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国際協力を始める前、
まだ普通の医者だった頃

非常勤として働いていた小さい病院で
私は「彼女」と出会った。

ある重い病気を患っていた彼女は
週に何度も病院に来なければならなかった。


昼間、テレビ局で仕事をしている彼女は
夜、病院にくる。

ベッドの上で横になって、
数時間に及ぶ処置を受けている間

自分の役の台詞(せりふ)を覚えるため
彼女は、ずっと台本(脚本)を読んでいた。

役作りをして、暗唱するために。


「先生、関西弁、しゃべれる?」

「い、いや。しゃべれない。」

「あ、そう。じゃ、他の先生にきくね。」


これだけが、彼女と かわした会話で
覚えている内容だ。

どうやら、関西弁の役を依頼され
それを覚えなければならなかったらしい。

私は仙台出身なので、無理だった。
ちょっと残念だった。


彼女は一応、芸能人だということもあり
普段は
話しかけるのが、はばかられた。

私は、医学的に必要な処置だけをし、
ほとんど、彼女と口をきくことは、なかった。

・・・


時は流れた。


テレビを ほとんど見ない私だが
今年、唯一見ていたテレビの連続ドラマがあった。

それが
「のだめカンタービレ」
だ。

視聴率は、かなり高かったらしい。
今度、アニメにもなるという。


もともとは、
知人から原作の漫画本のほうを紹介され
それを読んだのだが、そうしたら、はまってしまい
ビデオに録画して、ドラマの全話をみた。

クラッシック音楽を題材にした
コメディーとシリアスが半々の内容だった。


・・・


そして

この中に、
10年以上前、
私に関西弁を教わろうとした「彼女」がいた。


元気に活躍しているようだ。
単純に、嬉しい。


医者仲間からの 風の噂で、

「病気は、なんとか治った」 と聞いた。


もう
彼女は、私のことなど、
覚えていないだろう。


しかし 

ただ 

嬉しい。



彼女は、どこかで 今も、

この瞬間も 元気に活躍している。





そうか。


これが、きっと

「医者の仕事」なんだ。