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貧困について書いたら
15,000字を超えてしまい
ブログにアップできなかったので
二つに分けてアップすることにする。

まず、今日は、前半部分。

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貧困とは、何かというと
単にお金がない、ということだけでない。

教育や医療など
人間として当然社会から得られなければならないサービスを
得ることができない状態、なども入る。

さらに言えば、
自分の将来の選択肢(高等教育や、企業への就職、等)を
考えた時に、そのチャンス(機会・可能性)すら無い状態をいう。

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当初、この貧困について書くときに、
 貧困とは何か?(定義は?)
 貧困層を特定する指標とは?(貧困者とは、誰か?)
 貧困を改善した(国際協力の効果があった)という指標とは?
の、三つに分けて書こうとした。

が、
お互いが、複雑にからみあっているため
以上の三つの要素を、行きつ戻りつしながら
話を進めていく。

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分かり易いように、以下、
日本のODA(政府開発援助)の変遷の話をしよう。

流れが分かり易いように、実際よりも誇張して書くことを
最初に明記しておく。

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第一段階 日本の外交政策が目的で、巨額のお金を出したという事実だけ


日本政府の行う ODA(政府開発援助)は、
日本の外交政策のために行う。

日本が、東南アジア・中東・アフリカなどに巨額の援助をする、
だから代わりに、次のことをしてくれ、と頼む。

1.日本の米(コメ)の関税を高いままにし、国内の農業を守らせてくれ
2.中東や北アフリカの石油採掘の権利をくれ
3.アジアに企業を誘致し、巨大なマーケットを分けてくれ
4.日本を国連安全保障理事会の常任理事国に推薦してくれ

要するに、
開発途上国の貧しい人々を、なんとかしてあげたい、
という気持ちで行っているのではなく、
自国の利益を守る、または獲得するために行っているのが
ODAだ。

このため、どのようなことが起きたかというと、
次のような、とんでもない援助が行われていた。


「はい、わかりました。100億円のお金を出しましょう。
 どうです。日本は、経済大国でしょう。
 それに見合った、お金を出したでしょう。
 だから、代わりに、国連の常任理事国に
 あなたの国からも、推薦して下さいね。
 あと、日本の企業をあなたの国に進出させて下さいね。

 あ、もちろん
 100億円のお金は、
 あなたの国で、好きに使って下さい。
 どのようなことに使っても、もちろん、かまいませんよ。」


この結果、どうなったかというと、
渡されたお金は
開発途上国の中で、貧困の改善のために使われたのではなく
その国の悪徳政治化の懐に、そのまま入ってしまっていたのだ。
これにより
開発途上国の人々の「貧富の差の拡大」は
かえって広がってしまった。


ともかく、日本政府側としては
「途上国のために、日本は100億円も出資した」
という事実さえあれば、良かった。
それさえあれば、日本はそれを、外交のカードに使える。

(だから、これこれこうして欲しい、と外交で主張できる。)


100億円のお金が、途上国で、どのように使われようが
そんなことは、どうでもよかった。

これが、最初のころの、ODAの正体であった。

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補足:

よく、皆さんが誤解していることを、ここに訂正しておく。
開発途上国というのは、
その国の全ての人が貧しいのではなく、
「貧富の差、という格差」が、非常に大きい国のことを言う。

あなたの10倍以上のお金持ちもいれば、
あなたの100倍以上、貧乏な人もいるのだ。

通常、1〜3割りの人が、その国の富を独占し
残りの、7〜9割りの人々が貧困の状態にある。

例えば、私が行っていた
西アフリカのシエラレオネは、平均寿命が34歳(2002年,WHO)で
「世界で一番いのちの短い国」として有名だが、
全員が貧乏なのではなく、ダイヤモンドの利権を独占した
とてつもないお金持ちたちもいる。

貧富の差の広さの度合いを示す「ジニ係数」(後述)という指標があるが
この数字が、世界で4番目に悪い。

すなわち、世界で最も、お金持ちが、貧乏人の搾取を行っている
地域なのである。

よって、あなたがもし、何も考えずに、シエラレオネにお金を
ポン、と出した場合、そのお金は、
シエラレオネのお金もちのほうに、行くことが多い。
(これにより、貧富の差は、かえって拡大する。)

なんでかというと、
シエラレオネの首都にいて、外国との接点(外交・通信手段など)を
持っている人たちは、当然のことながら、
そのお金持ちの人のほうだからだ。

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・・・

第二段階 では、途上国のGNP、GDPを上げれば文句ないだろう


ともかく、
ODAの内容があまりにひどい、ということで
NGO(非政府組織)や大学教授(有識者)などから批判が相次ぎ、
マスコミにもリークし、報道された結果、
少しは、ODAを、まともにやろう、ということに
(日本政府や外務省の中でも)なった。

で、
一応、わかりやすい結果を出そう、
なんらかの数字で、結果を出そう、とした。

で、一番有名な、
GNP(国民総生産)またはGDP(国内総生産)という指標を
使おうということになった。


注: 

指標 indicator, index
GNP gross national products 国民総生産
GDP gross domestic products 国内総生産


GNPとGDPの違いは、
GDPのほうが、その国の国内における生産活動に
より比重を置いている、という点にある。
GNPの場合、その国の投資家が、外国に投資して儲けた活動も
生産活動の中に入ってきてしまう、ということがその違いだ。

ともかく、
これらの数字を、よくすれば、
一応、日本の外交政策のためだけでなく、
その途上国にとっても、良いことであったろう、
ということだった。

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ところが、GNPやGDPを、てっとり早く上昇させるために
最も良い方法は、
開発途上国の中で、既にお金持ちの
大企業を運営しているような人たちにお金を渡し、
新たな事業を展開してもらうことだった。

貧しい人たちのために、お金を使うのではなく、
既に、お金持ちで、事業を起こせる体制の人に
お金を渡したほうが、確かに、大規模な事業を起こし、
GNPやGDPが、より大きく上がっていく可能性が高い。

結局、
こう考えた日本政府のODA担当者たちは
開発途上国の悪徳政治家の言うとおり、
彼らが関連する(通常自分たちの家族や親戚の運営する)企業に
大量のお金を融資する、などの政策を行った。

こうして、
開発途上国のGNPや、GDPは、ある程度、上昇傾向を見せた。
が、
その国の貧しい人たちは、貧しいままだった。
その結果、
その国における、豊かな人と貧しい人の差は、
かえって、その広がりを大きくした。

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補足:

経済の世界には、以下の理論がある。
ある国で、お金持ちの人たちや、大企業にお金を与え
大きな事業を起こさせ、(一般の人々の)雇用の機会を増やせば
その国の経済力は、上昇する。

すなわち、
お金持ちが、よりお金持ちになっていくのにひっぱられて
貧乏な人たちの経済状況も、よくなっていくはずだ、
という理論だ。

(これを、「トリックルダウン効果」、と呼ぶ。)

日本でも、
不況の時に、政府が公共事業を行い、
ゼネコン(大手の建設業者たちの集団)にお金を渡し、
道路を作ったり補修したりし、新幹線のレールを延ばし、ダムを作る、
などの事業がこれにあたる。

これにより、
確かに、雇用機会は、一応増える。
よって、経済効果はあることになっている。

が、実際は、ゼネコンの一部の人(会社上層部の人)たちが
私腹を肥やし、末端で雇われている人々には、非常に安い賃金が
支払われていることが、日本でも、非常に問題になっている。

で、
開発途上国の場合、この問題の度合いがひどい。
なんでかというと、以下のような理論による。

もともと、
ある一人の貧しい人の日給が、100円だった、としよう。
日本のODAが、その国の政府に金をわたし、
その国の悪徳政治家が、自分の関連する大企業に金をわたす。
大企業は、事業を起こし、雇用機会を拡大する。

ある一人の貧しい人は、日給150円でやとってもらった。
(日給は、以前と比べると、1.5倍になった。増えた。)
前よりも、ちょっと、「一人当たりのGDP」は、よくなった。

ところが、
開発途上国では、急激な経済成長のため、
急激なインフレ(物価の高騰)が、必ず起こる。


例えば、昔、
ある一人の貧しい人は、日給100円の給料を全部つかって
家族(数人)のために毎日1kgの米(コメ)を買っていたとする。

ところが、今、
いままで、100円で買うことができた米1kgが
なんと物価が2倍に上がったため、
200円でないと買えなくなってしまった。


昔、その人の日給が 100円 でも
コメ1kgは 100円 だから、買うことができた。

しかし、
今、その人の日給は 150円 に上がったが
コメ1kgは 200円 になってしまったので、買うことができない。


その一人の貧しい人は、相対的に、以前よりも、より貧しくなった。


日本がODAを行ったために、経済の発展とインフレが起こり
(その貧しい人の給料は少し上がり、
 一人あたりのGNPも上がったのにも関わらず、
 それを上回る勢いで、インフレ(物価の上昇)が起こったため)
その一人の貧しい人は、かえって、お米が買えなくなったのだ。

途上国では
このように、急激な物価の上昇が起こることが多い。
日本も昔、そうだったが、急激な経済発展の時には
1年で数倍に物価が上昇することは、ざらである。

と、いうわけで、
簡単にいうと、
開発途上国のお金持ちに資金を渡し、
GNPやGDPを上昇させていこう、という方向の援助では、
その国の中にいる
貧しい人たちの生活レベルが、改善されていく、ということは
ほぼ無い。

(このことは、私だけが言っているのではなく、
 ノーベル平和賞などをとった複数の経済学者たちによって
 証明されている。)


というわけで、
ODAなど、やらないほうが良かった
のではないか、という議論がある。

が、一方で、
GNPやGDPという
指標(数字で結果を出すという手法)が使われだした、
ということ自体は、部分的には、良かった。


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・・・

第三段階 貧困者への援助の始まり


ここにおいて、再び、
現場を知るNGOや、有識者でかつ心ある人たちから
ODAは、無駄である、という批判が相次いだ。

このため、貧困者、を特定し、
その人たちを狙って、援助を行おう、ということになった。

この貧困者を特定することを
「ターゲティング」
と呼ぶ。

貧困者を特定するためには、いくつかの方法がある。

・・・

最初に考えられた手法が、
「貧困ライン」
というものを引こう、というものだった。

ある一定の所得(給料)よりも、低い所得の人は
最低必要な水準の生活ができない、
だからその人は、貧困である、という考え方だ。

例えば、日本を例にとると、
仮に、(あくまで仮に)年収が100万円ないと、
最低必要な水準ができない、とした場合、
年収100万円未満の年収の人たちを
貧困者たちである、と特定しよう、ということだ。

また、この年収100万円という数字を
貧困ライン
と呼ぶことにしよう、というもの。

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では、いったいどうやって、
その国における最低必要な所得を決定するのか?
そもそも
最低必要な水準の生活とは、どんなものか?

これには、
一人一人が望む最低必要な生活の種類や量が
あまりにも違いすぎるため、
その一定の基準を作ることは、困難を極める。

このため、考え出された方法が、
(その人の嗜好に関わらず)
どんな人間でも共通して必要なものを概算する
「ベイシック・ニーズ費用法」
である。

ベイシック・ニーズの一つは、
当然、日々の生活を送るのに必要な食料である。

純粋に医学的に考えて
1日に人間が生活するのに必要なカロリー数を
(仮に)二千キロカロリーだとする。
その地域にある、お米や小麦で
一日二千キロカロリー分の量を買うために必要な
金額を計算する。

仮に、それが、1日あたり、100円であれば、
この100円、という数字が
人間が生きていくのに最低必要な金額だ。

これより上は、なんとか生活できる。
これより下は、貧困者である、

決めようという計算式を
「食料エネルギー摂取法」
と呼ぶ。

これは
ベイシック・ニーズ費用法
の一つである。

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ちなみに、世界銀行は、
この
ベイシック・ニーズ費用法
のうちの
食料エネルギー摂取法など
を用いて
(開発途上国における)世界共通の貧困ラインを作った。

それは、
「1日1ドル(約100円)以下で暮らしている人」
というものである。

この1日1ドル、という基準を
「絶対的貧困ライン」
と呼ぶことにした。

この概念は、
「ミレニアム開発目標(MDGs)」
にも反映され、
世界銀行(WB)や国連開発計画(UNDP)などが
主要な貧困削減のプロジェクトを生み出すための
ターゲットとなっている。

・・・

注:
ミレニアム開発目標とは、
1990年比で
1日1ドル以下で暮らす貧乏な人たちを
2015年までに
半分に減らす、など。

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ちなみに、
一日を1ドル(100円)以下で暮らしている
絶対貧困者の割合を、世界各国で見てみると、

マリ     72.8%
中央アフリカ 66.6%
ザンビア   63.7%
ニジェール  61.4%
ガンビア   59.4%
ブルンジ   58.4%
シエラレオネ 57.0%

以上が、世界ワースト・セブンである。

で、
なんとこれらの国々すべては、アフリカにある。
つまり
絶対的貧困は、ほとんど全て、アフリカにあるのである。

また
特にこの七カ国は、
絶対的貧困者の割合が、なんと国民の半分以上である
ということになる。


・・・

実際の貧困ラインは、
上記の絶対的貧困ラインではなく
もうちょっと上に引かれることも多い。

1日1ドル(100円)以下では
アフリカの現状にはあっていても
アジアの現状にはあっていない
ということもあり
1日2ドル(200円)以下や
さらに、
もっと上に設定される場合もある。

ともかく、
そうして引かれた貧困ラインにより
その国、または、その社会における
貧困者の、全体に占める割合
がわかるようになる。

この貧困者の割合を
「貧困者比率 ( head count ratio )」
と呼ぶ。

この指標は、客観的で分かりやすいため
各国の比較などを行う際に、
最も頻繁に用いられる。

・・・

というわけで、
次に、日本のODAが行ったことは
この貧困者比率を下げる
という方法論だった。

一般的に、この方法論は、
まあまあ正しい。

とりあえず、貧困者にターゲットしてある指標を
数字で改善しようというのだから、
大筋では、良い。

ようやく、日本のODAは、
まともな方向に向かって走りだした。

・・・

ところが、
(何度か、他のブログでも、既に書いているように)
一つだけで、完璧な指標というものは存在しない。
必ず、一つの指標には、見ていない部分があり、
欠点がある。

この貧困ラインを引き、貧困者比率を算定する方法にも
大きな欠点があった。

それは、以下のような援助が始まったことにより
露呈することになった。

・・・

国際協力の世界は、ある一定期間の間に
数字で結果を出す世界である。
ODAの場合、通常5年である。

5年で「数字で結果を出したい」場合、
当たり前だが、てっとりばやく
確実に効果があったほうが良い。

だから、こそ、
GNPやGDPを上昇させたい場合、
金持ちの企業にお金を渡したのだ。

貧困者のために、お金を使っても
GNPやGDPを上げるまでには
非常に時間がかかる。

具体的には、
貧困者の生活レベルを上げて
かつ、GDPやGNPもあげるためには

1.まず、食べる食物(や住居など)の確保(供給)をする
2.子どもには初等教育をし、将来の働き手になる素地を作る。
3.大きい子どもと大人には、職業訓練をする。
4.その人たちが働く工場などの職場を作る。
5.その職場を作るために、建設、道路整備、企業の誘致などを行う。
6.作った商品を運び、売るためのマーケティング調査と実施をする。

などの様々な段階が必要であり、
子どもの初等教育だけで、通常10年近くかかるのに
5年ぐらいで、数字で結果がでるわけがない。

では、どうすればいいかというと、
前の章で触れたように、
始めからお金持ちである、
開発登場国のエリートの大企業に、お金をわたしたほうが
投資効率がいい(確実に5年以内にGNPが上がる)
ということになる。

だから、
貧困層に、お金をやっても、ある意味、無駄である、
(5年以内の数字には、まったく表れない)
という結論になっていた。

・・・

で、貧困者にターゲットをしたはずの
貧困ラインと、貧困者比率を用いる方法でも、
なんと
ほぼ同じような問題が起こってしまっていた。

それは、
簡単に言うと、

貧困ラインを、仮に日給100円に引いた場合、
日給90円の人も、日給10円の人もいる。


日給90円の人は、小学校は出ている(文字が読める)、
日給10円の人は、小学校も出ていない(文字が読めない)、
とする。

すると、短期間に効果をあげようとするのならば
貧困ラインのすぐ下にいる
日給90円の、既に文字が読める人たちに
職業訓練をして、働き始めさせれば良い、ということになる。

日給10円で、小学校にすらいっておらず、文字も読めない人が
仕事をできるようにするためには、
最低でも初等教育の10年間弱が、まず必要であり、
そこからさらに職業訓練をする数ヶ月が必要だ。

よって、
5年間で数字で結果を出そうとするのであれば、
日給90円の人に援助を行い、
日給10円の人は無視をしよう、
という話になった。

こうして、貧困ラインのすぐ下にいる
「貧困層の中でも、比較的まし」である人たちのみが
対象にされる援助が始まった。


本当に、究極の貧困の人たちは
見捨てられることになったのである。


これに対して、またまた
NGOや知識人から、批判が相次いだ。

「とんでもない!」と。

・・・

で、ここまででわかったことが二つある。

一つは、貧困者にターゲットした指標を持つのは
基本的に良いことだった。
少なくとも、貧困者側のほうへ、目が向いた。

しかし、その一つの指標である
「貧困ラインおよび貧困者比率」
という考え方だけでは、欠陥があった、ということである。

指標は、複数のものたちを
同時に使っていかなければならない
ということが
わかってきた。


・・・
・・・

第四段階 貧困に対する指標の改良


この貧困者比率の欠陥を解消するために
いくつかの方法が考え出された。

1.貧困ギャップ比率 ( poverty gap ratio )

Aという村に、10人の人がいたとする。
その全員とも、日給10円だとする。

日給100円が貧困の基準だとすると、
100円−10円=90円

これに人数である10人をかけると
90円x10人=900
すなわち
900 という貧困の大きさ(重症度)がここにある。


Bという村に、10人の人がいたとする。
その全員とも、日給が90円だとする。

日給が100円が貧困の基準だとすると、
100円−90円=10円

これに人数である10人をかけると
10円x10人=100
すなわち
100 という貧困の大きさ(重症度)がここにある。


どちらの村も、
全員が、絶対的貧困ラインである日給100円よりも低い村であり、
貧困者比率100%の村である。
(要するに、貧困者比率では、差がないように見える。)

しかし、この「貧困ギャップ比率」という指標を使えば
貧困の大きさ(重症度)が、わかり、
Aという村とBという村の、貧困の大きさがわかる。

要するに、
Aという村のほうが、Bという村よりも
(900と100の違いだから)
9倍、貧困の重症度が、ひどい、
ということになる。

(注:本当は、上記の数字をその地域の人数で割って平均値を出す)

この指標は、現在、世界で貧困削減対策を行う
かなり多くの団体で採用されている。


2.二乗貧困ギャップ比率 ( squared poverty gap ratio )

理屈は、1.の貧困ギャップ比率と同じであるが
絶対的貧困ラインなどからの「貧困の深さ」を二乗してから足す
ことにより、よりその「重症度」を露骨に反映する目的を持っている。

もしも、対象とするプロジェクトを
本当に社会の最下層の人たちに対して、行いたい場合、
この、二乗貧困ギャップ比率を、その効果判定に用いたほうが良い。


これら以外にも、たくさんの指標があるが
わかりやすいので、
一応、上記の二つのみを紹介しておく。

これらにより、ほぼ、本当の貧困者にターゲットする(狙いをつける)
ことは、一見、できたかに見えた。
今度こそ、うまくいくかと思った

しかし、そううまくは、いかなかった。
問題となるのは、お金、である。


・・・
・・・

第五段階 貧困者のターゲティングと、プロジェクト実施費用との比較


本当の貧困者をターゲットするには
基本的に、
センサス ( census ) と呼ばれる、全人口調査が必要だ。
その国にしろ、その地域にしろ、
全員にアンケート調査を行い、家計調査を行う。
が、
これには、莫大なお金と時間がかかる。

これに対し、
サンプリング ( sampling ) という方法もある。
これは
母集団の中から、一部の標本 ( sample ) をとってきて
その結果から全体を類推しよう、というものだ。
これは、比較的、低い予算と短い時間でも可能と言われている。
しかし、
サンプル数が少ないと、結果は信用できず
サンプル数が多いと、結果は信用できるが、お金と時間がかかる。

結局、
貧困者のターゲティングやその指標の計算をするために
あまりにもお金(と時間)がかかるようであれば、
プロジェクトの実施にまわすお金(と時間)が、足りなくなる。

よって、
貧困者のターゲティングと、貧困削減プロジェクト実施の費用との
バランスを見ながら、全体をみて、運営していかなければならない。

というか、
貧困者の特定を、どれだけ細かく行うか?
ということが
プロジェクトの実施や最終的な効果(数字)に反映されるかどうか?
ということまで考えなければならない。

もしも、
それが、最終的な目的である「貧困の削減」に
寄与しないのであれば、いたずらにその部分だけに
お金と時間をかけることは、できない。

いわゆる、「机上の空論」になってしまうからだ。

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1979年より、世界銀行は、途上国における家計調査を開始した。
これは
生活水準指標調査(LSMS)と呼ばれる。

注: Living Standards Measurement Study : LSMS

アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの20カ国以上で行われた。
それぞれの国で数千から数万の家計について
非常に詳細な調査が行われた。

かつ同一サンプルで、複数年、その状況の変化を追う、という試みも見られた。

そうしてできあがったデータベースの信頼性は、
かなり高い、と言われている。

この調査により、
絶対的貧困ラインや、貧困者比率、貧困ギャップ率、などの指標が
実際に、適切な指標であったのかどうか、現状を反映していたのか、
ということも、かなり詳細にわかってきた。

しかし、かなり大量のお金がかかったことも事実だ。

要するに、この大規模調査は、
学問的に貧困の状況をいろいろな観点から調べること自体には貢献したが
一方で
そのお金をつかえば、これこれこれだけの貧困者層に
様々なプロジェクトを現場で実行できたのではないか、という批判もある。

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このように、つぎ込んだお金に見合うだけの正当な結果があるかどうか?
ということが、最近重要しされるようになってきた。

こうした考え方を「対費用効果」 ( cost-effectiveness ) と呼ぶ。

この対費用効果を最大にする
(最も有効にお金を使う)
という考え方も、現在の国際協力の世界で、主流となっている。



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以上、ここまでが、前半部分だ。

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