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健康とは、
身体的・肉体的・社会的に健康な状態を言う。

これが、WHOの定義だ。

今回は、この意味を、わかりやすく解説してみたい。

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ケース1

アフリカで内戦が起き、
家を焼かれ、畑を焼かれ、
命からがら逃げ出した母と子がいたとする。

1ヶ月間、ろくなものを食べていない。
子どもは、1歳弱。
お母さんの、おっぱいを吸っても、
母乳は出ない。

子どもは栄養失調となり、
弱っていった。

そんな折、子どもは、蚊にさされ、マラリアとなった。

私の作った難民用の病院に、たまたま親子が着いた時、
この子の呼吸数は1分あたり80回。

参考: 大人の呼吸数は、 1分あたり16回。
    乳児の呼吸数は、 1分あたり30回。
    重症の病気の場合、1分あたり60回。

この、1分あたり、80回の呼吸をしている子どもに
私は必死の治療(点滴など)をしたが、子どもは、まもなく死亡した。


病院に着いて、わずか4時間で、死亡した。

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この子が死んだ理由は、いくつか考えられる。
(いや、もちろん、私の腕が、未熟なせいだが)


もとを正せば、この国で、民族同士の政治的な争いが解決していないためか?
この地域が貧困であり、食べものとお金の貯蓄がなかったせいか?

マラリアを防ぐための予防教育や、蚊帳の配布をしておけば助かったかも。
私の使った抗マラリア薬が、既にこの地域では耐性化していたかも。

せめて、歩いてくる途中に、安全で綺麗な「飲める水」があれば。


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ケース2

昨年、日本のある病院で、私は当直をしていた。
内科と小児科の両方を担当する仕事だった。

深夜、当直室の電話が鳴った。
救急車からの電話だった。

「先生、お願いです。
 入院させてもらえませんか?
 症例は、
 3歳女児、頭痛、嘔吐、発熱。
 数時間前に開業医を受診し、医者から、「クビが硬い」と言われました。
 開業医は、髄膜炎を疑ったようです。」

(注:細菌性髄膜炎の場合、3分の1が死亡し、3分の1に後遺症が残る。)

「そりゃ、まずいですねぇ。
 うちじゃなくて、
 もっと大きな大学病院に行ったほうがいいんじゃないですか?」

「大きな病院に転送しようとしたようですが
 どこの病院も、小児科病棟はいっぱいか、無い、と言われたそうです。
 で、119番に電話して、うちら(救急車の隊員)から探してくれ、
 と言われたんですが・・。
 大学病院、全部ダメでした。全部断られました。
 もう、先生のところで、17件めです。
 お願いです。先生のとこに入院させて下さい。」

「そうですか。わかりました。じゃあ、病棟の師長(看護師長)に聞いてみます。
 ちょっとお待ち下さい。

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 す、すみません。うちの病院も、小児科病棟は、いっぱいのようです。
 空きがないそうです。
 なんでも、経済的理由のせいで、小児科は病院の経営を圧迫するので、
 ベッド数を3分の1に減らしたようで・・」

「そうですか・・・ やっぱり。他と同じですね。
 わかりました。
 他をあたってみます。」

「すみませんでした。」

「ガチャッ、ツーツー・・」



私は、この髄膜炎の子が、その後どうなったか、まったく知らない。

繰り返すが、
細菌性髄膜炎になった場合、3分の1が死亡し、3分の1に後遺症が残る。


私は、どうなったか、知らない。


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この話は、日本の関東の大都市で起こったのである。
アフリカで起きた話ではない。

さて、悪いのは、誰であろうか?

私か?
そうかもしれない。

しかし、以下の、いくつかの要素はありそうだ。


日本で少子化が進んでいて、それにつれて、基本的に小児病棟は減っている。

厚生労働省の保険点数制度で小児科は冷遇されており、病院に収益があまり無い。

母親に、病気になった時の、救急病院一覧を事前に通知しておけばよかった?

小児科と産婦人科は、訴訟が多い。このためそれらの分野の医師が激減している。

救急車の中に医師を常に乗せておき、治療を開始する制度があったなら。

地方自治体が指揮をとり、病院の救急当番制と空ベット情報通知制度があれば。


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さて、
私は、国際協力に関する問題を考える時も、どんな問題を考える時でも、
以下の五つの側面を考えるようにしている。

それは、

政治・経済・教育・医療・環境

である。


今回、例にあげた二つのケースも
上記の五つの項目の全てが関係している。

それが、アフリカであろうが、日本であろうが、
ある意味、おんなじ、である。


一人の人を健康にするためには、

政治が、安定していて争いが無く、弱者への配慮がされる社会で、
経済が、ある程度豊かで、貧富の差が少なく、
教育が、ほとんどの人たちに普及しており、その選択肢も多く、
医療が、適切に行えるための病院があり、医師・看護師が十分いて、
環境が、いろいろな意味で整っていて、持続可能であること。


これらが満たされていなければ、
一人の人を、幸せにすることなど、できない。


当たり前だが、
国際協力を行っていても、日本で医師をやっていても、
つくづくそう思う。


健康とは、
身体的・肉体的・社会的に健康な状態である。


これが、WHOの定義であり、

アフリカの人にとっても
アジアの人にとっても
日本のみなさんにとっても

おんなじように大切なことだと、私は信じている。


そして、その
身体的・肉体的・社会的に健康な状態を実現するために

いまも、
たくさんの人たちが、きっと働き続けている。


地球にいる全ての、一人一人の、健康のために。