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その女性は
プラットフォームに着くと
カメラ片手に、全力疾走を始めた。

小田急ロマンスカーの先頭車両を
前方から見たところの写真を撮りたいらしい。


「うっ」

彼女は、うめき声をあげた。


プラットフォームの前方に
喫茶店のようなものが、見える。

「ロマンス・カフェ」

全席指定の高級列車、ロマンスカーに乗り込む前の
(ちょっと今日だけは)リッチな気分のお客様に
ひと時の安らぎを提供する一角だ。


彼女は、その喫茶店の店名
「ロマンス・カフェ」という「文字だけ」
を撮影すると
すぐ、後ろを振り向いた。


ニヤリ


猫がネズミを見つけた時のような、笑みが漏れる。
ロマンスカーの先頭車両が、そこにあった。

先頭車両の中でも、一番先頭にある座席は見晴らしが良い。
180度、ほぼ全てが見渡せる、最高の環境だ。

なぜかというと、ロマンスカーの運転席は二階にあり
一階の客席部の先頭には、何もない。
ただ、窓と、外の景色だけが広がっている。

さしづめ、先頭に乗った人にとっては
列車が巨大なジェットコースター
というか
東京と箱根をつなぐ、長大な自分だけのプライベート空間
になる。

これほどの贅沢は、なかなかないかもしれない。

鉄道ファンの間では、有名なVIP席であり
半年前から予約が殺到する。
死ぬまでに、一度でいいからここに座ってみたい、
という人も(一部で)多い。


彼女は、この「鉄道ファン」の、女性、であろう。


鉄道ファン(オタク)の男性を、「てっちゃん」
というようであるから

鉄道ファン(オタク)の女性は、さしづめ、「てつこ」
とでも呼ぶのだろうか?


先頭車両の撮影を終えた彼女は、
今度は、全力疾走で、列車の後方に走っていった。

この分だと、
列車の最後方車両の写真も、撮るのだろうか。
(おんなじだと思うが)

彼女の後ろ姿を見届けると、
私は、ロマンスカーに乗った。

木目調の車内は、たしかに高級感があり、美しい。
席もゆったりとして、新幹線よりも快適だ。

ふと窓の外を見れば、青い空が広がっている。


ドカッ、という音がした。

ぜいぜい、という荒い息づかいも聞こえる。


見れば、私の隣に、
先ほど
先頭車両から後方車両までを全力疾走し、両方を撮影していた
「てつこ」が座っている。

写真をいっぱい撮ったため、
1枚目のメモリーカードがすでに満杯になったデジカメを握り締めながら
呼吸を整えている、その女性は


私の妻だった。


で、こう言った。

「あなた。 この車両はねぇ。
 VSE 50000形 と言って、平成17年にできた最新型なのよ。
 ロマンスカーには、他にも、LSE 7000形、EXE 30000形
 などがあるんだけど、
 この最新型は、流線型のフォルムが美しいわ。」

「ふ、ふうーーん」

「で、これから私、
 この列車の全ての車両を、内側から撮影してくるわね。
 トイレも。」

「・・・・・はい。」



小田急ロマンスカーは
「ゆったりトイレ」という大きな「レストルーム」も有名だ。

車椅子の人にも、快適にご使用いただける。

そして
鉄道ファンの人も、快適にご撮影いただける
ようだ。


さあ、あなたも、いつかは夢のロマンスカー。
先頭車両の 先頭座席へ
ゴー!