて中国は
アメリカに攻めつぶされるよりはましだ、
という理由で、
六か国協議の議長となり、
朝鮮とアメリカなどとの間を
とりもつ役目を演じることになる。

少なくとも、
そういうポーズを中国が演じている限り、
アメリカは朝鮮に侵攻することはない、
と考えられるからだ。


と、いうわけで、

イラク戦争のあった
同年(2003年)8月、第1回の「六ヶ国協議」が開かれる。

六者とは
アメリカ、韓国、朝鮮、中国、ロシア、日本である。

が、もちろん、たいした進展はなかった。


・・・

歴史その9・核保有と大陸間弾道ミサイル


2005年2月、
朝鮮が核兵器の保有を公式に宣言する。

これにより、朝鮮は、
軍事的大国の仲間入りをした、
だから、アメリカはもう攻めてこれない、
ということを
内外にアピールしたかったのだろう。

また、
この発表により、また諸外国が
おいしい「援助」をしてくれる可能性がある、
と考えたた可能性もある。


同年11月、 朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)は
解散した。
朝鮮の核開発をやめさせるために
軽水炉を提供する話は、もはや必要なくなったからだ。


2006年7月、再び、ミサイルの発射を行う。
テポドン2号など、7発の弾道ミサイルを発射。


注: テポドン2号とは、
射程は約4,000〜10,000km。
グアムやアラスカなどアメリカの一部も攻撃できる。
ソ連崩壊時の混乱期に
潜水艦発射弾道ミサイルの技術一式を
朝鮮は技術者ごと手に入れた模様。
また
テポドンは、「多弾頭独立目標再突入ミサイル」であり、
一つのミサイルに、複数の弾頭を搭載することができ、
一度に複数の目標を攻撃できる特性をもっている。
ちなみに弾頭とは、もちろん核弾頭である。


これに対し、アメリカと日本は、
あせって、「ミサイル防衛システム」の導入を検討するが、
このシステムはまだ整っておらず、
外国から攻撃された場合、そのミサイルを撃ち落とせる確率は
かなり低い、といわれている。
(数%よりも低い、といわれている)

この詳細は、すでに書いた。

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51098915.html


要するに、攻撃よりも防衛のほうが
はるかに難しい、ということである。

飛んでくるミサイルを
撃墜することは、極めて難しい、のである。

(このため、アメリカで先制攻撃論が、
 横行することになる。
 が、純粋に軍事的に考えた場合、
 これは残念ながら、正しい、と言える。)


・・・

歴史その10・第一回の核実験

2006年10月、
朝鮮は、豊渓里(プンゲリ)において、
地下核実験を行ったと発表した。

ただし、この時に周辺の各国で感じられた
地震計の余波や、放射能の検出の度合などから、
この実験は、失敗だったのではないか、
という見方が、一般的だ。

少なくとも、予定されていた爆発(核反応の連鎖)の
10分の1未満の反応しか起こらなかったと
見られる。

が、朝鮮は、
(国威高揚のため)
失敗したなどと公表するはずはないので、
成功したと国内外に発表した。

これでもう、朝鮮は、先進国の仲間入りだ、
アメリカやロシア、中国と肩を並べた、
超大国の仲間入りをはたした、
というつもりであろう。


これに対し、
国連の安全保障理事会(安保理)は、
次のような制裁決議を行った。


国際連合安全保障理事会決議1718
United Nations Security Council Resolution 1718
(略称は、UNSCR1718)


簡単に要約すると、

(1)朝鮮が2006年10月9日に行った核実験を非難。

(2)核実験と弾道ミサイルの開発・発射の中止を要求。

(3)核拡散防止条約(NPT)と
   国際原子力機関(IAEA)への復帰を要求。

(4)国連憲章第7章第41条に基づく経済制裁を実施。
   ( 臨検の実施、ぜいたく品の禁輸、特定の兵器の禁輸など)

(5)無条件で六ヶ国協議に復帰することを要請 。


新聞によくでてくる、「制裁決議1718」とは
上記のことである。

全文は、以下。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/anpo1718.html


ところが、
この制裁決議は、ほとんど役に立たなかった。
国連に加盟する193カ国の
ほとんどが、これを実際に実行することはなく、
しかして、朝鮮への制裁は、事実上、ほとんどなかった。


・・・

歴史その11・金融制裁の解除


2006年12月、第5回六者会合が開催。
この時、朝鮮としては念願の
「米朝の二国間の会合」も行われた。

この時、朝鮮にとって、最大の問題だった
「金融制裁の解除」の約束をとりつけた。


この背景を説明すると長くなるのだが、
要するに、
朝鮮は、国内外で、
(1)麻薬の生産・販売
(2)偽札(米ドル)の生産
(3)軍事兵器の密輸・販売(核兵器を含む)
などを
行っていると推察されており、
それらで稼いだ、汚いお金の洗浄、
いわゆる「資金洗浄」(マネー・ロンダリング)
も行っている。
これに利用されていると噂されていた銀行に
マカオの「アジア・バンコ・デルタ」などが
あるのだが、それらの銀行をアメリカは
資産凍結した。
(各国にそうするよう要請した。)

これが、かなり朝鮮にダメージを与えたようで
かなり困っていたようだ。
このため、逆に核開発を急ぎ、
この「核カード」をもってアメリカと交渉し、
この金融制裁を解除させることが
朝鮮の当面の目標だった。

で、これに、まんまと成功する。


注:
ちなみに、朝鮮が作っている米ドル紙幣は
スーパーノートと呼ばれており、
本物なみに、非常に精巧にできていると
言われている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

歴史その12・バラク・オバマの核廃絶演説


2008年11月、
アメリカ大統領選挙で、
バラク・オバマが勝った。

彼は、一貫して核廃絶への道を
提唱しており、特に以下が有名。

2009年4月、
チェコ共和国の首都・プラハにおいて行った講演で、
以下のような内容のことを語っている。


まず、
「核兵器のない世界」を目指す、とし、
「核兵器を使用した唯一の保有国としての道義的責任」
を明言した上で、
以下の三つの項目について、具体的な予定を示した。

(1)核軍縮
(2)核不拡散体制の強化
(3)核テロ防止


以下、それぞれの説明。

(1)核軍縮 

   ロシアとの間で
   第1次戦略兵器削減条約(START1)
  の後継条約を12月までに結ぶ。

   アメリカ議会が反対している
   包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准。

   核兵器の原料となる兵器級核物質の生産を
   停止する新条約(カットオフ条約)の提案。

(2)核不拡散 

   国際的な核査察体制の強化。

   朝鮮やイランなどの、国際社会の規約を無視する国に対し
   国連安保理による罰則強化の実施。

   原子力の民間での利用を促進するための
   核燃料供給を国家が肩代わりするための国際的枠組み。

(3)核テロ防止 

   4年以内に世界中の核物質の防護体制を確立。

   核の闇市場の撲滅のため、
   核管理に関する、各国首脳のよる国際会議を
   1年以内に主催。


私が思うに、
この理念事態は、基本的に良い。

綺麗に「平和をめざしましょう」というのではなく、
具体的な、「戦略」として、
核軍縮への方法を示したことに対しては、評価に値する。

が、問題なのは、この演説の中で、やっぱり、
朝鮮とイランが、名指しで非難されていたことだ。


それが原因かどうかはわからないが、
次の事件たちが、起きてゆく。


・・・

歴史その13・飛翔体?と二回目の核実験


上記のオバマ講演の
同年同月(2009年4月)、朝鮮は、
「飛翔体」の発射実験を行った。

この「飛翔体」が、
ミサイルだったのか、人工衛星だったのかは
確認されていない。

朝鮮は、人工衛星だと言っているが、
日本はミサイル(テポドン2号の改良型)ではなかったかと考えた。

日本の東北地方を飛び越えていったが、
日本政府は、この「飛翔体」が落下してきた
場合にそなえ、地対空迎撃ミサイルを配備した。

一方、
オバマ政権は、これを無視。


そして、
同年同月(2009年4月)の下旬、
寧辺(ニョンビョン)の核施設が再び可動。
プルトニウムの生産が行われた模様。

そして

同年5月、朝鮮は、
豊渓里(プンゲリ)にて
2回めの核実験を行ったと発表。

どどーーん!

今回は成功した模様で、
長崎型の原爆と、同等の爆発があったと
周辺の各国が発表した。

(これにより、朝鮮の核保有が、完全に確定した。)


その後、
日本では、
自民党の国防部会において
「自衛手段が他にない場合、
 敵基地攻撃は可能である」
とする意見がで、
首相もこれに同意した。

「座して死を待つのでなく、
 (攻撃する)能力を持つことが抑止力になる」
との考え。


韓国は、アメリカが主導している
PSI(大量破壊兵器拡散阻止構想)への
全面参加を表明する。

(韓国は、以前の、朝鮮と仲良くしようという
 「太陽政策」から、
 制裁によった立場をとった模様。)


アメリカは、前述の、
制裁決議1718を、拡充した内容を
国連安保理に提出し、
今度は、国連加盟国すべてが、
きちんと実施するような「監視」制度を
もうける方向。


日本は、
独自の追加制裁措置として、
輸出の全面禁止を行う。
輸入は、すでに、(2006年の一回目の実験後から)
全面禁止になっていた。
が、
朝鮮の対日貿易の量は、すでに小さく、
ほとんど効果はない、と考えられる。

貿易の量が多いのは中国だが、
朝鮮の(共産主義)体制の崩壊を恐れる中国が
(厳しい)経済制裁を行う可能性は、ほとんどない。

一方、
外国のメディアは、
日本と韓国が、
(朝鮮の核保有にともなって)
核武装するのではないか、と記述。

(日本と韓国の国内でも、
 一部で議論される。)

一説には
日本の技術力をもってすれば
半年あれば、核武装が可能といわれている。


・・・

歴史その14・その後

2009年6月、国連安保理において
制裁決議1718を拡充した内容が
可決された。

より厳密に、朝鮮の船の臨検を行う
(大型破壊兵器等を密輸していないか監視する)
ことなどになったのだが、
武器を用いた強制捜査をするかどうかに対しては
中国などが反対したため、やらないことになった。

よって、事実上、以前と変わり映えしない状況が
続いている。


結局、今回も、
朝鮮へのたいした制裁は、行われなかった。


今後のポイントとしては、

1.
アメリカは、現在、
イラクとアフガニスタンという両国の
内戦問題をかかえているため、
今すぐ、朝鮮に攻め込むことはできない。

2.
この間に、朝鮮は、
核兵器の開発と、ミサイルの開発を行い、
アメリカ本国を直接攻撃できるようにすれば、
もはや、アメリカは、
(迎撃能力は低いのだから)
朝鮮が怖くて、永久に攻撃できなくなる。

(よって、もしもアメリカが朝鮮を攻撃するなら、
 今しかない、ことになる。
 が、オバマ政権が、とりあえず「対話路線」を
 打ち出しているので、やっぱり、できない。)

3.
戦後、核兵器をもった国は、
インド、パキスタン、イスラエルなどあるが、
いずれも10年ぐらいたてば、
核保有国として認められるか黙認され、
通常の外交が始まっている事実がある。

(日本が、パキスタンへの支援を打ち切ったのが、
 結局また再開された話は、既に書いた。)

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65246269.html

よって、
朝鮮の核保有も、同様になる可能性のほうが
残念ながら、高い。

4.
基本的に、
対立する敵国が、核兵器をもった場合、
その敵対する国も、核兵器を持つようになるのが
これまでの歴史の流れである。

アメリカに対するソ連と中国、
インドに対するパキスタン、

そして
イスラエルに対するイラン、
と、
アメリカに対する朝鮮、
である。

こうした「歴史の大きな流れ」がある以上、
その趨勢(すうせい)を止めるのは
容易なことではない、と言える。

5.
朝鮮は現在、
金正日(きむじょんいる)の体調が不良のため、
後継者問題をかかえており、
新しい体制に変わった時に、
どうなるのか、まったく未知数である。

(三男の金正雲(きむじょんうん)が継ぐ、
 と言われているが、
 権力のどの部分を、どの程度つぐかが、
 不明とされている。)

このため、
朝鮮の創設者である、先代の、
金日成(きむいるそん)生誕100周年にあたる
2012年までに公表されるであろう
「新体制」が判明するまでは、
各国は、戦々恐々(せんせんきょうきょう)としながら
朝鮮の内部体制の顛末(てんまつ)を
見つめなければならない。

と、思う。


が、以上は、
日本のメディア(新聞やテレビ)が伝える内容である。


朝鮮の実際の「側面」は、これだけではない。


よって次回は、朝鮮側からみた、

「全く異なる歴史」を紹介する。


・・・

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http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65277261.html




秋葉原で、月の「かぐや」とツバルのイベント

お知らせ:

「秋葉原で、月の「かぐや」とツバルのイベント」2009/07/18,19/

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が
「かぐや」という人工衛星を用いて月で行っていた調査の展覧会が
秋葉原で行われます。

その中に、山本の講演と、ツバル写真展もまぜてもらいました。

その理由は
JAXAは今後、人工衛星を用いて、
各国のCO2排出量などを測定する予定であり、
温暖化による海面上昇で水没するといわれているツバルが、
その象徴(?)となるためです。

山本の講演は、7月18日(土)時間は正午から40分間。

ツバルの小写真展(A3ノビ、10枚程度)は、
18,19日両日。詳細は、こちら。

http://www.sayonara-kaguya.jp/


会 期:2008年7月18日(土) 12時00分より12時40分まで
会 場 秋葉原UDX
http://udx.jp/gallery/accsess.html#map2
〒151-0053 東京都千代田区外神田3住友不動産秋葉原ビル2F4

主 催 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
http://www.jaxa.jp/

お問い合せ TEL 03-5565-9277 エムズプランニング 加藤

一般公開、入場無料

同時にツバル写真展。
秋葉原UDX
http://udx.jp/gallery/accsess.html#map2
Earth the Spaceship . . . ETS



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