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 いじめという問題には
個人的な理由で、触れたくなかった。

 しかし、NPO法人・宇宙船地球号は
やがて小中学校においても
教育関係のプロジェクトを
行っていく予定だ。

 国語・算数・理科・社会などと
同じくらい重要な科目として
「未来」(仮名)というものを提唱しようと
考えている。
その内容は、後日、触れていく。

 ともかく、
教育関係に絡んでいく以上、
今、マスコミで散々話題になっている
「いじめ」という問題を
避けてばかりはいられない
と思ってはいた。

 で、とりあえず、私見を述べる。

 それには、
私の過去から話さねばならない。

・・・

 中学校の時、
「ふくろ」という「遊び」があった。

 俗語で、
数人で一人の人間を
ボロクソに殴る蹴るなどのリンチをすることを
「ふくろにする」と言うが、
そのフレーズの一部をとったものと思われる。

 「ふくろ」とは、
頭をおさえつけ、
数人で取り囲み、
背中に肘鉄を、めったやたらにくらわし、
腹(ハラ)に膝蹴りをくらわす。
これを延々と繰り返す。

気に食わないやつ、
なまいきなやつ、
金持ちの子供、
見た目が目立つやつ、
なんかむかつくやつ、

要するに、なんでもいいから
毎日数人が、この犠牲になった。


怖かった。

私も、幾度と無く、この犠牲になったからだ。
学校に行くのが、嫌になっていた。


しかし、ある時期から
私は、あまりこの「ふくろ」の犠牲には
ならなくなった。

その理由は
わたしが、この「ふくろ」をするほうに
回ったからだ。

・・・

 中学校から高校にかけて
私は、「自殺」することばかり
考えていた。

 生徒の頃の私は
あまり活動的な性格でもなかったので
家と学校の二つの建物を
往復するだけの生活だった。

 二つしか、私の居場所がなかった。

 だから、
そのどちらかででも
ものすごく嫌なことがあったり
対人関係でミスや誤解があり
かつ
それが当面、改善できる見込みがなく
ずっと続くだろう、と思われた場合、
すぐに
私は、自殺を考えた。

 考えてみれば、短絡的だし、
世の中で起こっている様々なことを思うと
私の経験した「嫌なこと」など
たいしたことではない。

戦争に巻き込まれ、死にたくないのに殺される人。
治せる病気で死んでいく子供たち。
食べ物がなく、飢えて死ぬ人々。

そうした本当の現実に比べれば
当時の私の嫌なこと、など
屁(へ)のようなものだ。

しかし
そうした世界の現状など知らなかった私は
「家庭」と「学校」という
二つの世界だけに固執していた。

それが、全て、だった。

だから、そこで起きた
「嫌なこと」
は、私にとって、自殺するのに十分な理由だった。

・・・

いじめの原因や背景には
以下の様々な要素がある。

・・・

1.子供は残酷

基本的に、子供は残酷である。

蛙(カエル)を自転車でひき殺す。
虫をバラバラにして遊ぶ。

なんでもよいから
自分より弱いやつを
いじめると、楽しい。

そういう感情が、もともと人間にはある。

・・・

2.いじめるほうの子供の気持ち

よく、子供に優しさを教えれば
「いじめ」は起きない。
そう言っている新聞記事を読む。

しかし、はたしてそうだろうか?

人間、100%良い人は、おらず
100%悪い人も、いない。

子供だって、もともと、ある程度の
優しさ
を持っており、同時に
残酷さ
も、持っている。

もともと本能として持っているものなので
教えることもできず
完全に無くすことも、できない。


もしも、それでも
いじめを少なくしたいと思うのであれば
優しさ、と、残酷さ、の
心の中でのバランスを
「誰か」が、コントロールする必要がある。

それは、
本人の場合も、
家族の場合も、
学校の先生の場合も、
あるだろう。

で、
私の知る限り、
もっとも有効な方法は
生徒自身による「演劇」である。

4月と10月。
年に2回、演劇を行う。
「いじめ」に関する演劇だ。

この内容は、過激すぎると
逆に様々な問題を発生させるので
慎重な検討を要するが、
かなり有効と考えられる。

基本的に、
普段いじめている子に
いじめられている子の役をさせ、
それにより、
いじめられている子の気持ちを
いじめている子に理解させる、
というのが目的だ。

こうした効果は、長くは続かないので
最低でも半年に一回は、
必要である。

ちなみに、4月の分は
上級生が下級生に、演劇を見せる形となる。


こうした年二回の演劇により
「優しさ」と「残酷さ」のバランスを
やや優しさのほうに、移動させることは
できる、かもしれない。

・・・

3.共通の敵、と、集団意識

バラバラになっている人々の心を
簡単に結束させる方法がある。

それは、
「共通の敵を持つ」
という方法だ。

敵は、なんでもいい。


「イラク戦争もアフガニスタン戦争も、テロ国家との戦いだ!
 9月11日の、同時多発テロを忘れるな!」

アメリカ大統領が言った。そして、戦争を始めた。


「先の戦争の時に受けた屈辱と被害は甚大であった。
 我々はこの痛みを、決して、忘れてはならない。」

北朝鮮が言う。今も、戦時体制だ。


「日本は、中国に勝ち、ロシアにも勝った。
 鬼畜米英に、神の国、日本が負けるわけがない。」

戦前の日本で言われていたフレーズだ。そして、戦争をした。
(鬼畜米英とは、アメリカとイギリスの蔑称。念のため)


この方法で、(どこの国でも)国民は結束をし、戦争をした。


結局、子供であろうが、大人であろうが
人々を簡単にまとめる方法の一つが、以下である。

なんらかの「共通の敵」を生み出し、
それを敵とみなす人々を
「精神的に一致団結した状態」にさせること。


この状態こそが、実は、精神的な「快感」なのだ。
おまけに、非常に安定した精神状態になる。
だから、やめようとしない。


子供のいじめも、ほぼ同じ理屈で起きる。

大人が、みんなやっていることを
子供にはやるな、
と言うことが、できようか?

・・・

4.狭い世界から、広い世界へ

家庭と学校。

この二つの社会しか持たない子供は、
その両方に、自分の居場所を求める。

居心地(いごこち)の良い場所を。

特に、学校において
居心地のいい場所を作る方法が
「共通の敵」を作った状態、である。


いじめの原因の一つは、ここにある。


これは
「いじめ」につながることもあるが
逆に、考えようによっては
「いじめ」を止めさせる方法にも
使えるかもしれない。

例えば、
スポーツの試合で
遠くにある他の学校と試合をする、とする。

そうすれば、共通の敵が、学外にできる。
それに対抗して、学内では一致団結できるかも
しれない。

もちろん、スポーツでなくても、音楽でも、
学校の成績でも、なんでもいい。


また、
そもそも、この共通の敵を作る、
という発想が良くない、とも思う。

その場合、
「生物」としてもっている
この現象を放棄する努力(または教育)を
しなければならない。

なぜ、生物、と言ったかと言うと
こうした「共通の敵」を作って
残りが一致団結する現象は、
サルなど他の哺乳類でも広く見られているからだ。

よって、非常に困難だと思われるが
もしも、やるのであれば、自信はないが
当法人が提供しようとしている
「世界の多様性を紹介する写真絵本」
などを、教室においてもらう方法は
あるかもしれない。

要するに、
もしも、世界に目を向ければ、
とんでもない貧乏な人もいれば
とんでもないお金持ちもいる。

とんでもなく見た目が、私たちと違う人もおり、
それでもそうした世界で
私たちは ともに生きていかねばならない。

だから
私たち日本人同士で、
そうした(細かい)差異を問題にするのは
ほとんど意味がない。

そう思えるような写真絵本や映像などを
提供していこうとは、思っている。

これが、
世界の多様性教育、というものだ。


一応、宇宙船地球号では、
世界中での「お絵描きイベント
というものを行っており
そうした側面にも、貢献しようとは思っている。


・・・

5.第三の居場所

いじめを無くすための、
もう一つの方法がある。

それは
家庭、学校に次ぐ、第三の社会を
子供のために作ってやる方法だ。

できれば、
その地域にあるNPO法人や町内会の人たちが、
「一般社会教育」
のようなものを放課後に1時間ぐらい
行ってはどうか、と考えている。

40分の授業と、20分の質問(相談)時間からなる。

授業では、
地域社会で活動している企業(会社)が
環境問題対策(CO2削減等)や企業の社会貢献(CSR)について触れたり、
病院の看護師さんを呼んできて、話を聞いたり、

警察や消防士さん、弁護士さん、
Jリーグのサッカー選手、プロ野球の二軍選手、
青年海外協力隊のOB、NPO法人で活動している人、
など、なんでもいい。

ともかく、社会にいるあらゆる仕事をしている人から
話をきける機会を持つ、というもの。


これには、二つの効果がある。

一つは
「世界の多様性」ならぬ、
自分のいる「社会の多様性」を知ることができること。

もう一つは
授業の後の質問(相談)時間で
子供たちは、
いじめを含む様々な悩みを
「家庭と学校以外」にいる人々に
直接、相談することができる。


こうした取り組みは
既に一部の、市町村で行われている。

「いじめ」の起きている学校では
こうした事例を参考にしては、いかがだろうか?

・・・

以上が、私の考えだ。


いじめというものは
昔から、大人の社会でも、子供の社会でも
あったことであり
無くなるということは、決して無い。

ある程度、減らすことは
できるかもしれないが。


結局、その対策としては

「いじめをした人も
 いじめをされた人も
 その経験を自分の人生の
 肥やし(こやし)にできる」

そんなサポートを
周りから積極的にしていく社会
を作っていくことではないだろうか?