山本敏晴のブログ

1965年生、仙台出身。医師・写真家・NPO法人宇宙船地球号理事長。元国境なき医師団日本理事。 峭餾欟力師」という概念を提唱。企業の社会的責任(CSR)を推進。世界中で大切なものの「お絵描きイベント」を実施。著書に『世界で一番いのちの短い国』『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 『国際協力師になるために』、『あなたのたいせつなものはなんですか?』『世界と恋するおしごと』『地球温暖化 しずみゆく楽園ツバル』『「国際協力」をやってみませんか?』など

2010年06月

JICA離職後にマスコミ関係の仕事、そして自転車普及_7 3241字

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自転車が、個人の幸せにとって、なぜ有用か?

   
山本 じゃぁ(これを録画している)テープが
   あと6分なんですけれど。
   1時間テープ(なの)で。

   最後に、ご専門の、
   「自転車とその健康との結びつき」について
   あのー、6分でしゃべっていただきたいんですけれど。

   有酸素運動と人々の健康や幸福などが
   結びつくっておっしゃってたじゃないですか。
   
   まぁもちろん、その、今、
   地球温暖化が話題になっているので、
   CO2が出ない自転車がいいっていうことも
   わかるんですけれど。

   主にその、健康と個人の幸せのほうに結びつく方で
   自転車はどういう風に有益だとお考えなんでしょうかね?
 
絹代 いま、(慢性腎不全になって)
   人工透析をしてる方って27万人でしたっけ?

山本 (おおよそ)そうですね。

絹代 私(詳しくは)知らないんですけど。

   で、その割合の4割以上が糖尿病、
   要は食べすぎの運動不足。

   で、特に男性でお仕事をされている方、
   マイカー通勤されている方って
   極端に運動量が少ないんですよ。
    
山本 はい。

絹代 そういう方って定年までそのままお仕事をされていたら
   間違いなく体がさびてくる。

   で、気づかないうちに膝が上がらなくなる、
   つま先が上がらなくなる。

   で、そのまま布団につまずいて
   大腿骨を折ってしまって寝たきりになるとか、
   そういう方もいらっしゃいますし、

   やっぱり運動不足の食べすぎを引きずって糖尿病になる、
   人工透析を受けるっていうそんな方もいて。
   
   やっぱり多分欧米って、すごくセンシティブ(敏感)だと
   思うんですけれども。

   自分で動いて体の筋肉を使っていかないと、
   辛い思いをするのは自分だったり、
   自分の大切な人(は自分)なんですよ。
   
   で、自転車が全てを解決するとは思いませんけど、
   自転車って股関節をかなり大きく動かす乗り物で、
   「そのこ」の辺り(足の付け根や腰辺り)が緩んでくると
   すごく体の中枢が悪くなるので。

   内臓脂肪も改善(減少)されやすいですし、
   膝をあげるような筋肉も刺激してくれる
   っていうのがあって。
   
   なんかぜひ、自転車じゃなくていいんですけれど
   何か生活の中で体を動かす(ことが大事です)。

   自転車で通勤するってすごくいい習慣なんですけど、
   そういうことを変えていくことで、
   いくつになって自分のやりたいことをやれる体になる。


   で、私自身がやっぱり体が悪くて。
   体が動かない時の無力感ってすごく大きいんですね。

   「自分はこの世の中にとってなんでもない、何もできない」
   っていう感覚。

   で、そういうのを味わう人を一人でも減らせたらなって。
   
   やっぱり動けるようになることって
   体力がつくことで自信もつきますし、
   新しいチャレンジができる。

   「自分を信じることができるようになる」って、
   人間にとって、ものすっごい大きい。
   
   これができるっていうのと、
   あぁ、そんなの自分には絶対できないっていうのは
   大きな差なんですね。

   私も何回も人生の中で死ねたらどんなにいいだろうって
   思った瞬間もありましたし。

   でもそうやって体を動かしていくことで
   いいホルモンも出て 
   不安もどんどん小さくなっていくっていうのも
   立証されていて。
   
   そういうメンタルも明るくなる、
   体のフィジカルな面でも自信が付いてくるっていう。
   で、生活ってすごく変わると思うんです。

   それは自分が体感している部分で。
   だからこれからもぜひ。

   日本も医療費の問題はすごく大きくて。
   ぜひ何歳になっても元気でいられるように。
   
   イベントに行くと大体最高齢って
   75歳、76歳、77歳、78歳ぐらいまで、
   120キロ以上(自転車で)走るようなイベントでも
   それくらいの歳の方って走っているんですね。

   で、やっぱり(体を)動かし続けることで、
   みんな、自分も、自分の周りの1番大切にしなきゃいけない人も、
   ハッピーになるって部分も大きいですし。
   

   あとはやっぱりガソリンがなくなってくる
   っていう現状の中で、

   自転車で移動できるところは
   自転車に変えていくっていうことは
   すごくもう重要なことだと思いますから。
   
   ぜひ男性も女性もお子さんも。


   お子さんが今バランス感覚がなくなるという、
   そういう問題があって。

   ぜひ自転車に乗るとか早足で歩くとか。
   自然を近くで見て、またメンタルが変わる、体が変わる
   あと地球に対してプラスに働くっていう。

・・・

そして再び、JICAとの連携。国際協力との接点へ


   あと1個言っておかなくてはいけないのは、 
   私、JICAをやめた後に 
   JICA関係のお仕事はさせていただいているんですね。

   JICAの広報部の方と一緒に、
   まぁJICAのシンポジウムの進行をするとか、
   あと青年海外協力隊関係のお手伝いをするとか。
   だから…、(お互いにとって)1番いい形…。
   
   そのJICAの組織の中に(私が)いたら、
   ただの職員だったと思うんですけれど、

   これからもしもうちょっと影響力のある人間になれたら
   私が今持っているものを生かしながら、
   多分国際協力に関わって
   返していくことができると思うんです。   

山本 はい。

絹代 だからそういう志を持って動いていれば
   どこかでその道に接点が絶対に出てくるんですよ。
     
山本 はい。

絹代 動いていく中で。

   あと今、
   「メッセンジャー・バック」の開発で
   マザーハウスってところと
   バングラディッシュのジュウト(麻(あさ))を使って
   パリコレに出せる作品を作ろうって。

(注:メッセンジャー・バックとは、
 自転車便の方が使いやすいように作られたバック。)

マザーハウス
バッグの販売、途上国発のファッションブランド
http://www.mother-house.jp/

山本 私、マザーハウスに知人がいるんです。

絹代 いらっしゃいます?

   あそこがチネリっていう
   私が持っている自転車メーカーと
   一緒にメッセンジャーバックを作ろうって言っていて。

cinelli-チネリ
http://www.dinosaur-gr.com/cinelli/index.php

   そういう動きを一緒にやろうってのもありますし。
   だから、何だろう…。
   
   最後に言えば、
   やっぱり「私にとって一番大切なのは自分」なんですよ。

   「自分であり、自分の大切な人が大切」なわけであり。

   それを守りながらちゃんと関心を持っていれば
   自分を生かせるような形で関われるし
   出てくると思うんです。

   だからなんかこだわらないで、
   自分の追うべきものを追っていくっていうのも
   一つの案かなって。
   
山本 なるほど。

絹代 はい。

・・・

自分の居場所はどこ?


山本 あと1分30秒くらいあるんですけれど、
   じゃぁどうですか?
   今(仕事を)やっているところ(場所)は、あの、
   自分の「いい居場所」だと思いますか?

絹代 そうですねぇ。
   多分そうなんだと思います。

   私自身、自転車に関わってから
   すっごく変わりましたし、
   色んなチャレンジもできるようになった。
   無茶もきくようになった。
   
   で、自分はしゃべるのが比較的うまくて、
   物を伝えるっていうのがストレスなくできる。

   それを生かしながら、
   自転車っていう知識を生かしたり、
   あとこういう国際協力もそうですし
   環境問題もそうですし。
   
   ま、がちがちにならないレベルで
   全部今、出来てるんですね。

   だからそう意味では、
   流れ着いた先が1番いいところだったかな、と。 

山本 なるほど。

絹代 思います。

山本 わかりました。

絹代 はい。

山本 えー、あと30秒か…

絹代 ははっ(笑)

山本 わかりました。
   …自転車以外の趣味は?

絹代 …んー、ないですね。
   お料理は好きですけれどね。
   
山本 あぁ、そうですか。

絹代 うーん。
   なんか今はあまりに毎日が忙しくて。
   で、勉強ももう少ししたいんですよ。
   で、ここで…、また矛盾になってきちゃうんですけど
   ちょっと心理学がわからなくちゃダメだなっていうのと
   あと英語ができないとダメだなっていうのものもあって。
   
   だからもうちょっと、
   趣味とかっていうよりも知識を入れて
   ちゃんと皆さんに伝わるような
   情報をもっと発信できるようになりたいなぁと。

山本 なりたいなぁと。

絹代 はい。

山本 ピッタリ(時間)になりました。
   ありがとうございました。

絹代 ありがとうございました。



(以上で、終了)





JICA離職後にマスコミ関係の仕事、そして自転車普及_6 3894字

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いよいよ、自転車関係の活動へ。そして、タレントとは?


山本 で、
   自転車による有酸素運動によって
   今、健康に貢献するような(ものに)興味を持たれて。

   スカイパーフェクトの番組、Jスポーツでしたっけ…?
 
絹代 それ1本きりなのでそれ以降出てないです。

山本 あぁ、そうですか。
   
絹代 きっかけになっただけで。

山本 あぁ、なるほど。
 
絹代 はい。

山本 で、現在のその肩書が
   その、
   「サイクル・ライフ・ナビゲーター」って…。

   ちょっと待って下さいね…。
   NPO法人・自転車活用推進研究会って…。
 
絹代 それはただの理事なので。
   (メインの活動とは)ちょっと違うんですけれども。

山本 あぁ、そうですか。
 
絹代 いわば自転車を生活に取り入れることで、
   生活がどれだけ豊かになるかっていう。

   健康面であったり美容面であったり。
   あと、楽しみが増えるっていう。

   あと環境面でも今自動車から
   自転車にシフトしなければならないっていう動きがあって
   そういうものを合わせて皆様にナビゲートしていくっていう。

山本 は、はぁ、なるほど。
   ナビゲートするのは、あのー…

   まぁ私みたいにNPO法人でやる場合と
   有限会社作る場合と、
   その、マスコミのような形でやるのがありますけど?

絹代 その、有限会社(としてやっています、)っていうのは、
   私はいわばタレントなんですよ。

   世の中のくくりでいえばタレントという仕事になる。

   だからその、ラジオとかテレビに出るとか、
   雑誌とかに呼んでいただいたり、
   本出させていただいたり、
   あと、講演会をさせていただいたりとか、
   そういう感じですね。
   
   あと、イベントのMCをしたり。

   特にその
   サイクル・ライフ・ナビゲーターっていう仕事が特殊で、
   お仕事をしているというよりは、
   「その肩書を持ってお仕事をしている」っていう感じ。

山本 あぁ、なるほど。
   タレントさんて言うのはそういう立場なんですね。

(注:タレントとは、一般には、
 テレビやラジオなどのマスメディアに
 職業として出演している芸能人などの総称。)
 
絹代 タレントって言ってもすごく色々なものがあって、
   格闘家の方もいわばタレントっていうものであって、
   格闘家としてテレビ出てますし。

   タレントってちゃんとしたくくりはないんですよ。

   で、純粋なタレントっていう
   バラエティー番組でおしゃべりをするだけの
   そういうタレントさんもいらっしゃいますし。
   
   まぁ今、色んな事をするのって
   世の中ではタレントって言っているので。
   
   特にそのサイフルライクナビゲーターっていう
   職種があって資格があってていうわけではなくて、
   私が活動しているのに対して、
   後付けで肩書きが付けられたっていう感じなんです。
   
山本 おもしろいですね。
   ちょっと私も、他人ごとではないので。

   私もテレビに一応、40回ぐらいは出てまして。
   だから、タレントって言われれば、
   タレント(かもしれない)って思いますけれど。
   自分ではあんまり・・

絹代 言い方だと思います。

   だから私もタレントっていうのは名乗っていませんし、
   ただ書き方によってはタレントって書き方を
   されることもあります。

山本 はい、そうですか。
 
絹代 これって、私もモデルだったわけでもなく、
   写真を撮られてそれがモデルとしての扱いであれば
   モデルとして頼んだ、
   タレントさんとして今回来ていただいた、っていう
   くくりになるので。

   なんともこの辺りは、そう、言えないですね。
   
   ただ、その、
   ラジオのDJ(Disc Jockey,ラジオのパーソナリティー)にしても

   サイクルライフナビゲーターと(肩書を)してたわけではなく、
   ラジオのパーソナリティーとしてのDJを
   していたわけなので。

   その辺りは職種はないのですよ、この辺りって。
   だからすごく難しいってんですけど。

   まぁ、雑誌に記事を書くことあり。
   本を書くこともあり。
   色んなお仕事をしているっていう。

山本 いやぁ、私もマスコミ、結構それなりに出てるんですが・・
   (いろいろ、不愉快な思いをしたこともあります。)

   例えば、テレビにですねぇ、
   「私は自転車が健康にいいんですよ」
   っていうことを宣伝したいって思っていても、
   テレビ局側のプロデューサーが
   そんなことは望んでいなければ、
   そういうことはしゃべれなかったりする場合もあるんですか?

絹代 そういうことを要求していなかったら
   呼ばれないです。

山本 あぁ、そうですか。
 
絹代 自転車のいいところを紹介してほしいっていうから
   (私を)呼ぶわけで。

   あのー…、そのために呼ばれているわけですから。
   そういうことは滅多にないですね。
   
山本 あ、そうなんですか。
 
絹代 逆のことを言えって言われたら断わりますし。
  
山本 あぁ、なるほど。
 
絹代 もちろん自転車のことに関して
   教えてほしいから呼ばれているわけで、
   そのやりたいことを一切できないっていうことは
   絶対ないです。
   
山本 はぁ、そうですか。
   なるほど。

絹代 やっぱり、その間違ったことを言ったら
   もう2度と私は仕事ができないので。
   それは、あのー…、受けないです(笑)。

   そんな真逆のことを言う必要もないし、メディアに。
   
   私の仕事としては
   自転車は例えばどういう筋肉を使いますとか、
   あのー、ママチャリと軽快車、

(注:軽快車とは、
 自転車の車種カテゴリーで、
 短中距離、低中速走行向きの自転車のこと。)

   いわゆる軽快車とスポーツバイクを比べると
   重さがどれだけ違って、
   ポジションが違うから、

   使う筋肉が違って、
   どれだけ乗るのが楽になって
   長く乗るから体が変わってくるとか。
   
   あとダイエット企画で、
   誰かのダイエットをコーディネートするとか。
   言うことが多いので、
   多分そういう、自転車の違いとかについて
   教えて下さいとか(そういう依頼が多いです)。
   
   呼ばれているときとかに
   間違っていることを言えって
   強制されることはないですし。
   まずないですね。

・・・

テレビ番組に呼ばれるための実績をどこで作ったか?

   
山本 あ、そうですか。
   えーと、そうですね。
   
   (あなたの経歴を)不勉強で、失礼なこと(質問)かもしれませんが、
   要するにそういうことで(テレビ番組に)呼ばれるためには、

   あなたが自転車と健康に(対して)
   非常に(大きな)活動(を)されていて、
   そこそこ有名な人であるっていうことを
   マスコミ側が知らなきゃいけないっていうことですよね、
   それは。
 
絹代 そうですね。

山本 その実績をどこで作った(のか?)、
   「どこかで作る必要があった」んですけれども、

   それは、あのー、その、Jスポーツという番組は
   1回やっただけとおっしゃっていましたよね?
   
絹代 はい。

山本 それと、
   あなたはそれに詳しいって言うことを
   マスコミはどうやって知るようになったんでしょうね?
 
絹代 本とかじゃないですかねぇ。
   
山本 本は、何冊ぐらい?
 
絹代 4冊出ています。

山本 あぁ、そうですか。
   
絹代 はい。
   それに雑誌にも随分出てますし。

山本 あぁ、そうですか。
   それなんていう本ですか。
 
絹代 そのプロフィールの1番下に出ていると思うんですけど。
   
山本 はい。
 
絹代 「自転車で体と心のシェイプアップ」、
   「自転車のフィッテイングがわかる本」、かな。
   あと、
   「自転車と旅しよう」、
   「自転車といってきます」
   
山本 ていうのが、判佝納劼ら

判佝納
http://www.ei-publishing.co.jp/
 
絹代 出ていますね。

   そういう本であったり、
   やっぱりメディアに出ていれば
   それを見ている人たちが記憶をして
   絹代って誰だろう、
   どういうことをしているんだろう、
   何ができるんだろうって
   調べてくれるって感じですね。
 
山本 あぁ、そうですか。
   
絹代 特に私は、一人暮らしなので、
   今はテレビのお仕事の合間にマネージメントの方に
   間に入っていただいてますけど。
   自分から売り込みとかはしてないです。

山本 そうですか。
 
絹代 今日の(インタビュー)も、多分ご紹介ですね?
   
山本 はい。
 
絹代 で、誰かしゃべってくれる人いないかって
   探してらっしゃって、
   私を紹介されて、
   私がゲストで行ったって言う。

山本 なるほど。

   で、今はご自身の会社を持っていらっしゃるという。
   社長(ですか)?
 
絹代 はい。

山本 社員一人の社長っていうことですね。
   わかりました。
   
絹代 ですから、ここまで来るのに私は自転車界で
   8年働いてますから。

山本 はい。

絹代 そんなに一朝一夕で来たっていうわけではなくて
   「チーム広報」っていう
   日本で言う2チームの代表の運営をやりまして。
   で、やっぱり積み重ねだと思うんですよ。
   
   私が自転車界で今、
   こういう形で働かせていただいているのも
   やっぱりボランティアとして
   ものすごい長い間働いてきたっていう(ことがあるからです)。

   日本代表の選手を運営するために、 
   連盟からもお金をもらえず、
   スポンサーをつけて運営して、
   ウェブサイトを作って選手の記事をあげて、
   雑誌に記事を送ってっていうことをやってきたんで
   それはやはり見てきた方がたくさんいらっしゃるので。
   
   そういう人たちとの人間関係があって、
   自転車関係の仕事ができる。

   で、その中でも私も大学院でこういう勉強をしたり。

   あと実際に日本でも東大の先生であったり
   名古屋市立の先生であったり、
   そういう研究をされている方に
   色々教えていただきながら。
   
   所詮、マスター(修士)ですから、
   ドクター(博士)も持ってないし、

   あの、価値としてはすごく低いんですけれども
   その中でも色んな方に教えていただきながら知識を入れて
   それを色んな所でお話してきたっていう実績があって。
   
   たぶん今私、ネットで
   「絹代、自転車」って引くと(検索すると)
   だーっと出てくると思うんですけれども、

   それだけの仕事を国内で沢山してきているので、
   なんかそういうのを見て、
   あっこの人を呼ぼう、
   こんなことをやっているので頼もうって
   どんどん増えてくるんだと思うんですね。

・・・

・・・

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http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65463031.html



JICA離職後にマスコミ関係の仕事、そして自転車普及_5 3916字

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自転車関係への、きっかけ


山本 …で、その「体の勉強」を始めたのが(どう関係しているのか?)

   (というわけで)その、
   いよいよ自転車の件をお聞きしたいんですけれども。
   
絹代 てか、まぁその、オーディションに、
   番組のオーディションに受かったと。

   で、Jスポーツの「ママチャリに乗ろう」っていう番組があって
   
山本 Gスポーツって?。

絹代 Jスポーツっていう放送局があるんです。

Jスポーツ
http://www.jsports.co.jp/    

山本 そうですか。 
 
絹代 スポーツ系の放送局としては最大なんですけど、
   
山本 すいません、それはあのスカイパーフェクトTVとか。

スカイパーフェクトTV
http://www.skyperfectv.co.jp/
 
絹代 そうですね、ケーブルとかでも見られますし。
   はい。

   で、そこの番組に受かったのがきっかけで、
   まぁ、自転車に興味を持つようになったという。

山本 あぁ、なるほど。
   受かったのは個人で応募したのですか?
 
絹代 はい。

山本 あぁ、そうですか。
    
絹代 まぁ、まともなプロダクションではなくて。
   なんていうか…、

   舞台役者さんがたくさんいらっしゃったっていうのと
   養成所を持っていて。

   で、私もちょっとお知り合いだったというか。
   色々なことがあって籍を
   仮に置いていたっていう感じですね。
   
   で、それで、まぁ
   「NHKの英会話」って
   ご存じかどうかわかりませんけれど、
   結構タレントの花形的な(ポジションで)。

NHK教育 ニュースで英会話
http://cgi2.nhk.or.jp/e-news/index.cgi

   私の次に、クールをやったのが加藤夏希ちゃんっていう
   今もモデルをやっている女の子なんで。

加藤夏希 オフィシャルサイト powered by syncl
http://natsukikato.syncl.jp/
   
   結構私の時も吉岡美穂ちゃんとか中根かすみちゃんとか。

吉岡美穂 ONE EIGHT PROMOTION吉岡 美穂
http://www.18pro.co.jp/html/model001.html

仲根かすみ
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E7%BA%AC%A4%AB%A4%B9%A4%DF

   ユンソナさんが韓国語をやっている中での
   英語だったんですね。

ユンソナ
http://www.horipro.co.jp/talent/PF076/

   完全なタレントとして受かったんですけど、
   まぁやっていけるとは思わなかったし。
   
   それでまぁ、
   イギリスの大学院にも受かっていたので。
   それで…まぁ、そのまま大手に移ったりせず
   あのー…、会社も契約を…、  
   ちゃんとした契約もしてなかったんですけれど、
   (会社から)出るような形にして。
   
   で、そんな中で普通に履歴書送って、
   一般応募だったので。

   Jスポーツという番組に受かって。
   でー、自転車会の方々に会って
   ママチャリ以外の自転車を知ったっていう流れですね。

自転車活用推進研究会
http://www.cyclists.jp/

山本 普段からあのー、
   その、(スポーツ関係の)番組に合格する前から
   (普段から)自転車に乗っていたんですか?
 
絹代 今までもママチャリは、一般の方々と同じ様に
   通学の時に駅までとか、
   お買い物に行くときとか図書館に行くときとかに
   乗ってました。
   
山本 じゃ、特に自転車がものすごく興味が
   あったわけではない…?
 
絹代 あったわけではないですね。

   ただ、有酸素運動ってところで
   まぁ当時、そのタレントもどうしようかなぁって。

   マネージメントして下さるプロダクションに
   移ろうかなぁって。

   それとももう、
   (イギリスの大学院などで)勉強する方向に行こうかなって
   悩んでいる時期で。
   
   それでまぁ、自分が
   「スポーツ栄養」って学問を始めていて
   有酸素運動を自転車でするっていうのが
   ちょっと面白いかなって。

   なんかまぁ、テレビにも出れるし、
   その、どんなことをやるのか見てみたい
   っていうのがあって、応募した。

・・・

ここまでの経歴の確認


山本 ちょっと、時系列を確認しますが、
   あの1975年に生まれて、
   それで浪人とかしないで(大学へ)…?
 
絹代 してます。

山本 あ、してますか。
 
絹代 一浪してます。
   
山本 一浪されてたんですか。 
 
絹代 はい。

山本 一浪目は、あ、現役の時はどこの大学を受けたんですか。
 
絹代 早稲田と慶応と東京大学です。

山本 あぁ、そうですか。
 
絹代 はい。 

山本 それで、落ち…た?
 
絹代 早稲田、受かりました。

山本 あぁ、そうですか。
   でも、もう1年頑張ろうと。
 
絹代 そうですね。

   家は裕福な家庭ではなかったので、
   (私立大学である)早稲田大学の学費を4年間出してもらうよりは
   まぁ、国立に行った方が安いですし。

   で、結構反対を押し切って
   無理やり手続きをしないで浪人したって感じ。

山本 あぁなるほど。
 
絹代 はい。
   東京大学に行ってみたかったっていう。

山本 あぁはぁ。
   それは単純にいわゆるその…
   まぁ、一流大学って言われている(ことへの)憧れ等ですかね?
 
絹代 …なんか、私、何をやってもできない子供だったんです。

   運動神経もすごく悪くて。
   美術の才能もなくて。
   音楽の才能もなくて。
   何にも出来なくて。
   体もすごく弱くて。

   どうやって生きていこうって。
   
   で、勉強は頑張ればできた。
   そんな体力のいるものでもありませんし。

   なんか、生きていくために、
   なんかこう、東京大学に行ったら
   食べていけるんじゃないかって思ったんです。
   東大行ったら、なんか開けるんじゃないかって。
   東大生ってものになったら、何か変わるんじゃないかって。
   
   で、うち、おじいちゃんが科学者で
   東大に行きたかったけど行けなかった人で。
   で、紫綬褒章とかも戴いてはいるんですけれども。

   ずーっと何か「東大の悪口は言っている」って聞いていて
   本当はおじいちゃんは行きたかったんだって。
   
   そういうのもあって、
   なんか、当時、おじいちゃんはすごく具合が悪くて。
   浪人している最中に亡くなったんですけれども。
   んー、なんか行ってみたかったっていう。

山本 なるほど。
   わかりました。

   んー、で、一浪して(東大に)受かって。

   卒業する時に、
   大学を卒業する時に、23歳かな。
 
絹代 えーっと、その、
   1999年の3月に23で卒業しているはず。
   
   で、1999年に入団ですよね。私、JICAに。

山本 そうですね

絹代 99年入団ですよね。
   (年齢の)サバ一切読んでない(誤魔化してない)ので、
   順当に生きているとそうなるのかなと思います。

山本 で、同年に(入団してから)8か月でJICAを辞められて。

   その後、体を壊している時期があって。
   
   そのー…、
   まぁじゃぁわかりやすいところで、

   NHKのその、英会話(の司会者)に合格した、ということは、
   体調が戻って合格されたんでしょうから。

   それ、受かったのは何年ぐらいですか?

絹代 2001年ですね。
   2001年のオーディションで放送は2002年です。

山本 2001年は何歳ぐらいです?
 
絹代 26(歳になる年)ですね。
   だから25歳か、26歳。

   2000年、2001年はともかく生きられなかったです。
   もう家で寝て、医療費ばっかりかかって。
   もう親からお金をもらえなかったので、
   医療費のために一生懸命アルバイトをしたっていう。

山本 アルバイトは何をされたんです。 
 
絹代 家庭教師もやってましたし、
   あと当時、
   医療系の放送局のレポーターもやってました。
   
山本 あぁ、そうですか。 
 
絹代 それは(ギャラは)すっごい安かったんですけれど、
   それがきっかけでしゃべる仕事に就くようになって。

   んー、あと何やってたかなぁ、当時…。
   
山本 すいません。医療系の放送局って何ですか?
 
絹代 ケアネットっていうお医者様向けの放送局があるんですよ

ケアネット
http://www.carenet.com/index.php

山本 スカイパーフェクトTV関係の。
 
絹代 そうですね。
   スカパーですね。

山本 はぁ、そうですか。知りませんでした。
 
絹代 で、新しい褥創(じょくそう)ケアが出ましたとか、
   新型のカテーテルの紹介とか、
   あとインフルエンザのタミフルなのかリレンザなのか、
   みたいな番組をやっていました。

山本 あぁ、なるほど。
   わかりました。

   えーっと、(その時点で)26歳…。
   (で、)今が、34歳ですよね。
 
絹代 そうですね、今年35になるところです。
   
・・・

イギリスの大学院に行った話


山本 (と、いうことは、26歳から34歳までの間に、
    8年ぐらいの歴史(経歴)が何かあるはず・・)

   あっ、次はですね、お聞きしたいことは
   大学院の話で、

   英国国学院・チェスター大学 (University of Chester) の
   「運動と栄養の科学」(exercise and nutrition science)
   っていうの(コース)を
   1年ぐらいで取ったんですか?

Home University Of Chester
http://www.chester.ac.uk/

Exercise and Nutrition Science University Of Chester
http://www.chester.ac.uk/postgraduate/ens-chester

絹代 6年(かけて取りました)。
   パートタイムで行きました。

   やっぱり1年間(仕事を)辞めて、
   滞在費を出してっていうリスクは背負えなかったので。

   パートタイム・スチューデントで
   6年間の中で単位を取るっていう形で
   行って帰って行って帰って。
   
山本 あぁ、そうですか。
   それが、26歳ぐらいからなんですか。
 
絹代 2002年の、12月、
   2003年の1月から
   2007年の…1月、とっ。
   その渡航が最後だと思います。

山本 はぁ。
   で現在、マスター(大学院修士)を持っていらっしゃいますか。 
 
絹代 えー…、サーティフィケイト(修了証書)っていう。
   学位って形になるんですけれども。
   論文は書かなかったんですよ。

   で、向こうって何段階かあって、
   マスター・ディグリー(修士号)ってのと
   サーティフィケイト(修了証書)があって。

   で、ちょっと経済的な理由もあって、
   サーティフィケイトで。

   マスタークラスの学位っていう名前のものを持っています。
   
山本 なるほど。
 
絹代 はい。

山本 わかりました。

・・・
・・・

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JICA離職後にマスコミ関係の仕事、そして自転車普及_4 5416字

.

JICAを辞めた理由は?


山本 で、8ヶ月間でやめる事になったんですけれども
   その理由は何だったんでしょうかね?   

絹代 んー、そのー…。

   「自分は組織の中にいる人間じゃないな」という。

   で、この辺り聞いて
   (国際協力をやりたいと思ってこの記事を読んでいる人が)
   がっかりすると思うんですけれども。
   
   …なんというか、…んー
   あぁいう、一つの団体の中で何かをやっていくってことが
   すごく向いてないなぁってって思って。

   で、もうちょっと自分はフレキシブルに   
   色んな人と接して、色んなことをやっていた方が
   自分らしいなぁってっていのうがあって。
   
   で、(JICAに就職した年の)夏に休暇を頂いて、
   グランドキャニオンに行って。
   で、まぁ一人旅だったんですけれども
   グランドキャニオンになぜか2泊か3泊したんですよ。
   で、朝日と夕日を毎日見て。

   現地の方と色々お話していて。

   で、(子どもたちも)もう学校にも行ってないっていう
   ご家族がいらっしゃって、
   
   で、そこで何か色んな話をして。
   なんかこう、
   「大学を出て就職をして、そこの組織にずっといてっていう枠」
   が
   なんか全てではないんだなぁって
   すごくその時に思ったんですね。

山本 グランドキャニオンの地域の人の(ご家族)?

絹代 いや、一般の(ご家族)。
   もちろん、アメリカの方ですよ。

山本 はい。

絹代 アメリカの方で多分休暇とかで
   お子さんを連れて色々と転々とされているみたいで。

   そういう方の生き方とかを聞いていると
   やっぱり、中学校高校大学を出て
   企業に就職して、終身雇用でっていう枠って
   なんかもう、全然絶対のものでないんだなっていう。
   
   人生は一回しかなくて、
   でー、この枠は普通だからって生きていくのが
   すごくもったいないなって思って。

   それで、帰ってきて、課長に辞めさせて下さいって。
   だから、9月の段階で、もう(決めていました)。
  
山本 あぁ、そうですか。
   
絹代 早い方が次の人材も補充できるっていうのもありますし。
   税金で動いている以上、
   ともかくJICAに無駄な出費をさせてはいけないので。 
   
   でー、最初の海外…
   え−、出張って 一人では行けないんですよ。

   課長か課長代理と一緒に行かなくてはならなくて
   で、そうすると100万円単位のお金がかかるわけであって
   それを将来のない私に使わせちゃいけないと思って。
   で、9月の段階で言えば、そう、出張がなくなる。
   
山本 じゃ、(その年の)秋ぐらい、
   10月頃には(海外出張が)予定されてたってことですか?

絹代 えーっと、12月ですね、多分。

   最初の海外出張っておそらくみんな
   11月12月にすると思うんですけど。
   9月の段階でやめさせてくださいってお話をして。

山本 …わかりました。
    
絹代 なんか、特にその段階で国際協力にも
   もうこだわっていませんでした。

   ある意味その、
   あぁ自分には何もできないって悟りもあって。
   
   その、学生時代ってなんかこう、
   (ペルーなどの)
   国を変えるじゃないですけれど、
   色んな国の現状を見て、
   これを良くするために何かできるんじゃないか
   っていうのがあったんですけれども、
   だんだんこう世の中が見えてくると
   私が頑張っても何も変わらないなって。
   
   で、JICAって、すーっごくみんなが熱くて、
   同期もお昼休みに勉強会をして
   より効率的な援助をするためにはどうしたらいいか
   ものすごくみんな一生懸命なんですね。
   
   で、やっぱりまぁ、
   (最近、事業仕訳で、無駄づかいが見つかり)JICA叩かれてますけど
   内部の人とたちってほんっとに一生懸命で。
   同期の人たちが(特に)。

   で、中も質素ですし、打ち上げとかいっても(質素で)。

   私、外部に出てから、
   イベントとかでも(派手に)打ち上げとかやってるんですけれど、

   (JICAの場合は)
   打ち上げも全員自費なんですよ。
   もう、公金(国の予算)使えないからって。
   
   で、すごくみんな高い志を持っていて。
   あぁ、自分はこの志を持ってみんなと一緒に動けない
   っていうのが多分1番大きな自分が辞めた原因ですね。
   
山本 なるほど。

絹代 国際協力って言うのをやっても自分が動いても
   なんかこう、歯車の一つにはなるかもしれないけれど
   特に何も大きな物を落とせない(残せない)って。

   だったら仕切りなおそうって。
   自分の人生は1回きりだから、
   何か自分に合っているもの、
   そういうものを探した方が人生としていいかなぁって。
   そういうのがあって辞めさせていただいた。
   
山本 なるほど。
   わかりました。
   
   うーんと、ちょっと余談ですが、
   「それの前」に辞められているので参考にはなりませんが、

   JICAはですねぇ、
   その私の本「世界と恋するおしごと」にも登場する
   JICA職員の廣澤さんが話してくれたんですが、

   毎年12月かなんかに(移動したい)希望の職場を表明できて。
   例えばですね。
   あのー仮にその…。
   
絹代 申請できると思います。

山本 申請は(出来た)。
   自分の職場を変えたいって言うシステムは
   (その当時も)あったはずなんですけれども。

   まぁ、その前に辞めちゃったってことですよね?

絹代 そうですねぇ。

   もう、JICAに対する文句は全っくありませんでした。
   同期もすごーっく人間的にも優れていて、
   私、みんな尊敬していましたし。
   
   上司もすごくしっかりしていたし、
   あの、私がいた課(の上司と)未だに
   年賀状やりとりしてますけど。

   すごく課長代理も私の教育係だった先輩もすごくいい方で。
   JICA自身に不満とか不安とか疑問とか
   何もありませんでしたね。
   だから私はその課で満足でしたし。
   
   ただ、私が、組織の中にいて、
   何かコツコツ仕事をやっていくのが(出来なかった)。

   大学時代は就職就職って思って就職したけれども
   どうだったんだろうって。 

・・・

国際協力と、結婚・子育て


絹代 あとは、なんか、私は、
   まぁ未だに結婚はしていないんですけれど、
   結婚をして子供を産んで家庭を作りたくて。

   JICAって在外(海外勤務)もありますし、
   なんかこれってどうなんだろうって。
   
   やっぱり、変な話なんですけれど、
   そういう中で1番大切なのは自分であり、
   自分の家庭であり、そういうものなんじゃないかって。

   JICAってやっぱり、離婚も多いですし。
   その、インドネシアとケニアに別れちゃったりとか
   っていう夫婦もいたりして。
   
   私が1番大切にするのは「そこ」じゃなくてまず自分で。
   自分がしっかりして初めて何かができるって。

   自分がその、組織の中で中にいる人たちの
   生活っていうのに、
   いいなって、
   ああなりたいって、思えないのであれば、
   それはたぶん違うに違いないって思って。
   で、辞めてもう1回探そうと思ったんです。

山本 なるほど、わかりました。

   (余談ですが)私もその・・

   自分(一人)がやっても何も世界は変わらないって
   思っているくせに
   その上で
   (それでも国際協力を)やっている一人ではあるんですけれども。
   
   あのー…、えっと参考までに、
   えっと、昨年度のですね、日本人の離婚率が
   確か大体35%で。

絹代 あぁ、そんなに。

山本 あの3分の1強ぐらいなんですけれども。
   えっと、まぁ国際協力をやっている
   JICAであり国連であれ、
   まぁその離婚率が高いのはどこもそうなんですけれども。
   
   まぁJICAさんは例えばその、
   最初の2週間の研修の時に、
   うちは離婚率高いよ
   っていうのは正直にしゃっべてたんですか
   
絹代 言ってたと思いますよ。
   言ってたし、研修中でも、
   うちは在外(海外勤務)、
   面接でも、うちは在外がありますよって。
   
   でも、私も正直に(面接の時に)、
   私も子供は産みたいですし(と言いました)。

   ただ、今の段階でどんなに言っても、
   旦那がなかなか見つからないかもしれないし、
   正直わかりませんって答えました。
   
   で、実際、私の同期(の)、女子は1人出産後(JICAを)辞めてますが、
   残りはほぼ全員出産して、
   今もJICA内で育休取ったりして、仕事してますね。

山本 はい。
   あっ、仕事を続けて(いる件について、ですが)

   女性でも仕事を続けているような人は?

絹代 実際みんな子供を産んでもJICAの中で仕事をしてますね。
   ただ…、すごく…。

   男性にしてもJICA内結婚をして、
   ものすごく遠く離れている方も
   実際はいらっしゃいますし。

   あとはまぁ、関係ないところというか
   他の所から(JICA外の方と)結婚されて、
   奥様がついた状態で
   在外に行っている人もいますね。
   
   結構みんな、そうでもないんだなっていう。

   まぁでも…、まぁねぇ、世に出てしまえば
   別れて暮らしている夫婦はたくさんいるわけで、
   仕事の関係で。
   なんでもないんですけれども。
   
   なんかその当時は色んなものを考え合わせたときに、
   この組織の中にいた自分、
   4年後の自分っていうものが
   こう自分として想像して、
   自分が子供のころから欲しかったものなのかなぁって
   思った時に、
   そうじゃないかもって。
   それもあって、決断は早い方がいいなと。
 
山本 はい、わかりました。
   えっと、
   (今までの話をまとめると、JICAを辞めた)理由としては
   2点あると思いまして。

   それは、
   (官僚的な)組織に合わないのと、
   周りは国際協力にすごく熱い人なのに
   自分はちょっと違うということの
   2点なのかなって(思って)お聞きしていたのですけれど。

・・・

JICAを辞めた後、体調を崩した件



山本 それではですね、もし組織に合わないとすると、

   今あなたの履歴書(の掲載されているホームページ)
   を見ながら言ってるんですが、
   その後、いわゆるかっちりした会社のような組織には?
   
絹代 一切入ってないですね。
   自分の会社の社長をという形で(やっています)。
   一人(で)会社を持っていますけれども。

   ただ、決定的なのはJICAをやめる時のストレスで
   体を壊しまして、
   まったく普通の人のような暮らしを
   できない体になっちゃったんですね。

山本 あぁ、そうですか。 

絹代 で、当然就職もできませんし、
   それで「体の勉強」を始めたんです。

山本 はぁ、そうですか。

絹代 はい。

山本 えっと、失礼ですが、私、医者なんであえて聞きますが、
   身体的な病気ですか、それとも精神的な病気ですか?
   
絹代 うーん、身体でしょうね。
   わからないです、私も。

山本 あぁそうですか。
 
絹代 原因不明の腹痛で、病院に入って、
   で、そのまま・・

   すごく「やぶ病院」だったんですよ。
   処置をしてもらえなくて、
   痛いって(言うと)モルヒネを打たれていたりしてて。 
  
   で、そこにいる間に免疫機能が完全に崩れたらしく、
   退院した時には激しい喘息になっていて、
   小走りになっても、喘息になってしまう。
   
   でー、すぐ熱も出すし、1日まともに他の人のように
   動くっていうことができないくらい体力的に落ちてしまって。
   で、その時婦人科に私、入院していたんですけれど、
   婦人科だったのかどうかもわからない

山本 はい。
 
絹代 で、そこを出て、心療内科に一応通って。
   でも、心療内科って問題でも実はなくて。

   で、中国の先生がやっていた漢方クリニックに行って、
   そこで漢方治療を2年間ぐらいして
   やっと普通になった。

山本 あぁ、そうですか。
     
絹代 その間、2回ぐらい入院してますけど。

山本 あぁ。ほんと。
   まぁ、医者としては耳が痛いですね、それは
 
絹代 特にもう、喘息がひどくなってしまって。
   (もともと)小児喘息が生後11カ月からありまして。

   もう、もともと超虚弱体質の
   大人になる前に死んでたような感じだったんですけれど。
   小児喘息は中学生で落ち着いていて。
   
   発作は起こしてなかったんですが、
   当時の喘鳴が聞こえるような喘息とは違い、
   気管支に炎症が広がるような喘息だと。

注:医学的には、おそらく当時、
喘息性気管支炎、という病名だったと思われる。

   あと声帯の周りがおかしくなる、
   声帯結節で声が出なくなってしまったり。
   
   で、少しその時、私、演劇をやってたんですよ。
   で、女優さんになりたかったんですけれど、
   もう、その辺りからひどい煙草のアレルギーになって。
   煙草で今も私、ものすごく(声帯が)痛いのと喘息を起すんですけど。
   
   現場がもう、煙草のある現場がこなせない、
   と、埃がダメ。

   で、猫、鳥もダメだし、花粉も私、熱出すんですね。

   で、あるゆる条件でもう多分女優は絶対できない。
   で、じゃぁ、どうしよう。
   で、「体の勉強」を始めたっていう。

・・・

テレビ関係の仕事へ
   

山本 なるほど、わかりました。
   またそんで、で、そのまぁ、女優っていうか
   モデル等(の仕事)もかじった時代に
   私の友達のマルさんに会ったっていう(ことですね)。

注:モデルの、まるさんから、
今回、絹代さんを山本は紹介してもらった。
二人は、以前、横浜のドレスショーで
モデルとして共演したことがあったため。
  
絹代 そうですねぇ。
   その時はもう元気になっていた。

   比較的元気になっていて
   NHKの英会話のオーディションとかに
   受かってやってた時代じゃないかと思います。

NHK教育 英会話
http://www.nhk.or.jp/gogaku/english/index.html

山本 NHKの英会話(のMC:master of ceremony(司会者))
   に受かったて言うのは?
   もちろんその、NHKの職員になったわけじゃなくて?
 
絹代 なったわけじゃないです。
   タレントとしてです。

山本 ということは、その、タレントを雇う
   いわゆる(芸能)プロダクションは
   いっぱいあるわけじゃないですか。
   その中に所属していたっていう(ことですか?)…。
 
絹代 当時は、1個、プロダクションを通しましたね、
   それに関しては。

   ただ、所属っていうかもう、
   ほんとに仮に数カ月、籍を置いていて。
   最初のオーディションがそれだったっていう(だけです)。

山本 なるほど。
   わかりました。

・・・
・・・

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JICA離職後にマスコミ関係の仕事、そして自転車普及_3 3843字

.

勉強が嫌いなのに、勉強したことの矛盾について


絹代 ただまぁ、JICAは受かるつもりで受けていた。

   当然すごく勉強もしていましたし、
   知識もあったし、志もあったので。
   結構、なんか、受かるつもりで受けていて。
   で、JICAに自分が受け入れてもらえないんだったら
   商社にいって、言われた仕事をしていようって
   そういう感じだったと思います。   
   
山本 なるほど。
   そっか…。

   1点ちょっと矛盾していたことを聞いていいですか?

絹代 はい、どうぞ。

山本 最初その、大学2年生から3年生になるときに
   「私は勉強が好きではなかった」って言って、
   「だから農学系のところに入った」っておっしゃっていたのですが、

   (ところが)先ほど、最後におっしゃっていたのが
   JICAに受かるために…(すごく勉強していた?)。

絹代 「勉強」っていうのがですね。

   例えば、最初に申し上げた
   教養学部の比較文化論であったり文学系になると
   文献をたくさん読んで、比較文化に対する
   これだけの芸術家を知っている、
   これだけの文学者を知っている、
   これだけの音楽家を知っているという
   勝負になってしまうんですね。
   
   そういう、机の上での勉強が嫌。

   JICAの勉強でしたら毎日机の上に向かって 
   何かを研究したわけでは当然なく。

   その国際協力っていうフィールドも
   私は見ておりましたし、
   (JICA)専門員の方にも沢山接しておりましたし
   そういう意味の勉強ですね。
  
   机の上での勉強…。
   厳密に、机の上の勉強なのかって言われると確かに
   JICAに関して、途上国に関しても机の上で
   勉強していたかもしれませんけれども。
   
   いわゆるなんだろう…。
   私の言葉が悪かったんですけれど、

   その大学に入るまでの勉強ってのは
   完ぺきに「お勉強」なわけなのですよ、机の上での。
   
   そういう意味でのお勉強は特に好きではなかった。
   歴史について調べるとか。
   なんか、んー、そういう意味での
   勉強があまり向いていなく、
   それで農学部に来たって感じですかね。

山本 なるほど。
    
絹代 だから言葉を変えて言うならば、
   多分、「勉強という感覚」を持って。

   多分、私が勉強という単語を使ってしまったことが
   行けなかったって思うんですけれども、
   「勉強っていう感覚」を持ってやっているものと、
   「勉強という感覚」を持たないで
   ものについて調べている人があると思うんですね。
   
   資格試験をとるための勉強っていうのはおそらく
   問題集を解いたりする勉強で。

   ただ、何かを興味を持ったときに
   何かそれに対して突き詰めていくのって
   「勉強って感覚」じゃないと思うんですよ。
   
   だから、多分私の大学3、4年生に関しては
   「勉強って感覚」ではなかった。
   だから、私がさっき勉強って言葉を使っちゃったのが
   混乱を招いているのだと思います。
   ごめんなさい。

山本 あぁー、いいですよ。
   いえいえ。
   こちらとしては、何も(反論は)してないです。

   勉強してますし、いわゆる自分の好奇心を満たす
   というのも勉強かもしれません。、
   まぁ、その何らかの大学院を受けるための勉強も
   勉強ですし。
   
絹代 ねぇ、色々あると思うんですけど。

   ただ、すごく私が大学3、4年生にいた頃は、
   めったに勉強しない、
   大学の勉強をしたくない人が集まる学科だったんです。

   アメフトとか野球部とかそういう人が多くて
   学校には来ないけど単位は取れるとか。
   
   でも、農場実習もありましたし。

   私もその、大学院行こうとか、学者になろうとかの
   意思は全くなかったので。

   なんかその自分の知識に1番近いところで単位が取れて
   なんか自分の中に入れられる学科だったらいいなって。
 
   結構そういう意味では、すごく自由で。
   んー、まぁ色んな事をやって忙しかったって言う記憶は
   あるんですけど、
   そこに「勉強した記憶」ってのはないですね。

・・・

JICA職員の試験について

   
山本 なるほど、わかりました。

   で、えっと、JICA試験は、でしてね。
   いわゆる、1次の書類選考等があって
   次に筆記試験があって、多分、面接等があって
   で、(ようやく)受かると思うんですけれども。
   当時、倍率はどのくらいでしたか?

絹代 ごめんなさい(笑)
   よく覚えてないですね。
   35人ぐらい受かったと思うんですけれども
   何人受験したとかは(わからないです)。

山本 まぁ、おそらく1000人前後だと思うんですけれども、
   年によって、あれな(バラツキがある)んですけれども。

   まぁ仮に1000人ぐらい受験して、
   35人ぐらいこの年は受かったってことに(しておきましょう)。

   まぁもちろんその、新規採用ですよね?

注:
JICA職員の募集には
新規採用(大学新卒の採用)と中途採用(社会人経験者の採用)
がある。また、他にもいろいろなケースがある。

絹代 はい。

・・・

JICAに就職した後の研修について


山本 わかりました。
   えーっと…、次はえーっと。
   新規採用の場合は、確か中途採用と違って
   最初になんかあの、
   一通りの研修をJICAがするはずなんですけれども。

絹代 はい、しますね。
   はい。

山本 えっと、あれどのくらいの期間でしたっけね、
   一通りの(研修期間は)?
   
絹代 2週間ぐらいですね。

山本 2週間ぐらい。 

絹代 はい。

山本 わかりました。

   あっ、で、結局・・のことを聞いてしまうと
   やめたのはいつですか?

絹代 (入社した年の)12月ですね。

山本 入ったのはいつですか?

絹代 4月です。

山本 ということは

絹代 8か月ですね。

山本 そうですね。

   わかりました。
   えーっと8カ月の間、最初の2週間の研修があって
   そのあとはどこの部署に配属になったんですか?

絹代 えーっと。
   農業開発協力部の畜産園芸課です。

山本 あぁそうですか。 

絹代 プロジェクト方式の技術協力をやって。

山本 はい。
   その中では、具体的にはどんな?
   ま、新人だからあれだと思うんですけれども
   何かのアシスタントみたいなことを
   やられていたりだと思うんですけれど。

絹代 そうですね。
   
山本 はい。
   えー、具体的にはなんか関わったプロジェクトは?
   JICAは確か、いわゆる
   「課題部」という、農業等をやっている科目と
   「地域部」っていう、
   例えばアフリカとかアジアの(地域別の部署があるはずだが)

絹代 当時は地域部とかってくくりはなかったです。 

山本 なかったんですか。
   あー、そうですか。

絹代 で、私たちのところは
   プロジェクト方式の技術促進をやっているところで。
   その中で畜産園芸に関するプロジェクトを
   やっているところだったんですね。
   地域部はその後に作られたと思います。

  
山本 はい、そうですか。
   わかりました

   じゃ、具体的に当時、
   具体的にどこの国のプロジェクトをやって(たんですか)?

絹代 ただ、やって(ない)…。

   私は当然担当を持っていなかったので。
   サブで色んな方の持ち回りをするとか。

   あの、サポートをする記入、書類の記入とかを
   アシストしていくとかみたいな形だったので。
   特に私は担当は持ってなかったですね。
   
山本 なるほど。
   …えーっと、すると、当然それは
   当時ですから(JICA本部は)
   マインズ・タワーという代々木にある(ビルにあった)?

新宿マインズタワー
http://www.eonet.ne.jp/~building-pc/tokyo/tokyo-161mainzu.htm

絹代 はい、そうです。

山本 新宿の横にあるやつですよね。
   で、えっと、その中の、いわゆる(JICA)本部にいらっしゃって。

   例えば、あの、(JICAの)国内機関、
   えっとなんだ、仙台とか広島とか
   
絹代 ありますね、中国国際センターとか

国内拠点 JICAの機関・施設 JICAについて
http://www.jica.go.jp/about/structure/organization/domestic.html

山本 あの辺とかには、2週間の研修の時に、
   行ったりはしてるんですか?   
    
絹代 筑波には全員、行ったと思います。 

JICA筑波 - 国際協力機構 筑波国際センター
http://www.jica.go.jp/tsukuba/index.html

山本 あぁ、そうですか

絹代 あと、東京国際総合センターでしたっけ?
   幡ヶ谷にある(センターは)?
   あそこは研修で何回も行きましたね。

JICA東京国際センター
http://www.jica.go.jp/tokyo/index.html

山本 はい。
   あの、泊まれるところがあるやつですよね?
   
絹代 はい

山本 途上国の方がよく来ている。 

絹代 はい、そうです

山本 わかりました。

   では、在外(ざいがい)…、
   国外にあるJICAの、
   例えばケニア事務所等々の所には特別に(行きましたか)?

絹代 行ってないですね。
   
山本 あぁ、そうですか 

絹代 ケニア事務所があることも知りませんでしたし、今まで。
   
山本 あぁ、そうですか、わかりました。
   じゃぁ、ほんとに本部がほとんど。
   筑波にちょっと、
   あと幡ヶ谷にちょっとっていうぐらいで。

絹代 そうですね。
   全員筑波に、1泊2日か2泊3日の研修があったのと、
   あとー…、うっ、なんて言ったっけ?
   東京国際総合センターだっけ?
   あそこで基本的に研修なんですよ。
   マインズタワーでは研修できるお部屋とかがないので。
   あそこの部屋でレクチャーとかをやっていたので。
   あそこには毎日みんな行ってたと思います。
  
山本 あぁ、なるほど。

   あと最近(JICAは)引っ越しをしまして
   えーっと今は麹町でしたかね?

JICA本部
http://www.jica.go.jp/about/structure/organization/hq.html
   
絹代 向こうの方にもありますね。
   
山本 向こうの方にJICAは移動しましたね。
 
   で、(話を元に)戻してですね。 

・・・
・・・

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