「神様はいるんでしょうか?」

時々、こう、きかれることがある。

公式の場では
きまって、以下のように答えている。

「神様がいるかどうか、
 ということ自体は、問題ではありません。

 神様を信じている人も
 神様を信じていない人も
 お互いの考え方を、認め合わなければなりません。

 また、
 キリスト教を信じている人も
 イスラム教を信じている人も
 仏教を信じている人も
 その他、どんな考えを持っている人も

 相手の違いを認め、争いをなくす方法を
 考えなければならないのです。」

・・・

と、言ってはいるのだが、
残念ながら、上記のような
理想、というか、綺麗ごと
だけを言っていても
世の中がよくなることは、
ない。


実際には、

イスラエル(ユダヤ教)

パレスチナ(イスラム教)

インド(ヒンズー教)

パキスタン(イスラム教)

アメリカ(キリスト教)

アラブ諸国全般(イスラム教)

などが
対立している。


国連の発表によれば
宗教による紛争のため
毎年、平均300万人前後が
死亡している。

・・・

もともと私は
純粋な科学者であるため
宗教というものが
ぴんとこなかった。

「神の奇跡」のような現象は
基本的に、非科学的であるため
(一部の方には、申し訳ないが)
信じる気にならない。

また、上記のように
宗教同士の対立が
戦争の原因になっていることもあるため
宗教全般に対して
やや否定的だった。

・・・

ところが、
世界を巡るようになり
考え方を、改めた。

宗教は、
二つの理由で
必要なのかもしれない、
と思った。

・・・

一つ目は、それを信じる人の数である。

統計によって、大きくその数字は変わるが
現在、四大宗教の人口は、以下の通り。

キリスト教を信じている人は、20億人
イスラム教を信じている人は、12億人
ヒンズー教を信じている人は、 8億人
仏教を信じている人は、    4億人

その他の宗教も、無数にある。
なんと、世界には、1万を越える数の宗教があるのだ。

そして
なんらかの宗教を信じている人の数は、
世界人口の8割以上と言われている。

日本人のように、7割以上が無宗教である
などという国民は、極めて稀(まれ)、なのである。


つまり、
宗教を信じている人のほうが、普通、
であるということを
海外で生活した時、
思い知った。

・・・

二つ目は、「救い」である。

私のブログを読んでいる方なら
お分かりと思うが、
人類は、このままでは
いずれ、未来に
滅亡する可能性が高い。

もちろんそれは、いますぐではなく、
資源が枯渇し、
残り少ない資源を巡って、戦争が始まるかもしれない
100年後から200年後ごろの話だ。

だから、まあ
ピンとこないので
ほとんどの人は、それを聞いても頭に入らず
普通に生活をしている。
(資源を消費し続けている。)

一方、
このこと(人類が滅亡するかもしれないこと)や
自分自身が、いずれ死んでしまうことや
世界の環境が、どんどん悪くなっていくことに
気づいた人は
絶望感に、さいなまれてしまう。

そうした時に、
救いを得るための、一つの手段が
宗教、なのかもしれない。

自分自身の死に対する恐怖、
世界の未来に対する不安、
老化、病気、その他の悩み、
などを解決する(または、それから逃げる)
一つの方法が、宗教なのかもしれない。


で、あるとするならば
まんざら
それを否定することは、できない。

その代換手段(代わりの方法)を
提案するのでない限り、
その人は、自殺をしたり、
自暴自棄になって、なんらかの悪いことを
してしまうかもしれないからだ。
(麻薬とか、刹那(せつな)的快楽とか)

・・・

と、言うわけで、最近の私は
宗教を否定しなくなった。

やはり、必要な人が多いのであろう、と。

基本的に、どの宗教も
「モーゼの十戒」などのように

「人を殺してはいけない」とか
「人のものを盗んではいけない」

などの
とりあえず、良いことをいっている。

実際は、
「奇跡」などの非科学的な部分や
「他の宗教と相容れない」部分などの
いろいろ問題もあるのだが
ある程度、目をつぶることも
必要なのが、現状だ。


一般論としては
「世界の多様性」を
認め合おう、という話になる。

・・・

ところが、
先日(2006/09/12)
現ローマ法王のベネディクト16世が
ドイツの大学において開催された講演で
過去の文献を引用した以下の発言をして、
大変な問題になった。

14世紀の東ローマ皇帝の言葉

「ムハンマド(イスラム教の預言者)は、
 剣によって信仰を広めよと命じるなど、
 世界に悪と非人間性をもたらした」

明らかな、イスラム圏への
敵対発言と、とれる。

しかし、
このこと自体は、
マスコミが、よくやる手法で
過激な部分だけを切り取り、
面白おかしくした、だけだ。

ローマ法王は、それを意図してはおらず
「宗教を理由に、戦争をしてはならない」
ということを、彼は言いたかっただけだった。


(私も、マスコミには、けっこう出ているが
 同様の手痛い目にあったことがあるため
 この件に関して、
 最初は、彼(現ローマ法王)に同情的だった。

・・・

しかし、調べてみたら、違った。

前ローマ法王の、ヨハネ・パウロ2世よりも
現ローマ法王の、ベネディクト16世のほうが、
宗教間の対話に対して、どうやら消極的らしい。

(イスラム教と、仲良くする気は、少ないらしい。)


ユダヤ教のみを、元をいっしょにする宗教だと考え
「兄弟」
と読んでおり、
それ以外の宗教を
なんと、「宗教」とさえ、呼ばず、
「アジアの様々な国の文化」
と呼んでいる。

宗教ではなく、文化、と呼んでいるのだ。

よって彼は、(対等な)宗教間の対話、
という形では
交渉を行わない方針をとっているらしい。

現地の「多様な文化」、
にどう対応していくか、という考えだ。

・・・

これには、いろいろな背景があり
最近、イスラム圏からの移民が多く、
ヨーロッパにおいて、
イスラム教の人口が増加している。

一方で、カトリックの人口は、横ばい、
または、減っている国もある。

このため、カトリック教会としては
かなりの、焦りが見受けられるようだ。


また、
現ローマ法王は
「世界の多様性」を受け入れることに関しても
否定的な発言を繰り返している。

それが進みすぎると
カトリック教会の存在意義が
失われる、と考えているのだ。

・・・

と、いうわけで、
世界最大の宗教の
最大派閥の長でも
このような
立場をとっているのが現状だ。


「すべての人が
 世界の多様性を認め合い
 幸せな世界がやってくる」

などという状況が来るのは
現段階では、ほぼ
夢物語、といったところだ。

・・・

今日は、12月25日。
クリスマスである。


さて、
わたしこそ、ききたい。

「このような状況を、なんとかしてくれる
 神様は、本当に、いるんですか?」