山本敏晴のブログ

1965年生、仙台出身。医師・写真家・NPO法人宇宙船地球号理事長。元国境なき医師団日本理事。 峭餾欟力師」という概念を提唱。企業の社会的責任(CSR)を推進。世界中で大切なものの「お絵描きイベント」を実施。著書に『世界で一番いのちの短い国』『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 『国際協力師になるために』、『あなたのたいせつなものはなんですか?』『世界と恋するおしごと』『地球温暖化 しずみゆく楽園ツバル』『「国際協力」をやってみませんか?』など

2010年08月

映画ツバル上映会と講演のお知らせ、秋田 20100905

.

秋田で、再び、映画ツバル上映会と講演をやります。

昨年(2009年)の
10月31日と11月1日にも、二日連続で、
秋田県地球温暖化防止活動推進センターの主催で、
講演をしました。

初日は、
地球温暖化防止活動をしているスタッフに対して、
「人々に啓発するための、やり方」を講義して欲しい、
と言われたので、
通常とは違う内容の講演をしました。

詳細は、以下です。


伝え方、私の手法?、それは「亀は久美子」
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65319087.html


一方、
秋田では、面白い、地球温暖化対策を
行っていました。

風力発電と、美容院で行う温暖化対策です。

以下、ご一読を。


風の王国プロジェクト、秋田から 2992字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65319846.html

美容院こそできる、地球温暖化の対策 1793字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65323030.html


以上が、前ふりです。

以下、今週末の、講演の情報を掲載します。


・・・

会 期
2010年09月05日(日) 14時45分より16時15分

会 場
秋田拠点センター ALVE 2階多目的ホール
〒010-8506 秋田県秋田市東通仲町4番1号
http://www.e-alve.com/

主 催
秋田県、あきたエコ&リサイクルフェスティバル実行委員会、
http://hojinashi.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-a865.html

ストップ・ザ・温暖化あきた県民会議、
http://www.pref.akita.lg.jp/icity/browser?

ActionCode=content&ContentID=1194481417515&SiteID=0

秋田県地球温暖化防止活動推進センター等
http://www.eco-akita.org/onsen/

お問い合せ
TEL 018-860-1574 松岡

公 開
一般公開、無料




自殺に対する私の個人的な考え方(20歳未満禁) 6791字

.

以前から、書こうか書くまいか、
そうとう考えてきたのだが、
やはり、
「私が、そう思っている、ということ」
自体は事実なので
書いてしまおうと思う。

ある意味において、反社会的なことを書く。

これから書くことは
(一般的な意味では)
その人の人格形成において
悪影響を及ぼす可能性があるので、
以下の方は、読まないで下さい。

1.20歳未満の方
2.自殺をする可能性のある方
3.精神的に、かなり思い悩んでいる方


では、
誰に読んで欲しくて、
こんなことを書いているのかというと、
次のように思っている方に
読んで欲しいのである。

1.自殺など考えたこともない方
2.自殺は悪いことだと思っている方
3.自殺について考えることを(無意識に)避けている方
4.自殺する人を哀れだ、かわいそうだと思っている方

以上の人に、
「一般的に知られている自殺の概念とは、別の考え方がある」
ということを知って頂くことは、

もしかすると、なんらかの形で、
(多様な意見が混在し続ける)「この世界」にとって
有益かもしれない、と思うからである。


さて、では、20行ほど、改行してから、
本論を始める。

・・・




















・・・

その1.教育と洗脳


まず、子どもの頃に受ける「教育」の中に、
「倫理教育」とか、「道徳」
と呼ばれるものがある。

その中に、
「他人のものを盗んではいけません」
とか
「人を殺してはいけません」
というものも、入っている。

こうしたことを
教育(洗脳)することによって、

そうした行動(一般的な、悪いこと)をする人間を減らす、
あるいは、
そうした行動を選択する回数を減らそう、
という試みがなされている。

なぜ、
そのような洗脳をしているかというと、

1.
お互いに殺しあったり、
お互いに物を盗みあったりしたら、
おちおち穏やかな生活をしておられないので、

お互い、そういうことを止めましょう、
という概念が、昔からあり、
また各国で、そうした行為を取り締まるための
法律があるからだ。

ともかく、この部分においては、
個人のため、その人、本人のため、にも、
結果的になっている。

2.
もう一つは、国家のため、である。

社会が、不安定化していると、
おちおち「金儲け」(かねもうけ)に専念できないので、
ともかく、
人々が仕事に専念できるよう、

まずは、社会を安定化させる方向に、
国民を、
子どもの頃から、教育(洗脳)しておこう、
という方針がある。

要するに、
経済の発展のため、あるいは、
国家の安定(維持)のため、
にそうした洗脳が行われている側面もある。


で、
当たり前だが、
上記は、そうした目的を持つ、
個人や、集団、組織の都合によるもので、
「ものごとの本質とは、全く関係ない」。

((真実を追求するための)哲学(あるいは科学)を行う際には、
 どうでもいいことである、と言ってもよい。)


仮に、
あなたが、

「自分の人生には、どんな意味があるのだろう?」

「なんのために、自分は生きているのか?」

「本当に正しいことって、なんだろう?」

などということを、『本気で』考え、
それを見出すことが、
自分にとって、最も価値のあることだと考えた場合、

子どもの頃から教わってきた
「社会通念」を、
全部、ぶち壊してみる必要がでてくる。

誰かが正しいこととして作った
「教育の項目」(洗脳の項目)を
全て、ぶちこわし、
最初の一歩(前提)から、自分で考えてゆくために。


で、
後述するが、
前提をとりはらって考えてみると、
恐るべき「事実」が浮かび上がってくるのだ。


・・・

その2.矛盾の発見


わかりやすいように、
私の子どもの頃の話をしよう。

「人に迷惑をかけてはいけない」

という言葉がある。

これに関連して、
「人を殺してはいけない」
「人の物を盗んではいけない」
という概念がある。

子どもの頃、比較的、純粋な少年だった私は、
わりとそれを素直に受け入れ、信じていた。

「ああ、そうか。
 人に迷惑をかけちゃいけないんだな。
 そうゆうことをしない人が、良い人なんだな。
 お互いに、
 相手に迷惑をかけちゃいけないと、考えるようになれば、
 自分も、他人も、
 両方、しあわせになれるかもしれない。
 きっとそれは、素晴らしいことに違いない」

わりと素直に、そう思っていた。


しかし、
二つのことに気づき、その「理想社会」の概念は、
崩壊してゆく。


1.受験と競争社会

私は地方に住んでいたので、
東京ほどではなかったのだが、

それでも高校入学の時などに受験があり、
頭のいい奴が、いい高校に入り、
頭の悪い奴が、悪い高校に入る、
という制度があった。

で、
(本当かどうかは別にして)
いい高校に入ると、いい大学に入れて、
将来、いい会社に入れて、
お金持ちになれる、
と、教えられていた。

だから、勉強しなさい、と。

で、しかし、
ここで、矛盾に気がついた。

自分が高校の受験に合格すると、
誰か一人を、蹴落とす(不合格にさせる)ことになる。

自分が、わざと高校の受験に失敗すれば、
誰か一人が、幸せになれる(いい高校に合格する)。

だから、
「人に迷惑をかけない」
ことを最優先するのであれば、
「自分は、受験に失敗した方がいい」し、
そもそも
「受験などしない方がいい」
ということになる。

考えようによっては、
「勉強もする必要がないのでは?」
とも思える。

つまり、
「自分が幸せになろうと努力すること」が、
「結果的に、他人の不幸せ(ふしあわせ)につながる」
ことがある、
ということを知るようになる。

現在の日本のような「資本主義社会」では、
この「競争社会」の原則によって、
はっきり言えば、
「弱肉強食」の状態であり、

次のような条件を満たす子どもが、
社会で成功しやすくなっている、
という現状があるようだ。

(1)与えられた勉強を素直にする、という性格を持つ。

(2)それを吸収する能力が脳にある。

(3)倫理教育を「浅く」うのみにし、深く考えず、
   「社会適応性」を身につけられる。

(4)他人に迷惑をかけない、ということと、
   受験戦争で自分が勝ち残る、
   ということの矛盾に気がつかない。
   あるいは気づいても、それを黙殺(無視)できる。
   (本当の問題から、逃げ続ける性格である。)
   (あるいは、考えてもしょうがないことは考えない性格である。)

と、いうような、
一定の条件を満たす子どもが、
受験戦争に勝ち残り、
社会で成功しやすい体制になっている、とも言える。

これが、まず一つ。


2.人間も他の生物も、命の価値は同じ


このことも、学校の倫理教育で習うことの一つだ。

動物をいじめるのは、かわいそうだからやめましょう。
森の木々(植物)を守りましょう。
など。

しかし、そうは言っても、
私たちは、毎日、ご飯を食べている。

牛、豚、鶏、魚などを
『殺して』食べている。

米、麦、豆、野菜なども
『殺して』食べている。

で、まあ、一般的には
実際に(動物を)殺している瞬間の映像を子どもに見せると、
「精神的な悪影響」があり、
その子が、将来、
「グロテスクな犯罪行為をおこす可能性」が高くなる、
だから、
そうした部分を子どもに教えない(見せない)ことになっている。

で、これは
「社会を安定化」させるためには、確かに正しい。

しかし、
「物事の本質を考えさせるためには、明らかに、間違い」
である。

子どもは、
いや、人は、
知らなければならない。

自分が生きるために、毎日、
たくさんの生物たちを殺しているのだ、と。


(具体例をあげると、国にもよるが、
 例えば、牛を殺す際には、
 まず、電気ショックで失神させた後、
 後ろ足をつかんで、クレーンで引っ張り上げ、
 宙づりにし、その状態で、
 頸動脈を切って、血を全部抜く。
 大量の血が、床に放出され、血の海になる。
 それから、
 皮を剥ぎ、肉を切りだして、冷凍され、
 それが、あなたの家の食卓に届くのである。
 一度、見てみるといい。
 あまりの残酷さに、三日ぐらいは、
 肉を食べようなどと、思わないはずだ。)


で、
もしも、最初におそわる倫理教育の項目である

「人に迷惑をかけてはいけない」
「人間も他の動物も同じ生命」

ということを、
自分にとっての絶対的価値、と思うのであれば、

食事をするたびに、
「本当に申し訳ない」と思い、
(間接的にだが)殺してしまった動物や植物たちに、
謝罪をし、お詫びをしないといけない、と思うはずだ。

食事のたび、1日3回、毎回である。


あるいは、
生物を殺して食事をすることを一切やめて、
化学的に合成された、ビタミン剤などだけを飲んで生きる、
ということを、考える可能性もある。

矛盾したくないのであれば、
これしかないのかもしれない。


3.呼吸をするたびに、生物を殺している


ところが、
問題は、食事だけではなかった。

小中学校でも、理科の授業で習うのだが、
世の中には、たくさんの微生物がいる、ことを知る。

自分の皮膚にも、
常に、たくさんの細菌が住んでいるし、
空気中にも、
たくさんの細菌が、ぷかぷか浮いていると。

で、
私たちが、毎分、16回前後、呼吸をするたびに、
その空気中の浮遊細菌を吸いこんでおり、
それを、
肺にいる、白血球が、殺している。

つまり、
他の生物を殺したくなければ、
呼吸をするのを止めるしかないのである。


つまり、一言でいえば

「私は、生きているだけで、罪」

なのである。


自分が生きる、というだけで、
他の多くの生物に迷惑をかけている。

さらに、
受験にかかわらず、(仕事でも)
自分が「競争社会」で成功しよう、と考え、
それに関して行動する、ということは、
(間接的に)
他人に迷惑をかけている可能性が高い。

つまり、
もしも私が、「本当に優しい子」だった場合、
この矛盾を解消するために、
一つの選択肢をとる、可能性がある。


それが、「自殺」だ。


・・・


その3.自分の「生」の決定


人は、本人が希望しようがしまいが、
勝手に生まれてくる。

生まれてきた人は、
6歳前後ごろから、ものごころが付き、
12歳前後ごろから、思春期に入る。

で、
「なぜ、生きているのかなあ??」
という
途方もない、答えのでない考えを
漠然と考え続けるようになる。

(その程度は、人によって激しく違うが。)


で、
基本的に、(医学的にいって)
人間は(日本人の場合)
おおよそ80歳前後で、死亡する。

それ以上、生き続けたくても、
もっと早く、死にたくても、
そのくらいで、死亡する。

本人の希望とは、関係なく。

で、
「自分の生まれ方は、自分で決められなかったが、
 自分の死に方ぐらいは、自分で決めたい」

思う人もいる。

この世に勝手に生まれさせられて、
80年たったら、必ず死ぬ。

その死ぬまでの間、
死の恐怖におびえ、
老いていくことを悲しみ続ける。

(また、そうした、嘆き(なげき)悲しむ感情が、
 自分にある、という事実。)

誰が作ったのか知らないが、
この「制度」に対して、
ささやかながら、しかし、はっきりと抵抗する方法が、
自分でその命を絶つ、という行動かもしれない。

だから、
自殺をする、ということは、
その人にとっては、ある種の「英断」である場合がある。

もちろん、
それが正しい、という気もないが、
一つだけ言えることがあるとすれば、

「その人の死に方に対して、
 他人である、あなたが、口を出す権利はないし、
 また、「かわいそうだ」、などと思う必要もない。
 もしかすると、
 その人は、(ある種の)誇りをもって、
 死を選択したかもしれないのだから。」


・・・


その4.受容と助言


さて、誤解のないように書いておくが、
私は、普通に、内科の外来などで、医者として仕事をしている。

で、その時は、
ここに書いてあるような、「哲学的」なことは話さず、
非常に無難な、「常識的な」姿勢で
診療やカウンセリングを行い、
「自殺企図」(じさつきと)のありそうな患者さんは、
紹介状を書いて、
診療内科か精神科の医師にまわすことにしている。


また、
なんらかの理由で、紹介ができないケースでは、
自分で、非常に無難な、カウンセリングをしている。

それはどうやるかというと、
いわゆる「受容」というやつである。

自殺の多くは、
(誇りを持って死を選択するのではなく)
なんらかの悩みを持って、いたたまれない感情が強くなり、
ついに、手首を切ってしまう、などのことが多い。

だから、
その「なんらかの悩み」を軽減するために、
一般的に、精神医学では、「受容」というのを行う。

それは何かというと、
「その人の話を聞いてあげて、ともかく理解するよう『努力』する」
ということである。

これが一番重要なことで、
その患者さんにとっては、

「自分の話を聞いてくれる人がいる。
 自分の悩みを理解してくれようと
 『努力』してくれている人がいるんだ」

と思うことだけで、救われる場合があるからだ。

(精神的なストレスが、多少、減る場合がある。)


で、心理カウンセラーの人によっては、
さらに、「助言」、すなわち、
その人になんらかのアドバイスを行う場合がある。

しかし、
アドバイスは非常に難しく、
その患者さんに受け入れられない場合も多い。

(実際には、それを実行できないことが多い。)

(それができるくらいだったら、
 はじめから、病院になど来ないからだ。)

だから、私は、
「受容」に徹しており、
(大きな精神的な問題を持つ方に対しては)
余計なアドバイスは、極力しないことにしている。


・・・

その5.自殺を止めさせることの是非


そもそも、自殺をやめさせようという人の話を聞いていると、
その根拠として、
以下の二つが多い。

1.
あなたを愛する家族や友人が悲しみますよ。
だから、自殺など、やめましょう。

2.
生きていれば、きっと良いことがありますよ。
だから、自殺など、やめましょう。

この二つは、
自殺をする側から見てみると、
論拠が、おかしい。


1.については、

そもそも、自殺をする、ということは、
「自分以外の人のことなど考えられないくらい
 追い詰められている」
場合が多く、その人に
「(他人である)家族や友人のことを考えろ」
というのが、適切かどうか。

また、
経済的な問題もある。

例えば、
自分が生きていることで、
家族に経済的な負担を強いる場合もある。
ようするに、
病気で、稼ぎもない、高齢者の場合、
自分が生きるために
家族から金をもらわないといけない。

家族に、そこまで「迷惑をかける」くらいだったら、
死んだほうがましだ、と考える人も(世の中には)いる。


(これに関連して、
 ある日、突然、自分が脳梗塞などになって、
 半身不随で、動けなくなる可能性がある。
 で、こうなってしまうと、ご本人が、
 「他人に迷惑をかけることしかできない存在になってしまった」
 と思ってしまう場合があり、
 その前に、命を断とう、と考える人もいる。
 良し悪しは別にして、そうした考えを持つ人も、一定数いる。
 ちなみに、日本人の3分の1以上は、死ぬまでに、
 脳血管障害(脳梗塞・脳出血)を経験する。)
 

で、家族のほうでも、
親の介護と、上記の経済的負担の
両方に疲れてしまっている場合、
死んでくれたほうが良い、
と考えている場合も
(残念ながら)実際に、ある。

だから、
自分が死んだ場合、
家族が、悲しむか、喜ぶか、なんとも思わないかは、
(自殺しようとする)その人、本人にもわからないし、
ましてや、
自殺を止めようとする赤の他人に、わかるはずがない。

だから、
軽々しく、
「あなたを愛する家族や友人が悲しみますよ。
 だから、自殺など、やめましょう。」
という、助言(?)をするのが適切なのかどうか、
ということは、わからないのである。


2.については、

「生きていれば、楽しいことがありますよ」
と言っても、

実際、
その自殺をしようという人にとって、
その人の「過去の」人生においては、
つらいことの方が多かったに違いない。

だから、
今後、仮に10年、生きたとしても、
その10年の中では、やはり、
つらいことの方が、多く起きる可能性が高い。
(と、その人は考えるはずだ。)

楽しいことも、多少あるかもしれないが、
つらいことは、もっと多く起こる。

それだったら、死んだ方がいい、
と考える人もいる。

だから、この説得方法は、適切ではないと思う。


・・・


その6.死を考えることで、生を見つめられる


思春期の頃から、
私は、数々の矛盾に気づき、
「自殺」について、考えてきた。

また、
結局、人間は、やがて死んでしまうという
絶対的事実について知り、
「死」について、広く追求してきた。

で、
こうした問題を考え続けたことにより、
私は、これまでに
「自殺」という選択肢を選んで、
死亡してしまっていた可能性が、
少なくとも、50%、あったと思う。

(で、誤解を恐れずに、書くと、
 その選択肢は、どちらが正解ということはなく、
 どちらでも良かった、と思っている。

 「もう一人の私」が、
 自殺していたからといって、
 間違っていた、とか、可哀そうだったとか、
 そんな風には、決して思わない。)


で、
「生きている方の選択をした私」は、
今、次のように考えている。


死を考えたことにより、
自分の人生のなんたるかを考える「きっかけ」を持ち、

「なんのために生きているのか?」

「自分の人生を何に使おうか?」

ということを、『本気で』考えるようになった。


子どもの頃に「教育」として与えられた「倫理観」を、
一度、すべて無に帰し、
全ての根源的な「問い」に対する回答を
自分で考えるようになった。


(倫理教育を、一から、自分で自分に行うのである。
 ある意味では、非常に危険な行為かもしれない。)


こうして、山本敏晴の「自我」が形成されてきたように思う。


いずれにしても、

「死」も、「自殺」も、常に私とともにある存在であり、

決して、忌み嫌う存在ではなく、

また、時に、それを選択する可能性もあり、

だからこそ、

今、この瞬間も、

「私は、間違いなく、自分で、生きることを選択している」

のである。



「どうして、今、私が生きている必要があるのか?」

その理由を、刻一刻と、脳に刻みつけながら。























正義と悪 6773字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65316356.html

死 1,363字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51602804.html





エイズをなんとかするには?(小学校の先生向け) 1000字

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「エイズという病気で苦しんでいる人が
 アフリカにはたくさんいます。
 この問題が解決するには、
 どうしたらいいと思いますか?」

この質問を学校の子どもたちにすると、
次のような答えがかえってくることが多い。

「日本のお医者さんや看護師さんが、
 アフリカに行って治療してあげたり、
 薬を送ってあげればいいと思います。」

時には、こんな子もいる。

「わたし、将来、マザーテレサのように、
 貧しい国に行って、
 困っている人を救う活動をしたいんです。」

こうした子どもたちを前にして、
私は、二つのことを言うようにしている。

一つは、

「あなたの言うとおりです。
 途上国には十分な数のお医者さんや看護師さんがいないので、
 その数を増やしてあげることも大切ですね。
 日本からお医者さんや看護師さんが行くことも大事ですが、
 それと同時に、
 現地の人がお医者さんや看護師さんになれるよう、
 育ててあげることも大切です。」

ということ。
もう一つは、

「でも、それだけでは、
 エイズの問題は、解決しないんです。
例えば、私はアフリカに行き、病院で、
 エイズの人に、ただで(無料で)
お薬をあげる活動をしてきました。
 でも、ただであげると言っているのに、
 それでも病院に来ないんです。
 なんでだか、わかりますか?」

子どもたちは、通常、答えがわからず、沈黙したままです。

「まず、アフリカでは、
 エイズは、ただの病気ではなくて、
 「神さまのかけた呪い」だという迷信があります。
 何か、ものすごく悪いことをしてしまった人が、
 神様から「一生治らない病気の呪い」をかけられ、
 やがて死んでしまう・・。

 それがエイズだと思われているんです。
 その人の近くに寄っただけで、
 口をきいただけで、その呪いがうつってしまう、
 と考えられています。
 もちろん、それは間違いで、ただの迷信です。
 しかし、人々は、そう信じてしまっているんです。

 で、このような誤解が社会にある時に、
 エイズにかかっている人が、
 病院に行って、エイズの薬をもらおうとすると、
 自分がエイズだとばれてしまいます。

 すると、
 『あいつはエイズだ!』
 と陰口を言われるようになり、
 誰も、口をきいてくれなくなってしまうんです。
 買い物もできなくなりますから、
 食べ物が買えないと、最悪、飢え死にしてしまう
 かもしれません。

 さて、どうしたらいいでしょう?
 今日は、みんなで、考えてみましょうね。」


・・・

注1:
途上国の人に
「なになにしてあげる」
というのは、
先進国側の傲慢な言い方(考え方)なので
私は好きではないのだが、
小学生などにわかりやすく説明する時は、
やむなし。

注2:
HIV感染者とエイズ患者は、
まったく別に論じないといけないのですが、
これも、小学生に説明をするのは難しいので、
今回は、わざと曖昧に。

注3:
HIV感染者のことを、
「HIVとともにいきる人」
という呼び方をすることが、
WHOなどにより推奨されている。


参考文献
「HIV/エイズとともに生きる子どもたち ケニア」
小学館刊、山本敏晴写真・文
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/409726401X


写真展
「HIV/エイズとともに生きる子どもたち」
9月14日(火)から9月27日(月)まで、
新宿ニコンサロンにて
午前10時から午後7時。
入場無料。土日もやってます。
山本はだいたい在席。
新宿西口の小田急ハルクの隣り、エルタワーの28階 
http://bit.ly/dkiQhK


父の後ろ姿(うしろすがた) 959字

.

子どもの頃、
家に来たお客さんが帰る時、

必ず、父は、下駄(ゲタ)をひっかけ、
カツカツと音を鳴らしながら、家の外まで出ていき、
そのお客さんを見送っていた。

そのお客さんが、道を曲がるのは、
100メートルぐらい先なのだが、
父は、道路の端(はし)に立って、
その方が角を曲がって見えなくなるまで
ずっと見送っていた。

私は、その父の後ろ姿を、
なんとなく、見ていた。


そんな父をみていても、
私は彼を、尊敬することは、なかった。

・・・

父は、いわゆる「外面」(そとづら)のいい人で、
家の外から来た人には、
非常に礼儀正しく、優しい人だった。

一方で、
家庭内では、いろいろ問題があり、
母とは喧嘩(ケンカ)が絶えなかった。


今、(私が大人になってから考えてみると)
外での精神的ストレスの「はけ口」が、
家庭だったのだろうと思う。

だから、まあ、
そんな生き方、というか、
精神のバランスのとり方もあるだろう、
と、
冷静に受け止められるのだが、

当時、子どもだった私は、
「外面」(そとづら)のいい父が、
嫌いだった。


・・・

その父は、私が18歳の時、死んだ。

彼が、59歳の時、
大動脈瘤の手術を受けたのだが、
その時の輸血で肝炎になり、
その後、さらにいろいろ(?)あったようで、
ともかく、亡くなった。

危篤の時、私は大学1年生で、
地元の仙台から、東京に出てきており、
大学の試験期間中だった。

もともと父が嫌いだったこともあり、
危篤の知らせを聞いても、
「試験期間中だから」と言って、
私は、仙台に帰らなかった。

だから、
いわゆる、「親の死に目」を見ることもなく、

また、
長男だから、喪主になる可能性もあったのだが、
通夜にも出席しなかった。


・・・

その後、二十年以上が経って、
私は、大人になっていった。

社会で生きていると、
いろいろな人に会い、
いろいろな家庭の問題を知るようになった。

それぞれの家庭に、それぞれの問題がある、と知った。

父がとっていた、
「外面」(そとづら)のいい態度は、
ある意味、
社会人としては、普通だったのかな、と
思えるようになった。

人間として、一つの生き方だったのだと。


・・・

ふと、気がつくと、
いつの頃からか、
私は、お客さんを見送る時、

父と同じように、
その人が歩いていって、角を曲がるまで、
ずっと見送るようになっていた。


道に突っ立って、お客さんを見送っている時、
私は、
そのお客さんの後ろ姿を見ているのではなく、

たまにしか見せてくれたことがなかったが、
子どもの頃、私の脳裏にしみこんだはずの、
父の、あの優しい笑顔を、
なんとか思いだそうとしているのかもしれない。

カタカタと音のなる、
父の下駄を、時折り、ひっかけながら。




NPO法人・宇宙船地球号の、強みと弱み 5521字

.

まず、私は、いろいろな国際協力団体に所属している。
で、
自分でも、「NPO法人・宇宙船地球号」という団体を作っており、
そこでは、小さい団体ながら、他の団体ではできない活動を
行いたいと考えている。

逆に言えば、小さい団体である「NPO法人・宇宙船地球号」で
できないことは、他の大きな団体に所属し、その中でやる、
というのが、山本敏晴個人の活動方針だ、ということである。

以上を踏まえた上で、以下を読んで欲しい。

・・・

「宇宙船地球号は、特殊な団体だ」
ということを私は取材されるたびに話してきた。

が、
どうもマスコミの方も、一般の方も、
なかなか理解して下さらないようなので
なるべくわかりやすくここに書いておこうと思う。

・・・

まず、現在、
当法人・宇宙船地球号が行っている活動は、三つある。

1.プロとして国際協力を行う「国際協力師」の養成
2.「企業の社会的責任」(CSR)の啓発
3.世界中の人に大切なものを描いてもらう「お絵描きイベント」

この三つを、正しい形で行うために、
「予算の獲得に対しての厳密な姿勢」を貫いている。

・・・

それは何かと言うと、例えば、

1.の「国際協力師」を養成するために、
まず、
「本当に意味のある国際協力とはどんな形か?」
ということを概説するために、
当法人は、
国連、JICA、NGOなどのそれぞれの組織の
長所と欠点を、「公平に」評価し、それを記述している。
(書籍やインターネット上のメディアで広報している。)

この「公平に」ということを実現するために、
以下のいずれの組織からも、
お金をもらわないことにしているのである。

国際機関の国際連合、世界銀行等、
政府機関の(外務省の)JICA、(経産省の)JETRO等、
民間組織のNGO、開発コンサルタント等。

(注:通常、NGOやNPO法人の多くは、
 政府系の機関から資金援助を受けることが多い。
 例えば、
 ODA(政府開発援助)内の「草の根無償資金協力」や、
 外務省の「日本NGO連携無償資金協力」などが有名。
 また、
 国際機関である各国連組織にも似たような枠組みがあるが、
 それらの組織の批判(欠点の指摘)ができなくなるため、
 当法人は、そういった組織の一切から、資金援助を受けていない。)

・・・

さらに、
2.の「企業の社会的責任」(CSR)の啓発のため、
各企業の「CSRランキング」を毎年製作しているが、
これを公平に行うため、
「当法人が評価の対象としている、
 各商品ごとの市場占有率、上位5位以内に入る会社」
からは、いっさいお金をもらっていない。

(注:要するに、一般的な大企業からはお金をもらわない。)

加えて、
当法人は、政治・宗教的に中立を謳っているので、
右翼や左翼からも、
キリスト教や仏教系の団体からも、
原則として、資金援助を受けない。

(注:例外として、講演を依頼された場合の講師料と、
 取材を受けた場合の取材料をもらうことはある。)

では、
最後に残る資金獲得手段である、
「一般の人からの募金(寄付)で、お金を集めているのか?」
と、よく質問されるが、
それも積極的には行っておらず、
むしろ募金に対して辛口なコメントを続け、
「募金以外にできることを考えなさい」
という提言を続けている。

具体的には、以下のブログを参照して欲しい。

「募金」が有効に使われるための、三つの方法 3,498字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51207887.html

銀行自動引き落としとマンスリーサポートの危険性 2355字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65320834.html

国際協力団体のダイレクトメール募金戦略の裏 4826字

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65321170.html

募金より、身近な人を見つめ、それから世界を見たほうが 1280字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65339123.html

・・・

では、どうやって活動資金を得ているのかというと、
以下の三つの方法による。

1.代表の山本が年間数十回を行うことで得ている講演料金
  (年間、数百万円程度を、これから入手)

2.代表の山本が著作した書籍の印税(全額が当法人へ寄付)
  (年間、百〜二百万円程度を、これから入手)

3.賛助会員とマンスリーサポーターからの募金(寄付)
  (年間、百〜二百万円程度を、これから入手)

以上で、おおよそ、年間数百万円のお金が入ってきており、
この予算でできる範囲で、
最初に書いた三つの活動をしている、ということである。

・・・

で、NGOやNPO法人によっては、
自分の団体を大きくし、
予算の規模を増やし、常勤の有給スタッフの数を増やす、
ことを目的にしている団体もあるが、
うちは、それをやらないことにしている。

理由は、
自分の団体を大きくしようとするためには、

1.綺麗事で飾り立てた広報をし、ともかく募金をうながし、
2.自分の団体に、現在ある問題点を公表しない、ことになり、
3.透明性がなくなり、いつのまにか組織が徐々に腐ってゆく、

ということになることを、
私はこれまで多数の大型団体に所属した経験から知っているから、
である。

要するに、
「お金を集めること」が団体の最優先事項になってはならない、
と私は考えている。

もしも、お金を集めるのならば、

1.うちの団体は、これこれこういう活動をしたい。

2.うちの団体の「強み」(長所)としては、
 これこれこういうものがある。

3.うちの団地の「弱み」(欠点)としては、
 これこれこういうものがある。

以上のような状況で、
「うちの団体は、良い点も悪い点も、両方、いっぱいある」が、
それでも募金して頂けるでしょうか?

という風に、一般の人に伺ってから募金を募るのが、
正当(な手続き)ではないか、という風に考え、
作った団体が、「NPO法人・宇宙船地球号」だ、
ということである。

では、
具体的に、うちの団体の、長所と短所を説明しよう。

・・・

強み(長所)

1.公平で中立。
 本当にそれが実現できるように、
 ストイックなまでに資金の獲得方法に注意している。

2.1を行っているお陰で、
 国際協力を行っている国際機関・政府機関・民間組織の
 いずれに対しても、
 「本当に意味のある国際協力は、こういう形である」
 という内容の提言を行い、
 (10冊の書籍等でそれを啓発し)
 かつ、
 国際協力を行いたい人(将来の国際協力師)たちに対し、
 例えば、 
 国連には、こういう長所と短所があるよ、
 JICAには、こういう長所と短所があるよ、
 NGOには、こういう長所と短所があるよ、
 ということを公平に紹介する、
 ことを可能としている。

3.当法人は、
 有給のプロの国際協力師を育てる活動をしていながらも、
 当法人自体で働いているスタッフたちは、
 (私も含めて)
 全員が無給のボランティアであり、
 平日の日中は会社員や学生、医療関係者などをしており、
 平日の夜や土日などに活動をする体制となっている。
 このため、
 当法人の人権費は、ゼロであり、
 当法人の予算は、その全額が、100%、
 (最初に記載した三つの)プロジェクトにのみ、
 使用されている。

・・・

弱み(短所)

1.当法人は、弱小団体である。

 通常、「信頼できる大きさのNPO法人」の条件の中に、
 一般的にいって、以下の二つが入る。

 1)年間予算が1千万円を超えている。
 2)有給の常勤スタッフが最低一人以上いる団体。

 しかし、
 当法人は、この二つの条件をともに満たしていない。

 理由は、
 上述したとおりで、
 A)中立性を保つため資金獲得方法を限定していること
 B)そもそも団体を大きくしようという意図をもたない
   (予算規模を大きくするために
    自分の団体の欠点を隠す体質になることを恐れる)
 ということなのだが、

 要するに、「長所と短所は、表裏一体」である、
 ということである。

 うちの団体が、弱小なのは、
 ある意味、健全な活動を行っている証拠だ、と考えている。

(注:当法人の年間予算は、数百万円しかない。
 もしも、一人の有給の常勤スタッフを雇って、
 月給20万円払うとすると、12か月で、240万円。
 とても払える金額ではない。
 というか、弱小団体が払うべき人件費ではない。)

(注:なお、信頼できるNPO法人の条件には、
 上述の二つのものの他に、以下がある。
 事務所が実在する。固定電話番号を持つ。
 実際に活動を行っている。それが証明されている。
 予算の7割以上がプロジェクトに使われいてる。
 毎年、都道府県に事業報告書と収支報告書を提出し、
 かつ、それをホームページ上で、公開している。
 で、
 これらの項目に関しては、NPO法人・宇宙船地球号は、
 完全にそれらを満たしている。
 また、上述したように、予算の使途は、
 100%がプロジェクトであり、
 人権費には、一切、使われていない。)


2.当法人自身には、持続可能性がない。

 通常、NGOやNPO法人というのは、
 どんな団体でも、まず一人のカリスマが始めたもの。
 赤十字でも、他の団体でも、同じである。

 その団体の活動が周囲に認知され、
 募金が集まり、有給スタッフが増えるにつれ、
 ある段階で、
 (通常、年間予算の規模が1千万から1億の間ぐらいで)
 民主的な改革が起こり、
 カリスマが(良くも悪くも)独善的に行っていた
 体質が改善され、組織の方針が大きく変わりだす。

 良く言えば、民主的な形になっていき、
 多くの人の意見が反映される形になる。

 悪く言えば、当初の方針が失われ、
 また、お金集めを優先する方向に流れることが多い。
 さらに、考えが合わず、
 派閥争いが続いたり、分裂してしまう団体も多い。

 (みなさんが知らない所で、大型のNGOというのは、
  非常に醜い争いを行っている。
  それが、外には、広報されないだけ、である。)


 で、話を戻すと、うちの団体は、
 団体の大きさを大きくする気がないので、
 いつまでも、
 山本敏晴という創設者が、
 団体をひっぱって、つっぱしる、という
 小さいNGOの「創設時」のような状態が、
 いつまでも続いてゆく、という体制なのだ。

 だから、
 独善的であり、
 民主的ではなく、
 予算もなく、
 仮に山本敏晴が明日(突然)死亡した場合、
 団体も消失する可能性が高い、
 という状況である。

 一応、
 NPO法人・宇宙船地球号で、
 ほぼ毎日(少なくとも毎週)
 なんらかの仕事をしている常勤の(無給)スタッフは、
 現在、4〜5人いるが、
 確実に毎日仕事をし、しかも毎日数時間以上を、
 宇宙船地球号の仕事にさいているのは私だけなので、
 私が死んだら「終わり」になるのは確実だ。

 なお、
 誤解がないように書いておくが、
 上記の4〜5人の常勤の(無給)スタッフが
 行っているのは、
 NPO法人を維持するための、
 いわゆる「団体の事務まわり」の仕事である。

 一方、
 「プロジェクト」を行っている人は誰かというと、
 まず、
 当法人の活動に興味をもっている方は、
 全国に1万人ほどおり、
 当法人からEメールか案内葉書の形で、
 情報を受け取っている。

 で、
 なんらかのプロジェクトをやる時は、
 その1万人の方々に対し、
 「こういうことをやるので、誰か協力してもらえませんか?」
 という風に、ボランティアスタッフを募集し、
 そのプロジェクトごとに、
 十数人から数十人が集まって仕事をする、という
 形になっているのである。
 この手法によって、
 無給のボランティアたちで、
 なんとか、仕事をやっていく、ということが
 かろうじて、可能になっている。
 

3.山本敏晴個人と、NPO法人・宇宙船地球号の活動の混同

 具体例をあげると、

 NPO法人・宇宙船地球号の予算で実施している、
 各国での「お絵描きイベント」の結果、
 たくさんの絵と写真が集まってくる。

 で、その結果、
 写真絵本を作り、写真展を行うことになった。

 写真絵本のほうは、作者に
 NPO法人・宇宙船地球号 山本敏晴、
 と書いてある。

 (NPO法人・宇宙船地球号の名前が出ているので、
  まだいいのだが、)

 写真展のほうは、(案内葉書の中の)作者に
 山本敏晴
 としか書いていない。

 (つまり、悪く言えば、
  NPO法人・宇宙船地球号の予算を使って、
  写真家で個人の山本敏晴が、勝手に個展を行っている、
  ともとれる。)

 で、なぜ、このような形になっているかというと、
 以下の理由による。

 通常、銀座や新宿などの、多くの人が集まる一等地で
 2週間程度、
 写真展のための50平方メートル前後の場所を借りると、
 2週間あたり最低で50万円ぐらい、
 高いところだと、その2倍以上の金額をとられる。
 また、
 写真展を行っても、広報をしなければ人はこないので、
 広報にも、また別の100万円ぐらいのお金がかかる。
 展示する作品の製作費なども入れると、
 総額で、200万円以上の経費がかかるのである。

 で、そんな予算は、NPO法人・宇宙船地球号にはないので、
 どうしているかというと、

 写真家としての山本敏晴・個人が、
 ニコンやら、キヤノンやら、ペンタックスやらの、
 カメラメーカー系のギャラリーで、
 年に2回、展示する作品を「一般公募」している、
 ある種の「コンテスト」に応募し、
 その審査に通った場合、
 無料で写真展会場を獲得できる、ということである。

 (注:さらにそのメーカーが、人を呼ぶための広報もしてくれる。)

 通常、数百の作品が応募され、
 そのうち、20ぐらいの作品が審査に通り、
 写真展の開催がOKとなる。

 で、写真家・山本敏晴は、
 (平均すると)
 毎年1回ぐらい、どこかのメーカーで
 写真展開催のOKがもらえる程度の「写真家としての腕前だ」
 ということである。

 で、
 NPO法人・宇宙船地球号の「啓発活動」としては、
 無料で、写真展の場所を獲得できたのだから、
 それで良い、とも考えられるし、

 一方で、
 写真家・山本敏晴が、
 NPO法人・宇宙船地球号の予算で、
 勝手に個展を行っていることに変わりはない、
 とも言える。

 これをどう判断するかは、
 皆さま、一人一人の判断によると思う。


・・・

以上のような感じが、
NPO法人・宇宙船地球号の
長所と欠点、である。

が、上述のように
長所と短所は、表裏一体になっており、
欠点を改善すればよい、というような
単純な話ではない。

(欠点を改善しようとすると、
 逆に長所がなくなってしまったり、
 そもそもの、うちの団体の「存在意義」である、
 公平で中立、が失われる可能性すらある。)


お金を獲得することに固執しない。
その結果、公平で中立な広報ができる。
しかし、
予算がないため、
常勤の有給スタッフが獲得できず、
いつまでも弱小団体のままで、
団体の発展性がない。
このため、
山本の独善的な体制が続いており、
また、その能力に大きく依存しているため、
山本が急に死亡した場合、
NPO法人・宇宙船地球号は消失する。

簡単にまとめると、
以上のような状況である。


で、
ただ1点、最後に言うのであれば、
このように、
自分の団体の欠点を正直に公開する。

そんな団体を作りたかったのだ。


それが、
私の「自己満足」にすぎないのか?

あるいは、

「本当に意味のある国際協力」を行おうとする時の
第一歩なのか?

まだ、答えはでていない。





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