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国際保健医療を行う上で、
最低必要になる統計学的知識を、ざっと説明しておく。

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1.ターゲットとした疾患(病気または栄養状態など)の患者数を調べる

 A.センサス   (一斉全人口調査)census

 ある病気にかかった患者の数を調べるには、
 センサス(一斉全人口調査)と呼ばれる
 本当の全人口調査が最も良い。
 これにより、母集団(その国や地域全体)の人口も正確にわかり、
 かつ、
 ターゲットとした病気の症例の数もわかる。

 日本では5年に1度行われる国勢調査が、このセンサスにあたる。
 総務省が行い、莫大な予算がかかる。
 開発途上国では、戸籍や住民票などがないため、この実施が難しい。

 B.サンプリング (標本抽出) sampling

 サンプリング(標本抽出、一部の人々を選ぶこと)を行い、
 母集団(全体)の状況を統計学的に類推する手法が、よく用いられる。
 センサスよりも、予算が少なくてすむ。

 B−1.ランダム・サンプリング randam sampling

 サンプリングのうち、一応、その国(または地域)の全域で行い、
 完全に無作為に標本(サンプルとなる人)を抽出する(選ぶ)方法を
 ランダム・サンプリングという。

 これを行うためには、全住民の戸籍などを用いた、リスト、を
 まず作る必要がある。
 そして、適当な数字を決めて、その倍数にあたる人を
 抽出して(選んで)いく。

 例えば、6、という数字に決めたら、
 作ったリストで、最初から6番目、12番目、18番目の人を
 ピックアップする、という作業を行う。 

 B−2.クラスター・サンプリング cluster sampling

 開発途上国でも、その開発の程度がひどい、後発開発途上国では
 特に田舎にいくほど、戸籍も住民票もなく、住所すらない国が多い。
 出生届も、死亡届けもいい加減な場合も多い。

 さらに言えば、人の出入り(人口の移動)も多い。国内避難民、遊牧民など。

 また、紛争(戦争や内戦)などが続いている場合、
 統計調査を実施できる地域が限られている場合もある。

 こうした状況では、(国全体での)ランダム・サンプリングすら難しい。
 というか、実質的に、不可能である。

 こうした場合、次善の策、として用いられるのが、
 クラスター・サンプリングという手法だ。

 集団をいくつかの小さなかたまり(クラスター)に分けて、
 それぞれから標本(サンプルとなる人)を抽出する(選ぶ)ことをいう。

 難しい理論を、全てすっとばして、実施の仕方をいうと
 クラスターとしては、最低30クラスターあれば、
 統計学的に問題ないと言われている。
 かつ、
 事前に何らかの方法(他の団体の調査等)で
 狙いをつけた病気の(おおよその)発生率(%)を推測しておくと
 その割合に応じて、多分これくらいの標本を
 クラスターの中から抽出すれば、統計学的にOKである(証明できる)、
 ということができる。

 要するに、10人に3人かかっているような(頻度の多い)病気の場合、
 少ない標本数(100人ぐらい)でも、高率にひっかかってくるが、
 1万人に一人しかいないような病気の場合、
 少ない標本数(100人ぐらい)では、ひっかかってこない。

 さらに、それにより全体(母集団)の中での数を推測するためには
 頻度の少ない(稀な)病気のほうが、標本数がたくさんいることになる。

 よって、ターゲットをする病気の、全人口における割合を
 他の団体の過去の調査(文献)などにより、
 なんとかして「知る」ことが必要になる。
 これが、クラスター・サンプリングを行う前提になっているのだ。

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2.病気にかかっている状態の違いによる指標。(急性、慢性、キャリアー)

 罹病率 ( morbidity ) に関する様々な用語がある。

 a. 罹患率 ( incidence )

    麻疹(はしか)、マラリア、急性肺炎などの急性疾患の
    発生の頻度を知りたい時に用いる。

    ある地域で、ある期間内に、どれだけ、その病気の患者が発症したか、
    を見る。

    これを調べる意味の一つは、
    麻疹に対する児童へのワクチン接種の効果を知りたい時や、
    マラリアに対する殺虫剤を含んだ蚊帳(かや)の配給効果を知りたい、
    など、急性疾患に対する、なんらかの予防対策の「効果」を知るため。

    補足すると、国際保健医療の世界で、最も重要な活動分野の一つが、
    開発途上国の子どもたちへのワクチン接種である。
    これを、EPI ( Expanded Program for Immunization ) と言う。
    日本語に無理矢理翻訳すると、拡大予防接種計画、となる。
    接種ワクチンは、麻疹、BCG(結核)、ポリオ、B型肝炎、
    DPT(ジフテリア、百日咳、破傷風)、破傷風(妊婦)、など。

    ともかく、このEPIは、どこの国で保健医療をやる時にも
    ほぼ必ず行わなければならない一つの柱であり、
    この効果判定に用いられるものの一つが、
    この、罹患率が減ること、である。

    また、ワクチンが(少なくとも今のところ)作れない病気もある。
    それがマラリアである。
    マラリアを予防するためには、殺虫剤入り蚊帳の無料配布、
    小学校等での予防教育、等である。
    こうした対策への効果判定にも、罹患率が減ること、を用いる。

    罹患率を調べる、その他の意味は、
    流行性疾患のアウトブレイク(大発生)の予兆を見つけるため
     (サーベイランス surveillance)、
    下痢症がその地域で多い場合、その地域の「水と衛生」の状態が
    悪いことが推測できること、などがある。
     (水と衛生 water and sanitation)

 b. 有病率 ( prevalence )

    HIV/AIDSや結核などの慢性疾患に用いる。

    急性疾患は、1週間から2週間で治るか、または死亡する。
    慢性疾患は、一度かかると、少なくとも1年以上、
    下手をすると、一生罹病している。
    要するに、すぐ治るわけではないので、罹患率とは別の指標が必要である。
    どんどん、その病気が社会に蓄積していくからだ。
    この社会に蓄積された割合が、有病率、である。

    有病率は、
    罹患するスピード(頻度)と、
    治療される(または死亡する)スピード(頻度)の
    両者のバランスで決まる。

    これを調べると、
    その慢性疾患の、社会における蓄積率がわかり、
    それによる社会への(経済活動等も含めた)悪影響がわかる。

    要するに、HIV/AIDSや結核などの社会での蓄積率がわかる。

 c. アタックレイト ( attack rate )

    発生した件数を、そのまま加算していくだけ。
    だから、数字が減ることは、ない。

    コレラのように10%しか発症しない疾患に使う。

    90%は発症せず、無症候性キャリアーとなって、
    その地域の人口の中に、潜伏し、広がっていくような病気の場合、
    この指標が有効になる。
    つまり、その地域において、およそどれほどの人々が
    無症候性キャリアーになってしまっているかの推測に用いられる。

    単純に考えると、
    人口1000人の地域で、コレラが発生し、徐々に患者が増えた場合、
    アタックレイトが加算されていき、仮に、50人に達したとすると、
    コレラが発症するのは、1割なので、
    恐らく、その10倍の、500人の人が、無症候性キャリアーとして
    社会に存在している、ということになる。

    これはもちろん、極端な例だが、このように、
    発症せず、無症候性キャリアーが広がっていくような疾患の場合、
    この指標が有効になる。

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3.人間の死に関する指標

 死亡率 ( mortality ) に関する用語たち。

a. 粗死亡率 ( crude mortality rate : CMR, crude death rate : CDR )

   その国や地域で起こった死亡の数を、その国や地域の人口で割った値。

   通常の状態では、
   一ヶ月や一年あたりの粗死亡率を用い、人口十万あたりの死亡を数える。

   難民キャンプなどの緊急状態では、
   一日あたりの粗死亡率を用い、人口一万あたりの死亡を数える。

   この1日あたりの祖死亡率により、現地の重症度を判断する。

   もし一日あたり粗死亡率が1を越えている場合、
   重度の緊急状態 ( severe situation ) と呼ばれる。

   難民キャンプなどで、粗死亡率が1を越えている場合、
   「ビッグ5」と呼ばれている五つの
   急性疾患を主なターゲットとして治療を開始する。ビッグ5とは
   マラリア、肺炎、下痢、麻疹、栄養失調

   また、選択的食料配布計画 ( selective feeding program ) も発動する。
   これは、5歳未満の子供、妊婦などを対象とした食料支給である。

   (要するに、重度の緊急状態の地域では、この二つの人種、すなわち
    5歳未満の子どもと、妊婦たちが死にやすいことがわかっているのだ。)

   もし一日あたり粗死亡率が2を越えている場合、
   致命的な緊急状態 ( critical situation ) と呼ばれる。

   この場合、国連などの国際機関から
   大量の医薬品と食料などが現地に送り込まれ
   さらに大規模な救済プログラムが動き出す。

   その後、一日あたりの粗死亡率が1未満に低下してから、
   慢性的な問題にも着手する。
   結核、HIV/AIDS、出生数のコントロール ( reproductive health ) などだ。

b. 乳児死亡率 ( infant mortality rate : IMR )

   出生数1000あたりの乳児(1歳未満)の死亡率。
   開発途上国で有用とされる。

   これに対して新生児死亡率(生後28日までの死亡)や
   周産期死亡率(妊娠28週から生後7日までの死亡)は
   緊急状態ではあまり意味がないとされる。

   これは、開発途上国では、自分の誕生日を知らない人が多く、
   よって、生まれた日を記憶していないお母さんが多いので、
   正確な出生日が特定できないことが多いからだ。

   では、どうやって、開発途上国の人が、乳児、とみなすかというと、
   お母さんのおっぱいを吸っている時期に死んだら、乳児死亡だ、
   という判断である。
   先進国で判断される1歳未満、というものとは、微妙に異なる。
   (1歳をすぎても、おっぱいを吸っている子どもは、けっこういる。)

c. 5歳未満死亡率 ( under 5 mortality rate : U5MR )

   この指標は、ユニセフで行っているものと、
   緊急状態で行っているものでは、計算のしかたが異なるので注意が必要だ。

通常の5歳未満死亡率 ( U5MR )

    5歳未満の子供の死亡数を、それと同一時期の子供の出生数で割る

  緊急時に使う5歳未満死亡率 ( U5MR in emergency )

    ある一定期間に死んだ5歳未満の子供の数を、
    同時期の5歳未満の子供の数で割る。

    緊急状態では、こちらの5歳未満死亡率が用いられ、
    重症度の判断に使われる。
    緊急時には、
    5歳未満の子供の数は対象集団の人口の20%と
    概算してよいことになっており、
    要するに、(全体の人口は、国の資料などを見ればわかるので)
    5歳未満で死んだ子供の数さえわかれば計算できることになる。

    5歳未満死亡率は、
    栄養失調に対する食料給付計画の実行後の評価にも用いられる。
    また、粗死亡率のように集団全体の緊急性を測る指標にもなる。

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4.個別疾患に対する治療・予防計画を実行する時の評価方法

   わかりやすいように、ここでは麻疹を例にとって紹介する。

a. 麻疹特異的死亡率 ( measles specific mortality rate : SMR )

   麻疹で死亡した患者の数を人口で割る。
   粗死亡率と同じ計算方法を用いる。
   この数字は、主に、ワクチンなどの予防対策を評価するのに用いられる。

b. 麻疹に罹った場合の症例致死率 ( case fatality rate for measles :CFR )

   麻疹で死んだ患者の数を、全麻疹患者で割る。
   100人あたり、つまり%(パーセント)で表記する。
   この指標は、治療効果の判定に用いられる。

c. 麻疹死亡の全死亡に対する割合 ( proportional mortality for measles )

   マラリアで死んだ人の割合が全ての死亡原因の何パーセントか?
   その地域・その集団のなかでの、ナンバーワン・キラーを見つける。
   ようするに、まず力を注ぐべき疾患を見つけるのに用いる。

d. 麻疹の予防接種の普及割合 ( coverage rate for measles )

   麻疹ワクチンを受けた人がどの程度いるか?
   予防効果の判定に使う。
   対象集団全体に対する公衆衛生学的効果全体の評価にもなる。

   ちなみに、麻疹のワクチン接種率(2002年)は、以下の通り。

   先進国       90 %
   南アジア      67 %
   サブサハラアフリカ 58 %

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簡単に、まとめておくと、以下の二つだ。

1.緊急状態の時と、通常状態の時では、使う統計指標が違うこと。
  緊急状態で使う指標は、その人道危機の重症度判定に用いられる。

2.医療(治療)の効果判定に使う指標と、
  公衆衛生(予防)の効果判定に使う指標は違うこと。

今回記載した指標たちが、上記の、どちらに相当するか
一度考えてみて頂くと良いだろう。