山本敏晴のブログ

1965年生、仙台出身。医師・写真家・NPO法人宇宙船地球号理事長。元国境なき医師団日本理事。 峭餾欟力師」という概念を提唱。企業の社会的責任(CSR)を推進。世界中で大切なものの「お絵描きイベント」を実施。著書に『世界で一番いのちの短い国』『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 『国際協力師になるために』、『あなたのたいせつなものはなんですか?』『世界と恋するおしごと』『地球温暖化 しずみゆく楽園ツバル』『「国際協力」をやってみませんか?』など

2011年02月

アメリカの青年海外協力隊「ピースコー」と大学院修士の連携プログラム、その2 14042字

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ピースコーへの応募


山本:以上がざっとした、あれ(今までの流れ)でですね、
   実際の本論(細かいこと)は、今からですね。

   まず、peace corpsに入るための部分ですが、
   日本の青年海外協力隊との比較で言うと

   (日本の)青年海外協力隊(の応募条件)は
   20歳以上で、
   日本国籍がないといけないんですけれども、

   (アメリカの)peace corpsは
   18歳以上で、
   アメリカ人国籍ならいいということですよね。

ラグ:そうですね、はい。

山本:高卒で行けちゃうということですね。

ラグ:そうですね、はい。

山本:研修は確かあれでしたよね、

   最初2か月間の研修は、
   行った先の途上国の首都でやって、
   そのあと2週間の研修が田舎の現地であって、

   それから2年間(の活動)が始まるんでしたっけ?

ラグ:それも国によって違うですけど、
   エルサルバトルの場合、
   最初国に行って、2か月言語の研修があって。

山本:それは首都でですか?

ラグ:いや、首都ではなくて
   首都から近い中規模程度の都市というか、
   首都だとやっぱり危険なのとあと、
   「誘惑」が多いというか・・
   night lifeがないように。

   言語の(研修を)、基本的に言語を2か月やって。

山本:スペイン語ですか?

ラグ:スペイン語ですね。
   で、そのあと、
   研修の終わりに自分の任地がわかる。

   研修期間中に
   自分のプログラムのディレクターと
   インタビューを何回かやって
   どういう、どのくらいの規模の町に行きたいかとか、
   どういうことをやりたいかとか、
   どのくらいの規模の学校であれをやりたいかとか、
   そういうのを全部話したうえで、

   ディレクターが
   「君はここに行きます」
   というのを向こうが決めるんですよ。

   協力隊だと自分でここに行きたいという風に
   希望を出しますよね。

山本:そうですね、(一応)第3希望まで出せます。

ラグ:peace corpsは
   そういう自分の希望は伝えられるけど
   最終的に決めるのはpeace corps側っていう風になっています。

   そのあと、自分の任地に行って
   最初に地元の人にインタビューとかして、
   どういうニーズがあるのか調べるんですよ。

   例えば僕のいた町であったら
   基本的に
   「学校で教えてほしい」
   とまず言われて、あと
   「地元の住民を含んだ、リサイクルであるとか、
    清掃キャンペーンみたいなのをやってほしい」、
   と言われたので。

山本:あなたの専門が一応、環境なので、
   環境教育系とかリサイクルがどうのとか、
   南アメリカでも、『3R』というのがあるか知りませんけど、
   reduce, reuse, recycle とか、
   そういうことをしゃべっていたということですね。

ラグ:はい、そうですね。
   それが(2009年)7月に行って9月まで研修やって
   9月から1か月くらい、その、
   最初に自分の任地を調べる期間があって
   そこからまた今度、
   首都じゃない、最初の研修やったところに
   みんな戻ってくるんですよ。

   それぞれ自分の任地で、こういうニーズがある、
   こういうニーズがある、というのを話して、
   そのうえでそのニーズに合わせた
   「スキルを学ぼう」 という。

   peace corpsとしても
   そのニーズ(にあうスキル)を学ばせるような
   ワークショップを2週間やって
   そこから本格的に任地に戻って
   自分のプロジェクトを始めるということです。

山本:2週間の2回目のワークショップというのは、
   先生は誰がやるの?

   peace corpsの仲間たちだけで
   相談してやるわけですか?

ラグ:いや、一応ですね、
   僕の場合、
   環境教育プログラムだったんですけど、
   プログラムのディレクターが
   環境教育であるとか
   環境教育兼持続可能な農業
   っていうプログラム(の担当)だったんですけど、
   ディレクターと、そのサポートしている人が、
   その道の専門家というか。

   その2人が中心になって
   ワークショップをやるっていうかんじですね。

山本:はい。

ラグ:まあそんなに準備する必要がなくて
   ワークショップを受講するだけみたいなかんじですね。

山本:ここで疑問なのが例えば

   (あなたは、事前に送ってきたEメールで、
    ピースコーでは、
    自分の派遣される国も、仕事の内容も選べない、
    ディレクターに指定される、
    と、書いてきたけれども、)

   peace corpsに入るっていう(アメリカ人の)タイプには
   (多分)いろいろ考えられて、

   世界のマザーテレサのように、
   世界のために貢献したいという非常に純粋な子もいれば、

   キリスト教系の奉仕系のミッションが好きだったりとかですね、

   アメリカでやりたいことが見つからない、
   自分探しの旅をしたい。

   国が金出してくれて、タダで途上国に行ければいいやという、
   はっきり言っていい加減なやつもいれば、

   いろんな人がいると思うんですけど。

   しかし、それでも、

   行った先でそれなりに自分のやりたいことをできるだろう、
   (と、思うから、応募してくるわけですよね。)

   例えば、行った先で、
   国もわからないやら、
   (活動の)内容も何もわからないのでは、
   さすがにに人数は集まらないと思うので、

   行く国は(自分で)選べないにしても、
   行く職種ぐらいは、行く前にわかってるんですよね?

ラグ:わかってます。
   応募する時点で、
   一応どこに行きたいか。

   「リージョン」になってて
   ラテンアメリカ、サブサハラ(サハラ砂漠以南アフリカ)、
   アフリカ、東ヨーロッパ、アジア、
   みたいな感じで希望が出せるようになっていて。

山本:(あなたは)中南米という大枠で、希望した?

ラグ:そうですね。

山本:あなたの学部なんかは環境なので、
   環境教育系は、
   わりとよくある国際ボランティアの形なので、
   そういう枠に応募したということですよね?

ラグ:えっとですね、
   職種も選べるようになってて
   peace corpsにあるプログラム
   たぶん6,7個あるんですけど、
   ITやコミュニティ開発とかもあって。

山本:あとエイズでしたっけ?

ラグ:エイズもありますね。

山本:逆に言うと6つしかないんですよね。
   青年海外協力隊は、100以上あるんですけど。

ラグ:えーとですね、
   大まかに分けると6つくらいですね。

山本:そうですか、それは驚きですね。
   少なすぎますね。

ラグ:そうですね。職種的には少ないと思います。
   行く前に(必要な、事前の応募)プロセスがすごい長くて
   僕の場合2008年の9月(から)

山本:行く前のプロセスが長いんですか?

ラグ:2008年の9月に応募して、
   インタビューが10月くらいにありまして、
   このインタビューが協力隊と違って、
   すごいゆるいインタビューで、
   『圧迫するようなインタビュー』は一切なくて
   本当に淡白な質問に答えればいいみたいな。

注:
青年海外協力隊では、
応募試験の面接試験の際に、
「わざと本人が困るような質問」をして、
精神的に圧迫された状況下で
どのような言動をするかをみる、場合もある。
そういう面接官もいる、ということ。

山本:どんな質問ですか?ちなみに。

ラグ:なんで行きたいのかとか、
   どういうことをしたいのかとか
   ストレスがたまった時に
   どういうことをあなたはするのかとか、
   そういう。

   で、
   言語を学ぶ上で大切なものはなんですか?
   とかそういう質問をされて。

   ばーっと答えていって、
   でも、それもあっさりと終わって、

   一次試合格者用パケットみたいなのが来て、
   健康診断と虫歯がないかとかを確認するのがあるので
   自分で病院に行って医者に頼んで書いてもらうんですよ。

   それを出して、そこからすごい待って。

   それを出したのが12月ごろに出したんですけど
   最終的に、これが足りないあれが足りない、という形で
   peace corpsから来るんですよ。

   (2009年の)4月くらいまでずっと待ってて、
   その時に電話がかかってきて、

   あなたは7月に出発するグループで、
   ラテンアメリカのある国に行くかもしれません、
   っていう電話がかかってきて。

山本:ラテンアメリカ(というリージョン)は
   自分で希望を出してたんですよね?

ラグ:そうですね。
   ただその、詳細な国名まではいわないんですよ。
   国によって選ばせるようなことはしないので。

山本:業種はその6つのうちの
   環境系だってことはわかってるんですか。

ラグ:その時点ではわかってました。

山本:最初の時点では全然わかってなかった?

ラグ:最初の時点では全然わかってなかったです。

山本:はっきり言えば、
   エイズの予防教育(に回されてしまう)の可能性もあった?

ラグ:そうですね。

山本:それでもいいと思っていたわけですか?

ラグ:最初の電話の時点で
   私はどうしても環境がやりたいんで、といえば、
   「待つ期間」が伸びるんですよ。

山本:わかりました。なるほど。希望通りでよかった。

ラグ:そうですね。

山本:協力隊の場合、
   最初に(A3の大きい)書面で、
   応募する理由とか、いろいろ書くんですけども、
   そういうものはあったんですか?

ラグ:ありました。
   えっとエッセイを2つ。
   お題はわすれちゃったんですけど、
   そのエッセイと推薦状をもらって。

   あとはオンラインでアプリケーションで全部記入して応募する
   っていうかんじでした。

・・・

ピースコーの応募試験、事前研修は?


山本:あと、試験ですね。
   協力隊の場合語学でですね、
   中学2年生程度の英語の試験が
   協力隊の場合あるんですけれども、
   スペイン語の試験とかあったんですか?

ラグ:いや、なかったですね。
   言語に関しては
   結構エルサルバトルにつくまで
   スペイン語を勉強したこともないみたいな人も中にはいて、
   行ってから鍛えたみたいな感じだと思います。

山本:なるほどわかりました。

   (日本の青年海外)協力隊の場合は、
   派遣前に福島か長野で2か月ちょっとの語学研修があるんですが、
   (アメリカの)ピースコーの場合は、
   アメリカ国内側で(おこなわれる語学研修)は全くなくて、、、

ラグ:前日にみんなワシントンDCに集められて
   そこで初めて顔合わせして、
   どういうことをするのかとかを、、、

山本:それは、何ホテル?

ラグ:Dホテルですかね。

山本:で、その(事前に国内でおこなわれる)語学研修以外に、
   協力隊の場合は、
   例えば環境教育隊員ならば、
   環境教育に関するなんらかの専門家を呼んできて、
   大学の講師やNPOの講師かなんかを呼んできて、
   (派遣される人に、事前に必要なことを)教えるのを
   やるんですけど、

(注:これを、技術補完研修という。)

   peace corpsの場合はそういうのも、ない?

ラグ:そういうのもなかったですね。
   出発前は、とにかくほんとに何にもなくて、
   前日だけ(会合が)あって、
   (ワシントン)DCからみんなで出発して、、、

山本:なるほど。

   この点(事前に語学研修や技術補完研修があること)に関しては
   協力隊のほうがpeace corpsより上ですね。

ラグ:そうですね。確実に上ですね。


・・・

途上国でもらえるお金など、待遇は?


山本:(次に、途上国で活動中、現地でもらえる給料の話ですが)
   協力隊は、国にもよりますけども、
   途上国では物価が10分の1ぐらいなので、
   月、3〜5万円(相当)のお金をもらえるんですが、
   peace corpsも大体同じと書いてありましたね。

ラグ:そうですね。

山本:あと、(現地で住む場所の)家賃はですね、
   原則として協力隊の場合は、
   途上国の自治体に行くことが多いので、
   その自治体側に用意してもらうことが原則なんですけども、
   peace corpsも同じですか?

ラグ:いや、基本的に任地に行く際に、
   最初の2か月、
   1か月はホームステイということが決まっていて、
   ホームステイ先も自分で、
   自治体のカウンターパートと話して、
   その人に探してもらうという形でやるんですね。


参考:
カウンターパートとは、
主に政府系の援助機関が、途上国でプロジェクトを行う場合、
途上国現地での活動中、仕事をする際の「相棒」となる存在。
通常、現地の地方自治体の、関係部署に努める、
地方公務員が割り当てられることが多い。
中央政府でのプロジェクトの場合は、
省庁の官僚などの国家公務員が、カウンターパートとなる。


山本:そうですか。

ラグ:家賃はその(給料の中の)300ドルの中から払うっていうかんじで、
   自分で交渉するんですね。いくらかって。

山本:300ドルの中から払うんですか!?
   そりゃきついですね。
   協力隊は(家賃は)別に出るので。
   なるほど、きついですね、peace corpsのほうが。


参考;
青年海外協力隊の場合、上述したように、
原則として地方自治体側が、宿舎を用意してくれる。
なんらかの理由で、用意されない場合、
JICAが指定する一定の基準(安全性など)を満たした宿舎を
(家賃の上限を設定された上で)自分で探すことになる。
が、この場合も、家賃は現地での給与とは別に、
JICAから支払ってもらえる。


ラグ:そのあと一人で暮らしたかったら
   一人暮らしもできるんですけど、
   その場合も
   自分でコミュニティーの中で
   空いている家ないかって探して、
   オーナーとまた家賃の交渉をして、
   300ドルの中から払って、
   家具とかなかったら
   全部自分で買いに行かなきゃいけなくて
   それが別枠で若干お金出るんですけど。

山本:なるほど。
   あとですね、
   あなたの書いていたブログに間違いがあったので
   ちょっと指摘すると、

   あなたのブログによると
   peace corpsは最初の2か月ホームステイするけれども、
   あとは後日一人暮らしに変えても構わないけれども、
   協力隊のほうは原則ホームステイをずっとしなきゃいけない
   と書いてあったんですけれども、
   私、協力隊の人を百人以上知っていますけれども、
   一人暮らしをしている人は、かなり多く、
   全員がホームステイしているわけでは全然ないですね。

ラグ:そうなんですか。なるほど。

山本:協力隊の場合、現地に派遣されてから、
   1か月程度、首都等でホームステイなどをして、
   その時に現地語などの語学を勉強する。

   語学を勉強する時に最初だけ
   ホームステイをする場合があるんですね。

   (しない場合もありますが。)

   あとは、南米の一部の地域などで、
   治安が以上に悪い地域だけ、
   ホームステイをJICAから義務付けられるケースがあるようですけれども、

   原則として協力隊は、
   (国際協力の初心者向けのプロジェクトのため)
   比較的、治安がいいところに行くので、
   そこまで厳しい所には、あまり行かないです。

   例えば、午後6時以降(暗くなったら)絶対に外出禁止で、
   ホームステイしていなきゃ絶対ダメ、
   とかいう国に行くことのほうが少ないです。

ラグ:なるほど。

山本:あとは、
   青年海外協力隊の女性ボランティアが強姦にあった
   パプアニューギニアに関しては、
   (女性は)派遣禁止になっています。

ラグ:なるほど。

山本:あとは、あれですね。
   2年間が終わった後の、
   帰国後にもらえる、いわゆる『就職準備金』が
   あなたのブログによると確か、
   70〜80万円くらいでしたね。
   2年間で合計でもらえる金額が。

ラグ:そうですね。

山本:協力隊の場合200万円もらえるので、
   2倍以上多いという意味で、
   協力隊は非常に優遇されているというか、
   優遇されすぎているという、主観を覚えるんですけども。

ラグ:そうですね。

山本:あと、福利厚生については、
   病気にかかった場合等は、
   政府が全部払ってくれるという意味で同じですね。

・・・

ピースコーとアメリカ大学院の連携プログラム


山本:peace corpsのほうが(青年海外協力隊より)良いのは
   大学院とpeace corpsを結びつけて、
   修士を同時に取れる制度を、
   いくつかの大学院が用意していて、

   そういう大学院が、いっぱいあるわけでしょ?
   その、モントレー大学とか、モンタナ大学とか、
   数十あるわけでしょ?

ラグ:数百だと思います。

山本:数百あるんですか。素晴らしいですね。
   それ、peace corpsのホームページに行けば
   連携している大学院が一覧で載っていますか?

ラグ:載っていますね。はい。
   peace corps master's international program
   というんですけれども。

http://www.peacecorps.gov/index.cfm?shell=learn.whyvol.eduben.mastersint

   なおかつ、それをやらなかった人でも
   peace corpsを終わった人は
   fellowship programといって、

http://www.peacecorps.gov/index.cfm?shell=learn.whyvol.eduben.fellows

   連携している大学院のスカラーシップ(奨学金)がもらえるのもあるので、
   基本的に結構peace corpsをやると、
   大学院修士は取りやすいというか、結構援助がでるというとこですね。

・・・

ピースコーの応募倍率


山本:逆にですね、
   18歳でpeace corpsに行けるというとこは、
   大学生になる前もしくは大学生で休学してpeace corpsに来たという人も
   多いんじゃないですか?

ラグ:僕と同時期にやっていた人は
   大体大学は出ていました。
   ただ、大学卒業直後という人が多かったですね。
   たぶん経済状況も悪かったんで2008年ごろって。。。


参考:
2007年サブプライムローン(低所得者向け住宅融資)問題。
2008年リーマンショック、世界同時不況。


山本:失業率が高かった。。。

ラグ:結構そういう人がpeace corpsに流れる傾向があるようで、
   競争率が上がって
   大学は出ていないと厳しいというのはあったとおもいます。

山本:なるほど。

ラグ:一応建前上は18歳以上で(応募)出来るけど
   実質は大学を出ていないと受かるのは難しいという。

山本:全体倍率は何倍とかわかりますか?

ラグ:全然わからないです。

山本:公開されてないんですか?
   ホームページ上に。

ラグ:もしかしからあるかもしれないですが、
   ただちゃんと調べたことがないですね。

山本:なるほど。
   協力隊のほうは、
   ホームページ上に公開されていますけどね。
   応募期間中だけ、どの職種に何人の応募があると。

   (ここ数年の、全職種の平均で)5〜6倍ぐらい。

   人気のある、(応募しやすい)何の資格もいらない、
   村落開発とか、青少年活動、エイズ教育、環境教育などは、
   倍率は10倍を越えたりします。

   倍率の低い、専門的な、自動車整備とか、農業系とか、
   助産師とか、保健師とかを持っていて、勤務経験5年以上とかだと
   受かり易い職種もあります。

    ま、ともかく、ピースコーの場合、
    倍率はわからないかもれしれないと。

    peace corpsは
   日本人に紹介しても、(アメリカ国籍を普通もっていないので)
   受けれるわけがないので、倍率は関係ないかもしれません。

ラグ:そうですね。


・・・

ピースコーの実際の仕事は?


山本:あとは、仕事ですね。肝心な。
   結局エルサルバトルの田舎では、
   さっきおっしゃっていたのは、

   『現地にどんなニーズがあるか』
   を上司である環境政策の専門家と相談しながら

   1)学校等での環境啓発教育と、
   2)地方自治体でのコミュニティーでなんかやった、
   とかっておっしゃってましたよね。

   もうちょっと具体的に言うとどんなことやったんですか?

ラグ:エルサルバトルで言うと
   環境教育プログラムが始まって結構長いので
   すでにカリキュラムがあるんです。
   それを学校で教えるのが一つ。

山本:エルサルバドル政府の、環境教育プログラムがあるということ?
   それとも地方自治体の?

ラグ:(アメリカ政府の)peace corps独自のがあるんですよ。

山本:(! 驚いた。
    青年海外協力隊の場合、通常、
    途上国政府側にある、なんらかのプログラムを
    日本人ボランティアが支援する、というケースが多い。)


   じゃあそれを、政府と地方自治体の許可をとって、
   こんなことやりたいんだけど
   やってもいいかってOKもらってるってことですね。

ラグ:そうですね。そうなります。
   だから学校に行って
   校長先生とほかの先生と相談して
   先生と一緒に共同でpeace corpsのカリキュラムを教えます
   っていうのを最初に決めて。

山本:何曜日の何時間目にやりますというかんじで?

ラグ:そうですね。
   それを一応、小中いっしょになった学校だったんですけど、
   基本的に中学生向けが中心で
   時々小学校高学年向けもやっていたということですね。

山本:内容はちなみにどんなことをやっていたんですか?

ラグ:さっき言ったリサイクルのことであるとか。

山本:リサイクルっていっても
   狭義のリサイクルと
   広義のリサイクルがあるんですけれども、
   reuseのほうですか?、それともrecycle のほうですか?


参考:
広義のリサイクル(recycle)は、
狭義のリサイクルと、リユースを含む。
狭義のリサイクルとは、
一度使った商品を、熱などのエネルギーを加えて加工し、
他の商品に変えて再び使うこと。
これは、エネルギーを消費するため、
言われているよりも、環境に悪い可能性がある。
例えば、ペットボトルを加工して化学繊維の服にするケースなど。
一方、リユース(reuse)とは、
ビール瓶や牛乳瓶を、何度も使うことをいう。
エネルギーを加えず、何度も使うため、
比較的、環境に良いとされている。


ラグ:コンセプトとしては、両方なんですけれども、
   実質問題recycleをする施設があまりないんで、
   なので、実質は
   『ごみは分けて捨てよう』というのと、
   『ごみはごみ箱に捨てよう』っていうところがあって
   僕がいたコミュニティーは
   ごみ収集のトラックが週2回くらい来るので、
   そういうこともできたんですけど、

   友達が行ったところは、そういうサービス自体がなかったので
   結局みんな裏庭とかに穴掘ってごみ捨てるという感じだったので、
   あまりゴミをゴミ箱に捨てるっていうコンセプト自体が
   エルサルバトル事態になくて、
   結構みんなバスからどんどん捨てるんですよね。
   だからすごい汚くて。

山本:なるほど。

ラグ:そういう部分を学校で教えて
   子どもたちから変えていこうとしていたんですけど、
   親がやらないんで、
   結構根付きにくいっていう問題がありました。

山本:私も途上国にいっぱい行っててですね、
   途上国なほど、ゴミだらけで汚い、
   ということはよく知っているんですけれども、

   「ごみをごみ箱に捨てよう」
   というレベルであれば、小学生でも教えられるんじゃ、、、

ラグ:そうですね。

山本:中学生だったらもうちょっと上のこと教えてもいいかな
   という気は個人的にはするんですけど、、、

ラグ:そうですね。
   あと、理科の授業みたいなのがあって、
   「水のサイクル」であるとか、雨降って地下に行って、
   川に流れて蒸発してっていう、水のサイクルとか、

   あとはgenderとsexとか。結構社会みたいな授業も。


参考:
ジェンダーとは、「性」のことだが、
一般には、
「社会における女性の権利を高める運動」。
本当は、
「自分の性にとらわれずに
 自分の能力を発揮できるような土壌を
 社会に作ること」


山本:genderとsexとか、環境に関係ないですね。

ラグ:そうですね、関係ないですね。

山本:で、peace corpsでそういうことも(教えるということが)
   決まっているところ(カリキュラム)があるということですね?

ラグ:そうですね。カリキュラムで全部入ってるということです。

山本:それは週に何回くらいやって、
   1年間で何回くらい講義をするわけですか?

ラグ:週3回くらいで、
   学校が大体1月に始まって、11月くらいまでぎっしりあるんで、
   100何回。。。

山本:あなたが全部やるんですか?

ラグ:そうですね。実質、、、そうですね。

山本:あなたが全然(自分の)専門でもない、
   genderと社会みたいなこともしゃべるんですね?

ラグ:そうですね(笑)
   結構自由なんで、
   自分がやりたいことやれるので、
   自分がやりたくなかったらスキップしてもいいんですけど、

   自分で考えて別のことを教えるとか、
   環境、『earth day』のイベントをやるとか。
   そういうこともできるということです。

山本:なるほど。わかりました。

ラグ:自治体と一緒にやったのは、
   僕がいたころは「デング熱」が流行ってて。国全体で。
   蚊で媒介するんですよね確か。


参考:
デング熱とは、
アジア、アフリカ、南米等で蔓延している感染症。
蚊によって媒介される、「ウィルス性出血熱」。
1回目の発症よりも、2回目の発症時のほうが、重症化する。
(血を止めるための)血小板が激減し、
体中から出血(鼻出血、血便、女性の性器出血など)し、
死亡する場合がある。


山本:そうですね。

ラグ:ですので、水ため場がどの家にもあるので
   それを覆うようなもの、物は支給できないんですけど、
   意識啓発ということで。

山本:「それ(マラリア予防)もやれよ」いうことですね。

ラグ:そうですね。
   それを小学生とか中学生とかを巻き込んで
   みんなで各家に行って
   デング熱流行ってるんで気を付けてください
   みたいなことをやるとか。

山本:なるほど。

ラグ:あとは、予防接種を受けましょうとか。

山本:はしか(麻疹)とかポリオとか、そういうことですかね。

ラグ:そうですね。
   自分で何が出来るか、、、自由度が高いので。

   友達はベジタリアンだったので、
   『動物を食べるのをやめよう』みたいな、

   自分の思想を結構広げちゃうみたいな。

山本:そういうのをやってもいいんですか。
   あぶないですね。


参考:
国際協力が、自分の個人的な思想を
相手に押し付けることであってはいけないと
私は個人的に思っている。
ただし、
(人間の)肉食が草食(穀物食)に比べて
環境に悪い(環境により多くの負荷をかけている)
ことは、部分的に科学的な事実ではある。


ラグ:そういうのをやってもOKっていうのが現状ですね。

山本:なるほど。すごいですね。

   協力隊の場合、3か月後か半年後くらいに
   2年間でこんなことやりますよという計画書を出して、

   以後3か月毎くらいに、
   現在の状況報告を、一応、
   その国のJICA本部に送って、

   一応(遅いけど、それに対する)コメントが返ってくる、
   ということに、一応なっているんですね。

   そういうフィードバック(批判・助言)みたいなのはあるんですか?

ラグ:3か月か6か月に1回報告書を出すんですね。
   ただフィードバックはよほど変なことをしない限り
   「それをするな」とかはないと思います。

山本:なるほど。

ラグ:結構みんなが言っていたのは、
   ボランティアの中に流行りみたいなのがあって、
   僕がいる時期にみんなやってたのは
   世界地図を学校の校舎の前に書いて、それを覚えるみたいな。
   結構、地理感覚が。

山本:国の名前とかを覚えるの?

ラグ:覚えますね。
   そういうのであるとか、
   英語を教えてくれって頼まれるケースも多いです。

山本:なるほど。わかりました。


・・・

環境分野で国際協力をやいたい理由は?


山本:それで思い出しましたけれども、
   国際協力を環境分野でやりたいと思ったそもそもの理由はなんですか?

ラグ:それは、エクアドルに行った時の経験で、
   大学3年の時にエクアドル行って、半年間ですね。
   スペイン語留学という形で行って、アメリカの留学プログラム、、、

山本:ちょっと待ってください。
   聞いている人が混乱、私も混乱していますけど、
   要するに、

   大学3年生の時に行ったのはエクアドルで、
   peace corpsで言ったのはエルサルバドルという、
   別な国ということですね。


参考:
エクアドル
南アメリカ大陸の西側にある国。
コロンビアとペルーに挟まれる。

参考:
エルサルバドル
中央アメリカ(南北アメリカ大陸をつなぐ細い部分)
にある小さい国。


ラグ:そうです。別の国ですね。

山本:(名前が似ているので)混乱しやすいですね、はい。

ラグ:その時に自然の雄大さとか美しさを知ると同時に
   それが破壊されているっているのも同時に知って、
   自分は大学出た後、
   (大学で勉強したことが、総合的な学問の)リベラルアーツだったんで
   あんまり、知識がないけど、
   大学院で環境問題を勉強して、
   途上国とかで貢献できる人になりたいと思って
   国際協力の環境分野でって思ったんですけれども。

・・・

続く

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65589925.html



アメリカの青年海外協力隊「ピースコー」と大学院修士の連携プログラム、その1 14680字

.

はじめに。

ピースコー(Peace Corps)とは、
アメリカの青年海外協力隊です。

まず大学院に1年間行き、
次に途上国へ2年間派遣され現地で実践。
その後また大学院に戻って1年勉強する。

(以上のようなことが可能なシステムがあります。
 全員が、それを経験するわけではありませんが。)

そうしたプログラムが、
アメリカの大学院とピースコーと連携して
実施されています。

http://www.peacecorps.gov/

日本の青年海外協力隊には
多数の問題が指摘されているため、
それを改善するための参考になるかもしれない、
と思ってインタビューをしました。

参考:
青年海外協力隊の良し悪し 5,455字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51901806.html


・・・

ピースコーとは?


山本:じゃあえっと、
   (学生時代に)ラグビーをやっていたんで、
   (今回のインタビューをする間の、ニックネームは)
   ラグビーさん(以下、ラグ)ということで。

   今日は「peace corps」(ピースコー)のお話を伺う
   ということで、よろしくお願いします。

ラグ:よろしくお願いします。

山本:E−mailで連絡をいただいて
   えっとまぁあの、
   「お絵かきイベント」にご協力をいただけるという
   お話をいただいたので、

注:
お絵描きイベントは、
NPO法人・宇宙船地球号が行う事業の一つ。
世界中の人に大切なものの絵を描いてもらった後、
その人が、なぜそれを大切だと思うようになったのかを詳細に取材し、
その国の社会背景にある問題点を紹介する、というもの。
国際協力をやりたいと思うような「きっかけ」を与えることが目的。

   (ラグビーさんは)
   中南米にあるエルサルバトルに派遣されて、
   アメリカ合衆国の青年海外協力隊にあたるpeace corps 隊員を
   やっていたんだけれども、

   2年間、2009年の7月からだったんだけれども、
   半年(ぐらいで)、
   ビザ等の変更事情で途中でやめたということですね。

ラグ:はい、そうです。

山本:私は国際協力をやる一方で、
   (国際協力に興味がある人に)
   情報提供をする、という事業をやっています。

   (国際協力に興味がある人にとって、
    最も参加しやすい長期ボランティアは、
    日本政府のJICAが運営する青年海外協力隊なのですが、
    この協力隊には、様々な問題点が指摘されているため、
    それを改善するための政策提言を日本政府にするために、
    なんらかの有用な情報を得られないかと思い、
    アメリカの青年海外協力隊「ピースコー」に参加した
    あなたにインタビューさせて頂きたい、ということです。)

   で、あの、
   (ラグビーさんは、自分の)ブログを持っていらっしゃたので
   (事前に、それを拝読させて頂きました。)

   その「peace corps」、
   直訳すると「平和部隊」になると思うんですけども、

   (まずは最初に)
   簡単なこと(概要)を(私のほうで)しゃべってしまいますと、

   1957年ぐらいに、ケネディー大統領が、
   大統領選挙の最中に、
   いわゆる大統領(になるため)の演説をするための
   スピーチの原稿をですね、
   (アメリカでは、伝統的に、昔から)
   誰かほかの人が書くんですけども、

   当時大学院の修士をとろうとしていた、
   修士課程の学生だった「ピーター・グロース」という人が
   (その演説用の原稿を)書いて、
   その(大統領候補用のスピーチの)中に、

   その学生が(個人的に)やりたかった(思い描いていた)
   「peace corps」という事業を、

   多分、ケネディー大統領の選挙事務所に持ち込んで、
   採用されて、ケネディーがそれをしゃべって、公約しちゃったので、
   やらざるを得なくなったということですね。


注:
要するに、最初は、
アメリカの大学院生であったピーター・グロースが思い描いていた
妄想(理想の一つ)だった。
「peace corps」(平和部隊)という組織を作り、
一般の若いアメリカ人が、途上国を救うために、
出撃していったら、かっこいいじゃん!、
と思って考えたものが、
ケネディ大統領によって、たまたま採用された、ということ。


山本:1961年くらいから始まって、
   で、これまでに、数十ヵ国へ、たくさんの人を派遣した、
   ということですね。
   正確な数字は後程計算します。


参考:
平和部隊(Peace Corps、ピースコー)とは、
1961年にケネディ大統領により創設された機関。
アメリカ政府のプログラムで、
18歳以上のアメリカ人のボランティアが途上国に行き、
教育、青年育成、保健(公衆衛生)、ビジネス、環境などの分野で
草の根レベルから途上国の経済発展と生活向上をサポートする。
近年はHIV/エイズの予防啓発なども。
創設以来45年間で18万2,000名以上(2005年時点)を派遣。
期間は2年間(+最初に現地で3ヶ月程度の訓練)で、
渡航費や生活費などはすべて支給。
米国籍が必要。

http://www.peacecorps.gov/


参考;
青年海外協力隊
Japan Overseas Cooperation Volunteers : JOCV
外務省所管の独立行政法人・国際協力機構(JICA)が実施する
海外ボランティア派遣制度。
1965年創設。
20〜39歳の日本人が募集される。
これまでに3万人以上が、80カ国以上に派遣。

http://www.jica.go.jp/volunteer/


参考:
青年海外協力隊は、
アメリカのピースコーをモデルにして(マネして)
作られたとも言われている。
創設時期が1961年(米国)と1965年(日本)であることや
外務省も下記のように言及しているので、
間違いないかと思われる。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/03_hakusho/ODA2003/html/siryo/sr3120205.htm


山本:いただいたE-mailで私が興味を持ったのが、
   私のブログにも書いてある通り、
   日本の「青年海外協力隊」には大きな問題がありまして、

   結局、最大の問題は、
   2年間の活動後帰国しても、就職先がなくて、
   (以後は)国際協力を続けないどころか、
   一般の(日本)企業にも就職できずに、
   ぷー太郎やニートになってしまう、
   というのが最大の問題なので、

   それに対してアメリカの協力隊である、
   peace corpsのほうは、
   (参加した)全て(の人)ではないのですが、
   調べましたところ、

   peace corpsの中の「一部のプログラム」として、
   最初に一年間大学院修士にいって勉強して、
   2年間 peace corpsで途上国の現地に行って、
   終わった後一年間また大学院修士に戻って、
   「修士」を取れると、

   要するに(最終的に)専門性を獲得できるということにおいて、
   (日本の)協力隊より良いんじゃないか、
   ということが(あなたのブログに)書かれていますね。

   (修士がとれれば、それらの経験が終わった後、
    次に、どこかに就職できる可能性が
    なにもないよりは、高いであろう、ということ。)

ラグ:そうですね。

山本:これを改善する提言等を、
   うちも一応、国際協力に関しては
   外務省やJICA等に政策提言をする
   NPOのひとつであるつもりなので、

   情報をいただければと思って、
   お話を伺いたい、ということですね。

・・・

生い立ち、高校まで。国籍の問題。


山本:えっと、年齢はおいくつですか。

ラグ:25歳です。

山本:経歴ですが、
   アメリカ国籍をもっていないと
   peace corpsに入れないはずなのですが、
   どうしてアメリカ国籍を持っているんですか。

ラグ:えっと、私、
   生まれたのがアメリカのシアトルなんですけれども、
   ちょうど父親の仕事の都合で
   家族全員シアトルに住んでいた時に生まれまして、
   3歳くらいに日本に帰ったんですけれども、

   アメリカは『出生地主義』なので、
   (アメリカ国内で)生まれたら市民権がもらえるというシステムで、


参考:
「出生地主義」(しゅっしょうちしゅぎ)とは、
(生まれた子どもの)国籍取得において、
親がどこの国の国民であろうと、
自国で生まれた子は自国民とするもので、
アメリカ、カナダ、ブラジルなどで採用されている。
対立する概念は、
「血統主義」で、
親のどちらかの国籍が子の国籍となる方式である。
現在、日本、ドイツ、韓国などで採用されている。


ラグ:ただ、父親が外交官だったので、

山本:日本の外交官?

ラグ:日本の外交官です。
   (親の職業の理由で、アメリカの国籍を)
   もらえないんじゃないかって言われてて、両親からは。

   よくわからなかったんですけども、
   でもパスポートがあったんで、
   僕、大学行くときもアメリカの大学に行ったんですけども、
   最初は日本人として、ビザとって行ったんですね。

   ただ、パスポートがあるということは
   市民権があるということなんだろうなと思って、
   大学2年の時に、
   日本に帰国時にアメリカ大使館に行って、更新してみたんですね。

   そしたら、普通に更新できたので、市民権あるんだなと思って
   大学卒業後からアメリカ人として、
   大学院にアプライする時もアメリカ人として応募しました。

山本:そうですか。
   逆に(言えば)日本の国籍もあるわけですか。

ラグ:一応(そうです)。
   あの、「グレーゾーン」なんですけども、
   一応日本は二重国籍を認めていないので、
   本当は22歳になった時に、
   どっちかえらばなきゃいけないんですけども、
   選ばなくても(政府からの)通達とかはこないんですよ。
   基本的に。
   もし来たらその時点で選ばないと、
   3か月後に自動的に日本国籍がなくなる、
   というシステムらしいんですけれども。

山本:そうなんですか。

ラグ:ただ、その通知はいまだ出されたことがない、
   という微妙な、、、

山本:誰に対しても出されたことがない、
   ということですか。

ラグ:そうですね。
   基本的に微妙な、、、

山本:じゃあ、アメリカと日本のその、例えば、
   トヨタ自動車が、アメリカで事業をやっていて、
   日本から出張した社員が、現地で子どもを作って・・
   というような、
   (あなたと)似たようなケースが、あると思うんですけど。

ラグ:そうですね、たぶん多いと思います。

山本:いっぱいあるということですね。
   じゃあ日本は生まれた場所じゃなくて、
   お父さん・・
   (またはお母さんの国籍を世襲する、ということですね)

   (ちなみに)
   お父さんとお母さんは普通に日本人の外交官だということですね。

ラグ:はい、そうですね。

山本:なるほど、わかりました。
   一時期モンゴルに行っていたと(履歴書に)書いてありましたけど、
   これもその、
   お父さんが外交官だっために、
   2、3年行っていたということですね。

ラグ:そうですね。

山本:これは、高校生くらいの時ですか?

ラグ:小学生です。
   小学校に入学した直後で、6歳から9歳までモンゴルにいました。

山本:で、あの、
   (モンゴルにある、外国人用の学校である)
   インターナショナルスクールに行って、
   英語で勉強していたということですか。

ラグ:はい、そうです。

山本:なるほど。
   大学がどこでしたっけ。
   A大学B大学K大学とかにすると頭文字は?

ラグ:えーじゃあS大学で。

山本:日本のS大学ですか。

ラグ:アメリカにあるS大学です。

山本:アメリカのS大学。
   それは18歳から?
   高校までは日本に?

ラグ:高校まで日本にいました。

山本:アメリカの大学は9月、10月スタートですよね。

ラグ:そうです。2004年に卒業して、

山本:それはあの、普通に遅れずに卒業したんですか。

ラグ:そうですね。
   あ!えーとですね、詳しい話になるんですけど、

   中学の時にラグビーやっていまして、
   ラグビー推薦で東京にあるK高校に入ったんですけれども、
   中学の時に『ゆるい上下関係』というか、、、
   その、「みんなで楽しくラグビーやろう」
   みたいな、雰囲気でやっていたんで、

   いきなり厳しい体育会系のかんじについていけなくて
   やめちゃったんですよ。
   1学期で辞めて、
   そのあと定時制高校に行っていたんですけど、
   定時制高校って結局4年間かかるんですよ、卒業までに。

山本:そうなんですか。

ラグ:それだったら、
   もう一回来年の春に卒業して、
   普通に全日制の高校行って卒業しても
   年数的には変わらないと思って、
   定時制また辞めて、勉強したんですよ。

山本:高校一年生に入るために?

ラグ:そうですね。
   次の年の4月に、2001年の4月なんですけれども。

山本:どっかの高校に入ったんですね。
   ということで、一年遅れているわけですね。

ラグ:そうですね。

山本:外国に行ったために、
   (学校の)4月開始、10月開始の(違いの)問題で
   (学年の進級が)遅れたということはないですか。

ラグ:ないですね。

・・・

大学時代はアメリカ


山本:わかりました。
   で、その、19歳で高校を卒業したのは何年ですか?

ラグ:2004年の3月です。

山本:そのあと、
   同年の9月、10月からアメリカのS大学に入ったんですね。

ラグ:そうですね。

山本:何学部でした?

ラグ:一般教養、「リベラルアーツ」 でした。


参考:
リベラル・アーツ(liberal arts)は、
学士課程において、
人文科学、社会科学、自然科学を包括する専門分野。
法学・医学などの専門分野に進学する前の基礎教養の側面も。


山本:要するに、
   広く浅く(いろいろなことを学んで)、
   ディベート(議論)の仕方とかを学ぶやつですか?

ラグ:はい、そうですね。

山本:それは4年間でふつうに卒業したんですか?

ラグ:そうですね。

山本:会社に行くか院(大学院)に行くかですけども、
   どっちにされました。

ラグ:そこで結構迷ってて、、

山本:(それを迷ったのは)2008年の7月くらいですよね。

ラグ:そうですね。
   両親から結構就職しろと言われていたんですけど、

   大学3年の時に、
   S大学って全員が留学をしなきゃいけないというシステムがありまして、
   スペイン語取っていたんで南米のエクアドルに留学行ったんですよ、
   半年間。

   そこでガラパゴスにいったりだとか、
   アマゾンとか行って、環境の分野にすごい興味を持ったんですよ。

山本:在学中ですか

ラグ:在学中です。

・・・

ピースコーととの合同プログラムのある大学院へ


ラグ:一応大学院にアプライしておいて、
   就活も実際はしてなかったんですけど、
   結構狭間で悩んでたというか。

   両親としては就活しろということだったんですけど。

   それで今行ってる(アメリカの)
   『モントレー国際大学』の大学院に合格して
   奨学金を多少もらえたので
   (親が)「それなら良いだろう」ということで
   大学院に進むことにしたんです。


参考:
モントレー国際大学
Monterey Institute of International Studies
http://www.miis.edu/


山本:モントレー国際大学の大学院に入ったのは
   奨学金もあったとしても、
   自分で(探して)
   環境をやっている(環境を勉強できる)大学院で
   面白いことを勉強できそうだと思ったから?

ラグ:そうですね。
   それと、やはり、

   『peace corpsとの、一緒になったプログラム』

   というの(があるの)で、
   勉強も出来て、(途上国での)経験も積めるというのは
   すごい魅力的だったというか。
   それで進学しました。

山本:モントレー国際大学院では、
   そのpeace corpsとの連携授業で、
   最初の1年、大学院で勉強して、
   (以後、2年間)peace corpsに行って、
   戻ってきて(また勉強を)やると、
   4年間で修士も取れて(途上国での)経験もできる、
   というプログラムがあったということですね。

ラグ:そうですね。

山本:で、確認します。
   peace corpsに行ったら、
   必ずそうなっているわけではなくて
   peace corpsの一部で、
   その連携プログラムがあるという意味ですね。

ラグ:そうですね。
   すいません。
   (山本敏晴の以前の)ツイッターを読んでいて、
   peace corpsの説明のところで、、

山本:(私が)誤解していてですね、、、
   あの後(あなたから最初にメールが来た後)、
   私のほうでもいろいろ(ピースコーについて)調べましたら、

   peace corpsの全員が、
   大学院修士との合同プログラムをやっているわけではなくて、
   一部に、そういう、
   大学院との合同プログラムがある、
   というのが正しい認識だと悟りまして。

ラグ:で、かなりその、
   大学院と一緒のプログラムは、
   大学院によって(いろいろ異なっています。)

   peace corpsを2年間やるというのはどの大学院も同じなんですけど、
   例えば僕がエルサルバトル行ったときに
   友人で同じような
   モンタナ大学でやってる修士号とpeace corps をやってる人がいて
   その人はpeace corpsの間にリサーチをして
   修士論文を書かなきゃいけないと言っていたんですけど、
   僕のプログラムの場合
   そういうpeace corpsの課題というのはなくて
   本当に行ってしまったら、オプションというか、
   peace corpsやらなくても修士号は取れるということですね。

   だから結構学校によっていろいろあります。

参考:
モンタナ大学
The University Of Montana
http://www.umt.edu/future.aspx

山本:peace corps(での途上国での活動)をネタに
   修士論文を書かなきゃいけない大学院もあり、
   モンタナ大学もその一つだ、ということですね。

ラグ:はい、そうです。


・・・

エルサルバトルでのピースコーの活動、下痢、膝の損傷


山本:実際は、あなたのブログ等を読んでいたら、
   アメーバ赤痢になっていたと書いてありましたが。

ラグ:はい、そうです(笑)

山本:エルサルバトルでですか?

ラグ:はい、エルサルバトルでです。

山本:エルサルバトルか。
   peace corpsの際にですか。

ラグ:そうです。

山本:イチゴジャム状の下痢をしたわけですか。

ラグ:えっと、実際みてないからわからないんですけど、
   エルサルバトルはトイレってやっぱ
   『ぼっとん便所』というか見えないんですよ、トイレって、、、
   便が、、、自分の、、、

   とりあえずすごくおなかが痛くなって、吐き気もすごいして
   一晩苦しんで翌日も、
   まあ寝てれば、、、と、
   最初はそんな深刻だと思わなかったんで
   寝てれば治るかなと思ってたんですけど、
   一向に良くならなかったんで、
   その翌日にpeace corpsのお医者さんに電話して
   じゃあいますぐ、、、

   僕が暮らしてたのが、東のほうで結構遠いですけど
   3時間くらい首都までかかるんですけど、
   peace corpsの本部のある首都まで来いって言われて、
   で、行ったら   すぐ入院させられて、検査したらアメーバ赤痢でした。

山本:なるほど。
   ちょうどその話になったので、
   (待遇(給与と健康保険など)について質問しましょう)

   現地でのお金は300USドルだから(日本円で)3万円くらいだけど、
   途上国の物価が(日本の)10分の一以下なので、
   現地の生活費(として与えられる給料)が3万円くらいでも、
   生活には問題ないはずなんだけれども、

   (それにしても、アメリカ政府から出る給料がちょっと安いけど)
   それでも文句があまりないのは、
   福利・厚生が非常に良いから、ということですよね?

   要するに、
   自分がpeace corpsに派遣中に病気になった場合、
   その医療費や入院費等々を
   全部アメリカの政府が全額負担してくれることが
   非常に良いと(あなたのブログに)書いておられました。

   今、話に出てきたアメーバ赤痢(の時)も、
   全部(の医療費をアメリカ政府が支払ってくれた)、、、

ラグ:はい、そうですね。

山本:でもこれは
   (日本の)青年海外協力隊も一緒なので、、

ラグ:そうですね。

山本:政府系のボランティアは、
   (どこの国でも)そんな感じだと思いますけど。

   で、問題は、
   (先日のEメールで書かれていた)
   その『膝』のほうですよね。

   膝はまたラグビーを向こう(エルサルバドル)で、、?

ラグ:いや、サッカーだったんですけど。

   サッカーやってて、
   スライディングされたというのもあったんですけど、

   やっぱり、向こう、
   グラウンドの状態がとりあえずよくないっていうのと、

   そこらじゅうで子どもたちがサッカーやってて
   公園でアスファルトでサッカーやってるんですけど、

   トーナメントみたいなのがあって、
   おまえもやらないかって言われて
   これはやるしかないと思ってやったんですけど、

   その時にスライディングされて
   転んだ後にすごい痛くて立てないくらい痛かったんですが、

   そん時に、ちょうど赤痢になってたんですよね。

   その日の夜は膝の痛みとおなかの痛みでダブルで、

   その時は赤痢のせいで
   あんまり膝のことは医者も見てくれなくて、
   しばらくしたら、普通に歩けるようになったんで、
   大丈夫かなと思ってほっといたんですけど。

   で、その、4か月、5か月後くらいに
   peace corpsと青年海外協力隊でサッカーの試合をやろう
   ということになりまして、

   結構ちゃんとカントリーディレクターが両方の組織ともに来て
   大がかりなイベントだったんですけど、
   その時にまた、痛めてすごい腫れちゃって、

   また、peace corpsのお医者さん(の所に)行って
   レントゲンじゃわからなかったんですけど、
   MRI取って、
   靭帯が切れてるのと、半月板損傷しているといわれて
   手術したほうが良いってなって、
   ワシントンDCに行くか、パナマでやるケースもあるんで、
   どちらかに行くかということになって、
   DCで手術して。

山本:アメリカの本土に戻ってということですね。

ラグ:そうです。

山本:結局、
   (ピースコーでエルサルバドルに)行って、
   (アメリカ本土に)戻ったのは、何年の何月ですか。

ラグ:2009年の7月から(行って)
   戻ったのが2010年の5月くらいですね。
   10か月くらいいました。

山本:ワシントンDCでは入院してたんですか?

ラグ:アメリカって入院させないんですよ。
   手術の後、1日しか入院しなくて。

   手術(を)昼くらいにやって、
   その日は泊まって、翌日退院なんですよ、すぐ。

   で、あとは、
   peace corpsがホテルのフロアを借り切ってて、
   常にいろんな国から来る病人とかけが人とか
   そこに泊めるんですよ。

山本:すごいですね。

ラグ:最初の3、4日くらいは歩けなかったんで
   ずっとそこで生活してて、
   松葉づえついてかろうじて動けるくらいだったので、

   その前から食糧とか買い込んどいて
   キッチンとかついてるいい部屋で自分でご飯作って。

山本:途上国では月給3、4万円でも生活できるんですけど
   ワシントンDCは
   10万くらいないと絶対生活できないじゃないですか。

   それ(そこでの生活費)は
   10万に増額してもらえたわけですか?

ラグ:そうですね。
   そこにいる間は結構もらってました。
   2週間くらいいたんですけど、
   たぶん10万円くらいだったと思います。

山本:で、その泊まってるやつ(宿泊料金)とか、
   全部向こう(アメリカ政府)が負担してくれるわけですか。

ラグ:そうですね、はい。

山本:じゃあ(経済的には)なんとかなったということですね。
   よかったですね。

ラグ:かなり手厚く扱われました。
   DCにいる間は。

山本:その時のメール(その時あなたから頂いたメール)では、
   結局その、
   治ったらエルサルバトルに戻ると書いてあったんですけど、
   結局(それは)中止になっちゃったということですね。

   それはなんでですか?

ラグ:やっぱり、結構その、 
   バスに乗ったり下りたりとか(が多いし)、
   あとは、
   膝が完全によくならなったっていうのと、
   途上国で何か(治安の悪化などが)あった時に
   逃げたりできない、膝が悪いと、
   っていうので、危ないっていうのがあって、

   結局、、僕の場合修士が残ってたんで、
   先そっちやって
   (後でピースコーに)戻ってくるっていう
   オプションもあるっていう風になって、、、

   最終的に僕が選べるって言われて、
   やっぱりその、
   膝をリスクしたくないなっていうのがあったんで、
   先、修士やってから。

・・・

モントレー大学・大学院での修士課程・後半


山本:戻った後はモントレ大学院のほうに戻って、
   勉強を続けたということですね。

ラグ:そうですね。
   今、勉強してて、
   今年(2011年)の5月に
   一応修士修了予定なんですけど。
   あと5か月です。

山本:修士論文みたいなのは書くんですか?

ラグ:いや、修士論文がないプログラムなんですね。
   修士論文があるプログラムの修士号は
   2年間で30クレジットくらい、
   30単位くらいなんですけど、

   うちの学校は60クレジットでんですね。
   普通の大学院に比べて倍なんで、
   その分論文はないみたいなかんじで。

   ただ一つずつのクラスで
   2、30ページくらいの論文を書かされるんですけど。

   そういう大きいクラスが四つくらいあるので、
   全部足したら120(ページ)くらいになって
   それが修士論文みたいになっています。

山本:とれるのは、『マスター・オブ・何』ですか?

ラグ:えっとinternational environmental policy です。

山本:国際環境政策ですね。

ラグ:そうですね。

山本:国際環境政策修士となるんですか?

ラグ:そうですね。

山本:じゃああの、
   2011年1月の今、
   日本に帰国していただきましたけれども、
   すぐにアメリカの大学院に戻るんですね。

ラグ:そうですね。

・・・

大学院修士課程・終了後の就職は?


山本:わかりました。卒業後はどうされるんですか?

ラグ:今、就活中なんですけれども、
   ちょっと今、混乱しているというか、
   自分の中で何がしたいのか、

   したいことはあるんですけど、
   僕はやっぱ国際協力を続けたいというか
   その道に進みたいと思っておりまして、

   ただ、例えば国際機関のJPOであるとか、
   そういうエントリーレベルのプログラムでも
   2年間の職務経験が必要で、
   私(ピースコーでの経験が)1年未満なので。


参考:
JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)
日本人の国連職員を増やすために、日本の外務省が作った制度。
35歳以下、修士、2年間の勤務経験、日本人であること、
などが条件で応募可能。
毎年1000人応募して65人前後が合格。
(年により倍率は多きく変動。)
国連職員でありながら、日本政府がその給与を支払い、
なんとかして国連内に多くの日本人を置こうと
日本政府(外務所)が思っているのが背景。
詳細は、以下へ。
外務省、国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/


   となるとまず職務経験をつけないといけないので。
   ただ、それでまあ、
   日本で就活をしばらくしているんですけれども、
   なかなかやはり難しいというか、

   文系の修士で
   プラス1年間エルサルバトルで過ごしたっていうので、
   今25(歳)で、
   僕が入社する頃には27になるっていうんで

   そこで結構学部卒の新卒に比べると
   会社としてはあまり採用したくないというか。

山本:大学院を出ているから
   (会社としては)給料は高く払わなきゃいけないのに、
   能力的には、はっきり言うと
   (大卒と)あまり変わらないということですね。

ラグ:そうです。語学が出来るくらいで。

山本:なるほど。それは結構厳しいですね。

ラグ:そうですね。(苦笑)
   ただアメリカの市民権があるので
   アメリカでの就職というのも今考えています。

山本:じゃあ両方同時ということですね。

ラグ:そうです。

山本:何系の企業にあたってるんですか?

ラグ:日本でですか?

山本:両方です。

ラグ:日本では、商社と金融機関ですね。

山本:なんで?

ラグ:商社だと海外に行く機会が増えると思ったのと、
   やっぱり今、商社は『自然系』に力を入れていて、
   エナジー・ポリシーとか
   そういうものを勉強してたんで
   そういう分野に進もうかなと。

   結構厳しいです。

   アメリカだと、まだ、
   アメリカの就職(活動)はあんまり初めてなくて
   調べているのは企業というより
   もっと国の機関というか、
   カリフォルニアのエナジー・デパートメントであるとか、
   国務省であるとか、
   USAID(アメリカ国際開発庁)とかを調べています。


参考:
USAID(アメリカ国際開発庁)
アメリカのJICA(日本の国際協力機構)に相当する機関。
U.S. Agency for International Development
http://www.usaid.gov/


山本:USAIDはJICAみたいなもんですからね。
   なるほど。
   受かったらまた連絡してください。

・・・

続く

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65589924.html


4回以上、リツイートされたツイート20110219_25 12612字

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48人

「なになにの為に行う、ことは止めなさい。それが失敗した時、相手や事情のせいにする心が生まれるし、うまくいった時は自分の手柄だと慢心するから。本当は自分のために行っているのだ。そもそも純粋な愛から行われる行為なら、なになにの為にという言葉など決して始めから出てこないもの」 ニーチェ


32人

国際協力をやる人は途上国で死んではいけない。もしあなたが死んだ場合、日本人がそこで活動することは危険だと外務省が判断しJICAなどの大型国際機関が活動を縮小する。あなた一人が死んだせいで何千人もの人が行っている援助活動が停止となり、その結果その恩恵を受けていた途上国の人々が窮地に

JICAの理事10人は、様々な省庁からの天下り。しかもものすごい高額の給与をもらっており、かつ実質何もしていない。全員首にしたほうがいい、という意見も。JICAが無駄なのではなく、天下りされてしまう高位のポストが無駄。


31人

メジナは海の中では仲良く群れて泳ぐ。狭い水槽入れると1匹を仲間はずれにして、いじめを始める。その魚を別の水槽に入れると、別の1匹がいじめられる。広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まる。人間も、広い世界に目を向ければ、いじめはなくなるかも

JICA本部は元々、新宿のマインズタワーにあったが、最近、麹町に移転。だがここも家賃が高額。2009年以後、無駄が多いと事業仕分で叩かれているJICAは都内中心ではない和光市に移転を計画。だが来年JICAへ天下り予定の財務省幹部が「そんな遠くへ通勤したくない」と言ったため、中止に


28人

「今の世界の最大の病気は、一人一人の人が、自分はいてもいなくてもいいんだ、だれもかまってくれないんだ、社会から見捨てられているんだ、と感じてしまうことだと思います。」 マザー・テレサ 「愛情の反対は憎しみではなく無関心 3135字」 http://bit.ly/anL7JC


27人

「信念がある人は、なんとなく偉いように思われるが、その人は、かつての自分の意見をずっと持っているだけであり、その時点から精神が止まっている人。つまり精神の怠惰が信念を作っているのだ。どんなに正しそうに見える意見も、絶えず新陳代謝を繰り返し、時代の変化の中で作り直されねばならない」


26人

インドと日本が2010年6月から原子力協定を結ぶ方向。核保有国であるインドに核技術を提供することは、NPTを形骸化するので、広島・長崎は反対したが、約20基の原発を作る予定のインド市場に、日本の電力3社と東芝・日立・三菱重工は参入を希望。そのセールスのために岡田外相がインドを訪問

核問題の報道に関し日本のマスコミは大きく偏っておりイランと北朝鮮ばかり。現在、世界最大の核問題はイスラエルの核保有を同国が認めず、このため国際原子力機関(IAEA)の査察すらできないことである。イランはその是非を議論されているだけまだまし。アメリカに養護されているイスラエルは最悪


25人

「子どもの権利条約」を締約していないのは世界で二つだけ。アメリカとソマリア。アメリカは18歳から徴兵し戦力を維持するため参加しない。ソマリアは子ども兵がいっぱい。一方、「児童ポルノ」の売買は先進国(G8等)で禁止されているが、その単純所持なら禁止されていない国がある。それが、日本

前代未聞、初めてJICA(国際協力機構)が訴訟を起こされたインドネシア・コトパンジャン・ダム事件についてブログにアップ。 「JICAと日本政府ODAが訴えられたコトパンジャンダム訴訟」、前半 http://bit.ly/f5ovVW 後半 http://bit.ly/f6A18D


23人

「私たちの税金や郵便貯金などから拠出されたODA(政府開発援助)が、インドネシアの住民のためになるどころか、逆に住民たちを苦しめているのです。日本企業の利権でダムが作られ、2万3千人の住民が水もない土地に強制移住され、動物たちも死滅」 コトパンジャン・ダム被害者住民をを支援する会

「自分が正しいと思った時から、すべての間違いが始まる」。座右の銘は何かと聞かれたら、こう答えている。何か一つのことだけを信じ、それに向かって突き進んでる時その人本人は幸せだ。しかし自分だけではなく(多様な文化の中に住む)世界中の人を幸せにしたい場合一つの考えの押し付けでは軋轢が」


18人

中国ジャスミン革命(中国茉莉花革命)。中東で政治改革を求めるデモが相次いでいるのを受け中国でもデモを呼びかける情報がネットで流布。中国当局はネット閲覧を制限。北京や上海などで2011年2月20日に集まり「一党独裁を終わらせろ」など。チュニジアで起きた政変、ジャスミン革命にちなんで


17人

「私たちは大きなことをすることはできない。でも小さなことを大きな愛を持ってすることはできる。」マザー・テレサ(アグネス・ゴンジャ・ボヤジュ)We cannot do great things. But we can do small things with great love.


16人

イタリアのベルルスコーニを、未成年者買春罪で起訴したのは、「鉄の女」と呼ばれるミラノ地検の女性検事、イルダ・ボッカシーニ主任検事(61歳)。1992年、師と仰いでいた法務省刑事局長をマフィアに爆殺され徹底的に戦うことを決意。93年マフィア総帥を逮捕。「あの女は虎だ。誰も恐れない」


15人

「吾唯、足るを知る(われただ、たるをしる)」。今を満ち足りたものとし現状に不満を持たない者は満ち足りた心で生きていける。自分の分相応を知り、それ以上を望まないことが豊かに生きるということ。周りと自分を比較し、それに追いつき追い越そうとする限り、際限がないため永久に幸せにはなれない

米国がイラク戦争開戦の根拠とした大量破壊兵器の開発疑惑について情報をもたらした亡命イラク人男性がフセイン政権を倒すためにでっち上げたことを認めた。「カーブボール」の暗号名の男性は2000年に独へ亡命。「フセイン追放のチャンス」と思い、トラックを使った可動式の生物兵器施設の話を捏造

「愛する。それは、お互いを見つめ合うことではなく、一緒に、同じ方向を見ようとすること」。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900年-1944年)フランスのリヨン生まれ。軍用機の操縦士から、民間の郵便輸送機の操縦士へ。以後26歳で作家に転身。1943年、『星の王子さま』を執筆

国の借金(債務残高、対GDP比、2007年)の多さは、1位日本167%、2位イタリア113%、3位ギリシャ103%、4位ベルギー88%、5位ハンガリー72%、6位ポルトガル71%、7位フランス70%、8位ドイツ66%、9位カナダ64%、10位アメリカ63%、14位ポーランド52%


14人

今後の世界情勢を改善してゆくためには、1)国際連合ではない、例えば「地球共同体」(仮称)という枠組みを作り、まず加盟国数を国連より多くする。2)地球共同体では「拒否権」を持つ国は存在せず、全ての国が平等。かつ条約や議定書など各国への「法的強制力」を持つ決定ができる国際機関とする。


13人

「世界を平和にするにはどうしたらいいですか?」「あなたや誰かが考えた一つのアイデアを普及すれば平和になる、というものではない。世界各国の人がそれぞれ『これが絶対に正しい』と思う考えを持っている。話し合いの場を持ち、お互いがどうしても折れたたくない所を少しずつ折れる。その積み重ね」


12人

終電を逃してしまった時、まずは後悔する。静まり返った駅の構内に心細さを感じるが、ふと急に不思議な解放感が訪れる。私たちの日常は老後の心配など不安だらけ。しかしいざ現実となってみれば新しい視野が開けることも。世界が終わってしまえば、世界が終わるという不安におびえることはないのだから

世界エイズ結核マラリア対策基金からアフリカへの資金が不正流用。1)マリでは判明しているだけで400万ドルを政府高官が着服。2)モーリタニアでは資金の67%にあたる760万ドルが横領。3)ジブチでは700万ドルが行方不明。4)ザンビアへの350万ドルも使途不明。資金管理能力がない?

国際協力機構(JICA)の天下り先である旅行会社(国際サービスエージェンシー(KSA))の社長の年間報酬額が(事業仕分けで「高すぎる」と批判を浴びたJICA理事長の報酬と同レベルの)2千万円超。社長は5代連続でJICAからの天下り。毎年JICAから60億円分の航空券発行事業を独占

国際協力機構(JICA)は2010年の事業仕分の対象。政府と外務省までしか詳細な問題点が公開されていないため具体的な無駄遣いを列挙できない。その透明性のないことが問題。58億円が職員の人件費(平均年収827万円x696人)。JICA理事は1600万円。日本人の平均年収は450万円


11人

「人間の欲求は五段階。1)食欲などの本能的・生理的欲求。2)暴力などで生命を脅かされない安全の欲求。3)家族や組織に属し、他者に受け入れられている、と感じたいという欲求。4)他者からの称賛を求める欲求。5)自分の能力や可能性を発揮したいという自己実現の欲求」 米国心理学者マズロー

現在の世界の最大の問題の一つが、最大の国際的な枠組みである国際連合の安全保障理事会の常任理事国5カ国(米中露英仏)が『拒否権』を持っていること。理想的な状態は加盟国192カ国が平等の状態。NPTで核兵器を持つことを公式に認められた五カ国だけが世界で優位に立てる体制を崩壊させる必要


9人

「イスラエルとパレスチナの問題について心を痛めてきました。私は音楽には何かを変える力があると信じています。敵対する相手の民族の歌を歌えば、その人たちを爆撃することは、きっとできなくなります。私が家で、肘掛け椅子に座りながら政治家の努力が足りないと批判しても、何の役にも立ちません」

カジュアル衣料店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは2011年2月、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と長期的な難民支援を行うグローバルパートナーシップを締結。衣料品の寄付を拡充するほか、新たにUNHCRへの社員の派遣や、難民の就業体験の受け入れ・社員登用に取り組む

イスラエル外相がバンコクで押収された北朝鮮製の武器はイラン経由でレバノンのヒズボラやパレスチナのハマスに渡る予定だったと発表。北朝鮮、イラン、シリアを悪の枢軸と名指し。エジプトやサウジアラビアの核開発も指摘。一方で自身の核兵器所有問題には沈黙。だがIAEAはイスラエルに説明を要求

遠くから見れば、地球は青と緑。雪を頂く山々は白く美しい。遠くから見れば、あなたは友人に見える。私達は争っているのに。遠くから見ればこんな争いが何になるか分からない。遠くから耳を傾ければ、ハーモニーが聞こえる。それは希望への望み、あらゆる人への愛。私はそれを奏でるための楽器になろう

事業仕分(2009年)でJICAが指摘された事項。1)ファーストクラスの利用など高額な国際旅費。2)JICA地球ひろばや、大阪や兵庫の国内研修施設、宿泊施設は稼働率が低く、運営費が無駄。3)外務省職員の天下り企業への発注が多すぎ。JICE、JICS、国際サービス・エージェンシー等

世界銀行ニュースリリース。食料価格高騰により貧困層が4400万人増加。2008年の食料危機の水準に。「価格高騰は、既に数百万人を新たに貧困に追いやりつつあり、収入の半分以上を食料に割かなければならない最も脆弱な層に深刻な影響を与えている」 http://bit.ly/hX11X5


8人

欧州連合(EU)は女子割礼(女性器切除)を「極めて残忍な犯罪」だと非難するとともに、根絶に向けて全力を挙げるとする声明。国連が定める「世界女性器切除根絶の日」に当たる2011年2月6日、EU外交安全保障上級代表は「EUは女性の人権と尊厳を著しく損なうこの忌まわしい風習を非難する」

ナイチンゲールは、裕福な家に生まれ、あらゆる教育を受ける。美しかったためもあり、「逆タマ」を狙って多くの男性に言い寄られたが、拒否。90年の生涯を独身で貫いた。同性愛者説もある。「結婚している女性が、自分自身の財産を自由にする権利を持つまでは、愛も、正義も、存在し得ないでしょう」

民衆によるデモが政権崩壊に結びついたチュニジアの「ジャスミン革命」にならい、北京や上海など中国の13の都市で2011年2月20日、「一党独裁打倒」などを求める集会がインターネットで呼びかけられ人々が集結。このうち上海市内では集まった若者ら少なくとも6人が公安当局に身柄を拘束された

「JICAの場合、(事業仕分をやる以前の問題として)もっと大切な制度上の矛盾にメスが入っていない。有償資金協力と技術協力とに分かれた勘定区分を廃止したほうが、どれだけ、多くの財源が得られることかと思う。」 吉田 鈴香、1958年生、スウェーデン国防軍国際センター民軍協力コース修了

アラブ諸国が提出したイスラエル入植活動をめぐる非難決議案をめぐり、国連安全保障理事会は2011年2月18日、安保理メンバー15カ国中14カ国が賛成したものの、米国が拒否権を発動、同決議案は廃案となった。オバマ政権発足後、米国が常任理事国の特権である拒否権を発動したのは初めて。

アラブ諸国は2011年1月イスラエルの入植活動を違法とする決議案を安保理に提出。米国はイスラエル擁護のため初の拒否権行使の構えだった。 だが親米だったチュニジアとエジプトで政変、米軍事基地のあるバーレーンにも民主化デモが拡散。米国は方針を変え2月イスラエルに入植を控える勧告をした


7人

NGOまたは個人として途上国に行き国際協力活動をする場合、危険回避の知識は必須。最低でもこれを一読すべし 「健康で安全に活動するために NGOフィールドスタッフのための 健康・安全対策ハンドブック」 外務省、特定非営利活動法人・HANDS http://bit.ly/dFCFly

石油の埋蔵量が多い国(BP、2009年、億バレル)、1)サウジアラビア2641、2)イラン1376、3)イラク1150、4)クウェート1015、5)ベネズエラ994、6)アラブ首長国連邦978、7)ロシア790、8)リビア437、9)カザフスタン398、10)ナイジェリア362

ウガンダで、同性愛行為に対し、死刑などの厳罰を課す「同性愛禁止法案」が成立の見込みだと2010年10月与党議員が発表。これに対し欧米政府はウガンダへの援助を打ち切る方向。また人権団体などが圧力をかけている。ウガンダで同法案が通れば、世界で10カ国めの「同性愛が死刑となる国」になる

アラブ圏紙シャルクルアウサト(2011年2月21日付)によると、革命評議会幹部らがカダフィ大佐に退陣を迫り権限を軍部に渡すよう求める声明。幹部らは軍部中心の移行政権をつくり、1年以内の選挙導入による新政権発足を検討。またアブドルジャリル法相が「過剰な暴力行使に抗議する」として辞任

エネルギー自給率(IEA、2006年、%)、低い順に、1)シンガポール0、2)オランダ領アンティル0、3)マルタ0、4)ジブラルタル0、5)香港0.3、6)台湾1.7、7)ルクセンブルク1.7、8)キプロス2.0、9)韓国2.3、10)モルドバ2.6、13)日本4.2%

主な国の、エネルギー自給率(IEA、2006年)、少ない順に、韓国2.3%、日本4.2%、フランス7.2%、イタリア14.9%、スイス17.3%、ドイツ26.7%、アメリカ62.1%、中国92.3%、イギリス113%

「愛における幸福の秘訣は、盲目でいることではなく、必要な時に『目をつむれる』ことにあるです。」 シモーヌ・シニョレ "Simone Signoret" (1921年-1985年)フランスの女優。1959年に映画「年上の女」で、アカデミー賞・主演女優賞、及び、カンヌ国際映画祭女優賞

瞽女(ごぜ)とは、近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら、三味線、時には胡弓を弾きながら唄う、盲目の女性旅芸人のこと。長岡瞽女と高田瞽女が有名。テレビやラジオが普及していなかった時代に、豪雪地帯の村落などで娯楽の一端を担った伝統芸能

国際連合・安全保障理事会・常任理事国の拒否権の発動回数。1)ソ連・ロシア124回(ロシアとして4回)。2)アメリカ83回(対イスラエル非難に対し38回)。3)イギリス32回。4)フランス18回。5)中華民國・中華人民共和国7回(中国としては6回)。中国より米国の方が十倍以上多い。

2011年の食糧価格の高騰はいつ始まったのか?2010年夏、ロシアで干ばつと火災が発生し、ロシア政府が輸出を禁止したことが小麦の価格高騰に。黄トウモロコシの価格も、収穫量が当初の見込みより少なかったこと、またアメリカでバイオ燃料としての利用が増えていることから、この6カ月間で上昇

バーレーンは人口110万人の王国。アラビア半島東側に位置する産油国。石油収入が国家歳入の7割。湾岸地域の金融センターの役割。米英と軍事同盟を結んでおり米海軍第5艦隊司令部があり米国の中東戦略の要。イスラム教シーア派が多数だが支配する王家はスンニ派。王制が揺らぐと欧米との関係に影響


6人

Vサイン(ピースサイン)。1)1337年からの英仏の百年戦争で英軍が仏軍を挑発した行為。2)第二次世界大戦中、英首相チャーチルが勝利への意欲をみせたVictoryの頭文字。3)イスラエルでは敵対するパレスチナのアラファト議長がVサインが好きでそれを繰り返したため、Vサインはご法度

中東の政情不安が世界最大の産油国サウジアラビアに及ぶか?絶対君主制を敷くサウジアラビアでは選挙による議会や政党は存在せず人々は異議の申し立てもできない。国王による完全独裁。だが四百億ドルを超えるオイルマネーで潤っているため国民は文句を言わない。が、高い若年失業率が引き金になるか?

中東は水不足が深刻化。ヨルダン川やヤルムク川などの主要河川の水量は過去50年で大幅に減少。ユーフラテス川が干ばつで干上がる場合があることも予測され、死海は2050年には小さな湖に。これらの河川の下流に位置するイスラエル、ヨルダン、パレスチナ自治区はそれぞれ5億〜7億m3の水が不足

反政府デモが続くリビアの首都トリポリで2011年2月21日、軍用機(戦闘機)が反政府デモ隊を上空から実弾攻撃。トリポリ中心部の広場に集結したデモ隊に対し、治安部隊員と見られる私服の男たちが車に乗って現れデモ隊を機関銃で銃撃。リビア国内の電話は不通状態。カダフィ政権側が情報を遮断。

国際協力を保健分野で行う場合ほぼ必須となる公衆衛生学修士(Master of Public Health,MPH)ですが、取得しようとする人の半分は医療系の方ではありません。文系の方々です。最終的に各国政府への政策提言をする仕事に就くので、自分が医療従事者である必要はないわけです

事業仕分の第一段で統廃合となった広尾にあるJICAの「地球ひろば」。青年海外協力隊の発祥の地であり、志し半ばで現地で亡くなった協力隊隊員の慰霊碑もある。このため一部のOBから惜しむ声。しかし仕分されたのにはそれなりの理由も。今の所、具体的な消滅する時期は公表されていないようだが?

外務省、モンゴル国に対する無償資金協力(食糧援助)2011年2月。過去数年,夏には干ばつ,冬にはゾド(雪害・大寒)で家畜が大量死。また米の全量を輸入に依存。輸入先の9割を占める中国が輸出規制。価格は2007年比で2010年は2.4倍に上昇 http://bit.ly/eePiWe

インドやタイで代理出産を望む日本人の不妊夫婦が増加し2008年以降少なくとも30組が依頼10人以上の児が誕生。米国より安く済み日本人向け業者がここ2年に斡旋。夫婦の受精卵を代理母に移植するほか、第三者からの提供卵子と夫の精子で受精卵を作り、代理母に移す例も。インド・タイで法整備へ


5人

イスラエルとパレスチナの双方と友好的なフランスが仲介しユダヤ人とパレスチナ人の音楽家による合同コンサートが計画。ユダヤ人がパレスチナの歌を歌い、アラブ人がイスラエルの歌を歌うという平和への企画。だが政治の話をしてはいけないと事前に決めていたのに一人がそれを行い以後双方の不満が爆発

モヘンジョダロ(死の丘)。インダス文明の都市遺跡。紀元前2500年頃に繁栄。1980年、ユネスコ世界遺産(文化遺産)に。だが、地下水に含まれている「塩」が遺跡にしみこみ建築物が荒廃。2010年夏の洪水がそれに拍車。近年パキスタンでのテロ増加により昔は年間3万人いた観光客が3百人へ

スウェーデンでの性犯罪容疑で英国で逮捕され保釈中のウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジュに対し英裁判所は2011年2月、検察側が求めていたスウェーデンへの移送を認める決定。弁護側は異議を申し立てる方針ですぐに移送されることはないスウェーデンから米国へ引き渡され死刑になる可能性

リビアはアフリカ最大の産油国。日量180万バレルを誇る石油採掘も油田を運営する欧州企業が2011年2月23日までに相次いで生産を縮小。通常にくらべて日量約40万バレルが減っている。トリポリなど主要な港でも、安全が保証されないとして物流が停止。石油の先物取引価格の上昇に拍車がかかる

お絵描きイベント・中国編をアップ。世界中の人に『あなたの大切なもの』を絵に描いてもらい、かつ、その国の社会背景を取材し紹介する活動。70カ国実施したうちのいくつかをウェブにアップしました。 http://painting.sblo.jp/article/43553532.html

新しい文明と、古い文化。どちらが良いか?ニュージーランドは先進国で地震対策も進んでいる。しかしイギリス系の人々は一度作った建物に百年以上住むことも多く、煉瓦造りの家に住み、公共の建物にもそれが使われている。自分の愛する古き伝統に親しんで来たが、地震でそれが倒壊してしまった。悲しい

リビアのダバシ国連次席大使は2011年2月21日、反体制デモの武力弾圧を続けるリビアの最高指導者カダフィ大佐に退陣を要求。デモの武力弾圧は深刻な人権侵害だとして、国際刑事裁判所(ICC)や国連人権理事会に調査を要請。英BBCに対し、デモ隊への実弾発砲などは「虐殺だ」と述べた。

「韓国は経済と環境の分野で危機。第一に、強まりつつある気候変動の影響。世界の平均気温は過去100年で0.74℃上昇したが、韓国では1.8℃上昇。また、エネルギー不足の問題も。化石燃料は有限であり近い将来枯渇。韓国はエネルギー資源の97%を輸入に頼っているため非化石燃料利用へ転換」

日本文化は、東の温かい海の方からではなく、北西の大陸から風のように忍び寄ってきた。三日月状の島の凹部に越後があり、そこで醗酵した因習がある。京都や奈良の建造物に見られる物質文明遺産ではない、本当の、日本的なもの。ささいな言葉であり、仕草であり、唄のような、人間そのものの『息づき』

小林ハル(1900-2005年)。日本最後の瞽女(ごぜ、盲目の女性旅芸人)。新潟県三条市に生まれたが生後三カ月で『白そこひ(白内障)』で失明。5歳で瞽女に弟子入り。9歳から旅芸人として各地を回る。1973年の引退までに50万kmを踏破。1978年、国の無形文化財に。105歳で死亡

世界エイズ結核マラリア対策基金の監察官事務所によれば少なくともアフリカの4カ国に提供した3400万ドルの寄付金が不正流用。アフリカ各国に提供された数千万ドル相当の薬が盗まれブラックマーケットなどに売り飛ばされた。事務局長は「汚職には断固とした措置を取る。どんな不正も追及していく」

ODA(政府開発援助)2009年度の一般会計予算。1)贈与5449億円。1−1)二国間贈与4607億円(経済開発等援助1608億円、技術協力2904億円)。1−2)国際機関への出資拠出842億円。2)借款(国際協力機構の有償資金協力部門)1273億円。3)合計6722億円。

国連安全保障理事会で、イスラエルによる入植活動を「違法」と非難する決議案に米国が拒否権を発動したことに対し、パレスチナ自治政府のアブルデイナ報道官は2011年2月、「世界各国がイスラエルの入植の違法性を指摘する中、米国の姿勢は遺憾だ。和平交渉を進める上で障害になる」と述べた。

韓国統一省によれば、北朝鮮で行政区分が改正され、「革命の心臓部」と呼ばれる首都、平壌(ピョンヤン)の面積が約半分に縮小。深刻な食糧難が続き、既に配給制度は崩壊している中、(その配給制度や年金などに関し)特別な恩恵を受けているとされる平壌市民は約300万人から50万人程度減少に。

米国がイスラエルを名指しして入植活動を控えるよう要請する国連安保理の声明案を、2011年2月、パレスチナ自治政府などに提示。イスラエルとパレスチナの双方に、和平交渉を左右するような「一方的な行動を取ることを慎むこと」を要請。イスラエルに対しヨルダン川西岸等での入植活動を控える要請


4人

少女らの裸の写真をやりとりする児童ポルノの摘発事件が2010年は前年比で44%増え1342件と3年連続で過去最悪。ネット利用が全体の6割を占め、件数はこの10年で9倍。映像を撮るなどの製造、ネットで不特定多数が見られるようにする公然陳列、金をとって売るなど「特定少数」への提供など

JICAウェブサイト更新情報を入手したい http://bit.ly/eS0JsL 国際協力キャリア総合情報サイト「PARTNER」メールサービス http://bit.ly/eSpMaK jica_direct(JICAツイッター) http://bit.ly/gca0LI

読売新聞・土曜日・夕刊の、子供向け読書面「ライブラリー」で、調布市で行われている山本敏晴写真展、「ルーマニアの記憶・・大切なものは何?」と同書籍を紹介して頂けることになりました。2011年3月12日(土)掲載の予定。写真展は3月20日まで http://bit.ly/dOKky8

米国心理学者アブラハム・マズロー(1908-1970年)の自己実現理論。「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きもの」と仮定。人間の欲求を5段階の階層に。1)生理的欲求、2)安全の欲求、3)所属と愛の欲求、4)承認の欲求、5)自己実現の欲求。これらが満たされない時、不安や緊張

緊急援助隊について以前ブログに記載。緊急医療援助のロジスティック・マネージメント その1 http://bit.ly/bD2Wyn その2 http://bit.ly/grZbgQ その3 http://bit.ly/gFLECZ その4 http://bit.ly/fvLeBx

ウガンダ・カンパラ(CNN) アフリカ東部のウガンダで同性愛者の人権保護を訴えていた活動家、デービッド・カトが首都カンパラ近郊の自宅で撲殺。ウガンダでは同性愛が禁止(禁錮14年の刑)のため、大衆紙が2010年掲載した同性愛者の「手配リスト」で氏名や住所、顔写真を公表されていた。

国連の潘基文事務総長は2011年2月21日、リビアの最高指導者カダフィ大佐と電話会談し、デモ隊への実弾発砲など暴力の拡大に「深い懸念」を表明、武力弾圧を直ちにやめるよう求めた。基本的な自由と人権を尊重するよう求めるとともに、いかなる状況であっても民間人を保護する必要があると強調。

中国の胡錦濤主席が2006年のケニア訪問の際、中国の歌「茉莉花(モーリーホワ、ジャスミン)」を歌ったニュース映像がテレビや新華社通信のネット上で見られなくなっている。チュニジア政権を崩壊させた「ジャスミン革命」との関連付けを避けるための措置。「茉莉花」は中国のブログで検索不可能に

コロンボ・プラン。戦後最も早期に組織された途上国援助のための国際機関。主に技術協力を通じてアジア太平洋地域の経済・社会開発を促進し生活水準を向上。1950年にスリランカのコロンボで開かれたイギリス連邦外相会議が起源。日本は1954年加盟、翌年から途上国研修員受け入れ、技術協力開始

韓国が積極的に推進する“グリーン成長戦略”。大統領委員会ウ・キジョン事務局長のインタビュー記事。 http://bit.ly/f26fMo

国立国際医療センター・国際医療協力部にいて、国際協力機構(JICA)の保健・医療関係のプロジェクトを多数実施してきた、仲佐保医師らが、NPO法人「SANTE」を設立。目的は、「地域医療分野、国際保健分野で活躍できる保健医療人材を育成」。 http://npo-sante.org/

核保有国インドと日本が原子力協定の締結を始めたが内閣府の原子力委員会はインドの核不拡散の取り組みを確認するよう求めた。インドは核不拡散条約(NPT)の非加盟国。日本などNPT加盟国は、加盟国以外への技術移転は禁止。しかし2008年、核不拡散を実行していることを条件に解禁。だが・・

ネット上でのデモの呼びかけに当局が厳戒態勢を敷く中、東北部の瀋陽で集合場所とされた市内中心部の飲食店前で2011年2月20日、状況を確認しに来た瀋陽の日本総領事館員が私服警官に拘束。1時間後に解放。警察は、「外交官とは知らなかった」と釈明。総領事館は遼寧省政府に「遺憾の意を表明」

「私は本当に不十分な人。そして、私はそういう自分を愛している」 メグ・ライアン(Meg Ryan、1961年生)。アメリカの女優。『ベストフレンズ』(1981年)でデビュー。『恋人たちの予感』(1989年)、『めぐり逢えたら』(1993年)、『ユー・ガット・メール』(1998年)

事業仕分けの対象事業は財務省が問いただしたものに各省庁の担当者がうまく答えられなかったものを「行刷送りだ!」と事前に仕分けされたもの。それを決める第1段階の陰の仕分け人は財務省主計局。国立印刷局市谷センターで行っている事業仕分けのメンバーは財務省の財政制度等審議会の民間人メンバー

国連系の国際協力団体の長所は、ほぼ二百の国や地域が集合し国際的な決議ができるほぼ唯一の国際機関であること。短所は、1)内政干渉できないため国連決議に強制力はなくガイドラインに過ぎない、2)常任理事国五カ国(米・露・中・英・仏)に拒否権があり、第二次世界大戦の戦勝国に都合のよい体制

国連食糧農業機関の2011年1月の食料価格指数は231ポイント。食糧危機のあった2008年の213.5ポイントを上回り過去最高。だが、コメ、小麦、白トウモロコシ等の途上国で主食となる食糧備蓄はまだある。輸送に影響する原油価格は2008年1バレル150米ドルだったが今は100米ドル





ルーマニア写真展会場での講演のお知らせ 2011/03/19 申し込み締め切りは 03/06

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ルーマニア写真展会場(調布駅から徒歩3分)で行う
私の講演ですが、

3月19日(土)14時から16時までです。
事前申し込み制で
締切は3月6日。

既に大半が埋まっておりますので
参加されたい方はお早めにお申し込み下さい。

世界のことに興味がある方へ 

http://www.chofu-culture-community.org/forms/info/info.aspx?info_id=19802


講演の内容ですが、
基本的に、ルーマニアの話をします。

(詳細は、文末)

話すことが多い、
シエラレオネやアフガニスタンの話は、
しない予定ですので、

これまで山本敏晴の講演を聞いたことがある人も、
是非、お越し下さいませ。

・・・

写真展の宣伝

『大切なことは、
 自分がどこから来て、どこへ行くのか、
 それを忘れないこと』。
一人の少女は私にそう告げた。

山本敏晴写真展
「ルーマニアの記憶・・大切なものは何?・・」

2月11日〜3月20日。
講演会は3/19。
映像作品も上映。
調布市平和祈念事業

http://bit.ly/dOKky8

・・・

山本敏晴が会場にいるのは、
3月16日(水)、3月19日(土、講演も有り)です。

国際協力等の質問をしたい人は、
これらの日に会場にどうぞ。
10時から18時 

・・・
・・・

写真展の内容 (以前、ブログに掲載したものを再掲) 3781字


山本  「あなたの大切なものは何ですか?」

マリア 「私の大切なものは、・・・ 
     どこから来て、どこへ行くか、忘れないことです。」

2000年ごろから、徐々にスタートした「お絵描きイベント」。
世界中の子どもたちに「あなたの大切なもの」の絵を描いてもらい、
かつ、その子の家までいって家族にインタビューし、
「どうしてその子が、その絵に描いたことを、大切だと思うようになったのか」
を把握する。

子どもたちが描いた大切なものの絵は、
時に、その国の社会背景(あるいは歴史)の中にある問題点に
結びついていることがあり、その絵をきっかけにして、
各国が持つ、貧困、紛争、差別、環境問題などの、様々な社会問題を、
わかりやすく解説するのが狙いである。

2005年ごろから、全世界80カ国以上で活動している
青年海外協力隊の方々が協力して下さるようになった。
その結果、現在では、常に、10人以上の協力隊員が
世界各国で「お絵描きイベント」を実施して下さっている。

2008年3月。ルーマニアの協力隊員から、絵が送られてきた。
その絵たちは、想像を絶する素晴らしいものだった。

この時点で、少なくとも50か国以上でお絵描きイベントを終えており、
既に、1万枚を超える数の絵が当法人には届いていたが、
ルーマニアの絵たちは、どんな国の絵よりも、ずばぬけて上手だった。
わたしは、仰天し、ルーマニアに行くことを決めた。

さて、送られてきた絵は、120枚ぐらいだったのだが、
ルーマニアの子の描いた絵には、うまいだけでなく決定的な特徴があった。
それはもちろん、絵の内容であり、「テーマ」である。
そのテーマとは、「過去、先祖、伝統、文化」など、なんらかの形で、
「過去に関係するものたち」が描かれていたことだった。

どうして、ルーマニアの子どもたちは、「過去」にこだわったのだろうか?
素朴な疑問から始まって、私は、絵を描いた子どもとその家族に会って質問をした。
その結果わかったのは、ルーマニアの複雑な歴史だった。

ルーマニアのある場所には、もともと「ダキア人」という民族が住んでいた。
それが、紀元後106年ごろに、ローマ帝国に滅ぼされ、ローマ帝国領となる。
このため、ルーマニア人の起源は、ダキア人であるという説と
ローマ人であるという説がある。
が、少なくとも一度、ローマ帝国領となったため、このことから、
「ルーマニア」(ローマニア、ローマ人の国)という名前が付いた。

その後、中央アジアの遊牧民族などの支配を受けていたが、
13世紀ごろから、ルーマニアを構成する、
三つの重要な「公国」が誕生してゆく。

ルーマニアは、単純化すると、
1.北西を、「トランシルヴァニア」 
2.北東を、「モルドヴァ」 
3.南を、「ワラキア」という。

これらの公国は中世ごろに確立していったが、完全な独立国ではなく、
周囲の大国の属国となることが多く、また、戦乱に巻き込まれることが多かった。
理由は、おもにその三つの地理的な要因による。

1.ルーマニアは、バルカン半島の中央にあり、南東に、トルコがあるため、
イスラム教の「オスマン帝国」(1299-1922年)が侵略してきた時、
その属国にならざるを得なかった。

2.ルーマニアの北には、強大な「ロシア帝国」(1721-1917年)が広がっていた。
当時、ロシアは
「キリスト教をまもるために、イスラム教のオスマン帝国を蹴散らすのだ」
と言って、ルーマニアにたびたび侵攻してきた。

3.ルーマニアの、西には、ハンガリーとオーストリアがあるが、
これらの地域で「ハプスブルグ家」(1273-1918年)が隆盛を極めた時期があり、
「神聖ローマ帝国」(962-1806年)の皇帝に即位し周辺国を威圧するなどした。
その強大な国力の前に、ルーマニアは従属せざるをえなかった。

以上のような地理的原因によって、中世以後、
北西の「トランシルヴァニア公国」、
北東の「モルドヴァ公国」、
南の「ワラキア公国」、という三つの公国たちは、それぞれが、

オスマン帝国、ロシア帝国、ハプスブルグ家のいずかについたり、
まとめて滅ぼされ支配されたり、一時的には自治権を勝ち取ったり、
という歴史を繰り返すことになるのである。

この、中世の戦乱に登場したのが、かの有名な
「吸血鬼・ドラキュラ」である。
しかし、彼の素顔は、一般に知られているものとは大きく異なる。

モデルとなったのは、ワラキア公国(ルーマニア南部)を治めていた
「ヴラド3世」(1431-1476)という公爵である。
彼は、ルーマニアがイスラム教のオスマン帝国から侵略された時に、
勇敢に戦って敵を撃退した。
さらに、恐れをなして、もう敵が攻めて来ないように、
敵の兵士を「串刺し」にして処刑したことから、
ツェペシュ公(串刺し公)と呼ばれ他国から怖れられた。

この他国からの「恐怖心」により、彼は、のちのモンスター、
吸血鬼・ドラキュラのモデルとされたのである。
しかし、ルーマニア側から見れば英雄であり、
自国を守り続けたヒーローであったのだ。

ちなみに、ドラキュラとは、ルーマニア語で、
「ドラゴンの子ども」という意味。
彼の父(ヴラド2世)は、神聖ローマ帝国から
竜騎士団の騎士に任命されていたため、
人々から「ドラクル」(竜公)と呼ばれ尊敬されていた。
このため、彼の息子(ヴラド3世)も、
「ドラキュラ」(竜の息子)と呼ばれ、地元の人々から愛されていた。
これが、伝説の吸血鬼、「ドラキュラ」の真実の姿である。

さて、20世紀の初頭、おもにハプスブルグ家に支配されていたが、
その衰退とともに、ルーマニアは独立を宣言する。
1918年、第一次世界大戦の終結とともに、
ほぼ現在のルーマニアの姿が完成する。

しかし、1940年、ソビエト連邦(1917-1991年)の攻撃にあい、
モルドヴァの一部を奪われる。
1945年、第二次世界大戦が終わると、
ソ連からの強烈な圧力のため、共産主義国家となった。

以上のように、周辺諸国の属国となり続け、
国土の分割・割譲(かつじょう)を繰り返してきたルーマニアは、
その歴史的背景のため、
(他国からの侵略を防ぐために)中央集権的な、強力な国家体制が必要だ、
と、ルーマニアの政治エリートたちは、考えるようになる。
(これが、次の不幸を産む、土台になる。)

1965年、かの有名な、「ニコラエ・チャウシェスク」(1918-1989年)が
ルーマニア共産党の書記長となり、国家元首となる。
ここから、彼の独裁体制がスタートする。
その背景となったのは、上記のとおりで、他国からの干渉をゆるさない、
超・中央集権体制がこの国に必要だ、と政治家たちが考えていたためだった。

それを考えると、彼が行った政治は、一方的に悪いことばかりではないのだが、
一般には、以下のようなことが、悪行として知られている。

1.「国民の館」という世界最大級の建物を建設。
(自分の権力を示すため、莫大な税金を浪費した。)

2.ヒットラーを尊敬し、それを真似した演説を行った。
(机をどんどん叩きながら「我がローマ民族の優秀性」を説く)

3.国力は人間の数だとして多産政策。4人以上産むのが義務。
(貧しい人は産むと子を捨てたのでストリートチルドレンだらけ)

4.飢餓輸出。国民に必要な食糧なども海外に輸出。国民は飢餓。
(国民の館の建設などに使った莫大な借金を外国に返すため。)

5.秘密警察による、言論の統制。
(朝鮮民主主義人民共和国の影響を受け、徹底的な思想管理体制)

1989年、ルーマニア革命が起こり、西部の小さい町から起こった暴動は、
全国に広がり、おおくの民衆の血が流れたが、
最終的に、チャウシェスクは失脚し、銃殺された。

一応、これでルーマニアは民主化されたが、他国の革命後のケースと同じように、
一時期、政権は混乱し、以前より民衆の生活は苦しくなった。

が、10年以上たってから、ようやく安定化の兆し(きざし)をみせ、
2007年、ルーマニアはヨーロッパ連合(EU)の仲間いりをはたし、
一応、先進国の中に入ることになった。

以上が、中世以来、混乱を続けた、ルーマニアの歴史の概要である。

しかし、民主化され、資本主義となってから、
生活は、かえって苦しくなった、という人々もいる。
例えば、こんな意見がある。

「昔は(チャウシェスクの頃、共産主義の頃は) 
 みんなが、ちょっとずつ貧乏だったよ。
 でも、みんなに仕事があり、仕事のない人は、いなかった。 
 ものすごく貧乏な人はいなかったんだよ。
 今は ものすごくお金もちになった人も、ちょっといるけど、 
 ものすごく貧乏になった人のほうが、いっぱいいるよ。
 あたしは、昔のほうが、良かったと思うねぇ。」

これが、ルーマニアの現状である。
このような歴史からの流れの中で、
私は、ルーマニアの子どもたちに聞いたわけである。
「あなたの大切なものは、なんですか?」と。

その答えとして「過去」「歴史」「伝統」「文化」などと
答えた子どもが多かった。
子どもたちは、何を想いながら、
そんな「過去につながるものたち」を絵として描いていたのだろう。

最後に、私の心に、深く刻(きざ)まれた、
マリアちゃんの、この一言を、再掲する。

「大切なことは、どこから来て、どこへ行くのか、忘れないこと」











JICAと日本政府ODAが訴えられたコトパンジャンダム訴訟、後半 12324字

.

第13節 ODAの目的、世界の潮流による変遷


さて、ここで、

日本の『ODAの目的』を、
歴史的な流れを踏まえて、説明する。

同時に、
『世界経済や、世界の援助の潮流が、ODAに与えた影響』
も解説する。


最初に断定してしまうが、

政府開発援助(ODA)とは、
(一義的には)
途上国の援助のための予算ではなく、
日本の経済発展のための、予算と考えてよい。

これは、歴史的にも、現在も、
そう、政府によって、『明言』されている。


1957年、岸首相が
「我国の経済発展と国民の繁栄を図る為のODA」
と国益重視であることを明言した。

1961年、日本政府は、
海外経済協力基金(OECF)を作り、
円借款(有償資金援助、貸付)を大規模におこないだす。

日本が途上国に貸したお金で、
途上国は日本のゼネコン(建設会社等)などを
使わねばならず、これにより、
日本企業は急速に海外に進出していった。

(前述した通り、
 このような、日本企業を使わねばならないような
 お金の出し方を、『タイド』(紐付き援助)と言う。)

この時期、1950年代の朝鮮戦争特需もあり、
(トヨタなどに大量の軍用トラックが発注され)
1960年代に、日本経済は急成長を見せた。

(なお、この頃までのODAは、途上国に、
 経済インフラ(ダムや道路など)
 を作ることに多くの予算を投入していた。)

ところが、
1970年代、諸外国(OECD諸国等)は、
「日本のODAは、日本企業の『利益誘導』にすぎない」
と批判。

このため、この時期、一時的に、援助の
『アンタイド化』が進んだ。

(日本企業の「紐付き援助」の割合を減らした。)

(有償(貸付)は、アンタイド化が進んだ。
 無償(贈与)は、いまだに(ほとんど)ずっとタイドのまま。)

一方、
1973年、米国の国際開発庁(USAID)が
「New Direction 政策」というのを発表。
「Basic Human Needs」(BHN)という概念を提唱した。
途上国の低所得層の人々にも、
「教育・医療・水の保障・命の安全などの確保が必要だ」、
という概念である。

これにより、日本のODAも、この時期から、
社会インフラなどに、予算を投入するようになる。
具体的には、
食料(農業)、安全な飲み水、教育、保健医療など、
人間としての基本的なニーズに必要なものへ、
予算を投入するようになった。

(道路とか橋などの「ハード」ばかり作っていたODAが、
 この頃から、
 教育や医療などの「ソフト」を作るようになったため、
 これを「ODAのソフト化」と言う。)

1980年代になると、「人道」に配慮するべし、
という世界の流れがあり、それを日本も吸収。

1989年、日本のODAの金額は、
アメリカを抜き世界1位になった。

1990年代になると、「環境」に配慮し、
かつ、
「途上国の自助努力」を支援し、
「オーナーシップ(ownership、自主性)」を尊重するべし、
という世界の潮流を受け、
ODAも、JICAも、上記の概念を
それなりに取り入れていく。

(ここまでは、いい流れだった。)

ところが、
1991年の「バブル崩壊」で、
日本経済が暗転し、以後は、状況が一変。
(ODAは、昔に戻ってゆく。)

1994年から、日本は、
ODAの方針として、再び国益重視を掲げた。

さらに、とどめをさしたのが、
1997年に、タイから始まった、「アジア通貨危機」。
アメリカのヘッジファンドの「空売り」による、
アジア各国の通貨下落。

これにより、日本だけでなく、世界経済が失速。
1998年から「ロシア財政危機」などを、続発した。

(ちなにに、
 日本のODAの金額は、1997年がピークで、
 1兆円を軽く超えていた。
 以後は、漸減。
 現在は、往年の半分ぐらいの、6千億円程度。)

21世紀に入ってからは、毎年のように経済不況が発生。
2007年、サブプライムローン。
2008年、リーマンショック。
2009年、ドバイショック。
2010年、ギリシャ危機。

このような状況の中、
伸び悩む日本経済の影響下で、市民(企業)の不満がつのり、
その結果、
自民党から政権を奪取できたのが民主党、
という側面もあるかもしれない。

で、
2009年、政権をとった民主党は、
(日本は少子化で、国内に需要(市場)を見込めないため)

「新成長戦略」の一つとして、
「海外のインフラ事業を官民を挙げて受注」と公言。

(インフラ産業の海外輸出を推進する、している。
 主なものは、
 1)原子力産業(発電)をインド、ベトナム等から受注。
 2)上水道・下水道などの水関連技術をアジア等から受注。
 3)高速道路・新幹線など交通機関関係。
 4)環境技術などテクノロジーの技術移転。)

途上国や新興国の巨大なインフラ事業を
「官民連携」で受注し、日本経済を活性化させると。

(なんのことをない、昔の、
 「タイド」のことを、
 「官民連携」と、綺麗に言い変えただけ、である。)

参考:
PPP(public-private partnership)
(国内または国外の)公共事業に民間企業が何らかの形で参入すること
PPI(private-public initiative、官民連携)とも言われる。

2010年、民主党政権は、
JICAを、露骨に『日本企業を支援(投融資)』できるように改変。
(昔に戻してしまった。)

この背景としては、
2001年から2010年まで、JICAによる、
日本企業への投融資は、禁止されていた。
明らかな
「国際協力に名を借りた、自国企業の利益誘導だ」
と諸外国やNGOから批判があったためだった。

しかし、
円借款を担っていた国際協力銀行や、
贈与を担当していた外務省などと、合併し、
巨大な「ニューJICA」(2008年)となった、
唯一のODA実施機関は、
日本企業の海外進出に、堂々と「投融資」できるような組織に
日本政府は戻してしまった、ということである。

(まあ、日本経済のことを考えると、
 これで良いのかもしれないが、
 「よりよい国際協力のあり方」を考えた場合、
 微妙、という感じである。) 


ちなみに、
2010年12月に、
民間企業に投融資できるようになったJICAが、
最初に行った事業は、
日本企業がベトナムで計画している、
500億円規模の水道事業である。

・・・

参考:
日本の政府開発援助(ODA)に対する、その他の批判。

日本のODAは、
金額の「量」は多かったが「質」はダメ
だったという意見も。

1)贈与比率(有償でなく無償か技術協力の割合が多いか)、
2)グラント・エレメント(返済条件を甘くしてあげているか)、
3)アンタイド比率(日本企業を使えという条件なしか) 、
4)持続的経済発展(に寄与をしているか)

上記に関係して、
(先進国から借りたお金のせいで)重債務状態となっている
後発開発途上国に対し、
ヨーロッパ諸国などが、借款(貸付)をちゃら(無し)にして、
「返さなくていいよ」という措置をとってあげた。
しかし、日本は、この世界の流れに対応せず、
借款をちゃらにしてあげていない。
この点は、各方面で、かなり批判されている。


参考;
1970年国連総会で採択された
(先進国から途上国へ拠出するべき)ODA(政府開発援助)の金額は、
対GNP比0.7%以上、というもの。

ちなみに、日本は、0.2%ぐらいで達していない。
が、各国も同様の状況。

フランス 0.4%、
英国 0.3%、
ドイツ 0.3%、
カナダ 0.3%、
イタリア 0.2%、
アメリカ 0.1%


・・・
・・・

第14節 地元NGOと、日本のNGO


さて、話を戻して、

(2002年に第一次訴訟が起こされたが)
2003年の第二次訴訟の時、

インドネシアの地元の環境系NGO「ワルヒ」は、
以下を主張した。

環境異変のため、

1.
スマトラ象・スマトラ虎・マレーバクが死滅した。

2.
マラリア患者の発生数が急増した。

同団体が言うには、
スマトラ象・スマトラ虎・マレーバクなどの
個体群を含む自然生態系自体が、原告だと。
(我々は、その代弁者だ、と。)


Wahana Lingkungan Hidup Indonesia(WALHI、ワルヒ)
http://www.walhi.or.id/

・・・

NGOと言えば、

日本にも、
コトパンジャン・ダム問題を啓発するNGOやグループが
いくつか誕生した。


1.
コトパンジャン・ダム被害者住民を支援する会。
http://www.kotopan.jp/

その主な主張は、

「私たちの税金や郵便貯金などから拠出された
 ODA(政府開発援助)が、
 インドネシアの住民のためになるどころか、
 逆に住民たちを苦しめているのです。
 日本企業の利権でダムが作られ、
 2万3千人の住民が水もない土地に強制移住され、
 動物たちも死滅」


2.
コトパン・サポーターズ京都
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ka1484zu/trial/trial_index.html

その主な主張は、

「1)コトパンジャンダムはODAで日本企業が建設。
 5000世帯、23000人の家が奪われ、
 強制移住先は水も手に入らない不毛な土地。

 2)完成後の発電量は計画の15%。
 利権のため日本企業が多めの電力需要見込み。

 3)環境異変でスマトラ象・虎・バクが死滅。」


・・・
・・・

第15節 国際協力における、環境問題への配慮の潮流


興味深いのは、
インドネシアと日本が、円借款の契約の
「交換公文」と「借款協定」をした時に、

(上述の)3条件+『履行確保特約』
という環境や社会性に関する配慮の記載が、
「既に一応あった」こと。

理由は、この頃、
ODAによる環境への悪影響が、既に
問題視されるようになっていたため。

一番、有名なのが、
インドの『ナルマダ・ダム問題』。

これの『失敗』が、議論されていたため。


補足:
インドのナルマダ・ダム計画は、
1984年に、インド政府による認可をうけ、
一度(日本政府と世界銀行からの)融資が決まった
ODAの案件でありながら、
環境への悪影響、
住民やNGO団体による反対によって中断されたもの。
灌漑・飲料水の確保、洪水防止などの目的があったが、
20万人の住民移転、野生動物死滅、
マラリア発生増加、ダムの耐震性などが
問題となり、中止に。
1993年に世界銀行が融資を打ち切り、
これに続いて日本も融資を凍結した。


補足:
「インドネシアのコトパンジャン・ダム訴訟に対し、
 日本の外務省は公電で、
 『コトパンジャン・ダム建設を中止をすれば、
  インドのナルマダ・ダムの二の舞であり、
  NGOは何でも出来ると思いこむ』
 といった旨を述べて、建設を強行した。」
河村健夫、東京弁護士会


ともかく、この1990年の段階で、
ODA実施の前に、
一応、環境配慮をしよう、という
趨勢(すうせい)になっていたのは、良いことだった。

(でも、それでも問題は起きてしまった。
 なにがいけなかったのか?
 なにが、十分ではなかったのか?)

・・・

さて、
途上国政府とJICAなどのODA実施機関との間の
融資契約(L/A)の内容を、
私たち一般の日本国民は
通常、知ることができないのに、
コトパンジャンダムの一件は、裁判となったため、
これを知ることができた珍しいケースだ。


補足:
交換公文(E/N)は、
exchanged archive


補足:
政府開発援助(ODA)の最大の問題点は
透明性がないこと。
例えば、日本と途上国との間に交わされる、
無償援助の交換公文(E/N)、
有償援助の借款契約(L/A)、
技術協力の討議議事録(R/D)などが
一般国民に公開されない。
事後評価もJICAなどが組織内で行っており
第三者による監査がない


補足:
第三者による監査は、
一応、あることはあるのだが、
JICA側が指定した、
もともとJICAと仲の良い人や組織に頼んでいるため、
あまり、本質的な批判にならない。
いわゆる、形式的にある、という程度。


補足:
ODAとJICAの「透明性」の改善については、
2010年6月に
「ODAのあり方に関する検討最終とりまとめ」
が行われ、そのフォローアップ策として、

2011年1月に、ウェブサイト、
「ODA見える化サイト(暫定版)」
の立ち上げが、外務省とJICAの共同で行われた。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/22/10/1006_05.html

しかし、こうした、現在公開されている情報は、
外務省側が、
「これは国民に見せても大丈夫」
と選別し、フィルターをかけ、
綺麗事だけを選んで、掲載されている情報。

これでは、意味がない。

全てを見せて頂き、
(外務省やJICAが選んだのではない)
NGO,大学教授、などの有識者らが
10人ぐらいで委員会を作り、
「ここは、評価できる」
「ここは、ダメ」
「ここは、国民に公開すべき」
などと、討論する場所が必要だ、
という風に、私は思っている、ということである。


・・・
・・・

第16節 裁判における、住民の要求


以上、ここまでは、
『ダムの建設から、訴訟を起こした所まで』
のこと。

ここからは、
コトパンジャン・ダム訴訟の、東京地裁における、
『裁判での詳細』である。

(2009年9月10日の判決文から引用する。)


原告は、
影響を受けた住民(約)8400人、
と自国(インドネシア側)のNGO。

被告は、(組織再編がなされたため)
国、現JICA、東電設計。

原告の主張は、まず、お金である。
『一人、500万円ずつくれ』。

500万円 x 8400人 = 419億円。


しかし、裁判を起こすには、
訴訟費用がかかる。

500万円の訴訟を起こすには、
『印紙』は、3万円のを買う必要がある。

だれが、払うのか?

(インドネシア住民は貧しくて、その支払いは無理。)

ところが、
『訴訟窮状』と言う制度がある。
支払いを後回しにできる制度。

負けたら、あとで払う。

しかし、もしも敗訴した場合、
(3万円x8千人=2億4千万円)

2億4千万円を、だれが払うのか?

(この件は、うやむやになっているらしい。
 というか、負けた時に、それから考えるのか?)

・・・

さらに
インドネシア住民原告は、
次のようなことも要求している。

「日本政府は、
 インドネシア政府に対し、
 次の三つの勧告をせよ!」

1.
コトパンジャンダムを作ったせいで、
住民の生活破壊や環境破壊が生じている。

2.
直ちに、
コトパンジャンダムの水門を開け、
さらに
従来の自然環境を復元できるような工事をせよ。

3.
以上の費用に対し、日本政府が協力するので
インドネシア政府が実施せよ。

・・・

また、さらに、
インドネシア住民原告らは、
東電設計に対しても、
次のことを言えと要求。

「東電設計は、
 インドネシア政府に
 次の三つのことを伝えよ!」

(最初の二つの内容は、日本政府の場合と同じ。
 3番目だけ、違う。
 金を出せ、じゃなくて、『計画設計』をしろ!。」

3.
以上の措置をするため、
(東電設計は)
『計画設計』と『工事の管理』をする
約束をします。


と、いうのが、原告の要求だった、
ということ。


・・・
・・・

第17節 裁判の判決、外交


で、裁判は、
(2009年9月の判決で)
結局、どうなったかというと、

まず、
外交上のもの
(日本国がインドネシア政府に対して
 上記の三つを言え、という原告の要求)
は、
『高度に政治的な判断を要する』
ので、
『司法権を越える』とされ、却下された。


・・・
・・・

第18節 裁判の判決、損害賠償

で、
その他の要求(お金など)に対する判決の内容だが、

まず、
JICAへの請求は、
不法行為に基づく、「損害賠償請求」だった。

これを行う場合、
次のことを原告は証明する必要があった。

被告に「過失」があったこと。

・・・

損賠賠償請求を行う場合、
以下の全ての「事実」と「関係」を
証明する必要がある。

1.過失
2.権利侵害
3.損害
4.因果関係(過失と損害の間の因果関係)

以上の中で、
今回問題になったのは、
「過失があったかどうか」、が問題。

今回の場合、
「過失」に含まれる行為となりうるのは、
「注意義務違反」である。

日本政府や、JICAに、
「注意義務違反があるか?」
が、問われている。

そもそも、
国(日本政府)とか、JICAは、
外国の住民に「注意義務」を負っているか?

結論としては、
(2009年9月の東京地裁は)
裁判所は、負っていない、と判断した。


・・・
・・・

第19節 注意義務があるか?


注意義務の『発生原因』だが、
判決によれば、

当時OECF、現JICAは
住民移転は、
インドネシア政府がやるべきこと。

OECFやJICAではない、と。

これに対して、住民たちは、
以下の様々な根拠を引用し、
「注意義務違反があったこと」
を主張する。

・・・

A.
社会権規約11条の、『居住権』を引用。
これにもとづいて、注意義務違反だ、と。
しかし、却下された。

・・・

B.
世界銀行の、『先住民族の居住権』を引用。
しかし、却下。

・・・

C.
プロジェクトにおけるOECFの役割において、
日本政府がお金を出している。

だから、その実施・運営・管理に配慮するべきだ、と。
しかし、これも、却下された。


相手国(インドネシア)政府から、
(援助を)やってくれと言われたから、
実現可能性調査を、やってあげたんだ。
そこまでやる必要はない。

計画を作ったのは、むこう(途上国)からの要請。
お金を貸したのも、むこう(途上国)からの要請。

日本政府は、むしろ、
(実施状況の)報告を受ける立場であり、
責任はない。

(これに対して、原告は)
1989年に
OECFガイドラン
(環境社会配慮のためのOECFガイドライン)
が、発行されており、

「それに、こう書いてあるじゃないか!」
と主張した。


参考:
海外経済協力基金(OECF)が担当した円借款について
1989年に初めて、
「円借款業務における環境ガイドライン」が策定された。
その第二版は、
「環境社会配慮のためのOECFガイドライン」
として、1995年8月に発行された。
この中に、
環境などに配慮してプロジェクトを実施すべし、
という主旨のことが書いてある。


だが、東京地裁は、

「いや、これは『指針』にすぎない。
 ガイドラインには、法的な強制力はない。」と。

また、その(ガイドラインの)内容についても、

「『相手国政府がおこなうべき、環境に関する諸事項』。
 と書いてある。
 日本政府側は、それを『確認するだけ』である」と。

ともかく、
(お金を払っている方の)
JICAの立場としては、
相手国のやってることを、チェックするだけだ。

なのに、なんで責任が発生するのか?、と。


(しかし、私の意見では、
 相手国政府が、『環境に関する諸事項』に配慮したかを、
 『確認する責任』が、OECF(現JICA)には、
 あった、とも言える。
 また、
 この種のガイドラインは、法的強制力を持つ可能性がある。
 その理由については、最後の方に詳述する。
 簡単に言えば、法的根拠は、ちゃんとある。)

・・・

(話を戻して、原告の主張の続き、である。)
(日本政府とJICAに『注意義務違反』があったかどうか。)

D.
(前述の)
(政府同士の、討議記録(R/D)の)
3条件

(インドネシア政府とOECFの融資契約(L/A)の)
履行確保特約。

原告は、
「これらに(環境や社会に配慮しろと)書いてあるじゃないか!
 それを守ってないじゃないか!」
と主張。

しかし、
これも、インドネシア政府がやるべきこと。
だから、これも、却下された。

・・・

E.
こうした問題が起こったため、
2002年に、
環境社会配慮のための
『国際協力銀行(JBIC)ガイドラン』
が、作り直された。


参考:
JBIC 国際協力銀行
環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン
http://www.jbic.go.jp/ja/about/environment/guideline/confirm/


これ(作り直したこと)についても、原告は触れた。

が、
裁判所は、これについても、
関係ない、と却下。

・・・
・・・

第20節 注意義務違反があるか?


さて、
注意義務の違反は、あるのかないのか?

注意義務がなければ、その違反もない。

ここまでは、裁判所は、
『注意義務はない』、と断じている。

だから、(本当は)
『注意義務の違反を、論じる必要すらない』。

しかし、
裁判所は、なぜか、
この(注意義務の違反の)部分についても、
けっこうなページ数をさいて、説明している。

・・・

注意義務の違反について。

OECFとの関係で
注意義務違反があった(可能性がある)のは、
全部で5個。


1.一回目の交換公文と、
 借款契約(融資契約と同じ)。

(原告は)
実現可能性調査も
環境アセスメントも、おかしかったのではないか?

(裁判所は)
いや、問題ない(と判断。)


(私の意見では、
 東電設計が、リアウ大学に頼んで、
 アングラス大学が作った環境評価報告書(EIA)を
 改竄(かいざん)した可能性は、あると思う。
 が、その証拠がなければ、どうしようもないか?) 


(裁判所によれば)
例えば、
国(日本政府)もOECFも、調査団を
実際に現地に派遣している。

移転先の候補地を訪れている。
村長の話もきいてる。
住民移転が遅れていることに対し、
(日本側は、インドネシアの)
国家開発企画庁に申し入れをしている。

だから、問題ない、
だから、注意義務違反は、ない、と。


2.二回目の融資契約時

これも、調査団を派遣し、現地を視察。
政府は、村民等にインタビューして
「組織的な反対運動」は確認されなかった、
としている。

(組織化されていない、散発的な反対運動はあったのか??)


3.コンサルタント契約締結の同意

この段階までに、
「住民と移転についての合意」が必要。

(原告は)
これを確認したのか?
(と主張。)

ここは、国(日本政府)とOECFが、
きちんと調査をした形跡がない。

(攻められると、一番、弱い所。)

移転が遅れているのだが、
ちゃんとやってね、と
インドネシア政府に申し入れはしていた。

東京地裁は、これで、
「必要十分な手続き」をしていた、
との判決が下された。??

(つまり、今後、上告され、
 高裁等で審理される時に、
 この部分が問題になる可能性は、ある。)


4.建設工事

(原告は)
履行確保特約で、移転問題が解決してなければ、
「同意しては、いけないはずじゃん!」
と主張。

移転の開始の時、
補償費の支払いが、
『開始』されていることは、OECFは確認していた。

しかし、補償費の支払いが、
『完了』したことは、確認していなかった。)

(この部分も、問題になる可能性がある。)


5.水を貯めることに対することの承認

水を貯めるときの同意(が必要と)は、
融資契約上は、書かれていない。

(しかし、原告は)
そもそも『生活水準の向上』を目指したのに
そうなってないじゃん!
と主張。

(また、水没しないはずの地域も水没したし。)


実は、
インドネシア政府は、
日本とOECFの同意をえずに、
水を貯め始めた。

これが、(裁判で)
事実として認定された。

(だから、日本政府やJICAに責任はない。)

しかも事前に
(日本国とOECFが)
水を貯める前に
事前にいろいろ確認してくれよ、
と言っていた事実がある。

水門をあけて
60m貯めて、
ついで、80m貯める、
などの流れがあった。

インドネシア国有電力公社(PLN)が、
東電設計に銘じて、水を貯め始めた。

日本政府とOECFは、
相手国政府に、強い遺憾の意を表明した。

インドネシアの国家開発企画庁の副長官と会談をして、
「この先、水位を上げるな」、と要請した。

「住民の補償を報告してくれよ」、と
現地に行って、
水の貯めている状況を確認した上で、
そう言っている。

しかし
インドネシア政府は、ここまで言ったのに、
(一度は、水を貯めるのを止めたが)
1997年5月のはじめに、また始めちゃう。

これを
OECFが知って、
また、相手国に苦情を言ったが、
インドネシア国有電力公社(PLN)は、
無視して、結局、ダムは完成。


つまり、
日本政府とOECFは、
ダムに水を貯めるのを、止めさせようと、
がんばったけど、ダメだった。

がんばったのに、ダメだったから、
水を貯める部分においては、責任はない。

インドネシア政府が強硬してしまえば
日本政府は、どうしようもない、
というのは、事実。


・・・
・・・

第21節 疑問その1.現地調査を本当にしたか?


裁判所は、
日本政府が、何回も現地で調査をしたから
OKだ、とした。

しかし、その調査の中身が、ちょっと怪しい。
村長と、伝統的代表者にあった、としている。

しかし本当に、
現地の人々(一般の村人)に会ったのか?

住民に会っていたなら、
(軍による脅しでのサインや、強制移住などについて)
苦情を言っていたはずだ。

8000人以上が、被害になっているのだから。

では、
どうやって調査するのが適切だったのか?

(そこに、『注意義務違反』はなかったのか?)

ODAの実施機関であるJICAが、
現地で、どのように調査するのが適切なのかを
NGOや大学教授などの有識者たちが、
政策提言をしていかないといけない。

だから、『情報の共有』が必要。

ところが、外務省もJICAも、
『両国の外交上の秘密』ということで、
詳細を、明らかにしてくれない。

今回は、裁判になったから、
めずらしく公開されただけ。

・・・

第22節 疑問その2.環境ガイドラインの法的根拠


OECFやJICAが作った
『環境に関するガイドライン』は、
ただの「指針」で、
それを守らなくても法的責任はない、
として、却下された事項があった。

しかし、
JICA等が作成する、
『環境に関するガイドライン』には、
法的根拠がある可能性があることを、以下に示す。

(法律の原文、そのままの引用(抜粋)なので、
 長くなるが、全部読めが、
 法的根拠のあることが、わかる。)


『独立行政法人通則法28条』

(業務方法書)

第28条 独立行政法人は、業務開始の際、
 業務方法書を作成し、主務大臣の認可を受けなければならない。
 これを変更しようとするときも、同様とする。
二 前項の業務方法書に記載すべき事項は、
 主務省令(中略)で定める。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO103.html


これに関係して、

『独立行政法人・国際協力機構の業務運営並びに
 財務及び会計に関する省令1条14号』

(業務方法書に記載すべき事項)

第1条 独立行政法人国際協力機構に係る
 独立行政法人通則法・第28条第2項の主務省令で定める
 業務方法書に記載すべき事項は、次のとおりとする。

 十四 環境配慮その他業務の執行に関して必要な事項

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15F13001000022.html


以上から、JICAが
「環境配慮に関する業務方法書」
を作らねばならないことが、
法律で定められていることがわかる。

さらには、

『独立行政法人・国際協力機構・業務方法書32条』

(環境社会配慮)

第32条 機構は、別に定める環境社会配慮のためのガイドラン
 を指針とし、業務運営を行うものとする。

http://www.jica.go.jp/about/jica/gyoho/pdf/gyoho.pdf


以上より、「法律により」環境ガイドラインに沿って、
業務を行うことが、明記されていることがわかる。

よって、
ガイドラインだから、ただの指針であり、
法的根拠はなく、守らなくてもいい、
ということには、ならない。

(とすれば、上告すれば、勝訴のチャンスは、あるか?)


しかし、基本的に、この環境ガイドラインは、
大前提として、
「相手国の政府がやるべきこと」。

だから、責任はそちら。
その指針にすぎない。

JICAは、それがその通り実施されたかを
「確認」するだけ。

この場合、後日、事件がおこった際に、
賠償責任があるか?

「ODA審査官」は、なんと言っているのか?

・・・

ちなみに、
環境ガイドランは、何度も改訂をされてきた。


新JICAの環境社会配慮ガイドライン
http://www.jica.go.jp/environment/guideline/

国際協力機構(JICA)環境社会配慮ガイドライン
2010年4月
http://www.jica.go.jp/environment/guideline/pdf/guideline01.pdf

環境社会配慮確認のための国際協力銀行(JBIC)ガイドライン
2009年7月
http://www.jbic.go.jp/ja/about/environment/guideline/business/pdf/pdf_01.pdf

環境社会配慮確認のための国際協力銀行(JBIC)ガイドライン
2002年4月
http://www.jbic.go.jp/ja/about/environment/guideline/confirm/pdf/A04-02-01-01_a.pdf


当時のOECFガイドライン(第二版)と
現在のJICAのガイドラインの違いは、
適切な環境配慮がされなければ、
「お金を出しませんよ」、
と、はっきり書いてあるようになった。

昔は、『審査の指針』ぐらいだった。

今は、より強い表現が使われており、
(途上国政府は)
『これに従って、行うべし』、
そうでないと、
『お金は貸さないぞ』、と書いてある。

(実施しない、と明記してある。)

また、
(本質的な問題として)
ガイドラインが誰のためのものか、というと。
ステークホルダー(利害共有者)のため。

つまりは、現地で関係する人々。

現在は、
(現地の住民が)
「異議申し立て」をする制度が
ガイドラインに組み込まれた。

(ステークホルダーとの意見を意思決定に十分反映する、
 との記載がある。)

JICAのガイドラインにも、JBICのそれにもある。

(要するに、コトパンジャン・ダム訴訟のお陰で、
 環境ガイドラインが、以前より、
 少しは良くなったかも。)


・・・
・・・

第23節 疑問その3.日本企業が案件発掘した事実


建前は、
インドネシア政府が、日本政府やJICAに依頼した案件だが、
実際は、日本企業の東電設計が「しこんだ」話だった。

(公式文書は、どうあれ)
現実は、そうだった、
ということを証明する方法があれば、
裁判が、くつがえる可能性はあるか?

(当時の)Eメール、文書、証言などの
いずれかの方法で、
(国と国との)公式文書は、建前であり、
実際は、日本の企業が「しこんだ」ものだということを
(誰も否定できないほど明快に)証明することができた場合、
判決はくつがえる可能性はあるのか?


・・・
・・・

第24節 最後に


話は、以上である。

繰り返しが多く、冗長だったと思うが、
ODAの背景をも知ってもらうためには、
やむをえなかった。

論点は、最初の最初に、
8点、としてまとめてある。

別に、ODAやJICAを、
一方的に非難する気はないし、

また、
日本経済(日本企業の海外進出)が大事だ、
ということも、わかっている。

そうした、様々な側面を考慮し、
みんなで相談して、よりよい道を探るために、
外務省とJICAは、
「情報を公開して頂きたい」、と、
願うだけである。




・・・
・・・
・・・


参考文献:

住民泣かせの『援助』―コトパンジャン・ダムによる人権侵害と環境破壊
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4896341384

徹底検証ニッポンのODA―半世紀のODAを「普通の人びと」の視点から振り返る
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4861870208

被害住民が問う開発援助の責任―インスペクションと異義申し立て
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/480671268X


参考:
シリーズ 市民が見直す政府開発援助(ODA)
第1回 コトパンジャンダム訴訟
2010年7月14日
主催:メコン・ウォッチ
http://mekongwatch.org/


参考ウェブサイト;

コトパンジャン・ダム被害者住民を支援する会
http://www2.ttcn.ne.jp/~kotopanjang/



参考: 
ODAの歴史と、担当組織の変遷


OOFの輸出金融:1959年から輸銀、1999年からJBIC 2008年から新JBIC

ODAの円借款:1961年からOECF、1999年からJBIC 2008年から新JICA  

ODAの技術協力:1955年開始、1974年から旧JICA、2003年から独法JICA

ODAの無償資金:1954年から外務省、2008年から新JICA


OOF(other official flows、その他政府資金)

ODA(Official Development Assistance、政府開発援助)





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